« 2005年2月 | トップページ | 2005年4月 »

2005.03.31

3/31③ 訃報

連合で組織拡大アドバイザーを務められた柳生賢一さんの訃報が届きました。戦後、神戸の名門ホテルで人にふさわしい労働者の扱いを求めて労組を立ち上げ、再三の弾圧を耐え抜きながらかたちにしていった冷静で気骨のある方でした。

定年後は、連合で労働組合の組織拡大担当者を応援してサポートする組織拡大アドバイザーを務めておられていました。私の労働組合の組織拡大の担当者にも研修をしていただいていました。模擬実習を重視して、「あなた、今自分が話したことが聞き手の立場になってみたとき、自分の胸にすとんと落ちましたか」と熱心に問い返しておられて、とても心打たれた記憶があります。

柳生さんのご冥福を心からお祈りいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3/31② もうすでに小さな政府

和田秀樹「数字のどこをみているんだ」(宝島社)を再読。以前読んですぐ同僚に貸してしまって、改めてそこにかかれている内容を確かめてみようと思って再読。専門性は全くないが、俗論のいくつかが嘘であるということが手っ取り早くわかって面白い。

最近の関心事では、税金の高さと公務員の数。
国内総生産(GDP)に対する、税収の比率を「租税負担率」というが、日本は20.9%でアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスよりも低い。事実上の税金である社会保障負担を加算しても、日本は、アメリカ以外の国より低い。
日本ほど税金の高い社会主義国はないなどと俗論がテレビから聞こえてくるが、日本ほど税金の安い国はない。年収500万いかなければ、基礎控除38万、社会保険料控除、給与所得控除などなどで、税金なんて収入に比べて10%も払っていない。

税金は安ければいいのか。
税金や社会保険料が低く、その結果、自分で生活防衛しなければならないような国ならば、その分民間生命保険に必要以上に入ったり、警備会社を雇ったり、時にはヤクザさんにみかじめ料を払ったり、見えない税金を自分で払わなければならない。国民負担率という言葉があるが、それをむやみに抑えると、こうした見えない税金をたくさん払わなくてはならない。

そして人口1000人当たりの公務員数では、フランス87人、イギリス76人、アメリカ67人、ドイツ59人、日本36人と5カ国では最低である。
公務員が多すぎるか少なすぎるか、というのは受ける行政サービスの内容によって変わってくる。戸籍係に必要以上に要員配置するようなことをやればただの税金の無駄遣いになってしまう。しかし、保育所や障害者介護に手厚く人を用意して、働く人がもっと安心して働けるようになれば使った税金が戻ってくる。また、学校も教員と事務員と用務員しかいないが、図書館司書やカウンセラーなどもっと多様なスタッフがいて、子どもが安心してきちんとした教育が受けられれば、国民の知的水準は高まって税収が上がる。
民主党の菅派が言っているように官僚支配は打破すべきだが、公務員が少なければ官僚支配が打破できるかというと全然違う。
日本はすでに小さな政府であって、小さな政府をめざすべき国ではない。ここが多くの民主党の代議士や財務省の議論のまやかしだと思う。

では日本人の経済生活を何が圧迫しているのだろうか。家計支出のなかで際だっているのは、家賃水道光熱費である。そのうち何かといえば家賃の高さだ。そして日本は不動産屋が多く、GDPの構成比では、不動産業によるものが、政府部門を圧倒している。和田秀樹は「不動産業が儲かるのはそれだけ土地を持つものと持たないものの差が大きいということである。これが社会主義であるわけがない」と日本経済を統制経済だ、社会主義だという議論を否定している。

さらに相続税のことも言及していて、「相続税が7割も取られる、もっと下げろ」という俗受けしている議論にも、相続税の申告をしているのは死亡者の5%、控除が大きいのでほとんどが消費税より安い平均税率が4%、不労所得なのに消費税よりも安い税金しか払っていないと喝破している。
政府税調は相次ぐ増税を唱っている。一部には理のかなうものもある。その一方で相続税はもっと下げろという。この現実からは、政府税調は与党や与党を支える財界への増税の見返りなのだろう。

他にも面白い数字がいろいろある。
日本の道路予算の多さは世界一であり、教育費の絶対額の少なさは韓国の3分の2程度、トルコよりちょっと上といったところ。
先日、経済財政諮問会議が、日本人の住宅面積を平均80㎡に引き上げるなんて言っているが、うさぎ小屋というのは昔の話で、今はフランスを追い抜き、近々ドイツを抜いている。1世帯あたりの人数が減っているから、広い家に誰が住んでもらうのか、という問題にぶちあたってくる、という予測が面白い。子どもが出ていった郊外の家を売り払い、都心に回帰するなんていうものの背景はこんな現象だろう。いまだに家を広くする政策目標は、つくばエクスプレスや埼玉高速鉄道などの沿線の住宅業界からの献金を当て込んだ政策としか思えない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3/31 公共事業バブルが姿を変え

kyokasyo先日、「皇太子さまの教科書」というタイトルで紹介した詩だが、PHPから詩集が出ているらしいが、やはり皇太子さまがお読みになったのはこのスウェーデンの中学生の教科書だということを新聞記事で確認。朝日新聞朝刊の文化欄「突然人気沸騰の本」という記事で、新評論社の営業部長がニュースを見てびっくりして会社に飛んでいくと、営業用の電話はすべてふさがり、という話が紹介されている。

●「平成の大合併」という自治体の合併が進んでいる。秋田の大仙市(大曲市など)が誕生して132人の市議会ができてしまった。町村議の報酬は月20万円程度だが、市議は30万から50万程度といわれている。おそらく合併で一般市の報酬水準に上げたのだろう。同様のことはさいたま市でもあったが、条例報酬は一般市から政令市なみに上げて、それを凍結している。

多くの自治体が合併にかりたてられるのは財政事情だ。景気対策の地方税減税で、これといった産業のない自治体では、公務員ぐらいしか税金を払える人がいなくなっている。産業自体も相次ぐ法人税減税と赤字決算でほとんど税収は入ってこない。先細りの財政事情の中で、合併のために自治体が借金をすればその返済は国が面倒みますよ、合併して10年間のスリム化できない経費は国が面倒みますよ、という財政ばらまきで合併に駆り立てられていった。
財政事情が厳しいからといって安易に議員を削るのはどうかと思うが、議論にたえうる適正人数というものがあるはずで、132人の市議というのは財政事情もあるし、専門性がそんなにない一般市の議会の議論の適正規模として大きすぎる。
一方、合併とあれば同時におこるのは、保育所などの公共施設の統合と、職員へのリストラである。こちらは市民サービスに直結する。そこは大鉈振るって、何やっているんだかわからない議員に報酬を垂れ流すというのは、大仙市の予算のプライオリティーの付け方に問題を感じる。

有識者には、地方自治体の財政力を高めるために合併を進める意見が多い。そうだろう。しかし現実には公共事業バブルに似たような、国からの交付税の増額を当て込んだ自治体合併ばかりが増えている。この合併のための交付税の大盤振る舞いは、きっと国の地方交付税特別会計を悪化させ、小渕内閣で公共事業で大借金を繰り返したような財政の禍根を残すのではないかと思う。

●ピョンヤンで開かれたサッカーワールドカップ予選北朝鮮VSイラン戦で、審判の判断に不満と北朝鮮市民が暴動というニュース。暴れた人たちは、収容所送りを恐れなかったのだろうか、それとも北朝鮮の体制にタガが緩み始めているのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2005.03.30

3/30 欲望の温泉マーク

地域福祉計画の市民委員会終了後、職場のうち合わせ。

●東上線沿線のある街で、駅前に温泉付マンションができるらしい。とうとう東上線沿線にもそういう俗悪が出てくるのかと思うとがっくり。この東上線沿線住民の良さは、そういった成り上がり欲望追求路線をほどほどのところで抑えるところにあったのだと思ったけど、もう聖域はないみたい。
温泉が掘られて、地盤が沈下したり、ガスが噴出してくることに何のためらいもないみたいだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.29

3/28 ドキュメント番組

ドキュメント番組2本がいい。

クローズアップ現代はいつも面白い。これはNHKじゃなきゃできない番組だと思う。これは問題だと思うにまかせ、さまざまなテーマを取り上げている。タブーがなくて、左右のどちらも聖域にしていない。

きょうは、東京都教育委員会が国旗・君が代を卒業式で強要しているテーマ。東京都教育委員会の横山教育長が、国旗・君が代を徹底しなければ教育再建ができない、と力説して、東京都の教育改革の基本的なテーマとしている。現場の高校では、そのやり方に国旗・君が代容認派の教員たちまでが反発している現実を伝えていた。東京都教育委員会は校長に、わざわざ職務命令書を教員各個人あてにつくらせ、何時何分どこでそれを渡したか点検票でのチェックまで求めている。あほか。
国旗・君が代徹底に携わる教育委員会の職員たちは異様な雰囲気で、高い公務員給与もらってつまらないことばかり議論している。その担当課長は茨城なまり。私刑主義者の水戸黄門やテロリストの水戸天狗党など、迷惑なものばかり東京に持ってくるなぁ。
横山教育長のインタビューでは、国谷さんのつっこみがすっとぼけていて、横山教育長がまじめに国旗・君が代にこだわるほどその異様さが浮き彫りになって面白い。

TBSの報道特集、ほんとうに流行らなくなっちゃったけど、これもいい。むかしはキャスター2人に、各取材担当者が出ていたが、今はみさとみすず1人。日曜の夕方の寂しい時間帯にTBSの良心のような番組を切り盛りしているのが切ない。
27日は激安コンタクトレンズのからくり。激安コンタクトレンズ店は、原価割れでコンタクトレンズを販売しているが、その裏側では、隣接したコンタクトレンズ用眼科診療所で、不要な診察をたくさん行い、健康保険の診療報酬を過剰に請求しているという。診療もいい加減で、経験のない医師ばかりだという。医師が1人いるほかには全員、コンタクトレンズ販売店から派遣された事務員だけ。そのかわりコンタクトレンズ用眼科診療所がコンタクト販売店に事務手数料を払っている。そして事務員としてはやってはいけない検査を行っている。

当然、こんな押し込み販売をやっていればコンタクトレンズの使用にかんするトラブルが多く、視力障害になっていく人が増えていく可能性がある。

このドキュメントは、激安コンタクトレンズ店からコマーシャルをたくさん受けてきた民放がよくやれたと思う。

しかし、ア●コやア●ラックのようなコマーシャルをバンバン打つ新興保険会社の実態は、さすがに暴けないかも知れない。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2005.03.27

3/26 皇太子さまの教科書

風邪をひく。家族も別の風邪をもらって寝込む。せっかくの予定はすべてキャンセルした。ああつらい。

●皇太子さまが45歳の誕生日に紹介されたドロシー・ロー・ホルトの「子ども」という詩があった。
寝床でこの詩を紹介している「あなた自身の社会スウェーデンの中学教科書」(新評論社刊)を再読。

内容と手法で子どもたちに力づけをしていくような教科書だと思った。
特定のイデオロギーを採用するのしないので大もめする日本の教科書検定の不毛なありようとは大違いだ。日本の教育界の善導主義の常識そのものが右も左もダメなんだと思った。

たとえば犯罪については、スウェーデンの教科書では、逮捕されたら3日間警察署に勾留される、さらに拘置所で14日間拘置されると教えている。15歳になったら犯罪成年ですよ、犯罪更正施設に入りますよ、更正ケアを受けさせられることもありますよ、という具合だ。
日本の教科書ではこんなふうに教えているだろうか。大人ですら俗説で20歳以下なら、犯罪にならないらしい、少なくとも死刑にはならないらしい、ぐらいしか知らないだろう。日本の場合、高い金払って、弁護士に相談してはじめてわかることだ。

こうした社会での生きる知恵をつけるため、司法のほか、労働組合・経済団体・サークル活動、家計、コミューン(自治体)、出産、児童福祉、離婚、病気、障害者になったら、高齢福祉にわたって教えている。しかも、複数のイデオロギー的な解釈を紹介して、みんなで議論して、1人ひとりが結論を選び取っていく方法が取られている。

日本の教科書だと、労働組合なんて教えずに労働三権がありますよ、団結権、団体交渉権、争議権ですよ、で終わり。団結権を行使するためには、仲間とどんなことをしたらよいのか、全然教えていない。仲間が経営者や管理者からひどいめにあったときにどうしようかなんて考えさせようともしない。会社で教わったこと以外に自分に力がない、だからたすけあいの社会もつくれない。「自業自得」とか「自己責任」が口癖で小泉や竹中の欺瞞を見抜けない無力な若者ばかりが生産されている。

歴史認識とか、正しい歴史、とか誇れる歴史とか、左右で勝手に議論するのは構わない。しかしそれがほんとうに子どもの力づけになっているのか、右も左も考えてほしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.24

3/24 不可解な医師集団の力

抗ガン剤として効果がないとわかってしまったイレッサの継続使用を厚生労働省が認めたという。イレッサは偶発的に死をもたらす副作用があり、効果がないならただの危険な薬だという。薬害事件になるのではないか。

東洋人に効果がある、というふれこみだが、これもサンプルを偽装した疑いもあったらしく、人種によって効果が違うというのはないらしい。

それでも認められてしまうというのは、製薬会社やそこにぶらさがる医師、研究者、技術者ワールドを壊してはならないからだろう。医療と行政と政治の関係は闇だらけだ。

●昨日の乳幼児検診で市内のお母さんに話を聞いたら、検診にあたっている医師は、ほとんどの赤ちゃんに、「あたまの形が良くない」「股関節脱臼」などと診断しているらしい。医師法で疑義を挟めない医師が、思いこみだけの診療をやっている。アレルギーやアトピーのある子が来ようものなら、大変なことになるらしい。
この医師の行状で、整形外科は儲かり、保護者は育児不安になる。誰のための検診か。今日も憤る。

検診の間に聞いたが、その医師は、保育園の嘱託医なども引き受けている。あちらこちらから市の公金支出を受け取っている。朝霞市は市の事業に携わる医師が市民の力づけになっているのか、もっと適格性を厳格に審査すべきだ。

あるいは、医療や福祉など公的な人的サービスにはちゃんとオンブズマンを設置すべきだと痛感した。地域福祉計画のなかで徹底的にやりたい。板橋区には、区が営む保健福祉オンブズマンがある。北海道はk-netや愛知などには民間ベースの福祉オンブズマンがある。

政府の規制改革会議が05年度の方針を決めたらしい。またまた労働分野と保育分野の規制緩和を促進するらしい。何度も決着のついた話を繰り返し繰り返し蒸し返して、自分たちの利権を培養している。一方で、医療利権に阻まれ、医師の免許の更新制1つ実現できない。セクハラしようが、女の人から病気でもないのに子宮を切り取ろうが、免許は死ぬまで取り上げられない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.23

3/23② 乳幼児の健康あれこれ

市が行っている乳幼児検診に行く。問題が多い。ベルトコンベアー式で、不良品をはじき出すような作業。以前から乳幼児検診は障害児差別の温床と言われてきた。今回なるほどと思った。さらに、先生たちは30年前の知識で小言ばかり。助産院への誹謗もあり、ほとんどの親が怒るか、げんなりし不安感ばかり持たされて帰る。こういうことを公的に行っていいのか疑問と怒りがわいてきた。

産めよ殖やせよ健やかに、と兵隊を育てるためかはわからないが、少なくとも国力増強のために戦争中に始まった公的保健事業。戦後は乳幼児死亡率の抑制と障害児の早期発見のために機能してきた。障害児早期発見→分離教育の問題点が指摘され方向転換しながら、今、さらに児童虐待予防や育児不安解消、育児知識の提供など新しい役割を背負い始めている中で、保護者にまったく寄り添わないやり方に意味があるのだろうか。相変わらずだ。

これから乳幼児検診の実態についていろいろ調査をしていきたい。

●小児医療について問題意識に思っていることがいろいろある。

朝霞では、オール与党で乳幼児医療費の無料化が推進されてきた。それが小児医療の充実という政策のただ1つの中身である。小児医療の充実のなかには、ほんとうに生死をさまよう小児救急医療体制の中身の話はないし、小児科医の不足を解消する手段もないし、小児科医の質を担保する議論もない。慢性的な症状や、重篤な症状に対する真剣な洞察が全くされているとは思えない。多くの元気な人たちにとって便利だ、あれば助かる、という程度のことをばらまきとしてやろうとしているのである。

それでも首の皮1つましなのが償還払い制度で、医者では医療費を払い、後に市役所から還付を受けるという仕組み。それすら保守の新市長から左の共産党まで、ほとんどオール与党で病院段階での無料化を主張しているが、私はいくつかの論点で反対だ。

そもそも私は乳幼児医療費を無料とすることはよくない。少額でも自己負担があったほうがよい。無料は、野放図な利用を許してしまう。そのことで、重篤患者や、慢性患者がちゃんと利用できなくなっている。そして彼らに対する財政的サポートは年々後退している。

また、患者(乳幼児の場合は患者家族)と医師とのきちんとした緊張関係が築くためには、タダという権利意識を失わせる方法はとるべきではない。無料ということは医師にとって患者に何するかということと、自分の収入をどうするかというぎりぎりの接点を見失わせ、医療倫理以前の、お金もらう人に失礼をしてはならない、という最低の商業道徳すら見失わせる。

乳幼児検診を受け、ことごとく保護者を迷わす良くない医師たちを見て、医師を甘やかすような制度はたいがいにしてほしいと思った。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

3/23 守るものとチャレンジするもの

午前中、28年前に卒園した市内の幼稚園を訪ねて園長先生のお話をうかがう。
幼稚園が激しく競争している時代に、園長先生が自分で造られた看板や、道具入れ以外は昔のかたちそのままでとても安心感があった。地域の心のよりどころは、残された思い出の風景に負うものが大きいと痛感。

ここの幼稚園は、障害児受け入れを積極的に取り組んでいる。幼児の頃から障害児と一緒にいると、偏見はなくなるし、障害児も、そうでない子も育つ力が全然変わってくるという話を聴かせていただいた。

午後は、低気圧に苦しめられながら地域福祉計画の作業。

●石田衣良「アキハバラ@DEEP」を読む。読み応えあり。おたく青年たちが自分たちが開発した人工知能付サーチエンジンを、大手プロバイダーに強奪され、自分たちで取り返す話。このおたく青年たちは、WEBコンテンツはオープンストラクチャーであるべきと確信し、知的財産を大手プロバイダーが囲い込んでいく状況にたたかいを挑んでいくことが痛快。最後に、取り返す場面で、大手プロバイダーを視察中の都知事に出くわす場面があり、「新しい都知事は官僚出身で、小柄だが怜悧な印象の四十代だった。たぶん放言の多すぎた前職に都民は飽き飽きしたのだろう」という表現に笑う。前職とは誰のことか定まらないが、どちらにしてもおかしい。続けて井上章一「愛の空間」を再読。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.22

3/21 左右

しばらく頭痛で休養。
「青春の門」を見る。親分子分の人間集団に、鉱区を任せていく炭鉱社会の仕組みが垣間見えて面白かった。炭鉱労働運動は、この親分子分の人間集団の核を組合がつなげていったからまとまりがよかったらしい。

炭鉱労働というと3K労働そのものだが、意外と待遇は、政府のエネルギー政策の後押しもあって良かったらしい。それとびっくりするのは出勤率。平均70%ぐらいだったという。つまり常時3割の人が欠勤しているのだ。だからか、この人炭鉱で働いて大丈夫かと思うような文化人が、お金に詰まると北海道の炭鉱に「就職」している。あと炭鉱街のくらしは、飲んでばかりかと思っていたら、よそものばかりの山間地なので、映画や演劇、社会教育活動なども盛んに行われていた。北海道の炭鉱街は、北海道の中で大都市と同等に文化に敏感な街だったらしい。今は人口2万を切る夕張市も、最盛期には12万人の人口がいたが、その頃は映画館が20館以上もあった。

●人を左か右か、リベラルか保守か、分ける指標にあまり意味はないと思っているが、面白いサイトがあったので紹介する。私の気に入っているサイトからご紹介いただきました。

http://sakidatsumono.ifdef.jp/draft1.html

で、私の結果は

判定結果は下記の通りです。 保守・リベラル度 -5.31 右・左度 -4.67 あなたの分類はリベラル左派です。

予想通りの中間左派。あまり期待を裏切らなかった。
右派、左派とは何か、という演繹的な議論があって、それからすると、この設問はどうかと思うところもあった。また陳腐なんではないか、と思う質問もいくつかあった。
しかし、このサイトが設定した質問は、現実の日本人が右派、左派をどういう視軸でみているか、ということだ。今の日本では、あなたはどちらに見られますよ、という自己点検にもなるか。
私の場合、家族や労働問題では典型的な左派的回答をしているが、介護の地域格差や教育の国責任などは右派的な立場での回答になった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.21

3/18

仕事でお世話になった、熊本の児童自立支援施設の職員さんが訪ねてくださる。子ども業界についていろいろ意見交換。

夜、TBS「密着ザ女子少年院~薬物・暴力・非行との決別・・・痛恨と自立の1165日~」を観る。タイトルが陳腐なので、いい加減に見始めたが、センセーショナリズムを抑制しながら、子どもの自立と社会の関係の再生に重点化した報道がよかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.16

3/16 公正な分け前

地域福祉計画の市民委員会。ようやく調査から、方向性のある議論を始め、ガチンコの議論をした。地域福祉とは、何でもかんでも福祉事業者や行政がやってしまうお仕着せの福祉ではなく、多少不便でも自分たちで福祉を造っていこうという計画。だからこそ、到達点を明示することが重要なのだが、その理想的な到達点を示すと、「ばらまき福祉」「福祉垂れ流し」と誤解される危険性があって、そこをめぐって悩ましい議論があった。

●大手製造業を中心に、春闘結果が良く、マスコミにも大きく報じられている。
悩ましいのは、昔のように大手がいい結果を出せば、全国民的な賃金や労働条件の改善にならないこと。一部の製造業だけが良くなるという結果。一方では年収300万400万でリストラに立ち向かわざるを得ない労組がたくさんある。
社畜とか、御用組合とか言われる大手ばかりがいい結果を出すと、労働運動自体に対する評価が下がることになる。かといって彼らの給料ががんばりに報われないでいいか、というとそれは間違った話で、ほんとうに悩ましい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.15

3/15 水もしたたる・・・

冬の間は、結露との闘い。家事の間に間に窓についた水分を拭き流す。うっかり拭き忘れていた窓にかけてあったカーテンがひどいことになっていて、廃棄処分にする。がっかり。ぐったり。

夕方、近くでインタビュー仕事を終えた友人が我が家に立ち寄り、話し込む。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.03.14

3/14② シルバーシートの二の舞

埼京線に女性専用車導入。痴漢防止に、そもそも男と女を分けてしまえ、という考えなのだろう。緊急避難的にはしょうがないのかも知れないが、ノーマライゼーションからいうと、性別で乗る車両を分ける考え方は良くない。

また、女性専用車に以外の車両に乗っている女性が痴漢の被害にあっても、裁判ではありえないが、実際の現場でのやりとりで、被害者の過失が割り引かれた対応がされないか心配だ。痴漢されたくなければ専用車に乗ればいいじゃないか、というように。

男も女も、いろいろな年齢の人も、同じ社会に暮らしている。その原理からいうと、やっばり何かおかしい。

鉄道会社や行政には、本題の混雑率を下げることをきちんとやってほしい。埼京線の本数は他の通勤電車に比べて少ない。それで混雑率が高いなら、まずは本数を増やしてみて、痴漢が出没しにくい電車にしてほしい。鉄道会社側の怠慢とも言える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3/14 お粗末なダイヤ改正

東上線の改正ダイヤが発表された。

池袋から60キロもある、フランサという東武が開発した住宅地に電車をいっぱい走らせるためのダイヤ改正で、それ以外の人たちには何のメリットもない。フランサが売れれば、既存の利用客の混雑をひどくするだけ。

近郊通勤客のためのダイヤ改正は、夜に急行が一本追加されただけ。もっと混雑する11時代は相変わらず急行はないし、終電車も今のままだし、ラッシュ時間も変わらないし、直通電車は増えないし、スピードも上がらない。

さらに運賃値上げの案内文では、この改正の次は、2007年の地下鉄13号線の開通としており、それまで一切改正しないらしい。まったく不満だらけだ。

公共交通は、利用客の声を聴くシステムをもっていない。運営参加なんて夢のまた夢だ。
だから今まで、毎年20万円近い電車賃払って利用してきた客のことなんかちっとも考えようとしない。むしろ、田圃が似合うようなところに無理矢理住宅地造って、5000万円で売り払うために、電車の方を辻褄合わせる。だからずっと東上線に乗ってきた人たちが大切にされるわけがないのだ。

東武労組にもいいたい。春闘で駅に掲示される横断幕に文句いう人がいるらしいが、私は大いに結構。横断幕が駅に張り出されても実害はない。しかし、そうだとしても書かれている内容が気に入らない。「国民春季生活闘争に連帯し産別統一闘争に勝利しよう」なんてスローガンは意味不明だ。そんなものは詰所の中にでも掲げればいい。利用客に見えるところに掲げるなら、東上線の職員の待遇がよくなったり、リストラがされないことで、利用客がどんなメリットがあるのか、どんな不利益がないのか、訴えるべきじゃないだろうか。
一銭も給料の上がらずフリーターばかり増やしている国民春闘に連帯している前に、沿線住民と連帯すべきじゃないか。沿線住民と連帯せずに合理化に抵抗できるのだろうか。頭の固い経営者にかわって、労働者側が何をやっているのだろうか。沿線住民には何一つ伝わってこない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.13

3/13③ 渋滞はなくなるけど

仕事の本質が接客業みたいなものなので、以前はプライベートな分も含めて月10回以上飲みに行っていましたが、ここのところ控えめです。
それどころか、最近は出不精になり、関心ごとも地域のことになってきたので、家のまわりが良く見えてきます。

家の前の道路予定地にかかっていたパチンコ店が解体されました。
土地に埋まっているへんなものも除去されたみたいで、畝をつくる前のさつまいも畑のようなきれいな土が見えています。

うちのアパートの角には、埼玉県中枢部と東京多摩地区を結ぶ道路と、東上線の線路に沿って走る道路の交差点があり、近所のスーパーの車庫待ちのクルマがつっかえて、右左折車の渋滞がおきています。
これで道路が広がって、右左折のつっかえがなくなって渋滞がなくなるので、排気ガス公害から少し解放されます。渋滞の排気ガスはひどく、物干し竿を1週間もおいておくと真っ黒になるぐらいです。あと歩道もつくのではないかと思うのです。

しかしよく待てよ、と思うのです。スーパーの駐車場待ちの渋滞なら、どうして税金使って道路を整備するのか、という疑問です。通勤電車なんてほとんど公費が投入されていません。乏しい運賃収入でやりくりしています。クルマを使う人ばかり駐車料金をタダにして、体に鞭打って歩いて来た客には、何もしてくれません。

それから、今までは2車線道路だったので、道路を渡るのが簡単でしたが、道が広がって渡りにくくなります。地域が前より分断されます。スムーズに通るということは、クルマが飛ばすようになる、ということです。

歩道ができたり、メリットもあるので反対運動はしませんが、あんまりすっきりしない話です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3/13 二股と八つ当たり

男女のいさかいではありません。

●中西議員辞職による補欠選挙が、この選挙区の選挙に関する裁判があるので延期になる。選挙制度は奥が深い。
麻生総務大臣は、4月の補欠選挙に出る山崎拓にからめて「話は違うけど、女の問題だから厳しい」と皮肉を言っていたが、それも期待外れ。波紋はいろいろあるが、朝日新聞12日3面より。
「民主党の宇佐美登衆院議員が東京4区補選に出るために辞職すれば、比例区東京ブロックで繰り上げ当選するはずだった吉田公一元衆院議員だ。国政復帰の道が閉ざされた格好で、吉田氏は11日、総務省選挙部に電話し、「国会の定数と公選法の規定ではどちらが大事なのか」とぶちまけたという。」

総務省選挙部の公務員からすると、そんなことでぶちまけてくるな、公職選挙法を決めた政治家(国会議員)の責任だろう、俺らに当たるなと言いたくなるような話だ。
この吉田元議員のホームページでは「改革」「改革」の言葉と、公務員バッシングを繰り返している。公務員バッシングする以上、公務員のやっている仕事や、決定権は政治家や民間人にあり、と言うべきだろう、自分たち政治家どうしのルールでさえ、公務員の裁量で何とかしろ、と要求せんばかりの行動は、矛盾した行動だ。落選中の自分が宙ぶらりんで、苦しいのかも知れないが、現職なのに小選挙区でも勝てなかったばかりか、さらには比例区でも救済という制度があるにもかかわらず、そこにいかない程度の票しか取れなかったんだから、自業自得だ。

さらに、この吉田元議員、落選に耐えられなかったのか、昨年の参議院選挙でも比例区に出ていて、次点落選中。
衆議院の比例区に出て繰り上げ当選を待っている人が、その権利を放棄せずに、参議院の比例区に出ることができる、とは最近知った。しかも両方とも繰り上げ当選を待つことができるらしい。
衆参同時選挙では両方立候補できないし、国政と地方で両方の立候補はできない。おかしな抜け穴に、この吉田元議員はいる。
参議院選挙に出た意味は議員になれれば何でもよかったからなのだろうか。

人の不幸を心待ちにしている、比例区の落選議員たちがいるのだ。
上司やライバルが死んだりクビになればおいらにいい仕事がまわってくる、そんな妄想はありうるだろう。それを身近な現実として期待する、殺伐とした人がこの世にいるのだ。
こんな議員が簡単に繰り上げ当選しなくてよかったと思う。

吉田元議員の資質はともかくとして、この問題は難しい。
民主主義のための仕掛けと、選挙に関する正当性と問う裁判とどちらが優先されるべきなのか、というこの問題は難しい。司法権が立法権の存立基盤に干渉しているかのように見える。
ただ、不公正な選挙を仕掛けられたときに、選挙の正当性を問う仕組みがないことは問題だろうし、補欠選挙ではなく、全員を選ぶ総選挙の場合、この規定は適用されないのだから、現行法の解釈で問題はないと思う。政治家たちが感情で安直な法修正をしないでほしいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.03.11

3/11 下心は何か

朝日新聞の論壇で社会保険庁に関して、3人の識者関係者が発言をしている。
またまた、日本経済研究センターの八代尚宏氏が、民営化論を展開している。今度は社会保険庁の徹底した民営化。
この人の説は民営化すれば何もかもうまくいくようになる、という、民営化チチンプイ神話ばかりだ。保育所の民間企業参入に道を開いたばかりか、保育所が大手民間教育産業にあまり委託されないとわかると、民間委託強制化案まで出した。現実に儲からない保育所なんてそうそう民間が引き受けてくれるものではない。政府の審議会で八代氏は大手民間保育事業者の意見ばかり採用し、保育所に預けている保護者の意見など、当事者としての敬意すら払われることがなかった。

そうした強引な審議の結果として、八代氏が期待した大手民間保育業者は、受託した保育所をどうしたのだろうか。その業者が市立保育所を受託した市内のある保育所では、保育士が次々に脱走して安定した保育が成り立たない状況になっている。公立であれ、民間であれ、ユーザーと現場労働者がコミュニケーションが成り立たない商売のやり方を続けている限り、何も問題は解決しないだろう。特に社会保障関連は、一方的なサービスと選択だけでは何も良くならない。

八代氏が政府の審議会で、大手保育産業や、社会保険庁改革でいえば大手金融機関の利益を代表するような、何でもかんでも民営化チチンプイ神話を主張し、強制しようとするのはなぜなのだろうか。学者としての理論の正確さから発信された主張であれば資質の問題だと思うし、そうでなければ請託か。請託であれば、政治力学的に仕方がないとは思う。

年金の民営化論を展開しているが、自分の老後のために運用益に一喜一憂しなければならないシステムは、人々を勤労から目をそむけてしまう。せっかく出てきた運用益もバカ高い金融機関の手数料に消えるだろう。
日本企業の一方的な労働者支配が前提となっていれば、民営化で年金制度を好きに選べると言われても、雇われている会社のメインバンクの年金に強制加入させられるのが現実だ。八代氏が主張するような競争原理を利用できるのは学者と公務員とフリーターだけではないかと思う。悪夢はメインバンクと企業と自分の年金が鼎(かなえ)の共倒れという悪夢もありうる。給与振り込みと財形の指定銀行が拓銀だった経験があるので、その悪夢は想像できる。

また年金民営化は年金を自助努力で貯めよということなので、30年後の貯金より、あすの飯という年収300万程度のサラリーマンなど年金積立なんかやらなくなるだろう。そうして生み出される低所得高齢者や無年金者が稼げなくなれば、結局税金をばらまいて養うしかない。民営化チチンプイ論者は面倒くさくなったら自分が考慮にも入れていない生活保護とか刑務所に責任を押しつけてしまえばいいのだろうが、そのことによって高いツケを払うのは、我々未来を担う世代なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.10

3/10 トロイの木馬

急激な気温の変化に、体がびっくりしたのか、体中がばりばり張っている。花粉も良く飛んでいて、春は近い。
近所の道路予定地のパチンコ屋が閉店、解体している。作業を見ていると、土の中を掘り返して瓦礫を取り除いている。この辺はもともと市境の雑木林を切りひらいた雑種地で、いろいろ捨てられてきたのかも知れない。

●中西一善議員が強制わいせつで逮捕。被害者が告訴を取り下げたので、犯罪者にならずに済んだようだが、親分の亀井静香さんの顔が渋りきっていた。教育基本法の右派的改正や、軽犯罪の取り締まり強化を政策として訴えていたが、皮肉な結果。
この際、性犯罪・ストーカーなど、教育刑の考えではどうにもならない常習性の強い犯罪に対して毅然とした政策を打ち出してほしい。

●読売新聞「毛沢東もだまされた!信頼のオランダ政党、実はおとり」という記事が面白い。
オランダで親中国の共産主義政党があった。それがCIAがオランダ国内で親中国活動をあぶり出すために設立された政党だった。その謀報活動に携わっていた党幹部が証言したという内容。
党幹部の過半数がCIAのエージェントだったが、折しも60~70年代の共産主義者のソ連離れの風潮に乗って大量の新左翼活動家が流入して、それなりの勢力になってしまったという話が面白い。
70年代に入って米中和解になってくると、今度は中国の外交方針を探る目的に変わっていった。80年代に自然解散した。
また、70年代の左翼運動が過激化する中で、オランダの左翼過激派グループにも謀報員を潜り込ませる拠点にもなっていたようだ。
あまりにも偏狭な左翼運動が不自然に続けることができているのは、主体性の問題だけではなくて、こうした複雑な背景があるのかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

3/8 敵対と友好の峻別の不毛

昼過ぎ、友人が3組来てくださる。
最初の友人とは政治談義。いろいろ動いて、政治青年といえば右派、という状況を打開したほうがいいんじゃないの、という話。その通りだけど、私の考えている、経済的公正や社会参加の公平性からの左派的価値観の再興というのはなかなか共感されない。かろうじて雑誌SPAがそんな価値観を伝えてくれるけど、面白がっているだけだもんな。
ヨーロッパでは私の求める結集軸が当たり前なんだけども、日本では、平和とかフェミニズムとか、反差別、汚職追放とか、そういうスローガンがわかりやすいのかも知れない。でも中身の不明確なそれらの言葉で結集しても、学者の議論みたいなことばかり続けて、結局はまとまれないし、役に立つ政治の動きにならないというのが私の実感だ。
フェミニストやわずかな機会に交流した社民党員の青年でさえ、問題意識は護憲だったり女性の出世だけで、彼らは高学歴で受験競争で落ちることのない人生を送ってきたせいか、弱肉強食の右派的な構造改革への批判精神が弱い。
今の青年にとって、目前の職場で「働かず高賃金を搾取してきた」団塊の世代が07年以後現役から引退し、その分け前がやってこない現実を知って初めて、今の右派の構造改革の価値観が、若者の実力を評価するような顔をして実は既得権益のための理屈なんだということがわかるのだろう。

続いては、小学校のときのとなりのクラスの人。今はすっかり頼もしいお母さんになっていて、育児や出産、近所の子どもと折り合いの悪いお母さん友だちの悩みを話していった。子ども産むまではワークホリックみたいな人だったが、おおらかに子どもと接しているようでとてもいい感じだった。

夕方から家族の友人がやってきて、近所のとんかつ店「かつ利」に行く。おやじさんは仕事に頑固、接客に親切。そして豚肉ってこんなに香ばしいのか、と教えてくれるぐらいおいしいとんかつ屋さん。

●ライブドアのニッポン放送株買い占めで、もともと企業買収や合併を推進するために商法などの会社法改正で動いていたはずの自民党が、敵対的乗っ取りがいけないという議論をしている。
乗っ取りについて敵対的か友好的かを判断すること自体がナンセンスではないか。敵対的買収がダメで友好的買収がいいとすると、株式会社は株主が持ち主であり株をたくさん買った人が経営権を左右する、という株主民主主義ルールを否定することになるし、その上で友好的ならよいとするなら、なんだかよくわからないところで決まった談合合併みたいなことは大いにやっていいということになる。
それを超える理屈は、そもそもの株主民主主義の原理を否定することしかないし、それは企業の公共性や、従業員の創造性の発揮の場としての企業、という位置づけをして、経営権が簡単に揺らぐことになる買収や合併を厳格に扱う、という今までの企業の姿を認めていくことしかないと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.08

3/8 サービス評価のあり方

●朝日新聞8日朝刊「良質な開業医認定制度」
 家庭医療学会が患者の家庭環境をふまえて病気やけがの初期診療ができ若手医師を家庭医として認定していくというもの。
 医療についての質の情報不足はその通りだと思うし、水準に達しているか達していないか、そういう評価は最低限必要だと思う。しかし、こうした認定するかしないかというやり方が時代にあうのか、透明性や利用者主権という立場から適切なのか疑問だ。
 いちばんわかりやすい例が消防のマル適マークだ。ホテルニュージャパン火災事件で防災対策が「完備」されている宿泊施設にマル適マーク制度ができたが、実際にはその後もマル適マークを取得した旅館ホテルの火災が起きていて、合格・不合格での評価はユーザーサイドのものではない、というのが私の認識だ。
 というのも、不合格になれば商売にならないので、業者はあらゆる手段を使って合格を取ろうとする。その水準が必要であっても、現実にその基準に多くの業者が達しなければ水準を下げることだってする。
 ユーザーが必要なのは、その医者なり業者が、自分の求めているサービスや、内容や、質と合っているかどうか、知りたいのである。一度合格もらってしまえばそれきり、というものでも困る。評価でクリアできることがいいのではなく、評価されたえず内容について改善していく仕組みが必要だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.06

3/5 子ども政策は変わる

午前中、地域福祉計画の子どもヒアリングのチームの研修を傍聴。体を動かしながらの子どもへの接し方のレクチャーを受ける。チームに所属している委員さんたちが楽しそうだった。
保育専門学校に通いながら、地域の子どもサポートの活動をしている10代の人が応援してくれるスタッフに入ってくれることになった。保育士になるために勉強しながら、子どもや地域の現場に足を踏み入れていることは絶対に役に立つと思う。

●2月24日に開かれた朝霞市次世代育成支援行動計画策定委員会に出された計画文をいただいてきた。
①計画の考え方の根本を示す、基本目標については、そのスタンスや視点が良いので◎。
②現状分析では、子どもの出生率についての言及は十分なものの、朝霞市の特徴ともいうべきマンション購入などによる若年者世帯の急増に対する数値データが提示されておらず、△
③施策の目標について書かれた文は、それまでの問題表現や、精査されていない表現がほぼ修正され◎。
④施策の具体的内容は、まだまだ現状施策列挙な感じで、▲。
個別項目では、
3歳児むし歯予防のフッ素塗布、「母子」という言い方、ネガティブな性教育の表現、個別の活動であるCAPが特出しされていること、などがうーんと唸ってしまい×(性教育は子どもが性について触れることすら忌み嫌う人もいるので妥協点かも知れない)。
父親の子育てについては間違いはなくても一般論のみで△。
子ども参加や子どもの権利については具体策の例示がないものの初めて言及され○。
児童福祉関連では、市民活動の事業との連携が唱われていて、◎。
⑤計画推進の体制として、①市民、地域、行政の協働で推進する、②推進委員会の設置、③地元大学(東洋大学ライフデザイン学部など)との連携、④地域の活動団体との連携となっている。これまで朝霞市が弱かった点の克服がすべて盛り込まれており◎。
⑥県経由で厚生労働省から提出を求められた、今後10年の朝霞市の児童福祉関連の特定14事業の数値目標は
地域子育て支援センター事業 3ヵ所→6ヵ所
 →保護者のネットワークづくりや相談窓口としての事業で、実施ヵ所数としては十分で◎。
つどいの広場事業 0ヵ所→1ヵ所
 →実施ヵ所数が少ないかも。
保育所(延長保育も同じ) 14ヵ所1127人→16ヵ所1255人
 →とにかく増やす方向がきちんと出たことはよいが、マンションがこれ以上増えるなら、もっと必要になりそう△
一時保育 2ヵ所20人→3ヵ所40人
 →本来通常保育とすべきパート主婦の保育ニーズではなく、本来の一時保育にたちかえるなら絶対数が不足▼。
休日保育 0ヵ所→1ヵ所10人
 →実施することは評価するが、就労が多様化する中では数が少ない▲
病後児保育 0ヵ所→1ヵ所5人
 →実施することと、専門的な小児科医を事業者と想定したことは評価◎。そこから病児保育への道筋をつけてほしい。
ショートステイ(1週間以内ぐらいの短期間の養育) 0ヵ所→里親制度の利用を検討し5ヵ所5人
 →実施すること、里親制度などお金のかからない方法を検討したことは評価○。
トワイライトステイ(深夜の保育) 0ヵ所→1ヵ所5人
 →実施することは評価○。単なる深夜保育だけではなく児童虐待の緊急避難などの目的も含ませるのならもっと期待できる
保育園の建設 1ヵ所(もう1ヵ所は家庭保育室が認可保育所に移行)
 →「財政難」の言葉の圧力と用地確保が困難ななかで前向きな結論は評価。しかしそれでも足りないだろうし、家庭児童室の認可取得などの方法も検討すべきで○。
児童館の設置 3館→4館
 →児童館6館体制をめざすとして4館なのはなぜか△
子育てガイドブックの発行 2005年度発行予定
 →◎。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2005.03.03

3/3 児童福祉費はどこへ

無認可保育所の見学と、税務署に行く。

無認可保育所の質がまちまちで、ひどいところはひどい。これで市の補助が入れていいのか、市として改善指導をしたほうがいいんではないか、と思うようなところがあった。

朝霞市は、保育所を増やさずマンションブームに悪のりしてどんどんマンション建設を容認していった。その結果、マンション購買層の、若年夫婦が大量に流入し、今、保育所や幼稚園、児童館など、子ども関連の公共サービスの不足が深刻になっている。今どき、幼稚園でさえ入れない子がいるという地域だ。

それを補っているのが、無認可保育所になるが、市が質がよいと認めた「家庭保育室」に補助金を出している。保育所が10園しかないのに対して、24園もあり、朝霞市独特の制度になっている。

認可保育所に入れない人に対する救済措置として喜ばれているが、よく考えると、保育所を用意しなさすぎていて、そのことで市の財政は他市に比べ相当助かっているのである。市は、国から使途が自由な地方交付税を受け取っているが、交付税の積算根拠に児童福祉費が計算されている。保育所やさまざまな子どもや家庭への福祉事業をしなければそれがただ浮いてくる。財政の工夫といえなくもないが、認可保育所のサービスを慢性的な不足状態である現在の水準まで絞り込むと、納税者としてはピンハネ自治体と言わざるを得ない。

認可保育所の保育料が45000円程度なのに対して、この家庭保育室は、日当たりや職員数で劣るのに、6~7万円も自己負担しなければならない。どう見ても過渡的救済の意味の施設なのに、一向に市がそれらの施設に認可を取らせて問題解決する傾向が見られない。児童福祉法では、自治体に保育に欠ける子に対する保育の実施義務がある。それを怠り、保護者に必要以上の負担を強いるのであれば、これは自治体の怠慢による損害である。

さらに保育所に入れた人と話すと必ず出てくる市議の名前がある。その市議は、認可保育所への入所の口利きで後援会を拡大している。保育所に入所できない状態を放置することで、自分の食い扶持を確保している。

また、家庭保育室の質がよいといているが、実際見学に行っていろいろ問題はあると思った。
きれいなところはおしなべて保護者のわがままに弱い。子どもの育ちにどうかと思うようなわがままも聞いてしまっていて、大変だと思った。
また、安全面や、日当たり、スタッフの数、避難設備、いろいろ問題があった。
市の補助基準要綱で決められている面積や職員数が割り込んでいるのではないかと思う施設もあった。
子どもの昼寝時間なのに、昼食や保育関連事務をしているはずの保育スタッフがてんてこまいで、保育スタッフのやる気だけで施設が維持されているようなところもあった。
それらに、もっと市役所が積極的に家庭保育室に指導や技術的助言を加えていればもっともっと質がよくなっていると思うが、無理なのだろうか。
子どもの生きる権利がかかわってる問題だけに、もっと前向きに市が取り組んでほしいと思った。

市長が替わり、新しい市長が保育にどのような姿勢を持っているのだろうか、試されている。選挙では保育サービスの充実を訴えていたが、一方で、当選した新市長は民間活力さえ入れれば一銭も使わずに保育サービスが充実できると言っていた、という人もいる。後者のようなチチンプイが通用するならとっくに保育所問題は解決しているはず。もし後者のほうが本当だとすれば、もはやこのまちでの子育ては絶望的だ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

3/3 森田健作の味方と敵は誰か

特定の地域しか選挙やっていないのに選挙の話題ばかりですみません。

友人から激怒のメールが来た。
千葉県知事選挙に立候補している森田健作氏が男女平等政策に対して、推進していけば「みんながおかまになる」と同性愛者たちを揶揄するような発言を繰り返しているという。
また、男女平等教育が進むと、男女が同じ教室で着替えをしたり、男女混合で騎馬戦をやったりするような批判がされている。男女平等教育に反対する人たちは金太郎あめ的にどこでも、着替えと騎馬戦の話を持ち出して男女平等教育に反対している。ほとんどの学校でそんなことしているわけないだろうし、問題の本質でもない。

特定の人たちを気に入らないと思ったり、嫌悪感持ったりするのは個人の問題だが、家庭や社会で責任ある立場に立とうとする人が、公にそういうことを表面に出し、差別し侮辱するのは愚かしい。差別を使って政治をしたり、政策宣伝をするのは政治家として最低の行為だ。

人の持つ能力がこの社会でどのように活用しその人の居場所をつくっていくか、ということが大切なのに、価値観や差別で人の能力を排除してしまうことは社会進歩を阻害する。

先日、クリントン前アメリカ大統領の講演に感激した知人が、自分のHPの日記でこんなことを書いている。

 

「私は著書の一ページ目にも書いたが『友人達の支援によって選ばれた』唯一の大統領だ。ニューハンプシャーの予備選の時に敵陣営やマスコミから大叩きに叩かれ窮地に陥っていた時に、救ってくれたのは私の中学・高校時代の友人、アーカンソーの友人達だ。一番の親友は共和党員で私の党の仲間でもない。しかし、アーカンソーからニューハンプシャーまでずっと車を運転して応援に駆けつけてくれた。友人達がニューハンプシャーの家のドアを一軒一軒ノックして歩いてくれなかったら、私は大統領にはなっていない。

 皆、人の事をカテゴリーで捉えようとする。それが問題なんだ。黒人・白人、若い人・年取った人、会社に勤めている人・農業をやっている人・・・・。それらは人々を枠にはめてしまうことだ。その人の本質的なものを見逃してしまう。そういう考え方をすると友達をなくしてしまう」

ケネディー以来の大統領だということがわかった。

無能な政治家ほど、イデオロギーや価値観を政治のテーマにしたがる。とう小平の黒猫白猫論になるが、役に立たない政治は役に立たない。
堂本知事が男女平等政策を推進したことに対して、千葉県議会自民党は猛烈に反発してきた。そのことの経緯をふまえての森田氏の発言だと思うが、千葉県議会自民党なんて何やってきたんだろうか。

県議会自民党にとって気に入らない堂本氏が知事になるまで、県議会は知事に対するチェック機能があったのだろうか。むしろ、県知事以上に行政に深入りして、いろいろ問題行動をやっていたのではないか。千葉県の住宅供給公社が事実上の倒産をしたが、その原因の1つに県議会議員の口利きで買わされた土地が不良債権化したことにある。

そんな人たちに担がれているのが森田氏なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3/2 忌まわしい病院の記憶

スーパーも23時まで開くようになって、いらんだろうと思うのに、近所にセブンイレブンが開店。先日見たドキュメント番組ではコンビニは今、最終戦争に入っているそうで、お互い既存店をつぶし合うための出店ブームらしい。あわせてチェーンの美容室も開かれる。このあたりは美容室が過剰に出店している。

そこは、以前、薬屋と、ドーナツ店だったところ。東上線の沿線の商店街はもともとサラ金とフランチャイズ方式の小売店しかない街ばかりだが(商店主の息子が宅建取ってマンション賃貸業に転業ばかりしているので)、そのなかでも画一的な商売ばかりになっている。

●25年ぐらい前に所沢の富士見産婦人科という産婦人科で、病気でもない人から卵巣や子宮を摘出しまくった事件があった。二度と子どもを産めなくしたという重苦しい報道で、今でも鮮明に記憶に残っている。この病院の当時の医師たちの免許が今日、剥奪されたり停止がされた。刑事事件に問われたにもかかわらず、今日までその医師は処分もされずに免許を持っていたということだ。免許が剥奪されたのは、当時の院長の北野千賀子氏ただ1人。もう北野千賀子氏は78歳にもなって、免許剥奪も全く意味がない。

問題は2つある。1つは、医師の免許とは何かということだ。一度資格を取ってしまえば、時代によって変わっていく医療の考え方や技術を習得しなくても、ずっと医師を続けられる。自動車免許のような更新手続きさえない。専門知識が必要で人の命を預かる医師に再教育の機会は一切なく、学会出席など自主的な努力に期待するしかない。今回のように刑事事件起こしたって、免許が取り上げられるのに25年もかかっているのであれば、医道審議会での免許剥奪することが可能だといったって、どんなことしても、実質的に免許は剥奪されないものと考えていい。
患者にセクハラした医師だって、数ヶ月の免許停止にとどまっている。性犯罪者の住所公開が議論されている時代に、身を預けなくてはならない医師のセクハラに社会は寛容すぎる。そんなこと許されている背景に医師会の政治的圧力とがあることは言うまでもないだろう。そして医師会の活動が、病院の医師ではなく、経営者でもある開業医たち中心に行われていることの問題点もある。

もう1つは、産婦人科のあり方である。
出産育児の衛生評価が、乳幼児死亡率に偏っているため、産婦人科は、命が保障される出産にしか気が配られない。私が問題にしたいのは、会陰切開という、出産時に女陰をメスで切る手術である。もちろん、医療的に会陰切開が必要な人が一部にいることわかっている。しかし、日本の産婦のほとんどが一方的に施術されていて、それについて医療的な必要性は説明しているのだろうか。ほとんどの会陰切開は医師の責任回避にしか思えない。昔はさらに剃毛と陣痛促進剤の投与が機械的に行われていたらしい。
96年、札幌のラジカルなフェミニストたちが主催した映画の上映会で、北アフリカ、アラブ、中央アジアで行われている(しかも近代になってから)性器切除(クリトリスや小陰唇の切除)のドキュメントを見て、その忌まわしさに身震いする思いがしたが、必要のない会陰切開は、この性器切除の忌まわしい行為とどこがどう違うのかわからない。性器切除を押しつけている人たちも、独特の衛生観念でやっている。
妊産婦にお産の失敗ばかり煽って、必要もない手術に抗議する声すら奪っている。妊産婦にフランス料理を食べさせたり、豪華個室を用意することは評価されても、人間の性を軽んじるような過剰医療について誰も文句を言わない。特にフェミニストと、妊産婦のパートナーはもっと怒るべきではないか。
必要性の薄い会陰切開を機械的にやっている大半の産婦人科の体質と、所沢の富士見産婦人科の問題の根っこは共通ではないかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.01

2/28 時代考証

地域福祉計画市民委員会の、広報部の打ち合わせを自宅で行う。
3時間の打ち合わせで、ビラ体裁の広報紙をつくること、その連載内容について決めた。
福祉に縁のなかった人や、人助けと思わぬことを福祉に取り込んでいくためには、福祉の内輪の話題と思わせない工夫が必要だね、ということを確認した。

●日中の再放送ドラマを見る。聴覚障害者との恋愛ドラマ「愛してくれると言ってくれ」が放映されていた。あれは15年ぐらい前のドラマだったっけか?
このドラマぐらいから、ノーマライゼーションとか、バリアフリーの意識が広がったし、ボランティアと力を入れなくても、障害者と友だちでいる、普通に交友関係を持つ、ということが珍しくなくなった。そういう意味では賛否両論あると思うが、一般社会に障害者がいて当たり前という前提を広げた番組といえる。
一方で、聴覚障害者は読唇術があるかのような誤解があったりして、時代状況からしょうがないと思うけど、結構、誤解も大きかったんだと痛感する。今でも実は誤解が多いのかも知れない。

余談だが、時代を感じさせるものが面白い。

主役の常盤貴子はじめ、髪の毛はみんな黒いし、眉は自然のままだし、劇団で「自己実現」のために生きている人がうじゃうじゃいる(出世するか腐るかしかない今の若者のせっぱつまった状況と違う)。筆談で出てきたのが、パソコンではなくてワープロ。この頃、ノートパソコンなんてめったになかったし性能悪かった。
何より携帯電話が一回も出てこない。今のドラマは人間関係を案内していくのに携帯電話を使うシーンなしではありえないのに、当時の人のコミュニケーションは、会うか固定電話。ドラマは聴覚障害がテーマなので、それすら出てこない。
以前も書いたが、95年ぐらいまでは携帯電話なんて、暴力団か不動産屋しか持っていなくて、それも場所・時わきまえず「通じる?」「通じる?」「えっ、何」「えっ」と彼らバブル紳士がアマチュア無線の感覚で使い、とてもイメージの悪いものだった。
固定電話しかないわけで、電話があるところにいなきゃ、待つしかないし、ビジネスマナーとして居留守はありえることとして許された。電話がつながらないからとボヤいても、キレて激怒する人なんていなかった。

95年から98年ぐらいというのは、こうした生活環境が激変した時代なのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2005年2月 | トップページ | 2005年4月 »