« 9/6 大阪府知事私設秘書が図書館利用者を隠し撮り | トップページ | 9/10 ニュース番組を自民党の広報番組にするNHK7時 »

2008.09.07

9/6 朝霞市の協働指針(案)の問題点を指摘する学習会が開かれる

子守りの都合で出られなかった、朝霞市の策定した「協働指針(案)」に対する市民学習会の内容が良かったようだ。

講師の斎藤さんが、①協働が行政の財政状況の必要性から提起されていること、②「市民が主役、行政は脇役」その上で「対等である」との認識が欠けている、③「協働」の名の下に市民を下請けとして使おうという姿勢が色濃く出ている、と素案の基本的問題点を指摘した。そして他の自治体の計画と比較しているところが良くて、思いつきだけで書いている実態が、明らかにされている。

この指針を読んでみて、全く私も、この学習会の報告と同感だ。協働指針(案)は、有権者である市民が主体的にこの街にものを言い、参加し、改革し、みんなでその利益を享受するという観点が抜け落ちていて、市民を市財政の奴隷として使役する観点で書かれていると感じた。それを「協働」という今風の言葉で表現し、一方で奉仕の精神的な道徳的価値観を持ち出して、さも市民参加が進むかのような幻想を振りまいているようだ。よく読むと、市民参加、情報公開、というこれからの自治体に欠くべからざる姿勢に関する言葉がほとんど使われていない。

なぜここで「協働」という言葉が選択されているのか。もともと多様な市民どうしの協力関係、それぞれの立場や力量をふまえてそれらを大切にした上での協力関係をイメージして「協働」という言葉が使われだしたのが、行政と市民の関係の中で「協働」という言葉が多用されていることに少し違和感を持っている。ただしそれも原則的な市民参加と原則的な情報公開が担保されれば、大きな過ちにならない。
しかし、朝霞市の場合は、その市民参加と情報公開がどうも弱まってきていて(政策決定をする審議会等の議事録はHPで公開されているが、その大半が、議事以降半年以上止まっているものばかり)、計画の中でもほとんど登場しない。策定にあたった市長直属の政策企画室の趣味が前面に出ている。
「協働」という言葉が、市役所は市役所の領分、市民は市民の領分、お互い干渉するな、市役所は市役所の論理があるから、そこに市民がぐちゃぐちゃ言わず協力せよ、という意味で使われだしている。それがあたかも公共性、奉仕の精神というかたちで市役所に対する精神的隷属まで伴わせようという感じがしないでもない。

このことがはっきり出たのが基地跡地利用の問題ではないかと思う。市民の血と汗の結晶である400億円もの税金を使う、国家公務員宿舎の見返り補助事業として建設される施設(市役所、保健所)に、市民が全く関与できないところで決定されてしまっている。このとき、市民参加も情報公開もおろそかに行われてきたし、市民はまったくもって客体の立場で、400億円の血と汗の結晶を勝手に使われる立場に立たされている。そういう勝手なことやっている市役所が、公園整備だ福祉だは「協働」で市役所が書いた要綱にしたがって、市民が働け、そのための自治的組織を作れ、という態度では、この街に大きな溝、分断、しらけが残っていくことだろう。

言うまでもないが、自治体がよい地域社会を作ろうというときには、原則的な市民参加と原則的な情報公開を通じて、開かれた市役所にしておくことが必要である。一部の有力者以外にも意見表明の機会を機会があればできるだけ作っていくことである。その上で、市民どうしが議論をして、自分たちで政策決定に関わり、自分たちで事業計画に関わり、自分たちで事業推進を監督し、能力のある市民があればその事業に携わる機会を作ることが必要である。市役所と市民の立場の違いをことさら言い立てて、他の自治体では普通に始まっていることと全然違うことをやろうとしてるのは明らかに時代遅れの対応になる。

財政問題からこの指針がスタートしているが、所詮財政は、強制徴収とは言え市民の持ち寄りのお金である、という認識が、この計画策定に携わった人々になさ過ぎるように思う。財政は大事だが、財政のために市民の労働力が動員されるとなれば、いつか来た道、と同じではないか。そういう状態はまた、お金も労力も出せない貧困者、貧困家庭にとっては酷な自治体をめざしているとも言える。

|

« 9/6 大阪府知事私設秘書が図書館利用者を隠し撮り | トップページ | 9/10 ニュース番組を自民党の広報番組にするNHK7時 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 9/6 大阪府知事私設秘書が図書館利用者を隠し撮り | トップページ | 9/10 ニュース番組を自民党の広報番組にするNHK7時 »