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2006.02.28

2/28② 朝霞市の保育所政策を迫る

朝霞市の次世代育成支援行動計画の推進委員会に出席する。
2006年度から配布される子育てガイドの内容チェックと計画の進捗、具体的には保育所の入所状況、子ども関連相談体制、ファミリーサポートセンターの研修状況、保育施設の第三者評価の実施、子育て支援の輪を広げるための取り組みなどについて議論される。

子育て支援ガイドについては、市役所が市民の中から指名した委員が作った。制度別ではなく、半分は妊娠→出産と子どもをめぐる時系列におっかけていることがよい。ただし字が多くて心配。手続きについて書かれている部分が少し手薄じゃないかと思う。

計画の進捗に対する質問。私からは保育所に関する質問をいくつかした。
保育所の20時まで開所について質したが、2007年7月に開所する仲町保育所からスタートすると回答。あとは未定。土日開所もやっと話が始まった段階。深夜保育についてはようやく保育園経営者にお話を始める目処が立ったところ。
ゼロ歳児の入所条件を8ヵ月以上としていることに引き下げを求めたが、全く取り合わなかった。問題だと思ったのは「家庭保育室がありますから、入れない人はそちらに入ってください」と。前述したが、生まれ月で保育料が全然違うし抽選倍率も違い不公平な取り扱いだ。市の言っていることはおかしい。

待機児童問題について市は、待機児童が33人だから理屈の上では解決は近いと回答。だが、保育園を整備すればするほど人口流入があるからなかなかうまくいかないと追って説明。これは保育所を整備しない方がいいという価値観の人のウソ論理だ。市民は保育所に入れるかで居住地を選んでいない。市役所が次から次にマンション建設を認めるから保育所不足がおきる。マンション建設量を適切にコントロールすれば子育て世代の過剰な人口流入は解消される。
また市の待機児童数の取り方がおかしく、解決するための本当の数字を取るべきだと指摘。この4月に保育所を申し込んで入れなかったほんとうの待機児童数は118人。そのうち、保育園が空いていても距離などの条件で希望する保育所以外を断った児童数が37人、差し引き81人がほんとうの待機児童数でこの数字をベースに解決を模索すべきだ、と指摘。それに対して、児童福祉課長が、新設園に加え、無認可保育所から100人分程度認可に転換する見込みがあると聞き、ほっとするが時期は示されず。

最後に、宮戸保育園の問題から、民間委託園の質の確保について質問。市役所は定期的に監査をしていると回答。
しかし宮戸保育園の退職者からのヒアリングでは、子どもが問題を起こすたびに遊びをなくすような運営で問題があり、それは面積や人員の計測中心の行政監査じゃわからない。だからこそ第三者評価で内容評価をすべきじゃないか、と問いただす。しかし1園30万円のお金がかかるという説明以外に明確な回答はなかった。保育所のような少人数職場では、外部の眼が必要だろう。効果的な公共サービスをつくるためにはこうしたことにケチってはいけないのではないか。
仲町保育園を委託にするかどうか、委託する場合のルールは保育園運営委員会という非公開の委員会で決定されるようだ。納得がとれるよう、客観的な検証が可能な選考過程を踏んでほしい。

●宮戸保育園を退職された保育士のヒアリングをまとめる。
行政監査に上がらないような具体的な保育内容、つまり遊びの内容などに問題が多く、事故(といっても噛んだの砂が眼に入ったの子どもにありがちなこと)が起きるたびに遊びを制限して「路頭に迷う」ような事態になっていたという。
保育士がそうして感じたことを管理職に訴えても保育経験が少なく理解できず、市役所にも受託企業の本社にも伝えられず、職員どうしで愚痴をこぼすしかなく苦しんできたようだ。
また保護者にトラブルを伝えるときにも、表現をぼかしたり(かみつきを口が当たるなど)、子どもどうしのトラブルを正確に説明(誰が誰に何がされたか)させなかったりということがあるようで、上尾の保育所の死亡事故と似たような背景があるようだ。ただ宮戸の場合、ものすごく厳密な危機&ドキュメント管理を行っており、死亡事故は考えにくいが、保護者と保育者がともに子どもに理解を深めていくということには壁が高いようだ。

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2/28 羽田まで高速バスが通る

市報あさかが届く。うれしい知らせが2つ。

1つは、東武バスが志木駅、朝霞台駅から羽田空港までのバスが運行開始する。多分、高速道路の空いている早朝、深夜の時間帯中心の運行だと思うが、羽田空港へのアクセスに不便なこの地域、思い荷物を抱えて山手線に乗らなくてすむことはとてもありがたい。

1つは、朝霞市の小中学校で給食の自校方式の検討が始まる。あすからパブリックコメントが開始される。行政改革の流れの中で、給食調理の委託化、センター方式が進められて、作られるところが全く見られない給食を子どもたちに食べさせることが当たり前になってきた。朝霞市はそうした経済効率性とは逆行することをしているが、しかし、子どもが給食を調理するところを身近に感じられるようになることの教育的効果や、アトピーやアレルギーの子たちの対応、あるいは病後児童に対するケア食など、これからの社会にふさわしい給食のあり方も考えると、施設内調理になることはそのための基盤づくりになると思う。富岡市長のこの政策はほんとうにいい方向だと思う。さらに言うと、国の構造改革は保育所の調理室規制をがたがたにしようとしている。保育所の調理室は小学校以上に重要で生命線だ。この考え方を保育所にも貫徹させて、今の調理室を維持してほしい。

また路上喫煙防止の条例についてのパブリックコメントの結果も載っていて面白い。喫煙推進派は「マナーを守っていればどこで喫煙しても構わない」だろ、とか「良識ある喫煙者まで否定しようとしてしまう」とか、「たばこを吸う人の気持ちを考えてほしい」と主張。喫煙が他人に与える危険性や有害性にしか目がいっていない鈍感さがわかる。こうした喫煙者の論理は、他人に不本意な性行為を強要しながら、気持ちいいんだからいいじゃないか、と言っているような身勝手さを感じてならない。ただし自発的な禁煙を期待するこの条例がうまく行くのか。放置自転車も取り締まって始めて効果が出てきた。1000円でいいから都度都度罰金を取らなくては変わらない。社会的弱者を守るために。

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2006.02.27

2/27 保育・社会保障破れ穴だらけの構図

ようやくAERAも、たかが月10000円の児童手当加算ぐらいで子育てにやさしい街を標榜してきた江戸川区のインチキな実態を報じてくれた。棺桶に足を突っ込んでいた先代の区長か誰かのポリシーで、0歳児保育をしないと宣言していて、どうしても0歳児保育をしなければならない双子の保護者が、子ども1人月78000円×2人分も払っている実態を伝えている。コメントは「専業主婦の家庭には手厚いが、仕事と家庭を両立しようとすると冷たい」。

時間のある専業主婦とばかり熱心にコミットして、勤労者には料金が高い無認可保育所を紹介してやっているんだから入ればいいんだと豪語する朝霞市も似たりよったりだ(詳細はあす書きます)。そんな扱いばかり受けていると、誰がこの街に税金払っているんだ、誰が税金や社会保険のただ乗りをしているんだ、と最低の言葉を言いたくなってしまう。以前は市役所の夜間開所について「そんな」と思っていたが、今は、そうしてでも、サラリーマン階層が市役所に出入りするようにならないと変わらないように思えてきた。

以前はAERAの保育園記事は、規制緩和しないから保育園が増えない職員の労組が悪い(はぁ?)、したがって働く母親が苦労するという紋切り型の記事か、誰がそんなところ行くの?と思うようなお受験ワールドの保育園ばかり紹介してきたが、ようやく実態で報じるようになってきた。いい。

キャリアウーマンは育児と仕事の両立に関心が高いのに、自治体や職場の制度情報を全然を集めていないで不平不満を持っている、という結果が出ている(野村証券の調査結果)。そんなことやれば不幸になるのに市場原理を盲信した保育制度改革を求めるキャリアウーマンが多いなぁ、と思っていた謎解きだ。

●生活保護が100万世帯を突破と読売が1面トップ。セーフティーネットの張り直しなき構造改革がどんなことになってきたか、真剣に問い直すきっかけになってほしい。今、自治体も国も生活保護需給資格をもつ人にかなり制限加えて増加を抑えているが、それで解決すべき問題ではないと思う。
救貧者に対する現金や食糧支援は、近代日本で最初に発生した社会政策でもあるし、その必要性を認めるが、社会保障制度の前面に出てくるようなものであってはならないと思う。1つは、生活保護受給者とは、家もクルマも貯金も人生やり直すための財産をことごとく処分させられ、ごくまれにしか再生できない可能性のもたない状況におかれた人になってしまうからである。もう1つは、社会の効率性から問題が多いことである。受給者になる手前で、さまざまな制度がバリアを張っていれば、現金支給なんて人のプライドを奪うようなことをしなくても済むはずである。
半数近い高齢者の生活保護受給者のほとんどは、老後の最低限の生活を支える国民年金が税方式であれば、そもそも発生しえない。逆に、国民年金をせっせとかけてもかけなくても、かければ国民年金で帰ってくるだけだが、かけなければ生活保護でトクをする制度が理解されない。
また35%の障害者や病人についても、働ける環境や、多様な人を受け入れる職場づくり(八代尚宏の言うような多様な雇用制度ではない!これは元気で無骨な奴のための制度。)が進んでいけば、全員が生活保護になることもない。

一方、一人暮らしの勤労年齢層の受給者が増えているが、これは全体の数からみてもわずかでよいと思う。むしろ今、年金保険料を払わなくても済んでしまう制度や職種が増え、そういう人たちが高齢になってきて生活保護頼みになってこられるとたまらない。
年金改革の最大の眼目は年金財政ではなく、基礎年金制度の再構築で生活保護予備軍をつくらないことである。年金財政だけを考えれば未納者が増え、将来給付が少なくなることの方が助かるのが現実である。

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2006.02.26

2/26 水島さんの引退

先の衆議院議員選挙で落選した水島広子さんが、栃木一区で立候補しないことを公式に表明。
子ども政策について、民主党のますらお議員たちに蔓延する経済原理と違う視点で政策を提起していて、本当に期待していたので残念。

石毛えい子さんにしても、水島広子さんにしても、少し昔の竹村泰子さんにしても、さまざまな成果も出し、相手候補が強いのにそこそこの惜敗率の数字を出してきたのに、結果として引退に追い込まれてしまっている。先の衆議院選挙が終わった直後に、落選者のうち過去の惜敗率当選者は公認を出さないと言ったり、突然切ってしまったことが良くなかった。候補者の身分を保障しながら、次の選挙についてどうするか考えれば、引退するかどうかはもう少し客観的に考えられただろう。

政治関係者が政治家に求める、鍛冶隆介的な男・元気・アグレッシブというステレオタイプな人にどんどん差し替えられていく。こうして引退に追い込まれている良心的な議員たちになげかける政治関係者の言葉は「あの人ではなねぇ」と言うけど、そのあの人の具体的な問題点はイメージの話でしかない。
わが選挙区でも上田知事の後継の民主党候補は男・元気・アグレッシブの条件にはまり、「選挙の神様」と噂された人だったけど、先の衆議院選挙では、ずるずると小選挙区落選、そして惜敗で何とか当選した。政治家たるものこんな感じ、というイメージは思い込みでしかない。

話をもどして、えてして良心的な人が引退をさせられたそういう選挙区は、前原のような人物の好きな、程度の低い後継者に乗っ取られ、物事に対する冷静な洞察力や特定分野ですら政策分析力のないような人が居座る。

かつての民主党は候補者になってくれる人がいなくて、いろいろな人材が参加するチャンスがあったが、今の民主党は、候補者になりたい人が多すぎて、結局政治関係者のお眼鏡にかなうような、選挙動物、わかりやすいますらおばっかりが候補者になってしまう。
それに対して、先の衆議院選挙での小泉チルドレンなどは何とか自民党の中でも多彩な、政治家にならなさそうな人を集めて当選させた。そのことが万能だと思わないが、民間企業でも、たえず今のブームとは違う商品を折り込んで営業しないと持続可能な会社の発展がないように、たえず違う空気の人材を吹き込まないと、民主党も先細りだろう。

●前原のインタビューの答えがどれもこれも最低。自分の中の妄想で考えた回答をオウム返し。国民に通用しないことを言っているにすぎない。塾しか行ったことのない自称「若手」議員は、いったん引退し、国民生活をやってみろ、と思う。
TBSの寺島実郎が、構造改革問題よりスキャンダル暴きに力を入れる民主党は国民を見くびっているというコメントが良かった。また田中秀征の「ここで仕切直ししないとページをめくれない」というのもその通り。
前原やめろという声は消えないだろう。大した罪もない岡田前党首を、小沢一郎と結託して引きずりおろしたツケだと思う。

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2006.02.25

2/25 NPOと行政の対等の関係

午後から朝霞市次世代育成支援行動計画の推進委員会の関係会議。
子ども関係施設の施設長さんの委員さんが、同業者に障害児の積極的な受け入れを提案したら、猛反対された話を憤りながらされる。残念な話しだった。しかもその施設長さん、同業者代表の立場では委員会に出られなくなるかも、と言われ、ほんとうに悲しい。

帰り道、ある委員さんが家まで送ってくださる。行政とNPOの適当な関係は難しいと話をする。行政がNPOの金主になることは、NPOにとって光明のように見えるが、節度をもっと関係をその後も続けられるかは、リーダーの教養にかかっていると思った。

夜、社会民主主義者の友人から電話。中道左派の勉強会の立ち上げを求められる。しかし、民主党は菅も小沢も横路も、これまであれこれ言ってきたクセに、たかが永田も前原も首に鈴もつけられないで武部に言われっ放しだし、社民党は何もわかっていない福島執行部である以上、最悪の政治情勢だから何始めてもしかたないと断る。頼まれたことを断るのは後味悪いが、大物が誰も動かないのに何しても結果は出ないし、前原のためにしかならないと思う。そんなことより地域の福祉や子育て環境を何とかすることの方が、自分にとっての理想のたすけあいが機能する社会や生活環境になっていく。もちろん地域では民主も社民も全く影響力がないし存在感もない。女系天皇に反対した民主の候補者は政党名を隠してポスター貼っているし。

●「風のハルカ」の大分弁が板についてきている。難しい方言ではないが、94年に村山首相が就任して知られたようなマイナー方言なので完璧は求められない。宮崎美子さんはかなり早くからきちんとした大分弁だった。今はあさみ役が急速に上達。今日は由布院を去る友だちに「必ず帰って来よ(きよ)」と言ったのは、とっても上手だった。

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2006.02.24

2/24 自浄作用がないのか民主は

日経社員がインサイダー取引。さもありなん。構造改革推進ってこんなことだろう。

昼休み、昨日届いた朝霞市の第四次総合振興計画を再読。やっぱりなんとなくズレ感がある。子ども政策でも専業主婦のまちなんだなぁ、と痛いほど感じる。OL出身の議員とか出ないかなぁ。

保育所の第三者評価について再学習したいと思い、桜井慶一「第三者評価と保育園」を読む。保育所の第三者評価は面白そうな作業だと思う。

●前原が永田の議員辞職は不要といい、自分は職責を全うするなんてふざけたことを言っている。しかも党首を辞めろとはマスコミしか言っていないなんてほざいている。自民党以上に自浄作用のない執行部だ。
ところがその前原に鈴をつけるべき、前原に弾圧された党内野党もだらしない。菅派は総会を開いて、執行部を支えると言っているし、横路派もこんな大事なときに動きが見られない。両派の一部議員が明確に退陣を求めてるぐらいだ。全くどうなっているのか。
西村真悟も、木俣佳丈も辞職しないのに永田が辞職する必要がないというのだろうか。

前原の側近集団しか情報を知らない、前原の側近集団に近い議員しか目立つ国会質問させない、そういう運営をしてきたこの半年のツケだ。自民党との政策的な差異を示せないから、スキャンダル暴きばっかりになる。

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2006.02.23

2/23② 日本カーリングに学ぶ広報戦略?

JR東海のリサーチ会社からアンケートが送られてくる。最近、その中にオリンピックの関心競技についてのアンケートがあって興味深かった。何が興味深いかというとカーリング。関心あるという人が2割どまり。メダルへの期待度は人気のなかった競技の中ではやや高めといったレベル。
それが今やメダル日照りの中でカーリングチームは強豪相手に健闘したと大人気。広報戦略として日本のカーリングチームに学ぶところは多いのではないかと思う。

帰宅の電車の中で、先日あった私の雇用主の労組が開いた地方財政セミナーの資料を読む。2005年から全体の地方財政は好転し始めているようだ。

●民主党のメール騒動で、自称「若手」議員の互助会体質は見苦しい。談合だなれ合いだ癒着だと、旧社会党系や労組系議員、最近では政策に強い菅派の議員に対しても投げつけてきた40歳前後の若手議員たちこそなれ合いではないか。前原、野田、原口、自称庶民派河村は永田のことを必要以上にかばう。入院したという事情は斟酌されるべきだが、今回のメール騒動の責任は病気と違う次元であって、始末をきっちりつけないとろくなことにはならない。一般社会でも、うつ病の社員が長期欠勤していることにことさら懲罰は加えられない(時間切れで自動的に通常の解雇になることはある)が、会社に損害を与えてしまった社員がうつ病になってもそれ相応の懲罰があるのは当たり前だろう。年齢だ、性別だ、派閥だで公認を剥奪し政治生命を奪った政党が、こんなことに甘くて理解されるだろうか。

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2/23 朝霞市総合振興計画の意見の回答が来る

第4次朝霞市総合振興計画のパブリックコメントの回答が送られてくる。たった一度のフリーな市民の意見受付の場だったが、あまり本質的な問題について何ら改善をしているとも思えないような回答内容だった。すでに回答を入手した段階では最終案決定済で、何だか前後している。

計画が縦割りに各部門にわりふって書かせて戻しているだけなので、総合計画としての色合いが全く見えない。各項目、この課が書いているな、とある程度想像がつく。だから各項目とも改革的な視点がないのが残念だ。それでもいくつか新しい視点も入っていたり、これまでの量的拡大→市民幸福の充実という高度成長モデルの政策の見直しも進んでいる部分もある。

【変な回答・怠慢な回答】
・「児童手当の支給を継続するとともに、乳幼児医療費などに関する制度の充実を図ります」と記述されていることに対して、児童手当は国の政策だから記述不要だと指摘したことに「市としての施策も実施しており」とわけのわからない回答をしている。国が政策放棄した場合に朝霞市は続けるつもりなのだろうか。国が表から補助金を出し、裏から交付税の基準財政需要額で財政ニーズとして認められているから市として実施しているだけなんではないだろうか。
・「民間の保育園や家庭保育室の充実と活用の促進」と書いており、私は家庭保育室を保育所の代用品ではなく児童福祉法で規定されない保育に欠けない子の保育施設と再定義できないか、と問題提起した。それに対し、朝霞市は「待機児童の解消のためには認可保育所だけでは困難であり、朝霞市では従来から家庭保育室に補助し」と問題の多い現状を全面肯定し、児童福祉法違反政策を開き直っている。ちなみに認可保育所に入れず家庭保育室に入っている子は待機児童にカウントされるので問題は解決しない。解決策は家庭保育室を認可保育所に転換させることだけである
・児童館政策について「健全で安全な交流や遊び場の提供」という項目の「健全」が価値観の押しつけだ、と意見したことに対して、「心身ともに健康に交流ができる、遊べるという意味」と回答。障害者に対する差別意識をまったく自覚しない回答である。心身が不健康な人でも居場所があり、関わりがあり、その能力を発揮できる場所がありアウトロー化させないことが公共の仕事ではないだろうか。よく考えもせず健全という言葉を使うからおかしなことになる。
・仲町保育園が民間委託で開設されるという話なので、宮戸保育園の失敗を踏まえて入札改革をし、保育の第三者評価を実施して事業の中身を客観的に評価させよ、と求めたことには「事業実施の中で参考にさせていただく」というだけの回答。市民が入札に対する視線が厳しくなっていることに対しての認識不足と、社会福祉基礎構造改革で、利用者が自己選択で選ぶ福祉サービスについて第三者評価を求めたことに対する怠慢な姿勢が感じられる。
・介護保険の見直しで、不必要な介護サービスを押し売りする温床となっている構造、つまりサービスを供給する業者が中立的にサービスを決めるケアマネージャーを雇うことが問題になって、ケアマネージャーの業者からの独立させるべきではないか、と意見した。朝霞市は「ケアマネージャーの充実については当該部分に記述しています」と書かれているだけ。業者との癒着したまま充実したってどうにもならないよ。
・DVを異性間の暴力と定義しているので、同性愛者間のパートナー間暴力が全く欠落している、という私の指摘に対して、朝霞市は「男女平等推進行動計画との整合性を考慮しています」とゼロ回答。総合計画なら一計画との矛盾しない拡大適用は何ら問題ないはず。こうした反論の仕方は、同性愛者間のDVをDV問題と捉えることが男女平等推進行動計画の枠外ではなく矛盾と回答したわけで、認識不足だ。さらに人権政策の普遍性を全く理解しない態度だ。
・また「性の尊重と異性間の暴力の根絶」の本文として「若い世代を中心に性と生殖に関する健康と権利について周知を図るとともに」として若い世代に特化して行うこととして扱われていることに、若い世代だけが性や生殖に無知だという決めつけを感じ、「若い世代を中心に」を削除するよう求めたが、却下された。中高年世代の誤った男女観、性差別観、出産育児に対する差別と偏見に対しては及び腰ということらしい。

など。基礎的な知識の間違いすらわかっていないことが多い。一方、やらなきゃいけないのにやっていないことを書かずに、それを穴埋めするために書くほどでもないことを、今やっている仕事だからと書いたりする、だからおかしなことになる。

【意見を出して改善されたところ】
・とてもよく改善されたところは、「要援護者への権利侵害対策(認知症高齢者に対する詐欺や福祉施設の人権侵害など)や権利保障を総合的に行えるような内容に直せ」と求めたことに対して、全面的に修正されたこと。
・なおして良くなったことは、HIVのこと。保健の分野で「HIV対策」と記述されていてHIVだけを特定することに何とも言えない差別的だと感じ、性感染症全体の対策をやらないと意味がないし共通した対策なので性感染症の予防と直すよう求めたら、この点は修正された。
・勤労者支援の推進、という項目が何だかよくわからない。サラリーマン家庭が大半の朝霞市の実情から失業予防に力を入れよ、と意見したら、項目名だけは「労働相談の充実」となった。項目名だけだが、それでも対象となる内容が明確になるだろう。

もっと市民とのキャッチボールをした方がよかっただろう。また計画本文のベースを担当課ではなく企画部門や庁内選抜で選んだ職員が主体的に書くべきだったのではないかと思う。担当課に書かせると、話が細かすぎてるし、プライオリティーが付かないし、自分たちが今やっていることを否定できないし、根本的な問題意識みたいなことがなかなか入っていかない。

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2/22 前原を党首から退陣させよ

汚い話ですが・・・この3日は下痢に苦しむ。下痢の中休みに出勤、退勤をし、通勤電車では人の迷惑もはばからずPSPのキー操作で貧乏ゆすりみたいになっている●●士の卵に腹を立て、食事もままならず、楽しみにしていた用事もキャンセル。情けない。

●こうして寝込んでいる間に、ホリエモンメール疑惑は民主党の自爆で終わり。やっぱり。本物だとしても、証拠なんて押さえられるわけがないでしょう。談合疑惑のように落札できなかった業者の恨みとか、政治力学が働く問題でもないから、自爆してもいいという証言者が出てくるわけがない。
マスコミはホリエモンメール疑惑ばかりに報道が集中して、国民の安全の問題であるマンション強度偽装事件、BSE問題はどこかに吹っ飛んでしまった。マンション問題に関しては、この間、国民の眼の届かない世界で、官僚と技術者たちだけで、自分たちの都合のよい対策をまとめてしまっている。メール問題もガセネタとわかってきて、武部とホリエモンのうさんくさい関係も、「潔白だった」ような印象にすりかえられている。小泉構造改革が間違っているという菅氏・岡田氏を抵抗路線とレッテルを貼り、対案重視路線と掲げて出てきた前原だが、マンション強度やBSE問題を二の次にしてメール疑惑をぎゃあぎゃあ騒ぐことが対案なのか。

副作用も考えれば、民主党の現執行部は総辞職すべきだ。少なくとも、党首が永田のことは責任を持つと発言しているんだから、責任を取って党首を降りよ。民主党の党首なんて、役職を下りることしか責任の取りようがないのだから、政治責任として党首を辞職すべきだろう。

党首と永田の間にいた、鳩山幹事長、野田国対委員長は役職辞任はすべきだろう。永田議員はもちろん議員辞職すべきだ。比例代表だから、消えてなくなったって補充がある。
前原一派が人のあらさがしばっかりで党内出世をしてきたことは繰り返し書いてきたが、そろそろ年貢の納め時で、自ら墓穴を掘ったのだから、墓穴に入るべきだ。公務員批判や中国批判のように、マスコミに批判をぶちあげて、舌の根も乾かないうちに当事者にヘコヘコと謝罪しに行くようなことを繰り返した前原だから、どうでもいいような理屈をこねて、責任を取らないつもりかも知れない。前原が尊敬している織田信長が本能寺の変ですりぬけて生き残ったなんて話はない。本能寺で死んだのだ。戦国大名様とか明治維新の薩長の志士様に自分を模するのも結構だけど死に様ぐらい真似したらどうか。

民主党で前原一派に迫害されてきた議員たちは何をやっているのだろうか。読売が前原反対派も党のイメージダウンが恐いなどと伝えてるが、せいぜいその影響はこの春の補欠選挙ぐらいだ。今の民主党の体制で補欠選挙の1つや2つ勝って前原体制が温存されたら、第2第3の今回のようなことが繰り返される。マンション偽装問題の追及やBSE疑惑の追及よりホリエモンのくだらない献金に問題を感じて追及に血道を上げるような政党に国民は安心を預けられない。

そして民主党は、こうした恥ずかしい事件の直後に、前原の持論でしかない中国脅威論を党是とすることに駒を1つ進めたようである。

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2006.02.22

2/21② 見落としてきたもの、見落としているもの

カーリングが善戦。オリンピックに出たカーリングチームが映画化もされていて、ゲートボール並みのマイナーゲームだったカーリングが脚光を浴びてうれしい。組合機関紙を作っていたときに、組合員紹介で紹介する組合員を探していたときに出会ったのが、北海道の組合員でカーリングをやっている人だった。カーリングのルールを教えてくれて、そのおもしろさや、またマイナーゲームだったので練習試合の対戦相手を探す苦労話などが印象に残っていた。

●語るもおちる杉村退蔵議員だが、ブログで国会議員の資産公開にかかる手間暇は国家的損失だとほざく。
政治家がどんな金集めして、どんな使い方しているのか、収支報告だけでは信用できないから、資産報告も必要だ。民間企業も、株の公開までいかなくても、銀行に信用してもらうためには、決算書を提出するが、損益計算書(政治では収支報告)とともに貸借対照表(政治では資産公開)が必要なことは常識だ。どちから片方だけでは簡単に誤魔化すことができる。これは自信をもって力説できる。かつて私の雇用主は収支報告書しか作らなかったから。

●国会で懲罰が話題になっているが、保険金詐欺で国民や企業から財産を収奪しようとした西村真悟や、国民に暴力を振るった木俣義丈が民主党を除名や離党で済ませているのが納得いかない。これでは犯罪者を政党の管理下にもおかずにより自由に泳がせているようなものではないか。これにやはりホステスに暴力をしたという中根一幸を加えた3人は、しっかり懲罰委員会にかけて、行政権のもとにある司直に先行するかたちで罪状を明らかにして、しっかり処分するべきではないか。
ホリエモンのメールで武部を追い落とそうとする民主の永田もたいがいだと思うし、ほんとうにガセネタなら処分に値すると思うが、国民に直接危害を加えた永田以上の悪人が離党で済まされていることが理解できない。

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2006.02.21

2/21 介護保険料の値上げを緩和する方法

地域福祉計画の市民委員会。計画を推進するための組織に対する申し送り事項を決める。最後に、高齢者福祉推進委員会の委員をしているメンバーから、06年度からの朝霞市の介護保険料の改定について審議されていることの報告を受ける。

●介護保険料の値上げという問題は少し複雑な方程式を解くような問題である。
そもそも介護保険の理念というのは、支払った保険料と受けるサービスの関係を市町村の中で連動させて、住民自治にもとづく政策を介護保険料と連動させようとしたものだ。おおざっぱに言うと介護保険料は、介護報酬単価が全国一律の体系なので、住民の高齢化率×住民の介護度×住民の介護利用度で決まる。考え方はそんなに難しいものではない。
しかし、住民の高齢化率はともかく、住民の介護度と住民の介護利用度については、介護度が高くならないような予防や、健康づくりのしくみしかけ、外出の楽しいまちづくりなどの手法で抑制することができる。また、介護利用度については、低すぎればそれは利用の抑制や、「寝かせきり」の医療への社会的入院に依存していることが考えられるし、逆に高すぎればケアマネージャーと介護業者が牽制せずに過度な介護利用も考えられるし、施設依存で在宅介護が全然なっていないかも知れない。
介護保険のスタート時は、高齢者の全数調査をしたわけではないので、介護保険財政がどのようなものになるかは、スタート時の介護量に、抽出調査で得た介護ニーズを加味して計算された。当然厚生労働省はじめ導入した側も、それまで地獄の家族介護で隠蔽されてきた潜在的な介護ニーズを表出させることになるとみて大きく上回ると予測してきた。当然、それは利用度となって値上げ要因になる。
一方、介護施設の代替え機能を果たしてきた老人病院での社会的入院が、本来なら介護保険の導入で解消されるはずだったが、日本医師会の抵抗と「高齢者の居場所を奪い医療を後退させるな」の美名のもと、まだまだ大量に残っている。そこでは相変わらずの多人数部屋でのマスプロ介護が医療の名のもとに行われている。
この社会的入院を解消しようとすれば、介護保険料はいまよりまだ高くなる。しかし逆に高コスト低サービスの医療保険による社会的入院はなくなり、国保料など高齢者医療の負担が介護保険の値上げを上回る下がり方をすることになる。

●新人医師、小児科避けるというニュース。
日本は医者が自分たちのやりたいことしかやっていないのに高給取りのような感じがする。医師は今や金持ちの息子しかなれない職業だし、特権階級の仕事そのものだ。それなのに面倒で、大変なところからは逃げたがる。しかし医師の収入の大半は公的医療保険であり、社会保険料という税金に近いもので食べていく半公務員的存在である。需要側の患者は診療科を選んで病気やけがになるわけではないのに、供給側の医師が自分のやりたい診療科を選ばせる制度がおかしい。半公務員的存在なら、社会のニーズにあわせ、本人に不本意な配置もときとして必要ではないだろうか。

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2006.02.20

2/19 団塊更生計画

主催者の引きもあって、菅直人さんの提唱する団塊党のシンポジウムに出てくる。団塊オヤジが群れてセクトがどうだわけのわからん話をするのかと思っていってみたら、年齢差別禁止や均等待遇などを政策実現化しようとしていて面白い。出席者からは15人近くの人が意見を言ったが、新座市の星川さんという団塊の世代の女性議員が「地域でボランティアに首突っ込む団塊オヤジは男女差別を全然克服しないで、口ばっかりで女を使う、それを克服しないと地域は暖かく受け入れられない」という話が面白い突っ込みでなかなかよかった。また団塊の子からも発言があって、これまた面白かった。

終了後の二次会で、主催者の団塊オヤジに、次はニートフリーターなどと言われ若者問題のしわ寄せを食らう団塊ジュニアをどうするかだ、お前等は何ができるのか、と言われた。幸いなことに私は団塊の1つ前の世代の子だから逃げられるが、それにしても、課題はある。しかしそのためには、とかく管理主義的な共通一次世代に対する抵抗闘争を呼びかける百家争鳴の号令をかけることぐらいやってほしいと思った。

二次会の自己紹介で、団塊世代に税金を納めてもらって、子育て世代の負担を軽減してほしい、なんて話をし、朝霞の地域福祉計画で障害者や高齢者雇用の開発のための入札改革を提言した、という話に食いつきがあって、団塊の世代に対する激励になったようでよかった。これを提言で終わらせないためにがんばんなくちゃいかん責任が出てきた。物を話すということは自分を叱咤することになるなぁ。

●二次会以降、政治の話にもなる。税金の無駄遣いをなくすというのは、市民参加や政府の市民監視として必要だという議論からスタートしているのに、前原民主は単なる政争の具にして、具体的な政治改革に結びつけない、という話を聞く。同感。

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2006.02.18

2/18 生まれ月で税金の違う街

市内のある保育園に働いて退職された人に話を聴きに行った。施設長(園長)が現場と意思疎通図ることがどれだけ大事か痛感するような話を聞けた。福祉職場は、賃金や労働条件だけではなく、職場の改善や現場で起きていることをしかるべき権限のある人に伝える役割として、労働組合や職員会などの職員の自治組織が必要だと感じた。

●認可保育園の入園保留決定通知が来る。認可保育所には06年度も入れないことが決まり。
添付の保留者数の表が興味深い。0歳児に余裕があって、定員74人のところ申請者61人。園さえ選ばなければだれでも入れる。
1歳児は101人のところ申請者165人。申請した3人のうち1人が入園保留になっている。
朝霞市は志木市との境にある私立大山保育園(残念なことにここは路線バスがなくて車通勤でない市民には通園が厳しい)1園以外は入所開始年齢を8ヵ月にしている。そのため0歳児でも4月に入所申請の資格を持つのは、0歳児のうち4~7月に生まれた3分の1の子だけ。したがって、残り3分の2の子のニーズは1歳児申請に集中してしまうが、それなのに定員は30人しか増えない。余談だが、昨年、ある専業主婦に「今年はゼロ歳児は定員割れしたみたい。もう保育園の役割は小さくなっている」なんて言われたが、とんでもないデマ情報だ。背景情報を曲解したこういう情報を誰が流しているのだろうか。
入所月齢を高く設定することは、特定の生まれ月の子だけ優遇し、特定の生まれ月の子に無認可保育所を選択させて経済的負担を強いている。まさに差別政策だ。0歳児に定員の余裕があるなら、入所可能月齢の引き下げをすべきだろう。市立保育所の8ヵ月入所という基準がわからない。都内なら法定の産休明け54日目から、近隣市でも3ヵ月から6ヵ月が標準なのに、8ヵ月というのがわからない。もっと言うと、8ヵ月という一番人見知りが激しくい頃に入所開始月齢を設定していることが不可解だ。
児童福祉法を遵守し保育に欠ける条件にはまる子に保育保障をするなら、市立保育園でも産休明け54日からの保育が行われるべきだろう。入所開始年齢の引き下げは、昨年1月の次世代計画の策定段階で市はやると言っていたことだが、未だに見直しの話が出てこない。何がそんなに壁になっているのか、明らかにしてほしい。

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2006.02.17

2/17 検察だけが裁量行政のままでよいか

ひどい腰痛。その中で同業者の親睦ボーリング大会に出る。腰は悲惨な痛さ。ボーリングは自分にしてはまあまあの結果だが、その後の懇親会のビンゴで大当たり。ありがたい。

●ホリエモンの武部次男不正献金疑惑を見ていて。
やはり民主党は、自民党の不正をありとあらゆる方法で暴露しようとしている。でもそれはうまくいかないのではないかと思うし、事実関係はともかく、世論として民主党への不信感を根付かせてしまうのではないかと思う。
前原、野田は、党内の政敵を倒すために、本質論や路線論とは全然関係のない話で、政敵の不祥事を突いてくる手法をよく用いてきた。それが権力を持つ側に通用するとでも思っているのではないか。権力はありとあらゆる方法で、口封じを行い、証拠を出させないことをするだろう。証言に立つと言う人物の口が貝になり、証拠となるべきものが紛失してしまったり、いろいろなことが可能だ。それに対して民主党がどうやって対抗できるのか。こんなしょうもない「青年実業家」とその真似をしたがる政治家の息子の不正献金よりも、マンション強度偽装問題や、BSEなど国民生活の影響のある問題を徹底的にやり与党の問題をきちんと追及するべきではないだろうか。このままでは、それすら信用されなくなり、うやむやに幕引きされる可能性が高い。

一方、ニュースステーションに出ていた堀田力元検事のいっていることがおかしい。堀田は、こういう不正は検察に告発して検察の裁量で調査させればいい、と言う。いくら独立性が高いといえども行政権の影響下にある検察が、時の政権(与党という意味ではなくて与党の中でも決定権を持っている一派)に打撃を与える捜査をするのはなかなか難しいだろう。またそもそも論で言えば、安易に立法府が行政府に取締を要請するのは、民主主義の否定である。国政調査権による議員からの問題究明が必要である。

堀田力はNPOの支援などにがんばっている。そのことは評価したい。行政の裁量だけではダメで、NPOが育たなくてはならないという議論の前提になっているのは、みんなが参加しみんなが責任を持つ、開かれた政府、開かれた公をこの社会につくっていこうということだ。それは、行政が裁量権をふりまわすことが抑制的であるべきということである。堀田が言う、検察と政治家の関係が裁量で捜査されれば正しいなんて議論は、NPOの活躍を期待すべき民主主義の根幹をわかっていない議論だし、わかっているとすれば自分が弁護士活動で、古巣の検察とのつーかーの関係を使えるように検察のそうした権限や特権を擁護しているとしか思えない。

古館は、「検察がこの件に関知しない、と言っているのはどういうことなのでしょうか」と堀田に質問し、検察がまともな捜査をしないのではないか、と疑義を呈したことは適切な突っ込みだったと思う。

●また前原が中国脅威論を吐く。一方で友好関係をと。友好関係をめざす人間が脅威論を言うというのは変だ。平和時において具体的に、(北朝鮮で言えば核開発のように)どのような武力装備が脅威になると指摘すべきで、それをせずに国ぐるみを脅威論というのは敵国論である。もっとも彼は親台派、しかも落ち目の政権与党民進党との関係が深く、中国との融和政策など取れないのだろう。

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2006.02.16

2/16③ 志木市職員犯罪もないのにボーナス2割カット

3月1日から東上線の定期券がクレジットカードで買えます。といっても東武クレジットのカードだけですが。今や1万円以上の買い物で現金を持って行かなくてはならないのは、定期券ぐらいになりましたね。

●志木市役所の職員のボーナスが2割カット。
ここいらの自治体職員は全国水準に比べて賃金が安いのに、さらにこうしたいわれのない制裁を唯々諾々と受けている。納税者市民にとってはありがたい話なのかもしれないし、何でも公務員やっつけちまえという世論の中で、ていのいいスケープゴートかも知れない。しかし志木市役所の職員は2割もボーナスをカットされるような犯罪的なことをしていないし、職員集団との合意形成の痕跡(組合がないからね)も見られないままに急激な賃金カットを行うことは問題ではないか。
市民参加の市役所として興味あった志木市だが、長沼市長になってから、ポピュリズムで下品な市政が行われるようになったと思う。でも組合をもたない市職員も悪いのかも知れない。新自由主義、労働者も実力行使覚悟で自分を守らなくてはならない時代なのだから。

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2/16② 幹部は毎日飲み歩いていたんだろ

落ち目の日航が内紛。それも国際線会社の優雅な幹部たちが連判状を持って社長に辞任を迫ると。
人事抗争は、非公式な場での多数派工作が繰り返される。日航のクーデターを起こした幹部たちは、飲んだり食ったり繰り返したのだろう。そんなお金、高給とはいえ日航のサラリーマンたちが負担できるとは思えない。おそらく社費だろう。さらにはこんな大きな人事抗争をやるには、ずっと毎日のように飲み歩いて人事話ばっかりやってきたのではないか。

何度も繰り返し発生する事故、JR西日本の事故もあって、それは定時性確保のためだと説明されてきた。しかし全日空にはるか及ばない定時運行。たった90分の運行時間にもかかわらず、着陸は定時より遅れ、空港のゲートにたどりつく頃には30分近く遅れていることはザラだ。定時性確保のためとはウソっぱちだ。安全と品質管理に対する責任と集中力がつくれない日航の問題だろう。今の日航は乗客に安心と確実性を保障するためにやらなくてはならないことがたくさんあるのに、役員やエリート社員は社会には全く説得性の持たない人事抗争にあけくれている。彼らはいったいどういう理念で、安全で定時運行ができる航空会社にしようとしているのだろうか。

日航の社長は、クーデターを仕掛けた役員や幹部社員の連判状を公開すべきじゃないか。そしてこの会社の膿となっている体質を社会に明らかにすべきだろう。命を預かる仕事なのだから。

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2/16 親族みんな政治家という改革幹事長

NHKの19時のニュースは異常だ。民放も、同じNHKの他の時間帯でもトップで報じられるような、自民党の不祥事や構造改革の汚点のニュースが、必ず3番目か4番目に報じられ、事実関係に毛の生えた情報しか流さない。一方、どうでもいいアホニュースがトップでしかも長時間流される。絶対プロデューサーがおかしい。

今日は、武部の次男がホリエモンから資金提供を受けていたことを民主党議員が暴露したことがトップになると思うところだが、19時のニュースは<冒頭の予告で無視し、3番目に伝え、与党側の暴露はガセネタ、という発言ばかりを紹介していた。民放は武部の次男がどんな人物か報道していた。

武部の政治資金報告書はここ数年ゼロ円。親族を政治家に見立てて、それぞれに政治資金団体を持たせて、そこに献金を流し込んでいるという。ある都内の市議の選挙を応援したが、どんなことしたって、最低数十万ぐらいの金の出入りはあるはずだ。まったくあやしいことしているとしか思えない。そんなことを1つも伝えないニュースだった。

改革派は、自分たちの下部構造を棚に上げて、橋本派を叩き、自分たちは透明性、公平性を重視して綺麗な立場のように振る舞っている。

一方、前原民主もどうかと思う。馬淵、長妻、永田など、先の総選挙後の閉塞感を壊してくれている。しかし、馬淵を除き、相手の弱みの暴露しかやっていなくて構造的問題に切り込まず、小泉構造改革のマイナス面を正確に捉えきちんと追及できていない。国民に小泉構造改革を終わらせるとどんなバラ色の未来があるのかを見せられない。前原も側近議員と、菅直人を年金疑惑の罠にかけて失脚させたり、人の失敗につけこむことしかやっていない。そんな体質ばかりで、社会党の末期のようだ。政治合意をことごとく否定し、癒着でしかものを分析できない家事竜助の戯鍛冶隆介の議的な93年イデオロギーに染まっている議員たちは限界じゃなかろうか。

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2006.02.15

2/15② ニコチンパッチに診療報酬

毎日新聞が戦後経済史を3面にわたって掲載。
終戦直後の新円封鎖についての説明がわかりやすかった。
九州の祖父は昭和初期からサラリーマンを脱出して商いを始めていたが、終戦直後虎の子の預金を新円封鎖でやられて、みるみる価値を失ったさまを経験した。その結果、豊前の国で一時的に農奴として働き資本の原初的蓄積をしなければならなかった。当時暮らしていたという小屋に子どもの頃泊まったことがあるが、ひどい建物だった。それはさておき、そんな体験をした祖父は5年以上の満期のあるような金融商品は買うなと厳命した。なんだか祖父の思いでが出てくる記事だった。

●中医協が診療報酬改定を答申。政治的関心が皇室典範に話が移ってしまい、思い切った案にはならなかった。大病院が重篤患者を診られない現実や、町医者に地域医療の責任を持たせる改革は骨抜きになった。小児科医療や産科医療に対する力づけも弱い結果になった。介護保険の保険料値上げが各地で行われているが、それとワンセットで行われるはずの介護との役割分担の再定義も見送られ、引き続き医療が高齢者にやりたい放題の構図が続く。先生と言われる人たちのいる世界はなかなか自己改革が進まない。なんだかわからない禁煙治療の観察が診療報酬の対象に。
私の父はヘビースモーカーだった。今でも禁煙できないでいる。一時、ニコチンパッチを貼っていたが、貼っている間は本数こそ減っていたが、それでも吸っていた。そんな人が医師のところで禁煙指導を受けていれば、死ぬまでたばこをやめられなくても診療報酬が支払われ続ける。医師と禁煙パッチ製造業は儲けられるシステムか。逆に禁煙指導をうけながらやめずに心疾患や脳溢血、肺ガンになった人に対する診療報酬を半額カットとか制裁をすべきではないだろうか。
今の診療報酬は、やりたいことだけをやりたい放題やるような天井のないものを好むようである。一方で医療が自己抑制をして患者とのコミュニケーションを強化するようなインセンティブは何ら創られていない。中医協で影響を及ぼす専門家集団というものの問題を考えさせられる。

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2/15 自己決定・自己選択を実現してからに

岐阜県中津川市に聴覚障害になってしまった小池議員がいる。議会は小池議員が望んだ代読を拒み、議会は音声変換パソコンを本人に押しつけたようだ。その押しつけた副議長は「小池市議には今日を第一歩に自分の気持ちを切り替えて、議会活動をやってほしい」と言ったようで、どこまでバカなんだか。

01年からスタートした社会福祉基礎構造改革は、福祉の当事者の自己選択・自己決定ができる社会をめざしていくとしている。本人が意思を伝える手段は、極力本人の望むかたちにするのが望ましいはずだし、たとえそれが難しくて他の手段になったとしても「ほんとうは望む通りにしたかったが力不足で申し訳ない」と言うべきで、「今日を第一歩に気持ちを切り替えて」なんて偉そうなことを言えるものではない。

こうした福祉や人権に関する大都市近郊の地方議員の質はすこぶる悪い。大都市のように人権にうるさい住民に厳しく言われることもなく、また地方都市のように財政難の中で障害者や高齢者の責任から逃れられないような関係性があるわけでもなく、温室の中でねたみとひがみをぶつけ合っている。この岐阜県中津川市議会の話も情けなくて仕方がない。

地方議員やまちの有力者は口を開けば市民に、自助だ共助だと言って、公的責任を回避しようとする。それは自己決定、自己選択という社会福祉基礎構造改革の精神が貫徹された地域社会において言えることで、自己決定、自己選択も認めずに自助、共助というのはお気楽な責任のがれでしかない。

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2006.02.14

2/14② ハゲタカ業者に狙われる自治体業務

マンション強度偽装事件で問題になっているデベロッパーヒューザーが関係の深い伊藤公介議員を使って産業再生機構のホテル競売に口利きをお願いし、結果としてヒューザーが落札したというニュースが出ている。

官製談合で公務員を処罰する法律が検討されているが、やっぱり官製談合の裏側には、こうした政治家の圧力があるということを状況証拠ながら裏付ける結果となっている。そしてもちろん伊藤公介代議士は、ヒューザーの舎弟議員だということも。

●今国会で立法化される国や自治体業務の民営化の手法「市場化テスト」の学習会が職場であり出席する。
これまで役所の仕事の民営化は、役所が実施するかどうか決め、利用者や市民の賛成反対にもまれながら決定されてきた。市場化テストでは、民間業者が役所の仕事の中からやりたいと思う仕事を申し出たものを入札に付し、民間業者と役所の担当部門が競争入札して安い方に仕事をやる、という制度。

最大の問題は、民間業者が任意に役所の仕事から自分たちのやりやすいものを見つけて、国や自治体に入札実施させる過程で、そこで今まで仕事していた職員はおろか、肝心のサービスを受けている人たちの声や住民が意見する場がまったく想定されていないことである。

ほとんどの自治体の入札は金額でしか評価していない。言い出しっぺの民間業者より有利な金額を後から知った他の民間事業者が入札で提示できるか疑問だ。後出しが仕事を取るということは業界モラルを壊すことにもなるから、同業者どうしの競争は期待できない。結果として、官民入札なんて言っても、実際は民間どうしでは競争が行われる保障はないし、官は負ける可能性が高ければ不戦敗で応札を放棄する可能性も高いということで、いいように民間事業者が国や自治体の仕事を食い荒らすことになる。

国や自治体が民間業者に仕事の内容を守らせる保障は契約しかない。しかし、朝霞市の宮戸保育園のように、自治体との契約はおよそ守っているものの、結果的に、職員が次々に交代するなど、子どもの養育に不適切な運営をしている民間業者もいる。そうしたことには契約外として、民間の創意工夫を邪魔することとして、国や自治体、住民が文句言えるようなことにならない。契約だけでどこまで民間業者に国や自治体が求めた事業責任を期待することができるのかも不安である。

市場化テストを経て事業を取った業者はいいように公務員を利用できる制度になっていることも問題だ。今まで役所がやっていた仕事が民間に急に移るために、当該業務に携わっていた公務員は民間業者に移籍でき、また役所に復帰できる道も開く。
と、聞けば聞こえがよいが、民間業者は人材育成もせず公務員を利用し、不要になれば役所が合意すれば返せる制度になっている。結果として、天下り問題や、特定業務にかんする民間業者との公務員の癒着などの問題を引き起こさないか疑問である。

無理矢理民間委託を進めたいものの、権力的にはできないために考え出された歪みに歪んだ制度と言える。こうした法案に民主党がどんな態度を取るか見物である。前原執行部が主張するもっと小さな政府論に沿う主旨だから賛成だろう。安全や信頼、不正の排除などはわかりにくいからとあえて考えない態度を取るだろう。私たちの公共サービスが切り売りされていくのである。

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2/14 ゆとりvs詰め込みは自己満足の教育談義

昔は執念の強い教育専業ママの子が私立中学に行く、というイメージだったが、都内に限れば2割も私立中学に行くようになっている。同僚や知人の子でも私立中学に行くことが珍しくなくなっている。その背景は公立学校の学力談義だ。その中でもっとも盛んであり意味がないと思うのは、ゆとり教育の是非論だ。教育はその効果から検証しなくてはならないのに、ゆとり教育=勉強しない=学力がつなかいと短絡的に結び付けられている。

授業にしてもしかり、部活動にしてもしかり、生活指導においてもしかり、それをやることがどうなのか、という検証なしに、スパルタが良いか、つめこみがよいか、ゆとりがよいか、という過程ばかりに関心を持つ短絡的な議論が繰り返されている。迷惑するのは当事者の子どもだ。学校なんて子どもの生活の一部にすぎない。過程が自己目的化していて、学校の議論をする人間たちは何か勘違いしているんじゃないかと思う。

学力は教育政策が目標とする所期の水準に達しておればよい。そこに向かって、最も効果的に教え、子どもに必要以上の負担をかけない、これが原則ではないかと思う。もちろん子どもには基本的人権があり、子どもの権利条約にのっとった対応は保障されるべきという前提はある。それは教育の時間配分とは違う話だ。
それを、ゆとり派は学校が楽しい場になるようにていねいに教えて、時間をかければ学力がつくと言い、詰め込み派は子どもを学校に縛り付けて時間をかければ学力がつくと思い込んでいる。そしてマスコミや研究機関の調査は、ゆとり派か詰め込み派かでアンケートばかりをとる。まったく意味がない。
子どもに負担ばかりをかける理屈ばかりを思いつき学力を語る、そんな非効率のモラルハザードを学校に許している思考回路が私にはわからない。

授業時間数の短いフィンランドやスウェーデンの教育水準の高さは何にあるのか、教育が精神主義に価値をおかないとか、効果的な教育が行われているとか、子ども自治が盛んで日ごろの生活や遊びが脳みそを使わざるを得ないような社会だとか、いろいろ原因は考えられるが、学力が学校への拘束時間と比例しないことは間違いない。

サービス残業みたいなもので、子どもを長時間学校に縛りつけておけば安心するという、自己満足な親心でしかない。さらにはそれでも不安で学習塾に縛り付けておく。自分は労働を忌避して送り迎えにいそしんで。そして育てられた子は自分で役割と自分の時間の区別もつけられず、サービス残業を当たり前にこなす大人になる。その結果、地域社会におとなはいなくて、子どもを育てる人がいなくなって、地域や生活の力がなくなっていく。

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2006.02.13

2/13 タミフルは危ないかも

先日、インフルエンザになった家族の話をしたが、タミフルを処方されて、飲ませたところ真夜中なのに寝ないわ、テンション高いわ、病人とは思えないような変な感じだった。
新聞記事でタミフル飲んだ高校生が突然飛び起きて表に飛び出して車に轢かれて死んだとか、ベランダから飛び降りようとしていたとか、変な副作用の話があったが、そうした危険な兆候を感じられた。医師には最後まで飲め、と指示されたが、こんなんで事故起こされて死なれてもかなわんと思って服用を中止させた。

世界のタミフルの半分以上を日本で消費しているという。インフルエンザにタミフルを使うことが合理的なのだろうか。単に治療だけを見ればそうなのだろうが、そのためのコストや何やを考えると、実は無駄ではないかと思う。

今日、調べてみたら、医師とインフルエンザ脳症の遺族でつくられた厚生労働省の専門チームの対応指針では、2分程度の痙攣では経過観察で、急を要する治療はいらないという話であった。タクシーで夜間救急に行ってもよいが、救急車で三次医療どころか、二次医療に行くことすらやりすぎというような内容だった。

医師は専門性が高すぎて、こうした基礎的な情報すらきちんと集めていないのだろうか。シロウトや救急隊員の方が冷静な情報を集めているというのは倒錯している。
余談だが、今年からホームヘルパーにさえ入るリカレント教育は拒絶するし、反社会的な治療をする医師への免許剥奪はなかなか行われないし、どうなっているのだろうか。

●皇室典範改正が先送りされた。秋篠宮の妻が懐妊したからというのがその理由。そんな!普通人事ではルールが先にあるべきでしょうが。

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2/12③ 医師は足りないのか?

法務省が外国人医師の制限を撤廃すると。別に外国人差別を撤廃しようなんて気持ちはさらさらないけど、人件費を抑えたい経営者などが委員を務める、規制改革会議が求めた答申に沿うもの。世間ではこれを改革というんだろう。

撤廃の理由として医師不足が言われている。僻地や小児科、産科、病院医は確かに不足している。
しかし一方で、開業医がさらなる診療報酬の引き上げを求めていることや、介護保険の充実を邪魔するようなことを続けている理由は、医師が過剰になって収入源になっている面もあるからではないか。医師の卵が好きに分野を選べて、医大に卒業手前までもってくればまず医師国家試験にほとんど合格し、病院医は下積み経験で、開業医になっていままでの損を回収し楽をする、という医師のライフコースを改革し、医療提供側の都合によるミスマッチを解消することの方が政策課題ではないだろうか。

私は、医療・福祉分野の労働は言語コミュニケーションであり、外国人労働者の解禁は慎重であるべきだと思っている。解禁するにしても、他の業種も含めて日本人並みの人件費を払うべきだと思う。しかし規制改革会議の委員たちは、別のところで政府による賃金規制などを撤廃しろと言っていて、日本人並みの賃金が支払われる保障をするつもりはない。また外国人労働者の日本での就労に至るまでには人材斡旋業が入り込んで、わけのわからない手数料を搾取するのだろう。規制改革会議の委員たちが現実に外国人労働力に期待されているのは、日本人と同じ仕事をさせて、日本人より安い給料で労働者としての権利も認めずにこき使い、その剰余利益を搾取することだから、まゆつばで聴かなくてはならない。

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2006.02.12

2/12②シロウトがわからない話

マンション管理組合を支援するNPO、集合住宅管理組合センターのマンション強度偽装事件のシンポジウムを聴きに行く。シンポジストは建築構造工学博士の多田秀之氏、マンション強度偽装問題を担当する自民党は早川忠孝代議士、民主党は長妻昭代議士、一級建築士でご近所の底力にも出演した野崎隆氏。

多田氏は反建設省の建築業界人の大御所的存在のようだったが、話が生い立ちに関する話ばかりで、マンション偽装についてはわずかしか話されなかったことが残念だった。耐震強度というものは科学的に存在しない、と言い、それを役所が安全かどうかとお墨付きを与えるのはナンセンスで建築士の裁量を強化するしかない、と提言したが、それで良いのだろうか。
確かにマンションやビルは本物の地震で実験をしたことがないので、どの水準をもって安全とは言えないらしい。だからといって、エイヤッと決めた水準すら無くなれば、どこまでも不正や手抜きは可能になってしまう。姉歯事件からは、建築士もマンションデベロッパーも、建築会社もみんな監視してくれるシステムがないと本当に安心できないという気持ちにさせられたのではないか。
専門家が専門家としての職業的な使命感や誇りからそのやりたいことを裁量もって自分の責任でやりたいというのもわかるが、公務員がオレたち以上に地域(あるいは国)のことをわかっている人間はいないんだから、あまり面倒な仕事のルールにしないでくれ、と言っているようなことに等しい。各人のモラルに依存して誰も監視しない状況で仕事をするということが、この社会で通用するのか疑問である。

早川氏は優等生的な無難な回答。踏み込んだ発言は一切なし。
長妻氏はらしくもあり、自民党と建築業界の癒着の話を力説。この疑惑を通してマンションをとりまく制度や状況について熱心に勉強していることはわかったが、その対策となると、公務員嫌いからか、建築業界を監視する公務員は絶対増やせないという前提から議論をしている。それなのに建築確認の検査済証は民間検査機関の発行から自治体に移させると言っていて、自治体だけが何の権限も力量もないのに責任だけ負わされるような絵を描いているとしか思えない。
それでも保険制度でフォローして保険会社に検査させたり、マンション住宅ローンに関する銀行の貸し手責任強化などで貸し手の銀行に検査させたり、建築業界の利益と違う民の力で監視機能を創ろうとしているのが良かった。このことについて早川氏は「自民党も提言してますよ」と言うだけで熱意は感じられなかった。
会場にいた構造の建築士たちからの発言の中で食えない状況にあることの報告は痛切だった。

建築確認を98年以前のように官がやれば安全なのか、官だって見逃したんだから官による監視に戻しても意味がないということが、しばしば争点になる。今回もそうした議論があった。
そういう議論も成り立ちうるが、98年改正で姉歯事件のような問題が起きたのは、建築設計事務所が任意で建築確認を行う民間検査機関を選べて、民間検査機関は建築設計事務所の意向に沿う仕事をしないと仕事がなくなる関係性に変えられたことである。建築業者と検査という利益が背反することを好き放題にできるシステムが問題で、官が見逃したか見逃さないかということはその次の問題ではないか。圧倒的な権限のある相手にちょっと見逃してくれというのと、客として臨める相手に見逃せと迫るのは、明らかに関係性が違う。

議論の決着点として、建築士の仕事を建設会社がもらいに行くという構図にして、デベロッパーに建築士が支配されないように施工監理と建築を分けないとこうした不正はなくならない、となったことはまさにそうだと思う。
しかし、消費者からすれば施工監理も建築も供給者であり、クロウトとシロウトの情報の非対称性があり、そこにもう一つ、持つ情報が千差万別な消費者保護の視点から、市場の監視をどう行うかというシステムと公的なものの関与が重要がないと、消費者が安心をもてるシステムはありえないと思った。

余談だが、地域福祉計画でまちづくりという視点から考えると、建築業界の中での自由の縄張り争いだけとはいかない。やはり地域の開発という視点から、建築基準とは違う一定の制約も必要で、建設工事を止められる段階で自治体に顔を出して協議できる制度は必要だと思う。もちろんそれが建築確認制度では不十分とわかっているが。

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2/12 比例代表で政権交代を阻止工作・イタリア 

イタリアでは総選挙がある。中道左派政権復活という情勢の中で右翼与党が負け戦の歩留まりを狙い小選挙区比例代表制から完全比例代表制に選挙制度を変更。日本の左翼陣営は「民意を反映するから」と比例代表制への移行や中選挙区制の復活を狙っているが、そのことが右翼に有利に働く例でもある。右派政権の首相は冬季オリンピックの開会式もぶっちして、テレビ討論番組を渡り歩いて必死に支持を訴えているらしい。
日本でも、中選挙区制のような議席の一部しか投票できない選挙制度や、完全比例代表制は政権交代の決定的な場面で、足をひっぱる可能性が高い。
負けているとにき選挙制度のせいにしてぐずぐず言うよりも、負けるときには思い切り負けた方がいい。人間は根っこの考え方が短期間で変わるものではない。堀江が逮捕されたって、マンション偽装がバレたって、多くの自民党支持者は自民党に責任がないと考えるし、多くの民主党支持者は自民党に責任があると考えるし、その間でブレている人の動きが世論かも知れない。それを反映する選挙制度の方が民意を反映しているとも思う。

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2006.02.11

2/11③ 電子投票の値段

先日、電子投票はナンセンスと書いたが、導入費用は全国で1400億円になる。これにメンテナンスコストがかかるから、国民1人あたり何円だ?公務員1人あたり10000円の残業代を払っても、1400万人分の残業代になる。日本全体でそんなに公務員がいるわけもないから、じつにあほくさいほどお金がかかる効率化だ。
紙切れに書いてある文字を数えるという作業を機械化するだけでこれだけの金額をかけるのは、ばかばかしい話だ。

●女系天皇に関する議論で、面白い分析。右翼や保守が天皇制を信じられなくなったから、遺伝子だの神武以来の伝統だのを持ち出して女系天皇に反対している、本当の保守や右翼なら愛子天皇に崇高なものを感じるはずだ、という分析。
書評日記パペッティア通信・八木秀次「本当に女帝を認めてもいいのか」の書評より

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2/11② 地域の中核医療を担うもの

幼い家族が痙攣をひきおこすタイプのインフルエンザにかかった。そのことで、この地域の救急医療の量的にも質的にも課題だらけだ、ということを見えてしまった。
確率論からいえば、痙攣のインフルエンザで死にいたったり、後遺障害となるのは圧倒的に少数だが、痙攣はびっくりしたし、万一のことがあるといけないと気持ちは焦る。真夜中におきた痙攣は短時間でしばらくして顔色も表情も戻ったので、朝を待ってかかりつけの医師へ行くことに。

かかりつけの医師へ行くとお休み。「建国記念日」だったことに気付く。あわてて、近くの市に救急病院として指定されているA中央病院に行く。
最初に医師に「痙攣起こしているのに真夜中でも、救急車呼びつけてでもなぜ連れてこない」と怒鳴られた。次に痙攣したら救急車を呼んで三次医療(都道府県に1つあるかないか)の救急病院に連れて行けと言われて帰宅。

悪いことに帰宅後、再び痙攣。A中央病院の医師の指示の通り救急車を呼び、日大病院か清瀬小児病院に連れて行ってほしいと伝えるが、救急隊員が日大病院に電話するとA中央病院で対応してほしいと差し戻されたのだろうか、確認のためにA中央病院に電話した。しかし、A中央病院は日大か清瀬に連れて行けというだけだったようで、救急隊員は救急隊員も出動させてしまったし、目の前に子どもはいるし何とかしてあげなくては、という使命感で、隣の市の中央病院に搬送してくれた。

結局、隣の市の中央病院の医師も同じような診断を受けた。この病院の診察でわかったことは、インフルエンザにもいろいろあって、痙攣をおこすインフルエンザになっていること、痙攣を起こしたといっても三次医療圏の病院に搬送するような危ない病状はこういうときで、それはなかなかならないから、注意して安心して安静にすべし、と教えてくれたことだ。待ち時間に横に寝かせる場所を用意してくれたことだ。これには朝から病院通いで疲れていた子にとってとっても助かった。

朝霞市近辺では二次医療、つまり三次医療という都道府県レベルの医療の手前を担う二次医療圏があまり機能せず、ちょっと難しい患者は救急車を使って三次医療に送ってしまう。それでは受け入れる三次医療を担う病院も困るし、救急隊も長距離搬送で大変だし、患者の家族にとって、家からとても遠い病院に簡単に連れて行かれたのでは社会生活が成り立たなくなる可能性もある。地域福祉計画では情報の非対称性から市民には手に負いにくい医療の課題にあまり言及しなかった。しかし、それは間違いではなかったかと、大いに反省している。

また、この程度のことで救急車を呼んでわかったことは、医師や家族が勝手な判断をしてこき使われ、いろいろな場面で様々な場数を踏んでいる消防署の消防隊員が一番冷静で、まともな判断をしていたように思う。
読売新聞埼玉版のこの記事がよい。安心のカルテ@埼玉  第1部 救急医療 《2》 “医療過疎”県(2005年6月1日)第2部 小児救急 《1》 親たちの叫び(2005年10月13日)

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2/11 中選挙区制に戻しても同じです

いったい社民党はどこまで先祖帰りすれば済むのだろうか。
きょうからの党大会で社会党時代に政治改革法案の小選挙区制導入に賛成したのは間違いだとする決定をした。絶対に政権をめざさないながらも野党の代表格を独占販売できた中選挙区制は社会党の自己改革を阻害したと思わないのだろうか。あるいは諸外国に、中選挙区制のような、つまり選挙区の定数のうち1議席分しか国民が判断を下せない選挙制度を支持している社会民主主義政党がどれだけあるのか聞いてみたい。

96年00年の選挙結果は、わずかながらも社会党の自己改革になったと思う。
中選挙区制のもとで、社会党の身内の団体のボスにだけ合意形成を図っていれば、どんなに仕事をしなくても、有権者に飽きられても、社会党のもう1人の候補が出ない限り議員でいられるのが社会党議員だ。落選の危機がほとんどない議員や党幹部たちが、西ヨーロッパであったような社会党の変革を阻み、意思決定の遅く国民意識を反映できない政党になっていったと思う。
しかし、新しい選挙制度のおかけで、議席こそ激減させたものの、ローカルな小選挙区でたたかい、広域の比例区で他の社民党議員より抜きん出ている議員でないと当選できなくなって、社民党もずいぶん新しい人に代わっていった。そのことはいっときとはいえ社民党を変えたといえるのではないか(言うまでもないが、辻元清美さんの秘書給与事件でそれが元の木阿弥になり、参議院社民党の純化路線で今度はマイナスになっている)。

言うまでもないが、社民党がこうした過去の否定をして中選挙区制復活を夢見たところで、今の制度での獲得議席数と変わらない程度の、例外的にしか議席を取れないことは、実質的に中選挙区制のもとで行われた05年7月の都議選の結果でわかってしまっている。選挙制度のせいで発言力が奪われている、というのは英国の社会自由民主党のような25%ぐらいの支持率があって、議席が1割ぐらいしか取れない政党の言うことであって、日本でその資格があるのは公明党である。そう、公明党は中選挙区制や比例代表制などでもっともメリットを得る政党である。
そもそも国民がここまで社民党に愛想を尽かされてきたのは、国民に期待を持たせながら怠慢で裏切り続けた過去の経緯もあるし、目下は、拉致問題への関与に代表される、東側諸国の社会民主主義に敵対するような共産主義政党との不透明な関係に批判がある。そこを反省しないで何言っても、有権者に小難しい釈明に終始して、支持の広がりなど望めない。
社民党は最近、社会民主主義、社会民主主義と頻繁に使うようになったが、政権をとってきた社会民主主義政党であるイギリス労働党や、ドイツ社民党、フランス社会党、スウェーデン社民党などのやり方を拒絶し、その理念を何も知らない政党が護憲を社会民主主義にこじつけて標榜しないでほしいと思う。福島さんは党首になる前、保育所を充実させる方策で規制緩和と言っていたぐらいなんだから。
小泉構造改革も前原も大嫌いなぐらい間違えた考えだと思っているが、残念ながらだからといって社民党を支持しようという気持ちにはならない。

また、この大会では自衛隊違憲論による宣言や、土井たか子氏、村山富市氏を名誉党首とする案などが採択される見通しだが、こうした意味のない言上げの連発は、党の価値を下げるのではないか。そのようなことより、国会質疑や、政策提起などでもっと力を出し、民主党の右傾化を止める役割をきちんと果たしてほしい。

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2/10② サル軍団に公共サービスを委ねるまち

「日光江戸村」をつくって破綻し、いろいろ疑惑が取りざたされる産業再生機構を経由して再建をしている「大新東」という会社がある。そこの北海道の労働組合がわが労組に加盟した。
この「大新東」破綻後観光事業から撤退し、自治体の仕事のアウトソーシングを引き受ける会社に変身して、再建を果たしている。最初は観光バス事業から転換した、自治体のバス運転業務から、公用車の運転、今は、保育所や学童保育までやっている。就職雑誌の会社案内HPなどを見ると、社員には封建的なスローガンをたたき込み、社員は声がデカくて気持ちいいという(こういう安っぽい居酒屋みたいな感覚何とかならんかね)。でこの社員の仕事といえば公共サービスの担い手の人たちの労務管理と自治体への営業だけ。実際に住民の前面で働いている人たちはワンコールワーカーばかり。研修時間は給料払わないとか、問題が多く労働争議になっている
サル軍団の日光江戸村の会社が保育所の受託と聞いてなんだか複雑な気持ちだ。(誤記につき訂正)

●竹中と大阪大学の本間正明が、赤字の自治体の責任を住民に負わせようという構想を描いている。

確かに、公共事業やりまくって、ハコモノつくりまくって、その結果として赤字財政になったような町の尻ぬぐいを何で国民全体がしなければならないんだ、という理屈はわかる。だからといって、竹中や本間のこの構想がいいかというと問題も多い。北海道の僻地や長崎・鹿児島の離島の市町村など、どうひっくり返っても税収が良くなる保障はない。しかも年寄りだらけのその町で、それを自己責任だからと増税すれば竹中理論によればさらに若者は流出し、とめどもない悪循環に陥る。

一方で、私の住む朝霞市なんか良い例だけど、何もしない自治体が評価されることになる。日経がやった全国の自治体ランキングで13位とか言って朝霞市の職員は大喜びしているけど、良い数字は市の財政に関する指標と人口増や若者が多いという1960年代型の指標だけ。目を皿にして見たけど他は自慢できるような数字をはじき出している項目が何一つない。つまり上がる税金に見合う使い方をこの町はしていないのだ。その結果、どれもこれも公共サービスは中途半端の水準で、量が不足しているので利用者である市民は文句言うにも言えず、場合によっては公共サービスにありつけず料金の高い私的サービスを利用せざるを得ない保育所のような事例もある。
かく言うわが家もそう。朝霞市は待機児童の比率が全国屈指の高さで、その上ゼロ歳児は8か月からしか入れない。保育園児が小学校に転出して定員の空く4月に8か月になれない子は、3歳まで転出で引っ越した子の空き分しか入れない。その結果、認可保育所の保育料(それでさえ都内より1~2万円高い)より毎月2万円以上高い無認可保育所に預けている。私の家全体で払っている地方税が月約2万強なので、公共サービスの不足のために税金を倍払わされているようなことになっている。

朝霞市のように税金でやるべきことを民間に押しつけ、費用負担を市民に強いている自治体が評価され、高齢者だらけでクビの回らない自治体にいる数少ない稼働年齢の人たちにさらに増税を押しつけるようなあり方はモラルハザードしか呼ばない。

そもそも交付税が自治体のハコモノ事業の地方負担分を裏保障することで膨脹していることが問題なのに、自治体の福祉事業や、教育予算、職員の給与はともかく人員にとかく批判を集中させる竹中のやり方は本質的な改革にならない。竹中・本間の提案する改革はどうしてこうサディスティックなものばかりなのだろうか。

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2006.02.10

2.10 地方都市の地下鉄の運賃が100円になる効果

よそのブログから情報をいただきました。自由活動領域さまありがとうございます。

都心が広域にひろがっている福岡で実施して意味があるかどうかわからないが、昔、札幌にいた頃、札幌ではこうしたことができのではないかと考えたことがある。

札幌は昔からの都心である大通りと、札幌駅のわずか600メートルをどう結ぶか、ということが課題になっていて、札幌市は、地下街を通すということを政策目標にしていた。しかし、地下鉄をはじめ様々な地下構造物があって、技術的には大変な工事になり、そのこともあって多額の建設資金がかかるというらしい。また、この区間は、大赤字の地下鉄で貴重な利用者の多い区間でもあって、その影響も大きい。
しかし反対側の大通りからすすきのまでの間は地下街が通っており、地下街を通る分にはタダであるし、その便利さを市民は実感していて、世論調査でも出ているが官民一体で通せ通せの大合唱という結果である。しかしよそ者の私には、その資金を札幌市が払えるの?という疑問が離れなかった。市民は地下街があるからと、そもそも600メートルもの距離を市民は歩きたがっているのだろうか。福岡の都心100円バスの話を聴いたときに、地下鉄の初乗りが下がれば、地下道なんかいらないなぁ、と思った。

既存の施設を活用するような考え方ができないのか、と思うが、公共事業に群がる人たちを食べさせることと、長時間人を歩かて落っことすお金をあてにテナントビルに利権を作りたいというのが地下道延長の本音なのだろう。しかしセメントと鉄筋だけの公共事業は東京の業者を太らせるだけだし、テナントビルもなかなか人が入らなくて困っているという話もあるから、無駄だ、と思う。

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2006.02.09

2/9③ 経費切りつめの財政再建は2万年かかる

何度も書いたので、繰り返したくないが、やはり経費節約での財政削減なんて無理なんだという記事が出る。
国は2年で332億円の節約。単年度で30兆円、累積で700兆円の財政赤字を消すには、2万年かかる。はは、私たちはマンモスだねぇ。自分たちが責任を感じない、経費切りつめだけに財政再建を託すということは無理なのです。

何度も官庁に陳情に行った経験からは、国家公務員が経費を無駄遣いしているとはあまり思えない。民間企業では想像もできないようなぐらいの人口密度の空間に、東大卒が働く職場かと思うほど、ぎっしり机が並べられている。民間の常識からいえば、そうとう経費をきりつめて働いている。

どうでもいいバンフレットつくったり、その仕事そのものが無駄ではないか、と思うのだが、これはいろいろな国民がいろいろな欲望や安易なアイディアを政府にぶつけた結果としてこうなるのだろうと思うが、今回のこの記事は経費切りつめるために議論を重ねている時間と手間がもはや私たちの政府を危機に陥れていくとも言える。もっと抜本的な税金の収支改善を考えなくてはならないし、そういう意味で谷垣財務大臣の増税構想は必要悪な考えとも言える。

増税が景気を冷やすという言い方もあるが、日本は税金が世界一安い。しかし一方で社会保障が年金と医療ばっかりという国でもあるので、返りも少ない。搾取率が先進国中最高ということだ。税金が高いという国民の被害者意識はそうしたところから生まれていて、税率や支払っている税金の額ではないのだ。

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2/9 福祉は切っても道路財源は増える

昨日、カラスが弱って電線から降ってきた。今朝は、講演をしている最中に立ち往生する夢をみた。何だか不吉だが、多分厄払いだろう。

今日は用事があって朝霞台駅で下車。やはりまた駅前は違法駐車の列。交差点にも車が停められている。そしてバスはなかなか前に進まない。

道路公団の民営化で、道路建設が抑制されるのかと思ったら、不採算道路は道路公団に代わって国や自治体が車を使わない人も払う税金を投入されて造られることになった。かつては不採算路線は、東名名神などドル箱路線が稼ぎ出す通行料でつくられたが、さらに税金を使うのだから、泥棒に追銭、焼け太り改革である。
あまりにもひどかった国鉄は民営化して少し良くなった。その現実から、すべての民営化が改革という幻想を国民は植え付けられた(私は、JRになって、利用者の詰め込み体質はひどくなったし、設備投資をしなくなったことが問題だとは思っている)。
とにかく民営化すれば何をしても改革だ、という乱暴な議論がまかり通り、中身の検証がちゃらんぽらんだったから、結果として道路族議員や道路建設業界の畑は豊かになった。何せ今までどおりの通行料収入に加え、不採算路線を建設するために税金が使われる分が増えるのだから。

また、道路特定財源の一般財源化で、マイカードライバーを中心に右も左も小泉支持も反小泉も、ドライバーが払う高いガソリン税を他の使途に使うな、と大合唱した。しかし現実は福祉を切り捨て、雇用を破壊しても、「自立している」はずのドライバーがさまざまな税金を使い保護されている、ということだ。

狭い朝霞台駅前で、税金で作られた道路をタダで長時間占拠しているドライバーとはどんな人たちだろうが。マイカーを所有するということは月5万の経費を使える人である。そんな人が駐車場代1つ払えないとはどんな料簡なのだろうか。マイカーなんて社会に迷惑を押しつける存在は、少しは謙遜して使うべきじゃなかろうか。

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2/9② ゴネ得公認

民主党が第三次公認を発表。年齢制限がおかしいと、米沢隆などの民社協会のおじいちゃんたちを動員して、公認基準の見直しを主張していた旗頭、田中慶秋が公認を得ている。民社協会のおじいちゃんたちを黙らせる口実にしようって魂胆だな。安住、前原。まぁ、防衛利権に近い民社なら前原利権とシェアできるんでしょ。
一方で、党の福祉政策の参謀だった石毛さんは年齢基準で切られると通告されて新聞記事で取り上げられたが、公認基準を満たす水島広子と村越祐民はいつまでも公認されず、なんだかわからない基準である。
そして100人の公募新人議員を立てるという。まぁ、裏で前原に忠誠を誓わせるのだろう。せいぜい勝手にやってちょうだい。

ホリエモン面談で擁立を断った岡田前代表が再評価され始めている。選挙のときには、前原一派が小沢一郎とつるんで、そういう硬直した態度だから負けるんだとさんざん叩いて引きずりおろしたのに、前原側近議員のメーリングリストでは「岡田前代表はしっかり前原体制を支えている」と。
別に岡田前代表は前原のために働いているわけではないでしょう。民主党への責任感からでしょう。それをこうした特定の指導者の指導力を粉飾するような言い方は良くない。

そんなことを思っていたら、Loveless Zeroという家族・少子化・格差社会のテーマのブログ記事をリンクしている面白いHPで、

[society] 格差社会論争:主要テーマに浮上 小泉首相、強気に転換
いや、論争とかしてる場合ではなくて…前原氏は批判ができればネタは何でもいいようにしか見えないんですが。

と書かれている。民主党をちょっとでも継続的に見ている人はわかっていることです。

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2006.02.08

2/8 別に真夜中にわからなくても・選挙結果

介護保険の見直しで新しい概念を確かめたくて、介護保険改正のガイド本を買って読む。介護保険制度のゆがみに対する問題意識は的確だが、介護は公的な価値があり、官でやるべきものを官でという当たり前の認識が、規制改革会議あたりに揶揄されることを嫌ったのか、モラルハザードの余地が多い。
それにしても、高齢社会を迎えようとしている首都圏の自治体で、介護保険の本質を理解し、制度づくりだけではなく、人材や施設の確保、業者の規制をきちんとやっているところは少ない。さらには住民ニーズをアンケート以上で把握していない。アンケートは市民の考えをつかまえられるが、限られた情報でのタテマエの答えしか出てこない弱点もある。それを補うためのやり方を考えなくてはならないと思う。

●自民党の選挙制度改革を考える部門が、電子投票を入れろと言っている。
私は無駄だと思う。4年に1回しかない選挙に、高価な機械を使い、その度にハッカーにやらりないように回線をつなげ直し、慣れない機械をマニュアルと首っ引きで前任者に確認しながら作業することが効率的とは思えない。
これまで10回行われた電子投票はほとんどバグやミスで正確な開票がされてこなかった。再選挙になったところもある。高価なシステム代、機械代を払う価値はない。IT関連業界が、自治体をカモることでしかない。こんなものを推進している政治家や自治体職員は何か裏がある。
そんなお金をかけるより、誤解の多い候補者名を書かせるかたちではなく、海外では多数派である○をつけさせる投票用紙にするとか、開票に手間のかかる参議院比例代表の個人名投票を廃止するとか、やり方はあるだろう。

そもそも、選挙の開票情報がすぐ手に入ることに何の意味があるのだろうか。政治業界の人たちの好奇心の問題じゃなかろうか。翌日に開票結果が分かるというのは世界の標準より相当早い。早くわかることがいいことなのだろうけど、過日、選挙権を奪っているとして違憲判決が下りた在外投票などの制度が本格化すれば、早く開票することが技術的に不可能になる。

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2006.02.07

2/7② 紀子さまの子を守れ

女系天皇の反対論を聞いていると、あんた何者よ、と言いたくなる人が、皇室の伝統だとか、わけのわからない理屈持ち出している。まるで、226事件の反乱将校が、勝手に天皇の意思を詐称して自分たちを正当化しているようだ。

今日、紀子さんの懐妊が伝えられる。おめでたい。

しかし、この喜ばしいできごとを女系天皇反対論に使いかねないバカ政治家が多いことが心配だ。先日も書いたが、亜流であっても立憲君主制のもと、皇位は国民が納得するかたちで粛々と継承すべき制度であるべきだ。また、過去、皇位継承をめぐり争いが生まれたときには、たいてい内乱がやってきている。皇位継承が争いになることは立憲政治を超える事態になり危険なことで、民主政と天皇制を両立させて維持する限り、何としてでも回避しなければならない。
紀子さんから生まれた子が政争の具や皇位継承の争いに巻き込まれず、皇室の一員として国民から暖かく見守られるよう、紀子さまが出産するまでに、この問題は世論の合意にしたがって、今国会での皇室典範の改正を実現すべきだろう。

●前原の国会質疑か全然なっていない。BSEのことで小泉とブッシュを仲違いさせようという意図でしか質問していない。安全にかかわる審査が事後承認であること、安全性を対象物ではなく紙の上でしか審査しないアメリカ的なシステムそのものの問題があることなどを追及したのか。そういう政治家どうしの言葉しかないところに民主党政権は国民を守らないんだろう、という不信感がある。

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2/7 ヒント蒐集

職場で、労働系シンクタンク、連合総研「経済情勢報告」、自治総研「自治総研」2月号、大竹文雄「日本の不平等」(教育文化協会)をゲット。どれもタイムリーな資料。

連合総研の経済情勢報告は、政府の経済白書のカウンターレポートとして価値がある。文章も適度に硬く、適度にわかりやすく、資料も簡素にふんだんに入っていて良い。

「自治総研」は介護保険の記事が良い。先日このブログで紹介した「医療の値段」を執筆した結城康博さんが介護保険見直しの焦点を明確に示してくれた。
介護予防は十分な予算確保がされていないこと、確たるプログラムや効果の検証体制がないことなどが課題だという。地域包括支援センターは、モラルハザード的な報酬請求、利用者の囲い込み、業者にとって楽で自立につながらないような介護をしている民間事業者を監督し指導する場としてつくられるが、それを民間委託すると結局モラルハザードをさらに助長することになってしまうというような問題点を指摘した。
朝霞市は地域包括支援センターを民間に委託しようとしている。民間主導の介護保険制度の業者の自発的な改革を促し問題を軌道修正するための機関を自治体や社会福祉協議会がやらなくてどうする、という感じがする。わがまちの職員は楽で内向きな仕事ばかり選んで、やるべきことは全部民間任せ誰か任せだ。これでは埼玉一の市役所なんてできない。仕事を選ぶなら市役所ごと民営化した方がいい。
自治総研の最後に地方制度調査会が答申した自治体議会改革が紹介され、とても参考になる。自治体議会の形骸化や機能不全を打破する議会に対する規制改革のヒントが盛り込まれている。

大竹文雄「日本の不平等」は研究会の報告。今はやりのジニ係数論議で、格差は拡大していないが、という大竹氏の報告。世帯別の所得格差を取っているから、単身世帯の増加、高齢者の年金収入差の高まりが格差拡大の要因だと言う。格差の評価や、それを感じる人々など、主観性の問題とからめて分析していることが面白い。所得再分配政策を支持しないのは女性より男性、30代と50代以上に対して20代と40代というのが興味深い。
小泉氏や竹中氏はこの分析をベースにしているが開き直っているだけ、国民がどう受け止めるかによって不平等を感じている問題も政策が必要だとする大竹氏の主張は違う方向で面白い。

●官製談合防止法で、公務員だけを厳罰にする動きが進んでいる。官製談合は無くしていかなくてはならないが、公務員を叩いているだけでなくなるものかと思う。談合は民間主導でもやれる。談合が官製になるのは、後ろにいる政治家が発注者である役所にあれこれ指図する構造があるからではないか。
そこにきちんとメスを入れずになくなるとは思えない。と言っても、法律を作るのは政治家だからダメか。あっせん利得禁止法ができても、ヒューザーから伊藤公介への口利き依頼とその見返りと見られるパーティー券の購入、斡旋があったし。そんなあきらめが続くと、なんだかわけのわからない混乱の政治への渇望が生まれる。自浄を期待したい。

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2006.02.06

2/6 民で取れる責任は民で取れ

マンション耐震偽装問題で、銀行の業界団体・全国銀行協会は、被害者の住宅ローンの返済を最大3年猶予すること、猶予期間の金利を軽減すること、建て替えの住宅ローンの審査を弾力的に行うことなどを発表した。

しかし、おかしくな話だ。
欠陥マンションの担保価値を見抜けずにお金貸した銀行が、その過失ともいえる責任に頬被りして、被害者が住宅ローンに苦しんでいるのを、彼岸にして涼しい顔している。

私も住宅ローンを抱えているが、不動産業者を通し、1週間もかけて何回も身辺調査をされた。あまりない職種なので、源泉徴収票だけではなく、給料表やら職場の会社案内まで提出させられた。それなのに業者のやっていること、担保となる物件の構造ぐらいチェックしていないのだろうか。審査していなければ過失責任があるし、審査して問題が分かって貸していれば小嶋同様、詐欺だし、どっちにしても責任があるのではないか。

私が住宅ローンの手続きをしたときは、銀行担当者が一回も姿を見せず、全て不動産業者を通じて行われた。不動産業者に住宅ローンの営業させているのだから、銀行と業者は密接不可分な状態で消費者に対峙している。銀行に自らの貸し手責任がないというのは不可思議なことだ。

今回の対策は何もしないより良いが、返済の猶予期間などは、さらに被害者のローン残高を膨らますことになるから、無理して返せる被害者は使うことは考えられない。返済猶予を利用した被害者は自らのクビを絞めることになる。
建て替えの住宅ローンの弾力的対応は当たり前だろう。しかし、これは見方によっては、人の不幸に乗じて儲ける焼け太りとも言える。
今回の救済策は何も銀行の懐は痛まない。むしろ困っている被害者を担保にビジネスチャンスをつくっているだけではないか、という思いしかしない。最低限、被害物件の住宅ローンの利息免除ぐらいし、不動産融資にかかわった営業担当者をきちんと処分しなければ、住宅ローンの消費者軽視のシステムは変わらない。

銀行は、今回の事件の被害を応分に引き受けるべきだろう。国や自治体のサイフだけに痛みを押しつけるのはおかしい。全銀協会長の西川氏などの銀行業界のドンたちは、繰り返し重用される政府の審議会などで、自己責任で福祉を縮小しろと言ってきた。言ってきたこととやっていることは違う。空前の利益を上げている銀行は、民でとれる責任は民で取れ、と言いたい。

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2/5 社会を理解しない人たち

というタイトルを打つとなにやら銭湯での行儀が悪いの、先輩後輩の身分関係をわきまえないの、そんなことを言うように見えるが、全く逆である。

ホームレスのことに取り組んでいる人のホームページを見た。
その人が、ホームレスが公園で住民登録を認められたことを前向きに捉え書いた記事に対して「税金でつくられた公園を勝手に占拠して」から始まって「自立しない人間を甘えさせる必要はない」「支援者たちは偽善者」などと結構口汚いコメントがものすごい量書き込まれていた。折しも大阪市が公園からホームレスの排除を始めたときに重なったので、注目が大きかったのだろう。

住民登録は居場所を特定する届けにすぎない。それを役所が公認したように思うのは官治主義による錯覚だろう。住民登録は民法上の占有権に直結するものではない。実際に住んでいるところ以外に住民登録することはできない。デオドラント日本には少なくなったが、都会には民法上の占有権や借家権とは切り離された生活をしている人がいることを認識すべきだろう。
住民登録を認めなければ住民としての手続きがいっさいできない。したがって自立にも就労にも転居にも足がかりすら始まらない。自称経営者という人のコメントには繰り返し「甘えるな」「自立しろ」って書いていたが、住所すらない人を雇って自立させてあげる経営者を見てみたい。ちなみにこの経営者はリベラルな新党さきがけ出身「市民派」無所属議員と親友だというから、考えさせられてしまう。

ホームレスの人たちに公園が「占拠」されている状態は尋常ではないとは思う。しかし同時に考えなくてはならないのは、この人たちの雇用の常識が急激に壊れたこともかなり非常事態であるし、その結果としてのグロスのホームレスの数の増加である。
ホームレスが公園を占拠していることに、納税者が「俺様の物」と同然に主張するのもどうかと思う。ホームレスのように社会的排除におかれた人も社会のものであり、公園も社会のものであり、それらを一体的に考えなければ、右にいるホームレスが左に行くだけの話である。だんだん排除が繰り返されることで、ますます社会悪になっていく。
世界標準からいって高くもない税金しか納めない日本人の中には、血眼になって税金の無駄遣いを探す風潮が流行っている。偉い人を批判するのは難しいので、社会的弱者のやむを得ざる公共物の占有に、正義の刃が向けられていくのだろう。

ホームレス支援をしている人を批判する人たちの悪質なところは、ホームレス支援活動をしている人や、ホームレスの立場に同情する人に対して、「なぜお前の家に泊めてやらない」という言い方をすることだ。公共のものの考え方が未確立な前近代的な思考回路だ。
個人の支援は持てるものからその持ち出せる範囲のものでやるべきであって、自分が倒れるほどやらなくてもよい。2000年以上も前に書かれた聖書のよきサマリア人のたとえでも読むべきだろう。
そして、困っている人を支援したい気持ちと支援する力のミスマッチを乗り越えるために、人間は公共というみんなで力を持ち寄って解決することを発明してきた。税金や寄付や労力を持ち寄り、もっと大きな枠組みで考えるようにしてきた。お前が泊めてやれ、というのはこうして人類の進歩から退行する議論だと思う(住民登録をさせてあげている人はいる)。

公園に寝泊まりしないで済む人生の再出発をみんなで考えようと運動している人に、そうした揚げ足取りの言い方はほんとうに良くない。なんだか腹が立って仕方がない。荷宮和子が2ちゃんねるを見て怒っているが、その気持ちと多分同じだろう。

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2006.02.04

2/4② 予定調和の保育の市場化のへ理屈

今朝の毎日新聞で、国際基督教大の八代尚宏教授が、市場原理万能の保育制度改革の正当性を力説している。現実の保護者や子どものニーズに全く顧みることなく、決めつけ、レッテル貼り、論理のすりかえで満ちあふれている。

八代氏の提言の、女性の働く社会で何をすべきかということについて、省庁縦割りの対策ではダメ、役割分担論もダメ、女性を家庭に閉じこめれば日本経済は立ちゆかなくなる、などの大枠の時代認識は正しいと思う。ただしそれが少子化対策だという話は違う。少子化ではなくてもやらなくてはならないことだ。

その上で八代氏が何をすべきかという提言で2点おかしな話をする。この間の構造改革で言い古されてきた「流動的な働き方の普及」と、日本の保育所制度は既得権だから切り込んで改革せよ、と提言する。それらが規制緩和イデオロギーを貫徹させるための労働政策や保育政策の変更要求であり、目標が自己目的化して本末転倒な話なのだ。

1点目の「流動的な働き方」を普及させて子育てができないことは子育て世代が一番よく知っている。そういう働き方をしている人たちが、一体どんな状態で生活しているのだろうか。無権利で不安定で力関係が一方的で家庭なんて維持できるようなものではない。八代氏が否定する「年功序列・長期雇用保障」の下にいる人の方が、生活が安定しているため実際に出生率も高い。全く現実を無視している。この理屈は、少子化対策に名を借りて、人材派遣業の経営者たちの利害を代弁しているに過ぎない。

2点目も、今の保育所やその利用者が既得権益だというのは決めつけだけの議論だ。
市場原理で質の高い保育サービスというが、八代氏は自身が委員を務める規制緩和委員会とその後の規制改革会議で、繰り返し、①保育所から調理室を置く義務を無くせ、②保育所に園庭を置く義務を無くせ、③子ども一人当たりの面積の規制はなくせ、④保育士の配置基準はなくせ、⑤保育士の常勤比率規制を無くせ、と主張し、これらは業者間の競争で高め合えばよくて、ダメな保育所は保護者が選択しない、と言い切っている。
八代氏の理屈は、質の悪い保育所を選ぶ保護者が悪い、ということだが、選択の権利を奪われている当の子どものことは何一つ考えられていないし、保育所問題の深刻な大都市部では保護者が質の高い保育所を選べるような状況ではないことを無視している。さらには、母子家庭や障害児の家庭など、保育所の支援を最も必要としている人が逆選択で入所お断りされる危険性など無視している。
当時の20世紀末の規制緩和万々歳の時代ならともかく、マンション強度偽装問題など露呈し、社会的規制を全面的に否定して、消費者の選択権というバラ色をちらつかせて自己責任だけを押しつけることがどんな問題をひきおこすか、何も顧みられていない。

保育所が既得権益の高コストという決めつけも問題がある。
保育所の運営費用の積算根拠で、その大半を占める保育士の人件費は、1人あたり年収400万程度で計算されている。時給制のヘルパーより確かに高いが、一人の職業人が自立して生活するのに高すぎる水準だろうか。また高齢者介護と違い、もともと保育所はある程度整備されていて、高齢者介護ほど誰でももいいから担い手が必要という状況でもない。きちんと財源を確保して保育所を整備せずに、保護者どうし対立させ、政策責任を問わない八代氏の論理立てには問題がある。

でもこういうデマゴギーは、日経新聞しか読まないような人たちに受ける。子育て支援は拡充したいが責任もってやりたくない政治家(特に民主党の若手と森派)にもバカ受けする。で、結局、思い切った保育財源の確保がされず、いつかやっていくる規制緩和の青い鳥に夢見て、何も状況は良くならないことが続く。

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2/4 身体障害者用の部屋があればいいか

東横インの事件はいろいろ考えさせられる。障害者用の施設が不便だから、見てくれがわるいから、掃除しにくいから、と撤去したことの無自覚さがまず責められるべきだと思う。
その上で、では他のサービス業はどうなのか、ということも問い直さなくてはならない。交通バリアフリー法にしたがって駅にエレベーターの設置が進んでいるが、障害者が夜間外出することがありうると想像できない人によって、新座市が管理する志木駅のエレベーターは22時で閉鎖されてしまう。小平市の小川駅で見たが、以前はエレベーターは障害者以外に使わせないという口実で鍵がかけられており、車いす利用者は交通機関へのフリーアクセスを禁止されていたも同然だった。当事者と接点を持たず、自分が同じ状態だったらどうなのか、と考えられないのは何も東横インだけではないと思う。

で、東横インが法律どおり障害者用の部屋を用意していれば問題なかったか、ということも考えなくてはならない。法律や条例の求めている障害者用とはいったいどんな条件なのだろうか。
これまで仕事など、いろいろな障害者と出会ったが、車いすを使っている人もいれば、盲導犬で動いている人、目が見えないのに白杖だけで外出できる人、内部障害で機械を常に携行しなくては成らない人、知的なハードルでひらがななど簡単な文字しか読めない人、いろいろいる。その障害者をひとくくりに障害者用の部屋に入れる発想になっていないか、再点検が必要だと思う。

この部屋は電動車いすでも使えます、この部屋は視覚障害者でもわかりやすいつくりになっています、この部屋は松葉杖をついている人でも施設が楽に使えます、この部屋は盲導犬がリラックスできるし排便できる場所も近くにあります、というような対応にしないとほんとうのバリアフリーじゃないんではないかと思う。そしてさらに困っている宿泊者には、介護業者を呼んだりできて、人的なカバーができることも必要になるだろう。
今は、身体障害者に対応できる部屋の確保が優先されることは間違いないし、その問題以前の東横インの姿勢は問い直されるれべきだと思うけど、もっともっとバリアフリーを進めていけば、建築基準法のような何かの数字をクリアすればいいんでしょ、というようなかたちでの障害者施設の整備は限界に来るとおもう。いろいろな障害者が旅行や外出を始めて、ようやくその現実がわかってくるのではないか。

●わっ、コメントがいっぱい。考えなきゃいけないこといっぱいあるなぁ。

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2006.02.03

2/3 島田晴雄だましの保育政策

ポカ口お天道様に見せて巻きずしをがっつくしぐさが縁起がよいと、コンビニ業界が無理矢理流行させようとしている。商魂はわかるけど、あんまり美しくないなぁ。

またまた通勤電車での怒り。広告業界がどう判断しているのか、通勤電車の車両まるごと1つの広告で埋め尽くすのはやめてほしい。退屈な満員電車の通勤で、いろいろな広告を見て時間を潰しているのに、同じ情報ばかりで圧倒されてもうんざり退屈なだけだ。せめて地下鉄だけでもやめてほしい。そういう広告を打つ商品への反感ばかりだ。

●小泉文化人の島田晴雄がまた思いつきのような子ども家庭政策を提案している。思慮も分析も足りない政策ばかりを「お金がかからない」と、子育てもしたことないような内閣府や小泉文化人に開陳するものだから、子育て支援政策、家庭政策が混乱と迷走を続ける。いい加減にしてほしいものだ。

今回の提案では、企業に保育施設の設置を義務化し、民間主導で保育施設を整備させようとしている。一見いい話に見えるが、日本社会が企業内福祉と施設福祉による弱者囲い込みの手法が限界に来て、地域開放型の福祉に移行しようとしている中で、企業に保育施設を整備させることは時代に逆行することになりかねない。不動産業者や鉄道会社など商売道具の地域に付加価値をつけるために保育所整備するならまだしも、普通の企業が保育施設を整備するとなれば対象は従業員だけという話になりがちだ。それでは構造改革に逆行するのではないか。企業からそうした見えない法人税を取るなら、薄く広く法人税を集めて保育所を整備していった方がいいのではないだろうか。

今までも、小泉政権の保育政策のバックボーンとなっている島田の保育施設拡充論は、何の裏付けもない話ばかりだ。税金は使わない、「ビジネス」「民の力」などという言葉でどこからかお金が流れ込み保育が儲かるような幻想を抱かせて、チチンプイで保育所不足や「多様な保育サービスの不足を解消しようという構想ばかりだ。結果として、チチンプイの論理が保育所不足を解消しなかった。厚生労働省保育課が予算獲得で努力し、その動きを素直にキャッチした自治体だけが保育所不足が解決していったと言ってよい。小泉政権や取り巻きはそうした社会システムを無理解に否定し、認可保育所制度を古いと決めつけ、そのシステムを必死に否定しようとしてきた。どこからかわけのわからないお金やマンパワーを引っ張り出そうとするから変なやり方ばっかり出てくる。
島田理論は結果として、保育所がさして増えもしないのに、保育所の質を守ってきた「最低基準」を切り売りさせ、特定の子どもビジネスをやっている大手業者が自治体の保育財源を食い物にするような道だけを開いた。

「多様な保育」「民間主導」という言葉を何の定義もなく使い、利用者にはサービスが良くなるような幻想を抱かせ、業者には低レベルな保育や保育士を最低賃金すれすれで働かせてもいいような幻想を抱かせる島田の議論に騙されてはいけない。

●女系天皇に反対する平沼赳夫の動きは過ちだ。天皇も望まないあるべき国体、あるべき日本をふりかざして、時代の流れにそぐわない天皇制のかたちに歪めていることは祖父の騏一郎の過ちと同じ道である。不真面目な小泉首相が敵だらけの中で女系天皇に道を開こうと努力している背景は何なのか、天皇家のありようについて天皇家が全く無視していることは考えにくい。大御心についてきちんと洞察すべきなのではないだろうか。平野貞夫「昭和天皇の極秘指令」を読むといい。

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2006.02.02

2/2③ 東横イン・格差社会・小泉首相

東横インがいろいろ問題を起こして、企業体質を掘り下げる新聞記事が出てきているが、きょうの毎日の夕刊トップの記事を読むと、単なる構造改革商法とはいい切れないものもあるようだ。

その中で、評価したいと思ったことは従業員の処遇である。1年目は賞与を出さないものの、年収320万を確保しているという。さらに勤続10年で570万円ぐらいに格差なくなれるらしい。公務員より少し上の水準だ。業績評価みたいなことをやると、女性職員を中心にがんばりすぎて燃え尽きてしまうから、格差をつけないというのが理由だ。

働かない団塊の世代が社畜としてのさばっているという批判から、若い人を中心にこれまで年功序列制度の批判がされてきた。それを逆手に取って経営者はやりたい放題に能力主義賃金を入れてきた。その結果、さらに若い人たちがこき使われる結果となっている。
成績の悪いホテルには、稼働率向上実行委員会が入りいろいろ改善指導をされるらしい。仕事の成果を給料だけで評価するより、仕事そのもので評価することが効果を出していると言える。

この間、東横インがマスコミに必要以上に叩かれていると思う。マスコミやその子会社は障害者雇用を守っているのか、と聞き返したくなる。東横インの社長はあまりにも本音を話してしまったのでバッシングされたが、世の中のサービス業の多くはそんな感覚だろう。
車いすの人が公共交通機関を使おうとすると、未だに駅員などに事前に連絡くれないとなどと怒られたりするし、私の使っている志木駅もそうだけど、駅のエレベーターなんか、終電より早く動かなくなってしまう。東横インに「ひどいなぁ」と思うなら、まずそれぞれが足元の仕事のところで考え直してほしいと思う。

東横インには今回の障害者への認識不足を改め、再出発して、今までのように貧しき人にも贅沢感を与えながら、そして今度からは社会的弱者にもやさしいホテルになってほしい。

一方、小泉首相は、格差社会批判に対して逆ギレ気味。「成功者をねたむのは良くない」。そして「弱者には何らかの手当をしないと」と。何かがおかしい。
国民が格差社会に怒っているのは、紙切れやパソコンを操作して詐欺同然に大金持ちになったホリエモンが都心で遊びほうけているのに対して、地道に産業やサービスの基礎を担っている人たちばかりが能力主義だとか成果主義だとか変なレトリックで生活維持すれすれの仕事や、未来に希望を感じないような裁量性のなさすぎる仕事しかぶらさがっていないことだ。そんな社会をねたまない人はいないだろう。さらにいうと、そんな妬みのエネルギーを利用して、公務員叩き、郵政省叩き、年功序列賃金叩き、規制業種叩きをやってきたのが小泉ではないか。
世の中はエスタブリッシュメントに向いている人と、なれない人や望まない人がいる。それぞれに幸せと不仕合わせがあって、それぞれが幸せをより実感できるようにしていくことがいい社会ではないか。格差社会というのは、そうしたエスタブリッシュメントにならない人たちが下積みとしてしか自分の生き方を認められず、そこそこの幸せや人生の誇りを獲得する機会を奪っている。そしてホリエモンの真似をしてわずかな貯金から株投資することにしか夢を持ち得ない。そこに問題があるのだ。

そして小泉は格差社会の敗者に手当をしようという。新自由主義は結局、社会的敗者に対してお金をばらまく始末になる。それはがんばった者が報われると絶叫した、小泉構造改革の自己否定ではないか。
ほんとうはがんばれなかった人、がんばったけど結果を出せなかった人にもそこそこの就労の機会を与え、生計ぐらいは政府の力に頼らずに誇りをもって自立生活できるような社会にすることが一番効率的なのではないだろうか。新自由主義の経済観・労働観の限界を感じる小泉の逆ギレである。

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2/2 アメリカ軍産複合体の手先か自衛隊違憲論しかないのか

●社民党が、党の目標を定める綱領的文書を改定し「社民党宣言」を採択した。
そこでは自衛隊を違憲とすることになった。違憲と解釈する社民党が参加する政権下では直ちに廃止の手続きを開始しなくてはならないし、逆に自衛隊が国民世論で必要になってしまえば憲法改正をしなくてはならなくなる。また、違憲と否定した自衛隊に対して軍縮の提案はできなくなる。デメリットだらけの政治判断だと思う。
憲法解釈からも問題が多い。やむを得ず自衛力を保持する場合にも自己増殖する軍隊にさせないために憲法第9条第2項を追加したこと、戦争の反省とアメリカとのしたたかな交渉の末実現した吉田ドクトリンの意味などを、これまでの歴史の経緯をまったく無視する決定と言えるし、野党政権をめざす上でも最大の障害になってしまったと思う。
いくら民主党が右傾化しているからといって、こんな非常識な憲法解釈を党是にして世の中ひっくりかえすほどの支持が得られるとは思えない。村山富市氏は何をやっているのだろうか。
ブッシュ政権のいいなりに海外派兵を拡大する小泉与党か、アメリカ軍産複合体の手先でミサイル防衛構想の利権に染まる前原民主か、自衛隊を全否定し改憲派に口実を与える社民党しか選択肢のない、いまの政治に閉塞感しかない。西欧できちんと地位を確立している中道左派のきちんとした政権構想の確立が待たれるところだ。

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2/2② そんなに愛子さまが嫌いか神風議員

NHKが繰り返し「表参道ヒルズ」を紹介している。公共放送としてその姿勢はどうだろうか。
「表参道ヒルズ」は歴史的建造物である「同潤会アパート」を壊し、「都市再生」を口実にした「土地の有効利用」=バブル的価値の創造をした建造物である。
同潤会アパートは古いがゆえに家賃もほどほどでファッションショップの起業の場であった。しかし「ヒルズ」に建て替わりその膨大な建築費と土地代を支払うために、入居するのはブランドショップがほとんどだと聞く。広告だか記事だかわからないファッション雑誌のタイアップ記事につられて来る客ばかりになる。ほんとうに残念な話だ。

●女性天皇実現に反対する「皇室典範の拙速な改正に反対する緊急集会」に民主党から28議員の署名、7議員の出席があった。立憲君主制(異論はあるが戦後日本の天皇制システムは立憲君主制の亜流である)下の天皇は憲法に定められた機能以外は、革命など憲法を超える政治判断が必要な場合に最終的な正当性を与える存在だ。通常は国民の統合の象徴として尊敬されればよい。その理由付けが男だから、女だから、男の血筋だから、ということは政治的合意でよい。むしろ、御多分にもれない天皇家の少子化で、男系天皇ということは限界があるし、皇統の存続も問われる。
三笠宮がいるという人もいるが、残念なことに、右にも左にもあれだけ無用な政治的発言を繰り返した皇族に天皇をさせることは危険だ。
拙速論を批判するのもよいが、27時間の審議をしたわけで、通常こうした会議は1回1時間半から2時間で行い、換算すると13回から16回は開かれている。時間からみても拙速論とは思えない。
それにしても、女性天皇に反対する議員や人たちは、女の天皇が誕生したら天皇に反対するのだろうか。あるいは、南北朝の抗争でも始める気なのだろうか。障害者自立支援法の改正なんかどうでもいい扱いなのに、こうしたイデオロギーにだけ異様に燃え上がるバカ議員が多い。ところで、わが選挙区の神風議員、こんなところに出ていないで、もっと仕事してほしいものだ。
※民主党の出席議員 神風英男(埼玉4区)中井蛤(三重1区)牧義夫(愛知区)松原仁(東京4区)鷲尾英一郎(新潟2区)大江康弘()西岡武夫(参院比例)

補記:女系天皇を否定すると、愛子さままでは天皇になる。しかし愛子さまの子は天皇になれないから、愛子さまは子どもを設けなくてよいことになる。そのときに一体、家系図をどこまでさかのぼった累に天皇の座が渡るのだろうか。
女系天皇反対論はX染色体が入ると完全な血統ではなくなるから反対だという。生物学を全く理解しない観念的な議論だ。すでに子どもができる時点で2人のDNAがまざりあって新しいDNAになる。純粋な遺伝子なんてありえない。さらには、XかYかなんていうのは性染色体に過ぎず、染色体の一部に過ぎない。そんな子どもじみた染色体談義は、人の性格から行いまですべて遺伝子で説明づけようとする20世紀の人々の通俗科学の産物に過ぎない。女系天皇を認めることよりも小さく観念的な議論だ。
天皇が天皇たらんとするのは、天皇の役割をきちんと含まされた教育を受けているかどうかだ。明治天皇、昭和天皇がくぐりぬけた歴史の変わり目の憲法を超えるような厳しい政治決断は、遺伝子によってなされたものではない。男系にこだわるあまり、帝王学からあまりにも遠いところにいる皇族が天皇になることは、難しい天皇のありようが求められる立憲君主制下ではできる限り避けなければならない。

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2006.02.01

2/1 薬害エイズの反省

うへ、今年ももう1か月過ぎてしまった。学生時代、宮崎の汽車で隣にやってきた知的障害のおじさんが「光陰矢の如し、てかっ」と話しかけられて、おじさんと2人で爆笑してしまったが、それから暗示をかけられるように時間が早い。

家族の看護で午前中休業。参議院の予算委員会の審議を聞く。家西悟議員の質問が良い。
障害者雇用率を達成していない金融庁をやり玉に。当時の金融担当相の竹中氏は珍しく平身低頭。小泉首相の答弁がよい。働く障害者と働く女に対しては小泉首相はセンスが良い。経済活動ができない、経済活動以外の世界で生きている人には全く無理解な首相だが。この問題は民間企業もたいがいだが、役所もやっていないところは惨憺たる数字だという。未達の金融庁、警察庁、都道府県教育委員会(つまり学校関係)は、法定雇用率の半分ぐらいだという。
もう1つは、アメリカ産牛肉のBSE蓄積部位を使用した薬品が出回っていることへの質問。危険だからBSE対策がきちんとしている国の原材料に切り替えるべきと迫り、厚生労働相が「流通量を確保できるまで」待ってくれと答弁。薬害エイズの反省がまだ活きていない。

●結城博康「医療の値段」(岩波新書)を読む。健康保険の診療報酬がどのように決定されているか、わかりやすく伝える本。
しかし、全体的にぬるい。日本医師会の功罪があるが、罪の部分にあまり光が当てられていない。もちろん、患者の立場に立ったり、医療の改革に日本医師会が協力した事実はあるが、一方で政府が診療報酬の引き下げを提示したときに保険診療を拒否し、死者を出した事件などは記述されていない。
また日本歯科医師会が旧橋本派に不正な政治献金をした話は書かれているが、そもそもこの事件の発端で名前の挙がった安倍晋三氏や石原伸晃氏については何の記述もなく、旧橋本派と医療利権が癒着していることを言及しているにとどまっている。
その代わり、経済財政諮問会議や規制改革会議のような安っぽい勧善懲悪的な医療制度改革にのらず、適切な提言をしているのが良い。診療報酬を決定する中医協にユーザー側として参加している連合の意義についてもきちんと評価しており、関係者の努力については公正に書かれている。

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