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2005.04.20

4/19 託児と保育のちがい

午前中、朝霞市内の障害児放課後クラブなかよしの取材。夜は埼玉県内の子育てするオヤジたちで集まって「おやじ動物園」という名の飲み会。食べては飲みながら、いろいろ面白いこと考える。気持ちが通じることが多くでいろいろ参考になる。

●「おやじ動物園」で、託児と保育の違いは大きいよね、という話になった。
預けっぱなしの保育は、保育といえるのか、託児というべきじゃないのか、
保護者に働きかけをしないような、コミュニケーションを取ろうとしないのは、託児じゃないのか、
手間がかかっても、子育てを自分たちのものにしていけるような支援がなければ保育じゃないね、
というような話になった。
下部構造にどうしても目がいってしまう私は、日頃、待機児童ゼロ作戦や、認可か無認可かという線引きについていろいろ考えている。しかし、それは質の高い託児と、質の高い保育の求めるものを一緒くたにした:限界のある考えだということを確認した。

保育所に託児の側面しか評価せず、質の評価をしない行政、規制緩和一本槍の今時の政治家たちには、わからない議論だと思う。

●わが労組の出している月刊政策雑誌が家族問題の変化について特集を組んでいるが、内容がおいしくない。
特集のタイトルは「変容する世帯と公共サービス」・・・なじみのない言葉からしてダメだ。
家族制度の犠牲者は女だ、といいたいのか、座談会があるが、女性ばかりで、女性にとっての家族形態の変化しか語っていないし、世帯の経済学的分析は、筆者が八代上智大学の関係者なのか、新保守主義の経済学に立った内容だ。社会保険コストを軽減するというだけで民間医療保険を評価してしまっている。戸籍制度1つその矛盾を解明しないで、旧来型の公務員サービス至上主義に対するアンチテーゼの議論しかしていない。あまり意味の感じない一冊だった。
現実はそんなイデオロギー的に家族形態の変化はおきているのではなく、さらに想像を超えて多様化している。そうした家族には様々な当事者団体や支援グループができて活動が始められている。家族制度の犠牲者は女だ、というかたちの描き方ではそれを捉えきれない。
最近のこの雑誌は変な主張のバイアスで深みと発見のある情報がない。

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