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2007.04.01

1996年12月 札幌市議会での意見陳述:市営交通運賃改定議案に関して

◎黒川 参考人  私は,黒川と申します。
 今回の市営交通の運賃改定に関して,日ごろ考えていることを公表する場を与えていただいた市議会の皆様に大変感謝いたします。
 私は,自動車を保有しない市民として,公共交通に依存して暮らしております立場から,今回の市営交通の値上げに関して,幾つか意見陳述させていただきたいと思います。
 私は,今回の市営地下鉄・バスの運賃改定案については,条件をつけて反対いたします。
 反対の理由は,札幌市や札幌市交通局が,それぞれの立場で市の交通問題について最善の努力をされているかどうかということを吟味したところ,まだ努力の余地が残っていると判断したからです。
 特に札幌市の問題なのですが,新幹線,それからJR,地下鉄,市電,バス,自転車,徒歩,それからマイカー,こういった交通機関を,それぞれ市民の足としてどう位置づけていくのか,行動を伴うような総合的な交通政策を提示していないということが挙げられます。ただ交通局の損失は交通局で責任を持ちなさいという論理だけの運賃改定では,地下鉄やバスの経営は改善いたしません。今回の運賃改定に反対する理由の7割が,この点にあります。
 交通局についても,大変重いリストラに耐えていることは十分承知しております。しかし,今はただ萎縮しているだけのようです。すべてがよい案とは思えないのですが,せっかく市民や識者から利用客増の提言が寄せられても,なかなかサービス改善が進みません。これが今回の運賃改定に反対する残り3割の理由です。
 一方で,私は,公共交通機関の運賃を安易に抑制すべきではないと考えております。比較的経営のよい東京の民鉄でも,高度経済成長期に適正な運賃改定ができなかったために,抜本的な輸送力増強が進まず,利用客が健康を犠牲にして通勤地獄に耐えています。必要な運賃改定は適宜行うべきです。
 また,札幌市地下鉄の場合,借りかえができない公的融資から,平均5.7 %にもなる高金利の借入金をしており,運賃収入の9割近く,290 億円を利息として損失に計上しなければなりません。まるで,利息が交通関係者の努力をあざ笑うかのようです。低金利の今日,これについては,可能な限り借りかえを模索していただきたいと思います。
 そういった厳しい経営環境の中で,職員の皆さんがリストラに耐え,異例の禁欲的な努力をされていることも存じております。私は,市民として,利用者として,少しもこの危機を理解できないわけではありません。まして,低所得者を含めたほとんどの世帯がマイカーを所有できている当市において,今回の運賃改定案そのものが不当な値上げではないと考えています。
 しかし,今回の値上げを積極的に賛成できるかと言われると,それには問題が多過ぎます。過去,何回も交通運賃の値上げが実施されてきましたが,一向に経営も利用客数も改善しない実績があるのです。それを考えると,市や交通局の努力不足を指摘せざるを得ません。努力不足の面をチェック事項とし,クリアできないうちは反対と結論づけました。これが条件つき反対という結論に至った理由です。
 後にその条件をご説明いたしますが,その前に,市営交通の需要喚起がなぜ成功しないのか,つまりなぜ多くの市民が市営交通を利用しなくなるのか,私の個人的な私見ですが,他都市の公共交通機関や自動車との比較の上で陳述させていただきたいと思います。
 第1点ですが,時間サービスでは自動車に負けているということです。
 交通局は,地下鉄が迅速で正確だと宣伝しています。実際利用すると,待ち時間で多くの時間を浪費します。他の大都市圏の鉄道路線は,一定の時間に同じダイヤを繰り返すパターンダイヤを採用して,覚えやすいダイヤになっています。少しなれた利用客は,この単純なパターンダイヤを記憶し,時間を交通機関に合わせて,むだな時間をつくらず利用しています。翻って,札幌市の地下鉄は,不均等な運転間隔で運行されているので,時刻表で都度確認しなければ,ホームでいつやってくるかわからない地下鉄を待つことになります。利用客の平均乗車時間が10分以内で,待つときと待たないときでは,時間差が七,八分変わってきますから,タイミング次第では実所要時間が倍になります。目的地に到着する時間を正確に予測することができません。
 市電は非常に低速です。現在,一番遠い西4丁目から中央図書館前までの3キロ程度の距離を25分もかかっています。自転車が追い越していくスピードなので,それより速い自動車利用を促進する結果になっています。旅行で訪ねた際利用した西日本各地の市電は,自動車より速かったように思います。西4丁目などの乗降の多い停留所では,たった1人の運転手で料金精算業務に当たるため,降車のためだけに5分近くかかることがあります。交通機関は,高速化によって車両の回転率も上がり,経営の効率化にもつながります。それによって,固定費を上げずに増便して,需要喚起することが可能です。
 バスは,運転手による運転技術のむらが目立ち,道路事情とは関係のない遅延や,その逆に早く行ってしまったり,定時運行が成り立っていません。また,以前実施していた冬ダイヤをおととしから廃止されましたが,冬季のバスダイヤは全く当てにならなくなりました。利用者は,風雪のバス停で,いつやってくるかわからないバスを待ち続けています。
 年収350 万円の人で,1分当たりの人件費が30円です。ほんの数分の時間サービスを改善できれば,市民は値上げ分を回収することができます。時間サービスは,値上げと引きかえに,ぜひ改善すべき課題だと思います。
 第2に,複数の交通機関の間での連絡がよくないことです。
 施設面では,バスターミナルと離れている地下鉄駅が多く,不便です。また,札幌や新札幌,麻生などのJRとの連絡駅での乗りかえは,大変歩かされます。東豊線と他の地下鉄線とは,東京の地下鉄より乗りかえが大変です。
 交通機関は面の広がりが不可欠で,単独の交通機関の力だけでは,需要喚起を図ることに無理があります。少しでも多くの交通機関がスムーズに連携することが必要です。しかし,札幌市内の公共交通は,JRはJR,市営交通は市営交通という,全く異なる交通体系になっていて,全札幌圏の交流を阻害しています。例えば,市バスの路線は地下鉄駅に接続するようにしか設定されていません。そのために,西区や手稲区では,バス路線が長距離です。近くのJR駅にバスが接続すれば,より迅速な移動が可能です。
 もはやどうにもならないことなので,余り指摘すべきことではないのですが,東豊線さっぽろ駅は,移設前のJRの札幌駅を前提に設置されました。札幌市が都市計画を積極的に実行していれば,このようなことにはならなかったと思います。南北線も,JR駅との間で大勢の利用客が毎日数百メートル歩かされています。いつまでたっても,移設の構想すら発表されません。
 地下鉄と郊外電車との相互乗り入れがないのも,札幌の地下鉄の特徴です。札幌でも地下鉄と郊外のJR線との相互乗り入れについて研究を開始したと報道されましたが,その構想はぜひ持ち続けていただきたいと思います。軌道の種類が異なることで断念しても,ホーム上で乗り継ぎが可能なようになれば相当改善されます。
 第3に,バス路線が複雑で多く,長距離で,便数が少ないことです。
 路線の再編成が進まない結果,都心部やその隣接地域で交通過疎が発生していることです。ファクトリー線を除く都心部を走るすべてのバス路線は,都心と郊外を結ぶ路線です。このため,厚生年金会館から薄野,バスセンターから札幌駅といった都心内の移動に大変手間取ります。どの交通機関を利用したらよいかもわかりません。札幌駅から2キロもない厚生年金会館に移動するのに,小樽行きの高速バスに乗るのが一番便利で速いと,だれがすぐわかるでしょうか。
 バス案内システムがなくても使える,わかりやすいバス路線網に大胆に改革すべきです。地下鉄が開通する都度,バス路線存続運動と路線網の再編を足して2で割った結論になって,関連路線の一部区間を廃止してきたようにしか見えません。これが象徴的にあらわれているのが,東豊線開通後の東区です。東豊線が開通して接続する駅から都心側のバス路線がカットされ,鉄東地区や苗穂地区は,住民の要望で残された本数の少ないバス路線で都心に出なければなりません。反対に,都心から遠い札苗地区は,近くの元町や新道東などの地下鉄駅にバスが接続せず,都心寄りの環状通東,バスセンターなどの駅までの長い距離,バスに乗らなければなりません。この地区は,たくさんの系統が複雑に走り,初めて利用する人には,どの路線を利用したらよいかわかりません。
 本来なら,地下鉄開通で人の流れは大きく変わるのですから,それに合わせて,わかりやすく運転区間を短く路線を再編成して,密度の高い運転本数を確保することが必要です。また,都心部と郊外部とバス路線を分離して,異なる考え方で路線網を再編する必要もあります。札幌は,近代に入ってつくられた街だけあって,道順は非常にわかりやすいのですが,非常にわかりにくいバス路線網で自動車に対抗できるとは思えません。
 第4に,公共交通が自動車に勝てるような快適な乗り物ではないということです。
 排気ガスと渋滞と交通事故を除けば,今の市営交通は,人に優しい交通機関と言えるのでしょうか。自動車は,渋滞でも何でも,必ず座れます。排気ガスだって,自分の自動車の中にはほとんど入ってきません。ドア・ツー・ドアです。ダイヤも意のままです。かかる経費も,変動費だけを考えれば,自動車が優位です。
 札幌の市営地下鉄は,ゴムタイヤを使用し,瞬発力も非常にすぐれているのですが,反面,発進・停車時の乗り心地が犠牲になっています。朝のラッシュ時間に混雑する事情がありますが,すべての車両が快適性の劣る座席数の少ない長いすを採用しています。ここ10年の間に,JR西日本では,大阪圏で普通電車以外の通勤電車から長いすをどんどん解消しています。
 最近導入された低床車を含めたほとんどの市バスの車両は,後部の乗降口の反対側に座席を設置していません。これは,全国でも珍しいスタイルです。バスは加減速が急で,多く,運転手のくせが出やすい乗り物ですから,安全面と快適性を考えれば,少しでも多く座席を用意すべきです。貨車で運ばれる家畜のように,バスの立ち席ゾーンの手すりにつかまっている札幌市民と,サロンのような通勤電車に乗って,ご近所さんと世間話をしながら通勤しているスウェーデンの労働者を比較すると,余りにも落差の激しい光景です。
 ヨーロッパの市電の車両は,乗降口と客室とのに段差がない完全低床車が主流になっています。日本では,来年,熊本市が導入するそうですが,札幌市の市電も高齢者の利用が目立つのですから,いち早く導入していただきたいと思います。
 第5に,運賃システムが複雑で,わかりにくい仕組みです。
 今回,運賃値上げに際して,地下鉄の全線均一運賃が検討され,断念したと聞いておりますが,非常に残念です。管理コストもかからず,また市民にもわかりやすい簡便な均一運賃制度は,多少高額になったり収入が減っても導入すべきです。せっかく本格的な乗り継ぎ割引運賃制度を実施しながらも,バスと地下鉄とでそれぞれ複数の運賃が存在するために,複雑な運賃になってしまっています。
 長崎市には,全国一の営業距離を持つ路面電車がありますが,乗り継ぎも含めて,全線均一100 円の運賃です。簡単な運賃体系ゆえ,両替がほとんど発生せず,乗降時間による遅延がありません。この路面電車は黒字経営です。
 札幌市の乗り継ぎ割引は割引率がよく,私も大変評価しております。しかし,他民間バス会社線との割引,割引区間や乗り継ぎ駅などの制約が多く,わかりやすさではいま一歩です。バス路線の再編と並行して,単純で広範囲な乗り継ぎ割引が必要です。
 さらに,地下鉄のない地域を考えると,JR線も巻き込んだ乗り継ぎ割引が必要です。札幌圏全体で利用客を掘り起こす運賃体系に改善すべきです。バスを地下鉄利用の端末交通と位置づけるのなら,バス・地下鉄・バスといった3段階の乗り継ぎ割引も実施する必要があります。
 運賃について真剣な検討がなされれば,法律的前例のない運賃体系を採用しても,全国の先駆けの事例になるのではないでしょうか。このことは,全国最初の乗り継ぎ割引を含んだプリペイドカード,ウィズユーカードの導入時に証明されたはずです。
 第6に,道路が便利過ぎることです。
 莫大な道路建設予算が,札幌市内の車道をどんどん便利にしていきます。商業地を車道が分断しています。車道によって分断された,自由に安心して歩けない商店街に人が集まるとは思えません。公共交通の需要喚起のためには,沿線に,歩くことが楽しい商店街がどれだけあるかが重要です。今のように,どんどん車道によって街を分断し,歩行者を疎外する街づくりを続けている限り,市民の足はマイカーにシフトし続けます。もっと安心して買い物ができ,信号や自動車を気にせず歩き続けることができる都心部や駅前づくりをしなければ,公共交通のよさを生かせないと思います。
 以上のようなことを考えていくと,自動車優位のこの街において,市営交通の需要喚起による経営再建を実現するためには,交通局だけの努力では限界があります。
 したがって,値上げに条件つき反対と言うときの条件の第1として,市営交通の利用客を増加させるために,札幌市が,マイカーや徒歩を含む各種交通機関の役割を明確にした総合的交通政策を確立し,実行することが必要です。
 条件の第2として,経営が楽とは言えない札幌圏の公共交通機関の経営体がスクラムを組み,札幌圏全体で,利用者の使いやすい公共交通機関づくりを模索する努力が必要です。
 条件の第3として,交通局自体が,もっと公共交通の運営のノウハウを他都市や諸外国からどんどん導入して,市民のニーズに合った,ノウハウの伴ったサービス改善を実施していただきたいと思います。
 マイカーから利用客を奪還するためには,固定観念のような公共交通のあり方を超えることが必要になりますが,そのためには,交通局だけに経営改善の責任を押しつけるのではなく,札幌市が率先して,公共交通網の整備計画と総合的な交通政策を確立して,公共交通を後押しすることが必要です。特に,交通局を経営してきた札幌市が,交通について具体的な政策をしないでいる現状を放任することはできません。無理な借金をして地下鉄を建設し,住民の願いを聞き入れて採算のとれないバス路線を存続してきたはずですが,それと矛盾する道路拡張や,都心部の駐車場の増設を促進するなど,市営交通を利用しなくてもよいとするようなマイカー優遇策を実施してきたのでは,全く政策の整合性がありません。市営交通の利用客が全くふえないことは,この政策の整合性のなさによってもたらされたものです。過去,何回もマイカー優遇策を転換しないままで同じような運賃改定が提案されてきましたが,いつまでたっても利用客が増加せず,収支が改善しないのではないでしょうか。
 経営改善の環境づくりが進まない中で,今回の運賃改定が,やらないよりましという提案であるならば,運賃改定に同意できません。
 もし,札幌市が本腰を入れて公共交通の役割を重視し,無秩序な自動車の都心流入を抑制するような総合的な交通政策を策定し,市営交通と民間バス,JRとのスクラムづくりに乗り出していただければ,市営交通の再建策も具体的に光が差してきます。そのときに,交通局を維持するために避けて通れないということであれば,運賃改定を理解し,賛成いたします。
 さらに,新しい試みをしていく上で,どうしても交通局職員の協力が不可欠です。今の内容の意識改革や接客技術の改善だけではなく,局内提案や職員団体の経営参加など,職員が職場をみずからのものと思うことのできる職場づくりが必要です。そして,よい提案,工夫,改革を実行できた職員に思い切った待遇改善をしていただきたいと思います。幾ら私のような外野の市民が騒いでも,市営交通をよくする方法を知っているのは,職員の皆さんにほかならないのですから,職員の提案と工夫を盛んにしてください。そういう形で,職員の意識改革と生産性の改善を推進していただきたいと思います。
 繰り返し申し上げますが,札幌市が交通局の経営危機をもっと真剣にとらえ,総合的な交通政策をまとめ始めない限り,全く今回の値上げは意味をなさなくなります。その証拠に,ここ数年の交通局だけの努力では,利用客は全く増加せず,専ら経費の削減という成果しか上げられていません。この街全体の交通の仕組みを決めるような,総合的な交通政策の立案なき運賃改定は反対いたします。
 ただ,市が,総合的な交通政策の立案を開始し,その中で,公共交通重視の具体的な政策をとっていただけるのなら,市営交通の運賃改定に反対し続けるものではありません。ぜひ,札幌市にご検討を,交通局にご奮闘をお願いし,結果が好転することをお祈り申し上げます。
 以上をもちまして,私の意見陳述を終わらせていただきます。

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