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2005.03.23

3/23② 乳幼児の健康あれこれ

市が行っている乳幼児検診に行く。問題が多い。ベルトコンベアー式で、不良品をはじき出すような作業。以前から乳幼児検診は障害児差別の温床と言われてきた。今回なるほどと思った。さらに、先生たちは30年前の知識で小言ばかり。助産院への誹謗もあり、ほとんどの親が怒るか、げんなりし不安感ばかり持たされて帰る。こういうことを公的に行っていいのか疑問と怒りがわいてきた。

産めよ殖やせよ健やかに、と兵隊を育てるためかはわからないが、少なくとも国力増強のために戦争中に始まった公的保健事業。戦後は乳幼児死亡率の抑制と障害児の早期発見のために機能してきた。障害児早期発見→分離教育の問題点が指摘され方向転換しながら、今、さらに児童虐待予防や育児不安解消、育児知識の提供など新しい役割を背負い始めている中で、保護者にまったく寄り添わないやり方に意味があるのだろうか。相変わらずだ。

これから乳幼児検診の実態についていろいろ調査をしていきたい。

●小児医療について問題意識に思っていることがいろいろある。

朝霞では、オール与党で乳幼児医療費の無料化が推進されてきた。それが小児医療の充実という政策のただ1つの中身である。小児医療の充実のなかには、ほんとうに生死をさまよう小児救急医療体制の中身の話はないし、小児科医の不足を解消する手段もないし、小児科医の質を担保する議論もない。慢性的な症状や、重篤な症状に対する真剣な洞察が全くされているとは思えない。多くの元気な人たちにとって便利だ、あれば助かる、という程度のことをばらまきとしてやろうとしているのである。

それでも首の皮1つましなのが償還払い制度で、医者では医療費を払い、後に市役所から還付を受けるという仕組み。それすら保守の新市長から左の共産党まで、ほとんどオール与党で病院段階での無料化を主張しているが、私はいくつかの論点で反対だ。

そもそも私は乳幼児医療費を無料とすることはよくない。少額でも自己負担があったほうがよい。無料は、野放図な利用を許してしまう。そのことで、重篤患者や、慢性患者がちゃんと利用できなくなっている。そして彼らに対する財政的サポートは年々後退している。

また、患者(乳幼児の場合は患者家族)と医師とのきちんとした緊張関係が築くためには、タダという権利意識を失わせる方法はとるべきではない。無料ということは医師にとって患者に何するかということと、自分の収入をどうするかというぎりぎりの接点を見失わせ、医療倫理以前の、お金もらう人に失礼をしてはならない、という最低の商業道徳すら見失わせる。

乳幼児検診を受け、ことごとく保護者を迷わす良くない医師たちを見て、医師を甘やかすような制度はたいがいにしてほしいと思った。

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コメント

ブロク読ませて頂き、自分自身の乳幼児健診で受けた不安を思い出した。というか、いつも忘れてはいない。

我が子は、母乳をとても嫌いで、当時入手が困難だった「ソーヤーミール」という缶ミルクしか飲んでくれなかった。何とか母乳を飲んでもらおうと様々に試しては診たが、当たり前なのだが、生まれながらにして本人の意思が「そこに」あることを目の当たりにした。母乳がいい、悪いでなく出るものは飲んで頂いた方が「親が楽」というだけの事だった。

しかし、初めての乳幼児健診で、母乳が出るのに飲ませていない事への医師や保健士の方々の冷ややかな言葉。「いまどきのお母さんは、自分のファッションや体形維持、自分の仕事の都合の為、母乳を飲ませない様な馬鹿なことするんだよね」
母乳神話に囚われた医師にあるまじき発言だった。母乳が出ない人、出る人、飲ませられる人、飲ませられない人、それぞれに家族が思考した生活のすごし方を、非難するのだ。私の場合は、母乳を飲んでくれない事で、乳腺炎になったりの痛い思いをどれ程してきたかなど、聞こうともせず、私という個人を「母親失格」という言葉を交えて非難するこの場になぜ?いなければならないのか・・・。様々な感情を抑え、本人が母乳でなくミルクを飲みたがるという事を伝えた。医師は、「赤ちゃんが、お母さんのおっぱいを嫌うわけないでしょ。そんな赤ちゃんいるわけない。もし、いるとしたら、よっぽどあんたの母乳まずいんだね(笑)」周りの保健士も笑っている、笑った。

毎回の検診は、憂鬱この上ないものと化していった。それは、我が子が成長曲線に、身長も体重も下回るからだ。そして個別相談に振り分けられ、家族構成や親の生育歴まで聞きだす。そしてなぜ?成長曲線より下回るのかの原因を無理やり見つけ出す。検診するからには、「そこが」必要なのだと感じた。問題点と原因を書き込まなければお役所仕事としては成り立たないのだと思った。そして書類に書き込まれた言葉。

「発育不全:結婚して何年も子宝に恵まれなかった夫婦に見られる典型的現象。子どもが両親の過干渉・過保護によるストレスによって、ミルクの飲みが停滞している」

同じ乳幼児月例集団の検診のため、我が子が明らかに小さいのは、親が一番わかっている。が元気で何の問題もないと思っている・・・思い込もうともしている。時たま気にはなるが、気にしないようにしている。ところへ、追い討ちを掛けたのが集団検診であった。

乳幼児健診で育児者に不安を押し付ける要因と思われるのは、大きく分けて2つの問題点が挙げられると思う。一つはブログ筆者も指摘している通り、担当医と保健士の資質向上のなさにある。乳幼児集団検診担当医がどの様に行政委託依頼を決定されているのか。一つの例として私が住んでいる地域では、何十年も同じ方が担当医、何年も前に現役を退かれた方でも、資格さえ持っていれば借り出されている。決して現役じゃない事が悪いと言いたいのではない、そこに毎年の乳幼児健診に対する意識向上等が委託する側、委託される側に必要だと考える。そこに視点がないことが、如何に乳幼児・育児者・子どもに視点がなく、検診が一体何を目的としているかなのだ。検診に参加する育児者が受けたい検診と、行政側の用意している検診が(どんな事を・保護者・育児者が望んでいるか等考えた事がない)かみ合っていない。

もう一つ育児者の不安をあおるのは、検診が集団であるということ。同じ月例の乳幼児が集まるのだ。比較評価思考の中で育ってきている事は否めない保護者たちは、良し悪しではなく「小さい・大きい」を意識せざるを得ない方も多くいる。良し悪しでなく、自然とだ。

検診を受ける側の、本人・保護者・育児者が、検診を受ける医師等を自分で考え決められるシステムにする事が望ましいと思う。ある程度の日程幅と医療施設を選択できるという事で得られる利点は、
・受診者の体調を十分考慮できる。
・単発で受診者本人を診る検診による弊害を避けられる。常日頃、育児者とのコミュニケーションが取れている医師・保健士の元で検診を受けられることで、成長曲線や、育児神話等にとらわれないアドバイス等がしてもらえる。

乳幼児医療に筆者も触れられているので、以前感じた日本の乳幼児医療の問題点を何点か。

乳幼児が入院する場合、保護者・育児者が一緒に入院できる設備、または、許可が出ない病院が意外と日本には多い。24時間看護制を導入しているところは、規則だと言って、面会時間以外保護者の病院入室を許可してもらえないところが多い。その理由の中にこんなものまである。忙しく来られない保護者もいる。いつも保護者来られる子どもじゃない子どもたちの寂しさを考慮。日本の間違った平等性はこんなところまで持ち込まれる。

しかし、保護者が一緒に付き添えない事により様々な子どもたちへ問題が表れる。
・まだ、母乳を飲んでいる子どもには、(もう段乳をしていい頃だと)段乳を強いられる。子どもの意思や、その家族のリズムや生活ではなく病院側の規則によって段乳させられるのだ。
・オムツが取れているのに、病院に入院するとまたオムツに無理やりさせられる。この場合、2歳児・3歳児の子どもたちは、「赤ちゃんじゃないからオムツいや」という子が多い。当たり前だ、多くの親がもう赤ちゃんじゃないんだからオムツやめようね、といってはずしているからだ。そこを、子どもたちは聞き入れてもらえず、これまた、子どもたちの為ではなく、病院側の規則によってオムツに無理やりさせられる。

それとこれが一番大きな問題なのだが、家族と離れる不安、我が家などは9ヶ月で入院したが、いつも一緒に寝ていたので、面会時間で帰宅させられる親に泣き叫ぶ子ども。夜が来る事が子どもたちの不安の極みだ。親も本当につらい。いくら病気が根治しても、このときの子どもたちの不安精神の後遺症は、かなりのものだ。無理やり段乳させられた子どもは、今までしていなかった、爪噛みや癖ではない指しゃぶりをし始める。オムツを無理やりさせられる子は、その後オシッコ・ウンチを教えなくなる子が多い。どれ程の自尊心を傷つけられたのかだ。そして無理やり親と離された子は、病気そのものが根治しても、精神的に様々な症状が現れる。白い服を見ただけでおびえる子、夜になると親のそばから絶対に離れなくなる子、夜中に必ず目を覚まし、泣きじゃくる子。小児医療の病気だけ治せばいいが「そこに」あった。子どもたち自身の尊厳や、保護者の感情等は一切考慮されない。「嫌なら他の医療施設を見つけてください」なのである。

では、付き添いが親などに許可が出ている医療システムは、システムでまた問題がある。今度は、共働きをしている保護者にも、ルールを適用するからだ。保護者の付き添いをするかしないか、本人の意思や、家族家庭事情は、殆ど考慮されない、医療至上主義なのだ。乳幼児集団検診・乳幼児医療、問題点の根幹はどうも同じ気がする。

投稿: 40代真剣しゃべり婆 | 2005.03.24 10:24

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私の乳は、手のひらサイズ♪である。要は小さい。でも、それでも乳は出る。妊娠すると、手のひらサイズがお椀サイズぐらいに変化する。安心してください。 何とか母乳育児が軌道に乗っても、生後3ヶ月で止めてしまう人が実に多い。どうして?それは居住地の保健センターで行われる乳児の「3,4ヶ月検診」によるところも大きいのではないか。検診では、乳児の体重不足を指摘する。「母乳不足です。もっとミルクを与え... [続きを読む]

受信: 2005.05.16 21:47

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