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2005.04.25

4/25 社長室の国語力

帰宅すると、家族の親しい学生さんのお母さんの訃報が入る。
食事後、辻井喬「父の肖像」あと一息なので読み切ってしまおう、と力を入れてみたが、花粉症で目が痛くて、そのまま居眠り。気づくとすでに時計の針は天井近くに・・・。
辻井喬の文体は美しく、どろどろの堤家を神秘的にしていく。

●JR西日本で鉄道事故。原因究明はこれからされるが、今日の社長の声明には、久しぶりに感じる日本語の言葉遣いが見られた。

最近、こうした会見の席では、「所存」「真摯」という言葉が濫用されていたような感じがしている。公式的な席ではこうした漢字の熟語を動詞の前にちりばめなくては、という感覚があるのだろうか。昔、国会答弁の、「遺憾」がよく揶揄されたが、それよりもっと多くの頻度で、民間企業の会見でも、こうしたことばがよく使われるようになったと思う。
しかしこうした言葉にふれると違和感が出てしまうし、こうした事故や犯罪を起こしてしまった側が「所存(=つもり)」という言葉を使うことには、誠意がパーになるようなものを感じてきた。

今日のJR西日本の垣内社長の会見では、「申しわけない気持ちでいっぱいでございます」「救済にあたってまいります」といった表現が巧いと感じた。事故の発生原因や責任、補償や原因究明の時期について具体的に何の言質も与えていないにもかかわらずに、官僚的な感じをさせていないし、後ろ向きな感じを与えていない。社長室の国語力に敬意を表したいと思う。

JR西日本そのものについての評価は、事故の究明があってからだが、民営化以後、大事故が繰り返されているという点では、考えさせられるものがある。駅や車両のリフォームなど目に見えるところの改善には熱心だが、安全性につながるところへの投資はどうなのか、疑問を感じる。

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