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2006.09.30

9/30 オリックス宮内の生き霊が政権入り

オリックスの宮内CEOが規制改革会議の議長を退陣し、ようやくひどいイデオロギー支配がなくなると思っていたら、宮内の子分の八代尚宏が経済財政諮問会議の民間委員として入ることになったという。八代氏は、福祉事業の運営は官がやるのがいけないという批判にとどまらず、株式会社が運営しなければサービスの質が悪いはずという、結論から何もかも政策を組み立てようとするトンデモ学者。

私は保育所の規制緩和問題で八代氏の議論をずっと追っかけてきたが、すべての民間保育事業を評価しているというわけでもなく、実は大手保育産業の立場を代弁する発言ばかりだし、大手保育産業に敵対するような保育政策を持つ利用者団体や研究者、専門家を「既得権益」だと質の低い非難を続けた人物である。

首相も大田弘子も、地域で保育所を利用している人たちのことなんて考えたこともないだろうから、宮内氏の生き霊とも言うべき八代氏の意見を鵜呑みにするのだろう。ああ頭が痛い。

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9/30 3億円のひさし

今日は会議をはしご。
1つめは管理組合の会議。ようやく会計規則がまとまりかたちになる。今の管理会社に問題があるわけではないが、悪い担当者に当たって吸い尽くされないよう、住んでいるみんなの財産権の一部として管理組合の財産が保全されるよう、ルールを作成した。それと、マンション防災計画もだいたいかたちになりはじめる。次回総会で承認されて発効される。
2つめは、次世代ワーキンググループの集まり。勉強会の日程が決まる。11月19日に朝霞駅南口駅前通あたりで歩行者天国になって、むかしの商店街のお祭りが復活するらしい。この寂しい商店街は私が育った街。
いつしか夏のお祭りが彩華祭に取り上げられて、商店街が一緒に楽しい仕事をすることがなくなっていた。商店主の子たちはだんだん、店を潰し賃貸マンションを建てて家賃で暮らすようになってきた。不動産の不労所得に見合わないと店もやらなければ、やる気のある人に店舗も貸さないということが続いて、すっかり生活感のない商店街になってしまった。ねじを巻き戻せるとは思わないが、少しでも新しい発見ができるのではないかと期待しているし、こうした小さい地域でのイベントってとっても大切だと思う。

それと、知人と話し、朝霞駅南口の駅ロータリーを工事しているが、3億円のひさしを設置したと聞き、びっくり。なんでも「空間のひろがり」を重視した特製ガラスの屋根になるそうだ。同席していた人が、朝霞台駅の透明アクリルの屋根のようにハトのフンだらけになるのは時間の問題だと言っていたが、そうだと思う。
チクショー、3億あれば、障害者の働く場づくりも、保育所の待機児童も、介護施設の入所待ちのどれかは解決できたんじゃないかな、と同席したみんなで話す。あ~あもったいない。
こうした公共工事計画、最近は計画づくりに市民参加のプロセスが入っているが、そこでは「そもそもそんなものいらないんじゃないか」という意見は「前向きに議論すべきだ」という空気が支配、あるいはコンサルタントで食べているファシリテーターという人たちの発言で斥けられ、絶対採択されないようになっている。なぜなら彼らは、工事が進まないと、業者間の仕事の分配と斡旋など手数料稼ぎができなくなってしまうから。
表向きは、緑が大切にされ、やすらぎのある、ひろがりのある、など反対するには哲学論争が必要になるような空疎な言葉が踊り、それにあわせて見てくれを良くするために、これでもかこれでもかと工事が追加され事業がどんどん膨脹していく。

これまでそういう膨脹型公共工事に背を向け、福祉や教育と一蓮托生でケチケチ財政をやってきた朝霞市も、次から次に道楽公共工事や公園用地購入に手を出している。
都市計画だ公共施設用地の取得だと不動産投資ばかりやって財政悪化した新座市のようになるのは時間の問題じゃないかと思う。公園用地購入となれば、一部革新会派まで諸手を挙げて賛成してしまう。何だろうかね、美しい国じゃないけど、誰が使うのか明確に示されないままに美しい公園のためならいくら財政を傾けてもいいという公園ファシズムみたいな思想。
このままいくと、朝霞市は固定資産ばっかりで、その維持のために短期資金が流出し、公でなければできない事業が何一つ手を広げられない。お人好しNPOがただ働きしてくれることを期待するしかない自治体になる。

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9/30 協働という言葉の大安売り

朝日一面「偽装請負事業停止へ」との記事。厚生労働省が請負契約を装いながら労働者派遣事業をやった「コラボレート」という会社に厚生労働省が事業停止命令を出した。

「コラボレート」という社名が、世相を表していてもの悲しくなる。こんなところでも使われているのか。
地方自治体が市民社会のルールをわきまえないまま、民間委託や民営化の負の側面をオブラートで包むためにいたずらに「民間との協働」と書き連ねることが増えている。
美しい言葉だけど、みんながいいようにやっているような言葉だけど、自治体業務の発注者と受注者という力関係は変わらないまま、相手に自発性があるような表現をして、巧妙に発注者が責任回避をしているように感じる。実際、民間との協働と掲げ、民間の創意工夫をよきに計らえとやっているような委託なんかほとんどない。むしろ、大事なことは監督しもしないのに、余計なことはしないよう細かく口だしするのが現実だ。そして自分の人件費の半分以下で働く人たちがいることの矛盾を無視し、「行政効率が高まった」などという。自治体が協働という言葉を使うときには、低コストを人をこき使おうというような事例が大半だ。

今回、厚生労働省に事業停止命令を喰らったこの「請負」業者は、フリーターが好きで自分の労力を提供している、私たちはそのフリーターの活躍の場を与えて低賃金で利用することができる、という意味でコラボレートと付けたのだろうか。言い得て妙なネーミングの会社である。

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2006.09.29

9/29 教育基本法を改正して学力が上がらなかったら安倍新首相は責任を取るのか

安倍新首相の施政方針演説が行われた。教育の建て直しと称する教育基本法の改正、脳みそ筋肉の、いや訂正筋肉質の政府、二毛作人生が方針として示された。

教育の荒廃を救うのは教育基本法の改正だ(もっと言うと日教組教員の撲滅だ)、というのが安倍氏をはじめ復古調(菅直人のいうところの保守亜流)政治家のホンネだろう。
多くの人にとって、今日公教育が信頼されるものとなっていない。教育の質が悪いこと、子どもたちの学力がひどいことになっていることが共有された認識になっている。で、それにつけ込む政治家が言うのが、戦後教育の抜本的見直し、というフレーズになる。それが国民に翻訳されると、教育基本法で「民主的」な(私はそうでもないと思うが)教育が子どもや教員に甘すぎたからこんなことになったから、厳しくすれば子どもたちの学力も上がる、という話になっている。

ところが現実はどうだろうか。教育基本法の精神をホンネではせせら笑っているような教員が増えた今日こそ、子どもたちの学力は低下しているし、保守亜流政治家たちが教育荒廃の本丸だと言っている日教組が、加入率を下げ続けている今がこの状況なのだ。日教組の加入率が高かった時代こそ、教育の質が高かったということだ。

教育基本法を改正し、左翼的な組合活動をやる教員を撲滅できれば教育水準が上がる、というとんでもないロジックを国民に信じ込ませて、教育基本法改正ちちんぷいで教育改革をやったと思わせている政治家ども、もし万一、教育基本法を改正して学力が下がり続けたら、つまらない観念論で国論を二分させ、本質的な教育改革を遅らせた国賊となる。その場合は、責任取ってほしい。

残念なことに、教育基本法改正に反対する議論では、「戦争できる国にするための教育体制」だとか「民主的な教育を否定する」とか、精神論での反論しかない。これまた安倍晋三と同じ狢である。国民が教育基本法改正しちゃってもいいかな、と思っているのは、そうすれば子どもたちの学力が上がり、塾通いしなくても、少なくともニートやフリーターにならないで済む、と思わされているからだ。であるなら、その国民の期待に依拠した改正論の批判をすべきだろう。教育基本法を変えれば学力が上がるんですか、という問い直しだけでも、冷静になれば相当効果があるはずだ。

●消費税の創設に社会党が反対してしまったから、左翼政党が増税に反対するのは当たり前という空気がある。地方議員を中心に野党系政治家は、増税を「弱いものいじめ」とか理屈にならないことを言う。戦争や革命がないときは、政府財政は所得移転の問屋みたいな存在であって、単純に言えば、財政規模が小さいつまり税金が少なければ所得再配分機能が弱いといえるし、財政規模が大きいつまり税金が多ければ所得再配分機能が強いといえる。つまりリスクや生産手段の共同化を思想的基盤におく左翼政党が増税に反対するのはナンセンスだし、逆に税金を少なくしろというのは金持ちの味方の政党がやるべきことだ。
今回安倍首相が国民負担率を最低にして筋肉質の政府を創ると言っているが、ようやく本質的な議論ができる舞台ができた。安倍政権は政府規模を小さくして、増税をせず、むしろ政府の給付をどんどん切るというのだ。多くの人は公務員の給料を減らせば何だか大きなお金が出てくると考えているが、これは誤解。公務員の給料削減なんて、社会保障のあちこちを切るためのみせしめに過ぎない。
では我々国民はどうするのか。公共事業はおろか、生活保護も保育も介護も年金も医療も切られれば、いざというときのために貯金をかけたり内容が不透明で保険金の払いも不確かな民間保険に恐怖感で入らなくてはならない(今日も損保会社の不払いが発覚)。国民負担率が下がっても、増税がなくなっても、自分たちで見えない税金を払う社会がやってくる。左翼陣営も安倍のような右翼政権が登場して、自分たちがやってきたいい加減な短絡的な政策づくりを改める機会がきたと言える。

世に倦む日々というブログが不倫が発覚した細野豪志に役職辞任を求め補欠選挙に全力を、と書いている。この不倫問題に「心ある者はこの問題にもっとナーバスにならなくてはならない」って、心ある者って何だろう。自分が無自覚に体得した倫理を「心ある」として押し通す理屈に安倍晋三のような議論の手法を感じてしまう。
今年結婚したカップルの2組に1組が離婚し、家族や私生活が複雑化しているこの時代に、ことさら何の利害関係もないような不倫について騒ぎ立てる神経が理解できない。永田偽メール事件では仕事の不手際だから細野議員に怒って当然だが、不倫問題は次元が違うだろう。基本的には、職業能力と無関係な恋愛に類する政治家のスキャンダルは問うべきではない。政治家の恋愛で実害があるだろうか。まさか女を政治に関わらせると世が乱れるとでも言うつもりだろうか。93年の政治改革と、95年前後からの一連の市民社会のルール確立のための制度改正で、政治家は聖職ではなく、普通の人がなる仕事にしていかなければならない。普通の人並みの私生活のスキャンダルは過度に扱うべきではない。そうでなければ政治家を聖職として特権を回復してやらなくてはならなくなる。
他人の不倫を騒ぎ立て、公党にあれこれ指図するぐらいなら、何らかの批判や抗議の受け皿をきちんと用意すべきだろう。ここまで匿名で偉そうなことを言う人には、右であれ左であれ、ほんとうに嫌なものを感じる。

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2006.09.28

9/28 京葉線の事故原因が発表されていない!

京葉線が止まる。同時刻に違う場所にある配電盤が炎上したという。マスコミは止まった止まったと大騒ぎしているが、なぜかその原因については何も報道されていない。異常だ。放火か失火か何かかぐらいは、その日の現場検証であらかたわかろうものだ。4時に火災が発生し、消防署到着後9時までJR職員が現場に立ち入らせてもらえなかったというNHKニュースの報道もあった。何かこの事件は変なニオイがする。報道管制が行われているのだろうか。

週刊現代の記事によれば、7月以降、JR東日本がらみで、事故とも事件ともわからないことが続発している。記事では、ドアが接着剤で固められる事件、発車ベルが接着剤で固められる事件、いたずらにしては常軌を逸しているような置き石事件、走行中のドアが開けられる、走行中の電車に石が投げ込まれる・・・。

JRではいったい何が起きているのか、早急に情報を公開してほしい。マスコミでは、世間は汚職や使い込みと安倍政権の提灯ニュースばかり報道しているが、交通機関でのこういうことは、生命の危険に関わる。

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9/28 安倍晋三の嫌なところ

知人に恥をかかせるような話になってしまうが、左よりでフェミニズムの主婦でさえ「安倍晋三がそんな家族観の持ち主だったのぉ」と驚くぐらい安倍晋三は多くの人に正体を隠している。
多くの人は、北朝鮮に勇敢に闘う姿しか知らない。ところが、いろいろな情報を当たると、
①中西輝政とか、八木秀次とか、ブレーンは80年代中曽根自民党全盛時代のままで脳みそがフリーズしている学者・官僚出身者。つまり90年代の情報公開、市民参加、裁量行政の克服ということを理解していないブレーンで政権運営が進められる。
②1つ問題が起きると、マスコミに何百通も抗議メール、抗議文書を送る執拗な人物。一方のマスコミの取材は調子のいいものしか対応しない。政治家は政治的発言についてある程度冷やかされても聞き流すことが風通しのよい政治風土を作るだろうに。東京新聞記事
③家族や生き方が複雑になってきているこの時代に核家族ふんばり型モデルしか提示できないイメージの貧困さ。
④満州でのアヘン利権で勃興した家系にありながら、自らの加害性を自覚せず、被害者面している奴の性格の問題のように扱うこと。
⑤再チャレンジといいながら社会的弱者になってしまっている若者を利用するか、最悪な展開は低賃金で搾取するようなことしか考えていないこと。
⑥問題解決を制度改革とせず、精神主義的な解決手法に頼ろうとすること。
などが良くないと思う。①、③については小泉前首相以下の感覚だと思う。

●朝のワイドショーが政治を歪めているという。そうでしょう。朝のワイドショー、夕方のニュースで扇情的な報道をする→日中しかしない世論調査の結果が出る→世の中はこうなっているんだ、という決めつけがされる。
意外とフジテレビのワイドショーがまともなのだ。日テレは言うまでもないが、社会派のふりしているテレビ朝日のワイドショーもそうとう政治的意図をもった報道がされている。

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2006.09.27

9/26② 埼玉師範塾が始まってしまったようだ

以前、念力教育改革論者の高橋史朗県教育委員が運営する教師育成組織「師範塾」を取り上げだが、23日スタートしたようだ。君が代斉唱の後に、知事の講演というのが、この塾のいかにもという感じだ。この師範塾への批判の論点については過日、書いたので、教育のカテゴリーの私の記事から拾ってくださるとありがたい。とにかく誇りの回復と精神主義を強調するところに教育というより宗教という感じがしてならない。

教職員団体にはふんばって批判してもらいたいが、今の批判の、知事・教育委員という立場で私塾を運営している、という論理は良くない。塾を運営している革新系議員なんてゴマンといるし、この批判の論理は教育が純粋中立でなければならないという立場から来るもので、それは日教組や全教の教研集会に参加することを弾圧して教員の見聞の場を狭める教育委員会当局論理そのものではないか。重箱の隅をつつくような批判をしてお互いの首を絞めるから、左翼は広がりを持てない。相手のやりたいようにやらせて、その内容を批判していくべきだ。さらには、教職員団体が支持する勢力が県政で政権を取った暁には、こんな塾に喜び勇んで参加した教員たちを左遷するのが、まともな代議制民主主義というのではないか。

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2006.09.26

9/26 仲間外れにされたくなかったら

今日は本業がらみで2時間半の会議が3本。実りは多い会議だったが、もうくたくた。久しぶりに自宅で缶チューハイを飲む。

朝日新聞の夕刊の素粒子、
「人と車の別なき道を行く園児受難。ガードレールすらなし、「美しい国」などはるかに遠し。」
我が身を振り返らない馬鹿じゃないかと思う。もっとましなこと書けないのか。

川口の事件のことを指しているのだろうが、あのような暴走車には、ガードレールや歩道など意味がない。歩道さえあれば安全と思いこむ短絡的な思考回路が問題なのだ。歩道が人間的に歩ける空間なのだろうか。あるいは歩道をつけるためにどれだけ道ばっかり広げれば済むのか。

クルマは誰が発明し、育ててきたのか。人間様を道のすみに追いやるようなことが当たり前という道路づくりに疑問を感じない朝日新聞の記者は、黒塗りの送迎ハイヤー付きなのだ。日の丸掲揚にあれこれ言うのに、わざわざ黒塗りのクルマに旭日旗の社旗まで立てさせて、記者会見にやってくる。

●安倍内閣発足。ごほうび内閣と筑紫哲也は言っていた。最近、権力にすごみが無くなったかわりに、逆にこうして内輪の仲良しグループで情報やポストを独占して、「小学生女子」みたいに「仲間に入らなければ教えなーい」みたいなノリが多い感じがする。どこの社会も。民主党も、前原党首の時代は同じようなノリだった。お前もオレの子分だと無理矢理仲間に入れるような親分がいなくなったかわりに、なんだか陰湿な感じがしている。

派閥政治が無くなったことはよかったという人が多い。私は違うと思う。政治集団に派閥はつきもので、それを無かったことにしてしまうことこそ、今回のようないやらしい論功行賞人事の温床だと思う。また民意で選ばれる議員たちに派閥がなくなれば、多様な意見をまとめていくプロセスが見えにくくなるし、選挙で選ぶ価値基準がなくなってしまう。派閥のない共産党や公明党ってどうだろうか。

入閣で、少子化相の高市早苗、教育担当政務官の山谷えり子、農相の松岡利勝の人選はサイテーだと思う。
自民党は民主党の農家所得補償制度をばらまきだと批判するが、農林族の松岡路線では、農業関連公共工事で農業予算を使い果たす路線。どちらが国際競争力に寄与するお金の使い方だろうか。
教育改革も日本の誇りばかり言っているし、山谷えり子を起用したことで本質が見えてきた。安倍晋三は子どもに学力や能力をつけるより、民族の誇りを身につけさせればどんな困難でも乗り越えられる、という精神主義を教育に持ち込もうとしている。このような路線は北朝鮮の千里馬闘争と思想的質は変わらない。それにしても安倍晋三の女性の支持率が高いとか、最近の日本女はタカ派が多い。

今回の安倍新内閣で麻生太郎の発言と表情が面白い。「留年だっけ」と言ってへの字の口をさらに歪めていた。与えられたポストの本質をうまく捉えている。また谷垣さんも明確に安倍新内閣の人事を批判していていい。

●民主党の小沢一郎の病状が心配だ。辞任せざろう得ないような事態の変化がなければいい。何かあれば代表代行の菅氏の繰上となる。菅氏の思想は信頼しているが、これまでの思いつき政策発言と人の起用について心配。とくに人の起用については、前原氏が象徴しているが、過去いいように引き立てた人間たちに騙されたことが目立つので不安を感じる。

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2006.09.25

9/25 かしこいクルマを考えるプロジェクト

市役所に届け出があって出かける。往き道はバスに乗る。階段の上り下りや、電車待ちの時間、駅からの歩く時間を入れると、バスの方が速いので、国際興業バスが20分ごとのパターンダイヤを入れてから使いやすくなってからはバスで行く。

バス車中の広告で、朝霞地域で「かしいこクルマの使い方を考えるプロジェクト」が始まったという県の広告があって、気になったので届け出の帰りに市の担当課である企画課に寄って話を聞いてくる。
市内の事業所と自治体とが協力して、マイカー通勤をどのように減らしたり、マイカー通勤をうまく公共交通と使い分けて渋滞問題を解決していこうかという取り組みだという。個別企業の通勤者を対象にした事業はこれまでいくつか事例があるようだが、地域丸ごとやる事業として、国の試行事業の扱いを受けているということ。
話を聞かせてくれた市職員の方は、朝霞市は一事業者として参加を求められていることと、市内に通勤している人へのアンケートを集計中なので、まだ何も方向性は出ていない、このプロジェクトの音頭を取る立場ではないが、地域の企業といろいろ連携していきたいと話す。市内に事業所のある、本田技研、富士写真フイルム、積水化学、商工会、朝霞市と、公共交通事業者が参加して推進され、12月頃には取り組む方向性がまとまるということだった。
私は、これまで次世代育成支援行動計画や、地域福祉計画で交通弱者の暮らしを大切にする道路・交通政策を求めて計画に盛り込んだり、パブリックコメントを提出してきたので、ぜひこのプロジェクトが前進することに期待している、と伝えて帰る。

余談だが、イメージマッチョでクルマ好きそうに見える上田知事だが、民主党関係者の話では、上田知事は公共交通を愛用しているらしい。私のような主義主張ではないようで、仕事をする上で合理的だからという理由。選挙好きの上田知事の日常生活なら、より効率よい日程で人と会うのだろう。そういう仕事の仕方ではマイカーや公用車の利用は不合理というもの。ここは上田知事を高く評価している。また今回の県主導のプロジェクト、不便を市民に求める施策だが、あえて知事のお膝元で進めたことは評価する。

●前向きなわがまち自治体の取り組みを聞いて自宅に戻って新聞を開くと、川口で保育園児の列にライトバンが突っ込んで、15人の子どもに突っ込んで2人が死に、2人が意識不明というニュースが入る。
周辺住民のインタビューでは、通り抜けで使われている狭隘道路で、時速4~50キロで走っているクルマも珍しくない、という声も紹介されている。我が家の近くにも表通りがありながらこうした使われ方をしている道がたくさんある。歩道をつけろという意見もよく聞くし最もだけど、歩道が安全かというとそうでもない。歩行者は隅っこを歩いていろといわんばかりの歩道自体に納得いかない。そもそもは裏道という生活空間に無遠慮に通過交通のクルマが入り込むことが問題なのだ。シュレッダーでもガス湯沸かし器でも、エレベーターでも万という単位の台数のなかの数台、数十台の事故で社会問題になっているのに、クルマや道路の事故は、シュレッダー以上に被害者に責任がないのに、製造物の問題として一顧だにされない。
裏道を通過できないようにしたり、一方通行にして不便にすれば通過交通が減る。しかし、一方通行にしてもらうよう陳情すると、沿線住民全員の同意署名を要求されるらしい。あまりにも高いハードルだ。裏道が好きなドライバーの知人は「信号が嫌だ」とか理由にならないことを言っている。信号を回避してなんぼの人生なのだろうか。そんな人間たちの利便性を「円滑な交通」とか言って放置して、人命や地域コミュニティーの形成より優先する。そんな社会に私たちは生きている。
また、裏道に商店が減ってきていることも、クルマの暴走路にしてしまっている原因があると思う。儲かっている八百屋やスーパーがあれば、なかなか危なくてスピードは出せない。

●そんなことを考えていたら、愛読している「思考維持装置」で、クルマはそもそも危険だ、負傷者数は異常に多いと指摘。クルマ社会を問い直す会でしきりに話題にされていることでもある。クルマがなければ生活できない、という言葉や、自動車業界による経済の牽引力に負けて議論を回避してきたことは多い。

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2006.09.24

9/24 誰のために子どもをふやすのか

政府が出生率に目標値をおくという。出生率を高める必要がある、と政府が宣伝する前提の第1は、年金制度の維持にある。しかし、出生率を上げるより優先して解決すべき課題があるんじゃないか。

年金制度は、加入者の払う保険料や税と受給者の受ける年金のバランスで維持されていく。子どもが増えたからって年金加入者が増えなければ、払う年金保険料が少なければ、年金制度が危機である状況は変わらない。仮に出生率が回復しても、年金財政に寄与するのは彼らが納税者になる時代以降になる。
不安定雇用だらけで、収入が低く、そもそも年金加入者にすらならない今の若者の雇用政策を考える方が、20年先に年金保険料を払う子どもたちのことを考えるより先じゃないだろうか。今いる若者が年金保険料や税金などを払えるような社会にしていくことが第1にやるべきことだろう。
その結果として、安定した子育てのできる経済環境がつくられてくるから、出生率の低下の背景の1つになっている、若い人たちの所得の低下や将来設計の見通しが立たないような状況が改善されれば、出生率は劇的に変化することはないにしても、自動的にある程度の水準まで回復するのではないか。

年金財政を理由にと、出生率を維持しよう、維持しようと、おじいさん、おじさん、おばさん世代が騒げば騒ぐほど彼ら自身には切実な問題として響くのかも知れないが、子どもや子育て世代には、年金受給者(自分の親を含めて)のために苦労する人生が待ち受けているという嫌な感覚にとらわれる。私は年金のために出生率回復というフレーズを聞かされるたびに、他人の人生を何だと思っているんだ、と言いたくなってしまう。まして今高齢者になろうとしている世代は、封建的な社会風土が解体されたり公的年金制度が確立された後で親の扶養もしないで済めば、経済も安定しているときに働き盛りで、いちばん他の世代のことで負担をしないで済んだ世代なのに。

そんなに子どもが増えてほしければ、かつての江戸封建時代のように、子連れ離婚・再婚も、婚外子も、できちゃった婚への差別を解消し、どんどん公認するべきだろう(社会的差別を恐れたバースコントロールの是非にもつながってくるので、長くなるから詳細はまたの機会に書いてみたい)。親を選んで産まれてくるわけでもないのに、非嫡出子というカテゴリーをつくり、「不幸な子」として差別するような戸籍制度は改革すべきだろう。どうしても家族制度が大事だというなら、厳然としたイエ・結婚制度と、出産・育児を見事に分離した昔の岐阜県白川郷のような風習も参考にすべきかも知れない。しかし、わが県知事や都知事、次期首相のような人が選ばれるように、相変わらず核家族の責任を強めるメッセージが今の政治のトレンドなのだ。うんざりする。

無認可保育所に月収の半分近い保育料を払って働いて、さらに月3万、事業者負担を含めれば5万円以上の年金保険料を払わせられ、何のために使われているかわからない高齢者医療の維持のためにやはり事業者負担含めて月3万以上の健康保険を払っている私に、私の手取り給料以上の年金を受け取りながら「保育所に子ども入れてかわいそう」だとか「家庭責任を公がやるのは財政の無駄だ」と言う年金受給者世代に人たちがいることも指摘しておきたい(ついでに埼玉県南部には公明党と共産党を除き、こうした思想の持ち主の議員がものすごく多いことも指摘しておきたい)。

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2006.09.23

9/23② 県内バスが飲酒運転撲滅にできること

県内バス業者の運転士が酒気帯び運転をしたことを受けて、県バス協会が飲酒運転追放の集会を開いたようだ。

この集会が意図した自社内のモラルは当然だし、そのための労働環境をきちんとすることはやるべきだが、飲酒運転による事故を撲滅する観点からは、乗客にも飲酒運転をさせないような仕事をバス業界にはやってほしい。何が言いたいのかと言えば、県南部でさえいまだに21時台に終バスとなる路線がたくさんある。ここ数年、主立った路線はずいぶん改善したように見えるが、それでも終電車とあまりにも違う終バスの時間は何とかしてほしい気もする。飲んだら安全に家に帰れない埼玉県。
マイカー送迎で駅のロータリーがつっかえるのが目立つ。いろいろな理由で乗客が我慢が足りなくなってきていてバス離れが進んでいるのかもしれない。あるいは多くの人にバスを使うライフスタイルが間に合わなくなって、都市部でもマイカー利用者が増えているのではないか。乗客の我慢の足りなさにながされるだけではなく、バス嫌いの原因を1つ1つ潰していって、マイカーからバスに乗客を奪還することが大切だと思う。
飲酒運転撲滅運動で、マイカー利用に節度を求められる社会環境ができ始めている。バス業界にはここでがんばってもらいたい。酔っぱらいを乗せるための公共交通機関であっていいのか、という一抹の疑問もないわけではないが。

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9/23 カリフォルニア州が地球温暖化の加害者として自動車メーカーを提訴

地球温暖化防止というと、こまめに電源を切れとか、冷房の温度を一度上げろとか、ちまちました個人努力ばかり要求される(それも大事だ!)が、最も二酸化炭素ガスを出しているのはマイカーの存在だろう。全体構造の中でどこにメスを入れるべきかということがもっと必要だろう。それなしに個人努力にばかり力点が置かれるから、ほんとうの責任のあるところの問題が全く取り上げられない。
地球温暖化に対するマイカーの加害性については、クルマが嫌いという立場の人以外はほとんど言及されていない。マイカーを利用しない不便さなど、他の不便さに比べれば単なる快不快のレベルでしかないように見えるが。経済的にも、マイカーを維持する費用を考えたら、タクシーを乗り回した方が経済的な人の方が多いと思う。タクシーなら大メーカーではなく地域社会にお金が落ちるので地域経済や自治体財政にとってもプラスだ。

なんてことを考えているが、アメリカのカリフォルニア州が、自動車の排気ガスで地球温暖化の迷惑を被っているとして、日米の自動車メーカーに損害賠償訴訟を起こした。
政治的に考えると、ずいぶん乱暴だなぁ、と思うが、環境問題に限って言えば、自動車メーカー、道路業界、そしてユーザなど、マイカー派がずっと頬被りしてきた現実を考えさせるには面白い訴訟だと思う。ただしこんな訴訟を起こすのなら、カリフォルニア州もマイカーを使わないで済むアメリカ社会を創るべきだろう。

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2006.09.22

9/22 ひ孫の代まで著作権

アメリカに言われて、著作権法が改正され、著作権が死後70年まで延ばされるという。
うちの祖父が1995年と2003年に亡くなっているから、もしどちらかの祖父が何らかの芸術作品を遺していたとすれば(ありえない)、2065年か2073年、私がまさに共同墓地で死体になって寝転がっているだろうときまで、祖父に会ったこともない私の子の世代まで著作権が私有財産として残るということだ。
著作権保護自体は大事だと思うが、作品のオリジナリティーを尊重するための著作権であって、作者の存命中の活躍すら定かな記憶がない子孫や、どさくさで著作権を半永久的に買った業者を保護する必要があるのか疑問だ。著作権を遺産として譲り受けた子孫にとって不労所得のネタになるだけでロクなことはないような気がする。

アメリカ型経済イデオロギーって頑張った者が報われるとかきれい事言うけど、相続税100%論者の野口悠紀夫以外は遺産や親族の不労所得については大甘だ。またそういう人に限って税金逃ればっかりやっている。本気で競争を徹底させて社会を良くしたいなら、遺産なんて概念を無くすような改革をしてもらいたい。

●昨日の国旗掲揚・国歌斉唱の処分者の裁判に関して、杉浦法相が記者会見で、国旗掲揚・国歌斉唱は有意義としながら、起立斉唱拒否の立場に理解を示し、かつ、国旗・国歌が軍国主義と関係がないと発言。
国旗掲揚・国歌斉唱を教育の場で必要だとする立場の人の中では、良識的でバランスのとれた言い方だと思う。

推進派は礼儀だ伝統だと言って、他の教育課題を無視して国旗・国歌さえ何とかすれば教育が良くなると信じて血道を挙げて主張している。しかし、海外で国旗・国歌が大切にされる場面に出会えばそれにあわせることは、学校教育しかも卒業式でしか教えられないものだろうか疑問だ。また、江戸時代の寺子屋や藩校に、国旗が掲揚されたり、国歌が斉唱されたりしただろうか。それで教育水準が下がったのだろうか。いろいろ考えてしまう。そもそも学校教育なんてシステムが、何の日本の伝統でもないではないか。

●やっと暗黒の規制改革会議を率いてきたオリックスCEOの宮内義彦氏が、規制改革会議から身を引くという朗報。この間の規制緩和政策決定の闇を明らかにしてほしい。また政治関係者には、規制緩和さえしていれば改革という固定観念を改めてほしい。

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2006.09.21

9/21 判決文をきちんと読み込まないと

自民党総裁選挙では、谷垣さんや麻生さんが善戦して、最悪を避けられた結果だったのではないかと思う。
野党からすれば安倍一色になった方がいじめやすいとは思うが。小沢民主党のしなやかな姿勢なのか、最近、野党共闘が割とうまくいっている。唯我独尊の前原だったら野党内・党内の純化路線にひた走り、内ゲバばかりやっていて、きっとこんなに前向きな野党勢力にはならなかっただろう。沖縄でも知事選で野党がまとまることができた。

安倍新総裁選出の社民党福島党首の、安倍氏に対抗してリベラル勢力の総結集して対抗していくというコメントに座り心地の悪いものを感じる。リベラル勢力の総結集は90年代前半旧社会党が政界再編成に臨む旗印だったはず。大学においてあった社会新報の一面のスローガンみたいな見出しに毎回書かれていた言葉だった。
90年代中盤になってリベラル勢力の「結集」ぐらいまで進んだ結果として民主党ができたけど、今の社民党に残った人たちはこの10年間、民主党の存在を拒み続けたのではないか。その結果として民主党は新進党に乗っ取られてしまった。旧社会党時代からそうだが、思想的整合性のない護憲原理主義の孤立路線と、政治的けじめのないリベラル勢力の総結集を使い分けて、有権者を手玉に取るようなことはそろそろやめて、今の野党業界の中での良心として影響力を行使できる立場をつくるよう腹を決めてほしい。

●都立高校の国旗掲揚・国歌斉唱の強制・懲戒に違法で懲戒処分を受けた教員に都が慰謝料を払えという判決。必ずしも私は国旗掲揚・国歌斉唱に反対し続ける教員たちに同情はしないが、教育そっちのけで全教員に確認印まで押させる通達の出し方、起立の点検にとどまらず声量チェックまで点検する不気味さには一定のストップが必要だろう。共産国が逆なことをやったとしたらそれがどう思われるのか、ナショナリストの人たちは考えるべきだろう。こんなことばかりに熱を上げている教育現場は、真理よりドグマが先行し、教育内容が荒廃しているだろう。左翼的な高校を出ている経験からは、そんな感じがしてならない。

判決の話に戻るが、新聞やテレビのニュースでは、国旗掲揚・国歌斉唱自体に違法という判断をしたのか、強制したことか、あるいは懲戒したことか、そのあたりが不明確だ。原告の政治的主張とそれに対する都教委のイデオロギーしか報道せず、判決の法理がよくわからない(あすの朝刊に判決かその略が出てくるとは思うが)。学校行事での国旗掲揚・国歌斉唱を違法とすることは難しいだろうし、各教員に強制することは思想信条の自由と教育の本質の部分で微妙なグレーゾーンだろう。あるいは陰湿な強制のやり方が問題なのか、懲戒までしたことが問題だったのか。このあたりの報道をきちんと捉えて、国旗掲揚・国歌斉唱反対派は行動しないと、鬼の首取ったかのように、国旗掲揚・国歌斉唱自体が否定されたかのように喜んでいると、後で痛いめにあうのではないか。

●クーデターのあったタイという国は面白いと思う。戦前の日本と政治制度や社会システムが良く似ているが、日本のように暴走しない。軍人が隣国を利用して悪さをしているのも似ているが、したたかに金儲けを続けているだけで、侵略を広げることがない。最近しばらくなかったが、毎度の軍事クーデターの見事さはなんかは最たるもの。1つの民主政治の中のシステムであるかのように整然と進み、さっさと国王に権力奉還して、選挙を実施する。国王も軍事クーデターと民主政治を上手に使い分けて、自らの権威を高めている。
この真似は日本人にはできない。日本でクーデターなんかやろうものなら、政治体制そのものが変わってしまって、権力が暴走して国ごと自滅するのは過去の歴史で証明ずみ。

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2006.09.19

9/19 基礎年金と高齢者生活保護の違いがわからない

朝日新聞朝刊1面、「分裂にっぽん」で今日は生活保護と年金の話だった。年金と生活保護の給付が逆転しているから、政府が年金も生活保護も切り下げてひどいことになっている、という話。

現状ベースの話だとそういうことになるのだが、そもそも基礎年金って、強制なのか任意なのか、その性格を明確にすべきだろう。おそらく、基礎年金は強制にしていくべきなのだけども、今の保険料方式では強制にならないし、納付率を上げるために免除制度をたくさん用意してしまったため、困っている人ほど年金が少なくなってしまう。免除期間分は給付額が3分の2カットされるのだから、40歳ぐらいまで大学院生やフリーターなんかしているような人は、仮に全期間年金を払ったとしても、その後の人生にもよるが、月4万円程度の年金になる。結局のところ生活保護を足すことになる(大学院生は何とかなるみたいな思い込みがあるが、文部科学省の省益のために大学院をここまで増やすと、大学院卒にふさわしい安定した職場を用意できる保障はない)。

基礎年金の制度を安定させていくためには、財源を全額税にして、65歳以上の生活保護と制度を統合するのがもっとも不公平感がなく、運用負荷の少ないやり方ではないか。65歳の人口に年金給付額をかけ算するだけで必要な資金が明確になる。また、国民年金加入者のように職業不安定な人が月13300円25年払い続けたことを確認しないと年金権が確立しない制度に、記録漏れや、免除制度の複雑な手続きとか、無理が多いのではないか。それなら消費税で取ることを考えた方がいい。専業主婦の年金問題もこれで片づく。また副作用たが、生活保護の半分を占める高齢者扶助について、ある程度の部分は複雑な資産調査がいらなくなり、市役所のケースワーカーの省力化が可能になる。
谷垣さんは漠然と福祉目的税構想を言うより、そこまでパッケージで提示すべきだろう。また年金一元化の目玉は、公務員年金と民間勤労者年金との統合のような小さな損得の話ではなくて、転職や失業や不安定雇用が増える中で、年金保険料を払えなくなることもある人生を見通した年金制度をどう創るかということだ。今の水準に手を加えれば、夫婦で15~6万の最低生活は保障される。単身の高齢者の場合、そこに現行の生活保護の住宅扶助や介護扶助、医療扶助を上乗せして運用すればいい。住宅費と医療費、介護費用さえ何とかなれば、月7~8万の生活費で生活できないことはない。

この先は連合の考え方と若干異なるが、そうなると被用者年金も手を加えなくてはならない。基礎年金がばっちり保障されるなら、被用者年金の上乗せがそんなにたくさんいるのか、ということになる。その範囲で所得比例年金を公的に保障することは可能だし制度の負荷も減るだろう。夫婦2人で高齢者が月いくらあれば基礎的な生活できるのか、ということだ。
さらに質の高い退職後の生活がしたいというなら、それこそ銀行や民間保険などの自己責任の世界に委ねればいい。今みたいに、公的年金で月30万まで保障している国って、世界でどのくらいあるだろうか。厚生労働白書でも、日本ぐらいだったような記憶がある。

また、高齢者の生活の中でお金がかかる場面をなるべく少なくしていくべきだろう。日本の場合、住宅費が高い、高齢者の相談相手が病院しかない、などの条件で、どうしても老後の沙汰も金次第みたいな状況がある。また遺産を残したり、孫に多額のプレゼントをすることが美徳としているような風潮があるため、年金が何だかわけのわからない使われ方をしている印象がないわけじゃない。そういう意味で、利用者の権利性を明確にするために一定の自己負担はあった方がいいと思うが、介護や医療の自己負担を上げ続けていく方向は違うのではないかと思う。

あとまた別に所得比例のスウェーデン方式が良く喧伝されている。これにも、保険料でやる方法と、金子勝氏が提唱しているような所得税の納税額に完全比例させる方法とがあり、後者なら所得税の納税忌避みたいな風潮がはびこっている中、注目に値する改革案だと思う。

●NHKの「介護エトワール」を片目でみる。遥洋子の原作なので斜に構えてみたが良かった。主役は人生のステップアップの大事なときに期待され可愛がられたガラの悪い父親が倒れ、介護で大変な思いをする。その経験を経て、主役の原沙知絵が恋人役の細川茂樹に結婚を求められて「私の母のおむつを替えられますか」と問い返すシーンで終わる。そうか、今の時代は赤ちゃんのおむつを替えるより、自分の親のおむつを替えることが先に来る人が少なくないんだなぁ、と気付く。確かに、いろいろしがらみを抱えてきた親のおむつを替えるところから入るのは大変だと思う。

●テレビ映画「電車男」が面白くて、釣られてビデオレンタル店でアメリカ製の「バス男」という映画を借りる。バスなんか出てこないじゃないか、と怒る。また鈍くさい役ばかりのB級映画で、なんでこんなことでハッピーエンドになるの?と言いたくなるような話。準新作というので高い料金を取られたし。がっくり、ぐったり。

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2006.09.14

9/14 全県民の税を無駄な地下鉄に使うな

埼玉高速鉄道の岩槻延伸の運動体が集会をやったようだ。オール埼玉で支援せよという。住宅地として開発して土地を売り払って一儲けしようという人たちのために、今でさえ赤字の埼玉高速鉄道をさらに延ばし、全県民の税をだらだらと使うべきではない。いい思いするのは建設業者と、地下鉄が通ったからと土地が高く売れるようになる土地持ちだけだ。高速道路もあってバスもあるのに、何が不便だというのか。人口が増えていかないのだから、そこを開発すれば当然、他のどこかが人口減になる。高い公費を使って、他の地域の人口を減らす必要があるのだろうか疑問だ。こんなことは旧岩槻と旧浦和で勝手にやってほしい。
県財政がどうのこうの言って、あれこれ削っているのに、こんな一部の県民のわがままのためにだらだらと税金が垂れ流されることが許されるなら、県政の改革なんてウソだ。

基地跡地の100人委員会と称される市民懇談会の議事録が全然公表されていない。朝霞市はこうした委員会の議事録は原則公開としているはず。遅くても1~2ヵ月で出てこないのはおかしい。
基地跡地の100人委員会の委員選びは抽選になり、落選した人も少なくない。また基地跡地の利用は朝霞市民にとって関心が高い問題でもある。市の財政が傾くかも知れない影響の大きい問題でもある。あるいは、基地跡地という公有財産の処分が適正に行われるのか、という問題もある。それなのに、市民の議論と合意の核であるべき100人委員会の議事録が12回の会議を重ね、いまだに出てこないというのはおかしい。あちこちの立場から聞く話では議論が迷走して混乱しているらしいが、議事録を公開して、どの委員がどういう役割をしているのか、もっとはっきりさせて責任を持たせるべきだろう。
今日、市の企画課に100人委員会の議事録を早く出すべきじゃないか、出さないならその理由を回答してほしい、とメールで送る。

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9/14 提案合戦で福祉を高めていく

13日家が重大事で忙しい中、地域福祉の推進委員会があって出る。前回、プロジェクトを作り、各個課題をどん゛とん推進させていくという方針が立てられ、今回はそのプロジェクトの着手状況についての報告。

①障害者の就労・社会参加の場づくりプロジェクトは、開設作業に入ることを予定していた居場所サロンについて、場所の提供者と条件が折り合わず断念するこどが報告。プロジェクトをどうしたらよいか、ということがブロジェクトから投げかけられた。障害者自立支援法により、障害者が就労や社会参加を半ば強制的に求められているのだから、居場所サロンということではなく全体的にいろいろ考えてやっていくことを取り組むことで議論が進んだ。
②シニアの地域デビューブロジェクトは、市のさまざまな施策、民間団体がこの課題に取り組んで、いろいろ連携していければいい、これからどんなことが行われているか調査して連携のあり方について考えたい、と報告があった。地域デビューでは広がらないから、何か面白いしかけや、もっと若い頃から地域生活を充実させていく対策が必要ではないか、と議論が行われた。
③お父さんの会ブロジェクト。育児ネットやPTAなど地域での子育て運動がどうしても母親に偏りがちなので、お父さんが子育てにかかわる場をもっともっとつくることが必要だと議論。第八小学校の保護者で活発に活動が行われているお父さんの会を参考にどう市内に広げられるか考えていく必要があると議論される。
④高齢者・障害者の危機管理プロジェクトは、病状の急変、災害、犯罪などに高齢者や障害者がどのような不安を持っているか、障害の特性にあった保護施策が行われているが点検していくこと、見守りのモデル事例をつくってみることなどに取り組むことが必要ではないか、などと議論される。
⑤福祉情報提供体制をつくるプロジェクトについて提案があり、提案者委員からの趣旨の説明がされる。次回議論に回される。

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9/14 経済産業省が取り組む個人情報保護法ビジネス

個人情報保護法のおかげで、添付ファイルのあるメールを出してはだめ、次はメールを出してはだめ、さらにはメールを受け取ってもダメ、休み時間であってもインターネットを見てもダメ、市場の牛みたいに首から鑑札をぶら下げない人は仕事してはいけない、と、もうたいがいにしてくれ、と思う。でもそれは個人的鬱憤。仕事の性格上やむを得ない。
しかし、それでも、個人情報保護法は既得権で名簿を大量に持っている業者が新たなビジネスチャンスをつくるために作られた法律じゃないかという感じがしてきたが、それを裏付けるようなニュース。

昔は名簿屋という半ばアングラな世界で個人情報が売り買いされてきたが、個人情報保護法によって、シラミのような文字で書かれた文書で本人が流用を承認してしまった個人情報であれば、かえって商品価値をもっていて大手を振って他の業者に名簿を売ることができるようになった。巧妙に個人情報を集めた業者、クレジットカード会社のサイドビジネスのチャンスになっている。
もっと言うと、氏名程度の情報の流出で流出元の企業を脅かすことができるようになったのも、この法律のおかげで、かつては信用問題に響かない業種であれば、こんなに騒がれることはなかった。恐喝みたいなことを生業にしている半ば犯罪者にエサを与えた法律という面がないわけではない。

現在、個人情報管理のお墨付きを経済産業省の天下り団体が交付しようという動きもある。他の省には規制緩和とか改革とか煽った経済産業省だが、自分たちはこうした新しい資格をつくり天下り団体を増殖させている。そして頭の悪い地方自治体が、このお墨付きマークを取得した業者以外は事業発注しないという。このお墨付きに何の意味があるのだろうか。東海地方の自治体の労組を牛耳る革新政党系派閥が、敵対派閥に属する臨時職員の断片的な個人情報を組織的に集めてつなぎあわせて流し、臨時職員のくせに給料が高いと機関紙で非難した事件があった。システム担当者はシステムとして情報流出は不可能だが、入手した情報を組織的につなぎあわせるようなことを防止しようとすれば、仕事でコンピューター使えなくするしかない、と言っていた。本気で個人情報を拾おうとする人や集団があっても、こんなことにお墨付きマークで何かが保障されると思えるだろうか。お墨付きがある→安心という短絡的な安心感を得たいだけの話ではないだろうか。
そしてその「安心」を記号的に買うために、お墨付きを交付する天下り団体の手数料稼ぎ、そこからどんな資格があって事業委託されているのか不透明な「外部審査員」とやらの食い扶持になり、さらには資格申請を手伝う「コンサルタント」業者のビジネスになっている。
なんとかお墨付きマークを取得するために、コンサルタント業者に審査の申請を丸投げする業者もあるという。そんなして入手したお墨付きマークを信頼できるのだろうか、疑問だ。

クラス名簿の廃止で保護者仲間ができなくなったり、緊急連絡網が崩壊したり、個人情報保護法の副作用があちこちで出てきている。簿情報を一網打尽に縛るような個人情報保護法を早急に廃止して、名簿業者や大量の個人を相手にする通信販売や保険業などに限定した規制法に変える必要があるだろう。

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9/13 安倍晋三の効果

民主党・小沢党首が安倍晋三の中国外交をめぐる発言に対して「偏狭な目的をもってナショナリズムをあおるのは非常に危険だ」と厳しく批判した、と共同通信が伝えている。安倍晋三が自民党にのさばってくれることが悪いことばかりではないこともあると思った。谷垣さんがトップを走っていたら、民主党が明確に偏狭なナショナリズムを否定できたか疑わしい。

自民党にいられない人をたくさん受け入れてきた民主党にも、高レベル偏狭ナショナリストや、「米帝の手先」のようなネオコン議員も少なくない。安倍晋三が声高にナショナリズムをくすぐっていくことは、タカ派強面イメージでナショナリストの議員の寄る辺になっていた小沢一郎党首や、鳩山由紀夫幹事長の立場を明確にせざるを得なくなる(小沢氏本人については私は偏狭なナショナリストと思ったことはないが、タカ派強面イメージでそういう思想を持った子分がいることは疑えない)。そして、今後は民主党のそうした「安倍晋三的」な議員たちの立場が改心する機会も増えるだろう。
高いレベルの資本主義国において、ナショナリズムの愛国中毒は複雑な利害関係をふまえない自己陶酔の世界に入っていく。その結果、愛国だけを声高に叫ぶクセに歴史も文化も知らないような連中が跳梁跋扈するわ、外交での自由度を狭めることになるわ、社会から寛容さを失わせるわ、無能な自称「愛国者」がのさばるので社会改良を遅らせることになるわ、害毒ばかりだ。でも選挙をくぐる政治家にとっては、政策も利権も調整しなくて票が集まるのだから楽な道なのだ。どんなにレベルの低い議員でも、自分たちが国や地域社会を愛し背負っているから許されるんだという甘えの論理を確認できるツールでもある。

民主党にタカ派議員がいてもいいと思う。でも、ナショナリズムはできるだけ捨ててほしい。安倍晋三の反作用や安倍晋三人気によるゴキブリホイホイ効果でそうした整理ができると、彼の存在もまんざらではないのかも知れない。

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2006.09.12

9/11 誰に向かってモラルを要求しているの

自民党の総裁選が話題の1つになっている。兜町関係者は谷垣支持が多く、2ちゃんねらーやおたく族に麻生支持が多いというのにはなるほどと思った。

安倍晋三は、支持が広がりすぎて、ぴんぼけ気味ではないか。アメリカのネオコンがメディア戦略込みで精一杯支えてくれるから、よほどのことがない限りずっこけない仕掛けになっているんだろうけど、改革を声高に言うだけで、この景気上昇の局面で公共事業の大盤振る舞いを復活させそうなこと言っている。再チャレンジとか言ってるけど、またまた人材派遣業を儲けさせるような話があり、それだけでは小泉のまんまと思ったのか、中小企業向け政府融資の拡大を追加し、政府系金融の肥大化につながりかねないような政策もある。若者の支持が強いらしいが、若者を信用せず機会も与えず、鍛えることばかり考えていることが嫌だ。サラリーマンを半年しかやっていない人間にそんな指図受けたくないな。

麻生さんは秋葉原を演説会場に選んだり、人柄や趣味など、首相の能力でない部分についてのディーテルはとても面白い人だと思うけど、あか抜けない自民党という感じがしてならない。居住面積倍増とか言うけれども、すでに先進国の大都市どうしで比較すれば日本は平均を上回る住居面積になってきているし、やたら大きな家を持つことが幸せという価値観が、持続可能性のない、欲求追随経済政策ではないかと思う。家が狭い方が、人々の自発的な助け合いが生まれることも考えた方がいいんじゃないか。

谷垣さんはモアベターだと思う。低負担がもたらす低福祉社会で日本は合意できるんですか、ということを問い直したことはいい。増税反対なのか教育や福祉を充実するのかはっきりしない民主党に対抗するには増税論を直球で出した方がいい。その増税の矛先が消費税だけ、というのがどうかと思うけど、若者の手取り所得より年金収入が多い高齢者なんか見ていると、それでもいいかと思う。谷垣さんの嫌なところは、絆とか、自民党が都市部で愛想尽かされている原因とも言える、家父長制的しがらみネットワークを復活させるように見える主張をしていることだ。小泉首相が強かったのは、この家父長制ネットワークを徹底的に否定したからだ。絆というにも、もう少し近代的な言い方をしないと、ダメだと思う。

谷垣さんにしても安倍晋三にしても、モラリズムによる支配を訴えざるを得ないところに自民党の限界があると思う。

●東武鉄道が乗客の声を利用したマナー啓発ポスターの2発目は乗客どうしの喧嘩防止。
1回目の優先席での携帯電話使用をやめるよう呼びかけるポスターは、直接の被害者からの手紙からだったのでいいと思ったが、今回は被害者でもない人間から「みっともないからやめるべき」という手紙を利用して、喧嘩防止を呼びかける内容。
東武鉄道は、乗客からの手紙を大々的に募集するようになったが、いったい何のために利用しているのか。乗客の声がちっとも電車の改善に使われず、客を統制することばかりに利用する。商売としての姿勢に問題を感じざるを得ない。東武鉄道こそ、もっと乗客の声を聴いて仕事の仕方を変えてほしい。
駅や車内で喧嘩しているような人って、こんなポスター見て行い変えるのだろうか。深夜の電車で喧嘩している人に温かい配慮をしているのが東武鉄道じゃないか。彼らが喧嘩していると、喧嘩が終わるまで電車が発車を待っててあげたりして、ほんとうにイライラする。終電がなくなろうが、なんだろうが置いていけばいいのだ。そこでごねたら警察に引き渡して、酔っぱらいの牢にでも一晩入れてもらえばいい。
民鉄協会が統計を取っているが、金曜・土曜の深夜の電車で暴力事件が多いという。混んでるし、なかなか発車しない電車に乗っていれば、喧嘩は増えて当たり前だ。金曜・土曜の深夜は電車の増発をするだけで相当喧嘩は減ると思う。

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2006.09.08

9/8 出生率は便利さを犠牲にしてこそ

厚生労働白書が、少子化は若年者が長時間労働にさらされているから起きている、と分析、24時間営業とか、即日配達といった仕事を減らすよう提言している。

世の中が便利になることは自分たちの首を絞めることになる、ということがわからない世の中になってしまった。延長保育が子どものためにならない、と強く主張する保育士が、真夜中に誰かが働いているはずのコンビニで買い物することが全然不思議じゃない世の中なのだ。

文房具の問屋にいたからなんとなくあの業界の変化が痛い。
私が働いていた頃は、街の文具店がスーパーにほぼ潰されようとしていた。しかし、利益だけでみると、スーパーはスーパーも納入業者も赤字になるシステムだった。欠品が出ると罰金が科せられた。一方、街の文具店は売り上げこそ少ないものの、利益率は高く、ゆったり商売ができた。なんか間違っているなぁ、と感じたのがそのころ。
それでもまだお店を通して物を売る、在庫の概念がきちんとしていた時代の話。退職後、一気に文具通販が需要をかっさらっていくようになって、まさに即日配達とか、翌日配達が当たり前になってしまった。その便利さを評価して使い続けることが、大量のアルバイト労働力で文具の流通が支えられることになってしまった。今や、文房具を扱う仕事は食べられる仕事ではなくなってしまったし、ワンコールワーカーの仕事になってしまった。

出生率の回復って、仕事の能力を多少犠牲にしても生活を優先することのできる社会でしかあり得ないと思う。終業時間間際の、明日対応しても問題のない問い合わせやクレームを、あしたやらせてくれ、と言える社会のことだ。ところが、構造改革以後、長時間労働の上、24時間得意先のことに緊張し続けなくては「努力した」の前提条件にすらたどりつけない労働環境で、子どもなんかつくり子育てに責任を持てと言われるのは、無理いうなよ、という話しだ。消費者の変化が必要だろう。

●昨日の道路工事の抗議の続報だが、県土事務所が、工事時間を日中に変更してくれた。仕事を頼まれた業者の都合もあるし、今回の工事については我慢せざるを得ないけど、次にどこかでやる工事で同じようなことをしてほしくないという思いで半ば諦め半分、言わないよりましと思って抗議をした。
きっと怒ったのはうちだけではなかったのだろう。ありがたい対応なのでお礼の電話をした。

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2006.09.07

9/7② 不正を働いた役所への抗議の仕方

岐阜県庁の裏金事件については、「加盟組合」も絡みマネーロンダリングの道具にされていることなのであれこれ言うべき立場ではないが、この事件で県庁に「県民税を払わない」「払いたくない」という抗議電話が多いという記事が読売にあった。
怒りはわかるし怒るべきだと思う。が、消費や選んで入る団体と違って、そこに住む以上、その自治体から逃れられないし※、県財政は県民の共有の財産なのだから、有権者としてやるべきことは税金を払わないことではなくて、自治体をコントロールすることを考えなくてはならない。県民が求める事件の後始末は、監督すべき知事や副知事、県議に積極的に対立候補を立てて選び直し、県職員をコントロールし、ケースによってはクビにすることではないだろうか。抗議電話も「てめえら、クビにしてやる」これが主権者としての県民のとるべき態度だろう。税金を払う客体としての自治体である限り、自治体の体質はそんなに変わっていかない。
岐阜県内は相乗り無風な首長選挙が多いが、それを変えていかないと、なかなか基本のところのチェック機能が働かないのではないだろうか。
※アメリカが、自治体を分離独立させることができるような制度になっているらしい。詳しい人はメールで教えてください。
※不正体質の中にいた人が仲間を売り飛ばして改革派のように装うような首長も増えているので、選挙で決着を付けるというときにも、選挙の質が課題になる。

●朝霞台駅の東武ブックスで見つけた中條克俊著「君たちに伝えたい 朝霞、そこは基地の街だった。」(梨の木舎)を読む。米軍基地があった朝霞の歴史を、市内の関係者の聞き書きや、新聞記事等からひもといた本。大して長くない著者の略歴に「埼玉大学鎌倉孝夫ゼミナール」と書かれていることが少し気になったが。
今の朝霞は、武蔵野台地のみどりとうるおい、といった売り出し方をしているが、何だかそれが言葉と裏腹に無味乾燥な感じがしているし、ベッドタウンとして住宅を売り出す不動産デベロッパーのためだけの標語のような気がしてならない。
米軍基地の存在、敗戦による経済混乱、そんなことから朝霞の川越街道旧道沿いあたりは魔窟とも言える売春の街だった時代がある。著者は基地に反対するスタンスとともに、基地問題や、基地に付随する売春の街特有の社会問題を乗り越えていった朝霞の人々の姿を、証言などできちんと記録に残した。とても貴重だし、大事な仕事をされたと思う。朝霞では、基地があって大変だった時代こそ、地域福祉が行われていた。
今、朝霞のアイデンティティづくりに、いろいろな人が苦労している。この本を読んで、基地問題と折り合ってきた朝霞の人々の話が生き生きしていて、その歴史こそいろいろなアイデンティティが詰まっているような感じがした。今はマンションとバーの廃墟が目立つ旧川越街道沿いの地域を歩いてみたくなった。

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9/7 徹夜でうるさい道路工事

家の前のたった100メートルぐらいの区間の道路整備工事が昨年末からいつまでたっても終わらない。何のためにやっているのかだんだん怪しい感じがしている。同じマンションの住人にも、この工事のやり方をいぶかしがっている人がいる。
今日は朝5時までの徹夜工事。道路はがしてトラックに積むだけの作業に、バス10台分が空ぶかししているぐらいの騒音の機械が作業をしている。それに振動付き。とても寝られない。家族は機嫌が悪い。

県土整備事務所からは5日ぐらい前にビラ一枚入れられているだけ。人混み育ちでたいがいの騒音に寛容な私でもあまりにもうるさいと感じたので抗議の電話したら、殊勝にもこんな時間まで働いている職員がいて受けてくれた。その職員に同情しながらも、しっかり抗議した。工事で傷ついた道路を直すというが、きれいだったじゃない?どこがよ!しかも渋滞が迷惑になるからと、夜間に工事するという。だったら近隣住民に説明会ぐらい開いておいてほしい。クルマに乗り回している人と、そこで寝たり起きたり生活する人と、明らかにクルマを乗り回している人を優先する仕事ぶりだ。
ここは知事のお膝元の地域なのにお粗末な感じがしてならない。

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2006.09.04

9/4② 新車のいすは腰に悪かった:東京メトロ

電車ネタが続く。
朝の通勤で、東京メトロの新車に乗った。運良く和光市で座れた。
いすが工夫してあった。少し内側に傾いていて、浅く座れないようになっている。したがって股を広げて座ることがにしくくなっている。自分の膝先に、足を広げた他の男の膝の重みを掛られることほど電車の中で不愉快なことはない。今日は、心なしか隣の席の人との距離がいつもより少し間があって、精神衛生上快適だった。いいことだと思う。
ところが、この新車のいすは浅い。その上、背もたれが出っ張っていて体が安定しない。15分ぐらい座ったら腰痛が再発した。さっそく東京メトロに評価しながら改善を求めるメールを送る。

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9/4 真意は何だろうか

世の中のいやらしいところを見てしまう1日だった。

裁判でもマスコミでもほとんど決着のついてる10年近くも前の共済生協の横領事件を引っ張り出し、横領を見逃した共済生協が悪いといい募る月刊誌記事の取材源が当の横領犯の可能性が高いということ。この記事の筆者はかつて年金問題を、持続できる年金財政改革の話から、単なる社会保険庁職員叩きにすりかえた前科持ちだ。年金のときにこの筆者がやったことで誰が利したのだろうか。年金一元化や年金財政の透明化・民主化をめざした改革論議が、国民が社会保険庁職員叩きに拍手喝采を送っている間に、厚生労働省の都合に合わせた年金改革が成功した。国民は何もトクすることがなかったのだ。
今、厚生労働省の周辺で起きていることは何か。日本政府は今、アメリカ金融資本から県民共済・JA共済・全労済などの共済生協に規制強化して、コスト高体質にさせるような改革を要求されている。そのための道具としての記事ではないだろうか。この筆者の素性が怪しい。

帰宅すると、知人からメール。その知人がやむにやまれぬ事情で子どものための施設を作ろうとしてあれこれ企画をまとめていたら、最近地域参加したサラリーウーマンから高齢者の趣味に合わせなければ「私の経験上、うまくいかない」と脅かされるようなメールが送られてきた、と。自分がせいいっばい努力してきた尺度だけで相手のやっていることの切実さを共感しようともしない態度。かつてフェミニストは男だけが粗大ごみになるような言い方をしたきたが、粗大ごみになるような素質に性差はないと感じがした。キャリア志向の女性は自分たちは例外だと思っているかも知れないが、気をつけた方がいい。

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2006.09.03

9/3 西武鉄道が駅ボランティアを始める:所沢市内の各駅

情報入手してからお伝えするのが遅れましたが、西武鉄道が所沢市内の駅で駅ボランティアを募集するようです。
営利企業もボランティアを活用していくことは大切だと思います。このようにして福祉を必要とするお客さんとそうでないお客さんとの垣根を下げられれば理想です。ぜひとも成功を願わずにはいられません。

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9/2② 年長者を大切にする土地柄の壁

基地移転問題が正念場になる今後の沖縄県知事を選ぶ選挙で、社民・社会大衆が読谷村長の山内徳信氏を担ぎ、民主・旧橋本派の「そうぞう」が衆議院議員の下地幹郎氏を担ぐことになり、野党統一候補が成立できなかったことは残念でならない。浮動票の少ない沖縄の選挙風土では、知事選挙でまとまれないということは敗因につながっていくことだろう。自滅といってよい。
まとまる候補者として聞こえていた2人のうち、糸数慶子氏の辞退の経緯についてはよく報じられている。沖縄の名門政党・社会大衆党が唯一の国会議員を失いたくないこと、もう1人の候補の山内徳信氏が目上の関係であること、など。もう1人の40代の候補については普天間基地問題を前進させた優秀な人材にもかかわらず年齢が問題にされていたと聞き、まだまだ長老を大切にする社会風土の壁は厚いと思った。

また、沖縄の野党統一の枠組みから、90年代に公明が抜け、代わりに最近、民主と旧橋本派の「そうぞう」が加わったが、その損得勘定についてはなかなか厳しい。

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9/2 この国の美しくないところも取り込んでいく

次期首相内定者が「美しい国」を標榜している。私は商店街で育ったし、池袋の雑多な街が好きだ。美しさやモラルが必要以上に強調されるような社会は、ふくらみを失いつつあると思う。
ここ数年、不法入国の外国人が徹底的に摘発されて入管送りになっている。評価は別れるものの歴史ある売春街やストリップ劇場も次々にこの社会から抹殺されている。性教育批判も、社会的有効性よりも美学の問題として反対論が強まっている。マンションでの政党ビラ配りの摘発でも政治的自由や表現の自由よりビラが配られる不快感という美学の問題で司法判断が行われている。
一方、びしっとスーツをきて資格を取ってばかていねいでもったいつけた敬語を話す若造であれば、どんなに他人の生活を壊すようなマネーゲームをやってもビジネスとして美しくオブラートにくるまれている。また、このようにモラリズム的な疑問の呈し方しかできない自分に、さらに苛立ちを感じる。

次期政権がつくる「美しい国」という社会理念のもと、自分が今取り組んでいることにも、少し危機感を感じている。
地域福祉計画づくりは、市民社会にふさわしい福祉制度をつくるために参加型の福祉をやろうというもので、職場丸抱えの工業社会型の福祉を乗り越えることをめざしている。ところが、地域福祉計画のつくりを一歩間違えると、隣組制度の復興運動になって、地域の少数派や美しくない人々が受ける威圧感をさらに強める道具になってしまいかねない面もある。だからこそ、差別解消や人権への理解、当事者の最善の利益と権利保障ということをきちんと意識して地域福祉計画づくりをしないと危ない道を拓くことになりかねないと感じる。とくにここ7年ぐらい、人権や権利という言葉に猛烈な逆風が吹いている。

話を戻すが、北朝鮮拉致被害者への対応が良かったこと以外は、これといった業績が不明確な次期首相。つまらないことでNHKや朝日新聞、TBSへの圧力を強めたことや、警察官僚たちとの関係の深さ、憲法改正や教育基本法改正で日本が立て直せると信じ込んでいる政治スタンスを考えると、国家に嫌なことをされずに済む手段を考えておかなくてはならない。

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2006.09.02

9/1 人が死んでいるのに議会で証言を拒む

ふじみ野市のプール事故で、業務を受託していた太陽管財、丸投げされていた京明プランニングが、市議会の調査委員会に警察の捜査中ということを理由に全然出てこないという。とんでもない話だ。

事故の刑事責任の追及では警察にだけ話させる義務があるのかも知れないが、顧客である不特定多数の市民や市役所に対する責任から言えば、議会の調査委員会で説明するのは最低限の責任だろう。
マンションの耐震偽造問題と比べればよくわかる。マンションの耐震偽造ではあの程度の業者たちでも議会で証言ている(自己アピールばかりしていた馬鹿者もいたが)。あるいは、ふじみ野市の議会事務局の能力不足か、それとも、市議会議員の中にやましい議員がいて、「呼び出したけどこなかった」で一件落着させようと手心を加えているのだろうか。拘束力の高い百条委員会が設置できないところをみると、ほんとうにあやしい。

議会で弁明もでなきいような業者に利用者の生命をどうこうする市の事業を委託している現実。太陽管財や京明プランニングに安全管理の業務を委託している他の自治体は、今どうしているのだろうか。倒産とか経営危機という話が聞こえてこないところを見ると、頬被りして委託し続けている自治体があるに違いない。もっとも丸投げやアルバイト任せの利ざや稼ぎの受託だから、さっさと自治体の受託を投げ出しても大した損害にはならないのかも知れないが。

それと、民間委託の際の「民間活力」という言葉、まゆつばつけて考えなくてはならない。民間の方がスキルや専門的なノウハウがあって、役所のお荷物部門として事業が営まれるよりよし、というなら「活力」だと思うが、生活できないほどの人件費の圧縮や全業務丸投げで委託費ピンハネにばっかり熱を上げていることを「活力」というなら委託主の不作為の故意について問われなくてはならない。

●京都のリベラルな共産党員が奔放に書いていたブログ「カッシーニで昼食を」が復活。嬉しい。腰砕けの民主左派、社会民主主義なき社民党が時代のストッパーにすらなかなかなれない中(私も)で、共産党の変化が左派業界の変化をもたらすような感じがしている。それも東京の理屈ばっかの官僚的な共産党連中ではダメで、与党経験があって、30%の支持率を経験し、地域社会に責任を負ってきた京都共産党に変化の胎動を期待したい。

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