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2006.01.09

1/9 元党首が民主党を追い出される危険

引き続き「民主と愛国」を読む。学生時代は、社会党右派の歴史を研究したので、1945年から80年にかけての戦後左派陣営の議論の混乱を改めてなぞる。政治からではない、国民運動史の視点での分析は考えのふくらみを与えてくれる。

1945年、社会党はイギリス労働党的な政治勢力をめざす勢力が、幅広い社会主義者に声をかけて作った政党だった。戦前に共産主義者との理論闘争に敗北し政治難民となっていたマルクス主義者も入党した。その頃の社会党は右から左まで幅広い人材がおり、思想の多様性もあり、今の民主党以上の国民政党だったと思う。
それが1960年には、難民入党した人たちが、「機関中心主義」やポピュリズム的人格攻撃で、結党に尽力し声をかけた主たちを追い出すことになる。その結果、世界でも特異な共産主義色の強い社会民主主義政党になってしまった。

保守系の人たちから民主党は社会党的なイデオロギーになると危険視されているが、私は逆の立場から運営や体質が社会党と同じ過ちを繰り返すと思うようになっている。今、民主党は次の総選挙の公認候補を決める作業に最大の力を使ってるが、条件を満たしていないのに公認されている人と、条件を満たしている人なのに公認されていない人との違いがあまりにもありすぎるのだ。多様な考え方を否定し、国民にとっての政権党と並ぶ財産でもある野党第一党を特定の体質に染め上げようとしている。

8日の朝日新聞生活欄で「ゆく年とる年」で、町田の石毛えい子さんが「高齢」を理由に民主党に公認されない、という話を読む。学者をやりながら障害児の普通学級への通学を実現するための活動に奮闘してきた。96年に結党した民主党は、市民発の立法活動を重視し、市民運動も立法活動も政策もわかるバッターとして石毛さんを起用した。そして石毛さんが福祉政策の核になったことで、社民党よりも共産党よりも先進的で、公明党と互角以上に闘える介護・福祉政策を持つことができた。そういう党の商品開発力をおざなりにして、営業力つまり小選挙区で「勝てそう」という若くてマッチョで狡猾なイメージが公認基準になっているようだ。そんな感じだから、2000年以後、民主党の議員の顔が画一的になっている感じがしている。

今の民主党は、政治改革ブーム後に難民となって流れ込んだ人物が党の主導権を握っている。そして民主党を中心的に作ってきたメンバーが、元難民の指導部に迫害され始めている。社会党が15年かけて誤った道を右と左の攻守の違いはあるものの、繰り返そうとしているような感じがしないでもない。

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