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2007.09.26

9/25 あやしい早期警戒情報

NHKが盛んに地震の早期警戒情報の有効性を宣伝している。5秒だとか10秒だとか時間があるといろいろできるという。確かにそうだろう。でも意味あるの?と思う。

地震の対策に、どうして予知だとか、早期警戒だとか、そんなことばかりに力を入れるのか、疑問に感じる。たぶん、地震研究が地震の発生メカニズムを研究することになっているからだと思う。科学はそれでいい。
しかし、政治や行政などが考えるべき地震というのは、発生メカニズムに課題があるのではなくて、現実社会に与える影響であるべきだ。それを考えなくてはならないのに、科学者ごっこみたいなことをして、予知や早期警戒だと、予言をあてにする地震対策には、なんとなく失笑してしまう。

たとえば9月1日の防災の日に行われる国の防災訓練は、地震予知からスタートしている。地震多発地帯の自治体の多くは、それにならって防災訓練を行っている。
しかしこの訓練では、首相官邸に、地震予知を感知して呼ばれた偉い人がクルマで乗り付けてきて、会議するところから始まる。予知の技術なんて科学的に立証できているのかわからないのに、それをもとに防災訓練を始めるなどとはムダでしかない。予知連絡会のお偉いさんがスーツや防災服に着替えて、公用車がお迎えに行って悠然と登庁し、会長のあいさつから始まる訓練など、現実の大地震をふりかえって何の意味もないとしか思えない。ほんとうは、地震が発生してしまった、というところから訓練を始めなくては、危機管理なんて証明できないと思う。

大地震の被災地の映像を見るたびに、本当の対策とは、防災とともに、救援、住民の生活の再建のための制度や体制の整備だと思う。とくに生活の再建というところで、被災地の人たちはほんとうに呻吟している。

予知や早期警戒は、地震のメカニズムの研究を前進させた効果はあったし、今後もそれは研究として続けて行かなくてはならないとは思うが、科学的に立証されていない以上、予知や早期警戒を当てにするような防災対策はやめるべきだろう。もっとやるべきところに力を入れてもらいたいと思う。

そしてやや科学的な後ろ盾のある早期警戒が宣伝されている。人が感知しないP波を受け止めて数秒の時間稼ぎができるという話であるが、その数秒のためにあまりにも犠牲にしなければならないことが多い。極論を言うと、100年に1度の5000人~10000人の人命のために、何もかもさしおいて地震の早期警戒に耳をそばだて続け緊張し続ける社会にしてしまうことには私は疑義を挟みたい。
そんなことに力を入れるなら、防災や救援に力をいれた方が効率的かつ効果的だし、はるかに社会として健全ではないかと思う。

たとえば四六時中、テレビや、警戒警報の受信装置のスイッチを入れて、それを受信できるところにいましょうという発想になる。公共施設や公共交通機関は年がら年中、P波による警戒にピリピリしていなくてはならない。それは、いつも敵を意識する生活に代わっていく。その感覚がいいのかわたしには疑問である。

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コメント

>そんなことに力を入れるなら、防災や救援に力をいれた方が効率的かつ効果的だし、はるかに社会として健全ではないかと思う。
真にその通りだと思いますが、
結構開発及び維持費結構かかっているんでしょうから、それを少しでも耐震強化予算にでも回せばよいような気がする。

それとわざわざ大金かけて作った地上デジタル放送とその受信装置になんでそういった非常時に自動的に電源入るとかの機能はないんですかね?(実際は在る?)
津波とか洪水避難勧告とかなら時間経過的に使えそうに思えるんですけど。(津波にとかにはそれ専用の機器があるんでしょうけど)
映像見る以外本当に使い道が無い、そのくらい標準規格化して搭載してもバチは当らないと思うんですけど。

投稿: 匿名 | 2007.09.27 02:28

その通りです。 その警戒スステムは直下型の地震には無力です。

投稿: 柴崎 久市 | 2007.10.01 19:31

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