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2005.11.30

11/30 まるで泥棒に追銭【マンション強度偽装問題】

マンション偽装問題で、国や金融界が動き出した。銀行や住宅金融公庫は借金返済の繰り延べに応じると方針を示す。一歩前進だ。

ところが政府・自民党の支援策がどっち向いているのかと言いたくなるものだ。
自民党の武部は、マンション強度偽装問題が広がれば業界が潰れるから騒ぐな、と言って集中砲火浴びた。それを誤魔化すかのように翌日、全国のマンションの構造点検を国費でやるとぶち挙げて、話がどんどん進んでいる。
一見正しい政策に見えるが、事件を利用してマンションを造ってきた業界を再び国民のサイフで潤すだけだ。被害にあった入居者は何も救われないし、マンション業者に厳しいこと言えない建築士たちが国の金で調査らしきことして「大丈夫」とお墨付きをつけるか、あるいは強度基準を満たしているマンションを、「危険だから建て替えろ」と言って二重取りするか、そのモラルハザードの歯止めはない。マスコミもヒューザーの小島の奇行を面白おかしく伝えるだけで、このタイミングで武部が打ち上げたこの政策の落とし穴をちっとも検証していない。その税金の一部は伊藤公介代議士のような政治家のパー券に消えるのだろう。

さらに政府は、危険なマンションの建て替えの費用を税控除しようという方針もぶち上げている。よく考えてほしい。今回の事件で生活再建のめどが立たない所得水準の人(年収700万ぐらいまでかな)は、所得税の住宅ローン減税で今後10年ぐらいはほとんど所得税を払わなくて済んでいる。彼らは今さら控除を上乗せしたところで何のメリットもない。一方、利殖用に買ったような人は、住宅ローン減税が適用されないため、建て替え費用の税控除がまるまるメリットになるのだ。利殖用マンションだけの救済策ではないか。

武部と政府の思いつきの政策で、60年使えるマンションを30年ぐらいで建て替えさせ、今回の事件を利用してマンション住人を脅かして一生借金漬けにしていく。その一方、マンション業界だけが再び潤う。
※このからくりは山岡淳一郎「あたなのマンションが廃墟になる日」を参照されたし。

私は、今回のマンション強度偽装問題で、国や自治体のお金は投入すべきではないと考えている。悪徳業者の借金を国民が尻ぬぐいすることになるからだ。基本はそんな業界モラルを見過ごしてきた不動産業界、建築業界、建材業界、建築士団体などがお金を出し合って解決することだ。次に、投資不適格物件にローンをつけた提携銀行に対する一定の責任分担、まずそこから検討すべきだろう。各業界が出血する痛みを感じない限り、不動産関連業界は自浄努力は働かない。いつものように政治に泣きつくだけではダメだ(行政オンブズマン業界も公務員の私生活を監視しているだけではダメだぞ)。

それでも被害者の生活再建の目処が立たないというのであれば、入居者の民事再生などの手続きを行い(不動産がらみの個人の民事再生へ道を開く必要があるが)、最後に税金を入れる絵を描くべきだろう。
税金を入れるにしても、税控除なんてことや、マンション業界にこれ以上税金を使うようなことをせず、直接困った人の生活再建に使われるよう、そして責任官庁の責任を明確にする意味で国土交通省の支出として行うべきである。

自民党の不動産関係の政策は、いつも歪んでいる。そして問題がおきれば泥棒に追銭のようなかたちで厳しい財政の中で捻出したお金をどこかにやってしまう。

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2005.11.29

11/29 増税反対は小泉首相にかえっていく

昨日(28日)は、遅まきながら「北の零年」を観た。いい国産映画だった。北海道開拓の何でもありの状況で人の気持ちが表になったり裏になったりしていくストーリー展開がよかったし、映像がほんとうに美しい。

今日は、夜、都知事選挙のときに一緒にたたかった仲間と久しぶりに会う。よい年長の助言者が入ってくれた。何の役に立つかわからない社会党・さきがけの政権構想づくりが、あるとき自社さ政権の政権合意になって丸飲みされて話をたとえに、無駄と思うことでも続けることが、突然役に立つことがある、というような話をされ、迫害され気味の中道左派の反転攻勢の元気をもらう。みんな思い切った発言をしてくれて、はっきりした方向性が出てきたと思う。

●外交安保問題や格差社会に対するとらえ方ではみな意見が一致したが、難しいのは増税問題だ。ある程度の効果を見定めての増税は必要だと思うが、政府税調が増税案を出したことに対して、小泉政権が増税を狙っている、という間違った受け止めをして、民主党も、共産党も、労働界も、中道左派の多くの人たちも増税反対の声を挙げているが、結局、増税論を言う自民党の与謝野政調会長や谷垣財務相は、中川・竹中平蔵連合軍に抵抗勢力ではないかと封じられてしまった。
小泉首相の政権構想には、増税回避と財政均衡のために公共サービスをどんどん切っていくことしか方針がない。必要な公共サービスがあるから、増税を考えなくてはならないなんてオプションはない。税金でしかるべきサービスがされないために、無認可保育所や有料老人ホームを使い、生命保険に莫大な保険料を払っている人、そんな人たちの不安や大きな家計の支出は解消されないのだ。
日本は税金が安い。特に相続税や資産課税、法人税は法外に安い。税金が安いだけの国際競争力では中国やインドと同じ土俵で闘う戦略でしかない。そうではなくて、高い技術や能力を創造し活用する社会システムをつくらなくてはならない。それは、国債費と公共事業費と防衛費しか支出項目のない財政構造ではダメなのだ。また社会保険料の負担構造などの見直しをすれば当然一部増税にならざるを得ない。増税阻止は小泉首相と竹中平蔵のバブル政治を利するだけではないか。

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2005.11.28

11/28 仮託の人

西村真悟代議士が逮捕。国と国民を守ることをメインテーマに活動した議員が、民間の損保・共済を恫喝する示談屋を使い、国民の財産を収奪していたとはとんでもない事件だが、政治家にありがちな話で、公的資金を標的にしなかっただけ少しましかも知れない。少なくとも国民は命を失わない。

それよりやはり殺人マンション、つまりマンション強度偽装事件の方が大変な事件だと思うのに、西村真悟の逮捕報道で塗り固められ、全然報道されない。昨日は、自民党の国会議員、都議会議員が、今日は公明党の国会議員が加害者側のヒューザーの事件の「穏便な解決」のための便宜を図ったことが発覚したというのに。

ヒューザーの社長、自民党武部幹事長、ともに発言を二転三転させてとんでもない発言を続けている。不動産業に政治は甘いが、彼らの倫理に公共性はないのだろうか。

●「夜回り先生講演キャンセル」の記事に今頃になって水谷支持者と思われる方からコメントがつく。水谷氏のやり方に評価すべき点があるんじゃないか、というコメントはまともだ。しかし、「批判するのは簡単だ、誰も救っていない(と決めつけて)黒川が何かしている先生を批判するな」という論旨のものがあって、背筋が寒くなる違和感を感じる。

これは土俵にのって同じことやるまで批判をしてはならない、という没論理である。それは絶対に間違っている。同じことするまで批判を許さないというのは、オウム真理教や、自己啓発セミナーの危険性を指摘した勇気ある人たちへ信者が投げつけた理屈である。私たちを批判するのは簡単だ、まずはオウムのヨガをやってみてから批判しろ、と。
製造業やサービス業は、クレームを受けて、改良を重ねていって完成度の高い商品やサービスをつくっている。クレームを無視した企業は、欠陥商品を送りだし、ひどい場合は売った商品やサービスが死亡事故を起こす。

私は、理想の教育者がとんでもないことをする場面を見たり聞いたりしてきた。日本の教育者は教育本来の仕事以上に、生徒の人格支配を求められている。子どもが事件を起こすたびに親以上に教員たちが責任を問われ謝罪して歩くのはその証左だ。水谷氏に自分を仮託しているという人が何を体験しているのだろうか。

そうした「大きな力」に自分を仮託して、同化して、批判する人を封じようとする現象に危険を感じずはいられない。

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2005.11.27

11/27③ 信仰から抜けきらない人たち

午前中、自宅の管理組合の理事会。提案した防災計画づくりに着手することに合意。前の理事長さんの助力がとても良かった。また新しい理事のみなさんも前向きで助かる。

大阪市長に自民・公明が応援する関淳一が再選。市職員をスケープゴートにして、共犯の自分は改革派に看板を塗り替えて再び市政を手中に。なんだか大阪って変わらないところだなぁ、と思う。

●朝、TBSの「サンデーモーニング」を見る。マンション強度偽装問題で金子勝慶大教授が、規制緩和のやりすぎが問題だと批判したら、小泉の腰巾着の大宅映子はともかく、元新党さきがけの田中秀征まで規制緩和弁護一辺倒で、金子を批判した。田中が永遠の政界再編青い鳥、93年体制の感覚が抜けきらないことを見た。
規制緩和がすべて是で、反対するのは社会の敵、抵抗勢力というレッテル貼りにもとづいて、目の前で死と財産を失って苦しんでいる人の問題を直視しようとしないのは時代の閉塞だ。まだ今日出された自民党の中川秀直のコメントの方がよっぽどましだ。田中や大宅の態度は冷戦時代と同じで、共産主義か自由主義かという硬直した体制と一緒だ。規制緩和も規制強化も自由に使いこなしていい社会をつくればいいのだ。ばかばかしい評論家たちだ。

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11/27② ブログを続けてきた責任

昨年の7月からこのブログを始めて、何度もブログをやめようと思ったことがあります。書いている内容のことではありませんが、書いていること自体で嫌な思いもしたことがあります。

でもいくつかこだわりがあり書いてきました。とくに朝霞市のことは、なかなか他で情報が手に入らないのことで、ここで文字化しておかないと、誰も何も知らないままに勝手に物事が進んでいく、という思いがあったからです。

今日、それを続けてきてよかったと思うようなコメントをいただきました。
民間委託した市立保育園の運営に問題が多いと以前書いた記事に、その保育園におられた保育士さんから保育内容についての情報提供です。こんな暖かい思いをもった保育士さんが、挫折して、生活のきっかけを理由に退職されていったとは。そして退職した今でも子どもたちを思い、その保育園を良くしたいという思いでいっぱいであること。そしてその思いを届ける場所がないまま約1年過ごされてきたこと、そんなことに思いをめぐらすと、涙がでてきました。私の持つチャンネルで、委託する場合の内容の改善に向けてできる限り働きかけていきたいと思います。
ただ委託されている企業は過剰防衛なところなので、この方に不利益なことをしないか心配です。個人情報保護法とかわけのわからない法律が増えて、間違った解釈で法律をちらつかせて企業が従業員を恫喝する事例が氾濫しています。子どもと保育士と保護者は守られなくてはなりません。その場合は、原則に立って断固たたかうつもりです。

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2005.11.26

11/26② 武部の本性

午後、次世代育成支援計画の評価をする会議に出る。

●これが武部の本質と思える発言が出てきた。北海道釧路市での講演内容。

1つは竹中平蔵が次の首相候補と口を滑らせたこと。竹中が政策に口を出すことは苦々しく思いながら我慢している自民党議員たちも、首相候補なんて話になったら簡単に許すとは思えない。小泉引退後、小泉が相当な利権を引き渡さない限り、竹中も武部もサンドバック状態になるだろう。

そしてもう1つは、マンション業界を潰さないために、強度偽装のマンションを危ないと言わない方がいいという発言。BSE騒動のときにもそのような消費者の安全不在の発言をして問題になった。全く懲りていない人だと思うし、改革派偉大なるイエスマンなんて言って自己陶酔しているけれども、やはりただの田舎議員でしかない。

BSEのときも、今回のマンション問題でも、供給者が参ってしまうから、消費者は命を削って我慢しろ、と言っている。そういう思考のセンスをしている。しかしそういう自民党の態度がアスベストの問題や薬害エイズの問題を放置し、深刻な被害にしていったのではないだろうか。古い体質などちっとも改まっていないのだ。安心で安全な住宅しかつくられないように社会制度を整えるのが政治の仕事だろうに。

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11/26 不動産族議員だけ生き残っている

都合がつく限り応援してきた石毛えい子さんという前議員がいる。介護保険制度の細かい部分を固めた中心的人物といってもよい。だから自立支援型の福祉政策についてよく精通していた民主党では数少ない政治家だった。
しかし、女性で、年齢も高く、マッチョ大好きな政治業界のプロたちには「まじめでいい人だけど、おばちゃんだからね変えなくちゃね」みたいなこと陰口言われてきた。それでも、女性が小選挙区でがんばるのは難しいという周囲の心配を裏切るように毎回票を増やしながら惜敗率で追いついて当選を重ねてきた。
しかし、この間の総選挙で小泉の盟友の相手の自民党候補が票を大幅に上積みして、惜敗率が届かず、とうとう落選してしまった。前原マッチョ路線で公認されない心配もある。今回の落選はほんとうに残念なことだ。

その相手候補であった自民党の伊藤公介議員(森派)が今回のマンション強度偽造事件で、業者側の片棒を担いでいたことが判明し報じられている。
元国土庁長官・そして自民党の住宅土地調査会長というポストにありながら、国土交通省にヒューザーの社長が弁明する仲介をしたらしい。おそらくそれは口利きであり、議員という地位をちらつかせて国土交通省に手心を加えさせようとしたのではないだろうか。でなければこの期に及んで議員なんか使うとは思えない。
首都圏の保守(民主含め)というのはどうして生活者と不動産屋の対立する問題で必ずといっていいほど不動産屋の側に立つのか。地方都市のように核となる産業がないので、経済界との交流も不動産屋ばかりになるのだろう。

自民党は族議員の追放といって、政策調査会の専門分野の責任者を総入れ替えをしたようだが、不動産業者を保護するこの自民党住宅土地調査会長は入れ替えなかったようだ。これも謎だ。

かえすがえすも町田の選挙区で福祉の専門家を落選させ、悪徳不動産業者の味方を当選させたことはくやしくてならない。

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11/25② 群馬高崎の困ったちゃん

労組と社会党出身者を叩いていれば、正義の味方として鳩山や前原当たりに気に入られ、選挙区の民主党の候補者として党の交付金を独り占めするような困ったちゃんが、群馬の高崎にまだ残っていた。口汚い労組批判に、連合群馬が怒っている。組合の集会会議等にやってきた群馬県内の民主党の議員を追い返している。

あてがわれた選挙区が不遇なために血のにじむような努力で、惜敗率90%まで追い上げながら、言葉では出さないが、女だから、高齢だから、地方組織との合意ができないからと、民主党の優秀な元議員や候補者が公認を取り消されている。それなのに、まだこうした人物が組織でのして、月70万と選挙1回1000万の交付金で労組・社会党批判の評論家活動をしているのかと思うと腹が立ってくる。私の恩人である人にも事実でもないのに「新左翼系の人物」などとレッテルを貼り、党の手順にのっとって公認申請を出したことを「乱入」などと書いている。はっきり言う、中島氏では選挙に勝てない。いつになっても。

こうした人物を増長させている民主党群馬への連合の態度は正しいだろう。労組は組合員のためのものなのだから、自分の組織を否定する人物を応援する必要はないし、組合員に紹介する義理もないし、その協力者に断固とした態度を取るのは当然だろう。民主党結成にあたり、こうした労組批判を声高にする連中にまで労組はたかられたのだから。
労組や旧社会党系批判は1つの政治的見識かも知れない。しかしそれにしか価値を見いださない人物を改革派として甘やかすような党なら、政権などついてもらいたくないと思う。

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11/25 不動産で悪さをする銀行

マンション強度偽装事件がどんどん広がっている。そもそも姉歯建築士が勝手に悪行を繰り返したという設定に無理がある。強度偽装をするからにはそれで儲かる人たちがいるわけで、そうした人たちが姉歯氏を利用したか姉歯氏に指示したとしか考えられない。

その偽装の最大の主犯であろう木村建設が破産申請したのは、やはり主力銀行の肥後ファミリー銀行との共謀のようだ。木村建設の社長の血色の良いこと、破産した会社の社長とは思えない。肥後ファミリー銀行の企業倫理が問われることだろう。預金者はモラルのない銀行に三行半をつきつけ預金を払い戻してほしいものだ。

ところで野党、とくに建設的な対案を出すはずの民主党はこの問題で何をしているのだろうか。幹事長の談話や、党首の地方行脚の話を点検しても、マンション強度偽装問題で政策変更しなければならないことについて何一つ言及していない。ほんとうに政策勝負、マニフェストを売り出した政党なのかね。民主党が規制緩和に対して総論賛成、規制緩和することはとにかく改革になるという色眼鏡を外したくないから何も言えないのだ。それにしても労組は批判できても、悪徳不動産屋には頭が上がらないのだろうか。

行政が建築確認をチェックできなかったということが声高にニュースで伝えられ、行政の無能さをなじり、これまでの民間による確認申請のままでいいという国土交通省の責任逃れの態度をマスコミは疑いなく宣伝している。この問題は、利益背反する人たちがチェックしあっていることに問題があったのだ。建築確認を誰の指示で行うのか、行政の指示で民間業者が受託して行うのがいいのか、建築業者が懇意にしている民間業者に頼むのがいいのか、消費者の利益を考えたら行政が建築確認の発注主になる方がいろいろあってもまだましなはずだ。またマスコミも規制緩和はいいことだという色眼鏡を外したくないからこんなバカな報道がまかり通るのだ。

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2005.11.24

11/24② ニュース23の誤報

ニュース23で義務教育費国庫負担金の地方財源化について、いい加減な情報を流している。高知で教育費が4割削られるという。一方、今の制度でも品川区は独自の取り組みをしているという内容。はっきりいって誤報である。

地方交付税制度の基本を間違えた報道だと思う。品川区は、潤沢な税収入があって、その上に教育費の国庫負担が入ってくるから独自の取り組みができる。財政力指数が1を超えればそうなる。逆に財政力指数が1を割り込んだ自治体は教育予算=国庫負担金の範囲内となるので、他の予算をピンハネしないとなかなか独自の取り組みはできない。

地方財源化では地方交付税化なので、予算が不足すれば裁量自由の交付税がおりてくる。地方交付税の総枠の削減がなければ、高知県内の町村のような自治体は削減はない。逆に、品川区はむしろ財源が潤沢にあり地方交付税の不交付団体であろうことなので、国庫負担金がなくなった分の教育財源が増えない。

先行した公立保育所運営費の地方交付税化で、自治体の保育所運営にインセンティブはなくなったが、当初予測されたほどには公立保育所が運営できない事態にはならなかった。まして、保育所より全国民的に関心の高い義務教育費を自治体が安易にピンハネして、手抜きすることは、例外でしかありえない。

今の国庫負担金制度が、文部科学省、都道府県教育委員会という、選挙の洗礼を受けない戦前の軍の統帥権のような独立王国を経済的に担保し、全国画一的な教育を行っていることにメスを入れる必要がある。教育予算は国や県のコントロールがまざったお金なので、現場感覚で教員の配置基準も変えられないし、教員配置が変更できないから、教育内容についても、全く画一的にやるしかない。

学校教育を再建し、私塾に対抗し、子どもに受け入れられるものに改革するためには、権力に傘を着て全人格支配するのではなく、ニーズや役立ちにビビットに反応できる学校でなければならない。社会マナーなどを教えるにしても、文部科学省のデザインしたものではなく、地域の大人たちが議論しながら決めていくものでなくてはならないだろう。そのためには地域で教育をどうするか議論し、考え、作ることのできる財源制度を考える時期にきている。新しい時代にとって国庫負担金制度の維持は弊害でしかないと思う。

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11/24 人生の折り返し点

通勤時、反対側から歩いている人の群れに歩みをふさがれる。抵抗してみるものの、流れに流し戻される。
電車に乗れば、音漏れのひどいipodから漏れてくる小高い雑音が両サイドから共鳴し、心をささくれ立たせる。

●フジテレビ「女の一生 瀬戸内寂聴」をみる。宮沢りえ、やつれた感じが美しい。お母様が大きな方なので、30超えたらあんなふうになる、なんて口の悪い人たちは言っていたが、それを裏切ってくれている。
ドラマで母たちの世代が読書会の題材に必ずした瀬戸内寂聴の激しい人生に触れた。もう寂聴さんも80のおばあちゃんだ。終戦直後寂聴さんが20歳前半。そして私が生まれた年までたった25年。経済成長で信じられないぐらい豊かになった。寂聴さんが人生の深い悩みにさしかかる。そして35年して今である。終戦から1970年までの間より、1970年から今日までの時間の方が長い時間となっている。
さまざまな激しい衝動に駆らそうになることもあるが、長命に恵まれない限り、私の人生も、もう確実に折り返し点を過ぎたと思う。昔の人は50歳で亡くなった。余命の始末について考えさせられる日々でもある。

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2005.11.23

11/23 マンション被害だけどうして国の補償論があるのか

勤労感謝の日。神道の記念日らしいが、そんなこと気にせず、労働者の日ぐらいに思うようにしている。

昼間っから近所で一番おいしいイタリアレストランに行き、うまいものを食べて酔っぱらう。ありがたい休日だった。
昼寝して、夕方からウィンドーショッピングに出かける。埼京線に乗るが、渋谷駅が不便だ。

●マンション強度の偽装問題で建築を請け負った木村建設が昨日不渡りを出したが、社長も社員も全員トンヅラしているという。融資した会社の資産を守りたい銀行の入れ知恵でもなければ、会社を挙げての財産持ち逃げであろう。被害に対して業者への補償要求が必要だが、その業者たちが少しずつ補償できないように被害者たちの外堀を埋め始めている。

そんな中、被害者たちは国の責任を問い、国に個人補償を求め始めている。折しも国土交通大臣が公明党で、この党が大好きなこうした現金補償をしかねない発言をしている。となると、手抜きに関わった業者や建築士の不始末に国民の金を使う方向にみんなで話をまとめ始めている。こんなことでよいのだろうか。

企業倒産で自己破産した人、ホームレスになった人、自殺した人、彼らにわずかな同情を差し向けながら、要領よくたちまわらなかった自己責任と言って、生き残った者は社会から追放してきた。似たようなケースでは、オレオレ詐欺やリフォーム詐欺で被害にあった人たちが丸裸になろうとも国が補償はしてこなかった。
道義的に許せないのは、こうした規制緩和を利用してやりたい放題やってきた不動産屋はふだん、自己責任だ、小さな政府だと言っている連中ではないか。それが自分たちの形勢が悪くなると、個人補償で責任を棚上げしようとしている。

世論も問題で、欠陥マンションの被害者だけ救済の声を挙げられるのは、自分の周囲のリアルなものには過剰に反応できるからだ。しかしちょっと目を向ければもっと不幸な運命の人たちがいる。福祉は税金の無駄遣いなどと平気で言い、自己責任と言いつける。世論は全く情けない感性をしている。

こうした被害の再発防止にいくつかの考えが出てくる。
①大原則は、建築確認申請を自治体が行うように制度を規制緩和前に戻すことである。自治体も建築確認申請を業者に丸投げしてきたが、建築確認申請の発注主が建築業者から自治体に変われば中立的な立場で審査が可能になる。
②住宅ローンを融資する銀行は担保物件の損害にも責任を持つ制度が考えられないか。今回の被害でも、被害者がローンを抱えているから補償論が声高に出てくる。個人が建築業者を検証することはできないが、銀行なら審査能力は無いとはいえない。住宅ローンを貸す銀行の責任を強め、手抜き建築のローンは返済しなくてよいことはできないか。銀行を敵にまわしては商売ができない建設業者は手抜きがほぼできなくなる。
③預金保険制度のように同業者の不始末の後かたづけをする仕組みが必要だろう。建築業者が不正を行った場合に、業界全体で積み立てたお金から補償される制度である。今回の事件でマンション関係の不動産業者、管理会社、建築業者みな不審の眼で見られている。業界全体の信用にかかわっている。同業者で始末する必要があるだろう。今回の始末もそういう方法を考えるべきではないか。国より同業者の方が責任がよりあると言えるだろう。
④経済教育も重要だ。今行われているものは金融業界の教材提供があるため株や投資のことばかりだ。そうではなく、自分を守るための経済教育であるべきだ。日本の教育では「正しいこと」を教えるばかりで、性教育、経済教育、労働者教育など社会で自分を守る教育は全く行われない。そして失敗すれば簡単に自己責任と言われて放逐される。

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2005.11.22

11/22 懲りないオリックス宮内CEO

終業後、マンション管理組合を支援するNPOに忘年会で呼ばれたので行く。マンション強度の偽装事件でマスコミのコメント取りの対応でてんてこまいだった。

●規制緩和でおきたマンション強度の偽装事件、そして、その尻ぬぐいを国土交通大臣がしかねない状況のもとで、規制改革会議の宮内義彦議長(オリックスCEO)は、戸籍、住民謄本の交付業務の民営化まで提言した。規制改革会議は我が社会にどこまで損害を与え続けるのだろうか。

まったくこの人は反省というものを知らないのか、マンション強度偽装事件の事の重みを理解していないのか、それとも利権のために働いているのか、自分の政策判断が失敗している今、国民が一番センシティブになっている自分の情報を民間業者に与えてよい、という道を開いた。その感性に驚くばかりだ。

プライバシーもくそもない。委託された民間会社はうはうはだろう。弁護士でなければ入手できないような種類の情報が自らの手の中にある。
公務員だからと秘密を守るとは限らないが、少なくとも兼業が規制され、入手した情報の流用すれば厳しい処分がある。民間企業に委託して、その委託した企業が情報を流出させたり副業に利用しても、せいぜい委託停止程度だろう。

規制改革会議は私たちの社会の安全弁を次々に壊そうとしている。

●マンション強度偽装問題の渦中の「木村建設」が不渡りで倒産と。自ら不渡りを出したのではないだろうか。倒産してしまえば、新たに補償金という債務を背負わなくていいことになる。自らつくった倒産ではないだろうか。

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2005.11.21

11/21 姉歯の失敗を国が負うべきか

マンション構造設計書の偽装問題で、住人たちが国の責任を声高に追及しはじめた。
姉歯氏はもちろんのこと、おそらく手数料稼ぎのイーホームも、場合によっては建築会社も損害を賠償できない可能性があって、最終的に国庫に手を打ったということになるのだろう。

私は小泉構造改革に代わる政治や社会の課題はリスクの共同化だと思っている。つまり透明性が高く合理的な大きな政府が次の目標だと思う。
しかし、今度の被害まのリスクまで共同化すべきとは思わない。私有財産の損害に税を補填するというのは、その被害が誰によっても不可避であったり、あるいはその損害を当事者たちの自助努力で復元させるより、社会が救済したほうが全体的に社会にとって効率性が追求できる場合だろう。またその補填をする場合も、その補填によって誰かが責任から逃れられるようなものではない。

今回のリスクを補填すれば、業者がいくら悪いことをやっても国が尻ぬぐいしてくれる、というモラルハザードになる。粗悪建築を繰り返して、国の金で建て替えさせてまた儲ける二重取り営業をする可能性もありうる。島本慈子さんの「住宅喪失」では、60年もつはずのマンションを築35年で建て替えさせ、住人を一生借金漬けにしている不動産業者たちのありさまを暴いている。

国に責めを問うにしても、抽象的に国家に責任を問うのでは何の意味もない。国という匿名性のもとで、国の政策決定に関与した人物たちが無罪放免されるだけで、泣くのは国民の共同財産である国庫だ。
国を追及するなら、国土交通省で確認申請業務の民営化(検査機関制度)を決定した官僚や、それをごり押しした規制改革会議の委員たち、つまりオリックスの宮内CEOや森ビルの森会長たちの責任を具体化し賠償せさなければ、国民どうしでたこの足を食べ合うことになる。それができればいい。ところが、日本は、正当性のない制度改正に関与しない限り、少しでも善意が認められる政策決定であれば、その弊害の責任を官僚個人に追及することは、過去の判例からみて難しい(薬害エイズの官僚への判決が参考になる)。

もう1つ考えなければならないのは、手抜き工事と天災とダブルパンチで悲惨な目にあった阪神大震災の被害者たちの被害補償がまだ実現していない。それをさしおいて、姉歯やイーホーム、それに群がった業者や天下り官僚たちに税金を使うということは順序として難しいだろう。

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11/21② 定点観測

ここのところ、「きょうも歩く」を訪れてくださる方が毎日300人を超えておられます。リンク元や検索ワードについては結構気にしてきましたが、アフぃリエイトなどで人買いアマゾンを儲けさせるのも癪だったりしてアクセス数はほとんど気にしていませんでしたが、久しぶりに見てみるとちょっとびっくりです。

勇気をふるってコメント書いてくださる方、ありがとうございます。まだまだ私の返事の書き方は要努力ですね。
トラックバックは玉石混合です。とってもタメになるものとどうでもいいものや、有害ブログまで様々です。
特段ルール化しませんが、意味のわからないコメント、他人のブログを乗っ取るようなコメント(自分でブログを開設して思う存分意見表明してください!)、有害ブログのトラックバック、内容のないブログのトラックバック、私の生活に支障をきたすようなコメントやトラックバックなどは私の一存で削除しています。

と運用ルールなんか書いても仕方がないので、政治関係ばかりになりますが、みなさんに役に立ちそうなブログを紹介します。

「小泉内閣の支持率が1桁台になるまで」
自民党支持の方が、小泉構造改革の非人道性を責め続けてていて、その言葉が生き生きしています。民主党関係者にとって参考にすべきなのでしょうが・・・。もっと小泉の低落を願わなくてはならない民主党の方が支持率1桁になったというニュースもあるようですね。

「カッシーニでの昼食」
京都の共産党員の方らしいですけど、首都圏でお近づきになってくる共産党の人と違って、しなやかで好感持てます。またちゃらんぽらんな革新系の人に対するきちんとした視点もよいですね。かつて、京都の共産党は政権与党だったこともあるせいか、かなりしたたかだなぁ、と思うことがありました。毎日たくさんのコメントにこまめに対応していて驚異的です。

「評論家森田敬一郎の発言」
ブログ評論家らしからぬ裏情報発ではないコメントは保守系の良識を学ぶことができます。ブログの政治評論には珍しく品格があります。

「衆議院議員・寺田学の情報発信サイト」
民主党関係者で数少ないまともなサイトです。怒りのツボや考えていることがきちんとしていて、読み応えがあります。正論だけをただ掲載しているだけのサイトではなく、秘書や支援者などの体験や考えなども連続して書かれていて、事務所全体として政治をどう捉えて仕事をしているのか、その感覚を伝えてくれます。非常に参考になります。本人は役割が無くなれば躊躇なく引退すると書いていますが、議員を続けていれば、必ず民主党の若手の1つの核になる議員だと思います。

「新座市議会議員星川一恵のブログ」
保守がまとまらず混乱する自治体議会の中でバルカン政治家として生きているしたたかなフェミニスト議員のブログ。勢力が分立している自治体議会の力学をわかりやすく報告してくれていて、少数派が議会で発言力をつけていくための参考資料になります。

定点観測しているものには、他にもいろいろありますが、主張がめちゃくちゃでエンタテイメント性に優れていたり、主張はしっかりしていても面白くも何とも無いものもあったり、他の方が見てもタメになるだろうと思うものを絞ってご紹介しました。

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2005.11.20

11/20 評価者を評価される人が雇う不思議 

前から出席する約束していたマンション管理についてのセミナーがあった。大規模災害への対策がテーマだったので、マンション耐震データ偽造事件の話を聞くことができたし、参加者どうしの話題もそれでもちきりだった。

技術士の渡辺実さんの講演では大規模地震に耐えうるマンションの構造とはどのようなものか、阪神大震災で関西のマンションの多くで手抜きが行われていた事実、それから復旧が遅々として進まない中で、手抜きで倒壊したマンションだけは早々と撤去が行われたことなどを話してくれた。また、こうした構造というのは解体しないと問題が露呈しないと言っていた。それだけに詐欺がやりやすい世界なのだろう。
彼の講演の中で「同業者として(姉歯氏を)死刑にしたいぐらいの気持ちだ」という思いが吐露された。マンション関係のこうした人たちも相当危機感を持っている。しかし、この事件は姉歯氏のモラルの問題だけだろうか。姉歯氏は積極的にマスコミに出て清々したかのように語るには、業者との不透明な関係が清算されてほっとしているような感じがしてならない。悪人の建築士でもここまで連続的に手抜きに加担するかどうか、私は疑問だと思った。
それと、チェック体制の問題は大きい。役所がやっていた建築確認申請を民営化して、ほったらかしにしてきたことが問題ということは、参加していた建築士、マンション管理士などと意見交換する中でも一様に指摘していた。

小泉構造改革の、民間に競争させるだけの改革に限界があるということ指摘した事件だ。これに民主党や、社民党も共産党もまともに批判していないことに政治のダメさを感じる。政策の失敗なのだ。不動産関係業界べったりの規制改革会議がごり押しで進めたマンションの建築確認申請の民営化が、とんでもないことになるのではないか、ということは、島本慈子さん始め、いろいろな人が指摘してきた。
チェックする人をチェックされる人が雇う、これは利益背反だ。実際、どれだけ期間内に確認申請を通すかが建築確認する業者の評価になっていた。それでは難しい調査などできるわけがない。少なくとも書類のチェックしかできない。
チェックする人は、チェックしないことで不利益被る人から雇われなくてはならない。少なくともチェックされる人と中立的なところにいなければならない。規制緩和委員会の予定調和的な性善説には本当、問題が多い。被害の再発防止のためには、マンションの建築主が直接民間の建築確認を行う業者に申請をする、という制度そのものを廃止すべきだろう。

この規制緩和の動きには裏があるとしか思えない。島本慈子さんの「住宅喪失」はそうした規制改革会議の動きを丹念に追いかけている。

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2005.11.19

11/19 始末にもけじめを

マンションでまた思い出したこと。

最近まで、朝霞台の南口駅前にマンションのショールームがあった。
値段やセールスポイントである緑ある暮らしという宣伝ばかりが表に出ていて、肝心の建設予定地がわからないので不審に思っていた。
新聞にちらしがたまたま折り込まれていたので見たら、法律できめられた細かい字で書いているところに。ショールームは駅のロータリーの出口という一番便利なところにあるのに、建設予定地はバスでも通勤が厳しいところにあるらしい。

で、そのマンションは何とか売れたらしくて、ショールームは解体されたが、その工事がひどかった。
普通、解体工事は足場を組み、解体資材が飛散しないよう幕をはるものだが、幕を張らず、解体作業も、看板が宙づりにされたまま2日間おかれたり、解体のほこりが飛散したり。

マンション販売業者は、これは解体業者の責任だと言い逃れるんだろうけど、自分の商売の始末もできないような業者のマンションを買ってはいけないと思った。緑との暮らしなんて、乱開発ということでしょうか。

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2005.11.18

11/18② 民でできるからといってもねぇ

マンションの構造計算書を偽造して申請していた千葉の建築士のことが問題になっている。この建築士を使っていたマンション建設会社は、自治体の建築確認を求めず、民間の指定確認検査機関だけを利用していたらしい。またこの指定確認検査機関はずさんな審査をしていたと報じている。

この民間の指定確認検査機関は、小泉政権の構造改革で誕生した。これまで自治体がマンション建設反対運動や周辺の環境悪化に配慮して、唯一の規制手段である建築確認を使いながら、自治体としてのまちづくりの考え方や地域住民との合意を形成する時間を求めてきた。
それに対して不動産屋やデベロッパーが「建築確認に時間がかかってビジネスチャンスを失う」だとか何だとか、ぐずぐず言い、規制緩和委員会の宮内だかに泣きついて、小泉政権のもとで建築確認が民営化され、民間の指定確認検査機関ができた。今の日本では、ビジネスチャンスと言うと、もっと大事なことがどうでもよくなる催眠術のような言葉らしい。

こうした業務が民間でできないことはないが、究極の公正さを担保できる保障はない。指定確認検査機関が不動産屋やデベロッパーに強い立場で出たら、仕事を受注できなくなるからだ。また自治体の審査に自信のない業者はこうした民間の機関を積極的に使うだろう。悪徳業者に甘い審査機関が世間に知られているわけではないから、多くの消費者はそんなこともわからずマンションを買うことになる。
不幸にもそうした業者の悪徳の結果つくられたマンションを買わされた人は、不動産が消費者保護の枠外だから、損を取り返そうと思えば莫大な経費をかけて訴訟するしかない。その問題が今回露呈したといえる。

日本という国は、ほんとうに不動産屋やデベロッパーがやりたい放題の国。それを助長するのが小泉政権が進めている土地利用の規制緩和の本質である。不動産業者は売ったら売ったきりで仕事は成功だし、長期的視野で地域と一緒に商売していく視点はどんどん失われていく。70年維持された同潤会アパートと、規制緩和による開発された●●●ヒルズと、どちらが社会的価値が高いかは一目瞭然である。
長期的視点のない不動産業者の所作の始末は最終的に税金や、消費者のコスト高で尻ぬぐいしていくことになる。

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11/18 不必要に示談をもちかける仕事人たち

関西方面は、火事や災害の割に損害保険の請求が多い地域だと聞く。
こういう仕事をしている人がいるのか、と思うと納得する。

それにしても、国家への忠誠心や家族観にこだわる政治家が、右翼団体関係者を使って示談交渉を請け負って資金稼ぎをしていたとは。これはゆすりでないですか。
西村議員は日本人の美学にしたがって切腹でもすべきじゃないだろうか。伝統の流刑がいいかも。尖閣諸島にでも。せめて隠居ぐらいしないと、説得力ありません。

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2005.11.17

11/17 2ヵ月の変化

ようやく新しい職場の仕事に慣れてきた。客ではないけども、担当の受け持ちの地方組織の人からもありがたい言葉をいただいた。これまでの自分の働き方と比べて、いろいろ変わったこともあるなぁ、としみじみしている。

一番大きいのは、お金を使わなくなったことだろう。事務仕事で、半分以上、金額の勘定をしているため、数字の感覚がとぎすまされてくる。事業家的な金銭感覚も出てくる。それまでの仕事は人間関係と行動力とどれだけ言葉を繰り出せるかが勝負だったので、お金のことはどうしても二の次三の次になるようなところがあった。どちらがいいかはわからない。

次に、仕事がほぼ定量になったことによる変化だ。
今、事情があって残業ができない。そのため決まった時間に仕事を片づけなくてはならない。それまでの労組の仕事は定型化しにくかったので、やぶ蛇があったり、逆に肩すかし食らったりで、自分で仕事量を制御しているつもりで混乱に巻き込まれていることが多かった。仕事を早く片づけるコツは、溜めないことだ。今の事務仕事は溜めないように気をつければ溜まらない。労組の仕事は売文業みたいなもので、筆がのらないとどんどん仕事が溜まってしまい、受注した仕事と出す仕事の順番が前後しているうちにわけがわからなくなったりすることも多かった。そして「あれ、やってないなぁ・・・」というプレッシャーにおびえていた。

コンピューターに対する関わりも違う。
労組の場合、ワープロとメールが中心。コンピューターが動き、通信回線がつながっていて、プリントアウトできれば問題なし。コンピューターを支配するだけの関係である。一方、保険業務では、運行スケジュールがある程度固まっていて、このタイミングでこれをしないと、今月は仕事が進まない、ということが多くある。また仕事のルールの逸脱をコンピューターが防いでくれる。どちらかというと、わかりきったルールについてはコンピューターが我々を支配してくれるという感じになる。ときどきその窮屈さに、ため息が出るときもある。もっとも労組に来る前はそういうことを同僚たちに押しつける仕事だったが・・・。

あげていったらキリがないが、多くのことを学ぶ機会だったことと、自分の変化を観察できた2ヵ月だ。

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2005.11.16

11/16② 歳出カットはいつをもって成功とするのか

増税の是非をめぐって政権内部でいろいろな議論がされているようだが、俗受けしやすい「まず歳出カットから」という言葉、もういい加減にしてほしい。
よく税金の無駄遣いが指摘されるが、それはなくすべきだが、そんなことで数十億浮かせたところで、1000兆の政府債務が消えるわけじゃないし、毎年35兆の財政赤字(正味20兆)が消えるわけがない。

その間、障害者福祉が切られ、介護保険は当初の理念をねじ曲げるような改革が行われ、保育所の整備は進まず、宗教政党の集票活動のために児童手当がばらまかれながら母子家庭は涙を飲み、教育の質は上がらず、国より信用度の低い地方財政につけ回しが進み、行政や政治の停滞が続いている。バブル時代が終わってから、歳出切りつめとずっと言われている。その結果、政治も政府も何も新しい思い切った事業はできないでいる。

増税反対論者は、歳出カット努力を何年続ければ増税が許されるのか答えるべきだろう。

そう思っていたら、東北の民主党議員がとてもよいことを言っていた。民主党は早々と増税反対を言っているから、党のポピュリズム路線にきちんと問題提起している。
http://www.manabu.jp/diary/index.php?20051116

とても素晴らしい議員だ。増税に言及しない財政再建は無責任な議論なのである。

税金は安ければやすい方がいい、ということを「庶民」が言いがちだし、小泉圧勝のからくりを見ているとそういう感覚が強い。しかし本当は「庶民」は減税で損をする。増税でトクをする。税金が安ければいいというのは高所得者の実感で、有名テレビタレントや、テレビ局や新聞記者、高級官僚、バブル紳士などの実感である。それにまんまとのせられているのが「素朴な」増税反対論なのである。
低所得者が負担する税は収入の実質3~5%で、年金の国庫負担分、子どもが産まれて保育所や学校を利用した場合の公費などを考えればむしろ戻りの方が多い。減税すればするほど、高額納税者が喜ぶことになる。一方、公的支出が減るから低所得者などが受けていた行政サービスが削られる。低所得者はもともと安い税金がごくわずか減るだけである。だとすると、払う税金がちょっと減って、もらう公的サービスは大きく減る。それは税金ではなく、私費で負担しなければならない。有料老人ホームや無認可保育所の高い利用料などその象徴だろう。

「庶民」は増税を言うべきなのである。そして保育料や民間年金保険料など私費負担しているものを堂々を公的負担してもらうことを主張すべきなのではないか。

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11/16 許し難い話と心のとけるような話と

昨日は、帰宅後、市内で首都圏の環境系市民運動をされている人たちと飲む。福祉関係の市民活動と全く異なる手法に感化されることは多かった。
誘ってくれた友人が手塩にかけて編集してきた本、「私のだいじな場所 公共施設の市民運営を考える」が出た。指定管理者制度の導入で、公共施設や公共サービスを丸ごと民間団体に運営委託できるようになった。それをきっかけに公共の提供する場とは何か、という議論が噴出している。
そうした公共の空間をどうしたらみんなの共有物として創ることができるのか、そんな知恵の詰まった一冊です。
(取り次ぎ流通ルートに乗せられないので書店で市販されていないのが残念。購入はハンズオン埼玉office@hands-on-s.orgへ。)

そして昨日、帰宅後、刑法犯罪の疑いのある人が、警察官僚OBを盟友にもつオヤジに頼んで事件化させないようにした話を聞く。さらには警察の上司に行き過ぎた捜査だったと謝罪までさせたという。許し難い現実だ。

今日の地域福祉計画の市民委員会は、市役所側が誠意ある対応をきちんとして、95%の文言復活が図られた。市民委員のみんなもいい話ができた。いい着地点が見つけられたと思う。そういう結果だったので、委員の多くが今後の計画推進をやっていきたいという決意もいくつか出て、前向きな委員会で励まされた。調整にあたった市民委員会の委員長、応援してくれた策定委員会の委員長、副委員長、そして、地域福祉の考え方や市民参加に戸惑う市役所内の各課を奔走してくれた福祉課の職員のみなさんに感謝の気持ちでいっぱいだ。紆余曲折しながら、合意をかたちにしていくことが今後大切になるたろう。

●紀宮清子さまと黒田慶樹さんのご結婚おめでとうございます。
黒田さんは私の労組の組合員らしいのです。組合活動を積極的にやるようには見えませんが、管理職になるまでの間、組合とのおつきあいもせいぜいお願いいたします。労働組合員が皇室に縁のある方をお迎えしたことは、1つの時代の進展かも知れません。
給料がどのくらいかある程度は見当がつくので、警備や何だと考えると、ここ数年は生活は大変だろうなぁ、と考えてしまいます。皇族にあられた方をお迎えすることを想定している給料ではないので仕方がないのですが。

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11/15 ドラマでありがちな

舞台が幼稚園か保育園のテレビドラマで、有力者である親が、自分の子どもが暴力ふるわれたんです、なんて幼稚園や保育園に抗議して、幼稚園や保育園の教員を屈服させて、実は暴力ふるわれた子が暴力をふるった子をいじめていたなんて設定がある。

子どもの世界の話ではないが、そういう嫌な話を今日、聞いた。権力に近い人の子はやりたい放題なのだろうか。

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2005.11.14

11/14② 効果を見据えて

共産党が連合は民主党支持をやめろと決議した。

決議というのは、普通は参加者が議案を提案する権利を行使するために決議案として提出し、審議して採択する。参加者が対等でなければならない国際会議では決議案が議案である。
ところが日本のサヨクの集会の決議なんて、神社の祝詞みたいなもので、最後に聞いて安心するためのものだ。できあがった文章がどこからともない権威的なところから一方的に提案され、討論もなく、否決されることを全く想定もしていないかのように拍手で採択される(私はこうしたことは好きじゃないし、倫理にもとる行為だと思っているから、自分が運営に関与できる集会会議は議案や方針提起がある限り決議案の提案はしないようにしている)。そんな言あげだから、社会的効果はなくどうでもいいと思うが、あまり共産党にとって効果的とは思えない決議ではないか。

連合が政党との真っ白な関係をつくった場合、サヨク政党をどこまで組合員たちが支持するのか、不透明である。それに共産党の活動家があれこれ党の主張や考えを提案することを、無党派や小泉信者の組合員から「偏った人」としてパージされるのが関の山じゃないかと思う。また、無党派層のサヨク政党離れが深刻な今、組合員にとって政党支持の自由とは、サヨク政党とオサラバしていいよ、というサインでしかない。

共産党が言うべきは、労働組合は政治と一体になれ、一体になるには階級性を重んじてサヨク政党を支持すべきと言うべきじゃないかと思う。そしてできれば共産党を支持してほしい、と。

自分たちの正体を隠して、労組や各種団体などに潜入して種をまき、政党支持の自由をテコに労組や各種団体を乗っ取る方法は共産党が最も得意としてきた手法だが、今やそうしたやり方は、「正論」しか言わないもっと大きな敵にこてんぱんにやられると思う。
味方じゃないからこてんぱんにやられてもいいが。

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11/14 インフルエンザ対策は何のため?

きょうは埼玉県民の日。

私が子どもの頃は、武蔵野線なんて1時間に1本しか走っていなくて、浦和の県庁に行くのは1日仕事だった。衆議院の選挙区も飛び地で、県民としての帰属意識もなかったし、東京都でも埼玉県でもない地域だった。

そんな地域に九州人の政治家が住みつき、今では知事になっている。不思議な感じだ。

●政府のインフルエンザ対策がまとまる。
最大64万人が死亡で、クスリの備蓄を行う他、インフルエンザウイルスは人混みが好きだからと集会等の規制も行うようだ。最大64万人という数字、対策がクスリの備蓄であること、集会の禁止など、対策案の内容はどうもうさんくさい。インフルエンザで多くの人が死ぬことを経験してきたが、人類は滅亡もしなかったし、国家も滅んだことはない。

人によって諸説あるが、新型インフルエンザが出てきても、広がると解毒化されるという説もある。人がかかるインフルエンザも、もともとは鳥インフルエンザで、鳥インフルエンザがいつかは人に必ず感染すると考えた方がよさそうだ。
インフルエンザのクスリは効果と副作用で副作用の方が問題あり、と言われている。最新薬は幻覚を起こすらしく、マンションから飛び降りてしまった人や道路に飛び出した人のことが、最近、審議会で報告されている。こんなのでは、インフルエンザとどちらがリスクが高いかわからない。
ウイルス性の病気をむやみにクスリで治すことに耐性菌の問題や、人体の免疫力を低下させる問題を指摘する声がある。クスリをもらいにインフルエンザの人が病院に押し掛けてくることにより、インフルエンザ以外の治療で入院、通院している人にまで伝染させてしまうことの問題もある。インフルエンザが流行する季節の小児科は、心臓病やぜんそくの子にとって地獄のような環境だ。国や自治体が国民の数だけクスリを常時備蓄しなければならない。1000円のクスリなら、1000億円必要だ。何か変だ。

集会の規制にしてもそう。集会なんて今時、わが業界しかやらない。感染源が集会が中心なら、労働組合の熱心な組合員しかかからないはずだ。集会の規制の前に、通勤電車や大手電器店、ディズニーランド、お台場や渋谷を規制したらどうだろうか。安倍晋三がスポークスマンをやったせいもあり、何か変な感じだ。

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2005.11.13

11/13② コストの高い取引

闘いは気を抜けない。理不尽な観測気球を読みとり、自分に害のないように問題を処理していかなければならない。

●前原が自民党離党者と連携することに言及。小沢一郎に圧力を受けたためか。やめた方がよい。

民主党は、これまで自民党離党者を受け入れることに、大きなコストがかけすぎである。この間も新進党、自由党の難民を次々受け入れ続け、その難民を保護するどころか、路線の軌道修正ばかり求められ、実質的に党を乗っ取られてしまった。しかも旧民主は「サヨク」呼ばわりされ、抵抗勢力だから出ていけという扱いを受け続けている。党の理念も国民は旧民主的なものと思い込みながら、実態は新進党で、わかりにくくなってきている。
難民の中には、党運営に参加しないのに副党首格に就任したりして、党内でまともな意思決定ができない。そういうことが小泉首相と飯島勲秘書官に付け入られたのではないだろうか。

自民党をゆさぶるメッセージとしてはいいし、個人的には好感を持てる人も多いが、今回の離党者は自民党を愛してやまない骨太ばかりで、民主党に入っても自民党にいた時と同じことができないと納得しないだろうし、人によっては党名の頭に「自由」を加筆せよと言いかねない。
小選挙区制のもとでは、すっきり党を売り込める環境づくりに専念すべきで、きちんと強い独自候補を育てて、こうした混乱にくさびを打ち込むべきだろう。

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11/13 志木市の市民参加の政策決定システムは廃止へ

引退した穂坂市長の業績を引き継ぐべき、新しい志木市長の長沼明氏がどのような市政を敷くか気になっていたが、やはり穂坂市政の全否定に入ってきているようだ。志木市の庁内組織「行政施策安定化プロジェクトチーム」は穂坂市政のつくったものをほとんど見直す方向で答申が出された。

職員不採用など土台無理なものはともかく、これまで成果を上げてきた市民が市の政策決定過程に直接関与する「市民委員会」が否定され、代わりに「協働」という具体性のない言葉に置き換えられていることに、隣の市民としても不安に感じ、また市民自治の危機を感じる。
これからの市役所は、おそらく市民による政策決定過程の参加は避けられない。市の有力者がずらりと並ぶ市の審議会の末席に市民公募委員を数名おいて、行政提案について賛成させていくというものではなく、市民が直接文案を書き、市役所と実行可能性について協議して、市民の手によってまとめて決定していくことをしなければならない。

穂坂前市長が提起した「市民委員会」という市政の決定過程に市民が直接関わる制度は、志木市役所の合理化という問題はありながらも、地方自治の政策決定過程に大々的に市民の直接参加を実現した。高浜市など福祉など特定の分野でそれをしている自治体はあるが、市政の基本構造に市民が政策づくりできる市役所は志木市だけだろう。ところが市役所の幹部や長沼氏はじめ市の有力者には、一部の市民が優遇されていると映っているらしい。人口7万でもベッドタウンの志木市で、139人もの市民が政策決定過程に参加して、一部の市民ということがわからない。さらに決定されたことは議会の承認や市長の決裁にかかっているわけで、そこには全市民的な立場での判断が可能な場がある。

では、穂坂市政は特殊な市民ばかりが、と批判する人たちが擁護してきた地方行政の中身はどうだろうか。このあたりの自治体は。議員や市の幹部と深いコネクションを持つ有力者だけが政策提言できるチャンネルを独占してきて、市民が物を言っても「あなたの意見でしょう」と却下され続けてきたのではないだろうか。

新たに「協働」するとしているが、行政が「協働」を持ち出すときには疑ってかからなくてはならない。近年「協働」が濫用される過程で、本来のコラボレーションという意味から離れ、お互いの持ち分を保留し侵犯せずやっていきたい、というニュアンスで使われることが多くなった。もっと露骨に言えば、市役所の権益には介入せず、市民が市役所が分け与える業務をこなしてくれればいい、財政改革になりさえすればいい。行政は改革しない、という意思を感じるのだ。それが市民自治なのか、疑問だ。

そもそも庁内が市民との「協働」もせずに市役所の利害で市民参加のシステムを改変しようとするところにこのプロジェクトチームの危うさを感じる。そして市長が不承認とする答申を庁内が出すわけがないので、おそらく長沼市長の意思なのだろう。

個人的関心の範囲でもあるが、幅員の狭い道路を一方通行化する施策も廃止されるようで残念でならない。子どもや障害者、高齢者が外出しやすいまちは、これからの少子高齢社会を支えていく上で不可欠である。荒っぽい議論をすれば、外出しにくいままにすれば、子どもは社会性を失い、高齢者は介護度の重度化が進む。一方通行化は、安心して歩ける生活道路を実現するための1つの手段だと思う。スウェーデンの第2の都市イェテボリ市などでは大々的に採用して、生活道路を地域住民の安心できる空間として守っている。そうしたときの地域の政策的課題より、マイカー族が2~3分の遠回りを避ける欲求の方が新しい志木市役所にとっては大事な価値のようだ。この答申は、公正中立な顔した単なるポピュリズムである。

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2005.11.12

11/12 大きなテレビの効能

絞ってテレビをよく見た1日

「風のハルカ」。大分弁が下手を通り越している。方言指導を変えたほうがいいんじゃないだろうか。大分弁ではしょっちゅう使う、「けん」「じゃけん」「とるけん」が少なくて、よく合いの手に入る「な」も無くて、「ちゃ」が異様に多い。「な」「けん」に比べて「ちゃ」はたまにしか使わん。大分弁は、方言の中ではいくつかの特徴を押さえれば習得しやすい方なのに・・・。村山富市元首相を思い出せばいい。

「能・定家」。宝生閑の安定感のある舞台だった。能を見て大きなテレビ(職場の先輩に雲丹の瓶詰めと交換でいただいた)っていいなぁ、と思った。
死んでもなお執着する藤原定家の怨念に苦しむ式子内親王の亡霊が坊主に祈祷をされ救われようとしたのもつかの間、親王の墓は再び定家の執念の蔦葛に覆われるという話。恋愛の闇の部分を表現したストーリーなのだが、NHKのアナウンサーは「定家の愛の強さを表現した」と解説。そういう演じ方があるかも知れないが、今日のはそうだと思えない。近代の恋愛観に囚われた勝手な解釈である。

最後に「野ブタ。をプロデュース」を見る。10代に経験しておくべき義理人情ってあるなぁ、と思って見る。周囲とたたかいつづけなければならなかった私の10代だったが、それでせいいっぱいだったかも知れない。だから人より気づくことも多いけど、その分気が回らないことも多い。いい歳になって、義理人情の機知を学ぶのはほんとうに大変なことだ。

●郵政公社の総裁に三井住友銀行のドン西川善文氏がなる。外資から郵貯を守るというなら西川氏は適任かも知れないが、三井住友銀行に本籍のあった西川氏が、三井住友銀行の競争相手である郵政公社を操作できる立場に立つというのは疑問だ。もっとしがらみのない総裁が必要ではないか。

●毎日新聞3面の岩見隆夫の評論は安倍晋三が首相になれるかという話。首相になってほしい人というのがここ10年がらがらと入れ替わっているデータを掲載している。信念としてなってほしい国のリーダーというものを多くの日本人が持っておらず、時々のマスコミの伝え方で首相になってほしい人が変わっていることがわかる。

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