12/31 「勤労感謝の日」が「家族の日」に。この社会の価値は働くことで報われるより血統へ
11月23日の勤労感謝の日を家族の日にする企てが政府内で進んでいるようだ。
「正しい家族が大事」というモラルだけで子育ての問題を解決しようとするバカ政権の考えそうなことだ。
国家神道に由来を持つ理由で11月23日を勤労感謝の日にすることに是非論もあるが、戦後、働くことをきちんと評価し尊ぶことを価値においたからこそ勤労感謝の日という休日となった。それを政府がアホみたいな思いつきであっという間に休日の意味を変えてしまうということは許しがたい。
「家族の価値を社会全体で共有」などと全体主義的な物言いをするぐらいなら、家族でいる時間を収奪するようなホワイトカラーエグセンプション(残業代不払いを公認)などの構想は永久に破棄するようなことぐらいしたらどうだろうか。
「家族の価値を社会全体で共有」などと言う政治家の言うことなんて、保育園があってようやく成り立っている今日の家族をバカにしてみたり、保育所排撃論を主張されたり(そのくせ裏口入園とも言える入所口利きなんかやるんだ)、所得税や消費税を上げながら努力もしない人への相続税を引き下げたり、二世三世の議員・芸能人・実業家ばかりを持ち上げるような、血統だとか家柄だとか先天的な環境を肯定するだけのことである。安倍首相のじいさんコンプレックス趣味を国民に押しつけるのはやめてもらいたい。社長の娘である首相の妻が贅沢三昧を自慢して自覚がなくて問題になっていることと無関係ではない。少しは家族や血統とは違うチャンネルから、ものごとの価値や智恵を学んでもらいたい。
また労働が人が人を食うような状況になっている中で、家族関係や家庭環境も複雑化している。「家族の価値を社会全体で共有」なんて甘い状況じゃないと思う。
離婚調停が成立してから6ヵ月経っていないで妊娠した後の夫の子どもを、芦屋市役所が前夫の子どもとして届けなければ出生届を受理しないというふざけた話があった。昨日、ようやく後の夫として受理されたが、その過程で、芦屋市役所は「離婚したペナルティーだ」と言ったと報じられている。何が家族の価値なのか、家族とは何のためにあり、家族があることによって人がどうなのか、ということも考察されずに、家族をかたちづくろうとしている人を冷遇するような法律制度を放置して、類型的な家族以外はこのような扱いを受けるような国の家族の価値とは何なのか、ひどい話である。
一方で、DVされても離婚しないことが表彰されるようなことも起きてくるのかな。実際、右派系の地方議員には、DV対策に後ろ向きな人もいる。DVされてもあんたが悪いから我慢しろと教えるとんでもない新興宗教がまだまだ根強い。そういう新興宗教に応援されている保守系政治家は多い。
生活を抱えて働く人をまもとに扱わない国で家族の価値なんて言ったところで、遊んで暮らせる金持ちや資産家の息子や娘を甘やかす政策でしかない。勤労感謝の日を家族の日にしようと企てる人たちの感覚なんてそんなものだ。
余談だが、勤労感謝の日の翌日が私の誕生日で、よく振替休日になる。勤労感謝の日には、金正日ではないが自分の誕生日みたいな愛着がある。それを勝手にいじられるのも面白くない。これは私憤だけれども。
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