4/29 認可保育園、17時00分でガラガラの謎
この1ヵ月、子どもを念願の認可保育園に預けることができた。無認可保育園に比べ、人件費がきちんと払われ、人員配置も施設の広さも法律的に保障されていることがメリットだからだ。だが私の側の事情があって1ヵ月で退園して元に戻ることになった。
この1ヵ月ほんとうに不思議な体験だった。
ありがたいことに私は保育の送迎で勤務時間を一部減免してもらっている。それで迎えに行っても、私の子は居残ってる子どもの中では最後の方だった。もっと早くお迎えに行ったことが何回かあった。4時半~5時には子どもたちの大半がいなくなっていることがわかった。
5時にお迎えに行ける親って、どんな人たちなのだろうか。一部にそういう就労の人がいるということはわかるが、大半がそうだとすると、いったいこの人たちはどんな就労をしているのか?まったく不思議な光景だった。私の狭い人生経験の中でも、保育園のお迎えのために3時や4時に退社する人ってほとんどいなかった。
無認可保育所に預けていた頃は大半の保護者が18時半前後のお迎えだった。これぐらいが普通の働く保護者だろう(それでもサービス残業は全面的に返上して)と感じてきたし、どうしてこの人たちが施設・人員面で手厚い認可保育所に入れない、入らないのだろうとずっと疑問に感じてきた。19時まで認可保育園は開いているのに。
市の条例も市役所も、朝霞市は保育時間を16:30まで、と釘を指している。1981年以前のルールを強引に適用している。一応は19時まで開けるけど延長保育なんだから、という態度である(この延長保育の定義は厚生労働省の通知と異なり、朝霞市内勝手な決めである)。市立保育園の保護者会の人たちと意見交換したときには、18時45分には園の建物から追い出し縁側でリュックサックを背負わせて1人で待たせる園もあるという話もあった。そんなことだから、お迎え時間に不安がある保護者はこの時点でしりごみして申請を出さないのだろうか。
これまで私は福祉の利用料について議論を避けてきた(福祉サービスの利用料を値切る主張はわかりやすく政治問題化するので、結果として福祉サービスを充実できなくなったり、利用者が限定され役所の裁量で決まることになってきた)が、今回、認可保育所を体験して、保育料の高さも問題だと思った。
フルタイムで夫婦働けば所得税は夫婦で25~30万円程度になる。そのぐらいの水準ですでに朝霞市の保育料は最高ランクの保育料になってしまう。都内より保育料が1万~1万5千円高い。地方交付税無しやっていけない父の郷里の九州の某市(ということは朝霞市より格段に財政力が落ちる)と比較すると、フルタイム労働の夫婦なら九州の市の倍ぐらいの保育料になっている。ちなみにこの市は年間300万以上納税の高額納税者には、この市は保育コストの全額負担を求めている。いなかで年収2000万も所得がある人の保育に公費を使う必要がない、という考え方は一理ある。朝霞市は超金持ちもフルタイム夫婦と2000円程度しか違わない。
話は戻って、保育料が高いと、働いて納税することより、働くことをセーブすることにインセンティブが働いてしまう。保育料に給料の半分持って行かれるぐらいなら働かない、ということである。保育料が低いと、働かないでいるより保育料払ってでも働くことにインセンティブが働く。
保育料には公費がつきまとう。この部分が財政の無駄だ、と言い切る人も多い(たぶん、妻を専業主婦にしてバリバリ働いて、退職後地域社会に入ってきて、財政の無駄ばかり気になるような人だと思う)。市役所の大半の職員も無駄とは言わないが、何かにつけて「税金を使ってやっている」んだという家父長制の響きがする言い方をする。
しかし日本のようにM字雇用で、結婚育児によって仕事を中断してしまうと年収ががたんと下がる社会では、保育にかける公費と、結婚または育児で仕事を中断して下がる税収とを比較して、税金が無駄かどうかを判断すべきだろうが、そのことについて「保育をやってやっているんだ派市職員」「保育は無駄派市民」がなにがしか証明した調査結果をまだ見たことがない。税金だけならそれでいいが、本人が就労や社会参加の意欲があるのにそれを断念させて、家庭内に人材が退蔵することまで計算に入れると、「保育は無駄派」は一面しか見ていないと思う。
また、共働き家庭が増えれば市民所得が上がるわけで、その稼いだお金を市内で使ってもらえば朝霞市の経済力もついてくる。地域に経済力がついてくれば市内に優良な雇用先ができてくるわけで、結果として市民全体では通勤時間も減り保育環境がよくなっていくことになる。
朝霞市の保育料の体系だと、夫がフルタイム&妻が10時~15時ぐらいのパートで働く層と、最高ランクの保育料を払っても痛くもかゆくもない超お金持ち夫婦(不動産業経営者で妻が経理事務か何かの名目で働いたことにして保育申請しているようなパターン)が一番保育環境が良くなることになる。
このことをどう受け止めるのかいろいろな考え方があるが、例の九州の市の保育料の体系と比べると、フルタイム共働き夫婦を冷遇していると感じざるを得ない。私が子どもの頃、町内会の寄り合いで健全育成の活動か何かを議論しているときだったと思う。共働き夫婦の子どもは必ず非行に走るといったような議論を幹部たちがしていたことを思い出す。
朝霞市の認可保育園にはフルタイム夫婦の子が割合として少なくなってしまっている。その見えている前提だけをもとに、市内の保育関係者は、「そんなに保育ニーズはない」と延長保育不要論を市の審議会などで強硬に主張している。市の職員もその意見に大きく頷いていたりする。しかし社会構造、もはや夫婦フルタイムで働く家庭はごく少数派ではなくなっている。その隙間をを「家庭保育室」という市独自の補助金を出す無認可保育所や池袋など繁華街にあるベビーホテル並の無認可保育所が受け皿になっている。そのことについては実質知らんぷりである。こんな偽善的な福祉があるだろうか。
社会構造として必ずいるのに、目につかない、市役所の申請に出てこないということでばっさり切り捨てているだけのこのまちの福祉の議論に疑問を感じている。この街は、働く人に住みかを提供して成り立つ街であるにもかかわらずに、だ。
