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2006.04.14

4/13 子育てをめぐる疎外感

最近、いよいよ我が子がこのまちでは認可保育所に未来永劫入れないことがわかってきて、その経済的負担から始まり、疎外感などを考えると、住むところ含めてどうしようか真剣に考え始める。朝霞で今の家賃で住み続けるのと、都内で今より高い家賃で住むのと、保育料を差し引くと変わらないのが現実だ。通勤時間など考えると合理的な選択は何なのだろうかと悩む。

子育てガイドブックを朝霞市が市民委託で初めて作った。できばえは相当いいらしい。ところがその作成に携わった人から、保育所通園児の家庭には配るべきではないと思った(配ることになったが)、という意見を聞き、とことんこのまちでは保育園利用者やその家庭は忌み嫌われているな、と感じた。

保育園に通わせている保護者なんて、市役所に意見する時間も保育所入所申請のときぐらいしかなく、それも私のようにいろいろ言う人間は例外で、保育所に入れないときついからと、忍従している人が大半である。その人たちは私なんかより誤解も含めてもっともっと苛立っている。さらに追い打ちをかけるように、一部の市職員からは保育所にはお金かかっているんだと言われ、専業主婦グループからは保育所にばかりお金を使って、などと無神経な言葉を投げかけられる。
昼間、市役所に関われる人たちは、何の配慮も想像力もないという感じがしてならない。
共働き家庭なんて、WEB上の市の情報や広報で断片的に伝えられる行政サービスの情報ぐらいしか接点がなくて、イベントがあれば平日昼間に来いというものばかりにものすごい疎外感を感じている。子どもさえ抱えていければいつでも市役所に行ける人たちとは全然違う状況におかれている。

一方で、古い共同保育世代の人たちからは、なぜそんなに保育所が必要なら共同保育をやらない、と言われる。共同保育の相手を捜し、スタッフを捜し、そんな手間暇をかけられるなら、とっくに仕事を辞めていると思う。今時の保護者は男も女も認めてやるから、母親だからと仕事を休まれては困る、という職場環境にいる。母親だからという言い分が通用した時代とは、感覚が違うと思う。
こんなキャリアウーマン的な下品なことは言いたくなかったが、市民参加がどんどん進んでいる中で、どうしても給与所得者階層が疎外されている感じがしてならない昨今だ。

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コメント

子ども保育園の同級生は都内に引っ越して一年以上和光市の保育園にわざわざ来ています。気の毒で仕方がないです。聡明で誠実な方であり、大学の第一線の先生なのですが、ああいう立派な人材が仕事を続けたいならいくらでも続けられる世の中でないと日本自体が生き残れないと思います。見ていて気の毒なだけでなく、行政のふがいなさにイライラします。
彼らは市役所に来てごちゃごちゃ言う時間がなく、黙々と働いて納税しています。彼ら埼玉都民(その人は単なる都民ですが)の代弁者になりたいといつも思っています。

投稿: takeyan | 2006.04.14 01:25

確かに市民参加とか言って平日の昼間に参加できる市民って一体どれくらいいるのだろうと思ってしまいます。行政職員も時間外に会議やるのは嫌かもしれないけど、もうちょっと夜間の開催を増やしてほしいです。逆に職員の勤務をフレックスにしてでもやっても良いのでは?けど逆に夜働いてる人もいるだろうし、なかなか難しいなとも思います。

投稿: wacky | 2006.04.14 01:33

今日のblogを読んでいると、まさにこうした疎外感が少子化を誘引しているように思えました。
児童手当の対象年齢を引き上げたり、所得制限をなくしたり、管理人様がいつも言っている様なバラマキ政策では少子化の解決にはならないとみんなわかっている・・。
ただ、お願いですからこの市を見捨てないでください。
ダメな市なら良くなる様に力を貸してください。
以前福祉に関することでも「ここは都より30年遅れているから、都の施設に就職する」と言われたことがあり、遅れているからこそ地元で力を発揮してほしいのに!と、大変残念に思ったことがあります。
『専業主婦グループからは保育所にばかりお金を使って、などと無神経な言葉を投げかけられる』・・これは理解のなさ・わかり合おうとする気持ちの欠如(配慮・想像力のなさ)が原因だと思います。
『在宅で子育てする親』の疎外感も相当なものがあったと思います。
今、ようやくその部分に光が当たり、行政側もそちらへの理解を示すことが時代の波に乗っているような錯覚を持っているのかと思います。予算からできることは限られていて、きれいで民栄えの良いことをした方が評価は高い。
よく管理人さんが言う「お金の使い方」も、そういう事かと思います。

今、管理人様のように、この市で子育てしていけるかどうか「真剣に悩む」家庭にどう対応できるか、周囲がどのように助けあいに参加することができるか、それこそがこの市の「次世代育成」そのものだと思います。
私も考えます。

投稿: m | 2006.04.14 08:23

みなさんのお励ましにお礼申し上げます。
takeyanさんへ
朝霞市議の給料が少ないせいか(37万でボーナスは3ヶ月、そこから選挙の積み立てやら印刷代なども払い、高い国保料を払うと思うので実質20台正社員程度の手取りしか残りませんよね)サラリーマンやOLから転進してくる市議がK党やK党以外ありえなかったことが、サラリーマン家庭にあまりにも冷たい施策内容なのだと思います。信じるものが、右でも左でも、ケインズでもハイエクでも、サラリーマン家庭のために声を大にしてくれる市議がほしいところです。和光はtakeyanさんのような議員がいてうらやましいです。がんばってください。
wackyさん
実際に夜間にやってくれなくてもいいから、やれないことの後ろめたさや、出れないひとのことを想像してくれる自治体や地域がつくられればなぁ、と思います。
mさん
この街を去るのは資産面での経済リスクが大きく簡単には踏み出せないところですが、フローの経済状態がこれ以上負荷がかかればもたない、という感じです。できれば残りたいとは思っています。
しかし、地方分権の目的の1つに、自治体間競争で悪い自治体をはっきりさせていくことにあると思います。住民が自治体に冷徹な審判を下していかないと、「愛郷心」「好きです●●」などの言葉で心の支配だけをして悪い施策を放置している自治体が安住する結果になります。
mさんが紹介していただいた30年遅れた障害者施策の話も、当事者の方の気持ちはとてもわかります。市役所や市に発言力のある利害関係者の邪魔やサボタージュのための寝言・繰り言を聞かされ内輪の論理で充足しきっているのを見ては、我が身の厳しい生活の現実を振り返ると、30年後の自分を夢見ている時間はなかったのだと思います。まだ私にはがんばれる余地はありますが、長く続けばどちらがが仕事をやめるか、園庭もない保育所の保育料を払うために借金をすることになります(そういう状態を朝霞市は「多様な保育ニーズ」と言います)。そんなんであまり楽観はできない状態です。

投稿: 管理人 | 2006.04.14 12:50

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