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2005.05.04

5/4② 地方官治法

というタイトルですが、地方公務員批判ではないので、そういうことを期待した方にはあしからずです。法制度の話です。

蒸し暑くて、だらだら過ごし、「基本法コメンタール地方自治法」を拾い読み、立花隆「中核vs革マル」を読む。
夕方、地域福祉計画で入れ知恵してもらうために、近所のジンギスカン料理店に行く。

、「基本法コメンタール地方自治法」を拾い読み。
当たり前のように思っていた制度の背景などがわかっていい。刑法や民法と同じで、地方自治法も戦前の法律を踏襲しながら日本国憲法に合わせて変えていったため、官治主義と、地方自治との理念の矛盾があちこちに見られ、見解が別れるのだと知った。

例えば、96条「議決事件」では、議会が議決すべきことが決められている。15項目以外について議会が自治体として決定することが可能か、ということが問題になる。それは市長の専権事項で市議会はこの15項目しか決定できない、とする考え方(自治官僚出身で、後に岡山で革新知事となった長野士郎氏が主張した説)と、市議会は市民代表としての立場があるから、15項目は最低限議会が決めなくてはならないことであって、市長の責任とされていないことは政治的に踏み込んだ決定や決議ができる、という説で見解が別れている。

長野説は三権分立のトリックである。市長が行政権であり市民の代表だというのはその通りだが、現実には個別施策に市長の判断が入ることは稀で、市役所の当部長・課長の裁量が市長の考えということになる。部長・課長が市議会を上回る立場であっていいとする考え方には問題が多い。自治官僚の長野氏がこの説に立っていたということは、戦後長い間、この考え方が地方自治の主流だったということで、東京都知事を務める鈴木俊一氏が自治体をあたかも国政の執行機関として位置づさせる「機関委任事務」というトリックとあわせて、自治体の地域の自主的判断を阻んできたものといえる。
長野説に甘んじてきた地方議会だから、議会が建設的提案をすれば行政権の介入となってしまう。議員は行政批判し屈服させ、ともすればそれをテコにして行政への口ききすることしか創造性が発揮できなかったといえる。

また、市長や知事は市内や県内の公共的団体を指揮監督することが求められている(154条)。これは1943年に国家総動員法に沿うよう、住民や職域の自治的組織に行政が介入できるようにした制度の名残りで、戦後の混乱回避のために残された条文らしい。この条文は問題ありとする学説が大勢であるし、町内会の運営や商工会、医師会に行政が要請はできても、行政が「指揮」といわれるようなことをしたら、組織介入として大問題になるだろうから、有名無実の条項ではあるけども、何に使われるかわからない。

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