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2005.01.09

1/9② がけ地住宅の危険性

報道特集を見た。神戸近辺の傾斜地が台風と地震が複合した場合に土砂崩れが起きる危険がある、という問題に対して、県の防災工事が15%しかできていない、と県の無策を追及していた。
そうだろうか。なぜそんな危険なところが住宅開発されているのだろうか。そう考えると責任は県の防災担当者ではないと思う。土地を売ってしまえばそれっきりの不動産業者と、がけ地の景観ばっかりに眼を奪われた消費者が勝手にやりちらかして作った住宅の危険性の責任を、県に防災工事の不備になすりつけるのはどうか、と思う。
公共事業が税金の無駄遣いだ、社会の効率性を失わせている、とマスコミは散々報道してきた。砂防ダムだって、水害ダムだって、みんな危険だ危険だといいながら推進されてきた。その結果、社会が壊れるほどに公共部門の借金と、土建業者と、土木技術者をこの社会は抱え込んでしまっている。地震や水害なら別なのだろうか、昔から住んでもない好きこのんでがけ地に住んだ人も、守る必要があるのか、考えなくてはならない。
さらには、県の責任を追及するなら、がけ地の乱開発を認めたところに問題がある。そんなことのために貴重な防災予算を使わないでもらいたい。

小沢一郎が日本改造計画の冒頭で、そうした日本人の思考に疑義を呈している。小沢氏のいう自己責任論を一概に肯定することはできないが、少なくとも、がけ地での災害なんて毎夏台風のたびに起きて、その被害は十分報道で共有されていて、行政の責任に押しつけることは適切ではない。
首都圏もバブル期に、高級住宅地と称して、神奈川県などのがけ地に多くの住宅開発が行われた。問題はこれから起きてくる。

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