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2004.12.19

12/19② 私たちの放送局

NHKスペシャル「NHKに言いたい」を見る。視聴者の意見というのが、おおかた陳腐で、「民間並みに」「コスト削減」そんな話ばかりだ。受信料の使い道を明確に、ということも。明確になるように決算をしようとするから、不透明なお金の流れを作ろうとするのではないか。

では、それをやっている民放がすばらしいのか、というと、ドキュメント番組はほぼ制作できなくっているし、娯楽番組といえば、タレントを並べてしゃべらせているだけの番組が増えた。パチパチチャンネルを変える人が増えた時代に、視聴率競争のもとで収入が左右される民放だけでは放送局の使命や、視聴者のニーズは果たせない。視聴率に左右されない、スポンサーに左右されない、良質な番組を誰が送り出すことができるか、という議論をきちんとしないで、不正や不祥事、エビジョンイル独裁体制の弊害を、単にコスト削減や民間並みのやり方を入れれば解決するとは思えない。

浅はかな世論が横行している。

パネリストの議論は質が高かった。
特に、惹かれたのは、テレビマンユニオンの今野さんが、真鍋博さんの意見を引き合いに出しながら「受信料は義務ではなくて権利だというとらえ方をしたらどうだろうか。権利であるから自分たちの放送という意識になる」という言葉だ。
今はお上の放送、という意識が強い。視聴者が見守る放送局、という意識に変えれば、NHK内での集金人の役割も変わってくるだろうし、職員の特権階級意識も変わらざるを得ない。
一方、鳥越俊太郎は、田原総一郎の真似ををして、エビジョンイルの退陣コメントを引き出そうと追及しているだけで見ていて面白くない。団塊の世代のジャーナリストってどうしてこうなんだろうか。

●昨日の「オニババ化する」に関して。ここ10年ぐらい、中年の入口に立った女性が甥や姪をつかまえて「お姉さんと呼びなさい」と強要している場面に出くわす。それと、親の女兄弟をおばさんと呼ぶのであって、それをお姉さんと教え込んでしまっては、お姉さんとは何の意味だかわからなくなるだろう。いつもそれを見て品のない姿勢だと思ってきたが、昨日、「オニババ化する」を読んで、まさしく子どもにお姉さんと呼ばせることを強要する女性は同書のいう「オニババ」だと思った。

●新藤宗幸「技術官僚」を読む。著者は権威に弱かったり、粘着質だったりと、あまり尊敬できないが、この本はいろいろ学ぶことがある。
この本は、公共事業にぶらさがる技術者たちのナワバリをルポルタージュしたもの。どうしても官僚批判は、政治家を手なづける事務系高級官僚に照準をあてられるが、公共事業の暴走や、薬害エイズの被害の拡大などは、技術系官僚「技官」の問題だということを解明した話。
プロジェクトXなどで日本の繁栄を支えた縁の下の力持ち元という感じで美化されている。しかしその実態は、官僚の世界だけではなく、行政コンサルタント、工科系大学教授、ゼミ同窓、ゼネコン、専門業者など一大コングロマリットをつくり、社会的価値や要請と無関係に、自己増殖しつづけている姿が浮かび上がる。
岡並木さんの「江戸・パリ・ロンドン」でも「技官」の世界が、公共事業の体質を歪めているということは、明治期にお抱え外国人と言われた外国人技術者が指摘している。「お抱え外国人」が日本のよい伝統技術や生活スタイルを生かしてつくりあげた公共事業を全面否定して、西欧の猿真似の公共事業ばかりをやりたがることを指摘している。
ものをつくっていれさえすれば、仕事をしている、という誤解は払拭しなければならない。

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