1/12 霊媒としての脇役
仕事が濃密だ。それを片付けていくのに、気分はとても楽しくなっているときがある。
●「ワキから見る能世界」を読み終える。
能番組で出てくる「ワキ」は、シテの前座に解説的なことを言い、シテが舞ったり謡ったりする横でずっと座り、シテと言葉のやり取りをする地味な存在だ。
しかし、そのワキは、主役ともいえるシテを引き出し、「分からせる」存在であり、ほかの人には見えないシテのある部分を引っ張り出す役割がある、と著者はいう。
能が持つ心理描写、言葉の重層的な意味、心の深淵、そうしたものを解き明かしていく。よくよく考えると、ほかの人にも見えてなくてはならないものが、ワキにしか見えていないことになっていることが多いということも指摘している。
ワキといわれる役柄は、放浪するシテの苦悩やしがらみを受け止め、語らせる。能のシテの役柄の多くは、不条理に直面し、世迷い人や亡霊になってしまった人たちである。それをワキが受け止め、霊媒のような役割で、祈祷などを通して新しい役割を発見させていく。
日本には古来か漂泊やみそぎといった、苦難にみまわれた人生を送る人が過去を断ち切り新しく生まれ変わるためのしくみがあったと指摘する。農耕民族だからと、過去に囚われてばかりいたわけではないという。
最後は芭蕉や夏目漱石を重ねて、生きていくうえで漂泊や旅が必要なときがあると話を進める。
じんわり、その話が心に染み、自分には自覚がないが、どうも人生の転機がやってきているのかも知れないと感じる。
実は著者は高校のときの3年間の担任で、学校内で反体制運動ばかりやっては刃を折ってばかりいた私をかばいつづけてくれた方である。
当時の担任は自己実現的なものに前向きで、反体制的にネガティブに考えがちな私に、いつも考案のような思考課題を与えてくれた。反共反体制的の不自由な思考回路にどっぷりそまりかけている私の頭を、可能な範囲でやわらかくしてくれたと思う。
この本では、そんなに世の中前向きなことばかりではない、ということを強調している部分がいくつかあって、とても気になった。
没個性的な高校自体はあまり評価していないが、そうした環境の中で、オリジナリティーを発揮してくれたこの先生と、授業のない時間に研究室に私の仲間を集めてウェーバーを講義してくれた副担任ほか、いろいろかばい立てしてくださった方々には本当に感謝している。多感な年頃でそれがなければたぶん自暴自棄気味な余生を送ったかもしれない。
また引用されていた曲目は、高校の部活動で習ったものが多く、どうしてあの曲目を選んでいたのか、この本を見てよくわかった。
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