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2007.04.06

4/6 親の因果を子どもの烙印とすることが民法なのか

長勢甚遠法相が、離婚後300日以内に生まれた子どもを前夫の子と見なして勝手に戸籍に父親を書き込む制度を維持する理由として、離婚前に性交渉をすることは民法が求める貞操観念に矛盾するから、と発言している。

離婚前に、配偶者以外の人間と性交渉を持つことを民法が否定していることはその通りだ。しかしその責任は、前夫に対する慰謝料というかたちで償うことになっているわけで、親を選択することもできない子どもが、その罪科を入れ墨のように一生消せないかたちで償うなどということは、恐ろしく因習めいた考えであり、明らかにおかしい。自民党の好きな「健全な家庭」とは何だろうか。烙印を押された人間が、その原因をつくった親を憎む社会であるのだろうか。そうではないだろう。どんな境遇に生まれても、どんな環境に生まれても生活する場としての家庭を大切にすることを第一義におけば、もっとまともな解釈が出てくるはずだ。

貞操観念などときれいごとを引っ張りだすが、民法の基本的な考え方にもとづいて考えれば、長勢法相はとんでもないおぞましいことを要求している。
自分が、あるいは自分の娘が同じような立場になったときに、そういうおぞましい選択をせざるを得なくなったらどうするのだろうか(もっとも大物政治家になるような人は、あらゆる手段を使って書類上の離婚日を訂正したり、スキャンダルをうまく誤魔化すのだろう)。実の父親でもない人が、実の父親だとされ、どんなところに言っても実の父親と実の父親は違うと言い続けなくてはならない。そのおぞましさに鈍感な人間の言うことだと思う。

●週刊誌はそこまで言う長勢法相の貞操観念についてどうなのか、身辺取材を徹底的にやるべきだろう。

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