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2006.07.31

7/31② 保育所が入所者を選ぶ制度に変わるのか

疑惑だらけのオリックス宮内義彦CEOが率いる政府の規制改革会議(議事録なし)が、保育所の直接入所申し込み方式を再度答申した。1999年に否定されてから、この話を何度も蒸し返して、ほんとうにしつこい。

保育所の直接入所方式は待機児童問題だけを考えれば、いいことだと錯覚してしまうが、これは毒薬だと思ってよい。実際、そうやっている幼稚園を見てみるとよい。朝霞市のように幼稚園も足りない地域では、保護者が入園書類をもらうために早朝から幼稚園の前で並んでいる。受験競争の厳しいときの私立高校受験もそうだった。自由に選べるといのうは、こうした体力任せの選抜が進むということだ。まだ能力も不明確な乳幼児にそんなことをしなければならないのか、というのは疑問だ。
園側も親のサイフを見て子どもを選ぶ可能性が高い。幼稚園では障害児入所が排除され、一部の良心的な幼稚園しか障害児を受け入れていない。受け入れていない幼稚園の言い分は「他の子の発達に十分力を入れられないから」と。いかにもなことを言う。

また、保護者にお金を渡すたぐいなので、行政からの規制が無力化する。保育士の人件費を思い切り切り下げたり、目に見えないコストなどはどんどん切りつめていくことになる。規制改革会議の宮内や八代、専門委員会に出てきている無認可保育ビジネス業界の代表者たちは、例えば調理室の設置など不必要だという議論をしてきたことから、給食は弁当搬入がどんどん進むだろう。園庭がなくたっていい、親がそういう園を選ばなければいいのだ、と言ってきたから、遊び場も十分に確保されないことも違法ではなくなる。食育とか言っている時代に、どうか。

しかも保育所が選べるなんて幻想を振りまいているが、認可保育所が足りない地域は認可保育所水準の保育所もこれまで通り選べない状況は続く。
今は市役所が一定の基準にしたがい秘密主義で入所順位を決めているのが、これが保育園長など現場の裁量だけで後からの検証不可能なかたちで利用者を決めることになる。利用者が園を選んでいる気持ちでも実際には園が利用者が選ぶことになる。これを「逆選択」という。決定過程が密室化し、母子家庭や障害児、発達障害の子など面倒な子をあからさまに入れなかったり、地域の有力者や市議会議員のコネクション、寄附の多い人などを優先入所し既得権益化するのは、介護保険移行後の特別養護老人ホームの事例を見れば避けられない。

選ぶのが子どもでないことが問題だし、専門家ではない保護者が専門家である保育所経営者と情報非対称の関係の中で選ばなくてはならないということから起こる問題である。役所の規制もお金の流れから外れるから、朝霞市のように市の事業でも民間委託しているものは民間事業者のことだから知らないと言うような監督能力がない自治体では、救いようのない事態が起こるだろう。たとえこれ以上の規制緩和していくにしても、石川県のように、しかるべき第三者がアセスメントやケアマネジメントする仕掛けこそ先行してつくるべきだろう。

認可保育所が足りないからと、無認可保育所をそのままお金を流すなどというのは、低水準を固定化させる暴論である。2000年以降の相次ぐ規制緩和で、園庭も敷地内でなくともよくなったし、面積基準もどんどん緩和されたし、常勤規制も緩和された。認可保育所の求められる水準が高いものだとは思わない。それを達成させようとしない事業者たちに、「保護者の選択」という美名のもと公金を使わせるのは利権づくりとしか思えない。

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7/31 再チャレンジなる言葉の正体

夏風邪で家で休む。北野武「余生」を読む。芸能人の自伝ってあまり読まないが、北野武には魅力を感じていたし、渋谷陽一のロッキングオンが出版していたので手に取った。

●安倍晋三が「再チャレンジ」だとかで、経団連の御手洗会長に、雇用の流動化をどんどん進めていきたいので協力してほしいと申し入れたようだ。
安倍の「再チャレンジ」って詐欺商法だと思う。誰のための再チャレンジなのか。失敗した人、運が悪かった人にもう一度能力をつける機会を設け、就業機会を増やして再度社会で活躍する機会をつくっていくことではないのか。
そうであるなら、失業者や格差社会を生み出している経済界に話を聴くよりも、職安や派遣会社の面接会場の前、ホームレスのいるところで、パフォーマンスでもいいから当事者に話を聴くのが先ではないだろうか。

再チャレンジとかうまいこと言って、経団連にさらなる低賃金労働を供給する仕掛けを用意し、一方で北朝鮮とたたかうパフォーマンスなどとからめながら、この間の厳しい社会状況の中でつくられたルンペン・プロレタリアートを鰯の頭でだまくらかそうというのが魂胆なのだろう。

どういうわけか失業問題は雇用流動化で解決できるというとんちんかんな議論がまかり通っている。本来は、再就職できる、という一点を重視するべきなのに、なぜか解雇権を拡大することばかりが強調される。
流動化は、就業機会も増やすけどそれ以上に失業機会も増やす。雇用差別の中で、労働者間でとめどもない低賃金競争が行われる。今朝の朝日新聞の一面では、御手洗会長のお膝元のキャノンでの「偽装請負」が行われていることが告発されている。一流メーカーの工場で働く請負労働者。請負なら請負会社が仕事の指示をしなくてはならないのに、なぜかメーカーの現場監督者が仕事の指示をする。文句を言ったり組合的なものを作ろうとする若者は容赦なく「仕事がなくなった」ことを口実にクビを切られる。
ただ使われるだけ、待遇も最悪で、やっと食べていくだけ。拉致されるように工場のある土地を渡り歩く。請負業者の指定するアパートに強制的に住まわされ、その土地にしては高い家賃を払わさせられる。そして時給がわずかに上がったの下がったので能力が認められたの否定されたの、荒んだ人間形成が行われる。こういうことを拡大していくことが再チャレンジの実態なのか。

●イスラエルの非道な殺人に、国連で決議が行われるが、非難決議が議長声明になったらしい。非難決議とするのに「アメリカなどが反対」と報道されているが、「など」とはどこの国か、非常任ながらも安全保障理事会に席をもつ日本がどのような判断をしているか全く報道されない。国連分担金の滞納など日本の国連外交のご都合主義について、河辺一郎氏「日本の外交は国民に何を隠しているのか」で明らかにされている。
自分の国が危機のときには、強硬に突っ張っておいて、実際に死人が出ている非道な行為に、アメリカと一緒になってブレーキをかける役回りをしているなら、北朝鮮の制裁決議なんか通せるわけがない。

●JR東海は南びわ湖駅の建設中止の交渉相手に滋賀県を認めず、建設促進派の自治体・栗東市を逆指名。債務不履行で訴訟までちらつかせてお金を出させるのに、交渉相手として認めないとはどういうことだろうか。JR東海は税金泥棒会社だ。滋賀県は淡々と補助金支出を打ちきればよい。結論が決まっているのだから話し合いはいらないのではないか。県の金をあてにしているクセに、JRも栗東市も偉そうだ。JRと栗東市がつるんで民意に挑戦するなら、栗東市が単独で市民やら隣の市町村から借金して駅でも何でもつくればよい。次回の関西方面の遠出は飛行機に切り替えよう。

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2006.07.30

7/30② 観念左翼に似通うウヨク議連

あすまでに提出のあるレポート公募、出そうか出すまいか悩んだけど、利益背反みたいな構図になるので、やめた。

●民主統一同盟についてあれこれ調べていたら、ある地方議員の議連のサイトを見つけた。見事なまでのステロタイプな右派議員の主張だった。

かつてはステロタイプは左派議員だけのおはこだった。平時に保守と共闘とか、行政改革での共闘とか言っても、結局は安全保障問題とか、公共料金の引き上げや消費税の増税になると、元の木阿弥みたいなところに落ち着く。ときに社会主義の最良の正義と矛盾してでも。

それと同じことが今の右派系の地方議員たちにおきている。昭和天皇の靖国発言メモが出ようが、対北朝鮮強硬政策が裏目に出ようが、現実世界で女性がどんどん働き始めていようが、離婚家庭を中心にセーフティーネットの底割れが起きていようが、現実を全く踏まえないステロタイプな右翼的主張を繰り返す。攻撃対象を、偏向教育→親北朝鮮→男女平等→性教育推進→そしてこれからは子どもの権利と、焼畑農業的に転々と戦線を広げている。で焼畑を続けて残った土地がだんだんなくなっていることに気付かない。

戦後民主主義の優等生である左翼勢力が崩壊状況にある中で、彼らは今、勢いがあるが、こうしたステロタイプの行動ばかりやっていると、やがて左翼勢力のように、見放されると思う。批判の方向性は俗論に溶け込む要素をもっているが、細論や、彼らの批判のやり玉の事例はかなり歪曲したとらえ方をしている。左翼議員が「非核自治体(なぜか反核自治体ではない!)宣言」を通させるのに躍起になって、それだけのための存在でしかなくなってきた過去を全然学習していない。

今、彼らは男女平等施策、とりわけジェンダーの解消や性教育に猛烈なバッシングを行っているが、その中で、性器のついた人形を使った性教育が批判している。
この人形を使った教育は、抽象的なことを教えるのが難しい知的障害者の性教育を、教員たちが知的障害の子を守るためにあれこれ試行錯誤しながらたどり着いたやり方なのだ(この本当の事情をうまく書いたブロガーがいたが、今や検索サイトでは下らないウヨク言説のサイトで埋め尽くされて出てこない)。ウヨク言説大好きな議員たちは、複雑な事情を抱えた障害者やその家庭を考えたことも触れたこともないから、そういう背景事情を一切考えずに、観念的に左翼教育批判やフェミニズム批判としてやり玉に挙げ、障害児教育に全くスキルのない教育委員会等に圧力をかけ、結果として知的障害者を性的被害から無防備にしてしまう。こうした批判のやり方を続けていると、過大にアメリカを批判し、過大にソ連や中国を評価した左翼の末路のようになるだろう。

また、彼らの子どもの権利条約批判など見ていると、先進国には必要がない話、子どもが人間として大切にされることと社会全体がお子さまランチ化されることを混同している。お子さまランチ的な迎合が人権保障のレベルじゃないことぐらい、わからない人間が自治体とはいえ立法府にいる。
先進国日本で起きている、しつけと称した児童虐待、体育会系部活での生存まで脅かす人権蹂躙、教育水準の低下によって貧困層に教育機会が保障されない現実など、そうした現実をどう捉えるつもりなのか、どういう正義をうち立てて改革していくのか、回答がみつからない。逆に、彼らの論理で言えば、学校で左翼イデオロギーにもとづいた間違った事実を教育することの問題は、子どもの権利の視点から批判することが有効ではないのか。
さらに付け加えると先進国で子どもの能力低下をうまく回避している国は、まさに子どもの権利条約にのっとった国内施策を充実させている。それができていない国はワーキングプアとかニートを大量発生させている。

日本の国に誇りを持ちたいけど、こんな人たちの理想としている国には何も共感するものがない。逆効果だと思う。

ブログのトップのコメント

私たち地方議員は、かつて幕末の坂本龍馬らが幕藩体制を倒幕した草莽の志士のごとく、地方議会から「誇りある国づくり」を提唱し、日本を変革する行動者たらんことを期す。

あ~また坂本龍馬ですか。維新の志士気取りはいつまで続くんでしょうね。
ちなみに私は、地域福祉の推進、リサイクル社会、恒久平和の実現、地域経済の自立という視点から、幕藩体制の復活という非現実的な革命思想ももっています。現実的には分権をベースにした社会民主主義の実現ですが。

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7/30 ほんとうの危機管理

午後、港区の区営住宅のエレベーター死亡事故を受けて開かれた、マンションのエレベーターの安全のシンポジウムを聴きにいく。3代前からエレベーターのメンテナンスをやっているという独立系のメンテナンス業者の笹原俊一さんとマンション問題に強い弁護士の安福さんの話を聴く。
笹原さんはメンテナンス業者の選び方、閉鎖的なエレベーター業界、割と公正に進められている国交省の社会資本整備審議会エレベーターワーキンググループが対応方針の策定状況などを語った。
安福弁護士は、消費者基本法の考え方からいうと、商品の仕様情報をメンテナンス業者や消費者、マンション管理組合に公開しないエレベーター業界は法律の精神からして問題だし、しばしばテレビインタビューで語られた「知的財産」という言葉は憲法や消費者保護法の精神をふみにじる暴挙だと言い、エレベーターメーカーは、パロマや雪印と同じようなことをしていると憤怒しておられた。
続いて弁護士は、エレベーター事故の被害の民事訴訟は、メーカーやメンテナンス会社を訴えることもできるが、訴えやすいのは所有者の管理組合なので管理組合は要注意、というのはびびった。ヤクザがマンションのエレベーターホール前で喧嘩していたら、エレベーターのドアに体がぶつかり、ドアが外れて落下した事件があって、ヤクザの遺族は最も簡単な相手であるマンション管理組合だけを訴えて補償させられているマンション管理組合があるという。くわばらくわばら。

●野田聖子「私は産みたい」を読む。子どもを持つ執念のすごさが赤裸々に書かれてる。キャリアウーマンになりかけている人は読んだ方がいいと思うし、出産に実感のない男も読んだ方がいい。夫の鶴保議員の変化がいい。
政治家ってやっぱり怪物なんだと思った。流産の兆候が出ているのに、かつての同じ選挙区のライバル議員との確執が再燃しないように無理してパーティー会場に押しかける話や、手術で2~3日安静にしているときに、たえず仕事への誘惑にかられる話しなど、ちょっとびっくりだ。また政治業界のしきたりは、酒のつきあい、女性議員に求める衣装やしきたり、妊娠中や流産の進行過程にある人にやさしいしかけになっていない。
不妊で悩んでいる野田さんの悩みはわかるようでわからない。必死な子どもがほしいという思いと取り組みを読んでいくと、45ぐらいまで走り続けてようやく子どもを持つというキャリアウーマンのライフコースを何とかしないと、不妊で悩む人は増えるしかないと思う。
さっさと子どもを産み、お父さんがいなくても育てながら、一番大事な30代、40代にキャリアウーマンとして働けるようなことを許す社会にした方がいいのかも知れない。そもそも子どもはいらないと思っているキャリアウーマンばかりなら今のままでいいのかも知れないが。

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7/29② 観光開発に夢を抱く人に夕張市を笑えるか

午前中はマンション管理組合の理事会。自治をやり通すためにいろいろなことを考えなくてはならないし、みんなに考えてもらわなくてはならない。骨が折れるけど、一生つき合う可能性のある人たちだからこそ、一緒に考えられる基盤があると思う。

午後は次世代計画推進委員会のワーキンググループの集まり。子どもの今を知る連続講座を始めることと、子育てに楽しく近づくことができるイベントを計画していくことにした。

夕方、子どもと近所で開かれた阿波踊りを見に行く。意外とたくさんの人が見に来ているのでびっくり。

●夕張市の財政破綻については、あまりにもひどい結果だけれども、あのまちのおかれた状況を考えれば、あれこれ非難することは差し控えてきた。広々とした北海道にしては珍しく山にはさまれたまち。細長い山あいにウナギの寝床のように廃屋になった炭坑住宅が延々と続く。北にも西にも東にも山が閉ざし、港湾からも遠く、炭坑に代わる産業などめったに見つかることはないだろう。

不幸なことにこのまちは、炭坑の最終的な閉山が進められた同時期に、土地バブルの時代がやってきた。全国の過疎地にびっくりするようなリゾート開発が行われた時期で、実際、夕張よりさらに山奥で、かつては秘境といってもよいトマムがいっとき成功していたので、夕張も2匹目のドジョウを狙っても不思議はない。

中央政府による観光開発に対する交付税措置、独裁政権だった市長の映画道楽趣味、さらには夕張選出道議が非自民保守で、たった2議席で道議会のキャスティングボードを握る立場にあったことなどから、夕張がモラルハザードに陥る舞台装置は完璧に揃っていた。

そこで毎年2月に開かれていたゆうばり国際映画祭は、独特な映画祭だったと思う。公会堂や体育館などを総動員して、厳寒期の2月に、映画監督、映画俳優、観客が狭いこのまちに凝縮して集まる良さがあった。しかし残念なことにこの祭は完全に行政依存だった。前市長の道楽があってブレーキがかからず、9900万の費用に6700万円が市の負担。そのほとんどが特別交付税で、他の自治体が受け取るべき交付税が削られることを原資とした費用だったのだ。バブル期以降、こうした交付税の歪んだ出し方がさまざまなかたちであって、そのことでお金もない自治体がおかしな事業に手を出しているところもある。山田洋次がいろいろ発言しているが、やはり道楽のために交付税を使うことがどうなのか考えると、うち切らざるを得ないだろう。

最近、再び観光による産業振興というのが流行しているが、観光による経済は自立した地域経済の放棄といってよい。他の地域の人が遊んで道楽して落としていくお金で成り立つ地域にするということだ。遊んで道楽してお金を落とすことが悪いとは思わないが、それに依存した経済というのはどうしてもプライドがおかしくなる。というのも遊び歩いている人がエライ人になり、その人たちにこき使われて汗水流したり、ひどい場合はだまくらかしてお金を巻き上げることが、生活に不可欠なことになってしまう。観光客の大半は一生に一度しか来ない。だからどうしても落としたお金を有効に使ったと信じたがる。ひどいサービスを受けても、なんとか納得させていい思い出にしていく。また没論理みたいな話も多く、観光客という実体の不明確な存在のために公共投資などもいろいろさせられる。

観光って政策的にあれこれすべきものなのだろうか?いろいろ疑問がある。民主党が観光開発に力を入れるというが、これは竹下派がバブル期においしい汁を吸った二番煎じなのだろうか。旧竹下派が観光を口にする度に、どうして?と思うような観光開発が行われ、その5年後には、自治体が後始末するということが繰り返されている。今は観光開発より、リゾートの後始末をきちんと考えるべきだろう。

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2006.07.29

7/29 外国人ヘルパーで人身売買をもくろむ人たち

●規制改革会議(宮内義彦オリックスCEO)が、社会福祉士と介護福祉士の外国人参入を開放するよう答申するらしい。宮内氏の盟友に人材派遣業アールの奥谷礼子社長がおり、規制緩和をぐいぐい進めている。利益背反もいいところだ。

本題に戻すと、外国人だからと差別されてはいけないという大義名分を使いながら、実際には差別的価値観にもとづいて導入することなのだ。ヘルパー程度の仕事は、と思っているのだろう。
でなければ、介護労働だけが名指しして外国人を使うなんて制度になるのがおかしい。全ての労働市場を外国人に開放して、外国人も日本人も同じ労働条件・労働法制の適用・団結権や団体交渉権、争議権などの実質的な人権を保障しないと話が通らない。低賃金で不安定な労働条件の職場をねらい打ちして外国人に明け渡すことがよくわからない。
ちょっとでも気に入らないことする外国人は入管送りにし、おとなしい外国人はとことん低賃金で搾取するこの国の外国人の使い方がある以上、美しい話しなんか信用できない。

景気が良くなって、雇用が逼迫してくれば、重労働な割に時給制のホームヘルパーは、なり手が足りなくなることは明らかだ。その時こそ、医師の年収の8分の1程度のヘルパーの労働条件を改善するチャンスだと思う。ところが既得権益の上にいる医療業界や、人なんて安く買いたたければ買いたたいた方がいいという質の低い経営者仲間がこれを回避するために労働力の供給を増やして、ヘルパーの賃金の高騰を回避しようという考え方と、それに一枚噛んで人材派遣業界が金儲けしたいという下心が見えてくる。

社会福祉士に限れば、役所の福祉課職員より相当なスキルで相談業務をする。言語はともかく、文化も違えば生活習慣も違い何でも医療が担うような国の人間がソーシャルワークをやることが適切なのか、ようやく社会的認知が始まった日本人のソーシャルワーカーがそういう人たちと人件費競争させることが適切か、再考が必要だ。

外国人も福祉で働くことも馬鹿にしているとしか思えない、規制改革会議の議論である。

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2006.07.28

7/28 埼玉のエリート教員は長田百合子に鍛えられるらしい

上田知事が大好きな明治天皇レプリカ・高橋史朗が、県知事のバックアップを全面的に埼玉師範塾なるものを始める。ここの卒塾した教員が、埼玉県のエリート教員と位置づけられるわけで、それなりの内容が問われることとなる。

ところが今日の読売埼玉版で、1クルー10回こっきりの講座のうち1回が長田百合子がやるらしい。長田といえば、不登校や不良の子を持つ親を恫喝して高額の謝礼をまきあげ、子どもを騙して名古屋の自分の施設に拉致して、恫喝や暴力まがいのことして「子どもを立ち直らせる」施設を経営していることで有名。彼女の喧嘩別れした妹が同様の施設を経営して、預かっていた青年を死なせてしまって逮捕されている。

ところでこの師範塾、3万円の受講料で1クルー30人定員、つまりたった90万円で12回の講義を行い合宿もする。そんなことそろばんに合うわけがない。長田なんてテレビに出まくっていて、そんな10万に満たない講師料で名古屋からの交通費を払って講義するとは思えない。どこから本当のお金が出てるのか。少なくとも県知事の肝いりの教員養成なのだから、誰がお金を出しているのか、透明性が求められるのではないか。

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2006.07.27

7/27 民主党が原発推進へ

民主党が原発推進へ。新聞は小さくしか報道しないが、とっても大きな問題だと思う。それも大畠章宏という、社会党出身議員が、推進への舵切りをやっている。

冷戦構造の崩壊、60年代70年代型の市民運動の転換と市民参加の政治は、チェルノブイリ原発事故に起点があると言っても言いすぎではない。ある意味、原発へのとらえ方は、今日の文明社会に対する危機意識が問われることだと思う。
原発というものは、お湯を沸かす程度のことのために、わざわざ原子力エネルギーを使うものだ。
カタストロフィーを覚悟しながら資源をどんどん浪費して物を作り続ける経済成長・がんばったらお金で報われるだけの社会を目指すのか、ほどよいところで浪費と折り合ってカタストロフィーを回避して、ほどほどの社会を目指しながら、お金以外の楽しみや充実感を見つけられる社会にするのか、政治姿勢が問われる。

民主党は、結党段階では明らかに後者の立場だった。COP3はじめ、結党時期の環境問題へののめり込み方も強かった。同じ野党である新進党との大きな差異の1つに、こうした価値観があったと思う。そのことのために保守と共闘できた。

教育基本法にしても、悪のり行革競争にしても、今回の原発推進にしても、最近の民主党は、過去の人西岡武夫が大きな顔しているのに象徴されているように、80年代中曽根的な新保守路線まっしぐらである。古いんだ。私は80年代にああいう保守が嫌いで社会党支持になったから、そんな西岡や山口敏夫みたいな民主党はとてもじゃないけど積極的には支持できない。

今日、谷垣さんが自民党の総裁選挙へ立候補した。小さな政府論に決別できない弱さはあるが、堂々と増税論を掲げ、セーフティーネットの底割れをしないように提言したり、対アジア外交の改善を主張している。もし谷垣さんが自民党の総裁になれば、投票行動を変えなくてはならないだろう。

●なんかしょうもないこと調べていたら、旧さきがけ系の民主党議員につきまとう「がんばろう日本協議会」「民主統一同盟」の代表の日記が出てきた。週刊文春によれば、この団体、岡山大学内で殺人ゲバを行った軍事オタクの左翼、マル青同の化身。民主党議員がぞろぞろ。ちょっと調べれば問題の団体だとわかりそうなものを、わきが甘い。安倍晋三にしてもどうして怪しい団体に政治家は弱いのだろうか。

●イスラエルが国連を攻撃。ユダヤ人の苦労や、社会民主主義者が創った国ということで、私も擁護する側に近いところにいたが、こうなってくるとイスラエルという国が無くなった方がいいんじゃないかと思う。職場の近くにイスラエル大使館があって、モサドの諸君がうろうろしている。嫌な感じだ。
それと気になっていたことだが、インドのミサイル実験に、国際社会は何か反応したのだろうか。インドには甘すぎると思う。

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7/26 1998年という節目を思い返して

カバーバージョンの「元気ですか」を繰り返し聴く。浜田真理子の唱う「世情」がいい。最近、マスメディアではあまり聴かなくなってしまったけど小柳ゆきの歌い方もいい。

ここのところ仕事とこれからの自分の人生をどうしていくかということをいろいろ考え込むことが多い。それから些細なことで焦ったりすごくいらだつ自分がいる。
高校生のとき、今は亡くなった同級生の仲間から「くろちゃんってさー、30ぐらいになった頃さぁ、猫背のずり足でうでぬきを履いて、今月の組合費まだ~、なんて集金してそうだ」と言われた。連合の政治活動が最盛期だった(これからもっと最盛期がやってくるかも知れないが)大学時代には組合の職員になれたらなぁ、なんて思っていた。最初の就職活動では実績もコネもつてもなかったので今の業界は断念した。そんな過去を振り返ると、今の職場は、びっくりするぐらいの望外の再就職だったはず。
前の会社は嫌いではなかった。給料は安かったが社風も自分には良かった。売り物も自分の趣味だ。期待してくれた中間管理職の人たちもいた。偏屈な自分がゆっくり変わっていくことを待ってくれた人たちがいた。政治に深くコミットした企業が多い中で、そこの会社は無色だった。それなのに札幌市議会である党派の参考人として呼ばれ新聞に載ってしまったときも、嫌な顔一つせず受け流してくれた。そんな人たちの期待や心配を台無しにするのに、突然、転職を理由に辞めた。
今の仕事で学んだことは、間違いなく地域のいろいろな活動にも役立っている。考える込む必要などあるはずないのに。梅雨が長すぎたからだろうか。

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2006.07.26

7/25 停滞の10年だけではなかった記憶

地味な番組だが、土曜日のNHK教育、ETV特集で、アイヌの民話を記録伝承してきた萱野茂さんの人生を、過去のNHKの映像をつなぎながら紹介していた。

「日本は単一民族」という幻想のもと抑圧されたり無視されてきたアイヌ民族の暮らしや生活習慣を、萱野さんは丹念に掘り起こし続けた。アイヌ人の居留地を水没させるダム建設に反対しながら、少数民族の権利について裁判を通して問い続けた。

せっかくアイヌ民族や北方民族を専門に研究している優秀な研究者がいた大学にいたのに、その先生と接することなく敬うだけで大学生活を終えてしまった私には、いろいろアイヌ民族について語ることはできない。大学卒業後に、ロシアやシベリアの歴史や地政学的なことを知るにつれて、極東の北方民族について興味が湧いたが、もったいないことをしたと悟る。

私が北海道にいた時代というのが、それまで少数民族の権利を認めるということが荒唐無稽な主張として扱われてきたものが、徐々に認知されていく過程と同時代であったし、萱野茂さんに着目すれば、アイヌ民族の集落を水没させるダム建設にまつわる裁判闘争をたたかい、参議院議員選挙に挑戦し、破れ、比例の繰り上げ当選をし、アイヌ新法制定にまで進む時代であった。萱野さんの擁立は、凋落激しかった本州社会党に対抗意識があった北海道社会党ならではの英断だったと思う。残念なことに頑迷な社会党中央本部のつけた順位が悪くいったんは落選したが、のちに繰上当選し、村山政権の五十嵐広三官房長官のもとで、アイヌ新法づくりを実現する。

今はどうだろうか。母子家庭、外国人、知的障害者、女、子どもなどマイノリティーに厳しいことばかり要求するような政治的主張が目立つし、彼らに創造的な役割を持ってもらおうといろいろな取り組みが行われた90年代の動きはその後停滞しているような感じがしてならない。そんな暗闇のような時代に、この番組は、人の美しい歩みを振り返らせてくれたと思う。

札幌アークホテルの浴衣が、萱野さんの同志、貝沢さんの孫がデザインしたものという。一度泊まってみたい。

●ワーキングプアに「努力しない人」とのレッテルを貼るブログ。おっしゃることは正しいんでしょうけど、この批判ってありがちー。
世の中ってそんなに立ち回りのうまい人だけで成り立つものではないんじゃないかね。そんなシステム手帳片手に就職活動するような「努力」なんかで世の中動いてないぜ。無限に努力する責任を問えるかな。こういうこと平気で書くのって、うまく立ち回れない人と仕事したことないんじゃないかな。仕事頼んだり、持ち味のある仕事ぶりを見せてもらったり、仕事以外の場で癒されたり、そういう社会経験足りないんじゃないのかな。

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2006.07.24

7/24 元気な奴ほどよく自治体にたかる

JR東海が、新幹線新駅を凍結すると表明した滋賀県新知事に損害賠償を検討しているという。この新駅のような利用度の低い新幹線新駅というものは、鉄道会社にとってもメリットがなく、建設費も滋賀県内の自治体におっかぶせる計画だったのだから、推進派自治体と一蓮托生に損害賠償するような筋合いでもなかろう。政治リスクも考えず自治体にたかってきた営業態度こそ問題ではないだろうか。

JR東海はこの新駅を、自社ではほとんど負担せず地元の自治体に建設費を出させようとしてきたわけで、そのことが民間企業としての姿勢が問われると言わざるを得ない。しかも、ここまで突っ張ると、新駅建設ってJR東海に何かメリットでもあるのですか?とうがってみてしまう。建設会社や予定地地主にキックバックでも求めていたのですか、と。

福祉や教育を犠牲にして、こうした民間企業の金儲けのためにお金を使ってるのが今の日本の公的支出の実態なのだろう。そこには本来政治の力を頼るべきではない元気の良すぎる人たちが政治にわあわあ言っている姿が浮き彫りになる。

先日、このブログの愛読者である市内の友人と飲んだ。市内のある公共施設が土日は一部の商売人の顧客サービスのためだけに使われているという。昨日のワーキングプアでも、介護保険料免除を申請した年収24万のおじいさんの映像の横に、温泉無料券を市民にばらまいていることを示す立て札が掛けられてた。

小さな政府の大合唱で、自立生活を支える政府支出について「政府に依存して生きるな」という大合唱できりつめがどんどん進んでいる一方、温泉だとか、夏祭りの花火だとか、大音響のアンプを積んだトラックが荷台にやくざまがいの男を乗せて「そいや!そいや!」と町中練り歩くような祭とか、東京オリンピックだとかマラソン大会とかそんなことにはどんどん自治体がお金を出すようになっている。
この矛盾は何だろうか。自分だけでは自立できない人は、どんなに自立しようとしても、「自立していない人」が自治体にたかっているというイメージで語られ続け、援助なく生活できる人がどんなに自治体にたかって生きていても「自立している人」が熱い思いで地域を語るといイメージで語られているのだろう。

最近、行政改革やら歳出抑制の影響で新年度直前になって福祉サービスが打ちきりになることが多くなった。福祉で切り捨てられた人たちは、生活全般大損害を受けながら、JR東海のように損害賠償も提訴しないでいる。裁判費用もないし、残ったわずかな福祉サービスを気持ちよく受けるために我慢している。JR東海の損失なんて会社の存続を揺るがすようなものではないだろう。

最近、司法制度改革の副作用というのか、弁護士が企業舎弟になって何かというと損害賠償をちらつかせるようになった。政府規制改革会議の議長でオリックスの宮内義彦CEOも自分に対する月刊誌・週刊誌の批判記事に対して、すぐ名誉棄損や損害賠償をちらつかせるらしい。弁護士業界は今、いったいどうなっているのか。

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7/23②  神奈川版、ああもったいない(ため息)

民主党が10月の衆議院補欠選挙で菅・鳩山を各選挙区の責任者に仕立てるということを考えている。その中で菅直人は神奈川16区の自称「実現男」という大馬鹿者を責任もって当選させる立場にさせられているらしい。この選挙区の民主党候補のくだらなさはあちこちで評価されているから調べてみてほしい。

なぜ、実現「男」なのか。プロジェクトXもそうだけど、建設的イメージをやる人を「男」と言うのは明らかな差別だ。そういう感覚に鈍感だから女性支持率が伸びない。さらには、差別表現までして大見得切っているのに、「実現」していることは、砂の城を造っただの、自分の息子の弁当作っただの、ふざけているとしか思えない。奇を衒うだけの稚拙で人をなめきったPRを許容しているから、世耕自民にやられるのだ。

神奈川16区はまず民主が勝てないだろう。そして今回の責任者制は連帯責任として菅直人の評価になるだろう。

こんな候補者で選挙を戦うなんて、選挙区がもったいない。民主党総支部がもったいない。選挙費用がもったいない。一票がもったいない。菅直人が責任をもつなんてもったいない。政党助成金がもったいない。ああもったいないもったいない。

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2006.07.23

7/23 リアリティーをもつ「無産者」という言葉

いろいろな人から見よ見よと案内された、生活保護水準以下の生活をしている労働者についてルポルタージュしたNHKスペシャル「ワーキングプアー」を見た。頭では知っていたが、映像にされるとまたショックだ。

紹介されている人々は、今のワーキングプアの典型的な人々たちだった。
①業務請負の仕事しかない石巻から東京に出て職探しをしたらホームレスになり、住所もない面接に行くお金もないと再挑戦も断たれている若者、②角館のテーラーの主。地方経済の疲弊の影響を受け仕事がなくなり、年24万で自立生活している、③秋田湯沢の農家。農業収入では赤字で、家族総出でアルバイトなどで食いつないでいる。農業を継ぎたい次男の生活保障の目途は立たない。④45歳のときに会社が傾き解雇、アルバイト3つを掛け持ちで年収200万で子ども2人を養っているお父さん、⑤父親が借金で夜逃げ、母親が続いて夜逃げ、高校時代は生活のためのアルバイトに追われ就職活動できないままワンコールワーカー。今はホームレスになった若者。
ほんとうにみんなそれぞれ精一杯生活していて、努力をしないから報われない、などどずいぶん多くの人が勝手なこと言っているなぁ、と感じた。

印象的なことは。
①ホームレスの彼にきちんと職業紹介しているのが、公共職安だったこと。雇う側の顔色ばかり見る民営化された職安や人材派遣業にそんなことできるだろうか。
②のテーラーのおじいさんは、介護保険料が払えず免除の手続きに市役所に行くと、その窓口に「温泉無料券窓口」の看板が掲げてあった。お金がないとこうした人を苦しめながら、祭だ温泉だと娯楽ばかりにお金を使う今の自治体を象徴している光景だった。どうせそこにはコネクションで入った人が働いているのだろう。洋服が使い捨てになり、秋田のことだから県外資本の大手スーパーがそうした市場を一気に攫っていってしまったのだろうなぁ。
④のお父さんは、徹夜の仕事をやりながら、徹夜がない日には息子の勉強につきあい、朝ご飯を食べるようにしつけ、しかも大学に行かせることができるぐらいのお金は用意しないと、と立派過ぎる生活に頭が下がる。
⑤都会で一度社会的つながりのない貧困に陥るとなかなか意欲からして再出発することが難しい。
と思う。

このルポルタージュに対して番組内で、経済評論家の内橋克人さん、千葉大学でライフコース論の専門家・宮本みち子さん、三重県知事選挙に落ちた村尾信尚さんがコメントを寄せていた。

村尾さんのがひどかった。ワーキングプアが問題だからと、規制緩和路線を見直し、努力した人が報われる今のシステムをやめれば、ワーキングプアを養う社会的な富も生まれない、と言った。新古典派経済学のイデオロギーに束縛された人の典型的な言説である。
日本の金持ちはかき集めたお金を税金や寄附に納めているわけではなく、資産投資しかやらないから、金持ちを創ることが貧困層の底上げにつながらないのが現実なのだ。規制緩和や競争促進策として金持ち減税を繰り返し、金持ちを増やしても消費もせず寄附もせず役に立たない金持ちばかりに富が集中するから、ワーキングプアは救われない。かつては企業がその役割を担っていたが、最近の企業は人を雇用しなくなり、その役割を果たさない。ワーキングプアこそお金を持たせれば消費拡大のチャンスを持っているのに、そこにお金を持たせないのは社会的にも損失だ。

内橋さんは、こうした人の使い方をして平気な企業や政府の責任を問い、規制緩和や構造改革によって発生した新たな日本の構造問題だと言った。まさに新たな構造問題だと思うし新たな改革が必要だ。

宮本みち子さんは「沈殿していく階層が再生産されていくと、必ず社会はしっぺ返しを受けます」というコメント。沈殿していく階層が再生産されるとは19世紀と同じだ。ケインズ経済学をはじめ人間の叡智を使って「沈殿していく階層が再生産」される状況を極力なくし、マルクスが予言した資本主義のカタストロフィーを回避してきた。③の農家も大変そうだったが、土地があり家族が助け合い農業をやる中で大変でも悲惨さは少なかった。それに対して①④⑤の都会のワーキングプアの人たちは、経済的にだけでなく、社会的にそうとう深刻な状況にあったと思う。
今は労働者階級というといろいろな意味があるので使いにくいが、戦前使われていた「無産者」という言葉がふさわしい。そして多くの都会のサラリーマンは、一度転落すると何も持たない「無産者」でしかない。

私も、バブル末期の大学時代に、仕送り月7万・アルバイト収入込みで年120万弱で生活したことがある。私の場合は学生だったのでワーキングプアほど立派じゃないが、何もかも挑戦していく気力を失ったり、お金に追いまくられて生活するという感覚を体験した。サラ金だけは手をつけないように、家賃だけは踏み倒さないように、ゼミ旅行とか、ゼミの遠征で派遣されることなんかを避けるようにしていた。あの頃を思い出す。

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7/22 石川県が子育て版ケアマネを創る

市場原理チチンプイで公的サービスが良くなる、と盲信されているこの時代で、私を含め、保育所制度に関心を払う人の多くは、そうではない、それだけではない、と発言し、抵抗勢力扱いをされている。一方で、今の保育所制度は、コネクションや口利きがまかりとおる不透明な裁量行政によって入所を決める問題をどう克服するか、ということも考えなくてはならない。現状の保育所入所制度にカウンターパンチャーとなっている規制緩和論でもダメだし、もう少し客観的に利用者の権利性がかたちになる保育所制度・子育て支援制度ができないかと考えていた。

石川県は、保護者の選択か行政の裁量かという関係から、公的な第三者が子どもと子育ての状況をみて保護者と相談しながらサービス決定をしていくシステムを入れる。子育てをサポートするコーディネートを置き、妊娠中から子育てをどうしていくのか、ケースごとに相談にのり、適切なサービスをプランニングすることを10月から始める。介護保険のケアマネージャーみたいなもののようだ。

この制度の良いところは、
①子育てもしたこともなければ保育も知らない福祉行政担当者(かつては福祉畑職員がいたが今は政令市や一部の中核市以外は根絶されつつある。)が、市議の口利きや有力者の横やりを交わしながらベールの中の裁量行政で保育所利用者を判定している。もっと専門的な人が客観的な方法で保育所入所や子育て支援サービスの利用を判定できないか、という疑問への、有効な解決手法だと思う。
②オリックスの宮内義彦に可愛がられた学者たちや、政治的発言の好きな無認可保育所業界関係者を中心に、親に直接お金をばらまきそのお金で保育所を親が直接選ぶ制度にすればいい、という安易な規制緩和論がある。その弊害として、障害児や貧困家庭、母子家庭など課題の多い状況におかれた子どもが入所を排除されたり、逆に親たちが十分な情報を獲得できずに不十分な選択しか行われないことが考えられる。これは当事者自身が選択する高齢者介護よりも、選ぶ人(保護者)と利用する人(子どもとりわけ未就学児という事情)が違うだけにさらに問題が複雑化しかねない。行政でもない、保護者でもない、第三者がどのようにしたらその子ども自身が力づけられるか、という視点で、支援をする仕掛けは有効である。
③個々の利用者にとっては、必要な子育て支援や保育サービスを計画し権利としての福祉をきちんと意識づけることになる。相対的なニーズではなく、絶対的なニーズを明確にできる。そうなると、一定水準以上の保育ニーズや子育て支援ニーズが明確になり、サービスをきちんと整備していく圧力になっていく。
④妊娠という、まだ産まれた後のことを考えられる段階で関与することは有効である。結婚や妊娠・出産を期に仕事を辞めてしまった人が、のちのち、再就職をしようとしても難しいということは多くの人が経験して無念な思いをしている。現在の多くの自治体の子育て支援政策や児童福祉行政は、すべて場当たり政策で、当事者が困ってからあれこれやるような動きをしている。その結果、切羽詰まった保護者が行政に文句ばかり言うという構図になる。文句だから自治体は無視する、文句を言われた職員もどうせ数年でもっとましな職場に異動になる、という、問題解決のない悪循環に陥っている。妊娠した段階で、ライフスタイルや、子育てをどうしていくのか、保護者となるべき人の相談にのり、子育て支援や保育所制度、妊娠出産に関する労働法制などについて助言することができれば有効である。あるいは妊娠から相談体制があるということは虐待防止などにも有効だと思う。

効果的な行政サービスのあり方、福祉の相談のあり方を考えさせてくれるいいニュースだと思う。

●石田衣良「灰色のピーターパン」を読む。池袋のストリートギャングの話。どの章も面白かったが、児童福祉にひきつけて言えば「駅前無認可ガーデン」という、24時間開所の無認可保育所でのキャバクラ嬢の母親と変質者に誘拐されそうになった子どもの事件を解決する話は、援助・自立支援ってどういうことか、ということをうまく描いていた。
保育の話しになると、親の自覚とか、親の責任とか、長時間保育は云々とか、よく言うわと思うような議論が保護者に投げつけられる(もちろん言わないより言った方がいい事例も相当あるということがあるが)。でもそこで想定されている親って、全ての親ではない。自分たちの社会の一番ややこしいところを担っている人たちは身動きが取れない中でいろいろやっている。そういう人に責任とか、自覚とかいくら言って言葉の上の啓蒙をやってみても始まらないだろう、と思っていたところのいい題材である。

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7/22②公共サービスがパンクする武蔵小杉

川崎市の武蔵小杉駅周辺に超高層マンションが林立することになるらしい。人口も15000人増えるという。

人口が増えれば繁栄、開発の成功という、ラットの子孫繁栄に擬した神話が信じられていた時代ならともかく、現在において急激な人口増は、公共サービスの急激な整備を求め自治体財政を悪化させたり、地域社会の多様化を阻害したり、さまざまな弊害を呼ぶ。朝日の記事でも法政の五十嵐敬喜教授が指摘しているような問題がおきそうだ。

勝ち組スポットだけを結ぶ人気の東急東横線沿線だからそれなりに売れるんだろうけど、保育園に入れないわ、災害対応能力はないわ、そもそも工場地帯のマンションなので日々の買い物も苦労するわ、もともと混雑している東横線には乗りきれないわで、生活の変化や危機がやってきたら大変な思いをしそうだ。売った不動産屋だけが喜びそうだ。

●版画をやっている友だちが表参道で年に一度の版画展を開いているので訪ねる。
往路は池袋から延々バスで行く。道路渋滞がなくなって遅れるどころかダイヤより早めに動く。田舎のバスみたいに、ところどころで時間調整する。
帰路は表参道から地下鉄で帰る。案内板に「ご注意ください」と「東武の車両が来ます」が交互に点滅する。鉄道マニアじゃあるまいに、東急田園都市線の乗客は来る電車の車両で乗ったり乗らなかったりするのかな。嫌な感じ。

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2006.07.21

7/21 埼玉高速鉄道社長が神奈川県知事選へ立候補か?

上田知事の要請で就任した、埼玉高速鉄道の「改革派」社長杉野氏が神奈川県知事選挙の自民党推薦候補として立候補する動きがあるようだ。
神奈川自民党が担ぎ出し、ご本人もボロ会社の埼玉高速鉄道の経営を投げ出したいのだろうか、まんざらでもなさそうだが、上田知事が「困っている」という発言を繰り返しているところから、慎重な姿勢を示すようになっている。

気になるのは、この埼玉高速鉄道の採算。償却前黒字を達成するのが目標ということだが、償却前黒字とは、建設債務を返せる状態ではない、ということだ。それなのに埼玉県や県議会は、埼玉高速鉄道を岩槻まで延伸するためにどうしたらよいか、という税金の無駄遣いばかりを考えている。延伸をやめる、という考えはない。サッカー場に通ってばかりいる人には便利な電車だろうが、今時点でサッカーの開始と終了しか誰も乗らない電車とも言える程度の需要しかないのに、さらに人の少ないところに延伸しなくてはならない理由がわからない。

私は、通勤電車にもっと公金を使え、と考えているが、それは新たに通勤新線を作る話ではなく、既存の鉄道路線の線路増や施設改善をやってほしいと思う。そこは市場が成熟していて、鉄道会社単独ではなかなか投資がされないからだ。一方で現時点で通勤地獄に苦しんでいる人たちが救済され、健康被害や精神被害から解放される。
通勤新線を作ることに反対なのは、第1に、既存の鉄道路線の混雑緩和になんの力にもならないからだ。それから、人口減少社会のもとで、新たに住宅開発することの意味がないからだ。住宅開発すれば、そこに道路を整備し、水道を整備し、ガスや電気を整備しなくてはならない。そこには少なからず公金が投じられる。人口が増えない中でそれをやるのはムダだと思う。
また、通勤新線が開通するということは、その沿線の土地持ちの土地の価値が上がることになる。その結果、公金で通勤新線を通した結果として、土地持ちだけが大もうけすることになる。だからといって明治大正期の私鉄建設のように、その土地持ちが開発利益のなかから鉄道会社の負担を分担するような話はない。片や税金を使って丸儲け、親からもらった資産を元手に不労所得で働かずして食べていけることになり、片や自治体が通勤新線の借金を返す算段をつくるために財政的無理をしなければならない。

秩父の山奥から、浦和や所沢、越谷の人まで払う埼玉県の税金で、現時点ではバスでも十分な利用者しかいない特定の地域の通勤電車ばかりお金をつぎ込むのかわからない。

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7/20② 傭兵政治家がいてもいい

昨日深夜、人と会うために使った居酒屋に行く。そこのビルのオーナーである新座市議の尾崎さん(保守系)、住所がなくなってしまったらしい。以前、ここでも紹介したが、尾崎市議は新座と志木の境界をまたぐところに家があって、選挙の立候補の前に住民票を敷地内の志木から新座に移したことが問題にされている。

新座市議会では保守系市議どうしの確執があったらしく、そのとばっちりを受けたらしいが、その対抗のために、どうでもいいスキャンダルにばかり力を注ぐ品性下劣な地方議員の風習は呆れる。結果として地方議会からの建設的な提案が難しい。地方議員はちゃんと市民の役立つ仕事してほしい。条例つくれ。予算を点検して差し戻せ。スキャンダル暴きが政治・行政に何のいいこともないことは、民主がおこしたメール騒動で見えてきたはずだ。

「愛する郷土」美しい言葉だけども、実際の運用面では、ものすごい排他的な言葉になる。尾崎さんの例では、新座に役に立ったかということの検証なく、ただ住んでいたかどうか、そんなことばかりが問われる。「好きです朝霞」とか言って、市民に道楽ばかり提供し、市財政を痛めつけるような選挙公約ぶちあげていた県議もいた。愛する郷土かどうかという精神性の問題より、役に立つか、立たないか、だ。

地方議員については、公職選挙法の改正が必要だが、私は傭兵であっても役に立てばいいと思う。愛着をもっていただける市外の人が市長になったり市議になって、いい仕事をしてくれても構わないと思う。行政施策の市民参加やNPOの支援活動などは、市の枠を超えていろいろな人の力を使っている。意思決定のコーディネートをするのは市外の人たちだ。そうしたことがいけないという話しにもなってしまう。
私自身、朝霞市民として朝霞市にあれこれものを言っているが、起きている時間で一番長く過ごしているのは、今は勤務地の千代田区だし、地震にでもなれば、千代田区は私たち非居住者をボランティアとして使おうという。居住地って何の意味があるだろう、と考えてしまう。

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7/20 「さわやか」「快活」の影に

部員の淫行問題で、野球部の茨城ゴールデンゴールズを突然解散すると、代表の萩本欽一さんが宣言。

淫行した部員だけが法的にも社会的にも制裁を受ければよいと思う。萩本氏は、この野球部をつくるにあたり、全国からいろいろな人を集めた。職を変えたり、慣れない土地に転居をした人もいる。シロウトに手を出したのだから責任が必要だと思う。

なんてことを同僚を話したら、「パッとしないしお金もかかるから、うまく手を引くチャンスを探していたんじゃないの~」と冷ややかな言葉。そうか、なるほど。それが一番説明がつく。

話を戻すが、
体育会系の運動部が不祥事・トラブルが起きたときの、恣意的な法運用、「連帯責任」好きは何とかならないかと思う。そうやって育てられた「体育会系」なる人間たちが「さわやか」「快活」などという言葉でもてはやされて使われる。使う側は、不合理なことに文句も言わず、唯々諾々と笑顔を返す、そんなことを「さわやか」だとか「快活」という言葉に込めて期待しているが、そういうことを体育会系の人たちに期待するのは、契約社会の人間関係にはそぐわないやり方だ。

スケートやプロゴルフなど続発するスポーツ系の全国団体の金銭流用疑惑や、頻発してきたスポーツチームの監督によるセクハラ事件。これは日本の体育会の「さわやか」「快活」体質の中から産まれてきた事件だと思う。何されても笑顔で返す集団だから、上はきちんとした自制心がないとおかしなことがおきがちだ。上下関係がしっかりしていても何でもいいが、スポーツのように、きちんとルールで支配するやり方、関係のない人まで累を及ぼして処罰するような制裁のあり方を変えないと、事件は減らないと思う。

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2006.07.18

7/18② 参院東京選挙区2人目が決まる

来年の参議院選挙で、東京選挙区の2人目の候補者が決まった。地方政党の生活者ネットの前の代表で元都議の大河原雅子さん。いいキャストだと思う。

実は私も札幌にいた頃、生活者ネットの同系列の北海道市民ネットワークの活動を支援していた。市民参加の政策活動についていろいろ勉強する機会をつくっていただいた。既成政党にあきたらない若者も何人かいて、政策談義から運動、生活、人間関係までいろんなことを話し合ったりした。それが肥やしになっている。

民主党は地域やそこの議員にもよるが、多くは議員にならないと活動の場が与えられない。それまでは党員や熱心な支持者は、ただの選挙のための道具としてしか関わりが認められない。よってくる若者も政治家になりたい人がほとんどで、鎌倉幕府ではないが、ご恩と奉公の関係でだけ結びついている。
党としての理念がうち立てられなかったり、党内のスキャンダル暴きばかりが繰り返されるのは、そうした出世の関係だけで結びついている人しか生きる場がない政党だからだろう。古参党員が威張り散らす党になっては困るが、党員の役割をつくらないと参加の党にはならないだろう。

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7/18 ビミョーな雑誌の子ども特集

家族が「ロハス育児法」特集に釣られて雑誌「ソトコト」を買ってきた。買ってがっかりするから買うなと言ったのに、やっばり買ってがっかりしている。
権威が「子どもというものは」「母親というものは」という説教調の記事だらけ。「子どもとの会話法」って、白衣の先生が子どもというものは云々。あんたのそんな白衣姿で子どもたちは本当の自分をあなたに見せているのかね。そのほか「ロハスな子どもの遊びのレシピ。」「ロハスな子どもの食のレシピ。」「王子さまが育つ原因って親の過度な干渉だ」「ペンギンはいつも子育てに真剣だ」「ロハスキッズにはこれを贈る」・・・うるさいって、権威主義!。

別冊にくっついてたのは「ロハスなクルマ学」と。なんかおかしくないかい?CO2さえ減らせばいいのかね。郊外型スーパーに依存するライフスタイルを挙げるまでもなく、「ロハス的生活」とやらを壊しているのはマイカーそのものではないのだろうか。「うちの子には毎週郊外でアウトドアを楽しませて自然と親しませている」と、まき散らす排気ガスや交通安全のことなんか考えないお父さんの姿が見えてくる。クルマ屋の広告あてこんで雑誌を作っている「ロハス」商法でしかない。ああロハスだいっきらい。この言葉使うにも三井物産の許可がいるんだろ。

また電車の中吊り広告で、「プレジデントfamily」がぶら下がっていた。受験情報やら、頭のよくなる食事やら、そんな記事ばかり。中途半端なエリートサラリーマン向けなのか。こんなの読む夫なんてどうせ子育てまともにやっていないだろう。子どもの世話や教育をやらされる妻たちは、こんな雑誌で夫に智恵つけられてあれこれ細かいところまで指図されたら、たまらんだろうなぁ。家庭崩壊か熟年離婚の温床になるのではないか。あるいはこの間奈良であったように、復讐されるんじゃないだろうか。

一方、いいものもある。読者の多くは子どものことなんか現実のものとも思わず日々過ごしている独身女向けの「hanako」の「いつか生まれるあなたと私のこどものために。(6/22号)」という特集がいろいろ踏み込んでいてよい。今までの商業誌の子ども記事は権威の善導主義の記事か、スポンサー絡みの歪んだ「多様性」を紹介する情報だけだった。それも独身女向けの記事はあまりない。
このhanakoの号では、多様な家族が出てきて、いろいろなライフスタイルを紹介しているし、子育てにやさしい会社の事例紹介とか、育児休暇(業)取った男たちのインタビューとか、産まないというところからこどもを考える対談とか、子ども事態を応援していくれるNGOの紹介とか、子どもがいても、子育てしても、子どもを産まなくてもこんな生き方ができる、という智恵が満載されている。

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2006.07.17

7/17 現実を明らかにして金を払え

昨日の朝日新聞「人口減で明日は 少子化編」で引き続き子育て世代への現金給付のあり方について議論している。介護保険で高齢者介護を熱心に取り組んでいる人たちに現金給付が必要だ、と議論してみてほしい。総すかんを喰らうだろう。なぜ子どもではこんなおかしな議論が繰り返されるのか、毎回憤っている。

子育てのどこにお金がかかっているのか分析しないうちに、「お金がかかる」の大合唱で政府から貰い乞食をしよう、それを正当化しよう、という報道姿勢が嫌だ。お金がかかる内容を分析していけば、お金を渡すより効果的なやり方が見えてくると思う。

今回は現金給付をしても消費税増税したら意味がない、という議論をしていたが全然意味が違う。増税は全国民にかかってくる。政府の収入と支出が所得の再分配機能があるとすれば、全国民から子どものいる世帯に所得を再分配していることになる。意味がなくはない。問題は、児童手当が政策効果として意味があるかどうか、特に少子化には全く意味がないと思うのだが、どうなのだろう。それには明快な答えは誰も出していない。

●同じ日の朝日新聞にケンタッキー労組の取り組みが書かれている。労働者教育センターなどが売っているテキストなどを使いながら自分たちで手作りで始めている。偉すぎる。労働者の立場から自分を守るための書籍はそこらの書店では売っていない(学卒の就職に必要な知識なのか、人事労務管理の本は今はどこでも溢れ返っているのに)。そうした知識は学校でも教えて貰えない。失業したり、ひどい目にあってから読むような現実がある。労働者は丸裸である。
自分を守る術を知らない若者に、再チャレンジとか、挑戦とか、頑張った者が報われるだの、資産家である自民党の二世三世の議員がいう。親と違う仕事をやってみろ。余計なお世話だって。

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2006.07.16

7/16 運動をやるなら名前を言え

平和運動に熱心にコミットしているあるメーリングリストで、「無防備地域」に対する攻撃が禁止されるジュネーブ条約の条項を活用して自治体に無防備地域宣言させるという「無防備地域宣言運動」に対する是非論が展開されていて、何だかわからずに調べてみる。

全国各地の運動をつなげているらしい団体に無防備地域宣言運動全国ネットワークというHPがある。代表も連絡先も全く不明である。まずこの時点で信用がゼロである。こうした戦争に関わる市民運動は、細かい立場の違いで熾烈な縄張り争いをしてきた。主催者は誰か、それくらいは明らかにしてもらわないと胡散臭い。運動を進めている各地の運動体も、そこではどんな人たちが担っているのか、よくわからない。

仕方がないので各地の運動のHPを見てみると、大阪市の運動では共産党以外の市議に対しての批判運動としての色彩が強い。荒川区の運動体はQ&Aで

Q3 過去に事例はあるのですか?
A3 あります。仏のパリ、沖縄・慶良間諸島の前島などです。第二次世界大戦中(1940年)、パリはドイツ軍に包囲される中で、人命の喪失、歴史的建造物の破壊を防止するために「開放都市」を宣言しました。その結果、ドイツ軍は「無血入城」し、パリ市民の犠牲は回避されたのです。

と回答している。ナチスが無血入城したパリは、その後犠牲ではなかったのだろうか、と疑問がわき、そんな無血入城って人々にとって幸福なんだろうか、という疑問がつきまとう。

●言うまでもないが運動をしたり、何かものを言う人は、自らの名前(実名でなくても最低限「きっこブログ」の「きっこ」程度に実体性があるもの)や、連絡先ぐらいは示すべきだと思う。あるいは人に影響力を及ぼしたいと思うなら、よってたつ考え方が見えてくるぐらいのところまで公開しないと倫理的に問題だと思う。
北朝鮮問題で元気のよい「ネットウヨ」のブログを見ることがあるが、プロフィールもなくひどいことが書いてある。あるいは左翼(というと怒られる。市民運動家とか、リベラルな立場とか言わなくてはならないのか)の中にも、メールアドレスもコメントも公開せず、ひどいことを書いているものもある。自民党に対しては何もしないのに民主党左派の議員に業務妨害同然のFAXやメール送信を煽るようなものもある。
カルト新興宗教は、自分たちの実体を隠し、「仲のよい友だち」「誰もが求める正しい目的」あるいは誰もが信用するような有名あるいは権威的な名前を利用して近づいてくる。最もひどいことをする人間は自分のことを隠す。
左翼だろうがネットウヨだろうが、市民活動家だろうが、生命や失業の危機でもない限りは、名乗るぐらいすべきだろう。

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2006.07.15

7/15 合理的な折り合い

ようやく夏らしくなってきた。暑いけれども、汗が飛ばない感じがなくなって、少し気持ちが軽くなり、家の掃除をする。

気付くのが遅かったが、志木駅南口のタクシー待ちで発見。構内に入講を許されている3社が会社別に並んでいる。合理的だ。
これなら、関西のように台数をやみくもに増やした会社がトクをすることはない。3社が順番に客待ちの順番がやってくるし、待ちのない会社があるときには、残っている会社だけで順番に回していける。こうすればタクシー会社は最適な台数まで増やす努力をするし、逆に最適な台数を超えてまでむやみに台数を増やすことはしない。客にとっても、乗りたい会社があるときには、順番をずっと待たなくてもよい。

●週刊現代のJR東日本の記事を読む。国鉄の分割民営化について疑いも何も持っていない人は読んだ方がいい。民営化の是非以前に、JR東日本がどのような質の労組に頭の上がらない組織になっているか確認した方がいい。民間会社だから野放しだ。しかも、その労組が経営側に使う圧力が交渉やストライキではなく、秘密組織がハイテクを駆使して集めてきた女と金の弱みの情報を使ったり、プロパンガスタンクにマッチを撒いたりするという。また、労使で話がまとまりにくいことがあると、不可解な事故が増えるというのは、利用者として恐ろしいものだ。

検索して出てきたJR総連に対抗するJR連合民主化闘争HP。JR総連系労組が、JR総連系の組合に加入しない同僚を花見や鍋会の席で会話もさせないように組合員に強要していることがわかる。

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2006.07.14

7/14 腹の内を見せてくれないと

地域福祉計画の推進委員会の2回目。
「協働」という言葉に議論がわく。美しい言葉「行政と市民との協働」だが、譲り合いの日本的美学をもったこの言葉はもっぱらその美学の体現を市民に求められる。
行政は、業者に公共事業を委託するような感覚で、やらせてやっているんだ、お前ら市民団体に箔と財源をつけてやっているんだからありがたいと思え、という態度も見られる。そのことに質問をした人は根本的な疑問を投げかけた。

こうした言葉が濫用される傾向があるが、みんなが共通の認識で議論できるようになるまでは「役所が市民団体に業務委託する」「市民に事業の起案から実行まで行ってもらう」「市民が取り組むことに行政として応援していく」「役所と市民の垣根を下げる」など、できる限りイメージしやすい表現に置き換えるべきだろう。

運営方針を決定した。計画の実現部隊としてプロジェクトを課題ごとにおいて市民や事業者、市役所などに実現を働きかけていく、イベントの実施やアンケートなど広い意味での広報活動を行うPR広報部を設置する、委員会の運営や市役所に対する折衝を行う企画渉外部を設置すること、毎月1回委員会を開くことなどを決定した。

●最大労組が過激派カクマル系労組というJR東日本のことを取り上げた週刊現代の広告を、JR東日本となぜか東京メトロが掲載しない決定。
乗客に不安だと思われる、という理由だが、それなら不安に思われない公益企業になってほしい。カクマル系労組に従順じゃない職員を、関連企業に追い出したり、居住地と遥かに離れた職場に配転させたりする話や、KIOSKで売っている唯一のミネラルウォーター「岩清水」は松崎委員長の親族企業だという話を聞いたことがある。
本家のカクマル派は、ハイテク機器を使った諜報活動が得意らしい。JR東日本は今、スイカやビューカードなどを使って個人の足跡情報と買い物情報を蓄積し、それをもとに商売を広げていこうとしている。そうした会社の労組が、反社会的な色合いの強い団体と関わりが深いことに不安を覚えてしまう。
東京メトロがJR東日本に同調したことは謎だ。何かあるのだろうか。

●一般紙は伝えないが、スポーツ紙や赤旗で、麻生太郎外相が、北朝鮮がミサイルぶっ放してくれて日本人を覚醒させてくれてありがたいというような発言をしたことが伝えられているらしい。
国民は真剣に不安がっているのに、そこにつけ入って、どさくさまぎれでやりたい放題やろうという反動政治家の本質が見えてくる。
そういえば前原がことさら中国を仮想敵国のように扱ったことを思い出す。でも、北朝鮮がやっぱりヤバくて、そのときにアメリカすらも中国と敵対的パートナーとして北朝鮮に共同で対処している今日の事態を見ると、前原の判断は間違いだったことは明らかである。

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2006.07.13

7/13 審議会のメンバーに保護者代表はなし

5月に新設する市立仲町保育園の民間委託を17分で決めた保育園運営審議会の議事録が公開されている。
質問者はたったの2人。社協の理事長と市議だけ。AだからAになる、と同義反復のような市側の回答に再質問することもなく終わっている。
気になって、市役所で保育園運営審議会の委員の名簿を確認してみたところ、市議2人、児童委員6人、助役、保育園長2人、社協理事長、私立保育園と家庭保育室の施設長だけ。保護者などの当事者代表委員が1人もいなかった。それでは利用者の視点に立った運営のチェックができるわけがない。こうした人選は、市民合意を得る審議会として、問題だし、そこから出された結論は無効となるべきだろう。

●拳を振り上げるだけの日本の外交戦は、ほぼ敗北した感。アメリカも日本より中国の動向に気を遣っている。中国との関係悪化はこういう場面で外交戦の敗北として現れる。小沢一郎が終始冷静なコメントを繰り返してきた意味がわかった。
叶いもしない国民世論を焚きつけた安倍晋三、麻生太郎の責任を問うべきではないかと思う。焚きつけられた国民世論に悪のりして先制攻撃論を展開している額賀は何とかした方がいい。防衛施設庁の汚職のときにも火事場泥棒みたいなことをやったっけ。割と小泉首相が冷静だったのが印象的だ。

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2006.07.10

7/11 戦中期の非翼賛保守に関心をもつ

職場である労働組合の機関紙が夏休み特集号を出す。「各地の怪奇に迫る夏」という特集。水木しげるのイラスト入り。1つの記事以外はとてもよい。締が水木しげるさんインタビュー。戦争体験の話がよい。軍隊の蛮行を非難しながら、日本人の暮らし方、働き方を問うような内容がよい。
左腕を失った「水木さんを助けてくれたのは、意外にも現地に住む(ラバウルの)トライ民族だった。『彼らは私たちにとても優しくしてくれ、食料だけでなく、畑や家、花嫁まで用意してくれるといいました。終戦後もここに残ろうかと真剣に悩みました』。しかしゆったりと暮らすトライ民族を見た上官は、『馬鹿だからああしているんだ』と吐き捨てたそうだ。『でも賢いはずの日本人は無意味な戦争に一生懸命になっている。どう考えても、彼らの方が幸せで、考え方もいいんです。』」

●昨日から読んでいる「外交敗北」、事実関係はタメになったが、結局、小泉純一郎、安倍晋三をヨイショしているだけの結果で終わった本だった。がっかり。
情報収集力や分析力において重村氏は抜群だと思うが、政治的にはどうか。それまでの政治家を、北朝鮮に甘い顔をして筋違いな外交をしてしまったと非難しておきながら、もっとも北朝鮮におみやげを渡した小泉首相を評価できるという理屈は理解できない。一連の韓国政治犯釈放を求める署名に菅直人などが署名していたということだけで、シンガンス釈放のためだけに署名したような書き方をするのもフェアではない。国内政治に対する言い分は2ちゃんねる的である。

一方、書店では、「大政翼賛会に抗した40人」(朝日選書)が売っていた。自由民主党の機関紙に連載されていた記事をまとめたもの。どういうわけか朝日から出ている。職場に置いてあった自民党の機関紙にこんな連載が載っていたとびっくりしたものだ。少なくとも、今の自民党の主流である森派は、まさに戦中の大政翼賛会そのものであり(森派の源流である岸派が、特務機関の稼いだ裏金から誕生した派閥だということは、佐野眞一「阿片王」をはじめ数々の本に書かれている)、よく森派全盛のこの時代に機関紙として取り上げられたと思う。
学生時代の研究で社会主義者の同時代については追跡しているが、保守の側がどうだったかは岸信介とか、吉田茂のようなピックネーム以外はよく知らない。ぜひ読んでみたい。
今でこそやらないが80年代の宮本顕治独裁のころの共産党は、自分の党以外は戦争協力者だったとデマみたいな宣伝を繰り返しており、その後、冷戦崩壊で戦争協力者でない人たちの歴史は省みられることはなくなった。この時代に誰が何を言ったか、実はあまり良く知られていない。

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2006.07.09

7/9 児童手当が貰えない家庭が月3万の保育料が払えないのか?

日曜日の朝日新聞9面「人口減で明日は」は少子化で起こる年金、医療、仕事、子育てについて、それぞれ良い視点を提供してきたが、今日のは「金銭面の子育て支援あなたの場合は?」と児童手当推進論を展開している。現状の所得税の扶養手当が、金持ちほど優遇されるから、児童手当に切り替えた方がまし、と、イラストや論点はわかりやすく説明されているが、そもそも現金給付がどうなの?ということには何の検証もされていない。

本文は「子育てにお金がかかるため、子どもをつくることをためらう人も少なくない」というステレオタイプな切り出し。うんざり。そんなあほな言い分に聞く耳を持つから子育てに関する政策が迷走するのだ。
ある面「真実」かも知れないが、では政府がお恵みのお金を与えれば子どもを作るのか、というのが私の疑問なのだ。預けるところもないし、子育てしたら遊びにも行けなくなるし、残業を断れば雰囲気が寒いし、友だちもなくなるこの社会で、お金がいくらあっても子育てなんてプラスのイメージはつくりにくい。パースコントロールを否定するわけではないが、バースコントロールしなければ社会参加できないような社会自体を問い直さなくてはならないと思う。

笑ってしまうのもあった。欄外に「言わなきゃソン」という投書欄があって、東京都・主婦・33歳という人物が「公的支援の所得制限、撤廃を」に投書している。その内容の無自覚さ、鈍感さにびっくり。

7歳、4歳、1歳の子どもがいます。夫は会社員で、私は専業主婦です。児童手当や小児医療費の助成、私立幼稚園児の親への補助など公的な経済支援が、所得制限のために1つも受けられません。夫の給与は決して多いわけではなく、ぎりぎりのところで引っかかってしまうのです。子どもを3人も育てているのに納得できません。
保育所の保育料も所得で決められており、私が職探しをしたくても、一番舌の子を預けるのに月3万も必要になります。そんな余裕はありません。これから養育費が増えていくことを考えると、とても不安です。少子化対策では、所得制限を今すぐに撤廃してほしいと思います。

33歳の専業主婦様、あなたの夫の給与は相当高い。子どもが3人もいて、児童手当が支給されないサラリーマンとなると額面で1000万前後はいっているはず。その収入で年36万の保育料が高いのだろうか。1人の子どもを育てるのに年収の3%も振り向けられないとはどんな家計構造しているのか調べてみたい。
小児医療費の助成についても、それくらいの高所得者なら「助成があるお陰で、貧乏人たちが大した病気でもないのに小児科に来るので、混んでいて困る」というべき立場だろうと思う。年収の1万分の1、たかだか1回千数百円の自己負担ができないものだろうか。
投書の主はどうしてお金がないのかわからない。お金の使い方に問題があるか、夫が風俗か愛人に貢いでいるのではないか。私の周囲の人々は、児童手当不支給になる人の半分ぐらいの収入だし、それでとりわけみすぼらしい生活をしているとも思えない。埼玉や千葉で倍ぐらいの保育料を払っているし、小児医療費の助成もないような自治体に住んでいる人もいる。
朝日新聞は投書の主の前提条件の調査なしにこの投書を掲載したのだろうか。こうした俗論が突破口になって、高所得者にもさまざまな公的サービスが無償で提供されるようになったり、意味のないばらまき福祉が広げられたりする。その結果、母子父子家庭や、病気や怪我での生活保護家庭など、ほんとうに公共の支援が必要な人への社会サービスがどんどんカットされている。

●重村智計「外交失敗」を読む。日朝首脳会談の設定は、筋が悪くて、結果としてアメリカを怒らせただけで何も生まなかった、という話は参考になる。
今日、重村氏は反共主義が自己目的化している人を除いた北朝鮮評論家の中で、もっとも北朝鮮に厳しく、アメリカ共和党的な外交政策を提言している評論家だと思う。しかし、90年代前半、それこそ今日の重村氏が批判している金丸訪朝団や94年頃の北朝鮮危機のときに、彼は北朝鮮にコメ送れ、対話しろ、と最も北朝鮮寄りのコメンテーターとして活躍していたことを思い出す。当時の私は、北朝鮮にだけとっても強硬な意見を持っていたので重村氏を北朝鮮の手先のように見ていたので印象は強烈だった。

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2006.07.08

7/7 生存にばかり怯え

夜、保育園の保護者会に出る。お父さんの交流会があって、経営者がいろいろ話を聴いてくれる。
その中で話題になったのが、子どもの安全のためのセキュリティー。子どもへの残虐な事件が続いたので、神経質になっている人もいる。機械や身分証みたいなもので安全を作ろう、という考え方に違和感を持ちながらも、否定もしにくい。私は、父親が月1度でいいから保育所に迎えに行って、引き取って帰るだけじゃなくて、保育士さんたちとおしゃべりをしていくようにすることもやらないと、と話す。別のお父さんは、地域の商店と交流を強めてほしいと言う。

経営者からは、3~5歳の子どもの受入が法定定員を超過していたため、急きょ分園を造ることになったと報告があった。市の無認可保育所への監督が要綱通りに厳しくなったとのこと。ようやく市も補助を出す無認可保育所のモニタリングに動き出したと思った。一方で、面積規制などの規制はやって当たり前のレベル。問題は保育内容だったり保育の質なので、そこがこれからの課題になるだろう。

●北朝鮮のミサイルは、とんでもない副作用を起こし始めた。
防衛庁と民主党の前原が熱心に進めてきたアメリカのミサイル防衛システムの導入を前倒しするというニュース。これは憲法の集団的自衛権の制約から、そもそもの是非について議論があったものだ。GOサインも出ていないのに前倒しということが問題なのに、問題と言うことも許される雰囲気もない。いろいろな議論をなし崩しにして前進しそうだ。
ミサイル防衛システムは、技術力が確実になれば、対ミサイルという点で有効なシステムだと思うが、これを導入するにはアメリカに依存するより他なく、憲法が制約している集団的自衛権に抵触することになるだろうし、憲法を超えた国の存亡という観点では、アメリカと利害対立の関係になることは一切できなくなる。財政にも過大な負担が求められてくるだろう。下手するとアメリカの費用まで負担させられる危険性も高い。
儲かるのは電機メーカーや重機メーカー。彼らと癒着した政治家たちは、国民の不安を煽ってますますミサイル防衛システム導入を積極的に進めるだろう。そのために、国民のポテンシャルを上げるための、教育や福祉などをどんどん弱めていかなくてはならなくなる。
北朝鮮の本当の思惑というのはこうして軍事浪費させ、外交的に先鋭な立場に追い込み、日本の立場や選択を狭めることにあったのではないかと感じている。まさに、程度や国の仕組みの違いはあるにしても、日本の国家課題を北朝鮮と同じ立場に置くことを持ち込んでいくことにあるのだろうか。
保育所にしても国家間でも、安全に対する危機というのは、こうした直接的暴力よりもっと日常的なところにありふれている。

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2006.07.06

7/6② 年金の世代間格差は悪意を持って宣伝された

年金の世代間格差を強調する考え方が、何というかせこいというのか、システムがわかっていない、というかそんな気持ちになっていたところに、やっぱり出所のおかしな議論なのだ、という報告を読む。

昨日、ネオコンとリベラルの関係をひもといたEU労働法雑記帳の「年金の世代間格差論議の虚妄」から、出所情報をゲット。

世界的には、年金の世代間格差という問題はおきずに、制度設計の妥当性が問われている。公的年金がしっかりしているおかげで長寿の親を持つことの悲劇や、兄弟の数の大小で親を養うのにリスクがまちまちにならないようリスクを馴らしていることぐらいちょっと考えればわかりそうなものだが。

95年ぐらいからあちこちで喧伝されたが、言い出しっぺは、アメリカの特殊な経済学グループ。それを日本の、さらに特殊なグループが輸入して、派手に政治的に宣伝したらしい。そのグループとは、阪大財政学グループ(つまり本間正明)、一橋大(竹中、中谷巌ではないか)、日本経済新聞だという。まさに後の小泉構造改革の雇われ学者たちである。そんなことを解き明かしたのが、慶大の権丈善一という学者の論文である。年金制度の議論に対するもやもやした不快感を解き明かしてくれた。

世代間格差をことさら強調した小泉・日経系学者の意図は簡単だ。年金運用資金を金融資本に売り渡すことだ。賦課方式をやめさせ、積立方式に移行する。若者がせっせと働いたお金を吸い上げ、それで銀行にマネーゲームの原資を与えようというものだ。
そういう宣伝の結果、年金制度に対する不信感が記号化して何をやっても信頼が回復できないようなことになった。国民には将来不安ばかりが大きくなってしまった。若い人たちは年金不安から、成功者はちょっとお金があれば貯金するか、お金が無ければ刹那的に生きるようになってしまった。そのことの損失は、年金の世代間格差なんかよりずっと大きい。

そんなことを一番解っていないのは、年金格差だけをことさら強調する若手政治家だったりする。今の高齢者と若者世代との配分変更は理解できるが、積立方式なら若者がトクをするなどという俗論にはほとほと呆れ返る。
公的年金は損得ではなくて、長寿リスクを管理するテクニックだと理解すべきなのだ。

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7/6 営団地下鉄に騙される

今朝、通勤の有楽町線が営団赤塚駅の手前で、停車。動かなくなる。平和台の駅まで信号が故障しているという。徐行運転で進んでいるので待て、というアナウンスを信じてそのまま乗り続ける。今起きたのなら、前もそんなに電車がつっかえてないだろうと、読んだ。それが失敗。

営団赤塚から平和台まで1駅、なんと20分近くかかった。徒歩ぐらいのスピードで電車が走り出すと、200メートルぐらい進んでは急停車を繰り返す尺取虫運転。実は前にはたくさんの電車がつっかえていた。身も心も疲れる。営団地下鉄の急停車は体に良くない。前に座っている奴は足を出しているし。
平和台過ぎても「後ろの電車が遅れているので、時間調整で発車を遅らせる」と、意味不明の長時間停車が続く。
やっとの思いで職場の最寄り駅に着いて気持ちを取り直そうと思ったら、駅のテロップには故障発生時間が案内されていた。信号故障は私の乗っていた電車が和光市駅を出る30分も前に発生していたことがわかる。和光市で教えてくれれば、東上線に迂回できた。営団地下鉄め、騙したな!と腹立てながら職場に着く。

高級住宅地のある電車の沿線から越してきた私の家族が、東上線より有楽町線の客の方が殺伐としているしガラが悪い、と言っていた。私もそう感じる。特に日経読んでいる人たち。本数が少ないとか、急行がないとか、そんなことが影響しているのかな。
昨日は、有楽町線で太ったヤンエグ(肥満というよりラガーマン体型)が隣に座ってきて、ガムを口あけてクッチャラクッチャラ噛んで、くさい。股は開くし、隣に座っているだけで圧力を感じる。こんなのにのしかかられる彼女は大変だろうなぁ、などと考える。だいたい最近の若いものは、などとステレオタイプの言葉が口をつこうとして目を上げると、向かいの座席に座っているおっさんが3人いて3人ともガム噛んでいる。ガムなんてガキのおやつだろ!恥を知れ、とウヨクみたいに怒る気持ちを抑える。

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2006.07.05

7/5 ソーシャルをかなぐり棄てる人たちの理由

以前、読んだブログで気になった記事があった。

ヨーロッパで「リベラル」と言えば、ほとんど「ネオリベ」という意味であって、「ソーシャル」派からは悪口なんだが、なぜかアメリカではサヨクという意味になり、これが日本に入ってくると、「ソーシャル」という意味の党名を持ってた連中が「ボクもリベラル」「アタシもリベラル」となだれこんで、サヨクのつもりで、個人の自由が一番だとか、企業中心社会を破壊しろだとか、役人をたたきつぶせとか、余計な規制はなくせだとか、まあほとんどネオリベ99%一歩手前みたいなことを喚いていたのが90年代半ばまで。まじめに働く労働者を「社畜」とか罵っていた奴もいたっけ。これがあと1%進めば市場原理主義になる。今の学生には信じられないだろうが、今の小泉・竹中改革は政治思想的には90年代初めのサヨクが生み出したシミン主義のなれの果てなんだ。構造改革だの、規制緩和だの、自民党守旧派が権力から外れている間に、小沢だの武村だのといった自称改革派と「ソーシャル」を失った社会党のシミン派どもが結託して作った道。
それを批判していた自民党主流派が改革を乗っ取って、踊っていたシミンが追い出されて、もとの反対サヨクに戻ったのもいるけど、そいつらはどうでもいい。むしろ多くは結構なご託並べてた「リベラル」に裏切られてウヨク化してきた、というのが90年代末期以来の姿ではないか。「寝ずの番」ではないが、ウヨク、ウヨクと威張るなウヨク、ウヨク、シミンのなれの果て、というところか。(EU労働法政策雑記帳-ウヨク・シミンのなれの果てから)

過日、ある地方政治家と話をして、その人の元所属している党派について今はどう考えているのか、と聞いたら「●●党って呼ぶなよ」「左翼とか言うなよ」と逆に非難された。何となく、そのズルな態度に納得いかなかったが、立場も弱くなってそんな言い逃れするしかないのかなぁ、と同情したりもした。
あるいは、公正・公平という価値を標榜する政治関係者が、オリックスの宮内義彦みたいな政策提言しかしない場面には何度も立ち会った。
この日本では、「ソーシャル」なんてまともに咀嚼されたことはないし、伝えられたこともないんだ、とこの話を読んで自覚した。ラスプーチン佐藤優氏もネオコンがキリスト教原理主義とトロツキストの融合だとイデオロギー暴露している。日本の左翼陣営が、開発途上国型の反政府運動のまま、政治権力そのものの批判ばかり続け、有効に使うことを議論しなかったことが、今日的なネオコン・ウヨク全盛時代に迎えたと言ってよいのだろう。

●そんな状態の中で北朝鮮がミサイル発射。
左翼や東アジアを考える人にとって、北朝鮮は本当にお荷物的存在だということが痛感。私のような共産主義に付和雷同しない「ソーシャル」も、こんな北朝鮮の行動のおかげで先入観・偏見を持たれる。「リベラル」なんてぼかす自分も情けない。主体思想の字面だけみて心奮わす北朝鮮礼賛の一部の左翼のために、多くの左翼や「ソーシャル」が面倒な思いをしている。

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7/4 福島県が保育所を用意した郊外スーパーを優遇へ

福島県が、出産退職した正社員の再雇用制度や従業員用の保育所を作ったら郊外型スーパー出してもいいよ、という条例をつくった。これに先立ち、全国でも最初に郊外型スーパー規制を始めた県なので、この規制の強化と緩和を上手に使って、最小のコストで効果的な公共サービスをつくろう、というやり方がいい。

記事中で、大阪市の「改革」に取り組んでいる上山信一は、「CSRの美名を借りた過度の規制。地元が負担すべき社会コストまで転嫁すれば、出店しようという企業自体がなくなってしまう」などとコメントしているが的外れもいいところ。財産権を理由に、企業がやりたい放題やって税金で尻拭いしているのがこの社会。特に郊外型スーパーは公共への負荷が大きい。何らかの社会貢献を要求するのは筋違いといえない。

朝霞市でもマンション建設が野放図に行なわれた時期があって、今、小学校区や保育所の待機児童(実質的な)などさまざまな弊害がもたらされた。そのツケを市民が受けているし、行政も見通しのたたない財政事情のもとで問題解決の責任を負わされている。環境問題では排出者責任とか、原因者責任という言葉がある。そういう意味では福島県のとった行動は、評価されてよいし、またこうした社会貢献した企業がしない企業より優遇されるということは、企業のイメージアップと利益にとっても良いことだと思う。

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2006.07.03

7/3 イーホームズ方式介護保険の朝霞市

市の施設で、地域包括支援センターのちらしを見つける。地域包括支援センターは、介護利用の適正化と、利用者の権利擁護をめざして創設することになった機関。介護保険制度の中では、介護保険特別会計を運用することに次ぐ、公的性格を持つ。人口2~3万人に1ヵ所ずつ設置することになっている。

ところが朝霞市では、人口12万5千人もいるのに、2ヵ所しか設置せず、市役所が直接運営するこもなく、あるいは介護事業者に中立的な立場のNPOに運営委託するわけでもなく、介護施設と地域医療に熱心な病院に運営を委ねてしまった。

これでは、利用者の相談や適正なケアプランを作らせることは難しい。いくら引き受けてくれた介護施設や病院が良心的な病院でも、ルールを監視し守る仕事が、事業者ということは良くない。民間委託がいいということを無条件で信じて、朝霞市は数々の福祉サービスを民間任せにしている。それならこうした地域包括支援センターなどの権利の守り手こそ、きちんと公的に担保すべきなのにこれも丸投げ。人と接する仕事をことごとく市役所は忌避しているとしか感じられない。市職員の数は少ない朝霞市だが、いったい市役所って何の役に立っているのか。再考が必要だと思う。

すべて民間に任せればいい、事業者との利益背反の矛盾に目をつぶってきたそのツケはマンション強度偽装事件で明らかにされていたのではないだろうか。

●村上ファンドの村上世彰とか、オリックスの宮内とか、退職検察官「ヤメ検」を顧問弁護士に雇っているらしい。河上など、テレビで正義の味方のように振る舞っているが、ヤメ検弁護士は天下り役人みたいなもので、元いた職場と全く断絶して弁護活動している人はいるのだろうか。出身官庁である検察庁でのコネクションを使った弁護活動がないと証明されない以上、こうした弁護士の存在は不公正ではないかと思う。

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7/2 滋賀県知事、予想外の勝利

きょうはブログを書くネタも無く、職場で頼んだ通信教育を消化した。
そんなところに、滋賀県知事選挙の思わぬ結果が出ている。研究者から転身したかだ由紀子さんが事前の予測を裏切って現職知事を破り当選をかちとる。社民党の単独支持だったが、これは社民党の力とか、社民党的なものへの評価というよりも、かださんのパーソナリティーや政策の勝利だろう。一部には武村系の保守が動いたとか、民主もいろいろあったとか、話は聞こえてくる。

要因については、あすにでもなれば世論調査の分析の結果が出てくるので、それを見てからだと思うが、1つには滋賀県民の中に「あったら便利」でも、ムダな公共事業に対する拒絶反応が明確なかたちで出てきたということは注目できると思う。
県は、国が事業を撤退する中で大戸川ダム建設を推進したり、JR東海が一銭も負担しない中での新幹線新駅建設を、県費持ち出し覚悟で推進してきた。そのことの是非が争点だった。その中で、ダムについてはもちろん、新幹線新駅についても世論調査では明確に反対と出ていた。その中での、推進派の現職知事と、反対派のかだ候補、共産党候補の三つどもえのたたかいになった。

埼玉県や首都圏の場合はどうだろうか。目立つ選挙では、自称改革派の勇ましい首長が次々に誕生しているが、八ツ場ダム1つ建設を未だに推進しているし、新幹線新駅のような「あったら便利」程度の公共事業がストップされているという感じもない。埼玉での「あったら便利」に、埼玉高速鉄道の延伸問題がある。バブルも終わり人口減少社会に突入して、郊外住宅地の不足感がなくなったのに、この延伸を止める議論は県議会にも県民世論の中にもどこにもない。同じタイミングで埼玉高速鉄道の巨額な累積赤字をどう処理するかということが政治問題になっているにもかかわらず。この延伸は県全体が払った700億の税金を一部の地域の便利さのために浪費しようというものだ。それも、通勤電車がやって来ることで、高い地価で土地を売り払える一部の人の利益のためだけに。

話は戻し、滋賀県は保守が強く全国一旧社会党が弱い県でもあったが、琵琶湖の環境問題では今日的な政策提言型の市民運動が最も早く定着したところ。そうした現実的な運動とそれが作り上げてきた関係の蓄積がこの結果となったのではないか。一方で、首都圏は、運動の歴史の厚みはあるものの、どれも空中戦的で、個別具体的な地域からの改革についてとても軽視するようなところがあって、平和問題とか、フェミニズムとか、政治イデオロギーとか、そうしたことが地方選挙のテーマになってしまい、具体的な課題で政治を動かした歴史は少ない。

嘉田新知事は厳しい船出だと思うが、せっかくの予想外の結果を大切にしてほしいし、滋賀県議会が新知事と可能な限り合意をして政策を前進するようにしてほしいと思う。

朝日 滋賀県知事選挙特集

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2006.07.02

7/1② ゆとりとハイグレードニーズ

午前中は次世代計画推進委員会のワーキンググループの会合。今回もおしゃべりがほとんどだが、障害者の作業所を作ろうとしていた方がひょうたんから駒のような話をもらって、前に進みそうといううれしい報告がされる。

Koza午後は、地域プロデューサー養成講座。最終回。昨日は職場の研修があったので、頭の中で、それぞれで学んだキーワードが断片的に入り交じって、混乱していたり面白かったりする。

昨日の研修で「クレーム」を「ハイグレードニーズ」と呼んでいる会社があるという話は面白かった。電話相手の仕事をしている職場ならどこでもヤクザの因縁つけみたいに手を焼く電話魔(必ずしも顧客とは限らない)がいて、クレームも限度があるとは思うが。
また、仕事は対価と対価の交換で成り立っているのだから仕事の価値創造には必要だ、という研修を受けたが、では労働団体にとっての価値とは?ということが悩みになる。賃金や労働条件、機関紙の発行が労働組合費の対価であるのだろうけど、それだけに価値を見いださない組合はまた、自分さえよければよいという大企業の企業内労組的体質になる。
運動団体というのは、清朝末期に中国の内乱を指導した団体を見ればよくわかるが、到達できもしない大義や目標を掲げて、みんなでお金を持ち寄ってわざわざ苦行みたいなとこをすることもあったりする(苦行できるチャンスが得られたという対価という言い方もできるが)。交換する価値のはかり方が難しい。

今日の研修では、これまで5回の講座での疑問を洗い出して、それを講師の西川正さんがいろいろな地域での活動実践を紹介しながら、回答していくというもの。地域の企業を地域活動に取り込めないか、ということでは寄付を求めるのもいいが、それより本業で役立てることに協力してもらうよう働きかける方が効果的という話はよかった。また会員になって会費を払ってもらう見返りに何をつくるか、そんな話は昨日の研修の疑問の回答になったような気がする。

休憩時間にバックミュージックでかかっていた桜井和寿「僕たちの将来」に心がふるえる。学生時代、中島みゆきの曲の中でも良く聴いた曲だったので懐かしくなる。稚内の友人宅のお父さんを思い出す。中島みゆきというと北国と連想するが、先週の講師から返メールが来て、北国の望郷の念を語り合いたい、というようなしめくくりにもほろりとする。ものすごく北と、橋本さんの先代総理の出身県である西国と、そして殺風景なベッドタウンに、郷愁を点々を移しながら生きている自分がいる。

●ニュースの情報源は不明確だが、ゆとり教育世代が大学に入るようになって、議論が上手にできるようになったというニュースが出てきた。
これまで学力低下が「ゆとり教育」の責任だけにされてきたし、「ゆとり教育」は学力低下しか生まなかったという評価しかされてこなかったが、もっと別の検証も必要な感じがする。もちろん「ゆとり教育」に戻せばいいというものでもないが。
教育改革では、「ゆとり教育」派もその反対派も、ポスト工業化時代と国際競争時代に対応できるように、議論できる人間を育てるたい、と有識者が口々をついて出てくる。議論できる子どもたちが大学に入ってきて、教員たちが役に立つと思えているということは「ゆとり教育」を全否定すればいいというものではない。

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2006.07.01

7/1 良心があまり理解されなかった政治家

●橋本龍太郎元首相が亡くなる。自民党一党支配時代だった学生時代は、「自民党おばちゃん」に大人気な橋本龍太郎氏の俗っぽさが嫌いだった。
しかし、介護保険制度の創設、認可保育所制度の守り手として、のちのち生活の安全を守るいくつかのことを橋本龍太郎さんは大事にしてきたことを知る。この人がなければ、今日の福祉の姿はなかったはずだ。
また風力発電を運営するNPOに就職した友人に聞くと、愛知和男さんなどとともに自民党で環境問題に熱心に取り組んできた人だということも知り、それまでの政局一辺倒の私の理解を反省した。歯科医師会のヤミ献金で失脚したときには、小泉政権の犠牲になったことを悲しく思った。
ご冥福をお祈りしたい。

●一方、現職首相は公式訪米でエルビスプレスリーの真似やら遊んでばかり。マスコミは遊んでばかりと揶揄しているが、あれは目眩ましではないかと心配になる。変な密約をして、15年ぐらいたってからあちこちにとんでもない地雷を埋め込まれていたなんてことにならなければいいと思う。

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