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2005.09.30

9/29 幹事長室は見た!

往復の電車の中で、奥島貞雄「自民党幹事長室からの30年」(中公文庫)を読む。
あとがきにも書かれていたか、自民党政治家たちの息づかいがよく伝わり、人物洞察が良い。自民党政治の見せ場はやはり、70年代から80年にかけての三角大福の抗争だが、その舞台裏で、政治家がどのようなことに逡巡し、どのようなことに悩み、どのようなことに動機付けをしていくのか、詳細に書かれている。史料に残る戦後政治史では証せないことを、教えてもらうことができる。

また次の見せ場は竹下派の分解過程だろう。とくに細川連立政権の誕生までのところだ。異色の行動スタイルをとりながら、田中角栄や竹下登にかわいがられている小沢一郎の不可解さを余すことなく伝えている。
小沢一郎は民主党内で、左翼セクト幹部のような動き方をしていると私は感じている。自分と対等に話せる議員を周辺におかず、常に力関係が圧倒的に差のある若手議員だけを囲い込み、閉ざされた部屋で食事会を重ね、ときには小遣いを渡して、閉鎖的な派閥を作っていく。そうしてつくられてきたイエスマンたちは、小沢の指令通りに動くが、その小沢の言っていること、読み、ことごとくぶれて、すべてをダメにしている。
そのポジションは、60年代から70年代にかけて社会党を蝕んできた、党中党とも言われた社会主義協会やその総帥向坂逸郎の姿に重なる。

著者の奥島さんも、自分に言い従う若手議員を囲い、大事な場面でひきこもり、二日酔いで大事な予定をキャンセルし、修羅場でぶれては期待を裏切る、というところに自民党のリーダーの資質として困ったものを感じていたらしい。

折しも、民主党の再生に小沢一郎がどう動くかあまりにも注目されている。しかし本当に小沢できちんとした野党が作られるのか。小沢とつきあった政治家は良い末路を送っていない。民主党の再生のために小沢一郎に期待したい、と思っている人には是非読んでもらいたい本だと思った。政治ときちんと向き合っている人からすると、良くないリーダーの条件がそろっているようだ。

河野洋平さんや加藤紘一さんの存在には好意的な書き方をしているが、大事なところで力が出し切れないことを問題視している。村山総理の後、河野総理が実現していたら、自民党ももっとリベラルな政党になっていて、今日の小泉流の党改革とは違うかたちで開かれた政党になっていた可能性は高い。ほんとうに残念だ。

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2005.09.28

9/28② 自転車マイカーのマナーの悪さ

和歌山と戸田で自動車発砲事件が起きて、不思議な感覚だ。毒入りカレー事件、故中西啓介、二階俊博、今回事件と、温厚な紀州人の済む和歌山はよくわからない事件の多い土地だ。

犯人のクルマのナンバーを監視カメラは捉えられなかったようだ。監視カメラ万能論みたいに、あちこちに(わがアパートにも・・・)置かれているが、悪いことを確信犯的にする人ほど、そうしたものからちゃんと自分を守っている。
それにしても、DQN車とか、オタク車とか、ナンバーを変な色プレートで隠したりしているのが目につく。スピード違反の取り締まりも大事だが、こうした態度の悪いマイカーを徹底的に排除してほしい。また、そうした運転者には免許を再更新させないぐらいの断固とした態度が必要だ。クルマは人を殺すことができるのだ。

クルマと並んで苛立つのが自転車だ。最近、自転車にひかれそうになることが増えた。衝突にかかる力=速度×重量なら、重量こそクルマほどないが、自転車の速度は徐行運転のクルマより速い。高齢者など轢かれたら寝たきりになることも多い。それなのに登録制度もナンバーもないから、ひき逃げ官軍の世界だ。
さらに、違法駐輪も問題だ。志木の駅前にロータリーがあって、ちょっと広めの歩道になっている。むかしはそこに「放置自転車」と言われる自転車が山と停めてあって、車いすも、ベビーカーも通れなかった。
一時、新座市が徹底的に撤去してくれたので、放置自転車はほとんど消えたが、新座市の設置した駐輪場(駅のすぐそばにある)に停めるようになったが、また最近、放置自転車がひどくなった。一度、ドミノ倒しのようになぎ倒してやりたい。そうしたら守られていない場所に自転車を停めるリスクをわかるかも知れない。

新座市も、また撤去要員を配置し始めたが、朝の通勤客が悪いと見ているのか、朝しかいない。しかしそういうマナーの悪いことをするのは朝の通勤客じゃない人たちが多い。通勤客は、通勤途上でマナー違反にかかわるトラブルに遭遇するリスクを恐れている。停めているのは、学生、仕事のない女、フリーター、パチンコ通いがほとんどだ。
今はまだ車いすが通れるが、放置しておくとまた昔と同じような光景になる。放置自転車に公共は甘すぎる。即撤去、即分解裁断リサイクル、未遂はその場で行政処分=罰金ぐらいにできないものだろうか。

また、朝霞市など市境が近く、新座市の駐輪場を使えない(と思いこんでいるだけ?)ことも問題なのかも知れない。そうすると新座市だけの責任ではなくて、朝霞市も連帯責任を負うべきだろう。

満足な公共交通を確保せず、バスは撤退間引きするに任せ、市議の親族である地主たちの利権を追認して駅から遠いような土地でも開発を容認してきたこのあたりの自治体の責任も大きい。市民もタダだからと、安い自転車・マイカーを利用することに何の疑問ももたないことも責任かも知れない。

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9/28 ガソリン・道路使いたい放題からの転換

道路特定財源の見直しが踏み出され、歓迎したい。これが公共交通の建て直しの交通総合財源化すればベストだし、一般財源化しても、マイカー族のつまらない欲求のために行われる無駄な道路整備が抑制されて、よい。

ただし心配なのは、単にガソリン税の減税になってしまったら、道路は整備されないのに、マイカーに乗る人、乗る距離が増えてしまう。鉄道、航空など公共交通は走行路面を受益者負担で整備しているのに、マイカーだけがただで道路使いたい放題というのも、どうなのだろうか。
すでに選挙中、公明党が自動車保有税を半減させるとわめていてて、マイカー族しか喜ばない政策を訴えていた。それでいいのだろうか。

私のように基本的に自分では自動車・自転車は運転しない、と決め込んでいる人はともかく、交通弱者は高齢者や母子家庭など社会階層である。そうした人たちの暮らしを犠牲にした、大衆迎合的な「小さな政府」にならないことを願いたい。

●経済同友会の北城狢太郎が原油高に悩む運輸業界が運賃値上げを考えていることに「官の発想」と批判。北城のIBMはどうなのか。つまらないシステム開発を頼んでも100万単位の請求書を回してくる会社が言うせりふだろうか。

これまで運輸業界は無謀な料金競争を続けてきた。北海道では、段ボール一箱、100キロの道のりを300円で運ぶ業者もあった。石油をじゃぶじゃぶ使い、労働力をこき使い、限界で運送業者はたたかってきた。そこまで追いつめて、原油高というやむを得ない経済情勢の中で値上げすら許さない、財界の勝ち組。

安いことに勝ることはない、という単純な理屈が我々の生活の首を絞めていくことは、先日、努力貧乏働きすぎの時代に書いた。

北側国土交通相の判断は正しいと思う。原油が高くなっていることはいろいろな意味で環境に犠牲をして知らぬ顔してきた経済活動のあり方を問い直すことになるし、運賃の見直しは物流(流通業者の低賃金労働)と道路インフラ(無駄な公共事業)に在庫調整を押しつけるような商売のやり方を問い直し、社会の富と負担の適正な配分をめざす機会と受け止めるべきだろう。

余談だが、その勝ち組会社の労組は共産党系だったりするのだ。

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2005.09.27

9/27 麻痺する感覚

郵政民営化の対案を民主党が出して、小泉首相に褒められている。

社会党が非建設的な反対意見ばかり言って、裏で変な取引ばかりしてきた歴史が長かったからか、そのアンチテーゼとして野党第一党は対案を出すべき、というトラウマが民主党には強すぎる。自分たちのほうがよりましな選択肢があって、与党案はそれにもたどりついていないというなら出せばいいが、ありもしないのに出すのは無駄な労力でもっと違うところに力を使うべきだと思う。
世の中で「反対するなら対案出せ」と言っている人は、問題の原因をつきとめている人ではなく、強者が言っているときは政治的なゲームとして言葉を出しているし、弱者が言っているときは反対者の往生際の悪さを批判したくて言っている程度の話でしかない。真に受け取る必要はないと思う。

もちろん、政治的取引では、対案を出したほうが建設的な議論ができたり、与党に修正を迫れる場合には対案を出せば良い。98年の金融国会や、94年の介護保険法、03年の有事法制などはその一例だと思う。
しかし、与党案が話にならない場合や、野党の案なんか鼻から取り入れられない場合は、与党案を否決することの正当性をきちんと訴えるべきではないだろうか。その役割を放棄して民主党の独自性なんて国民は誰もわからない。

裁判だって、弁護士が検察に対抗して起訴状を提出するなんて聞かない。対案を出すべきか否かは対案を出すに値するかの妥当性と、政治情勢にあるのではないだろうか。

民営化をしなければならないけど、それだけではないみたいだなぁ、なんて姿勢で、わかりにくい対案を出すから、国民にバカにされるのだ。

●ある公務員のブログを見て頭がくらくらと来た。

子育て中のうつ病パパだというが、小泉も前原も断固とした姿勢がすばらしい、とか、公務員の選挙活動にあれこれとか、天につばするようなことばかり言っている。
私も、うつ病の労働者は守られるべきだと思う。しかしこのブログの主のように、断固としたリーダーで、切り捨てゴメンの社会になれば真っ先に居場所を失うのは、誰でもが客観的に評価できる稼働率が低く、人付き合いや仕事の安定感で周囲が気を使う、このような病人ではないかと思う。
そうであってはいけないから、話し合いをしたり、ときにはこちょこちょと調整をしたりして抵抗勢力だ文句言いだ、改革のスピードを落とすなどと言われながら、職場の組合役員さんは努力していることを、全く評価していないようだ。

自分が何によって守られ、何によって社会に参加するチャンネルがあるのかわからないで、マスコミのふりまくイメージでしか物を言わない労働者を守らなくてはならない仕事に不条理な感じがする。

昨日、読んだAERA「民主党支持者の疎外感」という記事には、同感する話は多かっ。しかし、最後の方に38歳女連合系労働組合職員が、女刺客に拍手喝采し、郵政民営化に反対する民主をわからないと言いながら「小泉さんに踊らされるというけど、それが国民の現実。人々の心をつかむために現実を直視しなかった民主の負けです」とコメントしていたのには頭が痛くなった。
この職員のいる労働組合の組合員にはなりたくない。リストラに遭っても「現実を直視しなかったあなたが悪い」と言われそう。38歳共通一次世代、38歳女雇用機会均等法とバブル青春世代。社会人の踏み出しもバブルでいい思いが続いて、落ちぶれる人は要領が悪いとしか思ったことがなさそうだ。それから年収の高い人=努力した人、年収の低い人=努力しない人、という単純な図式を押しつけまくる人かも知れない。
しかし、小泉首相はこの人の職場である労働組合を、一部の特権をもった人たちの団体として、社会の敵と位置づけたし、現実これまでも、小泉政権になってから労組の違法行為どころか、グレーゾーンのことまで踏み込んで検察を動かしてきた。周囲が自分のことを社会の敵として見始めている現実に気づかず、その勢いに付和雷同していることに、不思議なものを感じる。

小泉支持者はお金持ちすぎて政治なんてどうでもいいところにいる人か、こうして情けない自分たちを棚に上げて支持することで強者の側に立ったように錯覚するヘタレばっかりだ。マゾかも知れない。
でも、それは他人が痛めつけられているからかも知れない。自分はまだ痛んでいないから他人が痛めつけられる社会や政治に、断固としたものを感じ、拍手喝采していられるのだろう。

前のうつ病公務員さんなら、実際、身分保障もなくなり、政府の推進する公務員削減で、民間大手企業なみにうつ病で稼働率が悪いからと職場を追わる可能性が高い。そうしたときに雇用者の「改革のための」断固とした姿勢に共感していられるだろうか。
38歳女連合系労働組合職員も、小泉構造改革に感化された新入社員がなぜ抵抗勢力の労働組合に半強制的に入らさせられるんだ(特に民間大手の場合、組合に入らないと組合の指名でクビにできる制度がある)と騒ぎだし、強制的加入が社会問題化されてしまったら、もはや労働組合は社民党のようにおじいちゃんたちだけのサロンになって滅び行く運命しかない。そうなったときに、「私が悪いのよ」と言い切れるだろうか。

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2005.09.26

9/26 定期券を買う屈辱感

なんだか新しい職場は慌ただしい。よく考えたら、9月末の中間決算と、選挙後の業務の集中、人事異動が重なったからだ。慌ただしいけど、自分のやりたいことが全くできないわけではないので、むしろ充実感がある。

今後の仕事の日程を詰めていたら、もう来年の手帳が必要なことを感じてデパートに行く。今年の手帳が使いやすかったので買おうと思ったら、赤と白の装丁のしかなかった。白は汚れるし、赤は派手だし、悩んで買わずに帰る。物価が上がっているのか、昨年は9月から始まっていた手帳も、ページが若干減って今年は11月から。焦らずに買えばいいんだ。

帰りに定期券を買う。共済に移り、出張も減って、定期券がトクになりそうだからだ。往路も帰路も地下鉄で固定されて息がつまりそうだが、財政健全化のためにしばらくは辛抱だ。
実は、社会人になってから2年間、会社が強制的に定期券を買ってくれた間以外は、ほとんど定期券を買ったことがない。市民活動や選挙に関わってきたので、どうしても帰り道は寄り道になる。夜勤もあった。それに職場の同僚の飲みの誘いなんかがあると、定期券は無駄で、回数券やプリペイドカードを使ってきた。
だから、定期券は何となく拘束感があって嫌だ。また東上線と有楽町線をまたぐ定期券は、利用できる2ルートのうち1ルートに固定されてしまって、使いにくくて仕方がない。
で、定期券を買うために、家の隣のあるJRの接続駅の定期券売り場に行った。長蛇の列だった。3人職員がいるのに窓口が1つしかない。納得できない。東上線の定期券売り場はどこも小さくて使いにくい。
しかも販売時間も夜8時になればおしまい。旧国鉄も含め、JRでは考えられない。電車が動いている限り、売る責任はあるんじゃないかと思う。先日、大分に行ったが、郊外の駅でも23時30分まで定期も特急券も売っていた。

民でできるものは民といい、民営化幻想がはびこっているが、民であるはずの東武鉄道が国鉄に負けていることを見れば民だから良いというのことではない。むしろ、客や利用者とのコミュニケーションと、そこで得た業務改善のアイディアをかたちにできる組織や職場風土づくりが大事なのではないだろうか。

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2005.09.25

9/25 収入42兆支出80兆の議論のウソ

家計簿の四半期決算に向けて、残高確認作業を行う。ニフティーの利用料など2ヵ月サイトで支払うものの未払額等がわからなくなってごちゃごちゃになるのを丁寧にほどいていく。
今年は飲み歩くのをセーブしたおかげで、損益は好転したのがうれしい。実家を出て以来、ちっとも貯金が増えていなかったので、焦っていた。

先の総選挙で、政府財政について議論されることが多かったが、全く中身が議論されていなかった。ただただ国債の残高の恐怖感だけを煽る内容ばかりだった。
国の財政を家計になぞらえる候補者が多かったが、家計と財政は本質的に違い不勉強な議論だ。家計は所得の再配分はしていないし、国は家計のように消費をする必要はない。家計はどう寝ころんでも収入の範囲内でしかお金を使えないが、国は施策による支出にあわせて収入を計算することが基本であるし、何より権力が公共という無担保の信用を創ることができる。
それと42兆円の収入で80兆円使っていると言う。これも誇張で、80兆円の中には国債の元金返済部分が含まれているのに、収入42兆には国債収入を外した数字なのだから、支出から国債の元金返済部分は支出からはずすべきだ。借換分の国債を除けば支出は60兆円弱になる。今後、景気の回復で数兆円の税収増もあったりして、実質的には15兆円まで圧縮できるだろう。これにさらなる景気回復や景気対策の減税の廃止を考えると、あと10兆円ちょいの収支の帳尻をどうするか、ということが問題であり、40兆円赤字だ、というのは財務省に騙された議論だ。

国債の残高自体におびえているところから財政改革の議論がスタートするから、議論が硬直している。既得権益のあるところは強烈にそれを手放そうとしないし、反対に、情報化や教育、福祉など未来の人づくりにつながる投資も進まない。財政支出の構造そのものが変わらないし、三位一体改革(自治体の財政自主権確立)も本質的なところは何も変わらない。

思いきって2つの視点を提示したい。

1つは、今ある国債残高は減らさず、そのまま凍結したらどうか、という考えだ。国債を返してどうなるのだろうか。みんなから集めた税金を国債返済に使えば、誰にお金がいくのだろうか。国債を返すために増税し、必要な福祉や教育を切り、道路がでこぼこにして、一方で、「投資家」だけがマネーじゃぶじゃぶになる。今なら投資先も無くて困るかも知れない。そこまでして国債は返すべきものなのだろうか。そう考えると国債は資産税という側面があることに気づく。資産家から国がお金を吸い上げる方法なのだ。若手議員は国債の発行が未来の負担になる、という。一面では当たってるが、国債は返せば国債で利殖している人のために若者の負担が増える、というのが正確な表現だ。国が責任をもって返す義務に追われるのは対外債務だけで、これは今の日本にはない。

イギリスに永久国債というものがある。貴族たちが買うらしい。国が破産するまで返さなくてよいというのだから、債券というより、株券に近い。株式も、ほんとうのこと言えば会社が自主清算したり倒産しない限り投資は返ってこない。上場企業で事業目的が定款どおり達成できたから清算するなんて企業は稀だから、実質的には倒産しないと返ってこないし、倒産するほど財務状況が悪ければまず投資額は返ってこない。しかし資本主義の効果をとりあえず信じている人は株価を評価し、中には株を喜んで買って、証券取引所まで作って転売や中途購入までしている。
永久国債は株券と違って、利息が保障されている。そしてその利息と、その時々の利子率の比較した価格で転売されたりして、投資家は換金する。
返済の必要のない永久国債を発行することを真剣に考えるべきだ。今の国債も景気がよほど良くない限りは赤字国債で借換を繰り返しているので、実質的には永久国債なのだが、返すつもりでいるから、満期の10年ごとに金利リスクを心配しなければならない。
これによって、政府支出の中から、国債収入と、公債費の国債償還資金は収支から外れる。利息だけが収支に計算される。

国債残高が多すぎるのは問題だが、返すともっと副作用が大きいので、返さず凍結して、管理下において、単年度の財政のバランスをとるところまでやればいい、という考え方をしているのが神野直彦東大教授や、金子勝慶大教授だ。

もっとすごいこと言う人もいる。国債を返してどうなるんですか、という考え方をもっと広げた考え方で、国家財政はお金を右から左、左から右に動かしているに過ぎないのであって、国債発行も税金も意味は同じ、国債返済も財政支出も意味は同じ、という考え方をしている学者もいる。
国はどういう人からどういう人にお金を渡すことに意味があるのか、そこを考えて財政運営すればいいというものだ。
不況期は需要創出するセクターが政府部門しか考えられないので、そこが国債発行でも何でもして集めた財源でしっかり未来投資をして、好況期にはお金と人材の不足に陥るので、公共部門の事業の民営化を進めて国債返済を徹底してやる、ということになる。

こうした考えを提案しているのは大阪大学大学院の小野善康教授だ。猛烈な不況期にこの理論の言うところは重要になるが、今のようにレベルは低くとも上昇しようとしている局面では、国債バンバン発行すればいい、というところにまでたどり着く議論かどうかは慎重になる。

もっとも、現金つまり日銀券は「赤字」の固まりである。つまり日銀は日銀券を発行している代わりに銀行から何を取っているかといえば、1割の準備預金と、銀行の借用証書だけである。みんなが通用すると思っているから使える通貨なのであって、みんなが「これは子ども銀行券と同じだ」と思ったら、ただの紙切れになる。
国債も同じで、国や政府が維持されれば、信用が保証されるもので、その返済財源は国全体の経済力ということになる。今のように国債が国内で消化されていれば、国の中でお金があっちに動いたり、こっちに動いたりするだけなので、気を付けることは金利リスクによる利払い支出の増大だけ、ということになる。

少なくとも金利リスクがあるので、国債がむやみやたらに増えてはいけないと思うが、しかし無から有を作れる人を育てたり、自立させたり、能力を開発するための支出をきちんとやらないで、国債だけ返そうとしたり、国債のためにそうしたものを犠牲にさせていくと、やがては、国債よりもその担保となる国の底力が弱ってくる。その見極めをきちんと政治がやるべきだろう。

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2005.09.24

9/23 物価が安くなっても暮らしが楽にならないわけ

どうしても近隣ではそこでしか買えないものがあって、新座市の郊外型ショッピングセンターに行く。そこはバスも通っていなくて、隣の急行も止まらない駅から送迎バスで行かなくてはならない。秋田のイオンのような店だ。

こうした構造改革を象徴する店に行くと、不思議な生活感覚に触れることができる。100円のシャツや、500円のズボンが売っている。安くていいのかも知れない。しかし、交通機関のないこの店で、そうした安い物を日常的に買うためには、100万以上するクルマを持ち、年5万以上の自動車保険に入り、税金を払い、ガソリンを買い、月2万ぐらいの駐車場代を払い、車検料を払わなくてはならない。年収500万以下の家庭の場合、マイカーなんて持とうものなら、500円の洋服を着ないと貯金なんてできないかも知れない。

つまり、構造改革で安くなったと騒いでも、家計の支出が、被服費や食費から自動車維持費や自動車購入費にシフトしているだけなのである。その間に国民の所得が低下している。その結果、日常生活に密着した産業が国内から消えていき、彼らは国内にふみとどまっても低賃金、低報酬に甘んじなければならない。一方で、自動車保有台数がバブル崩壊後から1000万台以上増えた自動車メーカーだけがぶくぶく太り、ボーナスも増やし続けている。もちろん自動車メーカーの経営努力は認めざるを得ないが、それだけか?という感じもしている。

アメリカ南部がハリケーンでひどいめに遭っている。日本も大きな台風が増えて、ここ数年大きな被害が続き、損害保険の剰余金が出なくなってきている。やはり地球温暖化防止が重要なのだ。二酸化炭素の排出量削減問題では、発展途上国の非協力姿勢ばかりが取り上げられるが、二酸化炭素排出量を削減することができるのは、先進国であり、その重さは自動車保有台数にほぼ比例する。自動車に使われるエネルギーが聖域視し問題として問わないのに、豚小屋が出す二酸化炭素の方が1ccでも削減しなければならないような議論が不自然だ。

それは公共交通機関にも言える。鉄道やバスが二酸化炭素排出量6%減に取り組んでいるが、むしろ公共交通機関は自分のところの客を増やし、マイカーから客を奪い返すこが地球温暖化防止につながる。環境問題は個々の努力も大切かも知れないが、こうした大きなところから対策を考えることが必要である。

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2005.09.22

9/22 ヤクザ医師と紳士な暴力団と事故に遭わない高額所得者

昨日に続いて、保険業務の研修。今日は、給付の現場の話。疑わしい事例の追跡作業の体験談や、人身事故の逸失利益の計算のルールなど学ぶ。

日本は外国と違い、未来の逸失利益を賠償額に計算する(諸外国は過去の逸失利益、つまり学校やその人との生活に費やした諸々の経費で計算する)ため、ホリエモンや100億のサラリーマンを冥土に送るような事故を起こした場合、保険会社が負担に耐えられないのではないか、なんて議論をした。が、給付の現場にいる人の話だと、高額所得者が事故の被害者になることは少ないということ。交通弱者というのが、階層問題でもあるということが改めて認識された。
事故の賠償を考えると、高級車の周囲を走行することは経済的危険度を増すことになる、ということでもあり、道路というのは、経済格差の表現なのだと思う。そういえば、女が男を選ぶ基準に、クルマで選ぶ人がいる。これはジェンダーだ。
暴対法の効果で、交通事故の被害者となった暴力団関係者が保険料をふっかけることはないそうだ。きちんと根拠を示して、その根拠となるルールが共通のところに立てば支払額を示せばおさまるらしい。それより自損や生命保険で、医者とぐるになって不正請求もどきを繰り返す人もいる。何度も同じ医師の診断書が送られてくるそうだ。健康保険等でも不正請求が絶えない。一体、どんなモラルを持っているのだろうか。また医師の診断者のほとんどはひどい筆跡だそうだ。それを何千円も診断書料を取って書く。

保険加入時の健康告知で質問をした。市の健康診断で片っ端から股関節脱臼だ、栄養不良だ、としろうとでも嘘だとわかるような診断をして保護者を不安に陥れる医師がいることは以前、報告したが、そうした医師に健康診断された子が保険に入れるのか、という質問。再度医師にかかって疑いを晴らさない限り、保険に入ると、告知義務違反になって後々、保険金の支払い拒絶などに会う可能性があるそうだ。
知的障害の子の場合など、障害が赤ちゃんのときにはわからず、3歳ぐらいになってわかってくるので、先天的なものか、それが何らかの事故による後天的なものなのか、証明できずに水掛け論になるようだ。給付担当者は、保険金詐欺の法解釈の原理に関わることなので、原理原則通りに運用するしかないが、家族の心情や本人の未来を考えると、先天的なものだ、と断定して給付や保険加入拒絶をしたりするのはほんとうに辛いと話される。

保険業務の一番興味深いところだが、それを仕事にするには辛そうなところだ。

夕方、野党内野党になった議員の秘書から電話があり、野党をまとめていくために右傾化させてきた路線を修正するという話を聞き、すがすがしい気持ちになる。しかし評論家やマスコミ政治部記者がこの議員について語る言い方が、10年前の横路氏と同じような表現をしていることが少し心配だ。
横路孝弘議員が党内ポストを失い、副議長という神棚に祀りあげられ、議会質問で活躍する場を失い、悲しく思う。民主党の何らかの陰謀か。今年の初め休暇中に国会中継をたまたま見ていたら、通常国会で働く現場について、フリーター問題について、詳細に首相に質問し、詰めていった姿を見たので、働く人の立場の原理にたって質問する議員を失うことに将来の心配をする。
しかし、70年代後半、横路氏が青年議員時代に党派を超えて懇意にしていた河野洋平議長とのコンビとなり、いけいけどんどんの内閣と対照的な、思わぬ議会運営が見られる可能性がある。

●連合会長選挙に対立候補が立った。笹森会長の「次期会長は若返り」発言で混迷した次期会長選びだが役員選考委員会はUIゼンセンの高木会長を推薦してまとまった。それに対して、昨年連合に加盟したばかりのパート労働者の組合「全国ユニオン」鴨さんが、対立候補として立候補した。
連合の力関係で鴨さんが勝てることはありえない。その中での一番の新参者であり小さな組織の鴨さんが手を挙げた勇気をたたえたい。鴨さんは連合が掲げた中小やパート労働者も共闘できる労働運動を加速させようとしているのだろう。どういう結果になるにせよ、これまで以上に連合が、真剣にパートや派遣労働者、中小零細企業の労働者の運動に取り組まざるを得なくなるだろう。
連合大会の代議員が役員選挙に投票するので、私のような一事務員には選挙権はない。

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2005.09.21

9/21 見えない税金保険編

共済の業務という職場がまったく未経験な分野なので、ここ数日、研修をしてもらっている。26日が業務の締め日なので、それに向けて休み時間に作業をしながら、研修を受ける。

生命保険の研修を受けてみて、長寿がリスクなんだと気づいた。
リスク管理が保険の原理にあり、社会全体が経済的リスクをコントロールするシステムを作り上げつつある。
その中で、寿命というものがリスクコントロールに不向きな最たるものだということだ。

そして、生命保険にしても、医療保険にしても、70歳ぐらいから上の世代は、リスクが読み切れなくて、掛け捨ての支え合いの保険がつくれないのだ。民間の保険で、70歳以上の人を対象にしているものなんて、積立式のものしかない。

社会保障制度の改革で官から民と安易に語られるが、無収入になって、体が思うように動かなくなった高齢になったときに対応できる民間保険はまずないし、これからもない。あるのは膨大な年月積み立ててやっと得られる積立取り崩し型の保険だけだ。
そうしたリスクの高いところはやはり民間は手を出さない。しかしそうしたハイリスクのところだけ公的な分野に押しつけると、とてもコストの高いシステムになってしまう。堀江貴文などが公的な社会保険制度はいらないと言っているが、そんな楽天的な話ではない。

それと、日本人は生命保険を掛けすぎというのも本当だ。月平均5~6万だそうな。社会保険庁の責任か、国民の無学がいけないのかわからないが、公的な遺族年金の存在を知らないので、生命保険のセールスが、あなたの死後家族は1億円いりますよ、なんて言われると、ほいほいと保険の金額を増やしてしまう。バブル崩壊の低金利で保険会社が加入者に低金利の新商品に契約の乗り換えをさせるのに、死亡保険金をかさ上げさせて、まんまと乗せ替えさせたらしい。
遺族年金を差し引き、貯金を差し引き、残された家族が細々と稼げば、いたって常識的な金額の保険で、貧乏な生活はしないで済む。
生命保険にお金を使いすぎというのは、社会保障制度に対する信頼がないからだ。安い税金の日本で、社会サービスも陳腐だから、自分たちで解決しなければならないと、保険会社に貢いでいる見えない税金のようなものだ。

郵政も年金も民営化しろ、という圧力と楽観的見通しは強いが、日本の金融業界のこうした実態を見るにつれて、そんなにうまくいくものかと思う。その前に金融リテラシーを教育しなければダメだろう。

余談だが、面白い話も聞いた。無事故給付だと、何年に1回か10万円を出す保険の落とし穴だ。10日に満たない入院や、10万円以内でかたがつく事故の場合、その保険の無事故給付10万円の方が得で、事故に遭っても入院しても保険請求をしないそうだ。また1日入院から給付というのも、そのために毎月の保険料が1000円跳ね上がる。10年で払う保険料は12万だが、その金額をもとを取れる人はまずいないらしい。

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2005.09.20

9/20 民間労組なら抵抗勢力ではないのか

民主党の前原が、公務員労組の支持はいらない、生き馬の眼を抜く民間労組の支持だけくれればいいというような発言をしている。

しかしここ数年の連合が問われていながら超えられない本質的な課題というのは、民間労組にこそもっと強く出ていると思う。
パートや派遣の組合員化をかたくなに拒否し、「生き馬の眼を抜く競争」のために、人権蹂躙も甚だしい業務請負会社への仕事の丸投げを積極的に容認してきた。組織率の低下は、むしろ分け前を特定の人に集中させることで、大企業労組にとっては、歓迎すべきことなのだろう。

組織運営の談合体質もひどく、城繁幸の富士通の内幕暴露本には人事当局よりもひどい実態が表現されている。連合のホームページの組合づくりの案内に、組合結成大会の前には、根回しを良くし、誰がどの順で話すか十分意思統一せよ、と書いている。どういうことだろうか。

戦後、労働運動は共産党の独善的な引き回しをいかに遠ざけるか、という目標は単純で技術的に難しい問題に直面し続けてきた。特に終戦直後、権謀術策、隠密行動に長けた共産党の組織のかきなわしから労働運動を奪還した民主化同盟は、共産党から発言の場を奪うテクノロジーだけを発達させてきた。今日のように共産党が影響力を失い、棲み分けが明確になる中で、こうした共産党封じの労組の運営手法はただの談合体質で閉鎖的なものになってしまった。

組合員にとっては意見1つ言うのも面倒な組織になり、自分の組織という意識が失われていく。幹部も組合員の意見の聴き方がわからなくなって、反対意見がないんだからいいんだろ、という感じになる。その結果、人道上どうよと思うような会社のリストラ策や、下請け・パート・業務請負への抑圧、それと並行して組合員である労働者の能力発揮の場を狭めていくような会社側の改革に組合員の力を結集されることは困難になる。

いやいやそれでも民主的だよ、という人は、韓国の労働組合と比べてほしい。韓国の労組は、会社と1つ協約結ぶにしても全組合員の秘密投票による批准が必要としている。2年に1度の無競争選挙で役員になっただけで、おれは組織をまとめているんだ、と尊大な気持ちでいることは許されない。

民間労組と政策の関係も課題が多い。民間労組は、自分の会社や業界の未来を考える以上のことは組合員に求められていない。本質的に社会的連帯できる広がりを持たせることは難しい。民間労組は年金も医療も自分たちの職域、業界の人のこと以外考えない。組合員以外の人たちのことを考えるなんて、そんな余計なことを組合員は付託していないだろう。

民主党と民間労組の関係の試金石は、医療保険制度の改革だ。公務員制度改革や郵政民営化より国家財政に直結する課題だ。
民間労組は、大手企業の労働者とその退職者に至るまでを組合健保に囲い込むことを訴えている。表向きは保険者機能の強化で、高齢者を食い物にした診療報酬にチェックを入れることをめざしている。しかし現実には、大企業が雇用の外に放り出した、フリーターや重度の障害者、疾病などによる中途退職者などのリスクの高い人たちを国保に見てもらい、大手企業の正職員たちが安い保険料で医療サービスを受けられる結果になる。民主党は地域ごとの統合をめざしている。そこには大手企業の正職員もフリーターも重度障害者も同じサイフで運営される。この対立する主張をどのような理屈ですりあわせできるのか。こうしたとき前原原則が貫けるのだろうか。

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2005.09.19

9/19 妄想にとりつかれた人々

馳星周「マンゴーレイン」を読む。入り込むほど面白かったが、おもしろさは「不夜城」を超えてない。
前の夜は、月見をしながら酒を飲み、夜更かしをする。朝寝坊をしながら、午前中は家計簿の整理をする。

午後は大好きな池袋のデパートへ。構造改革が遅れているだとか言われても、ヨーカドーやダイエー、通信販売よりデパートが大好き。歩いて品物を見て、買うという楽しみを構造改革の名の下に奪われたくない。イタリア製の細い靴をみて、そのフォルムの美しさに惚れるが、私の甲高横広の足には入らないので買っても無駄なのだ。残念。

もう民主党のことなんか書きたくもないんだけど、ほんとうにダメになっているなぁ、と思うことがあったので。

●朝のワイドショーで、民主党の自称「若手」議員の、原口一博、松原仁、河村たかし、海江田万里と、小泉の側近山本一太が出ていて、民主党の今後について議論していた。
労組を切るなんてのは序の口で、憲法9条2項の改正が、もはや議論の余地がないと話している。冗談じゃない。改正するにしてもきちんと議論しないとやばいだろう。集団的自衛権、PKO活動での武力行使、日本にある米軍基地が攻撃された場合の対応、紛争未然の武力行使、それぞれがグレーゾーンが多く、どうなるのか知らないで、議論せず改正を進めよなんて、やりすぎだろう。

それまで彼らを暴走を煽ったコメンテーターの鳥越俊太郎や大下英治が「ところで民主党は戦中戦後と本土の犠牲を押しつけられてきた沖縄のことについてどう考えるんですか」と質問したら4人は黙ってしまって、鳥越にもう一度、喝を入れられるように質されていた。河村が「だから党議拘束があるのがいけない、各議員が国会で自由に賛成反対できるようにしたらいいんだ」みたいなこと言って、ふざけた党・連中だなぁ、と思った。まじめに問題に向き合え。吉永みち子に「小泉さんの構造改革で痛めつけられた人へのメッセージがあるんですか」と畳まれておしまい。

こうした中堅若手の妄想発言が続くと、一番まともな岡田克也前代表にすべての責任を押しつけてみそぎをしてしまったことの問題を感じる。何だかめちゃくちゃなものの考え方に民主党の中堅若手議員は取り憑かれている。当面、野党第一党は機能しないだろうし、支持率の激しい低下に悩ませられることだろう。
小泉圧勝の毒気に当てられすぎて、彼らは、今までの民主党が悪くて、合意形成がださくて、主導権を持った一部の人がどんどん勝手にやる方が民主党の支持率が回復する、と思いこまされている。一歩おけばそうした思考回路は選挙中の小泉の猿まねに過ぎないとわかるのだが。そうした妄想は、覚醒剤中毒の小林憲司を笑えない。
自民党の山本一太に余裕しゃくしゃくで、「民主党さんは強敵ですから、ぜひがんばっていただき切磋琢磨したいですね」なんて言われる始末だ。

そうそう小林憲司で思い出した。日本の尊厳を教える歴史教育が必要だとか、ジェンダー教育は日本を滅ぼす、性教育が性の逸脱を生む、なんて真顔で言っていた熊谷弘や山谷えり子とつるんで民主党を脱党して保守新党を結党しようとしていた一人に、今回覚醒剤で逮捕された小林憲司がいた。
国民にそんな役に立たないモラルを押しつけて、自分はやくざみたいな風貌の秘書を雇い、秘書に覚醒剤を常時携帯させ、議員会館や選挙演説中でも吸引していたというのだから、笑わせてくれる。そして政治家が信用されない。政治家に法律以上のモラルは問わない。だから国民につまらないモラルを押しつけるような主張はやめてもらいたい。

●「世耕さん、福山さんに会ってきましたよ
マーケティングの仕事をやっている人の言う、自民党のメディア戦略が半端なものではないという話。マニフェストで正しいことを言っていればいい、と信じてやまない民主党中堅若手議員の限界もわかります。

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9/18② 視聴率競争の枠を超えて

NHKの新シルクロードが面白くない。旧番組がその後の再放送でやっている。比べて見ると、今の方が面白くない。映像のクオリティーは今のほうが圧倒的に良いが、人々の生き生きとした暮らし、取材班の苦労、政治体制の桎梏による取材制限とのたたかい、辺境の地の圧倒的な存在感、そうしたものは昔の番組の方が良い。無駄なアナウンスもない。松平アナの声も日常すぎる。取材経費を掛けすぎているのか、しつこく宣伝を見せられ盛り上げさせられるものの、結局、宣伝を大きく超えることはなく、がっかりする落差も激しい。

昨日のNHKスペシャルのタクシーの規制緩和の番組は良かった。
大阪ってひどいところだと思った。昨日までタクシーの規制緩和に反対していた業界団体のボスが、規制緩和された翌日には自分の会社は中小零細企業を圧殺するような競争に飛び込み、大阪のタクシー業界は働く人を吸い尽くすような競争を強いられた。
番組に出ていた大手労組の委員長が、新興タクシー会社の労使一体の違法行為脱法行為三昧の状況を摘発する様子が面白がったが、その執拗さに特定党派の執拗さを感じた。でもそれくらい労組ががんばらないと、やりたい放題無秩序の規制緩和から現場を守るのは難しいのが現実だ。うちのまちの民間委託されている保育所も市民がそれくらい監視しないと、ダメなのかも知れない。
時折、こうしたNHKでないとできない番組もあったりする。朝日新聞を出汁に小泉=安倍に押され気味のNHKだが、目立たない番組だけでもいいから、こうした硬派の番組をちゃんと続けてほしい。視聴率が悪くてもやっていけるNHKならではというものがあるはずだ。

●麻薬で捕まった民主党・小林憲司のポスター、勘弁してほしい。燃えさかる火に、議員太りしたデカい顔。よくこんなんで選挙に勝とうと思ったねぇ。民主党の候補者、ナルシスな教宣物多いね。おえっ。

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2005.09.18

9/18 民主党の尻ぬぐい役

民主党の党首になった前原が、労組とりわけ官公労とはとたもとを分かつ、と言っている。闘う体制としきりに言っているが、憲法9条の積極的改正や、小泉的な構造改革の推進、緊縮財政など、政策も、そうした党運営のアイディアも小泉の半周遅れのことしか言っていない。党内の敵を痛めつけて純化路線に走れば国民の拍手喝采の支援を期待しているのだろう。小泉の猿まねで浅はかだ。小泉首相だって次は同じ手は使わないだろう。もっと新しい手を考えて来るに違いない。そうした後追いの改革ポーズに国民は物足りなさを感じているのだ。
かろうじて暖かみのある政治と言って社会保障制度の充実を訴えているようだが、お金を増やすこと以外に何も言及されておらず、ブッシュが初当選のときに民主党支持者を取り込むために「思いやりのある政治」と言っているのとそっくりだ。
党幹部の人選もうなってしまった。鳩山、野田、松本と選んだ党幹部の顔ぶれ見てげんなり。二流保守おっさんのラインナップ。

前原は労組との関係はきれいなのかも知れないが、オカルトチックな京セラの稲盛会長などとの関係は不透明だし、よくわからない。松下政経塾関係の議員たちは何かある度に稲盛会長に指示を受けているということが言われているが、そのあたりの関係性もきれいにしてほしい。

前原がたもとを分かつと最初から言われているのだから、労組は民主党の意に沿う意見集約は難しくなったと思う。連合系労組は、政権交代を実現すれば、不透明な政権与党の意志決定システムを透明化させて、勤労者階層の政治参加の途を開く、という見込みで、民主党を積極的に支援してきた。しかしこうまで労組の関わりを否定されていけば、今後、非現実的な社民党支持活動家の批判に強くさらされ、参議院比例代表の候補者を出すことができない可能性は高くなったと思う。また、前原体制が何年か続けば労組が明確に民主党支持を明確に打ち出すことも不可能になるだろう。

民主党は議員どうしの話し合いがちっともうまくいかないと、労組や官公労の責任にする。自分たちの支持が伸びないことも労組や官公労のせいにする。官公労より民間大企業労組のほうがまともなのだろう。労組より経団連や京セラのオカルト会長の方がまともということなのだろう。

恥をさらすようだが、労組は今、成長なき経済の運動モデルが描けなくなっていることや、団塊の世代の最後の出世競争の影響で、自己改革が遅れ、内部の問題のほうが大きく、政治にあれこれ指図する余裕はない。山岸会長時代や、その後の政治改革の時代の連合のように、安保世代と全共闘世代がまだ若者でがんがんやっていた時代とは全然違う。そのために政党に圧力を掛けるなんて余裕はないのが実態だ。

民主党議員のいいなりに人を出させられて、名簿を出させられて、お金を出させられて、党が政策がまとめきれないと、基礎データも何も押さえない思いつきをまとめた文章を直せと持ってくる。またつまらない話しかできない幹部たちの代わりに笹森会長に応援弁士を頼む始末。批判するまえに自分たちの体制をきちんとしてほしいものだ。民主党議員の事務所にパンチパーマの秘書がいたり、ひどい場合は、今日捕まった小林憲司のように麻薬常習者がいるなんて、あってほしくない。

私の勤務する労働組合の未来を心配してくれる民主党地方組織の職員から、組合員の利益だけを考えるなら、いつか自民党を支持する時代が来るかも知れないね、なんて言われて、複雑な気持ちになったことがある。
しかし、党内抗争のスケープゴートにされるなら、そういうことも考えられる。組合員から少なくない組合費で組織を運営している以上、スケープゴートに甘んじていてはならない。民主党のおかげで組合が救われた経験もないし、まして勤労者全体の利益も考えてもらった記憶もない。年金だって、いかに保険料を払わせようかというアイディアしかない。
共産党系組合員がしきりに「政党支持の自由」を求めるが、それへの答えとして、組合員の幸福のためには野党を応援する必要はないかも知れない。

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2005.09.17

9/17 NPOをタダで働かせ搾取する市役所

市内の人とお茶話をする。市の事業を市民団体に委託するものの、その内容は丸投げで、委託費は払わず仕事をさせている。民間でできるものは民間で、と言って市の事業を民間に委託しながら、安くあるいはタダで働かせて、市役所の職員が何の痛みも分かち合わないのは、本当に疑問だ。

市民の力やNPOを、ただ働き要員あるいは低賃金労働力とみなすような市民参加なら大問題で、今後この問題点を追及していく必要がある。

NPOについては、行政事業の受託しているところや、介護関連で労働力を提供しながら、行政から最低賃金以下の委託費しかもらえないところも多い。そうしたところでの労働組合結成や、対行政の交渉を強めていくことも必要になってくるだろう。
公務員批判の根底には、現場でサービスをつくり、事業をつくっている委託先の民間労働者やNPOに比べ、委託する側の公務員が、行政の財政事情、つまり自分たちの職場の都合しか語っていないからだ。財政事情以外は委託に対して何一つ前向き言葉が見られない。それなのに、委託する側は何の痛みもなく、評論家のようなことしかしていないからだ。

●民主党の党首が前原になった。中堅若手世代の代表のようにマスコミは伝えているが、支援者は当選4、5回の議員が中心で、当選1、2回の議員の大半が前原支持とは言えない。現に前原氏の推薦者に当選1、2回の議員は少ない。それなのに中堅若手が応援しているかのような誤報をするところに、最近の政治報道の問題点を感じる。特に毎日新聞の政治欄にそうした事実をねじ曲げた断定にもとづくイメージで語った記事が多い。購読停止を考えている。
※政治家になる塾と政治家しか経験のない人に公務員批判を聞かされても・・・。品のない話です。

前原氏の推薦人に前原氏を擁立した仙谷政調会長や、枝野政調会長代理などが表に出ていない。彼らは選挙区では菅直人に信頼されて活躍しているかのような宣伝をしているからだ。また、労組を切るかのように言っているが若林秀樹や伴野豊など、労組直系の議員もいる。よくわからない。

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9/16② くどくど言って居場所を残す

朝のNHKニュースが、国連総会で小泉や町村が演説、というタイトルで長い時間ニュースを流していた。この国のマスメディアも、権力者の国際舞台でのどうでもいい活躍を紹介するようになったかと思うと、ソ連や北朝鮮を笑えないのかも知れない。

この8月まで組合の機関紙づくりに携わっていたが、先輩たちに、組合幹部の主義主張は伝えてもいいが、大したこともしていないのに組合幹部が目立つためだけの記事を載せてはならない、むしろ組合員の活躍や工夫をもっともっと紹介しろ、と教えられた。
労働組合は業績評価がない世界なので、どうしても無駄なことばかりやっている役員ほど功名心に駆られ、海外視察(旅行)や、組合が普段接しないような有名人と会ったときの写真や成り行きを掲載しろ、と圧力を掛けてくる。組合員が評価してくれるような内容以外は掲載を断り続けた。その分、現場の組合員の創意工夫や努力、嫌われ者の労働組合の会議にわざわざ来ていただいて励ましや厳しいことを言ってくださる外部の方々のご意見を紹介してきた。

しかし天下のマスメディアが、組合機関紙ですら禁じ手としてきたことをやるようになっている。そのうちNHKは小泉が農村を視察に行ったり、ダム建設現場で細かく指示をするところを紹介するようになるのだろうか。頭が痛い。

さて、今回の小泉に何でか生理的嫌悪を持ってしまうのは、高校時代の経験があるからだ。

世に倦む日々「小泉劇場は続く - 次に抵抗勢力として粛清されるのは麻生太郎」

このブログが的確に表現している。自由選挙で国民がその気になれば小泉なんて政権の座から転がり落ちるにしても、常に敵を用意して、その時点のすべての問題をその政敵の責任にしてパージしていく、そのやり方がスターリン主義とそっくりなのだ。

そして私は高校時代、学校を支配していた共産党系の教員たちが、小泉のようなことばかりやっていた。私の出た高校は出資者を大事にしないので繰り返し経営危機に瀕していたが、共産党系の教員たちはかえってそれを利用して、学内の政敵を少しずつパージしていった。表向きは教育の自由の危機だと、そして裏側ではその標的になった教員たちが学校を乗っ取ろうとして、出資者とつるんで管理教育を導入しようとしている、と風説を流布する。

そうなるととても抵抗できないので、共産党系の教員の言っていることの大枠を認めながら、くどくど言い訳いって居場所を残そうと踏ん張るしかなくなる。今回の総選挙で言うと野田毅や小渕優子のような状態だ。そうして共産党系の教員への恭順を示さないと、小林興起みたいに踏んだり蹴ったりの結果になる。

小泉の今回のパージの仕方を見ていると、小泉のことをファシストと呼ぶ人がいるが、彼はむしろスターリン主義者じゃないかと思って、その10代の嫌な光景がなぞられてくる。

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2005.09.16

9/16 どうせ引きずり降ろされる党首選びだけど

民主党の岡田代表が退陣するため行われる党首選に菅直人議員と前原誠司議員が立候補した。小沢一郎が出るような出ないような思わせぶりなことして貸しをつくって歩く。昔の田中派の行動パターンのままだ。

菅氏は、わきを固めてほしい。安っぽい話にほいほい乗ってはならない。少なくとも寝首を掻くような連中を信頼してはならないし、極力使わないようにしなければならない。
社会保険料の未納疑惑追及のように、自分も知らない未納情報を掴んでいる「若手議員」にそそのかされて、いい面の皮のように閣僚の未納疑惑追及なんかやらされてはいけない。今回失敗したら、例に出して申し訳ないが、横路さんのような存在になる。年齢的にもそうだ。だから実力とか面白い話に安易にとびのって、失敗してほしくない。

前原氏は小泉政権の対抗軸になるのか疑問だ。小泉的な構造改革の推進論者だし、労組敵視路線だし、対米従属外交だし、緊縮財政論者でもある。前原氏のベクトルと小泉政権との違いはない。小泉政権との違いを示せず、ただ小泉政権の方針にハッパをかけるだけの野党なら、野党第一党としては必要ない。
菅氏は土地政策、都市問題、介護保険、行政監視院と、松下圭一の憲法解釈をもとにどんどん政策を打ち出してきた。前原氏にはそうしたものがない。松下政経塾生のままで、優等生的現状分析しかない。こうしたいという社会像が見えてこない。

前原陣営が色濃く打ち出している、世代交代、労組依存批判、構造改革推進、そうした言葉は「若手議員」が民主党の中で10年以上も主張し続けてきたが、どうして国民の支持を得られず政権が取れないのか、もっと怜悧な反省が必要ではないだろうか。93年体制のキーワードをいつまでも使い続けることに、陳腐さを感じてならない。これで政権取れるのだろうか。

90年代のように、政治に夢見て、政界が混乱して、みんなが政治を楽しんで見ている時代には、そうした主張もリアリティーがあったが、今は、そうした政界内の主導権争いを象徴するような言葉を信用しない。前原氏はいいけど、民主党のイメージも良くならない。ジェラルドカーチスは言う。民主党キャッチフレーズ「日本をあきらめない」に前向きなイメージがなく、小泉は何でもいいから前向きなイメージを持たせた、誰も明るい未来を示せない政党なんか支持したくない、と。

どんな視座で政治を動かしていくのか、与党になったときどんなことを起こすのか、そうしたものを示さずに民主党は国民的支持を受けるとは思えない。また、岡田路線をしきりに否定されるが、リストラやIT化が進む職場で遊びがなくただただストイックに働かされている今日のサラリーマン階層にとって、「若手議員」どうしで政界の論理にどっぷり浸かった言葉しか出てこない前原氏よりは、堅物のプロ政治家岡田氏のほうがまだ現場感覚に近いのではないだろうか。

もっとも民主党の党首なんて、党内の陰謀や足の引っ張り合いで2年ともったことはないので(支持率下げ続けた党首だけが長く居座ったりしたが)、おそらく今回選ばれる党首も次の総選挙の顔にならないと思う。そういう意味ではどうでもいいのかも知れない。

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2005.09.15

9/14 これでは対立軸はできん

今回の選挙の結果は、東京にいると絶望的になるけども、もともと社会党時代から二大政党制の北海道はともかく、新潟や岡山、大分などでは野党にとって予想外の良い結果が出ていて、滋賀や京都では踏みとどまっているそういうところではどんなことが起きているのか、やってきたのか、考えてみることはいいと思う。

民主の党首選挙に若手がまとまって前原を擁立しようとしている。細かい政策の主張は良いセンスだと思うが、選挙で争点になるような政策にまずさを感じる。小沢ですらアメリカに一歩距離を置く立場にいるのに、前原は露骨な親米路線、集団的自衛権の積極的な推進論者で、アメリカの軍事戦略に組み込まれることを良しとしている。郵政民営化や小さな政府についても、小泉政権とあまり変わることなく、小泉との差異は岡田党首より見えない。前原党首では、圧倒的にスター性のある小泉に対抗できず、このまま支持率が低迷して、鳩山党首の末路のようなことになるのではないかと思う。

民主の若手議員の談合体質の中から選ばれるというのも良くない。未だに政治改革は世代間抗争から生まれるという凝り固まったもののとらえ方だ。若手ひとくくりでまとまってしまうことがうさんくさい。若手も考えが違うなら、きちんとそれぞれ候補を擁立すべきだと思う。
また、もともと民主党の参議院候補で、大阪2区の女刺客、川条志嘉が突きつけている性的疑惑もあったりして、野党の党首にするには危険な感じがしてならない。

まだまだ民主党への期待感は菅直人厚生大臣のイメージを超えられない感じがしている。菅党首のもとに次の世代のリーダーがついて、国政選挙のない過渡期を渡りながら次の世代のリーダーにバトンタッチしていくしかないと思う。土井たか子だって、あんなに大化けするとは副委員長時代に考えられなかった。
しかし、菅直人氏は党首になると有能な人材なら誰でも使う、ということが災いして、引き立てた人に寝首を掻かれたり、脇から峰打ち食らったり、地方首長に転出されては自民党に寝返られたり、ドジな結末ばかり迎えている。政治的に下の者をコントロールし、小泉ではないが制裁すべき人にはきちんと制裁しないと、また民主党内はごちゃごちゃになるし、菅氏の目標の半分も達しないうちに、また不本意な退陣を余儀なくされるだろう。

昨日、あるメーリングリストの文書を見て、日本型左翼のたこつぼ体質を批判したが、そのメーリングリストの中でそのたこつぼ的体質を自省するような議論が出始め、反転攻勢のためには広範な連携関係をつくらねば、という話が流れて、少し展望が開けてきた。あんまりやりすぎると選挙互助会的になるが、それぞれの立場をきちんと残しながら、小選挙区と比例代表制の両方をうまく使いながらステップアップしていく戦略が出てくると、必ず次は良い結果が出てくると思う。

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2005.09.13

9/12② 政治的だめんずの思考法

こうした選挙結果が出ると、日本型左翼の人々から小選挙区制だからこんなになった、という言い方が出始めている。私はそれは間違いだと思うし、日本型左翼が選挙にきちんと関わっていない立場を露呈している。負け惜しみを言うなら、ちゃんと選挙をやってほしいと思う。

私は、汚職をしようが、何をしようが、13%のマニアックな支持者だけをつかまえておけば国会議員が続けられるかつての中選挙区制より、どこの誰が順位を決めるかわからない完全比例代表制より、今の制度はずっと良いと思っている。大物議員が落選するようになったし、選挙区がべらぼうに増えたために、女性や若い人にチャレンジする機会が増えたと思う。そして接戦に持ち込めば比例も当選できる。白か黒かの小選挙区制を基本にしながら、負けても努力が報われるような重複立候補ありの比例代表制の組み合わせは、うまくできていると思う。これよりよい制度はなかなか思いつかない。

小選挙区制の部分について痛烈に批判されるが、衆議院の過半数の議席を取った勢力が首相を送り出し、内閣を組織する日本国憲法のシステムから言えば、ちょっとした民意の変化をデフォルメして評価し、一番票を取った政党がわりと簡単に過半数を手にできる制度は、非民主的とは言えないと思う。

現実に、日本型左翼の多くが主張するような、完全比例代表制によって議席配分されたら、どのようなことになるのか。自民が38.2%で183議席、民主が31.0%で149議席、公明が13.3%で64議席、共産が7.3%で35議席、社民が5.5%で26議席、国民新党が8議席、新党日本が11議席になる。この勢力分布で、選挙の度に二大政党が10%程度議席を変動させて、一体どんな政権づくりが行われるのか。野党がちょっと勝っても新聞の見出しに「民主躍進」て書かれておしまい。公明党や共産党などの中政党が幅を利かせて、変な政策取引に終始する。

日本型左翼が、「そのままのオレを受け入れてくれ」というだめんずがごとく、こうして負けたときに、自分のありようをいっさい見直さず、宣伝戦略と選挙制度の責任だけにして、敗北の責任を受け入れようとしないことが今日の体たらくをもたらしたと思う。本気で民主主義の下で世の中変えたいなら、ちゃんと選挙に参戦して、有権者の審判を受けるべきだろう。

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9/13 82歳になってホームレス

●定期借地権を30年にするという国交省の考え。ひどい文章の答申書だ。こうしたものを改革として飲まされていくのだろう。すべては定期借地権30年にするためにご都合主義な言い分の総動員だ。
定期借地権30年のどこが長すぎるのか。30年経って放り出されたときのことを考えたら、一生、定期借地権の上の住宅と、老後の住宅のために働き続けなくてはならない。30年経って放り出されて大丈夫な年齢といえば20代前半と、60代後半以後だ。この年代が不動産を購買させる政策は間違っている。
安い住宅が供給できるというが、嘘だ。不動産は代替えのききにいく商品である。地の利を得た不動産を取得するために人間は多少の無理はしてしまう。定期借地権の住宅が割高に設定され、土地付き住宅がさらに高くなる可能性だって考えられる。

私は、32歳のとき、東京の都心にある定期借地権のマンションを買おうと思ったが、定期借地権の期間が50年で、もし82歳まで生きてしまったら、82にしてホームレスになる、そして、土地を返すために取り壊し費用をその時代はボロになっているマンション住人で負担しあわなくてはならない。そんなことを考えたら恐くなって買うのをやめた。

そもそも土地が安ければ、こんな制度はいらない。土地が安ければ、東京で働く人の賃金も高くなくて済む。土地も人件費も安ければ物価は多少下がっても、企業も儲かる。本筋の改革だと思う。金融が立ち直ってきた今こそ、バブルになる前に地価抑制に手を打つ必要がある。製造業や公務員がコストカットに追われている中、不動産関係者だけが羽振りがよい。しかもその多くは、世襲だ。

古代から中世にかけて、不動産関係の税は、国家から土地を借りる借地料的な意味をもっていた。近世になって都市に限って不動産の権利が取引されるようになる。税金と家賃を二重に払うようになった。しかしそれは地主や大家の世話焼き活動・今風に言えば地域福祉サービスの対価といったニュアンスが強かった。戦後、何もかも焼かれて、猛烈な住宅難が始まると、途端に地主や大家は働かずして金持ちの代表選手になった。
定期借地権など屋上屋を重ねる権利を発生させたり、土地の証券化などで、無理に土地の価格を高止まりする政策を維持するのではなく、手の届く土地政策を行い、シンプルな権利関係で土地を利用できるようにすべきだろう。

バブル的業種に甘い小泉政権ではできないことだろうが。

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2005.09.12

9/12 自分たちでつくりあげていく生活

選挙の結果が出て一晩経つ。東京で保坂さんが当選して驚いたり、ふさぎこんだり、気持ちの揺れ動いた1日だった。

昨晩は、家族の友人知人がいろいろ大騒ぎで、次から次に国外脱出を考えなくては、というメールをもらったようだ。私は両極端の可能性を考えている。1つはやはり国民が小泉を信任したとして、小泉政権が暴走するパターン。もう1つは中曽根首相が選挙で圧勝した後のように、むしろ暴走を恐れる世論を意識して、動きが沈静化したり、あるいは党内の政敵に足を引っ張られること。できれば後者であってほしい。

今日から、保険(労組の共済事業)の内勤に異動。その変化に精神力がついていっていないのかも知れない。

最初の研修で、労組が共済事業を始めてきた経緯や考え方などのレクチャーを受ける。いつか紹介しようと思うが、1960年の総評の運動方針で、労働者の自主的な福祉活動を進めていくことについて多様な手段が言及されている。理屈は生活サービスの多くが資本か、経営者側の恩恵の福祉で行われていて、労働者自身のものに取り戻す必要がある、と提起。その上で、労働者の自主的な住宅供給事業(地方に行くとある住宅生協)、地域の生協活動との連携、共済事業の推進などを提案している。さらには、労働団体が診療所や保育所を経営せよ、という一項目もあった。
今の労働運動にそうした自分たちでつくりあげていく運動や事業の提起はあまり見られない。

私が保育政策を担当したときに、疑問を持ちながらも民間参入の規制緩和を阻止しなかったのは、こうした民間参入なら、労働組合や自主的な保育活動が公的保育の枠組みの中に入り、共同決定による運営がされるなら、民間参入はあってもいいと判断したからだ。しかし現実には、そうした面倒な経営の保育所は規制緩和では増えていない。富士通労組は、経営側、川崎市と共同で保育所を開いた。自分たちのニーズを事業化する新しい労働運動のスタイルができてくると思うのだが。

小泉構造改革は、自分たちでつくりあげていく者の非効率性はいっさい評価せず、競争に勝てるものだけがすばらしい、という単純なものだ。無機質な一方的なサービスが安価で満ちあふれている社会、そしてそれを支えるのは安価で不規則な労働時間の労働力ということになるのだろう。

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9/11 選挙後雑感

がっちょーん。選挙結果は民主大敗、自民の大勝。最初に新聞の選挙予測の分析なんかをやり始めた86年の経験もあるので、ひょっとすると、と思っていたが、予想外の大きな負け。

東京は菅直人さんの選挙区以外、神奈川は江田憲司さんの選挙区以外、埼玉はまだいくつかあるけれども、千葉も船橋以外、みんな自民党が取っていった。大阪も松波健四郎が負けただけ。民主党が有利と言われてきた北海道も宮城も愛知も九州もかなり穴をあけられた。ふんばったのは岩手、新潟、滋賀、京都、岡山だけ。

300議席獲得というのは過去にもあったが、与党単独で憲法改正や参議院否決法案の再議決ができる3分の2を確保したのは、国会史上初かも知れない。
日頃、私よりももっと左側にいる人たちからは、民主党なんて憲法改正だ何だと批判され続けてきた。しかしそうやって民主党を突き放して、結果として自民党に憲法改正できる議席を与えてしまっている。選挙は効果的に一票を使わなくてはならないと思う。一番好きな政党より、一番困っている政党をやっつけてくれる政党をまず選ぶべきだろう。小泉首相はその提示がうまかった。
共産党も当初は小泉打倒に候補者の擁立を差し控えると宣言したが、ふたをあけたら30選挙区程度で全然効き目なし。社民も比例票稼ぎにあちこちに立て、混乱させていた。民主+共産の半分の票があるだけで相当の選挙区で逆転できた。自民党を退治することができた。全くもって役に立たない。よその党だから指図ばできないが。

今回の選挙で応援した候補者は全員落選しました。私も努力不足でした。みんな負けてしまった。
20代は選挙に関わって負けた経験が無かった(北海道にいたり、草創期の民主党だったり環境が恵まれていただけかもしれない)が、30代に入ってからは負け続けてばかり。神通力が無くなっていることを実感。

負けたところで踏ん張った候補たちを見ると、組織を持っている議員や地方の首長を親族に持つ候補が多い。くやしいかな、負け戦になると組織や人脈がものを言う。だから政治家は浮動票がいなくなった万一のことを考えて、組織や人脈を大切にしようとする。そこに「しがらみ」が発生するのだろう。

一方で、水ぶくれしている今の民主党の候補者たちをきちんと整理し質を上げていくには、こうした機会はいいのかも知れない。前回の選挙で急ごしらえして、あっという間に当選してしまった議員たちを見ると、年齢層(団塊か70年前後生まれ)、学歴や経歴(高学歴で現場経験が薄い)、問題意識が似通った人(財政危機や政治意識の低さ)ばかりで、現実に地方に行って候補者生活を送るのにどうなのか、と思うような人が多かった。そうした候補者たちに占拠されて、民主党が新しい人材を受け入れるポストを失っていたような感じがする。それがリセットされて、ある程度の人は候補者生活を諦めて日常に折り合いをつけていくことになろうから、また新しい人材を良い選挙区に送り込める枠が出てくるのではないか。
そしてこの民主党の冬の時代を乗り越えた候補者たちは、きっと優秀な候補者になるのでなはいか。不況のときに採用した営業マンは仕事ができると言われている。

さて、あすからは日常。その初日は異動。土日もなかったこの一ヵ月から生活のリズムを戻さなくてはならない。

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2005.09.10

9/10② IQの低い人を食い物にする竹中構造改革

竹中郵政担当大臣が発注したプロパガンダの元資料。あるブログで紹介されていた。この資料は竹中大臣が不正な財政支出のもと、親族会社に随意契約した成果物。そんなことがあったことが私ですら忘れていた。状況に流されてはいかん。

その分析では、現政権の支持者はIQが低く、主婦層だという分析や、実は様々なサービスで郵便局のサービスが最高の評価を得ている現実、構造改革のマイナス面を隠すことを指南。いろんな意味で興味深いデータが満載。政治家(学者)が国民を騙すロジックも学べる。

郵政民営化・合意形成コミュニケーション案

興味深い点は2点。政権は自らの支持者層をIQが低いと公式に認めたと言ってもよい資料だ。IQが高い人は抵抗勢力か、構造改革に懐疑的な経済界、学者しかいないと言っている。
それと、郵便局は高い評価を得ていたのだ。民営化すればサービスが良くなる、と一方的な決めつけが行われているが、そうとばかりではないようだ。特に簡保と民間生保の比較は話にならない較差だ。

IQの低い人が構造改革を支持するなんて、いい面の皮だ。彼らはきっと日常の鬱屈を少しだけうまく立ち回る人たちに感じているのだろう。たとえ小泉純一郎が不労所得と努力せず得た国会議員の地位でのうのうとしている人物であったとしても、その自分に鬱屈感を与えるまわりのちょっとうまく立ち回る人たちをこてんぱにやっつけて地位を引きずり降ろすことを、構造改革と称して政権の主目的にしているのだから、面白くてたまらないのだろう。
嗚呼人間とは情けない。

元ネタは民主党の中村哲二議員のホームページから。この人も選挙中です。こんなわかりやすい資料をちゃんと公開してくれた中村さんの当選を願っています。しかし女刺客高市早苗が出てる選挙区だわ。厳しいなぁ。

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9/10 私の選挙最終日

選挙の応援に町田に行く。介護保険制度の創設に市民として関わり、その後「福祉の専門家」として民主党議員になった石毛えい子さんの応援をした。小泉直系の自民党候補の前にあと一歩。
itokjimsyo
しかしその小泉直系の自民党の伊藤公介候補の事務所の看板は「YESNO郵政民営化」!?意味がわからん。

町田駅頭でビラ配布をするが、ホワイトバンドをしているお兄ちゃん、お姉ちゃんがたくさんいた。しかし彼らは他の人よりもビラを取ろうとしないどころか、冷ややかな視線を送ってくる。ホワイトバンドをささやかなお金で自発的に買うのもいいけども、自分たちが納めたり、自分たちが働いた職場が納めたもっと大きな税金を自分たちが貧困解決のために振り向けるよう、政治の意志決定に厳しい視線を送る必要があるのではないだろうか。本来ならこうした街頭の運動員にいろいろ質問をしたり、意見したりしてもいいぐらいだと思う。
一方、駅頭では最後の演説会だったので、この間石毛えい子さんが取り組んできた、難民認定してもらえないクルド人難民たちが選挙権もないのに横断幕持って聴衆として応援にやってきた。こうした国会議員ではなければできない地道な活動が評価してもらえるのだろうか。有権者が必要としてくれるだろうか。

前回の都知事選挙でも、平和運動の人たちに選挙への参加を呼びかけたら悪罵に近い言葉を投げつけられたことを思い出す。平和や貧困の問題が自分の信仰告白や祝詞であっていいのか、私は疑問に思う。やはり世の中動かさなくては。変えなくては。

今回の選挙に関して興味深いブログを発見
①「世に倦む日々」。
②「とくらblog
③「きっこ日記
④「YamaguchiJiro
とても参考になります。状況証拠はあっても物証のない話をどう見ていくか、ブログ情報は役割が大きいです。
政治なんてほんとうに物証が残らない世界だから、こうした整理が必要です。

終盤戦、自民党は、郵政民営化だけではボロが出るのか、公務員叩きと労働組合批判に特化し、国民の間の憎悪を煽り始めた。労働組合員が特権階級?パート・派遣労働者に対すれば恵まれているが、パート派遣労働しか職場がないようにしてきたのは小泉政権と取り巻きの御用審議会委員だ。そして自民党政権はもっと恵まれている土建屋のボスや社会保険を食い物にする医療業界、高級官僚など地方での特権階級の支援を受け、彼らのために税金を浪費してきた自民党に言われたくない。改革を止めるな、というなら医療保険の抜本改革こそやってみるべきだ。でも医師にメスを入れる改革について何一つ言及されていない。


労組批判が高じてくると、私の職場は公務員の組合員が多い労働組合なので、小泉首相の格好の標的になる。おそらく選挙後、猛烈な政権からのバッシングを受けることになるのではないか。そのときに単に力関係の議論をせず、国民合意と組合員の落としどころと納得できる主張をきちんとしないと、大変なことになるだろう。ただそれを超えて、権力機関を使って猛烈な方法をとられるかも知れない。

それでもまだいいのかも知れない。潰される前にたたかう機会があるから。流通業やサービス業に働く多くの人は、たたかう前に職場や生きる保障が勝手にどんどん切り崩されている。それが、この小泉政権の成果だ。
そして不思議なことに、そうして職場を奪われたり、不安定雇用にいる人が、小泉を熱狂的に支援しているらしい。自分が幸せになろうとしないで、他人が自分と同じような不仕合わせになることを願っているのだろうか。

帰宅前、池袋東口で公明党ががなっていた。下品な演説内容だったし、下品な音声だった。公明党はしきりに労組批判をしていた。
だったら言いたい。私の勤務先の労組も連合結成前後、近畿圏や埼玉を中心に、共産党系組合の職場の圧制から組合員を守るために、創価学会員とともに組合を再建し、彼らを庇護した。品のない労組批判をするなら、労働組合は強制加入ではないのだから、脱退して清く正しい創価労組を結成したらどうだろうか。自分たちは連合の力を借りて庇護されながら、そもそもの存在悪のような言い方をすることは大人のすることではない。
その公明党の演説会場の中に、一所懸命小池ゆり子のビラをまいていた運動員が3人ぐらいいた。公明党の運動員の添え物状態で、まさに公明党の小池ゆり子といった様相をしめしていた。

あす投票を済ませれば私は選挙から自由になれる。本当にせわしい一ヵ月だった。そして下品な争点にまみれた最低の選挙だった。

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2005.09.08

9/8 子育てと選挙

小学校のときの恩師が亡くなり、通夜に出席する。

小学校2年の1年だけの担任だったが、その後もいろいろかわいがっていただいて、本を読む愉快さ、作文を書くおもしろさを教えてくれた。その経験があるのにこんな雑文しか書けていないことが恥ずかしい。
高校を卒業して私が北海道に行ってから、なかなか会うことができなくなり、認知症が始まってからは息子さんが引き取られ、周囲の助言もあって会うのを遠慮してきた。いろいろ迷いながらもとうとう朝霞に戻ってから1度も会えなかった。それなのにご家族が暖かく声をかけいていだたいてほんとうに申し訳ないとともに、感謝した。

●毎日新聞の家庭欄で児童手当乱発の今回の政党のマニュフェストを検証している。財源を明示しているだけ民主党がいいが、他の党は財源論もない公約だ、そもそも児童手当が子育て支援になるのか、という疑問を掲げている。
子育てにお金がかかりすぎる、という被害者妄想だけで政策決定がされていないだろうか。新自由主義エコノミストのイデオロギーが跳梁跋扈し、左翼はもちろん、ケインズ経済学まで迫害されたり差別される現在の風潮のなかで、金融屋や資金援助NGOのようなものの考え方しかないのだろうか。
ようやく私も、若い人が「子育てにお金がかかる」という回答の本当の感覚が見えてきた。お金がないから子どもを産み育てないのではない。優先順位をお金という指標で表現しているだけに過ぎないのだ。子育ては高い品物より価値がない、と言っているのだ。
すなわち、どうでもいいものは100円均一で買い、マイカーなどいいものなら、ある払える限度までお金をかけるというのが今の若い人の行動パターンだ。でなければ年収300万そこそこの若年労働者がブランドのバッグを買ったり、スポーツタイプのマイカーを買うことの意味が読みとれない。子育てがある程度の経済的不自由を犠牲にするほどの価値がない、と若い人が感じているのだ。

●昨日、埼玉県の民主党の候補者の政見放送を初めてみた。以前は、首都圏は県別に時間帯をシャッフルしながら政見放送を放送していたのに、今回から県ごとに時間帯が固定された。だから神奈川県と東京都の政見放送しかみれなかった。
それはともかく、政見放送で民主党のある若い候補が、最近子どもを持ったと話す。続いて「子どもを持つ親の痛みや苦しみがわかった」とくるのかと思ったら、「子どもを持っているのに投票に行かなくてどうするんでしょうか」と画面の向こうから説教している。これが民主党のダメなところだ。
子どもを持つ人の大変さや苦悩に共感して、政治に問題意識が発生してから政治家が子どもを育てることを自慢する意味があるのに。投票するかしないかは大事なことだが、選ばれる方からはお願いされても、説教されるような筋合いではない。

●毎日の夕刊で、「改革連呼と子育て」という特集があった。これまた面白い。
子育てする立場から政治の無能さを嘆きながら、小泉の意志の強さに籠絡され、投票を逡巡する女たちのコメント。男性では自民党と民主党の支持率の差はないが、女性は自民党の支持率が高い。意志を押し通すことが評価されているらしい。マッチョで強引なのがいいのか・・・。男は楽になれないなぁ、と嘆いているだけならいいが、そうした感覚の人は、ものごとがうまく行かないときに撤退したり、方法を変えてみたり、そういうことを背後から許さないわけで、思いが通らなければ玉砕しかなくなる。軍国の母みたいのはこういう感覚から生まれてくるのかなぁ、なんて思った。
この記事はそうでなかったが、今回、毎日新聞の政治欄は自民党に甘々ではないか。ヨイショ記事が多すぎる。選挙が終わったら、今後の購読の継続について再考しようと思う。職場でも読めるし。

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9/8② 選挙のありよう

あす9:30志木駅に民主党の岡田代表が来るらしい。代表が来るのだから党から見放されてはいないところで踏ん張っているというのが神風さんの情勢だろう。それでも、今までは代表が来なくても楽勝の選挙区だったわけで、どうしてこんなんなっちゃったの?という感じだ。

昨日、自民党の候補は、中山成彬を応援弁士に呼んだらしい。候補の森派の本質を見たり。それと中山さん、あんた選挙区、台風被害の宮崎だろうに、こんなところうろうろしている余裕があるのかい?

森派といえば、週刊文春では、町村外相が土日のたびに選挙区(札幌のベッドタウン)に戻って1日十数カ所もビールケースの上に立って演説会を繰り返しているらしい。人柄もあって苦戦らしい。あと一息、がんばれ小林千代美さん!

昼休み、選挙予測をしていたら、隣の席が神奈川県の住民で、神奈川の情勢について聞かれた。新聞各紙を見比べると、自民党が圧勝という結果が出ていた。一方、千葉は自民と民主が競っている選挙区が多い。
そうなると、比例南関東ブロック(千葉、神奈川、山梨)の比例の民主党の当選者は惜敗率の少ない千葉の候補ばかりが当選ということになり、千葉は国会議員の総数が増え、神奈川は小選挙区の自民党の当選者しかいないという結果になりそうだ。有権者や自治体の首長から見ると、一方の候補者が圧倒的に勝つというのは、国会議員を失うし、政治的なチャンネルを失って危険なことなのだ。

新聞各紙の民主党の獲得議席数は160前後と予測している。96年の総選挙で圧勝が予測された新進党は160超ぐらいの議席数しか取れなかった。自民党のような古さは克服したいが経済至上主義・市場原理崇拝の改革路線は捨てたくない、という新進党的スタンスではそんな議席しか取れないのだろう。民主が躍進し続けた背景には、ダメ人間もたくさんいるけど風穴が多い政党で、誰でもがチャレンジできる夢をふりまいたからだろう。最近は期待する余地は少なくなったし、一方で公認候補になるハードルが高くなるにつれて、青年活動家が派閥の系列に取り込まれ始めて、風穴をあける政党としての夢を見にくくなっているのだと思う。

薬害エイズも、横紙破りをやったから謝罪と救済が可能になった。筋論ばかりではそれはできない。あと、マンション建設反対運動とか、イデオロギーを超えて生活に密着した課題に民主党の議員やスタッフが鈍感になっているなぁ、と、保守系の人まで社会正義に共感して結党したあの時代と比較しながら今の民主党を見てしまうのだ。

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2005.09.06

9/4② クルマと社会の折り合い

衆議院選挙でクルマ社会を問い直す会が各党アンケートを実施し、民主、社民、公明、共産の4党が回答。その内容が公表されている。

http://www.ne.jp/asahi/z/z/tnk/s059/list.htm

回答内容を読むと、社民党と公明党がきちんとしているし、環境政策や、新しい都市づくりの理論、海外での交通施策の傾向を押さえていることが読みとれる回答だ。

一方、民主党は、交通違反取り締まり強化と環境問題と税金の無駄遣い防止しか理屈がなく、そもそも事故を起こさないような交通政策がどうあるべきか、元気な都市と交通の関係はどんなものなのか、という考えが読みとれない。単なる不勉強ならまだ救われるが、民主党が広汎な支持層を抱える政党になって、身動きが取れなくなっているとすれば、郵政民営化で小泉首相に攻撃された弱点がまだまだたくさんある、と言える。
年1万人の事故死者とぜんそく患者、交通事故遺族、都市のスプロール化など、自動車の関わる社会問題が深刻な内容のものが多いことから、自動車製造業とクルマ問題の折り合いをどうつけるか、ということは政権がジャッジする大事な問題となる。単にクルマを規制せよとか、あるいは逆にクルマの経済牽引力を無批判に礼賛するような立場ではまずいのではないかと思う。

●昨日、選挙で応援に行った岡山で、候補者と一緒に朝市にあいさつまわりした。市民による都市交通づくりとまちづくりをめざすRACDAという市民運動のブースを訪ね、候補者に紹介してもらう。
RACDAと、岡山電気軌道という路面電車とバスを経営する会社がタッグを組んで、岡山の交通環境を変えようといろいろ取り組んでいる。岡山電気軌道は和歌山や岐阜での私鉄路線廃止では買収に名乗りを上げ(岐阜は売却代金の問題がうまくいかず断念)、全国の地方都市交通の救済者になっている。
選挙の中なのでゆっくり話ができないので、改めて選挙が終わったら訪ねることを約束し、バス地図を市民でつくり販売していたので購入してそこを去った。

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2005.09.05

9/5① 神風を吹かせるには

新聞各紙が選挙予測を明らかにした今日、往路も帰路も、選挙区の民主党候補、神風氏の駅立ちに遭遇する。

民主王国だ、何だと言われながら、新聞各紙の報道では、民主党の神風氏は苦戦しているようだ。「おはようございます」しか言わない自民党の早川候補にリードを許している。上田氏がいた頃は、早川氏は絶対勝てない自民党候補と言われていたぐらいだ。さらに神風氏は選挙の神様みたいなふれこみで、この選挙区にやってきたのではないか。

選挙戦に入ってみて、神風氏の弱さがわかったような感じがする。前任の上田氏は笑顔や愛嬌がうまかったのに対し、神風氏はほんとうに笑わない。駅でも下向いてビラを配っている、そして、演説しているのを見たことも聞いたこともない。より多くの人と近いところで接するため、ということなのだろうが、演説していないから、識見はもちろん、感性や、人柄などもまったくわからない。立っているポスターである。だからポスター以上の残像が残らないのだ。

それを克服すれば、早川氏などちょろい感じがするが、政治のプロ、選挙の神様には違うのかも知れない。

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2005.09.04

9/3 場外戦で決する選挙

選挙の応援に行く。

往路はANA、帰路はJALを使う。ここのところ、ANAを使うことがある。ANAは5分遅れます、というと飛行機から降りるところまでできっちり5分遅れ。JALが10分遅れというと、滑走路に着陸するところですでに10分遅れ。飛行機降りるときには20分遅れになっている。3時間も4時間も乗って20分遅れなら誤差のうちだが、1時間程度の搭乗で20分遅れはやりすぎだろう。JALは事故頻発の理由を定時運行を守らせようとしたため、と言い訳したが、定時運行しているANAの方が事故、トラブルが少ないのは、理由になっていない証拠ではないか。

●今朝の新聞各紙で報じられてきたが、民主の厳しさを肌で感じる。予測が当たれば、3年から4年、自民党の天下がやってくるのか。小泉首相もあと1年で、たぶん、郵政が一段落ついてしまえば、政策的には死に体内閣になっていくと思う。そして、1年経って、安倍晋三か、たいしたことのない中二階が政権をとって、水ぶくれした自民党が中だるみの政権運営を続けていくのだろう。

今回の選挙では、選挙妨害、マスコミ規制、いろいろな片鱗が見える。野党ばかりが意図不明な人たちに選挙妨害を受けている。ここまで政局が混乱すれば与党幹部から失言の1つや2つが出てくるものなのに(特に武部周辺)、政治家のコメントが全然伝えられない。また野党に対する激しい抗議や総務省への新たな選挙規制を引き出すなど、有権者の選択の枠外のところで勝負に出ようとする与党の動きも目立つ。国民に情報を流さないようにして、しかし国民には自分で選んだつもりにさせるような、なんとなく危険な選挙のような感じがしている。小泉のことを和製プーチンと呼ぶ人もいる。

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2005.09.01

9/1② 選挙を特殊な人たちの手から奪還する方法

民主党のメールマガジンを送られてくるが、総務省はとんでもない法解釈の一方的改正で、このメールマガジンの発信を違法行為として警告する方向らしい。
今回の総選挙は与党の世論誘導があまりにも露骨で、その延長からはこうした法解釈の一方的改正はいかにもという感じがしないでもないが、監督官庁まで巻き込んで、野党の言論活動を徹底的に、原理主義的に封じようということらしい。政権交代がないということはこうしたことなのだ。

もちろん民主党はこれに猛反発し、総務省に見解を質しているが、単にインターネット選挙の解禁ということではなくて、原理的に選挙のルールを変えなければならないと思う。

公職選挙法の骨格は、大政翼賛会が誕生したときに、大政翼賛会以外の政党が不利になるようにつくられたルーツを持ち、基本的には自由選挙の社会にふさわしくないものだ。基本的な人間のコミュニケーションにもとづく政治活動(ビラ配布や個別訪問による働きかけ等)を禁じ、組織や社会的コネクションを持つものだけがいろいろ運動できるチャンネルを認めるシステムになっている。
また、合法的な選挙運動を見いだすには、極めて難解な法解釈を必要とし、弁護士でも明快な答えはない。選挙事務所で働いてみると、逮捕を覚悟できるような特殊な人間しか選挙に関われないような雰囲気がある。それは誰でもが民主主義に参加し社会を改革するシステムとは言い難い。

国民の多くは政治や政治家に不信を持ち、小学生の学級会のノリのように、闇雲に選挙に関して規制をかけることを支持するようなところがあって、結果として公職選挙法は翼賛選挙のままのがんじがらめな体質が続いているが、そのことで国民と政治の距離を遠ざけ、かえって誰のものかわからない人だけしかかかわらない政治になっていることを、原理的に押さえ、公職選挙法を根本的に改正することが不可欠だと思う。

個別訪問や文書の自由のあるイギリスの選挙が金権選挙だと聞いたことはないし、選挙カーがけたたましく走り回るようなことはないという。有権者が政策検討をするにはビラが必要なのに、ビラ配りには演説を聴いている聴衆のみという厳しい規制がかけられている。そしてビラを郵便で送ると郵便代が買収になるからと、人件費の高い日本人をたくさん雇ってビラを手配りさせる、なんて矛盾が公正な法体系とは思えない。

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9/1 

9月中旬から2年間の異動になる。新しいところでの仕事について説明を受ける。

午後、地域福祉計画を県内で普及させるためにどうするかの議論に参加。職員と地域の有力者の受容体を変え、地域の不満分子の建設的なエネルギーをどう引っ張り出すか、というあたりの議論が面白かった。

小泉の政権放送を見る。同じことしか言わない。公務員の批判ばっかり。レギュラー番組のゲストに気を遣わせる息子の特権はないのだろうかね。

●郵政改革とは何か、という議論について、整理がされて理解されていない。だから民営化=改革、民主党の改革案=水で薄めたも改革、というイメージの決めつけがまかり通るのだろう。

郵政の問題は、郵貯や簡保を財源にした財政投融資である。郵貯や簡保がなぜ利息を払えるのかというと、地下鉄や高速道路、後年度負担の政府事業に資金を貸しだし、利息を取るからだ。郵貯や簡保の残高が増えれば増えるほど、無駄な公共事業を増やさざるを得ない仕掛けになっている。そしてその事業は高い利息を払うために事業が赤字だ。大阪市を除く市営地下鉄は、運賃収入の半分以上を財政投融資の利息に支払っている。黒字になるわけがない。後年度負担の政府事業にいたっては、税金で返済がされなければ貯金や簡保が返せないのである。したがって、郵貯や簡保を何らかの改革をしないと、財政破綻がおきるというのは事実なのである。

問題は、それを小泉構造改革のように民営化チチンプイでやるのか、民主党のように正攻法で郵貯・簡保の残高削減に取り組むかの違いだ。民営化によるメリットとデメリットの比較になるだろう。民営化せよといっている人たちは公務員=非効率という決めつけがあるからだ。当初小泉首相も、財政投融資の問題として議論していたが、いつの間にか、公務員批判、公務員=非効率というイデオロギーの問題に変えている。そして公務員労組への批判にすりかえている。さらには、エスカレートして、郵政民営化さえすれば国政のほとんどの問題は解決できるという。犯罪率まで下げるつもりだろうか。

郵便配達そのものは、考え方が整理されれば官業でもいいだろうし、民営化もありうる。今の日本の郵政公社の仕事はそんなに非効率でもなく、態度も悪いわけでもなく、国鉄に象徴されるような官業につきまとうデメリットがそんなに表れていない。むしろ、民間宅配便業者のいくつかよりはずっと経営姿勢はよいし、成績もよい。それをさらに民営化するのがよいのか、民営化せず、ナショナルミニマムとしての公共サービスと位置づけるのか、立場の違いだろう。

郵政公社のような巨大企業を民営化すれば、その利益は国民の共同管理の外にいく。国鉄民営化も遊休地が森派の三塚はじめ、一部の政治家の再開発利権になっていく話とワンセットだったという話もあった。金融業なので、アメリカ金融資本か、国内の大銀行の利権になっていくのだろう。だから一所懸命なのではないか。
もっと大きな国のあるべき姿を議論するところから考えると、郵政民営化は選挙の重点公約になっても、主要な争点にすべき問題ではないと思う。大国鉄も、選挙の争点にはならなかった。

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