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2006.07.27

7/26 1998年という節目を思い返して

カバーバージョンの「元気ですか」を繰り返し聴く。浜田真理子の唱う「世情」がいい。最近、マスメディアではあまり聴かなくなってしまったけど小柳ゆきの歌い方もいい。

ここのところ仕事とこれからの自分の人生をどうしていくかということをいろいろ考え込むことが多い。それから些細なことで焦ったりすごくいらだつ自分がいる。
高校生のとき、今は亡くなった同級生の仲間から「くろちゃんってさー、30ぐらいになった頃さぁ、猫背のずり足でうでぬきを履いて、今月の組合費まだ~、なんて集金してそうだ」と言われた。連合の政治活動が最盛期だった(これからもっと最盛期がやってくるかも知れないが)大学時代には組合の職員になれたらなぁ、なんて思っていた。最初の就職活動では実績もコネもつてもなかったので今の業界は断念した。そんな過去を振り返ると、今の職場は、びっくりするぐらいの望外の再就職だったはず。
前の会社は嫌いではなかった。給料は安かったが社風も自分には良かった。売り物も自分の趣味だ。期待してくれた中間管理職の人たちもいた。偏屈な自分がゆっくり変わっていくことを待ってくれた人たちがいた。政治に深くコミットした企業が多い中で、そこの会社は無色だった。それなのに札幌市議会である党派の参考人として呼ばれ新聞に載ってしまったときも、嫌な顔一つせず受け流してくれた。そんな人たちの期待や心配を台無しにするのに、突然、転職を理由に辞めた。
今の仕事で学んだことは、間違いなく地域のいろいろな活動にも役立っている。考える込む必要などあるはずないのに。梅雨が長すぎたからだろうか。

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