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2007.09.05

9/5 遠い山びこ

子どもの前の保育園の保護者仲間と駅ですれ違う。

確信犯とも言えるような、粘着質の保護者にひっかきまわされているという。その保育園の存在そのものを否定するような行動に、後ろには党派もちらついているようで、せっかくの保護者参加など面白い理念が、みんな確信犯の行動におびえて何もできなくなっているという。
保護者会や行事のビデオなどを勝手に流出させたりもしているという。

オープンな議論をすべき場所を持ちたいが、確信犯的にひどいことをする人、そしてその行動を黙認する党派。困ったものだ。

●佐野眞一「遠い山びこ 無着成恭と教え子たちの四十年」を読む。マスコミ、ジャーナリズムに翻弄されながらも、実直に生きた山びこ学校の教え子たちを丹念にルポルタージュしていて読みごたえがあった。
生活綴り方運動をベースに、生活を文章にして学び取る教育を進めた無着が、後に明星学園で同志となる教員たちとともに生活単元教育を猛烈に否定する。この同志たちは、無着のような人間臭さのない、ある種の自由教育業界の官僚的教員たちと言ってもよい。やっぱり肌が合わなかったのか、一緒に明星学園を追われた後、その同志たちが作った学校には参加せず、徐々に疎遠になり、やがては教育界と一線を引いた結果が興味深い。
調べたら、今、無着は大分空港の近くの高名な寺にいるという。訪ねてみたくなった。

●中教審が武道を必修にするという。基本4教科の充実が現下の国民的共通認識なのに、横から体育の内容をいたずらに増やすのはどうだろうか。そんなもののために、学校週5日制を犠牲にされるとするなら本末転倒である。5日制の見直しや廃止を言う前に、こうした無駄な学校への拘束と、授業内容の複雑化をリストラする必要があるだろう。
武道は多くの流儀があり、国が必修化するようなものではないと思う。同様に体育のみならず音楽や美術もそうだが、向き不向き、内容の多様性から、こうした教科はできるだけ民間や地域が主体にやるべきで、国家権力がやるべきことではないと思う。この豊かな時代に、学校が何もかも用意するのは間違っていると思う。
中教審は、本筋に立ち返って、基本教科の充実に力を入れた答申を出すべきだ。

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