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2007.04.29

4/29 ボランティア参加で介護保険料減免

厚生労働省が介護保険料にボランティアポイントを導入するという。介護ボランティアに参加した人ほど介護保険料が安くなるというものだ。

一見、善政のように見えるが、結構滅茶苦茶な制度である。社会的にも肉体的にもボランティアができない人たちがいる。そういう人たちとそれ以外の人たちに差をつけることになる。

介護保険の理念の中には、そうした社会的・健康的に不利な状況におかれた人たちに等しく介護を受ける権利を与えることにあったはずで、介護予防事業の後ろ暗い話なども含めて屈強な人間ばかりを優遇し、介護は自己責任と言わんばかりの最近の厚生労働省のやり方には違和感を覚える。

ボランティアに参加さえしていれば要介護にならない、などという保障もないし、介護保険を減免してほしいだけでボランティアに参加するような人間にボランティアされるのもどうだろうか。まさに制度設計時に「保険」の考え方になじまないと斥けたことは正しい考え方である。

さらには、所得階層が少ない今の介護保険料でこの制度を導入すれば、低所得者ほどボランティアにかり出され、ボランティア参加による減免の恩恵が数千円に留まる高所得者は参加しない。ところがメタボリックシンドロームは高所得者に集中している(100円ハンバーガーなど低所得者向けのファーストフードが普及しているこれからはちょっと変わってくるかも知れないが)。まったくおかしな話になる。

さらには、介護保険制度はこれから障害者介護と統合することを真剣に考えなくてはならない段階に入る。障害者介護と統合するに際して、こうした制度を導入することがふさわしいのか、よく考えなくてはならないと思う。

不当判決をなくし、不透明な裁判制度に外からの光を当てようという裁判員制度には、仕事や体の事情で参加できない人のことを真剣に議論するのに、仕事や体の事情で介護保険を使わなくてはならない人を制度で不利な状況におくことはどうだろうか。

自治体の判断なので、地域地域でよく話し合って導入することをしてほしい。その際、最低限、このボランティアの中に、介護サービスへの参加を入れないようにしてもらいたい。介護をする人と受ける人の圧倒的な立場の優劣をつくってはならないし、そのために現在はそこに金銭を介在させて立場の優劣を精算している。また、どうしても必要な介護労働力が無償ボランティアと比較されて、いつまでたっても低報酬で人材が定着しない。ボランティアから出発する介護労働への評価のままでは、景気回復(景気の正常化という段階だが)による賃金上昇とともに、制度あってサービスなし、ということになっていくだろう。

介護財政の建て直しをやりたいのであれば、医療保険制度の改革をし医療と介護の棲み分けをなお明確化すること、医療に対して著しく評価の低い介護労働に対する処遇改善を行うこと、介護事業者に対する保険者(自治体)監視機能を強化し不正請求を根絶すること、ケアマネージャーの雇用主を民間事業者から切り離すことなどが課題になるはず。厚生労働省は介護や医療関連の事業者団体の圧力に負けて、これらの課題を先送りにし続け、介護についても個人責任の面ばかりを強調するのは、虫が良すぎるのではないかと思っている。

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2007.04.28

4/28 市議会の議員定数削減の請願について考える

市報あさかの議会だよりに、請願審議の継続審査として、朝霞市市議会議員定数削減に向けての請願が提出されている。
たびたびこのブログでも地方議会の定数削減運動について書いてきたが、議員が少なければ少ないほどいいという観点での定数削減は、民主主義の空洞化にもなる。議員定数の改定をする場合には、選挙とはそもそも何のために行うのか、その原点にたちかえり、1.民意との緊張関係を保つため適正な競争状態で首長や議員が選ばれているかどうか(つまり能力や民意に離れた議員を落選させることができるか)、2.そこの街では議員を専業と位置づけるのか、それとも兼業であるべきととらえるのか、ということをよく吟味する必要がある。

よく議員は多ければ多いほどいい、という議論に出くわす。左派系の市民派にこういう主張が多い。確かに市民全員が熱心に地域社会について議論し、まともな合意形成をしていく時間的・能力的余力があれば、その通りだと思う。でも現実的に、そんなに市の政治について議論をしつこくやる余力は大半の人にない。
今の議会の状態のまま、定数が多いほどよい、と言っても、左派市民派が望むような議員が増えるとは思えないし、その残りを実力もないのにギラついてる専業政治家と、資産家が埋めるだけである。
江田派的な言い方をすれば、選挙は、よりましな政治家を選んでいくたゆみない革命である。逆に言えばより悪い選択を落としていく作業である。したがって適度な競争状態を保たなくてはならない。
1.の適正な競争状態で選ばれているかどうか、という観点で考えるとき、昨今の近隣市の市議会議員選挙での競争率が低下する傾向について考慮に入れなくてはならない。
統一自治体議員選挙で行われた和光市議会の選挙も、2人が落選するだけで、しかも候補者のうち3人は有権者の1%を割り込む500票を下回っている。結果から見る限り、最下位の当選者は、落選者2人と含めて3人でいすとりゲームを争い、現職は楽勝だったという結果になってしまっている。前回の朝霞市議会議員選挙でも落選者は1人だったが、5人の候補が人口の1%、1000票を下回っている。志木市でも同様の傾向ではなかったか。選挙での適正な競争を維持しておかないと、現職が議会活動、有権者とのコミュニケーション、両方で安穏を決め込んでしまう可能性がある。逆に東京都内は毎度多数の新人候補が出てきて、今回は勢力が激変した市や区もある。

競争率を高めるには、市民が関心を持って投票率を高めることに越したことはないが、そうは言っても魅力ある候補者が少ない選挙なら、どうしようもない。競争率を維持するという観点では、①門を狭くして定数を削減する、②議員になりたくなる要素を増やしてエントリー者を増やすという両方の可能性がある。朝霞市の場合、議員の所属会派(進政会=土着保守と公明、共産で議会の8割)でも、出身職種(農業と自営業者)でも偏っており、サラリーマン住民の多い都市の住民構成と乖離が著しい。②の要素をもっと高めることが大切で、そのためには魅力ある議会情報の発信と、議会の有効性を高めるための議会改革、市役所の係長級以下の報酬の改善が必要だろう。私は今いる議員の顔ぶれを前提にして競争率を高めるよりも、新規参入する政治家を増やすことの方が大事だと思う。魅力ある候補者をどうリクルートするのか、それが今の地方議会の課題と言ってもよい。

2.の専業か兼業かということも大事だと思う。専業なら1.で述べたとおり、優秀な人材を確保するために、報酬改善が必要である。現在の役所の係長級以下の報酬では、ストレス溜めた窓際族か配偶者に定収のある人か、公明党員か共産党員しか、サラリーマンは議員には転職してこない。
議員は否が応でも次の選挙のための積立をしなければならない。税金は経費を認められないサラリーマンとして課税されるのに、社会保険も自営業とみなされ不利な国民年金と、割高な国保に入らざるを得ない。失業保険もないから、落選後再就職までの生活も少しは考えておかなくてはならない。そんな議員になることによる経費などを差し引くと、議員が使える収入は市役所の初任給並の手取りになる。いくらきれい事を言っても、著しく生活水準が下がるんだったら、普通の人はやりたがるわけがない。少ない報酬の穴埋めができない議員は、何をするのだろうか。
こうした状態を放置しておくことは、ベッドタウンの街の合意形成のシステムとして問題がある。急激な高齢化の問題は、自営業者や農民よりも、サラリーマン家庭を直撃する。サラリーマン出身議員が少なければ市役所の職員は議員の大半である自営業者や農民階層にのみ気を配ることになる。結果として、高齢者無年金者、離婚した高齢者の問題などが、一気に生活保護などに集中したり、重度の要介護者がいきなり役所の窓口を訪ねて救済を求めてくるような事態が増えるだろう。

優秀な人材を議会に呼び込むためにも、都内のように年収1000万とは言わないまでも、平均的なサラリーマンの手取り収入になる程度の報酬改善が必要だと思う。そのための定数削減なら賛成してもよい。ただしその場合も年間の議会の開催日数をもう少し増やすべだろうし、行政の作ってきたいろいろな審議会を意志決定機関である議会の下に移管させることなども考えるべきだろう。議会の仕事を増やすことが抱き合わせてなければならないだろう。

もう一つの選択肢は基礎自治体の議員ぐらいは兼業にするということである。それに移行する課題は議会の日中開催である(これはベッドタウンの自治体の議会の開き方としてそもそもナンセンスなことだ)。日中に議会で年80日も拘束されてもやっていける人は、働かない社長か、土を耕さない農家か、専業主婦しかない。実際のところ、農家か自営業以外の議員は、非営利団体の役職以外肩書きがなくなり、議員として専業化してしまう。他の仕事は、副業となってしまう。
兼業であるなら、議員に支払うコストは、報酬は無しで、議会事務局を通して請求される実費経費と費用弁償(休業補償と日当の中間的なもの)だけにするのが正しい。議会事務局の強化も必要になるだろう。
そうであれば、議員を増やすことだって考えたっていいし、各種審議会等も議員として運営してもらったっていいということになる。
あるいは町内会などに市の合意形成の下請けみたいなことをやらせているが、そうした機能も議会に取り戻し、選挙で選ばれたアマチュア市議たちニよる政策論争によって合意形成を図っていくことができる。町内会の仕事を軽減でき、本来あるべき姿である地域の互助組織とに専念できる。

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4/27 アメリカには河野談話を上回る謝罪

従軍慰安婦を政府が強制した事実はない、と強弁してきた安倍晋三が、アメリカ人の前で反省の弁。河野談話を否定しようと画策してきた安倍晋三の姿勢がすべて裏目に出ている。アメリカ人の前での卑屈な謝罪内容に、ウヨ支持者の考えを聞いてみたいものだ。

今までの間違った態度を改めたのはいい。しかし、直前に行われた中国首脳の訪日の中で何もいわず、被害者でもないアメリカ議会に謝罪しているのが、根本的に間違っているし、問題だと思う。アメリカ人従軍慰安婦がいなかった事実も見つけられないと思うが、従軍慰安婦問題は、日本人、朝鮮人、中国人、東南アジア国々の人たちにとっての大きな問題であるはずだ。

軍隊と一緒に戦地を彷徨った従軍慰安婦だった人たちに、政府は軍人なみの恩恵を与えただろうか。日本人に対してでさえ、軍恩の1割も誠意を見せていないはずだ。

●北朝鮮が拉致したとされる2人の子どもの問題でマスコミがにぎやかだ。繰り返すが、この問題は相当早くから話題になっていて、今頃という問題であるはずだ。今まで何をしてきたのか、というのがほんとうの話だ。
あわてふためいて外務省は、北朝鮮に2人の子どもとその母親を差し出すよう抗議しているらしいが、バカじゃないかと思う。
暴力団に拉致された人の親族が、しらばっくれる暴力団相手に、表玄関から家族を返せと抗議行動をしたら絶対返ってこないだろう。正攻法で返ってくる可能性があるとすれば暴力団の組織存亡の危機のときだけだ。正攻法でやられたら、暴力団も誘拐・拉致監禁の嫌疑をかけられるのを嫌って、闇に葬ってしまうだろう。
拉致問題に関しては、拉致問題全体について北朝鮮に抗議することが大事だと思うが、個別の人の帰還を実現させるためには、もっと手練手管を使わなくていいのだろうか。決してお人好しな国とは言えない北朝鮮が、抗議を受けたからはいはいと返すとは思えない。

●天皇・皇后の訪欧に、野依良治が付いていくという。訪欧は天皇家の旅行の中でも、最も教養と品位が求められるのでなはいかと勝手に考えているが、教育再生会議の滅茶苦茶な野依氏の主張を聞いていると、天皇には
不釣り合いで下品な感じがする。誰が推挙したのだろうか。安倍内閣の恒例行事でもある猟官運動でもあったのだろうか。

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2007.04.26

4/26 コミュニティーバスの管轄が変わる

子どもか発熱。仕方がないので休業。家族が早めに帰ってきたので、保育園通園でネックの1つになっているコミュニティーバス「わくわく号」のことについて夕方、市役所に聞きに行く。回送車が多いし、保有台数も多いのになぜ便数が少ないのか、疑問に思っていたから、一度聞きたいと思っていた。
※こういうときに資料の提供をお願いすると比較的すんなり出してくれるのが朝霞市のいいところだ(利権関係などディープなものを出すかどうかはわからない)。職員にとって七面倒くさい情報公開制度の定着が、情報公開経由で請求されるぐらいなら先に出しておこうということになっているのだろう。

担当部課が変わったばかりで、まだ何もという状態。とても増便をお願いしてすっと考えます、という回答になるような状況ではなかった。ただし以前は、市の重要施策を扱う企画部管轄だったのが、道路交通課に移管されたことは、マイカーや自転車対策と同時にバス整備をやっていくことができるわけでよかったのではないかと思うが、実際のところはどうだろうか。

利用者と収入は増えているものの、それでも維持費の大半は市からの持ち出しであることは変わらない財政構造、CNGガスを燃料としているため遠い営業所まで燃料補充をしにいかなくてはならないこと、国際興業・西武・東武の三社委託のため具体的な乗客数や路線別収支、台別の運行表を把握していないというあたりが課題に思えた。委託契約のあり方に問題がありそうだ。

10年前に調査で入手した、武蔵野市のムーバスの開発に関わる資料をコピーし渡して、使えるコミュニティーバスになる改革を期待しています、とお願いした。ムーバスは全国最初の取り組みだったので、市役所、バス会社、車両会社、関連の知識人、コンサルタントが知恵を全部出し合って開発した。単に地図のバス空白地帯を埋めるだけではなくて、利用されるバスとなるための知恵が大事だと思っているからだ。開発に携わった岡並木さんを3度にわたって訪問して伺った話が生きてくればいいなぁ、と自分では思う。

担当してくれた課長さんが、交通不便地帯の職場に徒歩で通勤していたこともあるということで、好感が持てたし、これからに期待したいと思った。

どうしたらコミュニティーバスの乗客が増えるのか、増えれば採算も改善し増便できてさらにサービス改善ができるし行政効果も高まるのではないか、そんな視点でこの施策に取り組んでほしいし、それをしないで今のまま何年も放置すればやがて「無駄遣い」にうるさい市民から格好のやり玉に挙げられてしまい、結果として、バス車両の更新時期に廃止となって、寝たきり高齢者や公共施設を利用できない市民を増やしてしまうことになることを心配している。

あっ、それと市役所に行くと、いつも駐車券を使うかどうか真っ先に聞いてくる。マイカー族優遇じゃないだろうか。駐車券なんて請求されるまで出すべきじゃないと思う。好きでクルマで来て、公害をまきちらし、渋滞の原因を作っているのだから・・・とアンチマイカー族で市役所にいくたびに公共交通の料金を払っている私は思う。

●阪大の小野先生からいただいた新書を読み進む。
弱者の側に立つ人たちが、政治の温情として再配分を要求するが、それだから新古典派(新自由主義とでも言うのでしょうか)の人たちに、それでは社会効率が低下する、と一蹴されてまうからダメなのだ、という。
再配分は社会効率に叶うことであり、再配分をしない方が効率を低下させるんだ、というケインズ経済学の論理を展開して効率性の問題として所得や社会資源の再配分を要求すべきだ、という小野先生のレトリックはいい。
もちろん、社会効率につながらなくて人権問題の理由でしかやらなくてはならない再配分もあるけれども、生活保護、年金、医療保険、家族にとっての保育や介護、ひとり親家庭への支援、地方交付税などは、社会効率の上からも重要な施策で、これらをもしやらなければ、そのサービスなしに社会参加できない人や家庭は沈殿して、社会効率は大きく低下するに違いない。一つは有効需要の低下というかたちであらわれる。
この社会効率のために再配分という視点をおざなりにして、温情論だけで再配分をやると、地方の土建屋みたいなのが弱者の代理人として跳梁跋扈することになる。

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4/26 「親学」の前に「委員学」だよ

●教育再生会議が「親学」だと。余計なお世話だと思う。
◇「親学」提言のポイント/(1)子守歌を聞かせ、母乳で育児/(2)授乳中はテレビをつけない。5歳から子どもにテレビ、ビデオを長時間見せない/(3)早寝早起き朝ごはんの励行/(4)PTAに父親も参加。子どもと対話し教科書にも目を通す/(5)インターネットや携帯電話で有害サイトへの接続を制限する「フィルタリング」の実施/(6)企業は授乳休憩で母親を守る/(7)親子でテレビではなく演劇などの芸術を鑑賞/(8)乳幼児健診などに合わせて自治体が「親学」講座を実施/(9)遊び場確保に道路を一時開放/(10)幼児段階であいさつなど基本の徳目、思春期前までに社会性を持つ徳目を習得させる/(11)思春期からは自尊心が低下しないよう努める

こんなこと、有権者に押しつけることを「親学」なんて言う前に、科学的根拠もないのに情緒だけで教育を語るこの委員会の委員たちにちゃんと「学」をつけてほしいものだと思う。

この中でも1つだけいいことがある。(9)遊び場開放に道路を提供、だけだ。マイカーを運転する快楽というオトナの都合を、「子どものため」と称してクルマ漬けにしている子どもの遊びのメニューをもういちど生活に戻すには必要なことだと思う。そのためには、道路は誰のものか、という主権の問題を再確認する必要はあるだろう。でも絶対できないねこれだけは。地域社会のど保守の人間たちほどマイカー漬けだ。道路利権とも密接にからんでいる。

以下、提言に対する感想。
(1)子守歌、へぇ。昔は乳母が歌ってくれたものだけどもなぁ。保育士じゃダメなんかい。
(2)授乳中にテレビを付けないことに意味があるのかね。授乳をストレスにしないことが第一なんじゃないかね。
(3)自分が早寝早起き朝ご飯で育ったからよくわかるけど、仕事やっていく上でダメだね。体にリズムが入ってしまっているから無理が利かない。夜更かしできないから深夜残業ができない。時間が来ると腹が減ってしまうから、晩ご飯なしに残業すると気が気じゃない。職場でいろいろなことに耐えて尊敬されている人や、仕事できる人って、早寝早起き朝ご飯じゃない育ち方している人の方が多いと思う。彼らは朝、デスクの上でコンビニのおにぎりをほおばったりしているよ。私のように朝食抜けずに遅刻するような人間がダメだと思う。
(4)PTAに父親参加、と父親に要求する前に、学校の都合で保護者を動員するようなPTAのあり方を変えてください。専業主婦家庭のライフスタイルに合わない人をいじめるようなPTAのあり方を改革してください。でなければ父親は参加できません。
(5)有害情報とは何ですか?どこまでを指すのですか?有害情報とは誰が決めるのですか?戦前のような時代では労働運動の情報も有害情報に見られていました。今でも労働運動を有害視する人たちはたくさんいます。
(6)授乳休憩って、職場から保育園に戻って授乳させてくれるのですか。そんなこと企業ができるのですか。
(7)生の芸術なんて東京でしかないじゃないですか。芸能人に囲まれて生活してきた右翼言論人らしい提案ですね。北海道の北見枝幸みたいなところで生の芸術なんてどこで見つけるのでしょうか。
(8)歪んだ赤ちゃんを選別する集団検診に「親学」まで入ってくるならますます行きたくないですね。
(9)大賛成。道は誰のもの、という問いかけを徹底的にやってほしい。
(10)あいさつは徳目じゃないでしょう。
(11)自尊心って何ですかね。日本の子どもが自尊感情が低いという、子どもの権利を認める側のデータを強引に愛国心に結びつけようという魂胆だ。自分を大切に思う感覚と愛国心は違う。愛国心がなければ自尊感情が湧かないという人を育ててもなぁ。
それから、これまで保守の人たちは子どもは学んでいく存在だから謙虚でなきゃならん、と教えてきたわけでしょ。それがここにきて自尊心ばかりことさら問題にするのは何かおかしいんじゃないでしょうかね。
現実に、最近は自尊心と自分のギャップが埋まらずに変なことやるウヨ系の人が増えているわけで、たとえば長崎市長を撃った男とか。

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2007.04.25

4/23 本をいただく

久しぶりにしっかりした若者に会う。この若者をやさぐれさせないためには、この若者にもっともっと活躍の場ができるには、自分もがんばらなくちゃと思うことがいっぱいだ。

●以前、機関紙の取材でお世話になった大阪大学経済研究所の小野善康教授から著書「不況のメカニズム ケインズ一般理論から新たな不況動学へ」を贈っていただいた。ありがとうございます。中公新書から今日から発売。

●夜、友人と電話していて、今回の統一地方選挙後半の傾向についてあれこれ語る。
政党分布では、自民党の古いタイプの議員の落選が目立つ。民主が躍進、社民党の復調も。社民党については国会での復活は難しいし、県議選も苦戦だが、超大選挙区制の市議選では、中位以上の当選が目立った。各自治体で2議席程度当選させることができる体力を回復したと思う。ネット右翼に代表される右陣営の社民党に対する草の根ネガティブキャンペーンも浸透力が失われてきている感じか。社民党をこれ以上攻撃しても北朝鮮は崩壊しないし、同和利権もなくならないことがわかってきている。
明確な傾向としては共産党の凋落が著しい。市議選では議席数にあまり現れていないが、当選順位が一部の若手議員以外は下位に集中している。田舎から都市に流入してきた革新系住民を組織して便利屋的に動くが、結果として党は何を目指しているのかわからない6全協以来のイデオロギーを転換させないと生き残れないだろう。
自民党や共産党に取ってかわって「もったいない」系の左派の市民派や、既存の保守政治に一線を画し、情報公開や財政問題などの市民社会の制度確立を訴えてきた保守系候補が堅調なのも注目できる傾向。
底流に危機意識の変化があるのではないか。職場、町内で結束して危機に向かうという古典的スタイルに対する不信が蔓延している状況は続いていて、それに加えてこれまでは漠然とした危機感だったものが治安強化や福祉切り捨てに向けられてきた。それが夕張市の破綻など社会システムの崩壊の具体的なモデルの出現によって、本質的な危機が何か、見えてきたのではないか。
そういう背景事情をもとに、全国的に自民党議員、とりわけ町内会などに依存する古いタイプの議員の落選が目立つ。東日本ではそれが民主の躍進につながり、西日本では左派系市民派の優位なたたかいとして現れている。また町内会便利屋的な自民党も凋落すれば、福祉や医療でニッチの便利屋をやってきた共産党も凋落する傾向を説明できる。きちんとやれた社民党は復権する傾向も出ている。

●エリツィン大統領が死去。橋本・エリツィン会談を踏まえて、日露関係が前進していたら、と思うことが多い。当面はお金持ちになったロシアが、日本が日米安保破棄する条件でもなければ日本に譲歩することはないだろう。

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2007.04.23

4/22 統一選後半終わる

統一選後半戦終わる。土日にようやく休めた。

おとなり和光市の松本さんがトップ当選し、嬉しい。久しぶりに清々しい勝利に関わった。公示日前は細かい活動報告の配布を繰り返し、それと結合させるような選挙運動期間の売り込みが功を奏したのではないかと思う。細かい活動報告を繰り返すためには、一つ一つの議会の仕事を大切にしてきたベースがあってこそだと思う。政党会派間のかけひき、人間関係だけに埋没しているような政治家はなかなかできないことだと思う。

●友人知人の中では、
府中の小山有彦さん、千代田の小枝すみ子さん、多摩の岩永ひさかさん、市川の高橋亮平さんなどが当選。選挙カーを使わない船橋の朝倉幹晴さんも返り咲いた。同僚の妻、地方にいる同僚の夫も当選。岡山で知り合った長井さん、羽場頼三郎さんはこれから当選が出そう。
新宿の小野きみ子さん、佐世保の三浦さん大丈夫かな。板橋の横山れい子さん、渋谷の芦沢一明さん、高槻の野の上愛さんは大丈夫だろうけど、まだ結果が出ていない。
今回の選挙でポスター貼りを手伝わせてもらった柳家三寿さんが落選。足立区には浮動票があまりないんだなぁ。4年前の都知事選挙でご一緒した小平の渡部智暁さんも残念。このブログで取り上げた、板橋区長に挑戦した倉持さんも残念でした。
一方、こんな人が、と思うような人がいまだトップ当選していました。

あすは石坂わたるさんの結果が出ます。

●夕張市長選挙、最終的な結果は胸をなで下ろした結果となったが、「羽柴秀吉」が3000票近く取ったことはどう考えたらいいのだろうか。そんな名前で立候補するのは、どう考えたってまともな候補じゃない。そんなことわかって3000人もの大のおとなが投票したということは、深刻なアノミー状態なのだろうか。支持者のインタビューで「オーラがあっていい」「民間らしいがつんとした改革をしてくれそう」というコメント。これからの夕張市は、消費者相談を充実させる必要がありそうだ。

●奈良県生駒市の市議選が興味深い。まだまだ情報を追っかけているが、市の土地取得にからむ不正疑惑で誕生した新市長を、保守系会派の議員が予算案の否決などでこの1年、さんざん妨害してきたらしい。今回の市議選で、市長はたくさんの自派候補者を立てて、次々に保守系無所属の市議を落選させることに成功した。定数24のところ35人が立候補するような激戦だったようだが、本来、大選挙区の市議会議員選挙はそのぐらいにならないと流れが変わらない。また今回の市議選に候補者アンケートを取って市民に配布してきた市民運動の存在もあって、こうしたことも政治にまつわる情報を身近にして、選挙を有効なものにしていく大事な取り組みだったと思う。

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2007.04.22

4/22 基地跡地開発は、市役所と国の官僚で決めることに

●毎日朝刊に以下のような記事が掲載されていた。

朝霞市 基地跡地整備計画委設置へ 利用計画策定委最終報告受け  朝霞市の富岡勝則市長は20日、どうしないの旧米軍基地(19.4ヘクタール)に関する整備計画のたたき台をまとめる「市基地跡地整備計画策定委員会」(12人)を設置することを明らかにした。有識者による「利用計画策定委員会」が最終報告を提出したのを受け、政府、県、市などによる整備計画策定委を儲けることになった。23日に都内で初会合を開き、10回程度の会合を経て07年中に市に答申する。市は答申などを踏まえて整備計画書を作成し、08年6月に政府に提出する予定。  利用計画策定委の報告書では、中心部(16.4ヘクタール)は「学びと憩いの森」「学びと体験の森」「健康と福祉の森」の3ゾーンに分けて「公園・緑」を中心に活用することとし、周辺部の3ヘクタールの用途は明示しなかった。周辺部には国家公務員宿舎(約1000戸)を建設したいと申し入れており、政府も参加する整備計画策定委で調整が図られる。  整備計画策定委には、政府からは財務、国土交通、厚生労働の3省の担当者が加わる。大村謙二郎・筑波大教授も学識経験者として参加する。【藤川敏久】(毎日新聞2007/4/22朝刊埼玉西版より)

基地跡地利用は市民参加の100人委員会を舞台に激しい議論が続けられ、なんとか答申をまとめて終わった。そこでは、具体的に何を建設するかをめぐって腹に思いがある人たちが、抽象的なまとめ言葉をめぐって激しい議論が繰り返されてきた。つまり、100人委員会の答申に書かれている美しい言葉については誰も根本的な否定はしていなかったと言ってよい。みんなその後に控えている基地跡地に作られるものについていろいろ対立してきたのではなかったのか。それは議事録すら満足に残せないことでもあらわれている。

で、その何を作るかという議論をする段になって、市役所は市民の手から決定権を奪い、国の官僚たちと勝手にたたき台をつくるということのようだ。この街の民主主義はどうなのだろうか。基地跡地にばかり熱心な人たちに私は冷ややかな眼差しを送ってきたが、自分たちのまちのことは自分たちで決めるという基本を、市役所、市長自ら返上し、中央政府の官僚に市民よりも大きな発言権を認めたということは、残念だし、憤る。どうしようもない低レベルな民主主義である。こんなことで満足するのは、何でもいいから建設費が役所から落ちてくればいいと考えている公共事業にぶら下がっている業者だけである。その結果、国家公務員の官舎以外の開発のツケは市民が支払うのである。

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2007.04.21

4/21 和光市をかけめぐる

今日は、一連の統一自治体選挙の運動最終日(電話はあしたでもできるが)。

和光市の松本武洋さんの応援に行き、一日中、自転車に乗る。「本人」旗を立てて自転車で走り回る選挙は初めて体験した。こんなに反応がよいとは思わなかった。その前に、松本さん本人が相当に議会報告を撒き続けてきたことと結合しているのかも知れない。

松本さんのスポット演説がとても内容がよかった。

一方で、「うぐいす嬢」に紋切り型の連呼をさせる陣営もあったりして、あれって意味があるのかなと思う。宣伝カーなんかで票を取ろうなんてハナから思っていない公明党などは、それでもいいと思うが、保守系、市民派、政策派と言われるような候補者がやって意味があるのだろうか。

自転車で走っていると、故菅野寿元参議院議員が院長を務めていた菅野病院に出くわし、この地域ではあまり見ない社民党のポスターが門柱に貼られていて、感慨にふける。社会主義協会系の人材しかない埼玉社会党の中で、和光の社会党は独特の位置をもっていたと思う。

あと、初めてホンダの世界本社が入る敷地、建物を見た。思ったよりワイド。自衛隊の官舎も高層化してほとんど和光市に集約されていることも知る。朝霞で自衛隊の影響力が少ない理由がわかったように思う。

和光の基地跡地の団地や公共施設をかけめぐって考えることもあった。朝霞市では基地跡地に県立公園建設を求める運動がある。和光を見ていると、司法修習所、税務大学校、米軍通信基地、理化学研究所など、それなりに国の公的機関が跡地利用しており、その残りに県立樹林公園がある。公園だけほしいという運動が実を結ぶかどうか考えさせられた。

午後は、山あり谷ありの和光市の北側、下新倉、新倉、白子をはしりまわり、足ががくがくだ。

●おとといは、中野区の石坂わたる候補の事務所を訪ねる。何もできないので激励だけ、という情けない訪問。
北海道で民主党の市民政策懇談会「未来への扉21」でご一緒させていただいた友人のパートナー。公示日前に後援会加入運動に使っていたパンフレットを見せてもらって、内田春菊さんの推薦をもらっていてびっくり。

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4/20 美しい・・・

美しい国と思うことについて公募をするとかいうことで、安倍政権は焼きが回っているとしか思えない。
大阪大学の小野善康先生が、「企業は社員をリストラできるけど、国は国民をリストラすることはできない」と、企業と政府の役割の違いの根本的な立脚点についてうまく表現されたが、まさしく、個々が美しく生きたり、美しく活躍することはできるし、そうであった方がいいのかも知れないが、この社会、美しくない人もいるし、美しくない生き様の人もいて、そういう人も包括して国というものなんじゃないかね、と思う。

焼きが回っていると思うのは、美しい国という事例を集めて何になるのかね、ということだ。
私は美しくないことも含めて、この国のダメなところもいっぱい感じた上で、この国にいたいと思う。愛国心なんて軽薄なものではなくて、嫌な親で縁切りできないような感覚だ。
でもあえて美しいことを想像しなければならないなんて、よっぽど人をまとめていく能力が、この国の政府にはなくなっているんじゃないかと思うのだ。

で、美しい国なんていう事例を上げてコンテストしてみたところで何なの?という感じがしてならない。広告代理店だかPR会社に落ちるわけのわからないコストばかりがかかるだけではないか。

美しい国というときに、ほんとうに気になるのは、どんな人にも丁寧にやさしく接することができる社会になっているのか、ということだ。しかし、離婚後300日以内に生まれた子どもを「不倫の子」と言ってのける閣僚がいたり、それを是認するようなトップがいたり、人を蔑んだり、自業自得の論理だけで社会の矛盾を整理しようというような社会を促したりするようなことばかりだ。それが美しい国なのか、私にはそうとは思えない。

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2007.04.20

4/19 満足とは

昨日、3ヵ月前の子どもの写真が送っていただいた。その表情と今の表情を見比べて、少し落ち込む。3ヵ月前の方がおとなだ。
20年前、私の通っていた高校は、日本で一二を争う話題の学校だった(教育内容ではなく存在が)。冒険心の強い私のような子もいたけど、過去の経緯が縷々あって「子どものためによかれと思って」親に勧められて入ってくる子も少なくなかった。そんな子たちは、新天地である学校を拒絶するか、戻れない現実に盲従するかどちらかの対応に分かれていたように思う。
この4月、私は「子どものためによかれ」と思って新しい選択をしたが、それがどうだったのか。心が揺れ動いている。

多くの科学者たちがいろいろな試験を通じて理解を広げているものの、子どもの世界は、理屈や科学で解明できていないことばかりだ。たとえば、離乳食をめぐる最新の研究、それを数年後を追っかける厚生労働省の保健の方針、現場ではるか昔の子ども観で母子保健を指導する保健行政、これだけを見るだけで、科学は一面しか捉えることができていなかったことがよくわかる。

その上で、陋習やエセ科学(脳科学など)、根拠のない精神主義みたいなものが本物の子育てのように語られたりもしている。「子どものため」という言葉の意味はほんとうのところよくわからないことなのだ。「子どものため」を語る保護者、保護者に「子どものため」と善導する子ども関係者、それのどれが本当のことを語っているのか、当の子どもも大人と同じように語れないので、本当のことはわからない。本当のことがわからないから、子どもの世界があるんだ、という理解をしていかなくてはならないのだろう。

根拠のないはずのものを形にしたがるからこんなことが起きるんだ、という話では、昨日の毎日の鷲田清一さんのコメントが参考になる。

●「満足死」を読む。高知県の佐賀町、疋田医師の地域医療のレポート。
介護保険制度の導入の理念「ぴんぴんころり」を思い出す。生活死から生物死まで1週間とすること、ということをどれだけ実現し、生活の中で死んでいくのか、ということを実践していった話。地域の医師の往診なくして満足死はありえないと思った。
老いと家族をとりまく考え方に若干の考えの違いを感じるものの、大枠での死のとらえ方については同感した。
家族の側についての社会状況の変化では井上治代「子の世話にならずに死にたい」と抱き合わせて読むといいと思う。

●伊藤一長長崎市長が亡くなった。テレビの映像で流れていたが、霊柩車を見送る市民の多いことに、やはり名君だったんだと感じる。あれほど惜しまれた政治家が最近いただろうか。
自民党の地方議員から市長になって、選挙のときには本島等さんとの差別化のために「安全保障の問題は国の課題なので」と避けて当選したが、当選直後、あそこまで見事な反核兵器運動をされるとは思わず、毎夏の原爆の日の慰霊で読み上げるメッセージも感動的な内容だった。

●自分の暴力を他人の責任にする、卑劣な暴力犯が相次ぐ。池袋の通り魔も、心神耗弱がどの程度かわからないが、加害者が行った意見陳述はひどいものだったらしい。

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2007.04.18

4/17 残念なこといろいろ

朝から晩までメールの山。疲れた。

昼休み、組合員の問い合わせを受けた地方組織から、組合員が保険会社から年金保険の提案を受けている、うちの共済が同じだけ積んだらどうなるのか計算してくれ、という依頼がきた。計算してメールを送ったら、えらく喜ばれた。端から見れば大した仕事をしたわけではないが、こういうことで喜ばれることがありがたい。

●精神障害者の家族で構成する全家連が破産による解散へ。運動体としては優秀な団体で発言権も相当あったのに、副業の失敗があだになる。今後が心配である。
非営利団体が成長しようとするとき、会員向けの金融事業や不動産事業に手を出したがる。その利潤や手数料収入をあてこむ。
しかしそれが足かせになって、クビが回らなくなることがある。こうした事件を見るたびにタダより安い運動はないと思う。メンバーが丹念にお金を出し合う運動を作ることの重要性を感じる。

●長崎市の伊藤市長が銃撃される。ある意味カリスマであった本島等前市長を破って保守の立場から市長になった厳しい生い立ちにもかかわらず、核兵器廃絶や、被爆者運動に、誠意を持って取り組んできた。毎年8月9日の慰霊行事での市長の演説は聞かせるものがあった。銃撃とはなんと残念なことをしてくれたのだろうか。

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2007.04.17

4/16 腑に落ちないこと

腑に落ちないことが2つ。

①野球会社(プロ野球球団というのか?)がアマチュア野球界にお金をばらまいていたことが問題になり、その中で専修大学北上高校の野球部が解散することになったというニュースが流れる。

部活動は、結社の自由じゃないのか。しかもその選択権は、野球をやりたいという当の高校生たちにあるのではないか。何かおかしい。そもそも結社の自由の精神が尊重されていれば、カネまみれの大人がむらがるような構図にはならないはずである。

また、この問題では、いつも野球をやってきた当人たちが、記者会見で矢面に立たされたり、部活を潰されたりしているが、お金を受け取っているのは親族であったり、コーチであったり、野球をやっている子どもたちを出汁にして金権球界に住み着いてきた大人たちである。その人たちは、名前も公開されていないし、世間の制裁も受けていない。

そもそもこの問題、何が問題なのかが明確になっていない。野球会社の本質が興業である以上、お金で選手を買うということはある程度は避けられない。それがプロ就職後ならいいのか、内定後ならいいのか、就職活動中ならいいのか、養成期間ならいいのか、考え方が整理されて公開されておらず、政治倫理みたいな水準の議論しかされていない。
また本人がもらっていいのか、親がもらっていいのか、そのあたりも整理されていない。

②北朝鮮の核廃棄が全然進んでいない。
北朝鮮とのいたずらな対立や、それを政治問題化しようとすること、さらには首相のように選挙のネタにしようということには反対の私でも、いちゃもんをつけて核廃棄に取り組まない北朝鮮いらだつ。アメリカが、金融制裁のカードを手放して、核廃棄が進まない事態を楽観していることも、どうかと思うところだ。
今回の北朝鮮の核廃棄が進まなかったのは、六ヵ国協議の枠外で進められた米朝二国間協議を許してしまったことにあると言ってよい。東アジアの安全保障が不安定化しても無能なヒルのクビが飛ぶだけである。

「大量破壊兵器がある」と言って泥沼のイラク戦争に突入して、さらには日本の自衛隊まで連れていかれたが、実際は大量破壊兵器の証拠すら見つけられなかったが、実際に大量破壊兵器があると認めており(実用に耐えうるかどうかは別だが)証拠まである北朝鮮に、アメリカは何ら軍事制裁を行わないどころか、経済制裁のカードまで捨ててしまったダブルスタンダードも大問題である。

イラクはぬれぎぬのえん罪で、国の中が大混乱にさせられてしまった。中東で一番開明的な国民が、宗教対立という最も未開明的な政治的対立の渦中におかれてしまった。それはアメリカの犯罪的行為によるものである。

日本の右翼は、温家宝首相の来日にぶすぶすいちゃもんつけることに血道を挙げるが、そんなつまらないこと言っている間に、北朝鮮の核廃棄は空中に浮かび、東アジアの安全保障が不安定になっている。民族主義者たちはこの事態に何の不安も抱かず、無定見なネオコンの迷走の結果として行われた米朝二国間協議の失敗に怒りの声も挙げないのだろうか。無意味な、嫌韓、嫌中に血道を挙げる前に、やるべきことがあるんじゃないか。アメリカ大使館前に右翼の街宣車が列をなして、「ヒルのクビを切れ」とやっているとは聞いたことがない。

●AERA今週号が面白い。佐藤優本人についての特集で、佐藤優が浦高生だった頃、旧社会党系青年団体、社会主義青年同盟に入っていたことが紹介されている。母親が浦和の社会党の熱心な支持者だということは繰り返し自著で知っていたが、本人もその関係の場にいたとは。しかも77年という社会主義協会派全盛の頃。埼玉という土地柄もあってか、宇野理論にも詳しいのか。
この組織にいたからと一概に規定できないが、労農派の社会主義運動からは、しばしば優秀な裏方が誕生していると感じる。大衆性はないが、ずっしり重く、陰影に富むような感じだ。
それから「貞操わめく清廉議員」も。離婚後300日以内出生の子の父親をめぐる法改正で、うごめく政界の見取り図としてわかりやすい。

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2007.04.15

4/15 ポスター貼り

朝から職場先輩の闘争仲間の足立区の候補のポスター貼りに出る。
候補者は当選をあまり楽観できないはずだが、こういうときには団塊の世代の仲間が結集して出てきて、足立区全体で1、2位を争う早さで作業を終えることができた。

都内の他の区では95年か99年に20代の議員が誕生して、選挙風土ががらりと変わったが、足立区は03年にようやく若手議員が出てきたぐらい。99年の区議選ではトップ当選が80歳代、最も若い候補者が40代後半という土地柄だった。なので、話題になるような候補者が出たことがなかったようだ。

今回の団塊の候補者は、職種が変わった人で物珍しいのか、公明党や自民党のポスター貼りの人たちに、「こういう人が1人いた方がいいんだよ」と、smapの「世界で一つだけの花」の歌詞のような激励をいただく。保守や公明党の厚い地盤の足立区だが、都内の西側や神奈川の有権者のように無意味な厳しいこと言わないところがいい。

それと、集まった団塊の世代の人たち、それぞれ学生のときに対立していた党派に属していたみたいで、「誰かがこれだけたくさんの人が集まればちょっとしたセクト立ち上げられるぜ」なんて言う。私は「もう20年早く議会闘争に戦術転換できたら、セクト対立解消できていたのに」と冷やかし、一同爆笑。

私が選挙闘争に冷ややかになることより、熱心に取り組むことの方に価値をおくのは、まさにこれだからだ。


P1000042●ポスターを貼っていたら、3年B組金八先生の桜中学のロケ地に出くわす。
廃校になったが、東京未来大学という名前になって、今月から再出発している。

●今日、加入しているメーリングリストで知ったが、板橋区長選挙が、自民vs民主社民連合軍という構図になる中で、共産党が独自候補を出している。しかし、板橋区労連など、共産党の有力支持団体のいくつかが共産党推薦候補ではなく、民主・社民連合軍の候補に推薦を出しているという(「きけわだゆうのこえ」より)。

便宜的な野党統一候補として民主系首長候補に共産党が相乗りする話はあったが、これは共産党の体質変化ではなく党利に叶うからである。今、共産党に必要なのは政治情勢を捉えて自らの党を戦後の高度成長期とは違うものに質的変化をさせていくことである。そのためには内部でかなり深刻な議論を必要とするはずだ。そういう意味では、板橋の共産党や共産党系団体が今回の区長選挙をめぐって態度を分裂させたことは、板橋の共産党をとりまく人々の中で体質変化が本格的に始まっているということだと思う。今回、板橋の共産党内はいろいろ傷つくことになるかと思うが、ぜひとも前向きに捉えて、区長選挙での勝利とともに、共産党の体質変化につなげてほしい。きょうのポスター貼りでも共産党の高齢化、出遅れ感が否定できなかった。

板橋の共産党は、宮本顕治独裁体制下だった時代から、リベラルな立場だったと聞く。北海道で大学の最初の担任が共産党構造改革派で80年代に除名されたが、その人が共産党の政治家でまともな人と指名したのが、当時東京9区の共産党代議士だった。この候補は、市民社会での共産党のあり方というのをよく心得ていたみたいで、中選挙区制の時代は、社会党候補がなかなか太刀打ちできないぐらい強かった。
それにしても板橋の政治情勢で思い出すのは、全国の民主党発足に先立つ3年前の1993年、定数是正の与党案に賛成して社会党を処分された国会議員、渋谷修氏による板橋民主党の結党だ。今回の共産党系団体の判断も、ひょっとすると大きな流れの予兆かも知れない。東京23区の辺境とも言える板橋区、あなどるなかれと思う。

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2007.04.14

4/14 健康増進ならマイカー使わせるな

朝、保育園のお見送りをする。子どもと親の事情で、家から遠い保育園に通っている。私の住む町の保育行政は、公立保育園は8ヵ月しか預からず、1歳児段階での定員は0歳の持ち上がり分にプラス1人しかないので、見事にはじき飛ばされたことが原因だ。それから、16時30分以降はお金はかかりませんが延長保育です、などと威張られたり、口コミで怠慢とも思えるような保育内容を聞いたから、そんなところには預けたら、精神衛生上良くないと思ったからだ。

私の住む町の保育料は認可保育園でも全国でもトップクラスの金額だ。しかも民設園だということで給食費の補助が一部を公立なら無料でやっていることを差別待遇で出さないみたいで、一部自己負担が上積みされることになった。
県境を超えて都内は全国最低で県内の半分ぐらい。だから都内の人に朝霞の保育料を話すとびっくりされる。でも、市のパンフレットの最初の方のページで、保育にはこんなにコストがかかっています、などと恩着せみたいなグラフが掲載されている。冗談じゃない。こういう表現は下品だし、そんな下品なこと言うなら、その前に保育所に預けている家庭とそうでない家庭の払っている住民税の差額も表現してくれ、と思う。

で、お見送りを終わって、保育園の最寄りの過疎地で、バスも1時間に2本あるかないかのところ、駅に向かうバスをひたすら待つ。バス停の前には市営の健康増進センターがある。といってもそれは温水プール施設。目の前を次から次にマイカーがやってきて、たくさんの人が入っていく。もちろん駐車場もいっぱい。マイカーでやってきて、中には加えたばこで降りてきて煙をまき散らす。どこが健康増進なものか。単なる遊興施設じゃないか。税金使って泳ぐなら、その前に歩け!と思う。

仕事で保育園を使って、全国トップクラスの5万円近い保育料を払って、住民税を納めているのに、バスが思うように来なくてタクシー代を払ったり、ときには遅刻して休暇切符を切られたりしている。このバスも鯖読みダイヤで、時間にルーズだ。

他方、遊興施設の利用料は400円。駐車場は200台分もあってこれはタダ。毎日通っても1万円程度しか費用負担がない。しかもバスでしか来れないような人はまず来ない。ほとんど資産格差の問題。マイカー持てるような人だけが遊びにくる。
※市の施設全般に言えるが、マイカー族を優遇している。マイカーでやってきた人には駐車場をタダで使わせるのに、公共交通を使ってやってきた人に何の優遇もしない。

保育園の送迎に路上にクルマを止めたら近隣の市外郭団体の職員に注意される。そこの職員たちも市役所が農家から借り上げている駐車場をタダで使っている。余談だが、市が借りた駐車場周辺の畑の賃借料は市街化調整区域にもかかわらず賃料の相場が高いらしく、保育園側で土地を借りようとしても価格が折り合えないでいるらしい。市が200台分の駐車場をいったいいくらで借りているのか、調べてみたい気になる。

私のようなマイカーのない人間は、バスを使って不便に耐える。バスがほんとうに来ないから、1日1回は、自宅→保育園・保育園→駅・駅→保育園・保育園→自宅の行路のどこかはタクシーを乗らざるを得ない。
10年ぐらい前の参議院議員選挙で民主党の候補の実働部隊がないからと、朝霞地区の街頭行動、とりわけ応援演説をさせてもらったが、そのときに駅前で「税金を納めるだけの人と使うだけの人、そんな分断を克服したい」と絶叫させていただいたが、10年経って公共事業が減ったのなんの言っても、本質的には何も変わっていない。それを実感させられて、気分はブルーだった。

●たいそうな理念的な保育方針とか、教育方針とか、そういったものより、本当に日々の生活の場を整えて、誰にも門戸を開けるということだけでもできることが、たいしたことなんじゃないかと感じるこの頃。
感動的な保育方針を具体化できるのはほんとうに運まで含めて恵まれた保育者だけだと思う。

普通の保育園でよい、ただ預かるだけの保育園でもよい。そこでただ、差別しない、先入観を持たない、預ける家庭の背景事情を尊重する、それだけでもできている保育所も保育者も少ない(それがどんなことかは石田衣良「池袋ウエストゲートパーク6 灰色のピーターパン」の「駅前無認可ガーデン」を読んでほしい)。

あるいは泥だらけになったりうんちを漏らした服を水で濡らしもしないで親に突っ返すような、つまらないサボタージュを「親の自覚のため」と豪語してしまう保育者もいる。そこで濡らしてビニルに放り込んでおくだけで、後の洗濯の手間が全然違う。その分子どもと関わってあげられる。
保育園の帰り道にスーパーがあるからと立ち寄っただけで怒られる保育園があるという。保育園の大荷物担いで子どもを連れてスーパーに行くことがどれだけストレスを掛けているのか、立ち寄りで買えば10分で済むことが30分かかり、かえって子どもたちの食事の時間を遅らせてしまう。

「親が親たれ」「子育てとは…」などという神学を説くヒマがあったら、たいした労力を使わなくてできることなら、他人の役に立つことをやっておくべきではないかと思う。

年度替わり、いろいろ保育園について考えてしまう。

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2007.04.13

4/13 選挙公報は有権者と政治との契約だ

夕張市が財政難だからと、選挙公報を廃止したというニュース。
今の何もしてはいけない公職選挙法のもとで、選挙の民度の高さは、投票する候補者を決める際に、選挙公報を判断材料に入れた人がどれだけいるかによると思う。だって、市議選で、選挙中に配られる文書って、選挙公報しかないんだもの。

選挙は、有権者と政治との契約行為ではないだろうか。契約行為なら契約文書が必要なのに、今の公職選挙法では、国政選挙以外、候補者ビラが認められない。

引用記事のなかで、今まで義理で選んできたけど今回は厳しく判断したいのに判断材料がない、と憤る人のコメントが紹介されている。私も同感だと思う。
夕張市がここまでダメになったのも、大半の有権者が義理だけで投票してきたからだと言って過言ではない。投票は契約なんだ、という考え方を貫徹する有権者がもう少し多くいたら、夕張市がこんなになるまえに、夕張を地獄の道につき落としながら君臨してきた、中田鉄治元市長も石川十四三元道議も×を食らっていたはずだ。

コスト削減というとこういうところにばかりしわ寄せがくる。しかし自治の基本のところを押さえたことはやっておかないと、また同じ事が起こるんじゃないかと思ってしまう。

お金がかかるかかるというが、自治会などに無料配布の協力をしてもらうことはできないのだろうか。新聞販売店にも事情は特別だということで折り込みしてもらえないものだろうか。選挙公報をガリ版印刷にすることだってできるだろう。配ることができないなら、少なくとも投票所や公共施設においておくことぐらいはできないか。今までのやり方でできないと考えて、システムの根幹にかかわることをないがしろにしてしまうのは大問題だ。

この記事の尾ひれで、市長選が無投票になるんじゃないかという理由で立候補しようとした人が20人以上いたことを伝えている。夕張の自治は今も食い物にされようとしている。かわいそうだ。

●ようやくKDDIの技術者の出入り業者から電話が来る。やはりKDDIの工事ミスのようだ。出入り業者は善良な人で、あすにでも修理をしてくれるという。こういう人には怒る気がしない。どんな仕事もこうしたつまらないミスで迷惑かけてしまうことがある。この人は、電話が使えなくなっていて困っている私の立場になって問題解決をしようとしている。
頭来ているのは、問い合わせ窓口やら、サポート窓口と称している電話口の連中とその上司、彼らにまともな対応をきちんと教えていないKDDIの社内である。何度も問い合わせさせて、たらい回しにし、うちのせいじゃない、あそこに聞け、NTTに確かめたのか、そんなことばかりやって、ミスはしたけど善良な出入り業者と連絡を取り合う道をふさぎつづけた。テプコ関係でトラブル起こすといつもこの通りだ。

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2007.04.12

4/12 何言ってるんだかわからない

NTTが電話回線の点検にきて、NTTの管轄の部分で異常はないと報告が投函されていた。KDDIの工事ミスしか考えられないので、改めて電話で対応を求めると、ありえない、NTTに調べてもらえ、と話にならない回答しか出てこないので、かなりきびしく叱責したら、折り返し電話かける、といい切られた。工事をやって不具合が出てきたら、自分のところじゃないかどうかぐらい確かめようとするのが普通の仕事だろう。

ようやく折り返しの電話がかかって、あす、工事担当者から電話をさせるのでその後の対応について工事担当者と話し合ってくれ、という。これで電話が不通になって3日目。この間、毎日1時間以上、この対応に時間を費やし、携帯電話もあちこちかけてそのコストもかかっている。気分も悪い。家族がFaxで仕事する部分が多いので、もしそれでトラブルになったら、その分を上乗せして損害賠償を求めたい。

連日怒りつづけて疲れる。

●選挙でナショナリズムを刺激したい政権の要請で、国民投票法案が強行採決される。国民の半分の代表だけで憲法改正手続きの駒を進めることは絶対にいいことではない。憲法は権力の運営を国民合意したもので、手続きぐらい合意していないと、国の分裂につながる危険もある。
こういうときに民主党の鳩山幹事長のふらふらした態度が心配だ。

●今さら、北朝鮮に子ども2人が拉致されたと報道が続く。こんなニュース数年前にも盛んに流されている。国民投票法のニュースをさらりとやり過ごすために、わざわざこの日をねらって捜査本部を設置し、ニュース化したとしか思えない。命令放送や民放への圧力が効いている。
この事件でおかしなことは、拉致されて出国した海岸まで特定されていることだ。どうしてそんなことが確信をもって報じられているのか不思議だ。公安警察が尾行して、監視している目の先で拉致された子どもたちが連れ去られているのを何もせず送り出してしまったということではないか。

●「世界」記事、佐藤優「山川均の平和憲法擁護戦略」論文が面白かった。山川均は、後にソ連べったりとなる社会主義協会を設立した社会主義者。社会主義協会の所有物になってしまってからカムフラージュされているが、山川自身はソ連を、独特な状況の中での国家が膨張した「国家資本主義」(佐藤は、既存の国家社会主義を民族社会主義と訂正した上で、ソ連を国家社会主義と呼びなおしている)として嫌い、その侵略性について危機感を持って非武装中立論を国家を超えた共同体論として擁護したという内容。
冷戦期は、ソ連や中国を(アメリカより)平和勢力と規定し、これらの国を敵視する日米軍事同盟に反対し、非武装中立を唱えるというのが、社会党や左より市民のスタンスだったが、彼らの教祖とも言える山川均はそんな甘ちゃんな思想ではなく、もっとラジカルなものだったという話である。

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4/12 傘をさしての自転車運転はやめよう

東村山で、傘をさしながら自転車を運転していた高校生が、中年男性の自転車に接触し転倒、中年男性は通りがかった自動車に轢かれ死亡。高校生は重過失傷害で逮捕された事件があった。

最近、傘をさしながら自転車を運転する人が増えた。バスに乗ればいいものを、下流化でバス代を払いたくないのか、バスの乗り方を知らないのか。どうしても自転車に乗るなら100円雨合羽があるのだから、雨合羽を使えばいいものを・・・。

あと、携帯しながらの自転車運転やめましょう。これは道路交通法違反でやれないのかな。自動車ならやれるよね。

ほんとう、自転車で歩道は危険です。自転車が環境にやさしいなんて軽々しく言う人もいるけども、人にはやさしくありません。自転車乗りは、公共交通に乗る生活習慣がないので、簡単にマイカー族にもなります。

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2007.04.11

4/11 他人のせいばかりにするな

KDDIの要求で自分の住むマンションで行ったテプコ光の回線増強の工事後、光回線は使えるのに我が家の回線電話が使えなくなった。
KDDIに調べてもらおうとあらかじめ教わった電話番号は、6時すぎていたので留守番電話。KDDIの番号がわからない。やっと見つけた電話では自動応答の声でたらい回しにされたあげくに、出た肉声電話が「ここはauなので関係ありません」。そんなばかな関係あるところに回せと要求したら、NTTの116に聞けと突き放される。

こういうような、ユーザーに不具合が発生したことと、自社の工事のタイミングが一致すれば、自分のところの責任かも知れないと考えるのがまともな感覚だと思うが、KDDIの論理ではそうではないらしい。
埒があかないので、NTT116に電話かけたら、これまた直接担当の人につながらなかったものの、折り返し電話がかかってきて、「何らかの回線異常でつながりませんねぇ。わが社では何もしていませんが、念のためあす伺って調べます。ご在宅でなくても結構です」と気持ちの良いこたえ。

日経新聞を中心に、NTTはお役所仕事で非効率、KDDIは民間企業だから効率的、と宣伝され、私たちは刷り込まれている。NTTが塗炭の苦しみで全国の回線網を維持しているのに、競争が働いていない、と競争神話の人たちから罵声を浴びせかけられ続けている。
しかし、テプコ光がうちのマンションに開通して以後、何度か回線がらみでトラブルがあって問い合わせても、テプコの回線を保有している会社(最初は東電、今はKDDI)から毎度「うちじゃない」「知らない」「NTTに確かめてくれ」「プロバイダーの責任なのでそちらに聞いてくれ」という回答しか来ない。商売道具の回線を何だと思っているのだろうか。私鉄電車が事故を起こして、鉄道会社が事故について「警察に聞いてくれ」、「技術がわからないから国鉄に聞いてくれ」と言っているに等しい。言葉使いは綺麗だが、またそれが余計に人をバカにしているみたいで腹が立つ。
NTTは自社のミスではない問題にも対応するために、24時間スタンバイしている。決して誰かのせいとは言わなかった。

営業の説明が下手だったために、我がマンションの光回線の導入でNTTは敗退した。が、トラブルの対応の姿勢を見ると、これでよかったのか疑問を感じる。KDDIは、民間企業は効率的だ、という神話にあぐらをかいた会社だと思う。

●給食費滞納がやたらにクローズアップされている。その非科学性については、共同合宿所というブログにうまいこと書いてあるので紹介するが、宇都宮市では給食費に保証人まで要求しているという。どうかしている。

宇都宮市の給食は水準が高いことは、見学に行って知っているが、こんなことをやっているとは残念な話だ。
払いたくても払えないような人には、保証人が見つけられない人がいる。一方、払えるのに払わないような人は保証人をいくらつけたって意味がない。

そもそも義務教育課程は無償が原則だというのに、ほぼ義務として食べなくてはならない給食が有償なのはおかしい。公が子どもに押しつける教育の一環なら無償化すべきだろうし、有償なら、食べなかったり、えり好みする権利を与えたらどうかと思う。

さらには、児童手当を引っ張り込むとおかしな話になる。給食費踏み倒している保護者も児童手当を受け取っている。給食費を踏み倒している親が、受け取った児童手当を子どものために使っているとは思いにくい。集合の概念になるが、どう考えても、自分の家計を省みても、児童手当を他目的使用している保護者>給食費を払わない保護者である。

そもそも動機が不純な児童手当という何に使われるかわからない補助金をばらまく前に、給食の完全公営化をやるべきだろう。児童手当をばらまいてお金をあっちに動かし、給食費を徴収してお金をこっちに動かし、銀行に手数料を払っているだけである。不払いだ何だと嫌な思いをさせられるような制度設計をしていることが問題だ。保証人を頼む手間だって、コストがかかる。
少なくとも、滞納される心配があるなら、児童手当から天引き徴収して、実質持ち出しをゼロにしたらいいじゃないかと思う。

●離婚後300日以内に生まれた子どもの父親の問題で、自民党は法改正案を提出しない方向に行くようだ。非科学的な陋習、因果のない因果関係の好きな政党だと思う。

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2007.04.10

4/10 民法改正で早川議員が痩せている

テレビに出ていた早川忠孝代議士が痩せている。離婚後300日以内に生まれた子どもの父親をどうするかという課題に取り組んでいたが、ここ数日、首相、政調会長、右派系議員たちのバッシングに苦しんでいるのだろう。

重ねて言うが、貞操観念がどうのこうの言っている人たちは問題のとらえ方を間違えている。親の累は親の代で問題を解決すべきだろう。民法で貞操保持を破った人間には、慰謝料を請求され制裁されることになっており、それで十分な制裁ではないだろうか。貞操に何の責任もない子どもに制裁することを放置して構わないとすることは本当におかしな思考回路だ。

DV被害者など、思うように離婚が成立しない場合などどうなるのだろうか。首相は「議論を深める必要がある」などと言葉を濁しているが、これは人権蹂躙のようなことが起こったとしても法改正必要なしという立場だろう。女系天皇容認を覆したときも、安倍晋三が「議論を深める必要がある」と中立を装い議論を混乱させた前科がある。真っ赤な顔で仕事をする政調会長は倫理を語る存在として論外である。

これまで早川議員はあまり好きでなかった。復古調の議論も多かった。しかし今回の民法改正、人権問題など、法務関係の議論になると、まともな判断をしている。本当、早川議員の努力には敬意を表したい。

●今日、訪問介護の大手3社に介護報酬の不正請求したことが摘発された。摘発を受け事業者指定の取り消し逃れで処分が下る前に摘発された事務所を閉鎖したりもしている。介護報酬が無駄遣いされているということで、本来的な介護予防の意味が強い、軽度の要介護者の介護報酬がばっさり削られたのも、こうした事業者が、本人の能力を温存するための介護という目的を忘れて、介護サービスの押し売りをしていたことが原因である。
また出自が人材派遣業という、労働力を消耗品のように使う産業であることも今回の問題の背景にあると思う。
訪問介護(福祉全般に思うが)は、大手事業者には向いていないと改めて確認したように思う。やはり「地域公共サービス」なんだ。

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4/10 個々の結果から

選挙ネタが続いてすみません。
今回、選挙が終わってみて、特にうれしかったことは、愛媛県議選で新居浜市選挙区の石川稔さんの当選。
労働組合が未組織労働者に冷淡だ、何だと批判されて、何とかしなくちゃと方針にされているが、ほんとうに現場で自分の利害と関係なく泥臭く組合づくりをやり、交渉にかけつけ応援するということを、今の幹部でできる人は少ない。石川さんは、愛媛県内の、介護施設、自動車教習所、同族経営の知的障害者施設、消防職員、主流派労組にいじめられている人々、働く現場で苦しんだり悩んだり抑圧されたりしている人たちにいつもそばにいて、励まし、支えてきた。私も、独身時代に数日同行したことがあるが、それはそれは家庭をないがしろにするなどというものを通り越したすさまじい時間の使い方だった。
昨年秋、県議選に出るという話をうち明けられた。労働界に必要な人だと思いながらも、石川さんのような感性と行動力が政治業界に存在してほしいと思った。さらに推薦政党名を聞いて、厳しいかなぁ、と思った。でもそれをはねのけて堂々の2位当選。支えた愛媛の同僚もほんとうに喜んでいた。

それから、北海道から首都圏に戻ってきて2人目に会った政治家、今村るかさんが都議補選に当選したこと。これは予想を覆したものだったのでほんとうにうれしい。
95年の若手議員ブームの少し前に初当選していて、すでに市議を4期になっている。障害者福祉を中心に熱心な活動をしてきて、きちんとした中道左派の政治家。

知らなかったが、群馬県議選に出ていた角倉邦良さんの当選の報もうれしかった。1人区で自民党を敗る快挙。角倉さんは独特の行動力で、一緒にいると苦労することもあったが、つねに前に進むたくましさを教えてもらった人でもある。民主党議員の秘書をされていたが、旧民主党のめざした市民立法、市民による政策形成を実現するために、市民活動、市民運動と政策活動を結合させようと努力されていた。

残念だったのは、港北区で立候補した友人の大野たくおさん。
環境NGOで活動し、わがままの多い運動家たちをきちんと説得し、骨の太い議論ができて、政治家になってほしかった。運動の出遅れが響き、民主党に持って行かれたという感じがしている。今回の統一地方選挙、公選法の運用が厳しく、そのことで運動が制約されたようなところもあったと思う。きっとこれからもいい仕事をしてくれると思う。

あと埼玉県議会で民主党が躍進し社民党が議席を回復して、勢力が多元化していく兆しが見られたことも良かった。

後半戦、隣の和光市の松本市議がどこまで届くか、中野の石坂わたるさん、足立区の柳家さんの挑戦が届くかどうか、責任を感じている。

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4/9 ハーメルンの笛吹幹事長

知事選挙では負けが多かった負け惜しみみたいなせりふになってしまうが、マスコミは都知事選挙のことばかり伝えてあたかも自民党が勝っているかのようなウソを流している。時には民主党幹部の責任問題まで書いたりしているが、全国の都道府県議会議員選挙では、自民党が惨敗していて、そちらの方が政治の地殻変動を示しているのではないかと思う。

中川秀直自民党幹事長もマスコミ報道に悪のりして「この勢いで参議院選挙で勝利を掴みたい」とコメントしたが、全国各地で地域で自民党の県議候補を応援していた人たちにとって、「この勢い」とは、自民党の敗北を意味しているのではないだろうか。

民主党の鳩山氏は、都知事選挙の敗北について幹部の責任を問わなくてはならない、というような発言をしているが、選挙の責任は、選対と幹事長と党首にあるわけで自分の責任になるということか。
鳩山氏の発言で大事なことは続く後半で、都道府県議選の勝利で参議院選挙の橋頭堡を築けたというような発言をされていて、このことはその通りだと思う。地方議員が多いとしがらみが増えていく部分が大きいが、それでもやはりお金を持っていて一番自由に動ける県議が増えるということは参議院選挙で民主党にとってマイナスにはならないだろう。

●石原慎太郎氏の暴言が次々に出てくる。せっかくチェックできるチャンスに圧勝を許した都民は覚悟した方がいい。3期目に大型イベントを計画して財政再建の成果を台無しにした鈴木都政の末路を繰り返すのではないと感じる。

●昼休みに都知事選挙の市町村別の数字をいろいろいじってみたら少し見えてくるものがあった。
石原票<浅野+吉田票の自治体(反石原票が上回った地域)
  清瀬市、武蔵野市、多摩市、小金井市、国分寺市、国立市、三鷹市、西東京市
  ※中央線・西武新宿線沿線に集中している。
浅野+吉田票が石原氏の82.62%(全都平均の数字)以上の自治体(都内の平均より反石原票の多い地域)
  東久留米市、小平市、日野市、東村山市、杉並区、狛江市、八王子市、東大和市、稲城市、町田市、調布市、文京区、世田谷区、羽村市、板橋区、中野区、府中市、練馬区、昭島市、小笠原村
  ※郡部と島をのぞく多摩地区(23区以外の地域)では石原氏は苦戦した可能性もあったことを伺わせる数字である。また、文京、世田谷、杉並、中野、板橋、練馬の各区も多摩地区と同様の傾向を見せている。

23区では、所得の低い東側の下町地域と、勝ち組負け犬(所得は高いが身寄りのない人)の多い渋谷区、港区、中央区、目黒区で石原が強かったことが見いだせる(たくさんテレビを見る人と作る人が多い地域なのでテレビ的思考現象と呼ぶべきか、これらの地域を結ぶ銀座線・日比谷線・半蔵門線現象とでも呼ぶべきか)。
また、清瀬市、足立区、東久留米市、板橋区は、浅野氏がそんなに強くなかったのに吉田氏が強かった地域である。東京都なんだけど公明・共産のような現世利益政党が強く、埼玉県のような薫りを醸し出している地域である。
武蔵野市、青梅市、世田谷区などでは、浅野票÷石原票の比率が高かった。都議選、市長選、05衆議院選で民主が快進撃を続けている武蔵野市は成果が出ていると思う。世田谷は都議補選との連動か。

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2007.04.09

4/8 統一地方選挙の結果から

横浜市議会に挑戦した大切な友人が落選してしまった。厳しいことは実感していたが、いけるかもしれないという話もあったのでがっかり。私も生活事情で満足に応援に入れなかったので、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

一方、都議補選に出た友人は、予想を覆しての当選。福祉政策に通じており、今後の活躍が楽しみだ。

●私の住む朝霞市では、県議選しか行われなかった。候補乱立した割には関心が低く、総投票数が33000票で、投票率は36%だった。
告示直前になって旧社会党出身の市議が立候補したり、泡沫だと噂されていた候補が大量のビラ配布を行ったり、番狂わせを予感させる動きがあったが、結果は下馬評のとおり、自民党の現職と、民主推薦の保守系無所属の地主家系の2人が当選。前回とあまり変わらない。
県議単独で選挙やられても、中途半端に財政力指数がよいこの地域は、県は税金を持っていくだけの存在だし、政府サービス以外は東京に依存しているので、県政に訴えるものは障害者施策とか、市民活動をやっているとか、都市計画の利権を持っているとか、あるいは私のように特に選挙結果に興味を持ってしまうような人など、ほんとう特殊な事情を抱えた人以外はビビットに来ないのだろう。
候補が乱立した今回の結果と過去の結果をつき合わせると、朝霞での共産党の支持層が5000人弱、共産党は嫌いな左翼系の支持層が4000人いて、革新系が共産党系以外いなければ共産党の公認・推薦候補が7000票を取る。革新系の残り2000票は投票にいかなかったり、民主に投票しているということになるだろう。96年の衆院選で民主の左よりの候補が6000票取っているので、この2000票に保守系で民主支持者が4000票あるということになる。
また、上田知事=故渡辺県議系の票が市長選挙、その前の県議選(富岡候補)の票など見ると、10000票前後あるのだろう。うち4000票は、保守系で民主党を支持している票。残りは、故渡辺県議の票か。
公明票が少なくとも6000票はあるはずだが、推薦の神谷候補が10000票しか出ていないので、自民党は、神谷候補に4000~5000票、星野候補に5600票流れたということだろうか。
無党派層と言われたり、埼玉都民と言われる人が選挙に行かないので、地方選挙に関しては、支持層に変動がみられない。

●今回の統一地方選挙の結果からみた、変化。後半選挙にはさらにまた別の評価が加わると思う。都道府県議選と政令市議選は政党選挙なので政党の消長みたいなものを捉えることができる。
・知事選挙や市長選挙では現職が一つも落ちなかったという結果になっている。対抗勢力をつむいでいく社会の力が弱くなっているような感じがしている。
・県議会議員選挙は、たいていの県でこれまで自民党が圧倒的に強かったが、ぼろぼろ落選している。埼玉でも、自民党が初めて過半数割れを起こした(追加公認があったり、保守系サードパーティーの「無埼」「変埼」候補との統一会派などで過半数確保はするだろうが)。
・さらに弱体化しているのが共産党。前回2人立てて共倒れした選挙区で1人に絞っても落選しているケースが見られる。最下位争いしているところも多かった。完全勝利をめざすことができた公明党と対照的である。しがらみのないものが求められる時代に、便利屋的な有権者とのコミュニケーションの仕方を変える必要があるんじゃないかと思う。そのためには、党名はともかく、綱領についてはある程度の腹のくくりが必要じゃないかと思う。
・一方で、首都圏は民主党候補が躍進。議会第一党になったり、第一党をのぞく存在になった。ただし、民主党国会議員出身の首長がいることとの関係にもよる。でも黒スーツで個性がない議員ばかりになっているようにも思う。
・1987年から破竹の勢いで勢力を拡大してきた生活クラブ系のネットワーク運動系の候補の伸び悩みあるいは取りこぼしが03年統一地方選挙ぐらいから見られたが、今回も勢力拡大は見られず、伸び悩み、あるいは退潮が引き続いているように感じる。
・県知事による刺客騒動の群馬と滋賀では明暗が分かれた。現職の小寺知事に今任期いっぱいでの退陣を求めた自民党に対して刺客が放たれた群馬県議会議員選挙は、勝ったには勝ったが自民党を過半数割れにすることはできず、相変わらず自民党が第一党という結果で終わる。一方、新幹線新駅問題を抱えていた滋賀県は、3人区、4人区で新幹線新駅凍結を公約とする知事に反対してきた自民党候補がぼろぼろ落選して、知事与党が過半数確保した。
・自民支持層の流出を受け止めるのと、無党派の動向に気を使わないと、野党による政権交代がおきないということの問題点が残ったように思う。
・地方の県議会では市町村合併による選挙区変更の影響が見られる。うまくつかんだ勢力が着実に一定の議席数をつかまえている。

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2007.04.08

4/6 共産党も大きな政府論に反対とは・・・

●選挙期間中、共産党のビラに「6月に住民税がまた大幅にあがります/増税ストップの声をあげましょう」と書かれていて、県民税改定条例に賛成した政党を非難している。今回の住民税の増税は、定率減税の中止と、所得税減税とワンセットになった部分と2つあり、目立つのは所得税減税分の増税だ。それが大きいことが大騒ぎになることを利用して、住民税増税そのものに反対する気持ちを利用したような見出しなので、県委員会に抗議の電話をした。
こういう表現は、国から地方への税源移譲を隠してあたかも地方だけ増税するかのような誤解を与える。税金を払うのはばからしいという気分をまきちらすような宣伝の仕方は問題が多く、小さな政府論の土壌になる、と指摘した。
共産党の担当者は、増税はあくまでも定率減税と年金受給者に対する税控除の廃止について批判しただけ、と釈明し、「本文を良く読んでくださいよ!」と言う。うーんその通りだけど、曲学阿世の徒に不慣れな有権者には一般的な減税反対論にしか聞こえない。そこを利用しているようなやり方だと思う。一方で、税制についてわかっている有権者には「定率減税の廃止についてだけです」と言い逃れして、誤解を利用するのはずるい表現だと思う。
私が持論の、もっと税金を取ってもっと給付が中途半端じゃない社会をつくるべきじゃないか、大きな政府を目指すべきじゃないか、と意見したら、「大きな政府、そんなのがいいんですか?」と反論された。共産党も増税反対運動による有権者の組織化のためだけに、大きな政府には賛成できないのか・・・。

私はこの5年ぐらい、日本の政府、地方政府は大きな政府がいけないというイデオロギーに呪縛されて、ボランティアやNPOに過度に期待して、福祉や教育政策がずたずたになった部分が多い。左翼政党は、今こそ、自分たちの思想でこそ主張できる、やや大きな政府ぐらいを主張して、政府の所得の再配分機能や、社会サービスの再建などを進めるべきなのに、思い切れないでいるというのは民主党左派や社民党もそうだが、共産党も同じだと感じた。

うちのまちの共産党の候補者はいい候補者だったのに、党がこれでは本当にもったいない。自分の大切な主張のために我慢と忍従なのかも知れない。

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4/8 統一地方選挙終わる

統一地方選挙の前半の結果がこれから出る。後半は超大選挙区制の一般市区町村の選挙なので、知人友人の誰が通ったか、ということしか関心が持てないが、前半は中選挙区制の県知事、県議会議員と政令市の市長、議員の選挙なので、友人知人の結果もいくつかあるが、それと同時に政党ごとの伸張みたいなことを測ることにも関心が出る。

県内では、朝霞市で引き続き保守(民主系含めて)が議席を独占するのかどうか、和光市、さいたま市大宮区の自・民激突の結果がどうなるのか、所沢、越谷、春日部、草加、熊谷で民主が一議席を確実に取ることができるのか、ということで、1まわり遅くやってきた民主の伸張が県議会の勢力配分の変化にどうなるのかということだ。

県外では、大分県議会の前回快進撃をした民主・社民の選挙協力でどこまで議席をのばせるか、北海道議会の登別選挙区で、スケートの堀井学(自民)の挑戦を受ける旧社会党系の無所属現職が議席を守れるか、などが興味の的だ。

あと、知事が自民党に刺客を放った、滋賀県議会や群馬県議会の選挙結果も興味深い。

●石原が早々と当確。一部のメディアのバッシング、と批判。反省の公約が早速反故になっている。問題発言のオンパレードの当選の会見だ。こんな漫談会見をいつまでも流しているNHKもどうかと思うが。
結果から見ると、不明朗な支出について興味本位で騒いだ有権者は全然投票に行っていないし、私を含めて石原批判している側もブツクサ言っている程度だったということだろう。自分たちの理屈を浅野氏に投影しているだけで、有権者に近づく努力不足は否めない。
また、メディア選挙にならざるを得ない東京都知事選挙で、無意味な立候補あいさつを自筆らしき文字で書き連ねただけの公選はがきを作り、70年代にしか使わないような色使い(それも不透明なパステルカラーというあまり好感の持たれない色)でしか戦略を示せないやり方を作った「選挙のプロ」にやらせたことが失敗だったのではないか。4年前の東京都知事選挙、埼玉県知事選挙で、自らのニックネームがはったりだったということが証明されている。
そういう人に情報戦略を丸投げした民主幹部、決断力が政治家の能力判断になっている昨今の選挙でごたごた候補者選考を混乱させた党内での出世しか考えなていない連中、これらが民主の中で戦犯だろう。ごたごた戦犯の連中は、きっと菅直人が決断しなかったせいにするのだろうが。いやらしい。

●仮にも無所属の吉田万三陣営に、「共産党さんとしてはどうお考えですか」などと質問したNHKのキャスター、共産党嫌いの私でも問題だと感じた。結果的には吉田氏は共産党だけども、公職選挙法上は共産党公認候補ではないのだからまずいと思う。このキャスターの出るニュース番組、報道番組、右偏向したものが多い。

●NHKの開票速報のサイトが凝りすぎで開きにくい。ニーズを見ていない。ナロードバンドの人には見られないつくりだ。

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2007.04.06

4/6 親の因果を子どもの烙印とすることが民法なのか

長勢甚遠法相が、離婚後300日以内に生まれた子どもを前夫の子と見なして勝手に戸籍に父親を書き込む制度を維持する理由として、離婚前に性交渉をすることは民法が求める貞操観念に矛盾するから、と発言している。

離婚前に、配偶者以外の人間と性交渉を持つことを民法が否定していることはその通りだ。しかしその責任は、前夫に対する慰謝料というかたちで償うことになっているわけで、親を選択することもできない子どもが、その罪科を入れ墨のように一生消せないかたちで償うなどということは、恐ろしく因習めいた考えであり、明らかにおかしい。自民党の好きな「健全な家庭」とは何だろうか。烙印を押された人間が、その原因をつくった親を憎む社会であるのだろうか。そうではないだろう。どんな境遇に生まれても、どんな環境に生まれても生活する場としての家庭を大切にすることを第一義におけば、もっとまともな解釈が出てくるはずだ。

貞操観念などときれいごとを引っ張りだすが、民法の基本的な考え方にもとづいて考えれば、長勢法相はとんでもないおぞましいことを要求している。
自分が、あるいは自分の娘が同じような立場になったときに、そういうおぞましい選択をせざるを得なくなったらどうするのだろうか(もっとも大物政治家になるような人は、あらゆる手段を使って書類上の離婚日を訂正したり、スキャンダルをうまく誤魔化すのだろう)。実の父親でもない人が、実の父親だとされ、どんなところに言っても実の父親と実の父親は違うと言い続けなくてはならない。そのおぞましさに鈍感な人間の言うことだと思う。

●週刊誌はそこまで言う長勢法相の貞操観念についてどうなのか、身辺取材を徹底的にやるべきだろう。

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2007.04.05

4/5 早川忠孝氏の努力を水泡に帰すな

自民党の中川秀直氏については、いやらしい人だと思うけど、それでも政敵に対する切れ味の鋭さ、守るべきものに対するふんばりなど、優秀な政治家だと認めざるを得ない。まったく良くない発言も多いが、安倍政権ならびに自民党執行部の中で、安倍政権を守るという一点において中川秀直氏は仕事を真正面からこなしていると思える。もちろん、野党系の私にとっては、野党やその支持団体をしばしばスケープゴートにする嫌いな存在だけども。

ところが同じ中川でも昭一氏は、何を間違って政治家やっているのか、と思うようなことが多い。発言の多くは自分の趣味の世界である。

今回は、離婚後300日以内に生まれた子どもの戸籍問題で、現状維持の判断をしたことだ。
離婚後300日以内に生まれた子どもは、前夫の子と推定し、裁判でも起こさなければ覆せない現行の戸籍法制を見直す機運が高まっている。
そのような中に、自民党と公明党のプロジェクトチームは、300日という期間を短縮する改正法案を提出するところまでこぎつけた。私はこれでも、「離婚するような奴が妊娠するようなことするな」というイデオロギー的家族観から中立的な判断にはなっておらず、不十分な法改正だとは思いながらも、それでも家族法制に後進的な支持層を抱える自民党がよくここまで判断してくれたと感じていた。その努力をした早川忠孝代議士を見直してもいた。

ところがほぼまとまりかけたこの法案を、今日、自民党の政調会長を務め、法案審査にあたる中川昭一氏が差し戻した。法務大臣の長勢甚遠氏は、法改正すらナンセンスとコメントした。今国会はもちろん、その後参議院選挙後の特別国会まで、この法案はほぼ通らなくなった。

中川氏には、特定の価値観に囚われてるご自身の倫理観から今回の判断をされたのだろうと思うが、真っ赤な顔して執務に当たることは倫理的に問題ではないのか。そうした自分の倫理的弱さを制御していないのに、国民のうち何人かを不幸のどん底に落っことすような制度を、趣味的な倫理感で放置しておくことの問題は大きい。

この民法の規定は、妊娠のメカニズムがはっきりしなかった時代の遺物である。また天皇家や徳川家ならともかく、一般人も含めて、親子関係が血統だけで規定されるのは、明治維新以後から今日だけで、それまではおそらくこ父親のの子だろう、と推定し、さらには育ての親をもって父親と規定してきた。さらには養父母関係も重視され、実父母だけを強調する親子関係というのは近代、それも高度成長からの観念的な産物にすぎない。
古代においては母系相続で、父親という概念すら怪しかったのではないかと思わせるようなところもある。

●東京都選管がyoutubeに投稿された外山恒一候補の政見放送の記録を削除するよう要請したという。選挙の公平性に過敏になるのも結構だが、民主主義を貫徹させるために選管が本来やるべきことは、全候補の政見放送をインターネット上にも用意して、いつでも政見放送を見られるようにすることではないか。都選管は、全候補者の政見放送をアップすべきと要請するべきだろう。
障害者に対する対応にしていない選挙公報など、おきまりで選管が流している候補者情報が有権者本位につくられていないことの問題は大きい。

●公選法についてあれこれ考えていると、衆議院議員選挙以外の選挙は、有権者に情報を与えることを、あれもダメ、これもダメと有権者を考えて投票させないようにしてある。その代わり、人間関係、人脈がハバを効かすだけの運動スタイルだけを奨励していて、結局それは政策本位でも政党本位でもなく人物本位、印象本位で投票行動が行われがちな選挙となる。そこには国や自治体の意志決定を信託した代理人としての業績判断は求められない。かろうじて信託した代理人に対する業績判断的な投票行動が存在するのは、旧田中派のような利権をめぐる契約関係としての業績判断があるのみである。

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2007.04.04

4/4 実態に目を向けて

保育園が変わり、隣に市の基幹的な社会福祉法人の施設がある。送迎をして、同じ社会福祉業界の人たちの保育園に対するまなざしの冷たさをいろいろと感じるできごとがあった。こんな感性の人たちに、セーフティーネットとしての福祉サービスをゆだねて良いのだろうか。指定管理者の指定を受けるので苦労していたときは同情したがそれは間違いだったかも知れない。

保育園を考える親の会の会報が届く。この会の運動にはほんとうに頭が下がる。労働運動がもっとしっかりしなければならないのに、私が保育政策を担当していた時は、この会の議論に甘えっぱなしだった。

保育問題入門という記事で、規制緩和を含めた一連の保育制度改革のおさらいが書かれている。1995年のエンゼルプランで保育サービスの計画的整備が全国的に始まり、1997年の児童福祉法の成立で考え方が整理された。2000年ぐらいから今度は経済政策としての保育所の規制緩和が始まり、規制の切り売りが始まる。2001年ぐらいから規制緩和と並行して第三者評価や職員の資格の整理などが行われる。

「よくなったことと、悔やまれること」として

よくなったことは、「利用者のニーズに応える」ということがしきりに言われるようになった結果、認可保育園の0歳児保育や延長保育がめざましく充実してきたことです。また保育者の意識改革も進みました。「子どものため」を盾に立てて、就労支援に消極的だった保育園も、「親を支援しなければ、子どもたちの育ちも支えられない」をかけ言葉に、親たちの働く実態に目を向け、自ら変わっていったのです。

と書いてある。少なくとも、厚生労働省をはじめ、全国的な保育関係団体、保育分野の研究者などは、この前提を共有しながら、政策の利害対立を調整できるようになってきた。よく勉強している保育者はもちろんのこと、自治体の自主財源の少ない地域など、ギリギリの行政サービスのリストラをつきつけられたり、近隣地域で目の当たりにしてきた保育関係者もそういう考えている。

しかし朝霞を含めてまだまだ首都圏の一部の地域では、子ども関係者の中に、変わらないまま「盾に立て」る議論が根強い。先日もある行政資料のチェックを頼まれて、その中では、困っている人の保育ニーズより、保育サービスの濫用のことをことさら問題にして書いている割合が多く、それは違う視点から考えなくてはならないんじゃないの、と突っ込みを入れた会議の顧問格で社会福祉の重鎮の発言も、原稿では濫用論に同意したことになっていた。もちろん、社会福祉の大家が、全国レベルで共有されている前提を無視した発言を公的な場でするとは思えず、再確認してもらった。

発達段階論のような科学の色を装って強硬に自説を曲げない人もいる。きっと地域の同業者、価値観の異ならない人たちどうしで保護者(お客様)批判を千年一日続けているのだろう。自分のはめた枠に入らない子どもや保護者が嫌いなんだろうな。
子育てや保育の規制緩和に一貫して反対してきたけど、こういう底意地の悪い人たちに接すると、ついつい暴力的な規制緩和論に加担したくなってしまうときがある。

●とても尊敬する方にこのブログでご迷惑をおかけてしまった。反省。

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2007.04.02

4/2 保険好き日本人の財布を狙うアメリカ

日本の損保会社がいろいろ不祥事を起こしていて、確かにこれはまずいだろ、と思うこともある。しかし、何で金融庁はこんなに日本の保険会社ばかりねらい打ちに摘発しているのか、疑問に感じることがある。

というのも、加入しやすさだけを売りにしている外資系保険会社の保険について、様々な保険金不払いで消費者問題になっていることは、一部の雑誌記事でしか伝えられていない。しかしこのことについて金融庁が適切な指摘、監督をしているとは思えない。

今日、私の勤務先の共済で、専務からの話をする場があったが、アメリカ商工会議所の規制改革の対日要求事項として、共済を民間保険と同一の基準で規制強化するように求める内容の物が出されていて、共済は今後金融庁の監督におかれることを考えなければならない、という説明があった。

これだけであれば問題があるかどうかわからないが、テレビコマーシャルに経費をばんばん使い、消費者問題に対応する弁護士たちを大量に雇う保険会社と同じ仕組みで共済が運用されるべきということになるらしい。
職場や地域、同じ問題を抱えた人たちが互助活動として運営される共済とは、利用者保護などの目的は同じだとしても、その運用の仕方が全然違うだろう。リスク管理の技術も不特定多数を相手にし不正受給に法律的対応しかできない外資系保険と、特定多数を相手にし不正受給があれば組織的対応ができる共済とは全然違うと思う。

そんなことを考えて最初の話に戻ると、どうもこの対日要求のおかげで、金融庁は外資系保険会社に甘々なんじゃないだろうかと思ってしまう。高コストのテレビコマーシャルをたくさん打っている保険がどうして得なのか私には理解に苦しむ。

●AERA「医療保険なんてもういらない」がいい。
脅かすように医療保険に入るように勧めるCM、評論家の言説が流布されているが、公的医療保障でかなりの部分がカバーされるので医療保険はほとんど要らないという記事。
「無審査で誰でも入れる」保険に入って、いざ病気になったら過去の病気に結びつけられ「既往症」として保険金を払ってもらえなかった、という話や、がん心臓病脳卒中に対応する保険も、60日以上の長期入院じゃないと払わなかったり、逆に1日の入院から払うという保険が貯金した方が早いぐらいの保険料になっていること、などが紹介されている。
保険は、みんなが払い込んだ保険料から事務経費をさっ引いて、残額から支払いが行われる。誰でも入れるということは支払するリスクが高くなるわけだから、できるだけ払わない理由を作ってあるし、広告をばんばん打てば、払う保険金を削らざるを得ない。軽度の保障をばらまく保険は、当然重度の支払を渋るか、手薄にしていくしかない。
金融リテラシー教育が注目されているが、そこでは株の話ばかりで、投資の自己責任みたいなことばかりが強調されているようだ。しかし、最も不透明な保険について、その根本の原理について教育が進んでいるのだろうか。

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4/2 法律じゃない公職選挙法

都議補選に出た今村るかさんの事務所を訪ねたら、元衆議院議員の石毛えい子さんに会えた。選対委員長をしているという。福祉に関する話を二、三し、選挙後にお会いすることにする。
事務所の中で、選挙の手伝いをしている女性がいて記憶にある人だ。よく見たら、一時期話題になった野党の若手女性議員の方だった。議員を辞めた後、今は障害者の人材派遣業をやっている。彼女は社会福祉士として雇用され、派遣される障害者のソーシャルワークを業務としている。面白そうなので、話を聴きたいと思う。

●選挙ってどうしてワンパターンなんだろうね、という批判がある。私も同感。でもいろいろ公選法のルールに従って選挙をやってみると、こんなことしか許されない。あとは脱法行為が少し。それもいつでも警察や選管が厳格運用を始めたら今にも自粛しなければならない。
おきまりの選挙カーでわあわあやって、夕飯の準備の時間に電話がかかってきて、町中ポスターがベタベタ貼って、というもの。ほんとうにそうだと思うが、ポスターに関してはかなり規制のメリハリついてきて状況が改善されつつあるが、他の2つに関しては、今の公選法ではこれしかないという感じ。

まず言論の選挙にするためのツールがことごとく奪われている。選挙公報以外はない。
選挙期間中は、HPを作っても動かしてもいけない。投票を頼む電子メールも個人的知り合い以外は出してはいけない(厳密に言うと個人的知り合いでも出してはいけない可能性がある)。国政選挙以外は、まともなビラは作れない。たまに認められても「政党」「確認団体」のもので、無所属候補のものは、どの陣営が出しているのだかわからないようなつくりにならざるを得ない。それも配る手段は新聞折り込みか、街頭演説会での配布、街頭演説会場周辺のポストに限られている(ビラ配りの都合だけのために誰もいないところで街頭演説をやることもある)。以前は立会演説会が設定されたが、今は行われなくなった。JCなどが候補者の討論会を開いても、選挙期間中は×。

有権者との候補者や応援する人との接触がぶった切られている。むしろ接触しないようにつくられている。
有権者が自発的に事務所に行かない限り、個人に投票をお願いできる手段は電話と公選はがきしかない。ほんとうは運動員が支持者になりそうな人に会って政策などを簡単に説明して投票をお願いする戸別訪問が選挙の王道だと思うが、先進国では日本がただ一つだけ、買収の温床になる、として禁止されている。
公選はがきは当選に必要な数を下回る数しか送れない。また送る方法も支持者が勝手に投函したら選挙違反になるなど、ややこしい。だからじゃんじゃん電話かけるしかなくなる。演説会も演説会の予告は電話以外できない。陣営は電話以外の偶然の機会をつくるためにわあわあとにかく騒ぐことになる。
ただ、業界団体とか地縁団体などコネクションを積み上げた人が、そこの業界団体や町内会が仕掛けた場に演説や自己紹介に出かけることは大いに認められていて、しがらみのない人が不利な制度になっているし、逆に言うと、業界団体や町内会などが選挙で有利に機能するため、特定の地方議員とずぶずぶの関係になってしまいがちになる。そのことで自治体にとって最大の圧力集団である議員が、特定の町内会や特定の業界団体の利益誘導に取り囲まれているため、自治体の意志決定を透明にしにくくなってしまっている。

看板類の規制も厳しい。
選挙事務所に1つ、あとは選挙カーに規定の大きさの範囲内で1そろい、かろうじてたすきはお目こぼしされる。候補者名の入った幟旗や垂れ幕、横断幕の掲出は×。かつては迷惑度も低いので、垂れ幕や幟旗ぐらいは必要悪と大目に見てくれたが、今回の選挙は千葉で幟旗を使った市議候補どうしの乱闘があってかなり厳しく扱われているようだ。となると、選挙カーなしに街頭演説をやると誰の演説会だかわからないようなスタイルしか組めない。選挙カーが迷惑だとわかっていても、誰の選挙だかわからなくしないためには必要になってしまう。

こんなことをいろいろ考えると、結局類型的な選挙運動しかできないことになる。そうなると、マイクでがなることが大好きな類型的な政治家タイプの人が選挙に有利になる。そして類型的な政治家が量産されていく。

実は、この公職選挙法の原型は、1926年に普通選挙が実施されたときに、交換条件として選挙法が厳格化されたところにルーツを持ち、1940年の翼賛選挙でほとんど今の原型ができた。だからあれもダメ、これもダメと厳しく、素人がうっかり好意でオーバーランしたことが、警察からの警告や時には事情聴取の対象になってしまうこともあって、民主主義の基本である選挙にうっかり近づくとアブナイ、というイメージがつきまとってしまっている。
したがって、戸別訪問の禁止は、議会制民主主義を否定するものとしてGHQが解禁したが、占領解除とともに翼賛選挙の法律に戻ってしまった。

また、公職選挙法は、民主主義にとって何が大切かという価値判断がされておらず、生活迷惑防止条例の延長みたいな禁止規制が多い。そのため、何を何のために禁止し解禁するかという基準について根本の考え方がなく、実に解釈があいまいで、お茶・お菓子は事務所で出してよくてケーキ・コーヒーはダメとか、つまらなく細かいことだけがよく決められている。弁護士も慣れない人はやりたがらない。したがって、選管に聞いても、脱法的行為について、やってもいいけど合法ではない、みたいな解釈が多い。したがって現実に合わないことが多く、解釈も難解を極めて、警察の判断によってやっていいことと悪いことの地域差が激しい。事前運動的な行為の規制など、ものすごく取り締まりが厳しい東京都や神奈川県と、その他の県では落差が大きい。

●上田知事が「自衛官は大変だ。平和を守るために人殺しの練習をしている。『国民の生命と財産を守るために頑張って下さいと』褒めたたえないといけない」と発言。右にも左にも、自衛官にも不適切な発言だと思う。

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4/1 桜のおまつり

Dscf3437昼から保育園へ荷物を搬入。その後、黒目川の堤防(東上線の朝霞と朝霞台の間の川です)の桜の木の下で開かれた黒目川桜祭に行く。友人がステージに出演するので、誘われていた。
人がたくさん出ていたけど静かなお祭りだったし、来た人たちは朝霞市民が多く、みんなやさしい笑顔をしていた。いいお祭りだったと思う。
これからも今ぐらいの規模でこのお祭りが続けられるといいなと思う。祭りの主催者たちはもっともっとという思いがあると思うが、彩夏祭のように、混雑がひどくて市民がじっくり楽しめないお祭りにならないでほしいと願う。

きょうは、あまりにも暖かく、のぼせてしまって、今日の予定は半分キャンセル。こんなんでいいのだろうかと自責の念。

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2007.04.01

3/30 

選挙の応援。選挙カーの運転をする。これが結構気苦労する。

最近、小さな面積の自治体で選挙したいという人には、選挙カーなんてやめちゃえとアドバイスしている。本番での選挙カーなんて票にもならない。多少効果があるのは、街頭演説。小規模のを100メートルごとにやれという人もいる。そうなると選挙カーなんて身動きの取れない無駄なものでしかない。
小さなトラフィックメガホンを担いで自転車に乗るか台車に乗せてやった方がいい。

ところがここで難問。1月ぐらいに千葉市議に出ようとしていたバカな候補が、駅前の陣取りをめぐって暴力沙汰を起こし、そのことがきっかけで幟旗に候補者名を掲出することが禁止されているという公選法の四角四面の解釈がよみがえり、全国紙を通じて、一般市民にまで知れ渡ってしまった。

おかげで、選挙カーを持たないで街頭演説しているときに、通行人に何という候補者か掲出できる看板の類は、選挙カーの看板しかなくなってしまった。

公選法はあれするなこれするなと書いている。そのことが選挙の公正さに寄与しているとは思うが、国民と候補者との距離を分断し、政治不信をふりまいていると思う。

●沖縄戦の終盤での、集団自決について、これまで軍が命じたものがあったと書いていた教科書の記述が削除され、あたかも沖縄の人たちの自発的な意志で集団自決が行われたように書き換えられた。
手榴弾による集団自決は、いったい誰の与えた手榴弾によって行われたのか、殺人事件で、指紋付きの血塗りの包丁が発見されて犯人が特定されたときに、オレは刺していない、相手が勝手に刺さってきただけだ、と言い逃れしているような雰囲気だ。
オレは強制していないという軍人の証人をもって否定したというが、それが全体として強制していないという証拠になるとは思えない。
集団自決が軍による誘導、強制がなかったとするなら、最近流行の国産戦争映画みたいに、そういう美談でお涙ちょうだいたっぷりの映画でもつくって沖縄で上映してみろと言いたい。
政権は、菅義偉というヤクザ的立身出世の行動原則しか持たないバカ大臣のおかげで、放送局のどうでもいいねつ造をネタに言論機関の権力による監視を制度化しようとしているが、文部省が音頭を取って行う教科書のねつ造記事については放置するらしい。

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1996年12月 札幌市議会での意見陳述:市営交通運賃改定議案に関して

◎黒川 参考人  私は,黒川と申します。
 今回の市営交通の運賃改定に関して,日ごろ考えていることを公表する場を与えていただいた市議会の皆様に大変感謝いたします。
 私は,自動車を保有しない市民として,公共交通に依存して暮らしております立場から,今回の市営交通の値上げに関して,幾つか意見陳述させていただきたいと思います。
 私は,今回の市営地下鉄・バスの運賃改定案については,条件をつけて反対いたします。
 反対の理由は,札幌市や札幌市交通局が,それぞれの立場で市の交通問題について最善の努力をされているかどうかということを吟味したところ,まだ努力の余地が残っていると判断したからです。
 特に札幌市の問題なのですが,新幹線,それからJR,地下鉄,市電,バス,自転車,徒歩,それからマイカー,こういった交通機関を,それぞれ市民の足としてどう位置づけていくのか,行動を伴うような総合的な交通政策を提示していないということが挙げられます。ただ交通局の損失は交通局で責任を持ちなさいという論理だけの運賃改定では,地下鉄やバスの経営は改善いたしません。今回の運賃改定に反対する理由の7割が,この点にあります。
 交通局についても,大変重いリストラに耐えていることは十分承知しております。しかし,今はただ萎縮しているだけのようです。すべてがよい案とは思えないのですが,せっかく市民や識者から利用客増の提言が寄せられても,なかなかサービス改善が進みません。これが今回の運賃改定に反対する残り3割の理由です。
 一方で,私は,公共交通機関の運賃を安易に抑制すべきではないと考えております。比較的経営のよい東京の民鉄でも,高度経済成長期に適正な運賃改定ができなかったために,抜本的な輸送力増強が進まず,利用客が健康を犠牲にして通勤地獄に耐えています。必要な運賃改定は適宜行うべきです。
 また,札幌市地下鉄の場合,借りかえができない公的融資から,平均5.7 %にもなる高金利の借入金をしており,運賃収入の9割近く,290 億円を利息として損失に計上しなければなりません。まるで,利息が交通関係者の努力をあざ笑うかのようです。低金利の今日,これについては,可能な限り借りかえを模索していただきたいと思います。
 そういった厳しい経営環境の中で,職員の皆さんがリストラに耐え,異例の禁欲的な努力をされていることも存じております。私は,市民として,利用者として,少しもこの危機を理解できないわけではありません。まして,低所得者を含めたほとんどの世帯がマイカーを所有できている当市において,今回の運賃改定案そのものが不当な値上げではないと考えています。
 しかし,今回の値上げを積極的に賛成できるかと言われると,それには問題が多過ぎます。過去,何回も交通運賃の値上げが実施されてきましたが,一向に経営も利用客数も改善しない実績があるのです。それを考えると,市や交通局の努力不足を指摘せざるを得ません。努力不足の面をチェック事項とし,クリアできないうちは反対と結論づけました。これが条件つき反対という結論に至った理由です。
 後にその条件をご説明いたしますが,その前に,市営交通の需要喚起がなぜ成功しないのか,つまりなぜ多くの市民が市営交通を利用しなくなるのか,私の個人的な私見ですが,他都市の公共交通機関や自動車との比較の上で陳述させていただきたいと思います。
 第1点ですが,時間サービスでは自動車に負けているということです。
 交通局は,地下鉄が迅速で正確だと宣伝しています。実際利用すると,待ち時間で多くの時間を浪費します。他の大都市圏の鉄道路線は,一定の時間に同じダイヤを繰り返すパターンダイヤを採用して,覚えやすいダイヤになっています。少しなれた利用客は,この単純なパターンダイヤを記憶し,時間を交通機関に合わせて,むだな時間をつくらず利用しています。翻って,札幌市の地下鉄は,不均等な運転間隔で運行されているので,時刻表で都度確認しなければ,ホームでいつやってくるかわからない地下鉄を待つことになります。利用客の平均乗車時間が10分以内で,待つときと待たないときでは,時間差が七,八分変わってきますから,タイミング次第では実所要時間が倍になります。目的地に到着する時間を正確に予測することができません。
 市電は非常に低速です。現在,一番遠い西4丁目から中央図書館前までの3キロ程度の距離を25分もかかっています。自転車が追い越していくスピードなので,それより速い自動車利用を促進する結果になっています。旅行で訪ねた際利用した西日本各地の市電は,自動車より速かったように思います。西4丁目などの乗降の多い停留所では,たった1人の運転手で料金精算業務に当たるため,降車のためだけに5分近くかかることがあります。交通機関は,高速化によって車両の回転率も上がり,経営の効率化にもつながります。それによって,固定費を上げずに増便して,需要喚起することが可能です。
 バスは,運転手による運転技術のむらが目立ち,道路事情とは関係のない遅延や,その逆に早く行ってしまったり,定時運行が成り立っていません。また,以前実施していた冬ダイヤをおととしから廃止されましたが,冬季のバスダイヤは全く当てにならなくなりました。利用者は,風雪のバス停で,いつやってくるかわからないバスを待ち続けています。
 年収350 万円の人で,1分当たりの人件費が30円です。ほんの数分の時間サービスを改善できれば,市民は値上げ分を回収することができます。時間サービスは,値上げと引きかえに,ぜひ改善すべき課題だと思います。
 第2に,複数の交通機関の間での連絡がよくないことです。
 施設面では,バスターミナルと離れている地下鉄駅が多く,不便です。また,札幌や新札幌,麻生などのJRとの連絡駅での乗りかえは,大変歩かされます。東豊線と他の地下鉄線とは,東京の地下鉄より乗りかえが大変です。
 交通機関は面の広がりが不可欠で,単独の交通機関の力だけでは,需要喚起を図ることに無理があります。少しでも多くの交通機関がスムーズに連携することが必要です。しかし,札幌市内の公共交通は,JRはJR,市営交通は市営交通という,全く異なる交通体系になっていて,全札幌圏の交流を阻害しています。例えば,市バスの路線は地下鉄駅に接続するようにしか設定されていません。そのために,西区や手稲区では,バス路線が長距離です。近くのJR駅にバスが接続すれば,より迅速な移動が可能です。
 もはやどうにもならないことなので,余り指摘すべきことではないのですが,東豊線さっぽろ駅は,移設前のJRの札幌駅を前提に設置されました。札幌市が都市計画を積極的に実行していれば,このようなことにはならなかったと思います。南北線も,JR駅との間で大勢の利用客が毎日数百メートル歩かされています。いつまでたっても,移設の構想すら発表されません。
 地下鉄と郊外電車との相互乗り入れがないのも,札幌の地下鉄の特徴です。札幌でも地下鉄と郊外のJR線との相互乗り入れについて研究を開始したと報道されましたが,その構想はぜひ持ち続けていただきたいと思います。軌道の種類が異なることで断念しても,ホーム上で乗り継ぎが可能なようになれば相当改善されます。
 第3に,バス路線が複雑で多く,長距離で,便数が少ないことです。
 路線の再編成が進まない結果,都心部やその隣接地域で交通過疎が発生していることです。ファクトリー線を除く都心部を走るすべてのバス路線は,都心と郊外を結ぶ路線です。このため,厚生年金会館から薄野,バスセンターから札幌駅といった都心内の移動に大変手間取ります。どの交通機関を利用したらよいかもわかりません。札幌駅から2キロもない厚生年金会館に移動するのに,小樽行きの高速バスに乗るのが一番便利で速いと,だれがすぐわかるでしょうか。
 バス案内システムがなくても使える,わかりやすいバス路線網に大胆に改革すべきです。地下鉄が開通する都度,バス路線存続運動と路線網の再編を足して2で割った結論になって,関連路線の一部区間を廃止してきたようにしか見えません。これが象徴的にあらわれているのが,東豊線開通後の東区です。東豊線が開通して接続する駅から都心側のバス路線がカットされ,鉄東地区や苗穂地区は,住民の要望で残された本数の少ないバス路線で都心に出なければなりません。反対に,都心から遠い札苗地区は,近くの元町や新道東などの地下鉄駅にバスが接続せず,都心寄りの環状通東,バスセンターなどの駅までの長い距離,バスに乗らなければなりません。この地区は,たくさんの系統が複雑に走り,初めて利用する人には,どの路線を利用したらよいかわかりません。
 本来なら,地下鉄開通で人の流れは大きく変わるのですから,それに合わせて,わかりやすく運転区間を短く路線を再編成して,密度の高い運転本数を確保することが必要です。また,都心部と郊外部とバス路線を分離して,異なる考え方で路線網を再編する必要もあります。札幌は,近代に入ってつくられた街だけあって,道順は非常にわかりやすいのですが,非常にわかりにくいバス路線網で自動車に対抗できるとは思えません。
 第4に,公共交通が自動車に勝てるような快適な乗り物ではないということです。
 排気ガスと渋滞と交通事故を除けば,今の市営交通は,人に優しい交通機関と言えるのでしょうか。自動車は,渋滞でも何でも,必ず座れます。排気ガスだって,自分の自動車の中にはほとんど入ってきません。ドア・ツー・ドアです。ダイヤも意のままです。かかる経費も,変動費だけを考えれば,自動車が優位です。
 札幌の市営地下鉄は,ゴムタイヤを使用し,瞬発力も非常にすぐれているのですが,反面,発進・停車時の乗り心地が犠牲になっています。朝のラッシュ時間に混雑する事情がありますが,すべての車両が快適性の劣る座席数の少ない長いすを採用しています。ここ10年の間に,JR西日本では,大阪圏で普通電車以外の通勤電車から長いすをどんどん解消しています。
 最近導入された低床車を含めたほとんどの市バスの車両は,後部の乗降口の反対側に座席を設置していません。これは,全国でも珍しいスタイルです。バスは加減速が急で,多く,運転手のくせが出やすい乗り物ですから,安全面と快適性を考えれば,少しでも多く座席を用意すべきです。貨車で運ばれる家畜のように,バスの立ち席ゾーンの手すりにつかまっている札幌市民と,サロンのような通勤電車に乗って,ご近所さんと世間話をしながら通勤しているスウェーデンの労働者を比較すると,余りにも落差の激しい光景です。
 ヨーロッパの市電の車両は,乗降口と客室とのに段差がない完全低床車が主流になっています。日本では,来年,熊本市が導入するそうですが,札幌市の市電も高齢者の利用が目立つのですから,いち早く導入していただきたいと思います。
 第5に,運賃システムが複雑で,わかりにくい仕組みです。
 今回,運賃値上げに際して,地下鉄の全線均一運賃が検討され,断念したと聞いておりますが,非常に残念です。管理コストもかからず,また市民にもわかりやすい簡便な均一運賃制度は,多少高額になったり収入が減っても導入すべきです。せっかく本格的な乗り継ぎ割引運賃制度を実施しながらも,バスと地下鉄とでそれぞれ複数の運賃が存在するために,複雑な運賃になってしまっています。
 長崎市には,全国一の営業距離を持つ路面電車がありますが,乗り継ぎも含めて,全線均一100 円の運賃です。簡単な運賃体系ゆえ,両替がほとんど発生せず,乗降時間による遅延がありません。この路面電車は黒字経営です。
 札幌市の乗り継ぎ割引は割引率がよく,私も大変評価しております。しかし,他民間バス会社線との割引,割引区間や乗り継ぎ駅などの制約が多く,わかりやすさではいま一歩です。バス路線の再編と並行して,単純で広範囲な乗り継ぎ割引が必要です。
 さらに,地下鉄のない地域を考えると,JR線も巻き込んだ乗り継ぎ割引が必要です。札幌圏全体で利用客を掘り起こす運賃体系に改善すべきです。バスを地下鉄利用の端末交通と位置づけるのなら,バス・地下鉄・バスといった3段階の乗り継ぎ割引も実施する必要があります。
 運賃について真剣な検討がなされれば,法律的前例のない運賃体系を採用しても,全国の先駆けの事例になるのではないでしょうか。このことは,全国最初の乗り継ぎ割引を含んだプリペイドカード,ウィズユーカードの導入時に証明されたはずです。
 第6に,道路が便利過ぎることです。
 莫大な道路建設予算が,札幌市内の車道をどんどん便利にしていきます。商業地を車道が分断しています。車道によって分断された,自由に安心して歩けない商店街に人が集まるとは思えません。公共交通の需要喚起のためには,沿線に,歩くことが楽しい商店街がどれだけあるかが重要です。今のように,どんどん車道によって街を分断し,歩行者を疎外する街づくりを続けている限り,市民の足はマイカーにシフトし続けます。もっと安心して買い物ができ,信号や自動車を気にせず歩き続けることができる都心部や駅前づくりをしなければ,公共交通のよさを生かせないと思います。
 以上のようなことを考えていくと,自動車優位のこの街において,市営交通の需要喚起による経営再建を実現するためには,交通局だけの努力では限界があります。
 したがって,値上げに条件つき反対と言うときの条件の第1として,市営交通の利用客を増加させるために,札幌市が,マイカーや徒歩を含む各種交通機関の役割を明確にした総合的交通政策を確立し,実行することが必要です。
 条件の第2として,経営が楽とは言えない札幌圏の公共交通機関の経営体がスクラムを組み,札幌圏全体で,利用者の使いやすい公共交通機関づくりを模索する努力が必要です。
 条件の第3として,交通局自体が,もっと公共交通の運営のノウハウを他都市や諸外国からどんどん導入して,市民のニーズに合った,ノウハウの伴ったサービス改善を実施していただきたいと思います。
 マイカーから利用客を奪還するためには,固定観念のような公共交通のあり方を超えることが必要になりますが,そのためには,交通局だけに経営改善の責任を押しつけるのではなく,札幌市が率先して,公共交通網の整備計画と総合的な交通政策を確立して,公共交通を後押しすることが必要です。特に,交通局を経営してきた札幌市が,交通について具体的な政策をしないでいる現状を放任することはできません。無理な借金をして地下鉄を建設し,住民の願いを聞き入れて採算のとれないバス路線を存続してきたはずですが,それと矛盾する道路拡張や,都心部の駐車場の増設を促進するなど,市営交通を利用しなくてもよいとするようなマイカー優遇策を実施してきたのでは,全く政策の整合性がありません。市営交通の利用客が全くふえないことは,この政策の整合性のなさによってもたらされたものです。過去,何回もマイカー優遇策を転換しないままで同じような運賃改定が提案されてきましたが,いつまでたっても利用客が増加せず,収支が改善しないのではないでしょうか。
 経営改善の環境づくりが進まない中で,今回の運賃改定が,やらないよりましという提案であるならば,運賃改定に同意できません。
 もし,札幌市が本腰を入れて公共交通の役割を重視し,無秩序な自動車の都心流入を抑制するような総合的な交通政策を策定し,市営交通と民間バス,JRとのスクラムづくりに乗り出していただければ,市営交通の再建策も具体的に光が差してきます。そのときに,交通局を維持するために避けて通れないということであれば,運賃改定を理解し,賛成いたします。
 さらに,新しい試みをしていく上で,どうしても交通局職員の協力が不可欠です。今の内容の意識改革や接客技術の改善だけではなく,局内提案や職員団体の経営参加など,職員が職場をみずからのものと思うことのできる職場づくりが必要です。そして,よい提案,工夫,改革を実行できた職員に思い切った待遇改善をしていただきたいと思います。幾ら私のような外野の市民が騒いでも,市営交通をよくする方法を知っているのは,職員の皆さんにほかならないのですから,職員の提案と工夫を盛んにしてください。そういう形で,職員の意識改革と生産性の改善を推進していただきたいと思います。
 繰り返し申し上げますが,札幌市が交通局の経営危機をもっと真剣にとらえ,総合的な交通政策をまとめ始めない限り,全く今回の値上げは意味をなさなくなります。その証拠に,ここ数年の交通局だけの努力では,利用客は全く増加せず,専ら経費の削減という成果しか上げられていません。この街全体の交通の仕組みを決めるような,総合的な交通政策の立案なき運賃改定は反対いたします。
 ただ,市が,総合的な交通政策の立案を開始し,その中で,公共交通重視の具体的な政策をとっていただけるのなら,市営交通の運賃改定に反対し続けるものではありません。ぜひ,札幌市にご検討を,交通局にご奮闘をお願いし,結果が好転することをお祈り申し上げます。
 以上をもちまして,私の意見陳述を終わらせていただきます。

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