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2009.01.30

1/30 大型公共事業をする市長を民主党が推薦

民主党の機関紙が投函されていて、朝霞市長選挙に現職の富岡市長を推薦することが書かれていた。公明党や自民党と一緒になって推薦することになる。

ふだん、税金の無駄づかいを削るのなんの、お友だち政治がどうの、自民党を批判しているのに、そういうことをしている市長に簡単に推薦を出す。

地方自治だから、安全保障だの何のは目を瞑ってもいい。しかし、無駄な公共事業をなくすというのは民主党の精神的柱ではないか。そういういわしの頭を国民に売って、地域社会では、その逆のことばかりやるのはいただけない。だましであるし、経歴詐称に近い投票誘導である。

それだけで次の総選挙、 民主党に入れたくなくない。

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1/30 オリンピック公共事業

NHK特報首都圏で、東京オリンピック招致の世論を盛り上げようとする世論誘導番組だった。

そりゃ、スポーツが嫌いという人以外は、東京オリンピックを開いてもらいたいと思っている。しかし、誘致賛成が伸びないのは、景気が悪くて、みんな保育園も、介護施設も、医療も我慢しているのに、オリンピック道楽にお金をつかっていいのかね、という危機感があるからだろう。

東京の基礎自治体は、アピール活動で1000万円降りてきている。その使途に困っている。うちに東京オリンピックの風船が十枚以上もあるのも、この税金から広告代理店を経由して使われたものだ。

土建屋が干されていて、介護労働者がひいひい低賃金にあおいでいて、2000万プレーヤーの広告代理店が自治体を食い物にしている、何だかいやなものだ。

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2009.01.29

1/28 阪神電車は難波でも梅田でも同じ定期券が使える

大阪の阪神電車が3月から、これまでの梅田ターミナルのほか、難波への新線を開通させる。

すばらしいのは、難波方面への定期券を買った人に、これまでどおり梅田駅乗車・下車を認める定期券を発売するということ。

東上線なんか、同じ池袋に出るのに、東上線の定期券を買えば東上線で池袋に出るしかできないし、地下鉄の定期券を買えば、地下鉄経由で池袋に出るしかない。

以前は、東上線の方が圧倒的に便利だったので、有楽町線沿線に勤務先がある人が地下鉄経由の定期券を買い、その他の人は東上線経由の定期券を買っていた。

ところが副都心線が開通し、地下鉄に急行ができ、一方、東上線は準急が大幅に削減され、パターンダイヤもやめてしまったので、時間帯によって、地下鉄まわり、東上線まわりでそれぞれ待たされる時間が発生している。定期券なんか買って、うっかりルートを固定すると時間を浪費してしまう。急いで違うルートを使うと、追加料金を払わなくてはならない。

何とかならないものかなぁ、と阪神の先進的な取り組みをみて思う。
鉄道会社が違うとか、やらない理由を千と並べるが、鉄道会社は公的な存在なんだからなぁ、と思う。

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2009.01.28

1/28 紅茶キーモン

傘を無くし、手袋を無くし、なくしものだらけの最近。

●紅茶キーモンを22年愛飲している。

高校生のときに、事務系のアルバイトしていたが、今よりもっと左脳偏重みたいな私を雇い主が心配してくれて、普通のアルバイトをせよ、と出向させられたのが、西新宿の紅茶専門店。

場所柄、朝一番で経済ヤクザさんたちがお見えになって、胃がただれた顔をして、お湯を注したコーヒーを頼まれる。
両手に料理を持ってデリバリーに行こうと、4車線道路を横断しようとして、トラックに轢かれそうになったことは、今でも鮮烈に覚えている。
皮肉ばっかり言う、先輩のお姉さんが、あるとき出身地の雪国の話をするな、と思ったら、ご家族に不幸があって、故郷に帰るといって、深々とお辞儀されたことも思い出。
店主がボランティア活動にのめり込んで、店をきちんと運営しなくなったので、みんなでシフトの自主管理を始めたり、ランチの技術伝授をしたりした。それを勝手に労働組合などと称したこともあった。きちんとやっていれば非正規労働運動、サービス業の中小労働運動の先駆けになったかも知れない。

バブル終盤戦、生命保険会社が銀座から移転してきて、朝から内勤のサラリーマンのおじさんたちに占拠されるようになった。朝10時に開店して、11時45分ごろ職場に戻る。そして、また14時頃表れて、16時30分頃職場に戻る。正面玄関が閉まった20時、晩ご飯の注文がある。遠回りする裏口から入り、届けに行く。残業している。昼間、お茶飲んでおしゃべりしていないで、働けば早く帰れるのに、と思ったものだ。
一日にいくらつぎ込んでくれるんだ、と思ったら、ごねにごねまくって、ツケ払いに。経理のお姉さんがいやいや払ってくれた。ガラのわるいヤクザさんでも現金払いだったのに、と思ったものだ。同僚の悪口ばかり朝から晩までしゃべり続けて、ヤクザさんが辟易して来なくなってしまった。恐るべし、男お局たち。10年後の金融危機に、その生命保険会社は外資に買い取られてしまった。

10年ぐらい前までお茶の水サーモピレーという銘店があって、その弟子が開いた店だっので、強めの味で紅茶を出し、最初の味を味わったら、牛乳をどばどば入れて飲むのが作法。素人は最初から入れてよし、という店。
そこで、最初に従業員がタダで飲まされる紅茶がキーモン。すっきりした飲み心地と、そこらにはない味に驚かされ、虜になった。

アールグレイもはまったが、とってつけたような強い味にすぐ飽きがきた。ダージリンは当たりはずれが激しい。ウバなどスリランカ系の紅茶はちょうどいい味を出すのが難しい。
残った好みが、ケニア産の紅茶と、キーモン。

3年ぐらい前まで、池袋の東武百貨店でも取り扱っていたが、リニューアルして、贔屓にしてくれた店員が結婚か何かで退職してから、扱わなくなってしまった。他のデパートでたまに見つけても、びっくりするぐらい高価。で、関西に出張があるときに、前後に大阪の紅茶専門店に立ち寄ってまとめ買いしていた。困った、困った、と言っていたら、友人がプレゼントしてくれることもあった。
ようやく最近、池袋の地下街で、安くはないが、気軽に買えないほど高いわけではない値段で売っているところを見つけた。
いろいろ思い出すキーモン。

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2009.01.27

1/27 議員年金廃止のかけ声は高いけれども

きょうの朝日新聞の7面「地方議員年金 存続か廃止か」というタイトルの記事が載っていた。

今、議員年金財政が破綻寸前になっている。払い込まれる保険料より給付が圧倒的に大きいからだ。その原因は市町村合併で、現役議員数が減った一方で大量の引退した議員が出たためと言われている。

私は、今の議員年金という制度がおかしい、という記者や紹介されている問題提起した人たちと問題意識を共有するが、しかし、乱暴にも議員に年金なんかいらない、という考え方に与しない。

議員といえども1つの職業とすることが重要で、議員の間に必要以上の禁欲を強いることは絶対、どこかで歪みを生む。小泉元首相が「人生いろいろ」と言い切ったように、どこかの会社の社員を偽装してサラリーマンの年金に入ったり、表の年金ではなくて老後もしゃぶりつづける利権を捕まえたり、いろいろ問題を起こす。

税金と同じように、議員も1つの給与所得者として捉え、他の人と同じ厚生年金に加入する、厚遇も冷遇もしない、その掛金は加入者と国が折半して払う、というのではダメなのだろうか。

●この記事で紹介されていた「神奈川ネットワーク運動」は、特権的と議員年金に一方的な廃止を訴えている。私は神奈川ネットワーク運動がこういうお金をめぐるきれいごとを言うと、いつも、なんだかなぁ、と思う。高所得の夫のもとで老後の経済的不安も考えずにいられて、報酬はいりません、8年で失職しても文句は言いません、年金もいりません、と言っていられる神奈川ネットワーク運動の議員になれる方が、特権じゃないかと思っているし、高度成長の遺物のように感じる。シングルマザーやシングルファーザーの議員は必死だ。
だから、母体の生協の票だけで当選できないぐらい厳くて、プロ化が避けられない横浜や川崎の市議たちが、次々に反旗を翻したんじゃないか、と思う。

●一方で、5期も6期も地方議員をやって、市民の代理人のように振る舞い、ライバルが現れそうになるとつまらない小細工ばっかりしている人間に、ほんとうに困った思いをする。プロとして仕事を確立できないのに期数を重ねた議員も困ったものだと思っている。

●給与所得者が人口の6割もいるのに、地方議員の構成比では、現役の給与所得者は1割もおらず、労働組合出身の休職者や退職者を入れてようやく2~3割しかいない。
議員をやりながら生活をするためにはどういう社会制度がよいのか、真剣に議論すべきだ。報酬ゼロで夜間や土日議会とするか、公民権休暇取得に強制力を持たせるとか、そういうかたちにするか、専業化して、自治体の意見集約機能を高めるか、どちらかではないか。
中途半端に、訳知り顔で俗論の開陳しかできないような人間に、情報独占というかたちでの「プロ」の地位保全が行われ、そういう人たちに担われる自治体議会が続けば、多くの自治体で地方自治は機能不全になるだろう。

●地方自治が機能しない場合、大都市圏なら、中心的な都市に吸収合併してもらうことが、ごちゃごちゃやるより早道かも知れない。

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2009.01.26

1/25 友人3人のお祝い

夕方、同志と呼びあう仲間が結婚したので、お祝いに仲間と自宅を訪問する。

●保育と臨時職員の課題で意見交換してきた友人と、選挙のことでご教示をうけてきた姉のような友人の2人の大阪・茨木市議会議員がそろって当選してとても嬉しい。

1人の方は、市民派議員にしては珍しく、セーフティーネットと雇用に非常に関心を持たれ、もともと保育園ユーザー団体のリーダーから4年前転身された方。選挙運動に入るまでのこの1年、臨時職員の賞与をめぐる理解を深めるのに、とても良いディスカッションができた方だ。折々保育所のことが議論になったが、これもとても意見も感性も合うので、本当に信頼できる。環境、財政を中心に取り組んできた人の多い市民派議員が未着手にしている分野で全国的にも貴重な存在だと思う。

1人の方は、関西の若手市民派若手議員の草分けのような存在の方で、茨木市長選挙で相乗り候補に9割もの得票で肉薄する選挙をやった方。市議選はトップも含めて上位当選を繰り返してきて、今回は誰でも参加できる選挙、という課題を掲げて、街宣車を使わない選挙にトライ。見事当選している。

●上田清司後援会事務所の1階で、富岡朝霞市長の二期目出馬の出陣式が開かれたようだ。税金の無駄づかいとも言える基地跡地開発の人脈的系譜が見て取れるようなことである。一方、そこには、税金の無駄づかい人脈に反発してきた勢力に属する、自民党の早川忠孝代議士がのこのこ行ってしまったようで、情けない。
埼玉4区は民主党王国などと言われている。私はそうは思わない。他の地域では民主党が統合している市民運動も労働運動も、ここではかやの外である。逆に、よその地域では自民党を応援すべき、開発志向の高い公共事業に群がる勢力が、上田清司人脈に取り込まれただけである。単に保守がだらしないのである。

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2009.01.24

1/23 総務省の自治体非正規労働への認識の質

総務省の「地方公務員の短時間勤務の在り方に関する研究会」の報告」が発表された。

昨年3月18日と12月18日の参議院総務委員会などで、この問題を直視する、総務大臣、厚生労働大臣の答弁があり、マスコミも総務省が非正規問題に取り組んでいる、などとミスリードしたため、期待を持たされていたこの報告だが、内容があまりにも悪い。労働側委員、民間委員が奮闘してくれたが、現実論より神学論争に持ち込んだ総務省・行政法学者たちの勝利で終わった。

1つは、地方公務員の非正規労働問題の解決を前進させるために、2004年に制度化された任期のある短時間勤務職員制度を普及させる目的があったが、これが全く前進しなかった。任期の定めを外すどころか、適用範囲を資格職に拡大しただけで、他はこれまでのままにである。一時金も手当も退職金も出してならない、3年の間一度も昇給はしてならない、焦点の雇用更新の手続きも、読みとりに含みを感じない自治体にとっては、3年に一度新規の人たちと同じ条件で競争試験を受けよ、とする解釈になる。

1つは、現行の地方公務員の臨時職員、非常勤職員に対するひどい仕打ちの温床となっている現行法を遵守せよ、と喚起し副作用をつくりかねない内容であること。
1年ごとに契約を切れ、3~5年で人を入れ替えることも考えろ、長期雇用の期待は抱かせるな(裁判起こしても無駄だと教えよという含み)、昇給はやってはならない、正規職員との均衡・均等待遇は考えなくてよい、そうしたことを本人に周知徹底しろ、などとするもので、およそ時代の流れに反しているばかりが、民間非正規労働者に同じことをやれば、雇用では違法や不当とされる内容のオンパレードである。まして実情で判断する裁判所では全く意味のないことばかりを求める内容である。

現行の地方公務員法で自治体の臨時職員、非常勤職員については、任期満了となったら、裁量権で雇い止め自由になっている。法律では何も書いていないのに、公権力は正しい、という大陸法の考え方からだ。法律どおり考えればきれいな考え方だが、現実には、公権力といえども恣意的な運用は行われがちで、好き嫌い、職場に異論を持ち込んだから、などの理由で雇い止めが行われている。民間ではこうした雇い止めは不当解雇とされている。苦情解決の仕組みすらない。裁判所も門前払いである。

そういう待遇で働いている人が、図書館で文化を守り、保育園や学童保育で子どもの安全を預かり、消費者トラブルの解決にあたっている。

そうした仕事を非正規労働者で充ててきたことそのものを批判する人がいるが、私は仕方がない面もあると思う。財政問題や総務省の公務員数の削減が最大の原因だと思うが、その上に、待機児童問題、延長保育という行政ニーズの拡大、公務員数の削減で定期異動ができない専門職の常勤職員を雇いにくくなっている現実がある。住民サービスをあれこれ求める割に、人員削減に拍手喝采する有権者が大半だ。そうした条件の中でできることは、自治体で働く非正規労働者の是非論を問うのではなく、彼らに待遇改善と安定雇用を、労使の中で整備していくことである。

正規職員が雇えず、非正規労働者が最前線の職場を支え、スキルを蓄積していく、というのは、地方自治体でけではなく、スーパーやデパートなど、サービス産業全般に共通する現象である。民間サービス産業では、パート労働力の戦力化ということで、待遇改善、正職員化への人事制度、正職員との中間的制度の整備などに取り組んでいる。同じサービス産業なのに、公権力を振りかざす公務員像が働くことしか想像できず、非正規は非正規なんだと、サービスを支えスキルを蓄積している労働者を虐げ続けることになりかねない今回の報告には問題が多いと思う。

●今回の報告のベースになっている、解雇に関する認識には、整理解雇と不当解雇の混同がある、と思う。

整理解雇と不当解雇の違いについて

自治体は、住民から強制的に徴収している税金で運営されているから、不要になった事業について、他の部門で仕事が吸収できなければ、整理解雇されるべきという考え方を覆すのは難しい。そういうときには公法の論理が出てしまうことに対抗しにくい。そうなれば労使で努力して、自発的退職と、他の就職先の斡旋など調整すべきだ。

しかし、今自治体で行われて、問題になっている雇い止めの大半は、図書館や保育園が閉鎖統合されて臨時保育士を雇い止め、という整理解雇ではなく、市議会議員の紹介者を押し込むために誰かをクビ切らなくてはならない、とか、民間がそういうことになっているらしいという事実誤認のもとで3年~5年で人だけを入れ替える雇い止め、若くてピチピチした労働力がいいから、という本音が見え隠れする雇い止めとか、不当解雇そのものが大半である。

そうした解雇に、地方公務員法の総務省解釈で、解雇する側に保護を与えることが正義なのだろうかと思う。先日労働相談を受けた事例では、復職をかちとったものの、解雇する側の法的保護を背景に、連日のパワハラが待ちかまえていた。ひどい人権侵害であった。

労働力によってかたちづくられる住民サービスなんか二の次にした、予定調和の論理しかないことに涼しい顔をしていられる総務省や行政法学者とは何だろうかと思う。
この問題に関しては政治家の方がまともな判断できそうなので、今後は政治ルートでの問題解決に期待したい。12月18日の参議院総務委員会では、民、自、公、共、社の5党がこの問題に誠意をもったやりとりがされている(もちろん自民党は一方で公務員の労働に関する不祥事についてあれこれ言い足すことを忘れてはいなかったが)。

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1/23 小渕優子少子化担当相のセンスと限界

小渕優子少子化担当相が、少子化対策を考える新たな政策チームを立ち上げる。その際「ベビーニューディール」という言葉を使った。

先日、某野党副党首クラスの秘書さんと飲み&意見交換したときに、雇用、介護、子育て、教育、医療をワンセットに雇用創出をし地域経済を活性化する「ヒューマン・ニューディール」をやったらいい(これは私のアイディアではなく神野直彦先生あたりが十年前から言っている)、という話をしたが、もたもたしているうちに、先取りされたような感じがしている。

父親の残業を問題にするとか。

ここまではプラス評価。

しかし、少子化対策という言葉、ニューディール政策の矛先がベビーにされているのが気に入らないが、ニューディールなのだからそれ相応のお金を突っ込む覚悟があるのだろうか。以下、マイナス評価。

雇用問題も似たようなところがあるが、子育て支援策も、社会にそんなにいない何チャラ紹介業やら、コーディネーター業みたいな仕事にばかりお金を流してしまう。実際に問題解決にダイレクトに結びつくことに、財政規律だモラルハザードだとお金を使わない。
その結果、切実に必要なニーズはいつまでも放置されるかものすごく劣悪なサービスのままおかれ、カネもヒマもあるような高所得の有閑マダムが求めるような支援策ばかりが充実されている(学童保育が未整備な現段階で、保育に欠けない家の子が入れるようになってどんなことになっているか、とか、あちこちにできている子育て支援センターが何をやっているんだかわからない施設だったり)。

あと、少子化という問題設定のおき方である。
失業があって労働力が余っているということは、(個々にではなく)社会全体として、たくさん子どもが生まれるても仕方がないのではないか。それより社会の生産性を上げたり、非効率を解消したり、教育の質を高めたりよい雇用を創出しながら労働力の質を高めたりすることが重要で、少子化というより、次世代育成、という観点でやるべきではないか。

委員の名前のトップに、勝間勝代の名前というのが、クラッとくる。
子育ての当事者だとは思うが、彼女のような「解雇しやすい社会が来れば、雇いやすい社会が来る」みたいな価値観を持っている人間たちが支配しているこの社会が、子育てをしにくくしているのではないか。不況になると出てくる、金融業界やコンサルタント業界を渡り歩いて立身出世してきたキャリアウーマンというのは、一方的で申し訳ないが、子育てとか雇用を語らせるに信用していない。余人に代え難いしゃかりきな努力をしていて、それをしないあんたたちが悪い、とどこかで思っている節があるからだ。

●父親の残業。できるものならきちんと規制してもらいたいものだ。
規制したところで、もう1つ考えなくてはいけないのは、ドイツのような残業時間のない国では、教会、地域、労働組合、政治参加などの活動が、勤務時間の後待っているということだ(日本でも自動車産業のQCなんかそんな位置づけか)。
日本はこうした活動を、昼間、労働に拘束されない地主と専業主婦と中間団体の専従者に依存してきたから、社会の利益配分がいびつになっている(人口構成と市議会議員の出身職業の構成比を比べるとよくわかる)。結果、労働者の発言力が低く、給与所得者が虐げられる結果となる。過去はそれでも雇用が守られていたからよかったが、規制緩和でひどくなると目も当てられない。
お父さんに家庭を守る役割しか与えないで、働いて、マイホームに帰るだけ、というライフスタイルだけではダメということも、労働者階級の社会参加という問題意識や、男性の生き方の閉塞感をかたちづくっている問題もあるんだ、とも言い添えたい。

●出産までに退職し、子どもを抱えた母親の再就職は至難の業である。
雇用の流動化が始まっても、パートアルバイト以下のよくわけのわらかない働き方が大手を振るようになって、地方の工場や中小企業が、意気に感じて子どもを抱えている母親を低賃金であっても月給のある事務員や工場労働者として雇ってきた状況が一変してしまった。
おまけに、雇用流動化論者は、どういう背後関係があるのか、キャリアウーマンではないそうした母親の就職紹介を唯一まじめにやるハローワークを、非効率、サービスが悪い、と、規制改革会議などの政府の審議会を使い、厚生労働省に禅問答を仕掛け、解体や民営化を求めて攻撃し続けた。
効果のない雇用の流動化、不安定化に加担した政府の委員の連中と、女が求める声のように演出したキャリアウーマン系文化人には、夢をふりまいてこんなになった結果について、中谷巌氏のように自己批判してもらいたいと思う(小泉政権下でちやほやされたキャリアウーマン系文化人はだいぶ最近見なくなったが)。

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2009.01.21

1/21 浦安市が新市役所建設を凍結

千葉県浦安市が、新市役所の建設を凍結した。賢明である。

浦安市は人口規模や東京からの位置関係ではちょうど朝霞市と同じくらいだが、朝霞市は、市民所得、稼動人口の割合のどれもが浦安市が上回る。したがって、地域の経済力、財政の丈夫さも上回る。

にもかかわらず、浦安市以上の、市役所、武道館、図書館などさまざまな公共施設を建て替えるという朝霞市の今の基地跡地利用整備計画は、経済情勢から自殺行為、無謀ともいえる。

経済効果を主張する人もいるが、自治体、とりわけベッドタウンは、国と違い、財政悪化で行政サービスの水準が下がった場合、流出する市民を強制的につなぎとめておくことはできず、経済効果は一部の人がかすめ取って逃げられる。引越し資金がなくて逃げ出せない高齢者や貧困層だけが残される。

そうすると財政悪化→行政サービスの水準低下→市民の流出→財政悪化の悪循環にはまり込む。
自治体には一定の財政規律が必要であり、有効需要の創出ということは一自治体の努力で不可能だということは、夕張の失敗から学び取るべきだろう。

●浦安市は、市役所がマンション管理組合のスキルアップを行っており、市内にマンション管理組合の連合会もある。そうすることによって、マンションの投げ売りや、管理放置による劣化、逆に管理会社のカモにされることを防いでいる。
さんざんマンション売ってお金儲けしておきながら、二言目にマンション住民をバカにしているようなところがある地域社会と、構えが違うと思う。

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1/21 今まで臨時・非常勤職員に安定雇用を与えなかった自治体が、臨時職員を雇っていい格好しいするのは何か変だと思う。

自治体が緊急雇用対策として臨時職員を雇うのが流行している。そもそもは、市内の工場の派遣切りで失業者が溢れかえった大分県杵築市で、やむにやまれずスタートしたものだが、大企業のリストラも何もなかったような朝霞市のような自治体でも始まっている。

で、さいたま市の状況について産経新聞が揶揄して、そのことを赤木智弘氏が評論している。

私は自治体臨時・非常勤職員の労働運動に関わる仕事をしているが、派遣切りみたいなことを平気でやっている自治体が、雇用対策でいい格好するな、と思う。

自治体は、臨時・非常勤職員の、民間では違法になるようなかたちでの雇い止めを平気でやってきたが、最近そうした雇い止めのやり方に、裁判所が批判的になっている。賠償金支払いを命じた判決もある。

その結果、満期で首切られても文句はいいません、と言うような誓約書を提出させたり、解雇予告もなく雇い止めをしたり、いわばパワハラ、モラハラし放題の雇い方をしている。抗議をすれば「法律がそうなっています」と言うのだが、地方公務員法のどこにもそんな雇い止めが合法とは書いていない。法律学者どうしの解釈でそうなっている。そういう法解釈まで理解できるほど地方公務員法なんて珍しい法律を、トラブルにもあってないうちから勉強するぐらいなら、お人好しに公共サービスで働くなんて選択など大半の人がするわけがない。子どもが好きだ、食事を作りたい、司書の資格を持っている、そんなことが第一で仕事をさがしていたら、たまたま、自治体の非正規労働者となっていくだけである。

自治体の臨時・非常勤職員の雇用管理は、一部の誠実な自治体を除き、今、批判の的になっている製造業の派遣会社よりも悪質である。しかし、そういう雇い方をしている人に、保育園や学校給食、図書館、住民票交付事務、消費生活相談員、DV対策などを任せ、自治体の顔として、住民の生命や人権を守らせる仕事をさせている。

そういうことをしてきた自治体が、ええ格好しいして臨時職員を雇って、その間に貯金できるような十分な賃金も払わず、満期になったら「地方公務員法でそうなっていますから」という理由だけで、また失業者として放り出すならずいぶん無責任なことだと思う。もちろん、大量の失業者が市役所におしかけてきかねない状況下で、生活保護を出すぐらいなら、というシビアな状況の自治体ぐらいしかそういうことは免責されない。

臨時職員を雇うなら、その雇用期間に貯金をして転職し、アパートを借りられるようにすること。そして、今雇っている臨時・非常勤職員に、まじめに誠実に働いていれば、職場が無くならない限りは、雇用不安がないという安心感を与えることである。

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1/20 オバマ大統領誕生の雑感

オバマ大統領の統合の演説には、学ぶところが多い。

ただし、私は彼を礼賛するのは控えておきたいと思う。思想的には何を言いたいのかよくわからないところも多い。1950年代のアメリカを取り戻したいようだが、西欧社民に親しんだ私には、何か、少し、違和感がある。

ただそれでも、政治運営の心がけみたいなことの発言は立派である。

●身近な政治がまったくなっていない。オバマ氏の爪のアカでも煎じて飲ませたい人がいる。

●政治思想の思考回路からは、あまり統合が過ぎると、全体主義になる、という視点もあることを忘れてはならない。
そういう意味で、与野党がドンパチやっている日本や台湾は健全とも言える。

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2009.01.18

1/18 トンデモ科学のNHK「女と男」

NHKの「女と男」、問題番組ではないか。

マイルドにしていたけども、これはネオコンのための疑似科学番組ではないかと疑っている。

・女は地図を読めない
・男と女は先天的に性格や思考回路が違う
・Y染色体はそのまま男系で遺伝する
・Y染色体はなくなる
・精子が薄まっている

これらは、ネオコンが男女の役割分担強化や、最近の若者男性が軟弱だという決めつけ、女系天皇制反対論に利用されている疑似科学そのものではないか。

いくつかおかしいと思うところを。

精子が弱った原因は、チンパンジーやボノボと違い、人間が一夫一妻制を取って、精子に競争が無くなったからだ、と断定して、映像が流されている。しかし、乱婚ではないにしても、複数男性を女性が受け入れている文化はあちこちにあるし、日本でも庶民レベルでは、江戸期、厳密に言えば昭和初期まで続いていた。一夫一妻制の歴史が浅い日本で急激に精子の能力が低下しているのか、わけがわからなくなる。

カップルを作って子育てをするというのが、人間本来の姿のように伝えているが、ほんとうにそうだろうか。平安期の日本など、母系家族で、カップルで子育てするなどというにはほど遠い姿である。庶民なんか、子育てにかまけているようになったのは、高度成長期以降ではないか。

時々サブリミナル効果を狙っているかのように顕微鏡受精の映像を流すのもどうかと思う。

かつて三歳児神話というものがあった。三歳まで母親が愛情もって育てなければ児童心理上問題のある子どもになる、というもので、高度成長期の専業主婦の庶民への普及の裏付けとなるイデオロギーであった。
しかし、後に科学的には何の根拠もないことが明らかになり、児童心理の上では愛情をかけるべき人は誰でもよいとされるようになった。そうでなければ、人類は長く母親が育児に熱心に関われる時代などほとんどなかったわけで、人類はずっと児童心理学的に問題だらけの人間になっている、という結論になってしまう。
しかし、この三歳児神話の害毒は大きく、女性の社会進出を阻み、3歳児未満の保育所の整備が遅れる結果となったし、差別、偏見を助長してきた。

今回の番組が紹介した「科学」というのは、三歳児神話のように、現象面だけ追いかけたらそういうことかもわからないが、既存の常識や道徳のフィルターを取り除いたときに、本当に何が出てくるかわからない程度の研究成果を紹介しているのではないか。

●まことしやかに「最近の若い男に覇気がないのは精子が薄いからだ」というような、若い男にセクハラ発言をするオヤジどもへのネタ提供した番組であったと思う。嫌な感じである。

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1/17 農業や介護への就労が第二の派遣問題にならないために

前半は労働問題ではありません。雑記です。

精神的にくたくた。
尊敬する方から助けてと言われ、しかし助けることで状況が悪化することで、助けてはいけない、と口を封じ、動かないよう、律することの厳しさ。そして尊敬する方のあまりにもしんどい姿に、涙が出てくる。

すったもんだあって、今度は、身内の中の問題ではなくなり、みんなが尊敬と敬意をもって取り組まなくてはならない次元に話が移っていく。
これでうまくいけば、今までのように小権力をふりかざす下品な人たちが跳梁跋扈することはなくなるのか、と何とか自分の心を落ち着ける。

一体、何のこっちゃ。
一区切りついたら、仕事以外の自分の守備分野を変えてみたいと思っている。

●ここからが労働問題。

派遣切りされた人をどうするのか、世の中が一所懸命考えるようになっている。

慢性的人材不足で、医療関係ほどのカネのかかる教育訓練がいらない、農業、介護にシフトという話になるし、産業間の労働力の移動ということではその通りだ。しかし、職業というのは生活がついていけるから就労するわけで、その保障がないにもかかわらず、人は好きこのんで転職や就職などしない。生活を棄ててまで働けというのは、奴隷労働、強制労働、人身売買である。
やっぱり、賃金をかさ上げするお金を出したがらないものだから、やることが、広告代理店的な啓発活動と、職業紹介事業、職業訓練ばっかり。そこでは、クリエティブな事業家たちがさらに政府からお金を引き出すようなことをやっている。
その結果「効果が上がらない」ということになる。そのはけ口は「仕事があるのに働かない奴がいる」という八つ当たりの論理。肝心の農業や介護で食べていける、まじめにやっていればそこそこの将来設計ができる、という制度設計がない。行き先を羅列するだけで、いつまでたっても不況時の雇用対策の特効薬にならない。それでは、結局将来を示さずに安直に人材をかき集めていた製造業派遣と変わらない。生活すれすれの賃金で働かせて、そこで矛盾が起きて仕事を失った途端に同じ問題に立ち返るだけである。

農業補助金について、バラマキかそうでないか、という低レベルな次元の話が続いている。人件費の塊である福祉や医療に公金が出ていることを、バラマキという人間がいるだろうか、ということである。もし医療や福祉に最低限のバラマキが行われていなければ、月々30万40万も払える人でなければ、医療や福祉のお世話になれないことになる。
人間が生きていく上で最低限の産業を維持していくのに、必要な人材を張り付ける経費に補助を出す、というのは他の産業では当たり前に行われている。

介護に至っては、後発の新参者職種であることに差別しあぐらをかいて、労働力単価そのものを滅茶苦茶に低く見積もっている。堀田力たちのように、ボランティア労働と位置づけて労働基本権を奪い、専業主婦労働力や、学生ボランティアと賃金競争させるような議論まである。そもそも放っておけば国際競争力なんて問われない仕事なのに、先進国に低賃金労働力を輸出しているような国をだまくらかして、外国人労働力を輸入して、賃金の国際競争までさせようとしている。悲しくなる。

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2009.01.17

1/17 候補者決まったか?

数日前、こういう新聞記事が出ていた。
この団体は、候補者を誰に決めたのだろうか。どのような選考過程を経たのだろうか。

朝霞市長選に男性候補擁立へ 基地跡地利用計画見直し求める団体<毎日新聞2009年1月15日>  朝霞市に残る旧米軍基地跡地の利用計画見直しを求める市民団体「明日の朝霞市民の会」(代表、冨永靖徳・お茶の水大学院教授)は14日、任期満了に伴う市長選(3月1日投票)に男性候補を擁立する方針を明らかにした。  市長選では、現職の富岡勝則市長(54)が再選に向け立候補表明し、他に動きがなく無投票の見方が強かったが、一転して選挙戦になる公算が大きくなった。  冨永代表は「昨年10月からインターネットで市長候補の公募をしたところ数人の応募があり、最も適任の一人に絞り擁立を決めた。近く立候補表明したい」と話した。【藤川敏久】

ちなみにこの書き方だと、署名活動や街頭での広報活動を続けてきた団体のことだと勘違いされるように思う。

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2009.01.15

1/15 議員宿舎の床が減るもんでなし

鴻池副長官が議員宿舎に女の人を入れていたという話。

いいんじゃないの。議員会館の床が減るもんじゃなし。鴻池さんの政治的信条をねじ曲げたり、利権を漁るような人でなくて、純粋に男女の仲なら。

しかし思うのは、週刊新潮は、議員宿舎ネタ多いよね。これ議員宿舎に自由に出入りできる人に何か工作しているんだろうな、と思うところ。

●今日は謝罪2件。悪いことしたなぁ、と精神的にしんどい気持ち。

●私が朝霞市にこだわって何かいいことあるのか、と自問自答する日々。

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2009.01.14

1/13 定額給付金の配り方

定額給付金のバラマキが国会で決まった。
私はこうした意味のない補助金には反対だ。しかし、国会で通った以上、どういうやり方が最も自治体現場を混乱させないか、とあれこれ考えるところがある。

先日、野党の副党首格の議員の秘書をしている友人と飲んだときに、そんな話しになり、どうやったら最も効率よく定額給付金を配布できるか、という技術研究になった。

2兆円の定額給付金を配布するのに800億円かかるという。2万円を送金するのに800円もの送金手数料を払うということ。何だかとてもバカバカしい話だ。

私は、リスク率の考え方から言って、役所で現金を用意して、身分証明書を提示した人に、1万2000円ずつ渡していくのが一番効率が良い。間違って違う人に払ったら、本人に1万2000円払い直す方がいい、と言った。多分それで800億円もの請求にはならないと思う。

いちいち郵便で本人確認だの口座番号確認だの、受領証のやりとりだの考えたら、多分、間違ったらごめんなさい方式でお金を払っていくのが自治体の現場からは最も簡易なやり方になるし、人件費の無駄づかいにならないで済むと思う。

●この採決をめぐる衆議院の予算委員会で、採決に反対し委員長席に詰め寄る野党議員の写真を撮影したとして、自民党の村田吉隆議員がカメラ没収され、謝罪することになった。
しかし、議会にカメラ持ち込むな、録音機材持ち込むな、そういう規制を野党が利用して非難することは自らの首を絞めることにならないか。議会というのはもっと記録するための機材を自由に持ち込めるようにし、情報発信をもっと自由にすることが、野党のやるべきことではないか。1988年の高校生だったちょうど今頃、社会党が国会見学の規則が厳しすぎて、有権者と国会との距離を遠ざけている、という問題意識で主催した、国会見学ツアーに参加し、テレビカメラに取り囲まれた高校生にしては鮮烈な経験をした私には、規制を利用して議員どうしで首を絞めるというのは情けない思いだ。
未だ、国会の傍聴規制は厳しく、録音機材やパソコンの持ち込みが制限されている。さらに同様のことは多くの地方議会でも、つまらない持ち物制限を課している。そのことで身近なことを議論すべき地方議会が、市民にはおいそれと近づけないとんでもない権威主義と官僚主義の固まりになっている。
民主党が、何でも政局に利用しようとするところを何度も批判させてもらったが、このことは表現の自由にかかわる重要な問題だと私は考え、村田氏の行動は何ら非難に値しないと、敵の政党自民党でも弁護したいと思う。

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2009.01.13

1/13 役所の臨時職員になってはいけない

労働組合で役所の臨時職員・非常勤職員の労働運動を担当してかれこれ1年半、仕事の面白み、時勢にのった後押し、そんなのがとてもありがたく、仕事に邁進させてもらった。

うちの労働組合ではないが、兵庫県尼崎市の住民票入力オペレーターに朗報。

当初、偽装請負状態だったものが、派遣会社の派遣職員になり、そして派遣会社を入札でダンピング決定するということ提案したため、契約更新を前に、昨年3月、無期限ストライキを打ち、1ヵ月近いストライキを敢行した。そのことと、その後の経緯についてはこのブログでも何回か取り上げたし、非正規雇用の公務の問題として、昨年一年間は労働界のあちこちで話題になった事件だった。

その結果、入札を受けてくれる派遣会社がないこともあり、オペレーターたちはとりあえず臨時職員になり、今後の経緯を検討する、という扱いになった。そろそろ1年、どうなるかと思ったら、市が、雇い止めのより少ない嘱託職員として雇用することになった。

そもそも労働組合の支えで当選した市長が、官製ワーキングプアとも言える労働者をここまで痛めつけるかと思ったが、原点に返って、まじめな対応をしたくれた。ほんとうに敬意を表したい。

一方、昨年末、私が労働相談を受けて対応した、図書館の臨時職員、とりあえず復職したが、復職した初日、職場長と職場の総務係長が、40分にもわたるひどいパワーハラスメントを行った。「私たちに骨を折らせたのを始め、職場で動揺がおきたのも、あんたが雇い止めのことを外でペラペラ喋ったからだ。すべてあんたの責任だ」と言われたらしい。

解雇の恐怖をつきつけられて、おそるおそる職場に出れば、そのようなパワーハラスメントでは精神的にたまらなかっただだろう。

聞いていて、ほんとうに情けないのが、加害者のうちひとりは私の労働組合の組合員である。私の労働組合の掲げる人権というものはどこにあるのだろう。人を身勝手に首切って、あんたの責任とは、責任転嫁であり、人でなしである。早く、どこかで祟りに遭うがいいと思う。

●役所の出先の実務を支えているのが臨時職員、非常勤職員である。しかし彼らは賃金が安い上に、首切りされても文句言う場所もなく、裁判でも門前払いをくらう。最近、私は、役所の臨時職員にはなるものではない、と思っている。おまけに労働問題になれば、不当なパワハラが待っている。
彼らの職場は図書館、保育園、給食調理員、いろいろな相談員。そこには、市民と関わる息づいたいい仕事がある。とってもいいお客さんたちにも出会う。でも、首切りは職場長の胸先三寸。裁判に訴えれば、訴える方が悪いみたない判決しか出てこない。公的なサービスを守るべき総務省も、自己責任論で、そんな仕事に応募したあんたが悪い、という理屈ばっかりせっせとこさえている。
そんなところで公共のために労力を犠牲にするのはバカバカしい。こしかけで気軽に働くのでなければ、下手なプロ意識で役所の臨時職員をやるべきではない、と声を大にして言いたい。

●職場のことを外で話してはならない、日本人はムラ社会のオキテに馴れきっているから違和感なく受け止めてしまうが、実はそのことが人が人を抑圧する温床になっているということにあまりにも無頓着だと思ったりもする。

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2009.01.12

1/11 朝霞市長選挙の争点を考えるシンポジウムを開く

Sdscn0430朝霞市長選挙が3月1日に迫っていて、その争点を考えるシンポジウム「朝霞市長選挙の課題を考える」を今後の朝霞市を考える会の主催で開き、司会をした。

冒頭、有権者数がマンションブームで人口や有権者数がぐんぐん伸びている中で、市長選挙、市議会議員選挙の投票者数は毎回、35000人~38000人の範囲で推移していて、新しい人が全然投票していない現実を知らせ、そういうところから行政が遠い、行政が変わらない、という結果が出ていると指摘させていただいた。そして、今度の市長選挙はきちんと候補者どうしが考え方の違いを示して争い、有権者としてどちらがいいのか判断する機会にしたい、という今回の集まりの目的を示して議論に入った。

基地跡地利用市民連絡会の大野事務局長と、議会改革の請願者の岩垣さんの議論の後、会場からご意見をいただいたが、かなりどっきりするような現職批判も飛び出した。

大野さんは、市が策定した基地跡地利用整備計画の策定手続きと、できあがった計画が市民の希望、市民の自治からして問題で、そういうことを市の中枢セクションだけで勝手にどんどん進めた今の市長の政治姿勢の問題を指摘した。
岩垣さんは、議会改革が市議会と市長の関係が良すぎてなかなか進まない現状について話していただき、朝霞市の議会改革度の低さを指摘していただいた。

参加者の発言からは、能力のあるはずの市職員の1人ひとりの力を引き出すマネジメントができる市長を、という意見、地方自治は首長をどうするかということが大事で市長選挙はちゃんとかかわりたい、という意見などが飛び出した。

基地跡地に国家公務員宿舎を建設することに反対してきた運動に携わった大野さんに、対抗する候補を立てますか、と聞いたところ、その方向で努力したい、という回答があり、無風の選挙ではなくなることを期待することに。

最後に財政について私から説明して、ホンダの赤字と固定資産税収入の減少、市の新規の借金額とその返済額の差額がどんどん増えているから、ハコモノ投資を抑制しないと借金を返すために首が回らなくなる事態がやってくる、もともと市職員数が少ない朝霞市が世間一般に流布されている行政改革をやってしまっているため、市職員の代わりに仕事をするためのお金がかかりすぎている、とも指摘した。もちろんそういうことだから、国家公務員宿舎の見返り事業とも言える、事業系用地の開発による市庁舎の新規建設など、やってはならない。

最後に、参加者から2月21日13:30~15:30に市民会館で、青年会議所が公開討論会をすることを内定した、というニュースを紹介された。青年会議所については、いろいろこのブログで書いてきたが、ことこういうことについては、少しでも多くの市民に候補者の考え方を知ってもらって比べる機会をつくることは大切だと思っているので、こういうことについては、前向きにとらえていくべきだと思っている。

終了後、参加者から、今日は現職でない候補者が現れると思った、というご意見もいただいた。それは私も一緒に期待しているところで、参加者と意を同じくしている。

新聞社の多くは、無投票になるんじゃないか、と予測しているようだ。しかし、いろいろ課題があったこの4年の朝霞市についてどうだったのか、市民に審判する機会がつくられなくては、市民として無権利におかれ、世の中の笑い者になるだろう。今回のシンポジウムをきっかけに、きちんとした選挙が行われるよう、関係者が動き出すことを期待したい。

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1/11 子育て政策にツボの一押しはあるか

野党の偉い人に仕えている友人が、子育て政策のことについて飲みながらレクチャーしてほしい、と要望されて、出かけた。市の保育政策に問題意識を持って武蔵野市議になった男性と、友人の妻と4人で飲みながら政策談義をする。

子育てが、保護者や保育者、教員の精神性の問題にされがちなので、不幸な境遇におかれた子どものことについて、その問題をどう解決するか、という視点より、保護者や保育者、教員の姿勢の問題に置き換えられて議論されることばかりである。

望むべき社会がどのような子育てをすべきなのか、全く到達点が明らかでないから、そういうバカバカしい議論がまかりとおり、保護者どうし、保育者どうし、教育者どうしで、路線論争の名を借りた精神性への批判ばかりが横行しているという問題意識を話した。何より大事なことは、「24時間365日子どもが路頭に迷うことなく、誰かに必ず保護され愛される社会」という言葉を繰り出した。

しかし、彼の親分は「どこをどう押せば一発で解決できるのか、その勘所を」と望んでいるらしく、そういうまどろっこしい理想論から話をしても聞いてくれない、というのだ。

困ったものだ。子育ての問題を解決するのは、昔のように女を家に張り付けるか、保育所なり学童保育をきちんと整備するしかない。前者であれば、その某野党が最も嫌っている、右肩上がりの年功序列賃金を維持するしかないし、後者であれば、社会に薄く広く負担してもらう増税をするしかない。
そのチチンプイを解決しようとしたら、宮内義彦=八代尚宏の規制緩和にすがるしかない。その結果、保育現場はどうなっているのか。年収200万円も行かず、週60時間が当たり前の労働によって支えられる、どっちが福祉が必要かわからないような現実が出てきてしまっている。小泉政権でさんざん痛めつけられてみて、ようやくそこの反省をしたはずのその某野党だが、まだまだ薬が効いていないと思う。
党首が増税ぜったいダメという立場なので、そういうチチンプイにすがるしかない、というのもわからないではない。

年越派遣村はじめ、派遣労働者をめぐる社会問題化で明らかになったが、その野党の雇用問題に対する今日までの鈍感さは、「一発で押せる」ものを青い鳥のように探すところにあるのではないかと思っている。雇用や福祉、医療の問題は、どこを押せば一発解決なんてない。そういう思想は、チャチな新自由主義者と、単純な共産主義革命論者しか持ち合わせるべきではないと私は思っている。

大事なことは最終的にめざすべき立ち位置で、そのために政策を打てば長い目で見て、そんなに大きなミスはしないと思う。今日の児童福祉法の原型は、終戦直後の高邁な理想のもとに誕生した。今もって根本的な修正はされていない。年金制度や健康保険制度と全然違う。喰うや喰わずの終戦直後に、複雑な家庭問題まで呑み込んでいたこの法律のすごさは、大きな目標を見誤ってないからだと思う。

それと最後に、地方交付税を増額してばらまくよりも、こうした児童福祉や教育で雇用を生み出せば、地域社会に人口と、真水の消費が流れてくる。人を寝かせて給付金をばらまいて有効需要を押し上げるよりも、人を働かせて、あるいはワーキングプアを脱出させて、社会に有効な価値を生み出した上で、社会の目詰まりを解消した上で有効需要を押し上げることが大切なんではないか、という話しになって、介護ヘルパーの人材難や劣悪な労働条件の解消なども含めた「ヒューマン・ニューディール」をやっていく必要がじゃないか、と一同の話はまとまった。

しかし、次の日に上司に報告しなければならない友人のための材料にはならなかったなぁ。わかりやすい話ではない。

●話の中で、女性議員が子育てを語って票にする難しさが議論になる。みんなが子育ての社会資源を奪い合っている中で、議員はいい思いをしている人たち、という認識が強い。働いている親も家にいる親も、一緒に子育てから一息つけるようなことをしない限り、なかなか子育て中の親たちとの信頼関係は、利益誘導以外では生まれにくいなんて話にもなる。
これが子育てが政策課題になりにくく、当事者の声なんか無視されて、官僚や思いつきを語る有識者の発言がそのまま政策化され、つまらない補助金事業が次々に自治体に降りてくる原因なんだろう。

●しかし、私の発言のまとまりのなさについて、反省。理想や目的については話せるし、細かい政策技術についても話せるのに、その真ん中あたりの、どこを押せば、という勘所を的確に話せないもどかしさを感じている。そして話は右にいったり左にいったり。

●晩婚化はやむを得ないものの、出産は早くてもいい、という社会環境を整え自然分娩を増やす努力をしないと産婦人科がたまらん、という話にもなる。そういう観点では、結婚生活と、性交出産が完全に一致する江戸期の武士~明治期の子育て、家庭政策の問題点がやり玉に挙がる。
子育てと家庭政策のフレキシビリティーという観点と、社会秩序の維持という観点が融合するためには、離婚再婚を繰り返し他の男との間に生まれた子どもを大切にさせた江戸期の庶民や、母系家族で子どもと母親を抱え込んだ平安時代の子育てが日本の標準スタイルであって、その方が子どもが幸せだ、と。われわれこそ本来の日本主義だと、気炎を吐くような場面も。

追記●年越派遣村の運動から、厚生労働省の講堂が開放された政治ルートの経緯を書いた毎日の記事が良い。政局を意識しながら政局を超えることを判断した与野党の政治家たちの努力を伝えている。

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2009.01.10

1/10 派遣村にいく労働者を甘えと発言する政治家がなぜいるか

日雇い派遣村のインパクトのおかげで、世間もようやく非正規労働問題を直視しようとしている。

ところが、すぐ撤回したが坂本総務政務官の発言や、そして今日は「きっこのブログ」が紹介している、武蔵野市の安江市議の発言といい、政治サイドから、あんなところにたむろしていないで働け、という発言が散発的に出てきている。

今日、こうした発言は批判にさらされているが、フリーターへの差別的意識など、エコノミスト編集部(当時)の小林美希記者がエコノミストに取り上げ、本田由紀氏や、内藤朝雄氏などが若者バッシングに異議を唱えるるまで、湯浅誠氏の周辺や、一部のコミュニティーユニオン系労組の人たち以外、右も左もこうした発言をしていたように思う。

結果、今は派遣労働者に同情的な世論になったので、右も左もその過ちを不問にしたいが、坂本政務官や安江市議を笑えるか、と思うようなところがある。「希望は戦争」の赤木智弘氏もそうした状況に絶望したのではないかと思うところもある。

「空気を読む」生業の政治家たちが今もってこうした発言をどうしてするのか、ということは、政治に近くにいるとよくわかる。
彼らは、とにかく自己責任である。嫉妬深いこの日本社会を背景に立候補しているので、足の引っ張り合いの世界である。足下すくわれないことにとにかく注意を払っている。
選挙も自己責任である。想像を絶するぐらい力を傾けて選挙を行う。日本人は、イデオロギーや政策、政党で選ばないので、人格を売り込むことに全力が傾注される。
とにかく、政策以外のところでたいへんな注意力が求められる(結果として、それで選挙に落選することがほとんどない政策への注意力がおろそかになっているような気がしている)。

おまけに資金は報酬だけだが、これが中途半端で、ここでも自己責任が求められている。今の議員なんて仕事の構造からいってサラリーマンに類されるわけだが、年金がちゃらんぽらんな制度のもとにおかれている。老後まで自己責任におかれているが、引退した老後も誰かがメシを喰わせてくれる幸運な議員経験者は少ない。

そうした結果、楽々当選した一部の議員以外は、努力、根性が政治家の精神構造に深く刻まれる。落選しても、誰もかばっても守ってもくれず、自分が悪いと突き放されるだけだからだ。落選すれば次の選挙まで中途半端に仕事探しもしなくてはならない。次の選挙の準備をする時間を保障してくれ、かつ収入があって、かつ次の選挙になったら辞めさせてくれる仕事。そうそうあるものではない。
そういう環境におかれた結果、私はこれくらい努力した、と、内心みんな思っている(その意識は、有権者の側の政治家に対する「選挙のときだけいい顔して」「何がやりたいかわからない」「何をしている議員かわからない」という批判的視点とまったくずれている)。

お前らなんてオレたちより努力してないじゃないか、そんな生活感覚から出てきたのが、坂本政務官と、安江武蔵野市議の感覚なのだろう。

しかし、多くの普通の人に、自ら飛び込んで職業としている政治家並みの努力や私生活の犠牲を、政治の側が要求すべきではない。一般市民が生活のためだけに労働で犠牲を払うことを責めるべきではないからだ。そして生活のためだけに労働するのであれば、自ずと努力すべき責任は無制限であってはならない。そのことは、いきつくところ、みんなが労働のために私生活を犠牲にし尽くす社会にしてはならないことと、世の中、みんながみんな生き甲斐と労働が結びついている80年代大企業型の働き方をしているわけではない、ということ、人の嫌がる仕事は誰かがしなくてはならない、ということから説明されるべきだろう。

●派遣村の派遣労働者たちが結果として公費で救済されていることをこうした政治家たちの本音は批判しているが、政治家の事務所に就職の斡旋、紹介状の執筆、推薦を依頼してくる有権者たちについて、どう考えを整理しているのだろうと思ったりもする。個別に利益誘導を求めてくる有権者は自己責任として立派なのだろうか。社会システムを変えようと運動をして、みんなが救済されるように運動することが自己責任でなく甘えなのだろうか。その矛盾も問うてみたい。

●毎週土曜の朝、教育テレビでテレビで野球のアニメをやっている。
今日は、監督が(二軍未満の)選手たちに、二軍に引き揚げることで釣って、意味もなく大きな穴を掘らせたり、公道をはいはいさせる話が出てくる。

選手たちが一所懸命穴を掘った後に、監督は、穴を掘っても二軍に引き揚げない、ここはあり地獄だ、と言い放って、選手を失望させる。叛乱が起きそうになると、監督が退部させる、と言い放つ。

選手みんなが上等じゃないか、退部してやる、と騒ぎ出したところ、ある選手が「おお、みんなやめろやめろ、ありがたいじゃないか、ライバルが減るから」と言って、騒ぎが収まってしまう。

はぁ。

見事、分断されている。みんなが退部すれば野球部は崩壊し、監督は、野球の指導能力を買われて、他の能力に目を瞑っても学校に雇われているだけだから、野球部が崩壊されれば、その監督は学校から放逐されるはずだ。
野球だったら、生活かかっていないから、こんなもので笑って済ませられるけども、日本人が労働組合を結成できない、結成しても会社の不合理な要求を交わせないというのも、こんな感覚なんだよなぁ。
野球系のスポコンドラマは、からかい半分に見ることしか興味が湧かない。細かい話ばっかりで、進行も緩慢。日本社会を象徴しているスポーツだなぁと思う。

スポコン体質について、70年代~80年代の企業はこういうのりが結構あった。

企業社会からこういう風土はだいぶ減ってきたが、本質的にこの選手たちの弱さというのは無くなっていない。

昔の企業のスポコン体質に耐えてきた人たちが、今の派遣労働者の状況を甘いなどと批判しているのだろうが、苦痛の内容が全く違っていて、その議論はすれ違っているんだと私は思っている。支配される精神的苦痛はオヤジさんたちの方がきつかったのだろうが、そもそも生活が成り立たないで人格も健康もじわじわと崩壊されられるあり地獄にいた派遣労働者たちとは、我慢したことの見返り、将来の約束が全然違う。そこを派遣を甘いと簡単に言い放ってしまう人たちの弱いところではないか。

私の近くの世界では、政治業界が、今もスポコン体質がある。それは映画「選挙」であますところなく、「~もんだ」族の地域の有力者、地方議員が、新人候補者にどうでもよい不合理な要求を次々に突きつけ、人格的に屈服させていく姿が見せつけられていく(だからって、合理的な意見を聞きもしない政治家も困ったものだが)。

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2009.01.08

1/8 掃討すべき無法者はどっちだ

ソマリアの海賊掃討に、自衛隊を出す話がとんとん進んでいる。

発端は、民主党のタカ派議員たちが仕掛けた質問からだ。立川の長島とか、我が選挙区の民主党代議士だったりして、本当に始末が悪い。

民主党はこれで思い切った反対ができなくなっているんじゃないかとほんとうに心配している。

自衛隊は必うし、軍隊だからいよいよとなればいろいろなことしなければならない組織だと思うが、どうでもいいことをネタに、どうでもいいことで、とにかく外に出して武器を使わせたいだけの与野党の政治家たちが、愛国心みたいな顔をして、自衛隊を外に外に出して、何か武器の使用を必ずさせるような状況に追い込んでいることには本当嫌になってくる。

社会党とさきがけで作った民主党に、後からやってきた新参者たちが、ソマリアの海賊同然の無法な振る舞いばかりすることに本当に不愉快な思いだ。

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1/7 モラル違反の企業名公表

内定取り消しをした企業名を厚生労働省が公表することを検討しているという。

いいんだけども、雇用問題に関する企業名の公表で思い出すのは障害者雇用である。

障害者雇用率未達成の企業名について、障害者団体は以前から公表するよう求めているが、厚生労働省は一向に公表しようとしない。東京都が過去1回、うっかりに近いかたちで公表したものだけしかない。

内定取り消しもかわいそうだが、そもそも障害者の働く機会を門前払いしている企業の方がもっと悪質だと思うが。

●就職活動が長すぎる問題もあるんじゃないか。物価高や人材難で踊らされて1年以上も前から内定を乱発して、リスクをどう考えていたんだろうかと疑問である。また学生本人にとっても、長い就職活動は、就職に対する意識形成に対しても悪影響を与えるんじゃないかと思う。

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2009.01.07

1/7 父親がパチンコをしていたら報道されていたか

こういう事件はそっとしておくことが大切だと思うのだが、毎度毎度、「母親が」と書かれると何かバイアスがかかっているような感じがしてならない居心地の悪さがあって、少し考えを書きたい。

昨日の松戸市の団地で子ども3人が焼死した事件で、火事のときに母親がパチンコをしていたことが問題になっている。

逆に、母親がパートか何かで不在で、父親が仕事の休日の日に、父親がパチンコに行って同じことが起きたら、どうだったのだろうか。ここまで非難がましい書かれ方をしていただろうか。このときも「母親はパート」とか、母親のありかたにターゲットをあてられた記事を書かれるのだろう。

確かにパチンコ大好きな人に、生活を顧みない困った人が多いというのは、傾向であるかもわからない。しかし、この母親が本当はどういう人なのか、どうしてそんな生活をしているのか、本当のことはわからないし、書き立てる意味があるとは思えない。

子育てに伴って棄てなければ我慢しなければならないことがすべての人に平等にある、ということが前提で書かれた記事とは到底思えない。

常識で子どもからできるだけ目を離さないようにした方がいいのだろうけども、昔は農繁期なんか、親は子どもに関わっていられなかったし、昔がきちんとしていたというわけでもないだろう。
こういう事件は、悲しいが、偶発的に必ず起きる。もちろん私はパチンコが苦手なので、多くの人がそう感じるように、パチンコなんかしなければいいと言ってしまえると思うが、しかし一定割合でパチンコにのめり込んでしまう親というのはいて、そういう親のもとに生まれてしまった子どもに、どう安全を保障していくのか、ということを考えるべきだろう。

私たちは新聞記者たちの不断の努力で、家にいていろいろな情報が入る。その背景には、新聞記者たちの家庭を顧みない労働によって支えられている。それでも新聞記者が家庭を持っていたりするのは、「内助の功」だったり、「親の支援」だったりしている。だから、働いている自分をさしおいて誰かが子どもの面倒を見るという価値観が生活感覚となるのはよくわかるが、それが当たり前の生活として記事を書かれても困るなぁ、と思ったりする。

もちろんこういう記事を書いている記者も好きでこんな文章を書いている人ばかりとは思えないし、読者の一定層が「今どきの母親」「若くしてシングルマザー」に何らかの非難をしてみたくて、こういうげすな記事を読みたがっているということがあるからだと思うが。

そして記事を注意深く読むと、警察署がこういう情報までを記者に流していることから記事になっていることがわかる。ここまでの情報をマスコミに流す必要があるのだろうか。公務員の守秘義務も何もあったものではないことに驚く。

三人のお子さんたちの天国での幸せをお祈りします。

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2009.01.05

1/5 土地取引の問題で防衛大臣に答弁を求めるのは変だ

新年早々、苦言を呈したくないが、わが選挙区の民主党の代議士が配布しているちらしを見てぎょっとした。

韓国と最も近い長崎県の対馬で、対馬の自衛隊基地の隣接地に韓国の不動産屋がリゾート施設を開業したことについて国会で取り上げ、防衛大臣の答弁を求めたことを報告していた。

韓国は敵国なのだろうか。どちらかと言えば同盟国ではないか。不動産屋は武装しておしかけてくるのだろうか。そもそも入国管理行政や土地の取引に関しては、法務省なり国土交通省の問題ではないか、といろいろ疑問がわいてくる。

こういうことを防衛問題と直結させて、外国人がいることそのものに対する過剰な反応を引き起こすことはよいのか、私は疑問に思っている。

追記:とくにこのような不況期に、とかく外国人に対する風当たりは強くすることは危険だ。また根深い朝鮮半島人差別意識とも言える反応だと思う。

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2009.01.04

1/4 新年

日比谷公園の派遣村に行き、寄付をしてきた。

かたちには見えにくかった派遣労働者の存在を、どういう状態か見えるようにし、何かしなくては、ということをかたちにした今回の主催者の成功に敬意を表したい。

また、今回、厚生労働省が問題を直視し、第一歩であるが講堂を開放したことを喜びたい。厚生労働省の決断、大村副大臣と、舛添大臣と、国会での政争をひとまず横において厚生労働省に働きかけた菅民主党代表代行を高く評価したい。

講堂の開放は5日までなので、それ以降の生存のための対応が急がれる。

●民主党の議員だった永田寿康氏が自殺されました。このブログで何度か民主党の鉄砲玉議員の代表格として批判させていただきました。生前の非礼をお詫びし、ご冥福をお祈りします。

彼の生き様にはいろいろ考えさせられることがある。
1つには、若手議員でありながら、その中では年齢的に私と同じぐらいで、前原、野田、枝野という世代から1つ格下になる。2000年当選組には、彼と同世代の同期がまだ少ない。千葉というところは、活躍している若手議員が多い静岡や京都と違い、世代、派閥さまざまで地域で彼を支え守るような感じもあったのだろうか。そういう立場で彼は、どうしても「若手議員」の中での汚れ仕事をしなくてはならない立場にあったのではないか。
もう1つは、東大卒、大蔵省入省というキャリアから、野党議員になったことである。業者やノンキャリが尊敬してくれる立場のキャリア官僚から、公設秘書3人でどぶさらいみたいな仕事もする議員になって、普通であり続ける難しさがあるのではないか。議員は、カネも子分もないのに、支持者による「~するもんだ」の説教で、必要以上に無骨に振る舞い、庶民的に振る舞うことが求められる。

しかしまだまだ世代と地縁で固まる癖は政治の世界から抜けきれるとは思えず、議員に対する有権者の完全性やマッチョな姿への願望を希釈するにはまだまだ道遠い。日本の政治がまともになるためには、1つの職業として振る舞い続けることのできる議員像を求めたい。

●「サンデーモーニング」でキャスターが、「徳川時代より短い歴史しかないアメリカ」と言っていた。なかなかいい。

●新年が始まりました。今年もよろしくお願いします。少し何かを変えたいと思いますが、できるかな。昨春身内に不幸があったので、申しわけありませんが、欠礼します。

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