12/31 かわいそうなスピーカーの麓の人々
午後、近所を散歩。近所の雑木林の雑草が先月刈られ、きれいな雑木林になっている。税金対策以外に雑木林を持っているメリットがないのに、こうして手入れをしてくださる持ち主の方にお礼をしたい。また、落ち葉が落ちていて、これが肥料になって雑草を生やすので、落ち葉掃きをしてみたい気持ちだ。
昨日、防災放送のスピーカーの近くを歩いていたところ鳴り出し、そのうるさいことにびっくり。近所の人たちは慣れているんだろうけど、うるさいだろうなぁ、と思う。この防災放送、よく考えるとおかしなことだらけだ。
まず、「こちらは防災朝霞です」という名乗りが変。一体誰なのだ。市役所なら「こちらは朝霞市役所」でよいし、警察の要請なら「朝霞警察署の要請です」でよいし、「防災朝霞」なんて略称している組織はどこにもないはずだ。他の自治体でもそうで、「防災千代田」「防災福生」と防災+自治体名をかぶせて全国画一的に放送しているけど、情報発信者をぼかすことに何かの作為でもあるのかな。防災・防犯に関係すれば何やってもよい、という風潮も感じる。
さらに、この放送で子どもに帰宅を促すメッセージを放送することの効果がかわからない。塾通いが今は多いが、それだけが許されている感覚もへん。本気で子どもの夜間外出が危険だと思っているなら、「防災朝霞」は塾の夜間営業なんかも自粛を要請しないと。
すぐ隣の新座市は迷子や認知症老人の捜索放送も行っている。ご本人の名前を高らかに放送されるのを聞いていると、迷子や徘徊の対策がこれでいいのか、これだけでいいのか、再考する必要もありそうだ。
それで思い出したのは、封建主義者の評論家、呉智英さん。東京から故郷の名古屋のとなりの西枇杷島町に隠遁したが、家の近くに防災放送のスピーカーがあるらしく、毎日定時に大音響の放送が流れ迷惑だ、ということで町役場にかけあったが、全然考えようともしなかったらしい。町を相手取って放送の差し止めの裁判を起こした。しかし残念なことに敗訴している。
東武東上線は、池袋駅とラッシュ時間以外は出発のベルを鳴らしていない。ホームの放送も電車が近づいている案内はするが、ホームに止まっている電車の放送は、池袋と和光市以外はほとんどやっていない。それで全然不都合はない。そういうところはどんどん合理化した方がいいと思う。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)