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2005.06.17

6/17 九州新幹線は薩摩を開国させるか

昨日、鹿児島で調査の仕事。少し時間があったので、県立歴史博物館「黎明館」に立ち寄る。学生時代に行ったときには、薩摩が徳川様に命じられて木曽川の改修をさせられた恨み骨髄の歴史の展示が良くて、敵ながら感動した。今回寄ったら、薩摩の歴史がのべたんで公開されていて、メリハリが無くていまいちだった。ただ、今日の保守的な教育改革論や、明治憲法下の日本の異様さの源流が薩摩にあることはよくわかった。異様なまでの排外主義、少人数による相互監視、精神訓を教え込む教育、偉人への崇拝、官僚統治、これらは薩摩の伝統なのだ。戦前を懐かしむ伝統主義者は実は薩摩の独特なスタイルを奉っているのかも知れない。敵国薩摩で気づかされることは多かった。

昨日の鹿児島の仕事を終えて、朝2番目の九州新幹線で博多へ。博多まで2時間半程度で着く。途中の新八代で在来線に乗り換えるのに、特急券は鹿児島中央→博多となっているし、新幹線の行き先は博多になっている。て、営業面では在来線を含めて博多までを新幹線扱いしている。新幹線と在来線の乗り継ぎの新八代駅は、在来線が引き込み線で新幹線ホームに横付けされていて、ホーム上で乗り換えられるのに感激。

shinkansen1新幹線の車両を4人がけにすると、こんなにもゆとりがあるのか、とおもうほど座席は広い。肘掛けも一人ひとりに両方ついている。

shinkansen2車両のデザインに凝っているJR九州らしく、木材を使った内装も暖かみがあってよい。不要な新幹線とみられている分に、そうしたヒューマンインターフェースの改善努力には見るべきところが多い。

在来線沿いには、ところどころ新幹線の橋脚ができあがってきている。柱の一本一本が自民党の古賀誠さんに見えてくる。日本の税金って、国債と年金と医者への給料を除くと、高速道路と新幹線と港湾整備とダムで、セメントと鉄筋ばかりに化けているんだなぁ、という感じがしている。セメント屋って景気がいいのだろうか。

福岡市では、うちの福祉関係の組合員の集会の取材(というより写真撮り)。労組では、集まって気勢を上げるようなもののほか、学習会のようなものも集会と呼ぶことがある。今回は後者の実質学習会。参加者が予想以上にふくれあがって、障害者福祉や介護保険の分科会は、机を撤去していすだけにして、それでも満席。トータルの参加者も700人を超え、福祉労働者の学習意欲の高さに感動。しかも内容は決して福祉労働者に甘言するようなものではないのに。現役福祉労働者は研修機会が少ないのかなぁ。
会場の同じ階では我が労組を敵視する共産党系看護士団体の学習会が開かれていた。パイロット、かつてのスッチー、医者、弁護士、大学教授、看護士、新聞記者、民放、工業都市の公務員、IBMと、高給取りの職場に共産党系労組・団体は強い。
写真の変わり映えがしないので、ある程度撮ったあとは、集会(学習会)の分科会に潜入する。児童福祉の分科会に入って、厚生労働省の施策の説明、東洋大学の森田教授の講演、子どもシェルターの施設長の話を聞いた。

夕方、東京に帰る。羽田行きの飛行機が機体変更で座席がえらい後方に変えられる。機材は車輪が脱落したものと同型機のB767-300。恐かった。

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