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2006.01.03

1/3 国民をタダ働きさせる前原誠司

小泉首相の小さな政府に対抗して、前原民主が「低負担高福祉」などと調子のよいことをばらまいている。まずその設定がポピュリズムだ。そのからくりは公務員半減だそうだが、それでそんなにすばらしいことできる財源は残念ながら捻出することはできない。話がうますぎる。鉄筋の少ないマンションが広くて住みやすいという話とそっくりだ。

ポピュリズムの前原民主は、公務員を半減するために、福祉や教育をなど公共サービスの多くをリタイア世代やボランティアを活用するという。それは美談だが、体よく国民をただ働きさせて、最大の社会構造改革につながる年金や専業主婦中心の家庭のあり方を放置することにほかならない。親や塾にお金をもらって、生活のことを考えずにボランティアやれた極楽人間の考えそうなことだ。

【ボランティア依存は時代のねじを巻き戻す】
今のところ公共サービスをボランティアにしても公務員は半減しない。今、特定の大都市以外は、福祉のほとんどのサービスを民間委託している。残っているのは事務職が中心である。福祉を担っている民間団体やごみ収集など環境保全をやっている民間企業の委託費を切り下げろ、ということになる。現状でもこれらの職場の人たちは何歳になっても大卒新人程度の給料で働いているが、それよりもっと劣悪な労働環境にせよと言っているに等しい。

ボランティアをやることができる主婦やフリーターというのは、霞を食べているのではないから、たいていは公務員程度あるいはそれ以上の所得の夫や父に養育されている人だ。高所得者が供出しない善意を税金というかたちで集めて、公共サービスが必要なところに裏付けをもって集中して投下することの方が必要ではないのだろうか。また、そうした主婦やフリーターのうち全員が善意の活動をするわけではないから、彼らの無賃労働に公共サービスが依存することは極めてリスクが高い。高所得者に養われている人の善意にだけ寄りかかっているだけでは全然福祉の裾野は広がらない。夜は活動できないし、専業主婦の「義務」とされている家事労働もある。制約が多すぎる。さらには専業主婦の少ない地方では実現不可能で地域格差もひどくなるだろう。

【高齢者に年金で働かせ若者の職場を奪うのか】
リタイア世代の活用については、彼らが地域活動で元気になってもらうのは歓迎すべきだが、それを福祉や教育や環境保全の主力選手とすることは、年金問題や富の再配分から言っても変な話になってくる。働ける高齢者に年金を配って、無賃労働させることに疑問を感じないのだろうか。むしろ、高齢者であっても働くなら就業の場を作り労働の対価として賃金を支払い、年金支給を保留すべきだろう。年金で暮らせるから、いくらでも「奉仕の精神」でタダ働きしてしまう。そのことでこれからの社会と家庭を担わなくてはならない若い世代が福祉や地域で働く、参入の機会を奪ってしまいかねないと思う。
私はいろいろな地域の活動に首を突っ込んできたが、もっと地域の活動に、主婦や高齢者以外の人たちを入れなくては、いろいろな面から行き詰まると確信してきた。

【契約としての福祉サービスの考え方を後退させる】
1995年から2000年の間に介護保険法や社会福祉法の成立で、慈善事業、要求する福祉、してあげる福祉という供給者サイドの考え方から、自立支援、権利としての福祉、自らつくる福祉という本人の能力開発のための福祉に考え方を転換した。そのために、利用者とボランティアの間に契約の概念を入れてきた。さらには、ボランティアの裾野や責任を広げるために有償ボランティアという考え方が出てきた。これから有償ボランティアから地域の公共サービスを自らの手で作り食べていける社会にしていこうという話になろうとしている矢先、公務員を減らすという口実のもとに、また振り出しに戻されかねないと思う。

私は、市民・有権者が政策決定や計画策定に関わる作業は、無償の市民ボランティアでやるべきだと思う。しかし、公共サービスを現物で提供することは労働と同義であり、責任を持たせたり契約の考え方を貫徹させるためには、たとえボランティアと称しても労働という考え方に近づけなくてはならないと思う。

【役に立つ政府づくりを考えるべき】
公務員や公共サービスの従事者をいくら減らしたかということではなくて、その人たちのうちどれだけの割合が有効な公共サービスをつくり、その水準がどこにあるのか、それを打ち出して自民党に対抗しないかぎり、目先の効率性だけを追い求めている小泉・竹中ラインの政策の方が現実的である。

前原民主は行政改革というと公務員人件費しか目がいかないらしい。改革競争の公務員の減らす数比べだ。だからそれ以外の政策が希望的観測や美談でしかないようなことしか提案できない。どのようにベストな社会を作ろうとしているのか、全く見えない。小泉以上にアメリカでも中国でも韓国にも評価を下げた外交能力だったが、内政もダメなようだ。真の改革競争なんてほど遠い。

【追記・なぜNPOという言葉を使わないのか】
民主党や、自民党や社民党の改革派の議員は、公共サービスをNPOに運営委託したりNPOに民営化することを主張してきたが、ここにきて、前原氏や、その他自称「改革派」の政治家がNPOという言葉を使わずボランティアの活用という言葉を盛んに使い始めているのが気になる。市民社会のありようを、責任もつ自治ではなく、役所を補う無償労働で支えるという価値観に転換したのではないか。

「市民分権社会」提唱へ 民主、与党への対抗理念に(2005/1/3 16:24共同)
 民主党は、政府、与党に「真の改革競争」を挑むための「対抗理念」として、リタイア世代らによる地域での社会貢献を重視した「市民参画型分権社会」の実現を提唱する方針だ。先に創設した党独自のシンクタンクを活用して今春にも具体案を固め、党内取りまとめを急ぐ。
 人口30万人以上の基礎自治体に政令指定都市並みの権限を与え、教育、社会保障、インフラ整備など地域に根差した仕事と財源を大胆に移譲。国の役割は外交、安全保障、マクロ経済、通貨政策に限り、国と地方の公務員数の半減を目指す「究極の行財政改革」(前原誠司代表)案にする。
 その上で教育、介護、環境保全などの分野では、ボランティアをはじめ、今年から定年退職を迎える「団塊の世代」などのリタイア組が活躍できる仕組みをつくり、小泉純一郎首相らが目指す「小さな政府」でも、社会民主主義的な「大きな政府」でもない、「高サービス・低コスト社会」の具体像を提示したい考えだ。

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コメント

 この手の議論で欠落していると思うのは「公務員も人的資源なんだ」という視点なんだと、私は考えています。
 小泉クンも竹中クンも、そして前原クンも公務員の人件費を減らす、人員削減する、と威勢のいいことを繰り返しているようですが、すでにゴミ収集や水道の検針などは民間委託が進んでいますし、福祉分野でもNPOなしでは成り立たない状況になっています。地方では指定管理者制度への移行と、公営企業の民営化テストの実施という動きが進んできています。公務員といえども職が保障される、という時代ではなくなっています。
 公務員人件費について風当たりが強くなっていますが、賃金は民間準拠となっていますが、逆に民間賃金を下支えしている部分がある訳で、そのことを示した評論家は残念ながら日本人にはいませんでした。
 私自身は上杉鷹山型の改革を望んでいます。充足している行政ニーズから不足している行政ニーズや新たに創設する行政ニーズに人的資源を振り分けていけばいいのです。行政に対するニーズは多様化しており、現在の人的資源を埋めてもあまりあると思います。(例を挙げれば、福祉事務所の現業員は、平日日中に訪問や指導援助をして、休日に書類書きをしているのは日常茶飯事です。)
 むしろ「政治」が「行政」に対して、「こんな行政ニーズもある。こちらに公務員を振り分けていこう。」と言えないものなのでしょうか。やはりリストラ経営者と同じ視点なのでしょうね。

投稿: 窓灯り | 2006.01.04 00:30

世界的には少ない日本の公務員ですが、数を増やすこと、数を維持することの社会合意は、公務員がいないことによる出費や税金の浪費が明らかになるまで時間が必要ですね。
前原民主の提案は、公務員だけではなく、おそらく準公務員的なところ、公共サービスの受託業者にまで切り込まれるのでしょうね。そうしないと言っていることの帳尻が合いません。
コストのかからない労働力ということで、生活の心配のない人を中心に福祉や教育や環境保全(ごみ収集か公園管理かはわかりませんが)を、金銭の介在しない「ボランティア」でやらせようというものでしょう。美談かも知れません。これは民業の圧迫ですし、民間ベースでの雇用機会も奪い、必要な公共サービス・社会サービスが自発的に発生するインセンティブも奪ってしまうものです。
それとこういう思想は勤労動員に結びつく危険性も高いです。

投稿: 管理人 | 2006.01.04 09:04

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