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2005.05.17

5/17 「クラス」を捨てる意味

久しぶりの出張。

テレビ東京のガイアの夜明け、育児休業を取った男の人のことがテーマ。
制度もできたし、男の子育ての社会的な広がりもあるのだが、職場の精神訓みたいなものが、不況とか構造改革のせいか、昔よりパワーアップしているような感じがした。
前半に出てきた部長は、「ビジネスマン」としての心得とか言う。育児休業は会社も給料払わなくていいのだから、何をそんなに内面を縛るのだろうか。
後半の部長は、「特別扱いするつもりはない」と冷たくいい放った。こちらの方がいい。

●「学級の歴史学」、私の問題意識にビビット。
学級が日本では、共同体であり、生徒の内面支配の道具になってしまっている、その前提を変えようとせず、知識詰め込みと、心の教育のせめぎあいをやっても意味がないという話。
戦後、左翼教員に伝搬した生活綴り方教育が、教員による生徒の内面掌握の道具になっていった、という検証はおもしろい切り口だし、心の教育のおかしさも学級があるからゆえ、というものだ。
その内面支配をするためにおかしなことをたくさんしなければならないし、また、学力とは関係のないことが自己目的化していく。だから塾が必要になっていくのだという。
そして学級が生活を支配してしまうために、日本人は、自分で考え選び取っていく力が弱くなってしまっているというのも鋭い指摘だ。
学力別クラス編成の方が内面支配にならない、というのも私の感じているところだ。

クラスというものを壊そうというのは、右も左も出てこない。天から与えられた自明のもののように振る舞っている。

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