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2007.10.31

10/31 市健康福祉部が福祉事業より商業施設賃貸業をやることが大切だと言う

前の基地跡地整備計画策定委員会の話。

この委員会の委員として入っている市職員の1人に、健康福祉部長がいて、以下の発言を行った。司会から、商業施設に入れるものとしてどのような施設をお望みですか、という問いかけに対する答えである。

「朝霞市は開業医の進出が著しくて、老人医療費がふくらんでおり、1人あたり医療費では埼玉県1位となっている。医療機関の開設について望む声があるが、医療費の増大を抑制する意味から、医療機関を誘致するという話にはならない。同じく介護施設についても、入所施設が入ることはないと思うが、通所施設についても介護保険財政をふくらませない意味で誘致するという考えはない。私は過去商工課を担当し、周辺商店街や商工会などと意見交換してきたが、まちの活性化の起爆剤を切実に求めている。そのためには商業施設であるべきである」

この発言の問題点として以下のようなことが言える。
① 開業医の進出が朝霞に集中しているという事実については、地域事情を無視して、医師会が好きなように開業を認めているということである。そのことは朝霞市の保健医療行政と医師会との専門的なやりとりができていない証拠である。重ねて市においては国保の保険者としての立場があり、老人医療費が膨張しているのは保険者としての機能が果たされていないということを明らかにしたものである。健康福祉部長という立場にあるものとして責任を感じるべきことだろう。
※背景事情として、市内開業医が社会的要請の高い夜間診療や往診を1軒もしていないのに、基地跡地に医師会館を建てて、市のお金でしんどい夜間・休日診療だけをやれという要求を出していることを封じる意味があるのだろう。この点については半分ぐらいは同意する。
② 老人医療費の膨張については、開業医の増加という健康福祉部長の認識も一理あるだろうが、それは上に書いたように医師会に説得力を持たない市の保健医療行政の怠慢から来ている問題でもあり、また、後述の介護保険がしっかりしていないことによる副作用でもある。介護の未整備が医療費を膨張させている例として、朝霞市民が親族の施設入所を語るときに、医療系施設の名称しか出てこないことがあげられる。
③ 介護施設については、朝霞市の場合、通常の自治体の水準以下に不足している。つくらない理由などない。
④ 介護施設不足を解消する多少の手段として、在宅福祉を充実する方法があるが、朝霞市の場合、市場任せで、大手事業者を含めて24時間の介護の体制はない。市役所が人材育成をしたり、ボランティア組織を介護事業者にして安心のまちづくりのための努力をしている形跡はない。本来、公的機関が運営することを想定して制度が作られた地域包括支援センターでさえ全部民間事業者に丸投げして、セーフティーネット機能を期待して出されている補助金を浪費している実態にある。
⑤ 介護保険財政は高齢化にともない、ふくらむことは避けられない。とくにベッドタウンという街の特性から親族介護の期待できない身寄りのない高齢者が多くなることは避けられない(私も含めて)。その現実から逃避して、無理に介護財政を抑制すれば必ず無理がくるし、ケアマネージャーのような第三者が介在しない医療費にしわよせが行き膨張して何倍ものツケを払うことになる。
⑥ 商店街の活性化は、こうしたハコモノ施設ではない。小さな商店が誇りを持って安定した商売ができる基盤があってできることで、大型商業施設を誘致してどうこうなるものではない。
⑦ 発言のスタンスとしては、商売のやる気もなくみんな不動産屋になり下がった商店街のために公共事業はやるが、医療や福祉などにこれ以上力を入れるつもりはないという態度である。商店街の商店主たちのやる気、まじめさの欠如が、今日の商店街の沈滞を招いている。その証拠に商店の跡継ぎはみんな不動産屋になって、持っていた商店の土地にマンション建てて働かずに暮らしている。いくら商店街大好きの私でも、自助努力のできる彼らが努力もせずに税金にたかるのは論外だと思っている。TMO計画などとの矛盾、既存都市マスタープランなどとの整合性もない。

健康福祉部長が、過去担当した商工課が大事なのか、目の前の職責である医療福祉の課題が大事なのか、価値観を見たように思う。

だいたい、地域福祉計画では、今回の国家公務員宿舎建設のような大規模開発を行う場合には、その人口増に見合う福祉施設の提供や開設の協力を求めよと書いてきたはず。これまでも大規模開発業者がマンション売るだけ売って食い散らかした後始末を、市民や市役所が財政難の折、他市に見劣りする福祉や教育の質・量を我慢するかたちでしのいできたからだ。深刻な待機児童問題、通勤電車の中のような学童保育など、行政サービス・公共サービスの供給量に見合わない開発を行ってきたツケとして出てきたことである。
そうした経緯を全く無視して、開発側に福祉施設は絶対にいらないと手形を切るのは、自らの職務分掌に対する謙譲の美徳などではなく、行政権の独走であり、勝手な振る舞いと言える。

残念なことに、朝霞市は、入所型介護施設も、保育所も、学童保育も、市役所がマンション開発を制限しないために著しく不足し続けており、この部長の発言は、税金取るだけ取って責任を取らない最悪の行政を行うと発言したようなものである。医療についても、二次医療を担う既存病院の質や受け入れ量を上げる努力をしているのだろうか。

私は、この4年、朝霞市の地域福祉計画づくりとその運用にそれなりに熱心につきあってきたが、この部長のこうした価値観につきあわされてきたのかと思うと、あほくさい思いになっている。今の市長、この部長になってから、地域福祉に関する取り組みは停滞し、庁内に関してはまったくとんちんかんなことが続いている。この部長は地域福祉の委員会にほとんど出席したことがない。

いっこうに市役所から地域福祉、つまり在宅福祉の充実とか、子育てをサポートする人的つながりとか、貧困者や高齢者に対するソーシャルワークが一向に整備されないし、整備しているという話も聞こえてこない。既存の団体に補助金をばらまいているだけ。和光市が高齢者の全数調査をやって、市の高齢者福祉政策をまとめたり、保育所の第三者評価を通して質を高める取り組みをしたり、さまざまな市民活動のレベルアップを促していることと対照的である。福祉に関して朝霞市役所から聞こえてくるのは、困っている市民は因果応報だといわんばかりの言葉と、がんばることはいいことだという精神訓ばかり。福祉担当課職員が、現場を見に行ってないことすら珍しくもない。近隣市の先進的な取り組みすら情報が入っていない。最近の市役所は、朝霞ブランドだとか、H・M記念碑だとかうかれたことばっかりやっている。
(年金の行方不明問題でも、きめ細かな対応をいちはやく取ったのは和光市であった。)

健康福祉部長が期待する事業というのは、単なる不動産デベロッパー業を市役所がやることに意味があると言っているのである。収益にならない仕事を自治体がやることに意味はあると思うが、不動産デベロッパーみたいな事業は、民でやるべきことであるし、市役所がこんなことをやって成功したためしは本当に少ない。

不動産屋やりたいのであれば、幹部職員たちは雁首並べて民間不動産業に転職すればいいのである。福祉や医療は民でできるものは民、コスト意識、行政に依存するなと、利用者まで言われている。その言葉の裏側には、運命には逆らうな苦行にたえよ、という言葉が浮かんでくる。それなのに、自分の運命をどうにでも変えられるはずの不動産開発業をどうして行政がやる必要があるのか、順序が間違っていると思う。

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10/31 公務員宿舎建設をめぐるたかりの光景

071031kichiato午前中、朝霞市基地跡地整備計画策定委員会の傍聴に行く。朝霞市の基地跡地に超高層の公務員宿舎850戸が建設される話をまとめる委員会である。市民参加による朝霞市基地跡地利用計画策定委員会がまとめた基本計画をまったく踏まえず、基地跡地に群がる公務員たちだけの会議である。

委員会では、①国家公務員宿舎26階建2棟850戸を建設する。②基地跡地一帯をシビックコアと指定し、公共機関の事務所を核としたまちづくりを行う。③公共施設の1階には、大型商業施設が入ることが可能な商業施設とする。④公共機関事務所の前の通りをシンボルロードとして20メートル幅の道路を50メートル幅(ほぼ高速道路と同じ)に拡幅する。⑤残りを防災用公園する(つまりはげ山になる)、という案をまとめて次回最終回を迎えることになったようだ。

その委員会、誰が委員かと思ったら、国から4人、県から4人、学識経験者(土建業界べったりの学者)1人、与党市議2人(野本一幸、浅川万次郎)、中村副市長、市職員3人(野本、笠川、長浜)で構成。国と県が1人ずつ欠席。税金で食べていない人が誰1人いないという審議会にびっくり。
ほとんど公務員というメンバーで、、公務員のための施設をお手盛りで作る打合せをしている。国はこの委員会を市民との合意だと僭称して事業を進めている。

話している内容がびっくりするほど、ひどい。朝霞市幹部職員による国へのおねだりのオンパレード。しかもおねだりしている中身については、ほとんど不明確という杜撰なもの。

①朝霞市の夏祭りで花火が打ち上げられるが、26階建の国家公務員宿舎が建つことで安全性や景観などの問題で実施が懸念されている。そのことに対して、「実施に問題はないという調査結果が出ています」という事務局の答弁の後、市職員が「宿舎に住まわれている方が迷惑にならないよう、窓には特段の配慮をお願いします」などと言っている。冗談じゃないよ。バカでかい公務員宿舎ができて、景観から何から迷惑するのは市民だ。まずその迷惑に対する国からのお詫びを求めるのが先ではないか。市役所が国家公務員のことを率先して心配してどうするんだと思う。事業費をふくらませて何を期待しているのだろうか、この市職員は。

②繰り返し市職員からは「防災計画での市役所の位置づけが跡地利用にない」という発言を繰り返す。朝霞市の現庁舎が旧耐震基準であることまで指摘して、災害時に対応できないなどと言う。シビックコアの入居施設として、市役所がもっともいい場所を取ろうという魂胆が見え見え。耐震基準を持ち出して危険だ危険だと騒ぐのは土建屋の手口。耐震基準など実験したわけではないし、地震のかたちもおき方も全然違うから、断定はできないという専門家の見解もある(耐震・免震の大家である多田英雄氏など)。心配なら防災関係課だけ新しい施設にいけばいいことで、まだ使える市役所が移転するなどとムダなことは考えるべきではないだろう。

③跡地利用のあり方をめぐって市民参加をかたくなに排除して進められた今回の話であるにもかかわらず、司会の土建系学識経験者は、市民を参加させて何が欲しいか議論させよ、などという。ふざけるなと思う。そもそもムダだからという市民の声を無視し続けて、基本的な利用計画について市民を排除して勝手に決めておいて、シビックコアに作られる個別の施設については、市民から要望させて、フットサルだテニスコートだ、遊興施設を税金で作る話をふくらませるのだろう。政治と関係の深い土建業者が喜ぶように事業費をふくらませる市民参加はありということだ。PFI方式(簡単に言うとリース)だから、土建業者と発注者(リース会社)、その背後にいる政治家の間で金銭のやりとりがあっても収賄にならない可能性が高い。自治体は唯々諾々とリース料を払うだけである。

④シビックコアに入居する公共施設名が全然ない。会議の最後の方で「この計画をまとめれば、国土交通省の地方審議会で土地利用を認めてもらえますね」 と聞く中村副市長に対して、国は「要望をまとめていただければ、具体的にすればいろいろ手だてはできますが、それがないうちには、何にもできません」と答えた。このやりとりがが2往復あり、朝霞市はとにかくハコモノがほしいだけで、中身の利用はこれからということを露呈した。挙げ句の果てには国から「せっかく作っても何も利用しない放っておかれてはまずい。暫定利用も含めて計画をまとめてほしい」と念を押される始末。
明確なニーズもなく、なんとなく活性化という雰囲気に押されて、国の後押しがあるからと公共施設を作って失敗した自治体はいっぱいある。夕張市ほどでないにしても、大都市部などで財政運営に失敗した自治体の大半はバブル期にこうした開発投資をしている。

この他にも傍聴者に聞こえないような小さな声いろいろな議論がされていた。話の内容は、どうでもいいオプションを次から次におねだりしていた。自信があるならもっと大きな声で発言すべきだろう。
そこで提案されていたのは、市民にとって不要不急の事業ばかりで、市長や幹部市職員の自己満足のための仕事に、小出しに卑屈におねだりして恥ずかしくないのかと思った。

この委員会、情報公開という点でも問題を感じた。傍聴者は開会後、傍聴許可できるまで廊下で待機させられる。傍聴も予約が必要というルール変更がされている。傍聴させないということが既定値になっている。いつでも傍聴は排除してやるという態度を見せているのだろう。録音も禁止と念を押される。言ったことを言わなかったことにするつもりだろうか。一体誰の税金を誰のために使う話をしているのだろうか。憤ることばかりである。開催地にも問題を感じている。

この他、委員である朝霞市健康福祉部長が全く職責を棚に上げた暴論を意見していたが、長くなったので次の記事に送ることにします。

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10/31 鳩山邦夫氏を証人喚問せよ

鳩山邦夫氏が「友だちの友だちはアルカイダ」という発言について問題になっていて、絆創膏を貼り付けたような釈明をしている。

テロとのたたかいを標榜する政府の一員であり、しかも入国管理を司る鳩山邦夫氏が、こうした不透明な関係があるということを自ら明かしたのだから、国会で証人喚問をすべきだと思う。

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2007.10.30

10/30 いったい誰のPRなのか

食品に関する表示偽装があちこちで摘発されている。第一義的には、偽装する業者が悪いに決まっているが、こうあちこちで出てくるというのは、業界の常識だったのだろう。食品業界でアルバイトしている人たちは、製造している自社の食品について、ほとんど良く言う人はいなかったことも思い出す。

ただし、今回、あまりにも同じパターンで同じような情報が流れていることに、作為的なものを感じざるを得ない。この程度の偽装は、どこでもありふれた話であるし、過去、内部でいろいろな思いをした人があちこちで取り締まる監督官庁等に垂れ込んでいたことがあったろう。それらはみな握りつぶされてきたと思って間違いないと思う。

妄想に近いものだが、今回の日本の食品業界の信用失墜で得をするのは誰か、なんて考えると、アメリカの食肉業界とか、過去、日本の食品安全基準の規制と国民感情の要求の高さに痛い目にあった人たちが、PR会社雇って、様々な情報を新聞や週刊誌に持ち込んでいるからではないかと思うこともある。

摘発されるパターンが類似していることが怪しく感じる。

●食品安全に関するマスコミの報道がいやらしい。守屋氏の問題もそうだが、最初にいろいろな情報を入手しているはずなのに、毎日小出しに、それも話の本筋とは違うスキャンダルまでほじくり返して、垂れ流している。私の職場も過去にそういうかたちでマスコミにやられた経験があるが、検察がマスコミに証拠情報をリークすることを通じてスキャンダル報道を制御しているらしいという話を聴いたことがある。

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10/30 障害者や母子家庭を切り、スポーツ予算は10倍増の8000億円に

障害者自立支援法の自己負担分の合計が1000億円程度と言われているし、母子家庭の給付カットが200億円程度と言われている。
その程度のオーダーの予算を必死になって削っているにもかかわらず、「スポーツ立国」をめざす議連が、スポーツ関連予算を800億円から8000億円に増やせという運動をするらしい。有力議員たちがよってたかって加入して、税金にたかる。東京オリンピック招致活動なんかも、こんな感じ。

●鳩山邦夫氏のアルカイダの友だち発言は、国際問題になるのではないか。辞任させるべきだと思う。
鳩山ブラザーズは、こういうとんちんかんな発言によるミスが多いのではないかと思う。兄由紀夫も、自民党がミスったときのコメントが良くないように思う。

●障害者の法定雇用率の未達の、38都道府県教育委員会に、厚生労働省が改善勧告を出した。公務部門では最も立ち遅れていた分野であり、ノーマライゼーションが最も求められる分野でもある。にもかかわらず。

●東武のHPで社員が数千円着服したとお詫びの広告。
沿線住民を轢いてしまったときには、こんなに早い対応しただろうか。あの事件は係員による踏切操作ミスだということだったが、必死に踏み切り操作をしていた職員だけが刑事罰を食らい、駅長が処分を食らっただけだったように思う。事情を知りながら改善のための予算も付けずに放置していた本社幹部は不問に付されて、そのことに対する説明も釈明もなかったことを思い出す。これでは従業員は伸びないと思う。
東武鉄道の社内って、格差社会なのかな。

●朝日の朝刊で中国に相続税がないことを知る。相続税のない・低い国は、えてしてコネ社会になるという見本のような話。そりゃそうだろう。親の富を子どもが労せず手に入れられることが日常化する。労せず富を手に入れられるということは運不運に左右される社会になる。そうなれば、実力ではなくコネクションで人間は動くことになるだろう。
棺桶の中まで財産を持っていこうとすべきではないと思う。ただし自然とか、公共的な価値のあるものを財産として残すという遺族に対する相続にどこまで重税をかけるかというのは検討しなければならないことだとわかっているが。
「相続税が高いと努力が報われない」と、共産国の金持ちが、相続税減税を実現し続けた日本の金持ちと同じことを言っているのには笑ってしまった。相続で親戚との権力闘争に血道を上げるだけで、働きもせず応分の負担も払わず莫大な財産を手に入れている人間を見たら、普通の人たちが報われないとばかばかしくなるものだ。
その点、台湾の土地税制はとても参考になる。固定資産税・相続税を低くするためには売却したときに税金が高くなり、売却したときの税金を低くしたければ、固定資産税や相続税が高くなる仕組みになっている。事業用の土地所有と、生活や伝統を守るための土地所有を自然に区分するようになっている。

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2007.10.29

10/29 文科、総務、農水省がポルポト政策を採用

文部科学省というのは三流官庁だと思うことがまたあった。
全国の小学生に、農山漁村体験を義務づけるという。そのために地方交付税をばらまくという。いい迷惑だし、余計なお世話だと思う。

農業漁業やりさえすれば人間根性がたたき直せるみたいなバカバカしい幻想があるのではないか。
残念なことを言うが、近代化した農村に、昔の村落共同体のような暖かさを追い求めるのは幻想だと思う。残念なことに、テレビゲームもテレビを見っぱなしの時間も、今や農村の子どもの方が圧倒的に長い。

日本の伝統とか言うつもりなんだろうけど、日本社会が近代化の進まなかった他のアジア諸国と違っていたのは、単なる農業国ではなく、江戸時代に、世界最大の都市江戸ができ、国内の商取引が活発になった面も持ち合わせていたからである。まさに都市文化と商業活動がいち早く根付いたからにほかならない。化石燃料が入る前にこうしたことが先行して定着したということも、着目しなければならない。
もう1つ、アイヌ民族のことも忘れてはならない。彼らは土地を奪われ、明治政府にかろうじてあてがわれた土地で、農業を強制された。アイヌ民族の運動家であった野村氏が狩猟民であった自民族が「農業なんかできるか」と
啖呵を切っていることを思い出す。農業をしなければ人格ができない、などという幻想は、士農工商の身分制社会の残滓である。

しかし、我が国の官僚制のルーツは薩摩や長州のいなか侍のしきたりにある。彼らにとっては忌まわしい徳川時代の都市文化など抹殺しようとしているのではないか、などと妄想を広げてみたりもする。
ともかく、農業の重労働もいいけど、少しは都市文化の伝統から学んではどうかと思う。

また、農村がそんなに人間の精神を明るくするものだろうか。私は懐疑的である。
引き揚げ者だった父方の一族、縁故疎開だった母方の一族、どちらも農村の人たちにはひどいめにあったようだ。祖父母はそんなこと一言も言わなかったが、叔父叔母は幼少期の体験を隠し立てなく話してくれたこともある。
また、毛沢東系の共産主義国は、都市住民を否定し、帰農させる政策を重視した。最悪の事例はカンボジアのポルポト政権である。彼らの思想と、今回の文部科学省の義務づけ策は同類ではないかと思っている。

優秀な共産革命の指導者がいれば、この政策を先取りして、農村に親を密告して打倒すべしと子どもたちに吹き込むことだってできる。文部科学省あたりの問題意識からは、今の親たちは子育てする能力もない問題親ばかりだというのが発想のスタートだからである。

これがばかばかしい政策だということは、逆に考えればよくわかる。地方に行くと時間感覚がおおざっぱである。その根性をたたき直すとして、田舎の人たちを東京の通勤電車に、1分遅れてはトラブルになるような生活をさせるために補助金を出す、などという政策をやったらどうかということでもある。

都市と地方の格差を是正すべきという議論がある。このことは正しいし、このことからは価値判断から中立的な地方交付税の機能強化と、地域間格差の出にくい税を地方の自主財源にすべきだという議論が出てくるはずだ。しかし、出てくるのは次から次に、公共事業をばらまく政策か、こうした情緒的な農村回帰の補助金ばかりだ。そんなことでいいのかと思う。

地方交付税を使うことも許し難い。本来、自治体間の財政格差を補正するためにあるはずの地方交付税を歪んだ帰農政策としての使うのは無駄遣いもいいところだ。財政不足で、福祉サービスを切っている過疎の自治体はどう捉えるだろうか。
税金がないないと必要なサービスが切られていて、障害者のいる家庭なんかほんとうにひどい思いをしているのに、こうしたばかげた情緒的な政策には省庁の壁を超えてポンポンとお金がつく。嫌な気分だ。

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2007.10.28

10/28 小泉改革で減ったはずの公務員宿舎が増えるマジック

午前中、基地跡地の国家公務員宿舎建設に反対運動をしているグループの集会に出てくる。
朝霞の基地跡地に、地上80メートル26階建ての公務員宿舎が建設される話が進んでいる。これは、2005年12月まで続けられた市民参加による基地跡地の利用計画を全面的に反古にする内容である。そのことに憤った市民が今日まで署名活動や広報活動を重ね、その報告集会である。

グループの作ったパワーポイントを使った解説は、データ、周辺情報も満載で、とても充実した内容であった。また、より詳しい話を聴くことができてよかったと思う。

【①国と勝手な約束をまとめてくるコンサルタント業者の存在】市役所が750万円で下請けさせているコンサルタント業のランドブレインという会社に、市役所はこの間の国との調整を丸投げしているらしいという報告があった。
日本の公共事業に巣くう行政コンサルタントの存在は問い返されなくてはならないと思う。公共事業の多い都道府県の県都市に行くと、真新しい立派なビルの多くが行政コンサルタントの本社である。物を造るわけでも直接サービスをするわけでもない、知恵出ししかしない会社が、どうしてそんなに儲かるのかと疑問に思っていたが、単なるシンクタンクやアイディア出しの仕事をしているわけではないようだ。
地方公務員法で制約のある公務員でもなければ、議員のように選挙で審判されるわけでもなく、当然市民でもない行政コンサルタントが、国との間で、朝霞市の代表のような顔をして、市長や市の幹部職員の意向を汲んで、民法でいう表見代理、無権代理と同じようなことをやっているということが明らかになった。表見代理、無権代理とは契約の有効性だけの概念で、刑法であれば詐欺である。折しも外務省の仕事に関してPCIが問題になるが、行政コンサルタントに投げてやれば、半ば脱法的にどうにでもお金の回しも利権の調整もできるということが明らかになっている。

【②議会軽視の市長・市役所】市長はじめ市役所は、この土地の利用方法について、議会に議決を諮らなくてもよいという態度だという。

【③公務員宿舎は増えていた】小泉政権の骨太の方針2006で国家公務員宿舎を7000戸から4000戸に減らす話がまとめられたが、減らすのが「23区内に」ということである。したがって、都内から3000戸を潰して民間に(格安で)払い下げ、新たに小金井、府中、横浜に2350戸、朝霞に850戸、合計3200戸建設する話も骨太の方針には矛盾しないと財務省が強弁しているという。そんなばかな、と思う。
国家公務員宿舎は何のためにあるのか。1つは旧来型の福利厚生だろう。よい人材を集めるメカニズムだ。でもそういう役割は終わったと思う。もう1つは国家公務員の場合、緊急事態や国会の混乱などで勤務地と居住地があまりにも離れていると問題が起きかねないという要請もあるだろう。そうであれば必要なのは職場に近い公務員住宅で、タクシーで1時間1万円以上経費がかかるような街にその要請が応えられるわけがない。それなら都心のボロ官舎に住み続けてもらいたいと思う。
3200戸に増えている話に戻すと、郵便局の手数料値上げと国庫納付金の留保や、道路公団の肥大化した利権組織の温存など、小泉政権下で、改革と言いながら、改革の被害者面した人たちが焼け太る現象が見られた。今まで使っていた建物を壊して、新しく建てるんだから、税金も余計に使われていることになる。
一方、今年は幹部公務員の賃上げを値切る方向になっている。給料は上げないのに、一部の公務員しか利用できない宿舎ばかり建設するのはなぜか。それは公務員宿舎を建てると、票やキックバックを貰える人たちがいて財務省に感謝してくれる人がいるからである。そのあたりのからくりは政官財が癒着した公共事業の仕組みと同じ。都心の土地の払い下げでデベロッパーが儲け、朝霞や小金井の宿舎の建設で建設業が儲け、政治家が票と献金をもらい、財務省官僚が利権構造の差配の権限を持つのである。
また、新たな建設地として小金井と府中という名を聞いて、先日の民主党の働きかけがかんばしくなかった理由がわかった。

【④シビックコアという指定で基地跡地は使いたい放題】シビックコアという役所の建物を集中建設するまちづくりを行うとなっているが、基地跡地全体にかかる事業になるらしい。したがって、際限なく公共施設が広がる話になるようだ。

【⑤財政に関するデータを公開しない市役所】朝霞市役所が勝手に国家公務員宿舎建設を受け入れた理由とした根拠となる財政データは何も示していない。自治体財政に注意を払えというのは自治体関係者の常識になってきたが、それは情報が公開されていることが前提である。朝霞市のように財政に関するデータ(予算・決算書だけではなく、今回の跡地利用に関するさまざまなシミュレーションでの試算なども含めて)を隠して、財政が危ない、財政が危ないと騒ぐことは、よりいっそう中枢にいる役人が一手に情報を握って権力を集中させてしまい、市民を隷属させる手段となる。

【⑥関連事業で市の持ち出しは180億円】朝霞市は国家公務員宿舎建設が最もコストがかかならない跡地利用であると盛んに宣伝しているが、反対運動の試算では、国の支出は国家公務員宿舎にかける建設費が153億円+テレビの受信障害対策など周辺対策費となる。また見返り施設として市の事業を行うシビックコア(のべ床面積4万5600㎡)やシンボルロード(今の道路幅の3倍)の整備で市の支出は180億円もふくらむという。これは市民参加でまとめた計画にある公園の建設費の1.5倍である。市はこれを財政的見地から見直すとしていたが、これまた焼け太りの論理である。また朝霞市は不交付団体だから、国の補助や交付金も一定制限される。そのことを市役所は明らかにしていない。

【⑦耐用年数が残る公共施設まで建て替え】シビックコアに取り込む対象施設がいずれも減価償却も終わっていない施設ばかりで、これまた税金の無駄遣いである。以下、対象施設の名称とその施設の建設年。なお、鉄筋コンクリート建築は、税法による減価償却の耐用年数は50年(数年前までは60年、建築業界の意向を汲んで短縮)、公共施設のようなメンテナンスであれば70年は優に維持できると言われている(主催者が日比谷公会堂を例示)。また耐震強度基準が現行のものになったのは1981年なので、それ以降は耐震強度についてもまず問題はない。
・市民会館ゆめぱれす 本体1976年、ゆめぱれす部分1997年建設
・市役所別館1992年
・朝霞税務署1992年
・朝霞市立図書館1987年
・中央公民館・コミュニティーセンター1984年
・朝霞郵便局1984年
・朝霞保健所1983年
・保健センター1979年
・武道館1976年
・ハローワーク・県税事務所1972年
・朝霞警察署1965年

【⑧神谷県議は反対】自民党の神谷県議は、基地跡地への国家公務員宿舎建設には反対だという報告。

質問者・発言者から、国家公務員宿舎とシビックコアとシンボルロード以外の利用について、何かやっていかないと緑地は残らないのではないか、日照権の被害が意外と大きくてびっくりした、などの発言があった。

私も意見を求められたので、今回の会の試算を見て、国がやる事業だからと財政を甘く見ていたが、抱き合わせでかなりの市の公共事業も行われることがわかった。市の勝手に進めている基地跡地計画が進むと、ただでさえ福祉や医療が遅れている朝霞市の状況をさらに遅れさせることになる。市が勝手に進めている計画が完成した折には、私たち世代は集団で移住しないとひどい目にあう。そのぐらい反対することが重要だと話す。

終了後、第四小学校の建て替えでいろいろ憤っている仲間に会う。こちらは、耐震強度に問題があるという理由で改築することになったが、「すべての業者が入札を辞退した」という理由で何年も延期になり、再入札にかけられたが、新しい入札価格が3割増になっている。次の小学校の改築では、倍額ぐらいになっている。いくら人件費や材料費が高騰しているからといってそんなバカな話はあるだろうかと思った。
マンションの耐震強度の問題で、耐震強度など科学的根拠がなくて、だろうの計算の集積であるという話を聴いたが、いたずらに耐震強度を問題にすることは、建築屋の利権さがしに協力していると言ってよい部分もある。

●朝霞市議会の会派「市民ネット」の広報が投函されていた。
市議会の委員会の傍聴した前議員の報告が出ていた。その中で、議席に議員の名札も出ていないし、パソコンでの筆記もダメということらしい。「傍聴者は招かざる存在のようだ」と書いている。現職の大勢の市議会議員にとって本当にそうなのだろう。
実際、朝霞市の広報で載ってくる議会報告には、議案に対しての各議員や会派の賛否の報告は出ていないし、そうである以上、議論での質問者の名前も出てこない。無表情やみんながみんなで決めたと言いたいのだろうか。これでは選挙で有権者が判断して投票できない。
よく、そんなことで市民の納めた税金で報酬を受け取れるとも思う。自分の議案への態度や審議への発言内容を報告できないで、職業倫理として恥ずかしくないんだろうか。選挙直前になるとあれをくれと言ったら叶った、これをくれと言っているなどと書いたちらしを配ってくれるが、あれはみんなはったりなのだろうか。

●不幸にも公務員宿舎が建設される暁には、有楽町線直通電車(あるいは和光市始発で埋め合わせても)をもっと増発してもらいたいものだ。朝のラッシュ時間にさえ10分以上来ないこともある。それからキャリア官僚が退勤する深夜時間帯の有楽町線も。21時過ぎると、和光市行きでさえ20分近く来ない時間もある。当然、朝のラッシュ以上に混雑していて、ドアが閉まらなくて、和光市にたどりつくまでに遅延を重ねていく。そんな地下鉄なんかあるかい!と思っている。
毎日通勤地獄で揺られて不愉快な思いをして、税金を召し上げられる恨みなど、電車通勤なんかしたことない原住民出身の市長や市職員にはわからないだろう。

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10/28 何がはれんちか

北海道大学の伝統ある恵迪寮の名物行事「赤ふんパレード」がきょうあったようだ。最初に北海道行った年に、肌寒いこの季節に裸のむくつけき男子学生が行列して歩いていたので、びっくりするやら。

ところが昨年、このパレードに破廉恥だという苦情が寄せられて中断させられたこともあったようで、今年は自粛モードでやったらしい。破廉恥かも知れないが、こうしたことに社会はもっと寛容であってほしいと思う。せめて地方都市ぐらいは、と思う。

●北海道1区の自民党の候補者に長谷川岳が決まりかけているという情報を得た。やっぱりねぇ。よさこい系の祭りって、田舎政治家が飛びつきそうなノリなんだよね。うちのまちも。

長谷川岳はよさこいソーラン祭を始めた人物だが、96年の総選挙に民主党の横路孝弘氏と同じ北海道1区で立候補。自民党に応援してもらえずに、「横道にそれずまっすぐに歩きたい」というポスターを掲出し自爆。その後、よさこい祭りの前線を引いてからも、彼はどこからか資金を調達して活動を続けてきた。
背景事情のややこしさが、よさこい祭りのいろいろ矛盾を生んでいるようだ。何かの討論会で同席したとき、ポケットベルが普及したばかりの頃で、ポケットベル1つで100人の若者を集めることができる、と豪語していた彼に何か嫌な権力臭を感じたことがある。
そういう事情を踏まえていくと、朝霞市で最も政治的にうさんくさかった元県議がこの祭りに飛びついたのも、よくわかるように思う。

この祭りは最初は素朴なもので、既設の歩行者天国の中を、盆踊りあり、若者のダンスあり、見ていて楽しかったが、だんだん大企業か地場大手の不動産屋のスポンサーがつき、各チームがイベント屋を雇わないと隊列が組めないようなかたちになり、踊りは没個性的になり、ちっとも面白くない祭りになった。

杉村太蔵氏には公認獲得のためになおいっそうの奮闘を、北海道1区の人たちのためにお願いしたいものだと思う。

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2007.10.27

10/27 幹部個人の責任不問・年金記録問題

あれだけ組合や一般職員をバッシングして問題解決を図ってきた社会保険庁問題だが、元検事がリードする総務省の「年金記録問題検証委員会」は、過去の厚生省幹部について、責任を不問にするという。

この10月から始まっている社保庁職員の解雇・再雇用手続き、臨時・非常勤・嘱託職員の雇い止め。悪質な問題職員もいるだろうが、一方でたまたま研修で他人の加入経歴を見たことで処分歴がついてしまった職員たちもいる。そうした人たちは、組織替えにあたって再雇用はなしという可能性もあり、びくびくしている。

それに比べて、年金制度そのそのをいい加減なままにしてきた責任者や、いい加減な年金記録となるような事務手続きを放置してきた責任者、年金転貸融資事業を政治家にぶら下げてきた幹部たちの責任が不問というのでは、バランスが悪すぎるように思う。

所詮、この問題は組合バッシングのためのネタでしかなかったのだろうか。それでは年金制度が良くなるわけがないはずだ。

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10/27 滝山コミューン一九七四と同じ体験

原武史「滝山コミューン一九七四」を読む。

東久留米市の滝山団地の中にある小学校で、1970年代、PTA活動の民主化を契機に、共産党色の強い全生研運動が取り組まれた。その渦中で苦しんだ著者の小学校時代を回想しながら、政治史的な分析を加えて書いている。文章は自伝的なものなので、平易で読みやすい。
著者は一般的に右よりの人間として知られているが、素材が共産党色の強い地域教育運動なのに、バランスの取れた執筆もよいと思う。
著者が紹介し全生研運動というのは、レッテル貼り的に言うと共産党系の教員を中心にPTAや生徒会を巻き込んだ生活指導とコミュニティーづくりの運動である(著者は日教組という言い方をしていたが、社会党系の先生たちは、全生研を朝のうんこ検査が象徴する人権侵害の運動と冷ややかに見てきた)。
クラスを班分けして、班の中と班対班の徹底した討論で生徒集団の民主的自治と統一を作っていくというしかけによって、生徒の、今で言う「人間力」的なものを高めていくというような運動である。著者は民主集中制(共産主義の組織論)を学校・クラス運営に持ち込んだものというような表現をしている。そのことが学校を覆い尽くし、隠された権力闘争の中で小学生である生徒たち1人ひとりに大きな負荷がかかっていく情景が描かれている。

著者は、その象徴的な技法として、班活動を紹介している。クラスの中では、班の数より1つ少ない任務を用意して、班ごとで競わせたり、リコールさせることで、自発的に統治している仕掛けも取るらしい。仕事をもらえない班は、「ボロ班」と言われ、それにならないために、仕事のある班を批判したり、仕事のある班はボロ班にならないように努力したり、議論を尽くすというのが美しい仕組みである。

しかし、そこにはボロ班と呼ばれる人たちがおり、逆に全生研運動に熱心な教員たちの期待を背負って、小学生なのに政敵とたたかい、身内を固めなくてはならないエリートの生徒たちの苦しみがあったりもする。
滝山コミューンの卒業後30年近く経った今でも、著者がインタビューした当時の生徒会委員長は、当時は精神的な影響がさまざま出るほど重圧だったと吐露し、「トラウマ」という言葉で今でもその呪縛から離れられないと語るシーンが重い。

読後、いくつか感想を持つ。

全生研運動のクラス運営について、私も小学生のとき1年ぐらい体験したことがある。
担任に取り入った質の悪いクラスのリーダーが自らの権力と暴力的なエネルギーを昇華させるために班活動・班編制を利用し、次々にクラスにスケープゴートをつくり嫌がらせをし続けた。私も「ボロ班」の班長となったことがある。クラスリーダーの「仕事もないのはかわいそうだから」という「温情」で、数ヶ月間クラスリーダーが持ち込んできたドバトの小屋づくりや世話をやらされた。しかも、ハトのフンやはねが不衛生だからと、みんなの登校する前に掃除を済ませろという制約をつけられたり、ドバトが逃げたり死んだらおまえのせいだ弁償してもらうからと恫喝されながらである(それでハトを平和のシンボルとすることに納得できなくなってしまった)。
彼はいろいろな人にそのようなことをしていたらしく、担任にバレたときには授業が3日も止まって、担任とそのリーダーの話し合いが続けられた。結局は担任はそうしたむごたらしい班競争システムはやめることにして、私を含めてリーダーの被害者に涙を流してお詫びされた。そんな経験を思い出した。

このように班活動の現実は、いくつかの面で残酷な部分を表す。子どもの中に生活をめぐって権力闘争が持ち込まれる。教員が絶対であるというシステムそのものを否定しないままに行われるので、教員の価値観を生徒自らが競いあって忠誠を誓うようになる、できの悪い子どものいる班が貧乏くじを引くので、できの悪い子が二重のスケープゴートになる、などの問題点がある。
これは、私も小学生のときの一時期に体験したり、高校生活の一部でよそのクラスで触れたことでもあって、体験者以外の人にはなかなか説明がつかなかったことだった。原氏にうまくまとめていただいたと思う。

それから「班」という日本的な組織について考えるものがあった。
1970年代の民主主義の進化は「班」というものの検証と評価を抜きに語れないと思う。全生研運動が生徒指導の方法として「班」を重視したが、労使協調の大企業労組の存立基盤ともなったQC活動も班活動、同時代に拡大した生協運動も班活動・小集団管理を重視している。もっとも近代的自我が発達した1970年代に、前近代的なるものとして否定した隣組や農村の共同体を彷彿とさせるようなシステムを使った運動が、右も左も熱心に取り組まれたのか興味深い。

そのことが70年代以前の権威主義的な時代より、個人には残酷なメカニズムをもたらしたのではないかということも考えられる。一方で、80年代後半以降「班」活動が流行せず、90年代後半から入ってきた市場原理のドラスティックな変化と比べると、班活動はあまりにも陳腐な存在になってしまっている。

文中出てくる、戦時体制の中で青春時代を送った「三浦先生」が、小集団管理は戦時体制そのものだという冷ややかな視点をもっていたことが紹介されているが、興味深い。
1970年代は、権威主義が否定され政治構造が流動化しはじめたことで民主主義が進化した時代とも言えるが、一方で、そこで行われてきたことは、隣組的な戦時体制のやり方そのままだったということもいえる部分がある。10年ぐらい前、社会党系の政治家の妻と話をしていたとき、団塊の世代の人材難について嘆いた後、「(主張は左ではあるんだけども)戦争中に行われてきた人間のむごさに対する洞察力が欠けている」と心配しておられたことを思い出す。

本書の中で、背景事情として、東久留米市など、1970年代に大団地が建設された地域の特有の政治構造の変化を捉えていることが興味深い。その後の多摩ニュータウンや田園都市線の沿線開発との対比を行っているのも興味深い。
東京に通勤する新住民が集中して住み、駅から団地行きのバスで既存の地域から切り離された生活圏、文化圏ができてくる中で、地域社会の権力構造や政党支持の構造が一気に変化してくる状況をうまくつかんでいる。朝霞の近隣市でも、水準はどうであれ団地住民が大量に流入して以後、多様な政治的主張が市議会に反映されている新座市や和光市と、いくら新住民が増えてもステロタイプな革新と旧来からの政治構造に安住する保守ばかりの朝霞市や志木市との対比にそれを感じる。二代にわたって私も経験しているが、散発的に新住民が後から入ってくると、旧住民の恭順させる圧力や不合理なしきたりを破る力は持つのは難しい。

市議選の候補者のバラエティーと市議会の風通しの良さが全然違い、ここは団地の効果を見せつけられると思う。

原氏と私は全然立場が違うので安易に原氏に共感するのは慎まなくてはならないが、ほんとうに30年以上前のことをよくまとめられたと思って感謝して読み終えた。

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2007.10.26

10/26 NOVA問題についてのテレビ局・広告代理店の責任

NOVAが倒産。ゴルフ会員権商法みたいなものだなぁ。

ところで、NOVAの被害がこんなに成長したのは、テレビコマーシャルの効果が大きい。テレビ局、広告代理店、コピーライターたちは、何重もの問題を抱えていると思う。

NOVAが消費者問題を抱えているらしいという話は、消費者問題に聞き耳を立てている人や、問題商法に関心のある人たちにとっては、ずいぶん前から聞こえていた。それでも繰り返し繰り返しテレビコマーシャルが流されてきた。今回、被害を受けた受講者や外国人講師たちの上前が、テレビ局、広告代理店、コピーライターに少なくない額が流れていたということになる。特にテレビ局と広告代理店は、そうした消費者問題に聞き耳を立てられる立場にあったし、社会問題として視聴者などからの問題指摘もあったのではないかと思う。

テレビ局や広告代理店が、NOVAで一儲けしていることで、結果的には、NOVAの消費者問題を隠蔽し、良いイメージを植え付けることに一枚手を貸した役割を果たしている。

航空会社や銀行員の給料が下がったために、今、日本のサラリーマンたちで最も給料が高い人たちは、広告代理店職員、次にテレビ局職員である。30歳で1000万円の給料である(彼らはいい歳した公務員が年収1000万貰っていることを問題だ、問題だと騒ぐ側にいる)。次に高い航空会社や商社の社員を何馬身も引き離している。それぐらい高い給料の原資は、こうした問題企業の出した広告代にある。このことは、商工ローン問題や、サラ金問題、KSD問題でも問われた構造であるにもかかわらず、いつまでも繰り返される。

豊田商事事件で解釈が変更され、問題ある仕事についていた人の所得の、労働の対価部分を上回る部分については不当利得という判断がされ、被害者債権への返済資金として弁償することになっている。30歳年収1000万に不当利得があるかどうかは微妙だが、広告代というのはそういう社会のあぶく銭なんだということをもっと自覚しないとまずいのではないかと思う。

そしてこの構造が全く改まらないのも、電通一社がテレビ広告の過半数を握っている独占にあり(大して独占の弊害がないJRやNTTが切り刻まれたのにもかかわらず、本来は複数社の競合によるチェックアンドバランスが必要な広告代理店業界が、元国策会社が独占しているということ自体が社会問題だと思う)、博報堂以下の広告代理店は、電通の間隙を縫うような広告商売しかできないところに問題広告が出やすい背景があると思う。

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10/25 朝霞基地跡地の問題で陳情を打診してみたけども

民主党の幹部クラスの役員に、朝霞の基地跡地に超高層国家公務員宿舎が建つことについて、陳情の打診をしたところ、「選挙区総支部が賛成しているんじゃねぇ」とやんわり逃げられる。うーん、この党の「税金の無駄遣い一掃」って理屈、最初から崩れている・・・。党内基盤の弱い幹部だから、自分ところの派閥に所属していない選挙区候補者にあれこれ言いにくいのかも知れない。

余っている公務員宿舎を、職場に近くもない場所に新たに建てるなんてムダの最たるものではないか。

社会には子どもを保育園に入れられれば働けるお母さん、介護サービスが十分に受けられれば野たれ死ななくても済んだお年寄り、産婦人科の緊急入院を断られて死産をしてしまう産婦、そんな税金の恩恵で自立と社会の再生の担い手になることを待っている人がいる。同じ税金をムダ遣いするにしても、優先順位があるのに、どちらかというと保育園に預けようとしているお母さん、介護保険を利用しようとしているお年寄り、緊急入院になってしまった産婦の方が、社会的非難や、日本的な自己責任を強調する因果の理屈で、ムダ遣いの対象として糾弾されてしまっている。朝霞の国家公務員宿舎建設に政治がブレーキがかけられる話は一向に聞こえてこない。こういうことに出くわすたびに、政治など、キックバックで動く程度のものだと思ってしまう。

民主党のメカニズムについても考えさせられる。衆議院の候補者になってしまえば、その地域のことに関して、民主党やその周辺では誰よりも偉い存在になってしまう。その地位を手に入れるために、選挙に大して強くもないのに選挙の神様と言ってみたり、有力政治家に取り入ったり、政治ニートたちは虚飾をちりばめて公認獲得に血道を挙げる。
そうして選ばれてきた陣笠候補者は、党の基本的な考え方や、政策の作風と平気で矛盾することをやれる。やっても党も党幹部も手も足も出ない。朝霞の民主党支持者の不幸はここにある。菅直人や、鳩山由紀夫や、枝野幸男や、原口一博や、馬淵澄夫をイメージして投票した人が、全く反対のことやっている人たちを勢いづけることになっている。基地跡地問題がその象徴的な問題である。

そうした矛盾した民主党総支部を持つ地域の課題については、民主党の政策に合致している主張なのに、代議士を支持する選挙区の有力者たちだけの都合で吸い上げられないというとんでもないことが起きている。ソ連共産党の地方組織が、地域や職場で滅茶苦茶なことやっても、モスクワが「機関を通して苦情を言え」と聞かなかったような話でもある。

もっとも民主党は選挙で選ばれた議員だけで作られている政党なので、そういうイメージと実態に矛盾を抱える選挙区については、自民党候補者に投票して落選させてしまえばいいということも言えるけど、自分の選挙区の候補が1つ1つの考えについてどのようなこと言っているか、マニアックに政治を見ている有権者などたくさんいない。この私でも、自分の選挙区の民主党候補が何言いたいのかほとんどわかっていない。知っているのは、お百姓さんのことに詳しいということと、後援会のちらしに兵器や軍艦の写真がいっぱい使われていることだけである。自民党候補の善行の方がよくわかるけど、これまたマニアックな人しか知らないことだったりする。

選挙区の政治家の情報収集について、有権者の自己責任に押しつけるのもいいけど、政党の自浄作用が必要で、支持者から複数のルートで陳情を受け付けられる制度や、苦情申し立ての制度を整備する必要を感じる。政党なんてレッテルに過ぎないんだから、有権者がわかりやすく判断できるようにしなければならないと思う。製造物責任と言ってもよい。

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2007.10.22

10/22 レンタカーユーザーを弾圧する首都高会社

首都高速道を距離制運賃にするという。最低400円~1200円、ただしETC非対応(装置とETCカードを持たない)クルマは、一律1200円取るという。1200円は高いというので、簡易型のETCをコンビニで貸し出すというが、数千円の保証金と「十分な」預託金が必要だという。わざわざ返金手続きに行かないと、結局は数千円ごとどぶに棄てるお金になる。めんどくせー。

この距離制料金制は、公金を使って建設された道路による、レンタカー利用者に対する弾圧であり差別である。レンタカー利用者に最も不利に働く。

距離制料金というのは公平なように見えるが、徴収コストがかかるだけである。その結果、ETCじゃない料金を500円も値上げする。この分がシステム料金だと思ってよい。

また、これまで紙と徴収員がいれば料金徴収できるものが、高価なシステムが管理することになり、コンピューター屋のいいカモになる。もちろん、首都高会社の幹部が、コンピューター屋からなにがしかの恩恵を受けていることは想像に難くないし、民営化で、そうしたことが収賄にはならなくなった。

首都高公団がもっとご意見をと言っているが、聞くだけだろう。お役所の予定調和的な報告書のように、いろいろ意見はあったけど、導入することに意義を見いだす意見もありました、と結局やりたいようにやるだけだろう。高額なお金をかけるシステム導入は、利権ずぶずぶである可能性も高い。そうであれば絶対にやめられない。

民営化される前は、こうした料金も国会審議にかけられたりしたものだが、民営化された以上、好き勝手放題やられるだけだ。そういうところに民主的コントロールが効かなくなることが民営化の弊害でもある。
今回の実質値上げは、団塊的新自由主義者の猪瀬直樹の置きみやげである。

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10/22 不良品の本

最近、不良品の本を掴まされることが多い。書店では不良品ではないことになっているが、読んでいてとても手が疲れる。やはり不良品である。

紙は、機械で漉いた方向に向かって目ができる。本は、とじしろと並行に目が流れるように作る。そうすることでめくりやすくなる。しかし目がとじしろと直角に向かうと、ページをめくるよりも、本全体がへしゃげてしまう。その力に抗するように、手のひらで力をかけ続け、強くページをおさえる。数倍の力がかかる。

●長島一由「浮動票の時代」を読む。選挙フリークだった著者が、逗子市長になって市役所を運営したことの苦楽をまとめたものだ。非常に参考になる。市長になるまで、次から次に公職を投げ出して選挙ばかりやっている選挙フリークのマッチョと思って軽蔑していたが、人気取りの改革派首長よりずっと堅実で、評価しなおした。一度話を聴いてみたい人物だと思う。

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2007.10.21

10/21 所沢市長選挙、当麻よし子さん市長に

所沢市長選挙が行われ、民主党県議をした当麻よし子さんが3万4000票余りで、2位以下にほぼダブルスコアの差をつけて当選した。旧民主党埼玉のときに、一緒にいろいろ仕事をし、お世話になった方なので、当選がほとんうに嬉しい。斎藤市長が重視してきた保健福祉の分野も、これで守られるのではないかと思う。

ただし、激戦だったにもかかわらず投票率が30%台前半というのが気になる。低投票率は、朝霞の市長選挙ほどではないが、埼玉都民意識の強い埼玉県西部の人たちの、旧態依然の地方自治に対する期待の薄さを反映しているのだろうか。

県内の民主党の代議士が応援した中で、うちの選挙区の民主党代議士の応援態勢がなかったみたい。朝霞志木新座和光の民主党は特殊だなぁと思う。

1 辻 もとみ 日本共産党  8,633
2 当麻 よし子 無所属  34,119
3 おさかべ せいえ 無所属  8,478
4 木下 あつし 無所属  17,386
5 安田 としお 無所属  13,633
計      82,249
無効       1,273
合計       83,522
不受理・持ち帰り        0
開票率      100.00%

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10/21 朝霞駅前通りが商店街から外されるらしい

基地跡地での国家公務員宿舎建設の反対運動をしている人たちのHPからの情報。基地跡地利用について国と協議している中で出された資料で、朝霞駅前の商業中心地を、「駅と基地跡地とを結ぶ賑わいと活力源」として、今の駅前通りから、2本南側の郵便局前の通りに商業活動の中心軸を移すことが提案されているようだ。駅前通の中で育った者として、憤慨をする内容である。

どうしてこういうことが都市マスタープランや、まちづくり計画などと無関係にこんな線引き、ゾーニングが出されるのか、市民参加や議会の審議を経ずに国に約束されるのか。この朝霞市の運営は基本的なところで大間違いを起こしている。おそらくこんな手続きを都内のみならず地方都市の自治体関係者に話したら、なんて前近代的な自治体だろうと笑われるだろう。都市マスタープランでは、水と緑のネットワークとしてこの道路は位置づけられており、どうしたら「駅と基地跡地とを結ぶ賑わいと活力源」などと定義づける曲解ができるのかと思う。朝霞市役所の作成する計画などこの程度のもので、中国社会じゃないけど、偉い人が言えば、過去の積み重ねや計画の正統性などすぐねじ曲げられて変更される程度のものなのだろう。

気になるのは、にぎわいという言葉である。もっとのこの通りは開発の遅れの割に地価が高く、そう簡単に商業施設が増えるとも思えない。和光市から川越街道に抜ける通過道路で、商店街に向いている道路とも思えない。駅から5分なのに、今でも畑とマンションのエントランスしかないこの通りがにぎわいなどと笑ってしまうが、それはともかくとしても、やはり水と緑からにぎわいに定義が変わった位置づけが気になる。

基地跡地利用をめぐっては、前々から、市長の有力な支持団体である青年会議所を中心に、基地跡地に田舎にあるような郊外型ショッピングセンターを誘致する提案がある。

数日前の記事で指摘したが、国家公務員宿舎の受け入れの見返りに、①シンボル道路の整備、②シビックコアという役所の建物のプレゼント、③基地跡地の有害物質の除去を国に要求して認められそうだという。有害物質の除去の後には、市長が再び国家公務員宿舎の受け入れのように勝手な約束をやってしまえば、土地はどんなふうにでも利用できることになる。したがって、青年会議所を中心にした願望である、郊外型スーパーの誘致は可能になってしまう。そしてそこへの人の流れをもって、「にぎわいのある通り」と位置づけるのだろうか。
※朝霞の青年会議所はナショナリズムをしきりに焚きつける運動をやっているが、郊外型スーパーに依存して生活することが日本人らしい生活なのか聞いてみたいものだ。
いい首都圏のベッドタウンに、群馬や茨城みたいな郊外型スーパーはないだろう(群馬や茨城の方すみません)。売り上げが吸い取られて、住宅地の中にある既存のスーパーが軒並み撤退されると思ってよい。否応なく、朝霞駅周辺のほとんどの市民は、食料品1つタクシーやマイカーで買い物に行くハメに陥る。それがベッドタウン住民のライフスタイルに合うとはおもわない。郊外型スーパーに目くらまされている人たちはそのことの本当の危機感を実感しないとまずいのではないかと思う。

良質な住宅地を維持していくためには、公共サービスを整え、小規模の自営の商店がじっくり培養されていくことが必要だ。商店を介在した人間どうしの信頼感を結んでいくことが、良質や地域社会をつくり、またそのことが質の高い市民の育成につながる。人為的なにぎわいなど所詮使い捨てのにぎわいで、底が浅く、住民の協力意識など芽生えないままとなる。

基地跡地に、超高層の公務員宿舎はできるわ、郊外型スーパーはできるわ、そのエントランス整備とも言えるようなシンボルロードなる怪しげなものができるやら、ただ市民の力づけが何も行われず、劇場での享楽に明け暮れるローマのように税金が使い果たされていくばかりである。

そんな最悪のシナリオを考えたら、基地跡地は有害物質を残したまま、放置された方がいいと思う。無闇に開発しようとするのは、夕張市とやっていることはそんなに変わらない。

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10/21 市議選の説明会が開かれたようです

朝霞市議選の立候補者説明会があったようで、定数が28→24人の減少するなか、34人の立候補が取りざたされているという。

この中には、政党が現有議席を死守するための候補もいるし、サラリーマンの感覚がわからない地主のボンボンだろうとわかるような候補もいる。そうであっても、新しい人たちに躍進してほしい。今の市議たちは4期も5期もやった過去の人ばかりである。地方分権も介護保険もなかった20年も前の課題をひきずって議員をやる人はたくさんはいらない。イデオロギーにはいろいろあっても、今の課題に取り組んでくれる人が増えて欲しい。近隣市のなかで最も情報公開、市民参加、説明責任に遅れた市役所を放置してきた市議会議員が入れ替わることを期待したい。

それとともに、基地跡地問題、市役所の仕事の仕方の改革、市役所の意志決定における市民参加、遅れている保育・介護の体制と水準をどうするのか、明確な公約がほしいと思っている。わけのわからない公約の人は落選させるべきだと思う。それから、立候補者には当選後に所属する政党や会派を明らかにしてほしい。無所属で、地元出身で、おはようございます、だけで当選されては、何されるかわからない。

それと、朝霞市が直面する課題に正面から向き合わず、問題行動の多い富岡市長の政治姿勢を追認し続けた、保守系の進政会、拓政会、市議会民主の現職議員がどれだけ厳しい結果が下されるのかが朝霞市の将来を決めるんじゃないかと思っている。基地跡地への6月議会、9月議会の対応などを見ていると、議員としての資質があるのか、政治家としての資質があるのか、ほんとうに疑問に思っている。

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10/21 管理組合の改革を進める

住んでいるアパートの管理組合の総会があった。2期2年つとめた管理組合の理事長、副理事長をようやく退任させてもらうことができた。

管理会社にすがるしかない管理組合を脱却して、少なくとも対等な関係でつきあえる体制づくりをした。そのための改革は、①最低1人の理事は2期2年理事をやり、継続性をもたせること、②50万円以上の支出をともなう大規模な工事や管理費の内容改定をする場合は外部アドバイザーを入れて原案をまとめること、③防災・防火体制を整備に着手したこと、の3点。

①は、今までの理事会は1年任期で全員入れ替え、ほとんど立候補者もなくくじ引きで役員を決めてきた。新しい理事が総会にいないことが当たり前のようになっていて、1年のうちの半分は管理会社に頭が上がらないような状態が続いてきた。
②マンションは、売るデベロッパー、管理会社、様々な修繕工事を請け負うゼネコン、同じ系列会社がやっている。管理組合の役員は素人であるため、系列企業どうしで作成してくる見積書も請求書も相場がわからず、管理会社を窓口にしてお金を使われることにチェックが効かなかった。これに第三者を挟ませることを義務化して、見積書のチェックをするために労力やコストを使えるようにした。
ほんとうは、マンション管理組合の連合会みたいなところに入る選択肢も考えたが、まだまだ管理組合や共有部分は住民のものという意識が高まっていないので、今回は見送った。
③住民自身で防災活動をできるようにすることも大事であったが、共有部分も含めてマンションが自分たちのものであり、最終的には自分たちの責任で維持されていることを意識してもらうことも考えてもらう機会になった。防災訓練や、防火計画の策定などを行った。そこで警報システムの不備も発見できてよかった。

1期目を終えるときに継続して役員を引き受けてくださる方がおらず、言い出しっぺの私が続投した。仕事が忙しくなってきたので、2期目の今回こそ降りなきゃと思っていたら、最も若手で、最もしっかりした方が、続投をしてくれると言ってくださって、あっさり引退できてほんとうに嬉しい。しかも、この引き受けてくださった方は、自分なりのマンションの未来に必要な課題を持っておられて、他の理事も同感することだったので、とっても期待できる方だと思っている。

まだまだ面白いことできるなぁと自分では思っていたが、またお役に立てるときに出ればいいことで、いろいろな人がいろいろな課題を背負って管理組合に関わってくれることが大事だと思っている。総会が終わった後、かつて理事長を引き受けてくださった方が、またいつか何かでかかわりたいとおっしゃってくれて、広報体制などにも抱負があると申し出てくれたことも、よかった。

仕事が労働組合なので、重ね合わせていろいろなことを感じたし、そのノウハウも役に立ってきたと思っている。当面、我が管理組合は、組織問題もなく運営できるなぁ、とありがたく思う。

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10/20 谷垣氏が道路族の仲間入りか

自民党の谷垣氏が道路特定財源の死守に加担する側にまわったようだ。税収欠損を心配しての話ではあるが、結果として道路族の古賀誠氏の立場を擁護することになる。
いわゆる「改革」指向でありながら、激烈な新自由主義の経済運営には疑義を呈してきた政治家であったので、「改革」の指向を棄てて、古賀誠と同じになってしまったのが商品価値を落としているのではないかと思う。

それにしても道路特定財源についてはちんぷんかんぷんな政治の対応が目立つ。結局その中で財源死守派が勝ち残っているように思う。

1つは自動車業界と石油業界、それに癒着したユーザー団体、週刊プレイボーイを中心とした、道路特定財源をいじるなら減税せよという主張。ちんぷんかんぷんな主張の中では最も論が通っているが、減税なんてありえないという見通しから減税論を主張すれば道路特定財源が死守できるという業界も一緒に運動がされていて、不純きわまりない。
こうした減税論は、国財政しか見て言っていない。確かに国財政だけ見れば道路特定財源が余っているなら返せというのは正論だが、どういうわけか、国道と言われる道路でも、建設費に道路特定財源は半分ぐらいしか使われず、残額は道路の作られる地域の自治体が負担することになる。
自治体負担分に道路特定財源はごくわずかしか入ってこないので、道路が造られると自治体の一般財源からの支出が必要になる。それではたまらないというので、国土交通省は、必要な道路計画として位置づけられた道路を国土交通省の決めた規格(これが高コストになるしかけになっている)で建設して借金すれば、その返済金について地方交付税の基準需要財政額にカウントすることにしている。その税収が基準財政需要額を上回る自治体(朝霞市や和光市)は身銭を切ることになるし、そうでない自治体は、国の地方交付税を増額して受けとることになり、全国の自治体の財政保険的な役割を果たしている地方交付税特別会計の財政悪化に手を貸すことになる。道路特定財源で使われたほぼ同額の財政支出が、モラルハザードの枠組みで、道路特定財源でもないところの税金を食べてしまっているということになる。高齢社会も次世代育成も必要な施策に使うお金がみんな我慢し、そこで働く人たちの賃金など劣悪な状況におかれているのに、マイカーユーザーの損得感情だけ前面に押し出して、道路特定財源を一般財源化が問題だなどと言う人間たちは、ずうずうしいにも程があるという感じがする。

1つは、租税措置特別法の範囲について減税せよという議論。
租税措置特別法の税率は割り増しだというのは筋論としてはわかるが、1970年代初頭に増税されたものが永続しているため、今さら過剰な税徴収だと言うには無理があるのではないか。大多数のドライバーにとって、払いすぎている税を取り戻すというより、実質的に減税になってしまうからだ。
結果として、自動車の濫用の奨励税制になってしまう。消費者保護というのもいるがマイカーに乗っている特権を保護するにすぎない。この社会にはマイカーが増えて泣く人たちもいる。健康問題では喘息患者や騒音に悩む人たち、生活では渋滞の激化による緊急自動車の到着の遅延、バスやタクシーの遅延がひどくなる。

1つは、環境目的税という話。幾分良心的な話だが。
しかし、目的税とするところで特定の利権が群がり、使途と徴税の社会的意義がずれ始めたときに、また今度のように道路特定財源の問題が起きてしまう。その心配からは、自動車を乗り回すことと、森林育成との関係をどう対価関係にあるのか示さないと、説得力が生まれない。

大きな政府論、小さな政府論関係なく、税金の民主的管理という意味では、可能なかぎり税金は一般財源であるべきで(例外として考えているのは、年金保険料を廃止し所得税や消費税とするような場合においての一部目的税とするようなケースである)、そういう問題提起から一般財源化というのがあるわけで、目的税を目的税に置き換えるといのうは、政治的妥協としては素晴らしいのかもしれないが、本質的な問題解決ではないと思う。環境目的に税を使用したいのであれば、一般財源の中で本来は議論して民主的にコントロールするというのが議会制民主主義で期待されているやり方であるはずだ。

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2007.10.17

10/17 29兆円もの財源不足?嫌なイデオロギー宣伝

社会保障をこれ以上切りつめなければという試算を内閣府の太田が発表。

ベクトルには真理があるし、一定の社会の水準を維持していくためにはある程度の増税は必要だと思うが、数字が誇張されているように感じる。数パーセントの消費税のみ増税の地ならしと、社会保障を切り込み、自助自立を強調して民間保険業者にビジネスチャンスを提供しようという、金融業界の手先・経済財政諮問会議の既定路線を強調しようという魂胆だろう。

政府発、あるいはこ経済財政諮問会議系の学者の発表する社会保障コストの数字は計算根拠が不明確だ。国民に公開されていない部分も多い。与党や政府は野党の年金改革を根拠薄弱とか言うけれども、年金を中心に十分な統計データの公表していないんだから、考え方の提示しかできなくて当然だと思う。野党の年金改革が税方式になるのも、負担と給付に関係する数字データやほんとうの計算の仕組みが発表されていないからだ。医療や介護などは、将来動向に確たる数字がないから、どうにでも鉛筆を舐められる。そうした根拠を明確にしないうちに、こうした数字を鵜呑みに信用してはいけないと思う。

人間開発という点から、先進国でいようと思えば一定の社会保障の水準を維持することが欠かせない。お産や介護の崩壊というのは、人間開発という面で遅れを取っている現象に過ぎない。

たとえ社会保障費の増大が主に財政を圧迫する問題があるという視点に立ったとしてもだ。社会保障費総額を抑制する議論からスタートするとろくな結果にならないことは、この間の小泉構造改革での社会保障制度の変更で問題が露呈している。

1つには財政構造そのものに何のプラスにもならないで、これまで効率的な給付サービスとなっていた部分からまっさきに潰れていっている。とくに介護も医療も高齢者や障害者の部分では、重度になる前にサービスを受けると負担がひどいので、重度化して手遅れになるまで、家庭内の素人介護、素人療法で症状悪化してから持ち込まれる傾向が出てきている。

また元気のよい高齢者の福祉ばかりが声高に主張されるので、最大の財政支出圧力である厚生年金・共済年金の2階建て部分の制度変更が遅れている。結果として、社会的発言力の弱い、あるいは引け目のある、ひとり親支援、生活保護、障害者介護、高齢者介護、医療、基礎年金の順にしわ寄せが行われ、社会保障給付が豪華客船で海外旅行する高齢者を作りながら、一方で倒れた高齢者がいても何の手当もできないようなことになっている。

また生活保護やひとり親支援などの現金給付も、規制改革会議や経済財政諮問会議が進めてきた無秩序な労働規制緩和で、雇用保護が外され労働条件が労働者にとって極度に悪化したから、受給者の自立が遠のいている面も強い。社会保障を切りつめたかったら、自助自立しながら家庭生活を両立できるような良好な雇用を確保するための施策が必要で、そのためには、何かと労働規制の緩和ばかりを訴える規制改革会議・経済財政諮問会議の考え方は逆効果である。

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10/17 労働運動の課題は次から次に降ってくる

次から次に仕事が振ってくる。30代だなぁ、なんて思ったりもする。

帰宅時、駅前で基地跡地の国家公務員宿舎建設反対運動をやっている人たちと遭う。子どもと一緒に署名よびかけの演説をする。ちらしは言いたいことが絞られてきて良くなっていると思う。運動ごとは外に出ていくと洗練されていくものだと実感。

●朝日新聞の夕刊、人脈記「手をつなげ ガンバロー」がなかなかいい、と思うのは自分が業界内の人間だからか。労働運動を担う人々を紹介する新聞記事なんて、80年代の朝日の夕刊の新人国記以来じゃないかと思う。1950年代の近江絹糸の労働争議から、外国人労働者の労働運動、まで、バリエーションもバランス取れてていいし、何もしない労働組合は紹介しないようにしているところもいい。

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2007.10.16

10/14 正常化した19時のニュース

安倍政権時代は、異様な与党より報道が目立った19時のNHKニュース。最盛期には北朝鮮プロパガンダ報道が30分の放送時間内に毎日8分~10分流され、国会が強行採決を連発している中なのに国会報道が全くされなかったことがあった。たまに国会報道があっても、安倍晋三の答弁姿しか流れず、質問者である野党議員は一切映像から遮断されていた。

しかし、昨日のニュースを見ると、新興宗教の事件など大きな報道がありながら、国会報道はされていたし、分量的にまだ問題があるように思うものの、野党の発言者による質問も流していた。

19時のニュースがようやく正常化したように思う。

しかしまだ油断はできない。NHKの経営委員長が安倍晋三のお友だちで、NHK側と偏向報道のさやあてをしている。民放が腰を落ち着けたドキュメント番組が作れなくなっている中、NHKのドキュメント番組は貴重な存在になっている。民放のようになれと圧力をかけ続けるNHKの経営委員会には注意した方がいい。

●安倍晋三政権が崩壊して、復古調の新保守主義者の息の根を絶やす時期にきていると思うし、その息の根のいくつかのひとつであるNHK経営委員長の放送干渉の問題は大きい。それに対して利権と言論の自由を守るために必死にNHK官僚が防戦している状態だ。
そういうことを書いたのに、話の本筋でもないところから、私が民主支持者だろうとレッテルを貼って、護憲派ではないとか、権力主義者だとか、イチャモンをつけてきた人がいる。言論の自由があるから何してもいいんだろうけど、話の本筋でもないところからイチャモンをつけて、護憲派か護憲派でないか、平和勢力かそうでないか、というレッテル貼りしかやらない我が国の左派にうんざりする思いがしている。
NHK経営委員長側からすると、高見の見物ができる面白い状況でしかないだろう。

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2007.10.14

10/13 底割れする介護

介護労働者の集会を手伝いに出張する。

かつて私が福祉労働運動に携わっていた頃に介護保険がスタートして、その頃は、市場化する介護サービスに対応するために労働者が高いスキルを付けるしかないというような運動であった。
しかし、その後の介護報酬の改定、昨年からの介護保険制度そのものの見直しによって、どんなに高いスキルをつけても介護労働はワーキングプアにしかなれないという現実を露呈してしまった。

集会で配られた資料、発言した参加者、講師、助言者からは、次々に介護現場の惨憺たる労働条件と、周囲の景気回復による人材流出によるサービス継続の不安が次々に語られた。
全産業の平均給与が導入の2001年が月33.3万円から2005年は330.8円と推移しているのに対し、施設の介護労働者の平均が22.7万から21.1万に推移、ホームヘルパーは20.8万から19.8万に推移している。これは厚生労働省が把握できた常勤労働者のみの数字で、ホームヘルパーの大半である時間給労働者はもっと惨憺たる数字ではないかと思う。

他のパートアルバイトの時間給が上がっている中で、当然のように人材流出が発生している。最低生活を営めない労働力によって担われている公的サービスなど、持続できない。もちろんこの間、私たち労組に課題があったと思うが、緊縮財政、世間全体のデフレ基調のなかで、税金や社会保険料を原資とした介護報酬を受け取る側としてバッシングされかねない状況もあり、相当遠慮させられていた面もある。

発言者の中から、昨年の介護保険の見直しで、軽度要介護者が介護保険の対象から外れた。そのことで、介護度が重くなってしまって機能回復が図れない人ばかりが介護保険を使うようになって、介護保険の介護予防機能が果たせなくなっているという指摘や、サービスを必要性ではなく自助努力の度合いで排除することになり、今の生活保護と同じの過去の制度に戻ってしまったという指摘もあった。

出てきた言葉は次々に介護保険は失敗したというものだった。私は必ずしもそうは思わないが、あまりにも働く側の問題が軽視されてきたし、軽度者介護をバカにしてモラルの問題のようにしてきた制度改定の問題が明確になったと思う。

景気回復をすればするほど、介護の人材不足がなお露呈し、権利としての福祉が瓦解する危機にあると思う。

しかし、この問題を片づけるには、①地方交付税負担分も含めた税投入を増やすか、②介護保険料を上げるか、③保険料負担者の年齢範囲を広げるしかない。
①が最も妥当な手段だと思われるが、可能であっても年金財源としての増税しか国民合意が得られる見通しがない。情けない国である。
②介護保険料を上げるというのが制度設計の中では最も王道の手段であるが、今の高齢世代は、社会負担が安くサービスは高くということに慣れきった右肩上がり世代である。負担の話をすると、そんなの誰かの責任じゃないと平気で言ってしまう世代でもある。一流企業を出た高齢者が介護保険料の値上げに反対するのを見ていると、自分の年金収入より収入の低い人に介護させることに何の引け目もないのかと思うこともある。
仮に保険料アップという選択肢を取るにしても、生活保護受給者ではない貧困者の保険料・利用料負担について今の介護保険制度は厳しい制度になっていることを克服する必要がある。
③の年齢範囲は、もらえる見通しの明確でない年金保険料の負担増、健康保険料負担、法人税減税の見返りの所得税の増税に苦しんできている今の若者に、障害者になったときのサービスしか見返りがなくて、犠牲の押しつけというような結果になるのではないかという危惧もある。

私は、①の手段がもっとも適切だと思う。保険料負担にしわよせを求めるのは、安定雇用が減っているこの社会で、あまり展望のある解決策とは思えない。

今後、誰もが血を出す覚悟をせず介護保険制度をこのまま放置すれば、まっくらで、かつての議員のコネのある人しか、介護サービスを受けられない時代のように戻るのも時間の問題のような気がしてならない。当の高齢者にとっても、介護地獄におちいった家庭内で、放置介護、身体拘束、介護虐待に遭うことを覚悟しなければならない。施設に放り込んであと知らん顔ということになると思う。あるいは脱法的にコストの高い医療施設に社会的入院することになり、結果として、もっともっと社会保障財源を食いつぶすことになる。負担が嫌だといっていると、介護保険導入前の状態に戻ると思う。

公的な社会福祉を否定する立場の人はそのようなことは家庭内の責任だと言うだろう。しかし子どもの数の少ないこれからの高齢者の介護を、若者が家庭内で自力でやれということになれば、当然労働力もへり、そこから上がる国民所得も低下し、税収も減り、デフレスパイラルのような状況になる。そのことのデメリットを考えると、きちんとした待遇改善は避けられないし、そのための予算確保はやるべき政策決断だと思う。放置することは、消えた年金よりも社会に与える影響が大きい。

●この問題は朝霞市においてもとても不安だと思っている。福祉の議論をするときに、市の審議会に出てくる人たちは負担の問題や、モラルの問題ばかり議論したがっている。しかし、本当に困った人の家庭やおかれた生活、状況など想像して、聞いて、何かしているという印象もない。朝霞市には保育園と保健センター以外に現業部門がないから、市役所も高齢者施策は良くて外郭団体、民間に任せて、例のごとく「民でやっていることはわかりません、言うべき立場にありません」ということで、そこでおきているさまざまな出来事や問題を全く無視している状態である。
そうした中での介護保険制度が、このまちでどこまで有効だったのか。コムスンの認定取消で、影響を調査したら、元々から24時間介護を受けられる業者がいなかったことも明らかになった。要介護になったら施設に隔離されるのがこのまちの福祉の水準である。
でも福祉の名前を借りて、わけのわからないサークルにお金を出し続けているのも、この街の福祉政策である。

●読み進んでいた「カラマーゾフの兄弟」だが、出張に持っていく巻数を間違えて、空港の書店で村上春樹の「国境の南、太陽の西」を買って読む。

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2007.10.10

10/10 明るい選挙推進団体が宴会旅行!

Kunitachi出張先で。都下の金持ちの住む自治体のK市の明るい選挙推進協議会のバス旅行と出くわす。

選挙違反の取締りのお先棒を担ぐ団体が、公費とも思えるお金でご苦労さん旅行して宴会やっているとは、怒りがこみ上げてくる。明るいんだかきれいなんだか知らないけど、民意を代表する人、それを送りだそうという人をびくびく選挙させる風土を作るようなことしておきながら、役所からお金を貰う団体にたかる、有力者たちの姿が浮かんでくる。交通安全運動じゃないけど、施策の費用対効果としても、この団体にお金をばらまくことに何の意味があるのだろうか。どっちが汚いのかと思う。

選挙をやっている当事者たちが、自腹でないお金で、ご苦労さん旅行だとか慰労会などやったら、有罪になるだけではなく、そもそもの当選が無効になってしまう。

そもそもこの団体、戦前の選挙粛正運動(のちの翼賛なんとか)の生まれ変わりでなかったかな。調べてみよう。

●教科書検定に関するやりとりに関して、文部科学大臣が情報公開するという。いいことである。いままで不透明なやりとりの中で、一方的に教科書業者、学者が折れている状況が続いている。歴史は開かれた場できちんと検証されることで少しずつ事実・真実に近づいていくものではないかと思う。

●私鉄総連が正社員以外の従業員の正社員化のためにストライキを用意して会社と交渉に臨むという。この不況の間、JR以外の公共交通は、従業員の犠牲の上に業績を維持し、しかもここ数年、株主に配慮しすぎて高業績を上げている。公共交通は固定資産が目立つが、ほんとうは人によって担われる。ストライキにいろいろ議論があると思うが、いい方針ではないかと思う。

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2007.10.07

10/6 公務員宿舎以外の跡地利用計画はどうなっているのか

朝霞市の基地跡地のことをあれこれ考える。

市役所は、国家公務員の受け入れの代償として、①基地跡地の土壌汚染の除去を国にさせる(こんなの交換条件以前に、持ち主がやって当たり前のことです)、②シビックコアという、国と自治体の役所の複合施設を作らせる(市民にとってのプラスは税金が使われることだけです)、③シンボルロードを50メートル幅に拡張(よさこい祭りを始めた、市長の親分にあたる故渡辺元県議の願望を実現するものです)をかちとっているだけである。

したがって、残りの基地跡地がどうなるのか、その点については全く明らかになっていない。国が民間への売却を抑制するとも、緑地を残すための努力をするとも、何一つ明らかにされていない。

そうなると、跡地を民間に払い下げて、これも市長の中心的支持団体であるJCが構想していた、大型ショッピングセンターの開発も、現時点では否定されていないということになる。
そうなると、市民参加でまとめた跡地利用の話はすべて反古にされることになり、利権によって跡地はいいように使われ、踏んだり蹴ったりという話になるのだろう。

公務員宿舎を建設する見返りに、他の跡地が無償で市に譲渡ないしは貸与という話がない以上、公務員宿舎だけで終わらない。市長に最も近いしきりに市議会民主(保守系)や、民主党県議が財政問題を言うのも、売却してショッピングセンターにしようという魂胆がないわけではないだろう。
※ほんとうに財政問題があるなら、跡地なんか何もつかわなければいちばんいい。財政にプラスもマイナスもない。

市長ならびに市役所、与党議員は、公務員宿舎の建設を推進、追認するなら、残りの跡地利用についてどうするのか、もっと全貌を明らかにすべきだろう。

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2007.10.05

10/5 公園に子どもの声がすると公害?

くそばか判断がまた出た。公園で噴水遊びする子どもの声がうるさいからと、不眠症の人が噴水を止めさせる仮処分申請をしたところ、東京地裁八王子支部が通してしまった。裁判官が、妻に子育て任せきりで、静かな環境で神経質に文書書いている仕事なんだということが裏付けられる判決である(この他、離婚裁判での親権とか、とかく裁判官の感覚にジェンダーが克服されていない姿勢が多くみられてうんざりする)。

仮処分なので、正しい結論というよりは、当面の不眠症による被害の拡大を止めるという点が留意された判断だと思うが、子どもの遊び声が公権力によって止めるべき騒音なのだろうか疑問に残る。

少子化だとか、年金問題だとか、子どもがもっとほしいという世論は強いのに、実際には、子どもや子どもを抱えている人を迷惑がる社会風土は根強い。これは明治維新による欧化、近代化によってもたらされたものらしい。
子ども嫌い、子どもの声が嫌いという人もいるだろうけど、同じくらい加齢臭や年よりの口臭その他もろもろ、属性に起因するさまざまなことにそれぞれ嫌いという人がいる、その中で折り合わざるを得ないと思う。
宗教的な言い方になるが、こうした生き死ににまつわる本質的な迷惑については、この世の中に迷惑かけずに生きられる人がいるのだろうか、という諦めから考えていく必要があると思う。

騒音の受忍限度ということでいえば、今回、都の条例が50dbで規制しているということが理由になっているが、閑静な住宅地で45db、幹線道路で80db、電車の線路脇が75dbということだから、都会の大半のところが50dbを上回る。こんなバカな条例はないと思う。

こうしたかたちで裁判で社会規範が作られると、弁護士にお金を払える人か、弁護士に友達のいる人しか社会規範を作れない。プチブルにあわせて街作りが行われ、住居コストがますます上がる。それが人間の幸せなのだろうか。それでいいのか、と思う。
保育園の待機児童問題が発生したときに、保育園の設置が進まないのは、子どもの存在が騒音公害だという認識があって、反対運動や、せっかく建設してもクレーマー住民のために満足な保育ができないという問題があるということを知った。昼間から家にいるクレーマー住民の年金は誰が払うんだと言いたくなるような話だった。

今後は、仮処分の後の、本質的な問題について、関係者がどのような判断をするのか注目したい。
また子どもの権利業界の人々が立ち上がらないものなのか、もどかしい気持ちもある。西東京市を激励したい気持ちである。

●東京都知事選挙に立候補した外山恒一氏が、交通違反で求刑の8倍の罰金刑の判決。ろくでもない人物なのだろうし、おそらく政治的主張からは確信犯的に捜査や裁判に非協力的だったのだろうけど、それを理由に反省したかしないか判断して罰則を重くするというのは、憲法や刑事訴訟法の精神からして問題だと感じる。捜査に協力的であれば、どんな悪人でも減刑する理由になるし、捜査に非協力的であれば、えん罪でも重罪をかけられる。こうした裁判の判決を見ていると、刑事裁判において主役は検察であり、裁判所はそれを追認する機関だということになってしまってまずいと思う。

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2007.10.04

10/4 ようやく障害者の権利に関する条約を締結する

少し古い話になるが、障害者の権利に関する条約を、日本がようやく締結したというニュースが流れた。

障害者に対する差別的政策や権利制限の否定、障害者の権利保障を要求する条約で、障害者を分離したり、障害者の受け入れ制限をしたり、もちろん障害の重度が悪いほど生きるにコストを掛けなくてはならない障害者自立支援法のようなものは、国際機関から是正を求められる。立ち遅れ、本人とその家族の主体性だけが強調されている障害者の就労支援・社会参加支援は、根本的な改革が避けられなくなるだろう。

当事者団体は国際機関に直接報告を提出することができる。国際機関は、日本政府のレポートとつき合わせながら、日本政府の障害者の権利に関して立ち遅れた政策を指摘するような流れになる。

●過日、北九州市の無認可施設で2年間預けっぱなしにされている子どもが見つかったことについて書いた。
あの中では施設での養育環境は不問に付していたが、養育環境に問題があったようで、行政指導が入る意味はあったと言える。そういう意味で、行政指導に入れる立場なのか、と問題提起したことの半分は、北九州市の言い分が正しいということになる。
しかしだからといって今の北九州市と日本の児童福祉行政がよかった、十分なのだということにはならない。後段にも書いたが、施設にも保護者にも虐待された子どもがいるということの前提から、子どもの権利保障をどう具体化するのか、子どもの権利を後進国の問題と片づけるのではなく、先進国においても課題はあるという観点で立ち向かっていくべき課題である。

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10/4 富士フイルム社長がNHKに「美しい国・星」づくりを強要、いまだに

安倍晋三のお友だちの富士フイルムの社長がNHKの経営委員長になって、すでに終わったはずのNHKに対する政治介入(美しい国づくりとでも呼ぶか)をいまだに続けている。
選挙期間中に、NHKが偏向報道していると言わんばかりの批判をしたらしい。お友だちの晋三がマネジメントしていた自民党が敗北したことの腹いせなのだろうか。

私の目からは、選挙で自民党の敗北が確定するまで、相当与党よりの報道をNHKがしていたと思う。与党が失策するたびに、そのタイミングで報道する価値はないだろうと思えるような北朝鮮批判のプロパガンダ報道が流され、与党の失策をかき消そうとするような報道が行われていた。どちらがバランスを考えていないのだろうか。

この人物、「自虐史観」に対抗することを政治信条としている人物のようで、そういうものの見方をする人間は、国家や民族の求心力の維持の価値が最優先で、そのための作為的報道、作為的歴史歪曲などは、問題にならないらしい(あたかも旧ソ連の社会主義リアリズムのように)。一方で、その価値の危機とあらば、一切の価値の入った報道を許さないという態度を取る。左翼メディアでもないところに、偏向だバランスだと被害妄想も著しい。

そうしてつくられた「事実認識」によって、沖縄戦での民間人自決に関する軍関与も、教科書から抹殺されてしまった。妄想とは怖いものである。
この社長、自由と民主主義をゆがめる人物である。この社長の発言力を低下させ、引退に持ち込むためには富士フイルムの不買運動をすべきだと思う。工場を持つ街に住む者としては悩ましいが。

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2007.10.02

10/2 基地跡地の国家公務員宿舎、ILO勧告違反だそうです

基地跡地問題が、テレビ朝日「モーニング」で報道される。録画したけど、ファイル容量が重すぎて紹介できない。

朝霞市に建設される国家公務員宿舎そのものの是非、市民参加の跡地利用の話を反古にした市の姿勢、社宅提供と住宅手当との費用対効果の比較など、これまで国と市が、強引な予定調和で誤魔化してきたことを、見えるように報道してくれたことはよかったと思う。

ゲストコメンテーターの森永卓郎さんが公務員宿舎について、「社宅というのは人権侵害であるというILO勧告もある」という指摘が興味深かった。基地跡地の自然を守るために、国家公務員宿舎の新規建設に反対すると、公務員バッシングに加担するのか、という反論が見られたことがある。
私は、当の公務員もそんなに必要性を感じていないんじゃないの?と疑義を呈したことがあるが、それどころではない、労働者の人権侵害につながる問題を孕んでいると、国際機関は指摘している。こんなことを労働組合に働いているのに、気が付かなかった。勉強不足に恥じ入る。

昨日から始まった夕刊「ニッポン人脈記」の労働問題編「手をつなげガンバロー」。きょうは、工場で派遣労働をする人たちの話。会社の提供する寮に、正社員が遠慮なく踏み込んできてプライバシーもなかった、というエピソードが紹介されている。最近、三井物産だったか、「根性のない最近の若者」を何とかするために新入社員を強制的に寮に入れる企業も出始めている。社宅は住宅提供という甘言を弄して、会社による人権侵害を許容させてしまうシステムであるという問題意識はわかる。薄給の前の職場にも物価狂乱のときにあぶく銭をつかんだ会社が建設した社宅があったが、良さはあるのだろうけど、入ろうとは思わなかった。国際的な労働基準というのは、結構痒いところに問題を見つけている。私生活と仕事を切り分けさせないことが、「社畜」養成の基本だからだ。

また、社宅に住むというのは仕事を失うと同時に住居も失うということで、ホームレスの発生するメカニズムそのものであるということは、貧困の研究をしておられる岩田正美さんが紹介している。

●時津風部屋のパワハラ死事件。これも社宅的な問題。
時津風親方の感覚もたまらなくびっくりするが、北の湖親方のとんちんかんなコメントもびっくり。相撲業界の常識として行われていたということを認めているコメントもある。

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10/2 ヒトデ組織

●職場の大先輩に「ヒトデはクモよりなぜ強い」を貸していただいて読む。
スペイン軍にあっけなく滅ぼされたインカ帝国と滅ぼされなかったアパッチ族などを比較して、ほんとうに強い仕事とはどんな組織論を持つのかという面白い本だった。王様のもとに中央集権的な国をつくっていたインカ帝国は、王様を滅ぼされると同時に国が崩壊し、特定のリーダーを持たずに規範だけでつながっていたアパッチ族は、次から次に組織が生まれ変わり近代に至るまで滅ぼされなかった。

クモのような中央集権的な体の仕組みを持つ動物は、組織の頭をやられれば死に、末端であってもダメージに弱いところであれば組織を死に至らしめるが、ヒトデは、切っても叩いても組織が増殖する、という生態に比喩しながら、ダウンサイジングや、IT化が進んだこの社会では、中央集権的な組織づくりは時代の変化とともにあっけなく滅ぶと警告している。

大事なことは、何が大切であるかという価値、つまりイデオロギーをメンバーが共有し、各々が能力や機会をもちよりあい、お互いにそれを大切にしあうことが、ヒトデ的組織の強さを作るために大事なことだという。
旧民主党の組織論は、ヒトデ型だったんだなぁと思う。どうしようもない連中も多かったが、参加するおもしろさがあった。中央集権的な組織に変えてから、ただの議員後援会の連合会になってしまったように思う。

それと私の勤務先も、6年前までは、表向き中央集権的な組織であっても、実際の運営はヒトデ的な組織だったように思う。東京地検特捜部、コンプライアンス、外部監査、マネジメント、そういったものが入って、クモになってきているように思う。その良い面もあるけれども。

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10/2 御手洗会長、八代先生、参考人招致へ

なんか胸がすうっとするようなニュースのようだけども、やりすぎのような、しかし議会って本来こうあるべきとも言えるし、いろいろなことを考えさせられるニュースである。

民主党が、経団連の御手洗会長と、国際基督教大学の八代尚宏教授を、参考人招致して、偽装請負の違法性や、労働法制の規制緩和について質問し追及をするという。

参考人招致というのが、汚職や犯罪の追及というイメージが強すぎるのが問題であるため、やりすぎのような感覚をもってしまうのだろうが、立法と行政監視という議会の役割からすると、本来、もっと日常的に議員以外の人が議会に入るということがあって当たり前なのだろう。行政である内閣や各省が、さまざまな諮問会議を設置して、民間人の意見を聞いて合意形成を図ってるのに、国会がやっていけないという考え方はないだろう。
悪い例としては、本会議も委員会も参考人招致がほとんど行われない地方議会の惨憺たる立法機能を見る限り、その確信を強くする。

労働法制の規制緩和に関しては、民主党も同罪みたいなところもある。労働関係にこだわる専門的な議員たちの誠実な対応の結果として国会内での議論や採決では規制緩和に反対しているものの、労働法制にこだわりのない議員や民主党関係者にはそうした論調を「抵抗勢力」と唾棄するように言う人も少なからずいた。連合の働きかけがなければ2000年前後あたりはどこに転んでいくかわからないようなところもあった。議員も秘書も不安定雇用の見本みたいな業種のなかでそこそこうまく泳いで生きてきている人たちなので、労働法制の規制に冷ややかだったように思う。

この頃、労働法制の規制緩和に疑義を呈している経済評論家の内橋克人さんが、言論界では時代に乗り遅れてお話にならない人、というような扱いを受けていた。「今は女工哀史と同じような時代ですよ。若い人の雇われ方みてみなさい」と話す右派労組の幹部に新鮮な思いをした。あまりにもひどい不況で、規制緩和に反対すると、なんとなく世の中動かないのかなぁ、なんて思ってしまうほど規制緩和チチンプイ神話に毒されていたように思う。

結果として、ひどい労働条件で働く若い人が、ひどい人生、ひどい社会保障、家庭すら持てない展望を抱かせてしまった現実がほころび始めたことや、あまりにもひどい少子化、社会保険制度の空洞化、技能の流出・崩壊など、社会全体にも与える影響が大きくなってしまって、結果として労働法制の規制緩和が問題だったことが認識されるようになった。
あの時代には少数派だった民主党が下した決断も結果的にいい判断をしていったことがわかってもらってきたように思う。

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2007.10.01

10/1 不便な東海道新幹線

出張で東海道新幹線を使う。いろいろ考えさせられる。

駅のホームの喫煙コーナーが、禁煙車の前にあるのは、このブログで3年前に指摘した時のまま。

東海道新幹線の予約は、JR東海かJR西日本のカードでないとできないが、東京駅の丸の内線と接続する改札口には、JR東日本の切符自販機しか置いてない。大回りするか、入場券を買って余分に金払わないと、切符が手に入らない。
帰りにJR西日本の駅で、JR東海カードで予約した切符が買えたのに比べて、どうかと思う。分社した各社が競争することがあっても旧国鉄の利便性を下回らせないように、というのが分割時の約束ではなかったかと思う。カードは後から出てきたものであるが、JR東日本の駅では買えない切符があるということがまずいのではないかと思う。

しかし、カードで予約した新幹線の切符は乗客の個人情報そのものである。JR東日本といえば、労使関係に問題のある企業であり、そうした企業が本州3社の乗客の移動データを掴んでしまうことの不安もないとも言えない。

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9/30 コミュニティーユニオン全国集会に出る

週末、奈良で開かれたコミュニティユニオン全国交流集会に出かける。
あまりにもわかりやすいかたちで、働く人を抑圧する経営者が増えたため、かけこみ寺となっているコミュニティーユニオン(個人加入できる地域労組)の活動は盛んになっている。特に関西では、地域、業種、労働者の属性によって多種多様な組合が結成されている。元気だけど、資金難なことが想像できる。原点みたいな労働運動なので、がんばっていってという思い。
公共サービスの分科会に出るが、正職員公務員が、非常勤職員に対して「私たちの労働条件のためにあなたたちがいるのよ」というひどい言葉をなげかけている例もあれば、逆に、自治体事業の委託先まで一緒になって雇用の安定と労働条件の向上に立ち上がっている話も聞く。複雑な心境。
また自治体の委託をめぐって、斎場のストライキ予告をテコに、自治体の雇用者責任を明確にさせた事例も報告された。公共サービスの民間委託の場合、委託費のほぼ全部が人件費であり(残りは利潤となって経営者や出資者に分配される)、自治体の委託費そのものが委託事業で働く人たちの人件費を決定してしまう。委託費を決定する側に、雇用者責任が発生する問題がある。
中野麻美弁護士のコメントが適切。後日紹介する。

その後、高槻の友人と意見交換し帰宅。

●ソクハイの自転車やバイクの配達ドライバーについて、厚生労働省が個人請負契約であっても、労働者と位置づけるべきだという指導に入るという。会社が頑として労働者であることを認めようとしてこなかっただけに、涙が出てくるような話である。
経済が、グローバルスタンダードとなり、個々の労働者にかなり厳しいプレッシャーが掛けられているにもかかわらず、雇用関係、労働法制に関しては、憲法無視、グローバルスタンダードを無視している事例が目立つ。

●10/2・テレビ朝日「スーパーモーニング」(8:00~10:00)で、朝霞市長が受け入れた、基地跡地への公務員宿舎建設の問題が取り上げられるようです。

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