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2007.08.24

8/24 公明党が中選挙区制に戻せという

公明党が中選挙区制に戻せと。ばかばかしい。

中選挙区制は、椅子取りゲームみたいなもので、誰かを落選させれば大半の議員は当選する制度である。死票とか民意の比例とかいろいろ言い訳けは成り立つが、逆にいうと、15%の固定した支持層さえあれば、80%が嫌だと思っても、汚職議員も問題発言議員も落選しなかった制度だということを思い出すべきである。

代議制民主主義で、自分の意見を完全に反映する政治家など選べるはずがない。よりましを選ぶしかないし、よりましを選ぶなら、よりましでない方を落選させなくては結果に結びつかない。つまり選挙は、積極的に選びたい候補者がいれば幸いだが、本質的には、選びたくない人を落選させることに、選挙は効果を発揮する(かと言って落選運動みたいなネガティブなことを運動がやり始めてもどうかとは思う)。

そういう意味では、民意の比例とかいうけども、どの政党も完全に民意を反映できていないのに、その政党の議席配分が比例だからと民意を反映されたということにはならないだろう。むしろ民意が動いたことが全く反映されない選挙制度であることの弊害の方が大きい。

●家族が出先で現職知事候補の演説会に出くわした。名刺に選挙運動用ビラの証紙が貼ってあったのを配布していた。これ違反じゃなかったかな。統一地方選挙の手引きをひっくり返してみたけど、わからない。素人どころか、選挙を何回も経験している私でもわからないぐらいだから、公選法は良くない。

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2007.08.23

8/22 井戸端会議のネタ提供の意味しかない保育料滞納率の全国調査

またまた保育園の保護者バッシングのにおいがする、保育料滞納90億円のニュース。
アンケートでは、親のモラルの低下が原因という回答を60%の自治体が行っている。そういう面もあるし、そういう保護者というのは印象深い存在なのだろう。
でも記事にしても、自治体の回答にしても、どこか提供者側に楯突く保護者は問題親と決めつける共通理解からスタートしているように感じる。

私が問題に思うのは、こうした滞納が大きくなるまでなぜ放置されるのか、それから、取り立てを始めたところで、その業務を臨時職員に押しつけたり、外注にして、自ら足を運ばない、自治体の福祉行政の担当者だ。実際に不払いの家庭に足を運んでみれば、そこの家庭が払えるか払えないのか、払えないならその背景にある家庭問題は何か、ということが見えてくる。親のモラルが低下したという回答を安直に選ぶ前に、いろいろ見えるものがあるはずだと思う。滞納が深刻になるまで放置しているというのは、多くの自治体の福祉行政の職員が、問題のある仮定を訪問したりしていないということで、よっぽど音を上げて市役所にやってくる重度者か、役所の福祉サービスを上手に利用する元気な市民しか相手にしていない証拠である。

そして、年金のときにも問題になったが、厚生労働省は、払えない人に減免を利用させよう、という指導である。厚生年金の保険料をピンハネしていた企業に対する指導と同じである。
結局、ペナルティーも科すことができない制度なのに、厚生労働省がそれをことさら問題にして調査する意味があるのだろうか。地方分権で保育は自治事務になったはず。したがって、保育料の滞納と回収は、自治体間競争と財政の住民自治で解決すべき問題であり、厚生労働省が出てきて問題だ、と指摘するものではない。
また、保育料の徴収率が落ちていることが、厚生労働省に何の迷惑がかかるのだろうか。厚生労働省は補助要綱にしたがって画一的に保育所運営費を払っているだけで、滞納分まで負担しているわけではない。
と考えていくと、こんな調査、厚生労働省がやる意味は何だろうか。親のモラルが低下している、ということを喧伝して、高橋史朗あたりが目論む「親学」なるイデオロギー教育をするための土壌を耕しているのだろうか。少なくとも効果としては「保育園に預けている保護者」に対する偏見をさらに強めるだけの調査のように思える。

それと年金を政治家のために何兆円も公共事業に流用した厚生労働省にそんなこと言われたくないように思う。もちろん私は銀行引落しで滞納したことないし、無認可保育所なので厚生労働省の補助金など受け取ってはいない。むしろ地方交付税の児童福祉費を自治体にピンハネされているぐらいだ。

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2007.08.22

8/21 岩手県宮古市のグレーゾーン金利だけで15億円

●日弁連の過疎地弁護士派遣の枠で宮古に赴任した弁護士さんがどんなことしているのか紹介話を聞く。赴任して以来、クレサラのグレーゾーンの過払い金利の取り戻しだけで、市全体で15億円以上のお金が戻ってきたという。グレーゾーン金利撤廃の法案を通す際に、金融など自由にするべきだ、市場原理だ、借りられる人が借りられなくなるなどといういう言い分が有効な反論としてまかり通っていたが、過疎地のまちから15億円も吸い上げていたとは、地域経済からの収奪にほかならない。
グレーゾーンで15億ということは、逆算してくいと、宮古市民が払ってきたサラ金・クレジット金融の金利全体で年40億以上、貸金残高で135億円を超えるということになる。市民1人あたり、23万円もサラ金・クレジット金融から借りているという数字になる。おそろしい。

●サラ金の隆盛(過去形になるか)と裏腹なのが生活保護の出し渋り。サラ金を儲けさせなければ借りる必要がある人が借りられない、などという理屈は、憲法25条と生活保護法により国民を守るべき権力の怠慢を棚上げにした乱暴な議論だ。生活困窮者の救済をサラ金に負わせるのは昭和初期じゃないんだから、間違っている。
政治的効果から逆算すると、生活保護の出し渋りのひどいまちは、地方議員と結びつきの強い貧者だけ支給されたりして、事実上の地方議員の票田培養補助金となっている。
北九州市もそんな市のようで、ここ数年、福祉事務所が政治的コネクションのない生活保護受給者に辞退届を強制的に提出させて見殺しにした市民が何人かいた。そのうち亡くなった方の1人が日記に、強制的に辞退届を書かされた、と書いていて餓死していた。それを証拠に、生活保護問題に取り組む市民グループは、きょう、北九州市小倉北福祉事務所長を保護責任者遺棄致死罪と公務員職権濫用罪で告発した。
訴訟社会云々という意見もあろうが、がけの柵がなくて死亡が予期できたなら、目の前で所得のない人に就職口も斡旋せず、見殺しにした福祉事務所長など法的に問題を問わなくては、何のための法律なのかわかりゃしない。悪質な生活保護の運用については、こうして告発していくことが大切だと思う。相手が無知で、再チャレンジする機会も学習機会もないことを百も承知で命と引き替えにひどいことをする役人は後を絶たない。
各地で市民オンブズマンがあって、行政職員のちょっとした怠慢や使い込み、組合活動ばかりにヒートしている。しかし、彼らは、ほんとうに実害のあるこうした行政の怠慢による市民に対する人権蹂躙や死亡事件などには無関心のようで、そのことがとても腹立たしい。優先順位が間違っていると思う。

生活保護の支出の抑制の特効薬は、基礎年金の税法式化である。これで半分近い高齢者生活保護は年金に移行し、いなくなる。そもそも年金は金持ちが金持ちに再分配するものではないのだから、払った分だけもらえるなどという制度ではいけないのではないか。基礎年金という制度の役割をもう一度考えて、中高所得者に多少の我慢をお願いしてでも制度の再設計を行うべきだろう。
現役世代の問題については、生活が沈殿する前の早期段階の支給と、ハローワークや児童家庭福祉行政などと連携した十分な相談・ケア・ソーシャルワークを行うことで、早期の再チャレンジを可能にすべきだ。

●論座の菅直人のインタビューが面白い。初当選から加藤の乱まで、赤裸々に事情を説明している。野党側の証言というのがあまりないので、貴重な資料になると思う。インタビューアーは宮澤喜一氏の記録も残したチーム。

●佐藤優の古典を読むで今回はマルクスの資本論。資本主義の副作用と毒を思い知らす本がインテリに読まれなくなったから、脳天気な新古典派経済学の礼賛が続けられ、社会の中枢を担う人材に、資本主義の暴走に対する危機感がなくなっている、と警鐘をならしている。非マルクス主義社会主義者の一翼にいる者として、私はマルクス主義経済学を対置しなければ資本主義の修正ができなくなっている今の時代の問題も感じる。

●迷うところがあっていろいろな人に相談している。

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2007.08.18

8/18 基地跡地の公開質問状を紛失したという朝霞市役所

基地跡地に超高層の国家公務員宿舎が建設されることに反対運動を繰り広げている「市民連絡会」が、7月20日に市役所に提出した公開質問状を、市役所が紛失したという報告が来た。

詳しくは市民連絡会のメンバーが運営しているブログに。

本当なら杜撰なことだし、市民からの異議申し立てを交わすためのテクニックとしてやっているならとんでもない市役所である。市長は県議時代、県議会で日本民族が自尊心を持てる教育の推進にずいぶん熱心に取り組まれたようだが、このような不祥事は、理由にもならない理由で市民の異議申し立てを握りつぶすあたかも第三世界の過疎地の役所なみの運営で、この地域に住むことに自尊心など持ちようがない。

今のような市役所がまかり通り、誰1人処分もされないでいるなら、一事が万事、市役所と利害が対立する事項はこうした第三世界並みのトラブルが発生し、書類をなくした、聞いた覚えはない、書式が間違っているなどと、理由にもならない理由で異議申し立ては握りつぶされる。我々の税金は、市役所と市役所にたかる人たちの利害のために使われ、この街にろくな将来はないと思う。

基地跡地の問題については、本来なら市役所の内部から問題提起が出てもおかしくない。しかし、何をおいても関心なし。今回の不祥事もどうせ何も市役所の中から声もあがらないだろう。そんな意気地なしの職員たちが、国民保護だ防災だといきがっても、いざというときに何もできないと思った方がいい。

なお、市民連絡会は質問状を副市長に渡したときに、2週間以内(8月3日)に回答するという返事をもらっていたという。

ほんとうびっくりするような話である。

●ふるさと納税制度には反対だが、制度がもしできたなら、私は可能な限り違う自治体に税金を払おうと思った。

●九州で市職員をしている義父がやってくる。朝霞四小の改築の落札が決まらないことに関して、校舎の建て替えの予算が少ないのかと聞いたところ、国の制度でコストは決まっていて、その中身には民間の建築より有利な制度があって業者にとって不利なことはない、という。学校の改築で業者が入札辞退をするなど、九州のそのまちではありえない、と言う。
改築の入札辞退という話は、となりの和光市でもあるようで、松本武洋市議のブログでも報告されている。このあたりの建設業界に何が起きているのか。

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8/17 株価暴落で年金運用金はどこへ

社会保険庁の事務の問題とは別の次元として、年金制度が「払った分だけもらえる年金」の考え方が間違っている、と書いたことについて、考えさせられるブログが2つ。

1つは、「丸山真男をひっぱたきたい」の赤木氏の「深夜のシマネコ」。
年金を払えない階層の人にとって、払った分だけもらえる年金というのは格差の再生産の装置でしかない、というものだ。その現状認識については私もそう思う。年金制度など無くせというに近い赤木氏と結論は違うが。

雇用の多様化で不安定雇用のもとで働く人たち、あるいは中国やベトナムとの国際競争で仕事を奪われている、かつてならまじめささえあれば就労の機会がないなんてことがなかったような人たちを取り込み、彼らの老後を生活保護以外の方法で確立できる年金制度にする必要がある。

もう1つは衆議院議員保坂展人さんのブログ
公的年金制度に運用金などというものが存在して、それが公共事業に流用されたり、あるいはそれがダメとなると、株価維持のために株を購入させられていて、ここ数日のような株の暴落が続くと何が起きているんだかわかったものではない、という危機感に全く同感。
日本の年金は、その原理の部分で賦課方式も積立方式ともつかない中途半端な方法をとっているからわけがわからない。国民には積立方式のような幻想を振りまいて、制度の基本は賦課方式で、運用金などという賦課方式ならほとんど必要ではないものがなぜか肥大化して、厚生労働省キャリア官僚が運用権限を持っている。その利権があるから厚生族議員というものが存在する。厚生族議員にやましいものがなければ、野党と厚生労働省の関わりのように、厚生労働省の提示するものの良いものは良い、悪いものはダメという明確な対応もできるし、もっと野党に胸襟を広げた、年金、福祉、医療の政策合意が可能である。この運用金の運用にそもそもの年金制度の腐敗の原因がある。

●戸門一衛「スペインの実験 社会労働党政権の12年」を読む。
ギリシャ、スペイン、イタリアで、沈滞したファシスト政権や保守政権に対する、安定した民主的改革者として登場した社会民主主義政党のサクセスストーリーは、日本の社会党の失敗と比べて、非常に参考になる。
この3国は、ドイツやイギリスやスウェーデンのようなあか抜けた政治風土があるわけではなく、口利き政治が横行する国である。数度の革命や共和制の試行などで近代化は行われているが、その内容の後進性は否めない国々で、この3国で社会民主主義政党の党首を首相として政権が誕生した1980年ごろというのが、日本でいう1945年から1960年ぐらいの政治風土に似ている。で、今回はスペインのことを詳しく知ることができた。
ファシスト軍事政権のフランコ政権がフランコの死で終わったのが1975年、フランコに育てられた国王カルロスが王制復帰したが、カルロスはスペインの政治の民主化を後押しする。当初は保守中道勢力が政権を担当したが、ファシストの残党とリベラリストの肌合いがあわず政権維持がうまくいかない。そこに社会労働党がマルクス主義を党公認イデオロギーから社会分析の手法という位置づけに切り替え、国民に本格的な民主主義社会にふさわしい政権党と認められ地滑り的大勝で政権を担当することになる。
日本は、1945年以降も、戦前からの社会主義運動家が派閥をぎっちり握っていて、戦後民主主義にふさわしい人材が労働界を通してしか供給されなかった。そこに戦前の無産政党の体質を払拭できず、当然、政権を担うところになかなかたどり着けない政党になってしまったように思う。

●ボーズ判事を首相が評価している。それはいいけど、首相が尊敬してやまない岸信介の東京裁判での弁護人にも尊敬を払ってほしい。本来ならA級戦犯として、どうなるかわからなかったのだから、弁護人の存在は大きかったはずである。
その弁護人とは、自著「美しい国」では一介の労働運動家、労働弁護士に過ぎないような書かれ方をしている、日本社会党河上派の大幹部だった三輪寿壮氏(元衆議院議員)である。

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8/17 知事選折り返し

埼玉がダメ、情けないと繰り返し書いてきて、ダメ押しのようになるのが知事選の構図。

現職の対抗馬が、共産党元参議院議員と、泡沫候補しかいない。首長選挙では、自民も民主も積極的に対立を描いてやるようなムードなのに、埼玉だけは消去法的に相乗りしている。現職に入れるにしても、元共産党に入れるにしても、でも、しかの選択でしかない。

この間、平和運動とか、女性運動、教育問題、左よりの取り組みをしてきた人たちの無力を感じる。あれだけ現職知事がかつてなくひどいと言い続けてきたのに、候補者1つ立てられない。外山恒一でさえ立候補ぐらいはしたのに。
1つは前回の坂東真理子さんの擁立で惨敗させてしまったことが良くない影響を与えているのだろう。しかしあれは請け負った自称「選挙のプロ」の人たちのセンスが悪すぎたことによると思う。

それと埼玉の在野の運動(共産党を除く)が選挙を軽視してきたか、そのツケでもあると思う(それでも最近は、さいたま市議選とか、それなりにチャレンジするようになったと思うが、まだまだ今までさぼってきた遅れは挽回できていないし、民主の少し左よりの若手議員たちにパイを取られている)。
札幌にいたときには、自分たちの考えに近い知事や市長を当選させるために市民運動をやっている人たちまでが、タクシーの運転者やいきつけの商店に買い物のついでに候補者紹介のチラシを持っていったりしていた。埼玉の場合、同じ左よりの候補者に対しても、「賛同署名」の名義を貸してくれたことだけで仲間と安心しちゃうか、細部の考えの違いで全否定の議論をされたりする風潮もある。親戚や友人に頼んで票をもぎとってくるという風土はまずない。

関西もそんな風土だったようだが、先週土日、関西の左派系市民派議員たちの話を聞いて、政治参加に前向きな風土になったと思った。

●選挙折り返し点、現職知事に対する評価はほんとうに分かれる。

埼玉を収益源としながらも冷遇する、りそな銀行グループやJR東日本に対してガツンと言ったのは評価したい。
また、環境政策も大枠ではまじめにやっていると思う。
本人の性格が朗らかなこともよい。ただし子分はガラが悪いのが多い。
移動に公共交通を積極的に使うことも評価すべきだ。もっとも変なイデオロギーはなく、その方が時間に正確に仕事ができるから、という理由だと、民主党関係者に聞いたことがある。
育児と仕事の両立で企業の協力を働きかけていることは評価したい。ただし念頭にあるのは女性労働者のことだけなんでしょうが。

一方で、右派イデオロギーに触れるような政策にやたら関わりたがるところが良くない。歴代の埼玉県知事は、右から出れば左よりの立場を取り、左から出れば右よりの立場を取ってきたが、現職知事は、右から出て右に固執しているので、バランスが悪い。
教育委員会で高橋史朗を入れ、また彼の進める奇異な教育理論を使いたがることはあまりほめられない。
平和記念館の運営に対する干渉も、あまりほめられた話ではない。
自衛隊に対する失言問題もあった。
福祉政策は弱いと思う。しかし細かく干渉しないでいてくれることは評価したい。
埼玉高速鉄道や八ツ場ダムなど、県財政の未来に影響を与えるプロジェクトに英断を下せなかったことは大きなマイナスだと思う。県内市町村の財政は他県に比べて好調なのに、県財政は極めて悪い。そういう状況で英断を下すことは試されていたと思うのだが。

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2007.08.15

8/15 公務員宿舎をめぐる東京と埼玉の落差

埼玉県知事選挙が始まった。近所の駐車場に現職陣営の旗が乱立している。「日本一、ゆとりとチャンスの埼玉」という旗がたくさん立っている、色合いといい書体といい、農協の物産展みたいな感じ。いい意味でも悪い意味でも埼玉県だなぁ、と思う。

●東京都の石原知事が地上60メートルにもなる参議院議員宿舎の改築について、再度議論を白紙からやるよう表明した。都の風致地区であり、都の審査が必要になっているからだ。
一方、朝霞の基地跡地の高層豪華公務員宿舎予定地は、市街化調整区域であり、市街地に編入されても高さ制限を受ける地域であるにもかかわらず、話はどんどんすすめられる。法律的には「公共施設」は適用されないという。保育園も学校も介護施設も、満足な公共施設の整備もされないのに、公務員の私的生活の場が「公共施設」などとして話がどんどん進んでしまうのには、笑ってしまう。基地跡地に民間住宅を建てるとしたら許されないはずだろう。
朝霞市長は、無権代理人のように、市民になんの合意形成も求めず、議会もないがしろにして勝手に国と約束を重ねている。市長の親分にあたる埼玉県知事は地元であり、代議士時代は公務員の特権叩きに熱心だったのに何の責任も感じないで選挙を進めている。
また1つ、東京都との落差を感じる。落差である。東京通勤圏なのに、どうして県が違うのか。

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8/15 終戦の日と護憲派・改憲派

●「日本のこれから・憲法9条」を見ている。いろいろ考えるなぁ。しかし、生活の身近な政策1つ、自らの手で変えられない国民が、こんな複雑怪奇な問題を議論することのダメさを痛感する。憲法談義が無意味だということをまたまた植え付けた番組だったんじゃないかと思う。偏った人しか、神学好きな人しか、こういう議論に参戦しないんだもの。しかも、自らの手で自らを守るとか、そもそも軍事力がなければ、とか、精神論、観念論の白兵戦で。

改憲派にいっちゃっているのが多い。冷静な改憲派、改憲のタブー無し派の人からすると苦虫潰すような話かも知れない。あと女が増えた。昔は神道系宗教がらみの女しかいなかったのに。日本の伝統からするとどうなんだろ。婦人参政権とかどう考えているのか聞いてみたいような気もする。

一方、護憲派が相変わらず、情緒または体験としての戦争からしか9条を語っていないことが物足りない。また、自衛隊合憲を明確にした護憲論がないことも残念である。
原理主義的な護憲派渡辺治と、情緒的改憲派の小林よしのりが、憲法と自衛隊の関係について「小学生でもわからない」と言い、共通する前提に立っていることが興味深い。複雑怪奇なこの社会を「小学生でもわかる」論理だけで解釈しようとすることに無理がある。

自衛隊が合憲である、という解釈を、言葉悪くいえばねじっても曲げても考えていかないと、生活に現実がある以上、それでも自衛隊はいらないという渡辺治より、それだから改憲して日米安保も棄てて独立国たれという小林よしのり的な考え方をする人が次から次に出てくるということにある。護憲派にはこの自覚が薄い。社民党が福島党首になって自衛隊違憲論を言い出したことにはほんとにうがっかりしている。思想信条の自由はあると思うが。
もちろんそれは自衛隊の存立根拠に関するものであって、自衛隊がどこまでできるかということは、憲法では、当然自衛権と国連主体の平和活動が上限で、その枠組みを超えるものは制約される。

元自衛官が次から次に9条改憲論で発言していることはマイナスだと思う。防衛大学校は初期、社会民主主義右派の研究者がトップとなって、現行憲法と自衛隊の両立について幹部教育を行い、平和国家にふさわしい自衛隊として公認されるために苦心してきた。しかし、自衛官が退官後こうして9条が邪魔だという発言を繰り返すと、自衛隊が培った自己規制への信頼を台無しにする危険性があると思う。

番組の取ったアンケートでは、国民の多数派は憲法は改正する必要があるけど9条を改正する必要はない、という判断をしている。憲法改正は必要だけど9条は続けたい、そういうところに全くの正論として護憲派が9条を焦点にしかせずに運動をしないことに限界があるんじゃないかと思う。改憲派が狙っているのは、9条だけではなくて、国民生活の規制や、憲法の最高法規性を悪用した統治強化、宗教や家庭が行うべき内面支配の実現である。そこにこそ本当は警戒すべきだ。
さらには、天皇制はナンセンスだとか、そんなこと言うのは護憲派じゃないし、運動体の中で、権利と義務を取引関係のように説明して構成員に運動の義務ばかり負わせるのも、日本国憲法の立憲主義のものの考え方を理解しない組織であり、護憲の姿勢じゃない。

一方で、日本の伝統派が、9条改憲と自衛権確立というのもおかしな話で、日本の伝統は、長く軍隊を否定してきた。武士階級すら自らを軍事力だという自覚を忘れてきたのが日本の伝統である。天皇など、平安時代に入ってから非軍事そのものである。朝廷はいかに直接、軍事力に手を染めないか苦心してきた。
飛鳥時代から平安時代にかけては、朝廷の統治のために血を流すとその魂を恐れ、莫大なお金で宗教施設を建てて鎮魂をしてきた。武士は永く差別されてきたし、公認されるにあたっては、織田信長のようにキリスト教との連立をして価値転換しようとするか(後に挫折)、足利義満や徳川家康のように軍事力の非毒化(武士階級の公家化)をする必要があった。血を忌み嫌ってきたことこそ伝統的態度で、軍事力を国の存立の基本に捉えるものの考え方こそ、近代西欧からの輸入物である。9条の精神は先の大戦の反省などというレベルではなく、日本の政治文化そのもの、根深いものだという理解が必要なはずだ。

番組で紹介された軍隊があれば北朝鮮の拉致がなかったという改憲論も現実を知らない発言だったと思う。工作というのは軍隊があってもなくても何でもやる。それくらいえぐいのが国家間の対外工作というものだ。この問題は、第1に北朝鮮の問題性であり、次にこの問題に直視せず被害者解放を遅らせてきた政府の政治責任にあると言える。

●防衛省の人事にどうして揉めるのかあれこれ深読みしてしまう。守屋次官については、タカ派にとって大きな実績をつくり、評価の高い次官であったからだ。しかし、構造改革系の政治家が小池側についていたり、小池百合子の訪米をアメリカが破格の歓待をしたというから、アメリカ利権がらみの話なのだろうか。

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2007.08.13

8/12 市民と政治の組織論

週末、京都の市民活動と政治の関係を模索する若者グループの研修会に行く。

憲法第9条をどういうロジックで守っていくのか、元自衛隊レンジャー部隊出身の井筒加古川市議のお話が面白かった。「国民保護」という言葉で、権力のぎろりとしたことが誤魔化されていることへの危機感、自衛隊と国民の共同行動はジュネーブ条約で攻撃対象になることなど、お話される。

後半は、政党論で、組織政党になろうとしてなれなかった旧社会党と、それに対するラジカルな問題提起としての社民連を比較しながら、政党にとっての組織論や市民と政党との関係について議論をする。30年経て、その議論の蓄積が何の教訓にもなっていないこと、「旧社会党と同じになってしまう」という民主党内のきめ台詞も、何の時代検証もされないまま使われていることを思い返す。

●選挙の前後に地方に出かけると、いろいろ発見することがある。今回は、出町柳駅からバスで左京区を走り抜けた。民主党のポスターが見たこともないもので、小沢一郎の写真のポスターは一枚も無かった。そういえば前原誠司の選挙区。なかなか興味深いことだった。

●田中森一「闇社会の守護神と呼ばれて 反転」を読む。辣腕検察官が組織体質と自分の扱っていた事件を握りつぶされたことから退職、そしてバブル紳士たちの顧問弁護士として警察や検察に対峙していく自伝。検察の体質を知るにいい本だと思う。著者が自民党の山口敏夫につきまとわれてたかられるストーリーが笑える。埼玉の保守第2勢力は、山口敏夫にルーツを持つ人が多い。

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8/12 障害者向けCS放送で、アダルト番組を放映したらいけないか

障害者向けCS放送に手話通訳のための補助金を政府が出しているが、その中のアダルト番組に補助金で行われる手話がついていたと、朝日新聞が騒いでいる。もっと公正な書き方ができないものだろうか。

この朝日の石川智也という記者は、バリアフリーも何も知らない差別主義者か、表現の自由の制限を記者でありながら認める思考を持っている人ではないかと思う。
バリアフリーのための補助金が、表現内容に踏み込んでいいのだろうか。本質的なことを何一つ検証せず、障害者の援助は、障害者の欲求を肯定することの支援をしてはならないと言っているからだ。もし、アダルト番組の手話通訳がいけないというなら、アダルト番組そのものがいけないという話にならないとおかしくなる。
つまり障害のない人がアダルト番組を見る権利も見ない権利も保障されているのに、障害のある人にはアダルト番組を見ない権利しか認められない(もっとも自宅に手話通訳者やボランティアを呼んで見れば見れないこともないがそういうのはバリアフリーと言わないだろう)。
もう1つアダルト放送が問題だというなら、有害情報は一切社会に垂れ流してはならないというフィルタリング必要論にならざるを得ない。表現の自由を誰かがチェックして制限してよいということになる。新聞記者の自殺行為である。

障害者だけがフィルタリングされた情報と接しなければならないというのは、明らかに障害者の多様性を認めるというバリアフリーの考え方に真っ向から反対するものになる。またそもそも情報をフィルタリングして人に流すということは、おかしなことであり、下品なことだと考えるべきだろう。

そういう意味では、アダルト番組だって手話は必要だし、他にも低俗な番組はいくらでもあるのに、どうしてそこだけ問題視されるのか、よく考えたら、これを問題化することにいやらしい意図を感じる。

「セックスボランティア」とか「ユニバーサルセックス」などの本が売れて、障害者にとっての性のバリアフリーについていろいろな人が真剣に考えるようになってきたのに、大手メディアの社会部記者は未だに健常者が障害者を善導した文化の中で生きるべきだという発想から抜けきらない。

このCS番組の制作者が補助金なしでも引き続き手話通訳を続けるということに、ほっとしている。
(14日、少し補強のための訂正をしました)

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2007.08.11

8/10 インド・オーストラリアに接近する意味

インドとオーストラリアを政府は友好国として最近強くヨイショする話が多い。中国敵視政策として要注意すべきと思っていたら、国際社会もそうとらえているらしい。

最近、防衛省などがインドやオーストラリアに異様に接近している。そのことをいっそう推進しようと、小池百合子がアメリカでライス国務長官に提言したら、「中国に思いかげないシグナルを送ることもある」とたしなめられたという。

ようやく日中関係が安定しているところに、それを壊すようなことは避けた方がいい。今は拉致被害者の問題や環境問題の改善など、中国と協力関係を結ぶべき課題が多い。

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2007.08.09

8/9 ネクタイ強制を提案する民主党

西岡武夫という存在はどこまでも時代錯誤だ。

参議院で、クールビズ廃止、ネクタイ着用義務化をするらしい。こんなことのためなら民主党など勝たせなければよかったと思う。女性議員はどうするんだろう。土井たか子さんみたいに胸元にわさわさ飾りを付ければいいのか。それとも井脇ノブ子みたいな格好をさせるのか。楽しみなところだ。

「制服を着た国会参観の子どもたちがいる中で、大人がリラックスした格好で良いのか」などと言っているらしいが、先進国になってまだ子どもに制服を着せていることがどうかと考えるべきではないか。

民主党がダメ野党だと思うのは、こういう実益にも、憲法理念にも叶わないことを、国民感覚という名のもとに強行するバカ議員が有力議員としてのさばっていることだ。宗教教育は推進するけど政治教育は禁止するという、自民党よりひどい教育改革案をまとめたのも、西岡氏である。
あと一息で選挙に落ちてたのだが。江田議長はこんなことに賛成するとは思えないが、参議院の最高権力者となった輿石議員会長のセンスが試される。

●最近の政党の決断力のなさ、人事能力のなさには目を覆うものがある。後藤田氏などわずかな例外を除き、そして自民党の議員は今頃になって安倍おろしを始めている。こんなことは参議院選挙の結果が出たらすぐやらなくては意味がない。民主党も人のことは言えない。鳩山氏が支持率を崩壊させたときも、前原氏が偽メール事件で醜態をさらしているときも、いつまでも下ろせなかった。満を持して、強権体質を変えた小沢一郎が出てきたから救われたが、次、同じようなことがあったら、見通しはない。党首の首に鈴を付けられるのは、河村たかしのような目立ちたがり屋しかいない。

●安倍首相を少しだけ評価したい。被爆者と面会し、被爆者救済について前進させるという約束を進めたこと、被爆地でのあいさつで、憲法のもと、非核三原則を堅持することを言明したこと、それらはこれまでの戦後レジームの脱却と称して、戦後の遺産を軽んじてきた安倍首相のスタンスを全面的に転換する立場である。少しの前進だが、首相という立場で行っていることは素直に評価したい。
前任の小泉首相は、面会も、被爆者救済も、非核三原則も後ろ向きで、歴代首相が行ってきた被爆者の声を聞く会も在任期間ずっと欠席し続けた。

●平沢勝栄が、年金問題を組合のせいにしたことが良くなかった、とコメントしていた。組合のせいにすることを反省してもらってありがたいが、国民世論が組合を叩いて拍手喝采する構造がある以上、こうした動きはしばらく続くのだろう。80年代の中曽根政権時代の思考回路から抜け出せていない。

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8/8 埼玉県南部は教員の数が少ない

●週刊ダイヤモンドの自治体特集。自治体ランキング。
以前、朝霞市はランキング13位になったことがある。財政関係の指数が飛び抜けて良く(当時)、他はさほどでもないのにランクが上位に来た部分がある。日経の調査なので、財政指標が重視されていたからか。
今回の週刊ダイヤモンドでは、朝霞市の数字はほとんど出てこない。近隣市では和光市が財政の数字(経常収支比率)で上位にランク入りしたぐらい。やっぱり財政力のある23区や東京多摩地区、企業城下町や、特色のある施策を打つ地方の城下町が個別の指標で入る。

朝霞市が数字で出てくるところは、住民あたりの教員の数が全国805市のワースト1という数字。ただしこれは朝霞市の責任もありながらそれだけではないかも。ワースト10に、和光市、戸田市、越谷市、草加市と、埼玉県の似たような地理的条件の自治体がずらりと並び、県の教員配置基準に問題があるのではないか。県境超えるとランクが一気に上位になるので、こういう面からも東京都に編入してもらった方がいいように思う。

全国的にも住民のうち子どもの割合が多い地域ということを考えると、この水準の低さは、高い自治体との間にさらに乗数的な格差があるということを示すことになる。
また、マンション開発や大規模なニュータウン開発を許可する際に、必ず教育や福祉の水準をどう維持するのかということも検討して判断すべきだろう。
また、あまりにも低いので、障害児への加算とか、補助教員の配置がまだ渋いということがあるのだうろか。
あるいは他県では少子化が進んでいるので、自然に教員の配置基準が改善されてしまったということも言えるかも知れない。しかしそれなら多産の沖縄県がワーストに出てこない理由が説明つかない。
あと、埼玉の場合、教員組合は共産党系が強く、したがって組織率が低く、発言力が低いことの影響もあると思う。

●あすから無風の埼玉県知事選挙が始まる。きっと現職が勝つのでしょう。
現職は、安倍晋三的な教育政策(特に高橋史朗氏を教育委員にしたこと)、八ッ場ダムの建設追認したこと、何かと平和資料館に口出しし枝葉末節のことに介入すること、埼玉拘束鉄道を推進していることがマイナス。埼玉から高い運賃を取りながら冷遇するJR東日本や、埼玉りそなをうちでの小槌にしているりそな銀行にきちんともの申したこと、性格が朗らかなことはプラス。

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2007.08.07

8/7 3年以上もプレハブ校舎で我慢する第4小学校

第4小学校にお子さんを通わせている保護者から、耐震強度の問題で今の校舎が使えないとされた後、建替える校舎が入札のごたごたで建て替えが進まず、3年も4年もプレハブ校舎で勉強させられる、というメールをいただいた。ひどい話である。

今日、朝霞市がそのことを釈明する回答をHPで公表している

疑問は2つある。一つはなぜいまどき、指定された業者の中だけでの指名競争入札をしているのかということ。もう一つは、市民センターとか、児童館とか、小規模公園とか、公設民営の保育園とか、次から次に落札されているのに、どうして第4小学校だけ落札がないのだろうか。逆に考えてもいいかも知れない。第4小学校の応札者がいないのに、市民センターとか、児童館とか、小規模公園とかにはどうして落札者があるのか、ということ。

1つめのことについては、いまや入札は、よほどの困難な事情がない限り、どの業者でも参加できる一般競争入札にすべきだというのが世の中の流れである。指名競争入札は、談合や談合にまつわる不正行為の温床である。応札する業者が数社しかないし、お互い顔も担当者もわかっているから、その業者どうしで値段だけ打ち合わせればいい。また新規参入業者の参加も阻んでしまう。そこへ政治家や天の声が口を挟んでくると最悪の展開になる。
一般競争入札になったからといってただちにきれいになるわけではないが、他に公正な手段を設計する能力がないなら一般競争入札であるべきだろう。まして、これまで税金で工事を請け負ってきた公共工事の関連業者が、応札拒否でサボタージュをしているなら、特定の業者を保護などする必要もない。大胆に一般競争入札にして、地方の中堅ゼネコンにでも仕事をあげたらいいと思う。
そもそも、学校建築のように設計も基準も明確な建築物については、施工業者については一般競争入札にすべきところだと思う。よっぽど個性的な建築物なら、設計士がしつこいような監理をするだろうし、標準的な建築物なら手抜きチェックを中心にやればいいからだ。

2つめの疑問は、学校建築が不当に単価が安いか、逆に、他の公共工事が技術や求められる能力の割りに高いということがあるからだろう。

いずれにしても、耐震問題だということで、突然慣れ親しんだ校舎を追い出され、耐震基準はクリアするのかも知れないが、歩けば振動が起き、自衛隊の訓練の騒音に何の抵抗力もなく、施設設備に限界のあるプレハブ校舎で3年も4年も過ごさせるというのは、教育権への侵害ではないだろうか。教育をさせる義務ばかり強調されるが、当の子どもたちの権利として考えてみたら、もっと開校時期の繰上げに市役所は努力すべきなのではないだろうか。

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2007.08.06

8/5 町村氏のデマ流布を煽る田原総一郎

見なきゃいいのにサンデープロジェクトを見てしまった。おかげで勉強がはかどらず、泣きを見るハメに。

田原総一郎は相変わらずの誘導尋問ぶり。違う視点からゲストに質問するレギュラーのコメンテーターがいようものなら、「あんたはそんなこと考えているの」などと逆に攻撃を始めたり。視聴率が低く、一般人はほとんど見ていないのに、政治に関わっている人に限って、時間があいていれば必ず見る番組だったりして、ここで田原の攻撃を切り抜けて「いいイメージ」を植え付ければ勝ち、とみなされるから、質の悪い番組だ。「いいイメージ」となるためには、田原に「あんたそんなこと言っているからダメなんだよ」と言われないように、誘導に乗らなくてはならない。誘導に乗ってしまえば、田中真紀子でも石原慎太郎でも「首相になってほしい人ナンバーワン」の座を得られる。人の生きている世がどんなになってもいいのだ。民主党の若手支持者にイカレた右が多いのは、この番組の見過ぎと言ってもいいようなところがある。

昨日は一発目が民主党。これはご祝儀。どういう経緯か藤井裕久と渡部恒三という右派の長老が出ている。

二発目が自民党。町村信孝と舛添要一が出ていた。舛添は苦しい立場でいろいろふんばった発言をしていたが、町村は完全にいただけない。
彼はデマを流すことがよくない。社会保険庁が5000万件の年金記録問題の照合が遅れていることを、労組がサボタージュさせ自爆テロをやっている、などと言うのだ。証拠を出してほしい。おそらく組合側がちょっと意見したことを針小棒大に業務のサボタージュだとか、そんなことを言っているのだろう。選挙で負けてまだこのロジックを使えると思っている。

この状況で労組がそんな巧妙なことできる権力を持っているわけないだろう。さらにはデータの照合システム設計の仕事など、労組の権力下にあるわけがない。

作業の遅れというより、何の根拠もないのに選挙向けにぶちあげた1年以内という目標に無理があるのだ。
こうした大がかりな照合をするぐらいのシステムの設計から運用まで、2ヵ月や3ヵ月でできるわけがない。マッチングするキーデータすらおかしいということがさんざん報道されている。キーデータがおかしいなら、、システムでは対処しようなくて、再入力だって必要だと言われているぐらいなのに。そこから始めたら、どんなに急いでも、今はシステムの製造の手前ぐらいしかできない。キーデータを再入力にしても、システムがどのうような要件でマッチングするか見えてこないと、データ作成すらできない。
照合実務に至っては、年金よりきれいなデータで、2000万件の顧客データの名寄せをした東京三菱UFJ銀行が3年かかったという話と比較して考えればいい。
遅いかやむを得ないのか、思想によって立場が変わるかも知れないが、少なくともこれだけバッシングされている労組が社保庁の幹部や、システム部門を籠絡して、サボタージュさせているなどという現実はどころにあるだろうか。

金持ちの息子に生まれ、努力はしたのかも知れないが、人を使うだけの官僚から世襲議員に転身し、「使われる人」たちの生き様を全く知らない町村という人が何を憎んで政治家やっているのかよくわかる一こまだった。
安倍に代わるハト派の福田などという持ち上げを、保守リベラルの側がよくしているが、町村が盟友である限り、批判が必要である。

この番組でただ1人田原の誘導に異を唱えた朝日新聞の星論説委員が、それは労組の責任にし過ぎではないですか、と町村をたしなめたが、田原やひょっとこみたいなおやじは、国鉄改革のようにやるしかない、労組をマネジメントすることこそ最重要事項だなどという一般論を持ち出して、町村のデマを正当化してしまった。ひどいものである。

続いては、別のコメンテーターが「年金を流用して公共事業にばらまいた政治の側の責任」を質問したが、田原が議論を強引にすりかえて、うやむやにしてしまった。年金の運用金という存在が、全国各地に隠れ財政として自治体や半官半民のような団体に高利でお金を貸して、公共事業を推進し、返済がままならず焦げ付いているという問題が、年金改革の本質であるはずだ。

社保庁の業務がいい加減だったということもさることながら、社会保険を貯蓄と勘違いさせ、賦課方式であるなら世代間の人口アンバランスな分を調整する分しか必要のない運用金を蓄積させて財政投融資の財源として、政治家の口利きで公共事業に流用したことはどうなったのだろうか。これで百兆円以上ものお金が消えている。それは政治家の責任ではないか。
自民党厚生族は、保守イデオロギー(家庭責任・自己責任)を対置させながら先進国として必要な人権に必要な医療・福祉施策の推進に抵抗し、抵抗をやめる見返りに、厚生省からマッチポンプのように運用金から利権を引き出して、官僚とお手討ちするという、たかりに近いことをやってきたのではないか。

年金転貸資金で厚生族議員の選挙区に施設が作られてきた問題がいつの間にか国会で問題にされなくなったが、どうしたものだろうか。そのことをうやむやにして、労組を叩いているだけで、消えた運用金が戻ってくるわけもなく、その責任も明確になるわけでもなく、年金問題は解決しないことは間違いない。

●その後の、須田慎一郎さんの抵抗勢力(土地改良連合会と建設業界)の参議院比例選挙のたたかいぶりの報道は興味深かった。話はそれるが、土地改良も、農家に生産性が上がるのだからと自己負担分を要求しながら、財政をばらまくひどい施策である。規模が上がっても、その儲けは土地改良事業の借金精算に消えているだけである。農家の手取りが増えないばかりか、借金で足抜けすらできなくしている。そういうところに寄生したのは誰か、そんな問題もあるのだ。今日、農林水産書は全国画一的に、農業の規模拡大を推進しているが、私はこの土地改良事業のリニューアルではないかと思っている。
民主党の農家への所得補償をばらまきだとか、財源はどうだとか言う人がいるが、農家を苦しめる土地改良に使われる税金を組み替えることができれば問題はない。農業予算の大半が農家のために使われているのではなく、農業土木に寄生する業者に流れていることを明らかにしなければならないだろう。

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2007.08.04

8/4 リアルな護憲派

そして、毎日の後藤田さんのコメントの後半がまたいい。

私たち若手が皮膚感覚で感じているのは、国民のため息です。何が「戦後レジームからの脱却」ですか。憲法改正ですか。脱却とか改正とか言葉は結構です。言葉遊びされては困るんです。  戦後憲法のどこが悪いんですか。国会議員の先輩たちが何百時間も議論してきたものを「脱却」という言葉で片づけるのは、ちゃんちゃらおかしい。この憲法によって、男女同権も農地解放も、そして国民主権も成し遂げられたんです。私たち若い政治家は、できあがったものを与えられた世代ですが、それをどうメンテナンスして、大切に使うかということが求められていると思うんです。

職場の同僚が4月の選挙で、後藤田さんの選挙区の民主党県議になったので、あんまりヨイショしてはいけないのかも知れませんが。

国民の中でじわじわっと護憲が増えつつある中で、うちわで護教神話の押しつけと踏み絵を踏んでいるだけの旧来の護憲派が全くダメでもどかしい。自民党の中にいる護憲派や、司法試験予備校の護憲派講師たちのラジカルな問題提起には注目すべきものがある。

旧来の護憲派とつきあうのはコストはかかりませんが、でも参加者に対してとても注文が多い。あんまり勉強していない先輩たちが威張っていたりしている権威主義ワールド。少しでも道を踏み外すと、それって批判なの、と思うような理屈でいじめられたりもする。また、上意下達・秘密主義の政党が、純粋な護憲派の新参者を自分たちの勢力に囲い込む舞台装置に使っている部分もある。それが怖くて、護憲を党是にする人たちですら護憲運動に参加できないような地域もある。
デモや集会を設定する護憲派の現業部門として、路傍から護憲派を見ていると、考えさせられることだらけ。手法が古いとかそんなこと以前のレベル。

しかし、護憲派の自民党代議士にはときおり新鮮な発見がある。議会活動ではタカ派の同僚議員とやりあい、選挙区ではパターナリズムの行動パターンで染め上げられている地域の土建屋のおやじや地方議員などと渡り合って、票を失うリスクと背中合わせの中で、護憲を主張している。その限界もあるが、踏み絵を踏ませる人たちとは違う何かがある。
また塾講師は、お金をもらいながら、憲法の理念や立憲主義の意義を、何のイデオロギー的こだわりもない司法試験や司法書士をめざす若者たちに教えることができている。
旧来の護憲派がこうした人たちと、「壮大な共同」などと言って取り込むのではなく、少しでも作法を学んで貰えたらと思うのです。

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8/4 政党には元気な派閥が必要だ

昨晩の毎日新聞夕刊の「特集ワイド 安倍首相続投に異議あり!」が面白かった。続投にNoと言っている、野田毅元自治大臣と、後藤田正純衆議院議員のコメントが掲載されている。

野田さんのコメントは、オーソドックスな自民党員としての反応をきちんとまとめたコメントだと思う。続投への違和感、地回りしている議員としての感覚の代弁、じり貧状況に陥って打てる手が1つずつ使えなくなっている危機感をたんたんとまとめていて、「若いし今回はいったん陣を引いて態勢を立て直」せとまとめている。面白いコメントは、小沢か安倍かと迫りながら劣勢になると政権選択ではないと言った安倍首相と、負けたら引退すると言った小沢氏を対比させて「どちらが与党かわからない」というくだり。安倍氏に危機管理能力も政権担当能力もないんです。

後藤田正純さんのコメントは、自民党の今の党内野党的立場の人の意見を代弁するもの。「美しい国と言いながら美しい責任を取らない、再チャレンジと言いながら自ら再チャレンジしようとしない」という表現は的確。後藤田さんのコメントで秀逸なのは、小選挙区制下における政党の派閥のあり方について言及していることである(語っている本人が自覚しているかどうかわからないが)。

安倍首相続投への異論が党内に広がらないのは、昨年の総裁選で圧倒的な支持で信任したという負い目があるからです。私は谷垣さんを支持したから何でも言える。 自民党は層が厚くて幅が広いから、別に安倍さんに続けていただかなくても、他に人材゛かいます。これからは政策を中心にリベラルな考え方の人たちで、派閥を超えたグループをつくろうという動きが出てくるでしょう。これが政策集団になれば、今の派閥は抜け殻になる。 今はどこの派閥も右から左までいる。それが安倍政権がやっていける強さでもある。リベラルで結集できたら、はっきりノーと言えます。内閣改造でニンジンをぶら下げられても「泥船に乗れるか」という人たちが、この1カ月の間にどれだけ固まれるかです。

この25年ぐらい、自民党も社会党も派閥解消ということでやってきた。小選挙区制になり、政党助成金が誕生して、政党にとって党首・幹事長の権力が絶大なものになり、派閥は党首の恩恵によるポスト配分に対する懇願機能しか持たなくなってしまった。しかし、そのことが大政党の中でどのように意志決定がされているのか、国民がわかりにくくなったし、一般大衆相手の政治評論もやりにくくなっているように思う。個々の議員の特質をすべて理解しないと、その政党の意志決定システムが見えてこないのが現状である。

また自民党も民主党も、マスコミに流されて党首を選ぶ傾向があり(田原総一郎やみのもんたのように、テレビでわざとつっこまないことでヨイショしたり、逆に貶めようとする人にはあんたより安倍さんがいいとか言ったりして政治好きな人たちの中でつまらない世論を作るバカもいる。背後にはそうした演出をしかける独占企業・電通の人脈があったりするようだが)、党首選挙になるとなだれを打って総主流派になりがちである。そうすると、今の自民党がそうだし、民主党なら岡田さんや前原がずっこけたときにもそうだったが、総主流派でやってきたから、代わりうるべきリーダーがいなくて、政党にとって真空状態になってしまう。そうしたことがご近所さんのブログにも端的に書かれていて、非常にいい指摘だと思う。

多党制なら、特定の政党が真空状態になっても代わるべき中規模政党がごろごろしていて問題はないが、二大政党制が定着してくると、どちらかが真空状態になることは、政治のチェックアンドバランスからはとても危険な状態になる。現実には、この安倍政権の体たらくが続けば、民主党の執行部はどんどん鍛えられるものの、民主党の個々の議員は、安易な自民党批判に安住して、どんどん質が下がる。2001年、突然自民党の党首が小泉純一郎に代わって崩壊遁走状態になったことを思い出すべきだろう。それから4年半ぐらいは、ずっと小泉純一郎的なものに何の抵抗も批判もできなかった。中には小泉純一郎と寝ようとした若手議員すらいた。

政党の真空状態を回避するためには、恐竜にとってのほ乳類のように、対抗派閥をきちんと温存し、対抗派閥に批判され党内でのチェック機能を強めたり、主流派が危機状態になったときに対抗派閥によって人心を一新できるようなシステムが必要だ。
しかしその桎梏になるのは、小選挙区制と政党助成金である。これで嫌なめに会いたくないから、政党の議員・候補者は対抗派閥を作ろうなどと考えなくなる。したがって、公認候補者の選出過程の透明化、公認候補者の派閥の公開、各議員・候補者が権利として配分を請求できる政党助成金の配分ルールの確立などが必要ではないかと思う。

●民主の前原が、イラク特措法延長せよ、という。この人は現状追認、タカ派路線であればあるほど政権担当能力と表現するらしい。この人は、凌雲会という、「阿波狸」にそそのかされて作った派閥がありながら、ときに鳩山が流行れば鳩山派のように振る舞い、菅が流行れば菅派のように振る舞い、小沢が流行れば地元京都の稲盛とつるんで小沢に懇願して、ぬえのように国民の前に現れて、若手の代表のような顔をして党首になった。
空虚な強権的発言を売りにして、田原やみのなど電通文化人の歓心を買いながら、政治系バラエティー番組で「菅や鳩山の時代は終わった」と流布してもらってトップになる(何の実績もないのに)。しかし凌雲会以外の若手や女性議員を潰すための公認基準を作り、公認外しを繰り返し、民主党の基礎体力を低下させた。めちゃくちゃなことばかりやってカラ回りしているところ、安っぽい情報に対する慎重さのなさなど、お友達の安倍首相とそっくりだ。いっそ安倍前原新党でも作って、慰安婦問題や朝鮮半島問題に異様にアレルギー反応を起こすネットウヨたちのための政党でも作ったらいいと思う。すっきりする。
安倍にしろ、前原にしろ、若手の代表のような顔をするから、大迷惑だ。民主党に後藤田正純みたいな、若手でも嫌だよという人がもっと前に出てきて論争をすべきだろう。

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2007.08.02

8/2 国政と地域は言っていることやっていることが別です。民主党

ようやく私の尊敬する人たちが民主党の国会議員になったりして、あまり民主党の悪口はいいたくないが、地域の民主党とその系列に身をおく保守系無所属政治家が国家公務員宿舎の建設を促進している状況を見ていると、批判さぜるを得ない(受け入れに奔走している市長自身、上田元民主党代議士の系列県議であった)。

民主党は、国家公務員の特権を批判してきたし、ときには公務員バッシングとも言えるような国会質問を繰り返してきた。そのことの是非論はおいておくとしても、少なくとも公務員が喜んで住むとも思えないような公務員宿舎の建設を促進するなどということはその文脈からは出てこないはずである。

しかし朝霞市内では、かつての民主党代議士の系列に身を置いていた市長が推進するし、市議会民主党も反対する市民に対して一番冷淡な対応を取っているのだから、地方選挙で民主党を応援することは別だと思わざるを得ない。

こうした公共事業を歓迎するような保守系の民主党は、かねがね私たち旧社会党系に流れをおく民主党を抵抗勢力だ、大きな政府だ、とさんざんバッシングして、あいつらさえいなくなれば民主党は良くなる、国民にもっと支持を広げられるなどと妄想に近いことを言い続けてきた。しかし税金の無駄遣いの主人公はどちらだろうか。保育園や介護や生活保護、障害者政策の改善を求めてものを言うことが抵抗勢力で大きな政府と言われ、公務員宿舎の建設を止めるどころか促すようなことが何の後ろめたさもなく市民の批判に頬被りしていることの、どちらが将来に禍根を残すだろうか。

そしてこうした態度の民主党に、厳しい態度をとれない自民党も、何が改革実行力なのかわからない。公務員宿舎の建設を止めて税金の浪費を止めるぐらいなら、難しいことではないではないか。そもそも公務員の特権をなくせと、自治労や日教組をスケープゴートにして選挙をやってきたわけだろう。公務員自身にとっても実害の少ない特権なら、行政改革の既定方針どおり、公務員宿舎の増設という矛盾する施策を批判してみたらどうだろうか。自民党が一見正しそうなこと言っても、結局は野党系社会団体へのバッシングとしての行動しかやらないから、自分たちが今までやってきたこと自体には何のメスも入れていないから、今回の参議院選挙に負けたのではないか。地域の民主党のいい加減なところにきちんとメスを入れるのが対抗政党の役割ではないか。その程度の批判ができなければ、野党になったときにやることがなくなると思う。

●先ほどニュース23で世耕参議院議員が出ていた。コミュニケーション戦略の専門の人でも、安倍晋三のアホ論理の範囲内でしか解説的発言しかできないのがつらそうだった。トップがご都合主義の判断をしたことの合理化のために発せられるアホな論理を展開すると、下の人たちは、特に世耕のように側近的地位にいた人には、そのアホ論理の枠から出る発言を外部にすることはできない。対抗勢力が党内にないからなおさらアホ論理を誰も止められない。

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8/2 週刊新潮に朝霞市が取り上げられる

7月1日の「きょうも歩く」で、慰安婦問題でワシントンポストに「慰安婦に日本軍が強制した事実はなかった」という意見広告を出した賛同議員を紹介したが、きょう、その賛同人に名前が出ていた泉健太衆議院議員のメールマガジンで、勝手に賛同議員に仕立てられてワシントンポストに掲載されてしまった、わたしは慰安婦問題がない、強制はなかったという歴史認識は持たない、という報告があった。彼がそんなものに名前を出すのかとびっくりしたが、本人が否定する結果になってよかったと思っている。

いったい泉議員の名前を利用したこのグループは正体は何者なのだろうか。慰安婦問題を問題化することに批判的な人たちは慰安婦など歴史のねつ造だと言うようなことを言う。しかし、彼らこそ、歴史どころか、今のこの社会でねつ造を行っている。統一協会もそうだが、こうした右よりの団体は協力者として、よく有名人の名を勝手に利用する。

泉議員はこの釈明できちんとした政治的態度が判明したものの、なぜ掲載されるようなハメに陥ったのか、もう少し丁寧に書くべきだろう。彼らに仲間とみなされるような変な議連とか、うさんくさい議員たちのネットワークに入っているとか、いろいろな疑義も残る。
また、こうしたインチキ広告を出す窓口になった同僚議員の名前も公開すべきだろう。有権者はそれでしか判断ができない。

※7/1の「きょうも歩く」の記事で、賛同署名議員として名の挙がっている議員の中で、ワシントンポストの広告記事に真意と違って名前を出されたという議員がおられましたら、その理由と考えを付してメールをください。左よりの有権者が見ているサイトですので、慰安婦を軍が強制した事実がないという考え方ではない、と明確に言い切れる方については、名誉回復が必要だと思います。ここで真意が違うというご意志を紹介いたします。

●週刊新潮に「市民にいらないと言われちゃった本田美奈子記念碑」と書かれてしまった。普通、芸能人の記念碑はファンクラブが建てるものだろうに、税金使って建てるものは朝霞ぐらいだというもの。

私も、本田美奈子さんの功績とか、骨髄バンクに対する運動への評価はあるものの、何かと亡くなった本田美奈子さんを市役所は利用しているように感じることが多い。

高齢化や、核家族を支える福祉政策がいまいちどころの話ではないこのまちで、何か、人気取り政策のための遊興費ともいえる行政支出が増えてるように思う。
在郷の土地持ちが遊んで騒ぐために、有名人の記念碑だ、駅前ロータリーだ、町内会館の建て替えだ、花火だ鳴子だと、後世にどう思われるかわからないようなものばかりに税金を使われている。その出汁に、不遇で亡くなった有名人を利用していると言われても仕方がない。これではサラリーマンが住む街の高齢化の波に備えることが覚束ない。

富岡市長になってから、空虚なプライドのために朝霞市の資源が浪費されるようなことに力が入れられていることが目立つように思う。最近できた朝霞駅南口、北口に大くて立派できれいなロータリーができたが、なんだか過疎地の新幹線新駅みたいな感じになった。電車降りてからバス停までたどり着くのにバス停1個分ぐらい歩くし。都会のまちの駅はあんなんじゃない。基地跡地も交換条件が役所の分庁舎と鳴子の桟敷席のための道路の拡幅である。

それと、同じ芸能人どうしでもかなり扱いが差別的である。朝霞から出て、多くの青少年を励まし、急逝した尾崎豊は無視である。尾崎豊が、後の青山学院の高校で反発し名作を作る感性を培ったのは、朝霞で過ごした中学校体験にもあると言えるのだが。

●何度か疎開させてもらった大分の叔母の家が台風の避難勧告区域に入る。心配だ。

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2007.08.01

8/1 まともな改憲派小林節さんの話を聴く

夜、司法試験予備校の伊藤塾が主催した、憲法学者小林節さんの講演を聴きに行く。
以前、クローズアップ現代で、憲法改正が政治テーマとして語られながら、まともに憲法を議論している人たちがいない状況の中で、改憲派の小林節さんのゼミによる、護憲派の伊藤真さんの共同研究が紹介されていて、2人についてずっと気になっている。

改憲論者の小林さんも、明治憲法を理想とする類の最近の改憲論者の質の低下を嘆いておられた。時節柄政局批判にもなり、首班指名が衆議院で優越することを口実に権力の座にしがみつく安倍首相に対して、①小沢を取るか私を取るかという課題設定したのは首相自身だ、②一度も安倍首相を信任する衆議院選挙もやっていないのに、首班指名での衆議院の優越を楯に、参議院選挙の敗北は首相の退陣を意味するものではないなど、民主主義の理解不足も甚だしい、③改憲派のくせにこういうときだけ憲法を持ち出すのだから困ったものだ、などと批判した。
護憲派に対しては、身内だけで議論し、意見の合わない人との議論を回避し、きちんと論争していないから強くならないと苛立ちを隠さなかった。法学部の憲法学者が、単位認定権を楯に、子ども相手に自説の開陳にあけくれ、そういう人たちが大人になって教育現場や保護者となって子どもに9条崇拝しか教えないから、憲法本来の立憲主義が国民に浸透しない、そういう国民相手に櫻井よしこや西部邁にやられたい放題だとおっしゃられた。

国会での憲法の語られ方の見通しについて、衆議院については憲法審査会が設けられることになるが、これは自民党側委員の良識により、しばらくはアカデミックな議論の場になるだろう、参議院側は憲法審査会が設置できないか、設置されても護憲評議会みたいなものになる可能性が高い、と見通された。

護憲派の現業部門で働く身としていろいろ考えさせられる講演だった。

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