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2007.02.28

2/27 時代の評価

政治判断は、やはり時代の評価にさらされると思う。政治と関わっているとどうしてもイヤな潮流というのがあったりする。そんなときには、こんな無理はそうそう長くは続けられないだろうと思う。すると5年ぐらいして、そういう無理がたたった結果になったりする。

教育水準が低下していることにつけこんで、愛国心教育を押しつけようという安倍晋三一派のもくろみでスタートした教育再生会議。非公開の議論で、文化人たちの思いつきのような議論を重ね、論理もくそもないような乱暴な答申をまとめた。
それがここにきて、地方分権への逆行をめぐって規制改革会議と地方6団体から激しく批判されていて興味深い。自分たちのことは自分たちで決める、という時代の流れに逆行するような改革は早晩、見直しが迫られると思う。

●井上治代「子の世話にならずに死にたい」を読む。親の介護と葬祭権は遺産相続と密接不可分な可能性にあったのに、戦後、遺産相続が均分相続になったにもかかわらず、親の介護を特定の親族に押しつけてきた歴史が老後や死を窮地においやっているという著者の考えには大いにうなづくことが多い。
与野党問わず、政治家や高級官僚、それから困ったことに裁判官の多くには、とても保守的な家族観をお持ちの方が多い。そういう人たちが推進する社会保障制度の改革にあたって、家族責任が強調される。しかし、遺産相続の民主化にともなって、福祉の必要のある人を親族が介護を行う必要性がなくなってしまったのに、いまだに親子関係をあてにした福祉制度、介護や死の看取り、そして死の始末を前提としていることが、親子や家族の混乱につながっている、と説く著者の分析は的確だと思う。

●フィリピン人と日本人の間に生まれ、ほとんど日本人として育った子どもに、日本人の父親の出生前認知がなかったからと、日本国籍を与えない戸籍法に、人権の観点からも違法性がないという高裁判決が出る。日本男児の子として生まれ、日本語を話し、日本を愛して永住を希望している子どもに国籍を与えない無責任な国のどこが「美しい国」だろうか。笑ってしまう。なんだか裁判がおかしいと感じる。

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2007.02.26

2/26 政府予算から我が町の福祉を考える

ここのところ凝っていること。政府予算の厚生労働省の概算要求から人口割や施設割にして朝霞市にどのくらいお金が降りてきそうか、それに見合う仕事を市役所がしているかどうか、検証する作業をしている。

作業の目的は実につまらなくて、(たいした福祉水準でもないのに)福祉にお金を使うと財政破綻をする、というどこかで聞いてきたようなことをオウム返しにしゃべる人たちに反論する材料をストックしておくため。
そういう俗論を言うひとには市の財政の中身についてよくよく調べてほしいと思っている。保育所や介護施設1つ作るお金を駅のひさしに散財してしまったり、保育所や介護施設を1つ運営できるお金をクルマを持っている人しかいけないような温泉施設(昨年から休止)の赤字補填に使われている。あるいは入札結果を見ると、びっくりするぐらい造園業者にお金が使われていることもわかる。

この概算要求からのひきなおし作業がまた自己目的化してきて、予算案から、1施設どのくらい補助金が出そうとしているのか、どのくらいの人を雇おうとしているのか、そんなことを考えながら、朝霞市の施設数や、利用者数、該当する市民の数なんかを計算していくことが面白い。

朝霞市の傾向として、総じて、国が出している水準より福祉水準が低い。私の得意分野は、保育所。朝霞市の人口に対する全国の人口の比率で割り返すと、保育園入所者数が1930人いないと平均的水準ではないが、来年の仲町保育園の開設してようやく保育所入所者数が1380人。450人程度少ない。地方交付税の児童福祉費は平均水準で計算されているので、450人分は浮いているお金と言える。ただし380人については家庭保育室に入っている人への利用料補助金が市独自で出していて、これが中低所得者に対しては他市より水準が高いので差し引くと、実質ピンハネは70人分となっていることがわかる。

公立保育園の延長保育の国庫支出金は地方交付税措置なので、朝霞市のような不交付団体にとっては、事業をやっても収入が増えない(ちなみに朝霞市立の保育所の延長保育は厚生労働省の定義する延長保育とは言わない)。だから公立園では延長保育が控えめにしか始まらないのに、民間認可園では積極的に始められることになる。延長保育について、親が親たれみたいな観念論を押しつけられ、罪悪感を植え付けられる。しかし、本質的には自治体がお金を出したくないのが本質の話なのだ。

こうした基幹的福祉サービスについて不足が目立つ中で、後発の福祉サービス、たとえば、子育て支援センターなどは平均より1.5倍ぐらい高い水準で整備されていることもわかる。遅れた基幹的福祉サービスを整備するために、抱き合わせで厚生労働省の新規事業に飛びついたためと見られる。

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2007.02.25

2/25 下流喰い

須田慎一郎「下流喰い」を読む。社会ダービニストの田原総一郎の番組にレギュラーで出ていた著者が、こんな話題を本にするとは思わなかったので、意外に思っていた。ようやく読む機会ができた。
昨年のグレーゾーン金利廃止の議論の中で、サラ金業者寄りの立場で、金利規制そのものがナンセンスとか、低すぎる金利規制は貧困者を困らせるだけだ、という議論が展開された。とんでもない議論をする人たちがいるものだと思ったのでとてもよく記憶に残っている。親族に現金を持っている資産家か何かがいて、現金に困っても何も恐怖感のない人たちなのだろう。貧困者は生活保護行政を頼るべきで、サラ金なんかで「お上に頼らない」とやせ我慢してはいけない。

サラ金業者がお金を貸したがるのは返済能力のある人ではない、ということを著者は取材から喝破し、そもそも返済能力が厳しい人に貸して、良くて一生利息を吸い続けるか、悪ければ破綻させて、さらに下流の金融業者に債権を売り飛ばす、そしてその先には、親族身ぐるみ資産を収奪するか、人身売買が待っているか、ということなのだ(その手口は「ナニワ金融道」に山ほど出てくる)。

それが正業としての金融業のやることではないと思ったし、その場合の金利は、市場原理によって制御できるようなものではないということではないか。やはり金利制限というのは正しい施策だったと思った。

東武電車(本線・東上線とも)にサラ金や多重債務解消の悪徳弁護士・司法書士の広告がやたら多いということも指摘されている。年収400万以下の、金融業者のカモが沿線に集中的に住む地域だということだ。こうした人の生活改善や、時には所得向上策(つまりは能力開発事業)をこの地域の自治体はやっていく必要があるんじゃないかと思う(ところで、東武鉄道や東武労組はサラ金や悪徳弁護士のカンパで電車を運営していることを恥ずかしく思わないのだろうか)。

余計なことだが、商店街のテナント規制なども必要だし、自治体の生活保護行政を始め、生活支援・相談体制をきちんとしていくことも必要だと思う。

●金融庁と総務省が、自治体の多重債務者の相談体制について全市町村に対して調査するという。3月9日までに回答を求めるとしている。朝霞市にそんなものあったかな。あったとしても、この私が知らないのだから、「借りた金は返すのがまっとうな人間じゃないか」という債権者からの呪文に縛られて視野を広げられない状態におちいった多重債務者にはもちろん認知はされていないだろう。

●クラスター爆弾規制に消極的な外交。
自衛権しか持たないとしている国が、どうしてクラスター爆弾なんか容認する必要があるのかわからない。また核兵器廃絶を国是としている国が、核兵器はなくそうと公式発言をしているのに、もっと実害のあるクラスター爆弾は規制しないことがどうして説明つくのだろうか。

●核兵器を持っているとは思えないイラクや、持っていないであろうイランに対して大量破壊兵器の開発の疑いありとして、先制攻撃論を求めながら、現に(戦闘能力には疑問がありながらも)核兵器を持っている北朝鮮に大甘なアメリカに追随する安倍政権を、右翼・右派・新保守主義者たちはどのように捉えているのだろうか。日本の利害からいえば、そっちよりこっちの方が先だろ、と声を大にして言うべきなのが彼らの立場じゃないだろうか。

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2007.02.22

2/22 貧困の罠

●東洋経済「貧困の罠」を読む。これまでニューエコノミー崇拝だった東洋経済も、少し方向転換したのだろうか。切り口がとてもよい。福祉や社会保障の落とし穴をひととおりおさえてある。
グラフや表も興味深い。OECD加盟国で日本人は最も孤立度が高いことは、朝霞市の地域福祉計画の調査結果と重なる。朝霞市の数字は、OECDの数字をさらに上回る孤立度だった。それから、学校にかかる経費。前から思っていたけど、ランドセルとか制服とか、学校が押しつけるなら学校が買えと思ってきたけど、やっぱり保護者の負担になっている。

本文の中では、所得再配分のための増税論をとなえる橘木さん、貧困層を排除した社会保険主義の誤りを指摘する岩田正美さん、生活困窮者を門前払いする北九州市のレポートが読みごたえある。

社会保険については、社会保険庁職員に対する魔女裁判とも言えるような「社会保険庁改革」ばかりが推進されているが、本質的なことは、社会保障制度全体の再設計と再定義であったのではないか。岩田氏が指摘するように、社会保障を社会保険でほとんどまかなう制度が、保険料負担できない貧困層にはまったく機能しないということを無視した制度設計を見直すことに目的があったはずなのに、何もしないで今日まで来ている。

橘木さんはもっと大きな話で、社会保険料なんて自発性にもとづく社会保障制度はこれからは機能しないし、負担の逆進性も強いんだから、累進課税制度の増税を思い切ってやって、社会保険料の守備分野を狭くするべきだという主張。

北九州市の生活保護はひどい。審査以前に申請用紙を渡さない、提出させない、そのためにいろいろな因縁を市役所が言ってくるそうだ。しかし、「生活と健康を守る会」に入って窓口に行くと、あっという間に申請が通ったりしたことも報告されている。
何より受給できてよかったと思うものの、この「生活と健康を守る会」って、何だかんだ言いながらも共産党の支援団体じゃなかったっけ(それはそれでいい。それで救われている人もいるから)。だとすると、北九州市役所はドライな生活保護行政をやっているような顔をしながら、一方では半ば市議の影響下にある市民にだけ便宜を図るような、コネ行政で生活保護支給が決定されているということになる。たぶん共産党系の団体のメンバーに出すのだから、当然与党の公明党や自民党の支持者の生活困難者に市役所は甘々だと思う。

「権利としての福祉」ということを私が言って、「誰でも福祉が受けられるなんて自治体がもたない」と言い返されたことがある。わかっちゃいない。福祉はみんなの税金でやっているのだから、その人が人として生きられるための支援がどの程度必要かで福祉サービスが受けられるべきであって、政治家の軍門に下るとか、市職員の気分次第、場当たり的な裁量にうまく乗るかで福祉が受けられないなんていうのはそもそもおかしい。自治体財政が苦しいからと絞り込みを行うにしても、基準があって審査を経て、重度の状況にある人から順番に福祉サービスの受給が決定されるべきだろうが、そもそも審査を受ける権利を否定しているし、重度さによって申請が通ったり、保留されたりしている形跡もない。

過日、月5万の基礎年金だけでストーブも点けずに細々と暮らしているおばあさんたちのヒアリングする機会があったが、まさに社会保険主義が見落としてきた高齢者であり、生活保護の絞り込みによって、生きるだけの老後になってしまっている。

●栃木県野木町の町立保育所で、人材派遣会社に一部業務委託して、人材派遣会社に所属する保育士が働いてきたが、偽装請負の疑いがあるため直接雇用に切り替えるというニュースがあった。自治体の現場サービスにあたる職員が、滅茶苦茶な雇用形態や指揮命令系統で仕事している話は、町村部を中心によく聞いてきた。契約概念がそもそもないし、業務委託をする相手に仕様書の十分な確認も行われていない、ので、偽装請負のメーカー顔負けの話が多い。

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2/22 菅氏を追い出したくて仕方がない民主党と民主党都議団

●都知事選挙にどうしても菅氏を立てたい民主党の党内情勢。それだけ菅氏を追い払いたいみたいだ。補欠選挙で後釜を狙う都議もうごめき出す。このままなし崩しに立候補させれば、菅氏は選挙区のない根無し草になる。

もし菅氏が知事選挙に出れば国会議員は失職するから、衆議院補選が行われる。そこでは自民党から土屋武蔵野前市長が出て、民主党はへなちょこ若手候補が出て、土屋が勝つ。そうすると、自民党の比例代表が欠員になるけども、自民党の比例名簿の補充はないから、民主党に議席が渡り、旧新進党の中山義活が繰り上げ当選。つまり菅さんの議席が、新進党に渡るということだ。都内から菅氏の影響力も一呼吸おける。これは、都内選出の民主党国会議員のなかで、反菅派である小宮山、松原、長島、蓮ほう、末松議員には願ってもないことだろう。さらには、日和見の長妻、鈴木寛も都知事選挙に出す=菅おろしの策謀に抵抗できないだろう。

民主党支持者の半分ぐらいは菅直人氏のイメージで民主党をとらえて投票してきた。しかしもう民主党の実態はずいぶん違う党になっている。そのことを明確に意識させることに、ゆくゆくはなるだろう。

有力な国会議員を地方首長選挙に擁立する話では、横路孝弘氏の経歴を振り返ってしまう。横路氏は社会党右派のプリンスとして期待されていたが、左派の工作により、79年の札幌市長選挙に立候補させられそうになり何とか回避したものの、次の83年の北海道知事選挙に立候補することになった。北海道の社会党系勢力はものすごく強くなったが、中央の社会党が若い党首候補を失い、その後の落ちぶれ方は今の社民党を見ればよくわかる。
79年の状況は今の菅氏の取り囲まれた状況によく似ている。当時の北海道社会党はごりごりの社会主義協会派が横路氏と敵対していて、社会主義協会派が横路氏の政治生命を葬る意図をもって半ば栄転のように、半ば脅迫をもって立候補話をもちかけていた、と当時の関係者や北海道新聞は伝えている。最後は横路氏が入院することで市長選挙の擁立話は終息していく。
83年は、今度は社会主義協会派も現実的に転換し、道政奪還を目標に掲げ、社会党系の人たち全体が、横路氏の政治生命と心中するつもりで横路氏を知事に擁立して、逆転勝利する。その後の北海道社会党、そして民主党王国としての北海道の素地がつくられる。いぶかる横路氏を口説き落とすために札幌地区労が電話帳をもとに全市民電話アンケートを実施して、札幌市では圧倒的に好感触だというデータをつきつける。

横路氏を菅氏に、社会主義協会を小沢派・前原派と読み替えると状況が良く似ている。
83年道知事選挙のような気持ちにならなければ、菅氏を擁立する意味もないし、ただの陰謀論を払拭することはできない。今の状況は、悪ければ後釜ねらい、良くても党内政局打開のための擁立劇でしかない。それでは79年の札幌市長選挙と同じで、候補者は政治生命を失うことの意味しか持たない。
菅氏を擁立することを煽っている連中は、民主党が菅氏を担いで勝てる、という証拠をきちんと出すべきだろうし、政局談義ではなくて、選挙民の3分の1ぐらいが支持している具体的な独自データがない限り、説得力にはならない。

まぁ、煽って、党と国会から菅氏を追い払ったら、民主党の評価がどのようになるか、というのも一つの見物かも知れない。うちの母のように政治に疎い人は、民主党のイメージは菅氏であり、菅氏のない民主党など、かつての新進党と変わらない。

また、菅氏が知事選挙に立候補として、自由な立場になれば、今、菅氏本人はそんなこと考えてもないだろうが、現実的には、右傾化が著しい最近の民主党の行き詰まりを打開する新たな政治勢力、96年の頃のような旧民主党のような位置にある新党づくりの人材になるかも知れない。万一落選した後、民主党にしがみついて参議院の比例代表か何かでお情けのように立候補させられるようなつまらないことを唯々諾々とする人ではなさそうだ。そのときこそ、何度も梯子を昇らせては外すような民主党議員に義理もなにもなくなるのだから、きちんと決別すべきときだと思う。

横路氏が知事選挙に出たとき、支援する市民運動団体に「もう社会党には戻らない」と言ったと、札幌の古い市民運動関係者から聞いたことがある。実際に、衆議院の後継の竹村泰子さんは、無所属社会党推薦で立候補したし、何より横路さん本人が民主党で国政に戻ってきた。

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2007.02.21

2/21 子育てしていると思い通りにさせようという人が群がる

おとなりの市に住んでいる人が書いているブログ「共同合宿所」に、仕事を辞めることにした保育園の保護者仲間のことを書いている。働くこと、子育てすること、保育園を使うこと、保護者としての連帯感、そんなことがよく伝わる記事だと思う。

働くこと、子育てすること、それぞれのパーツでそれぞれのエキスパートが勝手なことを言って、「子どものため」「お客様のため」と、日々生活して生きていくことを混乱させるような言説がまかり通っている。生活するためには稼いでいかなければならないし、生活には子育てがありうることだし、人間が人間らしく生きていくためには労働であったり報酬のない社会参加であったりしながら社会とつながっていくことが必要だし、一方でそれに押しつぶされても仕方がないことだし、そんなバランスのある言説が少ない。昨日のNEWS23に出ていた大日向雅美さんはそういう意味で良かったと思う。

そして、藤井誠二さんのブログ、「思い通りにならない人を思い通りにならないはずの他者を思い通りに「する」ことが好きで好きでたまらない人たち」という記事の中で、「ニートって言うな」の共著者である内藤朝雄さんの表題のような文章が紹介されている。リバタリアンの立場が強いが、教育者や福祉関係者の善導主義が持つ危険性を余すところなく表現していていい。
過日紹介した軍事組織化したある町内会の話をはじめ、草の根できな臭いことをおっぱじめようとしているネタが多くて、うすら寒くなる昨今、内藤氏の論点には同意することが多い(藤井誠二氏の犯罪被害者の擁護という主張はわかるし同意するけれども、犯罪加害者のことに関する考え方には不同意なところもある)。子育てしている人には、今その思い通りにさせることが大好きな人たちが群がってきて、本人不在でああでもないこうでもないと言われる状況がある。その息苦しさが、子育てしてイヤになることでもある。

●関西テレビの社長が自民党に謝罪したという。ねつ造の迷惑は、視聴者や同業者だろうに、真っ先に自民党に謝罪しに行ったということに、この事件がことさら話題にされていることの本質を示しているのではないかと思う。
今日、総務省は、放送局に監督強化の権限を盛り込んだ放送法の改正の考えを示した。選挙報道との取引なんだろう。

●黒川紀章が都知事選挙に立候補するらしい。バブル期、悪徳政治家やゼネコンとつるんで都の財政を悪くしたのが、丹下、黒川一派の建築家たちだったのではないか。彼らの設計した公共建築は、内部の構造が複雑で、利用するのにとても負担が大きくて、シンプルでバリアフリーでランニングコストの低いものが求められる高齢社会にはそぐわないものばかりだ。今さら立候補して何をしようというのだろうか。

●野党政治家の選挙区秘書をやっていた友人から久しぶりに連絡をいただく。野党が野党として機能していないことに、憤っておられた。昨年末、退職されていた。今の野党見ていると、そういう気持ちになるのがわかるような気がする。

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2007.02.20

2/20 見えないところで

ようやく子どもが認可保育園に入れることに決まったようだ。不便なところなのでほっとはできないが、それでも体が大きくなって、走り回ったり大声あげたりするのには、今よりずっと状況がよくなると思う。

●エコノミスト「危ない自治体」を読む。これまでの福祉事業や人件費批判中心の記事から、ハコモノ行政や、裏補助とも言われる交付税で手当する起債事業への批判が中心になってきていて、バランスが取れてきたと思う。
社会サービスと自治体の財政が反比例ではなく正比例関係にあるという論調が取り上げられるようになってきたこともよかった。
山形県新庄市のレポート(小林美希さん)、首都圏自治体のこと(松本武洋さん)、財政の健全度がサービス格差をもたらす(北條大成さん)、財政再生制度の説明(宮脇淳さん)、自治体の使命は社会サービスだ(神野直彦さん)の記事がよかった。

市場化テスト最前線の自治体の職員の座談会はあまり良くなかった。「企画や政策法務など市のアイデンティティーに直接関わる業務は、全面的な民間開放さえも不可能ではない一方、(中略)窓口業務、福祉業務などが民間開放できない。ここに大きな矛盾がある」という発言は、違うように思った。企画や政策法務が民間委託するのにふさわしくないという理由こそおかしい。企画や政策法務の分野に市民事業が乗り込んで業務受託することが問題なのだろうか。さらには大きな話になってしまうが、アメリカにあるような政治任官制や、イギリスやオーストラリアの議院内閣制と比べると、政府の中枢にプロパー職員しかいない状況の方が例外ではないかと考える。

朝霞市の財政危機の状況はどうだろうか。財政の数値はとりあえず良い。しかしここのところ公共建築が次から次に建てられているし、基地跡地利用をめぐっての負担問題が大きくなっている。新庄市の後追いをしていることを感じる。団塊の地域参加とか、いろんな理由でこれ以上、集会場などを増やすことのないようにしてほしい。
朝霞市の職員の数、人件費は、自治体の規模の割に少ない。しかし市役所は「できない」「やらない」という仕事が多い(すぐやる課のように雑用をしてくれとは思わなくて、ニーズがあるから考えたらどうか、と投げかけても考える前に自分たちの常識のなかでやらない理由を並べるということ)。また、問題解決につながる相談とか調査とかノウハウの支援とか監督という仕事が弱く、問題を放置すること(やりっぱなし)になりがちな事業発注と補助金の交付が中心業務になっている。小さな政府で財政規模は小さいけども、効果から逆算すると、実はものすごいコストのかかる市役所だとも言えるのではないかと思っている。
財政の健全度と社会サービスの記事では、埼玉県南部の自治体は財政が豊かなのに保育料が高いと指摘していた。配られた「保育園のご案内」には、子ども1人あたりの保育コストが載っている。知らないよりは知っていた方がいいが、これだけお金使ってやっているんだ、という姿勢も感じてしまう。でも保育料の方も高いんだ(保育サービスをこれ以上恩着せがましくされる危険性があるから下げろとは思わないが)。

●今週号のAERAは、地味な記事ばかりだけどいい。
①このブログでも取り上げたが、NHK7時のニュースがおかしいということの種明かし。「産む機械」発言を1放送1回以内、テロップでは10秒以内、野党の批判も「産む機械」そのものの批判発言はカットされたなどの事実が示され、NHK報道局内の会議でも自粛を徹底するよう求めたことが伝えられている。同時並行でNHK予算審議があったり、菅義偉がNHK受信料値下げ発言を繰り返すなど、ブラフをかけられ続けたことも取り上げている。
②ディスカウント家電店の記事。儲けの源泉は、納入業者やメーカーへのたかりとも言える販促費補填の裏契約の存在だという話は、以前身内にそういう客相手に仕事をしていた者がいて身につまされる。納入と引き替えに無償労働力、どうみても不公平なリベート要求、無償労働力として送り込んでいるアルバイトが不始末をやらかせば多額の損害賠償を要求され身銭を切らされた話とか、商談よりそんな話ばっかりだった。
「有名タレントを起用したCMを流したから仕入価格を一律数%下げろ」「他店より1円でも高い場合は、ってよくあるでしょう。こういうリベートの存在で身を削っているのは、販売店ではなくメーカーてなんです」という生々しい証言も書かれている。
でもこうした店で買い物しないと決められない自分の弱さを見る。
③「インフルエンザの感染・通勤電車が最も危険」ほんとうにそう思う。記事中で、せきやくしゃみで口を押さえない人の問題を指摘しているが同感。共働きで子どもを抱えていると、ちょっとした風邪持ち帰っても、1週間から2週間は時間繰りが綱渡りの生活になる。電車でウイルスまき散らしているのを自覚しない人には、傷害罪で訴えたり、損害賠償を請求したいぐらいだ。

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2/20 パチンコ店の立地を規制した自治体が5億も賠償を払うはめに

宝塚市がパチンコ店の出店を商業地域に限る条例を作り、それで規制した業者から訴えられた訴訟で、宝塚市が敗訴して、5億円もの損害賠償を支払うことになった。

法律がそうなっていのかも知れないから仕方ないんだろうけども、いつまで、土地利用と建築に関して、地域社会ごとにルールを作ることが合法とならないのか、腹立たしさを思い知らせてくれる判決だ。自分たちが地域の合意を無視するようなものを建てようが何しようが、弁護士雇って自治体でも何でも訴えればお金がむしれる、そんな土建国家、不動産屋天国そんな日本の社会風土を思い知らせてくれる。弁護士なんてほんとうに高い買い物だから、金持ちだけがどんどん法律で保護されていく。

一方、自治体は、条例で規制できないから、話し合いだ何だと、ソフトに真綿で囲むように条例規制しかできない。その結果、法律で縛りがかけられないために、政治的に弱い業者がおしだまり、政治的に強い業者は居直るというとんでもない逆インセンティブが働いてしまう。そして、そこに政治関係者がおいしい汁を吸うことができる機会が創られ、面倒な立法ではなくイージーな口利きに走っていくという構図がある。

朝霞市に引き合わせれば、マンション建設が野放図に行われている。第一次第二次マンションブームでマンション住民の流入で1.3倍に増えた。ところが、それで儲けた(開発利益を得た)人たちが、その儲けを吐き出して公共のものを創っていくシステムが不十分なので、開発利益のツケはすべて自治体が持ち出していかなければならない。したがってマンション開発に見合う学校の開設、再配置は進まず、保育所や介護施設の整備も遅々として進まない。保育所は第一次マンションブームから12年もかけてようやく何とかなるところまで来た。介護施設はこれからしばらくもずっと充足できず、重度介護の状態になっても、高い入居費を取られる有料老人ホームや、相部屋が当たり前の老健施設入所で我慢し、それも順番待ちだ。その間に支える家族が疲弊して壊れていってしまう。
特定の金持ち、土地持ち、特定の業界の利益ために、多くの市民が社会権を犠牲にされてきた。しかし社会権を制限する自治体や地域社会を違法とする法律もなければ、社会権を財産権なみに保障するためのインセンティブを与える制度すら弱い。
そして、地域の古くから住んでいる人や行政関係者は、エイリアンであるマンション住民に対する新参者差別みたいな言辞を、何の自覚もなく言う。いったい、だれが旧住民をお金持ちにしてあげたんだ、という気持ちになってくる。

日本国憲法、いい憲法だと思うけど、どうして同じ基本的人権のなかで財産権に属することばかりが過大に保護され、社会権に属することが制約されるのはなぜだろうか。下位法を整備する立法府に問題がありで、政権交代がないことが大きな理由だと思うけども、今、政権交代が起きてもそれを担うであろう政党も、若手議員を中心に財産権の暴走に対する問題意識は弱いから、あまり期待できない。また二番手三番手以下の野党も、こうした観点での政権交代論を持たないところが期待できない。
※憲法の基本的人権に関して、自由権と社会権の位置づけについて、伊藤真「日本国憲法の論点」がわかりやすく説明しています。

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2007.02.18

2/18 自分の思いをかたちにして保育園を作った園長さんの話を聴く

次世代計画の推進委員会のワーキンググループが始めた子ども子育て連続講座の2回目を行う。
きょうは、朝霞市で保育所としては30年ぶりに社会福祉法人立の保育所を始めた、朝霞たんぽぽ保育園の園長、大島美弥子さんの話を聴く。

今回大島さんの話を聴くことにしたのは、無認可保育所からハードルの高い認可保育所を設立した情熱やそのときの苦労話などを聞き、その情熱の背景にあるものに触れたいと思ったからだ。

私自身、労働組合で保育政策を担当していたときに、保育所の民間企業参入を始めとした、最初の一連の規制緩和の対策に追われた体験をした。そのときの攻防戦の読みでは、質にこだわる無認可保育所が、認可を取得して公的関与のもとに運営が行われるようにしていくことが規制緩和の落としどころだと考えて、必要な規制緩和、やむを得ない規制緩和、認めない規制緩和と整理して対応してきた。そんな思いから、朝霞で無認可保育所から認可を取得することが進んでいくことに期待をしていたなかで、それをやったたんぽぽ保育園にずっと注目していて、いつか園長さんと話を聞きたいと思ってきた。また、知人、友人がみんな大島先生がいい、と言うので、会って、聞いてみたかった。

Cimg0029大島さんは、香港日本人学校の幼稚園教諭や、駄菓子屋の経営、障害児保育の保育士などを経て、1999年に市内に認可外保育所を設立した。自分がやりたいと思うような保育を始めてみたが、定着する専門職としての職員の待遇を確保することがとっても大切と痛感して、さらに2005年に認可保育所、社会福祉法人「朝霞たんぽぽ保育園」を開設する。

民間認可保育園が1園以外すべて市立保育園しかなかった朝霞市で、保育の質を問い直したい気持ちもあって、ここまでがんばってきた。公立園ではなかなか経費に裁量権がなくて、絵本やおもちゃ、食事などに力を入れられない。そうしたことに民間認可園を開設することで一石を投じたい気持ちがあるという。

今の保育園では、保護者と保育所のコミュニケーションが目詰まり起こしている、ということに問題を感じておられた。参加者のなかにいた市立保育園に通わせている保護者から、今の市立保育園では、事故でもない限りお迎えのときにほとんど保育士と会話ができない、子どもへの怒り方に問題のある保育士がいる、など報告があって、子育てという連続性のあることを、共同でコミュニケーション取ってやらなければ意味がないじゃない、と大島さんはコメントしていた。待機児童問題が一定の解消段階に来た今、数字にも報告書にも出てこない、こうした中身を問い直すことがとても大事な段階に入ってると思う。

上尾の保育所の保護者会の役員さんも参加されて、一昨年の死亡事故のことなどの報告から、死亡事故を通して保育所のコミュニケーション不全になっている状態がわかってしまって、今でも心配で仕方がないと報告していただいた。大島さんは、保育所の事故防止は目配りは当たり前としても、チームワークが大事なんだと力説されていた。

終わったあと、仕事のほとんどにコンピューターが介在するこの時代に、保育って人間どうしの仕事はうらやましい、とお話したところ、人間どうしってトラブルも多いけど、誠意をもって関われば、何かが必ずうまれる。そんな仕事はいい仕事だ、と言われていたことが印象に残る。

次回は5月ごろ、そこから2ヵ月おきに。テーマは、10代、ファミリーサポートセンターの展開、子育て支援センターの本当のねらい、などが候補。

一般参加者のなかに、私のブログを読まれている方がおられて、どきっとした。

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2007.02.17

2/17 市議会は議員の賛否ぐらい公表してはどうか

統一自治体選挙(というと系統がわかってしまう)を控えていろいろな動きがおきている。政治の近くにいると、このそわそわした雰囲気というのが、政局になったり、政界再編成になったりするんだろうなぁ、という感覚がある。
で、そのへんなそわそわ感にふりまわされると、意外となんて事のない変化のない日常が続いたりしていたりもする。

それはさておき、自治体議会改革フォーラムという団体が、面白い調査をやったようだ。討論する議会か、市民が発言できる議会か、公開が十分な議会か、3つの切り口で調査をしている。

議員同士で責任をもって討論するかどうかの設問について、していると回答しているのは全国で7自治体のみ。市が1つ、あとはみんな町村。他は執行部に質問だけしかしない議会ということらしい。大半は、議員どうしで政策討議して結論を出す作風がなくて、行政権が一方的に提案したことをベースに議論をする議会だということだ。

市民も参加できる議会かどうか、ということで、請願を提案した市民が議会で提案主旨を説明できるか、ということと、公聴人、参考人制度を利用しているかどうかという質問で、請願の提案した市民の説明の機会は全国で3割前後、公聴人、参考人制度は、都道府県、政令市、23区では過半数だが、その他の議会では2割。私も、札幌市の地下鉄バスの運賃値上げの議案で参考人として発言したことがある。当時はなかった議員インターンみたいな体験をさせてもらった。

積極的に情報公開をしているかどうか、ということでは、傍聴人への資料提供、議員個人の賛否の公開、議会の住民向け報告会をやっているかの3項目を調査しているが、傍聴人への資料提供がまずまずだったのに、議員個人の賛否の公開は1割にも満たないし、報告会は6自治体(いずれも町)しかやっていない。

議員個人の議案の賛否を公開しないという自治体が9割以上もあるということは論外だ(もちろん朝霞市議会も)。選挙が政策をたたかわせて議論され有権者との公約で選ばれるとするなら、議案に対する賛否が十分に公開されなければ、それまでの議員活動を検証しようもないと思う。議員が賛否を報告することは、税金を申告し選挙で投票する有権者に対する最低限のマナーではないだろうか。
また、議会の無責任化にも手を貸すことになる。議案の賛否に関して有権者を無視した判断が行われることが常態化するのも仕方がない。だから行政も市民も議会を通すと話がおかしくなると、議員を敬遠して手を結ぶようなことが起きてくる。
時折、政策中心で活動している議員は、有権者へのニュース等で、議案への賛否状況について報告している。しかし、そこには会派名しか書いておらず、朝霞市のように公明党と共産党以外はほとんどすべての議員が選挙では無所属の場合、誰がどの会派に所属しているのか、市役所に行って調べないとわからない。また、ひどい議会では、議員の発行するニュースで議案に対する賛否状況を報告したら、懲罰かけられた議員もいる(幸い朝霞はこれで懲罰になるようなことはない)。

朝霞市議会はどうかというと、議員同士の討論、市民の意見表明、情報公開の3項目とも×。傍聴人に資料提供もしなければ、賛否状況も当然報告はない。市の広報に議事録要約が出ているが、誰の質問なんだか何一つ報告がない。市の広報を読む限り、愛郷心がどうしただの、質問の水準に難がある。下らない質問しても議会外の誰にも突っ込まれないからだ。
近隣の、新座、志木、和光の市議会は大半の議会がそうであるように、情報公開だけ△だったので、傍聴人への資料提供か、議員個人の賛否の公開ぐらいはやっているんだろうと思う。

行政が、私のようなうるさい市民にあれこれ批判されながら、市民合意、市民参加の形成に苦心しているのに対して、議会は自分たちが全権をもって市民を代表している顔しているだけという状況だと言われても仕方がない。
そういう中で、議会の存在感の低下と、議会の質の低下と、公選職の待遇の悪化は悪循環でつながっていると思う。そういう意味で市民合意、市民参加、そのためのインフラとしての情報公開の手法を議会も取り入れないと、ますます市民から遊離し、市民は議員を飛び越して役人とばかり結びつくことになる。地方議員には、口利きしか話が来なくなる。
日常はそれでよいが、市民同士が対立するような重大な案件がおきた場合に、自治体の危機となってくると思う。夕張市はまさにそうした結果だったのではないか。

では朝霞市だが、個人的には、11月下旬にある次の市議選でどのくらい投票率が低下するか、とても関心がある。もうここ20年、市民の数が増えても37500人しか投票せず、分母がふくれるだけ投票率が下がり続けてきた。議会が何をやっているかわからない、議会が何に役に立っているかわからない。広報読んでも誰が何しているんだかわからない、議員個人がニュースもほとんど配られない、顔入りポスターも貼られない、投票所言っても公明党と共産党以外は政党名も書いてない、投票したくても判断しようがないし、誰が誰だかわからないもの。投票率が上がる理由は何一つない。それで安住していられる人が多いんだけども。そういう状況を打破するためには、今回の調査のような切り口で議会を評価することは大切なきっかけだと思う。

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2/17 サラリーマン、地域の子育てについて議論を重ねてきた

先日、朝霞市の次世代育成支援行動計画の推進委員会の会合があった。2年間、公募委員として参加し、臨時会がなければ(事件でもない限りはありえない)これで最後の集まりとなる。「行政の審議会等ではよほどのことがない限り慎んだ態度でいるもんだ」という「もんだ」の論理と空気に押しつぶされそうになるが、今回は、最もフランクに議論が進められた回となり、思わぬ人たちが熱弁を振るってくれてとてもよかったと思う。

これまで私自身は、「もんだ」の論理でコミュニケーション不全になることは良くないと考えていて、言うべきことを公的な場で言う機会を得たのに言わず、後でぶすぶす不満を言うのは市民の責任としてどうかと思うこと、それから、日中開かれるこういう場に出て発言の機会を獲得できない、保育園の一般利用者の保護者、サラリーマン、とりわけ都内通勤者として、市側に煙たがれることを覚悟しながら、これまで「もんだ」の空気をうち破るようガンガン意見を言ってきた。
ガンガン意見を言ったのは、保育園利用者や都内通勤者に影響の大きい内容を議論するのに、そういう人がなかなか参加できない状況があったから。そして幸いなことに、私場合は、職場が応援しているなどと甘えたことは考えないが、少なくとも有給休暇の範囲内で許容してくれて参加できる立場にあって、イヤな言葉だけど「私が言わなければ誰が言うのよ」という気持ちがあったからだ。うるさい市民だと思われるだろうし、自分や自分の周囲の人の保育園の入所での口利きはもちろん、誤解を招くような入園判定の情報確認をも拒絶しなければならないが、自分に不利益になってもそうした裁量を拒絶した上で、正面から都内通勤者の気持ちを伝えることが、最低限私に課せられた役割だと思った。

【次回からは公募委員が新たに募集し直されます。子育ての当事者で保育園を使っているようなサラリーマン・サラリーウーマンの人に応募してもらいたいです。平日は年2~4回なので、その範囲で有給休暇を取れる人や、代休などで調整できる人はどんどん手を挙げてほしいと思います。サラリーマン層が意見をいわなければ、昼間市役所に出入りできる人と子どもを仕事にしている人だけで子育て政策が決められてしまいます。また、多くの団塊サラリーマンが退職後の地域の居場所づくりに苦労されていますが、こうした機会で早くから地域社会との接点をつくるのにもいい機会だと思います】

今回は、児童館の開設と子どもの地域社会での遊びのあり方、保育所の保育時間の延長、商店が子どもに関心を持ってもらうための施策、民間の子育て関連施設運営のときの家賃問題など議論された。

保育時間の延長について、関連業界の委員たちから「子どものためには」という大義名分での後ろ向きな発言が続いた(委員会に出ていた市の女性職員も大きくうなづいて、それってどうよ、と思った)が、私が「通勤時間は地域の人たちが想像するより長く、今の保育時間ではちょっとしたサービス残業もすべて返上してお迎えをしている。保護者を追いつめた状態で家庭に帰せばいいと言っても子どもにいいということにはならない」と意見をした。
古川孝順(東洋大学教授)委員長が「(子どもと保護者と保育所という)一面的な問題だけではなくて、保育のニーズは就労とか仕事のあり方とか社会のいろいろな状況が複雑にからみあっていますからねぇ、こうだと言い切るのもどんなものでしょうか。」といういなしで、関連業界の委員さんたちからは「必要かも知れませんが、全園一斉はどうかと思います」「補助要綱に合わせるための施設や職員の整備が大変なのでそこを何とか」という意見で、本音や妥当なところに議論が落ち着いたように思う。
確かに、事業者だけで何とかしようとすると、補助要綱が整備されないとできないということで終わってしまう話だ。しかし行政と施設運営者が補助金の有無について議論して、保護者にやれません、やります、と一方的に通告するような政策決定をする時代ではないと思う。まずは保護者のニーズを自治体が受け止めやる方向をきちんと打ち出し、実施にあたっての障害となる、補助金の制度やら、施設や職員の数についてどう考えたらいいのか、施設運営者と自治体と保護者や関係者で十分話し合って、補助を増やすにしても、みんなの合意で後押ししていくことが大事じゃないかと思う。

商工会から出てきた委員さんが、とってもいい視点での発言をされていたのがとてもよかった。

最後ということで、先週末に地域での市民活動をしているメンバーと公募委員でつくられたワーキンググループでまとめた「カウンターレポート」を提出し、行政とは違う立場で、委員としての一定の評価をし、委員会に報告した。古川先生からは「本来は委員会として評価をまとめた方がよかったけども(労力的に)無理だった。自分たちなりの評価をまとめて行政に出すことはいいことだ」とした上で、委員会全体として討議して承認するということはできないが、ワーキンググループの意見として受け取り、今後の市政の参考にしてもらう扱いとし「カウンターレポートというのは言葉がきついので、ワーキンググループからの報告程度にして再提出をすること」との宿題をもらった。

内容は以下のとおり。

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2007.02.16

2/16 流れの変化の兆し

労働者共済の同業者の親睦行事の間をぬって、買い物と、浅野前宮城県知事を擁立するための市民集会をのぞいてくる。100人の座席の会場に出たり入ったりで250人も来た。当然会場はあふれていた。ゲストには細川佳代子さん(細川護熙氏の妻)もやってきた。

石原ではない選択肢を求める感覚、そして、菅直人氏や浅野史郎氏という名前が期待を呼ぶような政治の流れが動き始めているような気がした。美濃部都知事を生み出して以来、真ん中から左側の人たちが一点にまとまることのできる選挙は都知事選挙である。政治の側がこれをうまく受け止めないと、チャンスをものにできないと言われても仕方がない。

都内の新進党系小沢系の政治家による、菅おろしを目当てにした都知事選擁立の動きは、小沢一郎氏の今日の会見で(政権交代に必要な人材だという発言があり)ほぼ止まったようでほっとしている。最終的に菅直人さんが都知事候補になる結果になったとしても、邪な動きをここで整理できてよかったのではないか。

●知り合いの共産党の市議が県議に出ることになった。仕事ぶりについてはぴか一だと思う。共産党員以外のファンがとても多い。

ただ、保育所のことを政策面でずっと取り組んできた市議だけに、市議会からいなくなることが心配。少なくとも、保育所を、入所の口利きのための道具としか思っていなかったような議員に対する牽制的役割があったし、公設民営園の困った内情なども調査し、議会で指摘してきた。他の共産党議員で同じことができたかというとそうでない気もする。

でもそれだけの人だから県政に挑戦するのもいいかも知れない。福祉施策は市町村の自治事務になっているが、一方で、介護業者の認定や保育所の認可などは県の仕事であり、そのほかにも福祉施策の誘導などの仕事も残っている。

朝霞市選挙区ということだけで言えば、保守系+民主が、市議時代も含めて過去の延長で代わり映えのしない顔ぶれの中で、がんばっていただきたいと思う。共産党系の人たちは商売敵という立場上、簡単に応援を決断できるようなものではないけれども、県議選に関しては他に選択肢があるともなかなか思いにくいので。

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2007.02.15

2/15 加須・羽生の電車を便利にするコストは東上線沿線が払っているんです

●東武本線が昨年3月に行ったダイヤ改正は、久喜、南栗橋で電車を切り、南側を純然たる通勤路線として大増発と高速化を行い、北側では、電車の車両を短くして、運行回数を維持した。
背景には、人口の伸びがなくなった沿線に増収が期待できず、コストカットしながらサービスを維持しなければならない事情があるようだ。この5年、バス路線の委譲、バス事業の分社化などを東武の社内を傷つけながら猛烈な勢いでリストラを進めてきている。

今日、去年のダイヤ改正で「不利益」を被った埼玉県加須市や羽生市などが再び都内直通電車の復活を要求しているというニュースが伝わったが、他の地区の利用者不在の意見は休み休みにしてほしい。
加須や羽生は、北千住からでも優に1時間はかかるところだ。そこに長いすで長編成の通勤電車を都内から走らせることの意味がわからない。その距離になれば、むしろ長時間乗車に耐えられる特急の増発を求める方が現実的だろう。
それから加須市民、羽生市民がどれだけ電車を乗っているのだろうか。マイカー文化の北関東の人たちが、どれだけ電車にコストを払ってきているのか、評価してほしい。

もっというと、東上線の乗客は100円の運賃を払い、そのうち48円しかコストを使ってもらっていないという情報もある。信憑性は定かではないがそれが本当なら収益は山手線並みだ。実際に、乗客数、混雑率の高さ、ラッシュ時間の集中率の低さなど経営の効率性を図る指標を他社路線と比較すると、東上線の経営効率は良い方で、東武の高い運賃を取っていれば、鉄道事業としては高収益だと思う。
それなのに東武本線と比べても、また同規模の他路線に比べても、鉄道事業そのものに十分な設備投資が行われていないように感じるし、ダイヤ改正も微調整もほとんどされずにおざなりだ。
その高収益が東武鉄道の利益とされているが、東武鉄道全体がべらぼうに儲かってしょうがないという話は聴いたことがない。東武本線のコストの補填に使われているのだ。
ありえない話だが、東上線が別会社になれば、沿線イメージがあがるとは思わないが、財源がついてくるから、少なくとも、もっと小回りのきいた運営の改善が行われ、無理なくサービスの向上が行われるのではないかと思う。

加須や羽生、群馬や栃木の人たちが、要求するからには、それだけ他の地域の運賃を吸い上げて電車を維持してもらって、ちゃんと電車を使っているんですか、という疑問を返すべきだろう。

逆に、朝霞市をはじめ、東上線沿線の自治体は、加須市や羽生市に見習って、儲けさせているのだから東上線の通勤電車をもっと便利にしてもらうよう声を挙げるべきだ。今やっていることは始発電車の駅の奪い合いとか、話が小さすぎる。
建て替えされた朝霞駅前の東朝霞団地を、住宅都市整備公団は西武デパートの写真を全面に出して「池袋まで16分」と宣伝しているが、ラッシュ時間に限ればこれは虚偽広告で、様々な要因で実際には準急でも25分ぐらいかかっている。

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2007.02.14

2/14 朝霞地区の障害者雇用のレポート

きょうは午後、地域福祉計画の推進市民委員会があったので出席した。毎月ある仕事のヤマ場が近づきつつあり、少し後ろ髪引かれる気分で出ていった。

地域福祉計画の推進委員会は、個別分野ごとのチームがさまざまなインタビューやレポートが次々に報告される。

いくつか問題だと思うことがあった。
一つは、市が作らないやりたくないと言い続けてきた地域福祉計画の評価委員会を、抜き打ちで別名で作ってしまったことだ。これはいままでの朝霞市の諸計画の評価でいつも問題になっていることだ。しかも、年2回の評価会議なので、評価原案は市役所が作成するという。それでは評価にならないじゃないか、と指摘した。市役所がまとめるにしても、研究者グループや、シンクタンク、コンサルタント業者などの評価手法や評価技術を導入しなければ、自画自賛になってしまう。
一つは、障害者の雇用と社会参加を考えるプロジェクトの報告の中で、市役所が知的障害者、精神障害者を雇用しない理由として、地方公務員法により、守秘義務、自力通勤、職務専念ができることが求められており、両障害者の任用は考えにくい、という回答があったようだ。それに当事者の保護者に聞くと、試験の受験資格すらないようだ。だとすると、知的障害者や精神障害者すべてが、守秘義務を守れず、自力通勤ができず、職務専念(さぼらない程度の働き方で十分だと思うが)ができないという価値観に囚われていると宣言しているようなものだろう。これはまずいと思う。これだから労働組合のない市役所は・・・。担当職員が、「これは正職員の話ですよね」とフォローのつもりで補足したが、これまたまずいよ。
自治体が民間企業に委託している現業労働の現場などには障害者や外国人がいることが珍しくない。直営だとダメで委託ならいいというなら、これは障害者差別と同時に、雇用主による身分制度ということができる。そんな非民主的な地位に公務員があっていいわけがない。いまだに市職員出身の政治家の経歴に「朝霞市に奉職」などと書かれていたりする。ちょっとびっくりしたことがある。

一方でいい話も聴けた。市の答えに問題はあるものの、障害者の雇用社会参加を考えるプロジェクトは、朝霞地区での障害者の就労の状況について、みんなで分担して調べてきてくれて、すごくよくまとまった報告を提出してくれた。ハローワークの障害者就労の取り組みで、朝霞地区4市の企業に、障害者が500人近く働いていることが報告にあった。あまり公表される機会が与えられてこなかった数字なので、知り得る機会がなく、その水準の高さにびっくりした。

それと、仕事をしては嫌みばかり言われ続けることは精神衛生上良くないなぁ。ほんとうに。

●市役所の前にある、ビル建設以来ずっと自民党議員が使っていた事務所が、いつしか市長後援会(自民、公明、民主相乗り)の事務所になり、今度は民主党員の民主党推薦無所属県議の事務所になっている。家主の中立化か、それともこのあたりの保守の節操のなさなのか。わかりにくい政治を象徴している。

●春闘始まった。連合の会長選挙のどたばたの結果で生まれた高木会長だが、結果的にはよかったと思うことがある。これまで連合会長は、通信、鉄鋼、電気など「基幹産業」が続き、前回改選のときの下馬評には、鉄鋼、自動車、電機などやはり基幹産業の出身者が候補者にあがってきた。
しかし、前回の会長選挙は二転三転し、選ばれたのはUIゼンセン同盟から高木さん。日の丸掲げてインターナショナル歌う、かつては右翼的思想を持っていた労働組合ではあるけれども、もともと女工哀史などで語られる繊維産業の労働者の組合としてスタートし、高度成長期にスーパー、サービス産業従事者や最近ではサービス産業のパート労働者などを組合員にしてきた労働組合である。今回の春闘は、景気回復の分け前をどうするかという議論と、正社員と非正社員との間の格差是正がテーマになっているが、パート労働者がたくさんいる労働組合を出身にもつ高木会長だからこそ、非正社員の待遇改善について積極的にやるメッセージが出たのだと思う。
もし今回の景気回復の分け前を正社員だけで独占したら、次の不況期にはとんでもない社会的格差が生まれ、もはや労働組合はほんとうに社会的価値を失うことになっただろう。
もちろん、高木会長だけの問題ではなくて、前任の笹森さんも相当非正社員に関心を持って運動に取り組んでいたことも言い忘れてはいけない。

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2/13 制度改定に関する正しい認識

板橋区保健福祉オンブズマン室にヒアリングに行く。

福祉オンブズマンについてインターネットで調べていたとき、一番目に出てきた。ホームページの資料性も抜群だし、こう言っては難があるが、人権意識が高い住民がとりわけ多い地域でもない板橋区ができている制度なら、朝霞でもできる可能性になると思ってヒアリング先に選ぶ。東上線沿線どうしの親近感もある。

区の担当者は、社会福祉基礎構造改革や、社会福祉法改正を明確に意識して、制度の創設や運営を図ってきたと説明した。苦情があるかないか、予算があるかないか、ではなくて、選ぶ福祉、自己選択自己決定の福祉に移行し、かつ事業者の参入規制も緩和した福祉制度に変わった以上、こうした苦情対応機関は絶対に必要だという認識がすばらしい。

事業者や議会、役所内がアレルギーをおこさなかったかと聞いたけど、ないと明快な答えだったのには意外な結果だった。役所内や議員さんは、こんがらがって本人も理解に不能になっているような苦情については自分たちでも手に負えないことが多く、専門家が冷静にときほぐして問題解決にあたってくれる福祉オンブズマンがあって助かっている事情もあるようだ。

予算は年300万前後で運営されているが、区の行政評価では3人の事務局職員の人件費も対象にされて、相談件数の割にコストが高いと毎度指摘されるようだ。しかし、同じ相談を弁護士に個別契約で持ち込んだ場合、果たしてコストはもっと高くかかるだろうし、区民40万人の数字でわり算すれば、福祉サービスの質の向上と、万一不利益を被った場合の安全コストを考えるとそんなにお金がかかっているわけではない。
板橋区のような行政評価手法が主流だと思うが、そういうやり方でやると、公的意義が薄くても市民にたくさん利用してもらえる施設や事業は評価が高くて、大事なんだけどもそんなに頻繁に利用されてはならないような行政の仕事は全く評価されない。ここは行政評価の難しいところだと思う。

オンブズマンで問題解決が終わり、一年間が終わると報告集がまとめられて、ホームページで公開している。これが民間事業者の適切なサービスのための資料になっているというから、副次的効果も高い。

●板橋区の最寄り駅、大山駅は橋上駅舎じゃなくて、階段が少ないまま電車に乗れる駅だ。こういう駅は身軽に使えていいと思った。橋上駅舎は負担感が強いと実感。

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2007.02.12

2/12 ハコモノ行政は古代からの伝統か

引き続き、梅原猛「隠された十字架」を読み続ける。大化改新は、聖徳太子の子、山背大兄皇子を殺害して専横に走った蘇我入鹿を討つという話で信じ込まされているが、実は成り上がりの中臣鎌足が朝廷の中枢権力を掌握するための政略だったという話。
皇室典範改正とか、歴史認識などで議論かまびすしい。もっと早めに読んでおいた方がいい本だった。

面白い発見もした。梅原氏は、古代の権力者は、政敵を仮借なく殺害し抹殺したが、その後始末に鎮魂として宗教施設を建てたてて、徳の高い諱をおくり、手厚く祀ってきたという。

政治がハコモノ行政に熱心なのは、この伝統に由来するのかも知れない。日本の伝統なのかも知れない。今もって行政サービスは、そこでどのような行政サービスが行われ、どのようなスタッフがいて、どのような効果が上がっているということより何より、どれだけ立派で人々の歓心を買える施設を作ったかが、政治や行政の徳の高さの評価になっている。だから公務員の人件費の削減には熱心なのに、ハコモノ行政には何一つものを言えない自称改革派が多い。
ハコモノ事業が止まらないのは、利権がらみで抜き差しならないというのが理由だけども、行政支出ならハコモノじゃなくたって利権にできるわけで、どうしてハコモノ事業ばかりが相対化できないで熱心に続けられるのか、そこには有権者の意識まで含めた何らかの政治的分析の対象があるはずじゃないかと思う。

●議論が沈静化してきたから批判するが、菅直人氏の「産む生産性」発言、民主党のマッチョ体質を体現していると思った。結党直後は積極的に応援してきた民主党だが、仕事もあったり、プライベートもあったりする中で、まともにつきあっていたら自分もダメになると思って、ひきこもり消去法的支持に転換した。そのきっかけは子育てや人の人生を小馬鹿にしている体質に気づいたことだ。これでは平和運動に明け暮れている旧社会党と同じだと思った。人生にかかわるリスクの問題(医療や福祉や失業)にまじめに取り組んでいる議員の評価がおそろしく低く、同じ条件で落選している候補があればそういうことに取り組んでいる人ほど簡単に公認を剥奪されていたりする。ひどいときには抵抗勢力呼ばわりする。一方で、保育園なんて共産党の政策だろ、という程度の議員が、非現実的かつ危険な嫌中嫌韓・歴史英雄教育推進論者は簡単に公認が取れていたりする。もっとも質の悪い家族政策が出てくるのも、どこの党よりも民主党の中からだ。
その点は、(支持する気はないけど)公明党の方がよっぽどましだと思うところも多い。今回の発言は菅氏の問題でもあるが、背景にある党の体質や、大切なものを見る価値観が問われているんだと思う。若者や子どもを年金財源としてしか評価していなかったり、人口=国力という価値観で、男女の役割分担の残酷さ、新自由主義的経済の弊害に対する視点があまりにも鈍感で、生活を置き去りにした議論が大好きなところじゃないかと思う。公明党や共産党のようなどぶ板陳情政治でもない、小泉構造改革のような生活を置き去りにした国力づくりではない、別の選択肢を提起しなければならないんじゃないか、それができないと、こうした失言は民主党からまた次に出てくると思う。

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2007.02.11

2/10 インターネットに名前も出てこない候補者

参議院埼玉県選挙区の2人目の候補者が決まるが、元電通社員とかいうことで、なんかなぁ。
雇用問題を訴えるとか言っているけど、独占、高給取り、下請け、丸投げ、ヒエラルキー、政治家有名人二世のコネ就職、最近では公共事業でみそつけたような広告会社にいて、何が実感になるのか、お手並み拝見である。
インターネットで調べてみたけど、この2人目の候補者、全然、名前が挙がっていなくて、その程度の社会活動の経歴の人で大丈夫なんだろうかと思った。正しいことを言えるけど、理念も理想もこうしたいという欲求もない候補者だとしたら、有権者を欺くからごめんだと思う。
民主党の公募って、ほんとうに公正に効果的な候補者を選んでいるんだろうか、と思うことが多い。選ばれてくるのは、大学院生か広告代理店勤務、バブル感覚の40前後の連中か、エリートニートの30歳前後ばかりで、後ろについてるボスの影響力の順番に有利な選挙区を落下傘で決める。有権者にとっては面白いことは何もない。

●民主・社民協力が期待できた大分選挙区が、社民の強引な候補擁立で、空中分解しそうになっている。全くもって残念なことだと思う。
このまま分裂選挙になれば、03年市長選・県議選、03年総選挙、04年参院選、05年総選挙と、大分の民主・社民の快進撃もせっかくのチャンスの中でつぶれてしまう。
民主には、大分では社民党が野党第一党であるという厳然たる事実に対する認識を持ち、社民には、民主が取り込めるいろいろな票を意識してもう一度白紙から再考することを期待したいけど、無理かも知れない。

冗談の話では、郵政解散で追い払われた衛藤晨一氏を社民党籍(党籍をおかないと自民党に戻るから)で野党統一候補にしたらどうか、とあほなことも考える。タカ派の民主より福祉畑の衛藤、というムードもあるみたいで、下手な新自由主義の保守が民主で出るよりまともな選択だと思うところもある。

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2/10 逆ノーマライゼーション・子育て支援センター

午後、次世代育成支援行動計画の推進委員会ワーキンググループの打合せ。次回委員会本会議でメンバーが入れ替わるために、カウンターレポートを提出することにし、文案をまとめる。
その他、子ども学習会の講師選定に関して打合せをするが、少子化対策や児童虐待防止をネタに促成栽培で急拡大している子育て支援センター、児童館、ファミリーサポートセンターについてどうよ、という議論がわき起こり、今後、学習会のテーマにして、専門家や先進自治体の取り組みを学んでいくことにした。
子育て支援センターが、ほんとうに育児ノイローゼの保護者のよるべになっているのか、そうした相談をどうこなしているのか、専門職員が家庭訪問などしているのか、日進月歩の児童虐待やDVに関する専門知識の更新を怠りなくやっているのか、検証すべき材料が多い。
私も、同席した親たちも、子育て支援センターでは、市の情報を自分できちんと集められる、何の問題のない保護者ばかりが利用していて、むしろ情報力のあるきちんとした親たちのたまり場になってしまっているから、育児ノイローゼの人には来にくいし、自分を開きにくい場になっているんじゃないか、と言った。
障害児を抱える親御さんは、障害者にはバリアフリーっていって施設や障害者福祉から社会に移す施策をやっているのに、何の問題もない子育て中の母子を社会から施設に囲い込むような施策って、ほんとうにいいことあるの、という問いかけがされた。ほんとうにそうだと思う。ノイローゼのレベルまでいけばどうかと思うが、育児の負担感なんて、専門的な施設で解決するもんじゃないはずだ。

それでも子育て支援センターは必要だと思う。でも乱立する必要はあるのか、それからそこに来る保護者や子どもはいつかは施設から自立させるロードマップがないと、税金で運営している遊園地みたいな話になってしまうのではないかと思った。
保育所問題が片づかないし、障害者保育のハードルはめちゃめちゃ高いのに、子どもを預ける必要のない保護者のための施設ばっかりようけ作るよな、と私は思う。
世の改革系の政策研究者は、政策評価の問題だ、という答えになると思うが、現実には、育児に困っている家庭という分母が計測不可能で、さらにはどの状態で解決されたか、ということも計測不可能で、政策の優先順位で語るしかできない問題である。

夜、早く寝てしまって、真夜中に目覚める。梅原猛「隠された十字架」を読み始める。

●日教組の教研集会が始まる。昼のニュースで伝えられた森腰委員長のあいさつの中での、教育再生会議の教育改革に対する評価の言葉が良い。後日、どこかであいさつ文を入手して紹介したいと思う(その後、夕方以降のニュースではほとんど伝えられず)。
発言内容は、文化人の井戸端会議の思いつきの披露でまとめられた教育改革には、問題解決のための分析がされているとは思えない。そうした教育改革を推進することは教育学や教育学者がこの国にはいないということを高らかに宣言するようなものだ。自分たちは現場での検証や専門的な分析を積み上げて、無謀な教育改革に警鐘を鳴らし、対抗していかなくてはならない、といった内容。

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2007.02.10

2/9 新座市のオンブズマン制度

高松塚古墳の被葬者を推理する、梅原猛「黄泉の王」を読み終える。
藤原不比等が持統天皇と組んで、古代社会から律令制へと大きく流れの変わる時代の波に乗り、権力の掌握に成功した、という梅原猛氏の歴史認識のもと、その政変の犠牲者となった弓削皇子に焦点を当てていく。
昨年、皇位継承権をめぐって論争があったりしたし、憲法改正の議論が起きれば、天皇の存在意義や権能のあり方が問われるが、梅原説によれば、直系男子が相続する慣習も、藤原氏が権力を後ろで動かすシステムも、藤原不比等が作ったということで、今日のかたちの原型を作ったのが藤原不比等ということになる。

●地域福祉計画の福祉オンブズマンプロジェクトの調査で、新座市オンブズマンにヒアリングに行く。
主に、行政が自ら設置するオンブズマンの機能について確認してくる。市議会で81年から設置を求める意見が出ていて、98年に全会派から設置を求める意見が出そろったのを受けて市長が設置に踏み切ったという。
オンブズマン活動としては、①行政施策で不利益を被った人の申し立て、②弁護士2人からなるオンブズマン自信が不適切な問題だとして取り上げた問題、から調査し勧告または意見具申をする。「不利益」がキーワードで、民間オンブズマンのように、税金の無駄遣いの摘発のようなことは、不利益を被ったことが見あたらない限りは対象にはならない。税金の無駄遣いを摘発できる運動に関われる人は、元気で時間のある人たちで、行政に不利益を被る人は、社会的に発言権の少ない人たちになりがちだから、これはこれでいい割り切りだと思う。
対象は行政施策全般で、市役所と市の委託事業までが対象となる。委託事業ではない、社会福祉法人による福祉事業や、介護保険の民間ヘルパー業者は対象外となるようだが、いずれは対象にしていかなければならなくなるんじゃないかな、というのが担当者の感覚だった。
年間30~40件の相談を受け、その内容を弁護士がジャッジし、年間5件程度、市役所に勧告、意見具申している。その数を多いとみるか少ないと見るか分かれるが、「社会変化があるから多い少ないということは評価ができない。むしろオンブズマンの存在によって、不適切な仕事が無くなったり、不利益を被る市民が救済されること自体に意味があるという。
難しいのは、面白くないことと、不利益との境界線が不明確で、時代背景や本人の事情によって大きく変化することで、そのあたりは職員の状況把握の力と、弁護士の判断にかかるという。
福祉に関して「意思表示できる人」が申し立ての条件なので、子どもは排除されないが、文章を書く力のない人や、意思表示能力に障害のある人についてはハードルがあると認識している。
こうした苦情専用窓口があることで、一般窓口では苦情を受け付けなくなるのか、と聞くと、市長がその前提として市民の相談はどんどん受けるように指示しているので、オンブズマンに押しつけるようなことはない、という。

担当者の方が、これから団塊の世代か地域に戻ってきて、何かやり始めれば、きっと問題意識もあれこれ出てきてここに持ち込まれる案件も増えてくるんじゃないかと思う、と答えていたのも印象的で、時代背景を考えると自治体がこうしたセクションを持つことは避けられないと思う。

不二家やパロマの不祥事で、苦情発見が大切だということが認識されてきているが、こうした窓口を持つことで、自らの不利益情報を早期に発見し、組織の改革につなげていく機会にする強みがある。苦情を言われて反論する理屈作りばかりを仕事としている役所は、忙しいけど仕事としての意味は少ない。

また、政治的にも面白い事例だと思う。埼玉で3番目、全国で30番目ぐらいに設置した行政オンブズマンのようだ。先進的な事例について、新座市は先取的だと思う。
小さなスキャンダルがいくつかあっても、新座の須田市長が長期政権になってきはじめたのは、保守市長ではやらないような先取的な制度づくりをどんどんやってきたことと、市民との直接対話のチャンネルをたくさん用意していることだと思う。

朝霞市は、こうした先取的な制度改革は外から学ばず、やらない理由ばかり百と並べる。やらない理由が見つからないときには「朝霞らしさ」などという市民には何の役にも立たない大義名分を持ち出して、「オレ流」にこだわり、何も取り入れない傾向がある。新座市と比べて、市役所を取り巻く合意形成のシステムが不透明だし、何か問題がありそうだ。

●本当はこのヒアリングの原稿起こしがあったが、ついつい寝てしまった。

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2007.02.09

2/9 ハマの暗黒街が生み出した子分

菅義偉総務相が、マスコミの不祥事にあれこれ首を突っ込んで強い態度を示している。これは視聴者保護のためにやっていると受け止めたら大間違いだろう。参議院選挙に向けて、「これ以上与党に不利な報道をするなよ」というマスコミへの強烈な牽制なのだろう。関西テレビの不祥事を楯に、放送法の改正を目論んでおり、これは行政を通した政治関与の強化を狙っているとしか思えない。
国民に渦巻く年金不信を、電通文化人たちを動員して、全く年金財政の改善に関係のない社会保険庁職員バッシングに国民の問題意識をすりかえ、年金改革=社会保険庁職員への雇用制裁という問題に矮小化し、同時並行で国民の眼が本質的な年金の議論から逸れている間に、膨大な年金資金の運用先に一枚噛みつくことに成功した与党政治家のやり方のトレースだと思う。

NHKの受信料を下げろというのは、NHKが子会社を通じて協賛金を回収できるプロジェクトXのような企業ひもつき宣伝番組を増やし、儲からないNHKスペシャルやETV特集などドキュメンタリー番組づくりの弱体化を狙うことになる。すでに視聴率とスポンサーの番組介入と政治家ジュニアの同窓会会社・電通のマスコミ支配で、民放からドキュメンタリー番組は消えている。
たいしたニュース価値もないような北朝鮮関係の報道ばかりでニュース番組か埋め尽くされているのも、何かあやしいと思った方がいい。NHKは予算承認があったせいか、国会報道では、野党質問はほとんど紹介せず、与党質問と、内閣の善政が前進した答弁ばかりが映像に流れていた。

菅義偉氏の行動を見ていると、いやらしさと社会制度に対する敬意のなさに気持ちが悪くなる。立憲民主主義があるから秘書だ議員だ浮き草稼業をやってこられたのに、そうした社会システムに対する敬意が全くなくて、親分子分の顔の立てあいと、スキャンダルに対する猛烈な関心だけが行動原理のようだ。政治家の振りだしが小此木彦三郎の秘書だったということが物語っているように思う。
地方分権を進めて行かなくてはならない大臣にこんな人物をおいておいて、大丈夫なのだろうか。それも心配だ。

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2/8 自分は誰

夕方来客。中身の豊かな話をして、ついつい遅くまで話し込む。

●ご指摘いただいたように、昨日の話に出した斉藤貴男さんは参議院選挙の立候補を取りやめたようです。古い情報でした。申し訳ありません。
これについて、有田芳正さんが怒っていて、またこれが革新政党特有のわかりにくい経緯があったみたい(私も途中でどうして立候補したりやめたりすることになったのかよくわからなくなった)。いつまで社民党は大政党時代のような大仰な調整ばかりやっているんだろうか、と感じた。
社民党はもう中小ミニ政党なんだから、少しはシンプルな行動原理で動いた方がいいんじゃないかと思う。

●知的障害者を食い物にする詐欺。元同級生だという。
それも身分証明書を偽造するために知的障害者になりすまし、借金をこさえている。名前を使われた知的障害者はこの借金は返済させられていないか心配になる。金銭管理がうまくできない障害を抱えた知り合いの親族は、いつも本人のお金の始末をしていた。今回、詐欺が判明したからよかったけど、そうじゃなかったら、うっかり借金の返済をさせられていたのかも知れない。
個人情報保護法でどうでもいいような名簿情報が流失したの、利用されたの、大騒ぎしてクビが回らないような社会になっているのに、役所の住民票は、全くルーズな制度で発行されている(仕事がルーズなのではない、制度がルーズという意味)。またそうしたものが、身分証明証の代わりとして、重大な財産処分の本人確認として使われていたりして、公的書類に無批判・無検証な国民性というのも問われていると思う。

●帰宅時、職場を出るときにIDカードをチェックしなければならないが、バックの中に見つからない。時間が間に合わないので、チェックしないで出てきてしまった。いつも職場の出入り口で、最低5分は次が来ない有楽町線に乗り遅れないかといらいらしながらカードを探している。金融庁だか個人情報保護法だかの要請らしいが、私の育ってきた常識では理解できない。
偉そうな言い方になるが、こんなカードより、たかだか100人しかいない職員のうちの俺の顔を本人として信用しないセキュリティーシステムなんて、どうなんだ、と、いらいらを勝手にぶつけて思う。証明書の方が顔パスより本人である、という証拠があるのか、とあれこれ考えるけど、結局そんな理由は見つからない。IDカードを盗まれて、写真張り替えて、職場に入ろうとする人には、結局顔であやしいと判断するしかない。
といいながら、昔、警備にかり出された上部団体の大きな会議で、招請状を持ってこない2人の上部団体の大幹部の入場を保留させたことも思い出す。1人は、引き返して内ポケットの中から招請状を見つけて持ってきた。もう1人は「あたしの顔ぐらい覚えておきなさい」と言いながら、警備の担当者にバックで突き飛ばして入っていった。

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2007.02.08

2/7 レッテル・踏み台

次の参議院選挙に斉藤貴男が社民党から出ると聞いてがっくり。
政局がらみでしか自由に発言できなくなる政治家になるのもどうかと思うけども、それはそれでいい。どうしようもないのが立候補するよりいい。
しかし、斉藤氏が問題にしてきている反構造改革が、こうしたかたちで社民党だけの言説となっていくことで、結局は社民党の玩具になってしまうことはマイナスだと思う。
民主党右派や、民間労組あたりが、構造改革の歪みを指摘するのはいいけど、構造改革そのものに反対するのは社民党みたいな現実感覚のない奴だ、という言い方になってしまう。
反構造改革を過半数により近づけていくこと、その絵を描かない限り、過酷な構造改革を克服することが社会合意にならない。

●石原慎太郎の支持率が下がり、不支持率が急増。都知事選挙にまともな候補者が立てられればいいたたかいになる状況が出てきた。

●県議選挙の候補者たちが動き出した模様。共産党を落とすだけの無風選挙になるのかなと思っていたら、意外な人が立候補している。あれ、この前市議になったばかりじゃなかったっけ。東京都の植民地とも言えるこの地域で、あえて県政に出て浦和とつながりたがっても、何をやりたいのか、よっぽどの動機がないと、ただの名誉欲にしか見えない。そもそも市議を1期もしないで「上」を目指すのは、地方自治を踏み台にしか考えていないと取られても仕方ないだろう。

●民主党県連幹事の名簿を見る機会があった。県議選で無所属推薦候補になっている人がいて、無所属じゃないじゃん、と政党隠しを感じた。選挙と言えば学歴詐称が話題になって、毎度何人かが失職しているが、政党隠しは有権者の判断を欺いているという意味で、公職選挙法で問題にならないのが不思議だ。それと、気がついたら、思いもよらぬ本物の極左議員が民主党に入って幹事におさまっている。ちょっとだけびっくりした。

●枝野代議士の国会質問が良かったようだ。後で確かめてみたい。

●乳幼児医療費無料の補助を朝霞市や和光市のように地方交付税を貰っていない自治体にはカットしようとしていた知事の方針が撤回される。でも来年が心配。

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2007.02.06

2/6 健全って使わない方がいいよ

柳沢厚生労働相また失言。文脈は失言じゃないと思うが、結婚して子どもを2人持つことを「健全」としたことが良くなかったと思う。

「健全」という言葉は、行政や政治関係者に無意識で使われているが、人間の特定の生活スタイルや価値観を健全とするなら、そうでないものは不健全となるわけで、それが問題とならないわけがない。

健全というと、地域社会での子育て施策が語られるときに、よく使われる。とくに中学生、高校生に対する施策など、「健全育成」のワンパターンである。中高生が非行に走ってほしいとは思わないが、健全性ばかりを強調して、学校に行っていなければ、マッチョな体育に明け暮れて、ジャージばっかり着ている青春というのもどうかと思っている(あれ、臭そうなんだよね)。健全性を追い求めるばかりに、地域社会に閉じこめて、東京にこんなに近い自治体なのに、都会の良さも知らないでおとなになることはどうかと思っている。

それから、健全に育つという言葉には、非行防止のほかに(であるなら非行防止と言えばいい)、乳幼児に対して使われる場合は、ネグレクトの防止という意味を超えて、障害児の早期選別と、専門教育という名のもとの隔離教育を意味してきた。あるいは体育のできない子どもの根性を鍛え直すというような意味も持つ。ほんとうは地域社会は、不健全な家庭の子でも、障害があっても、包まれて育つ環境が必要なのに。とくに子どもが少なくて人材不足の社会になるなら、家庭環境や障害は、本人の能力と別問題としていく必要があるだろう。
そういうことの問題性を市の次世代計画の委員会で指摘したが、全く何を言っているのか理解できないようだった。

健全という言葉は、自分たちは健全と思っている人たちはにとてつもなく感覚を鈍感に麻痺させて、一方で、不健全とした人たちに過剰な警戒心を抱かせた上に、草の根ファッショみたいなことを始めさせる危険がある言葉だと思う。健全という言葉には、そうした人と人とを結びつける力に、偏見による分断を持ち込む危険な言葉だと思う。だから私は、柳沢氏に対して、とてつもなく鈍感な人間だという印象ができてしまった。

柳沢厚生労働相の発言を善意で受け取れば、産みたい子どもの数と、雇用環境や保育環境の限界で、育てられると考えている子どもの数のギャップを埋めたいということだと思うけど、それならそういう風に、価値観の入らない表現をすべきだったのではないだろうか。

安倍政権は、美しい国、正しい家族、そうした価値観を支配イデオロギーに取り込もうとしている臭いがプンプンしている。そのことに警戒心を持っている人たちには、一連の柳沢氏の発言は、ちょうどいい具合に刺激となる発言になってしまったと思う。
柳沢氏の70歳ぐらいの世代は、幼少期を軍国少年として育ち、戦後の民主主義の価値は何がなんだかわからないまま、違和感だけを抱え、大人になれば男が月給取りで女が主婦としてもっともうまくいっていった世代で、「健全」としている家庭以外の見本がわからないのかも知れない。そういう自分の世界の狭さをもっと認識しないとまずいと思う。

自民も、民主も、それから虹と緑のような旧革新系も今や保守との共闘に熱心だ。政治パワーゲームとしてそれはそれでいいけど、その結果として、こうした価値観を縛る言葉が氾濫しているように思えてならないし、「そうだよな、だけども、そこまで言うとやばいだろ」というような、価値観を縛る言語の危険性をふまえた使い方を国民の側もできなくなっていている。

●谷崎潤一郎「痴人の愛」を読む。面白かったが、主人公のダメさ加減にいらだってきた。

●伊藤真「日本国憲法の論点」を読む。文章が平易で良書だった。憲法の存在意義そのものについて理解できる。
人権・権利というとせせら笑われて、何か強い者がモラルを押しつけることを迎え入れる社会風土の中で、権力が暴走しがちな状況が続いている。ターゲット選定が恣意的な検察特捜の捜査、政治家のマスコミ介入とその裏返しとしての過剰な北朝鮮報道、個人情報保護・国民保護といった保護の名のもとによる騙しなど。日本国憲法を学び直すよい機会でもある。改憲論者のちゃらんぽらんで情緒的な課題設定や、護憲論者の半分ぐらいの賛同署名集め道楽のための議論に、抵抗力を付けるためにも。

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2007.02.04

2/4 少子化対策にわーっとなるから産む機械発言が出る

午前中、強風の中を散歩。たまらず近所のデパートに行く。このデパートのエレベーターは地下2階駐車場から乗ってくる屈強なマイカー族に占領されてなかなか乗れない。ベビーカーを押しているときにはほんとうにたまらない。買い物を断念することもままある。

午後、久しぶりに昼寝。日なたで寝たら、腰が暖かい。

●離婚後300日以内に生まれた子は自動的に前夫の子とする民法の規定が問題になっているが、2002年にすでに群馬県沼田市の担当者から法改正の要望があったにもかかわらず、要望に応じがたいと回答していたことが判明し、マスコミで次々に報道されている。安倍晋三は「正しい家族」という言葉を使うが、正しい家族の観念にがんじがらめになっていると、思いもよらない人たちを法律の枠外においてしまう結果になる。当時の法務省も「正常じゃない」から考えないようにしてしまったのだろう。

●朝のテレビ番組で、江戸学者の田中優子さんが柳沢厚生労働相の問題発言に、「子どもが増えれば社会発展するという固定観念しかない人の言葉だろう。高齢者の人口割合が大きいという構造問題と、高齢化が急速に進むという速度が問題になっているのに、少子化対策しか浮かんでこない人たちの感覚が古い。少子化の議論についても、少子化対策以外の手段はいくつかあると示されているのに、少子化対策だけが重要課題にする感覚のベースも、そもそもは産む道具という考え方にある」という発言をされていて、同感した。人口急増も少子化もあった江戸時代の研究者らしい判断力だと思う。少子化というとわーっと飛びつく政治家や官僚の感覚に、柳沢氏の失言のベースがあるとみてよい。

構造問題は、まさに田中さんが言うように高齢者を働かせればいい。重度障害者にも労働をせよと要求しているこの時代に、高額年金与えて、元気な体をもてあまさせて、生き甲斐対策といってハコモノの集会所をいくつも作るような今の状態がおかしい。速度の緩和は、財政の資産・債務による吸収をやるなど方策は考えられる。

阪大の小野善康教授にインタビューしたときに、少子化対策が成功してしまったら、今の若い人は高齢者の負担も子育ての負担ものしかかってつぶれます、と断言していて、実際に、今の時代の豊かさを謳歌しているのは、子どもを産まなかった人やそういう家庭なのだ。家庭というミクロベースでもそうだけども、自治体もそう。子どもの多い朝霞市と、同じ人口規模の浦安市と財政構造や人口構造を比べると、浦安市の方が子どもが少ないために10%も15~65歳人口が多く、(市民税や固定資産税の計算根拠となる所得水準や地価が高いという要素もあるが)財政収入にゆとりがある。子どもが多いということの個人的幸福感と、社会経済的メリットを混同してもはじまらないし、当事者たちにとっては、なんだか全然感覚の違う話だと思う。

そして、少子化対策だから子どもや子育てしている人を大切にしようという議論も逆立ちしていて、少子化であろうがあるまいが、子どもや子育てしている人を大切にするのは必要なことだという議論を立てないから、子どもや子育てが社会にとって大切だという議論が借り物の議論にしか見えない。

子どもが仮に増えたとしても、昔のように勤勉・実直であり我慢さえできれば何とかなるという時代なら、どんな子どもができても鷹揚に構えていられたけど、むちゃくちゃ高度な学問をつけて英語がしゃべれないと能動的な仕事につけず、そうじゃない人には、中国人やインド人並の賃金じゃないだけありがたいと思え、と言わんばかりの待遇で働かされる(労働力過剰)なこの時代に、何も経済のこと考えて子どもを増やすなんて実感にはないだろう。

そんなことを思って朝日新聞を広げると、少子化だからと年金の積立方式のメリットばかりを紹介していた。少子化=年金の賦課方式の破綻、という図式も固定観念だと思う。高所得者の新聞屋は積立方式の議論が大好きだが、この議論は、年金業界では、賦課方式の中のアレンジでしか公的年金は制度維持ができないとケリがついているんじゃなかったっけ。

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2007.02.03

2/3 日本の中のシンガポール

同じマンションの一室が売りに出されていたので、見に行く。とってもおしゃれな方が引っ越されていった後の部屋。志木なのに、思ったより高い値段がついていてびっくり。不動産価格の上昇を実感する。でも少子化だもの、息切れするんだろうなと思う。
近所を歩いていたら、りそな銀行が不動産投資に力を入れているようだ。あれだけバブル崩壊で苦しんだ銀行なのに、また同じことをやるのかと思う。不労所得を追い求めるなとは言わないけども、不動産という生活必需品の値段をつり上げることに加担するのはやめてほしいと思う。
池袋まで用事で往復。道中「痴人の愛」を読み進める。ナオミはアニータ氏のようだ。

●ブロードキャスターを(音無で)見ていた。立命館小学校の教育について紹介していた。
みんなきれいに着ている制服という風景が異常。早寝早起き朝ご飯運動が自慢で、「何時に寝るの?」と聞かれて「7時!」と答える子どもが出ていた。その後、アフタースクール(お茶とかダンスとか習い事みたいな授業)があって18時まで学校にいることも紹介されていた。ということは、朝6時ぐらいに起きて、支度して、家を出て、8時に学校行って、18時まで通学して帰宅してすぐ19時に寝るのだから、子どもは家で何もしていないことになる。小学生の頃から、モーレツサラリーマンと同じ人生なのだ。別の場面で陰山校長は「学力は親子の会話の量」というようなことを言っていたけど、18時過ぎまで帰宅してこない子に、早寝をさせれば、親子の会話する時間なんてないわけで、何か矛盾している。
陰山校長が「授業を終わります」と言ったあと、制服着た小学生たちが「もっと勉強した~い」と一斉に声を挙げるシーンはキモい。学校全体がシンガポールみたいな感じがする。ICカードで、登校、下校のみならず、駅で電車に乗ったことまで管理して、親にメールを送るらしい。日本のエリートの子どもがダメなのは、親による過度な囲い込みじゃないかと思うのだけども。

立命館小学校の偉い人が「日本の教育が」なんて言っていたけど、こんな教育は自分ところだけにしてほしい。授業料+教育充実費だけで年100万も取る小学校なんだから、国の未来なんてことではなく、一つは卒業していった生徒たちの栄達による教育者としての満足感と、他校との差異化で高額な学費を集められるようにすることに意味があるのだろう。

●PASMOスタートで思い出したけど、小田急線もICカードで子ども管理することに協力するらしい。親たちは安全を二言目に言うけど、どんなにICカードで子どもを管理しても、殺されるときには殺されてしまうし、事故に遭うときには事故に遭う。あとから、ここにいたとわかるだけのことではないか。地域の人たちに見守られながら、地域の学校に行くことが当たり前でなくなったこの社会の子どもは、ハイテクで管理されながら、一番肝心なときに誰もすぐには助けに来てくれない。大変だなぁと思う。

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