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2006.03.26

3/25② 生まれ年の運不運を調整せよ

今日は大学の卒業式が重なった日らしく、そんな出で立ちの人が多かった。教育界が明治維新から進歩していない証拠なのか、こういう儀式の日は明治時代の格好が流行する。
それと大学生にもなって親が卒業式(あと入試も)にやってくるのが理解できない。どこ行っても教育ママとその夫がうようよして、レストランでも、電車の中でも、デパートのエレベーターの中でも、次は結婚だ、何だと、子どもの人生をいつまでも自分たちがコントロールするような会話をしていてうざい。でも就職の話は誰もしていなかった。自立されるのが嫌なのか。

都の西北B大学(なぜBなのか赤塚不二夫さんのまんがでも読んでください)の卒業式について話題になったが、今年の女学生の卒業進路は、ほとんど有名企業の総合職に就職できたようだ。トップクラスの大学はすでにこうなのだから、来年ぐらいからは中堅大学の女学生も余裕で就職できる状況になっているのではないかと思う。

なんだか昨年までの10年ぐらいの間に学校卒業して就職した、しようとした人たちが、そんなの必要なの?と思うような資格取得ばからしくなるような思いをして、はじかられて流浪の民のようになっていることが何なんだという感じがする。
この時代の若者はほんとうにかわいそうで、就職活動までのばかばかしいほどのエネルギーを使うので、就職できなければ世捨て人みたいになるし、就職すれば新人としての仕事の内容のくだらなさと折り合いをつけるのに苦労しているし、入ってきた後輩たちを見ていると幸せってなんだっけなんて考えさせられることばかりだ。もちろん怠け者の私も大した苦労もしていないのに「先輩」だからといって云々、と思われているのかも知れない。
資格取得、性格検査に模範解答できる訓練、一般情報の少ない日経新聞の読んだふり、画一的なスーツの着用、無個性な話し方・あいさつ・おじぎの角度、あとは血液型を入れ替えることまでやれば完璧というようなところまでやって。

キャッシュフロー会計や銀行へのBIS規制の導入、株主優先主義などの考え方の転換で、企業は固定費を維持するための借金をすることが厳しくなった。そのため投資も、人材確保も過熱するときは過熱し、逆に冷え切るところはとことん凍えきるようになっている。景気変動を借金で調整することができなくなっている。
そのため人材不足と人余りがあまりにも激しく変動して、生まれ年で運不運みたいな話になっている。大阪の企業が会社説明会に来た学生に新幹線代を出したとか、学閥の温床になるリクルーターを復活させた会社とか、バブル経済の反省が活きているのか、と思うような採用活動の話も聞く。就職活動期間が氷河期の間に長期化したために、今度は逆に企業が学生を甘やかす期間も長くなる。それがいいことになるのかどうなのか、検証が必要だ。
この運不運みたいなことを調整するような制度改正をするのは誰の仕事なのだろうか。10年の氷河期に就職で不本意な思いをしたり、あまりにも能力以下に見くびられた人のために、新卒者だけにしか資格を与えないような求人活動に規制をかけられないものだろうか、と思う。

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