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2007.06.30

6/29 宮澤喜一さんの死を悼む

宮澤喜一さんが亡くなった。宮澤氏の政治スタンスには共鳴するところが多い。もし私が社会党でなく自民党を選んでいれば、おそらくこの流派にシンパシーを感じていたのではないかと思う。見事なまでの吉田ドクトリンの体現者であり、戦後の高度経済成長は吉田茂から宮澤喜一に至る路線があったからこそだと思う。改憲だとかナショナリズムだとか、そういう無意味な保守を差し控え、敗戦の教訓と、国民の尊厳の基礎を支えることにもっとも価値をおいたのではないかと思う。
残念なことに、田中角栄氏と大平正芳氏に疎まれ、大平氏死亡後の派閥の継承に失敗してから、何においてもタイミングが合わずに、首相でも蔵相でもそれまでの人たちの後始末ばかりさせられたことがもったいなかったと思う。
宮澤さんのウィットは、静かで、軽妙で、現実主義的で良かった。

そんな大人物の死の翌日に、戦後レジームを終わらせると乱暴なことを言う首相が主導して、国会運営をめちゃくちゃにして参議院選挙に突入することになった。集団的自衛権でも、93年政変に起因する市民社会の進行で置いてけぼりになったようなアナクロな学者をかき集めて、冒険的な議論を展開している。将来に漠たる不安を感じている。

●NHKの「あの人にききたい」という、インタビュー映像記録をもとにすでに物故者となられた有名人の語った言葉を紹介する番組がある。とってもいい番組だと思う。物故者が生きていた時代、人の話を聴くということが大切にされていたんだと思う。
今日の放送は淡谷のり子さん。
贅沢は敵だという時代に、化粧はやめず、ぜったいにもんぺを履かず、軍歌を歌わなかったという自慢話。明治後半に生まれた人たちの中には、歴史の野蛮に対する冷ややかな視点がある人がいていい。

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2007.06.26

6/26 市民不在で超高層の公務員住宅建設が決められた

公務員宿舎の建設が決まったようだ。しかもその内容は、これまでないとされていた超高層を2棟。3分の1は朝霞に定着する気も寄与する力にもならない単身者向け住宅ばかりとなる模様。読売が政治ニュースとして報じている。

今、公務員宿舎への批判は強い。戦前のように公務員が特権階級だった時代でも、住宅不足で現物支給にインセンティブがあった戦後復興期でもあるまいし、今どき公務員の雇用者=役所が、税金を使って従業員のために住宅を用意するなんてナンセンスな話もないだろうと私も思う。公務員宿舎は、転勤の多い人や、終電後の深夜残業の多いキャリア官僚以外は不要だと思うし、そういう人であるなら、何も都心からタクシーで1万円以上もかかる朝霞になんかあったって仕方がないのではないか。都心にあるべきである。

そんな不要な施設が、見向きもされなかった朝霞にやってくる話である。都心や、世田谷区や目黒区に建てるとマスコミや住民運動に目がつき、すぐ問題化するから、ということだろう。財務省理財局は、国土交通省や農林水産省のように、建設事業をやって建設費を消化したいのである。業者が頭を下げてくれるし、業者の後ろ側にいる与党政治家のご機嫌を取れるからである。ときには思わぬ団体から天下りポストまで用意してくれるかも知れない。
だから入居するかどうか、立地はどうか、そもそもニーズがあるのかどうなのか、行政支出として妥当なのか、地域の社会構造にどんな影響を与えるのか、すべて議論をすっとばして、住民運動が少数派のままでしかない「民度の低い」朝霞市に押しつけてきたのである。

朝霞市は朝霞市で、基地跡地利用と称して、公務員宿舎の建設促進のための議論を国と進めている。その動きは一部マスコミと市民運動家しか知ることができない。基地跡地利用は、富岡市長の主要な公約であり、その結果として100人市民委員会が設置され、定員を上回る応募があり、抽選された委員で議論が始められ、全市民的な議論が重ねてきた。具体的な利用について紛糾をつづけたこともある。その結果、抽象的な構想だけがまとめられ、今後の具体的な計画についてはさらに市民での議論を深めることになっていった。
にもかかわらず、その後については、情報公開も満足に行われず、全市民的な議論の場も設けず、紛糾した具体的な利用方法についても何の議論もないまま、財務省に言われるままに絵を描いている。

夕方、交通機関が止まり、時間ができたので市に問い合わせの電話を入れると、何がどうなっているのか全く回答がなく、「いろいろな議論を積み重ねていった結果としての案をまとめます」というだけである。ここには一切主語がなく、「この案をまとめます」というのが市職員のはずなのに、あたかも天の声、見えざる手のように言っている。
これは、オレ様市職員が、バカな市民に代わって公正中立な判断をしてやる、と言っていると理解すべきである。ほんとうに議論を積み重ねているなら、もっといろいろな議論の過程があり、そのことがアナウンスされてしかるべきである。
議論はしたけど、決定する場はいつも市民は外されている。超高層の公務員宿舎を容認するような議論などこれまでの議論の積み重ねのなかで何一つ出てきていない。土木建設系の市民参加なんていつもこれである。美しい言葉だけ羅列して、具体的な話は全部、建築業者に頭の上がらない建築家と行政と土建屋とその真ん中にいるコンサルタントの談合で決まる。
今回のことも、決定権を役所だけが握っている。民主主義ではないし、官治主義そのものである。しかもその担い手たるや最先端の自治体をめざすような水準なと遙かに及ばず、「県庁の星」ででてきた回答マニュアル集に載っている言葉しか出てこないようなマニュアル役人だ。

この市職員の論拠は、しっぽをつかませないうまい処世訓だけども、その論理は明らかにおかしい。公務員だけが公正中立に判断してやる、という傲慢な態度に満ちあふれている。そんなことがウソくさいことはもう枚挙にいとまがないぐらい例が挙がっている。

異議申し立てのチャンスなど与えないうように。国と朝霞市はグルになって国民、市民の税金を無駄に浪費することばかり公式、非公式に共同謀議をしている。公開されない議論にうさんくさいものを感じてしまうことは仕方のないことである。本当にニーズにもとづき、それによって地域社会にメリットがあるなら、もっとオープンに議論されたっていいはずである。

市長や市役所もいい加減なものだと思う。選挙公約で市民に夢をふりまいて、全市民的議論まで進めておきながら、最終決定では、参加もさせず、公開もせず、国の一方的なことを許した。

後で、いろいろな人に電話をして聞いてみたら、この公務員宿舎は国直営事業ではなく、PFI方式で建設されるというから、開発から何から、業者がやりたいようにやるらしい。そういう意味では、国による周辺整備も期待できないらしい。まったくもって踏んだり蹴ったりの跡地開発になってきた。

跡地開発を選挙公約に挙げて当選した市長の責任もそろそろ検証した方がいいけど、そんなことやる人も伝える術もないこのまちでは、どうしてもこんな低レベルな行政をのさばらせていることになるのかも知れない。法を理解し、市民参加や情報公開に尽力した塩味市政が珍しい歴史だったと思う。

企業が合併で淘汰されるなら、朝霞市も合併で淘汰されることを考えてもよいのではないか。それも新座とか志木とか、サイタマの同じような状況の自治体どうしで合併するのではなく、もっとシビアに行政をやってきた東京都内の自治体と合併をして、市民参加や情報公開についてきちんとやり、憲法の民主主義や基本的人権の参加権や法の下の平等の原則をきちんと適用される自治体になってほしい。

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2007.06.23

6/23 結局これか・ヤンキー先生

立候補の自由は誰にでもあるとは思うけど、ヤンキー先生こと義家のねらいはこれか。

議員バッチもなしに日本の教育政策を左右する秘密談義を繰り返すぐらいなら、議員になっていただいた方がいいかも知れない。
しかし、立候補したら当然、教育再生会議の委員は辞職するんでしょうね。そうでなければ露骨な教育への政治介入です。

一方で、自民党の中でも、大仁田厚や、舛添要一がいい抵抗をしているみたいで、とくに舛添については、要注目だと思う。

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6/23 滑稽な成果主義

議論を聞いていると疲れちゃうから、この番組で記事を書きたくないんだが、日本のこれから働き方。

書こうかな、やめようかな。
番組の議論も、過去私が書いてきたことの範囲で批判できたし・・・。5年前と逆転して、労働規制緩和派が旗色がが悪い。5年前は、規制緩和に反対しただけで非国民扱いされたから、胸が少しだけすっとする思いがする。

労働者保護を否定する側の八代氏、林野氏は、予定調和説の信者だから、今の問題を直視しようとしていなくて、今は過渡期で、「いつかうまくいく」と言っているだけ。千年王国論だ。そのために今日、あす、ひどい思いをしている人に念力だけを語るまったく意味のない宗教談義だ。同じ規制緩和論者でも、多少矛盾点を呑み込んで問題だと認識しているパソナの南部社長とはちょっと違うとは思う。
クレディーセゾンの林野氏が若いうちはハードワークして自分を磨きと言っている。一理あると思うが、度が過ぎると、結婚や出産など人生の大きな決断をしなければならない時期に、労働がその人の全能力を吸収してしまうことが、鬱病や自殺の多発や、出産や育児や介護などを犠牲にした社会になっていく。そのことは社会の活力を必ず低下させてしまう。
うーん。セゾンカードでお買い物するのは控えよう。

成果主義の議論がされていて、最近、友だちと話していて聞いたことを紹介したい。
友だちのいた流通業の会社は、給与水準は社会全体より低い。これはサービス業、流通業、特有の体質でもある。
かつては公務員の6掛~7掛の給与水準で、低レベルな年功序列賃金だったものを、5年ぐらい前から成果主義賃金を導入した。
ところが、年功序列賃金の雰囲気評価みたいな体質を引きずったまま成果主義に移行したら、めちゃくちゃらしい。目標年限までに、役職につかないと賃金にキャップがかけられてしまう。35で係長にならないと、あとは年収420万でストップ。友人は、配属されたセクションの方針とは全くあわない仕事をさせられたおかげで、他のセクションからの引き抜きがあって、課長補佐になる話がぶら下げられてきたが、今まで一緒に同じセクションで、次長の横暴を我慢しながらまじめに働いてきた先輩たちが、ポストを当てられず、年収が止まってしまっている状態で、引き抜きには応じられないと苦悩していた。
今までは、年功序列賃金で、がむしゃらに働く人はあまりいなかった代わりに、仲間の欠点をフォローし、お互いの個性を大切にするような会社だったと思う。
しかし成果主義を導入してから、最低レベルの昇給すら、①たまたま配属されたセクション、担当職の運不運でポストがめぐってくるので、めぐってこない人にはめちゃくちゃ不利益な結果になり、②一方でポストにありつくために、人事畑の権限ばかりが強くなって社内風土が官僚化してしまう。

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2007.06.22

6/22 政権のマスコミ工作が始まっている

どうしようもない、安倍首相とみのもんた。何が「安心する」のか「ほっとした」のかわからない。みのもんたと田原総一郎がブラウン管から消えない限り、まともな議論が通る社会など永遠にやってこない。

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6/22 交通マヒから県庁は浦和でいいのかと考える・あとJRの埼玉県民差別も

朝、東北・高崎線が架線切れで止まる。
安全の配慮で京浜東北線も全線運休に入り、10時に南浦和より南側が動き出した。

JR東日本は、安全を傘に着た、ひどい対応が目立つ。曰く、電車の中で缶詰何時間、事故と直接関係のない区間の全面運休・・・しかも、運休が長期化したのは、ドアを開けようとした乗客がいたからだと責任を転嫁。あんな劣悪な乗り物にとじこめられて、見通しはいい加減なことしか言わないし、脱出しようとしない人の方が不思議だ。利用客が集団で損害賠償請求でもやらないとこの会社の心根はかわらないものだろうか。昔は上尾事件なんてのもあったなぁ。埼玉県民も元気がなくなった。
乗客が事故にあう危険性より、蒸した暑いこの季節に、冷房も付かない電車に何時間も止めることがどれだけ危険か。その無頓着さにびっくりする。
また、復旧でもっとも後回しにされたのが、武蔵野線の直通列車だ。トンネルの中で4時間運休したという話をきいて、武蔵野線沿線を差別するJR東日本の体質を見る。一度、あの直通電車に乗ったことがあるが、決して空いている電車ではなかった。差別される武蔵野線を命綱に、埼玉県に帰属していなければならなものなのだろうか。
京浜東北線や湘南新宿ラインも11時まで全線運休にしなければならなかったのだろうか。南側半分ぐらい運転できるものではないだろうか。運行管理の怠慢としか思えない。

さて気になったのは、浦和駅が麻痺していることだ。公共施設は浦和に集中している。

私は、埼玉県の県庁所在地が浦和でいいのかと思っている。浦和駅は、交通手段が東北線と高崎線と京浜東北線しかない。県内の西部地域や東部地域からは鉄道1本で行けない。京浜東北線なら、南浦和で乗り換えなくてはならないが半分が南浦和より北側に行かないので、本当に不便。武蔵野線が12分間隔で動いていて、京浜東北線は10分間隔で動いているので、南浦和駅についてみないと、浦和に着く時間がはっきりしない。10分のムダを織り込んで行動しなければならない。

これが大宮ならどうだろうか。朝霞なら川越線や埼京線でも行ける。県東部の春日部や越谷なら野田線を使うこともできる。熊谷からは新幹線でいける。通過する電車もない。今回のようなことがあっても、いろいろな迂回路がある。県庁の最寄り駅に行く手段がないということはあまりあえりなくなる。県庁はどうでもいいが、県庁に群がる公共施設、半官半民団体、NPOなど非営利団体の本拠地など、県庁が不便な場所にある影響は大きい。

●夕方、大切な用事があって渋谷に立ち寄り、埼京線で帰宅しようとする。乗ったときにはダイヤが乱れていなかった。しかし、新宿駅で電車が止まってしまう。池袋に前の電車が止まっていて、発車しないと言う。11分で着くところが30分近くかかっていたから、新宿で10分は止まったかな。
いったい埼京線って、1駅何分止まっているのか。中国国鉄みたいだ。山手線で迂回しようとしても、中央線などに比べて差別されている埼京線は、新宿も渋谷も他の路線とホームが離れていて、べらぼうに歩く(たぶん、将来はその通り道に「駅なか」なんかができて、埼玉県民は体のいい収奪の対象にされるのだろう)。中央線なんか、ホームをつくりかえて、さらに増設しても、みんな昔からの便利なところに作り直している。差別だよこれ。やってられない。
乗り換えが面倒だから、結局待ってしまったがほんとうにばかばかしい時間だった。前の駅に電車が止まっていて、って10分も止まるバカ電車があるかっての。保育園のお迎えに遅れる。バスに乗り遅れる。タクシー代を払う。ああばかばかしい。損失補填してもらいたい。

●運賃に限らず、電車の運行本数や新宿駅や渋谷駅の不便さなど、一連のJRの埼玉県差別をもっと糾弾してくれたら、上田知事を支援してもいいなぁ。

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6/21 政治家とセックススキャンダル

毎日、政治の話題ですみません。

選挙を前に、いろいろな政治家の女性スキャンダルが出てきている。基本的に、私は、政治家の性的スキャンダルは、有名税として話題になっても仕方ないが、選挙の判断材料にすべきものではないと思う。

異性(同性もありうる)におぼれて仕事をほっぽり投げたり(たまになら目を潰れるが)、権力ある立場なので部下や立場の弱い相手を追いかけ回したりすれば資質とは別の問題になるが、政治家が誰とつきあおうと、どんな交際関係であろうと、政策に影響を与えるとは思えない。
フランスは、愛人がいようが事実婚だろうがシングルファーザーだろうが、政治家の資質や能力には全く問題はない。他の職業で同じ議論をするといかにばかげた話かがよくわかる。システム屋が不倫していたらいいシステム設計ができないものだろうか。電車の車掌が不倫していたらドア閉めのタイミングを失うのだろうか。キャビンアテンダントが不倫していたらお茶をこぼしてしまうのだろうか。そんなことは関係ない。他人の色恋沙汰など、ネタとして楽しんでいればいいだけの話でしかない。失職を要求するべき理由ではない。

不倫が不貞として民法で否定されているということを除けば、政治家が不倫しても、その家庭と愛人とのなかの問題でしかないだろう。家庭が追認していれば、さらに問題はないのではないか。

今、やり玉に挙がっている野党幹事長の週刊誌記事の内容からは政治家という職業を進めるうえで問題ないだろう(今度の参議院選挙では、私の一押しの比例区候補にとって、票田が重なるライバル候補者なので、あまりヨイショしたり無罪放免したくないが)。
議員宿舎で云々と書いてあるが、地方出身の彼にとって、愛人がいようといまいと必要なものであって、愛人のために議員宿舎を使っているということではないので、これも問題にはならないだろう。
首都圏の某知事に愛人がいたという週刊誌記事も私生活の問題でしかなくおおむね問題ないだろう。もっとも彼が国会議員時代のように、家庭の責任とか、伝統の家族の復興とか言い出したら、じゃあんたのやっていることは何だということになるだろうが、知事になってから彼自身はそうした発言は控えているので、政治的に問題はない。
野党幹事長の同郷の自民党現職大臣も愛人問題が出ている。それだけならこれも私生活の問題だが、彼は離婚後300日以内出生の子の父親推定の問題で、担当大臣として、「不倫の子に」と発言し差別の上塗りをした人物である。不倫を否定するイデオロギーを発言し、自民党がまとめた政策を曲げたぐらいなのだから、自らの不倫が許されることにはならないだろう。これは厳しく断罪されなくてはならない。

さて、奇怪な話もある。
東京都東村山市で、風俗ライター出身の市議が、左翼系市民派市議2人に辞職勧告決議案をつきつけられている。
市民社会は、公職につく人を、あくまでも公職につく能力があるかどうかで判断すべきである。身分、出自、職業で差別すべきものではない。そういうことであれば、この左翼系市民派市議のやっていることは憲法違反の職業差別であり、左翼の風上にもおけない人間であることがわかる。提案者の市議が護憲派だったら笑ってやりたい。
もし、風俗ライターが、東村山市に一大歓楽街を誘致し、東村山の若い人をセックスワーカーに強制的に徴用するのだ、と主張すれば、資質を疑うような問題になるだろうが、そういう市民に実害のある提案をして市議になっているわけでもない。それなのに議員を辞めろとは、暴走が過ぎるのではないだろうか。
市民社会が成熟していない地域の左翼系市民派市議に、たまにこういう人権や近代社会の基本的ルールをわかっていないで、「選ばれし市民」の感覚をごり押しする人がいるものだ。

余談だが、この辞職勧告決議案を提案した市議の母親もかつて市民派市議で、政党を持つ宗教団体が東村山市政に過度に介入していることを問題にして議会で取り上げた直後、墜落死して、週刊誌等で怪死と話題になった。そうした呻吟を経て、他人を傷つけるということが理解に苦しむものだ。

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2007.06.21

6/20 社会保険事務所に対する妥当な評価の記事

埼玉新聞の記者が、年金記録の照会に社会保険事務所に行く体験記を書いている。「拍子抜けするほど簡単」と記事にしている。

週刊文春の社会保険事務所バッシングでは、猪瀬直樹をはじめ、電通に頭の上がらない文化人たちを動員して、社会保険庁のサービスがいかになっていないか、その原因を労働組合にあると決めつけて叩くキャンペーンが貼られている。学生時代に左翼組織の中でご苦労をされた人たちなのか、よくもここまで下品に労働組合を目の敵にできると思う。毎日新聞の牧太郎といかいう政治評論家もである。

文化人を差別するわけではないが、彼らは若者時代に生活が不安定で、仕事を変わったりしたし、国民年金なんか気づかずに踏み倒してしまったり、年金記録がこまぎれな人であることは容易に想像つく。過去の履歴照会に最も苦労する人たちだ。しかも、領収証を保管するとか、そうした細々としたことをあまり大切にしないでやってきた(そういうことが芸の肥やしになった良さも当然にある)人たちでもあり、「待た」される存在であることはやむを得ないのではないか。そこで窓口の職員に、キレるわ、皮肉を言うわだったら、どうだろうか。

私は社会保険庁の職員がことさら悪人をかき集めてきたとは思えないし、大多数の職員がいわゆる「お役所的」接客をしているとは思わない(いい加減、ファストフードのような接客をしているか否かだけで公共サービス水準を評価するこの国の世論って何とかならないかな。年々役所が慇懃無礼になっていると感じるのは私だけだろうか)。普通の市役所や県庁と同じぐらいではないか。
それより、つながったと思ったら意味不明の分類で電話のキーを延々押させたあげくに、「ここではない」「暗証番号を言え」と故障やトラブルの問い合わせも門前払いし、覚えられないようなセクション名を言って、電話のかけ直しを命じるコンピューターや電機関連のカスタマーサービスセンターの方が(そしてかけ直すとすでに時間外になっていたりする)、よっぽどひどいと思う。

そんなことを考えていたら、この埼玉新聞の記者の取材は極めてまともで順当な評価だと思う。ただ、ここでは、どうして大丈夫なのか、と聞かれるまでその証明となるデータを見せなかったことはマイナスだが、そんなことは社会では日常茶飯事だ。
マンションの耐震偽造が問題になったときに、私の住むマンションのメーカーは、「大丈夫です」という通知を一本送ってきただけだった。大丈夫だという数字を出せ、と要求したら、単に数字の羅列を送ってきて、今度は、その評価基準をちゃんと説明しろ、と要求したら、まだ完全に説明しきれてなくて、もう1回やりとりして、4ヵ月かけてようやく居住者が納得できる説明書類が完成したことがある。
確かに民間企業の方が倒産を回避したり売り上げや利益の増加が見えやすいサービスの向上には、公務員や非営利団体職員では及ばないような努力する。しかし倒産回避につながらなかったり、利益が見えにくい業務については、大半のところはお役所仕事と同じじゃないかと思う。中には、ねじ曲がった契約思想みたいなものを取り入れて、客の言っている苦情に、苦情を言う権利がそもそもないというような反論をしてくる企業も珍しくなくなった。事故や故障で、電話口で怒鳴りつけなくてはならないことが増えてきた。こういうと差別的だが、中国人社会でのトラブル解決みたいなノリである。

話は社会保険事務所にもどして、この埼玉新聞の記者の好意的な記事も、きっと、年金をきちんと納めてきたことが原因か、あるいはそんなに転職をしていないことか、あるいは年金一本化後の転職または就職していることが原因じゃないかと思う。
何度も転職をしている人や、フリーランスになったりしている人などは、ほんとうにデータをつきとめるのが大変だと思う(話は戻るが文化人やフリーターやニートなど)。これは社会保険庁の職員の努力をしているかしていないかという問題ではなく、年金の制度的問題である。転職や離婚が老後まで影響を及ぼさないようなポータビリティー性があり、どんな人生を歩んだ人でも最低限の生活は保障される社会保障としての年金制度を再設計しないとどうしようもない。

ユーザーの自衛という観点では、一部の労働組合では、給与明細をきちんとスクラップブックに貼り付けて保存させる運動をしているところもある。賃金の大切さを実感させるという組合員教育のためだが、給料から天引きされていくものの領収証として重要だということを今回の年金騒動が教えてくれたと思う。

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2007.06.20

6/19 みずほ総研、地方公務員の給与削減が消費低迷の原因と

毎日新聞の「地方公務員の給与削減個人消費の低迷に影響記事につられて、みずほ総研「個人消費の低迷の要因を探る」という報告が興味深い。
景気回復が続いていると言われ続けているが、個人消費の伸びが追いつかない上、昨年の夏は消費低迷が見られたという。中小企業、非製造業、地方公務員の人件費の下落が原因と見られ、今後も景気拡大が続いたとしても消費拡大は緩やかに留まるだろうというレポート。

公務員の賃金水準について議論することはとても難しい。民間給与の反映といっても、北欧のような職種横断の給与でなくて、会社の規模や「格」みたいなもので水準が決まっている以上、線引きが難しい。大企業や輸出型製造業の多い地域は民間給与が高いし、郵便局と農協以外は大型スーパーしかないような地域では、スーパーの店長とマネージャーぐらいしか正社員がいないからそもそも比較対象をつくれるかという問題にもなる。
公務労働の中でも難しい。とくに自治体は国家権力を背景にした信用創出(貸し手を囲いこむこと)ができないから、自ずと財源は限られている。自治体の仕事は人的サービスだから人件費が高すぎるという批判は、であるなら公共事業や事務経費にお金を使うのはどうですか、と反論できるにしても、同じ人件費で100人で10種類の事業ができることと、60人で6種類の事業しかできないというのであれば、いろいろ考えなくてはならないことが出てくる。
既得権を守れ、壊せという公務員賃金の議論なら、何も難しくない。良心的になろうとすればするほど難しい。

しかし一方で、地方公務員の給与が、地方交付税で田舎にもある程度きちんと配分され、そのことが、公共事業とは違ったかたちで地方経済を支えているなら、公務員の給与が高すぎると批判することは、地域経済のクビを絞めることになる。唯一の安定して大企業サラリーマン並の給与をもらっている人を、そのまちからいなくしたら、まちにだれがお金を落とすのかということになる。そのことをみずほのレポートを読んで改めて感じた。このレポートは全国の問題として論じているが、郵便局とJAしかないような田舎ではよりこの感覚は強く感じるのではないか。

では公務員が「高い」給与をもらってよしとする議論ができるとしても、次に考えなくてはならないのは、その地方公務員が、地域経済に優先的にお金を使っているかどうか、ということと、所得に応じただけの消費を行っているかということになる。
イオンなどが展開する郊外型スーパーで、地方公務員がせっせと買い物していたとするなら、これはせっかく地方交付税で手当した個人消費財源がまた東京に戻っていくだけの話になる。買い物行く先や貯蓄の割合を強制することはできないが・・・。

●昨日のNHKスペシャルの長寿企業の話は良かった。日本は長寿企業が多い国なんですって。本業への専念、継承者の失敗をうまく吸収できる風習、忠誠度が高く判断力のある社員の存在などが共通していた。
私の最初の勤務先は今、創業115年。北海道の会社だから最古の部類に入る。入社の年は100年目の次の年だったので研修などでは歴史教材が結構しっかりあって、創業一家が近江商人の末裔でありクリスチャンが社の文化であることが繰り返し説かれた。在社中は、長寿企業の特徴があったと思う。給料安かったのに、モラルと寛容の高い会社だったと思う。今もうまくいっているかなぁ。

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2007.06.19

6/19 議事に懲罰委員会を使うのは民主主義の自滅行為

懲罰委員会を政治的対立に利用するようになると、議会制民主主義は死に向かって歩き始めているのではないかと思う。

年金時効特例法案の強行採決をめぐって、衆議院厚生労働委員会の桜田委員長を後ろから羽交い締めにしたとして民主党の内山晃代議士が除名の次に重い登院停止30日。懲罰委員会の委員長の民主党の横光克彦代議士が、この懲罰動議に後ろ向きだったために、与党は不信任決議まで出し、解任してしまおうとしている。

国民にとって大事な年金の話でありながら、政治家から見れば単なる政治ショーの価値しか道具でしかない法案を、審議をして議論も尽くさず強行採決することは、今の政権が議会に対する重みをどう考えているのかよくわかる。
たとえ物理的抵抗を試みた野党議員とはいえ、議事の一環でおきたことについて懲罰委員会で制裁を科していくというのは、多数党に反発する議員をいくらでも制裁できる、という先例を作ってしまったと言ってよい。

懲罰委員会について国民もよくわかっていないことを利用してこのようなことを与党がやることは民主主義にとって危険だ。
ロッキード事件をめぐって小室直樹は、政治家の汚職は院内で制裁すべきで、検察や警察などの行政権に政治家を渡すようなことをやっていれば民主主義は簡単に死ぬ、というようなことを書いている。
懲罰委員会は、汚職事件など、政治的問題に深く関わる犯罪などについて、検察や警察に代わって、政治家どうしの自治と自浄の仕組みのために存在している。ところが、今はもっぱら院内秩序の維持に使われており、それはほとんど与党が野党の気勢をそぐためにしか使われてない。まず多数党には懲罰が可決されないようになっているからである。これは多数党による少数党への威圧の機能しかない。

実は、戦前の国会も、軍部の圧力に屈して、岸信介も推進した「新体制運動」に背き反発する議員を右も左も次々に懲罰にかけて、特高警察などに売り渡してきた。結果として議会は戦争を止められなかったし、戦争の内容をチェックして早期に終戦に持ち込むこともできなかった。事実上軍部が推挙する首相の判断の追認機関でしかなくなってしまった。

今回、この懲罰については、どこかでいつか歴史の汚点を残すことになる先例となるのではないかと思う。そんなことをやすやすと認めてしまった衆議院議長というのもどういうことなのだろうか。また横光委員長解任については、本会議での解任を回避するために辞表提出を求めており、これは大問題だと思う。自主退学を斡旋する高校教師じゃないんだから。ここまで与党が民主主義をねじ曲げることをするなら、それを水面下に隠さず、与党が無理難題やっていることを記録に残すべきだろう。リベラリストで名を知られながらも、こういうことに毅然とできないということは、情けない。
また懲罰委員会の与党委員の面々を見て、首相と肩を並べるような人や長老のような人々がこんな判断をしたのかと思うと愕然とする。

衆議院懲罰委員会の面々 2007年6月15日現在
委員長
横光克彦(民主党)(2007年6月18日委員長不信任動議が可決された)
理事
自由民主党  石原伸晃、島村宜伸、村上誠一郎
民主党 平野博文
公明党 遠藤乙彦
委員
自由民主党  太田誠一、小泉純一郎、古賀誠、武部勤、谷垣禎一、額賀福志郎、堀内光雄、森喜朗
民主党  菅直人、渡部恒三
国民新党 綿貫民輔
無所属  平沼赳夫

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2007.06.17

6/17 一転、呆れた公明党太田代表の責任転嫁

過日、公明党の太田代表のことを評価したが、きのう、太田代表は手のひらを返したように、年金問題で菅直人や小泉純一郎、坂口力に責任があるとぶちあげたようだ。評価したのは間違い、あきれたものだ。
耐震偽装問題で、当時の建設相や国土交通相を追及する議論を、自民党や公明党はしたのだろうか。マンション利権の前に、小手先の制度改正だけやって、誤魔化したのではないか。
また公明党は長年、外務省、法務省、厚生労働省に強い影響力を及ぼしてきてのではないか。今日の年金制度の責任が党としてないとは言えないし、安倍首相は、厚生部会の部会長だったこともある人物で、その責任問題もあるのではないか。

さらにいうと、1986年の年金一元化は、自民・公明・民社・社会の、自称革新政党に言わせると「なれあい」の中で合意されたことであり、その時に、一元化にふさわしい事務処理改革ができなかったことの責任も、当時の政党には問うべきだろう。それに先立つ1981年に導入が決まっていたグリーンカード制度が、年金一元化に有効に使えた可能性が高いにもかかわらず、税金をちょろまかす側の利権に立ってそれを潰した犯人は誰だろうか。自民党の党内抗争そのものである。言い出したらきりがない。
いずれにしても、具体的に責任が明確ではないのに、立法府にいる人間としての発言としては品がない。

与党の問題処理の態度の質は、他の仕事にあてはめればよくわかる。トラブルがあったときに、事情説明や、改善策について何の回答もないまま、期限を切ったり、当時の社長の責任を騒ぎ立てる会社があったらどうだろうか。たとえば航空会社が航空機事故を起こして、幸い死者がいなかったときに、けがした乗客やその家族に、事情説明もせず、改善策も示さず、謝罪はするけど、航空機を購入した当時の会社の責任者や、従業員やその組合の批判をを客の前で責め立てて、その会社は信頼されるのだろうか。否である。首相も連立与党も、事務処理への認識や説明能力に欠けているから、マネジメント(人事問題)の議論にすり替えたり、責任問題にすり替えて騒いでいるだけである。

年金制度の問題で、社保庁労組や、菅直人氏に責任をなすりつけようとするのは、空洞化著しい社会保険方式の年金を放置し、その存在意義があいまいな運用金の利権を温存しようという魂胆である。雇用の流動化が激しくなっているのに、雇用先が労働者を大切にしないのに、雇用先が行う申請手続きを信頼して期待しないと年金権が発生しない制度そのものが問題なのではないか。

今の時代において年金制度は、①経団連・連合の言う、基礎年金を完全に税財源によってまかない、給付申請しか必要のない制度にする、②神野直彦氏や金子勝氏のいう、社会保険料分を所得税に含め給付申請時は過去の納税証明書(納税履歴)を積み上げて年金額を確定する、税方式の所得比例年金のいずれかの移行をまぬがれない。

自分の年金は自分で積み立てるべきという精神論もある(日本の年金財源を狙っている人たちはそういう言論を流布しているようでもある)が、そう信じることができるならやってみなさいということと、積立なんかできない人が膨大に発生するし、インフレに弱いので、結果として生活保護費の増大=実質的な税負担の増大(増税+財政赤字-年金保険料の廃止がプラス)として跳ね返ってくるだけ。自分の親が数千万円程度の貯金しかなくて、長生きなんかされた暁には、年金保険料の負担どころではない負担を背負い込むか、あるいは不孝の息子・娘として親が極貧生活するのを見殺しするか、どちらかしかない。安易に、自分で積立論を唱える人には、その覚悟があるとは思えない。
今の社会保険方式も、「まじめにこつこつ年金保険料を払う」ということだから、被用者は強制徴収であるものの、半ば、この「自分で積み立てるべき」制度に近いから問題が起きる。「まじめにこつこつ」かどうかではなくて、まじめに生きたのに「こつこつ払えなかった」人も、ふまじめだけど負担はできる人も包括する社会保障制度でなければ、多様化し、雇用や産業が流動化する今の時代の社会保障として機能しないし、そういう社会保障制度にしなければ、この国の経済も、モラルも、維持できないだろう。

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2007.06.16

6/16 選挙での情報戦略をマスコミから見る

子守りの間に、鈴木哲夫「政党が操る選挙報道」(集英社新書)を読む。05年の郵政解散での情報戦術が話題や問題にされたが、そのことの全体像を掴むのにいい。表題がセンセーションナルだが、政治に広報戦略が必要だということを認めつつ、それにふりまわされた郵政解散時のマスコミの姿勢を批判し、しかもだからといって「公正・中立」という言葉で報道の自主規制を是認するわけではなく、報道番組と見まごう情報番組のあり方に警鐘を鳴らしている。
視聴率と距離をおけるCS放送に携わっている著者だから言える、冷静な視点が良かった。与党候補と野党候補の報道時間を比較できたのも、マスコミ内部にいる人間だからこそできた作業だと思う。

郵政解散で、自民党の広報責任者だった世耕氏を後方で支えたPR会社、フラップジャパンの矢島尚「好かれる方法」(新潮新書)とあわせて読むと、支えた側、振り回された側とで立体的に、昨今の大型選挙の広報戦略の状況がつかめる。

●世耕の出身会社NTTの問題。
またまた電話が使えなくなった。規制緩和とか、ブロードバンドだとか、まぁいいけども、基本の電話回線がつながらなくて、NTTに言っても、どこに言っても、うちの責任かどこかの責任かと責任問題ばかり議論されるのには閉口する。規制緩和なんかしなかった方がよかったのかも知れない。日本テレコムだのDDIだの出てきて長距離電話が規制緩和された時代ぐらいで留まっていた方がよかったのかも知れない。
それと、長距離電話が高かった時代は電話代が高かったはずなのに、1家庭で使う通信費は5000円もいかず、総額で使う通信費は今ほど高くなかったように思う。
FAXを使わないのなら、固定電話を解約してもいいかと思う最近だ。

●熊本の赤ちゃんポストに2人目の子どもが託されたことが明らかになったが、「関係者の話」って誰だ。病院関係者なら病院は設置の趣旨をふまえて断固としてその職員を処分すべきだし、警察関係者なら、病院は重く抗議をすべきじゃないか。マスコミにこうして小出しに情報が流出していることは、ポストの趣旨や、今後、育てられていく子どものことを考えると大問題だと思う。

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2007.06.15

6/15 猪瀬直樹はそろそろバッチを付けてからものを言うべきではないか

東京都の副知事に猪瀬直樹が。

職場で金子勝氏の話を聴く機会があり、「共産主義者が後に中曽根政権を支える保守となった、新左翼がネオリベラルになって小泉や安倍を支えている」という話を聴いた後なので、失笑してしまう。天皇制を茶化して、左翼にたくさん読まれたヒット作があったなぁ。何言っているんだかよくわからない本だったけど。

抵抗勢力のせりふではないが、政治的発言しかしない文化人でいるというのもどうかと思う。毎度毎度、偉い人に権力あるポストを恵んでもらって国民を傷つけることをやるなら、きちんと選挙をくぐるべきだと思う。

団塊の世代の新左翼崩れ。挫折の後、市井でまじめに上の世代とたたかってきたおじ、おばには魅力的で面白い人が多いが、政治家や文化人になって残った連中は、政治的に未練たらたらのまま電通はじめメディア産業の子飼い人間になったようなのが多くてほんとうに始末が悪い。

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2007.06.14

6/13 民主党の選挙公約10項目

民主党の選挙公約が出る。

(1)「消えた年金」問題は国が責任をもって調査し、納付履歴を記録する「年金通帳」を交付。年金制度を一元化し、消費税率は現行のまま年金の財源に充て、現行給付水準を維持する

私の評価○ 十八番の国民年金を含めた年金制度の一元化がきちんと掲げられていることは強みだろう。年金財源として、消費税の維持に留まったことはウィークポイントだけど、消費税が上がるというと過剰反応する国民だから、本質的には選挙後に先送りするしかないのだろう。

 (2)中小企業に十分配慮したうえで、3年をめどに最低賃金の全国平均1000円をめざす

私の評価◎ 最低賃金に関する考え方は分かれると思うが、具体的な数字が年収600万なのか200万なのかは別にして、最低賃金は、独居して子どもを抱えて何とか生活を維持できる水準であることを考えると、この程度の最低賃金の引き上げは行うべきだろうし、そのことで地域社会に富が回るようになる。また人件費原価が上がると、効率の良い働き方について使用者が努力するようになるため、社会の生産性も上がるのではないか。中小企業に配慮してという留保が気になるが。1000円×8時間×22日×12ヵ月、年収211万2000円。今はその3分の2だと思うと、恐ろしい水準でもある。

 (3)天下りは、あっせんを全面的に禁止し、官製談合・税金の無駄遣いを根絶。全政治団体の1万円を超える支出を公開

私の評価△ 天下りについてあっせんが良くないということがひっかかる。あうんの呼吸で天下りされたら禁止しようがなくなる。権限のあるところにいくのがいけないのではないか。旧経世会への配慮か。税金の無駄遣いを根絶ということの具体的意味がわからない。かつてのように会計監査院を立法府に置くというような主張ならイメージしやすい。

 (4)月額2万6000円の「子ども手当」支給。高校の無償化を進める

私の評価× 児童手当の増額に何の効果もない。最悪の政策判断。それより、就労条件を改善すると出産・子育てに効果的だという傾向が出てきていることをもっと政策に取り込むべきだったのではないか。高校の無償化は賛成だが、そういうことより、単なる大学予備校化する高校の役割についてもっと打ち出してほしかった。

 (5)産科・小児科やへき地の医師不足を解消

私の評価○ 具体的には何のことだかわからないので課題だけで評価するしかない。診療報酬体系の見直しとか、医局制度に代わる医師養成・配置のシステム改革などが言えるかどうか。

 (6)農家への「戸別所得補償制度」を創設し、食料自給率を高める

私の評価○ 自給率は今が低すぎるが、適正な水準はないからどうでもいいと思う。副次的に考えるべきだと思う。所得補償制度についてバラ撒きだという批判は強いが、儲からないけど無くなったら困る農業を支えていくためには他の産業との収入格差を埋めなくてはならないと思う。若者が農業に就業したくなるためにはどうしたらいいか、考えたらこれは有効な手段のはずだ。農業予算の無駄は、農業土木が多くの予算を持っていってしまうからだ。所得補償は細かい利権を生まないが、農業土木はまさに公共事業そのものである。

 (7)すべての補助金を廃止し、自主財源として地方に一括交付

私の評価○ 与党は道路を代表するように補助金を温存しながら、地方交付税をいかに切るかということばかり考えているから、それに対抗する意味で、税源を移す、交付金化する、交付税を重視する、そういうスタンスはいいと思う。しかし補助金を削減し交付税化した保育所がどのようになっているかを考えると、諸手を挙げて賛成とまではいかないなぁ。でも、基本はやっぱりこれだろうなぁ。

 (8)「憲章」を定めて中小企業を支援

私の評価? 何ですかね憲章って。昔の社会党が乱発した「○○基本法」みたいなものでしょうか。彼らこそ税金にシビアですから、大企業から中小企業の所得再分配になるような税制とか、いろいろ考えたらいいと思いますが。あるいは党首のお膝元の北上市のような成功事例からもう少し具体的な政策を組んでみたらどうかと思います。

 (9)2050年までに日本の温室効果ガス排出量を90年比で50%削減

私の評価△ 温室効果ガスを減らすだけが環境問題ではないと思う。原発だらけにすればこの数字のの目標が達成できるなどと言われたら、私はそれは嫌だと思う。もっと「持続可能」という課題を前に出してほしい。

 (10)対米追従外交の失敗をただす

私の評価△ ただすのですか?アメリカについては、追従外交(小泉前首相や前原氏)と、追従するけどしたたかに取るものは取る(吉田ドクトリン)と、友好を唱えるけども追従も同盟しない(旧社会党右派)、中立化(スースロフ宣言)と、反米とがある。そのどこに位置づけるかが不明確。まぁ、外交なんて選挙テーマになりにくい問題です。議会制民主主義の先輩である英国は、外交と防衛はこうしたものになじまないものとして位置づけているみたいですが本当でしょうか。

●安倍晋三が、年金問題の解決ができるのは戦後レジームからの脱却を掲げる私でしかできない、などと言ったそうだ。あほか、と思う。共産主義になればゲイはいなくなると宣ったある社会主義の教祖様と同程度の思考回路である。戦前に戻すということは公的年金制度は公務員以外廃止ということである。

●共産党系の非常勤国家公務員の書記が、社保庁の非常勤職員の悲惨さを訴えるために、正職員の組合である社会保険庁労組をボロかすな言い方をしている。こういう論調はみのもんたや自民党や首相の属する町村派が、社会保険労組をスケープゴートにしている論理そのままである。では、共産党系の全厚生が社会保険庁職員を組織している京都や秋田など7県では、年金問題はないのだろうか。聞いてみたいものである。
今の国民感情は、社会保険庁で働いていた者すべてが標的で、正職員は許せないけど臨時職員なら許すなどというものではないからだ。社保庁で働く臨時職員の権利保障は重要だと思うが、だからといって自民党の宣伝のままに正職員組合をスケープゴートにする論理に乗っかるのは勘違いもいいところだと思う。

右翼地方議員のサイトでは、安倍晋三の受け売りで社会保険労組バッシング。労組嫌いだからなぁ。しかし社会保険労組が年金記録をごまかせなどという指示や取り組みをしたものですかね。こういうことを言う人は国労時代のまんまの発想です。
笑えたのは「安部」首相だって。人のこと言えないが、せめてひいきの引き倒しをしている人の名前ぐらい正確に打てないのかなぁ。

●NOVAの問題、なぜ今頃という感じがしてならない。NHKニュースも長時間報道。問題は5年も前から明らかになっているのに放置して英語を勉強しなくてはドロップアウトするという雰囲気をまき散らした為政者の責任はどこへ行ったか。
問題は、福祉のように人権の底割れにつながるような話でもなく、監督官庁もはっきりしないような業界に、損害の補償をさせればいい程度の話について、経済産業省が営業停止処分をしたということはおかしくないだろうか。
それと、やはりテレビCMを不相応に派手に打つ会社は怪しいということをまた証明する事件でもある。

●小田急線に手を挟まれた人のニュースもどうでもいいような話なのに長い。法律的には小田急が問題になるが、生活感覚としては閉まるドアに手を突っ込む方が悪いしせこい。最近、電車に乗る人の行動に、手際がわるい上に往生際の悪い人が多い。小さなときからマイカーで育っているからだろうか。

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2007.06.11

6/11 事務のトラブルシューティングがわかっていない安倍首相

年金の行方不明問題がいよいよ迷走し始めている。

公明党の太田代表が、迅速に対応できる体制整備といい始めたのは傑作発言だ。与党はこれまで年金改革法案で、社会保険庁の職員が多すぎると批判し、社会保険庁の職員集団を、国労解体をなぞるかたちで解体しようとしてきた。そのためにする主張だらけだったことの矛盾が出てきていることを自ら明らかにしたと思う。
安倍首相は、具体的な復元策も考えずに、1年以内に全件とか、社会保険庁の解体あるのみ、とか、過去にさかのぼって責任を追及するとか、的はずれな解決策を国民感情にまかせて答弁してきた失策が明らかになっているのではないかと思う。

今回の問題で行うべきは、ことほど預けたカネがどうなったんだということなのだから、期限を設けず正確に、原因を正確に探りあてて、原因別にデータの復元作業をしていくことだと思う。これは多くの事務仕事のトラブルシューティングに共通する対応だと思う。
それなのに1年以内に全件解明するとか、24時間電話で対応する、とか、政治運動的な念力主義的な解決ばかりを焦っては、混乱を深めるだはかりだということが、相談窓口のオーバーフローに現れていると思う。今は国民感情が社会保険庁バッシングに集まってるから、政権に直接向かってこないが、安倍首相の念力主義的な答弁による対応が、惨憺たる結果に終わることは容易に予想がつく。その前に参院選で敗北して、答弁の責任を取るまえに失脚するのだろうか。安倍晋三というのは、小泉訪朝以外のトラブルシューティングにことごとく弱い人間だと思う。

今週のAERAが5000万件の名寄せがどういうものか、金融庁の指導にのっとって不明口座の追跡を行った大手銀行からの証言を紹介していて、今の社会保険庁の2万人弱の職員では、全職員が名寄せにあたっても、1件1秒で判断しなければならないと、その大手銀行の証言者は証言している。24時間の電話対応や窓口に殺到する加入者の対応をしながら、5000万件の名寄せ、さらにまだあるマイクロフィルムの不明データの突き合わせを1年以内にできるなどということは物理的にありえない。

そうした状況のもと、公明党の太田代表は正しいことを言うと思う。前任の濡れ落ち葉の代表と違い、安倍政権にかなり厳しくものを言うと思う。公明党を支持するつもりはないが、ここは評価しておきたい。

一方で、安倍首相やその周辺は相変わらず、この問題を政治運動的に解決をはかれると勘違いしている。下村官房副長官や菅義偉総務相は、過去の責任追及に重きを置いている。責任追及が官邸におかれようが、総務省におかれようが、結局は政治的に都合の悪い人間だけがあぶり出すようなことはありえないだろう。年金財源を年金福祉事業団の融資事業経由で引っ張り出し、地元に公共事業や年金施設の建設を誘致した議員たちの不始末なんか完全に追及できるとは思えない。責任追及をやって、5000万件の帰属が明確になるとも思えない。社会保険庁職員の労組と、菅直人元厚生相への圧力、影から安倍政権の不祥事をマスコミにたれ込んでいる小泉前首相(元厚生相)周辺への圧力が主目的だろう。

いまやるべきは、5000万件の行方不明の帰属を明らかにすること、そのためにはなぜ行方不明になったのか事故原因を明らかにしていくことが最優先だろう。責任追及などは、その作業を冷静にやっていけばはっきりすることで、問題解決・原因究明を置き去りにした責任追及は、原因の隠蔽をもたらし、最悪の結果に結びつくのではないかと危惧している。

AERAで片山さつきが、今回の年金問題を菅直人になすりつけて批判したビラを作ったことを弁明をしている。党幹部には了承を取ったのになぜ批判されるかわからない、と。ダメな政治家だと思う。党幹部がいくら認めても、下品なビラをつくり国民に批判されているのだから、批判が的はずれなどという発言をしてはダメだろう。「上昇志向」の強い官僚だ。

また、不思議な風向きの人もいる。
与党の密使なのか野党の援軍なのかよくわからない岩瀬達哉というルポライターがいる。社会保険庁職員の厚遇ぶりをかき立てて、マスコミに流し、年金問題が社会保険庁職員の厚遇に原因があるような幻想を形成するのに一番力を貸したルポライターである。このムードが与党の社会保険庁解体法案のベースになっている。
このルポライターが、社民党の保坂代議士に質問原稿を作ったり、共著を出したりしてきたが、保坂代議士に今頃になって、年金問題は社会保険庁にあるのではない、厚生労働省年金局と年金福祉事業団にあると強調し始めている。どういう風の吹き回しだろうか。

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2007.06.10

6/10 雷注意報が出ているのに登山させるものか

すでに天気予報で落雷を伴う豪雨を予報している中、栃木県佐野市の中学校が全校ハイキングを強行、6人の子どもが落雷に当たったようだ。

教育の周辺行事は、どうして周囲の迷惑関係なく、自分たちの主体的判断で強行されるのかわからない。また全校行事なのだから数十人いる教職員の1人や2人が異議を申し立てて中止を検討したっていいものを、「雷までは予期できなかった」と言っているから、天気予報も見ないような特定の教員だけが判断しているということは想像に難くない。

学校というところは、本業そっちのけで、運動会から始まり、ハイキングだの遠泳だの行事に前つんのめりなのだろうか。前つんのめりだけだったらいいけど、そこに変な精神性や精神変革の教育理念まで持ち出して、八甲田山の死の行軍みたいなノリが大好きなのだろうか。右も左も。

それと、気になるのが、電車を使った遠足。いや電車を使った遠足ならおおいによろしい。コストも安いし、社会性が涵養される。しかし、よりによってラッシュのさなかに遠足の日程をぶつけてくるのか、全く理解できない。特に都心方面のものは企画した教員たちの常識を疑う。ふだんでさえ乗り残しがないようにおしあいへしあい乗っているのに、そこに中学生たちが、がさばる学校指定のナイロンバックを無造作に抱え、通勤電車のマナー教育も受けないままなだれ込んできたらどういうことになるのか、子どもたちだって招かざる客になってしまうし、子どもたちだってたまらないだろう。
子どもが集団で電車に乗って迷惑ではない時間帯ってどんなものだろうかという検討なしに、遠足のときでも自分たちの学校の登校時間を厳守させる、そんな観点しかないのだろう。市内に朝の8時前後に朝霞台駅集合かける学校があって、先日、朝霞台駅も電車も子どもたちも大混乱だった。

学校は校則だとか教員の支配維持に汲々とするにもかかわらず、学校の外の社会のルール、慣習、マナーといったものにほんとうに無関心すぎる。そんなことを感じる事件である。

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6/10 広告主が怪しいサンデープロジェクト

コムスンの経営者であるグッドウィルグループの折口代表の発言を聞いてみたくて、久しぶりにサンデープロジェクトを見てみた。
この番組、抵抗勢力をいかに汚い人間たちか、という演出を田原総一郎はじめ電通人脈で徹底的に演出してきた番組だと思ってきたが、改めて思い返すと、広告主が、KSD、日榮、コムスンとその後問題になる企業ばかりである。
また折口氏の出ている今でも、怪しげな会社の広告だけが続く。

これまで、何度となく、介護ビジネスとしてもてはやしてきた報道をし、公務員がいかにダメかという演出のネタに使ってきた。そのことについて何も弁明せず、自分たちがすべて知らないような顔をして、田原総一郎は感情的に折口氏を問いつめているが、自らがその広告主であったことの責任について言明すべきではないだろうか。

しかもその内容は、国民や介護保険の加入者、自治体、監督官庁に謝罪を求めるのではなく、ビジネスモデルが破綻しているかしていないか問いつめて、「破綻した」と言えとぎゃあぎゃあわめいて強要している。
今回の事件では介護保険事業者への審査、監督体制、破綻処理に対する制度不備と、困難事例を引き受ける介護事業者(公的機関も含めて)に不備があることに問題がありそうなのに、ビジネスモデルとして問題があったという決着の付け方では問題が全く解決しない。

最後に激励をして、どうかしている。

NHK教育の福祉関連番組やTBSでは、介護報酬の問題なども含めて、介護における人材確保と制度問題に話がシフトしている。コムスンという個別企業には厳罰を下しても構わないとは思うが、第2、第3のコムスンが出てきたときにどうするのか、人が人を食うような介護ビジネスの職場実態をどう改善していくのか、考えて行かなくてはならない。

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6/9 誰でも取得できる運転免許って・・・

運転免許の試験に何度も落ちている人が、不合格者を合格に、合格者を不合格にしないと運転免許センターを爆破する、などと脅迫していた事件が明らかになった。

こんなのは論外だが、私の運転免許取得経験からいうと、こんなのでも進級させるの?、こんなのでも卒業させるの?さらには、こんなのに試験合格させるの?、見るからに暴走行為をする人間に免許交付するの?という疑問だらけで過ごした。私自身も、ここは失敗したよね、と思うところが大目に見て貰っていたこともある。

その結果が、と思うような運転をしているクルマに出くわしてひやりとすることも多いし、何より携帯電話をしながららとか、狭隘道路を高速で走り抜けるクルマとか、大音響でステレオをかけながら運転するクルマとか、教則本ひっくり返して読んでみろ、と言いたくなるようなクルマで溢れている。とくに首都圏の堅気は電車に乗るから、堅気じゃないクルマの割合がとても多いように感じる。

クルマの事故で事故後1日以内に死ぬ人は年間7千人。イラク戦争の犠牲者より多い。当然、今、みんなが不安に陥っている凶悪犯罪、少年事件、精神障害者の凶行などよりはるかに多い。免許を軽々と交付するということがそれだけ危険なことだということを認識した交通行政が必要だと思う。

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2007.06.08

6/8 年金を政争の具にしたのはどちらか

読売の世論調査で、行方不明年金の処理について与党の対応が妥当という人が51%もいる。これまで続けてきたマスメディアへの威圧が功を奏して、与党の政策宣伝のオンパレードと、与党の「政争の具にするな」という批判だけがテレビ画面に流れる。

しかし、「政争の具」にすると宣言したのは、首相と与党である。今年の一月に首相は、参議院選挙の争点を憲法と公務員制度改革と社会保険庁改革を核とした年金問題にすると言明し、政争の具にすると高らかに宣言している。その下品さは、すぐに撤回したが、この問題の自民党のビラである。表面は政策的なことを述べているが、裏面は、①菅直人氏が厚生大臣だったときに年金番号の一本化が行なわれたから今回の問題は菅直人の責任だ、ということと、②社会保険庁の労働組合が年金をおかしくした、という、原因と結果を全く無視した下品な在野勢力批判でしかない。年金問題の本質は、①狂乱物価や制度改革の度にみなしで給付をふくらまして構造的な赤字体質にしたこと、②本来は賦課方式なので世代間人口バランスの調整のため(正確にいうともっと違う表現になるが)に限定的にしか存在してはならない運用金を膨らまし、それを公共事業などに流用することに群がった政治家やキャリア官僚がいたことにある。また行方不明の問題は年金番号一本化をやらなかったことにあり、一本化後つまり20代30代の年金行方不明はほとんど発生していない。

長期的には民主党が年金問題をしかけた側にあったと思うが、これは転職の多くなった今に年金空洞化が起こることを回避し、持続可能な年金制度を実現するために提案され続けていることで、具体的な政策は違うにしても与党の一部議員や経団連や連合、さまざまな社会団体が幅広く問題提起した論点に沿うものである。しかし年金運用金のうまみを手放したくないキャリア官僚や与党政治家が厚生年金と共済年金の一本化と高齢化を無視した強烈な財政調整制度の導入に矮小化し、政権や自民党もそれでよしとしてけりをつけたために政争になっている面もある。

健全な民主主義社会において野党は、与党ならびに政府の失策を批判し修正する立場にあり、この立場を放棄して仲良しこよしの議会クラブでいいのかという問題もある。もちろんスウェーデンのように保守・社民が話し合いを重ねて年金改革を成功させた事例もあるが、この場合は与党が政争の具にしない、野党の意見を聞き入れることを政治的敗北と位置づけないことが前提になるし、年金制度に変なイデオロギーを持ち込まないことが重要になる。

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2007.06.06

6/6 コムスンが介護保険非適用に

厚生労働省が、コムスンの事業所の新規開設や更新を認めないことになり、6年以内に全面撤退になる。

今サービスを受けている人たちが路頭に迷う、という報道のスタンスが目立つ。とても大事な視点だと思うが、官から民を是認し、ときには煽ってきたマスコミの立場からすると、もっと問題解決的な視点の報道が必要ではないか。官より民がもてはやされるのは質の悪いサービスは客の選択で淘汰されるというのがその論理だったと思うが、淘汰ということが起きたときには、今回のようなトラブルが起きるのだ。民が事業崩壊を起こしたときに公共サービスをどう肩代わりするのか、というシステムの議論がこれまで十分にされたとは思えない。保育所事業への株式会社参入が容認されたときに厚生労働省と交渉したが、そのとき、株式会社の場合、資本関係や事業撤退などが社会福祉法人より容易であり、そうした場合に利用者が不利益を蒙らないように事業継承について公的枠組みを検討すべき、と指摘したが、明確な回答はなかったことを思い出す。

今回の事件は、医療でいえば診療報酬の不正請求だから、保険事業者の指定解除は正しい対応だと思う。
たぶんコムスンは介護事業を広げていった手法とは逆の、地域の福祉業者に介護事業を売り渡す方法で、今後の問題解決をしていくのではないかと思う。このときに焼け太りみたいなことが起きないように願うしかない。

また、地域のボランティアを有償ボランティア、介護NPOの労働者として育ててきた地域は打撃は少ないが、官から民へという雰囲気の言葉にのせられて、どこのだれに責任を負っているのかわかりにくいコムスンなど大手の介護業者に公共サービスの担い手を明け渡してきた地域は、今後苦労していくことになるだろう。

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6/6 路上喫煙・銀行員の自転車放置

発言力のない保育園に通わせている親ばかりねらい打ちにしたモラル批判が目立ち、何かと肩身の狭い思いをしている。しかし、モラル崩れなんてそこらじゅうにあるじゃないかと思う。今日はひどいモラルを見た。

朝霞台駅のりそな銀行(埼玉のつかない親会社の方)。銀行の敷地内に停められた自転車を行員が路上に引きずり出して放置した。公的資金を投入されていまだ返済しない銀行が、税金に始末を押しつけている。しかもこの銀行、業績の安定していた埼玉りそな銀行の収益(つまりは埼玉県民の富)を収奪して倒産をまぬがれたというにもかかわらずだ。

Kitsuen朝霞台駅のバス停。3人もの人間がバスを待ちながら喫煙している。バス停での受動喫煙は列の順番を放棄することなくして避けられない。朝霞市内の路上は全域、禁煙のはず。さらには、朝霞台駅は罰金を徴収する区域のはず。家族はぜんそくを再発している。
市役所が取り締まり強化区域で罰金を取ったことを見たことがない。灰皿持っているこわそうなおばちゃん2人組を見ただけ。夜は取り締まりもなくやりたい放題。取り締まりが甘すぎる。教育現場ではゼロトレランスという問答無用の処分が横行しているのに、おとなたちがやる実害が明確なことについてきちんとやっていない。千代田区のようにゼロトレランスでやるべきではないか。ことあるごとに財政難を言うのだから収益あがることちゃんとやっておくべきでもある。

志木駅の南口。自転車の違法駐輪の取り締まりは朝の通勤時間帯しかやらない。10時過ぎてパチンコ屋が開くと、無法地帯になる。とくに日曜日がひどい。パチンコ屋に何らかの対策を求めるべきではないか。歩行の阻害になっているのに市民自ら撤去もできない。昨今流行している金属泥棒たちに持っていってもらいたいぐらいだ。新座市は実態とは反対になぜか通勤客を敵視するように通勤時間帯だけ取り締まる。わずかとはいえ納税者として憤慨することしきりである。

学生が市内の河川敷のホームレスの段ボールにサラダ油をかけ、ライターを手に「燃やせ」「殺せ」と騒いで放火。器物損壊で逮捕されているが、これはどうみても放火だろう。
親か何かかからお金貰って、私学助成で環境整備してもらった上で、学生なんて安住の地位を得て、必死に生きている人に何やっているんだろうか。共産主義に一線を画す私でも、こういう人には強制労働の刑が必要だと、思わずにはいられない。

●志木の保育園アンファンシェリさんが、読売のモラルを問うの記事の取材力不足を指摘しています。認可保育園に対応できない家庭の子を受け入れている保育園の中で、現実を直視できるところはこうした常識的な反応をすると思います。

●NHKの19時のニュース、与党の報道しか流さない。今日も公務員制度改革で国会があれたのに。菅直人が行方不明の5000万件を作ったなどというデマのを垂れ流しっぱなしなのは噴飯ものだ。

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2007.06.05

6/5 【赤旗系だけども】労働弾圧に株主提案で対抗する労働者たち

東武鉄道から株主総会の議案が届く。役員改選と決算の承認、最近は敵対的買収への対抗策しか議案がないので、目を通して権利を放棄しているが、今回は、目を引くものがあった。

東武鉄道の系列ゴルフ場で労働組合を結成した従業員に対する報復策として、会社を解散、新会社に移行し、労働組合に所属しない職員だけをそのまま勤務させて、労働組合に参加した職員を雇い止めにしたり、通勤不可能な勤務地に転勤させたり、自宅待機にするようなことをした。

それに対して、この従業員を支援する株主提案として、定款に良好な労使関係を確立するよう条項を追加する議案が出されている。
私も含めて、東武鉄道の株主は、熟慮して今回の一連の議案に賛否を示さなくてはならないだろう。

調べたら、自由法曹団や赤旗などの記事による紹介が目立つので、社会民主主義者の私としては完全に与することはできないが、しかし、こうした立場の弱いことを利用したリストラには良くない。身近な東武では、バスの分社化である。もちろん分社化でいちいち官僚的な押上の意向を汲まなくてバスの増便も更新もできるようにはなったが、賃金低下を求められたバス関係の労働者はたまらないものがあったと思う。今回、株主提案として抵抗するのは1つのやり方だと思う。

しかし、提案の文章の水準に難があるように思うし、労働法に理解のない株主には親会社の責任が不明確なままに主張が展開されていて、自由法曹団のリーガルチェックを受けたには水準を疑うようなところもある(「当該キャディ」だけでここまでの文書が書けるには水準が高すぎる)。

一方、会社の反論も巧妙で狡い。所属した会社と当該キャディとの関係は局所的なものにわざと狭めている。一連の東武のグループ再編のなかで起きた出来事であり、東武グループとして位置づけ、複雑な入れ子の構造がありながらも、資本関係がないわけではない。また様々な事実の一部だけを正確に伝えることによって、全体の事実がわからなくなっているようにも思う。

株主提案が指摘しているように、東武鉄道にデスコミュニケーションの体質があることは否めない。HPの情報量を見るだけでわかる。客の意見を集めるシステムを作ったかと思えば、その矛先は客の悪いマナーの摘発に向けられるばかりで会社自身の改善に向けられたものは見たことがない。さらにここ数年のキャッシュフローの強化やすみだタワーへの事業の前つんのめりで、本業のサービス改善があまりみられない。

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6/4 読売の保育園保護者バッシング

調べものをしていて職場にあった金曜日の読売新聞をひっくり返してぶったまげた。

「モラルを問う 保育園困惑勝手な親 仕事休みでも預けたい/遠足代払わない」という見出しで、遠足代や保育料を滞納する親の問題にからめて、仕事の休日に子どもを預ける保護者や、病児を預けようとする保護者などを一緒くたにして批判している。そして識者のコメントとして「先生を尊敬しない年代」ということを書いている。

保育料や遠足代の滞納と、仕事の休日に子どもを預けることの是非論や病児保育の是非論は次元が違うだろ。仕事の休日に預けてならないというなら、公費を投入している幼稚園の存在はどう考えたらいいのだろうか。こちらは専業主婦の家庭の子を対象に、保育料は保育園より安く、さらに送迎バス付きだ。この記事のスタンスに立てば、幼稚園こそ存在そのものがモラル違反なんてことになる。そんなバカな話にはならない。そういう不毛な議論設定はやめた方がいい。

さらに記事ではおもしろおかしく保護者が「ストレスがたまる」と言って休みの日にも預けていると非難している。これまた社会福祉に対する勉強不足ではないか。この事例は明らかに児童虐待の予備軍である。「子どもと一緒に過ごすべきだ」「親子の時間が少ないと将来人間関係がうまく作れない」などとコメントを書いているが、勝手な理屈もいいところだ。これは虐待をひきおこす環境に子どもをより長く置けという判断である。児童福祉の専門家としての保育園長がいったいこの保護者や家庭にどんな支援をしているのか、疑問に感じたし、後段の人間関係云々については、母子密着より集団保育の方が効果的ではないのだろうか。

病児を預けようとする保護者を非難するまえに、子どもが病気なのに保護者の休暇を取らせない会社こそ、モラルどころか犯罪的な存在であり厳しく制裁してほしいところだ(もちろんこの場合は母親の職場だけではなく父親の職場も含めて)。クビになることを覚悟して病気の面倒を見ることと、病気を誤魔化して子どもに負担かけてでも預けてクビを回避することと、家族の維持のためにはどちらが重要事項なのだろうか。

職場はそうした事情を斟酌することもなく、病児を受け入れる社会資本もないのに、保護者ばかりをバッシングするのはどうだろうか。家族の風邪で仕事を失ってみろ、といいたい。そこをはきちがえた議論を、マスコミや保育関係者はやりすぎる。証言に立っている保育園の園長たちも愚劣だ。そんなに客を信用できないなら、仕事をやめてもらいたい。子どもや保護者の力を信じる前に、疑うことに力を入れるなら、現場なんかにいない方がいい。

そういう話と、保育料を払えるのに払わない親と同列にモラルがないなどとかき立てる読売新聞の社会部の生活感覚の質を疑う。子育ても家事もやったことのない人なのだろう。

それとこれは朝霞市の保育関係者でもよく議論されることだ。勝手な議論するのもいいが、病児保育をやっている施設のリストを見れば、九州など西日本では、もはや読売のこのくだらない記事がいかにナンセンスか教えてくれる(封建的に思われる九州で、人口5万人以上の都市にはほとんど存在する充実ぶりには驚く)。遅れているのは関東と東海。とくに埼玉は人口比で実施している施設が少なすぎる。

●19時のNHKニュースが、年金問題で与党のコメントばかり次から次に10分近く流す。野党の批判は一切取り上げないし、野党が批判していることを「足の引っ張り合い」というような論理のすり替えや、野党が社保庁の改革に反対する勢力であるという、与党発言だけを流す。これが安倍・菅義偉のいう「公正」「中立」なのだろうか。

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2007.06.04

6/3 東松山市教育委員会が障害児の就学先判断をやめ相談に

東松山市の教育委員会が、障害児の就学先の判断をする就学支援委員会を廃止し、代わりに就学相談として本人の希望を叶えるためのコーディネートに役割を変化させることにした。

障害児の分別教育については、当事者、当事者家族、教員、教育教育関係者、福祉関係者が、差別の温床だという批判と、専門的教育だと擁護する立場に分かれて激しく論争してきた。
世間的には、障害者差別は良くないという意識の浸透とともに、障害者を分離する社会のあり方は良くないという意識が定着してきている。障害者が働くということにネガティブなことを言う人はいなくなった(実際に雇うという人がまだまだ少ないのが残念だが)。

そういう時代になって、教育委員会という行政が、時には本人や家族の意向を押し切って、選別して進路を決めていたというのは恐ろしく下品なことをしていると思うのが普通の感覚である。
たぶん、実際には多くの自治体は受け入れ施設や養護学校の定員とにらめっこしながら最大限本人や家族の意向を汲んでいるとは思うが、それでも制度として選別のメカニズムがあったということは、何らかの改革を求めるべきことだったと思う。

かれこれ10年以上、福祉のまちづくりを進めてきた東松山だと思う。それで朝霞市より民生費の割合が少ないのだから、福祉の勘所というのはどこのあるのか、もう一度きちんと点検すべきことだろう。

全教(反連合)系の高校教師の労組、埼高教の書記次長が、批判的コメントを寄せていることに、この系列の人たちの福祉観がよく表れているし、「発達」「機能」「発展」と、人体を革命段階論に見立てたようなことをまだ言っているのかという思いもある。保護者任せになる恐れというが、少なくとも今はお役所任せで、それが障害者の社会生活にとってベストと言えるのか。前時代のものではないか。お役所任せより保護者任せ、保護者任せがまずければオンブズマン制度などの権利保護というシステム設計にしなくてはならないのではないか。
私は、脳天気なノーマライゼーション信奉者のように、本人の望む隔離的な福祉までを否定はしない。家族が介護できないほど重度だったり社会が許容できずにスポイルするような障害者に安心して生きる場を用意するためには、施設に入れるということは1つの選択肢だと思う。
しかし、いずれ大半の障害児は、障害児だけの世界にとどめておいたり、障害児として保護者が面倒見続けることはできない。本人や家族が未来を考えて、熟考していないとは思えず、彼らの意向を尊重することは当たり前の話であり、専門性の名のもとに本人の可能性を遮断するのは下品な発想である。またその選別も医療的知識と行政的選別を中心に行われ、本人や家族の社会生活や生きる希望みたいな観点を二の次にしている嫌いもある。やめて本人の意向をコーディネートするという妥当な役割になったことは非難されるべき話ではないと思う。

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2007.06.03

6/3 蕨市長が元共産党市議に

●びっくり選挙結果。蕨市長選挙で元共産党市議が当選。
川口から浦和にかけての地域は、都市部の割に自民党が強かった地域で、社会党よりは共産党が強かったものの、だからといって一騎打ちに勝てるような票があるとは思えず、予想外の結果。
埼玉県南部の保守がマンネリで、新住民が多いのに地域おこしとか土着民優位の地域政策しかやらないことへのフラストレーションは強まっているのかも。保守系候補が8期の長期政権だった前市長の継承者だったことも仇だったはず。
今回の選挙でどうやって勝ったが、共産党から聴いてみたいが、きっとそういうほんとうの情報は門外不出だろう。新聞の地方欄で、対立候補と2人でずっと個別の課題についてそれぞれがコメントする記事が出ていたが、この共産党系の候補は共産党くさくないなぁ、と斜め読みして、しかし勝敗は付いているんだろうな、と、まじめに読まなかった。改めて新聞ひっくりかえして精読しよう。
せっかく共産党が与党を取れたのだから、責任ある与党になりうる政党に脱皮してくれたらと思う。民主が自主投票だったようだが、共産党を応援するような感じではなさそう。
蕨市議会がつまらないリコールなど乱発せず、共産党の現実変化を楽しんでほしい。たぶん1期で終わるか、共産党系として大事な部分を残しながら保守に迎合できるようになるだろうから。
女どうしの一騎打ちだった足立区は、近藤弥生さん当選。都議初当選から話題だらけで、面白そうな区長になりそう。

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6/3 マンションエレベーターの人質商法

シンドラーエレベーター事件から一年。あのときには官僚的な広報部長、居丈高な外国人支社長の初期の対応がマイナスに働き、未だに信用回復できていない。何が原因かも完全には解明されていないし、業界体質も治らないしで、亡くなった高校生が全くもってうかばれない状態だ。

シンドラーという名だけが広がって、国産エレベーターなら安心という神話ができた。確かに確率ではそうだけども、シンドラーなら大げさに報道されている多少の誤動作がないわけではないだろうし、そういうことがマスコミではほとんど伝わらない。エレベーターの業界団体は、シンドラーエレベーターのときも、エキスポランドの事件でも、オーチスエレベーターのときも、一業者を手厳しく非難する割に、交換部品の供給を滞らせたり、共有した方がいい安全技術を秘匿する業界体質について質問すると、羽生といったか専務理事は、何の回答もないどころか、逆ギレして取材拒否するのは毎度の光景。

国内3社とオーチス、シンドラーの5社の寡占体制の中で、寡占体制にのらない利用者は死ねばいいというぐらいの体質。独立系のメンテナンス業者は、独自にあれこれやってみる中で調べた情報を何とか蓄積している状況。これではまともな商慣習が貫徹されるとは思えない。それを問題にすべきマスコミには、国内3社が目的不明のCMが繰り返し流され(特にドキュメント番組相手が多い)ていて、アンタッチャブルな問題になっている。

公共施設になぜシンドラーが多いかというのは、独禁法に抵触しかねない業界体質にあるという。定価が国内3社はべらぼうに高いらしい。しかし、国内3社がそれぞれの提携ゼネコンのマンション物件にエレベーターを設置するときには、半値以下に下げて売るという。もちろん損益では微妙な数字だという。それを後でマンション住民の管理費から取り返すというしかけ。マンション本体のように施工販売会社と、管理会社が分離されていない(それでも形式的だが)ので、あっちの損をこっちで取り返すということは簡単にできてしまう。
技術情報も流れていないし、粗悪な独立系業者もいるために、管理会社も管理組合も言い値でエレベーターメンテナンス費用が取れるという。
公共施設には、こうしたしかけができないため定価で勝負するしかなく、シンドラーが勝ってしまうということだ。

以前、地震のときのエレベーター閉じこめの対策学習会をしたいと管理会社に申し入れしたが、管理会社は本当に嫌な顔をした。未だ実現していない。ありえませんし非常時はメンテナンス会社を待っていてください、と言われるだけ。でもありえないことが新潟県中部地震であちこちで起きている。意味のない技術流出にばかり神経を尖らせ、管理会社さえびびらせる業界体質。
閉じこめられた日が真夏や真冬で、中にいるのが高齢者や子どもだったらどうするのか。地震でなかなかやって来れないメンテナンス会社の社員を待ちながら、救出したいのになすすべもなく他の住人たちは目の前で衰弱していくのを放置しろというのだろうか。

これは人質商法と言ってよい。

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2007.06.02

6/2 基地跡地、議事録もなく使い方を勝手に決めていく国と朝霞市

昨晩、基地跡地の利用に関する市民運動をしている人と会う。

国は国家公務員宿舎を廃止するような顔をして、マスコミが関心を持たないような埼玉のはずれの市に新たに建設しようとしている。その標的が朝霞市である。
よくよく運動をしている人に話を聴くと、国家公務員宿舎の入居率は49%程度で、国家公務員にとってもニーズが低く、縮小していかざるを得ないし、実際、政治家やマスコミに批判されて縮小しているはずなのに、財務省はなぜか朝霞や小金井や府中といったところで新たに建設をしようとしている。これは国家公務員宿舎の縮小ではなくて、新しく建設する焼け太りではないかと思った。政治家やマスコミに批判されて、入居率も低いのに建築を強行するのは、公務員宿舎建築という公共事業ににまつわる財務省理財局のメリットがあるはずだ。少なくとも建築業者にはにらみを利かせることができるようになる。

31日には、市役所が、都内で国などと整備計画策定委員会を開き、使途について検討したようだ。国は市街地に近いところに高層マンションとして3棟建築する原案を提示したが、それに対して景観や日照権で心配する周辺住民がいるという意見が出て、基地跡地の真ん中に作ればいい、などと発言した市議会議長経験者の委員もいたようだ。

自宅に戻り、確かめようと思ったら、この委員会は市のホームページで議事録を公開していない。これだけ市民の関心が高い問題を都内でこそこそ会議やっているのだから、議事録はすみやかに公開すべきだろう。市民が見えないところで市役所や市議が国に勝手な約束をしているとすれば言語道断である。

新しい市政になってから、市の審議会・委員会の議事録公開が後ろ向きになっているように思う。全面的な委員会・審議会の議事録の公開は前市長時代に前進し、高く評価されてきた。ところが、最近はこの枠組みは残しながら、正式な委員会の下部に公開されない委員会・検討会を設けたり、議事録を公開しない庁内委員会で勝手に議論を進めたり、空洞化を進めている。
こうした市民社会の基本的なルール運用に対する認識の違いは、弁護士出身の市長と、地方議員出身の市長の違いかと思う。

最近の朝霞市が、審議会・委員会の議事録の原則公開を空洞化させるやり方は、①最初から庁内と市民と議論することに垣根を作り、庁内の利害は市民に議論させない。議事録が公開されない庁内委員会で議論する。市民にはどうでもいいことしか議論させない(市制施行40周年記念事業選定委員会会議など。記念式典は何のチェックもされいない。結果として故渡辺=上田=富岡=醍醐ラインのうちわの表彰大会になっていた。委員会で審議されていたらこんな偏った結果になっていただろうか)。②審議会・委員会に、入れ子の委員会を設定し、そこの答申を承認するだけの場にしてしまっている。当然、議事録には答申内容とか、答申に関わった入れ子の委員会の委員名などの資料は公開されていない(これについて市役所は情報公開センターにあるというが、誰が昼間しか開いていない市役所に行けるのだろうか)。〈事務局が提案〉→若干の質問意見→了承とするで終わりで、何が議事だったかすらもわからないような議事録のつくりである。

私はずっと保育園や福祉のことを議論しているが、公開されない議論をしている委員会や、議論が公開されない政策決定は、市民ニーズも満足せず、もちろん先進事例になる道理ももなく、意志決定に不公正さな雰囲気を漂わせて市民サービスの質を低下させていくだけである。事前の市民参加、事後の情報公開が確立されて、不透明な利権配分とか、市役所の自己の都合のためだけの施策というものを無くしていけることになる。逆に「一部の市民」などと言われる人たちが審議会・委員会を壟断するということからも、情報公開が徹底されてセーブできる。めちゃくちゃなことをごり押しすれば、後々批判されるからである。議員の口利きですら公開する時代に、何をやっているんだろうか、という思いである。

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6/2 ビラを配布するとお金を取る団地自治会

東京都北区の都営住宅の自治会が、ビラ投函を有料にし、配布に際して申込書と自治会への支払を求め、認証印がないビラは配布させないということをやっていたらしい。しかも総会も開かずに役員たちだけで決めたようだ。

民主主義の基礎ともいえる自由権を侵害する自治会である。何人も意見を表明し伝える権利はあるはずである。ポルノや誹謗中傷なら、しかるべき刑法などで対応すればよい。

先日「日本選挙制度史」を読んで、こうしたちまちました取り締まり主義みたいなものがファシズム選挙になったと心に染みただけに、こうした自治会の動きは警戒せざるを得ない。明治期以降、日本社会に自治とか共同決定とかそういうメカニズムがよく働かないのは、本来1人ひとりのより自由で能力開花の機会を作るために存在が認められるべき自治会などの中間組織が、1人ひとりの自由を拘束することにばかり血道をあげがちなことである。いらないビラはごみに出せばいいことで、そもそも配布させないというのは、財産権や政治的自由の権利から考えても、どう考えてもおかしい。

たとえば、自治会とは違うかたちで清掃ボランティアや、夜回りボランティアを募集する公益性のあるビラを配ったらどうするのだろうか。課金するつもりだろうか。逆に、あるいはそうしたボランティア活動を口実にした宗教団体や詐欺的商法の人集めビラだったらどうするのだろうか。課金しないのだろうか。政治のビラなんか意見が分かれるし、課金された料金を払って配ったら、これは正当な政治資金の使われ方なのだろうか、それとも不特定多数に対するビラ送付の郵便代みたいに買収罪のような扱いを受けるのだろうか。
こんなこと考えると、ビラ配布に取り締まりの線引きなんかできるわけがなく、やり始めたら、多少の言論弾圧つまり人権侵害も考えなくてはならない。
また、こうしたときに決まって出てくるのが「迷惑」論とピンクちらしである。ビラ配布されて迷惑といっても、ビラがほとんど配られないで地域社会で何が起きているのか、どんな店があるのか知らないで過ごすことのデメリットと比べてどうだろうか。
ピンクちらしは都条例で禁止されているのだから、警察に持っていけばいい話だ。子どものためとか何とか言うけども、あの程度で性犯罪を起こす子がいるのだろうか。子どももそこまでバカじゃないだろう。デリヘルを利用してトラブルに巻き込まれたとするならそれはオトナの問題だし、そこまでを自治会の責任感じる必要はない。私らしくないがそれは自業自得で、本人と警察と弁護士などで解決すべきことだ。ピンクチラシの悪影響を自治会が責任負えないなら、ピンクチラシを口実にすべてのビラ配布にあれこれ干渉してはならないことだと思う。

あと、この手数料を受け取った自治会は、法人税を払うのだろうか。払わないとするなら、これまで徴収した手数料をそれぞれビラ配布した人たちに返還しなければ、申告漏れになるのではないか。

持ち主の東京都住宅供給公社は、この件でポストは各住人に管理権があり自治会には管理権がないと厳重注意した。こちらは経済的な権利として正しい判断をしたと思う。

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6/2 年金行方不明の処理を数字で考える

●行方不明の年金記録が5000万件あるというニュースについてその数字からいろいろ考えてみたい。
行方不明の年金の総額が960億円というニュースについて。
960億円÷5000万件=2000円。1件あたり総額2000円だということ。つまりほとんどが短期間で退職した職場で払われた年金記録がつながらなくなっているというのが実態だといえる。転職が多かったり、1号、2号、3号と保険者の種類を変えてきた人がなりやすいということのようだ。与党の肩を持つ情報は流したくはないが、払っている大半の年金は行方不明になっていないと言える。終身雇用を満喫した人は不安に思う必要はないと思う。しかし、私の父のように若い頃に転職を繰り返した人は自分でも、いつからいつまでどこにいたのか、正確には覚えていないぐらいだし、年金保険料の納入開始月と納入終了月には就業期間と数ヶ月のずれがあるから、本人もよくわからないだろう。

次に調査費用が1000億かかるというニュースについて。
行方不明の年金額より調査費用がかかるということの奇妙さをどう考えたらよいのか。もちろん調査コストを圧縮せよという意見になりがちだが、1件2000円ちょっとだから、派遣職員1時間分程度の人件費。派遣職員が1時間でそれぞれのデータの持ち主を突き止めるのだから、効率的にやれてという数字だと思う。

5000万件を1年以内で調査するという与党について。
社会保険庁の職員は2万人もいない。通常業務をやったり、未納者の取り立てをやったりしながら調査をすることになる。半分も職員もあてられないはずだから、最大半分と見積もっても1万人未満の職員で、5000万件を当たるのだから、土日すべて返上しても1人5000件以上、1日10件以上調査しなくてはならない。社会保険庁は職員が多すぎると批判してきた与党だが、人減らししている中でどのようにこの膨大なデータの調査をやるのか、誰もその手法を検証していない。

数字をひっくり返して見ると、①どんなにコストや時間や人手をかけても最後まで正確に行方不明データをつきとめていく、②1件のデータに二重三重に権利者が発生することになる可能性があっても、就業期間や住所が証明できればエイヤって払ってしまう、③西友札幌元町店のように不払いを申告した人すべてに払ってしまう、④給付額決定の制度を簡素化したり、一部または全部の年金を税方式化する、の4パターンぐらいの対応策にまとめられると思う。
①の場合は、二重の権利発生を認めないという考え方だから、行方不明データの行方を全件つきとめるまでは給付できない。②の場合は、一部詐欺が発生するリスクと、1件の年金データに複数の給付をぶらさげるシステム改造ができるかどうかという難しい問題にいきたある。③は、詐欺師や暴力団などがむしり取る危険性が高い。④は本格的政治合意を形成するための努力が必要になる、などの障害が待ち受けている。

しつこいけども、今回の年金行方不明事件では、申請主義の年金制度がそもそも国民皆保険の理念にそぐわないシステムであることを露呈したと思う。転職したり、住所が変わるたびに、市役所や電力会社だけではなく、社会保険庁に報告してやらないと年金がつかない、というシステムが問題だと思う。実際に、今年転職した家族に年金の変更申請用紙が届けられたが、いったい何のために届け出を要求されて、何がメリットになって、どこの欄に何を書いたらいいか皆目わからない。こんな手続きを中卒で東京出てきたような人たちに申請させることの方が奇跡とも言える。それから社会的に立場の弱い人ほど、未納期間や行方不明になりやすい納入記録をつくりやすくなり、本来、高齢になったときの経済弱者を発生させないシステムである公的年金が、社会的強者に手厚く、社会的弱者に手薄なシステムになっている。

●安倍首相が、行方不明の年金について、「国民の目線に立って」救済するとばかり声が大きい。でも具体的な方法は何一つ出てこない。一方で、責任追及ばかり強調して、救済策の具体的な手法について明らかにしないまま、強引に社会保険庁の解体と、職員に対する制裁(不誠実な仕事をした職員より組合活動に協力した職員に制裁されるのだろう)することに結びつけ、国民のフラストレーションだけ社会保険庁職員にぶつけてうやむやにするのだろうか。もともと国税と一体化する話以外の社会保険庁解体論は社会保険を外資系保険会社に売り渡す話から来ている。

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6/1 バブル青年が農相に

自殺した松岡前農相の公認に赤城徳彦氏が就任。ナイスの会みたいな雰囲気を感じる。
86年におじいちゃんから地盤を譲ってもらって初当選した。そのころ、マスコミが政治家の私生活をやたら報道したがっていた時代で、彼は選挙区が茨城なのに、外車で国会に通うという、バブル青年議員の代表選手みたいな紹介をされていた。
塩崎といい、何といい、赤城といい、どうしてこうも二世三世の生活感覚のない人間が大臣になるのか、ばかばかしくなる。

●この間読んだ本や雑誌記事。
保坂正康「50年前の憲法大論争」。1950年代の鳩山一郎が改憲改憲と騒いでいた頃の国会の議論が掲載されている。首相の改憲論はこの時代のままフリーズしていることがよくわかり、面白い。
井上薫「司法のしゃべりすぎ」。判決の主文に必要のないことを理由にあれこれ書き連ねて勝手に倫理を作っている裁判所の問題を指摘している。何の判決だかわからないが、加害者が加害者となったゆえんを勝手に無視して、大岡越前の猿まねをして加害者の憤懣を無視して俗流道徳を押しつける裁判官がいたことに何となくムカついていた。この本の主張はおおむねいいと思うが、例題が左翼の訴えた裁判の判決ばかり引き合いに出すことに、思想的なものを感じて深入りできなかった。
幻灯舎新書から加藤鷹「エリートセックス」が新刊で出ていた。この前読んだ本とそんなに中身が変わらないが、加藤鷹自身がどうしてそういう考え方を持てるようになったのかの経験談がいい。
村上正邦・平野貞夫・筆坂英世「参議院なんかいらない」。参議院の本質的な役割について、なまの議論として面白いが、6割はグチ話みたいで、読んでいて疲れる。政局話が好きな人にはいいと思う。この中では平野貞夫が一番まじめ。
雑誌「論座」の赤木智弘「丸山真男をひっぱたきたい」の続編「けっきょく自己責任ですか」を読む。何の価値も認められないフリーターが社会のためとして戦死して認められたい、という論理は成り立ちうると思うし、高学歴な左翼が無視してきた、使い捨て労働者のアイデンティティーをつきつけるには面白い表現だと思う。だからって戦争にかり出されて何になるのか、という冷徹な視点を失ってはならないと思う。
愚劣だと思ったのは、この間、フリーターを搾取して中産階級から上流階級に仲間入りしたのは、IT企業を騙るハゲタカや、人材派遣業の経営者たちなのに、そうした成り上がり者を否定せず、彼らを潰しても自分たちの分け前には影響しないと免罪し、中産階級や組織労働者を階級敵のように憎悪することだ。ここに赤木氏の限界があると思う。格差社会の進行は、組織労働者の既得権益なんかにあるわけではなくて、ハゲタカ同然のIT企業や人材派遣業の経営者の経済搾取にあるのではないか。昔は彼らは乗っ取り屋、ブローカー、手配師などと言われて、暴利を貪ることを追認された代わりに蔑まれた存在だったのに、今はニュービジネスとしてもてはやされ、就職(転職?)人気企業だったりする。
組織労働者の「既得権益」を破壊しても、そこで踏みとどまれたはずの能力ある労働者がフリーターになって、それまでのキャリア形成ができないできたフリーターの職を奪うだけだ、という冷静さを持たないかぎり、赤木氏は搾取され続けると思う。

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2007.06.01

5/31 いよいよ電子投票本腰・自治体のお金が狙われています

国政選に電子投票導入するために今国会に与党が特例法改正案を提出するという。
これは税金の無駄遣いである。公務員に残業代を払って集計作業をするのと、コンピューターの導入・維持費用とどちらが無駄か、冷静に考えるべきである。
パスポートのインターネット発給システムは100億円以上使って、結局ほとんど使われなかった。大した仕事ではないのに、コンピューター使うと一見進歩しているように見えることが、実に危ない。鳩山邦夫氏らしい飛びつき方である。

電子投票システムは、いつかどこかで汚職の問題になってくると思う。選挙なんて4年に数回しかない、担当職員以外は忘却されている業務。そういうところに国から巨額のお金を使えと指示され補助金がばらまかれればどうなるか。住民や職員どうしの関心や監督が手薄なところに巨額のお金が流れ込んでくる。しかも端末機もシステムもおそらく大手ITメーカーしか対応できない。寡占市場である。ごみプラント工事に汚職が絶えないように、納入するIT業者の格好のカモになりそうである。

ところで、人をねたんでいるヒマがあれば自分がまねすればいい、というのは金儲けする人たちの精神訓みたいなものである。私も金持ちになりたければ、IT業者になって自治体に電子投票システムを売り込めばいいのか。

●ご縁を話すと縷々長くなるが、前京都市議の鈴木マサホさんが、選挙違反の議員が辞職したことで繰り上げ当選。落選が残念だったので嬉しいニュース。

●現職の国務大臣が自殺したというニュースがテレビからすぐ消えた。年金問題などと違って、政局がらみで慰留を繰り返した首相の道義的責任は逃れられず、誰かになすりつけられない事件だからか。
マスコミ対策という意味では、これまで菅義偉やしつこい秘書がマスコミを抑圧したり次から次に訴状をちらつかせた効果が出ていると感じる。
年金問題で首相は、歴代の社会保険庁長官や、菅直人氏が厚生大臣だった時の責任など、他人に責任をなすりつける発言ばかり繰り返していて見苦しい。そんな年金制度作ったのは国会、とりわけ政権与党ではないか。ほんとうの責任があったかどうか知らないが、「責任者」という肩書きのスケープゴートを次から次に見つけて追及すれば、国民の理解が首相になびくのだろうか。
そもそも首相は厚生労働族議員だった。野党からふらっと厚生大臣になった人より、政権与党の族議員として、野党議員では知り得ないような年金運用金の利権構造をよく知っていたはず。その責任も問われるのではないか。

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5/31 1人区に野党候補がせいぞろいは民主の責任大【大分】

●今度の参院選の大分選挙区に国民新党も候補者を出す。1人区にもかかわらず、社民、国民新、民主吉良代議士系無所属(当社比の勢力順です)と勢揃いし、さながら野党のデパートみたいになってしまった。いや分裂して罵り合っているから、露天市か。
地域社会に根を張り巡らせている社民党王国を壊そうと、民主党の吉良代議士が、連合を中心にした社民党との協議を引き延ばし、小沢一郎氏の引き留めまで振り切って、社民党を否定する候補を擁立することに執心した結果だと思う。
強引に野党統一を壊した民主党も、社民党から移籍した横光克彦代議士の総支部は、社民も吉良系無所属も明確に応援できないようで、困り果てているようなことが地元紙では報道されている。
吉良氏は小沢氏の腰巾着みたいに振る舞っていたが、野党協力で1人区の大半を取ることで最後の政治生命を賭した選挙とするという小沢氏のめざす道を、最も野党勢力が取る可能性の高い県で潰した戦犯となり、中央政界での影響力も、親分を変えないかぎりこれで終わりになるのではないか。
一方の社民も、社民党の大分市議が「もう少し社民色の弱い人を出せなかったのか」とぼやいているようで(地元紙)、そこも問われてくる。
今大分市長をされている釘宮さんが民主の代議士だったら、こんなことあっただろうか。

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