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2006.04.14

4/14 社会民主主義と封建主義を行ったりきたり

通勤電車(だけ)で読書三昧。東京はこの時間がありがたいのかも知れない。

●呉智英「犬儒派だもの」を読む。革命思想の儒教の復権をテーマに評論活動をする呉の文は面白いが、それ以上に近代とは何か、その原理的なものを認識できることがありがたい。
埼玉県南部の自治体の風土や、民主党の体質は近代の理屈になりきれていないと私は怒っているのだろう。じゃ、彼らは儒教(封建的)かと言うとそれまた薩長のつくった明治新政府の残映や薩長政権がつくった通俗道徳にがんじがらめになっているだけで面白くも何ともない。
専業主婦が女として立派な生き方だなんていう自称封建的な「道徳家」も多いけど、封建時代には主婦なんて言葉はなかったし存在しなかった。それらしきものは武士階級の妻だが、夫がリストラにでもあったら死を賭して仇討ちに行くのが武士の妻である。今の専業主婦で、夫をリストラした会社に元服間際のティーンエージャーの息子と長刀を連れて乗り込んで、仇を討たんと上司や人事部なで切りにする妻などまずいないだろう、などと呉は過去の著書で書いている。もし妻がリストラにあったら、仇討ちをやってみたい気はするが。
同書では、名古屋の隣町で防災放送とたたかったり、書生みたいな仕事をして接した水木しげるの人となり、社会党左派の影の天皇・向坂逸郎に搾取され続けてきたマルクス経済学者岡崎次郎の失踪からみる死生観、ニコチンタールをセーブした意味不明のたばこしか売っていないことへの批判など、興味深い評論もてんこ盛り。

●続いて姜尚中の弟子・76年生まれ高原基彰「不安型ナショナリズムの時代」を読む。今時、浅田彰や宮台真司など、ポストモダンの言説をあれこれ器用にいじっているだけでなかなかナショナリズムの議論にたどり着かない。ニート批判を批判しながら、しかし年功序列は良くない復活はありえない社会流動性の時代を甘受せよ、その社会不安の中でナショナリズムにならない方法を考えよう、と、いういかにも左翼リバタリアン大学院生の役に立たない言説。何が言いたいのかわからない。私がばかだからかも知れないが。むかむかして途中で読書放棄。買って損した。

●続いて三浦展「脱ファスト風土宣言」を読む。感情論が多かった前著の「ファスト風土化する日本」より格段に良くなっている。私の考えている、都市らしい消費社会や都市の復権のための脱クルマは必要という理屈と同じことが書かれていて心強くなる。分析も簡潔で明快。そして実用的。洋泉社新書は当たりはずれが激しい。
日本の都市計画というと華美の生えた後藤新平の話ばかりだが、道路が立派な中心市街地は魅力的でないというのも現実。東京が何回も後藤的な都市計画を採用しなかったのは、地震に強いけども、歩行空間としては殺伐としていてメリットしか見えないからだ。故岡並木さんも同様の主張をされていた。私には後藤の街は平壌を想起させる。
商店主が商店街の中に住まないで大家化しているから商店街がサラ金とヤミ風俗店ばかりになる、とか、不動産屋はもっとまちづくりに責任を持て、とか、不在商店主や不動産屋は空き店舗を公共のスペースにするような仕事をしろ、とか、地域福祉計画に盛り込んだことや市民委員会で発言した。同じことが書いてある。ありがたい。

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コメント

偶然ですが、最近学部の先輩であるゴチエイ氏の『ホントの話』を再読しました。
彼の本はどれも現代の感覚の中でうろうろしている自分の滑稽さを再認識させてくれて、癒されます。
その後、副島隆彦モノを読んだり・・・。
封建主義とレバタリアニズムを行ったり来たり。(笑
その合間に街頭でがなったり、ビラを撒いたり。
通勤時間がなくなったので、トイレとひとりで食べる昼の食事時間が読書タイムです。読書量は減りました。
しかし、黒川さんは勉強家ですね。そういう人にこそ議員になってほしいものですが。まあ、あの報酬では普通は躊躇しますが。
私の場合、ほんの原稿を読んで勉強しながらお金を少しいただくという経営書編集者の仕事がなければ無理だったと思います。それでも財布が干上がりがちですから。

投稿: takeyan | 2006.04.15 00:25

takeyanさまも、ビラ配ったりがなったり、なかなかの革命家ぶりですね。呉氏の著書は、高校時代の左翼(非共産)仲間のお母ちゃんから薦められました。それから出るたびに笑いながら読んでいます。
副島さんの著書も2冊読んだかも知れません。預金封鎖ともう1冊です。新札切り替えの直前に読み、リアルな予測にふるえました。勉強なんかしていないと思います。一般的な勤労者より多少新書をよく読む程度です。楽しいから読むだけです。
議員は、報酬の問題ではなく、私の性格的問題と体力的問題です。
それにしても報酬は見合わないですよね。この4市は公務員係長並みじゃないですか?そこから選挙のための資金はじめ経費を出すのですから、そして私生活も家族もみんな衆人環視、それもどうでもいいスキャンダルダラスな視点で取り囲まれるのですから、たまらないと思います。
非営利活動で食べていける仕事がそんなにない時代、議員になろうと思ったことがあります。報酬とは違うところで、自分にその資質はないと思ってやめました。

投稿: 管理人 | 2006.04.15 07:51

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先日発売された「脱ファスト風土宣言」(洋泉社新書y)の三浦展執筆部分である「序章 街育のすすめ」へのひとりツッコミをやってみます。やっぱりこの三浦は相当ヘンな人だなーという感想。 (4)について。 「ショッピングセンターの商品を万引きするような感覚で少女を盗む奴がいても不思議ではない」……かなりの暴論。この手の犯罪はどこでも起こりうる。子供を誘拐するよりもさらに罪が重い事件が都市だろうが地方だろうがどこでも起こっていることをどう説明するのか。建築環境や風景などの自然環境をもとに犯罪の誘発を論... [続きを読む]

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