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2006.07.26

7/25 停滞の10年だけではなかった記憶

地味な番組だが、土曜日のNHK教育、ETV特集で、アイヌの民話を記録伝承してきた萱野茂さんの人生を、過去のNHKの映像をつなぎながら紹介していた。

「日本は単一民族」という幻想のもと抑圧されたり無視されてきたアイヌ民族の暮らしや生活習慣を、萱野さんは丹念に掘り起こし続けた。アイヌ人の居留地を水没させるダム建設に反対しながら、少数民族の権利について裁判を通して問い続けた。

せっかくアイヌ民族や北方民族を専門に研究している優秀な研究者がいた大学にいたのに、その先生と接することなく敬うだけで大学生活を終えてしまった私には、いろいろアイヌ民族について語ることはできない。大学卒業後に、ロシアやシベリアの歴史や地政学的なことを知るにつれて、極東の北方民族について興味が湧いたが、もったいないことをしたと悟る。

私が北海道にいた時代というのが、それまで少数民族の権利を認めるということが荒唐無稽な主張として扱われてきたものが、徐々に認知されていく過程と同時代であったし、萱野茂さんに着目すれば、アイヌ民族の集落を水没させるダム建設にまつわる裁判闘争をたたかい、参議院議員選挙に挑戦し、破れ、比例の繰り上げ当選をし、アイヌ新法制定にまで進む時代であった。萱野さんの擁立は、凋落激しかった本州社会党に対抗意識があった北海道社会党ならではの英断だったと思う。残念なことに頑迷な社会党中央本部のつけた順位が悪くいったんは落選したが、のちに繰上当選し、村山政権の五十嵐広三官房長官のもとで、アイヌ新法づくりを実現する。

今はどうだろうか。母子家庭、外国人、知的障害者、女、子どもなどマイノリティーに厳しいことばかり要求するような政治的主張が目立つし、彼らに創造的な役割を持ってもらおうといろいろな取り組みが行われた90年代の動きはその後停滞しているような感じがしてならない。そんな暗闇のような時代に、この番組は、人の美しい歩みを振り返らせてくれたと思う。

札幌アークホテルの浴衣が、萱野さんの同志、貝沢さんの孫がデザインしたものという。一度泊まってみたい。

●ワーキングプアに「努力しない人」とのレッテルを貼るブログ。おっしゃることは正しいんでしょうけど、この批判ってありがちー。
世の中ってそんなに立ち回りのうまい人だけで成り立つものではないんじゃないかね。そんなシステム手帳片手に就職活動するような「努力」なんかで世の中動いてないぜ。無限に努力する責任を問えるかな。こういうこと平気で書くのって、うまく立ち回れない人と仕事したことないんじゃないかな。仕事頼んだり、持ち味のある仕事ぶりを見せてもらったり、仕事以外の場で癒されたり、そういう社会経験足りないんじゃないのかな。

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