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2006.04.27

4/27 ネガティブ・ミックスとしてのNPO利用

雑誌世界が、左翼から中道左派ぐらいに歩み寄ってきて、非常に面白い。かつては平和運動家の高邁な決意表明ばかりの雑誌だったが、最近は、格差社会、政局、耐震偽装問題など話題になる記事も出てきて、かつての朝日ジャーナル的なポジションを作っているような感じがする。

5月号を遅くなりながら読む。脱格差社会の構想で、オムニバス形式の記事をつくっている。

筆頭の、神野直彦・宮本太郎の「小さな政府論と市場主義の終焉 有効に機能するほどよい政府へ」は、財政論と社会民主主義理論の共同作業による的確な論文だ。日本政府が小さすぎる政府だ、と論証し、世界の中でも小さな政府を標榜している国々が財政赤字に苦しみ、大きな政府を腹括ってやっている国は財政黒字が大きいという現象の解説も興味深い。レーガン政権も、サッチャー政権も、鈴木俊一都政も、小さな政府を推進したが、結果として最後は猛烈な財政赤字を残して退陣していった。それがずっと謎だった。
財政を小さくする政府は、国民生活や社会を危機から守る能力が弱く、結果として歳入が落ち込んで財政危機に陥るという解説は説得力がある。課題は有効な財政で、亀井静香のように人に投資せずコンクリートと鉄筋ばっかり買う大きな政府も有効でない財政だという。有効な政府とは、人々のより高い自立支援を応援するプログラムを持ち、国民がサービスの客体ではない「参加保障型」政府を作ることが大切だと説く。
またボランタリーな力を活用するにしても、考え方を間違えると時代に逆行すると警鐘を鳴らしているのがいい。

現在の市場主義改革にあたっては、市場主義的競争が加速するなかで「癒し」の論理として家父長的家族が改めて打ち出され、ジェンダーフリーバッシングが強まる。政府の公的責任の範囲は縮小しつつあるが、自民党が「ぶっ壊」され、族議員が放逐されるなかで、官僚の裁量的権力が部分的に保持されあるいは拡張される。さらに小さな政府を補完する受動的パートナーとしてNPOのアマチュアリズムが利用される。これは、各セクターのネガティブな要素を連結させたネガティブ・ミックスと言わざるをえない。日本における市場主義は、自らが買いたいした旧システムの残滓と、このようなかたちで融合しつつある。

続く、大沢真理・神野直彦・三木義一の「有効で公平な税制とは何か」も、「税金が高い」「税金が高いから国際競争力がない」という日経がまきちらした俗論を反証して面白い。p113の各国の租税負担・社会保険負担の比較表は参考になる。

格差社会をいち早く論じて、格差社会現象で売り上げを伸ばした森永卓郎センセがさんざん格差批判をする論文「金融資産への課税強化を」。これは未読。後の楽しみ。

機関紙の取材以来、時折メールを交換している大阪大学教授の小野善康さんの「新しい利権政治としての構造改革」は一読すべきだ。構造改革で失業者が増えれば結局生産もしない人を食べさせる社会になるだけだ、と言い、

構造改革の実態は、効率追求ではなく勝ち組の利益誘導である。勝ち組自身は効率化だと信じているかもしれないが、それは自分の関与する範囲での効率化であって、日本経済の効率かではない。それどころか失業があれば日本全体の効率は下がってしまう。このように自分たちの利益のためには他人の損が大きくても構わないという点では、彼らの非難の対象となっている抵抗勢力や、大企業の課税強化による福祉予算充実、不公平是正を叫ぶ政治勢力などと同じである

と喝破し、ケインズ経済学を不当に貶め、その学問的成果を否定する輩を猛烈に批判する面白い論文だ。

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コメント

うちのカミさんも、今月号は読むところが一杯あると言ってました。子どもの関係で小笠毅さんのところで神野さんの講演を間近で聞いてファンになったせいではないかとも思いますが。

投稿: 森田敬一郎 | 2006.04.27 22:03

神野先生の理論がひとつの有効な対抗軸だと思うのですが、民主党も、連合も、わが職場の労組も、神野先生の話を何度も聞いて、小泉構造改革への苛立ちに溜飲を下しているのにそれでとどまって、それで出てくるアウトプットが増税は嫌だとか、貧乏人の集まる社会保険と統合されてはたまらんとか、ちっとも血にも肉にもしていません。まったくもって残念なことです。

投稿: 管理人 | 2006.04.27 22:22

最近、世界の新聞広告の雰囲気が変わった気がしてたんですよね。読んでみます。NPOの中間支援に関わっていると、ネガティブミックスへの流れはひしひしと感じてます。費用対効果の向上のために公共部門全体を再編していく中で行政は縮小しても部門全体の財政規模はある程度維持しなければ、NPOのプロフェッショナリズムは育たないと思います。今の小さな政府路線は国も自治体も非効率なまま規模だけ縮小していっている観があります。あと最近、規制改革会議のメンバーと癒着している「内閣族」みたいな議員っているんだろうなと考えたりしていました。一見改革派みたいな顔して当選してエリート系小泉チルドレンとかそうなのかな。

投稿: wacky | 2006.04.28 00:04

審議会などに出入りしている文化人や企業人が立場を利権化している可能性の方が高そうです。
NPOに公的な仕事をさせなくてはならないという現象は同じでも、NPOを通して問題発見とそれへの企画立案までさせるのか、単に市の現場職員の代行を、本庁の命令通りやらせるのか、で同じお金を使うにしても公的なふくらみが全然違っていると思います。
役所の命令のもとNPOを使って経費を浮かして財政を維持し、自分たちの給料だけは守ろうなんて自治体職員は、自らの存在を根底から自己否定するアナアキズムだということを知らなくてはいけないと思います。

投稿: 管理人 | 2006.04.28 00:46

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