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2005.05.31

5/31② 朝霞市の幼保一元化

地域福祉計画案で、今までの福祉のやり方と違う福祉のあり方を提示するものの1つして「幼稚園・保育所の一元的運用」を提言している。
それに対して市職員で構成される庁内検討委員会は、児童福祉課を中心に削除せよ、という修正案を出してきた。
策定委員会の審議で中間提言では両論併記で市民に公開されることになった。

朝霞市は、保育所の待機児童問題が深刻で、かつ幼稚園も入園が難しいほど子どもの多い地域なので幼保一元化の必要なしということらしい。
政府が推進している幼保一元化が、単に保育所不足解消策として提案しているので、市職員は待機児童問題解消の文脈だけで受け取ってしまったのだろう。待機児童問題解決のための幼稚園・保育所の一元化という提案もあるが、私はそれは副次的なものだと思っている。

大事なことの第1には、子どもの育ちが、分断されることの弊害が大きいということだ。幼稚園で育った子と、保育所で育った子の勉強への集中力と生活での問題解決能力が反比例する関係にあると言われ続けてきている。能力開発面に限らず、社会的関係、多様な人との共存などを考えると、この分断はナンセンスだと思う。

第2には、保護者の分断が良くない。育児休業を取って地域のお母さんたちと交流をもつ機会があったが、専業主婦は、保育所問題を贅沢な問題ととらえ、保育所入所児の親は、専業主婦の子育て支援なんて贅沢な問題ととらえ、お互いが断絶の中にいる。複雑になるが、同じ施設の保護者として共に子育てする関係を作れないのか、という思いがある。

第3には、明らかな就労以外にも、保育所の入所条件である「保育に欠ける」と考えられるケースが増えているからである。たとえば、ボランティア活動やNPOでの無償労働などどうだろうか。失業した母子家庭の求職活動なども保育に欠ける状態と言えるが、現状では保育所入所は朝霞市では不可能だ。一方、パート労働などで「就労」している親が子どもを幼稚園に「預けて」いるケースも多い。もはや線引きは意味なし、だと思う。

第4には、幼稚園の施設の充実で、ほとんど保育所と施設の状態が変わらなくなっている。分けていることの意味がなくなっている。

いきなり幼保一元化は、思い切った行政のトップクラスの覚悟がない限り不可能だと思う。しかし、幼稚園と保育所の担当課・係を一緒にしたり、国や県から入る幼稚園の入園補助金と保育所の運営費補助金の扱いを同一部署で管理すること、保育士と幼稚園教諭が一緒に研修したり、保育所を横目でみながら幼稚園の延長保育を実施したり、幼稚園を意識しながら保育所の教育内容を改革したりすることは、可能だろう。

この街の、分断された子育て、育ちの環境を変えていく一歩が必要だ。

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5/31 エスタブリッシュメントの態度

好きでやっていることだからあまり文句言いたくはないが、今日の地域福祉計画の策定委員会はひどかった。

策定委員会とは調査と計画をまとめてきた市民委員会の提言を承認したり、修正したりする場である。
市民委員会が市民の希望者で構成し、無報酬で自発的に月数回の活動をしているのに対して、策定委員会は有償で数ヶ月に一度、市の各団体の代表が集められて市民委員会のまとめてきたものをチェックする。

地域福祉では近隣住民に何らかの助け合いの輪をつくっていかなくてはならないが、市民活動の盛んな武蔵野市のような地域とは違い、朝霞市の場合、町内会の役割が大きくなる。市民委員会の提言で町内会の活性化が入ったことについて、市内の任意団体の会長も務めるある委員からは、市民委員会に「町内会には毎日のように市から大量の資料が送られてきて読みこなすだけでも大変だ。それなのに町内会にも入っていないメンバーがいる市民委員会が町内会のことについてあれこれ言うな」との物言いがついた。
またある委員からは、「地域と関わるとは何なのか、福祉でもらうことばかり考えているのではないか」と禅問答のような質問もあった。「この計画は権利の主張ばかりで義務が書いていない」など。
この委員たちは、私語はひどいし、計画を指さしながら冷笑しているし、いやな雰囲気であった。
こんな委員たちに、市民委員会はネタを提供しているのかと思うと、ほんとうにやりきれないし、当事者なんかどこかにいってしまっている態度だ。

町内会のことについては、市民委員会の苦労も一緒にしていないのに提言への評論ばかりしないでください、と言いたかった。任意団体の町内会には毎日のように市から大量に資料が送られてくるということが理解できない。行政に近いのか、住民に近いのか、不透明な感じだ。
地域に関わるということは何なのか、という禅問答に対してはご自身の行動で表してください、と言いたかった。福祉でもらうことばかり、ということについてはどこがそうなのだろうか。支援そのものを否定されるなら、自助しかいらないということだろう。それなら正面から地域福祉計画はいらないと発言すべきだろう。
義務の話については、権利の反対語は義務ではないと言いたかった。難しい話になるが、権利は権利で、義務は義務だ。権利と義務とをトレードオフするような意見が跳梁跋扈しているが、それは違う。権利とトレードオフする議論が成立しうるのは責任で、それも他人の権利を侵害しないようにする責任という意味合いだ。こういう言葉使いをされるときは、権力に近い者から遠い者への抑圧がある時だ。
具体的な策定の作業させられている市民委員会に対して、これらのエスタブリッシュメントの発言は、何にもならないし意欲をそぐだけである。

また、同時に市職員で構成される庁内検討委員会の修正案も出てきた。かなり物言いが絞られていたが、いくつか見過ごせない修正案もあった。市民委員も策定委員も自分の発言は公開されているが、庁内検討委員会はどこのだれが修正案を出したのか明らかにしていない。市民委員会との事前協議もない。

市民参加の計画づくりの体制を守るためには、市職員が職務上の匿名性において市民委員会の結論を自由に修正することを認めてはいけない。私は修正案を出した課名を明らかにさせた。余談だが公園緑地課の修正案はなかなかの変化球で、意図している方向になるともならないとも言えるが、市民として反対しにくい修正だった。すべてを認めるわけにはいかないが、この頭の良さは評価したい。

庁内からの修正案の中には、「~づくり」や「推進」という結語の後に、「のために検討する」を付けるような修正が半分ぐらいあった。医師会出身の委員さんが「検討する、なんてやらないということですよね。よってそういう市側の修正は認めないこととしたいのですが」という発言があり、検討するをつける修正はすべて却下された。医師会のことをあれこれ言ったが、こうした適切な発言に深く感謝したい。
また、先に挙げたように委員会で混乱させるような発言に対して、当事者団体の委員の方がピシッと締めるような意見を言ってくださった。この方には市民委員会と兼任の委員一同でお礼をした。
適切な修正をしていただいた委員もいた。市民委員が大慌てでまとめたものだから、そうしたことにフォローをされることに感謝ばかりだ。

市のエスタブリッシュメントには、混乱しか生まない議論をしたがる人がいて、あまりにも多く発言する。今後の市は市民参加を進めようとしているが、こうした人たちがいやな思いをまき散らさないような工夫が必要だ。
その一方で市民委員会の努力や、当事者に近づこうとする意欲を評価して、きちんと対応された方がいる。その方々には感謝したいし、これからもいろいろ期待していきたい。

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2005.05.30

4/30 東上線駅前の幻滅感

取材から記事入稿まで時間のないこの時に、あす、地域福祉の委員会があったのですが、間違って今日、市役所に行ってしまい、バツの悪い表情で職場に戻る。

夜、自宅の最寄り駅でキャバクラのティシューが配られている。最近、こうしたティシューを遠慮無くもらうようになった。ティシューからは香水のいい匂いがしたが、ティシューに挟まれたキャバクラのチラシからはたばこの煙の臭いが。先輩たちが楽しみにしながら結果として味わっているのはこの幻滅感なんだろうか。

●日本脳炎の予防接種に問題があって、急遽取りやめの新聞報道。
しかし報じたのは読売のみ。朝日も、毎日も、国民生活に重大な影響のある話を何も伝えなかった。最近、スキャンダリズムに溺れて、社会保障がらみの有益な情報が流れてこない。

●選挙違反の連座で議員を辞職した鎌田さゆり氏が仙台市長選挙に立候補するらしい。
胸中は複雑だ。彼女のような生活保守の価値観の人間が地方自治、とりわけ複雑な市民が多い政令市の市長は携わらないほうがいいような気がするし、反省してあっさり議員を辞職したと思ったら、なんだこんなことか、と思ってしまう。一方で、市役所のなかからしか市長が生まれない傾向が強い政令市で、議員出身の市長が出ることの意味は大きいと思う。

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5/29 整備新幹線の国・自治体負担の内訳

整備新幹線の建設資金についてどんなふうになっているのか、いろいろ調べてみましたがはっきりはわかりません。国土交通省、新幹線誘致をしてきた自治体、公共事業に反対する運動体の資料を見て、おぼろげながら見えてきたのは、こういうことらしいのです。

建設費は総額1兆1600億円。
①国が純粋に持ち出しているのが35%、それに地方負担が17.5%。地方負担のうち国の交付税措置される地方自治体負担が7.875%、自治体持ち出しが9.625%となっている。(合計6090億円+国債・地方債利息)
②これに、「既設新幹線譲渡収入」なるJRから国に払われる既設新幹線の買い取り費用3300億円が国負担に上乗せされ、また地方自治体負担もその2分の1が上乗せされる。この自治体負担の9割の半分が国の交付税措置されるので、多くの自治体では実質国負担となる。
(つまり新幹線建設のために発行した建設国債は償還されずに次の新幹線建設に使われてしまうということ、またそのことで自治体負担が膨らまされるし、交付税特別会計の採算が悪化すること)
③残りのうち、払える分がJR貸付料(レンタル料)としてJRが負担する。(差し引き2210億円)

ということで③が何割だかよくわかりにくいのですが、結果としてJR負担2割。多額の国費がねじ曲げられて特定の地域に投入されることには違いありません。

以下、その財源配分の合意文書。

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2005.05.29

5/28② ニート問題にマクロ経済学者が関われない理由

上部団体のリーダー笹森清氏が「若者の人間力を高めるための国民会議」に参加したというので、心配しながら見ている。若者は1人も入っていないし、教育や心理学など若者の意欲や内面のみの問題にし、それの改造を期待するようなメンツなのが心配だ。

興味深いブログを見つける。
http://www.bewaad.com/20050527.html
私も、第一義的にはマクロ経済学の問題だと思う。それに加えて続いて、若者が「参加と改革」の能力を獲得をする機会もなければ求められてもこなかった、ということだ。どちらにしても経営者の都合のいい人間づくりをすることでは何も解決しないということだと思う。

政府がマクロ経済学者をこういう場に出さないのか、ということは明白である。マクロ経済学者は小泉構造改革のすべてを是認している竹中平蔵郵政担当大臣か、正反対に雇用拡大にあれこれすべきという立場の小野義康阪大教授などの立場のどちらかしかいない。今日的状況を是認しているマクロ経済学者は、雇用を拡大せよ、という訳にもいかず、意欲の問題にすり替えるしかないのである。
小泉政権の主要イデオロギーは、今日的状況を是認しているマクロ経済政策を採用し、(一発革命的な)構造改革を推進することにあるのだから、経済政策の転換という選択をすればこれまでの政権イデオロギーの否定につながってしまうのだろう。若者の雇用のや未来のことなんて考えてやる余裕をあえて持たないシンプルな思考回路をもちましょう、地獄に突き落とせばはい上がってくるものなのです、というのが現政権の経済の正当性の根拠(しかも被害者である若者もそれに流されている)なのだから。

リストラで中高年がひどい目にあっているということが騒がれた頃、小泉政権の経済政策をわかりやすく批判してもらおうとして、大阪大学の小野義康教授にインタビューしたことがある。
このとき、まだ中年のリストラしか注目されていない状態。若者の雇用について「雇用のミスマッチ」だとか就職難以上の表現がされていなくて、小野教授に、「雇用もないのに働く気がないなどと言われ若い人はかわいそうなものですよ」と言われたのがショッキングだった。
しばらくして社会全体にフリーター400万、ニート85万という数字が出て社会全体で問題が共有化されるようになる。今は社会保障政策や雇用政策を考える上でごくごく当たり前の状況認識がたった2年前までは珍しいとらえ方だったのだ。そして労働組合に携わって仕事している身として、若年者雇用に鈍感だったと反省したことがある。

では小泉構造改革とは違う立場のマクロ経済学者の言うように、雇用を用意すればニートフリーター問題は解決できるか、という問題に疑義を呈しているのが、宮本みち子千葉大教授や、山田昌弘氏だ。
彼らは若者に自治能力がなくなっているこどか大きいとして、若者が自分たちで物を考え、決め、変えていくプロセスを経験させることが必要と言っている。これは我慢強い若者を増やし、企業に従順な「社会性」のある労働者を作れという文脈は全く別の若者政策を求めている。

アンソニーギデンズ「第三の道」では、小泉構造改革のように、地獄にたたき落とせばはい上がる、その活力を期待するような社会は、はい上がった者たちが現在の地位を守ろうとして世襲や身内グループでのインサイダー取引に明け暮れて、一番不公正な社会がやってくる、というような批判をしている。
現実に、がんばった者が報われる社会をつくったというが、今の若い高額所得者は医者か世襲の「青年実業家」ばかりだ。そしてバブル期の現状認識のまま、相続税だけがどんどん下がっている。

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5/28 相対化すべき平和主義

18歳選挙権を求める活動をしているNPO「Rights」が結成5年になるので参加。
夕方から、友人たちと食事。30超えた男は多様な性のありようをしなやかに受け止められずにいい恋はできない、という話ですしを食べる。

●昨日、憲法9条が左派の結集軸にならない、という話についての説明をしたい。

逆説的だが、憲法9条というものは反対しにくいものだ。現実的ではないという人が説に力を入れるということは、その理念に反対にしくいものだからなのかも知れない。
だからといって、そこで一致団結して、改憲を阻止することが左派結集軸にしようとすることに有効性があるかどうかは別問題のような気がする。平和運動に取り組む政党、市民団体などの無力感はそのことを直視しないといけないと思う。

誰もが反対しないからと、自らの運動を押しつける怠慢は、2003年の都知事選挙で痛感した。
タカ派と称される現職知事に対して、平和派の女性を応援するというわかりやすい対抗軸だった。幅広い結集が期待できたが、共闘を申し込んだ平和運動をやっている市民活動家から投げつけられた言葉は「選挙なんてやっているヒマがあったらイラク攻撃に反対して米国大使館で徹夜で座り込め」というものだった。
結果としてパワーアップして現職知事の勝ち。都の教育はタカ派的改革が進められてきたし、自衛隊座り込み組はイラク派兵を止められなかった。

社会党の場合、結局抜き差しならないイデオロギーや路線の対立を「護憲と平和」という誰もが反対できない言葉で覆い隠して団結を維持してきた。その結果、具体的に政治をコントロールするための政権戦略とか、個別の政策づくりやそれに対する運動が、すべて平和運動の後回しにされてきた。社会党で何かをしようとする人は、その何倍もの平和運動におつきあいさせられて疲弊して離れていく。

平和運動の絶対性にもとづく、無思考、無検証体質が、日本の左派、それも中道的な社会民主主義の中で、お家芸とすべき公正な配分や、セーフティーネットの議論がされてこなかった原因だと思う。共産党の物取り主義的福祉施策を飲める水割りにして出すようなことしか提案できてこなかった。中には、平和運動だけ結集して、公正分配に関する施策について何もしてこなかった連中もいた。その結果、社会民主主義が得意とすべき顧客層は、もっときついアルコールの創価学会や、カクテルバーの田中派に吸い取られていったし、陣地が狭まってきて、一部の学校エリートのための政治勢力にしかならなかったのではないか。

私個人は9条も大切だし、権力主義的な傾向の強い最近の政治に問題意識を感じる。しかし徹夜座り込みまでして福祉をはじめとした現実生活の政策課題を後回しにすることは良くないと思っている。現実政治で人権や生活が良くなっていると実感できるような社会に前進させることの延長からしか、普通の生活人が平和の大切さを実感するような状況は生まれない。そのために私は華々しい外交・安全保障問題には(労組職員として職務責任上しなければならない行動を除いて)禁欲的な態度を取りたいと思う。

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2005.05.28

5/27 労働政治

労働組合の中間株主総会にあたる、中央委員会が名古屋であり、その出張から戻る。
夕方から星陵会館で開かれた読書会に参加。「生活経済研究」100号を題材にした。社会民主主義を研究している学者が2ページずつ日本の社会民主主義がどうなるのか報告していて、多忙なメンバーでも読み、まとめられるからと思ったので選ぶ。
この中では篠原一氏と宮本太郎氏の文章のクオリティーが高かった。篠原一氏は社民主義の課題をポスト工業化社会など的確に指摘しながら、しかし結論が社民主義の結集を憲法9条に求めていて少し残念。憲法9条の価値はあると思うが、経験的な教訓では、それではリベラルや左派の対立軸になっても、結集軸にならないと思う。

帰りは池袋から1時過ぎに出る深夜バスにトライ。自宅の最寄り駅に行くバスは満席。やっぱりこういうことがあるんだ、とがっかりしたら、その1コ手前の駅まで行くバスがあると知らされ、見たら、普通の路線バスでしかも満員。途中の光が丘まで30分以上立ちっぱなし。家に着いたら足が痛かった。

●中公新書「労働政治」を読む。
労働組合が民主党の政策決定過程をねじ曲げている、とか、労働組合が抵抗勢力だ、と思っている関係者には是非とも読むべき本だと思う。
ただし、この本では、労働組合への「改革」の推進度を、規制緩和の推進や、小さな政府への改革を目指すことだけで測っていて、そこに議論を単純化しているのが、どうかと思った点だ。ポスト工業化社会の中で、福利厚生をはじめ企業内福祉が先細る中で、民間大手労組が主張するような税金が安くなるような行政改革だけでは、社会全体の不幸を社会が回収できないだろう。

それでも、どうして連合が今のような政治の関わり方をしているのか、知るにはいい本だと思う。
中曽根内閣時代、輸出産業を中心とした民間大手労組が行政改革をテコに労働界での主導権を握り、脱イデオロギーの労働運動の流れができ、連合結成に至ったと評価している。また中曽根氏は改革推進するに当たり、同盟系労組との合意形成を重視したことも中曽根行革が進んだこととして評価している。

今日、連合が抵抗勢力と見られるようになったことや、野党支持を明確に打ち出したことは、連合結成時の目標と意味合いが変わってきているという著者の指摘はその通りで、これは労働運動史、あるいは政界再編での研究テーマとなってくると思う。
著者は、連合が、改革抵抗勢力的な動きになってきたのは、公務員関係労組が合流したことにある、と単純化しているが、私はそれだけではないと思う。望外なおたかさんブームの発生で否応なく労組が政権交代の主軸になることを巻き込まれ、その後も細川連立政権の接着剤役や、民主党結成などの合意形成づくりの支援を求められたことで政治的影響力が大きくなったことが原因と見る篠田徹氏の説によりたい。
90年から98年ぐらいの間の公務員関係労組の議論の中では、進められる改革に対する後ろ向きな姿勢は弱い。むしろ民間労組よりも派手に構造改革を提起するリーダーもいたぐらいである。公務員関係労組が抵抗勢力としての動きを見せるのは、99年ぐらいから、自民党の政治的思惑がちらつく規制緩和策で、公務員労組が得意とする社会政策分野に市場原理の導入が進められてからではないかと思う。

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2005.05.26

5/26 健康増進法を守れ

朝、新幹線で名古屋に出張。
tabakoshinkansen
東京駅ホームの12、13号車の禁煙車前の喫煙所がある。たばこの煙がいやだから禁煙車を選んでいるのに、ホームで、おっさんねえさんたちの猛烈な煙に巻き込まれ、気分が悪い。囲いも覆いもなく、煙は流れ放題。マイカー社会の名古屋に本社のある会社だからわからないのか。

健康増進法ができて以来、覆いも囲いもない無神経な喫煙所はどんどんなくなっている。喫煙車があるのにどうしてホームに喫煙所を設置する必要があるのだろうか。飛行機だって禁煙でみんな我慢できているのに、新幹線、JRはどうしてこんなに喫煙者を甘やかすのだろうか。喫煙者が飲みちらかしたたばこの始末だって、すわない人たちの払う運賃から負担しているだろうに。

少なくとも、禁煙車前の喫煙所は無神経すぎると思う。

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2005.05.25

5/25 苦労した人生の終わり

同僚のお兄さんが昨日、亡くなった。闘病の末だったらしい。

夕方、新聞集金人がやってきた。いつもと違う人なので詐欺ではないかと警戒しながら支払ったら、前の担当者が3日に急死されたと言う。確か4月29日に集金にやってきて、ばたばたとしていて、あわただしくお金を渡してしいたから、あの直後だったのだ。

この販売店から取っていた毎日新聞は、仕事上のいきがかりで取ることになった。

職場が検察に踏み込まれるような沙汰になったときに、新聞沙汰になった会社がどのように会社を建て直したのか、毎日新聞のある編集長に話していただいた。格安の講演料でありながら、とてもよい話で、しかも本来なら逆にこっちが取材されなきゃいけない状態なのに、そういうことをせずに誠実に対応してくれた。講演終了後、記者にも読者拡大のノルマが課せられているというので、窓口部門のメンバーだった私が読者になることになった。

毎日新聞は、社会面の記事が良くて、家計が苦しいときにも取り続けてきた。それだけが理由ではなく、もう1つの理由が、販売店の集金のおじさんの人なつっこさにあった。毎月このおじさんと会うのが楽しみだった。その人なつっこさで、「継続のときには、この俺に話してくださいよ」なんて言う。
苦労も、何も、この私の何倍もして、人生の大先輩だ。新聞代踏み倒されたり、夜逃げを目撃してしまったり、販売店の仲間のいろんなことを引き受けてきたのかも知れない。それなのに、若輩者の私は、寒かろうが暑かろうがマンションの玄関先で金払うだけだもの、申し訳ないなぁ、なんて気持ちがほだされて、継続し続けて3年半になった。他の人がくると詐欺ではないかと思うほど、慣れ親しんだ集金人だった。

お2人の冥福をお祈りします。

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2005.05.24

5/24 コンピューターイリュージョン

きょうは、コンピューターソフト会社で編集ソフトの研修。たぶん導入される頃には私は異動になっていて使わないと思うが、実業務にあうのかどうなのか、その感覚をつかんでおきたかった。
途中数分の睡眠学習入りで実習したが、製造元が国産メーカーなので「プロパティー」「プロシージャー」といった、意味不明の用語が少なくて使いやすかったし、マウスをあまり使わない使い方を教えてくれて、実務的だと思った。

いくつか気になったこと。①こうしたソフト提供会社の名称に「●●ソリューション」という社名が多い。どうしてもイリュージョンを連想してしまうが、それくらいおもしろければいいのかも知れない。②プロジェクターからスクリーンに投影されるパソコン画面映像ってほんとうに眠気を誘う。マイクロソフトパワーポイントを使ったプレゼンテーションの8割は居眠りしてしまう。③「先生」でも「講師」でもなく、「インストラクター」となると、異様にていねいな語末になるのだろうか。たとえば「●●してください」と言えばいいのを「●●されるといいかと思います」と言う。いつまでも述語がやってこない言い回しが、いろいろ考えを呼び、眠気をパワーアップ。

●中国の外交上手にやられっぱなしの日本。
gogi先週、札幌で中国の呉副首相を見た。呉副首相は日本の地方都市ばかり回っていたらしい。札幌の民主党の事務局にいる友人は「地方都市では、どんな国であれ副首相が来るとなれば外国の賓客として礼をもって扱わなければならないだろう、それをよく見ているよね」と言い「それに比べて日本はいけいけどんどんの議論しかない」と嘆いた。同感だ。
呉副首相の突然の帰国に、麻生、小池、安倍が中国の姿勢を批判しているが、中国との関係改善を図り、反日デモの暴動の被害を受けた日本人の損害を実質的に補償させることが今の政府のやるべきことだろう。このタイミングで靖国訪問を持ち出し、国際問題化して日本の政治の側の幼稚さが問われている。
外交で敵国を増やすことが得策なわけではないし、また北朝鮮への圧力として中国を敵に回していいことはない。中国とこじれてうれしいのはアメリカの反中国派だけだろう。
中国は過日の反日暴動デモ事件の外交的損失に対する反転攻勢のタイミングを虎視眈々と狙っていたはずだ。日本が慎重に外交をやれば、中国を弱い立場で相手にできた。それを挑発にのって靖国問題で激論をやってしまう武部の負け。他の方法で戦死者を悼む方法があるのではないか、という考えが出てきている中で、靖国に拘ることに絶対的な大義名分があるとは思えない。中国に完全に足下を見られている。こんな大事なときに、武部なんて失言大魔王を中国に行かせてしまったのはなぜだろうか。一緒に行った公明党は迷惑だっただろう。

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2005.05.23

5/23 必ず座れる地下鉄ができる

市町村合併のおかげで、組合の機関紙の発送先がずいぶん変わっている。それを追っかけて、誤送付にならないように潰していく作業に追われる。

●小田急線が、ロマンスカーを地下鉄に直通させる計画に着手。小田急のホームページより。

小田急ロマンスカーの東京メトロ千代田線への乗り入れについて

 当社と東京地下鉄株式会社では、特急ロマンスカーの東京メトロ千代田線への直通運転を、2008年春に開始することで合意いたしました。
 すでに、小田急線と東京メトロ千代田線では1978年から相互直通運転を実施しておりますが、お客さまのさらなる利便性向上を目的に、地下鉄線内座席指定の特急ロマンスカーを東京メトロ千代田線湯島駅から小田急線町田・相模大野方面へ、平日の夕方から夜間にかけて、帰宅に便利な時間帯に運転する計画です。
 運転計画など具体的な実施内容につきましては、引き続き両社で検討を進めてまいります。
 また当社では、東京地下鉄と連携のうえ、地下鉄線内運行に必要な設備を備えた新型特急車両を製造いたします。
以 上

どの列車にのっても、どの時間に乗っても、どこまで乗っても混雑している小田急線。通勤客の扱いでは最悪だったその小田急線が、進展する複々線化を活用して思い切ったことにチャレンジしている。評価したい。
従来、「ありえない」と答えたことを1つ1つチャレンジして、せっかくの設備投資を活用して、快適通勤を実現しようとする小田急電鉄は偉い。
大手私鉄各社は、自社の古いターミナルを大事にするために、急行電車は地下鉄に直通させないとか、地下鉄直通電車の本数を絞るとか、利用者に冷たい扱いをしている。そのためせっかくの地下鉄直通が遠回りのルートになってしまったり、不快な通勤ルートになっている。もったいない使い方しかしていなかった。
ロマンスカーは特急料金がかかるが、その代わり確実に座れる電車が地下鉄にもやってくる。病気のときや荷物の多いときには助かる。こうした小田急の取り組みが広がるといい。東上線にも。

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2005.05.22

5/22② なぜ校則は喫茶店の立ち寄りを禁止しているか

NHKスペシャルは森光子さんの「放浪記」の話。この中で主人公の林芙美子がカフェーで働く話が出てくる。先日は青春の門でもカフェーの女給が出てくる。戦前の社会主義者の多くも、カフェーの女給といろいろ浮いた話が出てくる。カフェーとは何なのだろうか。

今はカフェがおしゃれでまったりする場所のように言われているが、戦前はお酒は出すし、客に女性は付くし、女給の連れだしはできるし、また女給との自由恋愛の可能性もあったりと、連れだしバーとキャバクラが混ざったようなものだったらしい。明治の近代化以後、買春に自由恋愛の要素を混ぜていった流れが、遊郭から待合い遊びと展開していった結果として、カフェーがあったらしい。
そのことは井上章一がラブホテル成立史をまとめた「愛の空間」で説明している。その本でさらに驚いたのは、昭和初期、売春に従事していた人の多さで、東京300万の人口のうち5万人が、遊郭、芸者、カフェー、銘酒屋などで売春に従事していたらしい。今なら1都3県で3000万人なので、そこで50万人いることになる。

カフェー同様に戦前の地方では、そば屋や天ぷら屋などが売春を斡旋したり、2階をそういった場所に貸し出していたこともあるらしい。学生などの逢い引きにも利用されていたようだ。

こうした話を知ってから、どうして学校の校則で喫茶店や飲食店の出入りが禁止されていたのか理解できた。今の時代の喫茶店や飲食店は、不健全性を証明するほどが困難なのに、校則には明快に立ち寄り禁止と書いてあるのか、理解不能だった。戦前が性風紀の乱れた空間だったからだ。

また、滝沢など、戦後から高度成長期ぐらいまでにできた喫茶店に、「純喫茶」という冠が付いているのかもわかる。純喫茶というからには、不純喫茶があったからなのだ。ここは女性でも安心して入れますよ、ということなのだろう。

今どき、喫茶店に生徒が立ち寄ったからと処分する学校は少ないだろうが、校則にそうした場所への出入りを禁止しているところはたくさんあるのだろう。そうした場合、現実にあわせて修正するべきではないかと思っている。

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5/22 函館に新幹線はいるのだろうか

北海道新幹線が着工されたというニュースにがっかり。

通勤電車は、複々線建設の積立金の利息収入が無税となる以外は、ほとんど公費らしい公費は投入されずに、鉄道会社の自力のみで輸送力増強をやっている。それも全然強制力のない都市計画などでかろうじて線路沿いの土地の開発規制なんかがあって、小田急のように無茶言う住民の反対運動にあいながら進められている。

一方、新幹線は国の税金ジャブジャブ使って建設されている。JRの負担なんて2割ぐらいだったのではないか。
残りを国と自治体が負担することになっているが、この自治体負担というのもくせ者で、その自治体負担については交付税措置されるから、財政力の弱い自治体はほとんど国が面倒見てくれるということ。北海道新幹線の沿線自治体は必要な財政支出の1割ぐらいしか税収のない自治体ばかりだから、まずほとんど国費でみてくれると考えてよい。
その交付税を出す交付税特別会計は、国税から決まった割合しか収入がないため、新幹線の分が膨らむと、結局他の自治体の取り分の一部が将来に繰り延べされることになっている。

今、建設が進められている整備新幹線の沿線自治体のうち、自治体がほんとうのところ身を削って公費支出してでも建設しているのは、工業都市で税金が入る富山市と原発の固定資産税が入る敦賀市ぐらいだろう。

都市ばかりに税金を使えとは言わないが、都市住民がひいひいいいながら利用している通勤電車に何も公共投資がされないで、新幹線には何兆円ものお金がつぎ込まれるというのが不可解だ。

これからは私鉄各社は高齢化で乗客数が伸び悩む。そのため、ラッシュの混雑は緩和される傾向にあるが、人権を蹂躙されない程度の混雑が実現するにはほど遠い。一方、伸び悩みということはこれから新たな投資をしようとすれば鉄道会社は値上げするしかなくなっているということだ。現実に、先日、小田急、東急、東武の3社が定期券の運賃を値上げしたが、その理由は、車両の買い換えや、駅のエレベーター設置、信号設備の改良など設備改修の資金が足りないというもので、これまでの物価の変化と設備投資ではない。
そうすると、私鉄各社が設備投資を進めていくためには、私鉄だけでは何もできないということがいえる。衣食住に次いで大切にされるべき移動の自由や、生産活動のためのインフラと考えれば私鉄に対する公費投入も考えなくてはならないと思う。

民主党は通勤電車はともかく、かつて整備新幹線には抵抗を示していたはずだ。しかし、党が大きくなって、いなかもんの議員が増えたり、従来型の公共事業にぶら下がっている小沢派や羽田氏など経世会出身者の影響力の増大で、こうした無駄な公共事業にノーチェックになっている。そのことで、財政赤字の出血は止まらない。
一方で、シングルマザーへの手当の削減や障害者の福祉や医療の利用への自己負担の拡大など、セーフティーネットとして公共がやるべきことはばっさばっさと切っている。そこでは自己責任だの、財政健全化だの、という合い言葉がつかわれる。でも、北海道新幹線なんてものをあっさり造ってしまうのは、何も財政健全化や自己責任なんてことが言われない。それこそ新幹線なんて、JR北海道の自己責任だろう、と思う。

北海道新幹線を促進するために、建設業界の御用技術者たちのとんでもない「研究成果」というのも見逃せない。札幌から東京まで1100キロ以上の距離を4時間以内で到着する、と北海道内で盛んに宣伝した。これは、札幌駅も350キロで走っている新幹線に乗客が飛び乗り、途中のカーブも駅もすべて350キロで走り、東京駅も350キロで走り抜ける新幹線から乗客が飛び降りることを前提にしなければ不可能な話だ。飛行機と競争できる4時間という壁を越えるために無理矢理でっちあげた数字と言わざるを得ない。こんないい加減な数字で北海道民を踊らせて税金の無駄遣いをさせた技術者には、何かの責任を負わせるべきだと思う。

現在、北海道から生鮮食料品が貨物列車に載せられて、青函トンネルを使って本州に供給されている。当初は新幹線建設のために貨物列車は廃止という考えがされていた。貨物以外に青函トンネルは収入がなくなる、ということで結局在来線貨物との併用ということになるらしいが、新幹線のために今後貨物輸送が犠牲になってくるらしい。北海道経済の自立を担う農産物を止めて、公共事業建設の論理が優先されてしまう、この国の公共のあり方が問われていると思う。

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5/21 同期の桜(土地柄ライラックかな)

しばらく、札幌に出張に行っていた。延泊した。

今日の午前中は、前の職場の同僚だった人の家を、同期入社のメンバーで訪ねる。子どもが生まれたばかりだったが、もう7キロもあってびっくり。同期入社の同僚たちは出産ラッシュらしいこと、コンピューター部門の社員の子は女の子ばかりで、電磁波が子どもの性別に影響するかも知れない、などと話をする。ほんとかな。

喧嘩もしたし、同期だから仕方がないとはわかっていても対抗心を持ったり持たれたりし、一方で深酒しながら相談したり、いろんなことがあったけど、今でも私が札幌に行けば必ず集まって、飲んだり、訪ねたりする機会が続いていることが、ありがたい。青春時代を過ごしたところなので、里心みたいなものをくすぐられる。

昼から飛行機で帰着。いろいろ心配だがマイレージのせいでJALに乗る。羽田第2ターミナルができたおかげでほとんどの便がバスではなく直接デッキで降りられることになったが、遠いデッキだと歩く量が半端じゃないので、バスによる移動のほうがラクだと思う。

帰りにメガネ店に寄り、なくしたメガネと同じものを受け取って、自宅へ。足が痛い。

●菅直人「大臣」読む。
行政権=官僚を政治がどのようにコントロールすれば国民主権になるのか、ということを考察している。題名がいやらしく、政治家の書いている本だから、大臣時代の手柄話を書いてあるのだろう、なんて先入観で買うのを控えていたが、思ったよりきちんとした本だった。
「三権分立」「行政権の独立」「行政の継続性」「中立」という言葉が、官僚の中でどのように矛盾を生んだのか、薬害エイズ事件の大臣室からの経緯、介護保険制度の立法化などで検証している。
官庁の中に民意を代表する力を入れなくてはならない、という問題意識を持ちながら、プロパー公務員の政治的中立性を崩すことの危険性を考え、英国のように与党議員の大半が政府入りするシステムを提案している。

小選挙区制といい、こうしたことといい、政治システムについて菅直人氏と小沢一郎氏に共通項は多いと思う。
議会制民主主義や議院内閣制(菅直人氏は国会内閣制と言い換えるべきだと言うが)への思い入れが共通し、その中で民主主義の強化をどう図るかという技術的思考に一定の共通した了解事項をふまえているからなのだろう。一方で、強化した民主主義を、個々の有権者のポテンシャルを重視するためなのか、国力を重視するためなのか、目的の違いが全く相容れないのだろう。

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2005.05.17

5/17 「クラス」を捨てる意味

久しぶりの出張。

テレビ東京のガイアの夜明け、育児休業を取った男の人のことがテーマ。
制度もできたし、男の子育ての社会的な広がりもあるのだが、職場の精神訓みたいなものが、不況とか構造改革のせいか、昔よりパワーアップしているような感じがした。
前半に出てきた部長は、「ビジネスマン」としての心得とか言う。育児休業は会社も給料払わなくていいのだから、何をそんなに内面を縛るのだろうか。
後半の部長は、「特別扱いするつもりはない」と冷たくいい放った。こちらの方がいい。

●「学級の歴史学」、私の問題意識にビビット。
学級が日本では、共同体であり、生徒の内面支配の道具になってしまっている、その前提を変えようとせず、知識詰め込みと、心の教育のせめぎあいをやっても意味がないという話。
戦後、左翼教員に伝搬した生活綴り方教育が、教員による生徒の内面掌握の道具になっていった、という検証はおもしろい切り口だし、心の教育のおかしさも学級があるからゆえ、というものだ。
その内面支配をするためにおかしなことをたくさんしなければならないし、また、学力とは関係のないことが自己目的化していく。だから塾が必要になっていくのだという。
そして学級が生活を支配してしまうために、日本人は、自分で考え選び取っていく力が弱くなってしまっているというのも鋭い指摘だ。
学力別クラス編成の方が内面支配にならない、というのも私の感じているところだ。

クラスというものを壊そうというのは、右も左も出てこない。天から与えられた自明のもののように振る舞っている。

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2005.05.16

5/16 介護財政のゆくえ

校正作業。担当は、介護保険制度見直しの記事。福祉政策から遠ざかって、介護保険制度の詳細がわからなくなりかけていたので、緊張しながらの作業だった。
夕方、地方自治法の逐条解説の本をいただけることになって、ありがたい。

●日経新聞が介護保険の赤字が増えたことについて報じている。
高齢化するのだから赤字が増えて当然である。さらに、いままで健康保険が面倒見ていた部分を介護にシフトしているのだから、介護保険の支出が増えるのは当然である。
問題は、健康保険の支出がきちんと健康保険の支出を減らしているかどうか、である。その結果として高齢化の進行に比例する程度の支出の増大なら、よしとすべきなのだろう。

土曜日の朝日新聞に社会保障財政を考えるコーナーができている。この欄のでき不出来の落差が甚だしい。先週は不出来だった。高齢化で医療費が増大することを前提にしている。そうであろうが、医療の中の過剰診療、社会的入院、さらに悪質な架空請求などについてもっと切り込んでほしかったし、ただ支出が増えるから健康保険をどうするかというのではなく、介護保険やほかの手段でもっとまともな選択ができる、ということを示してほしかった。

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2005.05.15

5/15② 大量退職時代の後の福祉労働

団塊の世代が大量退職になっていくこの先10年、相当な人材不足がやってくるらしい。
だからといって単純に若者の雇用が増えるというものではなくて、若者でも働くスキルが身についているかいないか、もっと簡単にいうと、就職できる履歴書が書ける人と、書けない人との格差が広がる一方になるという(労組なんて経営者が忌み嫌う業界に入った私は後者だろう)。

そういう時代に唯一例外が介護福祉業界。介護保険のスタート以後、潜在化していた需要が一気に表面化し、人材不足業界の代表選手だ。
しかしその裏側には、安い人件費がある。いい方で時給1500円、地方に行けば最低賃金すれすれの時給680円程度はザラである。月給で出すところもボーナスなしで20万円程度。あこがれる人は多いが、厳しい労働(体力と精神力とコミュニケーション能力)と職場環境、そしてその割には低賃金。意欲ある人材がなかなか定着できない状態が続いている。
介護保険制度スタートのときに、厚生省も自治体も、介護保険の推進運動に携わった人たちも、当事者家庭もみんな人材が確保できるかどうか、と心配していた。健康保険の給付維持(つまり医療業界)のために値切られた介護保険料によって、ヘルパーの人件費が思うような水準にできなかったからだ。それでも不況のおかげで、ホームヘルプサービスに関してはなんとか穴をあけずにやってこれた。

しかし、不況が終わったり、社会全体で人材不足になり人材を奪い合うようになると、介護福祉業界の人材不足は深刻な事態に陥ることだと思う。それを解決するのは、主に介護サービスに当たる人たちの人件費の改善になるが、介護保険料も上げられないし投入する税金も増やせないとなれば、解決しようがないというところだ。

介護施設業界は、外国人ヘルパーの「輸入」の解禁を求めている。人件費が安くても働いてくれる人を確保しておきたいという考えからだろう。
しかし、私はコミュニケーションが問われる職場で日本語を話せない人が大々的に入ってくることに疑問を持っている。
またやってくる人たちは、中国や東南アジアの諸国の看護士(介護職なんてものが確立しているのは先進諸国だけなので)が中心になる。国内でも無医村の問題があるように、高いお金を使って資格を取ったアジアの看護士たちが、地域の医療のために働かずに、無医村になる。そして彼らは日本の高齢者のために働き、そのお金が国に戻って看護士を養成するのかと思えば、日本のつくったテレビやクルマに化けることになるだろう。それがいいことなのか、疑問に思っている。また、将来的に、日本人と外国人との間で賃金格差があったなんてわかった暁には、在日韓国・朝鮮人の問題のような禍根を残すことになるだろう。

ここのところ福祉で働く人たちの人件費の問題のことが、何でもコスト安を求めるデフレ社会のニーズに合わせて、ずっと後回しにされてきた。そろそろ正面から社会全体でどうしていくのか、労働に見合う水準なのか、検討しないと介護福祉には深刻な事態がやってくるだろう。

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5/15 脱学級化の社会

子どもの居場所を考えるシンポジウムを聴く。
川崎市で自宅を開放してグループホームを運営し、不登校の子と場づくりをしている西野さんの話がとても良かった。西野さんに対抗して学校長OBたちが学校復帰NPOをつくって何が何でも学校に戻そうという運動をやっていると聴いてうーんとなってしまう。
杉並区が中高生の居場所「ゆう」を創った話もいい。中高生だけが居場所がない、どこに行っても肩身が狭い思いをする、というのはそうだろうと思う。だからといって街に繰り出せば補導されたりややこしい今の社会だから。
最後に埼玉大の岩川直樹さんの話。社会全体が猛烈な学校化が進んでいるという。

「子どもをとりまく大人たちのまなざしから、おおらかでユーモラスな表情のある面差しが消え、一方的で機械的な狭苦しい監視と評定の視点で埋め尽くされていく。学校では、学力の一斉調査、各種の「○○力(○藤孝か)」評定、心のノート、監視カメラ。その子どもに対するその教師の自律的な応答責任のかわりに、学びと暮らしの細部にわたって一律の物差しが子どもに当てはめられ、新たな監視と評定、処罰と報償、統制と競争による役場と市場の場づくりが浸透する。(中略)生活の状況のそこここに埋め込まれたそれらの学力商品に絶えず危機感と欲望を呼びかけられる親たち。」

という話に、同感し、また私の高校の自由教育も、こうしたことから自由ではなく、むしろこうした価値観のもっとも隷属した取り組みをしていたのではないか、と、厳しい出席点検や、過大に強調する中高時代の「学び」の重要性などから、思うところが多い。

●「学級の歴史学」(講談社選書メチエ)書き出しがおもしろい。
「教育言説」というものに、今の学校の学級システムを何一つ否定するものがない、学級というものがあることを前提にした教育議論しかないのに、へんな願望を織り交ぜた「教育言説」で教育政策が語られている、と皮肉を言う。右も左もその通りだ。
右は、明治維新を担った志士の勉強の場、たとえば松下村塾は、教室なんて堅苦しいものではなく、生活の都合に合わせて登校し、下校する、当然学級などない、というのはいい。学級を前提にしたシステムで、松下村塾の偉大さを教えるのは矛盾かも知れない。
また、学級というものが日本ではさらに師弟関係まで持ち込まれ、学級共同体説や教師生徒一体性言説、というのが、うさんくさい金八神話や、熱血教師伝説ができてくるのだろう。
学級というものが、貧民教育をするために、教育を大衆化、高速化するためにつくりだされた便利な手法ということを教えてくれる。この限界を知らずに、いじめや非行で教師を問いつめても、学校を問いつめてもしょうもない、ということだろう。


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2005.05.13

5/13 限りある想像力

午後、地域福祉計画の市民委員会。中間提言書の最終案がまとまる。あとは策定委員会で審議してもらう。
夕方から、クルマ社会を問い直す会の会合に出席。久しぶりに純然たる自分の価値観による市民運動に顔を出す。その席で、おとなりの新座市議の星川一恵さんと知り合う。同じ方向なので帰りの電車で、最近の民主系の荒くれ若者議員たちの鈍感さについていろいろ話す。

●「自閉症裁判」読み終える。
裁判所や検察などが自閉症や知的障害に対して理解のある司法手続きをしていないということが指摘されている。弁護団の無念も、殺害そのものにあるのではなく、彼が犯罪に至った背景が解明されていないことにあるという。
一方、被害者寄りの取材だけではなく、被害者の家族、親族まで取材し、その無念な思いや、一方で冷静に加害者を見ていることをえぐり出している。
最後に、加害者と加害者の父を経済的に支えてきた妹が、脳腫瘍になりながら、事件を機に支援に入ったボランティアによって生きる力を得て在宅で死んでいく、という話には、思わせるものがあった。
自分にとって、自閉症や知的障害は観念だけの未知の世界。彼ら自身の感覚的なものを教えてくれた良書だった。市民委員会のメンバーが話題にしていて読みたいというので早速、貸した。

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2005.05.12

5/12② リアル・フェアネス 

何とか、原稿を書き上げ、インタビューに協力していただいた方にチェックをお願いできるようなった。

職場で「生活経済政策」の6月号が配布される。特集は「日本での社会民主主義の可能性」でとても読み応えがある。日本での中道左派の研究をしている学者の半分近くが寄稿していて、それを読むと、リスクの共同解決ということで、社会保障や教育の改革を全面に押し出すことで、社会民主主義の出番はいくらでもあるのだが、社会保障の専門家が多く能力のある民主党は社会民主主義色がつくのを「労組支配」「社会党の復活」と勘違いして嫌っているし、社民党は数少ない体力を護憲と平和の運動に使いきろうとしているし、どうにもならないものなのだろう。
社会民主主義の看板を前面に出すかどうかは別として、民主党を第2自民党にしてはいけない、と考えている人や、鳩山・小沢の汚濁に任せてはいけないと思っている人は必読だと思う。

寄稿している北大大学院法学研究科(優秀な社民主義や市民参加の研究家を輩出している)宮本太郎さんのこの言葉が印象的だ。

70年代以降、公共事業や保護・規制政策をとおしてある種の所得移転が制度化され、企業や業界内部での「仕切られた競争」においては画一的処遇が追求されたことも事実である。しかし、こうした利益誘導や処遇形態は、むしろ、戦後民主主義的な政治勢力や労働運動への対抗策として形成されたものであり、部分的には政権与党の支配維持装置であり、部分的には政治経済効率化の仕組みでもあった。その内実においてどこまで平等主義的であったかは大いに疑問である。
 にもかかわらず、依然として市場主義が解決策として打ち出される。ただし市場主義といっても、我が国の場合、それは市場原理への信奉というよりはるかに無定見なものである。現行制度のなかで誰かが不当に利得を得ている、ラクをしている、その割を食うはめになっているという思いの表出である。これからは「ぷちナショナリズム」や東アジアの緊張関係とも絡んで、格差や性差など「リアル」なものを受容し強くあることを求める国家主義的言説の比重が高まることも予想される。
 こうした状況のなかで、社会民主主義が単なる平等主義という水準を超えた、独自の公正原理をもって立ち現れるならば、そこには1つの可能性がうまれよう。しかしながら、たしかに現在の日本において、社会民主主義の存在感は先進工業国のなかでは異例なほど気迫である。

余談だが、ここのところの小沢・鳩山の足の引っ張り方は、思想こそ違え、それこそその政治的技術はかつての社会党の左派にそっくりだ。自分たちが社会党を罵倒するなら、同じような行動は慎むべきだろう。介護保険法の改正の採決では小沢派の議員約20人が集団で欠席したらしい。介護保険制度がナンセンスという小沢氏の持論からだろう。

職場の帰りに書店に寄り、知り合いに読むよう頼まれた菅直人「大臣」と馳星周「マンゴー・レイン」を購入。ここ1年アウトローやアウトサイダーの小説に惹かれている。舞台がバンコクなので手に取ってしまった。どちらも今更の読書である。

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5/12③ 許されざる周囲

女性が3ヵ月も猟奇的な状態で監禁された事件について。

東京・足立区の少女監禁: 首輪や鎖を事前購入、監禁目的で上京か--以前にも同様手口  ◇小林容疑者、以前にも同様手口

 東京都足立区で少女が約3カ月監禁された事件で、札幌市中央区の無職、小林泰剛容疑者(24)は、少女を監禁するためにマンションを借り、犬用の首輪や鎖などを事前に購入していたとみられることが警視庁捜査1課の調べで分かった。02年に北海道警に逮捕された事件でも、少女を自宅に連れ込んで同居させ、「見張り役がいる」などと脅して暴行していた。同課は、小林容疑者が少女を監禁する目的で上京し、同様の事件を繰り返したとみて追及している。

 調べでは、小林容疑者は昨年2月、チャットで兵庫県赤穂市の無職の少女(当時18歳)と知り合い、数回のやり取りをした後、バレンタインデーにチョコレートを贈ってもらったころから態度をひょう変。「やくざを送り込むぞ」などと脅して同年3月上旬上京させた。足立区内のマンションは同月5日に申し込み、1週間後に入居。同時期に近くのホームセンターで中型犬用の首輪と鎖を購入し、同月8日から104日間、渋谷区内のホテルや自宅マンションに監禁していた。「ご主人様」と呼ばせ暴行を加え、犬の首輪を付け逃げられないようにしていた。

 小林容疑者は02年、北海道江別市の当時の自宅に同居させていた21歳と19歳の女性に対する監禁容疑で逮捕され、傷害罪などで起訴された。札幌地裁の公判で、「ハーレムをつくる」などと言って複数の女性と同居し、日常的な暴行で女性を服従させたことが明らかになった。また、女性を監禁・暴行するパソコンゲームにも熱中し、複数の女性と結婚、離婚を繰り返していたという。

 札幌地検は「同種再犯に及ぶことは必至」と懲役4年を求刑。札幌地裁は03年8月、「根深い粗暴な性癖、常習性がうかがえる」と指摘しながらも示談が成立していることを考慮し、懲役3年、保護観察付き執行猶予5年の判決を言い渡した。

再犯性は高いだろうし、事実再犯なので、容赦したくない。ネットで知り合い呼び出したというが、それもネット上では女を装っていたらしい。とんでもない。

それとともに許し難い気分になっているのは、こうした男にやりたい放題させてきた周囲だ。

この新聞ではこの程度しか書かれていないが、他紙では、前回の事件で、「小林容疑者側」が1200万円も払って示談になったと報じている。
また、この事件をはじめ、ほかにも監禁された女がいるらしいが、それぞれ女を呼び寄せるのに交通費を前払いしているし、インターネットにたえず接続できる環境を持っていたようだし、東京と札幌との間を往復するし、実家は札幌市の近郊のようなのに本人の住所は札幌になっているし、さらには東京にマンションがあったり、ホテルに監禁したりお金のかかることばかりしている。時給700円もいかない北海道のアルバイト事情で、無職であるこの小林という男の取っている行動はお金がありすぎる。

ということは、誰かがこの小林という男に出資し続けてきたということだ。男が縁故のないパトロンがつくほど傑出した能力も見られないことから、おそらく親か親族が経済的に小林の活動を応援してきたのだろう。それも飛行機代やすみか以外のマンション家賃を払えるまでもの金額をだ。
そういうことをしてきた人の責任は問われないでよいのだろうか。

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5/12 東急観光の悲劇

職場の労働組合で次のようなメールがまわってきた。

 さて、サービス連合の中心組合である「東急観光労働組合」(約1700人)が執拗に繰り返される不当労働行為とたたかっています。

 昨年3月に東急電鉄が東急観光の株式85%を投資ファンドに売却し、実質の経営権が●●●社に移って以来、これまでの労働協約や労使慣行が完全に無視されています。これついて、組合は東京都労働委員会に救済の申し立てを行っていますが、会社側は度重なる和解調停や勧告さえ無視しています。

 そればかりか、会社は「社員会」と称した第2組合を結成させ、「東急観光労組」の組合員にはボーナスを支給しないなど、明らかな不当労働行為を行っています。サービス連合は投資ファンドの出現による新たな労使紛争のケースとして支援対策会議を設置し、連合もこうした会社側の態度について、労働組合の存在そのものを否定する行為として、東急観光労組の全面的な支援を決定しました。

信じられない話だ。天下の東急系の有力企業が親会社に会社ごと売り飛ばされ、その後の働く環境が意見も聞かれずにひっかきまわされているということに。

アジアの労働者だからなのか、労働組合がナンセンスという思想のためなのか、外資系投資ファンドはめちゃくちゃするようだ。旅行業の労組のトップバッターの東急観光だからここまで表ざたにできたのだろうけど、外資ファンドに乗っ取られたサービス業の労働者には組合なんて事実上解散させられたようなところもあるのだろうと思うと気持ちが痛くなってくる。
社会保険庁バッシングでも、おいしい汁を吸った利権には何一つ切り込めもしないのに、どういう使命感を持っているのか、ただただ職員解雇にしかならないような追及の仕方をする国会議員がいる。JR西日本でも、何の責任もない職員たちに責任をなすりつけようとする人たちがいる。サービス残業などで生活のほとんどを仕事にささげながら、賃金労働者はどうしてこうまで、この社会で疎外されなくてはならないのだろうか。

その一方で、経営者ばかりが準国営放送で堂々と社名を出してちやほやされ(●●●エンタープライズあたりがその会社から協賛金かき集めたりしているんだろうけど)、株券を売ったり買ったりしていい思い(それもかなりインサイダー取引くさい)した人の暮らしばかりが脚光を浴び、努力した成果といわれる。

私は混乱は苦手ではないが、革命は嫌いだ。革命が嫌いだから、暫進的な改革をめざす社会民主主義がよいと思っている。そこの理念は参加とたゆみない改革だと思う。正論として働く人たちを疎外するな、というのもあるが、経営者や富裕層にとっても、今のような働く人の疎外をやっていると、その反動は必ず大きくやってくる。その反動を考えると、こうした労働者無視のようなものごとの決め方はやめたほうがいいと思う。

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5/11 地域の総合相談窓口づくりに道開けそう 

連合生活福祉局で介護保険の見直しに取り組んだお話を取材。話が脱線しながら、関連情報なども聞いて、2時間もかけてしまった。途中、高崎市周辺の群馬4区で立候補のために挑戦している角倉さんがやってきて、公認争いの状況を聞く。
よくわからなかった地域包括支援センターの内容について聞く。人口3万人に1ヵ所を目安に設置され、保健士、ソーシャルワーカー、主任ケアマネージャーが配置される。そのことで、サービスメニュー中心ではなく、利用者中心の介護を実現していく、総合相談窓口にしていく、ということを確認。
たとえば、朝霞市の場合、人口12万人なので、市内5ヵ所程度が想定できる。地域福祉計画のアンケートやヒアリングで市役所本庁以外の福祉の総合相談窓口を求める声が多く、その可能性に期待したい。また担当者の個人的意見として、このセンターが成功すると、障害や児童、DVや児童虐待にも機動的に対応できる体制ができる可能性がある、ということ。そのためには、今の溝沼の複合福祉施設のように、高齢者だけのもの、というものにしないことが大事だ。
国会審議では、疑惑追及に燃え上がり、見直しの議論を直視しない一部の民主党議員の姿勢に苦言も。

そしてメガネ店に。メガネフレームが取り寄せられて、紛失したものと同じものが手に入った。愛着があったので、うれしいもの。視力検査等を行ったら、左目の視力は改善しているという。レンズのできあがりまであと少し。一方、右目の斜視が再発してきているようで、それこそ目の「筋トレ」が必要だ。

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2005.05.10

5/10 うっすらと根っこを地域にはやす

帰りに書店に寄り、「自閉症裁判-レッサーパンダ帽男の罪と罰」「学級の歴史学」を買う。
学級の歴史学は、書評につられて買ってしまった。学校のクラス制というものに、既存の学校ではない自由な学校をめざしていた高校がクラスに縛りつけられかけてから疑問をもってきた。両方とも興味があるので早く読みたい。

●高齢者をねらう悪徳商法が流行している。すぐ近くの富士見市では認知症(痴呆)のおばあさん2人姉妹を10年間騙し続けた業者がいた。昨日、富士見市長が2人に成年後見人をつけることを申請した。

これから、小金持ち高齢者が増え、こうした問題がさらに増えていくだろう。中高年現役時代は高給で金払いが良く、仕事一辺倒で、24時間地域で暮らす生活感覚が身に付いていなかったり、イベントとしての消費しか楽しみが見つからない、といったことも、こうしたトラブルに輪をかけることになるだろう。

予防策は、地域に友だちをつくり、楽しく暮らしてもらう方法を地域が創り出すことだろう。大きなお買い物をしたり、分不相応に孫にプレゼントしたり、不安商法にひっかかったりしないようにするには、お金がなくても楽しめるものをつくっていくしかない。
定年退職してから、地域社会に来い、と言っても行きにくいだろう。徐々に助走しながら、地域社会にうっすらと根っこを生やすサラリーマンづくりを始めなくてはならないと感じている。

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2005.05.09

5/9 いろいろな人への感謝が続く

忙しい中、連合の介護保険担当者が取材のために時間をさいてくれる。連合に加盟する産業別労組としての権利だと思っても、介護保険担当者は、労組の直接の利益にならないことのために連日深夜まで仕事されていることを考えると、申し訳ないような気もするし、ありがたいと思う。

帰宅すると、もう10年かかりつけのメガネ店から希望のメガネフレームの在庫があるとの知らせが届く。5年前に買ったのと同じデザインのもの。
線の細いデザインだが、今時のメガネようにレンズが小さすぎることもなくて、使いやすいしよかった。昨年、出先で紛失し、しばらくメガネなしで過ごしたが、目が疲れたときにはきついし、クルマを運転しなければならないときにまずいと思って、作り直そうと思っていた。
行きつけのメガネ店は詳細なカルテを持っていることに気づき、それをもとにフレームを探してもらっていた。在庫があってほんとうにうれしい。ありがとうございます。

●昨日の続き。夜回り先生は呼んだ人が参加者からお金取ることを禁じているが、先生自身は主催者から講演料とっているかどうかあいまいにしている。何か卑怯なずるい感じがする。

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2005.05.08

5/8② 夜回り先生キャンセル事件

夜回り先生こと水谷修氏が、市民活動が参加費有料で開いた講演会を、有料であることを理由にキャンセルした。どうなのか考えさせられる。

<夜回り先生>有料ではできないと講演中止 岡山・倉敷

 高校生らの非行問題に取り組み、夜の繁華街での生徒指導から「夜回り先生」として知られる横浜市の元夜間高校教諭、水谷修さん(49)が8日、岡山県倉敷市で予定していた講演を中止した。「入場料を取る」との連絡が主催者から伝わっていなかったのが理由で、水谷さんは事情説明に訪れた会場で「有料の講演はできません」と話し、約30分間、集まった約400人にサインや握手で応じた。
 不登校問題に取り組む同市の民間団体などでつくる実行委員会が企画したイベントのメーン行事として、水谷さんは午後から講演予定だった。
 実行委によると、同日午前1時ごろ、水谷さんから「入場料1500円が払えないので講演に行けないというメールが届いた。もともと有料の講演は引き受けないし、そういう子がいる以上、講演できない」と電話連絡があった。実行委は「会場使用料などもあり入場料は頂くが、スタッフも払い、収益は寄付などに使う。営利目的ではない」と説明したが、受け入れられなかったという。
 実行委は開場時、前売り券を持った約400人に払い戻したが、水谷さんは翻意せず、会場では「残念」の声も上がったという。子どものステージ演奏など他の行事は予定通りあった。
 実行委は「入場料の件は事前に水谷さん側に伝えていた」としている。水谷さんは「聞いていない」と話した
(毎日新聞