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2006.03.30

3/30 たかが家庭科に口出す前に

終戦直後の教育改革で、高校の教科書は指導要領の枠の中で教員たちが自由に市中から選んできたという話を聞いたことがある。間違っている認識なら教えてほしい。義務教育課程でもあるまいし、教科書の中身まで国が縛ることはないだろうと思う。指導要領で十分。それも国で一本でやることが理解できない。過日、教科書会社のわいろ含めて営業活動が解禁されることになったが、検定教科書制度というカルテルの中で営業活動だけ自由化するということがわからない。

ここ数日、高校の教科書検定がマスコミの話題になっているが、反動政治家の標的は歴史教科書から、家庭科教科書に移ったようだ。文部科学省はひとり親とか、従来の男女の役割分担を変えるモデルを示すことを、一切抹殺しようとしているらしい。ひどいものだ。経済教育だ何だと、カブ株だの、外国為替だの教えている学校もあるが、それ以前の家庭の経済生活が多様化している中で、そんなアナクロな話はないだろう。
家庭科はあくまで生活に関する技術を身につけさせる教科である。偏向イデオロギーで染め上げ、生活技術が何もない人間に教育してどうするのか。きょうび、家事のできない男なんて、なかなか結婚できないし、結婚しても肩身が狭い思いをするだけだ。戦前の軍隊だって自分の飯を炊く方法を教えている。

毎日がこの話を紹介しているが、山田昌男の言うように、小泉首相こそ、ひとり親家庭ではないか。
小泉首相の数少ない良いところは、これまでの政治関係者が露骨にやってきた家族問題による差別とは、一切中立的な立場で政権運営をやってきたことだ。結果を出す女性にはいくらでも機会をつくろうと努力してきた(そのしわ寄せで保育労働者がワンコールワーカーになろうとしている問題もあるが)し、女性だからと門前払いしたことはない。また本人も離婚経験があり、複雑な家庭事情も抱えているせいか、家族形態による差別発言は就任以来確認していない。

ところが、小泉氏を除く政治家といえば、ヒマになると教育問題というイデオロギー宣伝をやりたがる。そのイデオロギーたるや、日本の美徳がどう、伝統がどう、偉そうなことをいうけれども、他人を公然と差別するための道具でしかないような低俗なものだ。

教育問題に熱心な政治家たちも、教科書問題といえば、イデオロギー問題ばかり取り組んでいないで、教科書の文言やリンリ問題に神経質になってばかりいないで、真剣に効率よく、能力に結びつくような教育ができるよう、国民の代理人として、取り組んでほしい。以前にも書いたが、長時間子どもを拘束して、効果が上がらず、さらに私塾に通わせているのが今の教育の実態だ。小泉首相やブブキン幹事長が本物の改革派なら、社会情勢に合わない理屈でもって文部科学省へ介入を繰り返すバカ議員にこそ刺客を差し向けてほしい。

また立ち返ると、そもそも家庭科に教科書なんかいるのか、と思う。本屋で売っている料理本や洗濯本、掃除のテキスト、整理術なんか使った方がいい。大学の研究室で掃除機も洗濯機も100円ショップもないような時代の家政学者が書く家庭科の教科書が効果的かどうか。家族問題やら、環境問題は、その他は本来は社会科でやるべき問題かも知れない。

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2006.03.29

3/29 山口定「ファシズム」のリアルさ

山口定「ファシズム」を読む。最初に読んだは高校生のとき。みんなの愛校心に満ち明るいファッショムードの高校でたたかうために読み始めたが、西欧の歴史を知らなかったのでまったく理解できず、ダウン。その後、西欧社会主義の歴史をふまえた後1回読んだけど、まだ世の中平和で、暗い過去の分析という読後感だった。当時はエーリッヒ・フロム「自由からの逃走」の方がしっくりきた。

先日、岩波から文庫化されたので、改めて買って読むことにした。
ところが、今回はとてもリアルに感じることになった。政治勢力からソフトからハードまで社会主義勢力がほとんど壊滅し、デフレ経済があり、失業問題があり、社会は検察を使って既得権益らしきものを攻撃し続けるようになって、ファシズム勃興期の社会背景と似てきているからだろう。

小泉政権や田原総一郎、松下政経塾など、現在の権威や既得権益の否定は、新自由主義者たちがアナアキズム的な手法で行っているので、害はあっても、議会制民主主義と市民社会のルールの上にある。でも、インターネットに多い右翼的言説や、政治業界は右も左もナショナリスティックな感情依存で政治を動かすようになってきていることも心配だ。外交問題もそうだし、どういう政府であるべきかの中身のない財政論議などが象徴的。ナショナリズムの維持が自己目的化している。さらに、民間ベースでも、この15年ぐらいの間に、友人や家族を守ることと、民族や国を守るとを同義におく考え方に誰も疑わなくなった。そんな現実などを考えると、楽観もしていられないような感じがする。

また、かつての左翼は転向しても保守の中で穏健派にいたりしたものだが、団塊の世代ぐらいより下になると、よって立つ正義が不明確な時代のためか、簡単にナショナリストになっていく。団塊世代で左派やリベラリズムの運動を今も担うのは、頭の固いの以外は、みんな大学時代は穏健派で、ゲバルト連中に右翼だ何だといわれていた人ばかりだ。
「ファシズム」の中で、ヨーロッパのファシストの多くが、社会主義運動の最左派グループや共産党から出てきていると紹介している。そして軍事組織や暴動組織を形成していく。オーストリアでは、社会民主主義者がファシストに対抗するために実力組織を作ったということが笑えないけど笑ってしまう。
元左翼がファシズムの協力者になる、そんな歴史的事実も考慮におかなくてはならない。猪瀬直樹や、民主党若手議員に巣くう元マル青同で今は民族派の「がんばろう日本」グループなどその典型と見る。

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3/28 ガム踏んじゃった

卒業式のようなお別れというものを久しぶりに経験する。おそらく札幌を離れるとき以来だろう。いろいろなことを考えさせられる。

帰宅の途中、駅の階段で、買ったばかりの靴でガムを踏んでしまう。ガムをぺっと棄てる奴ってどんな人間なのだろうか。そして乗った電車は両隣、ガムを噛んでいて臭い。最初のうちは安っぽい香料の臭い(それも結構きついが)だけだが、長時間噛んでいると、口臭とガム成分が混ざって、マスタードの腐ったような臭いがする。オエ~。

鉄道会社の系列の売店がガムを売る利益と、棄てられたガムを拾ったりはがしたりするコストと、乗客が踏んだり臭いで不快に思うデメリットと天秤にかけて、どれがよいのか考えてほしいと思う。

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2006.03.27

3/27 カップラーメンはあっても粉ミルクがない

イオンの系列の近所のスーパーに粉ミルクを買いに行く。
いつも使っているミルクがここ2週間ぐらい置いていない。赤ん坊はミルクが変わると下痢をしたり、便秘になったりするのであまり変えたくない。以前はおむつが一ヵ月ぐらい入らなかった。
私が文具屋兼卸で働いていたとき、大手スーパーから入ってきた注文に欠品を出すと、損害賠償させられた話を聞いた。そこまでやって納入業者を締め上げているのに、どうして売り場では赤ん坊にとっての生活必需品であるミルクやおむつが欠品し、しかもそれが何週間も続くのだろうか。同じことがカップラーメンでありうるだろうか。この差が少子化問題だと思う。

●小泉首相の靖国発言を聞いていると、その論理はストーカーみたいだなぁ、と思う。
相手が嫌がる理にもあわないことをやっておいて、それで相手が怒っていたり、気分を悪くして、会わないことを、なぜだなぜだと言い募って、二次被害を呼び寄せる。しかもそのことで何か外交的成果を上げようという目標もなく、ただ自己像を自分が満足するかたちに作り上げる目的しか見られない。
相手国が弱い政権基盤ながらも、せっかく親日派が政権トップにある状況をふまえず、身勝手な論理をふりかざすことは、良くない結果になるだろう。

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2006.03.26

3/25② 生まれ年の運不運を調整せよ

今日は大学の卒業式が重なった日らしく、そんな出で立ちの人が多かった。教育界が明治維新から進歩していない証拠なのか、こういう儀式の日は明治時代の格好が流行する。
それと大学生にもなって親が卒業式(あと入試も)にやってくるのが理解できない。どこ行っても教育ママとその夫がうようよして、レストランでも、電車の中でも、デパートのエレベーターの中でも、次は結婚だ、何だと、子どもの人生をいつまでも自分たちがコントロールするような会話をしていてうざい。でも就職の話は誰もしていなかった。自立されるのが嫌なのか。

都の西北B大学(なぜBなのか赤塚不二夫さんのまんがでも読んでください)の卒業式について話題になったが、今年の女学生の卒業進路は、ほとんど有名企業の総合職に就職できたようだ。トップクラスの大学はすでにこうなのだから、来年ぐらいからは中堅大学の女学生も余裕で就職できる状況になっているのではないかと思う。

なんだか昨年までの10年ぐらいの間に学校卒業して就職した、しようとした人たちが、そんなの必要なの?と思うような資格取得ばからしくなるような思いをして、はじかられて流浪の民のようになっていることが何なんだという感じがする。
この時代の若者はほんとうにかわいそうで、就職活動までのばかばかしいほどのエネルギーを使うので、就職できなければ世捨て人みたいになるし、就職すれば新人としての仕事の内容のくだらなさと折り合いをつけるのに苦労しているし、入ってきた後輩たちを見ていると幸せってなんだっけなんて考えさせられることばかりだ。もちろん怠け者の私も大した苦労もしていないのに「先輩」だからといって云々、と思われているのかも知れない。
資格取得、性格検査に模範解答できる訓練、一般情報の少ない日経新聞の読んだふり、画一的なスーツの着用、無個性な話し方・あいさつ・おじぎの角度、あとは血液型を入れ替えることまでやれば完璧というようなところまでやって。

キャッシュフロー会計や銀行へのBIS規制の導入、株主優先主義などの考え方の転換で、企業は固定費を維持するための借金をすることが厳しくなった。そのため投資も、人材確保も過熱するときは過熱し、逆に冷え切るところはとことん凍えきるようになっている。景気変動を借金で調整することができなくなっている。
そのため人材不足と人余りがあまりにも激しく変動して、生まれ年で運不運みたいな話になっている。大阪の企業が会社説明会に来た学生に新幹線代を出したとか、学閥の温床になるリクルーターを復活させた会社とか、バブル経済の反省が活きているのか、と思うような採用活動の話も聞く。就職活動期間が氷河期の間に長期化したために、今度は逆に企業が学生を甘やかす期間も長くなる。それがいいことになるのかどうなのか、検証が必要だ。
この運不運みたいなことを調整するような制度改正をするのは誰の仕事なのだろうか。10年の氷河期に就職で不本意な思いをしたり、あまりにも能力以下に見くびられた人のために、新卒者だけにしか資格を与えないような求人活動に規制をかけられないものだろうか、と思う。

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3/25 交渉の背景にあるもの

ETV特集の「クレムリン緊迫の7日間 日ソ国交回復50年」はみごたえがあった。公開され始めた、交渉を支えた秘書たちやソ連の外務官僚たちの手記や証言などを通して、交渉を担った河野一郎や鳩山一郎がどのようなことに悩み、どのような受け止めをし、どのような判断をしたかを明らかにしている。

スターリン否定による国内の混乱、反乱する東欧への対応という中で、ソ連が歴史上もっとも領土問題に明確に譲歩した約束をまとめた努力はすさまじいものだと思う。共産圏は独裁政権で外交に関するとりまとめは楽なように見られるが、むしろこうしたオール与党政権こそ、対外関係に失敗すると簡単に政権担当者は失脚する。

日本は、本質的にはシベリア抑留者帰還と国連加盟のための条件整備のための交渉だったのに、戦犯帰りの政治家が領土問題としてクローズアップしてしまい、話をどんどんおかしくした。その中でまとめた河野一郎、鳩山一郎の勇気は素晴らしい。ただし、当時、ソ連との国交回復は、戦前、ファッショ勢力が開戦前の日米交渉や終戦工作でソ連の仲介や中立に期待をした悪夢を想起されるものもあって、領土問題だけの反発ではないということもあったようだ。

雑誌世界に連載している佐藤優「民族の罠」の冒頭で、最近の大学生の感情的ナショナリズムに危機感を表明している。ナショナリズムが高ぶる国民をベースに外交交渉をすることは、100の望を取れないと、脅威だ国辱だ売国だと罵られ、本当に難しいだろう。また、交渉責任者である政治家たちがナショナリズムを煽るようなことになってはならない。

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2006.03.23

3/23② まずはピンハネをやめよ

雑誌から。再近刊の「エコノミスト」の特集「娘、息子の悲惨な職場」は題名にひかれてついつい買ってしまった。編集部の小林美希さんという記者が大半の記事を書いていて、経済誌の編集部に若者の職業について考えられる人材が少ないか、と思う。が、この記者の切り口はなかなかよい。大学就職課職員の覆面座談会はほんとうにいい企画。派遣会社が、派遣先の企業名のブランド性をちらつかせて、正社員になれるような幻想を抱かせ、人身売買のようなことをやっている実態や、正社員になって人生を固定化させるより、まずは社会を見てみるために派遣労働をと騙すような実態が報告されている。なかには学生から研修費を巻き上げる会社もあるらしい。

コメントを寄せているパソナの南部社長(民主党の前原偽党首と昵懇の仲)は「派遣も同一価値同一賃金を」といい「正社員の年俸を時給換算した時給設定が理想的だ」などとふざけたことを言っている。同一価値同一賃金は誰も否定しない。しかし、派遣会社は受入企業が1800円とか2000円払っている時給費用から1000円近くピンハネしているのが現実ではないか。同一価値同一労働なら、どうして派遣労働で働いてるおねえさんたちが低賃金で、派遣会社の正社員の人たちの羽振りがいいのか。言っていることがおかしい。普通の会社で人事部職員の給料が高くて、実業務にあたる職員の給料が安いなんてモラルハザードもいいところだ。

テンプスタッフの篠原社長もふざけたことを言っている。正社員と派遣社員の賃金差は本人の能力だ、とばっさり。覆面座談会の記事を読んだ後は、就職活動の能力や、面接で気に入られる顔や体型まで含めた能力なのだろうか、と思う。

阪大の大竹文雄はいい感性しているのに結局言うことは、賃金が高すぎるから正社員雇用が生まれない、という竹中平蔵と同じはなし。ケインズ経済学以前の論理だ。大恐慌のときも、給料が高すぎるからと賃金デフレを続けて、景気悪化に拍車をかけた。その結果、戦争でしか解決できなくなってしまった過去を考えると、雇用がなくなるのは賃金が高いことが原因かどうか、再検証をしなくてはならないと思う。

●月刊誌「世界」に連載していた佐藤優「民族の罠」をコピーして読む。民族主義・ナショナリズム・ファシズムについて思想的に説明する論文。源流はトロツキー主義にあるという新保守主義の淵源、スターリンの民族論と金日成の民族論の根本的な違い、小泉政権の思想的本質などいろいろ面白い。民主主義とファシズムは親和性が高いというのは、徳川主義・反薩長・佐幕派の私には共感するところもある。哲学系の人の文章は難しいが、久しぶりに抽象思考の訓練をしている。
それと最近の「世界」は、左翼外の反構造改革的立場の人や、若いライターに積極的に執筆の場を提供していて面白くなってきた。毎度姜尚中、大江健三郎、鶴見俊輔など、九条の会に並ぶおじいちゃんおばあちゃんたちの同人誌的なところから脱却して新しい左派の論客をつかまえているのはいい。

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3/23 介護保険をもっとみんなのものに

介護保険や障害者福祉の行方をめぐって周囲で議論がいろいろある。というのも障害者福祉に不合理な利用量に比例する自己負担が導入され、護保険も財政問題から保険料の見直しが各地で行われていて、その是非、というより非論からいろいろな議論が展開されている。

介護保険料に関しては、共産党のような単純な負担増反対という話は論外だと思う。日本は税金が安いから先進国のなかでまれにみる低福祉でやってきたし、それは家族の能力発揮の機会を奪い、また地域社会が崩壊する中で核家族の中での権力関係を利用しながらこの社会はしのいできた。
税金が高くても、福祉を私的エリアから公的なものに引っ張り出し、不幸の少ない社会にすることが大切だろう。最初は家族でないものが介護することに当事者から抵抗感が示されるような懸念もあったが、実際スタートしてみると、家族よりも当事者自身が介護を自分のものにしていっている。当初反対していた共産党系の福祉関係労組も結局は介護保険反対だけを運動課題にはできなくなった。何に使われるかわからない税金より、介護保険料という使途が明確な税金なら増税の理由も明確だ。

一方、財政論だけで負担増が当たり前とする意見にも気をつけなくてはならないものがある。最大のものはサービスを切れというもの。介護の財政的影響など、年金や医療に比べたら小さい。まずは元気な人ばかりが受益者となる年金と医療に手をつけるべきだろう。

若者に負担とサービスを広げることにはいろいろ議論がある。多摩市で新自由主者の立場で若くして生活者ネットの議員になった友人の友人がいる。財政論的立場から、介護保険料に賛成しながら、若者の立場ということで、介護保険料を若年層に負担することに反対している。若者の立場だから反対というのでは、自分たちから取られたくないだけという話。団塊のおっさんたちが年金引き下げに反対して若者から富を収奪するのと同じ理屈で質が良くない。

確かに介護保険のリアリティーが40歳ぐらいにならないとできてこないと感じることがある。家庭を持ち、親が老化して、自分の行く末が見えてくる。その時に、ちょっと負担が増えてももっと幸せな老後とは何か、という気持ちが出てくる。亀井静香をはじめ多くの抵抗を払いのけ、介護保険導入に成功したのは、そうした合意形成に成功したからだ。それを自分のことで手一杯な若年層に広げたときに、これまでの政治的合意が、年金不払いの理屈に入れ替わらないかという心配がある。不払いが多くなれば、社会保険としての介護保険はうまくいかなくなる。

ただし、連合などが強烈に主張している介護保険と障害者福祉の統合、保険料負担年齢の引き下げも、本来的な福祉のあり方を考えたときに、負担増かそうでないか、という矮小な議論で切り捨てられるものではないのも現実だ。
加齢による介護と加齢じゃない介護との区別はつけられないというのも現実だし、高齢以外の介護は専門家でもない市職員や町の有力者による審議会の裁量で、ヘルパーが派遣されたりされなかったりしているわけで、そうしたものを壊して新しい公正な仕組みをつくるためには、認定会とケアマネージャーが介護の必要性を判断する介護保険システムを障害の分野に広げていかなくことは有効な方法だ。
また、介護は何も障害者(高齢の要介護者も含めて)だけではない。出産直後の核家族の家庭は、誰も家事をやる人がいない。シングルファーザーの家の家事援助も重要だ。そうしたことも含めて介護をやるなら、何も高齢者だけ、障害者だけというものではなくなるだろう。

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3/22② 子育ての経済的負担感は金持ちほど

子ども未来財団が「子育てにお金がかかる」という一般論の内容について検証する調査を行い、
「子育て家庭の経済状態に関する調査研究」(ダウンロード)
として発表した。

まず家計が苦しいかどうか聞いていて、その理由は収入が不安定なことと、住宅や車のローンにあるといい、子育てとこたえている人は案外少ない。一般論として「子育てはお金がかかる」と回答している人は多いものの、実感としては、子育てより、収入の不安や、住宅や車といった構造改革の例外にされてきた耐久消費材の購入に家計は苦しさを感じている。

では、子育てはお金がかかる、という言説が一人歩きとしているのは何か、という分析が続く。
意外な結果は、子育ての経済的負担感は、所得の高い層ほど高いこと。年収200万未満で経済的負担感を感じている人は12.2%しかいないが、年収800~1000万の層では41.0%も感じている。
その理由として、塾や習い事などの私教育費の問題が大きいことがあるのではないか。力まなければ、人間が育つことにそんなにお金がかかることはないと思う。子育てにお金がかかるという議論をしているのは、政府や政党に近くて、子どもを知的階層から転落することに極端に怯え塾や習い事をやり、義務教育課程から私学に子どもを入れている知識階層の感覚だけが出発点なのではないかと思わせる。。

子育ての負担感は、ダントツでしつけや子どもとの接し方。2位のお金がかかるとダブルスコアだ。そして3位以下にいろいろ並ぶが、お金と同等に感じているのが自由になる時間のないこと。お金がかかるというのは副次的な理由なのだろう。

政府・自民党は子育て減税をしようとしているし、公明党・民主党は児童手当の増額を訴えているが、そうした現金給付型の子育て支援政策は少子化に何の効果もなく、財政欠損しか与えないことを裏付ける調査結果である。お金がかかる論は、お金がある人がお金をかけるだけかけている結果として生まれている話で、お金のない人には意味がないようだ。お金のない人が教育にお金を使わないし負担感もないと言っているのに現金をばらまいても意味はない。
それならお金をかけさせない規制強化で対応する方が王道ではないか。むしろ、教育産業の規制強化や、公教育の再建、高等教育以上の教育費は保護者負担を禁止して奨学金制度を充実させるなど、お金のかからない子育ての仕組みを考えた方がよさそうである。

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2006.03.22

3/22 自分を売り込める社会

保険屋さんの仕事になれてきて、最近ミスが出てくるようになった。注意を払ったり、ちょっとわからんことを逐一考えたり聞いたりするようにしないと、またミスをしてしまう。

久しぶりに職場の近くの焼肉屋で同僚と食事する。埋立地や歓楽街に超高層ビルができて、都心なのにオフィスがなくなってきている。そのため客足が落ちている。
店員のおばちゃんは、「超高級店か廉価店しかなくなっているのよね~。うちみたいなのは一番ダメかもしれないわ」と笑っていたが、ほんとうにそう。バブルが復活しているのか、職場の近所の日テレ御用達のステーキ屋が改装して、さらに値段が上がったというし、一方で、日テレの社員や出入りの業者が日々食べている店がチェーンの店やファストフードに変わっている。中産階級が自分の名前を覚えてくれる、懇意にできる店がなくなる日が近いかも知れない。
後輩に、共済(保険業務)に移ってきておとなしいんじゃない、と指摘される。最近違う世界に行くと、ヒラメのように自分を隠していることが多くなった。利用されたっていいんでないかい、がんばれよと自分でも思う。

帰路の地下鉄で、選挙区の自民党議員と乗り合わせる。国会質問原稿だろうか、一所懸命紙に赤いれて勉強している。
選挙区では、駅の階段のわきで、念仏のようなヘンな節回しで「おはようございます」しか言わないから、最近までバカじゃないかと思っていたけど、マンション強度偽装問題での国会質問は、党の縛りもあるのか突っ込みを甘くしていたけどまともな議論をしていた。でもそんなまじめな姿を選挙民は全然知らない。おちょくっているように「おはようございます」しか言わないのは、この選挙区が東上線沿線のDQN地帯と思ってバカにされているのかも知れない。でも敵方の民主党の議員はビラ配っているだけであいさつもしない。これが選挙の神様なのかね。声を聴いたことは選挙のとき1回きり。人物像がわからなくて気持ち悪い。いずれにしても両党の候補者とも選挙区では政見などワンフレーズも聞いたことがない。

●越谷で霊柩車で酔っぱらい運転した人が逮捕される。当て逃げの疑いもあるらしい。当てられた方は鮮明に覚えているんだろうなぁ。霊柩車も証拠品として差し押さえられ、葬儀屋はともかく、今日、あす、あさってあたりの葬式を控えていた人はえらいめにあったんだろう。ご愁傷様です。

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2006.03.21

3/21 心配不安につけこむ変化

午前中は管理組合の役員としての仕事で、違法駐輪されているバイクの確認と写真撮影。昨年から監視カメラがついていて、不敵にも真ん前に停めている。何度も管理人さんが何度も警告を出しているのに、警告状をもぎって棄てている。管理人さんは「カメラ確認したら一発なんですけどね。やりたくないですよね」なんて言う。監視カメラの設置の主旨とは若干違うが、外れてもいない。密告奨励や相互監視活動もやりたくない私にとっても悪魔の誘いだ。それから自分の帳面の整理。ここ3ヵ月、現金以外の経理をほったらかしにしていたので、そうとうぐちゃぐちゃになっている。

午後は北浦和で開かれた座談会「ちょっとヘン!?今どきの「子育ち」環境 —「給食」「安全」「個人情報保護」—」に出席。非常に興味深いテーマで前から楽しみにしていた。この3つのテーマは、子どもも子育てしている保護者も無視して、「偉い人」や「空気」が勝手に制度をおかしくしているテーマだ。参加者は約20人。

「給食」は鷲宮町での給食一部廃止(廃止はなくなったが弁当持参の日ができた)の報告をもとに議論。若い親を親能力がないと決めつけて、育ててやるんだ、育てさせるんだと、子育てのさまざまな手段や方法を当事者の言い分も聞かずにあれこれいじりたがる最近の「偉い人」たちの姿勢に問題あり、となる。
「安全」は不安感ばかりが高まってパトロール、監視カメラばかりを権力的にやろうとしたがる環境、参加者の「子どもに、そんな不安な社会によくも生んでくれた、といわれた」という言葉にはっとする。
「個人情報保護」も、個人情報がどこかで取引されていることの不安感、気持ち悪さに付け入って、自分の名前を選挙の名簿から始まって、保護者会の名簿づくりまで、刷り物に掲載されることを一切拒否する傾向をつくっている。それは一緒に生きなくてはならないヨコの人間関係を分断してしまう。子育てでは特に出てくるが、ヨコの保護者どうしのつながり、育てあいがつくられなくなる問題がある。法律の目的とは逆に、個人情報への過敏な社会は、名簿を集積して牛耳っている企業や役所の名簿の商品価値を高めてしまっている。

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2006.03.20

3/20 不偏不党を言う人は党派性のある人ばかり

もう時効かな。高校生のときも大学生のときもぶちあたった嫌なことです。

だいぶ前、生活課題に関する市民運動団体の会議に出席したら、政治的な問題でもめていた。
その団体が開いたシンポジウムに、専門家とともに、その団体が取り組んでいる問題に詳しい与党第一党と野党第一党の議員を1人ずつシンポジストとして呼んでいた。それを、「不偏不党」であるべき市民運動にあるまじきやり方だ、とごうごうの非難をする人がいた。政治家を呼ぶなら、すべての党に声をかけるべきと。

首都圏に戻ってきて、いろいろな運動体で、政治とのつきあいでねちこく中立性が求められ、どうでもよい議論を繰り返している場面に何度も立ち会った。市民活動にとって政治が役に立てばいいんだから、使えばいいんです、参加してもの言ってなんぼでしょ、と青春時代に北海道で刷り込まれた体験からは、隔絶する感覚だ。
シンポジストの政治家に、票のとりまとめや、会員の後援会の加入、ビラの配布など頼まれたらそれこそ運動体の立場が問われるが、見返りもなく、シンポジウムで100人もいかない参加者に、専門の話をつっこんで話してもらうぐらいで、市民団体の運営が歪むほどの政治性をおびるものなのだろうか。

その団体が取り組んでいる課題は、消費者問題的なもので、専門家だけの検証ではどうしても供給者サイドの視点の話になってしまう。国会で有権者・市民の世論を背景に、専門的なやりとりをしている政治家に事情や課題を聴くのが、有意義な場でもあった。

「不偏不党ではない」と非難を浴びせかけることは、野党第一党だけが議論の場を提供されると非難しているに過ぎない。私には「不偏不党」を叫ぶ人ほど政治的で、党派性の高いものを感じる。不偏不党にこだわる副作用として、市民や生活課題に取り組む市民運動と政治の間の距離が離れたまま、結果として、官僚が業者と癒着してやりたい放題やるような社会になる。

生活課題のいくつかはやはり政治問題だったり、政治にばっちり監視したり圧力をかけてもらわないとおかしくなるものもある。政治の世界に引っ張り出さないと本当のことがわからないこともある(もちろんその逆の問題もある)。そこに不偏不党なんて言葉を出して、見た目中立だけど、そこには内ゲバしかなく、何の世の中を動かす力にもならないように方向に運動をミスリードする議論はよくない。

そもそもいちいち会議の本題と全然違う次元の「不偏不党」をことさら他人に求める人は、どこか党派の匂いがする。まず自分たちが不偏不党のまっさらな心をもってもらいたい。無駄な議論しか生まれず全く不毛だ。
自分の党派性を棚に上げて他人の党派性を問題にする余裕なんて、ベルリンの壁が崩壊してもう無くなっているはずじゃないの?かな。

●「ニートって言うな」の本田由紀さんのブログで、関西非正規労働者の組合「ユニオンぼちぼち」が立ち上がったことが紹介されている。結成宣言がとてもよい。

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2006.03.19

3/19③ 羽田行きバス、出足低調

羽田行きの東武バスをみかける。家族も1時間前のを見かけた。やはり3人ぐらいしか乗っていない。出足低調だ。

東上線には大きな荷物を持った人が少なくないのに、バスが使われていない結果をきちんと分析して対策を練ってほしい。もしこのまま利用客が低迷して廃止でもされたら二度と羽田空港行きのバスは通らない。地元自治体と東武バスには危機感をもって対策を考えてほしい。

私の気付いた点。まず周知不足。その理由として、①多くの人にとって遠出は1ヵ月近く前から予定を組む。2月中旬に宣伝が始まっていなかったことがまずかった。②電車内の広告や駅階段等での横断幕の掲示などバス路線開通に関して東武鉄道の協力が見られない。朝霞台駅にはビラが何かのちらしの下におかれていたが、志木駅はビラも見られなかった。池袋から日光へ特急が出る宣伝(またこれがつまらないだじゃれなのだ)に埋め尽くされている。③バス停の位置がわかりにくい。朝霞台のバス停は駅出口から見えないから、駅出口と改札の周囲にわかるように看板を出すべきだと思う。

あと、首都高速が渋滞することが利用をためらわせているが、渋滞で遅れる時間の上限を示した方が安心するかも知れない。

4桁に乗る料金も高いと思うが、必ず座れて、バスの乗り降り以外は階段がないことを考えれば、妥当だと思う。しかし、どうせ今は空気を運んでいるのだから、割高感のある家族旅行の人たちなどに、定着するまでの間、多人数で利用する乗客に大幅な割引などをやって、便利さ楽さを実感してもらうことが大事ではないかと思う。

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3/19② 高齢社会に着々と対応するモスバーガー

全店ではないが、モスバーガーが有料で宅配を始める。高齢社会に対応する営業としては、日経流通の新年号が伝えた高齢者スタッフだけの店を作ったことに続く快挙だと思う。

高齢社会が進むのに、民間企業ベースの対応はまだまだ遅れている。非効率な客として、あえて他に客を回していたのである。みんなでそんなことしてきたから、行政による弁当の配食サービスとかやらなくてはいけなかった。
小泉構造改革では、民間企業は客のニーズに合わせて変化するものだという前提になっているが、現実問題は、非効率な客や効率性をはかりにくい分野については、撤退こそあれ、客にあわせて変化していくという動きになりにくい。そういうところは公的に規制や補助などで介入をして、企業の変化を促す必要がある。非効率なものとどう折り合いつけていくか、そこが小泉構造改革に欠落している議論なのだ。

話は元に戻す。平日の昼間、スーパーのレジに行って、失礼だが高齢者の買い物かごをのぞくと、びっくりするぐらいカップラーメンやらできあいのお弁当だのが入っている。体が思うように動かなくなって、軽い物、調理に手間のかからないものが売れている。むかしの高齢者なら嫁をいびって何か作らせれば済んだが、今はそうはならない。小売業者や飲食店が売り上げや地域シェアを確保しようとするなら、料金がかかっても、モスバーガーのように配達サービスを始めた方がよい。商店街なら商店会あたりがそうしたサービスを始めると効果的ではないか。

朝霞市の地域福祉計画にもこうしたことを市内の民間企業がやるように誘導すべきと書き込んである。そうしたことをやれば、お金があって重たい物を持てないような高齢者は、行政による福祉で対応する必要が部分的になくなってくる。効率的な政府というときに、政府をリストラするのではなくて、民間の仕事の仕方をかえてみる、そうしたことに市役所がどこまで民間事業者をたきつけることができるか、楽しみである。

読売「漱石ゆかりの高校、「坊っちゃん」読了生徒4割」。坊ちゃんでは松山の人のことをあんまり良く書いていないんだからいいんじゃないかなぁ。

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3/19 若者のデモを期待する前にやるべきこと

フランスで、若者の解雇を簡単にする法律案が提案されて、学生をはじめ50万人のデモが行われた。このことはとっても興味深いことだし、学生たちの抗議行動に賛同したい。

日本でも、若者が雇用の犠牲になってきた。とくに30代前半は顕著で、ニート論争などの題材になっている。フランスのようなことがあると、そうした困っている若者をつかまえて、団塊の世代より上の人たちから「ニート問題に若者は怒らないのか?オレたちが若いころには」みたいな話をとくとくとされる。言う分にはいいが、それなら、と言いたいこともある。
いったい、不安な若者の尻に火をつかないように育ててきたのは誰なんだ?という疑問がおきる。また学生運動の先鋭化(仲間を銃殺したり、テロをしたり、大学バリケードを超えるもの)による失敗がこんな始末になっているのではないか?という疑問もある。

団塊の世代ぐらいから下に、家業があるわけでもないのに、いつまでも親のもとに子をおき経済的に自立させない親が増えている。怒れなどと説教をする団塊ほど、家に子どもと暮らしていたりして、友だち親子なんて言っていたりする。いくら将来不安でも、高給の定年間際で年金が約束されているお父ちゃんお母ちゃんが成人になるべき子を囲い込んだら、尻に火がつくわけないじゃんか、と思う。

ヨーロッパは18にもなると子どもは親元離れるし、学生になればそのための住宅まで社会が提供するのが当たり前となっている。この点でも、団塊に責任は大きい。不動産価格が上がっても政治問題化しなかったし抗議行動もしなかった。わずかに菅直人が土地問題で国会論争を後藤田氏と繰り広げたぐらいだ。
彼ら世代はわけのわからないイデオロギーの政治闘争しかしてこなかったから、彼らがバカ高い家賃を請求されても、不動産屋に得意の火炎瓶を投げるとか、ゲバ棒もっておしかけるとか、そういう話は聞いたことがない。団塊がいきいきと働いたバブル時代に、めちゃめちゃ不動産価格が上がったことを放置した責任も大きい。それなのに子どもの世代のしかも自分の子ども以外に闘争ばかりをけしかけるのはズルいと思うのだ。

団塊の学生運動が若者の発言力をぶっ壊したというのは思想論と世代論の両方であちこちで書かれているので改めていうまでもないが、その反動で、40代が前の世代を尊敬のできない世代として、各所でシニカルに管理主義と競争主義を推進して世代交代を行っている。理屈で社会を抑え込む40代より尊敬のされるおじいさんおばあさんになる道を探ってほしい。

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2006.03.18

3/18 やっぱり自民党と連立するしかない状態にある

徹夜で飲んで、気分が悪くて、胃が暖まって調子が戻るかと思ってラーメン食べたら、うまかったけど、粘膜が弱っている口がやけど気味。また油で、むかむか。やっぱり元気で疲れているときに食べるべきだ。
そんな状態で溜まった家事もあって、障害者団体から誘われていた障害者自立支援法の勉強会は欠席してしまった。

昨晩、ゴールデン街で友人が教えてくれた岩波書店の月刊誌「世界」4月号の民主党の記事が面白いというので買い求めて読む。前原氏に対抗する若手議員たちの「リベラルの会」の決意表明記事は、そうだそうだと読むが、続いて書かれている東大大学院の政治学者樺島郁夫さんとその弟子大川千寿さんにゆる「民主党の研究 前原代表は何をすべきか」が良い。樺島教授は、なかなか客観化できない日本政治の感覚やしきたりみたいなものに科学的解析を与えて分析している面白い学者だ。今回も、前原党首の言動が「民主党らしくない」という感覚をさまざまな角度で解析している。
今回は、ソーシャルチャートによる解析で、安全保障政策をめぐる保守・革新の指標と、日本型システムの改革と維持という指標を重ね合わせて、民主党議員全員の位置を割り出した。その中で、日本型システムの維持・改革については菅、鳩山、横路が中間的なところにいて、安全保障政策に関する差異が見られたが、これに対して前原は、著しく改革と著しく保守の位置にあり、民主党議員としてはレアな位置にいる議員であることが分析されている。著しく維持と保守にすると西村真悟議員だけという結果も興味深い。また、各質問項目を分析すると、民主党支持層や無党派層、民主党議員の平均的数値からはるかに遠く、自民党を通り越した位置にいる項目が多いことも目立つ。

以上の分析から、樺島氏、大川氏は、前原の独自色を出せば、無党派層や民主党支持層の違和感はうち消すことができず次の選挙で議席を取り返すのは困難としている。また前原のスタンスでは議席を増やしても、公明、社民、共産いずれも連立ができず、民主党政権は自民党との連立しか考えられなくなってしまう、とも分析している。前原が安全保障で見せている「力強さ」を社会経済的な政策で振るうべきだとも助言している。

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3/17 止まり木の飲み屋がどれだけあるか

午後から有給休暇を取り、地域福祉計画の市民委員会に出席。これが最後の回になる。メンバーからそれぞれ感想が述べられるが、委員のみんなから大切な言葉が出てくる。自分たちが調べて、自分たちが感じて、自分たちがみんなとつくった、という自信が言葉になったのだろう。そして委員全員が、今後の具体的実践に飛び込むことを誓いあう。
市役所も、6月から7月にかけて、地域活動家育成のトレーニング講座を開く予定。企画、広報、運営、会議など具体的に少人数でトレーニングしていく。詳細が決まったら募集を始めるという。まだ公募する内容を詰めている段階でまとまったら募集する。グッドジョブ!

感慨にふけって帰宅。沖縄の人ではないが、夜9時から再び外出。新宿ゴールデン街に飲みに出かける。京都に転居する友人と飲み明かそうと思って出かける。私が徹夜飲みに入る3条件をクリアして、午前様を大きくまわり、徹夜のみになってしまった。3年ぶりのことだ。

朝の帰宅の電車の中で、新宿ゴールデン街は閉店時間を客にあわせてくれるコミュニティーだったと気付く。世代交代し魅力の上がった新宿ゴールデン街は、さらにふところが深くなっていた気がする。
こうした止まり木のようなたまり場が、人の生活する場所には必要なのだろう。この止まり木があることは決して綺麗な街にはならない。小さいときにタモリが「健康って色っぽくないよな」と言っていて、おっ、と思ったことがあることを思い出す。

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2006.03.17

3/16 リスクのない保険業

昨日、税務署へ行った後、先の衆議院選挙で落選してしまった熊谷の本多平直さんを励まそうと、中道左派人脈10人ぐらいで飲む。相変わらず議論をかきまわしてみんなにしゃべらせる素質は素晴らしい。小集会に向いているなぁ。
その場で民主党内が次の党首選挙では、小沢対前原の争いになりそうだという話を聞く。新聞読むかぎりではそんな感じなんだろうけど、なんだかやってられない。
その場では、法律を研究している麗しい先輩に久しぶりにお目にかかったり、商店街のコミュニティー活性化の活動にきちんと身を投じている大学生に会って、「左派、いい響きですよね」なんて励まされて気持ちよくなる。あほみたいだけども、最近、無能感にひたることが多くて、こうした気持ちになれることはありがたい。

管理会社から管理組合理事会の議事録案が届く。都合悪いところが書いていない。

●ちょっと前だが、毎日新聞に気になる記事があった。知的障害者の家族たちが、避けられない入院費用負担をたすけあうために互助会をつくり、一種保険のようなことをしている。
JA共済や県民共済、全労済が不当廉売しているというアメリカの要求、それを利用した保険業界の政治的要求が出発点、それに保険掛け金を流用していたKSDオレンジ共済事件をきっかけに、政権与党がこうした共済事業の規制強化を進め、昨年保険業法の改正にたどりついた。
その中で、こうした知的障害者どうしの自主的な保険的事業は規制の対象になってきた。さらに金融庁の基準では加入者が知的障害者だけというリスク要因が集中している保険は経営基盤がどうたらこうたらで問題視される。
では民間保険会社が知的障害者を入れるかといえば、まず門前払いするだろうし、たとえ入れるにしても免責規定をタテに知的障害にまつわる入院費用の給付はしないことを約束させられるかだ。障害者自立支援法で、障害者は、生きるに避けられない医療ばかりか福祉まで利用料を取られるようになって、自己責任で生きるためのサービスを調達しなくてはならない制度に変わった。それなのに、就労も保険もみな門前払いで、丸裸のリスクにさらされている。保護者がある日死んでしまえば、生活保護をもらって施設に入るしかない。

こうした業界の話を聞くと、健康な人だけを選んで事業をやっているのであり、年金や健康保険の民営化なんか絶対できるかという思いをより確実にする。

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2006.03.16

3/16 基地跡地に公務員宿舎が建設される問題で市の方針

米軍基地跡地の利用について、市民で議論を続けていますが、その中で国家公務員の宿舎建設が提案されています。それに対する市の方針が示されました。

市民合意によるまちづくりの手続きを進めていること、公務員宿舎に対して厳しい視線が注がれている社会情勢の応援もあるので、朝霞市が国に言うべきことをいうというという方針は妥当なものと思われます。

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3/15 朝霞市の防犯推進計画案に意見を提出

朝霞市は、防犯推進計画案をまとめパブリックコメントに付したので、意見を提出した。朝霞市の犯罪動向の分析があまりされていない中で対策がつくられていること、学校の施錠厳重化の問題点などを中心に意見を書いた。

朝霞市の防犯推進計画案「bohankeikakuan.pdf」をダウンロード

〈私の提出した意見〉

朝霞市役所市民生活課 御中
朝霞市防犯推進計画に対する意見

1.防犯推進計画をまとめるにあたって考慮してほしいこと
 「体感不安」という言葉があり、低下する犯罪件数に反比例するように犯罪におびえる市民の意識は高まっていると、数々の調査での治安・防犯に対する関心の高さからうかがえます。それには様々な理由づけが可能ですが、人と人とを疑い角つき合わせるような防衛意識の向上や犯罪や危険への直接の対抗策だけではなく、市民のおびえる意識を元気付け、安心感や信頼感を地域社会でつくるような方策をしてほしいと思います。
 防犯活動は、他人を疑うことや、他人のプライバシーに一定の干渉をすることがどうしても避けられない面があります。それが高じて、各人の「常識」といわれるものの視点では理解できない人々に対する排他的警戒感を煽って、かえって地域社会の人々の間の壁が高くしてしまう副作用もあります。極端な場合は、差別問題にも発展します。
 朝霞市は、東京のベッドタウンとして発展してきたまちです。多様な市民の多様なあり方に折り合いつけながら受け止めて発展してきた歴史を大切にし、都会らしい他人との共存と理解をもとにしたまちづくりのため、防犯のあるべきかたちをつくってください。

2.計画で推進することの前提条件がわかりません
 当計画を通読したものの、認知犯罪件数が低下していることや、自動車や自転車を中心とした犯罪が中心であるという統計など、若干の統計資料以外は、防犯の前提となる犯罪や危険の状況について十分な分析と説明がされていません。また市民の意識などについても説明づけがされていません。したがって、計画がやろうとしていることが、何を解決しようとしているのか、どういった市民の防犯ニーズから発生しているのか、証明されていません。1.でも書きましたが、防犯活動の強化は副作用も大きく、課題を明確にした上で対策を取らないと過剰な対応になり、地域社会のストレスや負担を増やすことになりかねません。

3.学校内防犯対策について
 子どもが犯罪に巻き込まれる事件が多発していることを前提に、学校内防犯対策が強化されていますが、学校内で発生する割合や件数がどのようになっているのか説明がありません。この計画にあるように門扉の厳重化や立ち入り規制の強化など学校の壁を高くすることは、地域社会や保護者にとって学校が何をしている場所なのかわからなくしてしまいます。その副作用と安全とのバランスを判断できる材料を示すべきです。
 学校内で子どもが犯罪に巻き込まれる件数では、何が多いと判断されていますか。最近でこそ問題と認知されるようになりましたが、教員による子どもへの体罰や精神的虐待、性的虐待の数も見過ごすことはできません。これも被害者が声をあげれば犯罪になります。教員による体罰、精神的虐待、性的虐待は、教室や学校を聖域化し、地域社会と隔離された世界だからこそ頻発しているのではないかと思います。
 いずれにしても、前提となる情報を示されないと、学校と市民社会との敷居を高くするような対策は妥当か判断できません。
 市民が切実に心配していることは、学校内よりも通学路や通学以外の場面で子どもが犯罪に巻き込まれることです。地域でのパトロールとともに、あえてパトロールというかたちでなくても、商店の活性化や、公園に限らない地域での散歩の奨励など、もっと地域社会でおとなの目があちこちにあり、子どもを見守ったり叱ったりできるような仕組みをつくっていくことが大切だと思います。

4.地域活動、自治会・町内会について
 地域住民や自治会・町内会の協力を求めることは大事ですが、相互監視や自主的なモラルの押し付けにならないよう留意してください。
 地域のコミュニティーの活性化では、あいさつの奨励はいうまでもありませんが、清掃活動のような義務感を求めるような事例ばかりを例示するのではなく、その地域、地域が取り組みやすく、楽しく、参加者に居場所感のあるようなことを実施してほしいものです。そのために他自治体の取り組みなども調査して提示する必要があるのではないでしょうか。

5.自動車・自転車対策
 朝霞市では自動車や自転車が犯罪や事故をひきおこしたり、自動車や自転車に関わる犯罪や事故が問題ではないかと思います。自動車や自転車の適正利用のために、モラルや法律遵守意識の向上とともに、駐車禁止の摘発など適切な規制、自動車の過剰利用の抑制よびかけ、歩行者を守る地域づくり、代替となる公共交通機関の整備、目の届かないような地域まで開発が進むことへの規制などを進めてください。

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3/15 市が出す源泉徴収票から見える地域のありよう

朝霞市の地域福祉の委員や次世代計画の推進委員会の報酬など、わずかに職場以外の収入がある。すでに源泉徴収もされているし、確定申告に行っても多少の税金が戻ってくるだけだと思い、わざわざ確定申告に行かなくてもいいかなと思ったけども、かつてわが職場の大先輩たちが政府の審議会の委員報酬を確定申告しなかったことで大変な罪に問われたし、そんなのもいかんと思って、税金の確定申告に出かけた。職場を休む代償と、還付される税金と、申告することによって加算される県民税、市民税のバランスは微妙な感じだったが。

で、朝霞市からいただいた若干のありがたい報酬だが、くすぐったい言い方をすると市民のために働いていただいたお金を自分の小遣いにするのもどうだか、と思い、その分はせっせと福祉関係の本を買った。その本代を経費として申告しようとしたら、税務署の職員から、朝霞市から交付された源泉徴収票の所得の種類が「給与所得」となっていて、給与所得控除が2割だか3割だか自動的に計上されているからと、経費申告はできないと言われる。
なんか納得できなくて、税務署の職員に「これは雇用契約にもとづく対価としての給与じゃなくて、ある種ボランタリーな活動や副業としての報酬だから、研究職や著述業なら事業所得、私のような兼業の委員は雑収入になるんじゃないの」と聞いたら、「本来はそうですが、厳密な定義はなくて、給与所得控除が大きいですから、市の配慮なんでしょ。もちろんこれでは黒川さんにとっては損になりますね~」なんて会話をして、はっと気付いた。

朝霞市のいろいろな委員会は、サラリーマンが参加することがそもそも想定されていないこと、それからそうした報酬を得るために本を買ったり、どこかに見学に行って、勉強することが想定されていないということなのかと。
その理由は、こうした報酬を、「謝礼・報酬・原稿料」として源泉徴収票を出さず、「給与所得」として源泉徴収票を出すと、農家、自営業、そして専業主婦は、もともと給与所得がゼロだから、給与所得控除の初乗り65万円がまるまる適用されて、審議会委員会の報酬は税金がゼロになる。しかしサラリーマンはもともと給与所得があり、給与所得控除の有利な部分を使い切った上でさらに給与所得が上乗せになるので、税金を有効に払う仕組みから外されるのだ。きっと、過去に審議会委員会をやった、給与所得のない人が、いろいろ市役所に物を言って所得税法の基本的な扱いとは違う変則的なやり方をしているのだろう。

ま、保育所に入れず毎月2万も余計に支出していることを考えると小さなことだが、だからこそ、公正な税金の徴収と、有効な使途について関心を持たざるをえない。大きな政府論の私でも。

サラリーマンが地域社会にかかわることは損だらけだ。農家・自営業・専業主婦たちが、地域に関わらないサラリーマンを非難する前に、サラリーマンにも公平な地域や自治体の運営をしてほしいところだ。

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2006.03.14

3/14 最悪を回避する格好良いライバル

池袋の西武百貨店で買い物していたら、品切れで、店員さんが申し訳なさそうに「東武百貨店ならあるかも知れません、電話で聞いてみます」という。お願いしたら、うれしそうに「ありました、お取り置きするように伝えておきますね」と言い、気持ちよく見送ってくれた。
一方、東武百貨店も、気持ちよく待っていてくれた。

この西武と東武、池袋の駅をはさみ、熾烈な競争を繰り広げてきた。売上高では西武の方が勝っているが、質の面では、東京一の面積を活かして、ゆったりとした陳列、品揃えの豊富さで、やや東武の方が軍配あるような感じがする。ウインドウショッピングでも東武の方が見応えがある。

そのライバルのデパートも、自分の方にこうして売り物がないときには、お客さんをお金を使わせずに返すのではなく、ライバルでも品物を買ってもらって満足してもらう、そのことを優先していることに奪い合う競争だけではないいい社会のヒントを見せてもらった気がした。
商売にもならないことに手間をかけてくれたのだから、西武百貨店にお礼状だそうと思う。

一方、帰りは急いでいて池袋からまっすぐ東上線で帰りたかったけど、有楽町線回りしか乗れない定期券。ここではライバルでもない鉄道会社どうしが縄張りを厳格に守って不便を強要している。残念だ。

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2006.03.12

3/12② 構造改革推進の知識人は足立区に住んでみよ

ゆすり・たかりの西村真悟が未だに拉致被害者の救出という任務があるから議員辞職しないと。ヘンだ。有罪になったらどうせ辞職させらるのだから。
国会議員が拉致被害者の救出をしなければならないと思うが、西村氏は適任ではない。犯罪容疑者が外国に向かって人権の正義を唱えても、揚げ足を取る材料にされるだけだろう。早く他の政治家に拉致被害者の救出という任務を委ねるべきだろう。西村真悟がいなければ救出運動ができないという状態も本来は困ったことではないか。

●今回の文藝春秋が面白い。佐野眞一「ルポ下層社会 改革に棄てられた家族を見よ」は圧巻。修学旅行の費用や給食費、教材費、果てはノートや鉛筆など学校にかかるお金を自治体が補助する「就学援助金」の受給する子の比率「就学援助率」が42%2万人もいるという足立区に佐野が入り、区役所、前の共産党区長、貧困の当事者たちを取材したレポート。
足立区でもたった13年前までは就学援助率が16%だったのにあっという間にこんなになった。区の区税収入が339億だが、今では生活保護費だけで300億の支出。この比率は全国一ではないか。東京都23区の交付金制度がなければ破綻している。

景気回復で周囲が勝ち組だらけになってきた世田谷や目黒に住んでいる人には実感されないが、首都圏でも特定の地域に、増加した「負け組」が集中的に住む様相を示している。足立ほどではない朝霞も含め、「負け組」が住める地域に政権に意見を具申できるような学者や評論家はまず住まない。だから格差社会の実感が政府のコメントから出てこない。
足立区は、何を考えてか学校選択制を取っているが、就学援助金が話題になるような区だから、バス代も払えない子が42%もいる。その子にとって学区外通学なんて夢のまた夢の話になっている。足立区の非負け組家庭は学区外通学で不人気校を露骨に避けて特定の学校だけに入ってくる。足立区の不人気校は、希望喪失のふきだまりになる構造をもっていて、深刻な状態のようだ。

本田由紀、山田昌弘、世耕弘成、宮崎哲弥の「日本人は格差に耐えられるか」の対談も面白い。本田、山田が格差を個々人の内面や努力の問題ばかりにして、と責めるのを、世耕が人間性で吸収していく。一般社会でチームワークできなさそうな宮崎は格差肯定論で本田を冷やかす。宮崎に説得力なし。世耕がいちばんトクしている感じもする。
高橋紘「現代版壬申の乱への危惧」の論点は興味深い。天皇になるべき人は物心つく頃から帝王教育を受けなくてはならず、物心ついてから帝王学を教えても意味がない、そういう観点から皇位継承はなるべくもしもの条件を排して長子が継承すべきと言う。まさにその通り。また昭和天皇と西園寺公望公が、野心ばかりでできのわるい宮家の始末にどれだけ苦労したか紹介している。
武部の過去の政治的足跡を検証した「日本一のイエスマン武部勤の正体」も面白いが、武部の今がわからん。岡田尊司と斉藤孝の対談「脳内汚染が子どもをむしばむ」は思想的願望を科学のように見せて話し、めちゃくちゃ。このことについては別に書きたい。

西村真悟被告、地元講演で衆院議員辞職を改めて否定
 自民、公明両党から辞職勧告決議案を提出された衆院議員・西村真悟被告(57)(弁護士法違反などの罪で公判中)は12日、地元の大阪府堺市で開かれた集会で講演。

 自身の進退について、「私の議席には拉致被害者救出という任務が付与されており、その職責を果たすためにも議員の職は放棄できない」と述べ、改めて議員辞職しない考えを明らかにした。
(2006年3月12日20時32分 読売新聞)

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3/12 毎度実感、埼京線差別

朝は急用で大事な用事をキャンセル。
かたづいたので昼前から都内へ。新宿をぶらぶら。

最後にできた路線だから仕方ないが、埼京線のホームってどうして新宿も渋谷もあんなに不便な場所にされているんだろうか。
新宿駅の不便さは納得いかない。後からできた中央線の新しいホームは利用頻度の高い中央口に寄せてつくっているのに、埼京線のホームは中央口からはべらぼうに遠い。電車の本数も埼京線は東上線の川越より田舎ぐらいに少ないのに、中央線は昼間でも3分間隔ぐらいで動かしている。JRは中央線の沿線にばかり気を遣って厚遇しているような感じがする。

新宿駅の、池袋方面の埼京線が止まる3番線、4番線ホームには、たどりつくのにも相当歩く。その上、ホームに上がっても電車は渋谷寄りに止まるので、さらにホームの上を歩かなくてはならない。あまりにも歩くのでホームに着く頃には電車が発車していたりして、駅に表示している時刻表があてにならない。
その歩かなくてはならないホームの位置に電車待ちの人が溢れるようになっていてとても危険だ。人が死なないとしのごの役に立たない言い訳ばかりして改善をしないのが鉄道業界だ。
新南口もあるというのかも知れないが、新南口なんて他線に乗り換えもできず役に立たないし、駅をわざわざ不便にしてあっちこっちに改札口を作るのは、新しい改札口周辺の地価を上げることを目的にしているとしか思えない。

渋谷駅は、東横線が明治通の下に移るときに、山手線の渋谷駅と同じ位置にしてほしい。東急も渋谷を活性化したいなら、埼京線や湘南新宿ライナーの乗客が降りやすい駅にしてほしい。鉄道業どうしでは競争相手かも知れないが、東急なんて鉄道で儲けている会社ではないはず。けちけち言わずに渋谷駅の一部を埼京線に貸してほしいものだ。

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3/10② 野球拳やら裸おどりやら

議員の研修旅行ってどうしてこんなことばかりが続くのか、という話で、雲仙市の市議が熊本の山鹿市に視察に行き、宴会でコンパニオンと野球をやり、全裸でお酌をさせたという。そういえば、もう亡くなった方だが、朝霞市選出の県議も、こうした視察旅行で下着なし浴衣ありの姿で共産党の女性議員の前に現れ問題になったこともあったっけな。
この雲仙の場合、注意したり、退席した議員がいたのに、全員が報酬5%1ヵ月カットにしたことが良くない。退席した議員は除外しないとモラルハザードだ。きっと、誰が退席したか、逆にいうと誰が退席せず全裸のコンパニオンにお酌させていたかわかるのがいやなのか。

報酬5%1ヵ月なんて甘い。私費で遊んだというが本当か?
雲仙市は合併市なんだから、合併特例で、交付税の割り増しを受けているはずだ。もし公費なら、余分にもらっている交付税でこんなことしていると思うと、不交付団体の市民としては腹立たしい。

どこの党とは言わないが、1年ぐらい前までは清新さを売りにしていたある政党の政策研修会に介護保険制度で講師に呼ばれてお話する機会があって、せっかくだから飲んで行けよというので懇親会にも参加したことがある。最初は各議員の簡単な自己紹介だったが、今はある県の知事となった議員の番になった途端、その秘書たちの組んずほぐれつの裸踊りが始まった。しかも隣の選挙区の議員や秘書にまで巻き込んで。
自分たちが好きでやる分にはかまわないが、見たくない人もいるんではないか。日頃礼儀だ、あいさつだ、有権者を怒らせてはならないと気を二重三重に遣う政治業界だが、ことほど酒席となると嫌な人がいるのではないかという想像力やデリカシーがないことに、ヘンだと思ったことがある。

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2006.03.11

3/11 たけのこ剥ぎにあわないために

午前中は、マンションの管理組合の臨時総会。議長を務め少し緊張したが、参加者の議論も内容を深める発言ばかりでほっとした。ケーブルテレビの導入で館内に若干の工事が必要で、その了解をとるための臨時総会だったが、組合員には、ケーブルテレビ会社のサービス内容や、無料で加入させてくれるそのココロなども確認できる機会になった。また契約にあたっての留意点なども確認でき、ケーブルテレビ会社との交渉すべきことが明確になった。参加した組合員に都度都度細かく確認をとっていったことがよかった。2011年の地上波アナログ放送の打ち切りに建物としてはとりあえずの対応をしたことになる。
私が会議の多い職場にいることがこういうときに役に立つ。4年前の理事長におほめのことばをいただく。
続いて開かれた理事会で、今後の管理組合の取り組みについて確認。マンション防災と、各種メンテナンス工事での契約の妥当性を審査する仕組みづくりに取り組むことを確認する。

午後は、マンション管理組合の連合会のNPOの理事会に員外で参加させてもらう。

●NPOの理事会で理事の1人が綿密にまとめた管理会社の資料を見せてもらう。管理会社によって、管理業務での売り上げ収入の比率が高かったり、低かったり。低いところは、管理業務で管理組合を骨抜きにして補修工事をあれもこれも増殖させて丸儲けする業者である可能性が高い。最初は管理、小さな工事、中くらいの工事、あれよあれよと修繕積立金が無くなっていく、たけのこ売春のようなものだ。高級住宅地を走る大手私鉄の系列の管理会社はそういう意味で危ういようだ。
関西の管理会社は開発会社の系列より独立系が多く、管理業務の専業率も高い。管理組合もシビアなのだろう。その中で広島の管理会社は契約を変えようとすると、理事長に関する怪文書を配ったり、管理組合に対して裁判を起こしたり、面倒なところもあるらしい。一度食いついたら話してくれない。
技術者や難解な不動産関係の法律知識を駆使する海千山千の管理会社をどう制御するのか、シロウトだけの管理組合には課題も多い。気をつけないと、いよいよ退職というころに不必要な大規模修繕の押し売りをされて、退職金をせしめ取られてしまう。そうなったらマンションはただのスラムになる。

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2006.03.10