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2008.11.12

11/11 スペイン・カルロス国王来日

職場の向かいのスペインの施設に、カルロス国王がお見えになっていた。

カルロス国王は、フランコ独裁で退位においやられた父の子として、フランコ政権にほとんど幽閉状態にされ、フランコ氏の死去にともない、国をまとめるシンボルとして王になった人物である。

その後、スペインの保守政権がまとまらず崩壊したときに、フランコ独裁のもとで静かな抵抗運動を続けていた人たちによる社会民主労働党に政権を指名し、スペインの民主化が本格的にスタートする。

そういう名君に直にお目にかかれてうれしい。

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コメント

そうして考えると、同じ戦後体制に翻弄されたギリシアとの対比は示唆的なんですよね。

内戦を経験した後で冷戦の影響を受けたという共通点はあれど、ギリシアは折角の民主主義体制を活かせずに国王が妙に名君ぶって政治介入。そこを軍部に突かれてクーデターで追われた挙句に、王政廃止になっちゃった。独裁体制と距離を置きながら巧く立ち回って、民主化への道筋をつけたスペインとは余りに対照的過ぎる。

同じ様なことは、タイとネパールにも言えるのかも。独裁制と民主制の中で如何に君主が立ち回るのかってのは、潰れた例と残った例を対比すると教訓的な何か教えてくれるみたいな・・・・・

投稿: 杉山真大 | 2008.11.14 18:38

まったくそう思います。
君主制というのは人権思想に相容れない存在である可能性は高いと思います。しかし、憲法が機能しないような政治体制の危機のときに(衆参で意思一致できないというレベルではなく、明治維新のときや、先の大戦の終結のときのような)、事態を収拾し、政治を安定化させるプロセスに必要な存在かも知れません。

そのためには、日頃からあまり世俗に介入することなく、もちろん統帥権だとかは持つべきことではなく、政治にあれこれ口を出すべきではなく、超然とした立場であるべきだろうと思います。そういう意味では、戦後の天皇は(やや昭和天皇がご下問や侍従への意見表明などを通じて政治的な対応をしたようですが)、良識ある対応を取っていると思います。

王制のあるべき姿というのは、議会制と矛盾をきたす大統領の権限の強い国にも言えると思います。

投稿: 管理人 | 2008.11.16 07:33

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