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2006.06.30

6/30② ジンギスカン屋、住宅密集地で屋外営業するな

帰宅してみると、家の前のジンギスカン店「かかし屋」が、ガーデンをつくり営業を始めた。

建設中、煙の臭いや、洗濯物への付着など、マンション住民にとって問題になると思い、過日、マンション管理組合として話を聞きに行った。その際、店長はガーデンでの営業開始前にマンション管理組合との間で営業時間や煙害防止に話し合う、社長に伝えると約束したのに、その後の何の報告もなく一方的に営業を始めた。近隣住民の生活権など無視した、問題行動だと思う。早速、対応をとらなくてはならない。

●職場の研修が終わる。
職場の未来はあまり明るくないなぁ。組合員数が減少することが要因だが、単純な数字の問題だけではなくて、団塊の世代が引退して共通一次世代が組合リーダーになってくると、恐ろしく運動が内向きになっていくような感じがしてならない。また、この世代ぐらいから公務員は競争率が高い中をくぐりぬけたエリートが多数派になってくる。また現業職なども少ない。
組合員数の減少という量的な問題だけではなく、質的にも変化がおきてくる。その中で連帯感の根底にあるものが職からステータスに移行していくことも心配している。

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6/30 政令市長会の分権型少子化対策提言から

以前も書いたが、地方交付税を交付する自治体、つまり財政の足りない自治体を判定するための基準額を決定する「基準財政需要額」を算定する数字に、交付税の改革では子どもの数を入れよ、と書いたことがあったが、政令指定都市市長会がそれに近い意見書を、少子化担当相の猪口邦子に提出した。

現在の「基準財政需要額」の算定根拠には、一部に65歳以上高齢者数が計算根拠になっていて、高齢化率の高い自治体に対する交付税のインセンティブはある。しかし、子どもの数について「基準財政需要額」で配慮はない。また自治体の固有の税収でも子どもが多いことで収入増になるような制度はなく、国の補助事業以外は子どもが増えれば増えるほど自治体財政は厳しくなるだけという結果になる。

過日、猪口邦子は、自治体も福祉を削って児童手当をばらまけと号令をかけたが、そんなこと言う前に、子どもの多い自治体は損する、自治体の現実を何とか考えた方がいい。政令指定都市市長会の提言が具体的にはどういうことなのかわからないが、的を得た行動だと思う。

港区や渋谷区のように税収がたくさんあって、子どもが少ない自治体ほど有利、ということになり、逆に朝霞市のように、高齢者は少なくて子どもが多くて、結果として生産人口が少ない自治体が収入では損をするようになっている(もっとも朝霞市はさらに支出を絞り込んできた歴史が長く、財政的には比較的良好な結果になっているが)。
竹中平蔵が推進している交付税改革では、一律人口と面積だけで基準財政需要額を決定しようとしているが、そなると、保育所も介護保険もちゃらんぽらんな、支援を必要とする人を棄民するような、子どもを持たない高所得者が寝に変えるだけの町が一番有利になってしまう。
整備新幹線をはじめ、裏補助のある公共事業をやればやるほど自治体ほど交付税が大きくなるというような問題意識は理解するし、そのために簡素な算定根拠を、という考え方はわかるが、自治体が地域社会で現物のセーフティネットとしての仕事があることを考えると、人口や面積だけではない、もう一歩、踏み込んだ算定根拠が必要だと思う。

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2006.06.29

6/29 おれは煉瓦を積んでいるのさ

職場の研修を受ける。

建築現場で職人が「おれは煉瓦を積んでいるのさ」「建物を建てるために煉瓦を積んでいるのさ」「煉瓦を積んでいるのは立派な教会を建てるためさ」という3つのセリフを比べて、仕事へのモチベーションを説明せよ、というお題が与えられた。正解というものがあるわけではないけれども、自分のやっていることが価値を持つという意味づけをしていると、同じ煉瓦を積む仕事でもいい仕事になるというような答えが、話の流れではベストのこたえ。

ところが私はそういう正解を知りながら、ついついあまのじゃくな気持ちがもわもわとわきおこってしまう。迷惑施設の建築に携わっている職人がむしろ仕事の意味を知りすぎていて、通りがかりの人に何をしているのか、と聞かれて「おれは煉瓦を積んでいるのさ」と答えているのではないか、などと答え、あまのじゃくな上司たちを見てきている同僚たちが爆笑。いけませんねぇ。

で、帰路、電車の中で考えていると、この世には無表情な顔して「おれは煉瓦を積んでいるのさ」と見ればわかることしか答えない人たちがいる。ほんとうは素敵な仕事につらなる1つの大事な仕事をしているのに。もったいないことだ。

●昨日、03年の東京都知事選挙でがんばってくれた西哲史さんから電話をいただき、政令市になる堺の市議選に立候補することにるとごあいさつをいただく。しかも勤務先の労組の準組織内候補として。奇縁だ。多分、組織内候補としては全国最年少になると思う。当選をかちとってほしい。

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2006.06.28

6/28② 猪口邦子少子化担当相はほとんうに学者だったのか

猪口邦子が地方自治体も福祉や教育でお金を使ってばかりいないで児童手当で血を流せとバカな発言をした。

児童手当が政策効果をどのように挙げたのか、立証したのだろうか。学者出身の大臣なのだから、自治体に浪費を迫るなら、それぐらいやってからだろう。私は児童手当などに政策効果などないと思う。少なくとも少子化対策という点では全くないと思う。国からもらう手当のために、妊娠のためのセックスに励む人の顔を見てみたいものだ。

福祉ではニードといい、システム開発では真因分析というが、ユーザーの直接的な要求をそのまま実現しても問題解決にならないことがあるから、要求の背景にある問題を見つけだし解決の手だてを考えることが大事だという考え方で仕事をする。

児童手当増額論を主張する人は、様々なアンケートで「子育てにお金がかかる」という回答がいつも多い、と引き合いに出す。しかしその回答にはずいぶんいろいろな解釈ができるし、そうした回答の選択肢を与えているアンケート自体が安直なのではないかと思う。
保育料が高いと感じる人もいるし、私塾に通わすコストがかかるという人もいるだろうし、ミルクやおむつなど生存すれすれのものにお金がかかると感じている人もいるだろう。かかっているお金とはいくらぐらいなのか、という感覚も千差万別で、「子育てにお金がかかる」という回答が多いからと、政策決定に直結できるようなものになるとは思えない。

例えば私塾に行くのがお金がかかるというなら、私塾に行かなくてもいいような公教育にすればいいし、逆に、私塾に通って一定の教育水準を獲得できれば、義務教育課程をふんだとみなす教育制度にすればいい。そうすれば二重教育にお金を払う必要はなくなる。「生徒指導」だとか「日の丸・君が代の徹底」だとかコスト意識のないムダばかりやっている今の公教育にお金を漫然と使うより効率的だ。
一方、ミルクやおむつなど生存すれすれのお金がない家庭は、子どもができたから貧しくなったとは思えない。もともとの保護者の家庭環境が、母子家庭だったり、失業者だったり、経済的弱者である可能性が高い。であるなら、就職斡旋だとか、職業訓練だとか、ひとり親家庭向けの所得補償政策をやって、そこに集中的にお金を投下すべきだ。

かつて、「お年寄りにやさしい」と長寿祝い金をばらまいていた自治体がたくさんあった。元気な年寄りだけがその金で楽しい思いをし、要介護の年寄りは、その金を家族に召し上げられ、満足な福祉サービスもない中で、家族介護にすがるしかなかった。お金はくれるけど家族も本人も地獄という状態だ。今みたいに高齢者福祉がある程度のレベルに達すると、長寿祝い金など誰も評価しなくなった。極端なことを言うと、児童手当もこの長寿祝い金のような意味しか持たないのは明白だ。

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6/28 増税してくれと云わせてくれ

もうすぐ終わろうとしている小泉首相の評価が、政治の歴史を研究している人たちのいいエサになろうとしている。吉田茂や池田勇人を超えるとは思わないが、田中角栄と同じくらい、後の時代を拘束するぐらいの存在になるだろう。

その小泉首相がいくつかのきわどい言葉を残していることがわかってきている。1つは規制改革会議で「証拠が残らないように議論してほしい」と言ったこと。そのためこの委員会は議事録がない。透明性や参加の平等に拘った小泉政権では珍しい政策決定スタイルだ。そのほころびが今、出始めている。

もう1つは、「増税してくれというまで歳出を削れ」という発言。小泉さんの進める小さな政府の本質を言っている。トータルパッケージで役に立つ政府を提示することなしに、帳尻あわせをギリギリやって国民との我慢比べの中で、適切な財政規模を決めようというのは、あまり豊かな国民国家の像ではなさそうだ。私は小泉さんの云うところの野党からの増税論者だが、それは我慢比べの果ての増税であってはいけないと思う。景気が中立的な状態のもとトータルパッケージとしての政府の役割を描き、そのもとでの税収水準を決定すべきだと思う。

露骨に就職差別されている母子家庭への補助金「児童扶養手当」は大幅に削られているのに、高所得者には児童手当が増額するのが、小泉政権の歳出削りの本質である。この他にも野口英世賞、日本橋の高速道路の地下化など道楽予算はつけてやろう、というのに、政治的発言力が奪われた人には、自立への端緒を奪うようなことを平気でやる(こうした傾向は都知事&都議会の東京オリンピック誘致とか、埼玉県知事のマラソン大会への執拗なこだわりとか、朝霞市役所の災禍祭への力の入れようなどにも感じる)。

これ以上歳出を削っていけば、保育料や介護料などもろ実費を要求されるだろう。赤ちゃん預けるのに月15万ぐらいは最低でも覚悟しなければならない。介護施設は月30万は払わなくてはならない。そうなったら、多くの人は家庭内福祉のために働くことをやめてしまうだろう。福祉の仕事はこの社会から無くなるわ、家庭内の福祉のために働く人はいなくなるわ、で、しかもそうして絶望的に働くのやめてしまった人が社会復帰することはほぼ難しくなるから、国民所得はどんどんしぼんで、経済はどんどん落ち込んでいくだろう。

最近、損保業界やある生保の大きな保険金不払いが問題になっているが、今の政府はまさに保険料は下げるけど、保険金も支払わない悪徳保険屋のようになろうとしている。保険金を払わない保険屋も、管理部門や役員を養う金はかかる。保険金を払わないからと保険料がタダになるわけではない。ユーザーへのサービスコストの割合が猛烈な勢いで減っていくだけなのだ。

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2006.06.27

6/28 保守系・公明党市議が国家公務員住宅受け入れへ

市役所名で、基地跡地の国家公務員住宅の建設撤回を求める意見書を出したが、市議会の基地跡地利用促進特別委員会では、6会派中4会派が国家公務員住宅受け入れに賛成を表明した、と読売が伝える。

6会派中4会派ということは、共産党と市民ネットは受け入れOKするとは思えないので、保守系の進政会、拓政会、民主クラブと、公明党が受け入れに容認姿勢を示したことになる。保守系会派が市長の意向を無視して、国家公務員住宅の受け入れに賛成するとは思えないから、当初は勇ましかった市長も一定の方向転換を図っているのではないか。

市議会が容認と打ち出せば、行政権の下にある策定委員会、市民懇談会の結論は一定制約されてしまうことになるだろう。市議会が、市や策定委員会、市民懇談会の結論も方向性も考え方のベースもまとまっていないこの段階で、どうして容認ということを受け入れることをあえて示したのか、いろいろ深読みする必要がありそうだ。

私は、基地跡地に国家公務員住宅を受け入れることが跡地の自然保護の1つの方便、方策だと言ってきた。しかし財政面ではそれで正しいと今でも思うが、基地跡地の適正な利用ということを考えると、ここにきてあやういこと言ってしまったような気がしている。

基地跡地を何が何でも開発し、何でもいいから建設物を建てることで公共事業のおこぼれに預かろう、そういうような公共財産を食べている人にとって、手っ取り早く跡地利用できる道筋を立てるために、国が3ヘクタールしか利用しならなら、さっさと障害になる話を整理しておきたい、ということなのだろう。受け入れても残った16ヘクタールは自由に開発する余地がある、ということだ。あとは公共事業やり放題、民活で土地バブルやり放題、ツケは市民の税金から払う、そんな構図だろう。国はそんな朝霞市の判断を、高見の見物しているに違いない。

国家公務員住宅が来るということは、朝霞市は相当な覚悟が必要になってくると思う。国家公務員住宅には、転勤の多いキャリア組の若手官僚も相当入ってくる。行政と市議会議員は全く異質の住民がやってくることを覚悟した方がいい。国会議員を説得して仕事にしている人たちだからまず情緒論では統治することは難しい。今までの朝霞市民みたいに、行政や地域に不満があっても我慢するような人たちではない。かなり理路整然と、さまざまな法律や知識を使って批判されたり苦情を言われるだろう。苦情を言ってきた人の素性なんか調べたり、裁量権で報復などすれば、えらいことになる。

行政サービスの水準の低さも相当な問題になるだろう。彼らは、ある程度以上の自治体ならやれるように諸制度を作る仕事をしてきたのだから、それらが自分の住む朝霞市でことごとく中途半端な水準だとわかった場合、問題化するのは自明だと思う。
さらには、国家公務員は積極的に政治にコミットしないが政治に関心もある市民である。これまで人口が増えても総投票数37500票前後の市民しか投票しなかった環境のもと、内輪の中でやってこれた市議会議員の選挙事情も相当変わってくると思う。そういうことを覚悟した上での4会派は受け入れ容認姿勢なのだろうか?と思う。

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6/26 日本とイタリアの憲法改正談義の違い

家族にひきこまれて、夕食後に寝てしまい、今、目が覚める。

過日のブログで、路上喫煙防止条例に反対した市議のことを取り上げたが、25日夜、その田辺市議と面談した。
監視社会批判として妥当か、公共空間の禁煙を決定する正当性はどこにあるのか、という論点で議論は平行線だったが、途中から議論に加わっていただいた同じ会派の藤井市議は、路上喫煙の罰則は良くないが、路上禁煙が必要だという合意は必要だと、考えていて、藤井市議とは共通のベースを確認できたことが良かった。
田辺市議には、自分たちの主張を批判するなら引用もしてほしいと言われ、後日、このブログに田辺市議の執筆した路上喫煙防止条例の反対論を掲載するよう依頼された。

●イタリアで憲法改正の国民投票がおこなれている。イタリアも戦後一回も憲法を改正していないし、戦後憲法が平和と民主主義の象徴的な存在のようだ(日本のマスコミの評価なのでどこまでほんとうかわかりませんが)。

イタリアでも右派の前政権が改憲を提案したが、その内容は日本とうって変わって、国の基本理念は一切手をつけず、連邦制への移行や、上院下院の役割分担の明確化など、国の運営に関する技術的な改正が中心。この点が憲法改正談義を検証する上で重要な視点になると思う。

日本の憲法改正談義はイタリアとは逆で、参議院の存在の意味や、地方分権など憲法が機能させるべき「統治機構」と言われる憲法の機能面に関してあまり議論がされず、ほとんど意味のない人権条項の改正や、平和国家の理念、国民の義務や責務といった国の基本理念、悪く言うと精神論ばかりが議論されている。これは精神論さえ変えれば問題を解決できる、という特攻精神に他ならない。

折しも、冷泉彰彦「関係の空気場の空気」を読む。アメリカ人に日本の会議に参加させて、スローガン的な抽象論ばかり上の者が話すのを見て、「バカじゃないのか」と激怒したエピソードを引き合いに出しながら、日本の企業の出張の多さ、会議の多さは、空気の確認のために行われ、合理的な意味を持たないという下りには、憲法改正の日本とイタリアのありようの違いを示しているように思った。

このブログを愛読されている人は感づいていると思いますが、私も「空気」を読むのがとっても苦手です。だから精神論や抽象論をされたり、言葉になっていない同調圧力を感じると、途端に嫌気が指すし批判したくなるのだと思います。

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2006.06.25

6/25 助産士会は未来ビジョンを示せるか

日本助産士会が全国でリレー開催している「どうする?日本のお産」プロジェクトの埼玉の集会が志木駅前のほっとプラザであって、出かけてくる。

産婦人科医が減っている中で、日本のお産の全体の構造を変えてみたい、というこのプロジェクトコンセプトは賛同できるし、過日も書いたがほ乳類としての本来的機能だから、すべてがすべて医療を必要としているものでもないだろう、というところに踏み込んでほしかった。そういう、提示するものが何も見えなかった。

午前中のディスカッションでは、ちょっと問題だなぁ、と思う運営だった。

こういうディスカッションは体験談の告白合戦みたいになるのは仕方がないにしても、それにしても、発言者が主催者である助産士の介助で出産した母親が大半だったのは気になった。それもみんな「お産エリート」みたいな発言。ダメ親が1人もいない。「産婦人科でフランス料理を出すなんて」。同感だけども、そういう言い方には何かひっかかる。

また、主催者とは別の、新座市内で開業している助産士が、「産婦人科不足の今だからこそ、医療中心のお産を生活に取り戻す好機ではないか、多くの人には自然に産む力があるのだ」というような発言をした。が、その直後、他の発言を求めた人を飛び越して、主要スタッフと見られる人に発言が当てられ、「私も会費を払った一会員です」という前置きをおいて、さきの助産士の発言を全否定していた。主催者側の人間が参加者の発言を否定することはまずいんじゃないだろうか。

また、「産婦人科医は誘ったけど誰も来れなかった」というような報告がされていたが、会場には産婦人科医が2人来ていたのに発言が振られることはなかった。
AERAの記者が発言をしていたが、今までのAERAのお産の記事、どうにかならなかったの?という感じ。こういう機会を捉えて勉強してください。

最後の方には、主催者である助産士が、また「一会員として会費を払っている私にも発言させてください。」と前置きして、「私は訴訟の危険もあるしリスクの多い仕事、やめたいんです」と言っていたのも気になった。クライアントの妊婦がこういう発言を聴いたらどんな気持ちになるだろうか。ますます立場が弱くなるだろう。医師にしても助産士にしても、支援者であって、精神的な借りを作らせるこどかいいことなのか疑問だ。

全国もこんな一方的な議論しているのだろうか心配になった。
今、病院のお産が崩壊している状況で、助産士会が自らの職としての影響力拡大とともに、理念にもとづく政策提言を国民に対してできなければ、助産士は再評価されることもない。医療業界の枠内だけの議論をすれば、わずかな助産士の地位改善にとどまり、今の構造のままだ。それでは一部の「意識のある母親」以外のお産は、大病院での機械のようなお産を選択せざるを得ない状況がますます進むだろう。
医療の必要なお産と、母体の力に頼るお産を再定義して、制度構築をしなければ次の時代のお産はしばらく真っ暗なままだと思う。

それでも2、3人の発言者が良かった。「ばりばり働いて、お産に入ると地域が全く見えなくて、孤独の中で独りでたたかった、これを何とかしたい」「出産の情報提供についてファッション雑誌に頑張ってもらえたら」、など母親の意見や、助産士教育をしている方の「むかしの産婆の仕事の守備範囲、やってきたことはすごいものがあります。そこにどこまでたどりつけるのかが教育者としての私たちの課題です」という発言があった。これらの率直な発言ををどこまで広げていけるのかが問われていると思う。

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2006.06.24

6/25 入居者を面接するマンションの取り組み

午前中、朝霞市の地域プロデューサー育成講座に出席。広報&会議の演習。「北の国から」の広報を仕事とし、NPO活動に転身した吉田理映子さんの広報の話は、いろいろなことを考えさせられた。最近、コミュニケーション能力がどんどん低下している自分を痛感していて、何とか手を打たねば、と改めて思う。残念なことに午前で中座。

午後は、マンション管理組合の支援NPOの総会に出る。デベロッパーの子会社で圧倒的情報量を握る管理会社に、シロウトだらけの管理組合が対抗していくためには、こうしたNPOがもっと育成されないと、朝霞のようなマンションだらけの街は、スラム街化していくような気がしてならない。
記念講演では、毎日新聞論説委員の三木賢治さんがマンションの防犯というテーマで講演した。岡っ引き時代から続けてきた警察のインサイダー捜査が全然通用しなくなってきて、予想外のところから犯罪者が発生する時代になっている、監視カメラやパトロールと違う、もっと手軽な防犯をみんなでやることに意味がある、との話。
また、港区のエレベーター事故を受けて、独立系マンションエレベータの保守点検をやっている方の講演も追加される。危険なエレベーターのチェックポイントを教わる。

●終了後、懇親会があり、近所のマンションで自主管理しているところの人と親しくなる。住宅生協が販売したマンションが20年前に東京住宅生協の破綻とともに自主管理に移行せざるを得なくなったという。それまでは上げ膳据え膳のマンション管理だったので、一気にふりかかって大変だったけど、かえって自分たちでいろいろがんばれてよかった、という話。だからこそ、支援組織が必要だと力説。
参考になったのは、中古物件として購入しようとしている人に管理組合が面接を行っている点。マンションが中古物件として商品化され取引されると、どんな人が入ってくるかわからない。マンションは建物を共有する運命共同体なわけで、新しく住んでくれる人に、それなりの共同責任を理解してもらえないようだったら、その後の維持は難しい。勝手に購入者を決めた販売業者には徹底して理解を求めているという。そうしたていねいな取り組みの結果、期せずしてコーポラティブハウスのようになっている。そこでは、管理組合の総会には3分の2の住民が出て、役員選挙もきちんと立候補者で埋まるという。もっと話を聴いてみたい。
同席した新潟鐵工所の元社員の方の話しも面白かった。エレベーターは鉄道の技術の派生物だそうだ。

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6/23 市議会議員の就職コスト考

合併で行われた秩父市議選で買収事件が起き、NHKのインタビューで容疑者が赤裸々にその内実を話したことから、関東ローカルでは比較的大きなニュースになっている。古典的な買収事件で、選挙になったからと有権者に現金を配ったらしい。「以前からやっていたように」と。
折しも、向いていないから、とあっさり政界を去った久野統一郎さんのルポ「代議士やめます」を読んでいるさなか。中選挙区時代、久野氏は、竹下派からもらったウン百万のお金を、もらったらすぐに支持者にそのまま配っていたという話とオーバーラップする。
中選挙区制時代の「千葉3区」「埼玉3区」「愛知2区」など、大都市圏に隣接する「いなか」地域は、こういう風習が最近まで残っている。

事件の話題になった秩父市は、34万3000円/月、ボーナスは4.4ヵ月で、公務員の平均年齢の年収ぐらいといったところか。その程度の報酬の仕事に就くために、毎日何人もの運動員に5000円払い、票のとりまとめする地域ボスに数十万円を渡したというのだから、常識では割に合わない。割に合わない仕事をなぜそんなに必死になってやろうとするのか、市議という肩書きを使ったサイドビジネスができるからだろう。

埼玉県内で議員報酬を下げようという市民運動もあるが、他の地域の自治体に比べれば、埼玉県内の市議の報酬は低い。政令指定都市のさいたま市が報酬と政務調査費で飛び抜けているぐらい。
他は、同規模の他県都市と比べてびっくりする位安い。朝霞市は月収37万。ボーナスは3.75ヵ月。年収では40歳の係長クラスの市の職員より低い。さらにここから国保料や国民年金保険料を払えば、手取り給料は30歳市職員と同じぐらいになる。40や50のおっさんが喜んでやる水準ではない。

議員の報酬を引き下げる市民運動が全国各地で花盛りだが、私はそれは違うと思っている。もちろん、高すぎる報酬もないわけではないが、県内は、朝霞みたいな報酬が大半だ。
かつてのように秘書も従業員も雇え、地方にできることはほとんどなく、まちの有力者が集まって議会をやっていた時代は、報酬は低くても、場合によっては無くても構わないと思う。
しかし、地方分権で市議会の考えるべきことが増えていく時代には、議員は副業ではできなくなると思う。また地方議員は、落選時の再就職も難しい。そのような中、低報酬では土地持ちか公明党か共産党しか市議は出てこない。それだけならいいが、40や50のおっさんがこの報酬で暮らしているとも思えない。市議という肩書きでサイドビジネスをやって、公共事業や、土地利用の変更などを伴う大規模な商業施設の建設など、さまざまな謝礼を受け取るようなことの温床になりかねない。

そんなことを考えさせられる事件だ。

もう1つ、議員の数を増やして報酬を下げる、という考えもある。それに一理あるが、私はその考えには無条件で賛成できない。個々の政策の決定過程に市民参加の手続きが増え、そこでは党派を超えた合意形成が進められている中で、あえて市民を党派間の政治的抗争システムを前提にした議会に参加させなくてはならないのか、そこに至る議論はもう少し熟成させていく必要がある。拘束性の高いサラリーマン住民の参加をどうするかも検討しなければならない課題だ。時期尚早だと思う。

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2006.06.22

6/22 8日の参議院で助産士について議論がされる

少し古い話になるが、医療制度改革を議論している参議院厚生労働委員会で8日、野党系議員が助産士のことについていくつか質問している(連合の情報から)。野党の質問者は、助産士への評価や、助産士の開業を阻んでいる嘱託医の資格要件など緩和するよう求めた。
産婦人科に関してはいろいろな問題が出てきて、関心が高い。お産が医療に依存しすぎていないかということを振り返る必要があると思う。そういう点で助産士の再評価に視点をあてた今回の野党の質問は的確だったと思う。

野党の3議員(円より子、津田弥太郎、福島瑞穂)質問からは、他の医療問題とともに、①助産士の嘱託医は、病院か開業医でなければならず助産士の開業を阻害している。②さらには、日本産婦人科学会は嘱託医を受けないように会員に通知しており、その弱みにつけこんでお礼奉公的なアルバイトを逆に要求する事例もある。③助産院のお産は曜日による偏りが見られないのに産婦人科でのお産は平日日中ばかりである。ことなどの助産士と産婦人科医の不適切な力関係が指摘されている。
これに加えて、医療不足がそうするのか、あるいは母体の力が弱っているのか、帝王切開の比率の急増などもつけ加えると、産婦人科医が安心して働ける環境ではないことは認めながらも、助産士にとっても、産む母体にとっても、安心できるような状況ではないということが言える。

厚生労働省の担当局長の答弁では、①助産所の開業に当たっては、医療安全の確保の観点から、嘱託する医療機関を定めるようにした。②助産所の嘱託医が契約料を求めること、助産師のパートタイム労働を条件に嘱託に応じるのは適切でない。③日本産婦人科医会の関係者とはよく話し合い、不適切な部分があれば指導する。助産師の業務範囲は、医療安全の面から現行の範囲で充実をはかることが当面は良い。出産後1時間以内の母子対面や分娩時の姿勢など、病院が助産所から学ぶべきことはある。

産婦人科医は確かに大変だと思うが、それでも自らの大変さをマスコミを使って声高に宣伝できる立場がある。最近はそれを悪のりして訴訟を起こす患者を非難し、ときには受診放棄も辞さないような言動をしている。国民の生命財産に影響のないような職種の公務員にまでスト権を否定している国で、生命を預かる職業人の言葉かと耳を疑う。
産婦人科業界は、死産やお産による死亡を下げてきたという功績はあるが、終戦直後にGHQの力を得て以来、ニッポンの伝統である助産士(産婆)や、自然なお産を不衛生で前近代的なものであるかのように言い、否定し病院に収容し続け、お産を人々の生活空間から医奪い取ってきた。病院の保育器の並んだ部屋などその象徴だと思う。また何度も批判しているが、本人の承諾もなく、中東やアフリカの性器切除にも似た会陰切開という蛮行を繰り返していることも由々しき問題だと思う(三砂ちづる「オニババ化する女たち」を読んでください)。

産まれたばかりの赤ちゃんの、匂い、なまなましさ、実に機能的な泣くタイミング、そんなことを見て感じて感動する機会を奪い取ってしまった。いつから生と死は、病院でしか行われなくなったのか。人々の眼や鼻に伝わらなくなってしまったのだろうか(なぜかこの問題になると、私はとても復古調だ)。
安易な医療否定は問題だと思うが、医療機関がないわけではない大都市のようなところは、助産士でのお産にシフトすることが有効だと思う。お産は、ほ乳類が2億年以上も医者なしで続けてきたこと。大半のお産は医療が介在しなくても何とかなるように思うが、これは違うのだろうか。

※連合は、この情報で主に医療保険の免責制度の導入に対する野党議員の反対論を取り上げている。この政府の考え方も問題があるが、また別途の機会にしたい。

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2006.06.21

6/21 宗教と愛国を教えるのは学校の役割かね

村上世彰の政治舎弟・松井孝治は少なくとも公認取り消しぐらいにはなったかと、民主党のHPを見たら、民主党の未来世代応援計画というものがアップされていた。

児童手当の増額以外の政策内容は非常にいい。保育所に関しては初めて保育所スタッフの質を支える人件費問題に言及してくれた。また保育所をすべての子どもたちの居場所に統合していくビジョンも示し、大きな枠組みとしてはそうとういいものができていると思う。イラストがわたせせいぞう風で嫌だが、継ぎ接ぎだらけで政治的牽制球だらけの与党の少子化対策よりずっとよい。

ところがこの応援計画の精神とまったく反するような、民主党は愛国心教育基本法の宣伝全国行脚を行なう。その矛盾をどう整理しているのかわからない。

愛国心教育、宗教教育、私学の建学の自由の尊重、またそれに相反するような学校教育の国の責任という。学校法人と宗教団体に利権や得点をばらまいて、その請求書を国の責任でとことん面倒見て、うるさい自治体は関与させない、というシステムだ。
イデオロギーで子どものモラルを回復しようという安直な発想で、シロウトが粘土こねこねしてできあがったものだ。異様なほどに宗教教育に拘るが、国家神道や統一教会を始めとした新興宗教への寛容さを教育しようというのか。葬式仏教に対するサイフを広げようというのか。ギリシャ正教を公教育で布教するなら話は別で賛成してもいいが。
この教育改革に関しては、与党よりも民主党案は悪い。ユーザーである国民のニーズを全く把握していないし、問題意識が空理空論である。日本経団連の義務教育改革への提言と読み比べると、民主党のできの悪さが際だつ。民主党内の日教組の組織内議員はいったい何をやっているのか。日教組組織内議員は、昔の教え子やその保護者にこんな案を納得してもらうよう説得できるのか。やってほしい。日の丸・君が代には反対しても、こんなめちゃくちゃな教育改革には目を瞑るというのか。良心の放棄である。

民主党を安全保障問題でまとまらない、という人がいる。それについて私は乗り越えられる問題だと思う。与党になれば状況に応じて少なくとも結論を出す責任は求められるからだ。
それより、家族政策とか、愛国心とか、そうした政治家が任意に動かせる政策をめぐり、価値観が割れる原因になると思う。実際、熊谷弘が保守新党を作って出て行ったときにも、男尊女卑の家族感を前面に出した議連が、その新党の原動力になって、離党した山谷えり子も、離党をうわさされた上田清司も、松沢広文も、中田宏も、野田佳彦も入っていた。

●このまえ近所の古本屋に立ち寄ったら、小林よしのりが新しい教科書をつくる会に関わっている頃に出した本があった。
その中に埼玉県教育委員になったいわくつきの高橋史朗が寄稿していて、今の子どもたちには自尊心がなくて(私もそう思う)、そんなところから自分の力でものごとを解決することを放棄して非行に走ったりひきこもったりする(半分そうかもしれない。ここまでの問題意識は左翼出身教育学者らしい)、だから自尊心を取り戻すために多少、作り話でも神話を教えて自国の誇り高い歴史を教えることが必要なのだ(!?)と。おめでたい頭脳だと思う。関係ねぇだろ。じゃあ、それを教えていた戦前・戦中派がなぜあんなに露骨に部落差別や朝鮮人差別をしたりしてきたのか。そこに非行や自尊心の欠落を押しつけていただけじゃないか。自分の学校を礼賛させる学校にいたからよくわかるが、自分の所属する学校や地域や国の誇りばっかり教えたってろくなことはない。中身からっぽの仲間意識によりかかった甘ったれた自画自賛人間が製造されるだけ。勉強できるようになるわけじゃないし、高いモラルなんか生まれるわけがない。

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2006.06.20

6/19③ 喫煙防止条例が監視社会?

共通の知り合いがいる藤井市議から市民ネットのレポートを送らなかったのは手違いだったので改めて送りたい、と言っていただいて、今日、6月号を受け取った。

4ページしかないものの2ページも使って「余計なお世話!!路上喫煙防止条例に関して」と、路上喫煙条例に反対した理由を、田辺市議が書いている。あまりの質の低さに呆れてしまう。
路上喫煙防止条例に反対している理由に、監視社会、上からの強制、市民への義務を課す、などという今どきの左翼に流行している言葉をちりばめ、その言葉を使うために理屈を展開しているとしか思えないような内容。
今回の条例では実効性がないと批判しているが(それは同感。私はだから田辺氏とは違って実効ある罰則にすることが必要だと思うが)、では実効性の上がる建設的な議論を田辺市議はしているのだろうか。こうした問題は慣習法だと、喫煙者の善意に期待するような言葉しか出ていない。被害者への想像力など欲望の煙の前に雲散霧消して、所構わず慣習法で喫煙するのが相手だから、慣習法が役に立たないのではないか。何が監視社会なのか、全然わからないし、そんなところで監視社会批判をすると、本当の意味での監視社会化にまともな批判ができなくなってしまう。

そんなことで怒りをふつふつと煮えたぎらせていたら、静岡市では、ぜんそくの患者である中学二年生の子が議会に陳情して、繁華街での喫煙禁止条例を作らせた、というニュースが飛び込んできた。票にもならない中学生なのに当事者に対する感性の違いをまざまざと感じた。

余計なお世話からはじめて、社会的に発言力のない人の声など公認されない。煙草に関しては気管の弱い人や、火や灰の被害を受けている人の気持ちは百遍言葉にしても伝わらない。

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6/21② ペットに優生思想を求めていいのか

大好きなNHKのクローズアップ現代だが、今日は内容がひどかった。
売れる犬をつくるために乱交配が繰り返され、遺伝病による障害犬が増えていることを取り上げた内容。それも前半は、人間の欲望のためにペットに近親交配を繰り返して、障害になる犬が増えていて、ペット業者に規制の強化が必要だという。ここまではとてもよい問題意識だと思った。

問題は後半で、そもそも遺伝病があることがいけない、という問題意識から、NPO団体が遺伝病のある犬をあぶり出し登録する制度をスタートさせたことを、いいことだというような取り上げ方。ふだんはとってもいい突っ込みをする国谷裕子さんも、全然、疑っていない。

でも、遺伝病を持つ犬を登録して予防するということは、壮大なムダな事業だと思うし、ナチスの優生思想・断種法につながる危険な考え方・試みだと思う。自然発生で出てきた遺伝病すら撲滅しよう、という考え方はどうか。そういうことを礼賛し公共の電波に流してしまったことに危険を感じた。もしこれが人間だったら、遺伝病を持つ人間はセックスをしてはいけない、子どもは強制的に中絶するという理屈になる。

遺伝病や遺伝子による障害は、生物の進化のメカニズムと表裏一体だという考え方もある。そうなると、遺伝病そのものを撲滅してしまうことは疑問だし、もっというと、環境や時代が変化すれば、新しい遺伝病が発生する。危険な考え方を使いながら、壮大なムダな実験をしているとしか思えない。

●山口の母子殺人事件の被告の無期懲役判決が最高裁で差し戻しになる。おおむね死刑判決への流れになる。被告の弁護士があの安田好弘弁護士だ。「日弁連の用事だ」といって重大な局面で裁判を欠席するなど裁判に対する態度、被害者に対するなめきった対応、記者会見の横柄な態度を見てると、安田弁護士がこうした事件の被告の弁護をやればやるほど死刑廃止論に対する社会環境が悪くなる。私は死刑推進派の別働隊だと思っている。

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6/20 来賓に思想点検する自治体

戸田市の市議会で、君が代斉唱で起立しない来賓に「腸が煮えくり返る思い」として、どの来賓が起立しないか点検すると教育長が答弁した。

何様なんでしょうか。君が代斉唱しない生徒や教員を統制することすらどうか、という議論があるのに、来賓まであれこれ言い出すとは・・・。世間常識として来賓というのは、お呼びして来ていただいた方であって、そういう人を目下の主催者があれこれ内面調査をするなど、どうしてできるのでしょうか。そうした常識を今の学校は否定するのでしょうか。この教育長の言っていることは、成人式で来賓の祝辞が気に入らないと、壇上に上って来賓を冷やかしたり、物を投げたりする若者と大して変わらない態度です。そんなに煮えくり返るなら、そもそも呼ばなければいいだけではないでしょうか。
また、来賓であっても思想の違うものは許さない、徹底的に調べ上げる、というなら教育の仕事なんかしないで、公安警察か公安調査庁にでも就職すればいいのです。

教育者というのは倒錯している、と思う出来事です。20年来の学校不信がますます加速しています。こんな教育者がトップのまちの学校で学問を教わることができるのでしょうか。

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2006.06.19

6/19② 言わんこっちゃない・・・

過日、福井総裁バッシングを始めた民主党の愚かさを指摘したが、言わないこっちゃない、民主党の若手参議院議員の足元に火がついた。モラリズムにもとづいた感覚的なバッシングをやると必ず返り血を浴びる。なぜなら与党は警察も検察もいていろいろ情報を持っているから、予防線を張っているし、野党の弱みも十分知っている。同じ手口で反撃されるだけだ。こうしたスキャンダルには、違法性があるのか、政策をねじ曲げた危険性がなかったのか、そうした観点から徹底した議論をすべきというのが、ライブドアメール事件の反省ではないか。
福井総裁が退任すべきなら、もっと便宜供与を受けていた松井氏は辞職すべきだろう。

松井孝治議員は、笹野みちるの母ちゃん、ベテラン笹野貞子の公認を剥奪して当選した参議院議員。村上氏との関係が深いとずっと言われてきた。ところで村上氏を一番育てたはずの規制改革会議の議長、宮内義彦はどうなったんだ?マスコミは調べているのか。

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6/19 市職員のみなさん納税者の使ってる電車に乗ってみてください

帰宅時の有楽町線が猛烈な混雑。朝のラッシュの方が空いているぐらい。帰宅ラッシュ時間の本数の少なさには参る。

このブログにときどきコメントしてくださる和光市議の松本さんが、市役所として地下鉄会社にダイヤの改善を申し入れるよう働きかけたとのメールをいただいた。松本さんも昔は都内通勤をしていて、有楽町線の夕方や夜のひどい混雑や早い終電に苦しめられた経験もあって、動いてくださった。感謝。残念なことに、和光市役所の担当職員はピンと来ていなかったみたいだ。

来年、13号線の開通し、東上線は大規模なダイヤ改正をすると大見得切っているのだから、沿線自治体が申し入れるなら今がチャンス。ダイヤを良くしなければ、東武の開発行為を規制するぐらいのことをしたっていい。
和光市でこんな状態なのだから、他の沿線自治体は何もしていないと思う。埼玉都民って、自治体にせっせと住民税を納めているのに、大切にされないなぁ・・・。税金を使わず、社会を改善し、納税者がより気持ちよく働いて効率を上げられるようにすれば、市にとってもプラスになると思うのですが。

このあたりの市職員のみなさん、たまには通勤電車に乗ってみてください。みなさんの食い扶持を賄っているお金はどんな思いをして稼いでいるのか、知ってください。

●有楽町線を都内から自宅方向へ乗ると、小竹向原駅で西武線方向と、東上線方向と二股に別れる。その二股に別れる小竹向原駅で違う方向の電車に接続することがある。ところが駅の発光ダイオードの案内板には、小竹向原駅での接続電車の案内は一切表示せず、反対方向の電車に乗りたければ2本待てとか、3本待てとかそういう不親切な案内がされている。駅員に聞いても、目の前の電車が小竹向原駅で接続電車があるのかないのか答えられない。案内板にしたがって電車を待っていると、日中で最大18分も行きたい方向の電車が来ない。夜間では30分待たされることもある。

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2006.06.18

6/18② 放置自転車にマイカーなみの規制を

読売の埼玉版、放置自転車の特集。バス代の払えない低所得者が多いせいか、通勤する住民のことなんかハナから考えていない自治体が多いせいか、埼玉県南部の各駅はひどい。

自治体があれこれお金かけて対策をしているが、無視したり聞く気もない住民にはムダ。警告札なんて読まれもせずに捨てられて意味がない。駅前の一等地だから地価も高い。違法駐輪のために自治体や鉄道会社は土地を買ったわけではないだろう。違法駐輪には即撤去が特効薬。廃棄または発展途上国にでも売り払えばいい。違法駐輪するようなマナーも知らなければ、駐輪場のありかを調べようともしない人は、歩道を暴走するような人がほとんどだ。危険で仕方がない。

マイカーなら、登録制度があり、違法駐車の反則金制度があり、歩道駐車は違法駐車の扱いを受け、レッカー移動もある。質が悪いドライバーは逮捕もある。なぜ自転車は甘やかされるのかわからない。

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6/18 需要と供給で価格が決定する理論の限界

車中で伊東光晴「現代に生きるケインズ」を読む。
中学生のときに、伊東光晴「ケインズ」(岩波新書)を読んで、猛烈な感動をしただけに、今回のは少しがっかりしている。ケインズ経済学がモラルサイエンスと位置づけている。確かにイギリスの教養主義の中ではそうした位置づけになるのだろうが、ケインズ経済学は、教養主義から導き出された、人を差別しないプラグマティズムにあると思ったので、そうした位置づけを強調したことがよいのかどうなのか。

頭が悪いのでかわからない議論があることはさておき、有効需要の創出のメカニズムを邪教の混入だというような扱いで否定し、ケインズ主義の護教のために世間で流通している認識を強引に変えるような話しにしている感じが否めない。粗暴な新古典派経済学に対抗し、ケインズ経済学の復権は必要だと思うが、現代の抵抗勢力批判をすりかえるような感じがした。

ただし、新古典派経済学の根幹をなす、市場が需要と供給の自動調整をするから価格決定するという理論がそもそも欠陥であるということを改めて認識させてくれたし、それには伊東氏が若い頃にやった価格決定の現場での調査が生きている。実際、需要と供給が価格決定してるいのは、株や野菜、インターネットオークションなど限定されている。また豊かな社会では、商品は非価格競争で取引される、だから広告業が繁栄すると言う。
ちゃんと理解できれば、小泉構造改革の間違いを検証する武器になりそうだ。

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2006.06.17

6/17 竹中平蔵が喜ぶ福井バッシング

マンション管理組合を支援するNPOの集まりに出る。始まる前の雑談で、技術士さんから、沖縄・中城村(なかぐすくそん)の地盤沈下のマンションのことが話題なり、横浜市のがけ地のマンションは相当危ない、という話がされる。

2011年のテレビデジタル化で、マンション住民はびっくりするぐらいの大変な目に遭うということも。いい思いをするのは、電波塔の再開発関連業者、電気機器業界、NHK。竹中平蔵、電波利権だよ。

●民主党のまた悪い癖が始まった。今度は標的が日銀・福井総裁。政治的には、ゼロ金利緩和に反対する竹中平蔵が喜ぶだけではないか。
日銀職員の投資規制策や村上ファンドの再生防止策についてろくな提案されていないのに個人攻撃するのはいつものクセだ。そういう戦術で野党が政権交代をかちとった例しはない。ネタとして面白いだけで、世の中の大義じゃないから。福井叩きをやったって、第2の村上、第2の福井が出てくるだけだと思う。
こうした個人攻撃は、世論が味方するが、それ以上に、与党内の良識派叩きに使われる。実際、ゼロ金利解除をめぐり、竹中平蔵と対立してきた与謝野氏らの立場は悪くなっている。
そして、小泉の政権基盤がまた強化される。長い目でみれば民主党にマイナスである。

●社民党が40歳未満の地方議員を増やす計画を打ち出す。2%の支持率の社民党でもきちんとやれば手が届く基礎自治体議員選挙に的を絞り、40歳未満世代という政治の未開拓世代をターゲットにしたことはいい戦略だ。長期的には勢力の底打ちの可能性も。
問題はその若い世代の力を従来型の関わりかたで潰したり、失望させ民主党に差し上げてしまわないことだ。勝手に泳がせて新しい財産を社民党内に持ち込ませ、選挙の手づるを増やすことができれば大成功だ。かつての民主の成功はそこにある。
胸を張った社会民主主義者なので、社民党支持者と誤解されますが、世界標準と随分ちがう(日本)社民党では支持することはできません。個人的には社民党にがんばってほしい議員もいますが。

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番外編 トラックバック考

ブログにはトラックバックというものがあって、勝手によそからリンクをはり付けられる仕組みがあります。最近、よくトラックバックをいただきます。

「自己責任」の構造改革イデオロギーに頭が洗脳されているのか、インターネットを使った副業が巷で煽られていて、口悪く言えばアフリエイト乞食みたいなブログが増殖しています(ニフティーココログの無料サービスもそれを加速していると言える)。いただくのはそんなトラックバックが大半で、早速削除しています。見出しだけ立派で空けてみると中身がなく、アフリエイトのバナーだらけで醜悪です。そんなところから品物を注文しようなんて奇特な方がいるのでしょうかね。見てくださる方が寄り道でもされたら完全に時間の無駄です。

私もアフリエイトの誘惑にさらされたことがあります。読者の人に、同じ本を読んでほしい、簡単に入手できるようにしてあげたい、という気持ちもあります。しかしアフリエイトを提供している業者は、地域の商店など、私の大事にしてきた場所の商売敵でもあるなぁ、と思ってやめました。もっともそんな数にはなりませんが。有名な「きっこのブログ」では、アクセス数とかたえず気になるのは精神的なムダ、というようなことが書いてあって同感でした。

プロフィールがなかったり、プロフィールに何も書いていないブログのトラックバックも基本的に削除しています。中身がきちんとしていれば掲載することもありますが、どんな人物像か読者に伝えずに社会にものを言うのは、ズルだと思っています。高校や大学や労組で某党派の方々は、自分の立場を隠し無党派的に振る舞って、相手を攻撃します(昔は敵対党派があってそういう偽善をすべて暴露してくれたのですが・・・)。そういういやらしさを体験した私には寛大な態度はとれません。

ものを公の場所で言うということは、誰かを傷つけたり、誰かのやりたいことを邪魔することにもなりうるわけですから、読者が、筆者はどういう立場で言っているのか判断できるようにすることが基本じゃないかと思います。内部告発などマスコミに簡単には出せない貴重な情報を出したり、社会的弱者が発言する場のためにこそこういう場があることが重要ですから、実名を出せとはいいませんが、どんな背景があるのかぐらいはわからないと、発言する自由はあると思いますが、聴かされる義務はないでしょうね。

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2006.06.16

6/16② 俗論「駐車場が足りない」を疑え

駐車禁止の規制強化はいろいろ問題があるが、新しい生活スタイルづくりをする良い好機だと思う。

NHKの特報首都圏で、駐車禁止強化の検証をやっていた。
番組では、運送業者の変化、駐車場不足、駐車場ビジネスの新展開を話題にしていた。運送業者たちはほんとうに悲鳴を上げている。これは何とかしなければならない。

駐車場が不足については、私は疑問に思う。駐車場の必要な需要量というものを算出してるのが、クルマの取締しかやらない警察だったり、建設業と密接な関係のある国土交通省関係の団体だからだ。現実離れした結果に、駐車場のニーズより、駐車場を造れというところに数字が合わせられていると感じる。

札幌で暮らしていたときに、クルマ中心の交通問題を審議している市議会で駐車場担当の市の幹部が「まだまだ札幌市中心部には5000台の駐車場が足りないんです」と答弁して、全会派の議員からヤジり倒されたことがあった。
札幌は、中心市街地にクルマの客を呼び込めないという理由で駐車場を増設してきた。その結果、ますますクルマで出やすくなって、さらに渋滞がひどくなった。駐車場にすると固定資産税の優遇を受けられるので、商店は店を壊してどんどん駐車場に変えていった。休日こそ駐車場はいっぱいになり街に活気があるように見えたが、平日は、ゴーストタウンのような光景になった時期があった。その時期、商店街で放火事件が重なった。
5000台の駐車場を作るなら、その分、公共交通の利用者を増やす投資をすべきだろう。街に駐車場が溢れているというのは異様な光景だ。

時間や曜日によって駐車場がないというのが本当だとしても、駐車場待ちが嫌なら、公共交通を使えばいいのである。そもそも都会でクルマを乗り回すということが野暮なのだ。ガソリン使って、体をなまらせて、公共交通の経営を傾かせて、時間を浪費するのは無粋な生活態度である。

今まで、デパートやスーパーはマイカーで来る客を甘やかしてきた。駐車場待ちのクルマをさばくという口実で、自治体はスーパーのために、予定地の回りの道路を拡幅してやったりもしている。そのために負担するスーパーやデパートの経費、自治体の支出、累積するとばかばかしい。駐車場のために街が犠牲にされているような感じがしてならない。よくいなかにはお店の4、5倍も駐車場があるデパートやスーパーがある。あれってなんとなくみっともない。
デパートやスーパーは公共交通で来る客も甘やかしてほしい。荷物の配送サービスとか、一時預かりとか、場合によっては電車賃を負担してやるとか、そんなことをやってほしい。

もう1つ。地元の市役所。クルマで来る市民には駐車券をふんだんに配っているけど、バスや電車で自分の足使って来ている市民には、何にもしない。そして駐車場を拡張しなければならない、なんて議論をしている。一般のバス路線や、ガラガラのコミュニティーバスを使ってもらう工夫をしてみてはどうか。

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6/16 社会保険庁がクビで防衛施設庁が戒告?

防衛施設庁で官製談合を仕切っていた公務員が訓告・戒告程度で済んでいる。一方で、ダメな商品なのに意味のないノルマを押しつけられた社会保険庁の職員が、ノルマをこなすために年金保険料の支払免除制度を利用したことが、政治家どもには格好のスケープゴートになるようで、そうした社会保険庁職員は新組織には再就職させないと、もっと汚い政治家どもは息巻いている。何かアンバランスでおかしい。

防衛施設庁の場合、自分の老後、年金程度の金では暮らしたくないものだから、自分の出身官庁を利用して、民間企業から金をたかるためにやっている。税金を使って、徹頭徹尾、私利私欲を追求している。今度は米軍基地再編でこの仕事に大きなお金が動く。このままでは、どんなことが起きるのか、とても危惧している。また全ての中央政府にいえることだが、年金で暮らせばいいはずの官僚OBたちの食い扶持、生き甲斐のために政策変更がものすごく困難になっている。彼らは民主的に選ばれてもないし、現職でもない。政治家や業者のところに自由に出入りして、後輩のまわりでうろうろして現職官僚に迷惑をかけ、税金にたかって生きている。そのことも徹底的に掃除してほしい。

一方、社会保険庁は個々の職員というよりシステムの問題だし、以前にも説明したが右から流れる税金を左から流しただけで、国民だれ1人実害を被っていないのだ。それをやったところで社会保険庁の職員は待遇が良くなるわけでもない。希望地の勤務や出世にマイナスにならないぐらいだ。公文書偽造や仕事をやる上での問題はあるだろうけど、クビにして路頭に迷わせるほどの問題とは思えない。

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2006.06.14

6/14② 認知症と暴走族に免許交付は断れない

朝霞台駅の回りはいろいろ発見がある。

東武バスのバス停のうしろに市の掲示板があるが、なぜか「大ナポレオン展」のポスターが貼り出されていた。大ナポレオン展は、マスコミなどが主催しているような体裁をとっているが、なぜか不釣り合いに「東京富士美術館」がそこに名前を並べている。この美術館は政治に影響力の強い新興宗教が実質的に運営しており、事実、その宗教団体と関わりの深い党の現職県議候補のいる新座市では、その県議のポスターと並べて「大ナポレオン展」のポスターが貼っている。宗教団体の構成員が「大ナポレオン展」のチケット売りに動員されているという話しもあるし、市の掲示板を貸してしまっていいものなのだろうか。そもそもナポレオンに何の価値があって、今さら美術館が持ち上げなくてはならないのかが解らない。

今度は朝霞台駅の横の昔の立ち飲み居酒屋があった。そこが壊されてビルが建つことになった。
ところが、そのビルを建てるために、駅ロータリーのタイルがはがされ、その上にアスファルトが雑に敷き詰められた。同時に点字ブロックが消えてしまった。時折、白杖をついた人とすれ違っていたが、最近彼を見ない。点字ブロックがなくなってどうしているのだろうか。
日本国憲法なんて屁とも思ってもいないような人間が、憲法の財産権を声高に主張して、こうしたハンデのある人がハンデをなくするためにあるものを平気で壊していく。ビルやマンションを建てることに反対しても財産権でかき消されてしまうが、憲法25条の価値にのっとりこうした福祉的なものを求めると、贅沢な要求だとか、善意いっぱいの顔で「まだまだそういう時期じゃない」などという人が多い。

朝霞台駅周辺の違法駐車。まだあとが断たない。また駅に送迎に入ってくるクルマのマナーの悪いこと。バスの遅延の原因になっている。送迎のマイカーを駅のロータリーに入れないようにした方がいいのではないか。
駐車違反の民営化で摘発強化ができると警察は豪語しているが、気の小さな人だけがひっこんだ感じ。あと、歩道の自転車の駐車は違法駐車じゃないのだろうか。最近、志木駅南口の駐輪がすさまじく悪くなっている。よくぶつかるので腹が立つ。こういうことがある以上、環境問題を理由に自転車を礼賛するような考え方には賛成できない。だいたい公共交通機関がない生活を可能にする自転車利用は、最も環境破壊につながるマイカー依存のライフスタイルの第一歩じゃないかと私は見ている。

●クローズアップ現代で認知症ドライバーのことを取り上げていた。えらいこっちゃ。社会的弱者である認知症高齢者によって、交通事故に遭遇する危険性が高くなる。
1つには、警察の免許交付の条件が甘々のような感じもする。以前、管轄の県警が変わるため鴻巣の免許センターに行ったら、彼らに自動車免許与えてもいいのかよ、と思うような地元の警察に行きにくい若者がいっぱい更新手続きに来ていた。そんな状況では認知症に制限など加えられないだろう。
また、交通事情のこともある。我が国はマイカーを甘やかしすぎた。そのことで全国のバス路線はずたずたになってしまった。認知症の人がクルマを運転せざるを得ない社会という現実はその通りだし、朝霞市のような東京に近い自治体でも、バス空白地帯とバスが1日に10本も来ないようなところが市内の半分ぐらいある。
道路族議員は、道路さえ通せば交通権を保障したようなことを言うが、高齢社会とは、運転する能力がない人の交通権を洞察しないといけない時代で、やみくもにマイカーに便利な道路を造ればいいってことではないのだろう。

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6/14 自壊する地下鉄

4月の各地の人事異動の影響で仕事が混乱気味だったが、ようやく落ち着いてきて、数字合わせのような仕事がスムースにできるような状態になってきた。
帰宅後、向かいの店がテラスをつくってバーベキューを始めるようなので、事情を聴きに行った。

●昨日、東京メトロ(有楽町線)の旧型車が東上線内で故障して遅れていた。ところが有楽町線に入って車掌のアナウンスが、東上線のせいのような言い方をしていて気にくわない。
何度も取り上げているが、有楽町線の旧型車は、03年に連結器が切れたことをはじめ、故障が続発している。走行中に、物が折れるような音がすることもある。大事故にならなければいいが、と心配になる。

●佐藤優「自壊する帝国」を読む。外務省でモスクワ留学、その後のモスクワ勤務時代の情報活動を赤裸々に書いている。ロシアにおいて信頼できる友人とは何か、情報とはどういうことか、そんなことがわかる。公式情報の中から真理があるというようなことを前著で書いていたが、それをきちんとやりきっている。そういえば、広報活動で昨年の自民党の躍進を支えた世耕参議院議員も、マスコミ情報を丹念に読むことが大事だと言っていた。また、情報の価値を理解しあうためには、人文的教養が必要だということも、随所にソ連の体制派・反体制派と交流する中でのキリスト教の価値観をめぐる議論で表れている。自分の無学が恥ずかしくなるような本だった。

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2006.06.12

6/12 市役所職員だけで保育所の民間委託を決める

新設される朝霞市立仲町保育園の運営を民間委託するという保育園運営検討委員会の報告書を入手した。
内容があまりにもいい加減で開いた口がふさがらなかった。また決定プロセスも市役所の中だけで決めて、あまりにもひどい。宮戸保育園の混乱があるから、市内で保育に関わる人はみんな次の保育園の運営を心配しているのにそれを払拭できるような内容ではなかった。

5月22日に開かれた保育園運営審議会に提出され、了承された「保育園運営検討委員会報告書」をダウンロード

第1に、この報告書の了承するプロセスに問題がある。
保育園運営審議会という中に、保育園運営検討委員会という市役所職員だけの検討会議を設けて、保護者も事業者も地域も加えずに話をどんどんまとめ、業者や地域の有力者で構成されているであろう保育園運営審議会という日当1万2000円の審議会で、17分、市役所の報告のままに、その報告について何も審議せず決めてしまった。

第2に、市議会でも混乱が伝えられた宮戸保育園の失敗について、まともに議論がされていない。市立宮戸保育園の民間委託と業者決定に噛んだ職員の責任を免責するために、次の民間委託に必要なあらゆる予防的議論が封じられて、宮戸はよかったよかった問題は「おおむね解消できた」という上に委託の議論が展開されている。笑えるのは試験制度と自己評価制度という「能力主義」を入れたから宮戸保育所の質は上がる、と言っている。それが本当なら朝霞市役所もこうした「能力主義」で質を高めてほしいものだ。保育所なんてそんなものではないだろうに。

第3に、公立公営の保育園の園長が3人も入っているのに、公立保育園がけちょんけちょんにけなされている報告書を平気で出すプライドのなさだ。市の事務職連中はどんなにめちゃくちゃな仕事をしてもふだんはかばいあうくせに、出先の同僚に対してはここまでひどいこと言えるものだと思う。
報告書では、8時までの延長保育も、保護者の交流も、食育をやっていることも、異年齢保育をやっていること、「独自の教材」を使っていることが、公営ではできない、やりにくい、と報告されている。そんなに公立がダメなら、朝霞市立の全保育所を民営化する提案をすべきだろう。3人の園長は退職届を出し退職金で民間保育園でも始めるべきだろう。
どこにも公立保育園が延長保育をやってはいけない基準はないし、保護者を喜ばすことは宮戸が得意かもしれないが、保護者集団としてきちんと意見を言えるようにしているのか、というと宮戸は公立よりずっと弱い。実際、子どものけがの報告でも、その報告を保護者が了解し受け入れたとサインを要求するようだし、本質的に保護者を大切にしているとは思いにくい。

第4に、宮戸保育園も今度やる仲町保育園も「プロポーザル(入札)方式」でやるというが、地方自治法上は、この間、中央官庁で業者との癒着の温床と問題になっている「随意契約」であるということだ。提案書を競争させていると言っても、それを選ぶのは市役所の職員だけで、利用する子どもや保護者はまず決定の場に関わっていない。子どもを保育園に通わせたこともない児童福祉課のおっさん連中が自分たちの論理と感覚で選んでいく。この業者決定過程の不透明さは、全国各地の民間委託で問題になっているが、朝霞市で