« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »

2007.07.31

7/31 芦屋や葉山のために交付税を使うべきか

基準財政需要額(その自治体が標準的な行政サービスをしたとみなした支出額)より税収が少ない自治体に交付される地方交付税の算定結果が出された。

それによると地方交付税のいらない自治体が増えたが、一方で地方交付税を出すことになった自治体も出ている。その中には、芦屋とか葉山とか、お金持ちが住む自治体に交付団体が目立つといい、芦屋や葉山のためになんで交付税を使わなくてはならないのか、という疑問も生じる。住民税の累進課税がなくなったことによるものだと頭でわかっているが、朝霞より、所得水準がはるかに高いはずの芦屋や葉山の方が税収が少ないのか理解できない。

続きを読む "7/31 芦屋や葉山のために交付税を使うべきか"

| | コメント (0)

7/31 時間より早く登園したら門前で立たさせる保育園

近隣のまちに住むブログ友だちが公立保育園にひどいめにあわされたようだ。
「共同合宿所 腹の立つことばかり」
こんな公立保育園があるから、民営化した方がサービスが良くなるなどと言われてしまうのだ。

共同合宿所の筆者は、保育園の送迎ボランティアをつなぎながら、育児と仕事を両立しているが、そのボランティアが何かの手違いで送迎できなくなってしまい、また他の親がお迎えの時間に遅れたことを捕まえて、ボランティアグループや保護者に厳しい文書が送られてきたというのだ。なかには延長保育を認められていない保護者が8:30より早く保育園に到着しても、「門の外で待っていてください」などと世間常識にはまったくかなわないバカなことが書いてあるという。19時まであいている保育園で、18:45には子どもに帰り支度させて、真っ暗な保育所の玄関の外側で座り込ませて親を待たせる保育園もあると聞く。

くだらないことに力を注ぐものである。
いくら自治体直営サービスを守る私の立場でも、こんなことしている保育園がもし民営化提案されても守ることができない。えてして民営化の提案がされてからじたばた保護者の味方になったりするものであるが、手遅れなのだ。こんなしょうもないことばかりやっている話を聴くと、どんどん国鉄方式で民営化されてもどうしようもない。労働条件を守りたいなら、正面から増員要求をすべきで、子どもや保護者に腹いせしてどうするんだと思う。
首都圏の保護者会運動は国の保育政策を問題視することに主要敵を見いだして保育所側と共闘していて(それはそれでいいところもいっぱいあるが)、保護者に対するモラルハラスメントに対しては、保護者集団として守る側に立つよりも、保育所と一緒になって非難する側にまわるという話もよく聴く。

もちろん保育士が親に会いたがっている子どもの姿を見て「もう少し早くお迎えに来てあげることはできますか?」ぐらいの働きかけはやってもいいと思う。しかし、お迎えの途中にスーパーがあっても「買い物してからお迎えに来るな」とか定時に退社して微妙な電車の乗り継ぎをうまくやり過ごして迎えに来ている保護者にモラルハラスメントや嫌味を言うような保育所ではどうしようもない(こうしたモラルハラスメントは、東京通勤者やマイカーのない人に厳しく効いてくるからほんとうに腹が立つ。マイカーで送迎している親など、買い物に寄っても買い物袋をマイカーの見えないところに隠してしまう)。
保育園に預ける時間が少なければ少ないほど、子どもに愛情をかけているという思いこみこそが危険だと思う。子どもによっては保護者といるより、保育所で他の子どもたちと一緒にいる方がいいという子どもだっているはずである。極端な話では、児童虐待の第一次的な予防はそう考え、そう行動できるかが問われているんじゃないかと思う。

| | コメント (0)

7/30 進めば地獄

地獄への道を突き進みたいなら、進んでもらっていいような自民党。
安倍首相の続投という選択肢、自民党政権の維持を考える立場からすれば最悪の選択肢ではないかと私は思う。他人事だけども。

外的要因ではなく、身内のボロの結果として選挙でノーを突きつけられたら、退陣するのが政治的な整理の仕方だと思うが、それをせずに政権に居座ると、人心が一新しないために、自民党のじり貧傾向は避けられないと思う。またそれに加えて、民意を何一つ理解しようとしない政権という、決定的な批判も受けざるを得ない。

また、安倍続投を決める舞台装置がそろいもそろって最悪である。第1は、また小渕元首相が倒れたときを彷彿とさせるような話。安倍続投をめぐって森、青木、中川がまたあの赤坂プリンスの一室に集まって密室協議をしていたこと。第2は、麻生太郎が続投を促してしまったこと。第3は、本来は対抗勢力となるべき加藤紘一や谷垣が一時続投を容認するような発言をして、今日になって批判していること。

第1は、政権の正統性が問われるようなことになるだろう。第2は、当面、安倍首相の政策の大半を継承できるはずの麻生太郎が安倍と一緒に政治センスを疑われる立場に立ってしまったのではないか。第3、そうなると継承しない対抗勢力に期待するべきだが、加藤や谷垣はなぜ開票作業が進んでいる中で退陣を求めなかったのか、後からごちゃごちゃ言うのでは所詮不満分子の域を出ない。対抗勢力としての能力とセンスが疑われるということ。

これに小沢一郎が体調不良で静養を取っているというニュースが流れ、命がけで政治闘争をやっているような印象ができてしまったから、余計に自民党の無様なところが際だってしまっている。

テレビを通して見る自民党の会見場の薄暗い印象も良くなかったし、落ち目のときのクールビズってほんとうによれよれに見えてしまうものだということを知った。

自民党が世間に注目されて支持を集めるときには、自民党内が対立していて、どちらかが善玉、悪玉を演じられるときではないかと思っている。三角大福のときも、ニューリーダーのときも、郵政解散のときも、党内が対立していたから自民党は関心を持たざるを得なかった。安倍総裁は、自民党をまとめようと小泉前総裁の取った恐怖政治の手法を踏襲しているが、そうして対抗勢力が発言しにくい党内にしてしまっていることで、自民党支持者たちはわけのわからない改革を鵜呑みにさせられて消化不良が起きているのではないかと思う。党内にもまともな奴がいるんだと思えれば、何とか支持者というのはついてこれるものである。

あんまり再チャレンジしてほしくないけど、権力にほんとうに未練があるなら、ここは潔く退陣して再チャレンジしたらどうかと思う。野党支持者としては、退陣しないでどんどん行き詰まってもらえたら総選挙は有利に運ぶとも思うが、あまり見ていて美しいものではない。

●民主党の前原が小沢の戦略に対してごちゃごちゃ言っているらしい。小沢の戦略にけちはいっぱいつけられるけど、それ以前の党首のときのように約束が約束として貫徹される前に、身内の足の引っ張り合いで自壊し、支持者や運動員を幻滅させる状況より千倍まし。足のひっぱりあいにいつも黒子で動いていたのが若手議員(当時)じゃなかったっけ。田原総一郎あたりに、「こんなときには、あんたたちが菅や鳩山なんか古い、俺たちにやらせろと言わなきゃダメだ」なんてそそのかされて。
それに、前原さんは、後援者の京セラの稲盛さんに籠絡されて小沢を呼び込むことに協力したのではなかったっけ。

●久しぶりに日経を読んだが、「改革」について検証のないまま鵜呑みにさせて、自民党政権でなくなると改革が停滞する、民主党は国会で自民党に協力しないと国民に見放されるという脅迫観念みたいな論調にびっくり。
日経は政治的に中立という印象があるがそんなことはない。政治記事はイデオロギー色に充ち満ちている(経営者は団塊の元左翼活動家が多いというらしいのに→佐藤優のネオコンは宗教保守とトロツキストの結合した政治勢力だという話を思い出す)。そういう意味では最初からスタンスが見えている読売や産経より危険だ。
日経を読まないと就職できないという脅迫観念で日経しか読まない最近の若者に、自民党支持者が多いのがうなづける。

| | コメント (2)

2007.07.29

7/29 参院選開票の雑感

選挙結果が出る。05年衆議院選挙と似て、開票速報の出足が異様に早い。出口調査で極端な結果が出ていたのだろう。いつもは今頃、中盤戦をやっていると思う。
民主党の圧勝。野党共闘の安定と成功、1人区を指標とした攻略が良かったのではないか。

私が恐れていたのは、自民党が選挙終盤で首相交代に言及することだった。それで大きな流れが変わるとは思わないが、少なくとも自民党支持層は求心力を回復するからだ。
今回、選挙後に安倍首相の続投、「改革路線を続ける」というセリフを聞いて、自民党のじり貧状況が続くということが避けられないと思う。谷垣さんとか、何やっているんだろうかね。
「改革路線を続ける」というが、「改革」にもいろいろあるし、続けるべき改革と続けるべきでない改革があるわけだし、イデオロギーによっても改革の内容が異なる、という苛立ちが国民にあるのに、そんな言葉で国民を籠絡できると思っているから、ダメなのだろう。
改革ったって、社保庁の職員と菅直人をスケープゴートにするだけの年金改革談義、高級官僚の天下り斡旋所の設置など、いわしの頭も信心もいいところである。

公明党の太田代表は自民党に距離を置く路線の人事だと聞いたことがある。そういう意味では、太田公明党の大敗で公明党の今後が心配である。

個別選挙区では、友人の選挙を必死で応援してくれた岡山の姫井さんの当選が嬉しい。1人区の地方の女性の成績が良かった。
埼玉選挙区で与党候補を1議席に抑えたことがよかった。ただし落ちたのが自民でないことが残念である。東京選挙区は大河原さんも川田さんも通ったことがよかったが、保坂三蔵さんが落ちて丸川珠代が当選したことがなんとなく納得いかない。
北海道で多原かおりさんが、京都で共産党改革派の成宮さんが届かなかったことが残念。2人区ではサードパーティーに期待するものが多いのに。
また大分選挙区で2位争いに、前原派無所属が社民党系無所属を上回ったことが何とも言えない。この前原派が落選した後、どこに飛んでいくのか考えると心配でならない。大分の野党共闘は空中分解だ。民主党で党本部の方針に反してまで主戦論で何もかもぶちこわした吉良代議士の責任問題だと思う。矢野候補への追加公認だとか、処分見送りだとか、そんなことでは野党共闘は成り立たない。
新潟、東京で、同じ党で2人候補が出ている選挙区で、優勢が伝えられた候補者が落選するという中選挙区制特有の現象が見られた。

比例区の個人別票を見ているのが面白い。同僚だったあいはらくみこさんが現時点ではトップ。候補の問題意識も高く、人柄も良いので、どこまで票になるだろうか。うちの組合のない首都圏や大阪・京都が弱いので、これから少しずつ鈍るかも知れないが、さいさきがよい。

昔お世話になった社民党の山口たかさんも現時点では又市さんの次に付けている。札幌市議時代も10000人と会って握手すると目標を立てて実行した人なので、きっと全国を必死に回ったのだろう。沖縄で山内徳信さん、東京で上原さんの票がまとまって出てくるので、どこまで2位につけられるだろうか。

自民党の比例区で、農協系政治団体の中で農林官僚とデスマッチの予備選挙をやって選ばれた候補が優勢な数字を出しているのが、団体出身の比例区候補をどう決めるべきかの1つの参考例になると思う。

●朝霞市のHPの開票速報の案内が不親切。いつだったか、前回参院選の開票では、県内で一番遅かった開票作業だったようで、名誉挽回をはかるという選管のコメントを新聞が掲載していた。

| | コメント (0)

7/28 参議院選挙のみどころ

ギャンブルはしないけど開票速報には熱を上げる私が、選挙のみどころを検証してみたい。

1.政党別議席予想
読みやすい政党から順に。
・公明党。今回、危うい候補が多くて、いつもは指定席なのに、少し読みにくい。それでもかなり明確に数字が出てくる。比例7と東京、大阪の議席はほぼ決まったようで下限は9。愛知、埼玉、神奈川の3人区で最後の1議席が取れるか、比例が自民党へのおねだり作戦が成功して現有の8を取れるか、それで改選数13を確保できるかどうかが決まる。
・社民党と社民党単独推薦無所属。比例が2が下限。社民系労組が総掛かりで応援する又市と、平和運動家には教祖のような存在の山内は当選。3議席目確保できるかどうか。3議席目に及んだときには、国立市長の上原か、全電通協会派の金子か、札幌の山口の誰が滑り込むか。まさかとは思うが、選挙区では大分選挙区が可能性がないわけではない。大分で新保守主義系民主をりのさばらせないためには、当選できなくても2位争いは重要。
・共産党。比例で3が下限。選挙区は、京都に可能性、自民不振が強ければ大阪で、川田が振るわなければ東京にも望みがないわけではないみたい。伸びれば比例で4。で3~5か。
・国民新党。比例で1。選挙区は島根で取れる可能性が高い。1~2
・新党大地。北海道で1議席取れるか微妙。
・新党日本 比例で0~1。
・自民党と自民系無所属。1人区は山口、群馬、和歌山で確実。大分が優勢。北陸三県や岡山、島根などが接戦。2人区は9選挙区は確実。3選挙区が接戦。3人区は、5選挙区で1人目が優勢。千葉が2議席目に届くか。東京は1議席が確実。もう1議席は厳しい。比例は11~17の間か。こうやって計算すると30議席もありうるし、伸びても45という数字。
民主党と民主系無所属。1人区では、岩手、三重、山梨、奈良、佐賀、沖縄で確実。山梨、鳥取、山形、香川、徳島で優勢。新聞の結果の順位では、青森、愛媛、熊本、秋田などで1位となって接戦を制しはじめているようだ。
2人区では、12選挙区全部で1議席を取り、混乱状況の新潟が2議席まさかということもないわけではない。
3人区が1議席を確保したものの、複数擁立した大阪以外の4選挙区はバランスのよい票割りができず、2議席目がどこも難しい。大都市圏を中心に与党が勝利する結果となることもありうる。
5人区東京は2議席確保の見通しが立ち始めているがまさかもありうる。
比例区は18~25という数字。定員めいっぱい擁立した民主の候補者の半分が通る。
純粋無所属では、東京の川田氏が最後の1議席に入れるかどうか。

2.注目選挙区、
何より、1人区のドンパチが見所。特に、富山、石川、福井、岡山、島根、高知、長崎、熊本、鹿児島が接戦。この取り分で選挙結果の帰趨が決まる。
複数区では、3人区埼玉、神奈川、愛知で最後に民主が入るか公明または2人目の自民が入るかが見所。
  埼玉選挙区 民主山根と公明高野
  神奈川選挙区 民主水戸と公明松
  千葉選挙区 民主加賀谷と自民白須賀
  愛知選挙区 民主谷岡と公明山本
東京選挙区は、民主大河原、無所属川田、自民丸川に、成り行きでは共産田村が最後の2議席を争う。5議席もあって民主が2取れなければ党としての選挙戦術が問われる。東京も、埼玉も、神奈川も、愛知も、京都も、東京も、凌雲会(前原派)系の若手議員を優遇する陣営配置して、そちらだけが非常に優勢な結果が出ていることが気になるところ。
以前は自民2社会1で争っていた2人区の行方も、ほとんどが落ち着いているが、民主・社民の公認の混乱があって結局野党で3人が乱立した新潟、サードパーティーの候補者が健闘している京都、北海道に番狂わせの要素がある。

3.比例で誰が通るか
比例区は、個人名投票の順に決まる。個人名投票の比率の高い公明党、普通の自民党、民主党、社民党、個人名投票をさせない共産党で決まり方がずいぶん違う。
・公明党は個人名投票を徹底しているので、誰という点について指定されているようなもの。渡辺、加藤、遠山、魚住、山本2人、木庭に当落線上の草川。
・社民党は組織や地縁の強い又市、山内が他を圧倒しているだろう。
・共産党は、紙、春名に井上、山下か。党内の序列を選挙結果に合わせるため幹部と個人的知り合いにしか個人名投票をさせないのではないか。たまには番狂わせとか起きないのだろうか。
・国民新党、新党日本の比例候補は、サンプルが少なすぎて出てこないようだ。
・民主も、上位の数人だけは名前が出てくるが、中位以下の人たちはサンプルが少なすぎたり偏在しているせいで出てこない。新聞で名前が出てくる候補は当選できるのだろう。
・自民党は舛添が確実。あとは不明。パイが少なくなるから、業界団体や宗教団体どうしの椅子取りゲームになっているのだろう。

4.終盤情報
ここまでまとめる元になった新聞各紙の情報は、先週の日曜日までの調査結果。終盤で自民党が5%追い上げているという口コミ情報もある。

5.出口調査
今回は不在者投票が多く、あす8時にはマスコミ各社が発表する出口調査のグラフだけでは結果を占うには危険な状態で、マスコミ各社も激戦区や公明党と最後の議席を争う選挙区での判定には苦労するのではないか。
有権者数がちょうど1億人。投票率が60%として、投票総数が6000万票。うち不在者投票数が890万票となると、投票総数の15%が出口調査で把握できない票。投票率が下がればもっとこの比率は上がる。
このうち半分ぐらいは間違いなく公明党関連の票、残りが与党と野党で半々だと思うと、15%のうち11%が与党、4%が野党の票ということになる。
したがって出口調査で互角の結果では野党系の負け。出口調査で野党54対与党46、これまでの選挙では絶対に野党優勢という結果を出さないと勝てないという可能性が高い。
実際の開票作業でも不在者投票分は、個々の市町村別には後から出てくるので、開票当初の野党優勢は詰められていくという傾向を示す可能性が高い。

| | コメント (0)

2007.07.26

7/26 公明党自らの首をしめた個人情報保護法

公明党の不振が伝えられる。投票率が上がれば仕方がないことだと思う。もともと国民の5%~8%しか存在せず、熱烈に支持する人以外は拒絶反応が強い公明党が、第3勢力になっていられるのも、投票率が低いからである。

話を戻し、公明党の不振は、投票率の上昇が大きいと思うが、もう1つ、連立与党で強引に通してしまった個人情報保護法にあるのではないかと思う。
日本の選挙は、選挙カーをまわして電話をかけて、得票数に遙かに及ばない程度の数の選挙運動用はがきを出すことしか不特定多数にはできない(あとは団体や有力者が開く座談会みたいなものに顔を出す程度)。
タレント候補や、局地的にタレント並の人気のある政治家でもない限り、選挙カーをうまくまわしていくことか、電話を何本かけたか、ということしか票は生まれてこない。
特に公明党は、友だちへの電話かけを熱烈な支持者に要求する。本数をノルマにする。となると、手もとにある名簿から、電話しやすそうな知り合いから順に電話をかけていく。拒否反応が強い政党だから、通り一遍のビラや街頭演説の宣伝戦だけでは絶対に公明党なんか選んでもらえない。電話で、友だち、知り合いという情実関係で深く頼み込むしかないのだと思う。

ところが個人情報保護法の施行で、政治活動で名簿を使うことは規制されていないにもかかわらず、国民は何がなんだかよくわからないままに、名簿が出回っていることそのものが社会規範に反することだというような認識をするようになってしまった。そうなると、公明党のようなやり方をしていると、電話かけては個人情報保護法的な感覚をもった人たちの逆襲にあったり、皮肉を言われたり、運動にならないのではないか、ということは、選挙運動を経験しているからこそ察しがつく。

ある意味自業自得と言えると思う。しかしもう取り返しはつかない。一度、個人情報保護法的感覚が植え付けられると、ちょっとやそっとで、開かれた社会が戻ってくるなどとは思えない。つくづく嫌な法律である。

しかし、名簿が出回らない社会というのは安心感はあるのかも知れないが、個人情報保護法でそうした気持ち悪さを社会規範に反することだと定義できるようになったものの、しかし名簿は握っている人は握っていて、普通の人が名簿を握っている人に異議申し立てしようとしてもなかなか対抗できない社会にしてしまったと思う。下から積み上げていく民主主義がもう機能しなくなったと思ってよい。情報を下から作り、名簿を使って郵送したり電話をかけたりして積み上げていくことは個人情報保護法的感覚から言うと、その内容の是非より「どこでその住所を知ったの」という問題が大問題になってしまうからである。ピラミッド構造の上から、あるいはマスメディアという横から垂れ流す方法でしか情報が作られなくなっている。

また名簿の流動性プレミアムもつけてしまった。なかなか入手できない名簿、転売できる名簿となったからこそ、かつては古本同然の価値しかなかった名簿がものすごい価値を生むようになってしまった。さらには、流出した名簿を持っているというだけで、ゆすりができるようになってしまった。

| | コメント (0)

7/26 国立大学学長が文部科学省の天下りポストに

●山形大学が、前の文部事務次官を学長にすることにしたらしい。
独立行政法人化で、国立大学は「癒着」という問題に対する変な開き直りをしているように感じる。独立行政法人は、補助金を貰う民間団体という中途半端な存在。倒産もありうるにもかかわらず、公的な補助金を受けざるを得ないという組織である。

そこに監督官庁の経験者がトップでやってくるとは、天下り先の確保ということにほかならなくなる。例え、その前事務次官がどんなに能力のある人であろうと、天下り先としての実績となれば、監督官庁は人事の矛盾となるような人物を次から次に送り込んで寄越し、不明朗な経理操作の舞台にするのが目に見えている。

企業名の冠をかぶせた研究を恥じらいもなくやったり、最近の国立大学は何か変である。
また、独立行政法人の職員の給料が、国家公務員より相当高いというのも問題になり始めている。公的機関の職員の給料が何でもかんでも国家公務員と同じというのも、結構無理があるし気持ちわるい話ではあるが、財政の効率化のために導入された制度にもかかわらず、なにか矛盾しているような感じもする。役所の直営事業と異なり、運営が議会のチェックが効かず、監督官庁と補助金を出す役所だけが口を出せるシステムであることから問題が多いんではないかと思う。
官業の民営化が行政効率の指標になるが、こうした隠れ公務員と、不正を潜在化させるような行政改革を改革というのだろうか。

続きを読む "7/26 国立大学学長が文部科学省の天下りポストに"

| | コメント (5)

2007.07.25

7/25 期日前投票所の案内が今日から出る

全国のほとんどの自治体のホームページでは、参議院選挙の投票をよびかけるバナーだったりリンクがトップに飾られているが、朝霞市のホームページには、そうしたものがなかった。
先日、不在者(期日前)投票をしようと思って、市役所の支所に行ったら、投票所は23日から開設するというのですごすご帰ってきたので、改めて開所時間を調べようと思ったら、なかなか見つからない。

そこで市の広報担当者に電話で、どういう意図で参議院選挙の投票よびかけがトップにも、新着情報にもないのかと問いただした。
そうしたら、奥の奥にある選挙管理委員会のページの中にあるという。一般的なきれいな選挙のよびかけや過去の選挙結果のデータと並べて掲載されていたので、ほとんど気づかない。

最近、民主主義の手続きがらみの朝霞市のHP記事が不親切になっていると感じている(市の委員会、審議会の議事録の更新情報が掲載されなくなったなど)し、基地跡地利用では、市長自らがパブリックコメントを実施しても計画を一切変えないと公言するなど、このまちの民主主義の手続きがおかしくなっているような気がしたからだ。
以前、失言で有名な元首相が、無党派層は「投票日には寝ていてくれれば」と発言して問題になったことがある。今回投票率が上がると政権与党に分が悪い情勢だというから、ついついうがってみてしまった。

広報の担当者に確認したところ悪意はなく、すぐ投票のよびかけや不在者投票に関するわかりやすい案内を何一つしていないことにまずいことに気づいていただいた。さきほどHPを確認したら、即日新着情報の記事として対応していただいた。
この広報担当者のフットワークの良さには感謝したいが・・・。
今日まで、投票キャンペーンを全くしないばかりか、控えめにしか期日前(不在者)投票所の案内も奥の奥のページにしまいこんでいたのは、主管の選挙管理委員会の感覚の問題なのだろうか。

●基地跡地の市議会委員会の傍聴者のメモを入手した。
現時点で、公務員宿舎そのものの受入についての是非について明確な態度を示しているのは、共産党と市民ネットだけ。共産党は、何度も重ねて市に市民に意見を聴き、合意形成に務めるよう迫っていた。順当な意見だと思う。
その他の会派も、市民の意見をもっと聞けという立場で、執行部を厳しく追及していて、この問題において、ひとまず、議会の尊厳を維持するための1番目のハードルはクリアしているように思った。議会の了承なしに国と合意するという市の態度に、一様に「議会軽視」と反発していることは少し救われたように思う。その中で、割合、公明党が、熱心に市民合意の形成を迫っていたのが、与党の中で良心的にふるまおうという印象を持てた。
市長・行政側が国にものも申せず、不透明なデータをもとに、話をまとめている姿が浮かび上がっている。その不透明な決着の仕方に、ひたすら議会や市民との合意形成を拒絶する態度が見えてくる。

保守系最大会派の進政会は、市民の意見を聞けと迫りながら、結論を確認すると、最後には役所の裁量権を結果として追認するような態度だったようだ。
市議会民主党は、なんだかシニカルな評論家だ。もともと市長にもっとも近い派閥から出たグループだから、この問題で市議会でごたごた議論してもしょうがないという雰囲気が見えてくる。
公務員宿舎建設反対派のことをけなしながら、進政会の優柔不断な態度を揶揄している。しかし、自らがの真意は明らかにしていない。
参院選も控えてるんだし、基地跡地の運動をしているグループは、民主党2候補(与党2候補も追加していいとは思う)に、一般論として公務員宿舎を新たに作ることそのものの是非論について公開質問状を出したらどうだろうか。公務員宿舎の特権性について国会でわあわあ批判した政党なんだから、まさか朝霞でいいという話にはならないだろう。

●来週のNHK「その時歴史が動いた」では沖縄返還で、沖縄人民党(のちに日本共産党に系列化され乗っ取られる)の瀬長亀次郎が取り上げられるようだ。NHKが公式に戦後の共産党幹部をテーマに番組を作るというのは異例ではないか。ここのところ与党よりの表現が増えているので、評価したい。
それよりわが社会党の流れの人材は、一向に歴史の評価にならない。次々に亡くなり、歴史評価ができない状態のまま消えゆくことになるのだろうか。

| | コメント (1)

2007.07.23

7/23 質の低い地域の自民党の労働組合たたき

朝、出勤するとき志木駅前で自民党が演説会をやっていた。

話の内容は下品で、「労働組合のようなものがあるから世の中がおかしくなる、労働組合の支援を受けていない自民党こそが真の改革ができる政党です」と。
社会保険庁のことを言っているのだろうけど、話はそれにとどまらず、こういう論理で改革をやるというのが自民党の本音であり、興奮して馬脚を現したといってよい。

国労を潰してから、労働組合を潰せば社会改革が進むという雰囲気が蔓延している。確かに生産性は労働条件と引き換えになるものとならないものがあり、なるものについては労働組合は何らかの反対や条件闘争をせざるを得ない(自分の職場の労働組合が生産性のためですとほいほいと労働強化に賛成したら、そんな労働組合に存在意義がありますか)。
しかし、労働組合の反対や条件闘争がややこしいからと、労働組合の機能自体を否定するような改革をやったらどういうことになるか。人を食い尽くす経営、生活を犠牲にする生産、そんなことが社会に蔓延してきたではないか。生産性に抵抗すべきとは思わないが、少なくとも、働く人をそこまで犠牲にして過剰なサービスをして社会全体では意味があるんですか、そういう進歩と生活の質を上げていくこととの調和を図ることが必要なんじゃないですか、という問い直しをすべき社会システムを持ち合わせるべきではないかと思う。

また、「郵政民営化に民主党が反対したのも、公務員の組合である自治労の応援を受けているからなんです」と張り上げた。確かに郵政民営化に自治労は反対の立場だが、郵便局の職員の組合は自治労ではないから、ここでは自治労を挙げるべき問題なのだろうか。
埼玉県南西部にはまともな労働組合が少ない。だからこの辺の自民党の議員は、戦前の庄屋の息子の感覚で、労働組合にはアカという恐怖感しかなくて、地方都市レベルの事実認識すらないのだろう。そんな体質も露呈してくれた。

Cimg0047それより、宗教団体に支えられている公明党から票をもらったり、変な土木関係の団体、医師会(開業医)などに推されている自民党は問題じゃないのか。資金力も集票力も圧倒的に違うし、政策関与する強さもまったくもって違う。新座市の大手介護業者の看板の上に自民党公認候補のポスターが張ってあった。労働組合を叩くのなら、自らをまず襟を正すべきじゃいなだろうか。

ところで、自民党の演説会でうちわみたいなの配っている若い運動員、無報酬なのかね。どう見ても地方議員でも政治家志望のインターンにも見えなくて、とっても気になるのだ。

| | コメント (0)

2007.07.21

7/21 菅直人、政府広報「あしたのニッポン」痛烈に批判

新聞折り込みに「政府広報あしたのニッポン」を発見。
おとといにも書いたが、政府広報が選挙期間中に入るということは、いかにこの国が民主主義や立憲主義の体をなしておらず、官僚集団がやりたい放題やる国か、ということを如実に示した証拠である。
また、その官僚集団が民主主義をないがしろにするシステムに、政権与党がいかに癒着しているかという証拠でもある。
年金記録問題への対応と、税源移譲への誤解に対する反論であるが、これらはまさに選挙の論戦のテーマであり、政府が軽々に見解を税金を使ってやるべきことではないというのは明白だろう。

私は与党批判者であるから、ほんとうは痛烈に批判したいが、きっとそれは他のブログでも書かれていると思うから、少し与党に同情的な立場もふまえて批判をする。
まず税源移譲に対する誤解を解きたいというのはわかる。そもそも財源の地方分権をしろと言ってきたのは野党側と知事会をはじめとした地方自治体の関係団体である。それなのに地方税のシステムが前年度収入を算定して6月から上がるということをまったく理解しようともしない人たちをつかまえて、増税だと騒ぎ立てる政治勢力の宣伝は姑息というしかない。最近は民主党でも知力に劣る陣営はそうした批判に加わるようになった。全く嘆かわしい(そういう候補者は参議院第一党になったときに、税源移譲を廃止する法案でも提案する気なのだろうか)。
しかし、そうした一部の野党の候補の無責任な批判は政治問題として挑戦を受けているのだから、選挙の言論を通じて反論すべきだろう。税源移譲で発生している現象についてやみくもに批判している党に対して、税源移譲時の税制改正に賛成したのか反対したのか、反対したとしても枠組み自体まで否定したのか、十分に追及して批判を加えるべきだろう。
ただしそれは今回のように官僚システムと税金を使って反論させるなどというのはやはり大問題である。

そもそも選挙で文書規制がきつすぎるために、こんなことになるということを与党も認識してもらいたい。本格的な政策論争をする場であるはずの選挙で文書が配ることができないから、支持率低下で窮余きわまる与党が、安倍シンゾーとチンピラの菅義偉という権力暴走ノーチェックシステムを通って、こんなことをさせている。
そもそも選挙での文書規制を解禁または緩和していれば、正々堂々と自由民主党の名前で、自由民主党の候補者名で意見表明できたはずである。

Cimg0041●朝霞台駅に菅直人さんがやってくる。「あしたのニッポン」問題について、税金を使って選挙運動をやっている、こうした好き勝手に税金を浪費するのが自民党なのだと痛烈に批判して明快だった。この問題、民主党は東京地検に告訴したようだが、その理由が「公務員の地位利用」で、まさにそうだと思う。単なる文書違反ではない。公権力が選挙に介入しているという大問題だ。
公務員の政治活動(私生活の時間も含めて)をことさら問題視しキャンペーンまで張っている自民党が、業務として高級官僚にこうした広報紙を作らせ、全国民的に配布したということは、自己矛盾もいいところだ。
菅さんの演説を他の弁士と比べてみて、街頭演説では、何を言いたいのか明確に絞りわかりやすく深めるということと、気持ちを込めるということが大事だと思う。さらには選挙の場合、他を選ばず自分を選んでもらうということなので、選挙情勢を簡単に解説しながら、有権者にどうしたら有効な票になるのか、明確に指示することも大切だと思った。

●かつては独身で政治運動に全力投球できていた友人が、子どもができて制約がある中で応援団として必死に活動しているのを見て、これがまた嬉しかった。過日、共働きで政治運動をしている家庭として新聞の地方欄でも取り上げられていた。

| | コメント (0)

7/21 苦情申し立てした人間を精神病理者扱いする公教育

モンスターペアレンツという言葉が、教育界で大流行している。手に負えない苦情を言う保護者のことをいう。
こういうことが問題視される風潮に乗じて、教育に対する苦情申し立てそのものを否定する動きが進んでいることに危険性を感じている。

社会一般では全くもって認められないことが、学校では当たり前のこととしてやらされていることがある。たとえば、学校の清掃、徒歩通学などである。

学校の清掃は、労働に当たる可能性のあるものである。引用した新聞の事例のように「清掃なんかさせるな」という職業蔑視するような言い方は論外だと思うが、半ば強制労働みたいなことを公教育が子どもに押しつけていることに対する合理的な説明が本当は必要ではないか(やってくればごみを散らかし放置していくアメリカ人を見ると清掃を教えるということの意味は大きいとも思うが、もっというとそんなことは家庭や地域で教えるべきことだろう)。

同様に、徒歩通学もそうである。もちろん10分やそこらは歩けと思うが、私の家のように、小学校で20分、中学校においては30分近く歩く距離があり(電車で1駅を超える)、しかも本数こそ少ないものの定期バス路線があるのなら、それでの通学がなぜ禁止されるのかわからない。昨今の保護者は自動車で送迎するそうである。これが禁止されているとは聞いたこともない。まして最寄り駅から10分しか歩かない教員たちが自動車通勤しているのは変である。まして、バス通学の禁止は、教育内容に無関係なことで子どもに懲戒権をふりかざすことであり、これは教育権を侵害することになるし、また、教育権にからめて移動手段を制限するため、憲法の移動の自由に挑戦するものでもある。またバス会社への営業権の侵害にもなる可能性がある。(よく学校の教員が左傾化しているから教育がおかしくなったと決めつける人たちがいるが、今も昔も、子どもの生活上の権利まで不合理な理由で抑圧してきた教員たちが、本質的に左傾化しているとは思えない。最も戦前に厳しい批判を加える共産党池の教員含めて翼賛体制の教育システムを今日まで残存させて近代化を遅らせているというのが私の情勢認識である。)

なんてことを言おうと思えば言うことができる(バス通学に関しては子どもが望むのに禁止されたら言おうと思う。移動の自由という権利問題もあるが、交通安全や効率性の問題からである)。それは本来、きちんと学校、学校で利害関係者全員で議論して判断すべきことなのに、そもそも言い出すことすら封じているというのはおかしいことである。だから未だに学校社会は、戦前の文化のまんまだし、そんなのだからIT化やAV機器が進化している中で、教員も子どもにも健康被害がありそうな黒板に白墨で授業をやっているようなローテク社会である。苦情を受け付けないから進歩がないのである。

苦情申し立てする保護者を異端視する動きは、教育水準の低下をもたらすのではないかと心配している。教育水準の高い北欧諸国の教育は、分権化し、保護者や子ども集団まで教育内容の決定に参加する。学校にもの言うことがそもそも苦情ではないのだ。建設的なものとして扱われている。
しかし、我が国のように教育システムが、憲法で定められた教育権と教育の義務を離れ、統帥権のように独立して自治体からの要請すら排除し、苦情申し立てすればその保護者や子どもはカウンセラー送りにされ精神病理として、ひどいときには抗うつ剤の投与まで勧められ、関係者一同による開かれた議論を嫌い、企業や資格取得の専門学校などでは当たり前のように行われている最新の教育技法などほとんど入らない教育が水準を維持できるわけがないと思う。また、最近では、日本人が金融リテラシーや、労働法制、消費者保護に無知過ぎて、国民として自衛する手段すら知らないことが問題になっているが、そうしたこともどこ吹く風で、権利侵害する人間たちの味方をしているのが学校教育の本質である。

最も、私は高校時代、生徒と教員との緊張関係を維持した自治関係を追求するために、保護者集団の運営介入を壊してあるいた。具体的にはPTAなる組織の結成を次から次に妨害して歩いた。
その学校は、おかれた時代背景から見せ物教育である要素と政治的背景から、出資者である親に発言力を持たせると、ますますとんでもない教育手法が取られると思ったからである。子どもの育つ権利など二の次にして、保護者集団を納得させることにばかり運営の力点が置かれるからである。

しかしそうしたのも、生徒と教員との緊張関係があってのことである。一般の学校のように、生徒が教員を合理的に公然と批判する風習も担い手もない状態においては、子どもの利害代表者はその家族においてほかならない。公教育の質の低下がいろいろなところで言われている今は、基本的にあらゆる苦情は受け付けてみて考えてみるということから始めないと、ほんとうのところがよくわからないまま、自称教育評論家たちによる教育改革談義に話がひっぱられ、無駄な「教育改革」に子どもたちがふりまわされることになる。

それに加えて、学校は、知育以外の責任を放棄してみることも同時にやってみるべきだと思う。生徒指導までやって、変に保護者が学校に無限責任を要求し「モンスターペアレンツ」などと言う現象をひきおこす構造そのそのが問題である。

続きを読む "7/21 苦情申し立てした人間を精神病理者扱いする公教育"

| | コメント (0)

2007.07.20

7/20 河野談話とアジア平和基金の功績

大沼保昭「慰安婦問題とは何だったのか」(中公新書)を読む。
右翼誌上や2ちゃんねるで、露骨なかたちで、慰安婦などいなかったという議論を主張し、一定の国民合意である河野談話を否定したり、アジア平和基金に対する批判をしたりするピンぼけな議論が流行している。
90年代のこの問題に対する議論と国民合意の形成過程をふりかえり、元慰安婦たちへの償い事業の功罪や、左右の原理主義的な世論を踏まえて、河野談話とアジア平和基金の事業は一定の妥当な問題解決だったことを解明している。

アジア平和基金が国家賠償でないと憤怒して、元慰安婦たちを保護・支援する立場から、基金からの給付金を受取拒否させる左の原理主義的な運動も、慰安婦問題が文書上での証拠がないと、当事者たちの訴えをまるっきり否定して河野談話やアジア平和基金を否定する右の原理主義と、問題解決を先送りする意味では同種の人たちだという大沼氏の批判は当を得ている。

少なくとも90年代、左側の人たちだけではなく、岡本行夫や、民社系労組の出身の芦田連合会長、自民党の原文兵衛まで含めた、国民運動としての問題解決を今さら否定することはほんとうに国益を失うし、そうした大局観のないナショナリズムは、結局はナショナリストが否定する韓国や北朝鮮がときどき陥る偏狭な自民族至上主義と何ら体質は変わらない。

●昨日紹介した、和光市の松本市議の朝日の投稿に、さっそく自治体も社会保険庁も動き出したみたいだ。こういう役に立つ社会保険庁への指摘を本来はすべきなのだろう。

●読売も朝日も参院選埼玉選挙区は、民主党の山根さんと、公明党の候補が最後の1議席を争っているようだ。山根さんは民社出身だが、その中でも穏健で、旧社会党系の人に悪罵をするようなところが全くない。いただいているメーリングリストのメッセージも豊かで、社会的弱者への共感も強い。私のような者でも選択肢になる。

| | コメント (1)

2007.07.19

7/19 そろそろ冷静な年金の議論が始まる

先週の東洋経済「特集ニッポンの公務員・公共サービス」を読む。
役所の外注化が進んで、ほとんど現場サービスがなくなる中で、現場サービスを担っている公共サービスがどうなっているかという記事。保育所やごみ収集の民営化後のひどい人件費搾取の構造を冷静に書いている。安ければ安いほどいいというだけの議論の問題点は見据えていかないと、いつかひどいことになると思う。

当然、今時の最も注目される公共サービスである社会保険庁の記事に涙が出てきた。感情的な報道が続く中で、政治は政治、政府は政府、雇用主は雇用主、労働組合は労働組合、システム屋はシステム屋とそれぞれきちんと責任を切り分けて書いていて、おおむね公平な記事だと思った。
こんな環境で、社会保険庁で最も苦しんでいるのは、本来なら窓口で平穏な事務対応をしていればいいはずだった非正規職員。時給800円で来訪者のサンドバックにされているという。その上窓口で殺人予告までされているという。正職員たちだって、追加処分と雇用継続不安におびえながら、夜間ばかりか土日も出勤し、罵られ続けている。「結果責任」が無限責任を意味する日本の社会常識から社会保険庁にいる彼らが一切免責されるとは思わないが、しかし彼らが労働者としてどこで注意していれば今回のような事態が起きなかっただろうか。民間企業が社会保険料をねこばばした件まで、社会保険庁職員やそこの労働組合の責任なのだろうか。一職員だった彼らが、記録が飛んでしまうシステムをどこまで直せただろうか。窓口で必要以上に罵っているような人は、この問題が起きるまで、自分の払っている年金保険料の額すら関心を持ってこなかったのではないか(もちろんその罵っている人に特段重たい責任があるとも思わないが)。だいたい世の中この程度のいい加減な対応なんて社会保険庁に限らず日常茶飯事である。不作為の被害なんてしょっちゅう受けている(後で激しく怒るのが嫌なので、こうしてブログで書いている)。

また、年金記録問題は、社会保険庁だけではなく、国民年金の徴収事務をしていた市町村や、厚生年金の徴収事務をしていた企業の担当者、本人の記入ミスなどもあるし、社会保険庁にそういったことを調べる公権力を立法で与えていなかった政治の問題もあるという指摘は、冷静である。憤懣やる方ないからと社会保険庁職員だけ叩いても、彼らの労働基本権を否定しても、問題解決ではなくて、政治ショーのパフォーマンスに過ぎないということだろう。

また、今朝の朝日新聞で、おとなりの和光市の松本市議が年金記録問題での基礎自治体の対応について、社会保険庁の情報の確認作業のコミュニケーション不全を指摘していて、これも冷静な指摘だと思う。

一方、政権は、与党の政策宣伝として、政府の年金記録問題の対応策について新聞折り込み広告を入れたらしい(埼玉県南部は説明しても意味のない国民としてなめられているのか、入ってはいないかった)。選挙中にやるなどということはほんとうに非常識で姑息だ。選挙とは国民と政治との契約交渉中ということでもある。そういうときに世論を分けることについて政府の力を使って宣伝することは、今の政権与党が契約という概念を何一つわかっていないということである。契約がわかってないということは、人と人との合意で社会を動かすということがわかっていなくて、権力で押しつけたり、一方的な情報を流せば国民は従うという価値観を持っているということだ。

●選挙戦で払った分の年金を返しますという言葉が流行しているが、なにか違和感がある。
払った分をもらうなら、年金など民営でいい。三井住友銀行でも、UFJ東京三菱銀行にでも積み立てて、貰えばいい。それに、今の受給者たちは払った分以上に貰っているはずだ。政府負担分と賦課方式による物価上昇分が反映されている。若い人から収奪するから、公的年金は経済価値を落とさないで済んでいる。
つまり、公営であるということは賦課方式に意味があり、保険料を払うと、その分年金権があるだけで、払った分の年金額が貰えることには必ずしもならない。
口の悪い言い方をすれば、払った分だけ若い人たちから収奪できる権利が発生するだけで、自分が払ったものが返されるという意味ではない。そこを勘違いした議論をしてもらっては困ると、収奪される世代として思う。と思ったら、フリーターの論客もそんなこと言って、年金記録なんかなくなってしまえばいいのだと豪語していた。私はそうは思わないが、年金権なんて夢のまた夢であるフリーターの人たちからすれば、そんな感覚になるのだろう。貧乏で国民年金を払えなかったことがあるから気持ちはよくわかる。
それと選挙で流行の年金通帳方式も、もともとの北欧では払った分に対応する年金権を点数表示していて、1点がいくらになるのかは、毎年の年金財政から計算されて公表されるようになっている。

続きを読む "7/19 そろそろ冷静な年金の議論が始まる"

| | コメント (0)

2007.07.18

7/18 和光に続き新座も議会改革が始まる・・・朝霞は何もない

詳細の情報は入っていませんが、新座の田中市議のブログでは、市議会に一問一答方式の質問が導入される方向になった。和光市も導入に向けて歩き出している。

朝霞地区四市の市議会の体質は古かった。ほんとうに古かった。随所に地主の談合システムが残っていた。つい20年前まで、地主に民主主義があり、小商人たちに市民権があり、サラリーマン家庭はどこに何言っても無駄な街だった。そして、いろいろなところでその風土が変わりながら、最後に残っているのが市役所と市議会である。
和光市は保守の流動化と地下鉄による新住民の流入で市議が大きく入れ替わり、市長も県議も人が変わるだけではなく選出基盤が異なる人による政権交代を経験した。市長が変わった人である新座(議論好きな須田市長)や志木(穂坂前市長と長沼市長)は、政治のシステムが近代化されつつある。

朝霞市はどうなのだろうか。一問一答方式の導入なんて誰も言い出していない。議会の情報公開も議事録を出しているだけで遅れている。
朝霞市議会は会派の拘束力が強いのに、選挙で出てくるのは無所属候補で、どの会派に誰が所属しているか、市役所で調べなければわからないぐらい。この情報不足は地元紙や新聞地方欄、地域紙の怠慢も大きい。さらには、市議会は未だに議案ごとの議員や会派の賛否すら公開していない。一部の革新系議員だけが資料にして支持者に送付しているだけだ。
どの議案に賛成したか反対したかわからない状態で、しかもほとんど全員無所属で立候補されては、選挙をやるときの判断材料はない。市議会に信託する意味がない。投票率か下がり続けるのも仕方がない。

そんな民主主義で、市役所にしても市議会にしても、選挙で市民から権限を委ねられているかのような言い方をして、裁量権がある立場にあるんだ、市民のいうことなんかいちいち聞いてられないんだみたいなことを言うから、頭にくる(基地跡地の利用計画なんかいい例)。裁量権があると僭称するなら、選挙のときの判断になる材料ぐらい、議会ごとに報告してみるべきではないか、と思う。おかしな判断をした公務員(ここでは議員や市長)を罷免するのは憲法で定められた国民の権利であるし、責務だと思う(この憲法の公務員(この公務員とは議員や市長のことです)罷免権が過剰な権利だと思う地方政治関係者がおられたら堂々を名乗ってご意見ください)。

| | コメント (0)

7/18 NHKは戸別訪問を買収関連罪と誤報

新聞の選挙報道を読むのが楽しみだ。当事者でないからだろうか。
今日、大手では最初になる、読売の情勢分析が出ていた。

1人区(29選挙区29議席)はほとんどが自民と民主あるいは野党統一候補との激突。29のうち野党が優勢なのが2選挙区、野党が先行しているのが4選挙区。逆に自民が優勢なのが2選挙区、自民が先行しているのが2選挙区ということらしい。、全体的に野党系がやや優位に立っているらしい。でもこの程度の優位では、選挙協力を出し渋っている公明が最終盤で自民に貸しを作る展開になりかねない。まだ野党が勝ったと喜ぶには早い。
それと、最終盤での全国的傾向で雪崩れ的にどちらかが勝利をおさめるのだろう。自民党が議席を失ったことのない富山、和歌山、佐賀の結果が興味深い。和歌山の世耕も楽ではないらしい。
勝敗を分ける接戦に持ち込んでいるのが、青森、秋田、栃木、岡山、島根、香川、長崎、宮崎、鹿児島となる。保守化しマスコミに流される首都圏に比べて、東北、九州が正攻法でひっくり返せるように感じる。また小沢氏の1人区に賭けた戦略というのはおおむね当たったと言える。
個人的には、社民系無所属、国民新党公認、民主代議士が強引に擁立した無所属が乱立している大分選挙区では、野党内ゲバがどのような結果をもたらすか興味深い。ここは社民を応援したい。大分のは現実的な社民だし。今朝の朝日でも取り上げられていて、民主代議士が強引に擁立した人物に応援に入った前原が「イデオロギーの時代じゃない」などと言っていたらしいが、前原こそ、対米追随イデオロギーそのものではないか。

2人区(12区24議席)はほとんど自民・民主でわけあって安定し、トップ争いしているだけの情勢だが、新党大地の候補が出ている北海道、共産党が新しいタイプの候補を立てた京都で、自民・民主を追撃しているようだ。また、前回は野党共闘が成功し、野党統一候補が安定したたたかいをしてきた新潟では、民主が複数擁立し社民も独自候補を立て分裂。この3選挙区が注目。ここで民主は12議席を固め、9議席を自民が固め、1議席を自民と新党大地が、1議席が自民と共産が、1議席を自民と民主と社民が争う構図だろうか。

3人区(5選挙区15議席)は大阪を除いてどこも混戦のようだ。大阪で民主の複数擁立がなかったので、自公民で安定。このほかの3人区は公明党の牙城。これまでは千葉以外で1議席ずつ4議席が自動的に公明党に入ったが、今回は投票率が上がるので取りこぼしの危険があるという。公明党がカルトだ何だと非難し怖がる人がいるが、みんなが選挙に行って、野党を育てていけば、政治的には何も怖いことはない。投票に行かない連中が公明党を育てていると行ってよい。
今回は、安定した大阪のほか、どの選挙区も計算上、民主に1議席が転がりこみ4議席を確保していることと、自民2vs民主2の争いの千葉で計算上自民党が確実に1議席が手に入ることを考えると、民主が5、自民が2、公明が2議席安定しているだけで、あとの6議席はわからない。さらには民主の数も計算上の話で、具体的に誰が通るかなどということは混沌としているといってよい。我が埼玉県選挙区の山根さん、結果が悪い。もったいない結果である。
大都市部特有の流動的な選挙情勢なので全く読めない。与党に勝たせたいか、野党に勝たせたいか、考えて入れるしかない。

5人区(東京の5議席)は、自民と公明で過半数を取るか、民主2人と川田・共産で過半数を取るかが問われているのではないか。ここでは公明は指定席で、残りが4。民主で鳩山派の鈴木ひろしも楽勝らしい。
のこり3議席の中がだんごのようだが、知名度不足の割に健闘している民主・大河原と唯一の自民らしい自民の保坂は残るんじゃないかと言われている。大河原は、都議選でまさかの落選をしているので、どんなにいい情勢が言われても心配だ。
下からは、丸川珠代の不人気によって、川田龍平と共産党が食らいつく余地を残しているようだ。逆に川田にとっては、社民が独自候補を立てたことがどう響くか。社民党が他の野党系候補の足を引っ張って、どんな評価になるのだろうか。

選挙区では73議席のうち、自民が16、民主が29、公明が3固まり、25議席が勝敗を分けることになる。

比例48議席はよくわからない。民主が比例代表では過去最高の2500万票取って、20議席の大台に乗せられるのか、社民が3議席届くのか、公明が8議席を守れるのか、共産が4議席をどう変化させるのか、国民新党が議席を獲得できるのか、引いていくと、自民党が14~17議席しか取れないという結果である。

こんな積算をしていくと、民主は気を抜かなければ50議席は超え、55の大台を超えるかどうかという結果である。公明は改選数13の維持ができるかどうか。社民は3議席確保できるか大分選挙区で議席を取れるか、共産は4議席と東京、京都でどなるか、国民新党は議席獲得ができるかどうか、そんな情勢である。民主が55を超えれば自民が第2党に転落することは確実になるし、60を超えれば、自民党は最低の責任ラインを割り込むことになるようだ。

●朝のNHKニュースで選挙違反に関してひどい報道。
まず買収罪を非難するところからスタートして(これはよい)、選挙違反全般が買収罪であるかのような印象を与えている。しかも買収罪の関連罪として戸別訪問の禁止違反を紹介していて、これは問題である。
戸別訪問は、文書図画(ビラや看板やHP)規制などとともに、選挙運動の方法に関する規制という分類になり、買収罪とは異なる。買収罪と同種の罪は、事前買収罪、供与罪、供応接待罪、利害誘導罪、事後買収罪、交付罪、受交付罪、周旋勧誘罪、多数人買収罪であり、これら対価で釣って投票を行わせるような罪と戸別訪問は重みも意味も全然違う。
社会のイメージとは違い、選挙違反の大半は、文書だ戸別訪問だと、小学校の学級会のような水準の、選挙運動の方法に関する規制違反である。買収罪が違反の大半を占めるような印象は、言論弾圧とも言えるような選挙運動の方法に関する規制違反で摘発された人たちへの誤解をまきちらすニュースだと思う。事実、文書図画の違反だとか、事前運動で摘発された人たちは、刑罰からすると起訴猶予ないし微罪であるし、人権問題となる諸外国では罪にもならないような事案だ。そのようなことを罪としていること自体、憲法違反の可能性も高い問題である。それなのに買収罪と一緒くたにされて、選挙でおいしい思いをしたように言われたり、カネの力で何でもする人のような印象をまきちらされたのでは、国民は選挙に参加しようと思わないし、意欲ある人が立候補しても、素人に選挙を頼めないということになっている。結果として、私を含めてへんちくりんな人しか政治に関心を持たないし、まして自分たちの社会を主体的に作り替えるために選挙を使って何かしようなんて人がほとんどいなくなっている。
NHKのこのコーナーを作った人の取材力、情報分析力、法律センスを疑わざるを得ない。

●朝の松あきらの政見放送を見て。公明党の男性議員って声色と発声がよく似ているなぁと思っていたら、松あきらもだんだんそんな感じになってきた。山本香苗さんもいつかあんなしゃべり方するようになるのかなぁ。

| | コメント (0)

2007.07.14

7/14 各地の選管で行われている「違法になるかもしれない」という解釈について

多摩市議の岩永ひさかさんのブログで、選挙期間中、政治家が選挙にわたらない日々の活動について記述することについて選管に問い合わせている。

その回答が、違憲ではないかと思えるような内容である。1つは、内容そのもの。こんなこと自体が規制の対象になるかならないかびくびくしなければならない状況というのが不思議でならない。
選挙は、有権者が憲法に定める公務員を選び罷免する権利の行使であり、政治権力をかたちづくる源泉である。国民の合意と選択が表されるため、選挙に関しては可能な限り活発な議論が展開される必要があるのに、宣伝カーでわめきながら走って電話かけすることしかまかりならん、という選挙運動の規制がナンセンスだ。今回はこれ以上深入りしない。

今回指摘したいのは選管の「違法になることもある」という回答の仕方が問題だと思う。刑法にある法益保護機能と人権保障機能のうち、後半の人権保障機能では、刑罰権が不当な人権侵害をしないように、刑罰を科すことのできる要件と刑罰を明確に定義しなければならないことになっている。そうでなければ、取り締まりや刑罰権が時々に勝手な解釈をして、暴走していくからである。
選挙は民主主義の基礎をなすことであり、その刑罰権の範囲が、一般の刑法に比べて相当に不明確というのはとても問題だと思うし、選管や警察が「なるかもしれない」と言って、種明かしをせず、選挙運動に参加する有権者をびびらせて、具体的に行動したら難癖つけるように警告したり引っ張っていくというのは、民主主義国の制度としてふさわしくない。

私は意味不明の規制を緩和する意味での公職選挙法の改正が必要だと思う。ビラが増えたり戸別訪問が行われることで国民の負担が多少増えるかも知れないが、きちんと政策を国民が知り、議論をしながら投票行動を決めていくためには、不可欠だ。しかし、国民は政治家の手足を縛ることと、民主主義のプロセスをきちんとすることの区別がついていないため、選挙運動の規制緩和については、なかなか国民合意にならないだろう。選挙という機会において、いかに有権者と政治・政治家コミュニケーションが断ち切られているか、自分や身の回りの人のことで選挙運動をやってみた人だけがわかる感覚である。

| | コメント (6)

2007.07.13

7/13 基地跡地:国家公務員宿舎反対署名が13000筆

基地跡地の国家公務員宿舎建設反対運動の署名が13000筆を超えたようだ。絶対的な割合から言うとまだ市民の1割、有権者の13%という数字だが、世間的に1割の署名を都市部で集めるというのはなかなか難しいことで、相当な数と言ってよい。もう少し超えると、秘密投票である選挙結果に大きな影響を与えるきっかけになってくる数字だ。

それにしても、新聞などで発表されている富岡市長の見解は滅茶苦茶だと思う。パブリックコメントをやっても結果は修正しない、ということなら、パブリックコメントという制度を設けた行政手続きに関する諸法や条例の趣旨、目的、手続きを無視するものだと思う。パブリックコメントは行政の裁量性の強い市民参加の形態ではあるものの、理屈に無理があれば修正したり、提案を止めて反対意見や異なる意見を持つ当事者、主権者たちと協議するというのがやるべきことだろう。
手続きが正しいのだからどんな結論を出しても行政の裁量が正しいんだ、ということを市役所はいい、市長(後援者)は、市民の意見反映の結果だと強弁しているが、民主主義としてこんなにおかしい詭弁はない。
NPO法の成立に象徴されるような93年~98年ぐらいの情報公開、市民参加、地方分権を進めた一連の法改正では、こうした裁量行政による公共事業の暴走をやめようというのが流れであった。いまどき、市役所は市民から全件委任を受けているんだ、言うこと言わせたんだから後は黙っていろ、などということは理屈としては無理があるだろう(公務員試験を受ける人たちは民主主義の大前提を憲法で学び、それと矛盾する行政権が裁量の全件委任を受けているということを行政法で学ぶ。まして今の幹部クラスの人たちの時代は情報公開や裁量権の濫用などほとんど問題にされなかった時代の教育を受けて合格している)。
誰のための市役所なのかということを全く無視したような論理の展開は、基地跡地の利用だけに関して言えば押し切れる可能性があるが、今後の朝霞市の市役所の運営に大きな不信感を残すことは避けられないと思う。

私自身、基地跡地の運動をやっている人たちのように、跡地に公園を作れという考えには全面賛成はできないとこのブログで再三再四言ってきた。しかし、そういう考えでも、少なくとも市役所が国と勝手に約束して、国家公務員宿舎を誘致するなどという話はならないと思う。

基地跡地に公務員宿舎を誘致することついては、アンケート取ってみたらいいと思う。今どき、高層で地域に定着しない人たちが住む国家公務員宿舎に賛成する人などほとんどいないだろう。当の公務員たちでさえ宿舎が福利厚生として優先順位が高いとは思っていないだろう。もし住宅手当がもっと手厚かったら、転勤者へのリスクヘッジのための一時金がきちんと整備されていたら、隣近所みんな同業者というところに集まって住むというのは趣味の世界でしかない。
市役所は計画にあるんだなどと積極面を強弁するのではなく、高層の国家公務員宿舎が迷惑施設なんだという認識を共通化させてから、きちんと市民と対等に対話して、方策を考えるのが筋だと思う。

また市民の側にも問われていることが多いと思う。署名を集めている人たちの話を聞いたら、決まっちゃったんだから仕方ないという人が多いと聞く。そういうことは「追認」となる。
この街は行政が何やっても「追認」して否定した歴史がほとんどない。市役所にぶうぶう文句言っても、最後には自分のやっている事業に後援だの補助だの引き出したら、丸く収まってしまっていた。
そのことが、市役所の近代化を遅らせ(その水準は、都内の自治体と比較することはもとより、今は生き残りに必死で市民との共同事業の展開や先進事例の吸収に熱心な九州や北陸や東北の小規模市にも至らない。オレ流といって言い訳文書をこさえる仕事ばかり)ている。こんなものがあっては困る、嫌だということは、署名や選挙など機会あるごとに主権者として意思表示していかないと、市役所の体質も市長や市議の体質も全然変わらないと思う。

●国会やテレビのインタビューで、公務員宿舎が公務員の特権だとわあわあ批判する議員や政党があるが、そうした政党の候補者が朝霞の基地跡地問題でどんな対応をしようとしているのか、判断材料がほしい。
党首が選挙演説含めて公務員批判をわあわあやって、幹事長が公務員バッシングを公約しながら、その政党の選挙区の議員が公務員宿舎をもし追認したり誘致したりしていたら、政争の具のために公務員叩きを利用しているしかないひどい政党である。
またテレビの入る国会審議で公務員宿舎の特権性を暴き立てる論客を質問バッターに立てている政党の候補者が、もし公務員宿舎を追認したり誘致したりするのは言行不一致もいいところだ。
市民の投票行動のために誰か調べてほしい。

●基地跡地について。事実上の「見返り施設」とも言えるシビックコア施設って、官公庁の施設を増やすことなら、役所の増殖じゃないかと思う。大した現業サービスもしていないのに事務員だけ増えているといのうはどうもおかしい。また両端がウインナソーセージのように狭められているようなつくりの50メートル道路って何だろうか。幅広の道路はまちを分断するし、治安も悪くする。彩夏祭のためだけとしか考えられない。彩夏祭をテコに政治進出を図ったグループの政治的手みやげと批判されても仕方がない。どっちもよく見ると、煎じ詰めれば旧来型の公共事業である。

続きを読む "7/13 基地跡地:国家公務員宿舎反対署名が13000筆"

| | コメント (9)

7/12 政治的離れ小島だったこの地域

このままでいくと参議院選挙で大きな流れの変化があるみたいだ。1989年のおたかさんブーム以来のできごとになるという。しかし昔ならこういう流れに第六感みたいなものが働いていたのだが、私の実感がない。きっと仲間とおしゃべりをする時間をつくっていないから、世間の雰囲気がつかめないのだと思う。それが子育てなのだろう。選挙に限らず、いろいろな仕事やその他社会的な関わりから少し距離をおくことにならざるを得ない。子育てがいくら楽しいとか意義を強調しても、避けられないことなんだろう。

話は戻し、テレビを見ても、与党のごますり記事も、与党への批判記事も、与党の圧力を意識したニュースばかり気になって、このニュースでどれだけの国民が怒るのか、判断するには危険すぎるように感じることの方が先行してしまっている。

事実上の事前運動が熱心だったというのは今回あちこちで感じた。とくにこの埼玉4区内は、地方議員クラスまで選挙カーを出して事前宣伝を熱心にやっていた。
以前、中選挙区制時代の埼玉4区は、大宮や上尾の選挙区の飛び地だった。ここで選挙を熱心にやった候補はみんな敗北してきた(上田清司知事も、塩味達次郎元朝霞市長も、何回もここで落選していた)。選挙区なんて関係のない組織票は、団体本部を訪ねれば何もここまできて選挙運動やる必要はないし、このあたりの浮動票のために時間と労力を割くぐらいなら大宮駅や与野駅で浮動票をかき集めた方がいいということだったのだろう。だからほんとう国会議員には見放された地域だった(例外で和光の菅野病院の故菅野寿さんが社会党の参議院議員だったが、精神病院の団体の関係で比例区の候補だったため)。国会議員の選挙になっても静かなものだったが、今では選挙の過熱する選挙区になっている。

長崎や熊本で、船に乗って離島を飛び回る候補者なんてのが紹介されてきたが、この地域の政治的価値はそれ以下だったという時代があった。それが公共インフラの整備を最も効率的にできた時代とあいまっているので、川越からやってくる道路と都内の道路が4区内だけなかったりしてるのだろう。

●古本屋でJR東労組の松崎明が書いた「職場からの挑戦」を見つけて読む。会社の統制をチェックするんだといって組合の発言権を主張するのは正しい。しかし組合の統制にしたがわない職員やJR東労組と違う労組に入る人を、組合どうしの組織戦争としてではなく、職制として人事や表彰などで弾圧せよ、という主張は明らかにファシズムだ。そういう組合運営をやっているといつか自己崩壊するか、外からの政治的攻撃にあっけなく陥落すると思う。

| | コメント (0)

2007.07.11

7/11 朝霞は住民税を払うに値する自治体か

国税と住民税の割合が大きく変化し、住民税の割合が上がった(一部の政治勢力はこれを住民税大増税と宣伝しているが間違いも甚だしい)。

で意識しなくてはならないのが、住民税を払うに値する自治体かどうかということ。よく住民税の安い自治体に住むという言い方をする人がいるが、住民税はどこの自治体もほとんど同じ(政令市か一般市かという格付けで数百円違う程度)。同じ住民税を払って、それだけの効果を得られる自治体なのかどうなのかということになる。

残念ながら、朝霞市は、そういう点で落第点をつけざるを得ないと思う。
市民不在で決まる基地跡地利用問題の処理、市民参加の後退、近年になっての公設民営施設や町内会館の建て替えなど公共事業の乱発、いつまでも続く市による土地の買い上げ、福祉や教育などに対する無責任な監督、そうした一連の行政の不作為を誤魔化すかのようなブランド・愛郷心などと言った言葉を使った精神論だけの施策の展開、「盛り上がり」という同調圧力に黙してしまう市民が多いことをいいことに祭にばっかりお金をかける体質、このままやっていけばおよそ20年後には破滅していそうな直感がしている。

塩味市長時代には、朝霞市の行政手続きも少しずつだが近代化されて、情報公開も良くなったし、パブリックコメント制度も広げられた。そうしたことがホームページでトップページに報告されてきた。市民参加が全然違ってきたと思う。たった2年ぐらい前は、大事なことは市民と一緒に決めなくてはならない、というスタンスで市民参加をやっていたように思う。
しかし今の朝霞市の市民参加は、行政が一方的に線引きして、行政にとって痛くも痒くもない部分だけ犬にえさを与えるようなやり方で市民に決定させているだけである。ほんとうの食事は市職員集団が、中でこそこそ取っているようになった。そこに手を突っ込もうとすると、無言の拒絶しか返ってこない。

いったいこのまちの納税者は誰なのか、主権者は誰なのか、と思う。確かに今の朝霞市の財政は良好な状態であるし、効率的な財政指標となっている。しかし行政効果や市民の主体性や主権者としての位置づけを考えると、効率的な財政に見合うだけの支出内容とは思えない。

今のまま、開かれていない行政をやり続けていって、市民の決定権も市民の監視も行き届かない自治体が、ろくな結末を待っているとは思えない。典型例が夕張市である。産業構造から夕張市のようなことにはならないとは思うが、今の朝霞市の市政ののりは夕張市とそんなに変わらなくなったと思う。

| | コメント (0)

7/11 選挙が近くなると聞こえる森節

また森喜朗さんがやってしまった。滋賀県の嘉田知事に「女の人だなぁ、視野が狭いなぁ」と。

●ヤメ検察官を総動員している総務省の年金記録問題調査委員会は、総務省の内務省化の突破口ではないかと疑惑を感じている。
年金記録問題検証委員会は、元検察官主導によって行われることによって、個別の職員の事件性だけが問題として特化されることとなった。そういう問題もあろうが、それは穴のあいた年金額のうちどのくらいの割合だろうか。それより、年金問題の大枠では、すべて申請主義の制度設計、政治家を手なずけるために使われた年金運用金(賦課方式なら運用金は本来必要がない)、ずさんなシステム設計の3点にあって、そういう大枠でのインチキがあったから、個々の職員レベルの問題を見逃すことができるザル業務システムであったと考えるべきではないだろうか。

それから、事業主が保険料をだまし取ったケースまで年金を払おうという。これは疑問だ。年金財源に入ってきてもない年金を払うというのは、ただでさえ公的年金が見合わないと不安を煽られている後世代の負担によって帳消しにされるということである。年金財政の自動調整が制度化されているから、こうして支出された年金は、私たち以降の後世代の年金保険料から費やされていくだけである。
社会保険庁職員ばかりを叩いて目くらましをしているすきに、(自民党の票田なのか)泥棒事業主を甘やかすつもりだろうか。冷静に対応してもらいたい。

続きを読む "7/11 選挙が近くなると聞こえる森節"

| | コメント (0)

2007.07.09

7/8 勝手に辞める辞めると言われても

民主党の弱点は中長期の戦略がないことである。選挙が終わるたびに、かまびすしく党内抗争が行われ、党首が交代し、ムードだけの改革談義にあけくれ、落ち着きがないことである。

今回、鳩山幹事長、小沢党首、菅代表代行、渡部最高顧問(決意表明順)が次々に選挙に勝てなければ辞任すると表明した。これも毎度の悪い病気だと思う。
ほんとうにそれでいいのかいと思う。選挙で「決意を示す」「退路を断つ」とか言って、党首の敗北責任を選挙前から言及して、選挙までの戦略しか国民に見せないことがどういう意味を持つのだろうか。
歴代党首は、選挙に際して、党内世論の圧力で、毎度毎度退路を断つことを言明させられている。結果として選挙で目標に届かない結果で終われば退陣を余儀なくされて、政権交代に本当は必要な中長期の戦略を考える間もなく、人材不足の中で党内抗争にあけくれる。こういうどうしようもない道ばかりたどる党内世論って何だろうか。自らを戦国武将や維新の志士になぞらえる議員ばっかりだからではないかと思う。そんな時代じゃない。少なくとも今は政治をやって命を失うことの方が例外だ。

政治業界どうしでは、小沢氏も菅氏も鳩山氏も引退されてはかなわないと思ってもらえると思うが、大多数の国民はそんなことどうでもよい。自民党にお灸を据えたり、自民党に代わる選択肢として、力をつけてくれれば投票するだけで、党首が辞めると言おうが言うまいが、プラスの効果があるとは思えない。国民が辞めて欲しい党首なら効果的に結果が出てくると思うけれども。
政治家が退路を断ったからって、国民が評価するとは思えない。

職場でも、辞めてやる、辞めてやるといってわがままを通すような人の評価というものは、どのようなものだろうか。「退路を断つ」ということは美しい言葉だと思う。しかし現実にこの社会は、そんなに過去をばっさり切るようなことで動いている社会ではない。むしろ複雑化している社会システムの中では、逆境でのこらえ性が問われると思う。
複雑化している政治や社会システムを運営する担当者を選ぶという意味では、もっと落ち着きのある決意の示し方を見せていくべきだと思う。野党も、目標に多少届かなくても泥まみれになって次に挑戦するリーダーと、それを支える集団が必要だと思う。

| | コメント (1)

7/8 退職勧奨の対象は「子の障害」「育児中」東京都教育庁

東京都の教育庁が、早期退職を勧奨するターゲットとして、障害者を家族にもつ教職員、育児中の教職員を挙げていたということが発覚している。

少子化対策だノーマライゼーションだと言っても、肩たたきという、この社会では人格を否定し社会的に排除をすることにする標的に、障害者がいたり、育児をしている職員を対象にするのでは、どうしようもない。

障害者を抱えたり、育児をしている人たちが、就職差別で苦しんでいる現実に手を貸しているのがほかならぬ役所だということは一生忘れてはならないことだと思う。差別糾弾をする団体の前だけ、オウム替えしに差別に反対だと言い繕って、本音ではこんなこと考えているというふうに考えたらよいのだろうか。なかなか根が深い。

なぜか高齢者の介護が例に挙がっていないのが不思議だ。障害者や育児が肩たたきの対象なら、高齢者介護も対象になるはずじゃないか。都教育庁のじじいどもは自分たちの近未来のことだけは例外にするようだ。

続きを読む "7/8 退職勧奨の対象は「子の障害」「育児中」東京都教育庁"

| | コメント (5)

2007.07.04

7/4 保育園に預けて税金を払っている身からすれば、子育て支援事業が有料になるのは当たり前でしょう!

AERA「横浜市の保育園の園庭開放事業で子育て支援なのに有料」という記事は程度が低かった。横浜市の保育園が専業主婦の子向けに保育園開放事業を有料化したことを批判している。

有料化の内容は、月800円のパスポート制か11回1000円のチケット制になったこと。公園代わりに保育園を利用し、しかもランチまで出してくれるらしい。何が文句あるのだろうか。それで800円で何を文句言うのかという感じがしてならない。

2年近くずっと待機児童で、保育園に通わすのに月10万以上払って、やっと入れる認可保育園は交通の便が悪いところばかり(便のいいところは地域の有力者が欲しがる昼間っからカラオケやっているような娯楽系公共施設が取っていってしまう)で、タクシー代までかけている環境を経験した私からは、何をゼータク言ってるのだと思わざるを得ない。

保育園に子どもを預けている保護者は高い保育料を払い、住民税を夫婦で2人分払い、地域社会に昼間いないことで反論権を奪われていることをいいことに地域社会の陰では「育児放棄」「預けっぱなし」「モラル崩壊」などと差別的な言われ方をしている。高い保育料で保育士の人件費から施設の様々な経費まで負担しているのに、公園代わりに保育園を使う人たちがタダで当たり前という感覚は私には信じがたい内容である。

私もわがまちの子育て支援センターとか、タダで使える子育てがらみの施設を回ったが、児童虐待とか家庭再生という本来の役割はほとんどやっておらず、児童虐待などとほとんど無縁な、タダで使える公共施設について情報通の専業主婦たちのたまり場であった。生きることに必死な保護者が相談に来ているなんてような情景はほとんど観たことがない。

しかもこの記事のサイテーなところは、生活保護受給者の保育料がタダであることをやり玉に挙げていることだ。生活保護家庭から保育料を徴収したら、家賃の次に高い保育料とにらめっこして、子ども預けるお金があるなら家で静かにしていればいいと就労しようとしなくなる。おかしなことを言うものである。

私は、子育てに関する社会サービスの質がもっと高くなるべきだと思う。そのためには、今、コストに見合わないぐらい安い、タダのサービスはもっと見直されるべきだと思う。子育て支援だからといって何でもタダだと思うことがおかしいのではないか。記者の感覚を疑ってしまうものだ。

●あと親が娘を関わり続ける家族の「逆転介護」の記事。介護じゃなくて、子どものまんまなんでしょ。

| | コメント (2)

7/3 遠くて近い盛岡に行く

2日は久しぶりに盛岡に出張に行く。大宮から新幹線に乗ると、びっくりするぐらい近い。
他の東北の県庁所在地のように街路が整備されていないが、路地があったり、小路があったり、仙台の次に都会らしい街だと感じた。ごちゃごちゃ感がうるさくなくてほどよく、町中に水路があって、美しい街だった。郊外に出れば、これまた北海道と見まごうような光景も広がる。

打合せの後、冷麺を食べに行き、2年前に亡くなった当地出身の副委員長の話をしながら、上には厳しく、下には優しい人柄をしのぶ。

家系が西の方ばかりなので、東北にはとんとご縁がなかった。朝霞にいた同級生の親たちは東北出身者が多かったけど、まめに帰るという風習もなかったみたいで、故郷の話もあまり聴くことがなかった。この歳で近くて遠い東北を知る。

●久間前防衛大臣の発言はほんとうに呆れるが、次を狙う麻生太郎の親友だと考えると、とても意味深だ。右派的な麗澤大学での講演だから、マスコミに漏れると計算していたとは思えないが。
首相が真っ先に問題はないというような発言をし、後でマスコミが騒ぎ出すと厳しく注意したというような態度の変化で、これがほんとうに良くない。身内のエラーに鈍感で、かつ世論のムードに流されやすい指導者という印象を植え付けている。
この首相の不安定さについては山口二郎北大教授のブログでも指摘されている。

| | コメント (0)

2007.07.01

7/1 従軍慰安婦の軍強制がなかったと主張する広告の広告主は誰か

アメリカのワシントンポストに従軍慰安婦を軍が強制したことはないという広告を出したことが話題になっていて、そういう国賊議員が誰なのか気になっていた。サヨク系のサイトから見つけたので紹介する。
自民党については選挙区のみ。民主党については、どういった係累の議員か、しかるべき役職についている場合は、それを、一緒に紹介する。

よくサヨク系市民運動は、民主にこういう輩がいるから応援できないと決めつける。確かにそうかも知れない。無闇に民主というだけでリベラル臭を感じて闇雲に投票するのもどうかと思う。
しかし、政界再編の末に、良質な議員も民主に流れ込んできていて、それを民主に変なのがいるからと闇雲に忌避していると、悪化が良貨を駆逐する現象が起きてしまう。結果として、良質な議員を落とし、悪質な議員を野党第一党にのさばらせる、70年代の社会党みたいなことになっていく。
野党第2党以下は趣味の世界でもいいが、野党第一党はまかりまちがえば国民が行政権を渡す政党になるわけで、他に魅力的な候補がいるわけではなければ、きちんと選別して投票することが大事だと思う。

また日本国憲法の解釈については諸説あるが、国民主権の具体化について、選挙で代表者を選ぶことはどの学説も否定していない。これは国民の最大の権利として認められているんだから、従軍慰安婦や歴史観、ダム反対、それぞれ問題に感じて運動している人たちは、選挙で問題行動をする議員を落選させるように運動を展開していかなければならないということ。したがって、こういう名簿を丹念に集めて、それぞれの運動体で、公表し、ときには同じ選挙区の対立候補に投票を呼びかける、などということも必要だ。
議員事務所にちまちまFAX送ったって、メール送ったって、何もしないよりいいかも知れないが、行動した自分の満足感以上には、政治家がそんなことでが改心するようなことはない。動機は票かカネか人脈(党の統制も含む)だ。
議員を改心させるのは落選させることが最も効果的な行動である。したがって、選挙ではその候補を落選させることができる最も有効な人に投票することを呼びかけるべきである。

しかし、個々の議員の政策が入手しにくくなったものだ。かつては自民党も社会党も深刻な党内対立にあたっては派閥がどう動いたか紹介され、また各議員の所属する派閥も、簡単に調べることができた。今はそうしたものの公式な情報源はほとんどない。ブログなど非公式に書かれたものの中から拾っていくしかない。
与党も野党も派閥が党内人事以外に、公的には意味がなくなって、派閥に所属している情報も、派閥の行動もニュースの価値がなくなって、自分の選挙区の議員の思想属性がわからなくなったからだ。
それから、小選挙区制論者の私ですら認める小選挙区制の弊害だが、有権者の4割の支持を得るために、本当は大事な思想信条、重要政策に対するスタンスを、各議員が明確に公開しなくなった。今回、各議員のホームページをあたったが、明確に今回の広告のことを公表している議員はほとんどいなかったし、従軍慰安婦問題について問題なしとする見解に立ちそうな人だなぁ、という片鱗を見せている議員も少なかった(なかには、最初に立候補する前後に横路さんにしっぽを振っていた議員すらいる)。ほんとうHPでも何でも、こういう行動をしても隠しているからね。外国人には思想信条を公開して、有権者には思想信条を隠す、これが民主主義なのかと思うと嘆かわしい。

ちなみに我が選挙区の民主党の神風代議士も広告主として名を連ねている。情けない。比例北関東の民主に2人もいる。傾向として、大都市部の選挙区で、自称若手議員が多いと思う。大都市部の国会議員が、具体的な政策よりイデオロギー闘争に走り勝ちであることは社会党の時代からの日本の民主主義の風土か(社会党も都市部ほど柔軟性のない教条主義的な議員が多かった)。結果として大都市にインフラも形成されず、有権者も公共性も育たない。

2007年6月14日ワシントンポスト紙従軍慰安婦強制文書否定広告署名議員
●自民党
愛知和男(自民・衆議院比例東京)、
赤池誠章(自民・衆議院比例南関東)
稲田朋美(自民・衆議院福井1区)
江藤拓(自民・衆議院宮崎2区)
大塚高司(自民・衆議院大阪8区)
岡部英明(自民・衆議院比例北関東)
小川友一(自民・衆議院東京21区)
鍵田忠兵衛(自民・衆議院比例近畿)
亀岡偉民(自民・衆議院福島1区)
木原稔(自民・衆議院比例九州)
木挽司(自民・衆議院兵庫6区)
坂井学(自民・衆議院神奈川5区)
島村宜伸(自民・衆議院東京16区)
杉田元司(自民・衆議院比例東海)
鈴木馨祐(自民・衆議院比例南関東)
薗浦健太郎(自民・衆議院千葉5区)
平将明(自民・衆議院東京4区)
土井亨(自民・衆議院宮城1区)
土井真樹(自民・衆議院比例東海)
戸井田とおる(自民・衆議院兵庫11区)
中川義雄(自民・参議院北海道選挙区)
西本勝子(自民・衆議院比例四国)
林潤(自民・衆議院神奈川4区)
古川禎久(自民・衆議院宮崎3区)
松本文明(自民・衆議院東京7区)
松本洋平(自民・衆議院東京19区)
武藤容治(自民・衆議院岐阜3区)
山本ともひろ(自民・衆議院比例近畿)
渡部篤(自民・衆議院比例東北)
●民主党
石関貴史(民主・衆議院比例北関東・群馬2区重複立候補・民主党慰安婦問題と南京事件の真相を検証する会(仮称)呼びかけ人)
泉健太(民主・衆議院京都3区・民主党ネクスト子ども・男女共同参画担当副大臣)
河村たかし(民主・衆議院愛知1区)
北神圭朗(民主・衆議院比例近畿・京都4区重複立候補・民主党慰安婦問題と南京事件の真相を検証する会(仮称)呼びかけ人)
神風英男(民主・衆議院比例北関東・埼玉4区重複立候補・民主党慰安婦問題と南京事件の真相を検証する会(仮称)呼びかけ人)
田村謙治(民主・衆議院比例東海・静岡4区重複立候補・民主党慰安婦問題と南京事件の真相を検証する会(仮称)呼びかけ人)
牧義夫(民主・衆議院愛知4区・ 民主党慰安婦問題と南京事件の真相を検証する会(仮称)呼びかけ人)
松木謙公(民主・衆議院比例北海道・北海道12区重複立候補)
松下新平(民主・参議院宮崎選挙区・民主党慰安婦問題と南京事件の真相を検証する会(仮称)呼びかけ人)
松原仁(民主・衆議院比例東京都・東京4区重複立候補・民主党慰安婦問題と南京事件の真相を検証する会(仮称)呼びかけ人)
吉田泉(民主・衆議院比例東北・福島5区重複立候補・民主党慰安婦問題と南京事件の真相を検証する会(仮称)呼びかけ人)
笠浩史(民主・衆議院比例南関東・神奈川9区重複立候補・民主党慰安婦問題と南京事件の真相を検証する会(仮称)呼びかけ人)
鷲尾英一郎(民主・衆議院比例北陸信越・新潟2区重複立候補・民主党慰安婦問題と南京事件の真相を検証する会(仮称)呼びかけ人)
●無所属
西村真悟(無所属・衆議院比例近畿(民主枠))
平沼赳夫(無所属・衆議院岡山3区)

※7月2日まで、ある民主党議員を自民党の枠の中で紹介してしまいました。訂正しております。
※8月2日、泉健太議員は、自分のメルマガで、手違いで名前を使われた、賛同議員から外すよう広告を出した団体に要求したと報告(別ページ)。

| | コメント (7)

6/30 ポルノのフィルタ規制を歓迎する裏で

田原総一郎のことをウォッチして批判しているブログに気になることが紹介されていた。

総務省はブログの検閲制度に近いものを検討しているようだ。もちろん表向き、検閲とすることはできないから、今の公共放送なみの「公正・中立」な情報を求める、そのためのチェックを行っていくというような書き方になっている。
それは、政府の公安情報担当者や防衛省による情報収集なんてレベルを遙かに超えて、ブログに対しても放送局なみの、公正・中立を要求し、従わない場合には閉鎖を求め、応じない場合には情報遮断を検討しているという。
http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10037253801.html

最近気になっていることだが、官民挙げて、子どもを口実にしたポルノサイトへのフィルター規制強化を求める声が高まっている。あれはいったいだれが踊らせているのか、気になってきた。このフィルター規制が技術的に可能になってくると、次は、都合の悪い体制批判なども対象にすることができる。

菅総務相になってから、総務省が放送行政に対して、「公正・中立」という言葉を繰り返している。その度にテレビのブラウン管からは安倍首相のコメントや、ひどいときには讃える解説が流れる。一方、野党に対してマスコミは批判こそしないものの、野党が国会でどんなに鋭い質問をしても、政府を立ち往生させても、ほとんど取り上げないという姿勢になっている。誰も判断できない「公正・中立」を権力の側が言うときにはほんとうに怪しいと思わなくてはならない。そして、その権力がいう「公正・中立」のためにあらゆるマスコミとメディアが、翼賛的な態度になっていかなくてはならなくなるのだろう。

ポルノサイトを害毒に思うなら、フィルタ規制なんかで安心せず、ポルノサイトを見ても犯罪をしない子に育てることではないか。たぶん、ポルノサイトは、人間の欲望と経済原理に最も近いところに存在していて、ちょっとやそっとで規制できるとは思えない。そこまで強いフィルタ規制をやったときには、反体制的言論の規制など、それは文字情報であり、しかも公然と書かないと意味がないことから、ポルノサイトの規制なんかより簡単にできてしまう。フィルター規制は自由からの逃走であり、民主主義の基本的な価値の放棄であると言ってよい。

インターネット規制をやっている中国のことを笑えない。いつもの言葉になるが、きれいなファシズムより汚い民主主義。大切な価値だ。

| | コメント (2)

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »