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2005.06.03

6/3 地域と自分と商売と

JALの機内誌「SKYWARD」を読むと、臼杵市の黄飯(おうはん)の記事があった。黄飯とは臼杵の郷土料理で、くちなしに浸けた水で炊いた炊き込みご飯。それ自体に味は特にないので、かやくやきらすまめしなどと併せて食べる。

雑誌では、フランシスコ・ザビエルが初上陸した地なので、パエリヤから黄飯が発明されたのではないか、というものと、赤飯の代用品として発達したものという説の由来が書かれていて、代用品説に軍配を挙げている。

そして、黄飯を食べさせる店ということで、いとこの妻のご実家が紹介されていた。
このお店では臼杵市の郷土料理を発掘して出している。お父さんは、臼杵石仏の伝承を発掘し伝えることに力を注ぎ、お母さんはお店の仕事の間に石仏をテーマにした油絵を描き、息子さんは、郷土料理をテーマにお店をいろいろ変えていきながら、大分の自然から取れる釉薬で焼き物を造っておられる。
全員、地域と自分と商売のバランスがいい、とってもすてきな一家だ。
この記事の写真が格好良すぎて、息子さんのハンサムさが消えていた。

臼杵市民のいいところは、自分の住んでいる街を大事にするし、街に住む仲間をとっても大事にしている。一緒に考えて行動することを大切にしている。キリスト教に開かれた商業都市から始まる500年以上の歴史があるせいか、街おこしをはじめとして、街を楽しくする、街を自分たちで変えていくということをとっても楽しそうにやることができていて、そういう人間関係と街づくりをリンクさせるようなサークル活動が活発なことだ。

●和光市の若手市議の松本たけひろさんからトラックバックをいただいた。

松本さんのブログでは、市民参加に正当性があるのかどうなのか疑問に思っていて、かえって行政の恣意性が強まるし、左翼の社会進出作戦に使われるかも知れない、と危惧され、パブリックコメントどまりでいいのではいなか、と言っていた。私も10年以上前にはそのように考えていたが、改めた。

市民参加が自治体をゆがめていくかということについては、議論の過程について公開性を担保していけば、独特の立場のご意見は市民常識などに晒され、淘汰されていく。
市民参加だからといって思いつき的に一方的に決めることにはならない。当然、行政や当事者や利害関係者のヒアリングや意見交換は、わからないからこそより一層繰り返されていく。むしろ、利害関係者と行政だけで調整が行われた結果としての政策は、「こうしておけばこの連中は黙ってくれるんだよ」という論理からもたらされるゆがみが発生している。公開された市民参加はこうしたゆがみと不透明さを是正していくことと思う。

市民の考えを表す正当性の第1は議会だと思うが、議員が自ら条例づくりをやるようにならなければ、機能しない。今の地方議会のように1回30日間年4回だけ集まって行政に注文したりチェックするだけの議会である限り、その責任は放棄されていると言ってよい。
政治的スタンスは嫌いだが、上田知事を政治家として尊敬できることは3点あって、そのうちの1つは議員立法にたくさん取り組んだことである。市民から正統的な権力を付与された議員が法律や条例をつくらずして、市民参加を否定して、市民はどのようにして行政をコントロールできるのだろうか。

朝霞市のようなベッドタウンにおいて、農民を中心とした市の有力者と多数派のサラリーマン階層の市民が断絶を解消することが大事だと思っている。そのためにはより多くの市民が、いろいろな場面で市役所のこと、市内のことについていろいろ議論して、少しは変わってきている、変えることができている、と実感することだと思う。

なおパブリックコメントは市民参加ではない。行政の提案の公正さを測り、修正を図るもので、意見の採否も行政の裁量の範囲である。場合によっては提出した意見も書き換えられて公表されることもある。行政の計画や通知の完成度を高めるために今以上に推進すべきとは思うが、これで市民の考えが確実に反映されるとは思わないし、根本から改革しないとならない問題については、まず改まることはない。

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コメント

詳細なお返事ありがとうございます。ベッドタウン云々、同感です。その断絶といさかいを政治に利用している議員は都市近郊にたくさんいますし、それを「新住民」である私に望む方も多いです。ただ、私はそれは政治の私物化だと思っています。

>臼杵市

臼杵市のバランスシートを自分の編集した本に掲載したのが6年ほど前です。興味が企業会計と商法一本やりだった私は当時、そのBSを作った話のうまい学者さん(I先生、お許しを)に騙されて(笑)入れました。私にとってはそれだけのかかわりなのですが、行ってみたい気持ちがまた出てきました。

>市民参加
これは詳しいコメントを控えます。
私はいま、理想と現実の狭間でもがいています。和光市の現状は、市民参加を自分に有利に利用したい人々の暗躍だと思っています。市民参加に罪はないのですが、「市民参加条例」制定の際の議論は明らかに不十分でした。所属を総務委員会にしておくべきだったと思っています。
ちなみに審議会なども多すぎます。(結局参加者はいつも同じ。)役所が肥大化しているからだと思います。
それと、私は「市民参加より情報公開とパブリックコメントを優先せよ」という立場です。
情報公開が権力を分散化させ、気軽に意見できることが「実質的な担税者」の権利確保だからです。私の個人的な意見です。

投稿: takeyan | 2005.06.04 02:52

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