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2007.03.31

3/30 耐震強度は政治的合意の産物

子どもには今の保育園の最後の登園日。個人情報保護がうるさいこの時代は、別れが出会いなんだと実感する。

●午後、マンション管理組合を支援するNPOの学習会に出てくる。前半は、多田英之さんという、耐震構造の大家の先生のお話を聞く。耐震強度というものに科学的根拠がないと力説される。計算する係数に「であろう」「とみなす」があまりにも多くて、ほんとうのところがよくわからない。本当の地震で地震実験で検証できていることはごく一部で、壊れなかった建物がどんな状態だったかというのはさらにわからないという。
その中で官僚の線引きした基準を頑固に守らせて、免震などの新しい技術は取り入れない(でもなんちゃって免震は普及していると怒っておられる)、姉歯は見抜けない、建築基準法がただ単に官僚組織の自己肥大化になっているだけと話される。
政治的には耐震基準は必要だと私は考えるけれども、科学的には絶対じゃないということを常に意識して耐震について考えなくてはならないと感じる。
特に、昨今の耐震強度に対する恫喝のような報道が続くと、これは旧建設省と業界団体が何かしらたくらんでいるかも知れない、と考えるのが正しいようだ。実際、輪島地震でも断層の真上は木造住宅ばかりなので検証しようがないが、震度6強の七尾市で、旧耐震基準のコンクリート建物が潰れたというニュースは流れていたっけ?

●県議選が始まる。和光市も新座市も夕方の通勤客を迎えるように駅前で街頭演説が行われていたが、朝霞は両駅ともなかった。通勤客を意識する選挙風土と、通勤客を無視する選挙風土との違いを感じる。

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2007.03.30

3/29 住宅を守るラビリンス

帰宅後、和光市議・松本さんのちらし配りを手伝う。家庭の事情で本格的な支援はできないが、選挙の追い込みなので、いろいろな知り合いから支援の誘いを受けて、少しずつこなしている。
ちらし配りすることは面白い。そのまちのくせみたいなものを知るには効果的だ。旧保谷市が一番配りやすかった。小さな家が狭い路地をはさんで並んでいて、ちらしが投函しやすい。大きな道が整備されているまちが一番配りにくい。
防犯に犬を飼うといいというのも実感する。見たことのない人が通ると、たいていの犬は吠えてくる。路地にそういう犬が一匹いると、結構プレッシャーだ。できるだけ香水とか犬を刺激するようなものはつけないようにしている。地図を虱潰しに塗りつぶすように歩くから、路地裏まで歩く。高級住宅地におもわぬぼろ家があったり、意外なところに屋敷町をみつけたりする。

和光市では、よく言われる和光市の南北格差を体感。基地があったり市役所や銀行が集中する南側は地下鉄の開通に備えて大胆な区画整理を行った。それに対して区画整理の行われてこなかった北口側はラビリンスと言ってよい。逆にそのことが、クルマ通りのない閑静な住宅群にとっていい環境かも知れないと思う。以前は住所も通し番号だったので、土地勘のある人じゃないとなかなか入り込めないところだ。ところどころに立派な農家のお屋敷がある。小高い丘の夜道から見える都内の夜景が美しい。

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2007.03.28

3/28 天皇・皇后・スウェーデン・川越・バス

昨日は、天皇・皇后がスウェーデン国王を川越におもてなしになった。
新聞の見出し「天皇・皇后」「スウェーデン」「川越」のミスマッチさが面白かったけど、東京から至近距離で日本の伝統を感じられる街となるとなかなかなく、川越というのはいい選択肢だったのではないか。私も遠来のお客様をどこかにおもてなしするときの選択肢にしている。

天皇・皇后・スウェーデン国王夫妻の川越訪問の影響で川越市内では相当な交通規制が行なわれたようだ。その結果バスの運行にも影響があったようで、東武バスのHPにも次のように書かれている。

2007年3月22日 3月28日(水)に天皇・皇后両陛下が川越をご訪問されるため、9時~16時の間、川越市内は交通規制となります。小江戸名所めぐりが終日運休となるほか、他川越駅発着系統においても一部運休となる便や迂回運行もさせていただきますので、予めご了承のうえご利用ください。詳細は、各バス停留所もしくは川越営業事務所へ

HPの使い方を間違っているんじゃないかと思う。これではどこの路線がどの時間、どの区間運休になったり迂回になったりするかわからない。結局電話で聞くしかない。営業所の電話担当も負担だし、こういうことの不親切さからバス離れがおきてくる。

バスは駅とちがって、バス停に行けば誰かが情報を教えてくれるというものではない。自分の乗っている路線が運休になるのかどうなのか、バス会社にいちいち電話かけることも申し訳けないし面倒くさい。こういう一過性で細かい内容を示さなくてはならない情報こそ、フリーアクセスで情報を垂れ流すことができるHPに詳細を掲載すべきじゃないかと思う。

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2007.03.27

3/27 地震にカウンセラーはそんなに必要か

ごみの抜き取りの問題について、今回は罰則。残念な判決だ。

●石川県の地震報道を見ていて。
阪神大震災で木造家屋の被災ばかり伝えられてきたが、実は、マンションも結構ひどいめにあって、壊れた方は粗悪建築を隠蔽するためか、デベロッパーが検証もしないうちに壊してしまい、残った方はデベロッパー系管理会社が強度について難癖つけて無理な建て替えを押しつけて、生活再建がままならないような話がある。
今回の石川県の地震では、思ったより被害が小さかった。第一義的には人口密度のせいだと思う。その上で、きちんとした木造住宅の丈夫さも改めて証明されたところもある。全壊した場合の再建がしやすいこともメリットだと思う。

罹災者への公的救済制度が不十分で、かつ地震保険制度の保障も加入している火災保険の半分が限度だったりして、地震で自宅を失った人がこれから苦しむことを考えるといたたまれない。
最近の大規模災害では必ずクローズアップされる「カウンセラー」、必要だと思うが、何でこんなにクローズアップされるのだろうか。地震の被害でショックを受けるのは当たり前の心の働きで、それをことさらトラウマのように扱うべきなのか、少し疑問を感じている。必死にカウンセラーに相談したって、カウンセラーは受容するばかりで、家は再建されない。一日でも早くがれきを取り除き、そこに暖まれる場所を確保することが、被害のショックを解決することではないか。
地震で罹災した人の救済制度が不十分で、そのリスクを社会共同で負担しようという考えがなくて、個人で解決させるから、必要以上に個人ががんばらなくてはならなくて、そのカンフル剤としてカウンセラーに注目を浴びさせているのではないか。あんまり派手にトラウマにスポットを当てる報道ばかり続くと、カウンセラーに使うカネがあるなら、という感じがしないでもない。

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2007.03.26

3/26 自発的リサイクル業規制に違憲判決

ごみ捨て場から資源ごみを持っていく草の根リサイクルを規制する条例に違憲判決が下る。
私の主張している主旨とは違い、法律技術の問題で違憲とされているし、廃棄物処理法が許した範囲でしか地方自治体が規制はできないとした判決の論理は、政治合意である地方分権の文脈からは問題だと思うが、リサイクルを誰が行うのか、ということに一つのリセットがかかったことは喜ばしい。

資源ごみを集めて資源化することは、生活保護に頼らず貧しく生きる人たちの生活の糧である。役所に甘えるな、努力しろ、というのが規制改革イデオロギーだったはず。しかし、こうした弱者が自律的に生きるシステムに限って、なぜか役所が独占することが進められた。高度成長期なら、そうした弱者は公務員化されてごみ収集などの現業部門に吸収されたが、今はそれが人件費搾取のひどい民間事業者に委託されている。

ごみ集積場が荒らされるというなら、指導すればいい。何も無くなった人が、手と足だけで食べていける方法を地域社会に残しておくことは大切じゃないかと思う。生活保護を切ったり、健康保険をうち切ったりする前に、こうしたことを大切に温存していく知恵が必要なのではないか。

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3/26 政令市長選挙が増える

●政令市長選挙が始まる。4市とも面白い対決。
札幌は、ほんとうは与党に入りたいし、ほんとうは旧社会党と仲良くしたい公明党の揺れが見物だ。直前の市議会で、公明党が本心に反して、政局判断として子どもの権利条例を否決してしまったなんて話もある。
静岡は、前民主党参議院議員の挑戦がどうなるか。面白い若手政治家の多い静岡の民主党だが、静岡空港や原発をめぐり、同盟系連合の圧力とそれによる党内対立に苦しむ。地方選挙になると党内で対決している。
浜松は、民主党元代議士の市長に対して、民主党前代議士が挑戦する。経済界がこの対立にちょっかいを出しているらしい。
広島は、野党連合が推す元社会党代議士の現職市長に、右翼的言動で有名な参議院議員と、現市長が国会議員となる前の社会党議員の息子が自民党の一部と古い社民党員をひきつれて現職市長の緊縮財政を批判して挑戦する。各陣営の有名人の推薦や政治的位置が入り組んでいて不思議だ。
いずれも一エピソードかんだ話題がある。あと、この4市は、知事、道県議、市長、市議が同一日に選挙だと思う。相互に関連しあった政治判断を市民がすることになる。それぞれがすべてバラバラの朝霞は、市長や知事を変えても、議会を放置しておくような判断が続いてしまっている。議会がちっとも良くならない。

●浅野氏の公選はがきをもらいに行く。
事務所の入口前に左翼が溜まって作業して、北朝鮮問題について口角泡を飛ばして議論していて、はがきをもらいに来た私が何回も声かけても、5分以上、誰も対応がなかった。地方自治に関係のない議論に熱中して、票を出しに来た客を無視するような運動員、締め上げろと思う。こういうのが素材をつぶすんだ。
公選はがきのデザインを見て、またこのパターンか、とうなってしまった。保守系の選挙のプロデューサーの三浦某が、この「パターン」の選挙ツールの使い方を無戦略と批判していた本があったことを思い出す。数少ない地方選挙での文書ツール、手渡された人が話題にするようなものにしてほしい。冷蔵庫に貼ったり、年賀状と一緒に保存してもらえるような。
今回のは、色使いナンセンスで、立候補あいさつぐらいしか内容がなくて、明確な主張が書いていない。名前と顔写真が載っていればいいってもんじゃないだろ。そんなことを思いながら、刷り直しを命じる立場でもないので、ハナから浅野氏に投票しそうな人をのぞいて昼休みに宛名書きをする。

●見てるだけの左翼系メーリングリストで、都内某区の区長選挙のカンパ要請が回ってくる。社民党と共産党が応援しているらしい。
その中で現職区長の教育政策を「石原慎太郎に勝るとも劣らない教育改革」と書いてあって、いい加減なことを言うんじゃないよ、と思った。確かに現職区長は右よりの教育改革の志向を持っているが、石原慎太郎のような暴力的な手段は使わないし、鳴り物入りの民間校長は常識的かつ左翼陣営にも評価する人が少なくない。この陣営が言う、石原慎太郎に勝るとも劣らないとはどういう状態なのだろうか。都内見回して、都教委の横暴から教育を守れる区市町村もないが、一方で都教委以上に率先してひどいことしている自治体というのもないんじゃないか。批判の仕方としては、どんなに悪く言ってもプチ慎太郎ぐらいにしておくべきじゃないだろうか。

●都知事選挙に出た外山恒一という変人は、何人かの友だちの友だちらしい。彼の政見放送がYOUTUBEに記録されている。
民主主義では少数者が認められるなんてことはありえない、選挙なんて多数派のお祭りでしかない、と思想の毒を吐きまくる演説の政見放送は痛々しいがみごたえがある。学校でひどいめにあった彼は、民主主義が暴力装置にしか感じられないのだろう。民主主義の善意の部分だけを信じている人は見た方がいいと思う(リンクはYOUTUBEなので、ナロードバンドでインターネットを見ている人はパソコンが止まるかも知れないので見ない方がいいです)。ただし自称ファシストと言っているが、ファシストはまさに民主主義が産み出す多数派の独裁であって、少数者の政治力を主張したいなら、近代の枠組みにいることがダメなんじゃないだろうか。
外山恒一 政見放送
投票をよびかけたり推薦するつもりにはならないけども。

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2007.03.22

3/22 統一自治体選挙が始まる

連投すみません。今日2度目です。

昨晩、政治系の友人と長電話をした。その友人が若者の政治参加をテーマにしているので、都知事選挙にどう関わろうかなどとよもやま話をしている中で、私はこんなことを話した。

どうも地方議員の選ばれ方が変わりそうな選挙だ。大変化ではないが、体質変化をもたらすようなものを感じている。1995年に政党青年部を経由しない20代の議員が続々誕生した。その後、地方議会の多くは、市民社会にあわせた制度改革(各自治体での情報公開、市民参加などの制度導入)は、保守革新問わず共通の政治目標になった。また「しがらみのない」人が好まれる風土ができあがった。
今回は、「自分たちの社会への責任」みたいなものか。夕張市の破綻という衝撃を受けた持続可能な自治体財政(一方的な小さな政府ではなく効果的な地方政府にする行政改革)、情報公開、特権のない議会などが話題になっている。1995年はサラリーマンからの転身組が多く、その後2回はだんだん肩書き(出身会社や留学歴)などがインフレ気味になってきたが、ふたたびニートやフリーター転身者が増えて、選ばれる若者がリセットされているように感じる。それがどのような効果を生むかまだわからないけども、地政調の答申でも、地方議会の責任を問い直し強化する方向での改革が提言されており、地方自治体の改革で取り残されている議会改革が課題になっていくのではないか。もちろんそれは特権をはぎ取るだけの話ではなくて、誰でもが参加できる議会のための制度整備も欠かせないだろう。

●知事選挙が始まった。注目は、現職が再選できるかどうかの東京と、名知事の後釜が乱立して混戦状態の岩手だろう。

東京都知事選挙については、反石原統一をめざす期待が高いが、やはり共産党は浅野に乗ってこない。共産党が、医療や福祉の独特な口利き、利権配分で東京や大阪など富裕自治体で独特の支持層を蓄積してきた過去を見れば、議員が口出しして役人が個々のさじ加減を調整するような裁量行政や、裁量行政による福祉の分配をぶちこわす考えの浅野氏に乗ることは、共産党が石原に乗る以上にありえないと以前書いたが、その通りになっている。
京都でもなければ、今は共産党の支持層は、旧来の共産党支持層(70歳以上)か、共産党員の息子や娘、共産党議員の口利きのお世話になった人がほとんどだと思う。95年の選挙での小勝利を最後に、ほとんど新しい支持層を捕まえていない。あれだけ共産党に利用されたと小林よしのりあたりが騒いだ薬害エイズの運動も、その後大半の運動員が共産党関係者との関係を切り「市民派」と自称する革新系無所属に流れ込んでいる。その中で裁量行政の温存は、イデオロギー以外で共産党が有権者をつなぎ止めておく最後の命綱と言ってよい。

浅野氏のいうような福祉行政のダウンサイジングをやってしまったら、共産党を支持して福祉サービスを何とか受給しているような人たちが共産党から自立していってしまう。そんなことは共産党としては営業戦略上認められないだろう(公明党なんかはそのあたりずるくて、ダウンサイジングしていく福祉は追認しながら、グループホームの設置や無認可施設などの転換に食い込んだり、とり残された権利としての福祉を十分に行使できない人々に食いついて支持層を培養しているようだ)。

「週刊金曜日」という雑誌で、社民主義の復興をめざす山口二郎北大教授が、反石原統一をと呼びかけ、独自候補にこだわる共産党を批判した。そのことに対して共産党から、浅野は石原うり二つと反論している。革新統一的なものに幻想を持つ山口氏を批判するのが正しいのか、共産党の頑迷さを引き出した山口氏の功績を評価するのかは立場によって違うと思う。

70年代からおたかさんブームまで、共産党は、革新統一を破壊しているのは公明党となれ合っている社会党だ、と口汚く罵ってきた。そのことによって、右派が存在した社会党に懐疑的な都市部の革新系無党派支持者をつかまえてきた。まだその時代は革新は統一すべきだ、という理念があったのだろう。でも、社民党が公明党となれ合わなくなった今においても共産党は統一行動は取れないようだ。
今回の東京都知事選挙に関して言うと、共産党が噛まなくてよかったと思う。消極的な民主党や連合右派、ふらふらの中道左派の人たちが、責任感持って選挙やってもらうには、下手に組織力のあるところが乗り込んでこない方がいいと思う。

吉田という共産党の候補がどれだけまともか知らないが、歯科医ということで、医療費をタダにすれば儲かる立場にいることは間違いない。
それから、あの表情、あのしゃべり方は、大学自治会の会議を監視したり、会議の休憩時間に会議室に入ってきて、自治会執行部(民青)にあれこれ指示出している大学生協職員を思い出した。

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3/22 産科医のお産と助産士のお産のベストミックスを

●横浜で看護士に助産士業務をさせていた病院があった問題から、子宮口の開き具合を測る内診について、医師か助産士にしか認めないとする厚生労働省通知が発出されている。それに対して、全国の産婦人科医の2割が加入する「日本のお産を守る会」が通知変更を求めている。

一方、日本産婦人科医会は、助産院での出産トラブル発生から、助産院の嘱託医と嘱託緊急病院の届け出義務を求めて、現在厚生労働省が新たな通知を発出しようとしている。現在は嘱託医の確保が求められているにとどまる。
もしこの通知が出されると、開業医でも対応できる嘱託医はともかく、ただでさえ日常業務で追われている産科救急に対応できる病院を助産院が確保しなければならず、助産院の維持すら難しい地域が出てくるかも知れない。付随的に、助産院がほんとうに受け入れてくれるかどうかわからない産科救急に対応できる病院に嘱託料も払わなくてはならないという課題も出てくる。開業助産院に対する圧力となってくる。

産科病院が減少していて、どこでもお産が思うようにできないという問題を抱えている。産科医業界が、自分たちに甘く、パートナーを組むべき助産士業界に厳しく対応している限り、産科医不足の悪循環構造は断ち切れないのではないか。

「日本のお産」を守るには、日本伝統の助産士による出産と、医療的なお産とのベストミックスを探っていくことが必要で、産科医業界による自分たちには甘く、助産士業界には厳しくということでは、なかなかベストミックスが実現しない。ベテラン看護士にお産の判断業務の一部をさせたいというなら、助産士やベテラン看護士の能力を評価して、信頼する制度にしていかなければならない。助産士には規制して、身内の看護士には何でもさせるというのでは、バランスが悪いのではないか。

※助産士業界が戦後GHQによってつぶされた歴史は「オニババ化する女たち」に書かれている。占領政策を比較的肯定的な私でも、自動車優遇政策と産婆の否定は間違ったものだったと思う。

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3/21 タミフル使用が見直される

ようやくタミフルについて、使用を促進するだけのし施策が変更される。ただし10代のみ使用を控えるようにという意味不明なものである。

タミフルが効果を現すのは、インフルエンザに感染して48時間以内に投薬し、効果は1日短縮されるというもの。しかも香港A型には全く効果がないとか、インフルエンザの特効薬というようなイメージとは全然違う薬効しかない。
それだけのものに、特効薬のような誤解を与えて次々に投与させ、あるいは新型インフルエンザ対策として膨大な予算をつぎ込んで買い占めている厚生労働省の姿勢は問われなくてはならない。

また、マスコミの責任も大きい。昨年ぐらいからタミフルを使用した人が躁状態になって事故に遭遇することはしばしば伝えられていたが、新型インフルエンザの脅威ばかり伝えることに躍起になって、単なるタミフル備蓄策を追認し、さらにはタミフルがインフルエンザの特効薬のように宣伝するための片棒を担いだとも言える。

下記に毎日新聞を引用しているが、ここでは今回のタミフル使用を抑制する対策に、タミフルがなければ治療できないという医師のコメントが何の疑問もなく紹介している。この記者はタミフルの薬効を確認しているのだろうか。

●県議選がらみで共産党の政策ビラがようやくわがマンションにも投函されて、全候補の政策比較ができるようになった。過去の記事の追加です。

ビラの体裁や見た目・・・いつもの共産党的レイアウト、色使い
情報量・・・適切な量だが、一方的な主張と相手陣営の批判がほとんどで政策の全貌がわからない。
スローガンの妥当性・・・「子どもたちもお年寄りも笑顔で暮らせるまちに」はいつものノリと変わらない。是非はない。
政策の内容・・・自民公明民主を一緒くたにしてレッテル貼りのような批判をしているのが良くない。今の県政が良くないというのはよくわかるが、対置する政策が物取り主義的なのりが気になる。また学校教育の教員数と医療の自己負担ばかりを問題にしている。税金・介護保険料の引き下げについては、所得再配分の観点からどうか。
人物像・・・石川氏の人物像が全然見えない。すごくいい素材なのにもったいない。

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2007.03.21

3/21 夕張市民病院の再建アドバイザーの話を聞く

午前中は軽く選挙の手伝い。午後もやろうと思っていたけども、ハンズオン埼玉で興味深い講座が開かれるので北上して浦和に出かける。本当は誘いたかった人がいたが、選挙の最中で悪いと思って誘わなかった。

ハンズオン埼玉の講座は「緊急報告・夕張の涙と夢 自治体再生の現場から」というテーマ。ハンズオン埼玉の代表理事で、昨年の夕張市の経営破綻とともに連鎖破綻した夕張市民病院の再建のアドバイザーとして1月まで繰り返し現地に乗り込んだ、城西大学助教授の伊関さんが講師。

夕張市民病院の破綻の中から、自治体病院についてどう考えたらいいかが見えてきた。雪国で、身寄りの少ない炭坑街。治療ではなく介護目的の社会的入院が7割近くあり、これを維持するためにコスト高体質になっていること、マネジメントの欠如、医師や病院上層部の意見対立によるモラルの低下、人件費配分のアンバランス、市役所から出向してくる事務職員の水準の低さ(知識がない、残業が多い、情報が出てこない)、在宅医療福祉がほとんどないことなどを指摘していた。そして、地域医療に対する無理解な市役所とその上層部、そして彼らが病院経営の悪化を放置して進めた観光開発の存在などが挙げられた。こうした体質は全国の自治体立病院が抱える共通した問題とも言う。

この病院は3月末までは夕張市民病院として運営され、職員全員解雇ののち、4月から指定管理者制度で民間委託に移行する(一部そこで再雇用される職員たちもいる)。病床数にしかこだわりをもたない町長と対立して瀬棚診療所を退職した村上医師の設立した医療法人が受託者になるようだ。この話も、誰も引き受けてのいない中で伊関さんが村上医師とこんこんと話して頼んだことという。

村上医師は、総合病院の入院病床数を減らし診療所とし、社会的入院に見合う分は老健施設として再出発させて採算と医療の質を高めていくことにしている。診療科も医師がいなくなったのにあわせて、内科と、スキー場に必要な整形外科に特化して、岩見沢や栗山、札幌の病院などと連携を強めることで機能を補完する。これまで施設医療、施設福祉が中心だった夕張に、在宅医療、在宅介護を推進して、地域医療、地域福祉の強化に取り組むとている。

朝霞市にひきなおして考える。今のところ市民病院がないので、直接的に朝霞市への影響もメリットもない。ただし、地域医療不在という状況は夕張市と変わらない。したがって自治体財政と無関係に、中核病院である朝霞台中央病院の経営が傾いたり撤退すれば、あるいは社会構造の変化に病院の対応が追いつかなくなったり、夕張のように社会的入院というかたちで逆に不適切な囲い込みをやっていると、地域医療が崩壊する危険性がないとは言えない。

また夕張市と埼玉県南部自治体が良く似ているのは、住民がお任せ民主主義でやっていること、企業内福祉で守られていた人たちが地域に放り出されること(夕張はかつて炭鉱会社の企業内福祉が機能していたが炭鉱の閉山で機能が停止。流民である労働者を組織化して補完的福祉機能を果たしてきた、炭労の分会・家父長的互助組織(友子制度)も閉山で崩壊)、企業内福祉と友子制度によってはぐくまれてきた「誰かが守ってくれる」ユーザー感覚、地縁の少ない住民が多く、自治体の風向きが悪くなると人口流失する要素が高いことなど。

市職員のリストラについても。まさか目の前で事実上の解雇が現実になると多くの公務員は思っていないと思うし、表向きの制度はそうなっている。しかし、夕張市や市民病院を見ていると、公務員もあっけなく職を失う現実があるとわかる。伊関さんの話では、病院でそういう事態にならないよう回避のために努力していた組合役員出身の病院改革室長という方がいたようだが、思うように経営改革が進まないまま、市役所の破綻によってすべてが止まったようだ。

伊関さんの話の冒頭に、ダムに沈む村を撮影しつづけている大西暢夫さんの写真スライドを見る。夕張市の大夕張(鹿島)地区がダムに水没するというので撮影を続けている大西さんが大夕張の街の様子を紹介する。私も15年前学生だったころ、夕張に半年に1回ぐらい行って、ただ通り抜けたが、狭い山間の道沿いに密集するように木造の炭坑住宅の廃墟が並び、そのたくさんの炭坑住宅にはひとけがほとんど無かったことを思い出す。

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2007.03.20

3/20 大都市のパチンコ業者を守る最高裁

稚内に600キロも離れた札幌のパチンコ屋が出店しようとしたことに対し、地元のパチンコ業者と社会福祉法人がタッグを組んで児童遊園を建設して妨害したことが違法との最高裁判決。裁判官は藤田氏。

社会権を無視し、財産権ばかりを強調した歪んだ判決と言える。風営法の規制を利用することが違法なら、風営法自体が違法とする判決である必要があるんじゃないだろうか。

パチンコ店だからこんなアホ判決が通るんじゃないかと思う。もしこれが売春産業だったら、こんなアホ判決が出せただろうか。石原慎太郎がやってきた公共施設をタテに取った歌舞伎町の浄化作戦なんか、業者が裁判に訴えれば違法とならなくてはならないんじゃないか。

こうした判決が出た以上、公共施設をあらかじめぼこぼこ建設するしか、地域社会がパチンコ店の乱立に歯止めを掛ける術はなくなってしまった。財産権の自由の前には、社会秩序はもちろん、憲法で生活を守る権利すら否定される。権利ばかりで責任がないとか何とか偉そうなことを言う人たちはこういう自体に抗議しているのだろうか。

さらには地域経済の問題もある。北海道の最果てにまで、札幌の資本が富を収奪にかかっている。パチンコ店が悪いとは言い切れない。しかしできればそれは、地域社会の見守りの中にあった方がいいし、ギャンブル性の強い産業である以上、地域社会にお金が還流するシステムの中にあるべきだろう。しかし札幌の業者がやってきて稚内の人たちを最低賃金すれすれの賃金で雇い、残りは札幌にもっていってしまうとすれば、まさしく僻地の富の収奪になる。

疑惑だらけの最高裁の判決には眉唾をした方がいい。

●朝日の夕刊の「安倍政権の空気」という連載記事がうさんくさい。毎度毎度、安倍シンゾー人脈のヨイショが続く。横浜のヤ●ザの政治部、菅義偉の圧力に屈しているのだろうか。今日は、山田厚史論説委員が書いた記事だが、残業代踏み倒し法案を推進した八代尚宏をヨイショしている。観念的平和主義には甘いのに、規制緩和に無批判で、社会的弱者に厳しい新聞だ。

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3/20 内輪の人だけで政治やるから、という地元自民党の本音

毎日新聞埼玉西版「せんきょのキモ07埼玉統一選」という連載記事に、私の問題意識に響く記事があった(口頭で回答されたはずのインタビューに常識的な漢字を使わず当て字を使っていることがよくないが)
『「(東国原氏は)さすが言葉の技師だ。マスコミもあおった。われわれは地元密着型の活動をしている。だから選挙向けにマニフェストは出さなくても、地元の方々には日ごろの活動の積み上げ、例えば道路ができたとかが視えている。県議選で無党派という風邪が大きく影響するとは思わない」
 埼玉県議会最大会派である自民党の深井明・県連幹事長は東国原現象をこう分析した。確かに埼玉県議選の投票率は全国最下位のレベルで無党派層の影響を受けにくい。埼玉都民が多く、地元の政治などに関心が薄いことが低投票率につながっている。』
そして、青年会議所が主催している公開討論会に自民党の県議候補は参加自粛を申し合わせていることも紹介している。欄外には全国の県議選で埼玉県議選の投票率が全国で最も低いグループにいることが紹介されている。
『メディア政治に詳しい埼玉大の平林紀子教授は「メディアの注目が集まれば、地場の利害が民意と言い切るような傲慢なことはなくなる。国や東京都異なる埼玉独自の問題や県民がどう審判すべきかが視えてくれば埼玉の地方選は変わって来る」と予測する。』
としめくくる。

この深井県議の言い分って、この前の日曜日の政治活動を徹底的に妨害してくれた「地域の有力者」と同じ言い分。自分たちに見えている世界だけでの「地域密着の活動」で、大多数の人の生活に密着した活動ではない。また大多数の人に公平に機会が与えられるルール作りでもない。田舎のサンタクロースみたいなものだ。

いきなりやってくる埼玉の超高齢社会。このまま埼玉都民をつんぼ桟敷にして合意形成をはかることを続けていれば、いくらボランティアやNPO育成したって、安い担い手なんか育たない。そっぽ向かれるに決まっている。自分たちが地域社会から歓迎され大切にされた過去がないんだもの。威張ってきた人間たちを助けようなんて簡単に思えるわけがない。

こんな埼玉県の政治風土になった原因には、埼玉の新聞記者たちの体質も問われているんじゃないかと思う。警察情報だけを頼りに、事故とイベント記事と、役所の公式発表の人事記事ばかりで、自治体がどんなこと議論したり決めようとしているのか、なんて1ヶ月に数本しか記事がのらない。北海道にいた頃は北海道新聞、北海タイムスという地元紙はもちろんのこと、全国紙だって、市議会や道議会でもめる問題や、自治体の注目施策についてきちんと伝えていた。おまつり記事の方が載せてもらえなくて不満を言っていたぐらいだ。

この記事読んで、やっぱり埼玉県が埼玉県である理由なんてあるのかな、と思った。埼玉都民にとって「埼玉」なんて冠は取りたいんだよね。

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2007.03.19

3/18 も・も・ばすも

ちょうど今日で定期券が切れる。あすからの通勤用にパスモの定期券を買おうと思って自販機で「作業」するが、新たに新規のカードが発行されてしまうみたい。先にオートチャージで申し込んで届けられているカードは、自販機では新規の定期券は買えないということが判明。
窓口で手続きをしなければならないようだが、こちらは長蛇の列。こりゃだめだと思って、今週は休みや飲み会もあって通勤経路が変わるので来週からにする。

●東京都知事選挙、久しぶりに東京ローカルの政策が争われていると思う。これまでは国政の代理戦争のようなもので、保守か革新か(~1987)、小沢のおしつけか都民代表か(1991)、官僚か無党派か(1995)、強権かボトムアップか(2003)という、政治のブームや国政の課題でしょ、と言いたくなるようなことをめぐって争われてきた。そのことに比べるとようやくまともな知事選挙がやられていると、私は思う。
そういう状況について、テレビ評論家の評価はまっぷたつで、いい選挙になるという人と、スケールが小さいという人がいる。世界の中の東京とか言って評価軸にしようとする人もいて、聞こえはいいけども、軍事も外交もあるわけじゃないし、それは公共事業を煽るだけにしかならないわけで、斥けるべき価値判断だと思う。

その中で、浅野氏が福祉に強いと言われてきていることに疑義を呈する動きがある。その人たちの数字の取り方にどうも問題があるように感じる。
というのも、知事をやっていた宮城県での福祉サービス水準が低い、と盛んに共産党あたりから情報を流されているし、他にもこんなふうに書かれていて、鵜呑みにしている人も多い。
このブログに出てくる数字が、どれも施設福祉の指標ばかりで、これだけをもって福祉水準を語るのは、社会福祉法改正以前の、施設収容型福祉の考え方の指標である。
ここには施設以外の、在宅福祉や地域福祉の展開によるサービス供給量はカウントされていない。浅野氏は、施設で飼い殺しにしてしまうような福祉を解体し、地域社会で他の人とともに暮らすような福祉を推進した。その中では、施設数は少ないことが悪い評価になるとは思えない。また浅野氏就任以前も、東北各県共通しているが、大規模集中施設が多いため施設数が少なく見えてくる。
もっとも障害者や重度要介護の高齢者は施設に入れておきさえすればいい、という考えの人には浅野氏は知事失格と言っても差し支えないだろう。

共産党の赤旗はさらにデマに近いような内容を流して、国保証取り上げが浅野時代から始まったことをとらえて、浅野の悪政のように宣伝しているようだ。これに反論するグループの資料では、今も取り上げ率では全国でも下位県であるし、国によって国保料滞納者に保険証取上げが義務化されたのは、たまたま浅野氏が知事だった時代で、浅野知事時代も義務化されるまでの前半はゼロとなっている。

●共産党は国保問題にだけ熱心にこだわるが、国保に一般財源からの繰り入れを増やせ、それも市町村から県、国へとツケをどんどん回しているだけで、国保がこんな状況になっている原因とも言える、健康保険の一元化の遅れや、診療報酬請求の不透明な実態の解決にはほとんど取り組んだ形跡がない。国保加入者の大変な状況を放置しておいて、発生した苦しんでいる人に味方になれるのは共産党だけですと宣伝しているだけにしか見えない。

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2007.03.18

3/18 候補者へのモラルハラスメント

日中、選挙に出る友人の「政治活動」を手伝いに横浜に行く。運動と理屈優先になりがちな左よりの仲間のなかで、この友人は組織をできる優秀な人で、政治家になってほしいなぁ、と思っていたら今度の統一地方選挙で立候補することになった。

事務作業をしていたら、街頭活動を手伝ってくれということで、東横線の某駅前に行く。そこでトラブル発生。
ふだんは各陣営が街頭活動をしている予定の場所が東急電鉄の私有地ということで、駅員が出てきて排除されてしまう。仕方がないので駅周辺の公道で街頭演説をしようと思ったところ、今度は地元の有力者に見せた商店主がやってきて、「選挙違反だ」と大きな声で苦情をいただく。政治団体の広報活動だから選挙違反ではないと説明したが、自分たちの商店街の推薦している自民党候補以外がやるのが不満らしくて「とにかく邪魔なんだ」と、いつまでたってもこちらの言い分を理解しようとしない。仕方がないので「ご迷惑おかけしたので撤収します」と謝罪して退散しようとする。普通の苦情は、ここで「あまりうるさくやるんじゃねえぞ」などと言われて、はい、と返して、いろいろ活動の反省点を考えながら撤収できる。

しかし今日の苦情は強かった。片づけようとすれば証拠隠滅だのなんだのと大声をあげる。最後には110番で警察を呼ばれたが、違反はないので警察にとりなしてもらって事なきを得た。その間1時間超。
それでも法律でひっかけられなかったことが面白くなくて、へりくつのオンパレード。法律上はこちから正しいがしかしなにぶんこちらもお騒がせしている弱みがある。ふだんは市民に対して宣伝活動をやっている場が、市民に対してもめている姿を延々見せてしまっている情けなさもある。理屈で勝っても、さらに悪評振りまかれたり、仲間たちからの半ば妨害のような監視をつけられたりして、身動き取れずに落選してしまっては元も子もない。この方が我々を攻撃してすっきりしてくれるのを待つしかない。正直、選挙では鬼門であるはずの警察が入ってくれて助かったと思う。

その人のいう理屈で、これは旧住民の傲慢としか言えないようなくだりがあった。

男「ふだんから活動をやっていないから街頭でワァワァやらなきゃならないんだろう!」
私たち「ベッドタウン住民には駅でしか伝えられない人がいるんですよね」
男「ベッドタウンだと!ここは寝に帰るだけの街じゃない!」
私たち「ベッドタウンというのは他のところで働いて、職場がここにない人たちのことを言ったのですが」
男「寝に帰るだけの街というなら、なんでその住民相手に拡声器で騒ぐんだ!オレんとこは30代ここにいるんだ。ヨソ者ががたがた政治なんかやるんじゃない」
と断片的には正論だけど、妨害するための手八丁口八丁の域を出ない。

ふだんの活動って何だろうか。街頭で政策を訴えることが日常の政治活動でなければ、どうやって有権者に政策を伝えていくことができるのだろうか。政治家の活動とは、業界団体だの町内会だのの会合に出て、お酌してご機嫌取りすることだろうか。そういうのが古い団体にどっぷり浸かった旧住民の体質なんだろう。
ヨソ者とは、旧住民の驕りとしか言えない。この地域の人口爆発のよって生まれた新住民が落とした生活費でこの人も仕事が成り立っているようなのに、である。先祖30代に至っては噴飯。それいつの話ですか。

世の中の多くの人はうるさい政治活動を迷惑に思いながら、世の中に必要なことだと理解したり、政治家に因縁つけるのは嫌だなと思いながらやりすごしていただいている。そんななかビラを取ってもらったり、笑顔をかけてもらったりするだけでほんとうにありがたい。選挙を手伝っていると、人間の細かな暖かさに敏感になる。それがいいことだ。
しかし、世の中にはごくまれに政治家がみんなに頭を下げなくてはならない立場の弱い人だということをよく知っている人がいて、政策論争とはまったく次元が違うところで力加減もせずにモラルハラスメントをやってくれる人がいる。で、こういう人は自民党や公明党など、その人にとって「怖い」と思っている政党に対しては絶対やらない。

そうした人たちの正論によって、政治家はどんどん厚顔無恥になりあるいは厚顔無恥な人しかつとまらなくなる。苦情を言われても、ただ頭を下げて、そのときだけ心から反省し、世の中こんなことあるさと思いながら、また笑顔を作らなければならない。それはとってもストレスの溜まることだと思う。
したがって政治家は有権者を信頼できなくなっていく。変なニオいのする人には近づかないようになる。だから知的障害者の問題とか、外国人の問題には、差別以前の感覚として、クレーマー住民と一括して「アブナイ人」として近づかないようにしている政治家が多い。モラルハラスメントの地雷を避けるのは危うきに近づかずということだからだ。そのことで政治が拾い上げられるはずの問題が放置されていることも多い。最近、復古系議員が使う「一部の市民」「特殊市民」という言い方もこの感覚から来ている。
政治家がモラルハラスメントに耐えながら、有権者にきちんと政策を伝え、有権者を信じていくということは、正気を保っているのにとても苦労する。
そうした分断した関係のなかから、政治家は有権者をバカにしながら口利き便宜で強い立場で関われる有権者とだけ関わるようになるし、そのはけ口として、社会的弱者のモラル違反を見つけると議会や議会外の活動でよってたかってここぞとばかりに攻撃する言葉を吐くようになるのではないかと感じている。

政治不信は、主に政党や政治家に責任があると思うが、政治にものいう有権者の側の関わり方の質も問われているんじゃないかと感じた一日であった。

場所を変えて街頭演説をしたら、今度は街の人たちが暖かい。自転車二人乗りしているヤンキーねえちゃんが「がんばれよ」と通り過ぎていく。選挙のときにはヤンキーねえちゃんというのは、ほんとうに善人たちなんだとわかる。投票をしてくれないかも知れないけど、笑顔でからかってくれるだけでも、その前に疲れきってしまった私たちにとって、とってもほっとするひとときであった。

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3/17 高校生が外国人の入居差別問題で市長に提言

マンション管理組合の理事会。迷惑住民への対応に隣家の人が苦しんでいることを討議。迷惑住民を退去させる方法も含めて検討。

●埼玉北高校の高校生が、住宅の賃貸契約で外国人差別が顕著であるとして、市長に改善を求める提言書を提出したという埼玉新聞の記事。
今どき、人権問題にきちんと向き合う高校生がいたことに感動。外国人という差別することに鈍感になりがちな人たちに目を向けて、行政施策や、差別表現ではなく、生活上欠くことのできないものを対象に調査したことがいい。不動産業者も回答内容には課題ありありだが、またこうした高校生の調査に協力したことは評価されていい。

●週刊文春のタミフルの記事などが面白い。

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2007.03.17

3/14 県議のビラほぼ出そろう

県議選のちらしが各陣営から入ってくる。共産党だけが入らない。やっぱり東京都であった共産党ねらい打ちのマンションビラ配布摘発(無罪になっているが)が効いているのか。

田辺、星野、神谷、醍醐の各陣営の書いてあることを比べる。

ビラの体裁や色遣いは星野がいい。田辺、神谷はいいとは言えないが、いつもと同じなので、スタンスが安定しているとも言える。醍醐(民主号外で出ている)があまり良くない。和光の菅原市議以外の県議候補たちの写真(ヘアスタイルかな)も悪くて、時代劇のエチゴ屋一派という感じがしてしまう。

情報量では、田辺、神谷、星野、醍醐の順。醍醐氏のビラは政策スローガンが書いてあるだけで、中身がわからない。星野氏は情報が多いように見えるが、内容は朝霞市議会の最大会派(保守系)進政会の採決行動を自分の実績として書いているにとどまる。神谷氏は保守系のオーソドックスな内容。分量も書き方も適切。田辺氏は多すぎるかも知れないが、正しいことが好きな支持層が求めているならこういうかたちでいいと思う。

スローガンの妥当性だが、各種団体から推薦をもらって政策協定を積み重ねている神谷氏の「誠実に神谷は働く」は順当。田辺氏の「県政が遠すぎる」という問題の投げかけはわからんでもないけど、地方分権が進むこの時代に県政が近くなることはあるのか(私はこの地域が埼玉県にあること自体に無理があると思うが)。星野氏の「暮らしをかえる」というのはいいが、個別政策が御用聞き的な内容ばかりなので、政治を変えるんじゃなくて、信号や電柱の位置を変えるということなのかと思う。醍醐氏は「信頼と連携」、上田知事の直系の候補ということを意識すれば妥当。

政策内容にけちをつけると、神谷氏はJR武蔵野線新駅実現。宮戸の土地持ち仲間が喜ぶのかも知れないが新駅は武蔵野線の速度を落とすことになると思う。何より速く県内移動ができる武蔵野線を遅くしないでほしい。田辺氏はてんこ盛りだが、県議に出るにあたっての特色は県議会議員の報酬批判と基地跡地を県立公園になど。県議会報酬は確かに高いかも知れないが、政治家一般の報酬についてどの水準が妥当なのが明示すべきだろう。全国的に見ても報酬の低い朝霞市議の質はどうなのか聞いてみたい。公園については、全国の都道府県の中でも財政状況の悪い埼玉県が財政力のよい朝霞市のために公園用の土地を買うことは優先順位として低いはず。また自分たちで使いたいと手を挙げた自治体が考えに行き詰まって支払を県に回すことは朝霞市の自治能力が疑われる。醍醐氏は何がやりたいのかよくわからない。民主号外の発行主である神風代議士の格差社会への怒りと生活維新という政策主張だけが伝わる。評価不能。星野氏は老人保健の自己負担軽減と基地跡地利用の県頼み政策が良くない。基地跡地のことは公園にという田辺氏とちょっと違うが、県のお金をあてにしているところが同じく問題だ。病院にという含みも持たせているが、朝霞市で救急病院が2つもあるのは過剰で、病院が患者を発掘することになる。そうすれば市の国保財政の財政悪化を招く。また本当に必要な産科などで担い手確保ができるかどうかもあやしい。
老人医療費の自己負担軽減は美しい話たが、その前に老人医療費全体を抑えて健康な高齢者を増やす政策について議論をしないと、星野氏の主張では負担は若者の払う医療保険か税金に押しつけられるだけだ。

ビラで見せている人物像では、神谷氏が保守の中心的な位置にいるというアピールに成功していると思う。星野氏は苦労人かも知れない、と思えるような表現に成功していると思う。田辺氏は市議会での「質問量トップ」が売りになるはずだが、あまり出ていないのが残念。醍醐氏は経歴しか伝わらない。「奉職」というのが公務員特権意識を自覚していないのか。

●選挙にあたって言論でやらなければならないのに、ビラ配布規制が強すぎて(公選法ではビラの存在そのもの、配布手段については刑法なども)、まともに言論で政策比較をして選挙をすることにならない。地方選挙では個人名の入ったビラが配布できない。わずかに公約を担保できるのは選挙公報だけだ。候補者だとわかるような幟やたすきはもちろん、名札すら規制されている。
その代わり、電話かけ、団体主催の集会などは青天井で、政策ぬきのコネクションワールド、利権人脈の選挙は甘々のルールになっている。まだそれでも地方に行けば団体推薦をめぐって議論があったり葛藤があって、曲がりなりの民主主義が機能しているが、東京圏のようにマスコミでしか民主主義に接しない人だらけの土地では民主主義が機能していないと言ってもよい。民主主義の基本にある一人ひとりの主体的な判断を期待できるような選挙の仕組みになっていない。

●で、県議って何のためにあるのか政策から伝わってこないし、何で県議になりたいのかも伝わらなかった。そもそもこの朝霞市にとって埼玉県って必要なの?という疑問に、マニアックな答え以外にまともな答えがない以上、県議って言っても利益誘導や公共事業に関心のある人でない大多数の市民には選ぶ基準がわるわけではない。
だって市外で働く人の3分の2は都内で働き、生鮮食料品以外の買い物の半分は都内に流出しているんだから、ほんとうは都政が変わることの方が県政が変わるより影響が大きいと思う。埼玉県民であることでバカにされることの方が多い。トクしているのは住宅費ぐらいか。それでもそれ以上に保育料は高いし入れないし、教育水準には難があるし(それなのに大学進学率が急上昇したから事情はややこしい)、県全体的にマンション住民だから母子家庭だから何だからと嫌な思いをさせられることが多いし、その自己負担分を考えると差し引きやっぱり損かも知れない。県庁と都庁とどっちの方が行ったことがあるか市民アンケート取ってみたら、その身近さは歴然としているんじゃないかと思う。朝霞市を東京都に編入することを公約に掲げる県議がいたら、真っ先に投票するけどなぁ。

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2007.03.14

3/14 東上線をいったりきたり

朝一番で確定申告。税理士に経費認定をしてもらう必要のある自営業者の窓口には長蛇の列。この時期の自営業者って連日睡眠削って作業しているんだろうなぁ、と感じた。私は給与所得者の補完的申告なので、書類を提出するだけで終わり。ところが届け出るべき源泉徴収票が一枚ない!昨秋、市内のNPO主催の講座でお話させていただいたときの謝礼分。なさけないことに紛失してしまったらしい。あとで源泉徴収票だけ提出することで話はまとまり、その足で、保育料の確定のための申告所得額の報告に児童福祉課に行く。
思ったよりあっさり終わったのでいったん帰宅。帰路、志木駅前のバチンコ店の電光掲示板の点滅が激しくて、目が痛い。こういう看板の規制について新座市に問い合わせ。

昼から地域福祉計画の推進委員会に出席。
前回、怒ることがあったので、それをめぐって尊敬する委員仲間から、うまくまとめるからあまり怒らなくていいと注射される。確かにそうだ。
厚生労働省の概算要求から地域福祉に役立ちそうな項目をピックアップして示す。今後半年ぐらいの間に県や市の事業になる可能性があるので、国の予算案はアンテナを張る価値がある。自己責任といえば自己責任とも言えるような年金、医療に予算の大半が取られ、偶発性の高い課題を受け止める介護、保育、障害者福祉など基本の福祉サービスが思ったより細くて桁が違う。
地域福祉のオンブズマン関連で、事務局(市)から提出された福祉窓口に対する苦情の調査結果が出る。その姿勢がよかった。そろそろスタートして1周年になるので、運営について小変化をさせることと、自分たちのふりかえりをした方がいいので委員長にそのやり方について検討を求めた。次回議論になるかな。

県議候補は保守系3人に共産党が1人だと思ったら、今さらという革新系の名前が候補になる噂を、委員会の終了後に聞く。ポスターも見ないし、ビラも配っていないし、支持する市議も1人しか考えられない中で、どうするつもりなんだろうか。革新陣営の自爆行為じゃないかと思う。が、実は前回、民主党推薦無所属の県議候補が落選し、半年後の市議選でトップ当選した。その過去があってか、今回、朝霞市議たちが次々と安易に市議をやめて県議選挙に出ているように感じる。党の決定が絶対の共産党候補以外、そう感じる。ダメならまた秋にある市議選に出ればいいやと。
県議の方が仕事が減る代わりに給与が上がるために、県議が格上という意識が強いのだろうか。県議になってもねぇ。県は問屋みたいなもので、商品開発力(国)もニーズを発見するエンドユーザー(基礎自治体)もなくて「調整」と「与信機能」しかないじゃない。知り合いの県議たちも、有権者にとってわかりやすい事業がないから、●●党の政治家という存在感しかない。したがって政党の仕事が中心で、国会議員の手足となって苦労し、複数の市議たちのご機嫌取りをして、本業じゃないところで大変そう。政治家にとってもっとも出番の少ない仕事じゃないかなぁ、なんて思う。

また帰宅し、荷物をいれかえ一息いれて夜は保育園の説明会。新年度を控えて忙しく段取りが徹底できなかったのか進行の手際がいまいちだったが、説明からは面白そうなことになりそうな予感。思わぬ知り合いと同窓になるみたいだ。
年間予定表を見るとちょっと力が入りすぎているかなと感じたが、挑戦した経験が今後の保育園のノウハウの蓄積になると思う。スタッフは大変だと思うけど、ダメなときも含めてうまく乗り越えていってほしい。保護者会のあり方をそもそも考え直したいという設立者の思いがあってか、保護者会という名前ではないが保護者会を作って運営に協力してもらいたい、という提案があった。制度要求の保護者会もいいけど、一緒に仕事をする保護者会も必要だろう。今時の親は一から自分たちで作るのは苦手で、このように親同士のささえあいとかかわりあいの輪を作るようきっかけをつくったことはいいことだと思う。

そんなんで、市内だけで東上線を三往復。めまぐるしい一日だった。

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3/14 発光ダイオードの看板規制へ

志木駅前のパチンコ店(いっぱいありすぎてどこだかわからない)が巨大な発光ダイオードの看板を設置してかれこれ1年、最近、輝度や点滅の頻度がひどくなってきている。

この発光ダイオードの看板については、口と足を使う仕事から、目を使う仕事に変わってから、癇に障って仕方がない。私でこれくらいだから、てんかんや、光過敏症の人にはとんでもない公害だと思って、新座市の建築課に電話で問い合わせた。広告看板については県条例の規制になり、近々こうした発光ダイオードの掲示板について規制の検討を始めるということらしい。
発光ダイオードの看板を使う業者は、ダーティーな業者が多くて政治的横やりがいつ入るかわからないが、ひとまず前進しそうだ。

新座市の担当者の話では、このパチンコ店に関する苦情はまだ来ていないらしいが、他の街道沿いの店の発光ダイオード看板の点滅と輝度で、プロ運転手から事故の危険性があると何度か苦情をもらっているという。

発光ダイオードの看板がいけないというのではない。美観を問題にしようとしているわけではない。てんかんや光過敏症の人にとって、あるいは目を使う仕事をしている人たちの立場に立ったバリアフリーの観点から、明らかに公害だということだ。

余計なことも考える。コンピューターゲームに熱中したりテレビの「見過ぎ」の子どもが脳の発達に問題があるなどと、あやしげな脳科学者の言説に騙されて盛んに宣伝されている。98年のテレビアニメ「ポケットモンスター」を視た子どもたちがけいれんを起こして以来、過激な色や点滅を多用する画像情報が問題になった。テレビや映画、ゲームなどで映像の使い方について自主規制がされ、それでも存在そのものが良くないという議論が展開されているぐらいなのに、それを議論している大人が、こうした大人自身の問題になると誰も何も言ってきたいない。道路や駅前広場という公共に面したところでの実質的な「公害」は何も議論されてこなかったし、義務と引き替えにしか権利を明け渡さないような物言いしかしない政治家たちも、こうした公害企業の財産権は野放しにしてきた。

あとこのパチンコ店の使う客の自転車が駅前広場にどっさり駐輪している。新座市の駐輪取り締まりは、通勤客の利用する時間だけやっていて、日中以後は大甘だ。昼過ぎになると自転車だらけで、危険で仕方がない。ギャンブルの欲にくらんだ人たちは、自転車の止め方もめちゃくちゃで、きれいに並べて止めることすらしないのでそこらじゅうで歩行障害になっている。順法精神があるのは、通勤客かパチンコ店の常連かきちんと判断して違法駐輪の取り締まりをやってほしい。

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2007.03.13

3/13 とかとんとん

税金の申告準備やら、新年度に向けてのいろいろな手続きとか、ちまちました事務が多い。

所得税の申告をしてみると、サラリーマンだけがバカ正直に納税させられていることがよくわかる。ただし給与所得控除というのは年収700万ぐらいまでの人にはとてもよくできた税控除で、これで実経費より損することはないように思う。腹が立ってくるのは二ヵ所以上から給与所得を受ける場合で、二つ目は仕事というより、社会貢献的色彩の強い仕事だったりして、収入に見合わない経費がかかっていたりする。私の場合は市の次世代育成支援行動計画の推進委員会の報酬が3日分24000円。これに臨むのに、さまざまな資料を買い、足を運んでいろいろな人に話を聴いて歩いた。子ども関係の書籍代だけで24000円ではおさまらない(こうして委員会であれこれ意見を出しているのに、報酬貰って座っているだけで何も言わない委員から陰口をたたかれたりする。どうかしているよ!この社会)。でも、給与所得控除で経費算定は4800円だけ。

給与所得者以外の所得とは、収入-経費だが、1000万や2000万程度の年収の申告に関して、税務署が経費の算定に口を挟んでいるところを見たことはない。高校生だった頃のバブル期、つかえていた文筆業の人の税務申告作業を手伝ったことがある。レシートのある支出の大半を経費として申告したが、税務署で領収証にクレームがついたことはなかった。
所得税は、相続税の次に所得の再配分に有効な税金だと思うが、こんなに面倒な計算式だと、消費税に昇華させて所得の再配分は給付で行うか、所得税の納税額に比例して年金を支払う制度にするなど何らかのインセンティブをつけていかないと、進んで納税するという風土ができあがらないだろう。

それと保険だ医療だの特定産業を保護する目的しか見えない税控除が目立つ。
税控除は所得の高い人ほど有利だ。税金を負けてやることは庶民への気配りみたいなバカなマスコミの報道や野党の政策主張が行われるがとんでもない事実認識だ。ワーキングプアなんてほとんど税金を払わないから、保険料控除も医療費控除も住宅ローン減税も、それどころか子どもがいても扶養控除すら恩恵を受けられない。株やの値上がり益や配当金への税優遇も強く感じる。労働よりギャンブルを優遇する税制とも言える。

●タミフルの異常死が相次ぐ中、厚生労働省が安全だの一点張りで釈明を続けていて、不自然だと思ったら薬害エイズと同じような構図の問題を週刊朝日、毎日新聞が相次いで報じる。タミフルを承認した厚生労働省の研究会を委嘱された医師がそろいもそろって代理店的な中外製薬に「産学連携」として研究費のの支援を受けている。
産学連携の名の下に、製薬メーカーの半ば賄賂の意味を持つ資金援助なしに研究ができない今の日本の医学。そして一方では政治や行政の側から、ことさらインフルエンザの脅威を煽り立てて、税金でのタミフル備蓄を正当化している。タミフルを買いまくっているのは日本だけだ。そして、開発した会社の会長を務めたネオコンのラムズフェルドの資金源になっている。
我が子も昨年、かかりつけでない医師に恫喝されてタミフルを飲んだ。インフルエンザで高熱を出しているにもかかわらず踊り出し、あやしいクスリなのですぐ服用をやめた。

●ゴアの「不都合な真実」が流行して、また坂本龍一系の自己表現系エコロジストが流行しそうな予感。うーん。せっせと待機電流を切ったり、労力かけてリサイクルするのを自慢合戦するのもいいけど、たかが10キロちょっとの道のりにガソリン1リットルもかかる自家用車を禁止させたり乗りにくい社会にする方がずっと地球にやさしい結果になるのに誰も言わない。

●西武球団が不正なお金を高校生に配ってスカウトしていたというニュースが流れて、バッシングを受けているがどうだろうか。球団が選手獲得に努力できる余地が、お金以外にそんなにあるとは思えないし、選手を高コストで雇用するに限界がある以上、汚い話だが、弱みにつけこんだ種まきみたいなことをするようになることは避けられないと思う。「スポーツはさわやか」なんて固定観念をあざ笑うようで、そこは所詮人間のやること、本質を知るいいクスリだと思う。
一方で、今回問題になった選手は、みんな親がそのお金を受け取っている。人気取り商売にはつきまとうが、本人の血のにじむような努力を通り越して、親が高校生の息子をネタにブローカーみたいなことをしているのは「子どもの権利条約」に照らしてみて問題はないのだろうか。誰もそこを問わないのが不思議だ。
結局、本人がお金をもらっているのもらっていないの以前に、親がこうしてお金をもらってしまって、子どもが身動き取れなくなっていくのだろう。そうした情報をもとに「●●選手は●●球団入団が濃厚」「●●選手の●●球団入団は親の説得がカギ」なんて報道が流れる。
こうした金銭不祥事が起こるたびに、払った方ばかりが責められ、たかったり、それで儲けた人たちが免責されるのはどうしたことだろうか。

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2007.03.10

3/10 右の人たちの学習課題

●梅原猛「水底の歌」を読み終える。柿本人麿の死因と死んだ場所、そしてそうなった原因を探った論文。
ここでも梅原の得意分野である、持統天皇=藤原不比等による万世一系の天皇制の確立期における、藤原氏の政敵またはスケープゴートになった人の探究が行われている。柿本人麿は古事記や日本書紀のもとになった歴史観を作る役割が与えられ活躍したが、藤原氏の王朝支配の邪魔になり、女性問題を口実に左遷され、やがては死罪となったのではないかと分析していく。

梅原氏の歴史がすべてとは思わないが、それをかみしめながら、昨年の皇位継承順位をめぐる議論を振り返ると、日本会議などナショナリズムの諸グループが主張していたことは、全く日本の伝統ということとは無関係で、明治イデオロギーっぽいものに憧憬を抱く、思いこみでしかないことがわかる。
愛国心云々するなら、もっと歴史研究をやるべきで、ほんとうの日本の伝統はどこからどのように始まっているのか、と思う。
右だタカ派だと言われて今再評価されている中曽根元首相が紙一重で安っぽい右翼にならないで済んだのは、梅原氏など教養人との交流をやっていたからだということもわかる。

●朝日の夕刊に「人脈記・安倍政権の空気」という連載が載っている。安倍晋三周辺にいる人たちの人脈紹介。朝日にしては安倍人脈を美化している。菅総務相の行いが悪いので、マスコミへの恫喝を受けての取引記事が朝日にまで及んでいるのかと勘ぐってしまう。
5回目になる土曜日は、教育というテーマで「そもそも教育基本法が良くないから」という下村博文官房副長官が登場する。そして下村は「戦後政治は共同体や家族主義を壊してきた。母親が母乳を冷凍して仕事にでかけ、父親が休んでそれを赤ちゃんに飲ませるだなんて、やはり母親の愛情が教育の出発点ですよ」と語っている。自民党に多いよなぁ。民主党もか。批判の矛先はまさに我が家だ。
父親が休んで赤ちゃんに母乳を飲ませるなんて、この時代にしては家族がちゃんと機能しているんじゃないの。母親がどうにもならないときにどうしようもない男の方が多いと思う。それを誤魔化すために、女は家のことちゃんとやっていればいい、とか、家庭をおろそかにしなければ外で働いていい、という言葉がある。下村議員のような考え方をするような人って、男はそういう言葉を吐いて子どもと向き合うところから逃げたらいいのかな。
下村議員のような議論の建て方って、父親の方の愛情ってどこいっちゃうのか、と思う。それから、男だ女だ通り越して親は親だし、実の親かそうでない親かを通り越してその子どもにとってきちんと育ててくれる育ての親だろうし、そうした人たちの子どもとの関わり方を大切にしていくことが共同体じゃないんかね。

男だ女だ、生まれ持った不合理をおしつけることの根拠が日本の伝統というなら、ほんとうの日本の伝統をよく見た方がいい。もちろんフェミニストたちが主張するような社会ではないが、明治イデオロギーとは少し異なる社会が出てくるのではないか。
明治以降であっても戦前という切り口では、乳母なんて考え方があったり、日本の半分以上の人口が農村社会で暮らしていたことから、母親が愛情をたっぷり自分の子どもにかけて育てるなんてできなかった。その現実をもう少し見た方がいいし、その状態で社会や子育てがどのように成り立ってきたのか、調べてみたらどうかと思う。そこにほんとうの共同体の姿が見えてくるんじゃないかと思う。それがこれからの男も女も忙しくなる時代にどうしたらいいかの処方箋が見えてくるんじゃないかと思う。

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2007.03.08

3/7 進歩と自由

家族一同咳に苦しむ何日かだった。大事な用もキャンセル。すっかり顔向けできない。

ここ数日、職場では新しいシステム導入に向けた会議が続く。前の仕事ではこうしたときの提案側に回っていたが、今は聴いて質問する側に回る。不思議な気持ちだし、提案側になっていたときの重苦しい気持ちのフラッシュバックもあったりする。

システムのグレードアップは、業務の効率化が最大の目標で、次の目標が営業推進力の向上だったりするが、システム設計を進めていくと隠れた課題である内部統制の強化がどうしても色濃く出てしまう。
社会進歩=自由になる、という幻想に支配とれている我々は、コンピューターが良くなること(進歩)はできることがふえるべき、と思いこんでいる。しかし実際には、業務用のコンピューターの世界では内部統制的な機能が強まり、グレードアップでできなくなることが増えたり、現場的裁量がなくなるわけで、拒絶反応が出やすい。コンピューターと人間が一対一ならいくらでも自由に使えるが、やっぱり人間と人間の合意によって動いていて、その媒介にさらにコンピューターという融通の利かないものが入ってくるのだから、仕方がない。そして鋳型をはめてもらうと、確かに効率的にはなる。
仕事に時間がかかっても多少効率が悪くても細かい裁量を残して全能感を持たせて仕事をすることがいいのか、効率のためには機械に鋳型をはめてもらうことがいいのか、難しい問題だと思う。経営的に成功するのは後者のパターンが多い。

ところが10年前の自分は不幸な人間で、鋳型にはめることが正しい、とわかっていてもそれを言い切れなかった。サービス残業しまくっても自分の創意工夫でやっている現場の経理、業務、商品管理の担当者が自分なりの持ち場をつくり楽しく仕事をしていることに、論争してダメといい、システムで締め上げるのがつらくてつらくて、一方でコンピューターが中でどんな動きをしているのか理解するのもしんどくかった。もっとも不勉強だったからだと思うが、もっとシステムの中身を知っていたり、業務の効率化についてのきちんとした視点があったら、踏ん張れたかも知れないと思うところもある。
儲からないのにいい仕事している会社だったし、先輩や上司には可愛がってもらったけど、結局、愛社精神とは裏腹に、自分の仕事ぶりを愛することができなくて、やさぐれて居残ることも見苦しく、退職することにしてしまった。もったいないことである。そして、賄賂や贈答はもちろんだが、愛社精神や愛国心などの精神訓ではモチベーションを維持しない自分がいることを発見した。

そして、システムの説明を受けると、ありとあらゆるイレギュラーな処理を考えてみる自分がいる。詰め将棋ってこんな感じなのだろうか。

そんなことをいろいろ考えてしまうこの頃だ。

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2007.03.07

3/7 地方の首長とは

●都知事選挙に浅野史郎さんが出てくれることになった。ほんとうによかった。
政局がらみでしか読まない人は共産党が相乗りしてくれることを期待しているようだが、福祉政策では、規模と専門性を頼りに行政の恩恵を最大限に強調する共産党と、利用者の自己決定権を最も強調するために小回りさとフラットさを重んじる浅野さんは、制度設計の思想において正反対の立場。共産党にとって相乗りは、これまで培養してきた支持層に対する裏切りになるから、よほどのことがない限りできないだろう。
あと、左派の人たちには誤解してもらいたくないのは、浅野氏は左派でも何でもなく、情報公開や手作りの民主主義に前向きで、人権感覚がまともな人だということであって、そのことが他の都知事候補に比べて左派の政治的前進に役に立つということで利害が一致している。したがって、イラクだとか、北朝鮮だとかで変な踏み絵を踏ませるようなことは慎んでいくべきであることは言うまでもない。

●国立市の上原市長が次期立候補せず。議会という、ネガティブな政治劇場の不毛を嘆いての退陣。優秀な人なので残念だけども、不毛な国立市の議会の話を聴いていると、上原さんの人生を無駄にする必要もないので、仕方ないと思う。
改めて自治体の「統治機構」についてどうあるべきか、再考すべき段階にきていると思う。特に地方議会は制度疲労という感じがしてならない。志木市の穂坂前市長が議員から市長を選ぶシティーマネージャー制を構想して、志木ではあっけなく葬られてしまったが、議会がもっと責任のある立場で、責任のある議論をしてもらうシステムをどうするか、今の自治体執行部をつっつくだけのシステムじゃないあり方を考えるべきなんじゃないかと思う。
以前、職場の専務が夕張市の破綻を受けて「職員、議会、市民どれかがきちんと機能していれば、ああいう破綻はありえなかった」という発言をした重みを最近じわじわと感じている。

●築地市場の移転に反対するデモ。移転予定地の豊洲の土地がめちゃくちゃ汚染されているからだという。
都心に近いところに残されている生活のにおいを守ってほしい。

●偽装請負報道のためにキヤノンが朝日から広告を引き上げたという噂が流れている。広告が何のためにあるのか、よくわかるような話である。

●安倍内閣が、憲法改正の国民投票法案を憲法記念日までに衆議院通過させると決めたらしい。憲法改正は国民合意をもって進めるべきであって、また国民投票という手続きも成立過程に意見対立があったまま進むということはあまり好ましいことではない。そういう意味で、安倍内閣がこうした判断をしたことは残念だと思うし、自殺行為になっていくのではないかと思う。
私の持論であるけども、ダメな政治家・政権ほど、こうしたイデオロギー問題を政治課題にしたがるといういい見本だと思う。

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2007.03.03

3/3 最低賃金1000円

春闘総決起集会に出る。咳が止まらないので休もうかと思ったが、今年の春闘はパートや非正規雇用の人たちのために大事な春闘だと思って、出てきた。応援弁士では国民新党の亀井幹事長がうまかった。こういう場では保守政治にどっぷり浸かってきた人なのにいつもうまいと思う。社民党の日森さんも出だしは良かったが長かったと思う。民主党の鳩山幹事長はいつもの通り。

決意表明で電機連合が「リーディングカンパニーにふさわしい賃金」というようなことを言っていた。確かに輸出製造業が日本の賃金水準を引っ張ってきた現実はあるけど、何かひっかかる。偽装請負の舞台の多くが電機連合の職場だったことを考えると、「リーディングカンパニーにふさわしい」という大義名分、それでいいの?と感じてしまう。

今年の春闘では、最低賃金1000円というのが実現しないだろうけど、いい運動目標だと思う。もっと左の勢力は「賃上げ3万」とか、今の賃金に比べてなんぼという指標しか示してこかなったので、連合が先手を打って非現実的と非難されるけど手の届くぐらいの指標を明確に提示できなかったことがなおインパクトがあると思う。
高い方の賃金闘争は労働の対価でいけるが、低い方の賃金闘争はまさに生活費水準とのたたかいとなる。そういう意味で、時給1000円(週4万円)の最低賃金の実現というのは、生活費との見合いという点(リビングウェッジの観点)でようやくという感じがしてならない。この点で、連合も民主も社民も統一の指標を出して、政権交代時の雇用政策についてわかりやすいメッセージを出していることはいいことだと思う。現場レベルの賃金闘争なら仕方ないが、国レベルの賃金闘争で、今のパートの低賃金にプラス何円では何の力にもならなかった。

集会アピール、この時代に必要なのかどうか疑問だが、やるにしても、きれいに読むよりも力強く読んでほしい。

最後の森腰会長代行の「団結がんばろう」のかけ声ははうまかった。

帰宅後、咳が風邪になりかけている。

●東京都知事選挙については、最終局面に来ているこの期に及んで「菅が悪い」「(推薦を拒否する)浅野は応援できない」など、都民も全国の有権者も不在の理屈で内部抗争に明け暮れている民主の対応にあきれ果ててものが言えない。ため息しか出てきません。都議団はすべてが菅が悪いという状況に仕立て上げることばかりに夢中になって、大事なことを見失っているとしか思えません。
税金の無駄遣いの最たるものであるオリンピック招致活動の承認など、石原都知事と適切な距離を作ってこなかったことも問題です。そのことを棚に上げて、責任をなすりつけようとしている都議団の態度は許し難いものがあります。
友人のブログが的確にまとめているので、リンクします。
戦闘教師ケン 民主のババ抜き
10年前の旧民主党での横路バッシング以来心配していたけど、菅さんも横路さんと同じ年頃に同じような状況になってきているなぁ、と感じます。

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2007.03.01

3/1 タクシー値上げへ・利用者増で考えること

埼玉県内のタクシーが秋から値上げになる。
物価が下がり続けたこの時代に、値上げはとても違和感がある。

タクシー会社にインタビューしたときに、市が運営するコミュニティーバスの批判を聞かされた。市の財政の無駄遣いではないか、タクシー券を配ればいいじゃないか、大半の話はその通りと思ったが、バス派の私は、それでも、と思った。

というのも、結局、タクシーを利用する人は、酔っぱらいか、市外からのお客さんか、交通弱者だ。酔っぱらいはともかく、最後の日中利用してくれる交通弱者は、バスの利用者と重なる。

この現実について目先のことだけ考えれば、バスを叩いて自分のところの客を増やすというのが営業戦略かも知れないが、よく考えると、バスが衰退して公共交通が使い物にならなければ、市民はマイカーを買って乗り回すようになるだけだ。この私も、保育園の送迎を考えると、マイカーを買うべきじゃないかと真剣に悩んだ。
マイカーなんか買われた暁には、まずタクシーには乗ってもらえなくなる。酔っぱらって、どうにもこうにもならない状態の質の悪い乗客だけに利用されるようになる。

したがって、タクシー業界はバス路線をつぶすことを狙うより、バス路線を育てて、公共交通事業者が協力して、市民にマイカー利用をやめさせることが最優先にやるべきことだ。その結果として、バスやタクシーの利用者が増えるという絵を描くのが大事じゃないかと思う。

マイカー優先の社会システムと、貧弱なバス路線網のもとで、タクシー値上げは乗客離れを加速するんじゃないかと心配している。かつて旧国鉄が、トラックの普及で物流手段が多様化しているにもかかわらず値上げを繰り返し(その前には長い間の運賃抑制があったが)、あっという間に貨物がトラックに、乗客がマイカーに奪われてしまった過去を繰り返さないでほしい。

また、タクシーしか利用できない乗客について、もっと歩みよってほしい。全面禁煙はまずやってほしい。たばこ臭いのがタクシーの最も嫌なところだ。タクシーの構内乗り入れ規制も、少しは緩和してほしい。mkタクシーが東京進出して、それをまねしたバカ丁寧な接客がみられるようになった。基本動作がしっかりしていて客に安心感を与えればサービスとしては十分で、運転席から降りてドアを開けるなんてことはいらないと思う。

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3/1 観念メタボッリック

紛失した運転免許証の再発行手続きをしに奥地の鴻巣まで行ってくる。朝霞が埼玉県であることの不合理を痛感。
バスの車中から鴻巣青年会議所の勧誘の古い看板が見え「みんながこの街を好きと言えるようにしたい」と書いている。とてもいい言葉だと思う。草の根保守の若者たちの善意が満ちあふれている。難しいことにぶち当たっても一緒に乗り越えていく雰囲気がある。
しかし今の青年会議所はどうだろうか。HPを見ると、今の青年会議所はあまりにもイデオロギー色が強くないだろうかと思う。

●伊吹文相の「人権メタボリック」発言、何言ってんだと思う。政治家の仕事なんて、人権保障の考え方がなければいとも簡単に弾圧される仕事ではないだろうか。また金権政治の温床とも言える企業献金だって、人権の一種である財産権が保障されていなければ成り立たない。しかもこの国の財産権はほとんど青天井で、貧困や社会矛盾に対してまともに規制もルールづくりもできないようになっている。誰が人権メタボリックなのか、文科相は、選挙区でもある京都駅近くの再開発では手がきれいなのだろうか。
世の中、最も人権が抑圧されている人たちが、少しでも人並みの生活を求めて、法律で認められている権利を主張すれば、それが人権を濫用しているかのように言われて、いつも人並みの生活すら我慢させられているのがこの「美しい国」の現実だ。

●浅野史郎さんの立候補が本格的な話になってきてから、民主党国会議員・都議のみっともないこと。党内での権力闘争ばかりに執心で、しめしがつかないということがわかっていない。

●衛藤晟一氏を参議院の大分選挙区の野党統一候補などと書いてしまったが、しっぽ巻いて安倍に泣きついてそんな話はありえないことがわかった。嘆かわしい。

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2/28 浅野を応援しない民主党都議は次回公認剥奪すべきだ

都知事選挙に浅野史郎さんが手を挙げてくれた。ほんとうによかったと思う。

考えることは2つ。浅野さんの選挙を一つは日本型左翼の「表現」のおもちゃにしないこと。前回の樋口さんの選挙では、樋口さんのお友達関係が選挙の中心になってしまって、そのお友達の趣味が前面に出てしまう選挙になってしまった。もちろん左翼の表現の場にして、吉田万三に行きそうな票までかき集めてもらいたいけど、真ん中ぐらいの右まではバランス良くと思う。

もう1つは、民主党対策である。
無党派にこだわる候補の選挙だから、無党派の人たちがのびやかに選挙をやって票を集めてきてもらうと思う。もう一つ大事なのは、風とは別のところで集票活動をしてもらうことが必要で、とりわけ都内の民主党の議員たちがどう動くかということが大事なことになってくる。前回の樋口選挙も、民主党の半分以上が石原を応援してしまって、陣地を守る負け戦になってしまった。それを再現しては、またまた都民の政治不信は高まってしまう。

今回、民主党の国会議員、都議が勝手なことばかり言ってるけど、無益な議論を放置しておくことは、選挙の勝利のためには何の意味もない。
独自候補とか、推薦候補とか言ってるけど、それを別に用意して勝てるのだろうか。これまで民主党東京都連がさんざん苦労して候補者さがしをしてきた結果として、浅野さんしかなくなっているというのが到達点じゃないだろうか。

この時点で独自候補にこだわる人は、菅直人が知事選に出なかったことを責任問題化しようとする臭いもプンプンしていやらしい。あんたみたいなのはどうせ本番になれば石原を応援するくせに菅、菅、言うんじゃないと思う。どうしても立候補させたいなら、自分の支持者全員の署名とか、都民100万世帯電話アンケートとか、立てたい人を納得させるような、具体的な数字を持ってこい、ってことだと思う。それにしても、浅野氏がやる気になっているところに独自候補なんか立てたら、浅野氏は逃げ出すし、それを壊すことになる民主党の独自候補には都民の冷ややかな目しか送られず、虻蜂取らずになることは目に見えている。知事選に連動しない都議選、選挙区を持たない比例候補、問題が多い。

今回の選挙は、民主党にとっても、今後の評価が決まる選挙であると思う。また石原現知事の支持率が低下し続ける中で、脱石原の政治の流れをつかむチャンスであり、チャンスをチャンスとして生かすためには、最低限、民主党のお家芸とも言えるチャンスをピンチにしてしまうような動きには、毅然とした態度、断固とした統制が必要だと思う。
民主党は、浅野さんが正式に出るとなったら、応援することを明確に表明できない国会議員や都議には、次回選挙の公認を与えないなどの制裁を科すべきだろう。また選挙結果を見て、得票率が悪い地域の都議には、公認の査定を行うことなどもやるべきだろう。円より子とか、杉並の田中とか、大田の名取とか、好き勝手なこと言ってるからには、そのことによる混乱責任をしっかり問うべきだと思う。

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