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2004.12.14

12/14② ローマ帝国のパン

ドンキホーテが焼けた。亡くなった3人の従業員には冥福をお祈りする。

このお店を初めて知ったのは、98年、保谷市議選で同い年の候補者の選挙事務長をやっていたときのことだ。武蔵野市に隣接する住宅地のど真ん中に24時間の郊外型小売店ができる、というので、駐車場問題、静穏な生活環境の問題などで、反対運動があり、それが選挙戦の1つの争点になっていたからだ。私の担いだ候補者は、あまり熱心にこの問題にはかかわらなかったが、同じ党の他の議員が、この問題に積極的にかかわっていて、その動きに追随していたおかげでいろいろな話を聴くことができた。
ドンキホーテの出店はとても強引なもので、規制がなければ反対運動があろうが何だろうがお構いなし、という姿勢だった。住民も夜間開店だけでも何とかしてくれ、と譲歩したにもかかわらず、全然聞く耳を持たなかった。

真夜中にコンビニでも買えないような、しかも生活必需品でもないような物を買うという理由がわからなかったし、そんなものをクルマで買いに行くというのもわからなかった。ましてや繁華街でもないところに、そんな店があるというのはもっとわからなかった。そんな感じで、たった6年前だが、住宅地に24時間の大型店を出す、という発想が信じられなかった。

ところが、その後、首相が森や小泉になって、規制緩和万々歳路線になり、夜中に必要もないものを周辺住民に平気で迷惑かけながら売る店に異を唱えることが、人間の可能性を否定することのように言われるようになって、反対すること自体に歯が立たなくなった。結果として、ドンキホーテはあちこちに建って、全然珍しくなくなった。並行して、全国の田圃の真ん中にイオンもできていった。

社会的な合意、あるいは安全上の規制というものが、「人間の可能性」という美名のもとに、単なる経済活動の阻害要因として否定され続けている。小売店が24時間やるようになってどうなったのか。計画的に買い物をすることがなくなった。珍しい物を衝動的に買うようになった。お店の欠品に納得しなくなった。政権与党が失政しても何もないが、目の前の店で欠品があれば、猛烈な抗議が行われる。まるで退廃のローマ帝国である。

この火災は放火であり、店側に犯罪性はない。
しかし、死亡者が出たのは、消防が入れないような状態であった可能性は高く、そうであるなら、ドンキホーテの売場作りに問題があると言わざるを得ない。そして出店にまつわる反対運動を全く無視し続けて、恨みを買うようなことも問題だったと言わざるを得ない。
ただ便利なだけ、ただ快適なだけ、後先考えない、そういう行動をそろそろやめるべき警鐘となる事件だと思う。
全国の消防当局は、徹底的に立ち入り検査を行うべきである。

◆追記 トラックバックがついてきました。音楽の専門家という方のホームページからですが、犯人が精神異常者と決めつけ、犯罪者を社会から抹殺せよ、とするものです。そういう偏見を拡大するような意見には与することができません。また犯罪者は死刑になれば抹殺できますが、そうでない場合はもっと弱い立場の人たちが集まる地域や裏社会が引き取ることになります。トラックバックから削除いたしました。

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