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2007.09.28

9/28 道路特定財源と障害者福祉の自己負担

高齢者医療費の負担増や、障害者福祉の自己負担の解消のために政治が動き出している。これはほんとうによろこばしいことだ。
しかし、いつもつきまとうのが財源問題である。

一方で、1兆円ある道路特定財源については、余っているというのに(しかも使われるのは道路建設の国負担分だけなので、地方負担分は自動的に地方交付税を食う仕組みになっているし、地方交付税のない富裕自治体では逆に必要な道路整備が行われなくなる)、自動車ユーザーをいじめるという論理で一般財源化が、いつまでも先送りされている。

障害者が障害者であることはほとんど運としか言いようがないのに、他の人と同じ権利を控えめに手に入れようとしてもいちいち自己負担がつきまとうことは異常であり、総額1000億円程度の話に財源がない、という理由にはならない。道路特定財源の一般財源化で大半が捻出できる。
一方、ガソリン税が道路建設にしか使ってならないというのは、自動車を乗る人たちのエゴでしかない。それがいつまでも聖域であることは異常である。たばこ税や、酒税が、喫煙所やバーの整備に使われるなんてバカな話はない。

●マイカーで移動すると、㍑あたり10キロとか、良くて20キロという数字になる。つまり、1キロ移動するのに、50~100ccのガソリンを消費している。よほどのお茶好きが飲むお茶の量より多い。1㍑150円のガソリン代が高い高いと騒ぐ人がいるが、水道水でもなければ、500ccのペットボトルのお茶と同じ価格である。

何か変な感じがしているが、そういう価格体系である以上、マイカー乗る人が増えるのは経済原理なのかも知れない。したがって、私はもっとガソリン税を上げるべきだと考えている。マイカーに乗るなとはできない。マイカーは買ってもらった方が経済にとってもよい。問題はマイカーを乗り回すことが、働きもしないで石油利権にぶらさがって遊んでいるだけのアラブの若者をつくり、環境を汚染し、道路工事を増やすのである。

一方、公共交通や物流を担う軽油引取税については、昔のように政策的な価値を与えて、減税すべきだと思う。公益性の高いバス業界もトラック運輸業界も、道路特定財源の一般財源化に反対しているが、高齢社会になることや環境問題などに注目して、もっと我田引水になるような(そしてそのことが社会のためにもなる)言い方で妥協をはかるべきだろう。マイカー乗り回して、渋滞をまきちらしている人たちを優遇するような税制に、その被害者ともいえるバス運転手やトラック運転手が賛成追認することはどうなのだろうか。
自動車工業会や石油連盟が、ポピュリズム的な世論を焚きつけて行っているような運動にそのままのっかっているのはおかしい。

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2007.09.26

9/25 あやしい早期警戒情報

NHKが盛んに地震の早期警戒情報の有効性を宣伝している。5秒だとか10秒だとか時間があるといろいろできるという。確かにそうだろう。でも意味あるの?と思う。

地震の対策に、どうして予知だとか、早期警戒だとか、そんなことばかりに力を入れるのか、疑問に感じる。たぶん、地震研究が地震の発生メカニズムを研究することになっているからだと思う。科学はそれでいい。
しかし、政治や行政などが考えるべき地震というのは、発生メカニズムに課題があるのではなくて、現実社会に与える影響であるべきだ。それを考えなくてはならないのに、科学者ごっこみたいなことをして、予知や早期警戒だと、予言をあてにする地震対策には、なんとなく失笑してしまう。

たとえば9月1日の防災の日に行われる国の防災訓練は、地震予知からスタートしている。地震多発地帯の自治体の多くは、それにならって防災訓練を行っている。
しかしこの訓練では、首相官邸に、地震予知を感知して呼ばれた偉い人がクルマで乗り付けてきて、会議するところから始まる。予知の技術なんて科学的に立証できているのかわからないのに、それをもとに防災訓練を始めるなどとはムダでしかない。予知連絡会のお偉いさんがスーツや防災服に着替えて、公用車がお迎えに行って悠然と登庁し、会長のあいさつから始まる訓練など、現実の大地震をふりかえって何の意味もないとしか思えない。ほんとうは、地震が発生してしまった、というところから訓練を始めなくては、危機管理なんて証明できないと思う。

大地震の被災地の映像を見るたびに、本当の対策とは、防災とともに、救援、住民の生活の再建のための制度や体制の整備だと思う。とくに生活の再建というところで、被災地の人たちはほんとうに呻吟している。

予知や早期警戒は、地震のメカニズムの研究を前進させた効果はあったし、今後もそれは研究として続けて行かなくてはならないとは思うが、科学的に立証されていない以上、予知や早期警戒を当てにするような防災対策はやめるべきだろう。もっとやるべきところに力を入れてもらいたいと思う。

そしてやや科学的な後ろ盾のある早期警戒が宣伝されている。人が感知しないP波を受け止めて数秒の時間稼ぎができるという話であるが、その数秒のためにあまりにも犠牲にしなければならないことが多い。極論を言うと、100年に1度の5000人~10000人の人命のために、何もかもさしおいて地震の早期警戒に耳をそばだて続け緊張し続ける社会にしてしまうことには私は疑義を挟みたい。
そんなことに力を入れるなら、防災や救援に力をいれた方が効率的かつ効果的だし、はるかに社会として健全ではないかと思う。

たとえば四六時中、テレビや、警戒警報の受信装置のスイッチを入れて、それを受信できるところにいましょうという発想になる。公共施設や公共交通機関は年がら年中、P波による警戒にピリピリしていなくてはならない。それは、いつも敵を意識する生活に代わっていく。その感覚がいいのかわたしには疑問である。

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9/25 公共施設の適正利用から考える

利用のインターネット受付をやっている広島市の公民館で、館長がニセ利用で予定を埋め尽くし、自分の裁量で窓口申し込みや電話申し込みの人に割り振っていたというニュースがあった。

裁量権をふりかざして困ったものだ、と思ったが、記事では、常連が施設の利用を埋め尽くしてしまって、そうでない人たちが使えなくなっていたことを何とかしようという館長の思いがあったからだという。

館長の気持ちはわかるように思う。
朝霞市のある公共施設でも、パターンは逆だが同じような話があって、インターネット予約を始める前が常連が埋め尽くしていた。土日の1ヵ月前は受付の前に場所取りやる団体まであった。
そうなると、徹夜しても持ちこたえられるヒマ人で、徹夜に堪えられる元気な人だけが公共施設の利用を埋め尽くすことになっていた。元気で時間をもてあます人だけが公共施設を占領して、サラリーマン階級や徹夜に堪えられない体力の弱い人たちの団体は締め出される結果となっていた。どういうことかというと、公共施設がカラオケボックスやダンスホール代わりに利用されているだけになる。カラオケ同好会やダンス同好会が林立して公共施設を占領するのに、それぞれが組織の維持を自己目的にしてしまって、ちっとも壁を超えた交流が行われなくなる。そういうことに野放図に対応していて、地域づくりだとか地域社会の連帯だとか言うけど、そうしたサークルのメンバーの中で困った状態におかれるようになった人がいたときに、メンバーどうしでたすけあっているかというと、疑問に感じている。
そんな状態が続けば、税金使って公共施設している意味などほとんどなくなってしまう。

そして、福祉行政と同じだけれども、こういう公共施設を作れば作るほど、そうしたたこつぼ同好会が林立して、ますます公共施設が不足し、市議や町内会長を通じて、あるいは市民アンケートの結果として、公共施設を増やせ増やせの大合唱になる(サービスを提供すれば提供するほど需要が掘り起こされる状態を、介護保険や保育など福祉分野の課題だと利用者のわがままやモラルのせいという議論になって、娯楽施設だとそうした批判がすっと消えていることが不思議である。この感覚が日本の行政が公共施設乱造につながる温床だとも思う)。
結果として、朝霞市では、保育園や学校の整備が後回しにされながら、町内会館の公共施設化(とても豪華)が進められている。

では、公共性を回復するために利用規制を強化すれば公共施設の公共性が回復し、市民の適正利用がされるのか、というと、そうでもないように思う。今回の事件の問題提起もそこにあると思う。
東京都内の公共施設のように、区民じゃなければダメ、自治体のお墨付きがなければダメ、目的は何だ、政治的な目的での利用はダメ、などと何かにつけて規制を入れる公共施設がいいかというとそうでもない(札幌から首都圏に戻ってきて、都内を中心にそういう公共施設ばっかりなのにはびっくりした)。館長の温情による裁量というと聞こえはよいが、場合によっては、政治的なイベントはダメだとか、区民じゃない人は使ってダメ、と勝手な線引きをしていないとは言い切れないだろう。

区切られた部屋のかたまりとしての公共施設というつくりに問題があるように思う。オープンな場で、貸し出すという感覚のないようなスペースがなくて、予約、利用、身内しか見ていない、というキーワードが出てくるような施設づくりが、公共施設のカラオケボックス化をもたらしていると思う。

朝霞にひきなおすと、貸館系の公共施設の問題点として、ロビーのフリースペースのなさがあげられる。市民活動の多くは、ちょっとした打合せ場所に事欠いている。カラオケやソシアルダンスのようなたこつぼサークルが連日公民館を無料利用で埋め尽くしているのに、市民活動でちょっと集まって打合せしようとすると場所がなくて、レストランや喫茶店で煙草の煙に巻かれながらお金を払って集まっている。それもいいけど、何か変だ。

地域福祉の委員会などで、公共施設のあり方について担当課に話を聴いたことがある。区切られた部屋に「需要があるから」、フリースペースは「あんまり良くないので」と言う。公共施設のフリースペースにたむろする市民が発生することを極端に恐れているようだった。せっかくあったフリースペースから椅子やテーブルまで撤去したバカな公民館もある。誰のための公民館なんだろうかと思う。市民を統治する対象かサービスする対象にしか見ていないんだろうね。

フリースペースの効用は大きい。違う団体どうし何やっているのか、見えてくるようになる。多様な市民活動が市民に共有できるようになる。ちょっとした思いつきから始まる市民活動や地域に貢献する事業がスタートする手がかりがつくりやすくなる。今のように公共施設の押さえが一苦労では、市民活動もなかなか起動しないと思う。

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2007.09.24

9/24 宮澤派再結集

上杉隆「官邸崩壊」を読む。安倍政権の内幕について、いろいろ確認できたことがあった。
何か困ると小泉純一郎に感想を求めていたり、仲良しチームが虚栄心のために暴走したり、飯島勲が早くから見放していたり。

安倍氏のマスコミに対する認識の問題点、日中関係の適切な対応については、私のブログの評価が当たっていたと少しだけ満足(あほか)。

●自民党三役のメンツを見ると、麻生抜きの宮澤派再結集が行われているように感じた。麻生氏は、宮澤派再結集にあたって谷垣氏に「ただしおれが先だよ」と言ったそうだが、古賀と手を結んだ谷垣氏の方が汚れて先にやったかも知れない。

●民主党の一部のタカ派議員や社会を崩壊させるような改革談義の好きな議員に嫌気がさしている私が、一時期谷垣氏を評価したことがある。それに対して、県内の民主党の候補者から酒席で「でもさぁ、イラク戦争に賛成しているんだぜ」とたしなめられたことがあった。私は、社会保障分野や財政では谷垣氏の方がまともだと思うと反論したが、今回の三役並んでみると、私をたしなめた方の言い分の方が正しいのかも知れないと思った。
地方への再配分機能を政府が持つことに反対はしないが、それを自治体財政を不安定なままにして、古賀誠氏が過去行ってきたように、公共事業で行うということは、地方内での所得の再配分が行われず、良くないと思うからだ。

●昨日の自民党総裁選を評論するNHKスペシャル、コメンテーターが4人のうち3人が小泉改革の批判者であったことが興味深かった。残る1人は、小泉改革の擁護論者であったが、自分の政策的願望を小泉改革に預託したいがために、都市や若者の不遇さで小泉改革の正統性を訴えるしかできず、パンチ不足だったと思う。
本当はこういうところに八代先生や大宅映子のように、小泉改革をイデオロギー的に推進した学者評論家が出てくるべきだと思うが、小泉改革のマイナスを修正するか補強工事をするかという選択肢しかない今度の政権のもとで旗色が悪いのか、聞いたこともない若い外語大の教授が1人で防戦させられていた。敵ながらお気の毒にという感じだった。

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9/24 道路特定財源の見直しができない福田新首相

家族の仕事に同行して、年に数度の自動車の運転をする。

中央自動車道高尾山の裏の小仏トンネル周辺の渋滞は聞きしにまさるものだった。帰路は地獄のようなものだった。流量は東京に向かって増えていくのに、車線は山梨から神奈川に入ったところで、3車線から2車線に減る。
渋滞が起きる→道路建設ということになるが、渋滞を口実に、やりやすいところから道路建設をやるから、ますます渋滞がひどくなるという悪例ではないか。

●福田新総裁の誕生。年金制度について、社保庁職員叩きに明け暮れた小泉・安倍政権と違い、制度改革に踏み込んだ発言をしていることは評価。民主党と譲歩しあって、社会の変化にたえられる年金制度を作って欲しい。
テロ対策特別措置法は、国連の感謝決議が、民主党に正統性を訴えるものとして届かず、かえってややこしい事態を招いてしまって、難しいと思う。変に自信があるので、どう打開するのだろうか。まぁ、これは流れてほしいことではあるけども。

道路特定財源の見直しについて慎重姿勢なのはいただけない。昨日、道路を使っておいてと思うが、たばこ税、酒税、その他嗜好に関する税金は見返りを期待して払っているものではない。自動車に乗ることだけが、自動車関係者の利益になる税金の使われ方しかしないというのは不公平の極みである。環境税とか二酸化炭素排出量取引とか言っている時代に、自動車だけ優遇することは問題じゃないだろうか。特に、公共性の高い、物流や公共交通への影響が少ないガソリン税ぐらいは、一般財源化すべきじゃないかと思う。
※また、道路特定財源が地方負担分として地方交付税を道連れに一般財源を食べているという面があり、こちらはもっと問題でもある。
※現状のまま、自動車単体だけに厚遇する道路特定財源制度を存続すると、バス事業などに対する補助が少なく、(首都圏の郊外でも)結果として地域社会の足をマイカーが支えるようになる。その結果、ますますマイカーが増える悪循環になっている。クルマの流量が増えると道路拡幅が行われ、さらに歩く人にやさしい街ではなくなっていき、郊外型スーパーが繁盛しやすく地域経済が衰退する、という悪循環も発生する。

地方との格差是正は、地方交付税で直接的に、社会的弱者が集中している地域には年金・医療・介護保険財政や生活保護給付で行うべきで、地方の一部しかない金持ち層に配分の権利を与えるような道路建設や港湾建設などで行うべきではないだろう。

固有財源があるから、昨日私が運転した中央自動車道のようなバカな道路のつくりがおきてくる。財源があるから道路は造りたい、しかし混雑区間の土地は買えないから、とりあえず田舎から車線を増やす、という具合になる。その結果、車線を増やした部分の流量が増え、それが車線の増えない大都市圏に流れ込んでくるから、都心部に流れ込む前のところの高速道路が機能マヒになっている。
建設費の借入金の利息以外はすべて鉄道会社が自前で建設する通勤電車ではこんなことあるだろうか。中央線で例えれば、三鷹から都心に向かっては複線のままにしておいて、予算があるし土地購入費も安いからと、三鷹から立川まで先に複々線にするようなことはありえない。

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2007.09.23

9/23 県議の当麻さんが所沢市長選挙に出る

民主党の県議(所沢市選挙区)の当麻よし子さんが、所沢市長選挙に立候補する報せを受け取った。
今度の所沢市の市長選挙は、介護保険制度の導入や、産業廃棄物の中間処理場とそこから排出されていたダイオキシン等の問題で良心的な対応を取ってきた斎藤市長が引退する。彼の後を引き継ぐ、大事な市長選挙になると思う。

当麻さんは、保守と公明と共産が強い埼玉県西部で、苦労しながら市議、県議の当選を重ねてこられた。民主党の結成にいちはやく合流し、そのころ、一緒にいろいろ仕事をした。旧社会党どうしのつばぜりあい、それに遠心力をかけるような保守系とさきがけ系と旧社会党との主導権争いなど、結成直後の混乱期の民主党埼玉(現在は県連となる)の中で、常識とリベラルな感覚をもちあわせ、かつ愛嬌の失わない方で、政局に流されないリベラルな立場を貫かれた人だと思う。子育て支援、介護保険制度の整備、そうした生活に根ざした政策を、政局しかない県議会と民主党地方組織の中できちんとやりこなした方である。

ただし残念なのは、やはり埼玉県議会が自民党も民主党も総与党化して、しかも先鋭的な保守系議員が増えている中で、当麻さんのようなリベラルかつ生活に根ざした政策をやれる議員が1人いなくなることである。
絶対に落としたくない選挙である。

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2007.09.22

9/22 2年間保育所で育てられた子がみつかる

北九州市で2年間保育所に入れられっぱなしで育てられた子どもがみつかり、育児放棄として問題になっている。

育児放棄は問題だが、赤ちゃんポストで問題が表面化したように、この社会には子どもを育てられない親というのが必ずいる。それをどうしたらよいのか、受け止める力はこの社会にはまだない。(よっぽどバンコクのスラム街の方が上手に受け止めている。)

養育してきた保育所に対して、北九州市は保育所に行政指導をする、と言っているが、保育所としても保育料も取れずに養育していたわけで、見るに見かねてということだったのではないかと思う。養育環境に問題があればともかく、それがなければ行政指導なんかされなくてはならないのかよくわからない。

もちろん、保育所が適切に保護者に自立を促していく取り組みが必要だが、それだって限界があろう。そうなると直接子どもを守るしかない。

ここで考えなくてはならないのは、北九州市は、生活保護の給付をうち切り、餓死や自殺者を次々に発生させている自治体であるということである。そういう福祉事務所が福祉行政を司ってきた自治体が、果たして、こうした家庭や子どもにどれだけ親身に相談に乗れるか疑わしい。もし反証材料があったら教えてほしい。生活保護行政の延長でいけば、説教して、怒鳴って、保護者を「鍛え」、子どもには施設に送り込んで一件落着ということをやっていないと言えるだろうか。

少なくとも、育児放棄状態になっている家庭を相談・ケアできず、こうして無認可保育所が我慢して対応してきたことを、市として恥じいるべきではないかと思う。

そうして入所する施設も、今はたいぶ良くなってきたみたいだが、かつては職員や上年齢の子の暴力がつきもので、子どもたちはひどい扱いを受けていた。そうした環境で大人になって屈折してしまっても、「親がいないから」の一言で片づけられ、施設の養育責任みたいなことは、誰も何も検証されてこなかった。97年の児童福祉法改正で、ようやく子どもの人権が児童福祉行政に取り込まれ、施設による児童虐待の対策が始まっている段階である。

それと今回はたまたま保育所側の人権侵害がなかったから良かったと思うが、かつてのベビーホテル問題のように、24時間預けられっぱなしの子どもが発生したときでも保育所での子どもの人権保障をどうするのか、ということについて、保護者責任を強調するばかりで、実質的に保障する手だてなどほとんど考えられていないと言っていい。子どもが直接申し立てできる「子どもオンブズマン」制度も、反動的な地方公務員幹部や地方議員、有力者が徹底的に設置を妨害するし、運良く設立されても何とか廃止したり、予算カットを目論んで他の行政施策では考えられないような厳しいチェックを入れ事実上の妨害がたえない。

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9/22 千年一日ばかの1つ覚え

役所の臨時・非常勤職員の人たちと打合せをする。

●経済財政諮問会議なんてものがまだあったかのと思ったが、規制緩和ちちんぷい神話の八代先生が、首相もいないのに報告書を虎視眈々とまとめている。
内容は相変わらず、仕事と家庭のバランスという口実のもとに、「働き方の多様化」「看護や介護、保育の外国人の就労要件の緩和」を求めている。
彼らの「家庭と仕事のバランス」という大義名分によって行ってきたことが、この間、労働環境の悪化や低賃金労働の蔓延というかたちで現れ、若者が家庭を持てない持たない副作用を生んできた。このことの反省なしに、「家庭と仕事のバランス」なんて言葉を信じてはいけない。

「働き方の多様化」では在宅勤務の時間管理の緩和を求めているが、言葉は綺麗だが、実質は過酷な内職の容認となりかねない問題を抱えている。この間、八代先生のパラダイス言語は、何の技能もないが誠実に働くことができる一般労働者を直撃して、雇用におびえる派遣労働者、日雇い派遣、偽装請負など社会問題をまきちらしてきた。「在宅勤務」なんてアットホームな言葉で語られているが、なぜ時間管理の緩和が最初のテーマに上がってくるのか、しっかり眉唾付けて監視する必要があると思う。

「看護や介護、保育の外国人の就労要件の緩和」も外国人差別やそれにもとづく低賃金労働を前提にしたものだろう。負担あってサービスなし、あるいは満員電車のような安かろう悪かろうサービスにしないために、これらの職場で働く人たちの待遇改善が課題になっているのに、それをさせないために低賃金労働者を突っ込む腹づもりだ。
経済財政諮問会議の面々は、国民負担率を抑制することだけが経済活性化と信奉している人たちだからこんな結論ばかり持ってくるが、必要な負担を回避するつじつま合わせばかりやっていては、財布の中の現金はあるけども、しかし生活の質を支える福祉・医療という「産業」がずたずたという構図が固定化されてしまうのだろう。それと国民負担率の上昇を回避しても、それで代わるべき公共サービスがなければ、それは私費負担としてのしかかる、隠れ国民負担となるだけである。
実際、在宅介護の整備のたちおくれによるニーズの増加と、そもそもそれを除いても量が不足してきた施設系介護。ここでは、結果的に不動産屋のぼったくり事業とも言える有料老人ホームが普及してしまい、高い入居費、権利関係が不透明で高額な利用料(介護の質なんかわかったものではないのに毎月15万近く取る)を自己負担させられている。
国民負担率をやみくもに抑制することは、健全な中産階級以下の所得層にとっては、老後の私費サービスによる財産収奪が待ちかまえている。でも、今の高齢者って、現役時代に国民負担率を過度に抑制してもらっていた世代でもあるので、国民負担率を上げろと言っても、支える世代としては割り切れないものもある。

●夜のニュースで、大都市部のコンビニアルバイトの賃金が上昇しているというニュースが流れている。バブル経済だった私が大学生のときのような水準だ。とはいっても当時の私は地方の政令指定都市にいて、そのまちではまだまだ時給485円なんてアルバイトばっかりだった。労働時間の計算を、1回出てくるたびに30分単位で端数切りされたり、交通費は地下鉄初乗りしか出さなかったり。
働くぐらいだったら親にたかるか貧困にあえいだ方が、と思わざるを得ない水準で、最低賃金の重要性とケインズ経済学の意味を痛感した。

昼間、臨時・非常勤の保育士の給料が、連合のめざす時給1000円に届いていないという話を昨日聴いてきたばかりなので、考えてしまう。コンビニアルバイトを差別するつもりはないが、資格もいらなければ、体力の使い方も全然違う仕事が、夕方夜間土曜の保育を担当している保育士より給料が高いということになれば・・・。ホームヘルパーなんて、なり手がなくなるだろうな。極端なことを考えると、奉仕の精神を強調できる新興宗教が介護職場を占拠できる可能性だってないわけではない。

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2007.09.17

9/17 もの忘れが激しいのではないか

渋谷で開かれた自民党の総裁選の街頭演説に13000人もの人が集まったという。

思い出さなくてはならないのは、そもそも今回の総裁選が行われているのは、自民党総裁であり首相である安倍晋三氏が、国会の所信表明演説をした翌日に政権を投げ出したという原因にある。
つまり、今日の政治空白を作ったのは誰か(安倍晋三とその続投を追認した人たち)、どの政党(言うまでもなく自由民主党)か、その派閥(町村派)はどこか、お仲間は誰か(麻生太郎氏)、いろいろな切り口を見ても、マスコミの騒ぎにのせられて人気回復などをさせてはいけないと思う。自民党や町村派の面々にはもっと厳しく審判がつきつけるべきはずだ。

しかも、この総裁選、大騒ぎしているが、一般国民には何ら選択する権利がないということも。きちんと自覚しなければならない。突き放して見れば、投げ出した人たちの仲間うちでお互いに総理の椅子をたらいまわししているという現実しかない。

そんな与党の議員たちがテレビに出てきて、「何でも反対する野党は党利党略」などと宣伝すると、なぜかキャスターや世論はコロッといってしまう。政権投げだしで14日も国会を空転させておいて、野党ばっかり責任をなすりつけるなよと思う。

このまま自民党の支持率が回復したとしたら、政権投げ出すというのも戦略のうち、ということになってしまう。総裁選びのマスコミ報道にのせられて、群衆ができてしまった昨日の映像、昨日の写真を見るたび、民主主義への危機を感じてしまう。

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9/16 オリックスが民営化病院の院長に賄賂

医療の市場化を要求していたオリックスが、高知の民営化モデルの病院の前院長に賄賂を贈っていたことが発覚。政商宮内のやること、さもありなんだ。

公共サービスの民間払い下げには、こうした問題がつきまとうことを考えなくてはならないが、国鉄方式の行政改革が成功したという神話に、明治時代以来の官業の民間払い下げにこうした汚職めいた話がつきまとい、そのことの損失をどうするかということが、ここのところおざなりになっていたように思う。

社保庁も、民営化すれば効率的な業務になるという話だけが強調されているが、運用されている何百億円もの年金財源というのは、払い下げを受ける金融業者にとっては魅力的な財源である。それがどのように守られるのか、あまりにも議論されていないように思う。
社保庁職員の数億円の使い込みに世論はいきり立っている。それはそれで正しいと思うが、6兆円の政治家・官僚による合法的な目的外使用については、使い込みではないとして、甘く見られている。おかしなはなしだ。

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2007.09.16

9/15 公務員宿舎建設に関する市議アンケート回答

●公務員宿舎誘致反対運動をしている市民団体から、公務員宿舎建設に関する市議のアンケート結果が返ってきたようだ。(朝霞市議に対する基地跡地問題へのアンケート回答をダウンロード
共産党、市民ネットの4市議は、基地跡地への公務員宿舎建設反対の明確な回答。与党公明党にその他の選択が多く、与党という立場から市を否定できないが肯定もできないという逡巡の跡が見られる。
保守系の進政会10人と拓政会3人、民主2人が8/26締切のところ、9/6現在で、一致して未回答。一致して未回答ということは、回答しないこと留保することについて一定の意志統一がされているということだろう。みえみえである。
市民に意見の分かれるこの問題について、議会の特別委員会の中では、これ以上の市民参加が必要でないという意見が席巻したようだ。そういう発言をした議員の所属会派は、進政会、拓政会、民主の3会派の議員である。
市民参加がいらないというなら、せめて選挙で判断する材料ぐらいは公開してくれないと、まずいだろう。それもせず市民の代表だという顔をして、市民参加など要らないなどと言ってもらっては民主主義など機能しない。
9月議会が始まっている今、態度は明らかになっているはずで、市民に回答ぐらいする必要があるのではないか。

説明責任も果たさない、主権者に決定権を持たせない、そんなことばかりやっているまちが、愛されることもないしブランドの価値など持つわけもない。ブランドの高い街の市役所や市議会が、市民にどうやって接しているのか、もっと猿まねじゃなくて勉強してきてもらいたいものだと思う。

●公共事業の垂れ流しに反対する民主党という国政レベルのイメージしかないから、次回市議選で、民主の2人は有利だろう。しかし朝霞市の民主は上田派ということだけであって、民主党の政策や理念をきちんと踏襲しているわけではない。ここを間違えて小沢や菅直人にイメージを重ねて投票すると痛い目にあうと思う。彼らは、連合組織内でも、リベラルでも、さきがけでも社民右派でもない。

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9/15 基地跡地に公務員宿舎が建つことが血税のムダ遣いと今回のフライデーに掲載

朝霞市内に猿が出没しているらしい。野生動物は、狸ぐらいしか出ないはずで、飼っている猿が逃げ出したのだろう。

●フライデーが、基地跡地の公務員宿舎建設を、「血税のムダ遣い告発 埼玉の3万㎡緑地を潰して役人の安住の地 キャリア公務員専用100億円タワー宿舎建設の大愚」として紹介している。
役人にとっては帰宅困難なところで安住とはいえないが、その家族にとってはいいだろう。1戸70㎡~80㎡で、本省課長補佐級(キャリアしかなれない)の宿舎だという。
フライデー紙面では、見返り施設のアホくささ、誘致反対運動をしている市民団体の公開質問状を紛失したり、回答の内容が『「(国家公務員宿舎建設の議論は)国において行われることであり、市が直接意見を申し上げる立場ではございません」など、市長のトホホな回答』と評価されたりしている。

市役所は、国の事業にのっかることで財政負担はないと盛んに宣伝するが、当の公務員すら使わないのに、公務員のための施設のために国税が使われることに無頓着である。これもムダ遣いはムダ遣いである。国の税金も市税も、同じ市民の財布から出ているものである。

さて、民主党は「税金のムダづかい一掃推進本部」を立ち上げ、国民運動的なことをするらしい。税金を1円たりとも上げないで、年金を充実させるとなれば、ムダ遣いを潰すという結論しかないからである。
また、これまでも国会質問でも地方議会質問でも、公務員宿舎が税金のムダだと盛んに宣伝を繰り返してきたし、テレビでもそういう民主党のイメージを国民に植え付けてきた。
当然、その成り行きから言えば、既存の誰かが住んでいる公務員宿舎はともかくとして、これから作る朝霞の公務員宿舎に関しては、ムダだと攻撃するのが当然だと思う。

しかし、朝霞市の宿舎に関して、民主党は馬耳東風である。市民団体が行った民主県連会長あての質問状も無視同然の回答が戻ってきたようである。選挙区の代議士の問題であるという(その選挙区の代議士が自民党以上に問題意識がないから困るんだ。選挙区の利害を超えた問題への窓口がなさすぎる)。
上田清司氏が代議士時代に培養した保守傍流の、民主党系の人脈の中に富岡市長がおり、この問題に疑義を挟むことは、埼玉4区(朝霞・志木・新座・和光)の民主党の利害やメンツを壊すからである。
ここに選挙区総支部に絶大な権限を与えている民主党の限界があるのではないかと思う。

TBSラジオ「ストリーム」でも、フライデーの記事を引用してこの問題が紹介される。「ただの愚かではなくて大愚」と。
「そんな市長を選んでしまった朝霞市民の問題でもある」という叱咤もいただいている。与党の談合で候補が一本化する枠組みから市長候補選びが行われ、下手したら無投票だった可能性もあったことを思い返す。もっともそんな状態だったので、ひどい投票率だったと思う。

●国の税金で行われる事業だからと、国にたかって住民合意も取れていないような公共事業を推進した自治体が、高齢社会になって各地で財政破綻を迎えている現実もある。市役所からの持ち出しだけを考えるのは、市役所の金でメシを食っている人たち(市職員だけではなく、市議や市長、それにぶらさがって仕事をもらっている人たち)の都合でしかない。

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2007.09.15

9/14 麻生氏のデマ

出張中、首相が職を投げ出す。病気、とりわけメンタル系みたいなものだから、仕方がないように思うが、首相の周辺の危機管理能力がない。辞めたそうなら、もっと傷つかないように辞め方を仕込んでおくべきだったと思う。秘書官、官邸の能力不足を感じる。

総裁選挙に福田でまとまってしまうところが情けない。真っ先に福田氏支持を打ち出した谷垣氏の根性のなさは改めて確認してしまった。もうこれで総裁候補として名前が出ることはなくなったのではないか。何をしたいのかわからないような人を首相にしてよのいか、疑問である。

麻生氏は、年金照合問題について古館に聴かれて「労働組合のせいで職員がサボタージュしているので仕方がないが、3月末は無理だが、必ず照合はできる」と言った。土日休日なしで毎日深夜まで働いている社保庁の職員がサボタージュなどしている事実があるのだろうか。
こういうデマを平気で言う人間を首相にすることが、改革の流れなのだろうか。

●今回の突然の首相辞任で、10日以上国会が空転する。野党が国会審議を止めると、「国会運営に一日いくらかかるんだ」などと与党幹部が非難し、マスコミはその法案の是非などを全く考えず、与党の言い分が垂れ流される。
しかし、今回、国会は10日以上空転し、これだけの空転を野党がおこせば、相当な重要法案の場合しか許されず世論の袋だたきにあう。
なんだか割り切れないものがある。

●民主党が、国会の場でしか協議に応じない、と突っぱねていることは正しいと思う。

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2007.09.11

9/11 きょうも有楽町線が

きょうも有楽町線が車両故障。8/30から2~3日おきに発生。よりによって平日のラッシュの時間(終わりかけであるが)に車両故障が毎日のように続くと、車両の寿命か内部犯行しか考えられない。噂で聞いたことがあるが、JR東日本みたいな問題を抱えていないことを願いたい。

営団側でトラブルが発生すると、長時間にわたって乗り入れが打ち切られたりして、乗り入れ先の路線の各駅停車がなくなったりしてし、不利益も大きい。

激しくぶちきれている人がいた。場所は飯田橋駅。乗り換えのできる駅なんだから、自分で工夫したらいいのに(他に交通手段のない駅で止められるとさすがに参るが)。

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2007.09.10

9/10 介護保険制度の理念がなくなっている

●NHKスペシャル「コムスン撤退の衝撃」をみる。
コムスンの不正と撤退をスキャンダラスに騒ぐわけでもなく、24時間介護がなくなるぞたいへんだたいへんだと大騒ぎするわけでもなく、静かに、現場を追跡していてよい番組だったと思う。
また、昨年からの介護保険制度の見直しで、介護保険による介護が機能しなくなっている事態にも着眼していてよいドキュメントだったと思う。
小規模の介護業者が「2ヵ月前に作る介護プランどおりに介護が進行するなんてことの方が異常。介護保険制度の理念なんかどこか行ってしまったよね」という言葉がとても共感した。
福祉は、医療などと違って、施術や投薬のような考え方がないため、出来高払いが難しい(医療も、不必要な投薬や不必要な施術を極力なくすと、介護と同様に出来高払いだけの考え方ではたちゆかなくなる)。何をもって本人の残存能力を引き出して、人間らしい生活に少しでも近づけるのかという価値判断は、ほんとうに難しい。車いすにのった身体不自由な高齢者だけをイメージして、無駄な介護はしない、などと軽々に考えるととんでもないことになる。今はまさにそのとんでもない状態だと思う。
介護財政が6兆円を突破するという。しかし、もしそれで介護給付が行わなければ、その分かぶる家族介護によって、国民が就労や休息による体力回復が行われないことの損失、専門的技術のない家族介護による介護の質の低下、さらには虐待誘発までリスクが広がる。
そもそも介護保険制度は、その前の制度のように役所が利用抑制する(よっぽど重度か、あるいは議員のコネのある人しかヘルパーを受けられなかった)ような制度が悪くて、事業者が問題を発掘して、早期に介護を手当して重度化を防ぐという考え方で設計されているシステムだったはず。民間事業者が需要を発掘し柔軟に対応するのがいけなくて、軽度の介護がいけないとなれば、昔の介護に戻る。しかも介護保険料付きで。
年金には「払った分だけもらう」と必死に議論するが、ほんとうに高齢になったときの生活の質を支える、介護や医療がどうでもよくて、後回しに考えてしまう世論からはどうしようもないのだろうか。

また介護保険制度が未曾有の不況と雇用不安の中でスタートしたため、人件費をないがしろにしてきたツケが出てきたようにも思う。現在、一番重いのを担ぐ仕事は、介護である(次に保育という)。しかも相手は生き物で、24時間365日生き続けている。それに対応する仕事の給料が、初任給どころか、高校生のアルバイト並の給料で営まれている。福祉の専門知識を学んだ人材を、何の予備知識もいらないアルバイトと同程度の賃金で働かせることを前提としたシステムが、好況になって維持できるとは思えない。

コムスンの売却先を選定する委員会の堀田力が、「あとは現場の努力に期待するしかないですね」と記者会見で回答しているを見て、頭を抱えてしまった。介護の社会化という大目的のために努力した人ではあるが、必要以上に公的機関が提供する介護サービスを非難し、厚生労働省の役人の代弁者として、人件費を軽視した介護保険制度を作った責任をもっと自覚してもらいたいと思う。

●ちなみに朝霞市には24時間在宅介護する体制はないし、利用者もないという。これは3回前の市の地域福祉計画推進委員会での質問で明らかになったことである。
要介護の人を抱えた人は、施設に入れることに奔走せざるを得ない。地域福祉を推進しながら、地域で死ねない街である。昨年ぐらいから役所は役所の責任に関することについて市民参加を拒み続けている。サークル活動や娯楽活動なら、それでもいいが、命や暮らしがかかっている介護の問題を市民と議論することを避けて、言い訳文書ばかり作って、「財政問題」といういわば市職員の食い扶持の将来ばかり考えているような市役所では困ると思う。

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9/10 職責を賭するときのバランス

朝、有楽町線がまた車両故障。運転再開ははやかったが、ダイヤの復旧も悪い。和光市から池袋まで40分もかかる。何で1駅5分もかかるのかね?
連結器が切れたり、ラッシュのさなかにいつも故障するボロ車、廃車したらどうかと思う。7人掛けの椅子がどうみても6人しか座れないし。
1960年代に製造された東上線の古い車より故障が多いと思う。

●安倍首相が、職責を賭して、テロ対策支援法の継続をめざすと表明。政治的にはいくつもの意味で悪いメッセージだったと思う。
もちろん私はこの法の継続に反対しているので、朗報と思っているが。

まず、この法の継続をするには、民主党の協力あるいは参議院民主党の分裂が避けられないが、何より安倍首相を退陣を求めてきた民主党にさらに反対する大義名分と錦の御旗を与えてしまったのではないかと思う。
さらに、年金や政治不信で民意からNoをつきつけて開き直った安倍首相が、対米協力が成し遂げられなければ辞めるというのは、首相という職務が成立する根拠は、国民の信頼より、米国の信頼で成立していると表明したも同然となる。これは日本政治にとって大きなマイナスではないかと思う。
たぶん、死に体首相だということを本人も自覚していて、麻生太郎氏あたりに禅譲するための口実やダンドリなのだろうという気がしている。

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2007.09.09

9/9 国家公務員宿舎問題、市から質問回答が出る

朝霞市の基地跡地への国家公務員宿舎建設問題について、建設反対運動をしているグループが市に提出した公開質問状の回答が出てきた。

内容はごまかし、はぐらかしのオンパレードで、国がやる事業だから市には責任も権限もない、などと地方分権改革に無知な水準の内容。

自治体のあり方を考える上で、貴重な材料となった回答にも思える。
他の自治体で拒絶できていることがどうして朝霞市には拒絶できないのか。その観点から考えるといろいろな材料が転がっていると思う。
それは政治の側の怠慢や悪意、行政の低い能力、市民の行政に対する対抗関係の蓄積が薄いということが挙げられる。「うちの街は良い街だ」という誰でもが思う気持ちと、「うちの市役所はいい仕事をする」ということがほとんど別問題なのに、怠慢な今の市役所を免罪する人たちは、意図的にこれを混同するような言い方をして、市役所への批判や問題提起を封じてしまう。
また国と対抗できる市役所の体制としては、直接的なことではないが、国との関係や土地利用の規制、制度開発など市民を守るためには専門知識のある法務担当職員が必要なこと、法令遵守のための機能が必要なこと、市民が判断できる会計情報の提供が必要であるということがよくわかる。会計報告など、朝霞市の財政に余裕があるのかないのか、素人目には理解できないようになっている。基地跡地利用の財源問題では、国の公務員宿舎誘致派は(醍醐民主党県議がそうだが)「財政に余裕がないない」とばかり言い、誘致反対派でも公園建設を推進する人たちは「財政に余裕がある」と言い、双方の論拠を判断できるような客観的な数字が全くない。とくに市役所の内部が誘致派でもあるわけで、財源がないと言い切れる明確な会計報告を提示してもらいたいと思う。

詳しくは、運動のホームページをごらんください。

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9/9 政治資金報告

●政治資金報告書の記載漏れ、二重記載などが続発し、問題になっている。
この間、金融監督と、会計監査を通じて企業を締め上げて構造改革を推進した政治の為政者が、自らの政治資金の管理では、会計監査ではとうてい認められないようなことをやっていたとは呆れるばかりだ。この数年、銀行は金融庁の監査をくぐりぬけるために、取引企業に相当な無理を求めてきた。その中には、会計に関する細かいどうでもいいようなルールまで影響している。また、監査法人による監査も強化されて、会計制度にあわせるためだけに企業はかなり無理なコストを払ってきている。そうして締め上げて、いろいろな企業が倒産し、失業者が溢れ、中産階級以下の人々の所得は低下した。
そういう中で、政権党の政治家の財布について、5万円未満は公表したくないの、領収証の紛失がどうの、よく言うよと思う。

ただ、選挙会計の報告などに立ち会ったことから思い出すのは、政治関連の会計というものが、違反の罰則が厳しい割には、ほんとうのところどう記載したらよいのか、不明確な制度になっている部分が多い(下手に簿記を知っていればいるほどわからなくなる)。また、基本は単式簿記だが、貸付金や借入金の報告があったり、財産の報告があったり、計算を混乱させる要素も少なくない。そこを間違えたり悪用したり、いろいろなことがあるだろうというのが私の思い出すところだ。
政党支部と政治資金団体と選挙会計は、政治家本人の会計と一体的なものなのか、法人的な概念で行われるべきなのか、政党支部以外はほんとうのところよくわからない。さらには、公職選挙法が異様なまでに厳しいので、公示日前の政治活動か公示日後の選挙運動かということを意識しながら領収証の宛名を書いて貰わなくてはならない。間違えていたら、領収証の書き直しをお願いに行ったこともある。
会計間の資金移動にいろいろ規制がかかっているので、会計上の法人的な概念があり、候補者個人から政治資金団体への貸付などという考え方がありうるということも、熟練した人に話を聞いてわかった。
公職選挙法で認められた印刷物の印刷代(選挙公報の版下代、ポスターやはがきの印刷代)なども、信用の問題で費用の前払いをした場合、本来は選挙会計に入るべきだが、選挙期間前の支払は選挙会計に入れてはならないという人もいたりして混乱した記憶もある(結局どうしたんだっけ?前金扱いにして、選挙期間中に精算して改めて領収証を書き直してもらったんだっけ?)。あるいはポスター印刷代の公費負担はどう表現したらよいのか、支出に総額を明示して公費負担を収入にカウントすべきか、それとも差額を支出として書けばよいのか、これも悩んだ。
そうした制度のもとで、間違いと不正の間がわかりにくい会計制度であるなぁと思った。

また、今日の毎日新聞で「領収書添付紛失申告で免罪」という記事が出ていて、東京都選管が領収証を紛失したときに、紛失を理由に領収証添付をしなくてよい制度があるという記事が出ていて、都選管は今年の手引き書から紛失に関する事項を削除したという報告がついていた。
これなども紛失が良いか悪いかということではなく、第三者に見て公正さが判断できるかどうか、という観点で議論が必要じゃないかと思う。絶対に紛失は起こりうる。問題は今回、第三者がほんとうに紛失したとは思えないような心証しか持てないものまであったり、常習犯的な紛失もあるようで、それに警告を発する仕組みが必要じゃないかと思う。
政治家はお金もないし、複式簿記を理解できなければ政治参加できないというのも困ったことになるかもしれないが、政治資金団体や政党支部、選挙会計に、会計間の資金移動に関する管理がきちんとできて、どこにでもいる会計士が監査できるような標準的な会計ルールを適用すべきではないかと思う。透明性を担保した上で、政治資金の出入りについて、もう少し緩和してもいいと思う部分も多い。うさんくさいカネがなかったことにしてしまう会計より、うさんくさいカネはうさんくさいカネとして公開され、有権者が判断できることの方が大事だと思う。

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2007.09.08

9/8 司法制度改革を考える

司法制度改革が、日本の民主主義を大きく変えようとしている。にもかかわらず、議論は関係者と目立たないマスコミにとどまり、行方が心配になる。

1つは裁判員制度である。これには是非論があって、前提となる議論は是非論ともに説得力を持つ。裁判に市民常識を入れるという是の考え方と、裁判にまで大衆煽動に左右される要素を入れなくてもいいという考え方と両方である。私は、比較的前者の考え方に近かったが、最近は、後者に近い考え方になっている。善悪の判断ののりしろみたいなところが、マスコミの煽動に左右されやすくなっていると思うからだ。
たとえば極悪人の裁判で、弁護士がその職務にのっとって加害者を擁護する手を講ずると、弁護士を懲戒処分にせよという論調が非常に強くでる(もちろんその弁護士がやっていることが加害者にとっても効果的とは思えないようなこともある)。しかしこれは、依頼人の利益を最善に、という弁護士の職務の本分からすると、社会を敵に回し、感情を害するようなことであっても、やらなければならないことではないか。
マスコミの感情的報道に煽られた世論や、検察権力に楯突けない裁判所までが、極悪人の弁護士に対して、資格を剥奪せよ、という議論が起こっていることに、恐怖を感じている。こうした冷静さを失った議論が司法でなされるようになっているときに、市民参加という美しい響きの言葉がどういう意味を持つのか、考えなくてはならない。
それは、行政や立法というポジティブな分野の市民参加と意味が異なっていると思う。
戦前、陪審制が、一般刑事犯に重刑を追認する一方で、アナアキストを殺害した甘粕に甘い判断を下し、野に放ち、結果として満州事変を引き起こして国の破滅をもたらしたことを思い返さざるを得ない(アナアキスト殺害は、その後、日本の社会主義運動がマルキスト一色にほぼ染め上げられることになるきっかけとなる大きな損失でもある)。

もう1つは司法試験制度の改革、つまり法科大学院の設置である。このことの本来的な理念は正しいと思う。試験偏重から、長い小集団の議論を積み重ねた学習による資格取得にシフトしようという理念は正しい。
これを現実化するためには、法科大学院の卒業者=司法試験合格者となるよう、年間1500人の合格者にあわせた法科大学院の定員でなければならない。しかし、法科大学院の乱造で、現実には3000~4000人も定員があり、法科大学院に入学した人の半分以上が脱落、不合格にならざるを得ないシステムになっている。
もちろん質の高い人材を集めるためには、不合格者がないことが問題だという議論を設定できるが、半分が不合格になるシステムが、試験偏重を再び呼び込んでいる。
また、本来は旧帝大+αだけに設置されないはずの法科大学院だったが、試験と切り離されてハクがなくなるのを恐れた二流、三流大学の法学部教授たちと、法科大学院設置の許認可利権にまとわりつく官僚や政治家の利害が一致して法科大学院が粗製濫造された結果として、法科大学院の選択と集中が行われなかった。このことで、法科大学院に費やされるべき財源が分散されてしまい、学生には非常に高い学費を負担せざるを得なくなってしまっている。
結果として、司法試験予備校(年額60万~100万)と、高い法科大学院の授業料(年額120万円+入学金100万円)を払え、かつ司法浪人してもなんとか潰しのきくような家庭環境にある人しか、司法試験は挑戦できなくなっている。しかも、ゼミという手間暇かかるものをやりながら、試験勉強もしなくてはならないという時間的二重苦も背負わなくてはならない。
これまで、実務経験を重ねて転身してきた社会人は、司法試験からシャットアウトされたといってよい。

そういうことが、どういうことをもたらすのか、不安である。貧しいところからたたき上げたり、普通の家庭から問題意識を持って弁護士になる、という人はほとんど見つからなくなるだろうし、医療のように世襲になっていくことは避けられない。かつての司法試験は苛烈なものであったけども、しかしお金がなくても、時間がなくても、勉強さえできればチャンスが与えられていた。つまり、貧しい人の本当の感覚や、問題意識のあることに取り組む司法関係者がいなくて、弁護士がカネのある人の企業舎弟みたいな存在になる傾向が避けられなくなるということだ。
ライオンズクラブやロータリークラブのような人間関係の中に弁護士も検察官も裁判官もいる中で、労働弁護や障害者の弁護などやる人が出てきても、それは慈善の範囲を超えないということにならないように思う。

しかもそんな中で、司法試験を作る教授が、自分ところの学校に試験問題を垂れ流していたとも思えるような疑惑が発生している。
市民の権利、人権は、最後に司法制度が守ることになっている。しかし、このようなシステム変更でほんとうにそれが維持できるのか、金持ちとマスコミを味方に付けられる人脈にある人だけの人権にならないか心配でならない。

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2007.09.07

9/7 たまには慎太郎をほめる

教育問題などでは絶対に相容れないし、選挙の度に敵陣営にいた石原慎太郎は、不倶戴天の敵と思いながらも、そんじょそこらの右翼政治家よりセンスが優れていると思うこともある。

たとえば、一期目のディーゼル排気ガスの問題。あれで長いこと放置されてきた、商用車の排気ガス対策が進んできた。
そして、三期目の選挙公約、貧困者への都民税減税。そして今日の、減税から公的助成への方針転換。貧困者に減税してもたかが知れているとは言え、貧困者ほど響く「減税」を公約にして貧困救済に決意を示すメッセージ性がよかった。その上で、所得税が低い人が、必ずしも貧乏人とは言えないこと(金持ちや大企業のパパのいるパラサイトシングルとか、大きな土地を所有している年金生活者とか)、減税効果が小さいことなどから、公的助成や公共サービスによる支援に舵を切ったことは、なおよい。

さらに、緑地を潰しての参議院宿舎の建て替えに反対し、現在地での建て替えを求めたこと。どうしてもこの一件は地方交付税を受けている自治体でもないのに、国のわがままな要求にへーこらして、国家公務員の26階建て豪華独身寮の建設を裏で受け入れた朝霞市長と見比べてしまう。
自公民の談合で擁立され無投票当選が約束されていたが、直前で泡沫候補が出てきてくれたからかろうじて選挙になったものの、その投票率も22%、朝霞原住民すら満足に投票に行かないで決まった市長だから、民意を代表している存在とはなりきれないのだろう。

●おやじの出身地の味噌屋さん(九州一)のCM。九州の城下町の雰囲気をよく伝えていると思う。CMのテーマは世界一の木樽です。

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2007.09.06

9/6 大丈夫かねエレベータ業界

朝、マンションのエレベーターが止まってしまった。うちは低層階なのでいいが、上層階の人たちは、疲れた顔して降りてきていた。

すぐに管理会社に連絡し対応をお願いした。報告が出たのが12時。そんなにかかるものなのか。
原因を聞けば、エレベーターを呼ぶボタンがある階で接触不良になって、それだけの理由で使用不能になってしまったという。

地震になったときにエレベーターの閉じこめが問題になると言われている。以前、管理組合の理事会で、そうしたときの対応をどうするのか管理会社に問いつめても、「エレベーター会社を待って・・・」とお茶を濁された。言っている当の管理会社の社員を含めてその場にいた全員が「そんな非現実的な」という顔をしていた。だってメンテナンス会社の事務所は川向こうの浦和にある。地震の後に、荒川の橋など、渡らせてくれるものにはならないだろう。猛暑や厳寒期だったら、エレベーターの中で死人が出てもおかしくない。
そんな不安もあって、独立系のベテランのメンテナンス会社に聞くと、脱出するためには転落などの二次被害を防止するための注意が必要だが、そんなに難しい技術ではないし、エレベーターが二度と使えなくなるような作業ではないと言う話しだった。

今回、地震でも何でもない日だった。ボタン1つ付け直すのに5時間もかかったことになる。
寡占で、他の製品ならユーザーが自主的にメンテナンスなどをしているような水準の情報すら公開せず囲い込んで、人々の安心を質に取ったようなエレベーター業界の営業に問題はないのか、と思う。

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9/6 年寄りを騙す生命保険会社を公表せよ

高齢者を狙う悪質生命保険があるというニュース。

さもありなんと思っていた。医療費の自己負担が年々増加し、不安をつきつけられる中で、なんとなく保険をかけなくてはならないという義務感が高齢者や高齢者の入口にいる人たちの中に蔓延している。そういうところにつけこんだ犯罪である。

生命保険業界は、在日アメリカ商工会議所なんかとつるんで、JAや全労済などが運営している共済に狙いをさだめ、無駄な規制強化を狙っている。しかし、自分たちがやっていることは何だ、と思わざるを得ない。

情報の非対称性と消費者保護の観点から、こうした悪質な保険会社は社名を公表し、制裁する必要があると思う。保険金不払いより悪質な事案だと思う。

また、高齢者が退職後不安に思わないような、かつ医療の濫用がないような、社会保障制度をきちんと作り上げることが必要だと思う。数年前までは年寄りが保険なんかいらない、不安なら貯金すればいい、と言い切れたが、医療費の自己負担がどこまで増えるかわからないような制度改革が続く今、年寄りに保険はいらないと言い切れない現実がないとは言えない。

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2007.09.05

9/5 早川代議士の評価

言い忘れたが、ここの選挙区選出の早川忠孝代議士が、今度は、自民党内で、原爆被爆者認定基準の見直しに関わる作業に携わっていることを知り、また嬉しくなった。

本来、自民党を応援してはいけない立場であるが、いたずらなナショナリズムを煽る民主党の議員より、こうした人に役に立つことに取り組む議員は大切だと思う。

早川代議士は、ごりごりの改憲派であり、改憲にあたっても国民の義務やモラルの必要性を強調する代議士で、この点については私と絶対相容れない。しかし、この間個別政策で取り組んできた、離婚後300日以内に出生した子どもの父親の課題、今回の被爆者認定基準の課題など、人にまつわる制度改革が必要とする立場については、大いに共感している(もちろん内容はいろいろあるが、多くの自民党議員がそれ以前の考えを持っていることを考えると数段ましだと思う)。

農業や社会保障に顕著に現れているが、組織への帰属意識の低下や、組織を通した利益配分が徹底できない社会になっている今、個々人と制度の関係に着目した政策変更に取り組むことは重要になる。そうした時代に、大言壮語ではなく、生活に根ざした法改正をめざす早川代議士の仕事ぶりは、敵陣営ながら評価したいと思う。
それにひきかえ、このあたりの民主党系は・・・。市民参加に後ろ向きどころか批判的だったり、無駄な公共事業や行政主導のイベントを推進したり、古い家族観(子どもを保育園に預けるのは育児放棄というような)に染まっていたり、民主党のイメージと正反対のことばかりやるので、正直うんざりしている。

●先の参議院選挙で、民主党の農家への所得補償制度の導入について自民党はばらまきだと批判した。しかし、遠藤農水相問題を見ていると、自民党の農業政策は、様々な大義名分を利用して、農家にまとわりつく団体に補助金をばらまき、それを政治家に結びついた幹部が私物化しているというのが実態だったことを露呈している(この2年間生活協同組合法にもとづく共済で働いたが、ここではかなり厳格に政治との一線を求められるのに、農業系団体は政治との関係はズルズルである)。
事業に名を借りた農業利権の培養をするために膨大な予算を使うなら、最初から所得補償としてばらまいてしまって、所得の下駄をはかせて他の産業と並べて、その先の創意工夫は各農家に任せた方が、競争力のつく農業になるという民主党の農業政策は賢明だと思う。
日曜日の毎日新聞で、エコノミストの原田泰さんが、アメリカの経済効率を10、個人保障を軸とするヨーロッパ左派の経済効率を8、公正さを偽装するために官僚が言うことを聞く組織にだけばらまく日本の経済効率を7として、それならヨーロッパ左派の民主党の方がましだと喝破したのは面白い評論だった。

●大企業・中堅企業を中心とした従業員への年金の3階部分の給付を行っている企業年金連合会での、年金不払いが発覚。
年金不払いが、社会保険庁の労働組合の責任にしようという政治運動が盛んに行われたが、そうであるなら企業年金連合会にも国鉄のような労働組合がないと話がおかしくなる。
年金不払いは、疑似積立方式と何においても申請主義の年金制度そのものに起因すると証明したのではないか。
この企業年金連合会は、物言う株主とかいって、以前は、村上世彰の後援者がリーダーやっているところじゃなかったっけ?

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9/5 たばこ臭い埼玉のタクシー

雨が降ったり、子どもが寝坊介したときには、タクシーで保育園の送迎をする。贅沢に見えるが、結果的にはマイカーを買うより安い。それにバスが2時間に1本しか来ないからだ(この間盛岡市に行ったらコミュニティーバスが10分間隔で往復していた)。子どもと大荷物を担いで真夏や雨天に歩くのは、仕事の能率を下げる。

そのタクシーに不満もある。埼玉県内のタクシーはたばこ臭いのだ。禁煙車を用意しているタクシー会社が少ない。そして禁煙車が少ない。さらに最悪なのは、たった1社しかない禁煙車を持っている会社も、保育園の送迎時間に限って、禁煙車の配車をリクエストできないことだ。また、喫煙者が乗った後、窓を開けて空気を入れ換えるぐらいしてもいいように思うが、そうしたこともしてくれない。乗り込むときには、もう臭くて臭くて咳が止まらない。私はこの一点において、タクシーが好きになれないでいる。

屈強な酔っぱらいに合わせた営業をやっている限り、高齢社会に対応できるタクシー経営ができるのか、他人事ながら心配になってしまう。

しつこい話になるが、朝霞市が埼玉県であるために、禁煙も何もかも、都内より一歩遅れることになるのだろう。

●朝霞台駅のケンタッキーフライドチキンが、以前は全面禁煙だったが、改装して、部分喫煙可になった。しかし仕切がきっちりしておらず、空調は一緒なので、受動喫煙は避けられなくなった。あのあたりには喫茶店がないので、ちょっとした時間潰しに使っていたが、もうしばらく利用しないつもりだ。
飲食店の禁煙はどうしてこんなにもルーズなのだろうか。

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9/5 遠い山びこ

子どもの前の保育園の保護者仲間と駅ですれ違う。

確信犯とも言えるような、粘着質の保護者にひっかきまわされているという。その保育園の存在そのものを否定するような行動に、後ろには党派もちらついているようで、せっかくの保護者参加など面白い理念が、みんな確信犯の行動におびえて何もできなくなっているという。
保護者会や行事のビデオなどを勝手に流出させたりもしているという。

オープンな議論をすべき場所を持ちたいが、確信犯的にひどいことをする人、そしてその行動を黙認する党派。困ったものだ。

●佐野眞一「遠い山びこ 無着成恭と教え子たちの四十年」を読む。マスコミ、ジャーナリズムに翻弄されながらも、実直に生きた山びこ学校の教え子たちを丹念にルポルタージュしていて読みごたえがあった。
生活綴り方運動をベースに、生活を文章にして学び取る教育を進めた無着が、後に明星学園で同志となる教員たちとともに生活単元教育を猛烈に否定する。この同志たちは、無着のような人間臭さのない、ある種の自由教育業界の官僚的教員たちと言ってもよい。やっぱり肌が合わなかったのか、一緒に明星学園を追われた後、その同志たちが作った学校には参加せず、徐々に疎遠になり、やがては教育界と一線を引いた結果が興味深い。
調べたら、今、無着は大分空港の近くの高名な寺にいるという。訪ねてみたくなった。

●中教審が武道を必修にするという。基本4教科の充実が現下の国民的共通認識なのに、横から体育の内容をいたずらに増やすのはどうだろうか。そんなもののために、学校週5日制を犠牲にされるとするなら本末転倒である。5日制の見直しや廃止を言う前に、こうした無駄な学校への拘束と、授業内容の複雑化をリストラする必要があるだろう。
武道は多くの流儀があり、国が必修化するようなものではないと思う。同様に体育のみならず音楽や美術もそうだが、向き不向き、内容の多様性から、こうした教科はできるだけ民間や地域が主体にやるべきで、国家権力がやるべきことではないと思う。この豊かな時代に、学校が何もかも用意するのは間違っていると思う。
中教審は、本筋に立ち返って、基本教科の充実に力を入れた答申を出すべきだ。

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2007.09.04

9/4 身体検査能力はほどほどに

遠藤農水相を早く辞任させた、安倍内閣の判断は速かったと思う。ダメージが無かったかと言われればダメージはあったが、松岡氏や赤城氏のように優柔不断な対応を続けて無様な状態を長期間続けていくより良かったのではないかと思う。敵ながら。

「身体検査」の精度を問う声が大きいが、小泉首相時代の飯島秘書官の異様とも思える調査能力と比べることは問題があると思う。飯島秘書官は、携帯電話がわかれば預金口座の中までわかるとうそぶいている。これは、個人情報保護法を、携帯電話会社も銀行も権力の前には守っていないと証言しているようなものである。そういう調査能力を内閣が持つべきかというと、平常時にはそうあってはならないと思う。

そうであるなら、やはり、問題閣僚が現れたときには、スピーディーに始末していくことが必要だろう。また辞任させるにふさわしい不祥事とは何か、ということをある程度、国会で議論して定義しておくことも必要だと思う。不正献金は問題だが、性的交際問題になると、相手の素性(敵対勢力や外国の工作員であるとか、政治献金的意味を持つような愛人関係など)によりけりと思うところがある。民主党の若手議員など、細野代議士がタレントキャスターと騒がれたように、どんなボロがあるかわからない。しかしそれが職務に影響のないケースもある。そこまで責任を取れというのは、あまりにも一般人の性的交際関係の複雑化に比べて高い基準を要求されているように思うからだ。

政治家と一般市民がお互い、首を絞めあい、自由を奪い合う関係にならないためには、政治家に対して高いモラルを求めるのは本業に関わる部分だけにした方がいい。あとは色めき立つ話として、話のネタにしておくだけにした方がいい。

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2007.09.03

9/3 東上線のダイヤ復旧力が高まったのではないか

職場では新年度。会議を渡り歩く。シビアな会議もあって、担当者はかわいそうだった。

●昨日、東上線で人身事故があった。レスキュー隊の救出というから、被害者(?)は死亡しなくて済んだのだろうか。

最近、事故発生時の東上線のダイヤ復旧が良くなったように思う。15分から20分程度で動かせる区間だけとりあえず動かすようになった。以前よりタイミングが早くなった。直通電車を長時間にわたって切ったりすることもなくなってきた。

進歩だと思う。

●東上線のダイヤ、うまくできているように思うが、微調整が必要に思うところもある。
朝のラッシュ時間、通勤急行が複々線の部分を通過するが、志木と和光市で遅れのための貯金を取りすぎて、準急とかかる時間が変わらない。複々線区間をすべて止まる準急の存在が意味不明。
同じく朝のラッシュ時間。なぜか直通電車が10分に1本で、ときどきそれも20分開く。複々線があるのだから、志木まででももっと増発したらどうかと思う。そうすれば、朝の時間の準急は不要になる。
日中は、上りの有楽町線直通電車が、和光市で急行に接続するダイヤになっているが、志木や和光市で長時間待たされる。急行通過駅の不利益を最小限にすべきだと思う。
夕方の下りの急行、池袋・成増間が時間がかかりすぎ。さらに成増駅で、始発電車が急行の前を横切って車庫からホームに出るので、始発電車の運転士がトロいと、遅れも発生する。遅れた急行が、和光市で接続する有楽町線からの直通の各駅停車を待たせ、有楽町線の遅延の原因にもなっている。
夕方のラッシュ時間、有楽町線からの直通電車が少なく、和光市止まりの有楽町線から吐き出される乗客で和光市駅が溢れかえる。
深夜、急行を増やしたのは良かったが、各駅停車との接続を無視して増発したため、通過駅の乗客には後の準急や急行に乗ったのと同じ結果になることがある。
23時台。急行がなく、準急が少なすぎて各駅停車と乗客数にむらがある。体感的にこの時間の準急が朝より混雑しているように思う。しかも不快な程の混雑なのに、準急が時間がかかりすぎる。その上、和光市で終点の有楽町線を待つが、有楽町線が2~3分遅延するので、結果として各駅停車と同じ時間かかる。さらには土日は本数少なすぎる。土曜日は悲惨だ。

朝霞市のことだけ考えれば準急がたくさんあることはいいことだが、それがために東上線全体のダイヤが遅めシフトになることは良くない。さらに、準急が多いということは、その分、特急や急行が少ないわけで、それは川越より先に行くような人たちの長時間通勤のストレスと渾然一体となって朝霞市民が運ばれるということになり、良くない。
朝霞や朝霞台を通過する電車が増えても、直通以前の東上線のダイヤのように、すべて急行や準急に接続するダイヤであれば問題がないと思う。
それより、全体的なスピードアップと、朝霞のことでいえば複々線区間にふさわしい電車の本数を望みたい。

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2007.09.02

8/31 続

そして、定期大会は終了。

●うちの定期大会には、たいていかくまる派とちゅーカク派がやってくる。彼らはなぜか本当の右翼的体質の労組や軍需産業の労組には押し掛けない。うちのように左派系の労組にばかり狙って、マイクとメガフォンとビラと、50代の数年前まで学生だった人を連れておしかけてくる。しかも門前で、ちゅーカク派とカクマル派で喧嘩なんか始め時には腹いせに私の同僚を殴ったりする。

今年は、珍しくカクマル派はあまりやってこなかったが、「民営化を容認する●●労本部」などというビラを配布していた。バカ言ってもらってはこまるが、何より自分たちの過去を棚に上げてよく言う。
カクマル派の影響下にある動労は、国鉄の分割民営化反対をいちはやく転換して受け入れ国労の解体に協力し、そのおこぼれで職種の労組でしかなかった動労を、JR東日本労組として、経営側から独占的な地位を保障された労組に衣替えして組織拡大に成功したのではなかったか。

●昨日、上野駅で線路上の発煙騒ぎがあって、山手線がたびたび止まったらしい。15分を2回にわたって止まったのに、遅延証明の発行予定にも掲載されず。不可解だ。公開できないような事件なのか。

●先日の参院選に当選した岡山の姫井さんが文春に男女問題のスキャンダルを掲載される。立ち読みしたが、相手の男のとった行動は良くないと思う。記事は「このような人を議員にしてよいのだろうか」というような終わり方をしていたが、男女関係のスキャンダルは政治的に具体的な問題を挙げることが難しいと思う。たれ込みをした男は、相手が人気取り商売であることに付け込んだ卑劣な行動をしたと思う。懲戒解雇された教員ということで、そのことの本当のことを明らかにすべきだと思う。だめんずうぉーかー議員としての姫井さんの役割も出てきたように思うが。

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2007.09.01

8/31 ロジスティック副隊長

24日から、私の勤務先の労組の定期大会で盛岡市に出張。

今回は、ロジスティックの副責任者を担当。どの会議より早くに現地に乗り込み、のべ100種類10万冊の資料を会議別に15000部に組み立て、必要な会議に間に合うよう届けなければならない。小さな補助会議については、市中の宅配便などへの利用を促したり、資料の種類数を抑制してもらったりして、このうち3分の1は配送にのせるだけの業務になるが、残りの10000部の資料を誤差なく短時間に効率よく組み立て、配送できるかが成果になる。

地元の組合員の作業協力をうまく配分するための素人流ながらも工数計算、作業レーンの配置などをして、物の流れ、人の流れなどを計算して作業を組み立てて、本番に臨む。ここではステロタイプの作業イメージをどこまで変えられるか、当日の人の流れをどれだけイメージ出きるかかが、成否を決する。

自分で言うのもなんだが、組み立てについては、通常9時にスタートして16時30分に終了するところ、14時30分には完成して大成功だった。完成予定数と完成数との誤差も、もっとも量の多い、1セット19種類、5500部の資料組み立てで11部、0.2%におさまり、なかなか良かった。
成功の一番の要因は、地元の組合員の協力者が作業に前向きだったこと。ただこれは成功の大きな鍵であっても、相手を選べないし、作業当日になってみないとわからないので、前向きか後ろ向きかということに影響されない作業を組み立てるべきだろう。
次の理由が、関係者の資料点数の抑制。これは少しずつ進んでいるが、一気にとはならない。3番目に会場の環境。1フロアーに広大なスペースを取れたために、台車やエレベーターを使った移動が発生しなかったこと。4番目には作業に看板やシールを多用して作業の「見える化」を進めて、情報トラフィックの錯綜による混乱を最小限に抑えたこと。これは前職で物流システムのフロー設計図を模写させられた経験がうまく活きた。
5番目には、組み立て開始前の作業配分をきちんと計算したこと。計算できなかった部分にやはり作業の無駄やムラが発生して、遅滞の原因となった。

課題はいろいろある。ロジスティック内部の課題としては、タダで参加してくれる協力的な組合員がどんどん高齢化していく時代を控えて「汗のかかない組み立て作業」をめざすこと。つまりお金のかからない道具や機械をもっと投入して、作業を楽にしていくこと。さらには何より職場を休みにくくなっているので、半日で完成できるようにすること。

左派の影響力の強い補助会議は参加者数の見積もりが甘く、実体より1.5倍から2倍に過剰に見積もって報告するため、資料や配布物を過剰に輸送、作成、配布し、最後には回収、分解、倉庫への返送、裁断破棄をしなければならない。過剰な見積もりが当たるぐらい参加者が増えるような楽しい運動づくりを進めてもらいたいが、相当なアイディアマンと、しなやかな組織が無ければ難しい。そうしたことは左派が現下、組織防衛に必死なので期待することが難しい。
当たらない可能性が高いのであれば、過剰な見積もりが、下請け業者や会議を下支えしている人たちの超過勤務、重労働、何より過剰なコストによって成り立っていることを理解してもらい、参加者の厳密な見積もりと点検をお願いしたいと思った。それがまた運動になるはずだからだ。

その点、左派の影響力が強い補助会議の中でも、参加予定者1人ひとりの名簿把握に務め、無駄な印刷物や発送物の発生を抑制した会議があって、議題自体は大事な岐路に立つ議論だったので混乱したようだが、運営に関する質の高さに敬服している。

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