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2007.11.28

11/27 町内会が市議の後援会の下部組織になっても問題ないらしい

昨日の、市役所への町内会と市議選に関する問題の問い合わせに対する回答が来た。
私の問いかけは3点、その質問と回答の要点は、
①市が加入促進と育成をし補助金を支出し、防災やごみ処理などでそれなりに市民生活を左右する存在である町内会が特定候補に対して集票活動をすることについての問題は?
【回答】問題はない
②市が公金支出している団体が選挙運動することについては公職選挙法で合法か?
【回答】公職選挙法違反ということはない。
③選挙の公正さという観点から、町内会役員等に町内会組織を利用した選挙運動をしないよう注意喚起しないのか?
【回答】注意しない。

どう考えても、行政が公金を支出し、防犯や防災や、ごみ処理で培養している組織が、特定の候補の選挙運動をすることはおかしいし、そういうことを克服していかないと近代的な自治会・町内会のあり方を模索することにはならないのではないだろうか。
町内会が選挙を強要してきたとき、マイノリティーである公明党、共産党、社民党の党員たちが、それを拒んだために不利益を蒙った場合、どういうことになるのだろうか。市役所職員に憲法の感覚がなさすぎる。それら党員たちが、町内会の選挙を拒んで町内会から不利益な扱いを受けて、憤慨して脱退したときに、防災やごみ収集が別途手当されるのか、問われることになると思う。

逆のこと言うと、公明党や共産党が町内会役員を掌握してしまえば、集票組織にしても問題はないという回答でもある。

ここで、町内会による選挙運動で選ばれる市議が大半になる弊害を指摘しておきたい。
町内会による選挙運動で選ばれた市議が大半を占めると、街灯を付けたい、といった要望に始まる小地域の要望を反映させることが市議会議員やその集団である会派の価値判断の大半を占め、朝霞市の大きな問題に判断能力を失うということにある。要望を聞いてもらうためには、大きな問題で市と対立することは、まずは次の選挙までの間の票田培養のために世話焼きをどうしていくか、という優先課題を持つ議員にとってデメリットでしかなく、避けたいからだ。
結果として、基地跡地利用という大型公共事業をどうするかという問題では、大多数の朝霞の市議とその候補は財政問題や都市計画な、市民参加の観点で疑義がありながら何も判断しないまま、市長、市役所の暴走を追認してしまっている。

もちろんその大多数の市議の中には、積極的に基地跡地の市のやり方を是としている人もいるし、逆に本心では市役所の暴走をゆゆしき問題だと感じている人もいる。しかし大そういう個人の考えが政治的意志となって、議会行動に反映しているかというとそれはほとんど見られなかったことは、こうした細かい要望反映活動に熱心なことと裏腹の関係にあるだろう。

-----以下回答全文-----
黒川 滋 様

 このたびは、貴重なご意見をお寄せいただき誠にありがとうございました。次のとおり回答いたしますのでご了承ください。

 本市におきましては、第4次朝霞市総合振興計画の中でコミュニティ活動の推進を位置づけており、地域・自治コミュニティの醸成のためには地域住民による自治コミュニティづくりが大切であると考えております。この考えに基づき、地域の基幹をなす町内会・自治会に対しまして、その活動を支援するため運営費補助金を交付しているところです。
 ご指摘をいただきました自治体の補助を受けている町内会・自治会が、選挙で特定候補者を支援することにつきまして、選挙管理委員会では、公職選挙法第136条の2でいう「公務員等の地位利用による選挙運動の禁止」にはあたらないと解しております。  
 また、町内会・自治会を管轄する市民環境部といたしましても、町内会・自治会の長や役員は、当該団体において主体的に決定された方であるため、問題ないものと考えております。
 最後に、担当部として市議選にあたって町内会役員の行動に注意喚起をすることがあるのか、でございますが、市民環境部としてご注意を申し上げたことはございません。

 以上のとおりでございます。
朝霞市
市民環境部地域づくり支援課
選挙管理委員会
-----以上回答-----

●貴重なご意見という言い方がいつも癪にさわる。これはあなたは少数派なんですよという役所言葉である。
本当に感謝するつもりがあればこんな言い方にはならないと思う。

最近、このメールが「市長へのメール」から、「市への要望・ご意見」に変わった。トップが市民の意見に向き合うという姿勢は後退したものだと思う。どんな人の市民座談会にも出張っていく新座の須田市長と比較してしまう。
しかも冒頭に「市に対する建設的なご意見・ご要望などを受け付けています。」などという言葉がつき始めた。建設的という条件を付けた意味は何だろうか。余談だが、朝霞市には、建設的などという言葉に象徴されるように、市役所のご都合主義の価値観からほとばしる言葉が公文書に入りすぎる。
この建設的という言葉は、市の不当な業務、不公正な業務、不正とは言えなくても問題の多い業務のあり方に異議申し立てすることは本筋ではないと宣言しはじめたものと考えざるを得ない。

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2007.11.27

11/27 町内会主催の市議選に問題提起をする

江田三郎さんの死後30年を記念して発刊された、北岡和義「政治家の人間力江田三郎への手紙」を購入。北岡さんのほか、菅直人、土井たか子、榊原英資、山岸章、塩田潮などが江田さんのエピソードを寄稿している面白い本である。

北岡氏の執筆した部分を読む。大学時代、社会党史の研究をしていた私は、雑誌に投稿されていた北岡さんの文章に魅せられ、どんな人か会ってみたい思いをしていた。偶然手に入れた北海道出身の政治家の広報誌が面白くて、いったい誰が編集したのか確かめてみたら、発刊当時に秘書をしていた北岡和義さんだった。

北岡さんの兄上の孝義さんと一時期、同じフロアで仕事させてもらう機会があった。組織と人情の人であったし、多数派が俗論で流されるときには、果敢に少数派として信念を貫く人であった。

●そういう美談の後に、朝霞市議選の下品な話をして申しわけありません。
昨日のブログで書いた町内会役員が市議選の票のとりまとめをやっているという問題について、朝霞市に見解を文書での回答として求めるメールを送った。文章は以下の通り。選挙期間の終盤や、選挙後に回答をするのでは全く意味がない。早急な回答を求めたい。

-----以下メールの本文-----
早川忠孝代議士のホームページにおいて、町内会が市議会議員選挙の特定候補の支援に走り回っていることが書かれています。
http://ameblo.jp/gusya-h/entry-10057196328.html
「この難しい選挙に挑戦している保守系の候補者やそれぞれの陣営を支えている町内会の役員の皆さんには、自然と頭が下がってくる。」

町内会・自治会役員が個人として、その知人・友人に特定の候補者を応援することは構わないことと思いますが、町内会役員という立場を使って市議選で特定の候補者に投票のよびかけをすることは問題ではありませんか。
町内会・自治会が完全なメンバーシップで成り立ち、税金の補助などを受けていなければどこの誰を応援しようと構いません。しかし、町内会・自治会にはさまざまな市役所による加入促進が行われ、市役所による便宜を受けている以上、構成員の力だけではなく、市役所の力を使って特定の候補を支援しているようなものです。

朝霞市は、自主防災組織は町内会と定義し、町内会・自治会に入らないと災害時に行政や地域社会からの庇護を得られないかのように市民に広報をしています。一戸建て住宅の住民は町内会・自治会に入らなければ広報あさかの配布やごみ回収も保障されないことになっています。そういうかたちで自治体による加入促進を受けている団体が、特定の候補者の支援活動を行っているということは問題だと思います。この点について、町内会・自治会を管轄する部としての見解を求めます。

また町内会・自治会は、広報の配布などさまざまな市役所の末端業務を委託するかたちで補助金を受領している団体のはずです。自治体の補助を受けている団体が選挙で特定の候補の選挙の集票活動をやっていることの是非については、公職選挙法上の問題はないのでしょうか。町内会・自治会を管轄する部と、選挙管理委員会の見解を求めます。

そして、町内会・自治会を管轄する部として、市議選にあたってこうした町内会役員の行動に注意喚起をすることがあるのか、回答を求めたいと思います。

高齢社会に備え、町内会・自治会の役割は少なからずあると思いますが、支え合いや福祉活動などが逃れられない町内会・自治会活動の中で票との取引で行われるとすれば、非常に残念なことです。
-----メール以上------

町内会とはもともと戦中の隣組。公職選挙法の前身の普通選挙法、治安維持法などと同時代の生まれ。後ろ暗い影を気にしている自治体では戦後、町内会を解散したところもある。世界各国でもコミュニティーはあっても、町内会のような中途半端な地域組織はあまりないようだ。逆に北朝鮮には、日本の置きみやげの隣組をパワーアップしたものがあるらしい。旅行の申請などもここを最初に通さなくてはならないという。
話を戻し、選挙に関わると、日本の政治構造が1930年代後半(つまり昭和10年代)からあまり変わっていないということがわかる。その枠組みのままGHQによる戦後改革や、95年以降の市民社会への諸改革をやっていることが、政治や選挙の空洞化につながっているんじゃないかと思う。

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2007.11.26

11/26 早川忠孝さんのブログにがっかり

離婚後300日問題などの対応で評価していた早川忠孝衆議院議員のブログに、市議選の記事が出ていたが、その内容にがっかりしてしまった。基地跡地への国家公務員宿舎への建設反対運動を、朝霞市議選の事前運動などと批判しているのだ。

基地跡地利用の問題といい、市役所内の混乱といい、市民参加の後退といい、わが町の未来をおかしくしようとしている故渡辺利昭県議の人脈につらなる富岡市政と朝霞の民主党系政治家に×印をとの思いで、これまで早川さんの動向を気にし、次の衆議院選挙では世間の流れに逆らってでも選挙区は早川さんにしようかと考えていた。
基地跡地の問題に取り組むメンバーは、県や中央の民主党にこの問題を取り上げてもらおうと陳情しては、朝霞の民主党が富岡市長を中心的に担いでいるという地域事情で却下され続けてきている。民主を応援する組織で働いている私にそんな愚痴をこぼすので、私はここで民主はダメだ、次の総選挙で選挙区は自民だね、なんて言ってきたが、ここでリセットされてしまった気分である。

都市化が進展し、新住民が圧倒的なシェアを占めるに至ったこの地域の選挙はまったく読めない。 基地跡地への公務員宿舎建設問題で緑を残せと反対の署名活動を展開していたグループが、実は市会議員選挙の事前運動をしていたのではないか、と気がつけば署名に応じた市民は白けてしまうだろう。 市会議員の選挙に党派性を持ち込んでも、この地域の人は簡単にそんなことでは左右されないような気がする。 若い候補者が自転車に乗って市内を走り回っているが、さてどれだけの支持を獲得できるか。 各地の選挙で繰り返されている光景だが、そろそろ市民は見飽きてきたような印象だ。

基地跡地の国家公務員宿舎建設反対運動を事前運動とするのはデマの流布である。党派性とは、アカとでも言いたいのだろうか。前近代的なレッテル貼りである。こういうことを言われると、朝霞の保守は田舎の保守のまんまかと本当に興ざめしてしまう。
逆に、基地跡地利用について、選挙を前にしながら不誠実な対応を取り続けたのは保守系市議ではなかったか。彼らの何人かは公園建設がいいと主張していた過去もあるはずだ。
そもそも国家公務員宿舎がムダだ廃止せよと絶叫したのは、早川先生の属する自民党町村派が担いだ小泉純一郎さんではなかっただろうか。絶叫して無駄遣いが無くなったはずのものが、どうしてわがまちの自然と空を蹂躙しようとしているのか、そのことの不愉快さに、朝霞の保守はあまりにもおとなしすぎると思う。

国家公務員宿舎を建設するという市長とコンサルタントと一部の市役所幹部以外は一言も聞いていない話を、今年の6月末になって新聞で初めて知らされている被害者は、市議も市民も一緒ではないか。

それなのに市議たちが、やむを得ないということで地域の説明会を積極的に開いた話も聞いたことがない。そうしたセンシティブな問題に説明も行われなかった以上、反対運動が行われて、市議選でそれが選挙運動に結びついて当然の話だし、政策中心の選挙運動という本来の姿からすると、それが望ましいはずである。それがおかしいかの言い方は、言論による選挙を否定する考え方にならないだろうか。

基地跡地に署名した人のうち、保守の人たちは、民主系人脈にある市長の暴走に何のチェックを示せなかった本家保守の市議たちのふがいなさに残念な思いをしてきている。

それと、気になることは町内会のことへの記述である。町内会役員の選挙支援に感謝するメッセージがちりばめられているが、町内会は広報の配布委託やごみステーションの確保、街灯の設置など、市の公金が出されている団体である。その上、朝霞市は防災で脅し、ごみ収集にからめて町内会に入ることを半ば強制している。そういう団体が自民党の衆議院議員を応援する特定の市議の集票機構になっていることは問題ではないのだろうか。

自民党はかねがね税金が一銭も入っていない連合系労組が民主党を応援していると誹謗中傷し続けてきている。メンバーシップの会費で運営されている連合系労組が民主党を応援して非難されながら、一方で市役所によって加入促進運動がなされ、公金が投じられている町内会が特定の候補を応援しているということがどうして不問に付されているのかわからない。

朝霞市役所も、町内会が特定市議の集票組織と化していることにはきちんと抗議すべきではないか。
こういうことがあるから、地域福祉計画から、町内会の役割はほとんど省略した。町内会出身の委員自身、地域福祉そのものを否定する発言を繰り返したこともあったが、私の中では、社会的弱者から政治的自由を奪い、集票機構に組み込むことにあんまり好ましい思いをしなかったからだ。

それ以外の文章はとてもいいこと書いているのに、全く残念な思いだ。

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11/26 頭痛の顛末

新座の星川議員の通信を手に入れる。

新座市のホーキの会が主宰で、司法試験予備校の経営者・伊藤真の憲法講演会「知ろう、生かそう、憲法の力」が開かれるという。伊藤真さんは、護憲派の論客として、それを商売にして成功していることといい、今後の護憲運動の参考になるはずの人物である。ご紹介します。

日時 12月2日18時30分~
会場 にいざホットプラザ(志木駅南口駅前)
参加費 無料

●木曜日から頭痛がひどくて、土曜日に医者に行ったら偏頭痛だから3日で治ると診断された。今朝になっても痛みがとれないし、通勤電車は乗客の誘導ミスで大混雑に耐えて顔を歪めて出勤した。上司に簡単に状況を説明して朝一番、二番、三番の会議をはしごして、机に戻ると、上司が「後の用事はすべてキャンセルしてやった。早う帰宅して病院行け!」。今日は私の大事なお客様が厚生労働省に要請に行く日。欠席するなどとはと思い「いや・・・(もごもご)」と抵抗していると、「業務命令じゃ!」と一喝され、適当に仕事を片づけて帰宅し、再び病院へ。偏頭痛と緊張性頭痛を併発したようで、緊張を取る薬を飲むことに。医師の説明が丁寧でびっくり。それにしても、私はこれまでそんなに緊張したかな。
ついでに待ち時間の間、向かいにある市役所で不在者投票を済ませる。公明党の支持者が候補者名を確認しあいながら不在者投票の受付に向かっていた。評価はともかく、ああいう努力には頭が下がる。

●AERAが面白い。小林美希さんが書いた「日給12万円の異常委託費 ジョブカフェ内部文書入手、高額人件費のからくり」の追跡がいい。結局ジョブカフェもリクルートの利権だったのかと。
経済産業省の補助金の出し方はいい加減だとも思った。経済産業省の官僚は、規制改革会議などの裏舞台で厚生労働省に対して保育所の補助金が非効率だと批判している。保育所の補助金は、保育士の給与算定月給19万で積み上げて利益ゼロの補助金である。それが非効率だと言うのである。一方、ジョブカフェは、日給12万の補助金で事業委託を繰り返し、現場の相談員に月給20万しか渡さず、リクルートなど労働者紹介事業や、人材派遣業、資格予備校などが中間搾取をしているという。

●次の「徳川家束ねた政治部長」も傑作。最後の水戸徳川の15代目の「「価値をカネにしか置き換えられない雰囲気が蔓延している。政治も文化も、人間も。260年間、戦争もせず、文化を育てた徳川家のブランドを世界に広めたい」ライバルはエルメスという」しめくくりがいい。被差別部落の問題以外は、徳川政権の平和・環境・地域福祉の政策には見習うべきことは多い。常井記者の着眼点がいい。

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11/25 12k㎡に選挙カー27台+α

朝霞市議選が始まりました。

各種市民団体がやったアンケートに回答しない、自分の政見を披露しない、市議会だよりでは賛否も質問内容も名前入りでは公開しない、そんな議員さんたちが

「最終ぅさいごまでぇご支援お願いいたします」

などといかにも金で雇われたウグイスによる、素人が使わないような昭和初期のしゃべり方で投票依頼にやって来ます。なんだろうかね、選挙業界のあの古風な言い回しの多さは。ドクター中松みたいにいっそのこと名前だけ言っていればいいのに。選挙の現場で、地域のおじちゃんおばちゃんたちがうぐいすを買って出てくれることがあります。プロのうぐいすがいる陣営だと、票にどう結びつくのかという議論抜きで、うぐいすの作法をめぐって、うぐいすと地元の人との間に大げんかが起こります。あの中途半端なプロ意識って何だろうかなぁと思います。重労働とは思いますけど。

「本人が助手席からごあいさつにうかがっています」

現職のあなたよ、あいさつに来たからどうせよと言うんですか。票がほしければ下りて街頭演説してください。

南北6キロ、東西3キロ、しかも北1キロは低湿地、南1キロは自衛隊基地という人口過疎地帯を除けばごく狭いこのまち(コンパクトシティー)で、2人を除く27人27台の選挙カーが走り回ります。これに公明党と共産党は政党の宣伝カーが入ります。

選挙カーでの名前の連呼というのは、街頭演説会と街頭演説会の移動の間にやってよいということなのに、肝心の街頭演説をしている候補者はほとんど見ません。連呼しかしていません。それでどうして票が集められるのか理解できません。みんなうるさがっているし、好意的な人で面白がっているだけで、それで票が出てくるとは思えません。やるならきちんと街頭演説してください。どの程度の人物か見てみたいです。

なぜ、選挙カーをのりまわす=選挙ってステロタイプなイメージが固定したのか、と思いますが、種明かしは、九大出版会が1980年代に出した「日本選挙制度史」をご覧ください。金をかけないためではなくて、言論で選挙させないために選挙規制が数多く設けられたのです。その例外が選挙カーの乗り回しと電話なのです。

公職選挙法のルーツは、1928(昭和3)年普通選挙法として成立したものです。生活保護受給者を除く一般人成人男性全員に選挙権を与えたときに、それによって政治家の力が高まることを恐れた官僚が、治安維持法と抱き合わせで世界でも類をみない選挙規制を作ったのです。その後、官僚たちは内務省を通じて地域の名士を集めて選挙粛正運動を組織し、選挙時に行われる宴会や集会を監視し摘発していきます。その矛先は、野党議員、社会主義政党の候補者、中野正剛のような反戦右翼の候補者に向けられました。この選挙粛正運動は最終的にはあの悪名高き大政翼賛会になります。

憲法の結社の自由、言論の自由を制限し、法の支配が否定している取締の恣意性を大きく認めている公職選挙法は違憲状態であることが理解です。司法試験の予備校でも憲法の授業でそう教えているようです。検察官も裁判官もそのことは重々承知なのです。でも、その取り締まりは、裁判で誰も異議申し立てをしたことがないので、違憲立法審査をくぐっておらず合法なのです。護憲論者(とくに日本共産党)よ、他陣営の違法ビラを摘発するなかれ。それは合憲である。
その公職選挙法でやっていいよ、と言われている数少ない運動の中で、政治家の知り合いがいない一般市民に目がつくのが、選挙カーの連呼と、電話作戦なのです。そして、どの陣営も、選挙カーのドライバーの確保、ウグイスの確保、ドライブ日程の管理などに必要以上に労苦をかけています。

現行の市議会議員選挙が、大選挙区制のもとで行われるなら、選挙カーがなくても当選できます(県議、市長、県知事、国政になると少し事情が変わってきます)。ある種ムダな労力です。ただしそれが可能なのは、公示日前のたゆみない政策を伝える努力があってこそで、それをしてこなかった朝霞の市議会議員たちは、今さらというものです。

この公職選挙法のもとで行われる地方選挙は、結果として濃厚な人間関係と、人格だけで候補者を選ぶ舞台装置ができあがっています。政策ができた上で、人間関係が巧みで人格もよければ立派ですが、現実にはそういう人ほど、政策面でのチェック能力や提案力は弱い人が多いし、危機にあたっては、立場の弱い人を叩きがちです。

そして鹿児島県議会議員選挙で、えん罪に問われた集落の人々のたたかいは、快挙といえます。

●鳥獣戯画の手書き選挙ポスターを掲出する小田桐清作さんは立候補せず。何か寂しいものがある。

●頭痛が治らず、睡眠も安定しない。何とかしなくては。

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2007.11.24

11/24 あすから朝霞市議会議員選挙

12月2日投票の朝霞市議会議員選挙はあした公示される。24人が当選するところ、29人が立候補の予定。朝霞基地跡地利用の問題や、市役所の体質の問題などが争われるのではないか。

候補者の政党別内訳は
無所属19人、公明党5人、共産党3人、市民ネット2人。
会派別(市議会内の政党)では、
【富岡市長与党】
・進政会(届け出は全員無所属・・・最大会派の保守系)8人
   陶山、浅川、石原、野本、高橋、福川、小池秀、大橋
・拓政会(届け出は全員無所属・・・保守系)2人
   獅子倉、原山
・民主クラブ(届け出は1人が無所属、1人が民主党・・・富岡市長などとともに自民党の故渡辺利昭県議派がルーツ)
   小池正、佐野
・公明党5人
   篠原、利根川、浦川、岡崎、本山  
・無所属新人4人(会派不詳。1人は前任者の関係から当選すれば進政会に入るものと思われる)
   船本(元市職員)、高橋(自衛隊関係の支持?)、須田(JC?)、栗原(看板に自由民主)
※保守系の進政会と拓政会は、過去の市長選挙のいきさつで分かれていると聞いているが、どういう事情で分かれているかは不明。
※民主は税金の無駄遣い一掃とか、社会保険庁職員の住宅をバッシングしておきながら、朝霞の民主クラブは国家公務員宿舎建設容認派の急先鋒。アンケート結果では「市役」も否定。存在が矛盾である。
※公明党は基地跡地利用計画をまとめるにあたってはなお一層の市民の声を聞けという請願に、賛成しなくても退席というかたちで反対はしなかった。ここをどう評価するか。私は与党という難しい立場でがんばったと思う。

【富岡市長野党】
・共産党3人
   堀内、斎藤、石川
・市民ネット2人
   藤井、田辺
・無所属新人1人
   小山(弁護士)

【与党か野党か判別つかず】
・無所属新人2人(うち1人は縁戚の関係で自民党員と思われるが、市長の推進する基地跡地開発に反対を鮮明に表明)
  神谷(県議の子)、伊藤

当初、立候補者説明会に35人来ていたが、3人が当初から氏名を明かさず(立候補するかどうか決めておらずとりあえず説明会に来た)、3人が説明会以降に辞退をしている。

しばらくぶりに新人候補者が大量に出る選挙になるので、投票率、全体の投票数の変化が見物である。とくに全体の投票数は、1991年以来3万7500票前後で推移している。99年も全く毛並みの違う藤井さんが立候補した票がそのまま上乗せになっている格好。つまり同じ人しか選挙に行っていないということになる。その中で、朝霞にマンションを買ってしまった人、東京通勤者は納税者としていいカモにされてしまってきた(市の基地跡地の公務員宿舎建設の話も税収増の話だけで、新住民が増えることによるコストは全く検討していない!学校や保育施設に関してこれ以上お金を使わないと宣言しているようなものだ)。微弱だが少しでも変える努力をするために、投票所に足を運ぶということが必要だと思う。

基地跡地や福祉政策の変化の流れの中で、新住民や新しい候補者が掘り起こす票がどの程度影響をしていくのかが注目である。

  年    1987年  1991年  1995年  1999年  2003年
有権者数  69,328  75,628  85,531  90,172  95,689
総投票数  39,965  37,408  37.720  38,700  37,511
投 票 率  57.65% 49.46% 45.16% 43.00% 39.20%
※バブル期の80年代は、地価と沿線イメージが不釣り合いで人口が停滞。バブル崩壊や金融危機で地価が手頃になった95年と00年の2回にわたるマンションブームで人口が増加している。不況になると人口が増える構図。

●18日に開いたシンポジウムのテープおこしをやっている。朝霞市は議会改革において0点、という評価を得ている。自治体議会改革フォーラムの高井章博さんの話では、評価できるのは一般質問で片道25分と時間を取っていることだけで、それ以外は、議員どうしの討論、情報公開(採決の賛否などの公開)、市民の参加(重要議案の審議や陳情の審議で公聴人や参考人の招致)という基本的指標がすべて×。
志木市、新座市は情報公開で△や○をもらっている。和光市も集計されていないが、現状では情報公開で○になる。

●広報あさかを読み返すと、財政の説明が載っていたが、比較対象がA市となっているが明らかに夕張市。そんなところと比較してもリアリティーないじゃん、と思う。同規模類似団体で首が回りにくくなっているところと比較しないと、あまりリアリティーがない。それと、財政危機を煽るんだったら、基地跡地のシビックコア開発とか、シンボルロードとか、朝霞市の借金を嵩ませる政策は採るべきではないだろう。

●山一證券の倒産から10年。月日が流れるのは早い。ちょうど転職の機会を得た頃だった。新しい職場の入社試験に山一の社員たちが受験していたことを思い出す。それより北海道拓殖銀行の破綻の方が衝撃が大きかった。

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2007.11.22

11/21 栄光と挫折

ここ数ヶ月さぼっていた地域福祉計画の委員会に出席する。
委員会の運営に行き詰まり感が漂う中で、新しいやり方を模索するタイミングに来ている。しかし、その議論が迷走しがちだった。

原点とは何か、いろいろ考えた。なぜ一般市民だけの委員が集められているかということを考えた。
市内の福祉力を上げること、よしんば、福祉に関心のある市民をつくり、支援を必要な人に何かできる人の割合を少しでも増やすということを考えるべきなのだろうと思う。

こうした会議には、そもそも何が求められているのか、という原点を考えながら議論することが大事だと思った。

●「顔のない男 東ドイツ最強のスパイの栄光と挫折」を読む。東ドイツは共産圏でも人口比で最も多い秘密警察を持っていた国だということを知る。190万人の秘密警察がいたといい、この数字の多さは、日本で、地方公務員と地方公務職場の臨時・非常勤職員の合計の数字が195万人ということから、その多さがわかる。しかも東ドイツは日本の人口の3分の1未満ということだ。

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2007.11.20

11/20 ふじみ野プール事故で管理責任の課長に嘆願書?

ふじみ野市の流れるプールの吸い込み口に子どもが吸い込まれた事故で、業務上過失致死罪に問われたふじみの市教育委員会の元課長と元管理係長の初公判があった。

「構造的問題」だからと減刑嘆願書を、市役所と市職員組合で集めたというニュースがくっついていて違和感を持った。よく7000人もの署名が集まったと思う。偽装請負のようなにおいのする安全管理なき民間委託を行い、再丸投げをチェックできなかったのは市役所本体の職員の責任ではないのだろうか。そこにきちんとけじめをつけないと、職命を賭して安全を守る力学が働かない。
構造的に仕方がない、指揮命令だから仕方がない、となってしまう。委託した市営の福祉事業についてどうなってるんだと質問すると、委託先のやっていることだから知らないと常々朝霞市役所は答弁する。人が死んでも構造的問題で片づけられてしまえば、この委託事業は知らないという論理で問題を追認することになる。それが役所や税金の民主的管理という概念にはまるのか疑問である。

管理運営事項に、安全や利用者の利便性、現場からの効果度を提起して現場力で対抗することが職員組合に求められるはずで、それをやってこなかったのに構造的問題だからと署名集めるのは何か違うように思う。委託された企業で働いていた人たちからすると、守られている人たちは、という思いも起きてくるのではないだろうか。

埼玉県南部自治体の、民間委託の杜撰さというのはいろいろ感じるところがあるし、市役所に職員組合がなかったり、組合があっても県南部は共産党サークルみたいな存在で組合員数がそもそも少なすぎて民間委託に対する運動的チェック能力がないというのも実感するので、きちんと責任を明確にしないと、ちっともこのあたりの自治体の体質は変わらないように思う。

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2007.11.18

11/18 市議選に向けたシンポジウムで司会する

午前中、マンション管理組合の理事会。引継ぎで出席。前の代の理事長が引継をまとめていて偉いと思う。

午後、市議選に向けて市民に情報を流さないで進むことを問題提起する今後の朝霞市を考える会のシンポジウム「朝霞市の未来は安泰か」で司会進行をつとめる。
第1部では、自治体議会改革フォーラムの高井章博さんと、和光市議会議員の松本武洋さんとで、議会改革と市民参加の話をした。自治体議会改革フォーラムが4月まで行った全国の自治体議会の調査結果では、議員どうしの議論をしない、議会の報告を満足にしない、参考人や陳情提案者説明などのかたちですら議会で市民が話す機会すら与えないという問題だらけの体質を示していただた。ちなみに朝霞市は?と聞くと、議員の一般質問の時間は比較的長いが、その他の項目がほとんど最低の評価水準で、自治体議会フォーラムの評価ではゼロ点ということになったようだ。
松本さんからは和光市議会の改革の状況について話していただいた。和光市議会は広報で全員の質問要旨と会派(党派)ごとの議案への賛否を公開しており、朝霞市のような何も判断材料がない状態を信じられないとおっしゃっていた。
今年から2年かけて、全会派から提案された事項を1つずつ実現できるか潰していくという作業に入っている。それでも自治体議会改革フォーラムの採点では30点、でも日本の自治体議会ではまだ良い方ということだという。
その上、選挙ではマスコミが取り上げない、公開質問状に答えない、ビラを配らない、駅で話さない、それで市民の代表をどうやって選べという話になる。実際、マンションブーム以降、朝霞市の人口は増え続けているのに投票者数は全然増えていないという結果が出ている。
第1部は参加者にかなり刺激的だったようで、議員なんてこんなもの、議会なんてこんなもの、というあきらめがいけないということを教えていただいた。また、近隣市と比較してみるというのはとても大事だと、また痛感した。

第2部では、朝霞どろんこ保育園の高堀雄一郎さんと、障害児放課後クラブなかよしを運営する豊喜玲子さん、朝霞市地域福祉計画の策定のアドバイザーをしていただいた新井利民さんにお話をしていただいた。
高堀さんからは、個別分野ではほんとうに市職員はよく働くが、全体の視点や、理念を持たなくてはできない仕事が弱点である、そういう市役所をどうするかという課題がある、とお話いただいた。
豊喜さんからは、市議会議員がソフトウエアの政策にとても弱いということを指摘していただいて、かたちの上での議論はしてくれるけども、運用面まで気を配った議論についていける議員が残念なことに少ないと話していただいた。
新井さんからは、地域福祉の意味を説明していたたいて、地域の人たちがコミュニケーションをとり、大切にしあえる社会をどうつくるかという課題を提起していただいた。
福祉のあり方が大きく変わる中で、財政論の観点だけではない、政策形成能力が問われるのではないかと感じた。

第3部では、時間がおすなか基地跡地利用がテーマ。
基地跡地利用市民連絡会の大野さんのPPVによる基地跡地利用の市役所案の問題提起をきく。国家公務員宿舎と、その見返り事業としてのシビックコアなどに膨大な市の支出が予定されていることを指摘。財政論で公園誘致を批判してきた市側にこそ将来の財政を危うくする問題点を指摘した。
第四小学校の保護者である大畑さんからは、朝霞第四小学校の建て替えで、混乱が続いて子どもが安心して勉強し過ごす環境が後回しにされ続けている問題を指摘してもらった。基地跡地同様の、公共工事に関する事業ありきの姿勢に問題があるのではないかと思った。
基地跡地利用については、国と市の約束を市議会が無視されたかたちで進んできた。にもかかわらず市議会議員は旧革新系の人たち以外はメンツも潰されているのに何の議論もせず市議選が進められているということに議会人としての資質が問われるのではないかという議論になった。市議選で何の情報もなく審判する権利も与えられず、400億円近いお金が動く話が決定されようとしているのは問題だろう。

最後に、候補者アンケートの結果を公表。内容より、30人中7人という回答率23%の低さが問題、と指摘した。自宅にビラも入らない、駅頭であいさつしかせず演説もしない、そうした選挙で有権者は議員に何を託せばいいのだろうか。

また、議員候補予定者では、藤井由美子さん、小山香さん、田辺淳さんが来ていただいた。ちらしは、船本祐志さんと共産党の3候補が配布を依頼されていった。何者かわからないような主催者であるこのイベントに足を運んだり、紹介をお願いした各予定者は評価したい。

政治というテーマだけになかなか反応が難しいと思ったところ、他市からも関心を持って参加してくださる方がいたり、子どもを抱えた方からの参加問い合わせがあったりした。いろいろな参加者があって良かったと思う。
ジャンルが違う話を3本も、4時間以上の長丁場おつきあいいただいた参加者にはとくに感謝。もっと出入り自由ということを前宣伝しておけばよかったと反省。3本のテーマを一日にてんこ盛りするのもどうか、反省。
それから、この企画を進めるにあたって一緒に働いてくれた仲間や、励ましてくれた仲間、いろいろな犠牲をかぶってくれた人たちにほんとうに感謝する。それからマイクもないのにもちこたえた私の喉にもほめてあげたい。

●こうして市議会と議員選挙の問題提起をしたが、異論を言うと、左翼だ共産党だと影でレッテル貼りをする土地柄(北海道や大分よりも遅れてる。私も一部の保育関係者にアカと言われているらしい)、聞く耳を持てるかどうか。このような市議会がどう変わるのだろうか。勢力は変わらなくても議員が入れ替わると変わるのだろうか。
一番いいのは、今の与党の仲良しクラブ以外の市長が誕生することだ。きっとそのときには、ちらしがバンバンポストに入ってきたり情報公開請求がバンバン出たり、議会は本来のチェック能力以上のことをしてくれるのではないかと思う。そういう期待の持ち方しかできないところに情けないと思うが、次の市議選は絶対棄権しない。引っ越しする必要でもなければ、税金を払うにふさわしい自治体になるまで住民としてがんばらなくてはならない。

●帰宅後、私の住民票を不正に取り寄せたかと思うようなできごとがあった。念のため、調査をしてみることにする。

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11/18 シルエットの比較宣伝

大阪市長選で、現職が落選した。大阪市のさまざまな癒着を断つ努力はされたと思うが、自らの出自を誤魔化して改革姿勢を取っていたいかがわしさがつきまとっていた。

それはともかく、大阪市長選で、ある陣営が、シルエットの比較広告を確認団体ビラとして配布したらしい。とってもいいことだと思う。しかしどうして、シルエットなのか。

公職選挙法は、有権者の判断材料を奪っている。ほんとうは候補者名で比較を打ち、政策論争をすべきではないかと思う。
朝霞のような沈滞した選挙状況は、公職選挙法が縛りすぎという側面があるからではないかと思う。

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2007.11.15

11/15 広報あさか、人権週間の記事の半分が「えせ同和にご注意」

市役所の広報が届く。

人権デー、人権週間の案内の記事、半分が「えせ同和にご注意」。呆れる。
もちろん「えせ同和」というゆすりたかりには注意しなくてはならないが、そんなことは一般市民に関係がない。注意が必要なのは、市役所と公共事業を受注する土建屋ぐらいだ。

人権啓発ということでは、障害者差別、男女差別、子どもの人権侵害、患者の人権、労働者の人権、いじめ、パワハラ、などなどさまざま課題は残されているのに、千年一日、「えせ同和にご注意」とは、朝霞市役所の人が人権を考えるときに、どのようなものの見方に力をおいているかがよくわかる。
今日の「格差社会」と言われる社会問題は、古典的な同和差別とか、男女差別というカテゴリー的問題を超越して、そもそもの普遍的な人権問題に直結していることが大半だ。

子どもの人権なんか考えないから保育所の待機児童を放置できたし、今でも学童保育は満員電車状態になっている。障害者の人権なんか考えたことないから、いつも障害者をカテゴリー分けして管理する発想しか出てこない。福祉のオンブズマンの話も全然進まない。生活保護受給をしなければならない人が、市外に難民のように流れていったり。労働者の人権について十分認識がないから、資本主義の論理と奴隷労働を混同するようなこともある。

そんなことを放置するのは、人権を語る人間はゆすりぐらいにしか思っていないからだろう。えせ同和の被害者は主に市役所や土建屋であり、市役所が、一般的な人権侵害や、人権保障から置き去りにされている人の対応よりも、こうしたインナーサークルにいる人たちの課題が優先している、という感覚の証左でもある。

※このことは一年前にも同じことを書いた記憶がある。朝霞市は人権週間にえせ同和対策しかやっていないのだろうかと思ってしまう。

●「レモンをお金にかえる法」という絵本を、小学生のときに読んだ。レモネード屋を開いて小遣い稼ぎする子どもたちを題材に資本主義の経済原理を見せていく本だが、この中には労働経済や、労働者の権利がきちんと折り込まれている。市場原理のメカニズムの中に、労働運動がきちんと存在していることを教えるにもいい題材だ。起業だ、ビジネスなんちゃらもいいけど、世の大半の人は給与所得者なんだから、そういう人の生活に根ざした人権保障をこの街ですすめてほしいなぁと思う。

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11/13 触媒

夕方、首都圏のA市での、臨時職員の組合加入説明会に行く。

つもりに積もった、ひどい待遇で働かされてきた怨念が吹き出した。組合にいる人間からすると、言う相手は違うだろうと言いたくなることだが、この日本国内で最も労働法制で守られない立場にいる彼らは、簡単に解雇される立場にいるため、たぶん、同じ境遇の中にあった仲間だけで愚痴を言い合ってきたのだろう。

そういう成り行きになることを百も承知で組合に入れようと説得している正規職員の組合員たちはほんとうに偉かったと思う。

クレーマーの8割は、きちんと活躍する場がつくられると、最も優秀な仕事師になる、と経験から感じている。今日、出てきた怨念がプラスの力になるときがくれば、と思うし、そういう人こそ、優秀な組合のリーダーになるものだと感じている。

●国会同意人事、民主党・社民党・国民新党の反対で否決される。大義名分は天下り反対だという。しかし、一方でこの3党が賛成している人というと、基準は天下り反対ということでしかないため、大企業の経営者にはノーチェックだったりして、それでいいのかと思う。

●道路特定財源という32兆円もの既得権益が、「ドライバーの負担したものは」「都市と地方の再配分」などとの美辞麗句で保護される勢い。これが自民党の本質である。ドライバーに泣かされている交通弱者や公害被害者の視点はないし、都市と地方の再配分はシンプルに地方交付税で行えばいいこと。地方交付税を切っておきながら道路を造って再配分とは、お金の流し方におおきなムダがある。
対する民主党も、道路特定財源の廃止が減税という、身も蓋もない結論。クルマが道路を走ることの社会的負荷を軽視しすぎている。ガソリンが高いと言っても、1リットル160円とは、清涼飲料水の半額である。また、ガソリン税と軽油引取税の間で配分調整を行えば、物流や公共交通を支える大型車と、公共交通を使いたくないという人やレジャーのために使う割合が大きい普通車の間での、インセンティブの調整になる。そうすることでムダにクルマに乗る人を抑制して、公共交通を増発して、道路渋滞を解消する手だてだってありうる。
田舎はクルマがなければ生活できない、と言う。でも1980年代まで、田舎でも免許がない人は結構いた。それは公共交通の衰退が問題なのではないか。そして、過疎地に残された高齢者がいつまでもクルマの運転ができるとは限らない。そうした人への手当を道路特定財源が考慮しているとは考えられない。
なぜガソリン税や軽油引取税だけが使途が守られるのか、たばこ税や酒税が喫煙所やバーの整備に使われないことと比較しながら考えてもらいたい。

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2007.11.13

11/12 情報を入手する権利の保障

シンポジウムの準備で、いろいろ市議候補さんの連絡先や経歴を調べているが、ホームページもなければ、電話帳も出ていない人が結構いて、いったいどういう風に自分を宣伝しているんだろうかといぶかしくなる。駅に立っているのも、原山さんがよく立っていて、神谷さんの息子さんがたまに立っているけど、それ以外は見ない。

おととい、地域社会の有力者の方に会う機会があったので、市議選の情報ってどう入手しているの?と聞いてみたら、知人の噂以外ないという。私の家がマンションだから遠慮しがちに入ってこないのかと思って、戸建てにチラシが入るか聞いてみたら、投函も公明党と共産党と、たまに市民ネットのが入ってくるというだけで、全然入ってこないという。

そんなので候補者はどうやって選挙やっているのだ!と思う。
立候補届だけで、投票所のポスターと投票所の名前だけで選挙をやっているとは、驚異だと思う。投票所のリストだって、みんな無所属で、誰がどんな人かという手がかりすら与えてくれない。「広報あさか」も議会報告は匿名記事しかない。議員の賛否なんて誰も情報提供してくれない。

そういう公開性のない選挙で選良を選んでいる自治体は、議員が持ち込んでくる話はコネ関係の頼み事しかない。だから権力を経由しない「余計な声」が苦手で、対応能力がなく、批判拒否症的体質を持っている。意志決定がとても閉鎖的なシステムになっている。市内の小学校の安全性の問題で、当該校の保護者が教育委員会に苦情を言ったところ、校長から抑圧がかかったとか、そういう話はいとまがない。そういうことをやっていてはこの街は本当の話が公のテーブルに出てこないから進歩しない。本当に不満を抱えたら、近くに他の自治体がごまんとあるから、転出されていくだけになる。住民のニーズの水準がそもそも低いから、行政サービスが低レベルでも住民の満足度が高いという、足立区のような現象が起きてくる。

そんなことを考えながら、週末のイベントの作業をやる。苦手な宣伝を先にやらなくてはと、ちらしまきに夕食後歩き回る(自分は市議選の候補者よりも熱心だと思う)。
政治家のつながりが深いと言われているデベロッパーのマンションに入ったら、「ちらしお断り」と管理組合名で大きな看板が貼ってある。でもこのマンションまだ建ったばかり。これはきっとデベロッパーが「気を利かせて」管理組合を名乗って先に貼ったのだろう。

住民は、プライバシーだとか、不審者の侵入だとか、美観がどうだとか、そういうものからデベロッパーが守ってくれていると思っているかも知れないが、ぴんくちらしが入らない以上に、地域の政治家の情報、地域の市民運動の情報、地域のお店の情報が入らなくなる。そうすると、そこのマンション住民は地域情報から隔絶され、誰に何を物言っていいかわからなくなるため、発言力が実質的に奪われるということになる。期せずして税金と管理費だけ取られるだけのカモネギ住民になってしまうことになる。
でも、マンションを買うというのは、ほとんどの人は借金もこさえるわけで、少なくとも2~30年は住むことになる。それなのに地域情報が入らなくしてしまうというのは、後から何かおきたときに、大変になるのではないかと心配してしまう。少なくとも、朝霞市はマンション住民に胸襟の広い地域社会ではない。せめて情報の入手ルートぐらい確保しておかないとと思うのは余計なお世話だろうか。

私が理事長をやっていたとき、マンションのちらし投函を禁止していた管理人にやめさせた。管理組合が合意もないのにマンション住民の情報入手ルートを遮断する権利はないと思ったからだ。情報を得られない権利と、ちらしを処分する手間を比較すれば、ちらしを処分する作業の方がはるかに問題が少ないと思うからだ。ぴんくちらしや危険物の投函は別途警察が取り締まる法律がある。
ちらしの投函禁止より、管理組合がたたかわなくてはならない相手は、問題住民の対応から計算根拠がはっきりしない請求書まで、もっともっと多い。

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2007.11.10

11/9 住民登録をしてもらえない人・住民登録をしてもらえるキャラクターたち

友人の知り合いの菅原さんが、戸籍への「非嫡出児」という差別記載を断ったために、出生届不受理になり、住民票すら作ってもらえないという壁にぶちあたっている(菅原さんHP)。裁判闘争を行い、地裁は住民票を作れという判決がおりたが、自治体の控訴による高裁判決では、住民票を作ってもらえないのは自己責任という判決が下りた。

住民票というのは、住民登録によるものであって、戸籍への差別記載を係争しているにかかわらず作らないと行政として機能しないんじゃないかと思うがどうなのだろうか。
今でこそ、役所の事務手続きの整備と自治体間の通信手段の発達、病院出産の普及から、出生届・戸籍・住民票は一体のものとして漏れがないと信じられているが、1950年代ぐらいまで、コンピューターも無く、電話すら満足にない時代、しかも戦争生存者の把握の混乱や、ところによっては戸籍や住民票を焼失してしまった自治体もあり、今のような出生届=戸籍=住民票というきれいな関係ではなかったようだ。そういう時代、戸籍がない子どもといのうが結構いたらしい。
詳細は学習不足だが、1950年ぐらいまでは無戸籍児童というのがクラスに1人ぐらいはいたらしい。そういう子どもを自治体はどのように扱っていたのか、調べてみたい。

そういう経緯をもつ我が国が、戸籍の記載をめぐって係争している、当該の子どもについて、さまざまな不利益を押しつけることが可能なのだろうか、疑問に思う。
よしんば、判決と同じく、親が戸籍制度に反発するのが問題だという立場に立つ人であっても、近代法は子どもは1つの人格として独立しているととらえるのだから、その子どもに不利益が蒙らないようにすることが人権で商売をしている司法関係者の役割のはずではないか。戸籍制度に反発する親のために子どもが不利益を蒙るというのは、これまで児童虐待でも問題になってきた民法の親権の解釈から引き出せるのだろうか。そうではないだろうと思う。
戸籍制度に差別記載するというそもそもの問題が問題であるが、たとえ戸籍制度に差別記載をしてやむを得ないという立場に立ったとしても、親の因果が子に報われて当たり前といわんばかりの判決は司法が法の支配という考え方に立脚せず、前近代的な通俗道徳に呪縛されていることを示すものである。

そして実際に生きている子どものことをめぐる自治体や裁判官に憤っていたら、彦根市で「ひこにゃん」が住民登録されたというニュース(このキャラクターをめぐって市と作者が対立という尾ひれまでついて)が入る。

新座市のアトム、朝霞市のタマちゃん、そうして今度は滋賀県彦根市では「ひこにゃん」が住民登録してもらえている。

もちろん、住民の数にカウントされないし、アトムやタマちゃんを僭称しても具体的な住民サービスが受けられるわけではないということは頭でわかっている。しかしそれでも、どうしてこうした二次元キャラクター(ひこにゃんは三次元か)には、さしたる家裁の手続きやら、議会の審議すらなく、行政の職権で簡単に住民票が発行されているのだろうか。
実際に生きている人間を目の前にして、保育所だとか学校だとかの公共サービスを受けられなくしているということはどういうことなんだろうか。
ブランド力のために広告代理店や行政コンサルタントみたいなところに惜しみなく税金を使うのに、実際に生きている人間への行政サービスをおざなり、怠る、最近の自治体の姿を見るようだ。

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2007.11.08

11/7 朝霞市議選を考えるシンポジウムを開くことに

12月2日に投票になる朝霞市議選に何するか決めてはいないが、基地問題はじめ、幹部職員が13人も退職するなど、市政の歪みを感じる中で迎える市議選に何もしないでいるのは、市民の責任を放棄しているのではないかという感じがして、18日午後にいろいろな分野の運動をしている人たちとシンポジウムを開くことにした。

特定の候補者を応援するとか、特定の政党を応援するとかそういうことは横においておいて、議会改革、市民参加、福祉政策、公共事業のあり方など最近の流れから、朝霞市民がどんなこと考えて市議選に投票すればいいかシンポジストと参加者で考えていく内容。
市議候補予定者にはアンケートのお願いと同時にちらしやパンフレットの送付もお願いした。会場では、候補予定者から送っていただいたちらしやパンフレットを並べて、参加者が情報入手できるようにする予定。まずそういう宣伝媒体を入手できるようにすることも大事だと思う。

少ない地域の人間関係の中から頼まれただけで投票したり、逆に地域の政治家が見えないあまり選挙カーがうるさいなぁと思って投票をさぼったり、そんな東京の近郊都市の地方選挙の姿を変えたいなぁと思っている。民意を代表している場というのが何より市議会で、個別市民が市役所に異議申し立てをしても、市議会でダメだししている議員がいなければ、ほとんど無視されるといのうが現実だから。

新聞の地方欄すら候補者名と結果しか掲載されず、何が争点なのかすら明らかにしてれない選挙だから、市民が主体的に情報を集めるしかけを考えなくてはならない。
地方都市にいたときには黙っても市議選や自治体のもめごとの情報なんて衛星都市の分まで入ってきたのに。新聞の埼玉欄を開くと、4分の1が小沢留任の「県民の受け止め」、残りはお祭りだイベントだというニュースばかり。候補者の所属政党やどういうせめぎあいなのか、全く情報がない。これでいいのか首都圏の地方欄、という感じ。つくづく公共的なことをやろうとすると何もかも自腹を切らなくてはならない街だと思う。

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2007.11.07

11/7 朝日新聞こそ給与高いんでしょ

「公務員給与法引き上げに賛成方針 民主」
朝日の記事だが、公務員給与改定の内容を知る者からすると、ずいぶん意地悪い書き方である。

今年の公務員給与の改定の内容は、若年者のみの給与引き上げと、民間企業の賞与の支給月数の回復をみすえての、賞与(一時金)の支給月額の改定である。
業種や、企業規模、地域によって受け止めはばらばらだが、特権といえるような水準ではないと思う。それと団塊の世代の大量退職と、臨時・非常勤職員への置き換えで、退職金を抜けば人件費総額は相当抑え込まれている。人事院勧告による給与改定を反映させることが抵抗勢力であるかのような見出しの付け方に、少し疑問を感じる。

それより、天下り役人が税金で運営されている団体に何度も天下りを繰り返し、都度何千万も退職金を繰り返しもらったり、政治家とつるんで利権に群がったりする問題、逆に、自治体職員の定数抑制の余波で、現場部門を中心に平均年収165万と言われる臨時・非常勤職員を大量に自治体が雇用し、ワーキングプアを創り出していることの社会問題を考えるべきではないかと思う。

●今日の相談の中で、自治体の臨時・非常勤職員たちが生活保護水準以下で働いているなら、生活保護基準額と収入との差額を受けるための生活保護を一斉に申請したらどうだろうか、という話になる。
もちろん、家族に十分な収入があったりすると難しいだろうが、シングルマザーなら申請する資格があるんじゃないかと思う。ただし、申請すらさせないのが生活保護行政なので、実際には難しいと思うが。

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11/7 島本慈子さんに会えなかった

昼休み、市議選向けのシンポジウムのちらしを作る。
いろいろ主張はあるけど、そういうことを出さず、何が課題かをわかって意識的に投票してもらうことをめざしているシンポジウム。

そのつかの間、電話がかかってきたので対応していたら、何と職場に「ルポ解雇」「住宅喪失」の著者である島本慈子さんがお見えになっていたらしくて、訪問を受けた同僚に「紹介したかったのになぁ~」と言われ、私も残念。

島本さんのルポルタージュは、つまらないことで人間は厳しい状況におかれるようになるということが、ほんとうによくわかる。いろいろな人の庇護のもとに生きているのに、報われないのはがんばりが足りないからだ、と簡単に言ってのける人に読ませたい本だ。

夕方、非正規社員の組合づくりの相談を受けている人のそのまた相談を受ける。混乱する職場、約束を守らない雇用におかれているらしい。
当人が経営者に一矢報いたいのか、よい環境で働き続けたいのか、めざすところでたたかい方がずいぶん変わるから、当人の希望をきちんと聞いて、労働組合はきちんと選んだ方がいいとアドバイスする。

●利用する東上線の駅に掲出されていた東武労組の赤旗が早くも撤収されていた。こういう時代だからこそ、労働運動が少しでも見えることをするのが、組合もなく、組合何かしろよ、と思っている利用者に自覚を促すんじゃないかと思う。
昔なんか、鉄道会社の施設に赤旗や横断幕が掲出されているのに、誰も違和感を持っていなかった。誰にも迷惑かけることではないのに、最近は、そのこと自体で悪く言われたりする。
鉄道会社は、組合旗を掲出することを自粛させるよりも、本質的なサービスを改善すべきだし、そのためには、経営側がもっと血を流して貰わなくてはならないと思う。組合旗を施設に貼るということは、そこが組合として大事な場所だと宣言している意味も持つ。あながち悪いことばかりではないと思う。
美観とか、管理運営事項だとかがあるのだと思うが、旗の撤収は残念なことだと思う。駅員さんに「組合旗、何で撤収しちゃったの?組合、がんばってよ」とエールを送ったら、恥ずかしそうに「そのうちまた出します」と言ってくれた。たぶん、クレーム言う人はいるだろうけど、面白がっているのにエール送る人などそんなにいなくて、当の駅員たちも、恥ずかしいなんて思ってしまっては、ますます組合離れをするし、それは残念だからだ。

●市役所の内部を知る人と電話で話をしたら、幹部職員が13人も退職してしまったという。私にはよくわからないが、公務員の娘に話を聴いたら、それは相当異常なことだという。
それ以外も政治的な左遷人事が大規模に行われたらしい。公務員関係の法律違反すれすれのひどい話だし同情するが、福祉や人権の話では、弱者の権利に冷ややかだった朝霞市職員。他人の権利を大切にしないと、自分の権利を守ってほしいときに、誰も守ってくれなくなるものだと思う。どうにか立ち上がった方がいいんじゃないかと思う。そして権利の大切さをわかったときに、市役所に頼み事に来る人の何を大切にし、何を自助努力に求めるべきか、という価値判断ができてくるのではないかと思う。

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2007.11.06

11/6 慰留しちゃって大丈夫なの?

民主が小沢氏を慰留しているが、慰留に成功しても大丈夫なのか心配である。プロ筋の人たちは、今回の大連立話の裏側について、いろいろ危ない話を推測している。

その証拠かどうかしらないが、守屋疑惑の話は、大連立の話し合いの後、ぴたっと小さくなってしまった。どうでもいいようなニュースも含めて連日わあわあ報道していたのと対照的である。

小沢氏を放ってしまうと道連れに離党者が出て、参議院での過半数を取り返される可能性があるという心配はわからないでもないが、過去、民主から離党して与党入りした人にうまくいった人は少ない。そういう過去の実績から考えると、離党者が数人出てもそんなに傷が痛むことにならないのではないかと思うのは甘いだろうか。

一方、慰留に批判的な前原氏は別の意味で吠え立てているが、支持率最低までもっていった元党首は、相当厳しい自己批判しない限り、ほえる資格はないのではないかと思う。

私のような俗論はともかく、山口二郎氏の見解を紹介する。
07年11月:小沢辞任の意味
07年11月:大連立という幻


●NHK朝の7時のニュースで、あまりにも身勝手な自民党の言い分を、伊吹幹事長のインタビューとして7分も垂れ流した。また与党報道局になりかけている。くわばらくわばら。

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2007.11.04

11/4 小沢党首の辞任

民主党の小沢党首が辞任。
不評な大連立を勝手にやろうとして、認められなかったという、話の筋からは妥当な解決であろうが、野党陣営全体のダメージは避けられない。
今回の大連立話以外は、これまでの小沢氏の対応は堅実であり、民主党の歴史始まって以来の落ち着いたものだった。その路線はできる限り踏襲すべきだと思う。そういう意味で、毎度党首選挙をめぐって、つまらないかけひきで混乱をもたらすのが心配。前原派の阿波狸や京都の不平士族がざわつくような党首選挙は回避した方がよさそうである。代表代行という職があるから、当面は代表選を行うべきではないと思う(副とか代行とつく仕事は代表が職務遂行できなくなったときに代わる職だが、日本ではそういう使われ方をしたことがないなぁ、と思う)。

ちなみに言うと、前原派の面々は、これまで口を開けば小沢批判をしていたが、それは自民党と対立ばかりしていてどうするのか、という内容である。今回、小沢一郎がこのような顛末になって、前原派はここぞとばかりに振る舞うのは目に見えているが、自民党と話し合えと言ってきた彼らがそのような振る舞いを見せれば、自己矛盾である。

【追記】
民主党幹部は代表辞任を慰留するようだが、みっともない感じがする。民主党は未練がましいところがいつも無様に思う。
ただ、小沢一郎は、小沢チルドレンの参議院議員をひきつれて与党入りする可能性も棄てきれず、それをさせない言質を取るためではないか。
これほどまでに小沢一郎をかき立てる原因は何があるのだろうか。その解明も必要だろう。これまで民主党運営をうまくやってきて、選挙で勝てないにしても、大連立で失敗するリスクより、そのままやっていく方がよかったはず。たかが海外派兵の政策1つのために、純粋なおもいで禁じ手を打つとは思えない。

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2007.11.03

11/2 歴史のねじを歪める人たち

昨日の大連立騒動を受けて、加藤紘一が、政治が停滞するから中選挙区制に戻せ、などと言っているようだ。

中選挙区制は、戦前、普通選挙制を導入するときに、どの政党にも過半数を握らせず、政策中心ではない選挙をなるよう意図して、内務官僚が作った制度である。出自においては決して民主主義の多様性を認める制度などではない。

選挙は何が大切かというと、今までいる政治家を政治家にしなくすることである。田中角栄が最も象徴的であったが、中選挙区制では汚職や不正ぐらいでは全然落選しないから、政治がおかしくなったのではないだろうか。今、中選挙区制に戻したら、政治家はまた官僚によきに計らえということを始めるだろう。薬害問題など、永遠に蓋をされることになるだろう。小選挙区制を中心とした選挙制度の弊害を言う前に、中選挙区制時代に、官僚による不祥事が闇から闇に葬られ、問題解決が先送りされ続けたということを指摘しなくてはならない。
わが陣営でも、こういう言い方は良くないが、小選挙区制になって、中選挙区制時代には大きな候補者供給源であった労組幹部はなかなか衆議院選挙に出なくなった。労組の人事調整のための指定席ポストとしてはあまりにもリスキーであり、求められる人材像も、安定したルールで動く世界の中で調整をうまくできる人ではなく、有権者の半分に×をもらわないよう行動できる人になった。全然違う能力を要求されるようになったからだ。

加藤氏が、政治が動かないというのは、自民党一党支配が続くことを前提にしているからであり、諸外国のように政権交代がありうることを前提にして政治システムを運用すれば、むしろ中選挙区制の方が問題になるのではないかと思う。そもそも加藤氏が小泉政権のまっただ中で離党していれば、いまごろこんなねじれは解決していたであろう。自らの力不足を棚に上げて選挙制度のせいにするのは、我田引水もいいところだと思う。

●すっかり倦んで引退してくれたかと思ったテサロニキが復活している。反小泉ブロガー同盟とやらを作り、トラックバックか何かで群れる運動をやっていた。そうして取り込んだ左派ブロガーを煽りたてては、あそこが違う、ここが違うと仲間うちで誹謗中傷を繰り返すので、鬱陶しいのだ。責任がないから、何言ってもよいし、組織責任もないという、匿名でやる言論活動の限界だと思う。テサロニキが使っている写真の肖像権ってどう処理しているんだろうかも気になる。不必要にイメージ画像として使っているから、なおも悪質だと思う。匿名だし、直通メールも明確にしていないから、抗議のしようもないのだろう。

テサロニキの書き方で私が憤るのは、山口二郎氏に対するデマにもとづく誹謗中傷である。
民主党の菅派と真ん中からちょっと左ぐらいの人たちに影響力があり、中道左派勢力のシンクタンク的な北大法学部の中心的研究者であるので、そこに何か傷を付けたいのだろう(テサロニキの行動パターンは有名人に対するコンプレクスと同じ思想的傾向を持つ人への嫉妬だ)。事実でもないことを次々に事実であるかのように書いている。小沢とつるんで政治改革をやり、新自由主義に左派を売り渡したというような書き方である。

90年代、山口は政治改革を是としながら、小沢一郎の考え方、手法には冷ややかだった。小沢にすりよる社会党議員を止めながら政界再編に導いた功績を全く無視しており、テサロニキのレッテルはほとんどデマである。丸山真男を研究したり、マルクスがどうのこうの言う人間の知性だと思えない。

山口二郎が90年代どんなことをしたかということは、左派陣営にいればおおよそ記憶にあるものだが、小沢に左派を売り飛ばしたり、あるいは二大政党制をめざしたなどということは言っていない。今はそれほどでもないが、自民党でもなく、古い社会党でもなく、小沢でもないスタンスはどのように形成できるか、ということに苦労したことである。
テサロニキの山口二郎批判は、小泉批判から左派になっていったような人たちが90年代の左派の動揺と変化を全く知らないかうろ覚えなことをいいことに、デマを根拠に行っている。テサロニキの山口二郎氏への評価は全くのデマである。当時の雑誌で、社会党内抵抗勢力と、小沢に憧憬する勢力とを両断しているものをしっかり読んだ方がいい。

山口氏が小沢一郎を評価したのは、あまりにも反動的な前原党首が辞任して以降である。小沢氏が党首になって反前原的スタンスを貫徹させてからの評価である。二大政党制も、国内において小選挙区制を基軸に社民連の思想を色濃く反映した民主党が野党第一党になり、彼自身がイギリスの留学中にイギリスの政権交代を経験して以降である。しかしそれ以降も、支援するのは民主党菅派を中心としたグループであり、小沢自由党の合流を受け入れることについては、厳しく批判を続けていた。

それより、先日の記事で、田中康夫に激励メールをもらったといって感涙たっぷりの文章を書いていたのに、田中康夫こそ小沢一郎べったりだということを無視するものだろうかと思ってしまう。

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2007.11.02

11/2 とおもったら連立不参加

自民党に連立入りをよびかけられた民主党の幹部会が、連立不参加を決定。

ほっとした。常識の判断だろう。

大連立、福田首相に言わせると「新体制」だが、参加すればかつての自社さ政権のときのように、自滅することになるだろう。

民主党が自滅したら、どのような政治状況になるのだろうか。

他の野党がその地位を取って変わるということは、まずありえない。社民党は今のミニ政党趣味の執行部・本部職員を総入れ替えしない限り、野党第一党にはなれない。そもそも過去の北朝鮮との親密な関係で信用を失ったこの党が、国民に愛される党になるには、国民が北朝鮮問題を忘却する時間が必要である。最大のとげである拉致被害者の本当の安否が生存者の帰還と明確な証拠をもった死亡者の証明がない限り、忘却の一歩も始まらない。
共産党も、その閉鎖的体質、独善的なコミュニケーションに、政界関係者は合流するパートナーという意識はまず作れない。せいぜい連立政権までである。国民新党は、社民党以上に厳しい。亀井幹事長は逸材だと思うが。新党大地は、ムネオ党でしかない。

野党側全体での政界再編成が期待できるかということになるが、97年末の新進党の解党以降、民主党を甘っちょろいんだ、隠れ左派だと非難してきた新進党議員が難民のように民主党に合流するしか選択肢がなかったということから、もはや新しい野党の構想も、それを支援する体制も、この社会のどこにもないと言ってよい。
戦後50年、社会党が時代にあわなくなった、国民意識から乖離しているなどと言われながらも、野党第一党の地位から降りなかった。民主党も、しばらくは野党第一党としての「公器」としての役割が期待されているということで、好き勝手なことを言い、どこと連立しても政策が合意できれば許される、野党第二党以下の野党とはおかれた立場が違うということを認識すべきだろう。

政治資金規正法の強化や、選挙取締の厳格化、さらには企業や労組の会計が厳しくなっていることから、もはや政界再編成をのりこえていくだけの体力、とりわけ金力が政界にはない。民主党が自滅すれば、微力な離合集散を再び繰り返しながら、その一部が自民党・公明党の補完勢力になったりして、今の与党のやりたい放題の政治状況が続く。

逆に言うと、企業団体献金が復活して、会計監査制度が緩んで企業の使途不明金に寛大になり、検察が政治に対抗する力を弱めれば政界再編成は可能だということができるが、そんな社会情勢にはない。

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11/2 「新体制」

自民党が民主党に連立をしないかと誘ったニュース。福田首相の言葉から「新体制」という言葉が出てきて、ほんとうに危険な感じがしている。「新体制」とは近衛文麿の作ったファッショ体制である。あのときも党派を克服しようという理屈だった。

総会屋系のHPでは、守屋次官の山田洋行疑惑で、久間と小沢一郎がやられるという情報が流れている。脅かされているのだろう。情けない。
こんな話になるとは、ずっと幹部やその側近どうしでの裏取引が続けられていたのだろう。それがなければ即断で断ればいいことで、持ち帰って協議などということが、怪しいのである。

もし連立なんてことになったら、民主党の役割は終わりだと思う。政界にいらない政党です。朝霞の基地跡地の問題でもろくな態度とれないし。
党としての末路は社民党のようになるだろう。国としてもファッショの危険も高まる。
日本の実質的な民主主義が機能しなくなるから、140年にわたる薩長の芋侍の支配のくびきを断つ、徳川社会主義革命を断行するしかないかなぁ。

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11/1 居眠り議員が小学生の皆勤賞だと

市の広報が届く。議会報告のページにあれだけ騒がれている基地跡地利用に関する議論が全く載っていない。作為的である。

またぶったまげたのが、小学生に皆勤賞を復活させよという市議の主張がトップで出ている。

議員 皆勤賞についてはご存知かと思いますが、学校を1日も欠席せずに登校すればこの賞に値するわけです。家庭の協力があって休まずに登校した努力の積み重ねが、皆勤賞につながるのではないでしょうか。 小学校6年間をスーパー皆勤賞、中学校卒業までの9年間を最優秀皆勤賞として表彰したら、この生徒は人生を通じてふるさと朝霞市を思い続けることになり、将来に期待もできる人づくりになると思います。最少の費用で最大の効果が期待できると思いますが、いかがでしょうか。

おっと出た、朝霞保守の精神訓大好き論議。あの教育再生会議でも、暴力生徒やいじめの加害者は登校させないという議論が出ているこの時代に、皆勤賞とは、脳天気も程があると思う。
それに学校を9年間欠席しなかったからと、ふるさとに誇りを持つものなのだろうかと思う。それより、教育の内容をもっと充実すべきじゃないかと思う。私立学校に行かせたり、塾通いをすることが当たり前になってしまうような質の教育を何とかすべきだと思う。

さすがに市役所も皆勤賞は何も子ども自身の精神力の問題だけじゃない部分もあって難しいんじゃないかと答弁してお茶を濁している。私が珍しく市職員の肩を持つが、この答弁は正しいと思う。
いじめや家庭事情が複雑化している中で、さらには朝霞市の場合、東京のベッドタウンという事情もあって、皆勤賞をぷらさげて小学校の問題がどうこうなるという問題でもないはずである。学校に登校していればいいなんて問題でもない。暴力やいじめをする生徒が皆勤賞だったら別な問題になるのではないか。皆勤賞という賞の性質から、こうした問題児童に賞をあげないという口実を探すのは難しい。

本来は、こういう質の低い質問をする議員というのは、選挙で淘汰されるべきだと思うが、なぜか朝霞の議会報告は、バカな質問も大事な質問もくそも味噌も一緒に匿名になっている。これでは有権者が選挙する意味が全くない。選挙は業績評価でもあるのだから、現職議員については、やはりどんな議会活動をしているのか、手に取るようにわかる広報が必要だと思う。

で、市議会の傍聴に足繁く通っている人から聞いたら、朝霞市議会の保守系会派の議員たちは、ほんとうによく居眠りするらしい(市役所を追及するだけで、野党会派を多数派が締め付けているだけの議会で、議員どうしの緊張ある議論もしていない市議会に、多少の居眠りは仕方がないと思う)。居眠りして、市長の暴走も止められないような議員じゃ、いくら皆勤賞だからと言ったって、意味がない。
小学生を締め付けることばかり思いつくなら、まず自らの行動を見直せと思う。

それと朝霞市の学校では、論語の「郷原、徳の賊なり」という言葉を徹底して教えるべきだと思う。

●同じく広報の市長のコラムで、バカなコメントが見つかる。
防災訓練の公共性を強調する中で、「『個』や『権利』が重視されがちな現代社会で」と、権利が防災訓練の対極にあるかのようなことを書いている。
防災訓練は、生存権や財産権など、市民の権利を守るために行われるべきことだ。そのための公共性である。市長がこのようなコメントをするのは、朝霞市が、市民の権利を否定したり抑制したりすることを目的に防災訓練をやろうとしているのだろうか、と言われても仕方がない。
民主主義は権利の集大成であり、権利ばかりが重視されがちな現代社会、などという問題意識があるなら、士農工商の徳川時代に戻すべきだと思う。しかしそうなったときに、富岡氏にしても塩味氏にしても、所詮、農の身分でしかない。政治なんかに携わるような家柄ではないのだ。そういうことがよろしくないということから近代は始まり、天賦の権利があるというのが、明治維新以降の考え方だ。
権利のために公共があり、他人の権利を侵害しないところまで自らの権利は認められる、というのが明治維新以降の近代社会の原理だろう。

だいたい基地跡地の市の政策など、商工会を中心とした権利を声高に主張できる人たちに阿った結論をまとめただけである。権利を主張したくても主張できない人たちのために基地跡地を利用するなどという発想はほとんどないと言ってよい。
そういう計画をまとめた権力者でもある張本人が、市民の権利にあれこれ論じるのは滑稽である。

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