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2005.07.31

7/31② 考える移動考える移動考える

午前中の組合の会議の取材はたまたま応援に行っている同僚に頼んで、休めた。これが休めなければ、横浜を走り回った後、午後の大宮へかけつけなくてはならなかった。そうなれば首都圏を南北に突き抜ける湘南新宿ラインはありがたい。東側も早く東海道線と東北線の直通を始めてほしい。

午後からさいたま新都心で開かれた保育園を考える親の会の埼玉の会員の集まりに出る。個人情報保護法を楯に保護者名簿の作成をしなかったり、名簿を回収したりする報告があって、議論がおきる。親どうしのつながりを壊して、助け合ったり、知恵を交換しあったりするネットワークが1つ1つ断ち切られているんだなぁ。と感じた。また夫の無理解のもとで働くきびしさ、育児と仕事の両立でどこまできちんとやったらいいのかわからず困っている人の話などを聴く。中央での政策論とは別に、こうしたローカルでの当事者どおしの交流は重要だ。

夕方から、千代田区内で友人たちと年金の学習会を行う。スウェーデン方式の研究を行う。年金だけの改革ではなく、就労支援をどうかたちにしていって、所得政策をしていくかが抱き合わせの重要な課題と認識する。衆議院選挙の情勢などを意見交換しながら、深夜解散する。

●NHKの経済羅針盤という番組があって、小泉構造改革に協力的ないかにもという企業の社長がコメンテーターとして自社の自慢をする番組がある。
NHK番組といえば、営利企業の名前はきわめて例外的にしか公表しないものだと思っていたが、従来どおり公表しない番組とともに、最近は露骨に特定の企業の売名につながるような番組が増えた。何かあるのだろうか。プロジェクトXの協賛金問題など、いろいろ勘ぐってしまう。

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2005.07.30

7/30 横浜市の保育担当の副市長

横浜市で開かれているわが労組の保育士組合員の会議の取材に行く。

開催地の首長、助役クラスがご挨拶に来ていただいているが、昨日の初日は前田正子副市長が来てあいさつしていただいた。
認可保育所を基礎に保育制度を充実すべき、育児と家庭を両立できるようにすべき、規制緩和万能の保育制度改革はおかしい、というところまではわが労組と同じ立場だが、保育所が公立である必要はないからどんどん民営化したほうがいい、という立場で、わが労組と相容れない部分もある人だ。
※岩波書店から出ている前田正子著「保育園は、いま」は保育の規制緩和の議論がいかに間違っているか、左翼陣営と違った立場でわかりやすく伝えてくれる。保育所制度を考える人は一読をお勧めしたい。

私が仕事で保育政策を担当していたときに、連合右派の女性部が前田さんを呼んで保育制度の学習会をやる、と聞いて、右派労組でも女性でもないのに出しゃばって出席した。公務員保育士の人件費批判をしたので、「公務員給与は民間の平均値なので、保育士の給料が高いというのは女性労働だからか、あるいは絶対的な水準が高いというなら、平均値にまざる民間大手の労働者の賃金の問題ではないか。ここは女房を専業主婦にしてサービス残業を恒常的に行うことを前提にした水準になっているからではないか」と、マシンガントークで反論されるのを覚悟で返したところ、非常に面白がってくれて、松下幸之助氏に見込まれただけある愛嬌のある人だと感じたことがある。
そんな関わりもあって、その会議で、前田氏がどんなあいさつをするか興味津々だった。

話の内容は、率直で、保育の専門家として、来賓の挨拶のなかでは一番良い内容だった。飛鳥田市長時代に保育所づくりを否定してきたため、待機児童問題が深刻で全然解決できなかったものが、専門家副市長の誕生で、ここ数年で急激に待機児童が減った。毎年20ヵ所以上保育所を新設している。その努力と政治的合意をつくる苦労話は面白かったし、自治体の責任ある立場になって、育児と仕事の両立だけではなくて、育児困難な親への支援、難しい子どもへの支援について参加している保育士に努力を促し、いろいろ激励をしていただいたことは、新鮮でよかった。
また、職場を良くするアイディアが保護者との接点のある保育所にいっぱいあるのに、それを眠らせないでほしいというお願いも良かった。でもそれは現場に権限がないとね。

横浜市が専業主婦率の高い市と聞いていたが、あいさつの中で、都道府県・政令指定都市の中で最高だと話された。それは知らなかった。なんか高学歴のキャリアウーマンが住みやすそうなイメージがあるけども、つい数年前までは、女の人が働き続けるには厳しい街だったんだ。

今日の午前中は、保育予算についての分科会に参加。講師の厚生労働省の官僚は天下国家の話ばかりして、要領を得ない。昨年から交付税化されたり、交付金化されたり、一部補助金で残っている肝心の保育予算の仕組みが全然見えなかった。もったいない。歴代の担当者は、規制緩和しても子どもに選択権はない、いろいろな子どもに合わせられるように保育所制度はできるだけスタンダードシンプルがいいんだ、変に競争して合わない子どもが出てしまうような競争をしないでほしいと、規制改革会議の暴論に抵抗してくれたが、今度の担当者は子ども発の視点がなかった。

午後は、児童虐待、学童期の子どもの問題の分科会を取材。子育て・保育の政策テーマは広い。

●厚生労働白書が共働きが多い地域ほど子どもが多いと発表。
そうでしょう。でも、共働きを増やせば子どもが増えるかというとそんなに劇的な変化はないだろう。少子化をテコにでもして構わないので、保育所の増設や質の向上にはどんどん取り組んでほしいけど、やはりそれは少子化のためにではなく、いろいろな人がいろいろな挑戦ができるように、という目的であってほしい。

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2005.07.29

7/28② 貧困を再生産する郊外型スーパー

朝、法務局へ行く。金融不動産関係者の集まる独特の雰囲気が漂う世界だった。交通機関がないのが痛い。帰りは暑い中散歩。

日中は、近く改訂が予定される公務員賃金表の印刷のためのレイアウト配置をいろいろやってみる。賃金表の内容が4倍以上に膨らむので、割付や字の大きさに苦労する。

夜、このブログが1年を超えていることに気づく。のべ38000人のみなさん、ありがとうございました。
いろんなことについて書きすぎているせいか、さまざまな検索キーワードで見ていただいているようです。

●「大型店とまちづくり」(岩波新書)を読む。
先進国になったら避けられないもの、と嫌悪感を示しながらも半ば諦めてきた、郊外型の大型スーパー。
著者はアメリカでの郊外型スーパーとたたかってきた住民運動の調査結果から、郊外型スーパーは貧困の再生産システムで、地域経済の強化を実現するような流通システムを考える時期に来ていると訴えている。
郊外型スーパーの「先進国」とされてきたアメリカでは、郊外型スーパーが地域経済にあまりにも悪影響輪与え、地域に無責任な営業姿勢は地域社会を壊す、と、地域住民、商店街、労働組合が一体になって反対運動が取り組まれている。
日本では、今頃になって規制緩和が推進されて、その結果大型スーパーが各地で商店街を壊し、そうして発生した余剰労働力を最低賃金すれすれで雇って、儲けを東京や大阪に吸い上げても、日経新聞やそれに群がるエコノミストたちから「経営努力」だと賞賛されている。そうして弱った地域経済には、中央政府が交付税や補助金で支援している。わけがわからない。
アメリカで郊外型スーパーはクルマと冷蔵庫ぐらいしか財産のない貧困層の店だということも興味深かった。顧客の40%が日本でいう年収200万以下の家庭。その家庭のためにウォールマートが「毎日安売り」商品を開発するが、それが国内メーカーに低価格競争を強い、貧困層を再生産するという構図が興味深い。日本の流通業も今、ウォールマート的なビジネスモデルをまねしているが、その影響か、老舗メーカーの商品が実に味気ないものになっていることをたまに感じることがある。
アメリカで、大型スーパーによらない街作りに成功した地域では、商店主たちが商店会を壊し、地域住民主体の消費環境を考える市民運動体に作り替えているという。そうすることによって、地域住民が自分の消費環境と、それによってつくられる労働環境を守ろうとしている。
いろいろ学ぶべきところの多い一冊だった。

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2005.07.28

7/28③ 職場の組合活動の人件費に課税される

電車にまつわる話ばかりが続くが。

京阪電鉄、約2億円の申告漏れ

 京阪電気鉄道(大阪市)が大阪国税局の税務調査を受け、2004年3月期までの5年間で約1億9500万円の申告漏れを指摘されていたことが28日、わかった。

 追徴税額は重加算税を含め約7500万円。同社は全額納付した。

 関係者によると、同社は会社を休職して労働組合に専従する社員に給料を支払い、人件費として計上していたが、同国税局は「労使関係は認められず、労働組合に対する寄付金にあたる」と認定、重加算税の対象とした。(2005年7月28日12時53分 読売新聞)


ルールを厳格運用すると、確かに京阪電車から労組に役務の無償提供になるのだろうが、町内会、商店会、労働組合など社会的団体の活動に、会員の労務提供を財産提供として細かく課税していくような厳格運用をしていくと、メンバーの自主的な活動がやりにくくなって、プロパー職員や中央組織によって会員が指導され疎外されるような運営になってしまう(もちろん公務員労組の「ヤミ専従」問題は原資が税金なので、制約が必要であるとは思うが)。

もちろん100%専従活動している社員に給料を会社が払う、ということに道義的な疑問がつきまとうが。公務員であればヤミ専従という言葉のあるところだが、民間企業の場合、自分たちの儲けの中でやっているので、株主が許せば経営の判断事項だろう。

労使関係が悪くなければ、職場で多少の組合活動は認められているし、ある程度労使関係ができている職場は組合役員になった人の業務を軽減することもある。どこまでが役務の無償提供になるのか、判断が難しい。もしこの国税の判断が厳格に適用されるなら、商店街なんか、全然店の仕事しないで、商店街の行事の仕事や、商店街の人事の話ばかり日がな1日やっているようなお父さんも結構いる。そうしたものも無償提供と言えるのではないか。そうした場合、青色申告の人件費相当の損金計上を適用してよいものなのだろうか。

ここのところ、大阪市職員問題をはじめ、宮城の衆議院選挙での電話アポイントメントの摘発など、組合専従者に関して、ルールの厳格運用による政府の牽制が多いので、総選挙が噂される中でこの事件はその一環なのかも知れない。それとも、単なる税金の問題なのだろうか。前者でなければいい、と思うところだ。

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7/28 竹ノ塚踏切事故の報告書

東武鉄道が、竹ノ塚踏切事故の報告をまとめた。

東武鉄道:竹ノ塚踏切事故に関する安全対策の推進について

JR事故を受けて東急が発表した安全対策のHPと見比べると、落差が激しい。

報告のモチーフは責任問題。原因の分析より、保安係の責任で、安全について本社の意向をしっかり伝えきれなかったから事故がおきた、と言いたそうな内容だった。関係者の黙秘等で警視庁は本社をなかなか立件できていないが、保安係や駅長、組合が抜本対策を求めて意見したのに、本社は何もしなかった、という報道は何度もあった。そのことに対する事実か否か、事実であればどう扱ったのか、ということが全く報告されなかった。

時勢が責任問題にうるさくなっているせいかも知れないが、こうした問題は乗客の安全のために何ができるか、再発防止は何か、であって誰のせいなんてことはその次じゃないかと思う。

解決策は「社員教育」社員教育がなってなかったからと、強化する、という内容。
保安係の責任、本社は教育責任しかない、という姿勢がありありと見える。というのも、現場にひやり・はっとがあった場合の、責任者や本社への提言や報告体制についてこの報告書では何も伝えていない。ルール違反した同僚を告発するシステムだけだ。そうした責任問題という政治的圧力を使って、意識や自覚にだけ訴える安全対策が、誤魔化し、人為的解決を生み、安全につながらないということが、踏切事件の背景にあったのではないか。教育によって現場の意識だけを変えれば事故は起きなくなる、というのは改善だが、事故防止ではない。危機はまだ続いている。

実際に人や物を運ぶ産業なのに、人や物を運ぶ現場から本社がつくられていない東武鉄道の社風を感じた報告書だった。このような鉄道会社は、利用者・顧客のことなんか、統治の対象でしかないのだろう。

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7/27③ 虫のいい支出削減提案

刷新会議新設し10兆円削減 岡田氏が財政再建案

民主党の岡田克也代表は26日、政権交代実現後の8年間で取り組む財政再建案をまとめた。首相が議長を務める「行政刷新会議」を新設し、3年間で10兆円規模の歳出を削減するプランを打ち出す。併せて首相主導の予算編成を実現するため、予算編成権を持つ「国家経済会議」も設ける。岡田氏は、同案を今国会中にもまとめる政権構想「内政ビジョン」の柱に据える意向だ。  再建案によると、行政刷新会議には企業再生に実績を上げた経営者らを起用。国家経済会議は首相が主宰して毎年度予算の大枠と中期目標を決定する。財務省の予算・財政企画部門は内閣府に移管し、経済財政諮問会議は廃止する。  8年間で基礎的財政収支(プライマリーバランス)の均衡を目指し、最初の3年間を1期目、次の5年間を2期目と位置付ける。 [07月27日 02:10 共同通信]
財政が大変だ、という不安感はある。それにつけこむような政府税調のサラリーマン増税案があった。それに反発する意味なのだろうが、民主党のこの考えは、実現不可能だろう。支出を削る財政再建はもう不可能だ。 選挙が近くなって、わかりやすい政策を打ち上げなくてはならない、という焦りでこういう案が飛び出すのだろうが、むしろちゃんと増税か必要であること、政府税調とは異なるスタンスでやること、増税した分は必ずいいことがあること、そして無駄な支出の削減もやることを順番に説明する方が国民は安心するのではないか。支出削減努力なんて結局はどこかのだれかが財政を良くしてくれる、という考えに過ぎない。

財務省の数字では、82兆円の財政支出で、そのうち18兆円が国債費というこの国の財政で、真水は64兆円しかない。それも34兆円の大量の赤字国債の発行で賄われている。
公務員の不祥事、国や自治体にぶらさがっている土建屋・政治屋たちの不正、そうしたことから国の財政のほとんどが無駄遣いされているような印象を持たされている。しかし現実にはそんな不正は1兆円もならない。82兆の中で10兆というオーダーにはならない。

10兆円を削るとするとどんなイメージになるのだろうか。
全額、社会保障費で調整すれば、20兆円の社会保障費は半減しなければならない。年金でいえば、17%以上の給付のカットあるいは保険料の増税が必要である。昨年行われた与党の年金改革を上回る給付の削減、保険料の値上げを行わなくてはならない。介護の財源は25%、保育の財源は12.5%も、医療17%それぞれ消えていく。
18兆円の地方交付税でやるなら、60%カットが必要だ。公務員の賃金を削っても、ほとんどの自治体では破産状態になる。地方交付税の使途は、表に出ない教育費や社会保障費負担が多く、介護や保育、教育などは30%以上のの水準切り下げが必要になる。かなりな痛みを求められる。もっとも地方交付税は現在、不足しまくっていて、繰り延べ支払をしている状態。削るのは難しい。
公共事業は7.5兆円。地方交付税で手当する分を含めるとちょうど10~15兆円。外国より公共事業が多すぎると言われているが、それでも10兆円は出てこない。

すべてがどこからの予算を削るということにはならず、それぞれ少しずつ削ることになるが、それであっという間に10兆円をまかなうなんてむずかしい。公共事業のようにやりちらかしただけ財政が悪化するだけのものにメスを入れるべきだろうが、最近の民主党は田舎議員の選挙対策のために公共事業に甘く、いきおい社会保障費や地方交付税といった、人の能力開発にあたる部分の支出に削減の牙が向いてくることは十分考えられる。ここは票や利権の少ない世界だから。

政府税調に対抗する意味があるのだろうが、増税なしに、支出削減を先行させた財政健全化というのは聞こえはいいが、国民が考えるべき責任を無にする議論だと思う。財政悪化は支出だけが問題ではない。税収だって相当問題なのだ。1つには先進国で一番安い税金であるということだ。
そもそも低い税金で誰が得するのか。高い税金は誰が損するのか、そこをきちんと議論してほしい。例えば竹中平蔵はどちらに入るのか、子育てや介護に追われているサラリーマン家庭はどちらに入るのか、民主党は政府税調に反発している世論に便乗するだけではなく、そうした本質をきちんと議論すべきだ。

余談だが、税収不足は景気による影響も大きい。日本の700兆円のGDPのもとで、43兆円しか税収がない、というのはどうみても少なすぎる。景気が順調なところに戻れば、今レベルの水準の低い税制でも55兆円程度の税収にはなるだろう。

予算編成権を内閣府に移すというのは評価したい。憲法の求めているシステムは国民が選んだ内閣による予算編成だ。

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2005.07.27

7/27 知事の中立宣言の真意

先日、ソウル大学の朴先生に随行されていた大学院生さんから再びヒアリングを行いたいと申し入れを受ける。

夕方、同年代の職場の同僚たちと打ち合わせ。深夜までかかる。

●上田埼玉県知事が、26日の定例記者会見で、民主党の知事選の恩義は返した、民主党との貸し借りは精算されている、と発言した。

前から、いつ上田氏が民主を離れるかと関心をもってきた。地域の系列地方議員たちもさすがに自民党ではないが、民主党員になるわけでもないようで、上田氏が他の民主党の保守系議員ともちょっと体質が違うな、と思ってきたし、民主党に骨を埋める気はないと感じてきた。

今回の発言は民主党との決別発言ではないが、中立宣言になる。次の衆議院選挙で気に入らない人と、気に入っている人を選別して応援する、ということだろう。

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7/26② 市民が参加できる行政改革を意見【追記】

行政改革のパブリックコメントで市は前向きに考えるような回答をしているが、いくつかはダメダメの回答だ。

○入札改革について
市は効率性から考えたい、と回答しているますが、技術水準や効率性だけではなくて、応札業者には、社会的責任を評価せよといっていて、これは効率性だけの問題ではないのです。障害者雇用や環境努力などの社会的責任も全うもせず、そうした問題の解決を税財政に押しつけている企業には、市の仕事を受けられないようにすることも必要ではないか、という問題提起をしていますが、回答になっていません。

○市の事業の民営化・民間委託について
市の事業名が伏せられているので、何のことだかわからない「市民の意見」になっています。適切に委託したり民営化したりするから見守ってくれ、と言っているだけで、問題ある民間委託をどう解消するか、という明確な考え方の提示になっていません。
市立宮戸保育園の委託では、企業側から立派な提案書で提案を受けても、委託してみれば保育士の退職が続き、定足数が不足する事態が続いています。民間委託では、立派な提案書の裏付けを見通す力が市役所に求められると思います。有名企業に安く委託できてよかった、ではすまされない問題です。
また、委託後は委託先の会社に好き勝手にさせるのではなく、地域社会の関与や市としての監査監督体制をきちんと作ることが成功する委託かどうかの分かれ道になります。
最近、報道番組と係争して問題化した、朝霞市のプラスチックごみの処理の委託問題も同じで、監督もせずに金払って仕事させてやったんだから受けた企業の責任だ、と言い逃れることができなくなっています(この件で市は業者に対して、仕事やったのに不始末起こしてメンツ潰してくれたな、という委託業者の弱い立場を利用したような対応が感じとれます。市は国策遂行のために設立された業界団体に市側のミスを発見され逆に「受け入れ拒否処分」で逆襲されるわけですが)。
生活基盤として重要な保育園やリサイクルごみの処理を問題だらけの状態で民間委託しておきながら、市は温泉施設を外郭団体を通してほぼ直営の状態で手厚く運営し、巨額の財政支援をしています。保育園に入れず我慢させられたお金が、温泉に使われている、なんて、どうかと思います。健康増進だ何だと理由はあるのでしょうが、現実にはマイカーを使える人しか行けない場所にあって、介護予防の効果は???です。強制的に集められた税金を特定の趣味嗜好のために使うのは問題です。これこそ早急に民間に売り渡し、全額受益者負担で運営すべき施設ではないでしょうか。

○以前の記事
7/25 市民が参加できる行政改革を意見

○宮戸保育園の委託問題
4/11 保育士に逃げられる保育所詳報
2004年12月に開かれた市議会の議事録に共産党の石川市議の発言として詳細が掲載されています。こうした問題から市民を守っているのは共産党議員だけという市議会の実情は癪です。

○市のプラスチックリサイクルごみ問題
朝霞市:容器包装プラスチックリサイクルのテレビ放送について市民の皆様にご報告いたします(広報あさか号外)
朝霞市:リサイクル事業者の事情聴取の結果について
市が勇ましく日本テレビに反撃しようとしたものの、それ以後、音沙汰ありません。

この問題を追っかけているブログはたくさんありましたが、ずっと追っているのはこれです。
だらだらと気の向くままに:朝霞市リサイクル業者問題

これによると、市が日本テレビを告訴する動きを見せ、福田商会に委託を打ち切ると発表した後、日本容器包装リサイクル協会という、容器包装リサイクルを一括して扱う業界団体に市側の監督責任の不備や排出量の計測ミスを逆に指摘され、業者任せの実態が明らかになったとともに、市は業界団体からリサイクルごみの受け入れ拒否の処分を受けたようです。
市の会議予定を見ると、市議会と市の調査委員会が何回か開かれているようですが、その後の報告はまだ見られません。事実経過の報道が先行してしまって、市はその解釈をどうするか混乱しているようです。

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2005.07.26

7/26 退職したら地域ニートになるのかな

昨日、地域福祉計画を県下に広めたいので何かできることない?と県の要請を受けた人から、アイディア出してくれ、と誘われて話し合いに行く。いろんな話をしたが、とりとめもない話で団塊の退職者をどうするか、という話が出てくる。
これから5年ぐらいの間に埼玉県で40万人もの団塊の世代の退職者が出てくるらしい。人口が700万、労働力人口が400万から500万というところだから、恐ろしい割合の無業者が地域に溢れかえることになる。

で、その団塊の退職者が地域のために動いてもらえる人材になりうるかどうか、という心配をした。その上の世代のように、地域の人と将棋を指したりできるのかなぁ。人それぞれだけども、若い頃から装置産業的レジャーやマスメディアにどっぷり浸かった初の世代だから、そういうの苦手なのではないか、学生運動をやったり生活クラブをつくったり会社の改革に熱心な世代だったけど、実際にはゴルフ、野球、ドライブ、バーベキューといった企業社会にどっぷり浸かったライフスタイル・趣味しか興味を持たない人が多くて、地域で誰かと対等につきあえ、なんて課題を下しても簡単に受け入れないよね、なんて話になる。マイホームパパは地域と切れているでしょう。

県内では知事に親しい政治家やグループが、団塊の世代の退職者を当て込んで、退職高齢者をNPOに活用、なんて政策を簡単に言っているが、簡単にはそうはならないと思う。もちろん、連合埼玉・労福協のように退職者を地域活動者としてトレーニングしている活動もあるが、40万人のグロスからはほんとうにごく一部の機会に恵まれた方か、意志のある方々だろう。
企業というある種のヒエラルキーのある共同体にどっぷり浸かってきた団塊の世代のお父さんたちが、ヒエラルキーはない、包み込んでくれるようなもののない地域社会に戻れ、と号令かけられても、何やっていいんだかわからず、そのまま会社のOBとゴルフ行ったり、妻とさまようようにドライブに行くことしかやらないのではないかと思っている。退職してさっぱり離れていく人もいるが、多くの人は、むしろ今までの会社で培ったノウハウを使えないか(今までの仕事のやり方を退職後も通用させられる職場はないか)、と模索しているのが現実だ。

会社のように鉄のピラミッドの地域福祉推進の組織を作って、70代や60代後半のモーレツサラリーマン世代のおじいちゃんに管理職を勤めてもらい、戦争を知らない団塊の退職者たちに「ばかやろう」「だから今時の若いのは根性がないんだ」「仕事中に携帯電話するんじゃねぇ」なんて机叩かせて怒鳴らせたら、団塊の世代はがんばっちゃうかも知れないねぇ、なんて冗談話も出る。もちろんそんなのではちっともいい地域社会にはならないけど。

退職者を地域活動に活かしていきたいなら、退職してからでは遅いと思う。ごく稀に、自分や妻や自分の子どもが障害や病気になったり、失業したり困った問題があって、仕事ばっかりじゃ家族守れないんだ、と自覚する機会に恵まれた人だけが地域に足場をつくっていったりするが。
私は、もっと若い人たちにもアプローチしないとダメじゃないかと思う。まだ偉くないうちに、地域社会や、PTA的な場で、いろいろやって、楽しい経験や成功体験を積まないと、退職で辛くも全人格を包み込んでくれる企業社会という共同体から与えられる毎日の刺激が無くなったときに、地域でそれと同じぐらいの居場所を作れと言われても難しいだろう。

退職者を地域でどうするか、ということはニート問題と良く似ているのである。子どものときから人間関係や手伝いで成功体験を積まない子がニートになりやすい、という玄田氏の説を取れば、地域社会で人間関係や手伝いの経験を積まない月給取りは、退職してから地域ニートになる、と言うことができるかも知れない。
家族という共同体から社会に飛び立てない若者、会社という共同体から家族や地域という共同体に飛び立てない退職者というのが今の社会の問題なのか。

ただ、団塊の世代を迎え入れた地域社会というのが、ほんとうにどうだったのかは検証しなくてはならない。私の子どもの頃の感じでは、当時の地域社会は勤め人の家庭にとても排他的な世界に感じた。たまの休みの地域の人たちとのつきあいが新参者扱いで苦行なら、いくら「地域が大事」といってもお題目にしかならないし、電車で15分で行ける池袋のデパートや飲食店の方が自分の世界だろう。誰でもが地域で何かが始められる、それにフレンドリーでおもしろがる仲間がいる、そんな開かれた地域社会をつくらなくてはならない。

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7/25 市民が参加できる行政改革を意見

地域福祉計画づくりに関わっていると、市役所の働き方を変えなければならない課題にいっぱいぶつかる。今流行している、企業的手法の導入とか、民でできるものは民で、という、今までやってきたやり方を枠組みだけ変える改革を通り越して、もっと誰にとってどのように役に立つ市役所なのか、というところから捉え直した改革が必要なのだと思う。

そんな折、市の第3次行政改革実施計画の進捗状況についてパブリックコメントが行われ、意見を提出したところ、市の考え方が提示された。

市民と市役所の風通しが良く、透明性のある関係を作って、市民参加をどんどん進めていくことのために必要なことを意見をとして出した。また、民間委託や入札のやり方、市職員の勤務スタイルの変更についても意見を出した。

内容は
①サービス向上について、接遇マナーは良いが、総合的な支援力やニーズ分析が弱いので改善を。
②ベッドタウンで市民参画を進めて行く上で市職員の勤務日が平日だけではおさまらなくなるので、時差勤務制度の大胆な導入。
③他の自治体の事例の自主研究を支援。
④公益通報者保護制度の導入。
⑤ITを使い、申請に必要な書類の一覧表示、申請用紙の交付などを行って何度も市役所に行く必要のない工夫。
⑥・民間委託での問題業者の改善や契約更新の拒否を。・市民のセーフティーネットに関わる事業の委託では、サービスの安定供給、働く人の安心、現場での裁量権、地域社会とのコミュニケーションの4点が必要。
⑦入札に、障害者雇用、次世代育成支援事業主行動計画の実行度、環境への貢献など社会的価値を評価する。
⑧安すぎる手数料・利用料金は見直す。
⑨審議会等の議事録公開のスピードアップと、審議会で使われた資料のIT上での公開。
⑩監査法人の監査を実施。
⑪市民参加では意思決定や利害調整を市民自ら行っていくことを基本に。
⑫市民活動の掘り起こし、立ち上げなどの支援。
⑬審議会の見直し(・公募市民枠を必置に・議員や団体有力者の審議会委員占有の見直し・団体選出委員の重複参加の制限を・審議会の土日開催や有償の保育の実施・審議内容のない審議会の廃止とパブリックコメントへの置き換え・審議会委員等への日当や費用弁償の廃止減額・市議会の政策形成能力をつける・審議会等への何らかの子ども参加)。
といったことを求め、市はおおむね前向きに検討すると回答した。

市側の意見を見てみると、「13件提出者1人」という。行政改革という市役所に関心のある人は何か言いたくなるテーマにもかかわらず、意見を提出したのは私1人だけという結果。市役所が意見を言う機会を用意しているのに意見が出ない、ということが問題かも知れない。

■意見を求めた「第3次朝霞市行政改革実施計画の進捗状況 平成16年度」
http://www.city.asaka.saitama.jp/pdf/gyokaku/sintyoku.pdf

■提出した意見とその回答「第3次朝霞市行政改革実施計画の進捗状況に対する意見と市の考え方」
http://www.city.asaka.saitama.jp/pdf/gyokaku/keikakuiken.pdf

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2005.07.25

7/25② 生活を見せちゃダメという街

マンションに入居してみると、なるほどと思うルールがある。たとえば、ごみステーションがあってもごみ収集日にしか出さない、ということなど。これはみんなのお金で雇っている管理人をみすみすごみ管理業務だけで終わらせてしまわないためだ。毎日ごみ出しできる街から引越してきた人にはそのことがわからないので、引越して当初はときどき混乱があるらしい。

一方で、くうだらないルールもある。くうだらないものの1つがベランダでの洗濯物を干すルール。見えないように干せというもの。何か勘違いしていないかと思う。
ごみ出しや、違法駐輪など生活上の規制にうるさい私でも、これは本当に意味のない規制だと思っている。洗濯物の多い子どものいる家など、ベランダの柵から出ている低い物干しだけで洗濯物が干せている家は少ないだろう。
それから低い物干し掛けでは布団はまず干せない。干すと布団が地について汚れてしまうからだ。そんなこと続けているとマンションはダニに住み着かれてしまう。
生活人であれば、外に見えないように洗濯物や布団を干すことが現実的に不可能なことと知っているが、マンション販売会社や管理会社の社員は生活人じゃないのか、こうしたルールを疑いもせず新しい住民に刷り込んだのだ。

最も、住み始めて5年も経つと、いくつかの家で物干し竿を掛ける台を購入して、高々と布団や洗濯物を干している。それで問題になっているとも聞かない。ヨーロッパのアパートでは窓から洗濯物を干している風景は、むしろ生活と歴史に根ざしたアパートとしてのイメージをつくっていて、都市の文化と生活感を与えている。

ところが宮崎日日新聞によると「窓から洗濯物を干すな」という馬鹿なルールを宮崎市はつくったらしい。業者の混乱しか新聞記事は書いていないが、本質的な問題はもっと別だろう。市は景観のまちづくりというらしいが、そうした生活感を抹殺した景観など、北朝鮮の高層アパート群さながらだ。中山成彬の選挙区でもあるし。
デオドラント文化とも言えるのかも知れないが、社会から生活を少しずつ抹殺していく、そんな嫌な感じがしてならない。

新聞記事本文以下掲載。

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2005.07.24

7/24 小田桐清作の県議選の挑戦

とんかつ屋で昼食した後に散歩。

以前にも取り上げたがとてもおいしいとんかつ屋で、東上線沿線で一番という人もいる。
今回は、エビフライ定食を頼んでみた。ものすごい立派な伊勢エビで(そうなのか?)、エビで鯛を釣るなんてことわざの意味がかわらなくなるぐらいの大きさだ。うまかった。

その後、線路を超えて志木市内を歩く。
志木市長選挙の影響で、志木市で県議補選が行われている。

s-shikisuzuki志木市議の鈴木正人氏(この人のホームページ、マウスを動かすとたらこおやじが後ついてくる。こわー)と、今年2月の朝霞市長選挙に引き続き、独特のポスターで有名な小田桐清作氏s-sihiodagiriの一騎打ちである。小田桐氏に批判票は出ても、ポスター貼り以外の運動をしていない小田桐氏が勝つことはまずあり得ないので、鈴木氏の当選は間違いないものと思われる。

それにしても、このあたり定数1の選挙になると、自民・公明・上田民主の調整で候補が一本化されてしまうことと、最近は、共産党すら対立候補を出さないので、投票率が底割れしない限り当選確実の談合保守候補と、おもしろがって出ている(ご本人が本気ならすみません)小田桐さんとの一騎打ちばかりだ。村上正邦参議院議員が辞任して、上田清司系の保守に太刀打ちできる政治勢力が弱くなってしまったから、候補者の調整と一本化が目立つ。以前はかなりドンバチやっていた、保守どうし、自民党内の矛盾が出てこなくなった。
自称「唯一の革新」共産党は、他の地区の選挙では野党分裂を平気でやって、他陣営の候補をニセ革新、ニセ野党と言わんばかりの批判をしているのに、この地域では、談合保守候補の対抗馬すら立てられない。何やっているのだろうか。
この地域は、さも旧共産国の選挙のような、事実上の信任投票ばかりが続き、有権者に選択する権利が奪われているような感じがする。

s-houchi志木駅前、放置自転車がまた増えている。すぐ近くに駐輪場があるのに、監視人がいなくなると放置自転車が出てくるとは公徳心のない住民だ。放置自転車は、私交通が交通弱者を迫害している象徴に見えて仕方がない。健康な人が自転車を乗り回す、そのツケを車いすや、ベビーカーを押している人が恐い目をしながら歩道を歩かなくてはならない。とくに、歩道に横たえるようにオートバイを止めているのには腹立たしい。実力行使で対抗したい気持ちだ。むかしは学生が放置自転車から部品盗んだりしたものだが。それと本来あるべきでないものが起きないように監視人をおくことの人件費がもったいない。それを賄うために新座市は罰金を取るべきではないか。

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2005.07.23

7/22 職業の貴賤の値段

運動をやって満足感を得たときに、一番目標から遠ざかっているかも知れない、ということを今日体験した。しかもみんながそれを百も承知で率先して運動に突入している。そんなことがあるのかも知れない。

自宅に戻ると、2匹の蚊が大活躍。かゆくて仕方がない。退治に失敗。毒ガス作戦に移行中。

杉並区の給食調理員が年収800万円(いまだに大前研一を信奉している政治家がいたとは・・・)ということが話題になっている。労組の立場では、杉並区の公務員なんて共産党と連合にまたがけして、卑怯なことこの上なくあまり保護するに値しないような感じもしているが。

年収800万が高いというべきか、安いというべきか、それは受け取る人それぞれだが、高いと言っているこの議員の年収をまず聞いてみたい。人口の大きな区の区議会議員なら、月収60万程度と聞いたことがある。それに賞与がついて、経費相当は政務調査費がついて、議会に出なかっただけでも1200万前後といったところではないか。議会出れば費用弁償という日当みたいなものが出るので、さらに加算される。勤務日は?年4回×30日の議会だから、普通の勤め人の半分程度の勤務しかない。

それはともかく、
区の給食調理員=公務員の賃金は、民間賃金の平均で計算されるので、金額自体にとびきり高いとか、安いというのはないはずだ。また、どんな公務員賃金でも、大卒新卒で仕事について10年以内で800万に行くなんてありえないので、定年間際の給食調理員のことだろう。
実際、東京近辺で、一家を支えて暮らす人の賃金なら、年収500万から1500万といったところじゃないだろうか。定年間際の労働者が年収800万という金額は妥当なところだ。

問題は、その水準が、給食調理員という仕事に対して妥当かどうかということだ。
その測る基準の1つには、民間の同業者との比較だ。そしてもう1つは、職業の貴賤の水準ではないかと思う。当然、後者については、ほんとうはあってはならない。
前者の、民間の同業者との比較ということで言えば確かに高い。しかし民間の給食調理員の給料が十分かということも考えなくてはならない。家賃の高い東京で、子どもを抱えて暮らすのに、年収300万前後の賃金しか払わないということはどうか、ということが考えられなくてはならない。

食べて暮らしていける給料が否定される、そうしたことを容認しているのは、給食調理員程度の仕事、という考え方があるからだろう。そうすると、給食調理員の賃金は「職業の貴賤の水準」からみてどうか、ということになってしまうのだ。
いろいろな仕事でどれが褒められた仕事で、どれがけなされる仕事か、というのは人それぞれの判断だろう。今の世の中では、現実に食糧をつくり、食べられるように運び、食べられるように加工する人たちより、老後のためだかなんだか知らないがわけのわからない投機資金を運用する方が、年収が6000万ももらえたりすること、あるいは農家と称した賃貸マンション経営者が、座っていても月収100万あることは誰もたたかない。そしてそのために土地や家賃が高止まりしていることに誰も怒らない。そのことを当たり前とする人からすれば給食調理員の給料は高いと思うのかも知れない。

この先は賃金論になってしまうが、賃金は労働力の再生産費か労働の対価かという論争がずっと続いている。両方の側面があるのだが、最低ラインを示すのには労働力の再生産費を用い、付加価値や意味のある労働に対する評価を求めるのに労働の対価という考えを用いる。しかし、定年間際の給食調理員が800万で叩かれて、年間120日しか働かない区議会議員や、月収100万の土地持ちの息子が何も責められないというのは、道理に合わない。

そういうことをわかった上で、まともな大人は「あいつの給料は高すぎる」という議論はしないようにするのがたしなみだということは、誰より日本人らしい外国人の同僚に教わった。1つは、職業の貴賤の水準の議論になってしまうからだ。もう1つは、いつかそうした刃は自分の給料にも向かってくる。みんなで足の引っ張り合いをした先に、無政府主義や無通貨の社会がやってくればいいが、そのときは暴力による強制労働か、マインドコントロールによる奴隷労働が待っているのではないだろうか。

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2005.07.21

7/21 新しい仕事あれこれ

朝、朝霞市次世代育成支援対策推進委員会の委員に決まる。3月にまとめられ、4月から実施された「あさか子どもプラン」の進捗チェックと、評価をする仕事。策定にあたっては仲間と80項目もの意見書を提出したし、策定委員さんの思いや努力もあってある程度は反映していただいたので、計画の行く末には、計画がただ実施されているか否かではなく、それが効果的な施策になっているかどうかを確認していきたい。

夕方、マンション管理組合を支援するNPOを訪問。親しくかわいがっていただいている方が長い浪人を終え、そこに就職した。これからいろいろかかわってほしいという要請を受ける。
事務局長と長話をしたが、これまでの苦難と、いろいろな人に支えられた話もおもしろがったが、これからのマンション管理組合が財産管理だけではだめで、1つの地域共同体になって自治を始めていかないと、という話が良かった。力を使ってみたい。

●ご近所の底力で、和歌山の私鉄の存続が成功した話に感動。大手私鉄が捨てようとした路線を岡山の路面電車の会社が引き取ったことが感動。住民との対話や熱意を重視していることがすばらしい。

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7/21 東京メトロの返事

東京メトロへ有楽町線を便利にしてほしい、ということで5点の意見を送りました。それに対するお返事をいただきました。非常に誠実な文章です。

意見1 和光市・池袋を通り抜ける区間について、東武と東京メトロのどちらも使える共通定期券を開発してほしい。

回答 定期券は、お客様が乗車される経路を決めてご乗車して頂いておりますので、有楽町線と東武東上線の両方の経由をご乗車できるような定期券は発売しておりません。しかし、お客様の利便性を考えますと東武との協議が必要なりますが貴重なご意見として今後の参考とさせていただきます。

意見2 和光市駅で都度都度一日乗車券を買い直すのが面倒なので、「小田急東京メトロパス」のような東上線の駅から使える一日乗車券をつくってほしい

回答 小田急東京メトロパスは、昨年12月11日より発売を開始いたしましたが他私鉄につきましては各社との協議の上、検討してまいります。また、東京地下鉄一日乗車券につきまして、金額は710円と同額となりますが当日券の他に前売り券があることはご存知でしょうか。弊社の定期券うりばにて購入されました前売り券については、発売日から6か月の有効期間内の1日に限り、ご利用になれます。黒川様の通勤区間内ですと小竹向原駅、池袋駅(丸ノ内線、有楽町線の2箇所)、飯田橋駅に定期券うりばがございますのでご利用いただければ幸いでございます。

意見3 有楽町線に女性専用車を導入を検討しているという報道がされたが、車両の位置については十分検討してほしい(現状の東上線、西武線の位置では、有楽町線の一番便利な乗車位置になって混乱するだろうという意味で)

回答 弊社における女性専用車の導入につきましては、5月9日より半蔵門におきまして実施をしております。今回、導入を予定しております有楽町線における車両の位置については、相互直通運転を実施しております東武、西武と調整をして決める予定でございます。

意見4 有楽町線の夕方、夜間の本数が少なすぎないか

回答 有楽町線においては、東武東上線・西武有楽町線・西武池袋線と相互直通運転を実施しており、乗換え等に関わる不便の解消や直通線からの速達性を確保し、各社協議の上で運転ダイヤを決めさせて頂いております。
 今後も混雑率の平均化と利用状況を勘案して、ダイヤ改正等を検討してまいりたいと考えております。

意見5 有楽町線の運転が荒い(ブレーキがきつい)ので改善してほしい

回答 運転操作につきまして弊社各線では、できる限り列車の間隔を少なく、効率よく運転を行なうとともにブレーキ操作につきましてもスムーズに行なうことを目指しております。有楽町線担当乗務区の責任者を通じて運転士全員に、運転操作には今まで以上に細心の注意を心掛けるように指導してまいりますので、何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

ブレーキ操作の注意と女性専用車の位置以外はゼロ回答だが、そういうことは考えの中に入っていて、いろいろ考えてみるだけ考えてみたいという回答なのが、以前東武鉄道に対して行った質問の回答より、数段よいと思う。ぜひとも前向きに改善してもらえたらと思う。

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7/20② パパテキトー子育て支援

公務員バッシングによる公務員の労働条件の変化が、民間労働者の労働条件や経済への影響について、地方組織や組合員がいろいろ関心をもっていて、政府の答申やら、経済研究のデータなどを取り寄せる作業が続く。

夜、県が推進しようとしているパパの子育て支援にどんな提言ができるのか、フリーディスカッションする席に参加。
子育てしているパパさんは、孤立や世間の無理解、期待して裏切られて怒る妻をどうするかなど、さまざまな苦難が待ちかまえている。そんな人たちの話を聴きながら、子育てパパさんたちにどのような支援をすれば、子育てをつないでいけるのか、というアイディア出しをする。

最近、力の入ったおやじの会があちこちで立ち上がっている。そのことはいいと思う。しかし、この人たちには支援は必要ないな、自分たちでいろいろやるだろうな、ということになる。
逆に、「子育ては女の仕事だ」と言い切ってしまうようなパパさんたちにも、支援は必要ないだろう。とりあえずそれはそれでパパとして自分の絵を描ききっているからだ(実はその陰で妻が何考えているかは知りませんが)。

問題は、そんなに気負っていてないけど、少しは子どもに関わらんとなぁと考えている人たちだろう。
なんとなく妻に育児を任せっぱなしじゃいかんと思い、土日ぐらい子どもの面倒をみようと子どもを連れて公園に行ってみたものの、何していいかわからんし、下手に子どもを引き受けてみたところ、妻にできていないことをあれこれ指摘され、「子育てに向いていないんだなぁ」なんて感じている人たちへの応援、彼らがそれでも子どもと関わっていきたいなぁ、たまには残業を返上しようかなぁ、と思ってもらうために何ができるかだと思う。それに、そうしたことをわかる場にどうやってお父さんたちを引き出すか、ということが課題だと思う。

県は「すてきなパパの子育て支援」と銘打ってるが、私は「パパテキトー子育て支援」ぐらいがいいと思う。まずはテキトーでいい。子どもとかかわって、縁側で一緒にボーッとしていてもいいし、スーパーに2人で買い物行くだけでも良いんじゃないかと思う。悪ガキ仲間を連れてきたわが子と混ざって、どこかに連れて行ったっていいと思う。そういうことが、素晴らしいまで言わなくても、子どもにとってうれしいこと、ありがたいこと、発見することになるんだということをわかる仕掛けが必要なのだろう。そして励まし合える仲間づくりも。

アイディアはいろいろ出ました。方向も見えました。それはまとまってからご紹介します。今回はここまで。

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2005.07.20

7/20 ダメ政治家の餌としての教育問題

高橋史朗教育委員が夢に出て、うなされた。ポマードひげがたまらん。
彼を批判している勢力は、教育委員就任に反対して署名活動をやったり、適格性をめぐって裁判闘争をしようとしたりしているが、やり方がうざいし力がない。もっと有効に政治的に退治させる方法を考えてほしい。政治が選んだ教育委員なのだから、政治で決着させる方法を考えないと。草薙の剣はないものか。

●埼玉県民の7割、投票率でチチンプイしても3割もの人が極端な右翼的思想あるいは民族主義的な思想を持っているとは思えないのに、県議会で7割もの右翼的言動をする議員がいるのか、高橋史朗とつるんで歴史教科書の採択を働きかける議員がいるのか、不可思議だ。
小選挙区の多い県議選の選挙区制度や、長く、社会党県本部が内部抗争に明け暮れて、保守系が好き放題できたことなども理由だと思うが、そもそも政治家のリクルートシステムや、有権者が政治家に求めるモラルに原因があると考えたほうがよさそうだ、という感じがしている。
議員がそうした特殊なイデオロギーに傾いていく理由を考えてみた。

第1に、政治家は激しい営業競争の中で選ばれることの人間的限界がどうしてある。まして日本の政治家は、経営理念(深い思索や哲学)、商品開発(政策づくり)、物流体制(政治組織化)、コスト管理(政治資金のバランス)といったことをおろそかにしてまで、営業競争に明け暮れないと選ばれないのだから、営業競争至上主義の体質に染まりきった人種ということができるかも知れない。
その中で、大なり小なり、弱肉強食を是とするダービニズムや結果至上主義によるものの見方、考え方がつきまとってしまうのかも知れない。

第2に、有権者は政治家のモラルを厳しく求めることにある。強制わいせつは論外だが、誰も通らない赤信号を渡らないなど、ありとあらゆる私的欲求を抑えて生活しなければならない。そういう毎日を送っている政治家が、自分の不始末の結果としての交通違反のもみ消しや不公正な保育所の入所順位の操作で頼ってくる有権者の自堕落なモラルに苛立ちを感じずにはいられないのだろう。
だから政治家は倫理問題やスキャンダル追及がどれだけ有権者の正義感を刺激することを知っており、またそれを利用することに熱心なのだろう。ルサンチマンに教育を利用することはありうる。この辺は政治家がたまたま政治を担ってくれる職業で、それ以外の専門性は一般人と同じなのだ、という認識が国民に必要かも知れない。政治家に必要なモラルの範囲について、再定義する必要があると思う。

第3に、そんなひどい労働環境の中で政治家は、偉い人として時折、大所高所に立った議論を求められる。そのとき、諄々と今の政治がうまくいかない理由を話す政治家もいるが、中には思考や説明能力の向上を面倒くさがっている議員もいる。政治の無力で社会改革が進まない責任を「結局、教育が悪いんです!」と言っておけば政治の責任ではなく、教育というチチンプイのブラックボックスのせいになる。政治家として難しいことはしなくて良くなる。文部大臣出身の首相経験者が森喜朗氏と海部俊樹氏しかいないことが教育にこだわる議員の水準を語っている。

教育は中央集権で、何言ってみても福祉のように地方議員の責任は問われない。受益者は子どもたちで、有権者でもないし数も少ない。政治にかけつけてくる有権者なんて、子育てもしたこともなく、もう子どもに責任を負わなくてもよい人たちが大多数。主張の有効性を問われるようなことはない。地方政治家の与太話をさも大きな話にすりかえるのに、教育の民族主義的な改革というのは格好の餌になっているのではないかと思う。

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2005.07.19

7/19 教育者のような顔をした宗教家

友人がおろしや国の語学教師に内定。場所が根室の山奥のような場所だし、しばらく帰ってこれなくなるかも寂しいが、ともかくおめでたい。

午前中は、知り合いの紹介で韓国のソウル大学朴チョルヒ助教授、助手のユンさんから、民主党についてヒアリングを受ける(こんなペーペーの労組職員に話を聴く人のは修士論文か何かかと気楽に構えていたら、名刺をいただいてから偉い人だとわかった)。
95年の結党の菅・鳩山の理想主義的イメージが、うまく自民党の古い体質とコントラストを描いて躍進しているんだろうけど、現実には98年以後、新進党の流入で、そのイメージは実態ではない、ということなどを話した。それについてはどちらにも善し悪しがあるとも話した。

午後は浦和で埼玉県主催の「子育てに悩む親への継続的支援を考える」シンポジウムを傍聴。
弁士は、恵泉女学園大学教授の大日向雅美さん、汐見稔幸東大大学院教授、高橋史朗埼玉県教育委員、小児精神科医の山下浩さんの4人。
高橋史朗の話は変だった。「主体変容」「守破離」「人格的知能」だの、変な言葉ばかり使って、できの悪い新興宗教の教祖のような自己完結している講釈を聞かされているだけだった。「主体変容」って何ですかね。チュチェ思想かね。

彼は共産党系教育学の基礎となる発達段階論を無批判に今でも受け入れ右翼的に応用している。いわく、発達段階に応じて、強制をしていくことが教育なんだ、自立はそれからなんだ、という言い方をしている。汐見教授などに冷やかされると、「しっかり抱いて下に降ろして歩かせろ」と同じ話を繰り返し、底の浅さを感じる。
出身地の兵庫で提起したトライアル教育(中高生を一週間程度労働体験させること)が実践に移され成果を上げていることを自慢していた。トライアル教育後は、不登校児の78%が学校に戻ると。しかし一週間経つと30%も来なくなっている。逆に、労働体験させることは意味が大きいんだろうけど、学校が変わらないままなんだから、学校に通えば元の木阿弥になるのは当たり前だということだ。
そんな意味のない話にうんうん頷いている傍聴者が多いのにはびっくり(でも拍手の量は圧倒的に少なかった)。

レジュメらしきものにはもっともっと変なこと書いている。
怪しげな脳科学や、家庭教育への猛烈な信奉と、保育所に対する嫌悪と専業主婦へのばらまき手当の提案が語られている。埼玉の保育環境はほとんど良くならないだろう。自民党ばかりか、県政与党のこの辺の民主党議員たちも、保育所の充実に対しては、同様に家庭教育を弱体化させるものとして後ろ向きだしね。埼玉県の子ども・教育施策は石原東京都政以下になるな、と思った。土屋県政と比べると、私の頭の中では「きれいなファシズムより汚い民主主義」がリフレインする。

逆に好感を持てたのは大日向雅美さん。
私が保育政策を担当している頃は、政府の仕事と育児の両立がらみの審議会の委員などいくつかやっていて、キャリアウーマンにとって今の保育所制度が役に立ち切れていない、と言ったおしかりのような話が多かったような記憶をしている。
3年前から、都内の廃園になった区立幼稚園を活用して、子育て相談センターや一時保育事業をやって、いろいろな親や子、家庭の事情に接点をもつようになって、視野が広がったし、面白い体験をしている、という話に感動。子育てはイデオロギーじゃないんだな。相手のある話だ。

汐見さんの話は以前紹介したような内容を高橋氏の反論含めて伝えていた。

このシンポジウムで考え方の違う人をいろいろ登場させて、立体的に見せていただいた県には感謝するけれども。

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2005.07.18

7/17 そうだ 京都、行こう。

地図を買うついでに書店をぶらぶらしていたら、JR東海の「そうだ 京都、行こう。」のCMの写真集が売っていたので買う。映像が綺麗。それと、仕事の師匠からも、「コピーがええねん」と言われて勧められていた。
きょうは祇園祭だった。

気に入ったのは、
99年冬の広告、舞台は大徳寺大仙院。

日本人って、そもそもそうとう
「自由でクリエーティブ」だったんだなぁ。

まっすぐ
揃っているのが、良い。
歪んでいたり、
ズレているのは、悪い。

なんてルールは、
この「ちゃわん」のどこにも
見つかりませんでした。

写真は、茶碗の陰影と、茶碗を持つ坊主をシルエットにしているのがとても美しい。

98年夏、舞台は鞍馬寺

京都のミステリーゾーンへ、ようこそ。
六五〇万年前、
金星よりの使者、
この地に立つ。
八〇〇年前、
義経、天狗と出会う。

空間と時間の神秘みたいなものと、鞍馬寺の不可思議さを伝えていて、面白い。

一番美しいCMだと思う。番組の本編よりもいい。次がいいちこかな。のぞみの増発や新カード発売開始でこのCMが流れないとがっかりする。
このCMに乗せられて、疲れをいやしに京都で歩くこと何回か。誰かと行きたい街と思いながら、ひとりで行ってよかった街。街と自然の調和に心を洗われて帰る。バスの運転が荒いことと、飲食店が少ないことが難点。

夕方来客あり。青木幹雄の権力の源泉について聞かれる。いろいろ仮説を立てて話をしてみた。また写真集を見て心を浄める。

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2005.07.16

7/16 クルマとまちの関係が徐々に

内閣府の調査でこれ以上大型店が増えることについて、拒否反応が半分以上という結果。憲法の財産権と、憲法の地方自治の争いでは、財産権が勝利して、大型店の乱開発が野放図に進められてきたが、国民は画一的で深みのない社会になってきていることに拒絶反応を示しているのか。

さらに、厚生労働省がぜんそくの調査を手広く行う。クルマの排気ガスの影響を調べるらしい。ようやく、という感じ。最近、国がクルマの功罪の罪の部分を直視するようになってきた。

●トヨタや日産がつぶれてくれとは思わないし、むしろ景気を良くしていってほしいが、それがクルマの乱用にならない社会にどうしたら両立できるのか、もっと考えたい。

たとえばだが、
クルマが売れるというのは金属産業、精密機器、電機関係等、景気波及効果が高い。となればクルマが売れない社会というのは、景気がダウンしたり、職場が少なくなることになる。

一方、クルマが何が問題かというと、持って庭に飾っておく分には、土地問題以外は問題がないのである。とにかく乗ってくれさえしなければ、交通安全や、環境問題、郊外の乱開発、健康問題、公共交通の経営などあらゆるところで改善される。

となればクルマをもっと買え、しかし乗るなという政策を採るべきだ。
乗るなという面からは乗れば乗るほどお金がかかるようにすればいい。クルマ対策を考えるとそもそも好きでマイカーに乗っている人にタダで道路を使わせるのはどうか、という考え方ができる。雪国に行くとよくわかる。道路を綺麗にするのも、除雪するのも、車道だけ。自助努力の歩行者には冷たい仕打ちしかされない。
ロードプライシングという考え方があ、る。考え方はこれが一番だが、料金徴収システムが面倒だし、料金所渋滞なんかも起きたりして、渋滞で身動きが取れない道路で、料金とって利用抑制をしなければ使い物にならない道路以外、実現できないと思う。
燃費によって差が出てしまうが、燃料に税金をかけて、それを財源に公共交通の運賃軽減の財源にする方法がある。とくに公益性の低いマイカーを中心にハードルを高くする、ガソリン税の増税が有効だ。これなら、料金所問題はなくなる。ガソリンを使わないように走る工夫をするしかない。

この財源を、今のように道路建設にせず、公共交通の支援と、自治体の総合的交通政策のための自主財源とすることがよい。日本の公共交通、とくに都市交通の運賃は世界でトップクラスだ。これは物価ではない。外国では、公共交通は、移動の自由という市民権の一部として、公的な道路建設と同じような位置づけがされている。公共交通を財政的にもっと大々的に支援することは必要だ。今、公共交通に支出されているのは、新幹線建設費と、赤字ローカル線の赤字補填、採算度外視のバス路線、通勤電車の建設費の借金の利息だけである。

もう一つ、使途に自治体の総合的交通政策というのを入れた。それは、どうしてもマイカーを使わざるをえない地域というのがある。とくに辺境の所得の低い地域がそれにあたる。そうした地域は、どんなに生活を作り替えてもマイカー依存の生活は変えられない。ガソリン税増税した分埋め合わせないと、単なる都会の環境族のエゴになってしまう。そうした地域に対してはこの財源で、所得制限などを設けながらガソリン購入券や、タクシー券の配布などをやることが必要だからだ。

一方、景気対策で自動車取得税・保有税はゼロ。あるいは登録事務の実費見返り程度の金額に減税する。それで今より売れるようになる。農道空港や、佐賀空港と同じように、売れて、庭にでも飾っておかれておかれているのがいちばんいい状態だろう。

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2005.07.14

7/14 暴走族が足を洗ったも

帰宅時、近くの駅前でちんどん屋さんと出会う。なんかいい。ちんどん屋の似合う駅前に憧れているので、うれしい。

●読売新聞より

「妻子連れ参加も?暴走族OB、全国で200グループ」
 暴走族OBらによって結成され、集団走行を繰り返す「旧車会」と称するグループが、全国34都府県で200以上あり、メンバーも計2000人を超えることが14日、警察庁の調べでわかった。

 同庁によると、このようなグループは、数年前から増え始めたとみられ、30歳代を中心にした暴走族OBらが現役時代のオートバイを改造するなどして復活。暴走族向けの雑誌で紹介され、全国各地に広がったとみられる。妻や子どもなどと一緒の写真が雑誌に掲載されたメンバーもいるという。

 昨年11月には警視庁が、30歳の男などメンバーら71人を道交法違反で現行犯逮捕しているほか、宮城、高知県警が先月、メンバーを摘発している。

(2005年7月14日12時45分 読売新聞)

夏も深まり、暴走族車が目立つようになった。またズンドコ車もよく響く。高校時代に民族主義者の日共の和太鼓に苦しめられた私は、どうもああした重低音の振動が苦手だ。ステレオ全開のクルマも目立つようになった。何時だと思っているんだ!上から物落とすぞ!金太郎様が泣き出すじゃないか。
私の住む地域はいわゆる「DQN」多発地帯なので、こうしたクルマが本当に多い。黒いフィルム貼っているクルマを数えると2台に1台も走っている。いい歳した人が迷惑車を運転していたりする。こんなクルマで警察署や免許センターにおしかける奴に、免許与えてるんだぜ。
ここらは都会すぎて、カタギはクルマに乗らないだけなのかも知れない。

こうした私憤については、ビシバシ交通警察がやってくれればいいので、それを期待するだけだが、この読売の記事を読んで、いろいろ考えさせられた。

昔、暴走族は、やくざ同様、抜けたら戻ってくれないところ、というような組織の規律のきちんとしたところだった。だから元暴走族のリーダーは、会社や地域で、エリートがやりたがらない泥臭い、人を動かすような仕事を担ってくれて、頼もしい存在だったりする。

しかし、この読売新聞の記事を読むと、暴走族が出入りのルーズな規律性のない社会になってしまったのか、とか、社会がドライになってしまって、あるいはOBたちが活躍すべき場所が無くなってしまったのか、とか、いろいろ心配なことを考えてしまう。

構図が団塊の世代の学生運動に似ているが、無軌道なことをするには、自分を相当傷つけるし、仲間と抜き差しならない場面に遭遇することがあると思う。そうした葛藤や、全人格を投げ打ったような思い出をつくるのだろう。それをコンプレックスとして、次なる挑戦に向かっていったのが、団塊の世代や、かつての暴走族のメンバーだったような感じがする。しかし、今はそうした人たちの活躍の場が少なくっていて、コンプレックスを共有するかつての仲間のところに戻るしかないのかなぁ。そういえば、団塊の世代も、安定した頃から同窓会をやるようになっている。アウトローが格好良いおとなになれない社会って、発展性がないかもしれない。

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2005.07.13

7/13 認可保育所考

地域福祉の市民委員会を途中まで出席。予想通りかもしれないがパブリックコメントが少なくてがっかり。すべて市民個人。内容はいい。しかし、市内の福祉がらみの運動団体から1つもコメントが来なかった。市役所は政策決定にあたって市内の団体とよくコミュニケーション取っているとも思えないのに、運動団体がこうした機会を活かさないのはもったいない。
市民委員会も反省があって、市民にもっと見えるような委員会活動をしなければと思うが、任務は計画案を作る、ということに限られているので、どうしたらいいか悩む。

その後、逓信病院に。指切ったぐらいで大病院にいくのも、と思ったが、職場の近所にはここしか外科がない。精神系のクリニックや、歯医者は山ほどいるのだけど。思ったよりかたぶたのつきぐあいが良くて、包帯から絆創膏になるが、まだ水仕事はダメと。病院は苦手だ。

●昨日の記事のコメントについていろいろ考えさせられています。

家庭保育室(認可外)が認可保育所の下請けで経営に苦労している、という事情はよくわかりますし、経営者と何回か話したときも、そうしたことを言われます。認可保育所のリスクヘッジになっているやるせなさはわからないでもないところです。

しかし、規制緩和で、認可保育所の資格取得要件は相当緩和されてきています。
規制緩和を許したのは待機児童問題がひどく、良質な無認可保育所にきちんと公費を入れて、利用者の公平感と、質のさらなる向上を図ることが目的だったと思います。
今では認可保育所の基準は、①子どもの数に対する職員数、②施設の面積、③調理室の確保、④常勤職員の比率、⑤園庭の確保、⑥保育指針による保育、だけになりました。それも②~⑤はいろいろ尻抜け基準があった上でです。

ところが現実には、無認可保育所の多くが認可を取得しなかったのです。監査があったり、剰余金の使途を規制されたり、保育士の賃金水準に干渉されるのを嫌ったのではないか、と言われていますが、事情は定かではありません。

無認可保育所の経営者団体は、右は右で規制緩和のイデオロギーにものを言わせて、左は左で福祉サービスなんだからと、無認可保育所にお金を出せ出せといいます。、求められているサービス水準に歩み寄らずに、お金をくれ、ということが普通の商取引でさえ通用するとは思えません。ましてや保育は子どもの生活という人権の基礎を預かる公的な事業です。質の規制をクリアすることは必須だと思います。
私は、それをクリアできそうな家庭保育室には、認可保育所を取得して、新しいステージに飛び立ってほしいと思うのです。
一方、家庭保育室のままなら、本来の家庭保育室の良さを生かしてほしいと思うのですが、残念ながら埼玉県内の家庭保育室は、行政がどんなきれい事言っても、事実として認可保育所の代替え機能になっています。近所の親たちでこじんまりとした共同保育をやる、とか、在宅育児の支援をやる、とか、もっと商業主義に走って、買い物のための保育とか、認可保育所ではできないようなことに挑戦してみてほしい気もします。現に、認可保育所の下請け的存在に飽き飽きして、そういうことに歩き出している家庭保育所もあるようです。

コメントとは関係のないことですが、池本美香さんの「失われる子育ての時間」を読んで違和感を感じたので。

保育所重視の施策を批判する意味で、市の児童福祉課は認可保育所の仕事しかしていない、という意見があります。しかし、認可保育所の施策で手を抜いている自治体の大半は、それ以外の在宅育児も、児童虐待の予防や対応も、小児救急医療体制づくりも、それ以上に悪いと思ったほうがよいです。
日本の認可保育所は、単なる託児ではなく、大人の都合の教育機関でもなく、子どもが育つ力に視点をおいた施設として位置づけています。他の子ども施策で、親と子どもの立場をきちんと峻別して、普遍的に具体化された施策は見られません。根拠法である児童福祉法は、大人の人権すら??の終戦直後という時代に、子どもの権利保障についてよく考えられた法律です。
そうした保育所の基本的な考え方、子どもや家族問題を保育所を通じて把握できている自治体は、派生的に、障害児の子育てをどうしようか、子どもの居場所をどうしようか、児童虐待や家庭内暴力をどうしようか、離婚問題をどうしようか、在宅育児で疲れている人をどうしようか、と考えが広がっていくのでしょう。逆に、預かってやっているんだ、という感覚で保育所を運営している自治体は、税金とトレードオフでしか保育所をとらえられず、子育てをめぐるさまざまな問題を「自分で解決なさい」としか思えないのでしょう。

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2005.07.12

7/12 運動のマネジメント

午前中、保育園を考える親の会の代表を取材。保育所の民間委託、民営化についてコメントをいただく。

保育園を考える親の会は、保護者のエゴがむきだしになっていないことがいいし、親よりも子どもにとっての保育の質ということに拘って運動しているところがいい。保育所に出会い、子どもが育つ喜びを感じ、親が親として力づけられた体験を大切しているようだ。
親が保育所を選ぶ限界と、子どもが保育所を選べない立場であることをふまえた政策提言をしているのが、丁寧だ。なにより会員アンケートがとても迅速に集められ、集計され、適切な政策提言につなげられていて、調査といえば半年がかりになる労組と大違いで学ぶべきところは多い団体だ。

取材は、約束の30分をオーバー。以前書いた「保育士に逃げられる保育所」の話題にもなる。保育所の民間委託を行う場合、自治体の責任がきちんとしている市と、財政論ばかりで責任を負わない市の落差は大きい、という話になる。同じ業者に委託した和光市と朝霞市の落差がそれだ。

午前中に印刷業者に入れたほうがいい原稿だったのであわてて、書いてすぐ印刷業者に入れる。書いてもらう原稿がなかなか到着せず、それもなおして、印刷業者に送る。あわただしい一日だった。

昨日、指の一部を切ってしまって、利き手でない側とはいえ指が包帯ぐるぐる巻きで、パソコンが思うように使えない。もうキーボードを使いはじめて18年になるので、本当のブラインドタッチで、改めてキーボードを見ながら打つのは、日頃一本うち打法をしている人より遅いと思う。

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2005.07.11

7/11 国益を損なうナショナリズム

また中山文相。

慰安婦発言支持のメール、中山文科相「感銘受けた」 2005年07月11日10時08分朝日新聞

中山文部科学相は10日、福岡市での講演で、「従軍慰安婦という言葉は当時存在しなかった」という自らの発言を支持する日本人留学生のメールを約9分間にわたって読み上げ、「感銘を受けた」「若い方々は本当に真剣に考えてくれている。ありがたい」と語った。

中山氏は「私の発言に関してはご批判もあるが、若い方々からの励ましがすごく多い」として、カナダの大学院で学ぶ20代の女性からのメールを紹介した。

中山氏によると、メールは「(従軍慰安婦は)一部の日本人が自虐的にも戦後作った言葉だ」と、中山発言を支持。「彼女らには大いに同情すべきだが、(意に反して売春させられたのは)古い時代の日本の農村で見られた情景とそう変わらない」「戦地にある不安定な男の心をなだめ、一定の休息と秩序をもたらした存在と考えれば、プライドを持って取り組むことが出来る職業だったという言い方も出来る」とも述べているという。



与太メールを公開して、オレが言っているんじゃないからね、という態度が良くない。姑息だ。宮崎出身なのに薩摩の外様大名の名前を名乗り、薩摩ハヤト気取りの政治家・中山氏らしくない。しかも中山氏はジェンダーフリー教育を批判しているのに、性的労働のことを云々する「はしたない女・子ども」のメールを使うなんてどうなんかな。

自虐か被害か、という論争は戦後60年経た今、あるレベルを超えると主観的な論争なんだけど、しかし現実にその主観の問題が外交問題として横たわっていて、誰の責任であれ、外交はこの問題は除去していかなければならない。自虐という中山氏らが左翼文化人がやっている論争は水道管が破裂しかかっているときに、水道管の材質を巡って論争しているようなものだ。有能な政治家は破裂を回避し、水道管を交換する政治家だ。

政治家が役にも立たない価値観を云々したり、効果もないナショナリズムを煽動するときは、自分の仕事の成果が上がらないときだ。無能さの裏返しであると言ってよい。今回のこの出来事は、中山氏の言っていることの浅はかさの馬脚をあらわしていると言ってよい。

メールを出した女子大学院生というのもどんなもんだろか。国益のために必要だった従軍慰安婦、彼女らにもプライドがあるんだ、というなら、今の風俗嬢たちだって誇りはある(「風俗嬢意識調査」を読め)。それをどう考えるのか。今と過去を強引に切り離し、過去の価値観は違っていたから仕方ない、と言う無かれ。誰の金で大学院生やっているんだか知らないが、拉致も人身売買もないところからのほほんと従軍慰安婦が良かったかも知れない、と評論するのは人倫に欠ける。

中山氏のような政治家が教育を担い、教育改革の旗手なんて、まったくあほらしい。大学院生からメールで喜んでいるヒマがあったら文相なら、文教族政治家が活躍した結果として、数がふくれあがっている大学院生たちが、その後社会に出ることができているのか、その後生きる見通しがあるのか、きちんと検証してほしい。

また日中関係、日韓関係で余計な借りを作ってしまった。中山氏の発言のツケが損なった国益は大きいだろう。

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7/10 騙されたことを気づけない人たち

電車の冷房に当たって、おなかの調子が悪い。

●毎日朝刊「悪質リフォーム刑事処分29人中実刑4人」。
なんともやりきれない。認知症の人を騙せば、詐欺にならない、という変な法律。そういうことも百も承知でこうした悪質商法をやっていたのだろう。
闇金融、架空請求、オレオレ詐欺、悪質訪問販売と、この間問題になっているものの手口がそっくりだ。おそらくそれぞれのブームにのって荒稼ぎして、取り締まりが厳しくなると転々としていっているのだろう。こうした悪質商法の実行者は、いつまでも同じような悪いことをし続ける。悪質商法で名をあげた人の過去を調べると、あの事件にも関わっていたのか、というような話ばかりだ。
放置すればまた新しい悪質商法が広がる。徹底した摘発と事件の解明、実効性のある法秩序づくりが必要だ。

しかし、こうした悪質商法ばかりかと思うと、明治安田生命の保険や、大手建築資材会社、三井物産の有毒物質除去装置など、信用があるはずの大手企業も似たようなことをやっている。かつては大手スーパーが産地偽装や偽ブランドを堂々と販売していた。騙す方も騙される方も、その根本的なところを探ると生産と消費の乖離に大きな問題があるような気がしている。

そんなことを考えてテレビを見ていたら、子ども向けブランド商品の値段が急騰しているという話。テレビに出てきたブランド靴メーカーの開発担当者は「これからは質の時代です」と言い切っているだけ。質とは何ぞというコメントはなかった。これも悪質商法と同じ構造。本物のブランドだって怪しいのだ。

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2005.07.09

7/9 携帯サイトでバスの快適利用

仕事で必要な写真を探しに、光が丘に行く。バスを利用する。最近、路線バス各社は、携帯サイトで時刻の案内や接近案内を始めており、マイカーを拒絶している私にはとっても役に立っている。

バスの時刻表はインターネットが広がるまで、バス停で時刻を書き写すか、営業所に電話しなければわからないもので、バス停に行ってみないとわからないものだった。バス停に行って、バスの時間を確かめて、待つ時間を無駄に過ごす、というパターンから、携帯でバスの時間を調べ、それまで用事を続け、バスに合わせてバス停に向かう、というロスの少ない行動に変わっていく。バス停検索に各社工夫を凝らしている。

それと、定時運行はバス路線の生命線なのだが、道路事情の悪い東京の場合、定時運行ができない路線も多い。バスの利用者はただバスが来るのをバス停で待ち続けなければならない。バス停が快適ならいいが、梅雨や猛暑、寒い季節などは、待つだけでも体力を消耗してしまう。近くのスーパーやコンビニ、書店などで時間潰したいが実際にバスがいつくるかわからない、仕方がないからバス停で待つことになる。
携帯のバス接近案内は便利だ。システムや名称は各社まちまちだが、都バスはロケーション表示(次のバスはどのバス停を通過したか)、国際興業と西武は、次のバスの待ち時間表示となっている。東武はない。都バスの表示は感覚的につかめてよいが、系統番号をわからないと検索するのが面倒なのが難点。あと、始発に近いバス停だと、そもそもの遅れの状態が見えないのであてにならないこともある。

快適な公共交通を創っていただくことが第1だが、どうしてもできないときに、利用者と公共交通が気持ちよく折りあえるこうしたシステムはありがたい。もっと活用してマイカーのいらない生活を快適に送りたい。

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2005.07.08

7/8② 歴史の反省が足りないのは

読売新聞より

社民党、来月中旬まで候補50人超内定へ  社民党は8日、党本部で「党ブロック事務局長会議」を開き、衆院解散・総選挙に備え、8月中旬までに小選挙区、比例代表合わせて50人以上の党公認候補を内定することを決めた。

内から見れば特攻精神。外から見れば自殺行為。民主党嫌い嫌い嫌いなのぉ、なんて方針だから、こんなことになるのだろう。これで比例区の票が少し伸びるのかも知れないが、野党全体の足を引っ張り、民主の右傾化を止めることもできず、選挙協力もできないだろう。選挙とともに大量の供託金没収、候補者数のつじつま合わせに立候補させられた地方議員を失い、破滅の道に行くのだろう。

社民党が声高に主張する先の大戦の反省とは何だろうか。戦争の被害だけなのか。社会情勢と無関係な主観主義、周囲との関係を考えない独善主義的な戦前の軍隊や政治体制が過ちを起こしたというものではなかったのだろうか。戦前の日本に非論理的な特攻精神がなければもっと戦争を早期に終結させることができ、原爆の被害も、東京大空襲も避けられたかも知れない。この社民党のやろうとしていることは、負けの深追いだ。そのことでトドメを打たれ、地域でがんばっている地方議員や党員、支持者の居場所を自ら壊すことになるだろう。

●朝霞周辺の政治家のホームページを見ているとどうかと思うものがいくつかある。
今日、一番気持ち悪かったのは、本人の似顔絵がマウスの動いた後をくっついてくるもの。邪魔だし、つきまとわれる感じが本当に気持ち悪かった。
イントロを格好つけて、工夫しすぎて、情報がパッと示されないのもどうかと思う。重たくて、電話回線やISDNで見ている有権者は不愉快だろうなぁ。動画も余計。画像を楽しむよりも、プロフィールや主張、日記をパッと見せてくれれば十分という感じがするが。駅前の街頭宣伝では瞬間芸ができている人なのになぁ。
視察旅行も、個人旅行も一緒くたに公開している人がいる。議員を応援する気持ちは、個人に惚れ込む部分が大きいが、個人旅行を自慢げに見せられてもどうかな。議員も知られていない自分をもっていないと息が詰まるんじゃないのかなぁ。

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7/8 かみしめる難しさ

昼間、NPOハンズオン埼玉に地域福祉計画の相談に行く。

都内の保育園の民間委託について昨日取材したものを、短い時間で記事にする。
都内の労働組合関係者は、かつての先鋭的な左翼活動家やそうした人たちに揉まれ続けた人が多いので、言葉遣いが難しい。また内部事情も複雑で、そのままでは誰でもがわかる記事にしにくい。それでも何とか原稿にして、取材先に確認を取ったら快くOK。ほっとする。

●平野貞夫「公明党・創価学会の真実」を読む。神崎党首が酒乱らしいということ以外は、意外な話が少なく、面白くない。創価学会に感謝しているんだか、批判しているんだかよくわからないが、平野氏の政治人生のうち前半は創価学会のよい部分、後半は問題な部分とばかりに接したのだろうということがよくわかる。

梅原猛「天皇家のふるさと日向をゆく」を読み始める。国家神道による歴史の改ざんをいろいろ指摘していて面白い。日本に漂着した渡来人が、九州各地を漂泊し、最後に宮崎県高千穂に根拠地を構え、政略結婚を繰り返して南九州一帯を統合し、霧島の麓で神武天皇が生まれる、そして美々津から東征に旅立つという日向神話を、宮崎県や鹿児島県の各地を紀行し、伝承や習俗から思考している。もう一度読むともっと深みのありそうな本だ。

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2005.07.07

7/6② 東上線のヒューマンインターフェイス考

昨日、東上線の新車に乗る。バリアフリーが売り物らしいが、単に車いすが繋留できる分、座席がなくなっただけ。車いすをつなげるため、という名目で座席そのものを撤去してしまうことをバリアフリーと言いくるめるところに東武鉄道のデスコミュニケーション体質が表れている。バリアフリーは車いす対策だけではない。もっとたくさんの座席があることがバリアフリーとなる人もいる。電車よりバスの方がバリアフリー思想が先進的だ。

東武のデスコミュニケーション体質は、竹の塚の踏切事故でも表れている。事故を起こした踏切保安員に圧力をかけて組織的過失事件にしないよう、個人のミスの事件にするよう、徹底した証言封じが行われているようだ。警察も時間切れで、保安員の人為的ミスだけを法的に立件して片づけるようだ。東武電車は日航より危険な交通機関かも知れない。沿線住民の所得が低くて、命の値段を見くびっているのだろうか。
ホームページで東急と東武を見比べていただきたい。事故も起きていない東急は、徹底した安全対策をアピールしているが、東武なんて事故起こしておきながら釈明お詫び文1通だけ。対策なんて何も公表していない。

東上線と有楽町線の相互乗り入れに関して、利用者の利用しやすい仕組みづくりが遅れている。バリアフリーをはじめ、ヒューマンインターフェイスに全く気配りのない鉄道会社だ。

運賃の工夫がない。在来線と地下鉄が全然違うところに出る路線ならともかく、両線とも同じ池袋に出る。それなのに運賃は共通運賃や共通定期券がなく別建てで、使いにくい。むしろ、定期券の指定外路線を使った場合の罰則を強調するようなポスターばかりがあちこちに目立つように掲出されている。小田急や東武本線には地下鉄のフリーパスと一体化した切符を販売しているが、東上線と有楽町線の間はそうしたこともない。

路線図も、営団の車には有楽町線の路線図しか掲出されていないし、東武の車には東上線と有楽町線だけの路線図しか掲出されていない。営団の車に乗った人は東上線内の急行停車駅はわからないし、東武の車に乗った人は有楽町線以外の地下鉄にはどこで乗り換えたらよいかわからない。相互乗り入れするなら、営団の車にも東上線の路線図を掲出すべきだし、東武の車には地下鉄の全路線の路線図を掲出すべきだろう。京成と京急と都営地下鉄はきちんとやっている。情報提供の怠慢だと思う。
また同じことが駅の切符売り場にも言える。東上線の駅では、有楽町線内の駅の運賃表しか掲げていないが、有楽町線から違う営団地下鉄の路線に乗り換えることが考慮されていない。

なぜか、ラッシュ時に限って、相互乗り入れの電車が来なくなる時間帯があることがある。本来、ラッシュ対策で地下鉄の乗り入れと複々線化を進めたのにこれでは効果がない。日中も無理に地下鉄のダイヤにあわせたせいか、急行にうまく接続しない直通電車が多い。
もうそろそろ相互乗り入れを始めて20年になる。一段の工夫をしてほしい。

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2005.07.06

7/6 高級官僚になる就職活動

取材で人事院に行く。ロビーに高級官僚になるための相談窓口があって、民間会社でいう会社訪問の段取りみたいなことを教えてくれるらしい。へぇ、高級官僚ともなると、試験だけじゃ選ばれないんだ。
そこでは、各官庁のキャリア官僚になるためのパンフレットが置いてある。とっても豪華な紙にフルカラーで印刷されて、なぜか、キャリア官僚になるならこのぐらいのこと知っていろよ、と言いたくなるような基礎的な情報が書かれている。
なぜ、自分たちの同僚を集めるために、こんな豪華なパンフレットつくって人材集めをしなければならないのか。採用するのは各府省庁とも数人だけじゃないか。1人官僚を採用するのにいくらかけるつもりなのか。社会保険庁じゃないけど、こうした印刷物って、ひょっとして、という感じがしないでもない。あまりにも豪華なので。

その中に、「衆議院法制局」「公安調査庁」というのが興味をそそられいただいてきた。
公安調査庁のパンフレットは面白い。
先輩のコメントは、全員仮名で掲載されている。(ジェンダーだが)女スパイもいた。
クルマの中でパン食うような生活を続けながら、情報を取り逃がしたエピソードなどが吐露されていたりして、情けねぇ、と思う。Q&Aでは、海外に行く機会はあるのですか、とか、法学部出身が有利ですか、といった間抜けな質問が並んでいる。フォーサイスを数冊読んでおけ、と言ったほうがいいんじゃないかなぁ。イメージ写真で使われている電話機は、情報機関のものとは思えないような古い電話。
公安調査庁は、上部省は法務省で、南野さんのところか。同じ情報機関の中でも、警察の公安課ほど強そうじゃないなぁ、という感じ。あまりにも細かい出先機関が列挙され、すげえなぁ、と思っていたら、何とオウム真理教の立ち入り検査実施施設の一覧だった。改めて出先機関の所在地を掲載しているページを見てみると、岡山とか熊本とか、右翼団体の多い都市に出先機関が多いのも興味がそそられる。

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2005.07.05

7/5 入るを計りて出ずるを制すが財政赤字を膨らます

組合の機関紙コンクールの審査。メディアの変わりめになっているせいか、応募作品が少ない。職場で構内LANを活用したメール連絡が進んでいたり、ISO14001の運動が進んできたから、印刷物の機関紙は少なくなっているのかも知れない。

●財政の議論で「家計のように入るを計りて、出ずるを制す」という馬鹿な俗論が蔓延している。税金を取るところから考えたら、税金がいらない、という議論か、逆に税金取りまくって、というところから話がスタートしてしまう。それは税金を取る側、つまり財務省や国税庁の理屈だけになってしまう。税金は、使うから取られるべきものであって、使うことを考えないで、取られるところから考えたら、税金が安ければ安いほどいい、という理屈しか生まれず、結果として、現在の国の財政のように、収入欠損のまま、支出が肥大化するということが起きてしまう。「家計のように入るを計りて、出ずるを制す」などと誰が言い出したはかわからないが、全く無知な俗論である。

そんなことを考えていたら、神野直彦東大経済学部教授の「財政論」もそういうことを冷静に書いていて、王道はそうなのだと納得した。

だからこそ、出ずるをきちんと検証し計画立てて財政を考えなくてはならないのだろう。
もう1つ言うと、税金が高い、というのはインチキな議論である。中曽根政権の税制改革で減税が行われて以後、所得税はビタ一文たりとも上がっていない。その後、マンション減税、生前贈与減税、定率減税と、減税がたて続けに行われ、むしろ実際に払う税金はどんどん下がっている。とりわけ高額納税者はものすごい勢いで下がり続けている。

そんな減税天国にいる国民が、入るを計りて出ずるを制す、なんていうことは、放漫財政と同じく、誰かがどこかで帳尻合わせてほしい、という無責任なお任せ主義の延長でしかない。国民が主張すべきは、これだけの社会サービスを用意すれば、政府に依存しないで生きていける人が、自分の能力にチャレンジする人が増えていくので、それに見合う税徴収をやってください、と言うべきなのだ。

そうして財政を家計にたとえるような人は、ばらまき児童手当や、ばらまき乳幼児医療費無料化、介護保険料のばらまき減免に表だって反対したとは聞いたことがない。、「あったらいいから」という理屈にもならない論理で、正当化され、結果として、その財政のアンバランスが拡大。その帳尻あわせを、自立だ自己責任だ、という論理で、母子家庭の手当の削減や、障害者福祉の利用高払いのような制度にすり替わっていく。もっと言うと、与党支持者には、こうした給付の削減や、自己負担の増大を既得権益から護られるような制度の抜け穴も用意されていたりする。

ほんとうの重税感があるのは社会保険料だ。とくに介護保険を導入しても一向に減らない健康保険の財政問題についてもっと切り込む必要がある。
日本医師会は1970年代、政府が健康保険財政の見直しに切り込んだときに、患者の受診拒否をやって、結果的に人を死においやっている。そのことが政府の足をすくませているのだろう。しかし今日、そんなことをやったら、公務員がバッシングされているごとく、医師会の存在や、医師の社会的評価と高い報酬を認めている社会的合意が一気に否定されることになる。やはり、税にしても社会保険にしても、使途を明らかにし、その運用を透明化して、利用者、業者、政府(社会)の合意によって、支出と収入のバランスが取られてくる。

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7/4 自分では運転しない主義

印刷所で校正作業。
夜、タイに住み帰国中の元民社党系ユース部の幹部をやっていた友人と、千葉県のある自治体職員と都議選の結果をめぐって雑談。
都議選の勝者は誰か、という話。自民党は厳しい守りのたたかいに成功しただけ。公明党は予期した通り。民主党は伸びたけど決定的な勝利ではないし、反石原でたたかって今までの準与党のうまみはなくなる。ネットは取りこぼしが多く完全に負け。しかし最初から惨敗を予測されていた共産党が意外と善戦して存在感を示し、世論調査でも無党派の支持率が民主党に次いで2位になっていることから、共産党なのかなぁ、などと話す。それくらい勝者のはっきりしない選挙結果だった。
しかし、中選挙区制の時代は毎度こんな結果だったのかも知れない。衆議院に小選挙区制が入って、少しの世論の動きがはっきり結果に反映されるようになったのかも知れない。
わが労組は民主党が躍進した中、全員落選。負けどころか×ゼロの無。社民党と一緒だね、なんて話になる。

●保育園の用事で市役所に行く。保育士が逃げられ続けたベネッセに委託した市立宮戸保育園の利用を勧められる。他の保育所は利用者がいっぱいで入れないのに、ここだけ空いている。利用者は正直だ。

市役所に行くたびに窓口で、「お車でお越しですか」と、駐車券が必要かどうか聞かれる。その度にむむむ、と思ってしまう。環境に悪いマイカーで来る市民だけ交通費をタダにして厚遇しているようだ。公共交通機関を使って来る市民に対する配慮が全くないし、マイカー所有者とそうでない市民との差別されているようなイヤな感じがしてしまう。
基地跡地開発の構想でも、市役所はじめ公共施設の駐車場を拡大するような案がいくつか出ている。駐車料金をタダにできる財政の余裕があるなら、もっと市内のバス路線網の充実やコミュニティーバスの利用率が上がる改革をしてほしい。

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2005.07.03

7/3 保護者の立場からの保育所の民間委託を考える

午前中は、助産院の交流会に参加。助産士さんが落ち込んでいたようなので、励ましになってよかった。
午後、都内で保育園を考える親の会「民営化・民間委託を考える」シンポジウムに参加。地域福祉計画でお世話になっているコンサルで育休取得中の担当者や、友人と偶然会う。

保育園の民営化、民間委託は、自治体の事務方が音頭を取って推進している割に、事業者が手を挙げないらしい。自治体がリストラとしてやるので、業者にとってうまみがないこと、幹部職員の育成をうまくやれている社会福祉法人が少ないことが理由らしい。
それでも、自治体は民営化を強行することがあるようで、その場合の保護者の対応策について、文京区と練馬区の取り組みを紹介される。
保育の質とは何か、日々の保育の営みの中の高い質をどう評価するか、そうしたことが、延長保育の実施や、幼児教育の実施などの指標に比べて言語化しにくく、そうしたものが民営化されて担保されるのかが見えない不安を持っている。子どもにとって最善の利益が何か、それを民営化や民間委託がクリアできるか、が問われている。
市場原理の競争で保育の質が上がるか、というが、事業者の参入が多くなければ質はあがりっこない、今、質が上がらないのは、保育所にかけるお金が少なすぎるからだ、というのは同感。
桐生市の保育所の民間委託にたたかっている参加者の話に身をつまされる。北関東の市役所は市民参加の合意形成なんて気を配っている風もないし、文京区、世田谷区のような理屈っぽい住民がいないし、地縁が濃いので大変らしい。風穴をあけてがんばってほしい。

終了後、友人と家族と食事。

●都議選終わる。
NHKの世論調査の支持政党の棲み分けがおもしろい。
○支持政党
自民37、公明10、民主25、共産8、ネット2、社民1
○支持政党なしの人が入れようと思っている政党は、
自民19、公明11、民主28、共産20、ネット7、社民は数字に出ず
共産党の粘りが強い。国政ほど民主は強くない。ネットの支持の広がりが少ない。公明が率を伸ばしているなどなど。

応援した知人、友人のうち、悲喜こもごも。1人区で予想外の勝利を果たした者もおり、候補としても良いし前任者の堅い地盤の選挙区で落選された方もいる。都議選ってやっぱり難しい。政党の選挙になって国政の課題がテーマのような感じもする一方、票を出してくる組織づくりは、市町村単位のきわめてローカルな世界だったりして、東京都をどうしていくか、ということが議論になりにくい。そんな中で勝利をおさめた方たちにはお祝いを申し上げたい。
我が労組の特出し推薦候補は残念なことに2人とも落選。1人はまさかの落選、1人は浜渦疑惑の影響。東京ローカルでは、労働組合の政治的影響力のあり方について今後の議論になるだろう。
東京の開票は地域によって大きな差がある。同じ8人区でも大田区は早々と全議席が見えたのに、世田谷区は今の段階でも最終の落選者が見えてこない。

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7/2 黒川の手帳

「黒革の手帳白い闇」を見る。前半は黒革の手帳らしかったが、後半になるにつれて、単なる土曜ワイド劇場の殺人事件になってしまった。駆け引きも取引もなくて、ちっとも緊張感無かったし、主人公原口元子が移動する先々に、関係者が同時に移動したりして、変なストーリーだった。がっかり。殺人事件の現場である青森県の警察の使っている青森弁らしき言葉が、ただの汚い東北弁で、青森の人怒らんべか、と心配になってしまった。

●過去10年近く、「超整理手帳」を使っていたが、書く欄が小さくて、結局、取材メモ以下の細かいことまで大学ノートにあれこれ書いてしまう。そうすると、過去の大学ノートが十数冊にもなると検索不能になって退蔵され、教わったはずの話がわからなくなってしまう。
生活習慣や所作、環境を変えることが私は苦手だが、それでも思い切って、今年から大きめの手帳に変えた。表紙は黒だが革ではない。ここには、他人の秘密など不用意なことは書いていない。私の日程とすべき苦役がただ羅列されているだけ。

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2005.07.01

7/1② 社会がきついんだったら合宿せよという社会

政府のニート更生事業、若者自立塾がスタートする。政府の事業委託に全国で20もの団体が応募したという。びっくり。
中身は合宿で研修させるという。何か違う。ニートの自立の方法は「根性のたたき直し」ととらえているのではないか。閉じこめた空間で何とかしようとするのは、戸塚ヨットスクールか、若い根っこの会か、自由の森学園みたいだ。私生活の自立を認めた開かれた場で主体的に何かをしない限り、力にならないような感じがする。

そもそも、合宿というしんどいイメージのある研修に自発的に来るようだったら、ニートにならない方法は他にもありそうだ。親に行け、と言われて来るようなら、何もしないよりいいかも知れないが、解決になるのだろうか。民間企業なら、入社と同時に合宿研修やってくれる。最近は根性もの研修も陰を潜めている。就職すればいいのだ。となると話は振り出しに戻る。やっぱり何か違うのだ。

などなど後ろ向きなことばかり考えてはいけないのかも知れない。
むしろ、労働組合こそが、ニートの自立支援事業をしなければいけないのではないかと思う。労働を通して、働く者としての誇りを伝え、福祉をかちとり、そして特に大事なのは権利を学ぶ、そのことを通して、社会に臆することなく渡り合っていける労働者を育成できるのかも知れない。学校などに乗り込んでいって、労働者の権利教育をしたりすることが必要だと思う。

今は丸裸のまま若者が社会に放り出されていて、運のいい人だけが機能している労働組合に守られている。多くの若者はかなり長い時間拘束されるような労働環境におかれている。そんな状況の若者が、社会に出ることを必要以上に恐れるのは当たり前だ。労働三権は教えてもらっても、労働組合の作り方、不当な仕事のさせられ方しているときの対抗戦術など、労働組合の門をたたくまで誰も教えてくれない。たたくべき労働組合の門がどこにあるのかも、わからないようになっている。

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7/1 所有権のない物を「横取り」させる方法

●6月24日に市はこんなことを発表している。

資源物の横取り防止の規定を条例で定めました 市では、「アルミかんや新聞紙などの資源物を集積所から無断で持ち去る行為」に関する規制を強化するため、「朝霞市廃棄物の減量及び適正処理等に関する条例」の一部改正を6月24日に公布し、同日から施行しました。  この条例では、集積所に出された資源物の所有権は市にあることを明記しています。そのため、市または市が指定する事業者以外の者が集積所に出された資源物を収集、運搬することを禁じています。  市では、この条例の施行に合わせ、朝霞警察署と連携して横取り行為の防止に取り組んでいます。

何回かここで書いているが、ごみを「横取り」することに問題があるなら、その弊害を明らかにする必要がある。いろいろ考えてみたけど問題点がわからず、釈然としない。ごみはごみで民法上は所有権が無くなっているものだから「横取り」という言い方そのものが法律に適わない考え方ではないだろうか。
もし「横取り」する業者が集積場を散らかしたり適正な回収をしないなら、それを是正したり規制すべきで、迷惑だからやること自体違反、ということは、官の論理で公共の論理ではない。
自主的なリサイクル活動を広げていくことのほうが、雇用や地域密着型の産業の育成につながると思う。またこうした活動が広がるほうが行政コストの削減や地域のつながりをつくっていくのではないかと思う。

なんとなく私は、横取りして自主的にリサイクルする人たちの中に、ホームレスなど公務員や町の有力者にとって「好ましからざる人」がいるからと、その人たちへの差別や偏見を感じてしまうのだ。違うだろうか。

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6/30 逆少子化・逆人口ボーナス

NHKの少子化社会の番組の反響が大きいみたいだ。
とくに、エコノミストを中心に少子化おそれるなかれ、という意見は慧眼だったようで、反響も大きい。
また、LovelessZeroという非婚化、少子化、ニート・雇用問題、教育問題、希望格差社会・社会の2極化に関するリンク集のHPで、「人口ボーナス」という言葉を紹介してもらった。少子化傾向にある社会では、生産人口に比べて子育ての負担が少なくなるため、経済に余裕が出てきて活性化するという理屈だ。

逆のことは朝霞市でおきている。

朝霞市は、出生率こそ全国平均を下回るが、マンション乱売の結果として子育て世帯の流入増加が続いている。その結果、首都圏の中では大人の数に比べて子どもは多い。「負け犬」のメッカ、東急や小田急の沿線地域と比べると、子どもや妊婦を驚くほどたくさん見かける。
猛烈な少子化に悩んでいる自治体にとってうらやましい話だが、朝霞市に住んでみると、納税額の少ない子育て世帯によって、市民ひとりあたりの税収はそう上がらないままに、保育所や学校教育、公園整備等にお金を使わなくてはならない。生産人口と子どもの比率が、日本の標準的な比率より高い、逆ボーナス現象がおきている。

そんな中でも健全財政を維持した市役所はドケチとも言えるが、ドケチ財政路線を修正しても、子育て世帯が大量に流入している中での需要追随では子育て施策をいくら打っても財政が続かない。これ以上の子育て世帯の集中を避けるために、私が繰り返し提起している需要コントロール、つまり新規マンション建設の調整という難しい政策判断が必要になるが、土地による収益で暮らしている市議さんたちはこうした政策を絶対飲まないだろうし、市職員の苦労と、市民の不幸は続くのだろう。

朝霞市民は、他市なら公的なサービスとして受けられる子育て関連サービスのいくつかを、自己責任、自己負担でまかなわなければならない。最大のものは比率で全国屈指の保育所不足だ。そのことで月5万から8万の自己負担を強いられている世帯がいる。
地方税は全国どこでも同じだ。さらに地方交付税で、どこの自治体も不公平がないように財政がつくられている。そこで、自己負担を強いられるというのは、税外の税をさらにとられているようなもので、しかもそれは子育て世帯が集中して負担しなければならないような性格のものになっている。これはまさに税金が高くないことのリスクだ。

そんなことを考えていたら、今日、市報が配られた。
すでに2ヵ所ある子育て支援センターにさらに2ヵ所新規にできるという。保育所・幼稚園が7~10ヵ所に1ヵ所を想定している施設を、こんなにたくさんつくっていいのだろうか。そのことが全体的な子育て世帯のためになるのだろうか。
子育て支援センターは、究極には児童虐待防止、近いところでは保護者の孤立回避や、専業主婦の子を社会に引き出す場だ。当初は既存の保育園や幼稚園をサポートして、通園児以外の保護者や地域の子育てネットワークづくりを支援するセンターとしてスタートしたはず。それが今、公園デビューの代わりの場になって行き場のない子育て中の専業主婦のたまり場になってしまっている。単なるたまり場を行政丸抱えで提供することはどうなのか。一方的な子育て支援ではなく、保護者が自分たちで集まって何とかする空間をもっと増やさなくていいのか、考えさせられている。

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