2/11 コミュニティーバス・わくわく号にのる
午後、公民館と図書館に行く。
図書館は、珍しく、あらゆる層の人たちが集まる公共施設だと実感。市内の公共施設は無味乾燥で殺伐としたものが多いが、市民運動とやりとりしながらつくった図書館なので、有機的な感じがする。その後、市のコミュニティーバス「循環バスわくわく号」に初めて乗り、市の福祉センターに行く。福祉センターは休業中。残念。
●初めて、市のコミュニティーバスに乗っていろいろ考えさせられた。こうしたコミュニティーバスの必要性は実感したが、サービスの内容や運営のしかたに問題を感じた。終点の福祉センターまで乗ってみたものの、私をふくめて3人しか乗らなかった。立派な意義があっても、3人×150円=450円の運賃収入のために、バス路線を運営する、ということに今後も合意が取れるのか疑問だ。
朝霞市は18平方キロメートルの小さな市だが、公共交通の空白地帯がとても多い。バス路線があっても、バス会社の経営悪化による路線のリストラで3時間に1本なんてところもたくさんある。また公共施設が、バスの通っていないところに多く配置されていて、そういったことのニーズに対応するためにも、コミュニティーバスは必要だと思っている。しかし、それは市民に利用されて、始めて意味が生まれる。
問題点はいくつかある。
1つめは、何のために通しているのかわからないということだ。公的なバスは収益だけで正否がはかれないので、採算性だけでは事業の妥当性が図れない。それなら、赤字でも許される理由としては何か、ということを明確にしなければならない。福祉目的なのか、交通空白地帯の解消なのか、公共施設の送迎目的なのか、放置自転車の解消なのか、それらを明確にして、必要な対策を打ち出せるようにすべきだ。
2つめは、わかりにくさである。路線が長大なために、各路線の目的が不明確になっている。利用者からはどこを通っているのかわかりにくい。どのバスも終点が「わくわくどーむ」なので、生活圏を通っているバスというイメージが湧きにくい。同じようなところを行ったり来たりするのも、どうかと思う。バスダイヤも不均等な運転間隔で、使いにくい。
3つめは、本数の少なさである。バスは本数が少ないと全く利用されない。最低でも30分に1本は必要だと思う。また、15分間隔とか、20分間隔とか、わかりやすいダイヤにする必要がある。
4つめは、バス停の設置位置。バス停間の間隔が長く、公共施設もきちんと接続していない。
市議は運賃を中心に問題にしているが、私は、運賃問題はナンセンスだと思う。年収300万円でマイカーを使っている人の負担を考えれば、150円程度の運賃は、妥当といえる。それより、政策効果について、もっと市議はチェックしてほしい。
成功例として引き合いに出される武蔵野市のムーバスは、運賃が100円ということで注目されたが、運賃が100円になったのは、事後的理由だ。審議会の学者委員を務めた岡並木さん(故人)に話を伺ったとき、岡さんは、バスの遅れを考えると運賃の支払いに面倒な方法をとりたくない、という理由で100円にしたという。市の財政負担ができないのであれば500円にした可能性もあった、と言っていた。また高齢者の割引運賃はない。これは、運転手や他の利用者と高齢者の関係が対等になったという、思ったほかの効果もあった。
ムーバス1号線の良いところは、とにかくわかりやすいことに徹底したことである。バス停はすべて通し番号、バスダイヤはきれいに15分間隔、それにあわせるためにバス路線は25分で戻ってこれるようにしたことなどである。バスが遅延する原因を徹底的に潰し、その結果として100円運賃や、狭隘道路ばかりの路線選定、1路線の経路を短くしたなどの工夫をした。需要が偏り、コストアップにつながる朝夕の通勤時間の運転はしなかった。
朝霞市のように最初から市内全域にバスを広げるのではなく、特定の地域だけまず集中して運営を始めて、運転本数と質の確保をしたことも成功のヒントである。
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