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2005.06.25

6/25 少子化と世代間の感覚格差

池袋東武で職人市を見てくる。富士見市の嶋村忠治さんの座敷ほうきに見とれ、話術に巻き込まれて買うが、なかなかいいほうきだ。

●NHKの「人口減少社会②どう思いますか?子どもが生まれない社会」の番組が良かった。
ドラマのつくりが良かった。私と同世代の人間が首相になるというリアリティーに改めてどきっとしたし、子育てに悩んでいる世代が、昨日今日入った新入社員のような世代というのも、どきっとした。少子化だけではなくてその世代の働き方や、高齢者の将来像、介護ビジネスのあり方などにも問題を提起していて、話題盛りだくさん。前回の格差社会のとりとめもない議論よりずっと良かった。

ある参加者が言った、最終的な問題は長時間労働して一丁前というシステムがこれからは役に立たないという発言が、ほんとうのところを突いているのだろう。
これからの労働力減少社会で、高齢者も子育て中の女の人も働かなくてはならない時代が確実にやってくる。その中で、男が長時間労働することに合わせる社会システムでは、国民全体が働きの割にどんどん貧乏になるだろう。「がんばった人が報われるべき」として、がむしゃらに働くことばかりを要求する小泉構造改革では、儲からない子育ては全く評価されないだろう。小泉首相が続く限り、少子化は進めども止まることはないだろう。

次に、M字型雇用を前提として、軟着陸させる制度をNHKが先行事例が紹介された。それに反発して、水島広子代議士と遙洋子が、お母さんが子育てするのが当たり前、という固定観念の打破が必要だという、意見は重要だと思った。男も女も子育てし、ときには社会の力を援用して子育てしていく社会にしないと、子育ての負担は誰も被れなくなるだろう。

それとやっぱりお金の問題。これから子どもを生もうとする参加者の多くが経済的問題に言及していて、それはそれで本当だと思う。
だからといって児童手当をバンバン付ければ子どもを産み育てるかというと違うと思う。子どもを産み育てるということ、つまり親になることはお金をもっていればできることではない。自分が自分であるという尊厳を確保しなければ、親なんかにならない。だとすると親になりうる層に自分の力で稼いで、自分の力で子育てができる社会であることが必要だ。そのためには単に子育て世代にお金を垂れ流すのではなく、自信の持てる雇用と、その裏側の保育政策が重要になるのだと思う。少なくとも今のように雇用を平気で犠牲にする社会のようなあり方ではダメだ。
貧しくても子どもをつくる社会はたくさんある。日本も、40年前まではそんな社会だったはずだ。社会保障の配分の問題もあるが、子どもを産み育てて、かわいいし楽しくて、苦労があるけど何とかなる、という環境を提供しないと、少子化なんて克服できないと思う。その何とかなるのための政策は何があるのか、自治体は考えていく責務があるだろう。

かわいそうだったのは、年金もらいすぎの高齢者が番組の趣旨を理解してあえて出演していたのだが、やっぱり袋だたきにあっていたこと。基礎年金しかない高齢者や、年金保険料負担に苦しむ若者と比べて不公平であることには違いない。しかし、この再配分は別の政策が必要だし、たとえ年金もらいすぎなら全額使ってくれればいい。なぜなら、贅沢する高齢者へのサービスが、若い人が食べていける雇用をつくる。一番たちの悪いのは、年金を貯金する高齢者だ。ケインズ経済学の消費性向の理屈からは、どんな不労所得でも使ってくれれば、社会が再配分し誰かの所得形成につながる。そう考えると、年金からの貯蓄禁止法とか年金からの貯蓄への資産課税法を創ったらいいのかも知れない。

余計な一言だが、団塊フェミニズムの足のつかなさもかいま見られた。
高齢世代が、少子化の恐怖感と自分の生活水準を切り離して考えていることと、若い世代が同一視していることが対称的だった。高齢者の多くは、世の中大変になるだろう、と言いながら、自分の年金生活は変わらないだろう、と予測している。こうした感覚は逃げ切り世代と言われるゆえんだ。こうした感覚にフェミニストの遙洋子が、同調していたのがおもしろかった。
遙は、高齢化が進んだ秋田県阿仁町がガードレールの修復財源も確保できないことを見て、「こんな事例おかしい。ガードレールなんて、国土交通省の責任でしょ、この町のことは参考にならない」と。国土交通省のガードレールの財源を確保しようとしたら、高齢化に対応できる財源が無くなってしまうということを全く考えないように、上野千鶴子に躾られているような感じだった。

両親と年金について議論していても思うが、団塊の世代より上の人たちは、世の中このままでは立ちゆかないと自覚しても、それが自分のことではないとどこか錯覚しているのだろう。きっと、戦後の日本が破竹の勢いで成長していて、その配分に一所懸命ぶらさがっていれば何とかなった世代なのだろう。自分の欲求や意欲が金銭や権利の拡大にとって無駄にならなかった世代なのだろう。
そして、団塊フェミニスト上野千鶴子の子分である遙洋子にとって、社会の未来と自分の未来を同一視することは団塊世代的な権利拡大に反することだ、と感覚を伝授されたのだろうことが見えた。

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コメント

自分もビデオで見ました。
なかなか良い番組でしたね。
ドラマで世田谷ボランティア協会理事長でもある牟田梯三さんが独身税アップを狙う保守政治家にキャスティングしてたのが面白かったです(青木幹雄をイメージ?)。

確かにクルーザー旅行の夫婦はかわいそうでした。三重在住で家もあって夫は元鉄道会社勤務、妻も元団体勤務なら、ああなるわなとは思います。けど確かに使わない人よりはマシですね。
格差社会の話も同じですが、持てる者は違いのわかる者であってほしいというのは最近の私の切なる願いです。余裕のある人は百貨店で職人の作った箒を買うべきなんですよね。

たまに、TVなんかで資産のある人がお昼はコンビニ弁当で、「私たちと変わらないですね」なんてやってますけど、金あるんだったら昼はカウンターで寿司を食えと思ってしまいます。そうすれば若者が職人として自己実現できるんです。

それと遥洋子もそろそろ上野千鶴子の型を破っても良い頃ですよね。コメントが読めてしまう。昔は関西のTVでおもろいネーちゃんだったのに・・・最近キャラがキツ過ぎなのが悲しい。

投稿: wacky | 2005.06.29 09:17

コメントありがとうございます。
箒ですね。あはは、余裕はないけど、掃除機の買い替えよりはいいかと思ってです。あと埼玉県西部の地場産品なので、支店経済以下のこのへんの地域経済の活性化の意味もあります。
金持ち高齢者がお金使ってくれればいい、とは言いましたが、やはり現役世代や他の高齢者とのバランスは考えないと政治の合意形成にならない、という感じはしています。
お金を使ってくれればというのは、マクロ経済学の理屈の上での次善の策ですが、そのためには高齢者が世界一の水準の年金や貯金が無くても暮らせるような環境づくりが必要ですね。
遥洋子が次に型を破るときに注目ですね。今はフェミニストであることに精一杯という感じ。寂しいですね。

投稿: 管理人 | 2005.06.29 11:02

余裕なくても買ってくれる黒川さんはなお、すばらしいお客様です(笑)。
確かに保険料を払っているとはいえ、前世代を支えるのは私たちより圧倒的に楽で、給付はそのまま(乱暴な言い方かも)というのは釈然としません。それに今も国庫負担があり、比率もアップしてるわけですし、保険料がそのまま給付になっているわけではないですよね。財政赤字も次世代にツケを先送りしているわけで、そこのバランスの是正をやらないと、支えきれるわけがなく、積極的に国民年金を払わないという人が増えても仕方ないですよね。

投稿: wacky | 2005.06.29 21:31

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