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2006.02.03

2/3 島田晴雄だましの保育政策

ポカ口お天道様に見せて巻きずしをがっつくしぐさが縁起がよいと、コンビニ業界が無理矢理流行させようとしている。商魂はわかるけど、あんまり美しくないなぁ。

またまた通勤電車での怒り。広告業界がどう判断しているのか、通勤電車の車両まるごと1つの広告で埋め尽くすのはやめてほしい。退屈な満員電車の通勤で、いろいろな広告を見て時間を潰しているのに、同じ情報ばかりで圧倒されてもうんざり退屈なだけだ。せめて地下鉄だけでもやめてほしい。そういう広告を打つ商品への反感ばかりだ。

●小泉文化人の島田晴雄がまた思いつきのような子ども家庭政策を提案している。思慮も分析も足りない政策ばかりを「お金がかからない」と、子育てもしたことないような内閣府や小泉文化人に開陳するものだから、子育て支援政策、家庭政策が混乱と迷走を続ける。いい加減にしてほしいものだ。

今回の提案では、企業に保育施設の設置を義務化し、民間主導で保育施設を整備させようとしている。一見いい話に見えるが、日本社会が企業内福祉と施設福祉による弱者囲い込みの手法が限界に来て、地域開放型の福祉に移行しようとしている中で、企業に保育施設を整備させることは時代に逆行することになりかねない。不動産業者や鉄道会社など商売道具の地域に付加価値をつけるために保育所整備するならまだしも、普通の企業が保育施設を整備するとなれば対象は従業員だけという話になりがちだ。それでは構造改革に逆行するのではないか。企業からそうした見えない法人税を取るなら、薄く広く法人税を集めて保育所を整備していった方がいいのではないだろうか。

今までも、小泉政権の保育政策のバックボーンとなっている島田の保育施設拡充論は、何の裏付けもない話ばかりだ。税金は使わない、「ビジネス」「民の力」などという言葉でどこからかお金が流れ込み保育が儲かるような幻想を抱かせて、チチンプイで保育所不足や「多様な保育サービスの不足を解消しようという構想ばかりだ。結果として、チチンプイの論理が保育所不足を解消しなかった。厚生労働省保育課が予算獲得で努力し、その動きを素直にキャッチした自治体だけが保育所不足が解決していったと言ってよい。小泉政権や取り巻きはそうした社会システムを無理解に否定し、認可保育所制度を古いと決めつけ、そのシステムを必死に否定しようとしてきた。どこからかわけのわからないお金やマンパワーを引っ張り出そうとするから変なやり方ばっかり出てくる。
島田理論は結果として、保育所がさして増えもしないのに、保育所の質を守ってきた「最低基準」を切り売りさせ、特定の子どもビジネスをやっている大手業者が自治体の保育財源を食い物にするような道だけを開いた。

「多様な保育」「民間主導」という言葉を何の定義もなく使い、利用者にはサービスが良くなるような幻想を抱かせ、業者には低レベルな保育や保育士を最低賃金すれすれで働かせてもいいような幻想を抱かせる島田の議論に騙されてはいけない。

●女系天皇に反対する平沼赳夫の動きは過ちだ。天皇も望まないあるべき国体、あるべき日本をふりかざして、時代の流れにそぐわない天皇制のかたちに歪めていることは祖父の騏一郎の過ちと同じ道である。不真面目な小泉首相が敵だらけの中で女系天皇に道を開こうと努力している背景は何なのか、天皇家のありようについて天皇家が全く無視していることは考えにくい。大御心についてきちんと洞察すべきなのではないだろうか。平野貞夫「昭和天皇の極秘指令」を読むといい。

企業に保育施設の設置義務化…少子化で島田顧問が提案
 内閣府の島田晴雄特命顧問は2日、小泉首相を首相官邸に訪ね、一定規模以上の企業に保育施設の設置を義務付けるなど、民間主導の少子化対策を提案した。

 首相は「民間主導の対策の成功例を取りまとめてPRしてほしい」と述べ、政府の施策として可能なものは検討するよう指示した。

 提案はこのほか、<1>ベテラン主婦らが地域の子供たちを預かる「生活塾」の全国展開<2>民間の保育サービスの自由化による、夜間保育や病気児童保育などサービスの多様化<3>お見合いに代わり、複数の学校の卒業生を対象とした出会いの場の整備――など、計18項目に上った。

 企業や地域など民間の力を、少子化対策に生かそうとしているのが特徴だ。島田氏は記者団に、「首相は予算がかからない点を評価した」と述べた。
(2006年2月2日19時50分 読売新聞)

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コメント

>通勤電車の車両まるごと1つの広告で埋め尽くすのはやめてほしい。

 そうですか?私はアレ、好きなんですよ。全体として色が少なくなって不快感が減りますから。製作にそれなりにお金がかかっている印象も受けるしで、髭をはやした不細工な司法書士やニヤケタ弁護士、サラ金の広告、健康ナントカ汁、不動産屋の物件…、こんなんをゴチャゴチャ見せられるより余程いいと思いますけどねえ。

投稿: ハンス | 2006.02.03 22:46

好き嫌いの問題ですね。
ごちゃごちゃしない方がいいなら、関西の私鉄のように広告を出さない選択肢もあります。そのかわり関西の私鉄の運賃は、短距離だと高めです。

投稿: 管理人 | 2006.02.03 23:15

 恵方巻ですか。セブンイレブンとかすごいですね。はっきり言って、私が育ってきた過程ではそんな習慣はないので、私はやりません。日本の文化自体が多様性を秘めているのに、画一的に論じるマスメディア、一部の知識人の無知無能さにはあきれ果てております。
 ラッピング広告の広告としての評価は、意見が分かれるところだと思います。「それ」しかないわけだから広告媒体としては効率的という意見がある一方で、様々な広告の中からよりよい広告が目立ち、それが元で受け売り上げにつながる、という部分もあるんじゃないかなとおもいますので。ちなみに私は後者の意見をとっています。こういう部分では競争はなじむと思うのです。
 福祉の市場原理化については、介護保険という偉大な失敗例があります。コムスンやニチイ学館などの大手が、首都圏近郊の各市町村に事務所を設けて、さぁケアプランを立てますよ、といったところで採算ベースに合わずに閉鎖されていく様をみてきました。今度は児童福祉もそうなるのでしょうか。社会福祉の実現には長期的な視点と公正な視点が必要なように思えるのですが、この国の為政者と評論家たちはそういう視点をもちあわせていないようです。

投稿: 窓灯り | 2006.02.03 23:43

これでもかこれでもかという広告はあまり好きじゃ名いです。
介護保険はいろいろですね。地域と対話する、地域の事業者を育成してきたところは成功しています。朝霞もそうですが大手が圧倒しているところは、どうも政策効果が見えないような状態になっているようですね。
介護保険は議員のコネでも使わないとヘルパーがつかない社会よりはいい結果を出していることは評価してほしいと思います。あとは財源の問題ですが、これは健康保険と財源の再配分をワンセットにやらないとますますひどくなると思います。
児童福祉に市場原理を持ち込む最大の問題は、高齢者のように意思が確認しにくいところです。認知症という問題もありますが、多くの人にとって自分の老後を想像するのでそれなりの扱いになります。
しかし、子どものためになることが早期教育なのか、発達段階論のマニュアル保育なのか、子どもの自然な発達に寄り添うことなのか、議論が分かれるところで、子ども自身にそれを選ぶ権利も能力も与えられていないことです。だからスタンダードな保育をきちんとさせることが大事なんだと思います。
介護保険でビジネスチャンスが生まれたので子どもも、という理屈はありうると思いますが、誰も子どもの気持ちなんかわからないし、自分が子どもだったらと想像できるわけがなくて、そのわきまえがなくてビジネスチャンスにする政策は危険だと思います。

投稿: 管理人 | 2006.02.04 00:01

 えー、現場からの意見を言わせていただくと、高齢者介護への市場原理導入について、問題はいろいろあるにせよ、失敗と言われるのはとても切ないですね。
 少なくとも、障害者福祉や児童福祉の業界のように供給不足が問題になることは少ないと思いますし(うちの田舎だと車で1時間かけないと、障害児の療育相談にも行けなかったりするんですよ・・・)、競争によってサービスの質は上がってきていますよ。
 うちのデイサービス事業やヘルパー事業は介護保険制度導入前からやっていますが、職員には措置時代の「「福祉を」やってあげている」という意識が現在でも強く、理事などの経営側は「家で見れない年寄りを預かってるんだから、大きな部屋に集めて座らせておけばよい」といった考え方が支配的だったのですが、近くに大きな特養ができ、お客をがっぽり持っていかれると、そこで初めて経営者にも職員にも危機感が生まれて、サービスの改善を図っている・・・といった具合です。

 制度を維持する資金と競争原理によって、介護サービスの供給量の確保とサービスの質の増大が進んでいる一面はきちんと評価してほしいなあ、と思うのです。

投稿: さ | 2006.02.04 09:43

 介護保険の競争は否定しません。確かに介護保険導入前に比べれば、応益の区分がしっかりしてきましたし、サービスの供給量も劇的に増加したのは事実です。
 ただ、「福祉はもうかる」と考えた某大手系の事業者が、実際にふたを開けてみると儲からず労力ばかりが大きい、と言って撤退してく様をみてきましたし、担当しているお客さんのケアプランもそういうところへお願いしていたので、新たにケアマネを捜すのには苦労しました。そのときも社会福祉協議会は満杯というし、市内の他の事業者も暗に「福祉を受けている人は手間がかかるから…」と敬遠されたり、という状態でした。私の力不足が原因と言われば否定しませんが、その顛末は人によっては遠く50km離れた事業者さんに何とか頼み込んでケアプランを作ってもらいました。とても熱心ないい事業者さんだったと思います。そこまでしなければ見つからないのか、と考えるとある種複雑な気持ちを抱いてしまうのです。
 そのときに思ったのは「家族がいてしっかりサポートしてくれる=手間のかからない=儲かるお客さんは大歓迎」ということと、「福祉を受けている=何かと手間がかかる=もうけが少なくなる=敬遠する」という事業者の露骨な選別の過程を垣間見ました。
 競争して質が良くなったのは否定しません。ただし、措置時代に比べ「お客の選別」の度合いが高くなったのは事実だと思います。資金量と普通の物言わぬお客が歓迎され必要な所は露骨に差別される介護保険は、失敗作であると、私は思っています。

投稿: 窓灯り | 2006.02.04 11:37

介護保険がうまくいっているのは、競争原理や市場原理もあるでしょうが、利用者がそんなに吟味して業者を選んでいるとも思えないので、もっと根本的な転換があったんだと思います。
第一には措置という恩恵の福祉から契約という権利の考え方へのイデオロギーの転換です。お金を介在させて権利性を明確にしたこと、それによって初めて利用者を人間とみなす考えになったと思います。これは競争原理というより、もっと基本的な商道徳の発生といった方がいいと思います。
次に、ボランタリーで善意に依存していた生活支援の介護を公的なものと位置づけて、仕事と位置づけたことです。このことで自己満足な仕事内容が替わったといえます。もちろんその裏側には資格制度の整備などもあります。
未達事項は、サービスの在宅化です。やっぱりまだまだヘルパーの評価が低すぎて、施設依存の介護だなぁ、と思っています。それと問題になってきた老人病院をテキトーに加工しただけの施設が最も多い介護報酬を持っていってしまう医療利権の介在も問題です。
残念ながら、窓灯りさんのまちも私の朝霞市も大都市近郊では特養は不足して、経営者にコネがあるか、相当重度でない限り、施設入所は夢のまた夢で、一方的な売り手市場です。ヘルパーの業者もボランタリーから成長したところは圧倒的に少なく、大手ばかりで話が通じなくて、そのあたりの感覚の差はあると思います。

投稿: 管理人 | 2006.02.04 15:15

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